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「Waiting For Lady……」
作 結城 翼
 
 
登場人物
 
ナズナ
アッシュ
キダ
トンビ
リン
チャカ
 
 
 
T プロローグ
 
砦のような場所。
土嚢らしきもので複雑に囲われている。
中央にはシュレッダーで破砕された紙くずの巨大な山。
疲れたように、それを袋に詰め込んでいる、人々。
できたものを下手に運んで積み上げている人々。
また、それを崩しては上手に運ぶ人々。
見ているアッシュ。
ふと見上げた。
 
アッシュ 急げ。風が変わるぞー。
 
はいっと返事をするがあわてるのでうまくいかない。
 
アッシュ 積み方忘れたのか。
ナズナ はいっ。
 
と、あわてて積み直す。
 
アッシュ 自信を持て。がんばれ。
ナズナ はいっ。
 
あわてて、詰め直す。
 
アッシュ ゴミになっちまうぞー。
全員  はいっ。
アッシュ やる気をだせー。虫に食われるぞー。
 
急ぐ人々。
下手に急速に土嚢の山。
できたと思って皆がほっとしたとき。
見計らったように。
アッシュ 変わったぞ。東の風だ。とろとろとしてるからだな。もう一度、かかれー。
全員  はい。
 
土嚢にとりついて、下手の土嚢を上手の方向へ運び始める。
積み上げていく。上手が薄くなる。
 
アッシュ 虫は風に乗る。へたすりゃおれたちゃいいえさになっちまうぞー。
全員  はいっ!
アッシュ 逃げ場はないぞー。
全員  はいっ!
アッシュ 風はすぐ変わる。いつまでも同じと思うな。
 
全体の動作は重い。
 
アッシュ つかれたか。がんばれー。疲れても虫は来るぞ。食われたくないだろ。
全員  はいっ。
 
ナズナが、ふと、止まって西の方を見る。
 
アッシュ どうした。まってるのか。
ナズナ いいえ。
 
と、答えて、作業に戻る。
袋が破ける。
 
アッシュ 雑な詰め方するな。
全員  はいっ。
アッシュ あわてず急げ。息上がってるぞ。もう一息だー。
 
形ができあがりつつある。
 
アッシュ 姫様は必ず来る。それまできみたちで守るんだ。
全員  はいっ!
アッシュ 帰りたくないか。
全員  帰りたいです!
アッシュ なら、急くぞー。虫が来る。
全員  はいっ!
アッシュ 目玉かじられて、しんじまいたくなからなー。
 
必死でやる。なんとか、形ができると思ったが。
 
アッシュ あー……残念だな。また、風が変わっちまった。
 
はっとして、一瞬止まる。
 
アッシュ 単純作業だろ。早く、おぼえなくちゃな。
 
間。
 
アッシュ どのくらいになる。
トンビ 5か月です。
アッシュ 長いなあ。
トンビ はい。
アッシュ 帰りたいよな。
トンビ はいっ。
アッシュ 残念、今回君は虫に食われた。
トンビ はいっ。
アッシュ 君は。
キダ  10か月です。
アッシュ 君も食われた。
キダ  はいっ
 
見回して。
 
アッシュ 全滅だな。
 
間。
 
U 手紙
 
言葉を換えて。
 
アッシュ 鳥がきた。
 
どよめく。
 
アッシュ あわてるな。姫は今日はこられない。明日は必ずいくからとおっしゃってる。
 
失望のため息。
 
アッシュ そうがっかりするな。いつもの手紙だ。
 
と、ポケットから手紙の束を取り出す。
 
アッシュ トンビ。
トンビ ありがとうございます。
 
受け取り、うれしそうに脇にいって読む。
 
アッシュ キダ。
キダ  はいっ。
アッシュ リン。
リン  ……。
 
最後の二通。
 
アッシュ チャカ。
チャカ はいっ。
アッシュ ナズナ。
ナズナ はい。
 
渡そうとして、チャカのであることに気づく。
 
アッシュ ちがうな、チャカ。
行きかけていたチャカ振り返る。
 
アッシュ これもきみだ。
チャカ はいっ!
 
喜んで駆け寄って
そのまま読みに行く。
手にはもう手紙はない。
立ちつくすナズナ。
 
アッシュ 今日はこれだけだ。
ナズナ はい。
 
みなに向かって。
 
アッシュ あきらめるな。鳥はまた来る。
トンビ 迎えは来ますか。
アッシュ そのうちな。
トンビ いつです。
アッシュ いつかくるさ。
 
間。
 
アッシュ 必ず来る。……いいな、よし。解散……キダ。
キダ  はいっ。
アッシュ ちょっときてくれ。君のレッスンの時間だ。
キダ  今からですか。
アッシュ そうだ。虫の起源についてのところだな。
チャカ がんばれ。
キダ  自信ないな。
アッシュ だれもがそうだ。頑張ろう。
キダ  はい。
アッシュ 次は、だれかな。
ナズナ 私です。
アッシュ 用意をしておくように。第一段階だよ。
ナズナ はい。
 
二人、奥にはいる。
ナズナ、手持ちぶさたに崩れた土嚢に座る。
皆、読むふりして、ちらちら見ている。
読みながら。
 
トンビ 砦はまだ無事ですか。おつとめはしっかり果たしてますか。あなたがたの働きにかかっているのですよ。こちらはまだ無事です。ザッキもメイも元気です。メイはどうやらいい人ができたようです。あなたも早く帰ることができればいいのに。虫たちもここ一週間は何も動きはありません。平和です。早く交代できればいいのに。みんな待ってます。けがのないように、虫たちにやられないように。街はまだ平和です。
 
間。
ちょっと不審そう。
 
トンビ 街は平和です。
リン  お母さん。
トンビ おばさん。育ててくれた。
リン  そっ。平和か。
チャカ ここだって平和だよ。
トンビ 虫さえこなきゃね。
リン  くるかな。
トンビ ここ三日ぐらい静かだよ。
ナズナ 虫ってそんなにいやなもの。
リン  当たり前よ。あいつらさえいなきゃ。
ナズナ でも。
リン  新入りにはわからないわ。街の連中何にもわかってないもの。
トンビ ナズナはまだ虫の怖さがわからないんだよ。
ナズナ 怖さ。
リン  食べられちゃうからね。跡形もなく。知ってた。
ナズナ いいえ。
トンビ 街は平和だしね。……でも、この手紙、そんなはず……。
ナズナ どうしたの。
トンビ なんでもない。
ナズナ トンビは嫌いなの、虫が。
トンビ みんなそうだよ。ナズナは。
ナズナ 私は……。
リン  どうしたの。
 
