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「夕焼け草を追いかけて」・・アガルタの虹エピソード1・・

       作 結城 翼

★登場人物
真木 望・・・・けなげな少年。にもかかわらずはた迷惑な物語は突然やってきた。遺伝子の海に放逐され、「時流しの刑」に処せられ た日の一族。現世では父に早く死なれた。
御堂 梓・・・・謎の美少女。ピンクのフリルにガーターの拳銃。無理矢理仲を引き裂かれた望を探して時間の流れを命賭けて渡ってき たタイムトラベラー。根の一族。
綾小路依子・・・「日」の物語を守るため遺伝子の海に潜み、繰り返し再生しながら監視を続けている。真木望をマーク。
いまは一応望のガールフレンドとして監視を続けている。日の一族。坑道に潜った梓と望を追いかける)
茉莉邑 ケイ・・根の一族。暴走しはじめた「根」の急進派司令塔。本郷ヤマトにちょっとほの字。ヤグモ七つ森を操る。
根の一族による完全支配の復活をたくらむ。第5坑道に眠る真木謙介の秘密に迫る。きぐるみフェチ。
本郷 ヤマト・・とーっ!!遅れてきたヒーロー。根の一族のはぐれもの。梓に惚れておっかけ。仮面ライダーに心酔。
居眠り狂四郎・・・カリスマドクター・フナの解剖図を見ながら手術してる。「解剖!」が口癖。
緋牡丹お龍(龍子)・・・おつきのカリスマ看護婦。AV的清純派。「解剖」されるのが趣味らしい。  
アガルタの虹の女王・・・けっこう、家庭的で買い物籠なんか提げてるかもしれない。
招き猫ヨンカー・・虹の女王の道化・・災いも不幸も悪霊も幸いもみんなまとめて招き猫
モノガタリの子供1・・影からじーっと見てる。にやっと笑う。
モノガタリの子供2・・おなじく影の薄さを武器にする。
モノガタリの子供3・・
モノガタリの子供4・・
ヤグモ・・・地下クラブヤグモのチーママ?・・・根の一族・・・暴走する急進派司令部に同調     
七つ森・・・クラブヤグモのチャイナドレスのアルバイター・・・・根の一族・・・同じく。
アケミ・・同じくチャイナドレスのアルバイターかなりきているにちがいない・・根の一族急進派。
室町 県・・・坑道管理委員会視察員・・・日の一族・・・地下坑道の反乱を察知・・都と仲が悪い
神津 都・・・坑道管理委員会視察員・・・日の一族・・・同じく・・県と仲が悪い)
根の国の女王・・
日の国の王・・






☆プロローグ

音楽。
幕が上がると、舞台ナナメ奥からの一条の光。
光の中で少年が本を読んでいる。
もう一つ別の光の中に少女がいる。きりっとした意志の強そうな美少女。帽子をかぶりかわいらしいフリルの付いた服 を着ている。
舞台奥には巨大な本。
「アガルタの虹」とある。

望  :例えば、父さんの背中に背負われてみた夕焼け。風が少しあった。炭坑のサイレンが仕事の終わりを知らせている。ボタ山の陰になった道は白くどこまでも続いてはいるけれど、急速にその影が夕闇に包まれていく。父さん、あの道の向こうに何があるの。そうだね、たぶん、アガルタへ続いているんじゃないかな。アガルタ?何それ。アガルタか。それはね、望、地底のどこかにある国だよ。地底に国があるの。あるとも。お父さんたちはさ、毎日石炭を掘っているだろう。するとね、時々きこえてくるんだ。話し声が。話声?そう、きこえてくるはずのない、あつい岩盤の向こうから笑い声や、話し声や、時にはお祭りのようなさんざめく声が聞こえてくる。本当に。ああ、お父さんたちはそれをアガルタと名付けた。この厚い、地中の岩盤の向こうに、誰かはわからないけど、生きて、笑って、生活している人々がいる。誰も本当のこととは思わないだろうけれど、でも、本当にあるんだよ。・・・そうして父さんは笑ってこういう。ああ、いつかそこへ言ってみることがね、父さんの夢なんだ。・・・でも物語は、いつだって唐突に終わりを告げる。その年の春、父さんは死んだ。炭塵爆発。炭坑には良くある話だ。ボクは母さんと二人になった。アガルタの物語は二度と聞くことはなかった。
梓  :失われた物語は三つあるの。
望  :えっ。
梓  :やっと見つけた。
望  :何。
梓  :始めは夕焼け草を追いかけて。そうでしょう、望。
望  :夕焼け草?
梓  :そう。夕焼け草。
望  :だから何。
梓  :絆。
望  :きず・・何だって。
梓  :やっと見つけたの。だから。
望  :えっ。

激しい 音楽。ダンス。というより結構衝撃的でかっこいい動き。
にっこり笑って少女はいなくなる。
背景で、本は片づけられ、新しいセットが出演者によって作られていく。
プロジェクターによる字幕が連続的に映写される。
「失われた物語は君に復讐する。」
「これは、たぶん君の明日だ・・」
「三つの物語がある。」
  「とりあえず、今日は」
「過去の物語を、君に。」
「『夕焼け草を追いかけて』」
   適当に字幕がばんばんでて、その前でダンス。
「演出 ・・・・」
  転換完了で。

Ⅰモノガタリの夜Ⅰ

坑道。
がしゃんがしゃんとやかましい機械的な音がしている。
モノガタリの子供たちが跳梁する。
カリスマドクターとカリスマ看護婦がいる。当然無免許だろう。
ジェイソンのように、チェンソー振り回して歩き回り危ないったらありゃしない。

狂四郎:解剖じゃーっ。
龍子 :解剖じゃーっ。
狂四郎:解剖じゃーっ。
龍子 :解剖じゃーっ。
狂四郎:解剖じゃーっ
龍子 :解剖じゃーっ。

歩き回るのをやめて演説を扱きだした。
モノガタリの子供たち興味津々。

狂四郎:カリスマドクター居眠り狂四郎参上。
龍子 :清純派看護婦緋牡丹お龍参上。
狂四郎:おい。
龍子 :清・純・派。
狂四郎:おい。
龍子 :清・純・・ぎゃっ。

どつかれた。

狂四郎:どこが清純派じゃ、ばかやろー。
龍子 :ひっどーい。・・ばか。
狂四郎:よいか問題は解剖だ。世界は混沌の渦にある。進むべき道筋さえも暗黒の海の中に呑まれて光りすらない。こうなればーっ。
龍子 :こうなればーっ。
狂四郎:もはや解剖するしかなーい。
龍子 :解剖するしかなーい。
狂四郎:解剖じゃーっ。
龍子 :解剖じゃーっ。
二人 :うっしゃーっ。
龍子 :で、何を解剖します。?
狂四郎:きまっとろー。我が手のメスに解剖されるのは、
龍子 :あ・た・し。
狂四郎:そうじゃー。解剖じゃーっ!!
龍子 :解剖して・・あ・な・た・・。

とその気のポーズ。どんなポーズじゃ?
モノガタリの子供たち俄然ひゅーひゅー。

狂四郎:龍子を解剖じゃーっ。解剖じゃーっ。ぐはははは。解剖じゃーっ・・・ちがーうっ。ちがう。ちがう、ちがう。ちがう。全然ちがーう!!

狂四郎、怒りの一撃。

龍子 :ぎゃん!!
狂四郎:ばかもーん。
龍子 :いたーい。ひっどーい。
狂四郎:おまえじゃなーい。世界を解剖じゃー!!もはや、この薄汚れに汚れた世界をばらんばらんに、縦横十字にぎったぎたに解剖するしかなーい!
龍子 :なぜ世界を解剖するんですかー。
狂四郎:あたまわるいなー。
龍子 :どうせ、中学校しか出てませーん。
狂四郎:嘘つけ。
龍子 :すみませーん。小学校の間違いでしたー。
狂四郎:ほんとか。
龍子 :ごめんなさーい。幼稚園の間違いでしたー。
狂四郎:最終学歴は。
龍子 :双葉保育園年中組中退でーす。
狂四郎:何で中退した。
龍子 :先生とおいしゃさんごっこしててー。
狂四郎:カーット!
龍子 :なんでよー。
狂四郎:教育的指導。だめだめー。おまえそれ犯罪じゃん。
龍子 :けっ、犯罪が怖くて看護婦やってられるかよう。うつぞー、おらおらうつぞー。あーーーーっ。

と注射器でうって快感。しゃぶか?
モノガタリの子供たちもうってしまう。カイカーン。

狂四郎:清純派なんだよな。
龍子 :え、なにが。

と、とろんとしてる。

龍子 :いやー、きもちいいよー。ねー、あんたー。
狂四郎:もはや君にかける何の言葉もない。失礼。

と、とっとと去ろうとする。

龍子 :わかったわよー。わかったって。はい。
狂四郎:反省してるか。
龍子 :はいっ。ほら。

一斉に反省猿。

龍子 :ほらっ。ほらっ。・・・どうしたん?
狂四郎:たばこはやっぱり癌のもとじゃきに・・。
龍子 :は?
狂四郎:解剖するしかあるまい。
龍子 :だからなにをよ。

狂四郎寄りかかってきたモノガタリの子供をけっ飛ばし、散れっと脅して置いて。

狂四郎:だからモノガタリをだと言うとろうが。

モノガタリの子供たち思わずびくつく。

狂四郎:おまえたちじゃーっ、うがーっ。かいぼうじゃーっ。

モノガタリの子供たちひゅーっと言ってショッカーのように逃げ散る。

狂四郎:みろ、あんな出来損ないしか生まれてこんだろう。国を作るあの荒々しいモノガタリたちはどこへ行った。いまや、「日」のモノガタリばかりのさばりかえって、ろくなもんじゃねー。こうなればー。
龍子 :こうなればー。
狂四郎:もはや解剖しかなーい。
龍子 :どうしても。
狂四郎:どうしても。
龍子 :あたしより。
狂四郎:だから!危ないこと言っちゃダメ!
龍子 :でも、あたしみっけちゃった。
狂四郎:なにを。
龍子 :モノガタリ。
狂四郎:くだらん。
龍子 :どこがよ。
狂四郎:お前のすべて。
龍子 :わるかったわねー。「根」のものがたりなのになーっ。どうしよっかなー。
狂四郎:ばっかもーん。それはやくいわんかー。あの滅びてしまった根の国のモノガタリか。

わらわらとモノガタリの子供たちが集まってくる。
どさくさ紛れに看護婦にさわる。

龍子 :あん。やめて。そこ。ぎゃっ。

再び殴られた。
ついでに子供の二三人にけりを入れた。

狂四郎:はよいえー。さもないとお前をー。
龍子 :か・い・ぼ・う?
狂四郎:今夜はカレーライスにしよう。

と、すたすたと去る。

龍子 :ばかっ。まってよ。アガルタよ、アガルタ!
狂四郎:なにっ。

とちぇんそーもってカッコつける。

龍子 :ア・ガ・ル・タ。
狂四郎:あのアガルタか。
龍子 :うん。
狂四郎:そうか、ではみてやろうそのアガルタの。
龍子 :虹。
狂四郎:虹とやらを。それでも腐ってるようなら、もはや世界は解剖じゃーっ!
龍子 :解剖じゃーっ!
狂四郎:解剖じゃーっ!!ぐはははは。
龍子 :では子供たち。

モノガタリの子供たち。うなづき一斉に散り。

子供たち:モノガタリはいつもこうして突然始まるのです。晩夏の夕暮れ。世界が解剖されようとしているそのとき。モノガタリの扉が開きます。このように。

大きく扉が開く音。

子供たち:モノガタリを解剖じゃーっ!!

ダーンという音がした。
溶暗。
子供たちの笑い声。

Ⅱ晩夏のモノガタリ

音楽。溶明。
大きなトップサス。
電柱らしきものが一本
すべては黄色い黄昏の中にあった。
蝉の声。
がやがやとした話し声。
とーっとかけ声賭けて飛んでいるやつ。

ヤマト:とぁーっ。

と、ショッカーを蹴散らしているらしい。

依子 :きぇーっ。

と、応戦している依子。

ケイ :うおりゃっ!

ケイがヤマトにけりを入れて命中。

ヤマト:いてーっ。
依子 :あほっ。

望がやってきた。

望  :ヤマト、またやってる。
ヤマト:やかましい。望。正当な男の子の遊びじゃ。
望  :いくら何でも古すぎる。
ヤマト:お前のお父ちゃんの話よりゃましジャー。あほー。
望  :言いじゃんべつに。
ヤマト:なら、古いって言うな。ばか。
望  :おまえムカツク。
ヤマト:やかましい。
ケイ :望、いつも夢見る少年だからね。
望  :そんなことないよ。
ケイ :いつだつて本読んでんじゃない。難しい本。
望  :お話だよ。
依子 :最近なんか読んだ。
望  :うん。アガルタの虹っていうファンタジー。なんか懐かしい気がしたなあ。
ヤマト:どうせ、お前そこの出身だなんて言うんだろ。
望  :まさか。でもなんか懐かしい女の子がいてさ。呼びかけたような気がしたんだけど。

梓がいた。

梓  :望。

望は誰かに呼ばれたことはわかった。

ケイ :はいはい。それって白昼夢って言うんだよね。
ヤマト:そんな女の子見てにやにやしてると依子に殺されっぞ。
依子 :ばーか。

と、ヤマトに蹴り。

ヤマト:あまーい。
ケイ :ねえねえ、それより聞いた。笑う子供が出るって。
依子 :なにそれ。
ヤマト:なになに、ケイ。面白そう。詳しくはなせよ。
望  :第五坑道の奥だろ。
依子 :あの、廃坑。ほんとに。

と、なぜか少しきつい声。

望  :う、うん。
ヤマト:何でお前が知ってるんだよ。
望  :なんでって。昔から言ってたよ。
ヤマト:うそ。
望  :父さんから聞いたもの。時々聞こえるんだつて、祭の音や笑い声が。
ヤマト:あー、またお前のそれか。昔話だよ。
ケイ :そんな昔の話じゃないわ。
依子 :どういうこと。
ケイ :最近、聞いた人がいるって。
ヤマト:ほんとかよ。
ケイ :うん。なんかほら隣のアパートに神田さんっているじゃない。あそこの子供。
ヤマト:ああ、あのでくの坊。
ケイ :それ言っちゃかわいそうよ。
ヤマト:いいんだよ。それで。

いつの間にか、周りにモノガタリの子供たちが跳梁している。
もちろん気づかない。依子だけが少し反応。

依子 :それで。
ケイ :その神田君が廃坑へ友達と行ったんだって。
ヤマト:なんで。
ケイ :肝試しやろうかってことじゃない。夏の終わりだし。
望  :終わりにやるものなの。肝試し。
ヤマト:ばか。どうでもいいんだよそんなこと。で、どう。
ケイ :で、いったのね、ちょうど今頃、黄昏時。いわゆる逢魔が時ね。

みんながおっかなびっくりで行く態勢。

ヤマト:おーい、まだいくのかよー。
ケイ :もうちょっと。
依子 :この先やばいんじゃない。たしか。
望  :第五坑道だよここ。
ヤマト:でるとちやうか。
依子 :しっ。
ケイ :な、なに。
依子 :聞こえない。

不気味なきしむ声。
そうして、モノガタリの子供たちは笑う。

ケイ :あ、あれは・・・。
ヤマト:ででたーっ。

ぎゃーっとひせつて走り倒れる。

ケイ :というわけよ。
ヤマト:ほんとかよ。
ケイ :結構びびってたから確かだと思うけど。
望  :馬鹿にしたらいけないよ。坑道にはいろいろあるから。
ヤマト:あーあー、また始まった。いうんだろ、お父さんがって。
望  :お父さんがそういってた。何人もが死んでるし。滅多なことを言っては行けないって。
ヤマト:へー。そうかい。
依子 :ヤマト。
ヤマト:ふん。
依子 :で、どうって。
望  :本当に岩盤の向こうから時々聞こえるんだ。父さんたちはそれをアガルタって名付けている。地底のどこかに確かにあるんだよ。って。
ヤマト:あほらしい。
依子 :アガルタ。

厳しい声。

望  :どうしたの。
依子 :何でもないわ。確かにあるかもしれないわね。
ヤマト:おいおい、よりこまで。

からっと。

依子 :あら、夢があっていいじゃない。
ケイ :どうする。行ってみる。
望  :どこへ。
ヤマト:きまってるだろが。第五坑道。笑い声が聞こえたところ。夏の終わりだし、出て来るにはちょうどの季節。
望  :なにが。
ヤマト:これだよー。

と幽霊のような格好で脅かす。
望はきゃっといって怖がる。
依子がすかさずけりを入れてヤマトがぎゃっという。

ヤマト:いつてー。
ケイ :自業自得。
依子 :でも行ってみよう。
ヤマト:だったらけるな。あほ。
ケイ :行く?

