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作 結城 翼
☆キャスト
筒井・・・・・・
鬼童丸(夫)・・
貞時・・・・・・
吉野・・・・・・
宮木・・・・・・
萩丸・・・・・・
夕霧・・・・・・
霞・・・・・・・
月彦・・・・・・
星彦・・・・・・
雪彦・・・・・・
花彦・・・・・・
風彦・・・・・・
紅葉(くれは)・
領民達・・・・・
☆プロローグ
闇の中から、螺旋のようにゆるゆるとめぐる音楽が生じる。重なって玲瓏たる鈴の音。空には満月のような木ノ実。不思議な光の 中、重なりあう、桜の樹々。緋緋として舞う花弁。艶やかな緋もうせん。くるくるともつれるように、ゆっくり舞う異形の星彦た ち。鈴の音が再び密やかに重なる。女がいる。星彦たちには気づかない。
女 :あなたがしゅろうのかねであるなら わたくしはそのひびきでありたい あなたがうたのひとふしであるなら わたくしはそのついくであ りたい あなたがいっこのれもんであるなら わたくしはかがみのなかのれもん そのようにあなたとしずかにむかいあいたい たましい のせかいでは わたくしもあなたもえいえんのわらべで そうしたおままごともゆるされてあるでしょう ひとつやねのしたにすめないか らといって なにをかなしむひつようがありましょう ごらんなさいだいりびなのように わたくしたちがならんですわったござのうえ そこだけあかるくくれなずんで たえまなくさくらのはなびらがちりかかる
緩やかに舞い続ける星彦たち。やがて女は気づくだろう。鈴の音がひときわ高くなる。
女 :だれ?
星 彦:鈴の音が流れるよ。
月 彦:流れるよ。星の川を流れるよ。
女 :だれ?
雪 彦:お前の心を食ってやろ!(他のもの「食ってやろ」ささやき声)
花 彦:お前の心を食ってやろ!(他のもの「食ってやろ」ささやき声)
女 :鬼?
星 彦:鬼だって・・(他のものさんざめく、笑い声)
風 彦:鬼だって・・(他のものさんざめく、笑い声)
女 :違うの?
月 彦:恋の木ノ実がみのります。
雪 彦:恋の木ノ実がみのります。
女 :恋の木ノ実?
星 彦:美野(よしの)が淵の
花 彦:紅葉(くれは)の姫の
雪 彦:申すよう。
風 彦:申すよう。
星 彦:十月十日(とつきとうか)の月の夜。
月 彦:四十九日の星の夜。
星彦たち踊り早くなる。
花 彦:鈴の音を鳴らせませ。
雪 彦:鈴の音を鳴らせませ。
女 :こうか?
風 彦:鈴の音が鳴りました。
花 彦:天の川を流れます。
女 :こうか?
高くなる。
雪 彦:鳴らせませ。
風 彦:鳴らせませ。
女 :こうか?
さらに高くなる。
星 彦:月でる晩に。恋の木ノ実がはじけたら。
月 彦:花降る夜に。恋の木ノ実がはじけたら。
女 :こうか!
星・月:お前の心を食ってやろ!
花が緋緋として落ちる中、鈴の音が更に、高く響く。星彦たちはじかれたように消える。
と、夜は満天の星の下にある。温かい春の夜である。女はじっと何かを待つ。
夫が、忍びやかに、だがせかれる如く菜を抱えて帰ってくる。夫、菜を置く。
☆花の章
夫 :・・固く、塩を。・・・・
筒井 :・・・
夫 :(誰にともなく)あまりの星月夜だからつい、・・・
筒井 :はい。
夫 :白い茎が一面に並んでいてそこにさす星の光だ。・・つい我を忘れて白い菜に手がふれた。すまない。
筒井 :何もおっしゃらないで。
夫 :・・では、固く塩して?
筒井 :はい
筒井、白い菜を抱えて去ろうとする。
夫 :筒井・・。
筒井 :はい?
夫 :苦労をかけるね。
筒井 :・・・筒井、十分に幸せです。
筒井去る。夫さらに何かいいたげであるが言葉は出ない。夫、にわかにしまっておいた紹介状を持ち出して読む。
夫 :もうすぐだ。もうすぐだよ。一年待ってくれ。都に行けば、なんとかなる。お前に黄金を送ろう。そうだ、黄金で袿をこしらえたらいい。 似合うだろうなあ。一年たったら、迎えに来る。四条五条の秋はどんなにか華やかだろう。俺は、庭をつくるよ。築地の塀を巡してさ。お 前は、几帳の影で髪をとかす。誰にも負けんぞ。可憐だろうなあ。・・・筒井、おれは、お前のためなら何でもする。だからまっていてく れよ・・・
夫誰にともなく語り続ける。筒井、いつのまにか登場。痛わしげな感情を押えて、夫に語りかけるよう
筒井 :同じ時刻にそれぞれに立ちたいと思います。あなたは都へ、私は奉公先に。この家を一緒に立ちましょう。
夫 :一人がこの家に残ることは心辛い。それはいい考えだね。
筒井 :渡し船まで一緒に参りましょう。
夫 :渡し船か・・・。ここに来たのも三年前。渡し船だった。
筒井 :水が多く景色が美しく見えました。
夫 :あれも春のことだった。
筒井 :はい。
夫 :美野の国がこんなことになるとは。人間、落ちぶれるってのは簡単だね。
筒井 :時勢が悪うございました。それに、この国はあまりにもまずしうございます。
夫 :時勢か。
筒井 :はい。
夫 :そうだね・・・
何がなし笑う。
間。夜が曇ってくる。
筒井 :星が。
夫 :花曇りだろう。・・時勢か・・
筒井、何かいいたげだが、ついと立って鈴を取って来る。涼しげな音を立てる。夫に差し出す。
筒井 :これを。
夫 :・・胡蝶の鈴じゃないか。・・・私に?