チャカが呆然としてる。
 
トンビ チャカどうしたの。
 
みんなの方を見た。焦点が合わない。
 
チャカ しんだ。
トンビ 誰が。
チャカ ママ。
リン  えっ。
チャカ 虫に食われたらしいって。
ナズナ 食われたって。
トンビ 街は平和なはずだろ。。
チャカ 東の壁が破られたって。たまたま出くわしたって……。二十人ぐらい死んだらしい。
ナズナ 二十人も……。
トンビ いつ。
チャカ 五日前。
トンビ 東の壁って……そんな、だって、………これに。
トンビ じゃ、おばさんは。
リン  おばさんどこに住んでるの。
トンビ ……東の壁の近く……まさか。
リン  じゃ、じゃ、この手紙は……今日は何事もありません。街では来月のお祭りにむけて準備が。
チャカ わからない、けど……。
ナズナ でも……そんな気配なかったのに。
トンビ そんなはず無い……死ぬなんて。
チャカ わからないよ、虫が街まで来てるのかも。
リン  アッシュは……。
トンビ そうだ。
 
と、行こうとすると。
 
アッシュ 忘れていた。特別訓練は二時間後だ……どうした。
トンビ 街に虫が出たって本当ですか。
アッシュ ……手紙か。……そうだ。東の壁が破られたらしい。
チャカ じゃ、ママは……虫に………
 
呆然とする。
 
リン  でも、この手紙には街は平和だと……。
アッシュ 砦を一生懸命守っている君たちに心配かけまいと思ったんだろう。……ママのことは何かの間違いかもしれない、調べてみよう。
 
チャカがぼんやりうなづく。
 
アッシュ こういうときだ。姫様を信じていっそうがんばらなければならない。街が襲われたと言うことは虫がやってくる確率がさらに高くなったと言うことだ。気を引き締めていこう。いいな。
 
みな、頷く。
アッシュ よし。気を抜かないように。
 
アッシュ、去る。
 
リン  まだ確かに死んだって訳じゃないよ。
チャカ うん。
 
難しい顔をして手紙を見てる。
 
リン  どうしたの。
トンビ ああ、これは。
ナズナ 来た。
リン  え。
ナズナ 風が変わる。虫が西から来る。
トンビ 聞こえないよ。
ナズナ ほら。
トンビ どこ。
チャカ 見えないよ。
ナズナ でも聞こえるわ。
 
キダがやってくる。
 
キダ  どうした。
チャカ 虫がくるって。ナズナが。
キダ  ほんとか。
 
ナズナ頷く。
 
トンビ 空耳じゃない。
チャカ でも、ほんとに来たかも。
キダ  まあいい、とりあえず積もう。
 
土嚢をつみはじめる。
キダ異常に高く積み上げている。
        トンビはかなり低い。
 
チャカ これでいいかな。
リン  わからない。
チャカ 姫様くるかな。
リン  わからない。
チャカ 明日姫様来たらここをでよう。
リン  こなかったら虫にたべられるしかないわ。
 
キダのを見て。
 
リン  バランス悪いわ。
トンビ それ、高すぎない。
キダ  何が。
トンビ ほら。
 
と、トンビがキダのところへ行く。
 
トンビ 見えないよ。
キダ  そうかあ。
 
と、キダは平気。
 
トンビ 崩れるよ。
キダ  おまえの低くないか。
トンビ そうかな。
キダ  よく見て見ろ。
 
と、比べる。
 
キダ  ひくいよ。
 
と、土嚢を積む。
チャカ しゃがめば十分だよ。
キダ  俺には無理だな。
 
と、どんどん積む。
崩れる。
 
トンビ ほら。
 
間。
 
トンビ 高いんだよ。
 
キダの土嚢の高さをへらし始める。
間。
 
キダ  続けよう。
 
といって、トンビの低い方へ土嚢をまた高く積み上げ始める。
あとのものは何となく、つんでは運び崩しては積んでいる。
土嚢は高くなったり低くなったりする。
やがて、ナズナとトンビの二人が浮かぶ。
 
トンビ 聞きたいことがあるけど。
ナズナ 何。
トンビ 何で虫が来たとわかるの。
ナズナ 感じるの。
トンビ 感じる、何を。
ナズナ 怖がってるの。
トンビ 誰が。
ナズナ 虫。
トンビ 怖がってる、虫が?まさか?
 
ほほえんで。
 
ナズナ だから感じるの。
トンビ なぜ。
ナズナ わからない。
トンビ 虫が嫌いじゃないの。
ナズナ わからない。
トンビ わからないって、あんなに怖いものなのに。
ナズナ 怖い?
トンビ 食われるもの。前の奴も食われたって。怖くないの。
 
ナズナ、ほほえんで首をかすかに振る。
 
トンビ さっき、何見てたの。
ナズナ さっき?
トンビ アッシュに聞かれただろ。
ナズナ ああ、あれ。鳥を見てたわ。飛んでいないかと。
トンビ 手紙?
ナズナ 本物の鳥。
トンビ 何で。
ナズナ 見たことある。
トンビ ……ないけど。
ナズナ 飛んでいればいいなと。
トンビ アッシュがくれば知らせてくれる。来たばかりだろ。交代はそんなに早くはこないよ。
ナズナ 交代じゃないわ。
トンビ じゃ、なんで。
ナズナ 飛んでいたような気がするの。
トンビ 何が。
ナズナ 私。
 
トンビ笑って。
 
トンビ 夢でも見てたんじゃない。翼もないし、飛べないよ。
ナズナ そうね。
トンビ ま、飛べたら虫が来ても逃げられるけど。街はどうなってるのかな。
ナズナ 襲われたって言ってたわね。二十人も死んだって。
トンビ おばさん大丈夫かな。ナズナのお母さんはどう。
ナズナ お母さん。
トンビ どんな人。
ナズナ ……あまり覚えてない。
トンビ でも、一緒に暮らしてただろ。
ナズナ 気がつけばいなかった。
トンビ ……わるいこときいたね。
ナズナ いいの。……あ、でも。
トンビ 思い出した。
ナズナ 暖かい羽のようなもので抱かれていた。
トンビ 大事に育てられてたんだ。こちらなんか、おばさんところのガキと毎日毎日けんかばっかり、何せ大家族で。
 
遮るように。
 
ナズナ どうしてここにいるの。
 
トンビ、間が悪い。
 
トンビ ……砦を守るためだよ。ナズナもそうだろ。
ナズナ ……たぶん。
トンビ あれ、訓練されなかったの。
ナズナ されたけど。
トンビ 私たち、ひたすら、虫の見分け方習ったよ。
ナズナ それは習ったけど。
トンビ ひどかったな、土嚢積み。ここのは紙だからいいけど。
ナズナ 私してない。
トンビ 街のどこ。
ナズナ 西のほう。
トンビ じゃ、やり方違うんだ。どんなことしてたの。
ナズナ あまりおぼえてない。飛んでた気がする。
トンビ ああ、誘導催眠みたいなやつだね。やらなかったな。
 
と、ぽんぽんと土嚢をたたく。
 
トンビ 軽いよね。
ナズナ ええ。
トンビ 軽すぎる。こんなんで守れるのかなあ。姫様はそういってるけど。
ナズナ 姫様、信じてないの。
トンビ 信じてるよ、ただ、ちょっとね。
ナズナ いつ帰れるの。
トンビ 姫様が来たら。
ナズナ 明日。
トンビ たぶん。……ナズナはどう思う。
ナズナ 私?私は。
 