望、少しためらったが頷く。
見ていたモノガタリの子供たち、笑い声をあげる。
一同不安な顔。

ケイ :ねえ。聞いた。
ヤマト:何を。
ケイ :ならいいわ。

だが、みんなも聞いてはいるのだ。

依子 :行きましょう。いい、6時に。第五坑道で。いい。

頷いて。

全員 :6時に第五坑道で。

モノガタリの子供たちの笑い声。
不安そうな顔でそれでも元気に散る。
音楽。暗転。

Ⅲ坑道委員会会議

がしゃんがしゃんシューというような音。
トロッコが見える。
坑道の中。
制服の二人が何か話し合っている。

県  :というと、君の見解ではまもなく奴らが蜂起するのではと畏れているわけだね。
都  :畏れている?その表現は不適切だね。奴らが暴発する可能性が極めて高いと言っているだけだ。
県  :言葉は重宝だね。
都  :まことに。

二人笑う。

都  :君はなかなかのんびりしているからねえ。わからないだろうけれど、情勢は日々変化している。
県  :君に言われるまでもない。「日」の委員会から連絡は来ている。君の所にもだろうけれどもね。
都  :もちろん。問題はそれをどう解釈するかだね。「根」の急進派が動き始めている。もうすでに「日」の内部に食い込んでいると いう報告が来ている。
県  :そういえば、そのようなことを言って来たものもいたね。
都  :君は無視しているのかい。
県  :とんでもない。監視させているよ。泳がせているといってもいいかな。
都  :なかなか高級な芸当をするね。
県  :いえいえほんの小手先しごとさ。
都  :それでどうやらまずいことになっているとは思わないかな。
県  :何が。
都  :この前の急進派の処分だよ。
県  :ああ、あれ。聞かれたみたいだね。
都  :君は、冷静に振る舞っているつもりらしいけど、どうやら波紋は広がりつつあるね。
県  :ほう。どういうふうに。
都  :どうやら、やってくるらしいよ。梓が。
県  :ほっほっ。これは珍しい。何年ぶりかねえ。
都  :忘れてしまったねえ。

二人笑う。

県  :では、罠を仕掛けなければね。
都  :処分するのかね。
県  :仕方ないだろう。
都  :まあね。
県  :では、それぞれの分担を決めよう。

コインをトスする。

都  :ウラ。
県  :残念、表だよ。・・では。

去っていく背後に。

都  :忘れていた。もう一つ。真木望がやってくる。

びたっと止まる。

都  :どうするね。

間。

県  :仕方あるまい。処分しよう。
都  :おやおや過激だねえ。
県  :不服でも。
都  :無いよ。目覚めたらやっかいだ。
県  :では。

去る。

都  :やれやれ騒がしくなる。

去る。
音楽。
溶暗

Ⅳ坑道にて

溶明。
トロッコがある。
望がいた。

望  :第五坑道まではいくつか坑道を渡っていかなければならない。結構危険な道のりだ。それに、第五坑道は海水に浸かってしまっ ている。鉱山全体をすくうために、火事を消すために海水を入れたからだ。父さんは、その決定を聞きながら死んだ。ただ一本 つながって生きていた電話線の向こうから、父さんの最後の声がいまでも聞こえている。望、お母さんを頼む。水がいま胸のあ たりまで来た。どこからか声が聞こえている。笑い声がする。アガルタの声かもしれない。聞こえるか望。聞こえてるよお父さ ん。死んじゃダメだ。がんばって。お父さん。だが雑音が激しい電話線の向こうからは何もきこえやしない。そうして、最後に。 望、元気でいきろ。お父さんは・・あれは何だ。あの声は・・・お父さん、お父さん!・・あとは永遠に沈黙した。ボクは受話 器を握りしめたままぼんやりそのとき思った。父さんはいったい何を見たんだろう、何を聞いたんだろう・・・。

入ってくるヤマトたち。懐中電灯さげてる。

ヤマト:すつげー。とろっこだよ、とろっこ。

飛び乗って、とーっと飛び降りている。

依子 :何もないわね。
ケイ :ここじゃないんじゃない。
望  :ここはまだ第二坑道だよ。あと2キロぐらいある。
ケイ :エー、2キロ。やめよっかなあ。
ヤマト:何根性無いこといってんだよ。
ケイ :だーって。神田君たち笑い声聞いたっていったのここよりずつと入り口の方なのよ。
ヤマト:おかしいなあ。それ。
ケイ :でしょう。
依子 :そのときによるんじゃない。
ケイ :そっかなあ。
依子 :第五坑道まで行ってみましょ。
ケイ :え、うそ。
ヤマト:いくはいいけどなあ。こいつうごかねえかなあ。楽なのによ。
望  :危ないよ。
ヤマト:大丈夫だって。おつ、うごくよこれ。あれっ。
ケイ :どしたの。
ヤマト:油差してる。誰か使ってんだ。
ケイ :やだ、気味悪い。
望  :帰った方がいいよ。
ヤマト:臆病もん。
望  :誰かわからないものがつかってんだろう。こっそり。なんか犯罪のにおいがするよ。
ヤマト:バーか。それを暴きに来たんだろが。
ケイ :え、そうなの。
ヤマト:どうでもいいの。使えるものは使いましょ。しんぱいないよ。廃坑だつて定期点検してんだろ。そのせいさ。
ケイ :あ、そうか。
依子 :とりあえず行けるとこまで行ってみましょ。
ヤマト:それそれ。
望  :やめた方がいいと思うけど。
依子 :望。
望  :何。
依子 :乗って。
望  :え、どうして。
依子 :いいから。

ちょっときつい。

ケイ :大丈夫。
依子 :どこも壊れてるとこないわ。みんなも。取りついて。
ヤマト:ようし。いこいこ。ほれ。

おっかなびっくり取りついた。

依子 :行くわよ。

トロッコは動き出す。
音楽。
笑い声。

ケイ :あれは。
ヤマト:笑い声だっ。
依子 :あぶないっ。

ダーンという音。
暗転。笑い声。
音楽。
溶明。
投げだされている望。
トロッコは横転している。ほかには誰もいない。
頭を振り振り望が起きあがる。

望  :依子、ケイ、・・・ヤマト・・。どこ。・・誰もいないか。
梓  :そうでもないよ。
望  :だれっ。

梓がいた。にっこり笑ってる。

梓  :ふふーん。ちょっと操作させてもらったけどね。うまくいった。
望  :だれ。
梓  :覚えてない?覚えてないか。ちょっとがっかりだぞ。

冗談のようで結構まじっぽい。

望  :君は誰?
梓  :私は御堂梓。・・あなたは真木望。
望  :何で僕の名前知ってるの。
梓  :ずーっと探してたんだもの。
望  :ずっと?
梓  :そう、ずーっと。遠い昔からね。
望  :ボクを。なぜ。
梓  :ふふっ。

と、笑って答えない。
近寄ってくる。トロッコをまわって逃げるというか後じさりする望。

梓  :どうして逃げるの。
望  :にっ、逃げやしないよ。立ち上がってるだけだ。

近づきながら。

梓  :でも動いてる。
望  :うごきゃしないよ。歩いてるだけだ。

更に近づく、更に逃げる。

梓  :そんなにおびえなくてもいいよ。
望  :お、おびえてんじゃない。勝手に体が動いてるだけだ。
梓  :わっ!
望  :わっ!

と、尻餅ついた。だらしない望。
笑って。

梓  :ほら。

すっと近寄って。

梓  :そんなに怖くないよ。私。
望  :こわくなんか無い。

くくっとわらつて。

梓  :怖いくせに。
望  :な、なぜボク探してたの。
梓  :覚えてない?
望  :覚えてるわけないよ。初めてあったんだもの。
梓  :そう・・初めてね。会ったの。

望をじっと見つめる。
その目と声の真剣な響に気圧される望。

望  :どうして探してたの。

すっと離れる梓。

望  :いえないの。
梓  :そのうちわかるわ。
望  :そんなの勝手だよ。
梓  :何が。
望  :勝手にやってきて、僕を捜してるっていってそのわけも言わない。何がなんだかわからないジャナイそれじゃ。
梓  :それも一興じゃない。面白いでしょ。

笑う。

望  :依子たちをどうしたの。
梓  :どうもしない。
望  :うそ、さっき操作し立っていっただろ。
梓  :あら、記憶力いいのね。
望  :答えろ。
梓  :わからないわ。もう根のモノガタリの中にいるもの。
望  :は?
梓  :聞こえないの。もう根のモノガタリの中にいるもの。
望  :なに、その根のモノガタリって。
梓  :ああ、覚えてないんだ。
望  :だからさっきから、覚えてるだの覚えて無いだのつてなんだよ。
梓  :静かに!
望  :えっ。

警戒態勢に入る梓。つられて望もトロッコの脇に隠れる。

梓  :聞こえない。
望  :聞こえないって・・・。

笑い声。
メールストロームの音。

梓  :いつけない。メールストロームだ。
望  :めーる何だって。
梓  :捕まえてて。
望  :は?

ゆがんだような笑い声と音楽が嵐の用に駆け抜ける。
明かりが明滅。

望  :うわーっ。

二人しっかり抱き合う。
音はそのまましばらく揺れるがやがて遠ざかる。
笑い声も。

望  :何あれ・・。ごほん。

はっと気づいて抱きついている梓を引き離す。
梓は少しぼーっとしている。
揺らして。

望  :ねえ、大丈夫。
梓  :あ。・・ああ。小さいやつだったから。
望  :どうしたの。
梓  :メールストローム。渦巻き。巻き込まれるとやっかいなの。また離れ離れになっちゃう。
望  :離れ離れって。

答えずに。立ち上がって、ばっばっと塵を払い。

梓  :ふーっ。

と、一息ついて。

梓  :大丈夫。じゃ行きましょう。
望  :え、行くって。
梓  :お父さんの言ってアガルタを探しによ、もちろん。
望  :何で知ってるのそんなこと。
梓  :何でも知ってるの。いいじゃない。
望  :よかないよ。
梓  :それにね夕焼け草を探さなきゃ。
望  :夕焼け草?何それ。
梓  :お父さんに聞いてない?
望  :全然。
梓  :じゃ、そいつは見つけたらのお楽しみ。
望  :なんだよそれ。
梓  :第五坑道の奥深く。そこがアガルタの入り口。
望  :何でそんなこと知ってるの。
梓  :単なる感。
望  :感ってね、君。
梓  :梓よ。望。
望  :梓。
梓  :(甘く)なあに。
望  :なにって・・そのう。

焦りまくる望。かわいいやつだ。

望  :ええい畜生。いきゃいいんだろいきゃあ。

って、なんかどっかかんちがいしなかった。

梓  :そう。いきゃあいいの。

くくっとわらった。

Ⅴ最初の襲撃

ケイ :そうはいかないね。夕焼け草は渡さない。

ケイと七つ森とアケミがいた。
ケイは少し服装が違う、コマンドっぽい。

望  :あ、ケイ。どうしたのその格好。
梓  :あぶないっ。

横抱きにするようにかばいながらトロッコの横にふせる。
ケイたちの機銃の乱射。

望  :わっ。なに。ケイ。
梓  :静かに。
ケイ :七つ森、向かい側へ。アケミ、左翼へ展開。

七つ森たち、動き始める。

梓  :まずいわね。
望  :ど、どうなってるの。いまの銃撃。
梓  :失礼。
望  :あ、ちょっと。うわっ。

と、スカートをたくし上げ、ガーターにはさんだピストルを抜き出す梓。

望  :梓・・君って。
梓  :いい、説明は後。とにかくここを逃げ出さないと。私が攪乱するからその隙に向こうに全力で走る。
望  :し、しかし。ケイが何で。
ケイ :おとなしく降伏しなさい。抵抗しなければ危害は加えない。・・七つ森。

再び機銃の乱射。
何か言いかけていた望は黙り込む。

梓  :説明は後。いい。これは現実。当たったら死ぬよ。わかった。
望  :わかった。
梓  :行くからね。

行くところへ、ヤマトの乱入。

ヤマト:とーっ。本郷ヤマト参上。はーつ。

恥ずかしいやつだ。

梓  :いまよ。

梓ぱつと構えて、連射。
あわてて逃げ込むヤマト。
待避する七つ森とアケミ。

梓  :ほらっ。

駆け出す望。
梓もうちながら逃げ出す。
応射するアケミと七つ森。

ケイ :追えっ。
七つ森:はいっ。

追いかけていった。
おそるおそる首を出すヤマト。

ヤマト:終わった?
ケイ :ヤーマトちゃん。
ヤマト:なーに。
ケイ :この始末どうしてくれるの。逃がしちゃったじゃないの。
ヤマト:ああ、そうみたいだね。
ケイ :そうみたいじゃないわよ。責任取るんでしょ。
ヤマト:責任っていつてもなあ・・。

と、逃げ腰。

ケイ :来週の日曜日あいてんだけどなあ。
ヤマト:え、日曜日・・エーと、引っ越しの手伝いで・・

と一歩、二歩さがる。

ケイ :ふーん。じゃね。水曜日夜ならあいてんだ。どうお食事してカクテル飲んで・・後で、・・むふふ。
ヤマト:げっ。・・あ、そうそう、そのひぼけたお袋の看病がさ、えーとそのう、あれで、これで、あ、じゃそういうことで・・

と脱兎のごとく逃げる。

ケイ :あ、くそ。ねー、そんなに邪険にしなくてもいいじゃない。畜生。待ってよ!

と機銃抱えて追いすがる。
笑い声。
音楽。
モノガタリの子供たちがトロッコを押してどこかへ運び去った。
溶暗。

Ⅵ地底湖にて

警戒しながらやってくる梓と望。

望  :これぐらいでいいんじゃない。
梓  :そうね。

とくつろぐ。

望  :これは。
梓  :地底湖ね。
望  :こんなところにあったかなあ。
梓  :いったでしよ。根の物語になったって。
望  :ああ、それ。何のことなの。
梓  :聞きたい。
望  :もちろん。
梓  :そうよね。
望  :うん。

間。

梓  :座ろうか。
望  :大丈夫?