筒井 :・・・はい。一つは私。
夫 :そう。・・・自分は何もやるものがない・・・笑ってくれ。
筒井 :いいえ。何もいりません。私には二つの眼(まなこ)があります。
夫 :まなこ?
筒井 :まなこに、あなたの顔を刻みつけておきます。
夫 :・・・筒井。
筒井 :はい。
夫 :いや・・・。
春雨が降り始める。
夫 :おお、春雨が降り始めた。
筒井 :折り悪しう、降り始めました。花が散ります。
夫 :いいさ。花も散らなければ新しい実はならない。二人の出発に相応しいよ。
筒井 :そう言えば、そうでしょうが・・
と、筒井少し沈黙して、外をみる。夫、容を改めて、
夫 :筒井。
筒井 :は?
夫 :筒井。今日の日をお互い覚えておこう。便りはついでのあるたびに、よこしてくれ。いいね。
筒井、少し沈黙。夫不審げに。
夫 :どうした?何か気に触ることでも?
筒井 :(強く、語調を改め)あなたも、私あることをお忘れないようにお願いいたします。
夫 :・・・お前もだぞ。
筒井も、自分の世界に沈潜する。やがて、
夫 :それにしても明日は、二人の、新しい出立の日だというのに、祝の席一つ設けることさえ、できない。
筒井 :たしか、小豆がまだあったと思います。小豆の飯をつくりましょう。
夫 :別れの飯か。それは風流だね。だけど、小豆なぞどこの家にも一粒も無いことをしっているだろう。いいよ。その心だけで。
筒井 :いいえ、たしかにどこかに、あの紅をした小豆がありました。思い出せれば良いのですが・・・
筒井、心当りをさがすがない。ありようはずもない。
夫 :もういいじゃないか。
筒井 :いいえ、たしかにどこかに、覚えがあります。ちょっと、私に考えさせて下さい。・・・ええと、どこかにあった。
筒井、思い当る。膝をたたいて小さい喜びの声を上げる。夫、驚いて筒井の顔を見る。
筒井 :ございました。ただいま持ってきます。
筒井、小函を持って来る。はさみを持って箱の前に座り、美しいきれで縫ったお手玉を出す。
筒井 :ほら。
筒井、糸目を解く。中からは、美しい小豆がこぼれる。
夫 :これは有難い。
筒井、次々と盆の上に袋を解く。小豆が溢れる。
筒井 :これで赤の御飯が出来ました。
夫 :小豆があったからには、私たちは長く幸せになるだろう。
筒井 :小豆を見つけましてまたしまっておきます。
夫 ゆっくりとうなずく。
夫 :雨がやまないね・・・
筒井 :本当に・・、けれど明日は晴れましょう。きっと。
夫 :そうだね・・晴れるだろうね・・・
筒井 :はい・・。
最後の夜はふける。やや溶暗。鈴の音が響く。空間に音楽と共に紅葉が浮かび出る。鈴の音がなる。やがて紅葉が消える。
七年後。領主貞時の屋敷。桜がちらほらと散っている。
忙しそうに、入ってくる貞時。追いかけて宮木。
宮木 :もうしあげます。
貞時 :宮木か。私は忙しい。
宮木 :いつものことでございましょう。ご覧下さい、たまには桜の花など。ほら、もう散り始めております。
貞時 :お前にこき使われておるから、そんな暇もない。
宮木 :ご冗談を。精励されるは当然のこと。まだまだ人心を掴みきっておりません。細心の注意を払ってしかるべきかと。現に本山郡(ごおり) に不穏な動きがございます。
貞時 :鬼童丸達か。流れものの盗人ぐらい、大事なかろうが、こんな時だ。念のため、行ってみるか。支度をせい。
宮木 :はい。
貞時 :なんだ。まだあるのか。
宮木 :追放令のこと、早くご決断を。
貞時 :わかっておる。しかし、ごり押しは返ってよくないだろう。
宮木 :いいえ。一日の遅れが命取りになります。この国はあまりにもまずしうございます。このままでは向こう三年と持ちません。貧しい国がそ れだけで食べてゆくには不要なものは切り捨てねばなりません。
貞時 :私はこの国をあの美野が淵の桜のように美しい国にしたい。だが、父上がせっかくやめさせた親捨ての議、これを復活させるのは。
宮木 :その結果、どうなりました。わずか3年を経ずしてこの豊かだった国は、今や滅亡の瀬戸際。
貞時 :作物がとれなんだせいもある。
宮木 :確かに。けれどもともと美野の国には役立たずなものを養うほどの余裕はございません。親捨ては国が生き延びる知恵でございます。
貞時 :老人を捨てるしかないか。
宮木 :ありません。
貞時 :彼らは今まで美野の国のために充分に働いた。
宮木 :そうして、今はただ我々の働きを食いつぶすだけです。
貞時 :用済みという訳か。
宮木 :はい、彼らは役割を終えたのです。そしていずれ我々も役割を終えましょう。
貞時 :お前は強い。
宮木 :私はやらなければならぬ時やるべきことをやるだけです。口実や言い訳など無用でございます。
貞時 :父上ならそうしただろうか。
宮木 :あの時と時勢が違います。
貞時 :時勢か。それがおれの定めか。
宮木 :定めだなんだとうざったいことを。美野の国がたちいくにはそれぐらいの気合いで行かいで何とします。いったいいつまで待てば気がすむ のです!