アッシュの声。
 
アッシュ 次はナズナだ。来てくれ。
ナズナ はい。
 
ナズナは去る。
 
V 間奏T
土嚢積みは続いている。
 
男   では、次。この絵は何を描いてるのかな。
ナズナ 虫が歩いている。地面は乾いてひび割れている。
男   何が見える。
ナズナ え。
男   もう一度。
ナズナ 虫が歩いている。海はひび割れて乾いている。
男   何が見える。
ナズナ 鳥が飛んでいる。空はひび割れて…………ひび割れて。
男   どこから見ている。
ナズナ え。
男   君が今見たものだよ。どこから見ている。
ナズナ わかりません。
男   今さっき見ただろ。
ナズナ ………。
男   では、次。
 
影のようにたたずむ。
 
男   これは。
ナズナ 翼?
男   見覚えは。
ナズナ 鳥?
男   でも、わからない。
ナズナ お母さん?
男   何だって?
ナズナ わかりません。
男   これは。
ナズナ わかりません。
男   これは。
ナズナ わかりません。
男   これは。
ナズナ わかりません。
男   これは。
ナズナ わかりません。
 
消えていく。
 
W ゴミ
 
皆、いくらかスピードが落ちるが同じ作業を続けている。
アッシュが出てくる。
じっと見ていたが。
 
アッシュ 悪い知らせだ。
 
みな、鈍い目で手を止める。
 
アッシュ 第一サイトからの通信が途絶した。
チャカ えっ。
 
壁にいき。
 
アッシュ よく持ったものだ。
リン  全滅ですか。
 
答えず。
 
アッシュ 全力は尽くした。
トンビ 尽くしても全滅でしょう。
 
トンビの方を見る。
 
アッシュ 優先順位がある。虫はどこにでもいる。
トンビ 見捨てられたんですか。
アッシュ 残念ながら間に合わなかった。
トンビ 姫様はこられなかったんですね。
アッシュ 安心しろ。ここへはこられる。
ナズナ 間に合わないかもしれません。
 
間。
 
アッシュ どうして、そんなことを思うんだね。
 
ほほえむ。
 
アッシュ 姫はきょうはこれないだけだ。明日はくる。
ナズナ 虫が言ったんです。
アッシュ 何?
ナズナ 彼らは寒いと感じています。
アッシュ 虫がかね。
ナズナ はい。
アッシュ 寒いね……。
ナズナ 私も……寒いですから。
アッシュ 風邪でも引いたんだろ。少し休んでいなさい。
ナズナ 大丈夫です。
アッシュ そうはみえんが。キダ。
ナズナ 風邪引いてません。
アッシュ がんばらなくていい。休んでいなさい。
ナズナ ここは寒いと言ったんです。虫は恐怖を感じると寒気を感じます。
アッシュ つれてってくれ。
 
引きずられながら。
 
ナズナ だから、敵意を持つんです。
アッシュ 誰かついてやってくれ。熱がでてるようだ。
 
チャカがついて行く。
 
ナズナ 呼んでいるんです。
アッシュ もういいよ。
トンビ 何を呼ぶの。
ナズナ 私たちが虫を。
 
連れ去られる。
 
アッシュ 熱に浮かされたのかな。
 
振り返り。
 
アッシュ 風が変わりそうだ、君たちは用意をしておけ。
トンビ 不思議なんですか。
アッシュ なんだ。
トンビ こんなもので虫が防げるのが。
アッシュ ゴミか。
トンビ はい。
 
アッシュ、ゴミをすくい上げ、空中にばらまく。
 
アッシュ なるほどな。もっともな疑問だ。
トンビ 教えてください。
 
アッシュ、ゴミをすくい、少しかぎながら。
 
アッシュ 特別製だよ。
 
いやな笑い。
 
トンビ これが?
アッシュ 虫が嫌いなものは何かね。
トンビ さあ。
アッシュ 殺虫剤に決まってるだろ。
 
ぱらぱらと落とす。
 
アッシュ ピレスロイド……殺虫剤の主成分だ。そいつは虫の体の表面から体内に入り、神経に強いダメージを与え、麻痺させて殺す。温血動物の我々は分解酵素の働きで体内で速やかに分解して排出する。無害だ。虫を防ぐには最適だよ。
トンビ では。
 
アッシュ、残りをトンビに突きつける。
 
トンビ においませんが。
アッシュ そうだとも、われわれはにおいを感じない。無臭性だよ。しかし、ピレスロイドを含ませたゴミの山のこの砦が、最前線で街を守っているんだ。
 
ゴミを落とす。
 
トンビ ほんとうに、そんなもので。
アッシュ 事実をいってるだけだよ。
トンビ ウソみたいな話ですね。
アッシュ 真実は単純なんだよ。本当はね。
トンビ でも、アッシュ。
アッシュ なんだ。
トンビ この紙くずはほんとは。
アッシュ 虫だ。……固めろ。
 
虫の襲来。
X 間奏U
 
二人が浮かぶ。
 
男   どうします。
影  わかりません。
男   こまりますね。
影  どうしていいか。
男   残念ですが。
影  希望は。
男   ありません。
影  猫がいたんです。
男   は。
影  五匹生まれたんです。
男   多いですね。
影  普通です。みんな、可愛いんです。
男   それで。
影  三匹だけ。
男   なるほど。
影  でも、必死だったんです。中でも、白と、黒の元気な子が必死で、まだ見えない目を一杯に見開いて、私に必死で訴えるんです。
男   それで。
影  捨てました。
男   なぜ。
影  わかりません。ほかの子を押しのけて必死で泣くんです。
男   ……。
影  それがいやだった。
男   なぜ。
影  わかりません。とてつもなくいやだった。その鳴き声が。
男   だからすてた。
影  耳に残ってるんです。あの鳴き声が。
男   いなくなっても。
影  いなくなったから。
 
小さい間。
 
男   で、どうします。
影  わかりません。空を飛べないなんて。
男   えらばねばならない。どうします。
影  私は。
男   私は?
影  ……声が……耳について。
男   どうします。あれは猫ではない。
影  私は……。
男   私は?
影  私は。
消える。
 
Y 夜飛ぶ蝶
 
虫たちの音。
夜の闇の中で耐えているものたち。
センター奥。
リン  ねえ。
チャカ 何。
リン  帰らない。
チャカ どこへ。
リン  決まってるじゃない、街よ。
チャカ できないよ、そんなこと。
リン  やってみなきゃわかんないよ。これじゃ、いつまでたっても終わらない。
チャカ 成功しないよ。
リン  やってみなきゃわからないわ。
チャカ ………。
リン  このままじゃ、帰れなくなる。
チャカ でも。
リン  あんたがやらなきゃ、一人でもやるよ。
チャカ でも……。
リン  いやならやめれば。
 