周りを見ている。

梓  :大丈夫。

ごほんと咳払い。あわてて、物語のこどもたちディレクターズチェアを二つ持ってくる。

梓  :ほら、ここに。
望  :じゃ。

とぎこちなく座る。
間。

望  :さつきから「ネ」っていつてるけどどういうこと。
梓  :静かに・・。
望  :え?
梓  :耳を澄まして・・聞こえない。

物語の子供たちがちょろちょろと姿を見せる。
くくっとわらう、こどもたち。また消えた。

梓  :聞こえた?
望  :聞こえた。・・ほんとにいるんだね。
梓  :いるわ。いつでも。昔から。
望  :昔から。
梓  :そう、ずーと遙かな遙かな昔から。
望  :父さん何見たんだろ。
梓  :お父さんが?
望  :うん。坑道が水没することになつてね。火災を防ぐため。父さん取り残されて・・。
梓  :お気の毒に。
望  :運が悪かったんだ。責任感も強かったし。足はさまれた仲間を助けてて、取り残された。注水しはじめてから電話線が生き返ったんだけど。
梓  :それって・・。
望  :うん。ボクは父さんの最後の声を聞いた。
梓  :辛かったわね。
望  :辛い?わからなかったなそのとき。ボクの頭は麻痺してたものでもあの父さんの声はまだ残ってる。



梓  :ねえ、望。
望  :何。
梓  :この湖はね、第五坑道じゃないわ。
望  :さっきも言ったよ。距離ちかすぎるものね。迷ったかな。でも地底湖なんか炭坑にはなかったんだけど。
梓  :そうよ。炭坑にはない。でも、ここにはある。
望  :え、ここって。

ちょっと後ずさる。

梓  :おびえなくてもいいよ。ここは私の生まれたところ。
望  :梓の・・でも、ここは・・・。
梓  :そう。望にはそう見えるだけ。でもここは根の国。
望  :「ネ」の国?
梓  :あなたとあったところよ。
望  :うそ。ボクは初めてあったんだよ。
梓  :違うの前にあっている。
望  :いつ。
梓  :ずつと前。
望  :前。
梓  :あなたが生まれるずつと、ずつと前。
望  :変なこと言うね。
梓  :変かな。
望  :変だよ。
梓  :じゃ変かもしれない。けれど、本当のことだよ。
望  :本当の事って、それは。
梓  :根と日の国の話。ずつとずつとあなたが生まれるずつと昔の話。

ばしっと音が入る。
崇高な音楽。

望  :其の話。
梓  :聞きたい?
望  :話してくれるなら。
梓  :(優しく)話してあげる。

大きな扉の開く音。
明かりが変わる。
招き猫ヨンカーと物語の子供たちが入ってくる。
 
Ⅶ「根」の悲劇

紙芝居を始めるヨンカー。
モノガタリの子供たちが聞いている。

ヨンカー:お嬢さん方お坊ちゃん方さあさ、紙芝居の始まりだよ。黄金バットや虹伝説はたまた怪傑ハリマオといつもなら豪華三本だて のところだが、今日はしけてていつぽんこっきり、その名も「根と日の悲劇」。もうやんなっちゃうね。誰も知らない昔々の大 昔、この大地に「日」の一族と、「根」の一族が世界を賭けて争い合っていたころの、誰も知らないおはなしさ。それをしてる お前は誰だってか。おいらかい。おいらはその名も名高いモノガタリの支配者アガルタの虹の女王様の一の道化、災いも不幸も 悪霊も幸いもみんなまとめて招き猫。ヨンカーっていうけちなやろうさね。さうて前口上はこれぐらいにして。さあさ始まるよ。 いらっしゃい。いらっしゃい。(奇妙ならっぱをふく)まずは出演者の紹介と行こうかい。こいつが頑固な日の国の王アキツシ マ。

日の国の王がでてくる。

日の王:誰があやつらと世界をわけねばならぬ。世界はこの太陽を神といただく日の一族に任せて、あやつらはとっとと世界の果てへで もひっそりとこもって居ればよいのだ。身の程知らずなネズミどもが。ふぁっふぁっふぁ。

モノガタリの子供たちが笑い出す。

ヨンカー:かっこつけたがるやつじゃわい。いちいちタンか切らねば始まらぬ。もうひとかたは、これまた意地の張っている「根」の国 の女王、クローディア。

根の女王がいた。

根の女王:おやおやそこにみかけるはあの強欲な日の王ではありませぬか。月の女神の慎ましやかなおこころを良いことにして、勝手放 題し放題。あちこちで苦情聞くことはあっても良い評判はとんとききませねなあ。ほっほっほっ。
日の王 :ほほう。力無きものが蚊の寝言のようなことを言って居るようだがとんと聞こえませぬなあ。ふぁっふぁっふぁっ。
根の女王:とんだはりぼてのような大言壮語。ほら吹きすぎてわらいじにせねばよいが。ほっほっほ。
二人  :ふん。

そっぽむく二人。
頭を振るヨンカー。

ヨンカー:意固地ばかりがやつかいな。これではとても二つの部族は共存できぬ。心配されたアガルタの女王様はこうおっしゃった。
アガルタ:このままではモノガタリを紡ぐことはできぬ。モノガタリができなければ国はできぬ。国ができなければ世界は解体する。あ やつらのやり放題になってしまう。
ヨンカー:あやつらといわれますると。
アガルタ:あやつらにきまつとろうが、ほれ。

でた。

狂四郎:解剖ジャー!解剖ジャー!
龍子 :解剖ジャー!解剖ジャー!
狂四郎:世界を解剖じゃーっ。
龍子 :あ・た・しを解剖じゃーっ。
狂四郎:お前を解剖じゃーっ。
龍子 :解剖じゃーっ。
狂四郎:解剖ジャー!解剖ジャー!
龍子 :解剖ジャー!解剖ジャー!

サンバのリズムっぽく踊りながら横切って消えていく。
モノガタリの子供たちも何人かついていった。(また戻ってくる)

ヨンカー:愚かな奴らで。
アガルタ:愚かでも力はある。モノガタリを破壊し、世界を壊すことはできる。
ヨンカー:仰せの通り。
アガルタ:和解させよ。何とでもして、二つの部族を共存させねばならぬ。そうしなければこの世界のデザインはできぬ。日の物語だけ でもまずい、根の物語だけ語られても面白くない。根と日の物語が語られなければならぬ。よいな。
ヨンカー:さすればいかが致しましょう。
アガルタ:それはお前の仕事。
ヨンカー:そんな。
アガルタ:私は今晩のおかずを買ってこなければならぬ。
ヨンカー:おいおい。
アガルタ:なかなか家計簿を付けるのも難儀で行かぬ。頼んだぞ。

と、買い物かご下げてどこかへ行った。

ヨンカー:どこに買い物かご下げて夕ご飯のおかず買いに行く女王がいるかって思うだろうけどいるんだよな。多分今夜はコロッケに違 いない。かにころっけだといいんだけどなあ。

モノガタリの子供のブーイング。

ヨンカー:わかったよ。というわけで、おいらがない知恵絞って考えついたのはパーティー。舞踏会だよ舞踏会。飲んで歌って踊って笑 えば、みんながみんな笑顔でハッピーってか。でもって呼んだね。猫も杓子もミー子もポチも、そうして、みんな踊ったわけさ、 このように。

ダンス。幸せそうなダンス。
根も日も踊ってる。
あの仲の悪い根と日の王と女王も嫌々踊っている。
そのほかはけっこう好きそうだ。
おどってないのが二人。
梓と望。
踊りの輪のそばで何気なく二人目線が会う。
どちらともなくにこっとして。

梓  :おどらないの。
望  :きみこそ。なんで。
梓  :なんだかばかばかしくつて。
望  :ぼくも。
梓  :外出ようか。
望  :そうだね。

ダンスは急速に遠のく。
二人はなんとなく気恥ずかしい。
ヨンカーと子供たちは見ている。

望  :君は根のものかい。
梓  :あんたは日のものだね。
望  :それがどうかした。
梓  :別に。

間。

望  :根って地下で暮らしてるの。
梓  :してないわよ。ネズミじゃあるまいし。
望  :ごめん。みんなそういってるから。
梓  :みんなそういったらあんたもそう思うわけ。
望  :そんなことないよ。
梓  :でもそうじゃない。

間。

望  :悪かった。
梓  :いいよ。よく言われるから。
望  :君は正直だね。
梓  :なにが。
望  :思ってることそのままいえるんだ。
梓  :いつもはそうじゃないよ。
望  :いつもはって。
梓  :言ってもいい人だけ。
望  :・・。言いやすいんだね。
梓  :まあね。

間。

望  :ばかばかしいよね。
梓  :なにが。
望  :これって。
梓  :ああ、今日のこれ。
望  :お互い踊りたくないのに踊ってる。だから楽しそうじゃない。ばかばかしいよね。
梓  :楽しく踊れたらまた違うのにね。
望  :いつになったら楽しく踊れるのかな。
梓  :当分無理みたい。
望  :ねえ。
梓  :何。
望  :そんなとききたらさ。
梓  :何。
望  :一緒に踊ってもいいかな。
梓  :(笑って)いいよ。



梓  :そうだ、ねえ。近くにね、ちょっとした湖あるの知ってる。
望  :うん。小さい地底湖だろ。
梓  :おもしろいのよあそこ。夕焼け草時々生えているの。
望  :へー。行ってみたいな。
梓  :行ってみようか。
望  :今から。
梓  :大丈夫、ちょっと抜けたってわかりゃしない。
望  :わかった。
梓  :じゃ、こっそり紛れてね。
望  :うん。

と、手を取り合って、こっそりと。
ダンスが急速に近づき二人はその輪の中に包まれた。

ヨンカー:ああ、運命の糸に結ばれし二人はこの後いったいどうなるのでありましょうか。「根と日の悲劇」一巻の終わりであります。 っていうわけにはいかないわよね。悲劇はまさにこの二人が出会ったことそのものにあるわけ。まあ、無分別な若者だからして、 そん な行動はバレバレなのにね。で、ばれてしまって、こうなるの!
日の王:誰だ。望を誘惑したのは。

ダンスが止まる。
怒っている王と女王
ざわざわする人々。

ヨンカー:おそれながら誰もそのようなことは。
日の王:だまれ。予の目は節穴ではない。望は明らかにたぶらかされておる。しかも相手は根の一族の小娘ときた。これがわが一族への 陰謀にあらずして何であるか。
ヨンカー:しかしながら。
根の女王:おだまり。梓をあのようにたぶらかしたものは日の一族の子わっぱと言うではないか。断じて許し難し。日の一族に抗議しや。ヨンカー:たかが子供たちのつきあいともいえぬつきあい。
日の王:だまれ。
根の女王:おだまり。
二人 :たかが子供といえども、それにつけ込まれては一族の安危に関わる。厳重に取り調べ、その理非曲直を明らかにせよ。相手はも ちろん、こちらのものも厳重に取り調べよ。覚えず利敵行為に走らぬとも限らぬ。
ヨンカー:大人げないことを。
二人 :黙れ。さっさととりかかれ!

散る人々。

ヨンカー:かくして茶番というか悲劇は始まるわけさ。それっ。

モノガタリの子供たちがそれぞれ梓と望を引き据える。
望は途中で引っ張って行かれる。

ヨンカー:主命に基づき取り調べねばならぬ。真実のみを答えられよ。
二人 :なにごとも。
ヨンカー:お前は一族の秘密を相手に売ったとあるがほんとうか。
二人 :とんでもありません。なんでわたしがそのような。
ヨンカー:ほう。相手を好きになり相手の言うまま、一族の機密を漏らしたというのではないか。
梓  :なんてことを。第一一族の機密も何もそんなものは。
ヨンカー:では望を好きになったのではないのか。
梓  :それは・・。
ヨンカー:ならば同じ事だ。日の一族を好きになってはならぬ。掟を忘れたか。
梓  :掟は知っています。でも・・。
ヨンカー:人の心は掟では縛られぬ。そうとでも言いたいか。
梓  :・・はい。・・掟で心を縛るわけには行きません。
ヨンカー:認めるのだな。
梓  :・・。
ヨンカー:掟で心を縛ることはできぬといったではないのか。
梓  :・・いいました。
ヨンカー:ならば一族以外のものに心を移したと認めるな。
梓  :・・はい。
ヨンカー:つれていけ。幽閉しておくのだ。
梓  :お聞きします。
ヨンカー:なんだ。
梓  :人は自由に人を好きになってはいけないのですか。
ヨンカー:不思議なことを聞く。
梓  :不思議なことでも何でもありません。人は自由に人を好きになれるのではありませんか。
ヨンカー:あずさ。
梓  :はい。
ヨンカー:人はそれほど自由なものではない。定められたものの中でしか生きられぬ。
梓  :私は受け入れることはできません。
ヨンカー:ならば死ぬだけだ。それでも良いのか。
梓  :死ねば思いは届きません。だから私は生きていきます。でも決してあきらめません。私の心の中は自由ですから。掟もそこまで はとどかないでしょう?
ヨンカー:おまえはかしこい。しかし・・・。
梓  :なんでしょう。
ヨンカー:掟とはお前が考える以上に強い力を持つ。いつまでがんばれるかな。
梓  :いつまでも。命ある限り。
ヨンカー:なるほど・・。一つだけ教えてやろう。日の一族の少年、お前を助けようとして脱出をはかり捕まったそうだ。
梓  :望が・・。
ヨンカー:どういうことかわかるな。遺伝子の海に流される。いつの日にか復活するやも知れぬ、しれぬやもしれぬ。ただ一ついえるこ とはこの世ではもう会えぬと言うことだ。それでも待つのか。
梓  :望・・。
ヨンカー:掟は強い。それでも頑張るか。

梓にっこりとほほえんだ。

ヨンカー:ほう、わらったな。
梓  :この世で会えなくてもいつかあえます。いいえ、絶対会います。
ヨンカー:生まれ変わってか?
梓  :かもしれませんね。思い続ければ・・・。

間。

ヨンカー:その思いに免じて教えてやろう。お前の思い一つだけかなえられないこともない方法がある。
梓  :え?
ヨンカー:この世では無理だが、次の世ではあるいはかなうやもしれぬ。
梓  :次の世。
ヨンカー:そいつのことが好きならどこまでも追って行くがいい。
梓  :はい。教えて下さい。
ヨンカー:後悔しないな。
梓  :はい。
ヨンカー:ならば時の海を越えて赤い糸で結ばれたお前の半分をどこまでも追いかけていくがいい。ネズミたち。

モノガタリの子供、ひゅーっ。

ヨンカー:このものに夕焼け草を。

ひゅーっ。

梓  :あなたはいったい。
ヨンカー:おれはまねき猫ヨンカー。モノガタリを紡ぐアガルタの女王第一の道化。お前に頼みがある。
梓  :私に。
ヨンカー:そうだ、それは。

ところへ。
爆破と砲撃戦車砲とつげきいやもう大変。
思わず突っ伏す梓とヨンカー。
駆け込んであわてふためく根の女王。

根の女王:なに、日が攻めてきたじゃと、不可侵条約を結んだばかりじゃというのに。
ヨンカー:おそれながらそんなものあやつらにとつてはへのかっぱになりましょう。あわててたいさくをとらないと。
根の女王:といっても手勢はいまかき集めてもせいぜい2万。あいては。
ヨンカー:50万は固いかと。
根の女王:ああーーーつ。
ヨンカー:どうなさいます。
根の女王:50万ーーっ!!
ヨンカー:はい。だからどうします。
根の女王:よっし。
ヨンカー:はい。
根の女王:逃げる!!
ヨンカー:撤収ーっ!!