貞時 :宮木!
宮木 :申し訳ありません。宮木、言い過ぎました。けれど、もはや猶予はなりません。ご決断を。
貞時 :・・・わかった。まもなく決める。・・・本当だ。それより吉野はいるか。
宮木 :はい。萩丸といっしょで。
貞時 :呼んでくれ。
宮木 :かしこまりました。
入れ替わりに、筒井が入ってくる。宮木と黙礼を交わす。宮木、筒井を見やるがそのまま去る。
筒井 :筒井をおよびでございますか。
貞時 :うむ。・・吉野を頼む。桜ももう終わってしまう。少し外を見せて欲しい。腹違いの妹だと思えばよけいに不敏でな。
筒井 :かしこまりました。
貞時 :いつもすまん。
筒井 :いいえ。わたしの仕事でございます。
ゆこうとする。
貞時 :筒井。
筒井 :は?
貞時 :何年になるかな。
いぶかしげに。
筒井 :なにがでしょう。
貞時 :あ、いや。ここにきてだ。
筒井 :お父上の時から数えて七年になります。・・・それがなにか。
貞時 :七年か・・・。いや、手を止めてすまなかった。いってくれ。
筒井 :はい。
筒井、去る。
貞時 :早いものだ。七年か・・・。
貞時、べつの方へいこうとする。吉野、萩丸と来る。
吉野 :宮木に言われました。お呼びですか、おにいさま。
貞時 :おお。いきちがいだったな。
吉野 :なにがです。
貞時 :筒井と桜見物でもと思って呼びにいかせたのだが。いきちがってしもうた。
吉野 :まあ、それはうれしいこと。萩丸。萩丸。
萩丸 :ここに。
吉野 :筒井殿をよんでいらっしゃい。
萩丸 :はい。でもどこに。
貞時 :庭のほうだ。
萩丸 :はい。・・・筒井殿ーっ。(去る)
少し、気まずい空気が流れる。
吉野 :なぜです。
貞時 :なにが。
吉野 :いらいらなされておる。
貞時 ::だれが。
吉野 :おにいさま。
貞時 :ばかな。
吉野 :わかります。目は少しみえないけれど匂いでわかる。おにいさまは困っておられる。
貞時 :聞いたふうな口をいう。私が何に困っておるというのだ。
吉野 :鬼童丸。
貞時 :都を追われた盗賊風情。ほっといても静まる。
吉野 :国の財政。
貞時 :女の心配するところではない。口出し無用。
吉野 :筒井殿。
貞時 :・・・何をたわけたことを。
吉野 :ほら・・おにいさま。
貞時 :な、なんだ。
吉野 :吉野、大事な話があります。
貞時 :あとにせい。あとに。
吉野 :いいえ。父上、母上が急なはやり病でなくなってからもう三年。私がこんなことで家のこともままなりません。おにいさまも都におられた ときと違いさぞご不自由でありましょう。
貞時 :俺は不自由などしとらん。
吉野 :いいえ。
貞時 :しとらん。
吉野 :筒井殿をどうされるおつもり?
貞時 :どうもせん。お前の世話をしてくれて家のめんどうを見てくれておる。それでいいではないか。何をいいたいのだ。
吉野 :おや、おにいさまがなんとかいいたいのではありませんか。
貞時 :何を分けわからないことを。
吉野 :わからないのはおにいさまです。
貞時 :ばか!
吉野 :馬鹿はおにいさまです!
貞時 :吉野!
筒井 :大きな声を出されると、萩丸があきれかえっておりますよ。
筒井、萩丸とはいってくる。
吉野 :ねえ、筒井殿。聞いて。
筒井 :はい、何でございましょう。
吉野 :おにいさまはね。
貞時 :(あわてて)もういい。筒井、俺はでかける。吉野をたのむ。
そっけなくでていく。
筒井 :何か、ご機嫌を損ねることをしたのかしら。
吉野 :勝手に損ねてるんです。いい気味だわ。
筒井 :えっ。
吉野 :いいから。いきましょう。桜の匂いがここまでしてるわ。
鈴の音がする。
吉野 :胡蝶の鈴ね。
筒井 :はい。
吉野 :もう一度。
再び鈴の音。
吉野 :・・・七年になるかしら。
筒井 :はい。今年の春が還れば。
吉野 :待ってるの?
筒井 :お笑い下さい。まだ信じられません。
吉野 :疲れない?