下手にトンビ、上手にキダがたつ。
 
トンビ ねー。
キダ  なんだ。
トンビ 蝶々の話知ってる。
キダ  しらん。
トンビ 塹壕にいたんだよね、私たちみたいに。
キダ  蝶々か。
トンビ 兵士がね。
キダ  ああ。
トンビ 鉄砲もって見張りしてたんだ。
キダ  虫をか。
トンビ さあ。
キダ  ほかになんかあるか。
トンビ わかんないけど、見張りしてた。
キダ  それで。
トンビ 蝶々がそいつの前に飛んできた。キダはどうする。
キダ  どうもしない。
トンビ そうだよね。そいつは、ふっと手を伸ばしたんだ。心がなごんだんだろね。
キダ  蝶々か。
トンビ 次の瞬間流れ弾が当たってしんだ。
キダ  え?
トンビ あっけないね。
キダ  つまらん死に方だ。馬鹿だな。
トンビ だよね。
 
間。
 
キダ  それだけか。
トンビ それだけ。
キダ  くだらん。
トンビ 東部戦線異状なし。すべて世はことも無し。
キダ  何の話だ。
トンビ 昔、昔のお話し。
キダ  つまらん。
 
間。
 
キダ  虫が来る。無駄口たたくひまはない。
トンビ こわいの。
キダ  今は、虫を見張るだけだ。
トンビ そう。今はね。……いつだっていまだけだ。
キダ  油断するんじゃないぞ。
トンビ キダ。
 
間。
 
キダ  虫が来る。
 
それきり話そうともしない。
トンビもあきらめて、座り込む。
こそこそっとチャカとリンが来る。隠れて様子をうかがう。
リンとチャカがいこうとする。
 
トンビ だれ。
チャカ 見つかっちゃったよ。
 
トンビを見て。
 
リン  いいよ。いこう。
トンビ どこへいくの。まさか。
リン  そうよ。
トンビ 無理だよ。
チャカ だろ、トンビもああいってるよ。
リン  だまって。
トンビ 食われる。
リン  いるかどうかわからないんでしょ。
トンビ 虫が。
リン  姿を見たものは誰もいないわ。
チャカ でも、あれだけ被害が。
リン  だまされてるのよ。虫だ虫だって、くだらないことばかりさせられて。
トンビ だから虫を食い止めるために。
リン  一度も見たことがない。……嘘なのよ。なら何のためにここにいる必要がある。帰るわ。街へ。
トンビ 手紙じゃ街は虫におそわれたって。
リン  わかるもんか。誰が書いたかわかりゃしない。
チャカ リン!
 
間。
 
リン  じゃましないで。
トンビ ……。
チャカ ほんとにいくの。
リン  おじけづいたの。
チャカ ……いくよ。
リン  大丈夫。ついたらほんとに手紙をやるわ。
トンビ 虫がいるよ。
チャカ おい、リン。
リン  あんたも見てないでしょ……。
トンビ ……ああ。
リン  いくよ。
チャカ ごめんね。
トンビ あ、あぶない。
 
止める暇もなく、トンビのそばをかすめるように、リンは駆け抜ける
チャカもいこうとする。
 
リン  なにもいないわ。虫なんて嘘よ。
 
と勝ち誇ったようにいった瞬間。
        虫がおそう。悲鳴も聞こえずに静寂。
凍り付く、チャカ。
 
キダ  おいっ。どうした。
 
呆然とするチャカ。
 
キダ  チャカっ。
チャカ リンが……。
 
と、出て行った方を指さす。
 
トンビ あっ。
キダ  なんだ。
トンビ 蝶だ。夜なのに……飛んでいる。
 
いつの間にかナズナがいる。
 
ナズナ 飛んでいく……。夜に抱かれて……あれは……あれは………翼?
 
溶暗。
 
Z 間奏V
 
周りを一糸乱れぬ行進をする姿。
 
男   生きなければならない。
ナズナ はい。
男   自分自身の力で。
ナズナ はい。
男   苦労はある。
ナズナ はい。
男   安心していい。いつか迎えに行く。
ナズナ はい。
男   それまでに充分学習してほしい。
ナズナ はい。
男   きっと、迎えに行く。
ナズナ はい。
男   君は選ばれた存在だ。
ナズナ はい。
男   それを忘れるな。
ナズナ はい。
男   仲間もいる。
ナズナ はい。
男   安心していい。なに、たしたことじゃない。
ナズナ はい。
男   ……はい、だけしか言わないね。
ナズナ はい。
男   ほかに言葉はないのか。
ナズナ なにか言えるんですか。
 
間。
 
ナズナ 猫なんですね。
男   何が。
ナズナ 精一杯なく目が見えない猫。
男   おかしなたとえだ。
ナズナ 猫には理解できません。
男   どういうことだ。
ナズナ なぜいきてはいけないか。
男   ………。
ナズナ だから、精一杯なくんです。
男   無駄だな。
ナズナ 無駄とわかっていても。
 
間。
 
男   ………では。
ナズナ はい。
 
行きかけて。
ナズナ あ。
男   なんだ。
ナズナ 猫はどうなったと思います。
男   川に流された。可哀想に。
 
にっこりして。
 
ナズナ 知らないんですか。
男   なにを。
ナズナ 猫は九つの命を持っていることを。
 
[ 虚構の兆し
 
土嚢を積んではまた壊しいる。ふと手を止めて。
 
トンビ いないんだよね。
 
いぶかしげになるが。
 
チャカ そうだね。
トンビ 虫いたね。
チャカ ああ。
トンビ ナズナの言ったとおりだね。
チャカ 呼んでるのかな、私たちが。
トンビ そんなはずない。
チャカ そうだよね。姫様いるし。大丈夫だよね。
トンビ でも、ここにはいないよ。
チャカ ………。
トンビ リン、ほんとに食べられたのかな。
チャカ ……たぶんね。
トンビ いきてりゃいいけど。
チャカ ……むりだよ。
トンビ ………むりだね。
 
答えず土嚢を積む。
 
チャカ しらせなきゃ。
トンビ 迎え来ないし。
 
止めて。
 
チャカ 来るよ。
トンビ 今まで来たこと有る?
 
また、積んで。
 
チャカ 絶対来るよ。
トンビ ならいいけどね。
チャカ 絶対来る。くるったら来る。
トンビ ……そうだね。
 
ナズナが出てくる。
 
トンビ ナズナ。
ナズナ 何。
トンビ あれ、本当のこと。私たちが虫を呼んでるって。
ナズナ たぶん。
チャカ  どうしてそんなことわかるの。
 
語気が激しい。
 
ナズナ かんじるの。
チャカ でたらめ言わないで。
ナズナ でたらめじゃない。虫が言ってる。
チャカ しんじられない。
ナズナ あなた達も感じてるはず。
チャカ うそ。何にもかんじないよ、私。
ナズナ 今は、わからないだけ。
チャカ ずいぶん自信が有るじゃない。じゃ、姫様がまにあわないってのも。
ナズナ かもしれない。
チャカ ……あんた、裏切るつもり。
ナズナ 裏切る?
チャカ だってそうじゃない。変なことばっかり言って、みんなを不安にして。あんた、虫の味方?
トンビ チャカ!
チャカ そうでしょ。私たちが一生懸命守ろうとしてるのに。
ナズナ 不安なのね。
チャカ なに、えらそうに。だいたい、あんたがね、あんたがね………
トンビ チャカ……
チャカ わかってるよ……わかってるけど、リンが……何にもできなくて………。
 