滅茶苦茶な砲撃音と戦闘音あわてふためく群衆。
モノガタリの子供たち始め滅茶苦茶に右往左往して逃げる。
ゆっくりとしたハミング(後出の歌)
着弾する中。

根の女王:まことに残念ながら我々はこの世界から撤収する。いつの日かきっと我らが世界の旗をこの地に再びへんぽんと翻してみせる。 その日まですべての根の一族よ、地に伏し、野に隠れ日の一族を見張れ。我々は決して負けはしない。再起する日までわれわれ の旗を高く掲げよ。それぞれの安全はそれぞれの責任で行え。では、すべての根の一族よ、再起の日まで、諸君の健勝を祈る。 撤収ー!

スローモーションで撤収。

合唱 :暴虐の雲光を覆い、敵の嵐は荒れ狂う。ひるまずすすめ、我らがともよ。敵の鉄鎖をうち砕け。たてはらからよ、いけ、たたか いに。聖なる血にまみれよ、ひるまずすすめ、我らが友よ。敵の鉄鎖をうち砕け。

最後の着弾。
大きなドアが閉まる音。
溶暗。
  
Ⅷ混乱

溶明。

梓  :というわけよ。
望  :はあ。
梓  :なに、そのはあって。
望  :いやなんか世界がつかめないっていうか。何。
梓  :あーっ、あたまわるいな。何だってこんなやつ好きになったんだろ。
望  :え?
梓  :何でもない何でもない。
望  :で、今の話の流れで言うとボクは其のヒ?だっけ、その一族で、君はネの一族?
梓  :そういうことになるわね。
望  :で、敵対していた二人は。
梓  :敵対してるのはそれぞれの一族。
望  :あ、そうか。で二人は出会って恋に落ちた。
梓  :って言ってもまあいいかな。

望、笑い出す。

梓  :なによ。
望  :いや、だってさあ。なんかゲームの話でもあるまいし。それってなんかこうおかしいよ。
梓  :おかしい?
望  :だって。ねえ。しんじられないもの。おかしいよ。
梓  :・・そんなにおかしい?

見つめられてどぎまぎしてしまう望。

望  :あ、いやそういうわけじゃないけど・・・。
梓  :そうね。無理ないか。
望  :気分害した?
梓  :いいえ。
望  :お話なんだろ。今の。
梓  :そう、昔、昔のお話。
望  :お話なんだよね。

言い聞かすような望。

梓  :実はね。追っかけてきたわけは。
望  :あっ、あれ。

湖がおかしい。

望  :湖が。

ばっと湖面が割れた。
躍り上がって襲撃してくる日の一族。

梓  :あぶないっ。

望を突き倒す。悲鳴を上げて転ぶ望。
銃撃音。
回転して横っ飛びの梓、すかさず応射。ぶっ飛ぶ日の一族。

梓  :御堂梓ってしってて来るの。命、保証しないよ!それでもいいならかかっておいで!!

なおも二、三発。
また倒れる日の一族。
身を隠す梓と望。

依子 :もういい。

依子がいた。

望  :依子!なんで。
梓  :だから言ったでしょ。ここはもう炭坑の坑道じゃないって。
望  :そんな。
依子 :しばらくだね、御堂梓。
梓  :おやおや監視員の綾小路さんじゃないの。
望  :監視員?何の。
梓  :あんたのよ。
望  :ボクの?なにそれ。

答えず。

梓  :何か用。
依子 :用があるから来たと思うけど。
梓  :私にかしら。
依子 :そうね。真木望君にも多少は用ありだけど。
梓  :よかったね。無視されなくて。
望  :皮肉かよ。
梓  :こちらはあまり用はないようだけど。
依子 :それは残念ね。私は大ありよ。夕焼け草を渡しなさい。
梓  :はっはーっ。残念でした。そんなものもうとっくの昔に使っちゃったわよ。
望  :夕焼け草?あるんだそんなもの。
梓  :当たり前でしょ。何と思ってたの。ばかじゃない。
望  :馬鹿って言われても。
依子 :ならなぜあなたがここにいるのかしら。
梓  :さてね。どうしているんでしょうね。
望  :どうしているの。
梓  :もちろん望に会いに来たんじゃない。馬鹿と違う。
望  :ばかばか言うなよ。それにほんとは僕に会いに来たんじゃないって言っただろ。
依子 :真木望が見つかって良かったわね。
望  :げっ。ボクに。
梓  :だからそうだっていってるじゃない。バカ。
望  :え、でも。そんな。
梓  :照れるなあほ。こちらが照れるじゃない。
依子 :大事なデートの最中申し訳ないけど、さっさと夕焼け草を渡しなさい。
梓  :だから持ってないって言ってるでしょ。
依子 :強情な子ね。渡さないとどうなるかわかってる?
梓  :あたし、ばかだからわかんなーい。

銃撃の嵐。

望  :うわっ。挑発するなよ。
梓  :駆け引きよ。
望  :よけい状況が悪くなったんじゃない。

更に銃撃。手も足も出ない。

梓  :そのようね。
望  :ほら、バカなことやって。
梓  :どうせあたしはバカですーっ。

どっかで聞いたような台詞。
更に銃撃。
依子が指示を出した。
包囲するらしい。

望  :後ろにまわられそうだよ。どうするの。
梓  :まずいなあ。

と、拳銃を確認。

梓  :うわっ。弾があと三発?
望  :予備は?
梓  :・・忘れた。
望  :もーっ。

至近弾が飛んでいく。
反射的にばっと手を出し、二発、パンパンと返す。
誰か倒れた。

梓  :ざまみろ。
望  :あと一発だろ。
梓  :げっ、そうだった。
望  :きみってすぐカッとする方だろ。
梓  :ま、まあね。
望  :どうすんの。降伏する。
梓  :やだね。
望  :意地っ張りだろ。
梓  :悪い。
望  :戦略が無いだけだと思うけど。

銃撃の嵐。
小さくなる二人。

梓  :あんた、きついときにいたいこと言うね。でも忘れないで。ヒロインはピンチに陥っても必ず助けに来ると決まってるの。
望  :誰が。
梓  :ヒーローに決まってるでしょ。
望  :それつてボクのこと。
梓  :順当に行けばそういうはずだけど・・無理ね。
望  :絶対無理だ。
梓  :威張るな。バカ。
望  :悪かったね。力なくって。
梓  :最初から当てにしてないわよ。しっかたない、こうなりゃなんとかして。
望  :何とかって。
梓  :なんとかよ。うるさいわね。
望  :あ、誰か助けに来るって思ってるだろ。
梓  :いけない?モノガタリの確率から言って来なきゃ行けない展開じゃない。
望  :君って結構ご都合主義だろ。
梓  :人生、楽したいだけ。

背後に回った依子。

依子 :はい、それまでね。おとなしくでてきなさい。
梓  :あいた。
望  :展開ね。なるほど。
梓  :作者の腕が悪いのよ。
依子 :ごちゃごちゃ言ってないで、ゆっくりとこちらむいて。

ゆっくりと手を挙げて後ろを振り向く。

梓  :ほら、こういう展開よ。
望  :なるほど。

依子の後ろに、ケイがいた。

依子 :何うれしそうにしてる。夕焼け草を。
ケイ :渡しちゃダメよ。

依子其の声を聞くや、だっと横へ回転しながら、後ろ向けてうつ。
ケイ、サイドステップでよけながら機銃掃射。
ケイたちと依子たちの銃撃。
その隙に。

梓  :ほらっ。
望  :待って。

だつとまた逃げ出す。

依子 :逃がすな、追え!
ケイ :行かすか!

ところへ。

ヤマト:とあーっ。本郷ヤマト、参上!
ケイ :あっバカ。
ヤマト:いたいっ!

と負傷した様子。

ケイ :あのばかっ。

ヤマトを助けに走るケイ。
坑道委員会のメンバーがなだれ込んでくる。

県  :撃てっ、いてまえ!
都  :少々の犠牲者はかまわん!撃てっ!

どうやら対戦車砲らしい。
バズーカの音。
混乱する中、ヤマトは走る。

ヤマト:梓ーっ!
ケイ :待って!
依子 :撃て!
都  :撃て!
県  :撃て!
ケイ :ヤマトのバカ野郎、くそーっ、撃てーっ!うって撃って打ちまくれ!行けーっ!!

滅茶苦茶な銃撃の中
モノガタリの子供たちや道化師ヨンカーなどがうたれまくってあっちでもこっちでももんどりうつ中。
ゆっくり溶暗。
音も小さくなる。

Ⅸ地下クラブヤグモ

演歌がかかっている。(北原ミレイあたり)
地下クラブヤグモ。
溶明すれば、お茶引いている、七つ森とアケミ。
動物占いを熱心に見ている七つ森。
アケミが話しかけてるけど上の空で相手している。

アケミ:ねー。
七つ森:何。
アケミ:くるかなあ。
七つ森:誰が。
アケミ:あいつ。
七つ森:ケイさんどういってた。
アケミ:立ち回る可能性がかなり高いつて。
七つ森:じゃ来るんだ。
アケミ:でもママはそう見てないようだけど。
七つ森:じゃ来ないんだ。
アケミ:私は今日あたり怪しいと思うけどね。
七つ森:じゃ来るんだ。
アケミ:七つ森はどう思う?
七つ森:じゃあ来ないんだ。

アケミは嫌な顔をしていたが。

アケミ:私はアケミです。
七つ森:じゃ来るんだ。
アケミ:こいつは七つ森です。
七つ森:じゃあ来ないんだ。
アケミ:ママはヤグモです。
七つ森:じゃ来るんだ。
アケミ:ここは地下クラブヤグモです
七つ森:じゃあ来ないんだ。
アケミ:蜘蛛が巣を張るように根の一族の見張り番として客も来ないのに網張ってます。
七つ森:じゃ来るんだ。
アケミ:ちなみに私16才。アルバイトだけど、これって立派な児童福祉法違反です。きゃっ。
七つ森:じゃあ来ないんだ。
アケミ:以上解説終わりっ!
七つ森:じゃあ、来る・・

アケミ、ばこーんとアルミのお盆で七つ森の頭をたたく。

七つ森:痛いっ!
アケミ:そりゃいたいわよね。思いっきりやったんだもの。
七つ森:痛いじゃない。なにすんのよ。
アケミ:たたいたのよ。文句ある。
七つ森:わたし何したって言うの。
アケミ:別に。
七つ森:ひっどーい。
アケミ:どこが。
七つ森:何でたたくのよ。
アケミ:人の話聞かない方がひっどーい。
七つ森:聞いていたよ。
アケミ:聞いてない!

ヤグモが入ってくる。

ヤグモ:あらあら、なーに、お店で大声出してはしたない。
七つ森:ママ・・おはようございます。
アケミ:おはようございます。
ヤグモ:おはよう。
七つ森:アケミったらひどいんですよう。人が何にもしてないのに、いきなりばしっとお盆で。おかげでセットした髪ぐしゃぐしゃ。
アケミ:七つ森が人の話全然聞いてないのが行けないんです。
七つ森:アケミが。
ヤグモ:まあまあ、それよりぼつぼつお客さんくるわよ。支度したく。
二人 :はーい。

支度始めたところへ。
梓と望。 

望  :なにここ。
梓  :怪しいわね。
二人 :いらつしゃーい。

と、強引に手に手を取って引き寄せる。
カウンターに寄りかかったものの。

望  :どうする。
梓  :さあ。
アケミ:お飲物は。
梓  :子供に飲ませてどうすんの。
七つ森:あらら。子供ったって十分育ってるんじゃない。
アケミ:そうよねー。なんせ何千年かたってんだもの。

ばつと、警戒する梓。

梓  :ほう。あんたたち・・・根の者ね。
ヤグモ:あらあら、とんがっちゃって。大丈夫。味方よ。味方。うふ。かわいいわね、そちらの坊や。
望  :えつ。
梓  :かわいいって。よかったね。
望  :えー。だってこの人。
ヤグモ:あら、偏見は良くないわよ、坊や。ちょっと。手を見せて。

おそるおそる手を出す望。

ヤグモ:うふーん。すべすべしてるわねえ。いいわね、若い子は。あら、逃げちゃダメ。

と、しっかり手を握って離さない。
ひびっている望。

望  :ええ。はい。でも。

と逃げようとする。

ヤグモ:だめよ。あたし、これでもアームレスリング関西チャンピオンだから。逃げたってダメ。うふ。

その通り逃げられない。

梓  :あきらめな。
望  :あずさー。
梓  :人生勉強。うん。南無阿弥陀仏。
望  :そんなー。
アケミ:ママ。びびってますよ。
七つ森:悪い病気。
ヤグモ:うふん。わかったわよー。久しぶりに若い子の肌がサー。うふふ。

と、手を離す。

望  :うわー。

と、ほんとにちびりそう。

梓  :良かったわね。
望  :じゃないよー。死ぬかと思った。
七つ森:御堂梓に真木望ね。
望  :ゲッ、何で。
梓  :やっぱり。私たちに何のよう。
アケミ:ほらほらすぐとんがって。だから男に逃げられるのよ。
梓  :誰が逃げられたっていうの。
アケミ:あら、昔からの噂。イヤー、伝説かな。
梓  :ムカツク。
七つ森:相談だけどねー。御堂梓。
梓  :何。
アケミ:夕焼け草を渡さない?
梓  :しらないわ、そんなもの。
七つ森:ほー。知らないって。
アケミ:おとぼけもうまくなったわね。小娘が。
梓  :あんたに小娘って言われる覚えはありませんけどね。
アケミ:なら、クソ婆っていつてほしいわけ。何千年も年食ってるわよね。
梓  :か弱い乙女にそういうわけ。
アケミ:真実じゃなくって。

二人うがーっとにらみ合う。
望おろおろと。

望  :よしなよ。おとなげない。
梓  :あら、あたしまだ大人じゃないわ。いいじゃない。
アケミ:ほう、よく言うわね。
望  :まあ、いいじゃない。二人とも。落ち着いて。
二人 :良くはないわよ。ほっといて。
望  :もう。
ヤグモ:まあまあ、二人とも落ち着いて。
二人 :やかましい!
ヤグモ:やかましい?じゃかあしい!誰に向かっていうとんじゃぼけーっ。こらー。ぶち殺すぞ、わりゃあ、ええー。

と、啖呵切る。

望  :わあ。
アケミ:すんまへーん。
梓  :ごめんなさーい。
ヤグモ:わかりゃええんや、わかりゃ。ええか、わい、なめたらあかんぞ。なめたら。アームレスリング関西チャンピオンやぞ。
二人 :へーい。

と、恐れ入る振りをする二人。

望  :ばっかみたい。
ヤグモ:あんた、なんかいうた。
望  :え、あ、なにもいつてません。
ヤグモ:そっ。ならよろし。七つ森、こちらにビール。
望  :あ、ぼくまだ未成年ですから。
ヤグモ:そんなものよろしいがな、ここではそんなことかんけいあらへん。来てくれたものはみんなお客様。だからごちそうするんやおへんか。それともなにかい。おいらの杯うけれんとでもいいなさるんかい。ええ。
望  :梓ー。
梓  :しらんわ。もう。

ところへ、ケイがきりっとスーツを着てやってくる。

ケイ :やっぱり来てたわね。
ヤグモ:あら、ケイはんじゃおへんか。
ケイ :その変な京都弁やめてくんない。
ヤグモ:あ、これ。気に入ってるのに、行けず。
ケイ :やめろって言ってるの。
ヤグモ:へいへい。
ケイ :さっきはどうも。
梓  :死ぬかと思ったわ。
ケイ :そんなたまとは思えないけど。
梓  :ならどうするの。
ケイ :どうも。話し合おうと思っただけ。
梓  :へー。話し合いね。怖い怖い。
ケイ :バカにするものでもないわ。正当な交渉よ。どう、夕焼け草と引き替えに身柄の安全確保。
望  :安全確保?
ケイ :そう。こちらの警護がつく。みんな野戦で鍛えたプロフェッショナルだけど。
梓  :お断りするわ。
望  :どうして。身を守ってくれるって言ってるじゃない。
梓  :望、ただじゃないのよ。夕焼け草を渡せってきこえなかつた。
ケイ :どう、望君もああいってる、悪い条件じゃないと思うけど。
梓  :あなた達、日に復讐するつもりでしょ。
ケイ :ふん。いけない?
梓  :やめた方がいい。
ケイ :どうして。負けてしまうから。今まではね。でも夕焼け草があれば。
梓  :だから、ダメ。
ケイ :どうして。
梓  :それでは同じ事になる。
望  :何が。
梓  :日と同じ。
望  :どういうこと。
梓  :根のモノガタリにしてしまえば今度は日が消える。
ケイ :当たり前でしょ。もう充分日はのさばりすぎた。
梓  :それでもダメ。
ケイ :ほう、やっぱり噂は本当ね。
梓  :何。
ケイ :真木望にのぼせてわが一族を売ってしまった裏切り者。
梓  :そんなことはないわ。
望  :えー、ボクに。
梓  :そんなこと無いって。
望  :だよね。そんなことってあるはず。
ケイ :あるんだよ。歴史をひもとけば、そんな裏切り者はごろごろしている!御堂、梓、もはや問答無用、粛正!