筒井 :なれてしまいました。むしろ、待つことをやめるのが怖いのかもしれません。
吉野 :女ってそういうものでしょうね。
筒井 :大丈夫、一年後には迎えをよこす。そういって渡し船に乗ってにっこり笑ったのがつい昨日のようで。
吉野 :不運な方ね。
筒井 :人のいいだけが取り柄の人でした・・・都へついて三日とたたず人に騙され、挙げ句の果てに喧嘩に巻き込まれたとか・・・でも、今でも なんだか信じられなくて。思っているんです。いつか、ふいと。おい、帰ったよって。これが袿だよ、きれいだろ。お前に、似合うだろう と思って。遅くなってしまったけれど。・・そうしてきっと気弱げに笑うだろうあの人の・・・あの人の笑顔が・・・(こみ上げる想いが ある)
吉野 :・・・もう一度鈴の音を。
筒井 :・・・はい。
鈴の音が切なげにする。
吉野 :いい音だこと。
花びらがちらちらと舞う。
吉野 :気弱な人は一人だけじゃなくてよ。
筒井 :えっ?
吉野 :いきましょう。萩丸。
萩丸 :はい。
萩丸、手を引く。二人去りかける。
筒井 :桜が、あんなに・・・。また春がきた・・・
筒井、亡き夫を思っているような。鈴の音がなる。
萩丸 :筒井殿。吉野様を・・
筒井、二人の方へ行く。三人去る。
鬼童丸のアジト。霞と夕霧がもつれ合うように闘いながら入ってくる。
霞 :まてい、鬼童丸!
夕霧 :待ってたまるか!これでもくらえ!
霞 :なんの!
夕霧 :どわーっ!
霞 :うりゃーっ。
夕霧 :きぇーっ!!
霞 :痛い!痛いよ!夕霧。そりゃないよ。
夕霧 :痛いか、霞。切られりゃいたかろ!
霞 :夕霧、本気でやるんだもんなあ。
夕霧 :馬鹿っ、領主相手にお頭が喧嘩うろうってんだ。これぐらいなんだ。鍛えるんだよ!
霞 :痛いっ!
夕霧 :追放令、だぞ、追放令!
霞 :分かってるよ。痛えなあ。
夕霧 :いつごろやる気かな。
霞 :へっ、決まってら、星の祭までだろ。
夕霧 :どうして。
霞 :今年の収穫に間に合わすのさ。当たり前だろ。
夕霧 :ふん。なるほど。
霞 :なるほど?態度変わるなーっ。
夕霧 :人間ができてるんだ。せいてはことをしそんずる。
霞 :むっかーっ。
夕霧 :なんだ。
霞 :じじくっさーっ。
夕霧 :大人の味と言ってくれ。
霞 :説教たれ!
夕霧 :がきんちょ!!
霞 :む・か・つ・く・やっ・ちゃ・なー。
夕霧 :来るか!
霞 :あちゃーっ。
夕霧 :(はずして)お頭!
霞 :(ぶちころんで)えっ。
鬼童丸はいってくる。
鬼童丸:何やってんだ。
霞 :えっ、へへ。何にも。
鬼童丸:おかしい奴だな。どうやら本気だ。星の祭までに新しい戸籍を差し出せとよ。取るだけ取ったら、あとはばっさり。さすが、貞時。頭が切 れるわ。都で検非違使やっていた奴だけのことはある。
霞 :感心してる場合じゃありませんぜ。あいつのせいで都追い出されたでしょうが。おかげで、流れ流れて今じゃこのありさま。
鬼童丸:泣くな、泣くな。
夕霧 :年寄りだけですか?
鬼童丸:いいや。体の不自由な奴や病気持ち、それに食うばっかりで働きのない餓鬼、ふらふら遊んでいる奴ら、みんなまとめて美野川。美野が淵 へ花一匁!(蹴り倒される霞)
霞 :わーっ、たまらんなあ。(くるりとおきあがり)どうします。
鬼童丸:行くところもないおれたちだ、つぶすしかなかろうが。・・・といってもとっかかりがな。美野が淵はどうだった。
夕霧 :美野が淵の底に咲く大きな桜の樹の下に、よもつひらさかへの道があると。
鬼童丸:なんだそれは。
霞 :この世とあの世の境目だそうで。
鬼童丸:随分と大げさな話だな。
霞 :たわけた話でしょ。
鬼童丸:境目、よもつひらさか。・・・まてまて、前に聞いた事があるぞ。その境目に紅葉の姫が住むというあれか。
夕霧 :はい。
鬼童丸:人が生まれる十月十日の生みの日々。人が死んで四十九日の死出の旅。十月十日と四十九日。人の時間は合わせて一年。生き死にの年が集 まるというあのよもつひらさか。その境目か。
夕霧 :はい。
鬼童丸:こいつはおもしろい。美野の国にあろうとは。
夕霧 :では。
鬼童丸:おうさ。いかいでか。貞時に一泡ふかせるにはもってこいだ。
霞 :金になるんで?
鬼童丸:わからねえ。
霞 :では、どうやって一泡ふかせるんで。
鬼童丸:そいつは、美野が淵の底の底。見つけてからの思案だ。いくぜ。紅葉の姫が待ってるよ!
二人 :はい!