アッシュが出てくる。
 
アッシュ 鳥が来た。姫は残念ながらこられない。明日はきっととおっしゃられてる。
 
無反応。
 
アッシュ トンビ。
トンビ はい。
アッシュ チャカ。……チャカ。
チャカ ……はい。
アッシュ ナズナ。
ナズナ え。
アッシュ どうした、君のだ。
ナズナ ……はい。
アッシュ リンがいなくなったが、まもなくかわりの者が来るはずだ。
トンビ ほんとですか。
アッシュ 鳥が知らせてきた。それまでがんばろう。
 
無言。
 
アッシュ どうした、元気を出せ。
チャカ わたしたち、帰れないんですか。
アッシュ 名簿にない。
チャカ いつになったら帰れるんですか。
アッシュ そのときが来たら。
チャカ 来るんですか。
トンビ やめろよ、もう。
アッシュ 焦るのはわかるが、決めるのは私たちではない。街が決める。
チャカ いつ。
アッシュ 街がいいと思ったときだ。
チャカ 街も、虫におそわれてます。いつになったら。
アッシュ 危険な考えが広がっているようだな。
 
と、ナズナを見て。
 
アッシュ 決めるのは街だ。君たちではない。
チャカ 私たちが死んでからですか。
 
アッシュ、去る。
 
チャカ アッシュ!
トンビ もういいよ。
 
座り込むチャカ。
間。
チャカは手紙を読み始める
 
チャカ 毎日大変ですね、虫はこちらにも出てきます。虫はどこにでもいます………。
 
明かりが変わる。
ナズナがゴミくずに近寄る
音楽。
ナズナ、ゴミくずをすくい上げて落ちるのを見る。
何回か落ちてはすくう。
ふと、気にかかる。
また、落とす。
 
ナズナ 呼んでる。
 
またすくい上げて、何か、聞く様子。
また、落とす。
 
ナズナ まさか。
 
また、聞く。
ナズナ ここにいた。
 
ゴミくずの山をあわてて探す。
拾い上げては聞く。
だが探すものはないようだ。
 
ナズナ 捨てられてる。
 
 
ナズナ みんな目の見えない子猫だわ。呼んでいる。助けを求めてる。
 
ゴミくずを拾う。
 
ナズナ ここにいるのに。
 
聞く。こぼす。救う。
 
ナズナ 願い、希望、苦しみ、喜び。………ゴミの山。
 
聞く。こぼす。救う。
ナズナ みてよ、私たちはここにいるの。
 
聞く。こぼす。救う。
ナズナ ここにいるの。
 
        虫の声が重なり始める。
 
ナズナ 生まれるんだわ。
 
虫の声。
 
ナズナ 呼んでる。
 
聞く、こぼす、すくう。たくさん。
虫の声が大きくなって、
バンととぎれる。明かりが変わる。
 
チャカ あれ……。
 
間。
 
チャカ おかしいな……。
トンビ どうしたの。
チャカ 変なの、この手紙。ここよんで。
 
渡す。
 
トンビ 毎日大変ですね。虫はこちらにも出てきます。
チャカ 二枚目。
トンビ ……、不幸なことです。焦って早く帰ろうとしてもおつとめを終わらなければどうしようもありません。帰りたくても我慢して下さい……これが。
チャカ その先。
トンビ 虫に食べられたそうですが、きっとその子もかえりたいと思ったのでしょうが、あせってもどうにもなりません。
チャカ それ、リンのことじゃない。
トンビ そんなはずない。
チャカ でも、そんな子リンしかいないよ。まだ手紙出してないのに。
 
キダがやってくる。
 
チャカ  ねえ。
キダ  なんだ。
チャカ いつ、鳥が来たの
キダ  さあ。
チャカ アッシュの手伝ってるからわかるでしょ。
キダ  教えてくれない。……なんかあったのか。
トンビ これ。
キダ  なんだ。
トンビ ……よんで。
キダ  いいのか。
チャカ 読んで。
 
キダが読む。
 
キダ  ………これは。
トンビ キダ。あんた、鳥の管理手伝ってるよね。
キダ  少しだけど。
トンビ 調べてくれない。
キダ  アッシュにしかられる。
トンビ いいから。こっそりと。パスワード知ってるでしょ。
キダ  教えてくれない。
トンビ じゃ、是がきた時間ぐらいはわかるでしょ。
キダ  それなら。
トンビ 早く。
キダ  わかった。
 
キダ、去る。
 
チャカ 何考えてるの。
トンビ 前からおかしいとは思ってたの。
チャカ 何が。
トンビ 私のも少し変なのね。これだけど。
 
以前の手紙を出す。
 
トンビ 砦はまだ無事ですか。おつとめはしっかり果たしてますか。
チャカ 前来た手紙だね。それのどこが。
トンビ ここ。……ザッキもメイも元気です。メイはどうやらいい人ができたようです。あなたも早く帰ることができればいいのに。
チャカ どこが?
トンビ メイにいい人なんかできっこないの。
チャカ どうして。
トンビ 猫だもの。
チャカ えっ。でも、それって。
 
キダが深刻な感じで来る。
 
トンビ どう。
キダ  鳥が来た形跡がない。
チャカ ええ?
トンビ やっぱり。
 
間。
 
トンビ ねえ、私たちの手紙って確かについてるんだろうか。
キダ  それは間違いないはずだ。
トンビ 確認した。
キダ  それは……。
トンビ できないでしょ、アッシュしか。
チャカ でも……ほら、暗号でわたし。
トンビ 簡単なのは解読できる。いかにも真実らしいものを作れることなんかたやすい。
チャカ あんたまさか。
トンビ そう。これは、茶番よ。
チャカ そんな、手紙が……
キダ  まさか、アッシュが………何のために。
トンビ 聞いてみる必要があるわね。
チャカ ……これが……全部まやかし?私たちをだましてた?
トンビ そういうことになるわ。
 
手紙をもって呆然。
 
キダ  こんなことしても意味がない。アッシュがそんなことするはずが。
トンビ 意味ね……意味はあるわ。
チャカ どんな。
トンビ 私たちはどうやら徹底的にだまされてたみたい。
チャカ だましてどうするの。
トンビ だますことに意味があるのよ。
 
トンビ早足で去る。
 
チャカ どうするの。
トンビ アッシュに確かめる。
チャカ まって。
 
二人追いかける。
 
キダ  そんな、ばかな、だまして……どうする?
 