ケイ、素早く銃を構える。
梓、構える暇もない。

梓  :撃つの。
ケイ :そうよ。最後の選択。どう。渡すの、渡さないの。
望  :梓!
ケイ :動かないで。あんたも死にたくなかったら。
梓  :望、言うとおりにして。
望  :梓。
ケイ :どっちなの!
梓  :いやよ!
ケイ :なら、死ねば・・。

と言いかけたところへ依子。

依子 :おや、取り込んでるのね。
七つ森:あらいらつしゃーい。
ヤグモ:お見限りねー。

と、ほっとした空気。
ケイは素早く銃をしまう。

依子 :あら、茉莉邑さんじゃないの。
ケイ :どうも、綾小路さん。
依子 :そこにお見かけしたのは御堂梓さんに真木望さんと思うけど。
望  :どうも。
梓  :ども。
ケイ :それで何のよう。
依子 :あら、ここはクラブじゃない。飲みに来ちゃいけないの。
ヤグモ:おびーる、ほらほら。気が利かないのね。
七つ森:あ、すいませーん。
依子 :いいのよ。どうやらそういう暇もなさそうだから。どう。御堂梓さん。私と一緒に来ない。
梓  :どうして。
依子 :根の一族の急進派に殺されちゃ浮かばれないでしょ。あなたなら日の一族が正当に待遇すると思うけど。
梓  :正当にね。
依子 :バカにするものでもないわ。日の物語はもはや動かしがたい事実。いまさら何を小細工してもどうなるものでもない。だけど、 万一の可能性は無視するほど愚かでもないのよ。可能性はあくまで排除するの。平和的にね。
梓  :平和的。
依子 :あなたのもといたころとちがうのよ。何が何でも武力でって言うのは、そこにいる根の阿呆どもぐらいのもの。
ケイ :なにを。
アケミ:まあまあ。ケイさん。
依子 :金持ち喧嘩せずってね。どう、一緒に来てもどうって言うこと無いわよ。
望  :誰だ君は。
依子 :はあ。
望  :依子だろう。ボクの友達の。でもなんか全然わからないことをしゃべってる。君は誰だ。
依子 :あなたのガールフレンドの依子よ確かに。形はね。
望  :形。

依子、笑う。

梓  :遺伝子の海に潜ってあなたを監視している。
望  :え。
梓  :何回も生まれ変わっては、あなたの生まれ変わる様子を監視している日の一族がいるって聞いた。
望  :ええ。気持ち悪い。
依子 :気持ち悪くてごめんなさい。第75代目の綾小路依子。今度はうまくあなたのそばにいれたけどね。
梓  :まるっきりホラーね。
依子 :時間の海を渡るというほら話よりはましだけど。
望  :時間の海?
ケイ :与太話はそれぐらいにしたら。
依子 :どちらが梓をいただくかという話?

ばつと構える。
ケイも構える。
七つ森と、アケミもカウンターのしたから武器を取り出す。

望  :うわっ。梓。
梓  :危ない。

梓と望はしゃがみ込む。
ところへ。

ヤマト:とぉーっ。本郷ヤマト参上!!

となだれ込むバカ。

ヤマト:梓ー。
ケイ :やかましい!

とりあえず武器でばこつと殴られ。

ヤマト:ふぎゅっ。
梓  :いくよっ。

と、望をつれて逃げようとするが。

依子 :行かすか!

七つ森とアケミ華麗に撃つ。
横っ飛びに撃つ依子。
ところへ。

県  :違法営業で逮捕するー。
都  :児童福祉法違反ジャー。

ばんばんうちながら県と都。
七つ森とアケミを身を翻して撤収。

ヤグモ:こらーっ、俺のシマで何やっとんじゃー。

と、武器取り出して上に撃つ。

県  :やかましいーっ。
都  :抵抗するかわりゃー。
ヤグモ:なめるなおかまをー。うぉりゃー。
県  :誰がなめるかあほー。

ともみ合う。

ヤグモ:いうたな、いつてはいけないことをいつたなー。もはやこれまでー。

と、袂から取り出した何か。

ヤグモ:みよー、これぞ名高き爆裂弾。みんなしねー。

と、どーんと投げ出した。爆発。
ヤグモの壁があいた。

県  :あー、隠し部屋ー。
都  :逃がすかー。
ヤグモ:お前らはここで死ねー。

と抵抗するヤグモと乱闘。

梓  :望。
望  :うんっ。

壁の穴に脱出する二人。
追っかけていく依子。
後は、乱闘になつて、溶暗。

Ⅹ火の街

虹の女王:それはまずいな。

溶明。
ヨンカーがかしこまっている。モノガタリの子供は跳梁している。

ヨンカー:確かに。このままでは必ずや火が姿を現わさずにはいられますまい。
虹の女王:火が降臨すれば全てが滅ぶ。
ヨンカー:モヘンジョダロのように。あるいはポンペイのごとく。
虹の女王:天の火により生きながら焼かれよう。
ヨンカー:さながら地獄そのものかと。
虹の女王:地獄の方がまだましかも知れぬ。

モノガタリの子供たち笑い、女王にちょっかいをかける。
うるさそうに追い払い。

虹の女王:モノガタリはおうおうにして己自身を追いつめてしまう。一つのモノガタリのみ語られて良いことではない。日は彼ら自身の ためにももう少し考えた方がよいのだが。
ヨンカー:多元的構造の柔軟な世界とでも申しましょうか。
虹の女王:お前なかなかこ難しいことを言うようになったの。
ヨンカー:いささか。
虹の女王:やはり根のモノガタリも必要じゃ。
ヨンカー:なかなか、日の連中も頭が固くて。
虹の女王:だがこのままでは必ず日の支配は行き詰まることが目に見えて居る。
ヨンカー:もうすでにその兆候は見え始めております。彼らとてそれに気づいていないわけではございません。曰く環境破壊、曰く民族 紛争、いわく荒廃する社会、それなりに心を痛めては居るようですが。
虹の女王:いかんせん、まるっきり物事の根本が見えて居らぬ。日の物語で固まって居るからな。
ヨンカー:さようで。
虹の女王:例の根の者たちはいかがした。
ヨンカー:それが。
虹の女王:うまくいかぬのか。
ヨンカー:なかなか頑張っては居るようですが。
虹の女王:ガンバつて居るでは困る。二つのモノガタリを出会わせねば、この世界の行く末は見えたも同然じゃぞ。
ヨンカー:恐れながら遠い未来におきましては、もはや悲劇的な選択肢がいくつか。
虹の女王:それで。
ヨンカー:時のメールストロームにちょっと巻き込まれ、どうやらその一つに接近遭遇しているかと。

ちっと、女王は舌打ちして。

虹の女王:おまえがこやつらと遊びほうけているからじゃ。
ヨンカー:面目次第もございません。

子供たち、ヨンカーをあざけって跳梁する。
ヨンカー、子供たちにやかましいとけりを入れる。
子供たち、わらわらと逃げ散って様子を見ている。

ヨンカー:まったく忌々しい奴らで。
虹の女王:こどもはあんなものじゃ。
ヨンカー:悪ガキというやつで。
虹の女王:それでどうする。
ヨンカー:は?
虹の女王:は?ではない。どうするかと聞いて居る。
ヨンカー:ワタシガですか。
虹の女王:ほかに誰がいる。情けない顔をするな。お前がやらいで誰がやる。
ヨンカー:いえ、陛下が。
虹の女王:前にも言っただろう。私は家事で忙しい。家計簿を付けるのが難儀でいかん。あ、そうじゃ、ローンの計算もあった。ではた のんだぞ。
ヨンカー:あ、陛下。これ。陛下。

とっとと行ってしまう。
子供たちもおもしろがつてぞろぞろついていった。

ヨンカー:かーっ。なんてやつだろね。ほんとに。おいらばつかり苦労させて。ああいう上司は持ちたくないもんだね。ったく。部下は 苦労するばっかり。
虹の女王:なにかいったか。

と、ぴょこっと顔を出す。聞いていたらしい。

ヨンカー:はっ、誠心誠意勤めさせていただきます。
虹の女王:うむ。励めよ。
ヨンカー:はっ。

と、最敬礼。しばらく。
いなくなったことを確認して。

ヨンカー:いけず。・・やれやれ、日と根のモノガタリをドッキングか。言うはやすし、おこなうはかたし。おっと、いかんいかん。渦 巻きに巻き込まれた連中をまず何とかしなくちゃ。やれやれ仕事ばつかりだ。おーい。

ぴょこっと子供たちが顔を出す。

ヨンカー:仕事だ、仕事だ。遊びは終わり。いくぞ。

子供たち、仕事だ仕事だ。とついていく。
音楽。
渦を巻くような感覚。
梓たちがやってきた。

望  :なんか気持ち悪い。
梓  :メールストロームの予兆だよ。
望  :またあれ。
梓  :多分ね。
望  :なんで出てくるの。
梓  :時間の流れに逆らうとどうしてもね。ほら、川の流れに逆らって手を動かすと渦ができるでしょ。あれみたいなもの。
望  :ふーん。
梓  :ゆっくり動かすとそれほどでもないけど、強く早く動かすと結構強い力で引き込まれる感じがするじゃない。あれ。
望  :ふーん。

と、あまりわかってない。

望  :そんなものか。
梓  :あ、やばい。
望  :どうした。
梓  :ちょっと強い渦。流されちゃう。固まって。

望を引き寄せて抱き合う。
音楽。渦が巻く。
明かり明滅。
やがて引く。

梓  :ふーっ。・・ほらっ、いつまで抱きついてるの。
望  :べ。べつにだきついてたわけじゃ。
梓  :ほー、照れてる。
望  :そ、そんなことないよ。
梓  :まいいんだけど。
望  :ふん。・・あ、あれなに。

遠くを指す。
話題を変えたような感じだったが。
緊張する梓。

梓  :かげろうの街だわ。
望  :かげろうの街・・。なにそれ。
梓  :幽霊のような街。目には見えるけど、それも一時で、やがてかげろうみたいに消えていく。
望  :ああ、蜃気楼みたいなもの。
梓  :いいえ、本当の街。
望  :でも、消えるんだろう。
梓  :行ってみる?
望  :うん・・。
梓  :怖い?
望  :・・まあね。
梓  :そつか。・・じゃこれ。
望  :えっ。

あずさ、やおらガーターホルダーからピストルを取り出した。

梓  :これ。弾一発だけど。安心でしょ。
望  :え、ボクこんなの使えないよ。
梓  :お守りと思えば。大丈夫なんかあったら、引き金引けば弾は出る。
望  :何かいやだなあ。
梓  :意気地なし。
望  :・・・。
梓  :がっかりね。
望  :わかったよ。
梓  :あら膨れた。
望  :そうまで言われたらね。
梓  :ごめんなさい。
望  :ちっとも思ってないくせに。
梓  :へへっ。
望  :行こう。
梓  :あらあらいきがって。
望  :うるさいな。
梓  :はいはい。

と、口では粋がっているが結構へつぴりごして行く。
明かりがゆっくり変わる。
何かもの悲しい音楽が聞こえる。
二人、緊張して入ってくる。

望  :ひどいなあ、なんか火事にでもあつたのかなあ。どこもかしこも焼けただれてる。
梓  :気をつけて。
望  :人気無いね。みんなこの街見捨てたのかなあ。
梓  :いいえ、捨てはしないわ。
望  :けど、誰もいないみたいだよ。
梓  :そう、誰もいない。
望  :知ってるの。
梓  :来たことはないけど。そうなることは知ってるわ。
望  :どういうこと。
梓  :あ、あれ。
望  :人形だ。だれか子供がいたんだね。

と、近寄る。

望  :ほら、小さいフランス人形だ。

と、拾おうとするがそれは砂のように崩れる。

望  :あ。

と、何か悲しげな声。

望  :崩れた・・・。
梓  :みんな、そうして砂のように崩れてしまうのよ。そして消えていく。

背後から悲痛な声だ。
その響きに思わず振り返る。
砂を握りしめたまま。

望  :これって。
梓  :滅んでしまった街よ。
望  :君は本当はここに来たんじゃないの。
梓  :いいえ。
望  :なら。なぜそんなこと知ってるの。
梓  :みたんだもの。
望  :何を。
梓  :日の物語が火を呼び寄せるのを。
望  :日が火?何を言ってるの。
梓  :ここは火で焼かれた街よ。
望  :見ればわかるよ。火事かなんかで。
梓  :そんなものじゃない。
望  :そんなものじゃないって・・まさか火山が爆発なんて事は・・・ないよね。
梓  :空から火が降ってきたの。
望  :空から火がつて・・。何言ってるの。あ、まさか。
梓  :そう。日の物語の結末よ。
望  :それは君の単なる想像だろう。そういうたぐいのお話はいままで這いて捨てるほど。
梓  :違うの。
望  :どこが。
梓  :違うの、本当の事なのよ。
望  :そんなことどうしてわかる。君が見たとでも。そんなこといいっこないよね。
梓  :見たのよ。
望  :まさか。
梓  :世界が火に焼かれて大地が溶けていくのを。目の前で子供が燃え上がるの。いままで笑い声あげていたその表情のままで燃え上 がるの。熱い光と風が何もかも焼き尽くす。今まで吹いてた優しく涼しい夏の風が、一瞬にして6000度の熱の固まりに変わ るの。全部爆発するように燃えて消えていくの。赤ちゃんを抱いた優しい母親が、彼氏と楽しくしゃべってる女の子が、片思い の子になんとかして話しかけようとしてる男の子が。今まで何もなかった次の瞬間に全部悲鳴を上げる暇もなく燃え上がるの。
望  :何言ってんだよ。そんな事って、ありえ・・。
梓  :私は見たの、この目で。
望  :いったいいつ。どこ。核戦争なんかおきてやしないのに。
梓  :遠い未来。あなたのまだ見たことのない未来。見てほしくない未来で。

望、ヒステリックに笑う。

梓  :何がおかしいの。
望  :信用してもらいたけりゃもっとましなウソついたほうがいいよ。危うくだまされそうになったけど。そんなこと易々と信じられ る方がおかしいよ。遠い未来?いつ。何年何月。タイムトラベル?時間の渦だなんだかだって、もっとともらしいけど、とても ね。次からはもっとまともなウソを。