三人去る。
美野が淵。桜の樹々がある。あやかしの出るほどに美しい。
星が出る。筒井がやってくる。胡蝶の鈴を鳴らしてみる。遠くを見る風。
筒井 :七年たった・・・。
もう一度鈴を鳴らし、こみ上げる想いに鈴を握りしめる。人のやってくる気配に気づき鈴をしまう。
吉野と萩丸が散策している。
萩丸 :ずいぶん遅くなりました。
筒井 :(気を取り直し)もうお帰りになりませんと。川の音もすごうございます。
吉野 :いいではありませんか。私には滅多にない事。もう少し、美野が淵の桜の匂いを。ねえ、筒井殿。おわかり。
筒井 :何をでございます。
吉野 :紅葉の桜の匂いがむせかえるよう。
吉野あたりに腰掛ける。
筒井 :紅葉の姫の?
萩丸 :どこです?私には見えませんが。
吉野 :お前にはそうであろう。二つの眼(まなこ)でみるからに。
萩丸 :私には見えません。
吉野 :いいのです見えなくて。お前は若い。そして、健康です。それで十分。
萩丸 :ここにあるのですか?
吉野 :そう。ここにあるのです。とても大きな紅葉の桜の樹が。
微かに、螺旋のようにゆるゆるとめぐる音楽が聞こえるような。月彦たちが舞っているような。
吉野 :美野の国ができたころ、とても貧しく皆飢えており、おまけに日照りが続き、親は子を捨て、子は母を捨て、生き延びなければならなかっ た。そのころこのあたりは美しい野原美野が原とよばれ、それはそれは大きな桜があったといいます。捨てられた子や親はその桜の樹の下 に集まり、冷たい星降る夜の桜の下。もしや誰かが会いにきはせぬか。そう思い人や恋し、人や恋しと名を呼びながら次々と息たえていっ たといいます。
紅葉、影のように浮かぶ。
吉野 :人の命を吸い取った桜は日照りが続いたにも関わらずその年ひときわ美しく咲き続けたそうな。紅葉の姫はそれを御覧になり、むごいこと よ。私の命を捧げる故、どうか雨を降らせたまへと七日七晩桜の下で祈り続け、絶え間なく花降る夜に、とうとう息を引き取った。息を引 き取るや、にわかに雨が降り始め、あれよあれよと七七四十九日も降り続け、星の祭の夜にようやく雨があがったときには、このように深 い淵ができていたとか。やがて、あたりにはまた桜の樹が繁り、人々はここを美野が淵となづけました。だから今でも星の祭の夜には、紅 葉の姫が淵の底から現れると土地の人達は信じていますよ。
紅葉たち消える。
吉野 :目をつぶってご覧。
萩丸 :こうですか。
吉野 :大きな満開の桜がたっているでしょう。見えませんか。
一同、紅葉を思う。
吉野 :それにしてもここは美しいこと。美しすぎるところにはよもつひらさかがあるといいます。ここかもしれないわ。
萩丸 :あの、この世とあの世の境目の。
吉野 :そう。いいことをおしえてあげましょう。萩丸。萩丸は恋をしたことがおあり。
萩丸 :とんでもございません。
吉野 :筒井殿は。
筒井 :さあ、どうでしょう。
吉野 :そうですか。よもつひらさかの桜の樹にはなるんです。
萩丸 :何がです?
吉野 :とても素敵な。
萩丸 :素敵な?
吉野 :恋の木ノ実。
萩丸 :木ノ実?あの?
吉野 :そう。人が恋をする。そうすると、よもつひらさかの桜の樹に木ノ実がなる。そうして10月10日の月満ちた満月の夜。木ノ実ははじけ て恋は成就する。
筒井 :桜に木ノ実がなりまして?
萩丸 :さくらんぼなら聞きますが?
吉野 :幻の実がなるのです。恋という幻が。
萩丸 :失恋という現実もあります。
吉野 :紅葉の桜に恋の木ノ実がなる。ぜったいここだわ。誰の木ノ実がなるのかしら。ねえ筒井殿。
筒井 :吉野様ならきっと大きい木ノ実がなりますわ。
萩丸 :こんなにでっかい!
吉野 :まあ。この目にも見えるよう。
はっと気づく。興奮が消えていく。
吉野 :そうですね。・・私も恋をしてみたいものです。
萩丸 :吉野様ならできますよ!
吉野 :そうだといいですね。(ぶるっとする)
筒井 :風を召されてはいけません。もうかえりませんか。
吉野 :我がままで済みません。もう少し。
筒井 :では、何か羽織るものでも持って参りましょう。萩丸、頼みましたよ。
萩丸 :はい。
筒井、去る。
萩丸 :少し冷えますね。
吉野 :萩丸。
萩丸 :はい。
吉野 :萩丸。おにいさまをどう思って。
萩丸 :どうとは。
吉野 :おにいさまは、まちがっているとは思わない?
萩丸 :貞時様は立派なお方です。
吉野 :追放令の事も。
萩丸 :仕方ありません。
吉野 :本当に。
萩丸 :はい。
吉野 :では、私も追放ね。
萩丸 :えっ、何を申されます。とんでもない。姫様は・・
吉野 :特別といいたいのでしょう。でもそれは政ではないわ。私はなんの役にもたっていない。そうでしょう。
萩丸 :吉野様は・・・
吉野 :私だから許される。貞時の妹だから。
萩丸 :それがさだめですから。
吉野 :定め・・
萩丸 :はい。定めです。
吉野 :萩丸。かえりましょう。
萩丸 :えっでも筒井殿が。
吉野 :途中であうわ。かえりましょう。
かえろうとするところへ。対岸に鬼童丸たち。
夕霧 :もし。そこの方おたずねします。
萩丸 :なんだ、そのほうたち。
夕霧 :いえ、怪しいものでは。少し道を訪ねたく。美野が淵へいく道はこれでいいでしょうか。
萩丸 :そうだ。
夕霧 :どうも。(鬼堂丸へ)急ぎましょう。
いこうとする。胡蝶の鈴がなる。
吉野 :あの、もし。
夕霧 :なんでしょう。
吉野 :今の鈴の音。
鬼堂丸:これかい。
胡蝶の鈴鳴る。
吉野 :それをどこで。・・・あ、お名前を。
鬼堂丸:見ての通りのものだよ。
吉野 :もし。
萩丸 :吉野様!