キダも去る。
 
\ 虚構
 
ゆっくりと土嚢を積み上げては崩している人々。
ナズナが浮かぶ。手紙を一つ持っている。
 
ナズナ 昔、記憶のない昔、それでも、たった一つ覚えていることがある。私がここにいて、確か、母がそこにいた。私は、たまらなく不安で、母に必死に訴えるけれど、母の言葉は聞こえない。お母さん、助けて、私は、母のそばに駆け寄ろうとするけれど、どうしても見えない壁に阻まれて、母の暖かい翼に飛び込めない、やがて母は悲しげに目をそらす。こちらを向いて、お母さん、助けてお母さん、けれど、母はゆっくりと立ち上がり、私に手紙を渡す。手紙は不思議にするりと私の手に渡り、私は、握りしめながら、母に駆け寄ろうとする。母は、哀れむような目で私を見つめ、ふっと視線をはずすとそのまま飛びさろうとする。なぜ、いくの、お母さん。振り返った母の目に浮かんだのは、なにかいやらしい虫でも見るような嫌悪感。思わず立ちすくむ私の前から母が夜空に永遠にきえていく。後に残ったのは一通の手紙。
 
ナズナが手紙を広げる。
何もない白紙。
 
ナズナ 書かれなかった一通の手紙。……しってるんでしょ。
 
人々の動きが止まる。
 
アッシュ 何をだ。
ナズナ なぜここにいるのかを。
アッシュ しらんな。私は、君たちをまかされているだけだ。
ナズナ 卑怯です。
アッシュ どうして。
ナズナ 知る必要があります。
アッシュ しってどうなる。知らなければよいことは世界にあふれているぞ。
ナズナ それでも知らなければなりません。
アッシュ 無益なことだろ。
ナズナ 目の見えない子猫だって生きていることにはかわりがない。
アッシュ 不幸になるだけだ。
ナズナ 無視されるより遙かにましです。
アッシュ いつ、だれが、誰を無視したというのかね。
ナズナ それは、貴方が充分おわかりと思いますが。
アッシュ 答える必要はないな。
ナズナ いいえ有ります。
アッシュ 君にかね。
ナズナ はい。あの人たちにも。
 
明かりが変わる。音楽もとまる。
人々がアッシュを囲む。
 
アッシュ どうした、どうした、血相変えて。
トンビ ききたいことがあります。
アッシュ ほう………くだらんことを言わずに仕事にかかれっといってもききそうにないな。……言ってみろ。
トンビ これです。
アッシュ 手紙がどうした。
トンビ これは偽物でしょ。
アッシュ 偽物?
 
ちらっとナズナを見て。
 
アッシュ 変なことを吹き込まれたと見える。
トンビ 違います。おかしなことが多すぎる。私たちの手紙は街についているんですか。街からの手紙は本物の手紙ですか。
 
笑い出すアッシュ。
 
アッシュ 面白いことを言うな。信用しないのか。
トンビ すべてはアッシュの言葉だけですから。
アッシュ むしもか。
トンビ 手紙のことを言っています。
アッシュ くだらん。
トンビ くだらなくても説明して下さい。
 
周りを見るアッシュ、厳しい視線。
 
アッシュ 責任は持てないぞ。
トンビ 責任は私たちが持ちます。
アッシュ やれやれ……仕方ない奴らだ。所詮ゴミはゴミか。
チャカ 何ですって。
アッシュ なるほど。……確かに、偽物だ。
チャカ そんな。
トンビ だましたんですね。
アッシュ きみたちが幸福に暮らすためだ。
トンビ なぜ。
アッシュ なぜ?決まってるだろう。きみたちは帰ることはできない。ならば、少しでも、幸せにするのが私の仕事だ。
チャカ かえれない?
アッシュ 死ぬまでな。
トンビ どうしてですか。
アッシュ きく必要はない。
 
虫の声がやってくる。
 
アッシュ 無駄なことにかかずらう暇はない。風が変わった。虫が来る。防ぐんだ。
 
誰も動かない。
 
アッシュ どうした、食われるぞ。
 
誰も動かない。
 
アッシュ どうした帰れなくなるぞ。キダ、行け。
 
キダ、迷うが去る。
 
アッシュ さあ、君たちも。
トンビ やめましょう、茶番は。
アッシュ 何。
トンビ 帰れないと言ったのは貴方です。
アッシュ ………。
トンビ 虫が来ようが来まいが私たちは帰れない死ぬまでと貴方は言った。
アッシュ ………。
トンビ 私たちはゴミですか。街にとって私たちは何ですか。なぜ捨てるんですか。
アッシュ ………
トンビ なぜなんですか。
アッシュ 捨てるしかないだろ。
トンビ どういうこことです。私たちは同じ。
アッシュ どこが。
トンビ え。
アッシュ 君たちは欠陥品なんだよ。
トンビ 欠陥品!?
アッシュ 君たちに翼はあるのかね。
トンビ え。
アッシュ あるとき遺伝子の突然変異により、人は翼が生え大空を高くかけるようになった。おかげで虫たちと戦わざるを得なくなった訳だが。
トンビ は。
チャカ わけわかんない。なんで人間に翼が。
 
笑って。
 
トンビ 突然変異?都合のいい話ですね。
チャカ ばかばかしい!
アッシュ そうかな。
トンビ 当たり前です。そんなことが信じられますか!だってそうでしょ、街にいたとき誰も翼なんかはえてやしませんでしたよ。おばさんだって。
アッシュ 何のために訓練があったと思うんだね。
トンビ えっ。
アッシュ 君におばさんなんかいたと思うのかね。
トンビ えっ、どういうことです。
アッシュ 幸せな記憶というのもいいものだろう。
トンビ 幸せな記憶?
アッシュ 埋められた記憶だよ。
トンビ ウソの記憶?
アッシュ 傷つかないですむからね。
トンビ そんな……おばさんがいなかった……まさか……でも。でも。ザッキとメイは、あれは猫です。確かにいた。
アッシュ 私のミスだ。なかなか完璧にはいかないものだ。君に不愉快な思いをさせてしまったようだね。
トンビ 信じられない。
アッシュ 事実は単純なものだよ。
トンビ どこが事実ですか。私は信じない。
アッシュ 第17染色体の筋肉遺伝子群及び第20染色体の骨遺伝子の一部の欠損によって生まれ損ねた、もともと生きていてはいけないただのなりそこねだよ。街においていくわけには行かないだろ。君たちは現実にたち向かうにはあまりには弱すぎる。保護してやらなければならないからね。それが街の、いや姫様の意志だ。
トンビ おとぎ話でだまそうたってだめです。
アッシュ 残念だが本当のことだよ。いっただろ、事実は単純なことだと。
トンビ うそです、そんなばかげたことあり得ない。私たちのどこが欠陥品ですか。こんなに、
ナズナ 思い出した。
トンビ え。
 
間。
 
ナズナ 思い出した。……本当のことだったのね
チャカ ナズナ。
ナズナ 母の懐にいだかれて夜の中を飛んだこと。
トンビ 夢だよ。
ナズナ 夢だと思ってた。夢であってほしかった。……でも、母には羽があった。……私を捨てたのは……お母さん。
トンビ ウソよ、そんな………。
 
立ちすくむ、トンビたち。
 
アッシュ 個人の能力の問題なら仕方ない。だが君たちの問題は遺伝子的欠陥、つまりどうしようもないことなんだよ。
トンビ 私たちに生きる権利はないということですか。
アッシュ そうはいってない。ささやかにここで生きているじゃないか。ここなら街に迷惑もかけずにすむ。
チャカ 迷惑なんですか私たちが。
アッシュ 街が生き残るためには君たちは足手まといにしかならない。
トンビ 捨てられたんですね。
アッシュ 君たちを見ていると不愉快にしかならないだろ。君たちは明らかに違う。
 
立ちすくむ。
 
トンビ 翼がないことが。
アッシュ それで充分だ。
 
崩れそうになるが。
 
トンビ あなたにだってないじゃないですか!
 