ばしっとたたかれる。

望  :いたい。何すんだよ。
梓  :ばか。
望  :なんだって。
梓  :真木望の馬鹿!
望  :一方的になぐっといてなんだよ。
梓  :私はうそは言ってない。前も、いまも、これからも。あんたにうそなんかこれっぽっちもついてやしない。
望  :梓・・。

梓は泣きそうだ。

梓  :本当のことしかあんたには言いいたくないし言ってもない。
望  :いやそれは。
梓  :ここが炭坑の坑道かどうかぐらいわかりそうなものでしょう。バカっ。
望  :確かに坑道らしいとこはどこにもない。けどだからって。タイムトラベルとか、核戦争とかつて。そんなの。
梓  :では、あんたは今まで私の話どういう風に聞いていたの。

なんか冷たい声。

望  :どういう風にって。
梓  :言って。私の話どういう風に聞いていたの。
望  :・・・。
梓  :言って。
望  :わかったよ。確かに、いろいろ変な事は起きてるけど・・・けど、今ひとつよくわからない。ボクはずっと普通に暮らしてきた。いきなり根だ日だって言われても・・。
梓  :そう。

冷たいというか、かなしげというか、感情が消えたというか。

梓  :信用できないかも知れないけど、これは現実なの。今まで危ない目にあったでしょう。あれもやっぱり現実。私があなたを追い かけてきたのも現実。タイムトラベルって本当のことなの。わからないだろうけど、これって結構面倒な仕事なの。時間の流れ というのはものすごく目の詰んだ編み物みたいなものなの。いろいろな原因と、その結果がねじれあい絡まりあいながら編み目 を作るの。その絡まりあう因果の糸の中から<あなたと私を結ぶ一本のかすかな糸を探し出し、少しずつほぐし、切れないよう に丁寧に拾い出し、追いかけていくの。周りに広がっているのはあらゆる可能性の世界よ。私がいない世界。あなたがいない世 界。私もあなたもいるけれど、それこそ敵対している世界。あるいは、それぞれ相手がいて、お互い何の関心もない世界。そん な何億何兆もある世界をかすかなあなたにつながる赤い細い糸を頼りに、いつ切れるかも知れないとおびえながら、たった一つ の可能性を信じて、長く長く気の遠くなるほど長い旅をたった独りでやってきたの。そうして、やっと見つけた。ああ、これで 私の旅はやっと終わったんだと思っていた。・・バカみたい。・・望。
望  :何。
梓  :・・覚えていないの。あの日のこと。
望  :あの日のこと?あの日のことってなに。
梓  :覚えてなきゃいいわ。いい。真木望。もう一度だけチャンスをあげる。次に会うまでよく考えて。
望  :まてよ。

梓の服を掴む。

梓  :離してっ。

その気迫に思わず手を離す。
梓は駆け出す。

望  :梓!待って。

追いかけようとして転ぶ。こんな時に間の悪い。
梓は振り返って一瞬止まったが、振り切るように走り去る。本当は、追いついてもらいたかったんだろうけれど。
どじな望。

望  :畜生!何なんだ。

座り込んで呆然としてる望。

望  :そんなこといわれても、・・知らないよ・・。

音楽。
溶暗。

ⅩⅠ梓単独行

溶明。
だっだっだと歩いてくる梓。
だが、やがて歩みは止まる。後ろをのろのろと振り向くが、もちろん誰もいない。
立ちすくむ梓。
やがて、のろのろと座る。
黙っていたが顔を覆い。

梓  :何でよ。

誰に言っているわけでもないのだ。

梓  :なんで。

泣いているのかどうかはわからない。
しばらく黙っている。
やがて。

梓  :やめた。

ふーっとため息ついて、気を落ち着かせている。

梓  :ま、もう一回やってみるか。

気持ち切り替えて前向き。

梓  :ん、たしかに短気は良くない。良くないぞ。

かっと来たことを反省しているらしい。

梓  :せっかくの赤い糸だもんね。逃がすもんか。

立ち直りの早いやつ。

梓  :しっかたない。あやまってやるか。いやいやそれじゃなんか腹の虫が治まらないなあ。

と、たちあがって、歩き出そうとする。

梓  :どうすっかなあ。
県  :とりあえず我々について来てもらおう。

ばっと構えようとしたが、ピストルを望に渡したことに気づいて、中途半端な姿勢。

都  :それまでのようだね。
梓  :それはどうかしら。

ばつと身を翻して逃げようとした方向に依子がいた。

依子 :というわけよ。
梓  :という訳か。

あきらめた梓。

依子 :年貢の治めどきね。
梓  :どうやらそのようね。
依子 :長かったわ。
梓  :待たせて悪かったわね。
依子 :しゃらくさい口聞くんじゃないの。あなたは捕虜よ。
梓  :はいはい。
依子 :諦めた方がいいわ。どうあがいても私達のモノガタリは滅びはしない。
梓  :別に滅ぼすつもりもないけど。
依子 :それはどうかしら。根と日は相容れないものどうし。どちらかが滅びなければ世界は安定しないのよ。
梓  :そうして、日の一族のモノガタリで世界を覆い尽くす。
依子 :それが悪い。世界っていうものは、所詮モノガタリで創られる。そのモノガタリの正当性を争いあい勝ったものだけが世界を支 配し、歴史を作る。日本の古事記や日本書紀だって、みーんな大和朝廷のもの語り。滅ぼされてしまったもの達のモノガタリは どこにもありはしない。滅びてしまった。いいえ滅ぼされてしまった。

笑う。

依子 :釈迦に説法かしら。あなたには。
梓  :いいえ、けっこうおもしろいけど。

依子は目を細めた。気分を少し害したようだ。

依子 :今は確かに日のモノガタリが世界を覆っている。だが、前にも言ったはず。用心深いのが日の一族。少しでも危ない芽は摘まね ばならない。根の一族に物語を作る力がまだ存在しているとしたら、これはけっこう危ない事態といえるわよねえ。
梓  :そんな力があるかしら。
依子 :どうでしょう。あるかもしれない。無いかもしれない。けど危ない橋は渡れない。夕焼け草なんかその危ない橋じゃあないかし ら。

梓、笑う。

依子 :何がおかしい!
梓  :失礼。被害妄想の極致ね。
依子 :なんだと。
梓  :日のモノガタリが世界を覆っている。それでいいじゃない。確かにあなた達が支配している。根はひっそりとどこかへ隠れ潜ん で、息を詰めて暮らしている。満足じゃない。それでまだ何をおそれる。何におびえる。力を持ったものは、そのもった力故、 おそれ、おびえる。影もないのに影を見て、だれかに足をすくわれやしないかとおそれおののく。笑ってしまうわ。

笑う。
怒りをこらえる依子。

依子 :笑っていられるうちが花ね。そのうち笑えなくなるわ。
梓  :あら、私はいつでも楽しいこと見つけるのが特技なのよ。

依子、うっすらと笑って。

依子 :根の急進派にもねらわれてんでしょう。
梓  :ああ、あれは向こうの誤解よ。誤解。
依子 :ならけっこうなことだけど。寝首かかれないように用心するのね。
梓  :用心しようにも、こんな状態だしね。
依子 :減らず口がほんとに減らないわね。改めて聞きましょう。夕焼け草は。
梓  :だから知らない。
依子 :なるほどね。あなたと話してると疲れるわ。
梓  :私は元気になるけど。ほら。
依子 :安心したわ。じゃ後でたっぷり聞きましょう。県。
県  :なんでしょう。
依子 :管理室に連れて行け。
県  :わかりました。
依子 :尋問の用意もね。
県  :はい。
梓  :お上品だこと。拷問というんじゃなくて。

ばしっとたたく。
切れた依子。

梓  :なにするの。
依子 :口の利き方に気をつけるのね。立場考えなさい。
梓  :考えて言ってるつもりだけど。

また、ばしっとたたかれた。
梓は気丈に何も言わない。

依子 :私は利いた風なことを言う人が一番嫌いなの。連れて行け。

依子をにらみつける梓。
県と都が無理にひっぱつていく。
抵抗するがこづかれて引っ張られる。

依子 :強情な女だ。・・さてと。残るは一匹。

モノガタリの子供たちがあざけるように跳梁している。

依子 :小うるさい奴らね。

いきなり、一発撃った。
もんどり打って倒れる子供。

依子 :ふん。

去る。
倒れていた子供ぴょんと起きあがってなにやら叫ぶ。
他のもの達、袖へ引っ込んでだれかを連れてくる。
望だ。

望  :わかったよ。確かに君たちはいる。いることは認める。ここは坑道じゃない。どっかしらないけどなんかのモノガタリの中だ。 たぶん梓がただしい。ボクが悪かった。でも、どうすればいい。あいつどっかへ行っちゃったよ。

モノガタリの子達なにやら次から次へかしましくしゃべり動き回る。

望  :え、何だって。梓が・・依子達に・・捕まった・・・。そんな。

どうしようもない望。
ますます騒いで何かを伝えようとする子供たち。

望  :エー、出来ないよそんなこと。

ブーイング。

望  :だって、ボク独りだよ。武器ったって・・。弾一発のピストルじゃ・・・。それにボクピストルなんて撃ったことないし・・。

ブーイング。

望  :だって・・そんなこと言われても・・。

子供たち、必死。

望  :わかってるよそんなこと。タイムトラベルしてきたんだろ。長い長い間時間の海を渡って・・・僕を捜しに。・・・ボクなんかのために・・・。わかってるよ。・・。

子供たち話をやめて見守る。

望  :わかってる。今度はボクが探さなきゃいけないって事だろ。女の子だものね。梓は。男の子が守ってやらなきゃどうしようもないものね。

おいおい守れるのか。

望  :守れるのかって言うんだろ。大丈夫だよ。父さんが言ったもの。母さんを頼むぞつて。あれと同じだよ。もちろん、誰も梓を頼 むぞっていいはしないし、梓だって助けてくれなんて言いやしないだろうけど。・・ボクがかつてに守るんだ。・・どうやって だって。わからない、そんなこと。でも、助ける。・・絶対に。・・だって・・梓だもの。

子供たちほっとした。喜んでいる。

望  :そう。君たちもそう思うだろ。じゃ行こう。とにかくその管理室って言うところまで案内して。あとは何とかする。これでね。

と、梓のピストルを取り出して、じっと眺める。
よっしと決心して行きかける。
所へ声がかかる。

ケイ :それだけじゃ無理だよ。

望、振り返って、

望  :え、君は。

暗転。

ⅩⅡ モノガタリの夜Ⅱ

緊迫感のある音楽。
     手術台。乗っているのは「アガルタの虹の絵本」
フナの図鑑を手本に解剖しているドクター。

狂四郎:メス。
龍子 :メス。
狂四郎:しゃきーん。ぶすぶす。すーす。べろーん。

と、擬音で切り開く。

龍子 :ぺたぺた。じゃーっ。

と、洗浄する感じ。

龍子 :汗汗、吹き吹き。

と、医者の汗を拭う。

狂四郎:さわさわ。すっきり。しゃきーん。

と、すっきりする。

狂四郎:ところでどう。
龍子 :何が。
狂四郎:最近、激しいんだって。ぐいぐい。
龍子 :何が。とりとり。

狂四郎がなにかえぐったのをとる。

狂四郎:鉗子。
龍子 :鉗子。ほいほい。何がです。
狂四郎:かちかち。・・男遊び。
龍子 :やだあ。
狂四郎:おっ、ここ筋が固いな。こりこり。がちがち。
龍子 :鋸いります。
狂四郎:いや、はさみ。縫製がしっかりしてるよ。
龍子 :はさみ。ちょきちょき。
狂四郎:針。ぬいぬい。ないの?
龍子 :ちょっとないですね。
狂四郎:ちぇっ、しょうがないなあ。また、あれかい。ヨンカーのちょっかいだろ。
龍子 :あれダメですねえ。
狂四郎:だって、昨日デートしたんじゃない。あ、トンカチある?
龍子 :釘抜き兼用でいいですか。
狂四郎:まずいけどなあ。ま、いいや。とんとん。こんこん。がんがん。で、どう、彼。
龍子 :全然。なんか、ちよっと引きますよね。べたべた。ぬらぬら。もちーっ・・うぇっ。
狂四郎:あ、いとひいてるよ。これ。腐ってんじゃない。
龍子 :内蔵腐ってんじゃないです?ぐろぐろ。
狂四郎:うぇっ。・・うぇーっ。ないなあ。
龍子 :げろげろ。うっ。何がです。
狂四郎:いやあ、浮き袋みつかんないんだよね。それに、えらもなんだかよく分からないし。
龍子 :それフナの解剖図でしょ。だめですよ、最近はやんないすよ。
狂四郎:え、そう、なんせ久しぶりに物語解剖するからさ。どこが始めか終わりかわかんなくなっちゃってるのよ。
龍子 :あ、麻酔切れそうですよ。しゅわしゅわ。
狂四郎:あ、まずいよそれ。笑気ガスちゃんとコントロールしなきゃ。物語正気になっちゃうよ。
龍子 :先生、それ以上言うと、シャブうちますよ。
狂四郎:シャブいしゃれだね。

看護婦有無を言わさず打つ。

龍子 :シャブーっい!!
狂四郎:うっ。きっくーっ。

と、一度は利くがすぐ立ち直る。
平気な様子で、手術しながら。

狂四郎:メス。きりきり。
龍子 :メス。ぶすぶす。

狂四郎。ぶすぶす刺しながら。

狂四郎:どうやら物語は行き詰まっているらしいなあ。ぐさっ。
龍子 :いよいよ解剖ですか。ちょきちょき。

と、何か切っている。

狂四郎:そうだ。もはやアガルタの虹は解剖寸前。ナイフ!
龍子 :はーい。ぎらぎら。

と、鋭いナイフ。本人も持っている。

狂四郎:だははははは。物語を解剖じゃーっ。
龍子 :それ、フナですよ。
狂四郎:よいよい。三枚に下ろしてしまえば文句もでまい。物語を解剖じゃーっ。
龍子 :物語を解剖じゃーっ。
狂四郎:アガルタの虹など戯言至極。根の物語も日の物語もない。全ては混沌の渦の中にある。真木望だと、御堂梓だと。笑止千万、奴 らは所詮将棋の駒。盤面でちょろちょろするただのゴマ粒。どうあがいても動きはとれん。
龍子 :動きはとれーん。