鬼堂丸:吉野?
萩丸 :ご領主貞時様の妹吉野様だ。無礼をするとためにならん。いけ。
鬼堂丸:吉野さま・・。なるほど。・・・では、いずれまた。
鬼童丸たち去る。鈴の音、鳴る。
筒井、やってくる。
筒井 :おりよく、途中で使いのものと会いました。これを召しませ。
はおるものをわたす。吉野はおる。
筒井 :いま確か鈴の音が。
萩丸 :はい。旅のものと見えます。道を聞かれました。なにか?
筒井 :いえ。気になりましたもので。男の人?
萩丸 :男と女のふたり連れです。
吉野 :筒井殿、あなたの鈴を聞かせてくれますか。
筒井 :どういうことです。
吉野 :おなじような音をしていました。
筒井 :その人はどこへ?
萩丸 :向こう岸を美野が淵の奥の方へ。
吉野 :いそげば間に合いましょう。
筒井、思わず二三歩歩く。止まる。
筒井 :・・・いいえ。いいのです。・・・・帰りましょう。
吉野 :そうですか。・・・萩丸。
萩丸。先導する。筒井少し遅れる。対岸を見ている。
風が吹く。
萩丸 :風がでます。急ぎましょう。
筒井、帰ろうとするが、突然対岸に走る。鈴がなる
月彦たちが舞う。紅葉が出てくる。
紅葉 :春も終わるというのに、これはまた嵐の吹きそうね。
月彦 :恋の木ノ実ばかりは風に吹かれる木の葉と同じ。吉か凶か表がでるか裏がでるかわかりません。
紅葉 :あらあら、それでは丁か半か?
星彦 :ばくちよりたちが悪うございます。
紅葉 :それで、首尾は良くて?
花彦 :首尾と不首尾は紙一重。
雪彦 :ひとえにたどる恋の道行も
風彦 :道、行きかねてふみまどい
花彦 :待てどくらせど来ぬ人を
雪彦 :宵待草のやるせなさ。
花彦 :あげくのはてに
紅葉 :あげくのはてに?
雪彦 :十月十日を待たず、恋の木ノ実がはじけるのでは。
紅葉 :それでは早産というわけね。
風彦 :いえいえ、むしろ難産です。
紅葉 :それはさんざんね。
月彦 :さんざん苦労した幻の実が現(うつつ)の実となる大事なチャンス。
星彦 :幻の実(まこと)が現の実(まこと)にかわるはずなのに。
花彦 :このままでは、陰と陽の月満ちる前に、七月七日、星の祭に天の川の藻屑となって流れましょう。
紅葉 :迷った恋はよもつひらさかにかえるというのね。
星彦 :はい。割れてしまった恋の木ノ実に想いを残し。
月彦 :よもつひらさか坂の上、あっちにころぼか、こっちにころぼか。
風彦 :はい。どっちも、どっちも。
花彦 :はい。どっちも、どっちも。
星彦 :おっととっと、これでは女は
月星 :人でなしの道を歩くしかできませぬ!
紅葉 :人でなしの道行ね。これはたいへん。
星彦 :折から、やってきました。
紅葉 :では。
一同 :はい。
月彦たち影となる。満天の星の下。
難儀をしている、鬼童丸たちがやってくる。不機嫌な鬼童丸。
鬼童丸:えい、もうよもつひらさかなどどうでもいい。勝手にするさ。
夕霧 :おいそれとはみつからぬからこその紅葉の桜。短気をおこしてはどうにもなりません。
鬼童丸:短気は損気と人はいうが、どだい雲をつかむような話だ。
夕霧 :無理を承知のこの話。最後までやりとおすのが鬼童丸の心意気ではありませんか。領主に一泡ふかせる話はどこいきました?
鬼童丸:お前このごろ説教臭いよ。霞は?
夕霧 :すこしおくれましょう。
疲れた鬼童丸、適当にやっている。夕霧、熱心に捜索。
鬼童丸:やめとけ、やめとけ。
なおも捜す夕霧。
鬼童丸:貞時を直接やるしかない。どうだ。
夕霧 :手勢がいれば。
鬼童丸:・・ほかに手もないしよ。
夕霧 :手は有るんですよ。
鬼童丸:なんだ。いえよ。
夕霧 :さっき、いもうとに会いました。
鬼童丸:吉野とかいったな。
鬼童丸:・・さらうのか。
夕霧 :好き嫌い、いってる場合じゃないと思いますが。
鬼童丸:ちぇっ。ようし。その話乗った。仕方がねえ。
夕霧 :本気で?