アッシュ、笑って。
 
アッシュ 私はいいんだ。
トンビ なぜ。
チャカ 同じでしょ。
アッシュ 君たちとは違う、私に翼があったら変だろ。
トンビ わからない。
アッシュ 街に帰れば、羽が生える。
チャカ でたらめだ。
アッシュ 信じなければそれでいい。これは、仮の姿だ。
トンビ 仮の姿。
アッシュ 君たちの世話もなかなか大変だからね。
チャカ ……うそだ……。
 
笑う、アッシュ。
        間。
 
トンビ でも、でも………街は私たちがこんなことをしているのを知ってるんでしょ。
アッシュ いや、街は知らない。
チャカ えっ!
トンビ こんなところに隔離して。みんな知らないって言うんですか。
アッシュ そうだ。
トンビ でも、私たちだって、
アッシュ 何ができるというのかね。
トンビ え。
アッシュ 街は虫におそわれている。君たちに何ができるのかね。
チャカ やってるよ。
アッシュ 何を。
チャカ 砦を守ってる。
アッシュ まもる?
 
鼻で笑う。
 
アッシュ 何が守れる。こんなちんけなものを移動しているだけの君たちが。
 
足で土嚢を蹴る。
 
アッシュ 意味のないことだよ。
 
虫の音が少し大きくなる。
 
トンビ 意味もないことをなぜやらすのですか。
アッシュ 生きてるつもりになるだろ。
トンビ 残酷ですね。
アッシュ 残酷?
 
笑う。
 
アッシュ それでも、街は君たちを生かしておいてくれたんだ。感謝して欲しい。
トンビ 何が感謝ですか。
アッシュ 君たちはまだ良い方だ。ここにこれただけでも。
トンビ ここにこれた?じゃあ街に残っている仲間もいるってことですか?
アッシュ なぜ残す理由がある?
チャカ え?
アッシュ 生まれてこない方が良いことだってあるだろ。
トンビ そんな。
アッシュ 街の本当の姿を見ずにすんだ君たちはむしろ幸福じゃないか。街は考えたんだよ。生まれてくるものに欠陥があるなら、むしろ生まれない方が良い。しかし生まれてしまったら仕方がない、そのものにも生きる世界を与えようとね。
トンビ 私たちは街に無視されてるってこと?
チャカ 虫以下じゃない。
アッシュ いや、虫は少なくても羽がある。
 
嫌悪感が浮かぶ。
 
トンビ そんな。
 
立ちすくむ。
 
チャカ じゃ、……じゃ、私たちって……
トンビ いなくてもいいってことですか。
アッシュ ……。
トンビ いない方がいいってことですか。
アッシュ ………。
チャカ 虫に食われた方がましじゃない。
トンビ 食べられても、誰も悲しまない、誰も怒らない、誰も知らない、私たちなんかどうでもいい。
アッシュ 納得がいったかね。だが、安心したまえ、ここなら翼がなくても生きていける。
トンビ 虫におびえながらですか。
アッシュ しかたない、だが、それしか君たちは生きることができない。
チャカ うまれてこなければよかった………。
アッシュ 誰が悪いのでもない。生まれたのが悪かったんだよ。
 
間。
ナズナがゆっくりとアッシュに向かう。
 
ナズナ それが私たちの罪ですか。
アッシュ 何。
ナズナ 私たちが生まれたことが罪ですか。
アッシュ くだらん、そんな問題じゃない。
ナズナ 目の見えない子猫が一生懸命生きようと泣くのは罪ですか。
アッシュ 変なたとえだ。
ナズナ 答えてください。生きようと思うことが罪ですか。
アッシュ ……。
ナズナ 答えてください。
アッシュ そういうことだな。
 
間。
ますます、落ち込む一同。
 
アッシュ さあ、くだらんこと考えるな。虫がくる。
 
     笑う、なずな。
 
アッシュ 何がおかしい。
ナズナ 私は、空を飛びたいとは思わない。
アッシュ 何。
ナズナ 翼がないのならそれでいい。目が見えない子猫なら目が見えないままでそれでいい。目が見えなくても生きていくことはできる。翼がないなら翼のないまま生きていくわ。
アッシュ ほう、生きていくことね。
ナズナ 目が見えようとは思わない。空を飛ぼうとは思わない。
アッシュ 街に逆らうのか。
ナズナ いいえ。
 
にっこり笑う。
 
ナズナ 街は関係ありません。
アッシュ 何。街を無視するのか。
ナズナ 私たちはここにいます。生きている。それだけです。
 
間。
笑う、トンビ。
 
アッシュ 何がおかしい。
トンビ そうよ、私たちはここにいる。そう、それで十分だわ。それしかないもの。
アッシュ ………。
トンビ 私はここにいます。街が知らなくても私たちは、ここにいる。アッシュ。
 
と、手紙を取り出して破るそぶり。
 
アッシュ 手紙を破ると罰せられるぞ!
トンビ 誰が?
 
       破りながら。
 
トンビ こんなもので街は私たちをだましてた。この責任はあなた方がとるべきで私たちじゃない。でも。
アッシュ なんだ。
トンビ 私たちの手紙はどうしたんですか。
アッシュ ………。
トンビ いいえ、私たちだけじゃない。私たちが帰れないなら、私たちの前にいた人は。その前の人は。帰りたくて、逢いたくて、必死になって書いた手紙は。
 
アッシュのしせんがちらっとゴミに走る。
 
アッシュ 虫をよく防いでくれたよ。
 
間。
トンビ、ゴミをすくう。
 
トンビ ひどいことをするんですね。
アッシュ しらん。
チャカ そんな。
 
と、かけより、ゴミくずを救う。
立ち上がって、トンビ。
 
トンビ 姫も来ないんですよね。あれは、私たちに与えられたおとぎ話でしょ。
アッシュ ………。
チャカ やっぱりこないの。私たちどうなるの。虫が来たら。
アッシュ そうだ、虫は来る。きみたちがどうあっても虫は来る。仕事にかかれ。
トンビ 何をそんなに焦ってるんですか。
アッシュ 虫が来る。
トンビ もうここは終わりでしょう。
アッシュ そんなことはない。やってくるぞ。姫も必ず来る。
 
虫の声。
 
トンビ 誰を助けに。
 
冷たい目。
 
アッシュ 俺だけじゃない、みんな助かるんだ。
トンビ めちゃめちゃですよ、言ってることが。
アッシュ うそじゃない、姫は来る。
トンビ おとぎ話を信じてるんですか、アッシュも。
アッシュ 何。
トンビ ここからは誰も帰れない。それは姫の意志なんでしょ。
アッシュ ………。
トンビ ならば、あなたも帰れない。
アッシュ おれは帰れる。
トンビ どうやって?
アッシュ 迎えが来る。
トンビ 交代がくるんですか。
アッシュ そうだ。
 