狂四郎、ナイフをぺろりとなめた。

狂四郎:カリスマドクター、ただいまより手術の準備。

龍子、ナイフをぺろりとなめた。

龍子 :清純派看護婦、手術の準備。

獲物をもって、それぞれ。

二人 :物語を解剖じゃーっ。

バンと、二人ともナイフを突き立てる。
暗転。
音楽高まる。

ⅩⅢ囚われの身

音楽鎮まって。
溶明。

依子 :それでもう言うことはないの。
梓  :何も無いわ。

イスに引き据えられている梓。
後ろ手に縛られているようだ。
県と都が控えている。

依子 :強情な子ね。
梓  :嫌なものはいやなの。

ふつと、わらつて依子。

依子 :あなたそんなに突っ張ってて疲れない?
梓  :疲れる?何で。
依子 :世界を肩にしょってるような顔をしているわ。さぞかし肩こりがひどいんじゃないかと思ってね。
梓  :それほどでも。
依子 :タイプなのね。
梓  :は?
依子 :一生懸命まっすぐ前を向いて、わき目もふらず。
梓  :いけない。
依子 :時と場合ね。
梓  :今はそうじゃなくって。
依子 :さあどうでしょう。お互いリラックスして、のんびり人生楽しんでもいいかもね。
梓  :のんびり人生ね。あなたにできるかしら。
依子 :できるわよ。万一の可能性をつぶしておけばね。
梓  :夕焼け草なら知らないわよ。
依子 :ああ、それならいいのよ。もう。
梓  :いい?・・何で。
依子 :知りたい?
梓  :そうね。・・・聞いてもいいわ。
依子 :やせ我慢も場合によればみっともないわよ。
梓  :私の勝手でしょ。
依子 :確かにね、あなたの人生だものね。・・・いいわ。陰険漫才も飽きた。教えてあげる。夕焼け草なんて無くてもあなたを押さえ ておけば目的は達する。
梓  :どうして。
依子 :真木望と会わせないようにすればそれで済むもの。
梓  :望と。
依子 :二つの流れが一つにならなければそれでいい。
梓  :あんたは。
依子 :75代目ともなるとね、いろいろ知恵が付くの。御堂梓という小娘、日の物語を覆すだけではない。根のモノガタリを復活する だけではない。そんなことをたくらんでるのでは無いんじゃないかって、ある時考えた綾小路依子がいた訳ね。
梓  :なるほどね。
依子 :どう、面白い仮説でしょう。
梓  :確かにね。で、その御堂梓とやらは何をたくらんでるのかしら。
依子 :日と根は決して出会ってはならぬ定めよね。
梓  :そのようなバカな掟が昔あったようね。
依子 :賢い定めだと思うわ。出会えば必ず「触」が起こる。
梓  :「触」ね。なるほどそんなことを考えたわけだ。
依子 :心当たりあるでしょ。月蝕、日蝕、月が食べられるか、太陽が食べられるか。
梓  :大したことでもないと思うけど。
依子 :いいえ、モノガタリにとっては致命的な結果をもたらすこともある。太陽が月に触される時何が起こるのかしら。日の物語が根 と出会い、根に触されていく。一時的にせよ、「触」がおこれば、「根」の世界が「日」の中に生まれる。日でありながら、根 である世界が生まれてしまうわ。
梓  :それのどこが悪いこと。寧ろ結構な事じゃない。共存共栄という。
依子 :綾小路依子はそうは考えなかったわ。共存共栄。とんでもない。一つの世界のはずが二重の構造になってしまう。いわゆる。二 重権力状態じゃない。世界は争乱の渦に巻き込まれるわ。それこそ、モノガタリは解体し、世界は破滅する。どう。御堂梓。ど ちらかで統一すればいずれにせよ、世界は一つの基準で安定する。グローバルスタンダード。今風に言うとそういうわけよ。何 がおかしい。

梓、笑った。

梓  :なるほどね。そういう受け取り方もあるんだ。 
依子 :違うの?

意外だったようだ。

梓  :ご想像に。
依子 :ふーん。

間。

依子 :県。
県  :はい。
依子 :真木望はどうしている。
県  :探索中です。
依子 :ここへつれてこい。
県  :はい。
梓  :望をどうするつもり。
依子 :真木望に聞いてみたらと思ってね。
梓  :何を。
依子 :触をどう考えるのかと。
梓  :あの子は何も知らないわ。呼ぶ必要はない。
依子 :なら、別にいいじゃない。何もしないわよ。
梓  :したら承知しない。
依子 :私のボーイフレンドよ。何もするはず無いじゃない。あなたにするだけよ。
梓  :私に。
依子 :そのとき、あの子は何を言うのかしらね。
梓  :卑怯者。
依子 :ほめ言葉と受けとっとくわ。どうした都。
都  :見あたりません。
依子 :そうか。なお、探せ。
梓  :見つかるものか。
依子 :どうして。
梓  :あいつ・・。
依子 :喧嘩別れだから。
梓  :・・・。
依子 :なら、今頃必死で探してるはずよ。
梓  :どうしてわかる。
依子 :そんな子だもの。知ってるくせに。
梓  :あのバカ。
依子 :あらあら無理しちゃって。
梓  :無理なんかしてない。
依子 :それが無理というの。どう、もういい加減にあきらめて教えたら。
梓  :夕焼け草なんか要らないって言ったくせに。
依子 :見込み違いって事もあるでしょ。どうやら、私の思ってた以上にあなたは重要人物のようね。
梓  :買いかぶりじゃない。
依子 :いいえ。どうやらタイムトラベラーを甘く見ていたみたい。どう、あんたはなぜ日と根を会わせたいの。
梓  :それは・・。
依子 :答えなさい。御堂梓。
梓  :それは・・。

アガルタの虹の女王が浮かぶ。
モノガタリの子供たちもちょろちょろしている。

虹の女王:梓、お前の任務はたやすくはない。けれど誰かがやらなければならぬ。
ヨンカー:そのとおり。おいらではちょっと重荷。なんせ、モノガタリがやばいのよ。
虹の女王:さもなければ、モノガタリは解体し、世界は混沌の渦に巻き込まれよう。幸い、お前と真木望は相愛の仲。
ヨンカー:ちょっと妬けるわね。いちゃいちやと。
虹の女王:根と日の世界の合をはかれ。二人でやれば何らかの道は開けよう。
ヨンカー:触に巻き込まれちゃいけないよ。えらい目に遭うからね。根の一族が暴走しちまう。ぷつつん野郎はどこにでもいるから。
梓  :私には荷が重うございます。
虹の女王:そうかも知れぬ。だがほかには誰も居らぬ。時間の海を流れにあがらい、どこまでも旅を続けられるだけの力はそう誰もが持 つものではない。
梓  :私独りでは。
虹の女王:望がいるではないか。
ヨンカー:ひゅーひゅー。
梓  :しかし、すでに望は遺伝子の海に流されたと。
虹の女王:気の毒なことをした。だが、あきらめるのでは無かろう。
梓  :あきらめてはおりませぬ。
虹の女王:そうだ、あきらめてはならぬ。どこまでも真木望を追え。必ず会うのだ。そうして、望にこれを渡せ。ヨンカー。
梓  :夕焼け草。
ヨンカー:あんたのものだ。
虹の女王:必ず渡せ。そうすれば、お前だけでない。望も時をわたれるやも知れぬ。
梓  :望も。
虹の女王:可能性だがな。望のお前を思う力が強ければ。それは信じられるだろう?
梓  :はい。
ヨンカー:かはー。ごちそうさまってところかい。
虹の女王:ではいけ。望を探せ。
梓  :はい。必ずきっと。
虹の女王:日と根のモノガタリを再生させよ。
梓  :はい。
ヨンカー:がんばれよ。きっとあえるさ。
梓  :はい。
依子 :御堂梓!

もとの情景。

ⅩⅣタイムトラベラー梓

はっとして元に戻る。

依子 :どうした。答えなさい。タイムトラベラーの使命は。
梓  :時間の流れには因と果があるわ。
依子 :それで。
梓  :原因と結果。結果がまた原因を産み、その原因がまた結果を産む。その結果がまた原因をと、次から次へまるでDNAの連鎖の ように、ねじれながらつながっていく。
依子 :だから。
梓  :そんな因果の流れが何千本何万本何億本と絡み合いながら大きなネットの海を作る。
依子 :それが。
梓  :そう、時間の海。時間はいつも決まった方向に流れるとは限らない、全ての方向にただ広がり続けているだけ。
依子 :とするとタイムトラベラーは。
梓  :タイムトラベラーは、その時間の海に浮かぶ小さな船に過ぎない。因果の海をさまよいながら、私たちは、有りうべきたった一 つの道筋を探し続ける。一本の細い赤い糸をたどりながら。
依子 :細い赤い糸。
梓  :教えてあげようか。時間の海の強いネットの編み目を追いかけ続けるには強い思いがいるの。時間の慣性エネルギーの強い反発 もある。ネットがしなればはじき飛ばされるでしょう。トランポリンのように。
依子 :それがいわゆる。
梓  :メールストローム。時間の渦巻きよ。
依子 :で、あなたの使命は。
梓  :わからない?
依子 :わからないね。

くくっと笑った。

依子 :もったいぶらずにさっさと教えなさい。
梓  :因果と言ったじゃない。
依子 :何。
梓  :原因と結果よ。時間の流れはモノガタリの流れでもある。何が何してどうなった。よく言うでしょう。
依子 :わからない。
梓  :あなたみたいなお利口さんがね。
依子 :はっきり言って。
梓  :言ってあげる。タイムトラベラーはモノガタリを紡ぐのよ。因果の海をさまよいながら、たった一つの新しいモノガタリを見つけていく。いいえ、作り出していく。どう、わかった。

間。

依子 :わかったわ。恐ろしい子ね。
梓  :別に。だって、新しい物語を作ったって意味無いもの。
依子 :どうして。
梓  :全てが日の物語ならば新しいモノガタリもどうせ日の物語ダモノ。
依子 :ほんとに。
梓  :ほんとに。

だがむろん嘘の皮だ。
依子は少し安心したようだ。

依子 :ふーん。理屈は通ってるわね。ということは、それほど畏れるには足りないと。
梓  :そういうこと。

天真爛漫つぽい。逆にそれが嘘臭い。

依子 :怪しいなあ。
梓  :どうして。
依子 :おいしい話には気をつけないとね。嘘と言うことは大いに考えられる。
梓  :ほんとの事よ。

目がキラキラしてる。絶対怪しい。

依子 :県。
県  :はい。
依子 :望はまだ。
県  :まだです。
依子 :早く探せ。どうも怪しい。
梓  :あやしくなんか無いって。
依子 :石橋をたたいて渡るのが私の主義でね。
梓  :やな主義ね。
依子 :望が来ればわかるわ。
望  :ここにいるよ。
依子 :なにっ。

と振り返ったとたん、爆発。
ぶっ飛ぶ都たち。
弾みで梓もこけた。
銃撃の音。
突入するケイたち。ケイは着ぐるみ。
応戦する依子と都たち。

ケイ :七つ森、回れっ。アケミ、行くぞっ。

望も一緒に梓のそばに滑り込む。
すかさず梓を守り、銃撃するケイとアケミ。
撃ちまくる。

望  :梓っ!
梓  :遅いじゃない。
望  :待ってたの。
梓  :別に。
望  :ふふっ。
梓  :何。
望  :そんな言い方なれたよ。
梓  :やなやつね。それよりロープ。
望  :今ほどく。

手早くほどいている。

依子 :逃がすな。撃て。

銃撃する県と都。
七つ森が回り損ねて撃たれる。

ケイ :七つ森。
七つ森:くそつ。
ケイ :あっ、バカ。

七つ森撃たれながら立ち上がり撃つ。都ぶっ飛ぶ。
七つ森、県と依子に撃たれて吹っ飛ぶ。

ケイ :やばい。逃げるよっ。
望  :うん。大丈夫。
梓  :もちろん。

もちろん大丈夫でない。だいぶ痛めつけられていて、歩けない。

望  :無理だ。
ケイ :くそっ。
依子 :どうした。降伏するか。
アケミ:私が撃ってる間に、つれて逃げてください。
梓  :アケミ。
アケミ:あんたを助けたくてやってんじゃないからね。夕焼け草が欲しいんだから。いい、助かったらよろしく頼むよ。

少し笑って。

梓  :助かったらね。
ケイ :アケミ、すまん。
アケミ:いいから行ってください。
ケイ :わかった。いくよ。
望  :ごめん。

ばつと飛び出すケイ。激しい銃撃を加える。
県が撃たれて飛ぶ。
依子は突っ伏している。
望は必死で梓を抱えながら逃げる。
振り返る。
同時にアケミも振り返る。
にやっと笑ったアケミ。
その瞬間都の弾丸がアケミを貫く、崩れながら撃つ。

望  :アケミ。
アケミ:はやくっ。

倒れながらもなおも撃つ。

望  :さよならっ。

逃げた。
ケイが打ちまくりながら後方をガード。

依子 :まてっ。

追おうとしたがアケミがいる。

アケミ:いかしゃしないよ。
依子 :くたばりぞこないが。

撃つ。再び倒れる。アケミ。

依子 :いわんこつちゃないね。

だつと走ろうとするがアケミが倒れながら撃った弾丸がかすめたようだ。

依子 :うつ。

と倒れそうになったが立て直し、よろよろと追っていく。
アケミは、ゆつくりと這っていく。

アケミ:夕焼け草を手に入れなきゃ。くそっ。

ずるずると動く中溶暗。

ⅩⅤ漏斗への暴走

がしゃんがしゃんしゅーといった音。
再びトロッコがある。
物語の子供たち出てくる。ばーっと散った。
よろよろしながら梓を支えてやって来る望。
ケイが油断無くかまえながら警戒している。
が、どこかおかしい。どうやら撃たれているらしい。二人はそのことには気づかない。

望  :大丈夫?
梓  :大丈夫。
望  :辛そうだよ。
梓  :これぐらい。
望  :だいぶ痛めつけられたんだね。
梓  :まあね。
望  :休もうか。
梓  :だめ。追いつかれる。
望  :でもどこへ行こう。
梓  :きまってるわ。第五坑道。
望  :え、でもあそこは水没してるよ。
梓  :そうね、でもいけないことはない。第五坑道奥、海底2300メートル。
望  :それつて父さんが・・。
梓  :そうね。そうして夕焼け草がある場所。
ケイ :夕焼け草が。
梓  :そう、夕焼け草。
望  :どうして夕焼け草が・・。
梓  :お父さんの思いがそこに残っているんじゃない。望への強い思いが。
望  :父さんの・・。
梓  :夕焼け草はそういうところに生えてくるの・・。
望  :でも、夕焼け草探すより逃げるのが先だよ。梓、弱ってるじゃない。
ケイ :逃げ道はないよ。入り口の方は依子が押さえている。
望  :そうか。
梓  :どんどん追いかけてくるはず。にげるなら。
望  :奥。
梓  :そういうこと。
ケイ :残念ながら、この先はたぶん行き止まりよ。第三坑道もつぶれたはずだから。
梓  :それはまずいわね。
望  :落ち着いてるね。
梓  :あわててもしょうがないでしょ。
望  :つよいね。
梓  :嫌でも強くなるわ。色々やってると。
望  :確かに。
ケイ :全くだ。

三人、ふっと笑った。

望  :じゃ行こうか。
梓  :あら、元気出たの。
望  :ケガをしてる女の子はボクが守らなきゃね。
ケイ :ほう。守るね。
望  :ああ、守る。絶対にね。
梓  :頼もしいお言葉。

だが、本当はうれしいようだ。

望  :でもどういこう。
梓  :あらら。やっぱりダメね。
望  :仕方ないよ。まだ駆け出しの。
梓  :呼ぶしかないようね。
望  :え、何、助けを呼べるの。
梓  :うれしそうな声出さない。残念でした。助けじゃないの。渦巻き。メールストローム。
望  :え、それつて。
梓  :そう、時間の海の渦巻。
望  :巻き込まれて飛ばされるっていったじゃない。確か。
梓  :そう。だから飛ばされるの。
望  :えつ。
ケイ :ちょっとまって。どういうこと。
梓  :第五坑道までいくにはそれしかないでしょう。
望  :それしかないつて。
梓  :メールストロームの中心は何。
望  :何って、渦巻きの中心は・・・何もないよ。
梓  :そう、何もない空洞がずーっと続くわ。その空洞をたどりながら、渦巻きの中心におりていく。それしかないわ。
ケイ :無茶だね。
望  :第一そんなことしたら梓。
梓  :そんなことしたら。
望  :君の体がばらばらになるよ。
梓  :かもしれない。
望  :かもしれないじゃないよ。せっかくあえたじゃないか。
梓  :あら、ほんとにそう思ってくれる。
望  :・・ああ。
梓  :ありがと。・・大丈夫よ。気をつける。
ケイ :気をつけるったって、それは。
梓  :もう呼んじゃった。
望  :ええ、呼べるものなの。
梓  :タイムトラベルったって、私の思いが時間の海の編み目を走るの。決心したときが、旅の始まり。
望  :そんな。
梓  :決心したの、行くって。第五坑道、海底2300メートル。あの地点。ほら、来たわ渦巻きが。いささか変則的な旅だけど。ささえてて望。
望  :いいよ。