鬼童丸:ああ。誰か来る!
夕霧 :えっ。
鬼童丸:隠れろ。
鬼童丸隠れる。貞時、でてくる。
貞時 :くだらぬ噂にふりまわされてしまったな。
宮木 :申し訳ございません。つぎにはきっと。・・・美野が淵です。早くかえりませぬと。
貞時 :どうした。
宮木 :ご存知ござりませぬか?紅葉の話。
貞時 :あれはおとぎ話だ。第一川の底に桜など生える道理がないではないか。
宮木 :けれど。あやかしの気配はします。誰だ。
鬼童丸たちでてくる。
鬼童丸:ご領主様に申し上げます。名もなき、領民にございます。申しあげたき議がございます。
宮木 :あぶのうございます。ご用心を。
貞時 :わかっておる。いいたきことあらば申せ。
鬼童丸:おそれながら、先代のご領主様がご廃止になられた、親捨ての議、このたびふたたび復活されるとか、まことにございますか。
貞時 :ならばどうした。
鬼童丸:おやめ頂きたくお願いもうしあげます。
貞時 :その方らに、美野の国のまつりごとについて指図されるいわれはない。立ち去れ。
鬼童丸:指図する積もりは毛頭ございません。お願いしているだけで。
貞時 :くどい。聞く耳持たぬ。
鬼童丸:では、吉野様も追放されるので。
貞時 :なに。そのほうなんともうした。
鬼童丸:おや、耳は有るんだねえ。
貞時 :なに。
鬼童丸:いやね。聞く耳もたねえっていうからさ。
宮木 :我らを愚弄いたすか!
鬼童丸:いや、まいったな。愚弄だなんて。苦労はしてるけど。
宮木、無言で切り込む。
鬼童丸:あぶねえ、あぶねえ。短気はいけないよ。たださ。吉野様も目がご不自由だって聞いたからさ。政は公平じゃなくっちゃねえ。そうだろ。 貞時さん。
宮木、なおも切り込む。逃れる、鬼童丸。
貞時 :貴様。誰だ。
鬼童丸:ごぶさたしております。鬼童丸というけちなもので。その節はいろいろと。
貞時 :貴様か。
鬼童丸:はい。その貴様でさ。吉野様を捨てなさるか。それでこそ、政でございましょう!兄が妹を捨てる。お国のために妹を。いや美談で御座い ますね。はい、はい、はい、はい、おそれいります。これも時勢でございましょう!
貞時、切り込む。宮木を牽制する夕霧。貞時と鍔ぜりあいになる鬼童丸。
貞時 :吉野は関係ない!
鬼童丸:そうさ、おれたちだって関係ねえ!
貞時 :黙れ。盗人。この国を豊かにするためだ。
鬼童丸:都合のいいこといいやがって。強いもんはいつだってそうだ!
貞時 :お前らにはわからん!
鬼童丸:わかりたくもねえ!
宮木切り込む。二人はなれる。
宮木 :ここは私に。下郎。まつりごとに口出し無用!お前達のでる幕ではない!
夕霧 :すかしちゃって!
夕霧切り込むが、はずされ逆に切られ手傷を負う。鬼童丸が宮木に切りつける。宮木も手傷を負う。
貞時 :宮木!
宮木 :・・・おのれ!
宮木をとめる貞時。
宮木 :貞時様!
貞時 :引き上げるぞ。
宮木 :しかし。
貞時 :その傷では無理だ。
宮木 :・・・
貞時 :帰るぞ。祭りごとが待っておる。
貞時、鬼童丸達をにらみつけ、宮木をつれて去る。
鬼童丸:おい、夕霧。・・・大丈夫か。
夕霧 :おかしらすみません。
鬼童丸:気にするな。それより貞時の妹を・・・
夕霧 :星の祭まで待ちましょう。
鬼童丸:遅くはないか。
夕霧 :少し、油断させないと。
鬼童丸:そうだな。怪我もしてるし。(と、肩を貸そうとする)
夕霧 :いいですよ。(と、急いで歩く。)
鬼童丸:おい危ないよ。
夕霧、去る。鬼童丸去ろうとする。
筒井、鈴の音の男を探してやってくる。
向こう岸に男の影。鈴がなる。
筒井:もし。
男は振り返らない。
筒井:もし。お尋ねいたします。その鈴の音にきき覚えあります。胡蝶の鈴ではありませんか。あなたは私の・・知り人では?
男、肯定も否定もしない。去ろうとする。筒井、追おうとするが橋はない。
筒井:あ、待って下さい。あなたが誰でもいい。話を。
男、止まる。
筒井 :よかった。話があるのです。その鈴はどこで手にいれたのですか。その鈴の音はまさしく七年前都で死んだ夫の鈴。お願いでございます。 あの人の最後をご存知なら教えて下さい。何があったとて驚きはしません。ただ知りたいのです。あの人の最後のことば、あの人の最後の 姿、あの人の最後の顔・・・。
男、答えない。
筒井 :本当は信じられない。信じたくもない。そう思いながら、一日一日を過ごすうちにはや七年。あなたを待つつもりだった。死んだと知らさ れても待っていた。死んだといわれたから待っていた。・・・けれど、懐かしい鈴の音を聞いたとき、身内に心しびれるほどの痛み感じま した。私は、本当に待っていたのだろうか。
いつの間にか生きているものとして話している。
筒井 :この淵の底に咲く紅葉の桜には恋の木ノ実がなると聞きました。幻の実でもいい。私はその実を育てましょう。夜目覚めて、あなたの姿が 夜の帳の向こうに見える夢だったと知る。あのしんしん心冷えるような辛さに比べれば、幻であろうと私に取っては現(うつつ)のできご と。・・・教えて下さいませ。それでよろしいのですか。わたしは待つことをやめてもよろしいのでしょうか。
男、鈴を鳴らす。筒井も鈴を鳴らす。星が流れる。筒井、鈴の音を振り切る。
筒井 :いくら聞いても鈴の音は答えてくれませぬ!教えて下さい。私はいつまで待つのですか!