間。
虫とは違う別の音が近づいてくる。
キダが入ってくる。
 
キダ  鳥が来ました。
チャカ 鳥が!?
アッシュ そうか!
キダ  姫さまは今日はこられないそうです。明日は必ずいくからと。
 
 
アッシュ それだけか。
キダ  はい。
アッシュ ほかには。
キダ  何もありません。
アッシュ そんなはずはない。迎えは。……おれのことは。
キダ  ありません。
アッシュ ばかな、確かに。
 
 
トンビ どうやら、アッシュ……貴方もゴミのようですね。
アッシュ なに?
トンビ あなたも欠陥品じゃないんですか?
アッシュ 嘘だ。そんなはずはない。俺は。
トンビ 翼はあるんですか。
 
間。
 
アッシュ 俺は帰れるんだ、なぜならおれは、
トンビ あなたもゴミなんです。
アッシュ なに!?
トンビ あなたに翼はあるんですか?
アッシュ 翼!
トンビ なぜあなたは街に帰れば翼が生えてくるなんて馬鹿げたことを信じたんですか。
アッシュ そんなはずが。
トンビ 事実はいつも単純なのでしょう。あなたは私たちと同じなんです。訓練は何のためにあるかといったのはあなたでしょう。あなたもずっとここにいるんですよ。迎えはこない。
 
アッシュ、立ち往生。
虫が襲来する音。
 
チャカ 虫が来るよ。
トンビ キダ。
キダ  とにかく固めろ。手分けして。
 
アッシュは呆然。
全員が固めにかかる。
 
] Waiting For Lady……
 
ナズナ やめて。
 
えっと立ち止まる。
 
ナズナ 虫は襲わない。
アッシュ 何をいってる。虫は。
ナズナ いいえ。
 
と、ゴミくずを拾い上げる。
 
ナズナ 聞こえない。
アッシュ 何が。
ナズナ 声が。
 
間。
 
アッシュ 空耳だ。出任せを言うな。ただのゴミだ。
ナズナ そう。ただのゴミ。生まれてはいけなかった人々の夢。
 
ゴミくずをこぼす。
 
ナズナ あなたはいった。私たちは見えてはいけないと。街から、排除され、無視され、隔離される存在だと。
アッシュ いってはいない。
ナズナ いいえ。見なければそれでいい。いなければそれでいい。生きていてもいなくても、しらなければそれでいい。けれど。
アッシュ ………
ナズナ 私と……そしてゴミはここに有るんです。
 
ゴミくずを拾い上げる。
 
ナズナ 守るべきはこれでしょう。街ではなくて。切り捨てられたものたちの声を。
アッシュ 虫はどうする。虫はそんなことにはお構いなしだぞ。
チャカ そうだよ。虫がくるよ。
 
虫の声。
 
ナズナ 虫は襲わない。ただ呼ばれているだけ。
トンビ まさか。虫って。
 
アッシュ、あざ笑って
 
アッシュ きみの友達とでも言うのか。
ナズナ いいえ。
アッシュ そりゃそうだな、虫は。
ナズナ 街が生んだもの。
アッシュ なに。
ナズナ わからない?聞こえない?この声が。
 
虫たちの叫び。
 
ナズナ 生まれてはいけないものが、それでも生まれなければいけないとしたら。どこからうまれればいい。
アッシュ 戯言だそんなことは。
 
ゴミをすくい上げる
 
ナズナ ゴミ?いいえ、これは海。
トンビ 海?
ナズナ 虫を見たことがある?
トンビ ないわ、いつも、いつも圧倒的な声ばかり。
アッシュ 惑わされるな。
ナズナ あなたは見た?
アッシュ ………。
ナズナ 見えないものは見えないところから生まれる。
 
ゴミをすくい上げアッシュに近づく。
 
アッシュ 何をする。
ナズナ 見えないでしょう。聞こえないでしよう。
アッシュ 当たり前だ。
ナズナ 一番大切なもの、あなたにはわからない。
アッシュ 何もない。
 
アッシュ、近くのゴミをすくい、ぶちまける。
 
アッシュ 何もない。みろ、何が聞こえる、何が見える。何にもないぞ。きいてみろ、何か見えるか、聞こえるか。キダ、チャカ、トンビ!
 
冷たい視線。
 
アッシュ 馬鹿だ貴様ら!
ナズナ そう、何もない……でも、そこからすべてが生まれた。虫も、私たちも。
アッシュ ただのゴミだ。
ナズナ 違う。これは、海。虫たちの海。
アッシュ くるったな、ゴミから虫が生まれるか。
ナズナ ……でも、アッシュ、あなたには見えるはず。
アッシュ みえーん!何にも、なんにもおれにはみえーん!
 
だが、おそれが彼を締め付ける。
 
アッシュ 虫は、敵だ、俺たちの敵だ。こんなもの!
 
狂ったようにゴミをまき散らす。
 
アッシュ みとめんぞ、俺は絶対。
トンビ 壊そう。
キダ  何を。
トンビ これだよ。
 
と、土嚢を壊し始める。
 
アッシュ やめろ!
トンビ どうして。
アッシュ 守れないぞ。
トンビ 守れない。
 
笑って。
 
トンビ 何を守るんです。これは、私たちと世界を隔てるただの壁です。
アッシュ ちがう、それは。
トンビ あなたは、いったこんな無意味なもので虫から守れるはずがないと。ならば、これはただの飾り物、あなたの世界を守るだけ。
アッシュ 違う、それを壊しても、同じことだぞ。
トンビ なにがです。
アッシュ おまえたちはここにいるしかないんだ。
トンビ そうです。私たちは虫とともにいます。
アッシュ 新しい、おとぎばなしを信じてか。やめろ。
トンビ 壊します。
 
壊し始める。
土嚢を突き崩す人々
 
アッシュ やめろ、おまえたちは何をするつもりだ。
 
狂気のように止めようとするが払われる。
次から次に。
 
アッシュ うわーーーーーっ
ナズナ 虫が来るわ。
トンビ じゃあ、いこうか。
キダ  ああ、いこう。
 
しかし、動かない。
 
アッシュ 俺たちはいつまで同じことの繰り返しなんだー!!
 
と、思わず飛び出す。
 
キダ  どうした。
トンビ 同じこと……まさか。
 
ナズナを振り返る
 
ナズナ 虫が来たわ。
 
虫の襲来。
喜びのうなりと怒濤のようにおちてくる純白のゴミくずの雨。
 
トンビ おとぎ話。これは……。
キダ  じゃあ、いこうか。
トンビ ああ、いこう。
アッシュ うわーーーーーーっ。
 
 
かまわず人々は崩していくが、やがてそれはいつしか、積んでは壊す無 限の積み替えになっていく。
再び飛び込んでくるアッシュ。雨はその上にもふりそそぐ
ゴミの山に突入して暴れる。
ナズナ、ゴミを差し上げる。
 
アッシュ うわーーーーーーっ。
 
かくて、新しいおとぎ話に形を変えた世界で、人々は無限の営みを始め る中、すべてを圧するように虫たちはやってくる。
 
                                    【 幕 】

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