明かりが明滅。
音が渦巻き始めた。

ケイ :これがメールストローム。
梓  :この渦巻きの中心にそって深く静かにおりていくの。気をつけて。こちらよ。

三人、固まって行こうとするところへ。

依子 :待て。行かさない。
望  :やばい。
梓  :こんな時に。
依子 :さあ、つまらない小細工しないでこちらへもどっておいで。

ケイ、有無をいわさず撃つ。
依子、横っ飛びに隠れながら打ち返す。
ケイ達姿勢を低くしながら、トロッコに隠れる。

望  :どうするの。
梓  :行くしかないでしょ。
ケイ :撃たれるよ。
梓  :でもこのままじゃ。
望  :逃げられないよ。
ケイ :えいくそっ。

ケイ、決心をした。

ケイ :わかった。私が残る。くい止めるわ。先行って。
望  :ケイ。
ケイ :今日の運勢大凶よ。ろくなもんじゃないね。どうせ、この渦巻きたどれば行き着くでしょう。後から行く。わかった。
梓  :わかったわ。
望  :でも。
ケイ :それにね。ほら。
望  :ケガしてるじゃない。
ケイ :どじったわね。私としたことが。身辺警護もクソもないわ。

ぐらっと来る。

梓  :ケイ。
ケイ :夕焼け草は諦めないからね。
望  :それじゃ無理だよ。いっしょに。

依子が撃ってきた。
反射的に撃ち返し。

ケイ :その方が無理よ。
望  :けど。
ケイ :ごちゃごちゃいわない。

依子が撃ってきた。

ケイ :早く。
梓  :わかった、行こう。

望は肯くと、梓を支え、再び渦巻きの方へ。
ケイは、トロッコに隠れながら、銃撃。

ケイ :必ず追いつくから。

望と梓、一度振り返り、

望  :待ってるよ。

ケイ、大きく肯く。肯き返して振り切るように二人去る。

ケイ :はっはー。依子、お祭りだよー。決着つけようじゃない。これでもいかがーっ。

銃撃の音が激しくなり、溶暗してやがて爆発音。
メールストロームの音が全て覆い尽くす。

ⅩⅦメールストローム

明かりが変わる。
ヨンカーから、モノガタリの子供が跳梁。
メールストロームの中。
モノガタリの子供たちが蛇の目傘を回している。

ヨンカー:あの不幸な炭塵爆発が起こったとき、われわれは第五坑道奥海底二三〇〇メートルの切羽に閉じこめられた。
子供1:第一作業班待避ーっ。
子供2:第二作業班待避ーっ。
子供3:第三作業班負傷者五名搬出にかかります。
子供4:第四作業班死者一名。負傷者一二名。至急救援をお願いします。
子供1:第五坑道第5作業班待避ーっ。
子供2:第五坑道火災発生。直ちに消火開始。
ヨンカー:炭鉱の火災は鎮火がむつかしい。まして、そこに人が閉じこめられたときは。
子供1:第三坑道に火災発生。
子供2:第二坑道閉鎖しました。
子供3:第4坑道浸水五〇センチ。
子供4:第五坑道火災鎮火しません。

スローモーションで梓と望がやって来る。
二人は中央で立ちすくむ。

ヨンカー:炭坑全体が崩壊するのを防ぐため人々は第五坑道に海水を注入することにした。第五坑道はその使命を負え、放棄されること となった。だが、その第五坑道の奥に、二三〇〇メートルの奥に我々はいた。
子供1:第四隔壁閉鎖。
子供2:第6隔壁閉鎖。
子供3:海水注入用意完了。
子供4:第5隔壁閉鎖。
子供1:海水注入開始。
子供2:ただいま水位三五センチ。・・五〇センチ・・七〇センチ・・まもなく一メーター。
ヨンカー:その時奇跡的に電話線が生き返った。人々は、その電話線の奥から声が聞こえてくるのを恐怖の目で見つめた。それは、もう すでに死者となってしまった人々の声だった。
子供1:注水中止!
子供2:無理です!
子供3:無理でもとめろ、中に人が生きている!
子供4:すでに限界ラインを超えました。中止できません。
子供1:すると・・・。
子供2:はい。
ヨンカー:ベルが鳴る。死者からの声が聞こえる。

鋭いベル。
取り上げるおと。

ヨンカー:第一班長の真木です。息子を。望を出してください。

望、はじかれたように電話を取る。
だが、声は出ない。
前出の歌重々しいハミングゆっくりとはじまる。

ヨンカー:もしもし。

望は泣きそうだ。実際泣いているのかもしれない。

ヨンカー:もしもし、望。

望、ようやく答える。喉に詰まったような声。

望  :・・もしもし。
ヨンカー:望か。
望  :・・そう・・だよ。
ヨンカー:望、そこにいるのか。
望  :ああ、ここにいるよ。母さんもいる。かわろうか。
ヨンカー:いや、いい。おまえでいい。
望  :父さん、どうなつてるの。
ヨンカー:水が来ている。
望  :みず、どれくらい。
ヨンカー:ちょっと多いな。水泳が出来るぞ。

笑った。

望  :父さん!
ヨンカー:なんだ。
望  :そんなこといわないで。
ヨンカー:泣くことはないぞ。望。こういうことはいつかはあるんだ。
望  :だって。
ヨンカー:男の子だろ。
望  :そうだよ。
ヨンカー:なら約束をしろ。
望  :なにを。
ヨンカー:いいか、母さんを頼む。
望  :そんなことわかつてるよ。
ヨンカー:母さんは女だ。男の子は女の子を守る。それが仕事だ。いいな。
望  :そんなこと。
ヨンカー:父さんは母さんを守れなかつた。だからおまえが守れ。
望  :父さん。
ヨンカー:もし、おまえが大きくなってだれか好きな人が出来たら。おまえが絶対守れ。約束だ。
望  :・・わかつたよ。まもるよ。守るから。父さん。
ヨンカー:水が胸元に来た。
望  :父さん。頑張って。父さん。父さん。
ヨンカー:望、元気に生きろ。お父さんは・・。
望  :父さん!
ヨンカー:あ、あれはなんだあの声は。・・あれは。
望  :父さん?父さん、父さん!

ハミング大きくなり、メールストロームの音も大きくなり。

望  :父さーん!!

渦が激しく舞った。
子供たちがばっと散っていく。
急速に溶暗。

ⅩⅧ第五坑道奥2300メートルの選択

音が小さくなって行って、溶明。
座り込んでいる梓と望。

梓  :ついたわ。

ちょっと苦しそう。

望  :父さん。
梓  :激しい思いね。お父さん望を大好きだったんだ。
望  :ぼくもだよ。

間。

望  :ここが?
梓  :そう。ここが第五坑道奥海底2300メートル。着いたわ。
望  :ここで父さんが。
梓  :思いが今でも残ってるようね。

支えてもらって立ち上がる。

望  :追って来ないようだね。
梓  :ここまではね。
望  :ここに夕焼け草があるっていってたよね。
梓  :こんなに思いが強ければきっとあるわ。
望  :夕焼け草って何。
梓  :ああ、そういえば言ってなかったっけ。
望  :うん。
梓  :絆よ。
望  :絆?草が。
梓  :人とのつながりを求める絆。大事な人、愛しい人、その人の半分。
望  :半分?
梓  :絆という字知ってるでしょ。半分の糸と書く。大事な人の半分につながる細い細い赤い糸。愛しい半分のその人に対する思い。
望  :大事な人の半分。
梓  :夕焼け草はね海草なの。
望  :海草?
梓  :大事な人の思いと命から生えてくる海草。海の中で人の命を糧にする切ない草ね。夕焼け草はね「絆」を結ぶの愛しい人の半分 とあなたの半分を。いついかなる時でも二人の共有した、幸せで懐かしい記憶をとどめて、その絆を保つ力を持つ。だから、ど こにいたって、必ず見つけることができる。夕焼け草の細い細い赤いほぐれた繊維の糸はどこまでも切れずに愛しい人の半分に 結びつく。だから、私は追いかけてこれた。
望  :梓。
梓  :あなたの命と引き替えにこの夕焼け草はあったのよ。そうして、ほら、お父さんの命と引き替えに。
望  :これが夕焼け草。

夕焼け草がひっそりとあった。

望  :でもそうだとしたら、どこへでも行ける訳じゃないんだね。
梓  :なにが。
望  :タイムトラベル。
梓  :そうでもないわ。夕焼け草はまあ言えば時間のマーカーみたいなもの。迷子にならないためのね。無くても時間の海を渡ること はできる。ただ、どこへ行くのかさっぱりわからなくなるけどね。
望  :マーカーね。じゃボクがもっててもしょうがないか。
梓  :そんなこと無い。望だって時間の海を渡ることができる。
望  :うそ。
梓  :嘘じゃない。あなたの思いが強ければ。
望  :僕の思いが。
梓  :ねえ、望、私がここへ来たのはあなたに夕焼け草を渡すためだけじゃなくて。
依子 :どういう為なのかしら。

依子が幽霊のようにたっていた。

望  :うわつ。
依子 :これが最後の決着ね。望に夕焼け草を渡してどうするつもりなの。
梓  :あなたに言う必要などない。
依子 :いいえ、嫌でも言ってもらうわ。だって、根と日があったものね。おまけに夕焼け草までそろってしまった。見過ごすことなんか出来はしない。
梓  :ご勝手に。

依子、銃撃。

依子 :ふざけてる暇はないの。
梓  :では言ってあげよう。新しいモノガタリを作るのよ。
依子 :やはり。前にも言っていたな。
梓  :根と日の合流した、日月のモノガタリ。すなわち大地のモノガタリをね。
依子 :それが本音か。大地のモノガタリだと。太陽と月のモノガタリ。根と日の物語か。笑止ね。それは単なる二重権力の混乱しかもたらさないと言ったでしょ。
梓  :日の物語だけではかならず天の火が降りてくる。
依子 :核戦争なら起こさせないわ。管理すれば。
梓  :いいえ、やがて必ず日の物語は火のモノガタリへ変化する。いくつかの街がそれを証明している。
望  :ボクも見たよ。
依子 :信じられないわ。根の戯言よ。真木望。あなたはこちらへ来なさい。君は日の国の後継者だ。
望  :ボクは真木望だよ、けどボクは梓と。
依子 :梓と望の麗しい愛の話?

笑う。

依子 :あれは古い古いおとぎ話よ。今は私の友達。さあ、いらっしゃい。その根の女から離れて。
望  :古いおとぎ話かも知れない。それでもいい。だがボクは悪いけど梓を選ぶよ。
梓  :望。
依子 :どうして。
望  :梓は僕を捜して時間の海をやってきた。ボクはずつと遺伝子の海で眠っていた。
依子 :だからそれがどうして。
望  :奇跡のように、僕らはここで再び出会った。つまりそういうことだ。
依子 :わからないな。そんな腐れ縁。
望  :何とでも言うがいいさ。僕は今はつきりいえるよ。やっぱりボクは梓が好きだ。
梓  :望。

小さい喜びの声。

依子 :ぬけぬけと言うわね。
望  :いつだって、これからだって、ボクは梓が好きだ。そして、いつか、日と根の争いのない世界を作ってみせる。
依子 :ならば、いつまでも二人、ここでひっそりとくらしていくがいいわ。覚悟しなさい!

梓と望二人抱き合って覚悟する。

ケイ :させ・・るか。

ばつと振り向いて撃つ依子。
同時に撃つケイ。
依子もんどり打って倒れる。
ケイも倒れる。

望  :ケイっ!

駆け寄る二人。

ケイ :間に合ったね・・。
梓  :間に合ったわよ。

手を握ってやる。

ケイ :約束・・夕焼け草・・。

梓、望を見て。

梓  :望。
望  :けい、夕焼け草だよ。

父の夕焼け草を渡す。

ケイ :これ・・が・・。

握りしめ見たかと思うが。

ケイ :ゆう・・やけ・・・。

手に握ったままひっそりと静かになる。
そっと手を離す梓。
メールストロームの音がしはじめる。
モノガタリの子供たちが跳梁する。

望  :また助けられたね。
梓  :そうね。
望  :あれは。
梓  :望、お別れよ。
望  :え。

ケイたちを運びに懸かっていたモノガタリのの子供たちもびっくりして止まる。

ⅩⅨ時間の海へ

音が大きくなる。
子供たちあわててケイたちを運び去る。

望  :何で。やっとあえたばかりだろ。
梓  :メールストローム。
望  :うまく逃げられるんじゃないの。
梓  :今度のは大きい。さっき無理したから。
望  :でも。
梓  :うまくしたら未来へはじき飛ばされる。
望  :そんなのダメだよ。せっかくあえただろ。ここで根と日の物語を。
梓  :そんなに簡単にモノガタリはできないわ。何回も何回もやって初めてやつとそれらしくなるの。大丈夫。これを。

と、夕焼け草を渡す。

望  :これなくしたらどこに行くのかわからなくなるんじゃない。
梓  :そう、だから追いかけて。
望  :え。
梓  :私を追いかけてきて。待ってるから。私の半分を追いかけて。

メールストロームが来襲する。

望  :きたつ。
梓  :捕まえていてもダメ。大きすぎる。離れて。
望  :一緒に行くよ。
梓  :ダメ、危険すぎる。大丈夫、私は大丈夫。待ってるから。
望  :梓!

メールストロームの大波が来た。さらわれながら御堂梓は叫ぶ

梓  :待ってるから。きっと待ってるから!
望  :梓!
梓  :またあえる。きっと!

メールストロームがきしむ。

望  :ああ、きっとボクは追いかける。待っていて、どこにいたって、君を見つけてみせる!君がボクを見つけたように、ぼくはきっ と君を見つける!

はじけた。
梓は切れ切れになり時間の渦の中に消えた。

望  :あずさーっ!!

だが答えるものとてなく、渦はやがてゆっくりと消えていく。

望  :梓ーっ!

静かになった。夕焼け草が一つ。

望  :夕焼け草・・。梓の半分。

握りしめる。

望  :まってて。必ず行くから。夕焼け草の細い細い赤い糸を追って・・・。時間の海をどこまでも行くから・・。

音楽。

ⅩⅩフィナーレ

  望はストップモーション
    ドクターたちが出てくる。

狂四郎:解剖ジャー。
龍子 :解剖ジャー。
狂四郎:解剖ジャー。
龍子 :解剖ジャー。
狂四郎:解剖ジャー。
龍子 :解剖ジャー。
狂四郎:モノガタリは続くではないかー。
龍子 :続くではないかー。
狂四郎:しかーし。いつの日か必ずぎったぎたにめっためたに解剖してやるぞー。
龍子 :解剖してやるぞー。
狂四郎:解剖ジャー。
龍子 :解剖ジャー。
狂四郎:解剖ジャー。
龍子 :解剖ジャー。
狂四郎:解剖ジャー。
龍子 :解剖ジャー。

と去っていく。
ばっばっとプロジェクターによる字幕が映る。
    エンディングのダンスの曲流れる。
『次は未来のモノガタリ』
『アガルタの虹エピソード2』
『私を月までつれてって』
『To be continued』
        みんなが出てくる。
フィナーレが始まる。


【 幕 】


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