男、振り切るように足早に去る。星が流れる。筒井、空を見上げる。
筒井 :星が流れました。星の祭に織り姫は彦星に会えるけれど私にはこの川を渡る橋がありません。・・・
「筒井殿ー」と萩丸の声。返事をして筒井、彼方の岸を見、小走りに去る。
紅葉 :まこと木ノ実は丁と半だこと。星彦。
星彦 :ここに。
紅葉 :星の祭ももうすぐね。
星彦 :今年の木ノ実はどうでありましょう。
紅葉 :おこの実次第という所ね。恋の木ノ実は実(じつ)のない実(み)。心で実(じつ)をいれましよう。思う気持ちを七つに分けて恋の思い 込実。
星彦 :幻の恋の木ノ実のかくし味、恋の七実!
雪彦 :一つ恋は楽し実!わくわく。
風彦 :二つ恋は悲し実!しくしく。
花彦 :三つ恋は苦し実!はあはあ。はあはあ(ばっこん!)
花彦 :恋は狼!はあはあ。(ふたたびばっこん!)
風彦 :四つ恋は痛実!胸がちくちく。
雪彦 :恋は日和実!どちらにしようかな。(ばっこん!)
雪彦 :恋は連れ込み!(ばっこん!)
星彦 :五つ恋は捨て身!あなたとならばどこまでも。
月彦 :六つ恋は軽はずみ!はずみ、はずみよー。気合いよー。
一同 :たのし実・かなし実・苦し実・痛実に捨て実軽はず実!
紅葉 :最後のひと味がたりないわ!お好みの味、どんな実かしら?恨実(うらみ)や憎し実でなければ良いけれど。
星彦 :待つ身は辛いともうします。待つ身の実はどんな実がなりましょう。
紅葉 :七と七の重なる星の祭。答はどうやらそのあたり。
月彦 :七つの味がそろわぬと恋は足踏みひと休み。
紅葉 :ひと休みですめば良いけれど。
星彦 :今年は随分荒れそうな。
月彦 :下手をすると。
星彦 :下手をする!
紅葉 :それでは運を天に任せ!
鈴の音が高くなる。星の祭の夜となる。
風彦 :季節は変わり、星の祭の夜!天の川が高く流れ。
雪彦 :恋の木ノ実が実るとき!
花彦 :幻の実(まこと)が現(うつつ)の実(まこと)に変わるときが来た。
風彦 :星の祭だ!
雪彦 :星の祭だ!
花彦 :星の祭だ!
一同 :星の祭だ!
星祭の踊りの輪が乱入。星彦たちも踊る。
☆星の章
天の川が高く流れる。七夕、星祭の夜。
星祭の踊りがにぎやかに。仮装した登場人物らしき人々が見える。
萩丸が踊りの輪から抜けでてくる。
萩丸 :吉野様。
吉野 :萩丸。楽しいの。目が見えなくても体がうきうきしてくる。
萩丸 :はい。吉野様もおどりませ。何、目が見えずとも大丈夫です。
吉野、萩丸に連れられて踊りの輪にはいる。楽しげな彼ら。
家臣たちがやってくる。踊りの輪に乱入、追放令の布告をする。
宮木 :星の祭の夜、美野の国のあたりのものに申しわたす。ご領主様のお言葉である。美野の国の財政極めて窮乏し、このままでは三年以内に、 領民ことごとく飢死せねばならん。領民一同心を一にして倹約こころがけ、食料の増産に邁進せよ。もしこれにても好転せざる時は親捨て の議再び復活の事とあいなる。領民一同しかと心得よ。
領民A:なんでまた。
領民B:親捨ての議とは。
宮木 :かほどにわれら追いつめられておるのだ。
領民A:本当にまた、おやすてですかの。
宮木 :そればかりではない。もの作れぬ役たたず、病人どもは諸国追放!
領民A:そんな。下の子はわずろうております。子供を捨てよという事で・・
宮木 :ならぬよう努力をせよとのおふれじゃ。よいか。心せよ。働け。働け。働くのじゃ。食いたくば働け!生きたくば働け。死にたくなくば働 け!この麗しき美野の国に命ありたくば働け、働け働け!働くのじゃーっ!
追い散らされて踊りの輪、ばらばらに去る。仮面を取る鬼童丸たち。
吉野 :兄上が。無体な。
萩丸 :どうなされます。
吉野 :やめてもらいます。萩丸。
萩丸 :はい。
吉野と萩丸去る。後をつける鬼童丸たち。静かになる。
蛍が飛ぶ。筒井がいる。葉に蛍を捕まえている。蛍は明滅して筒井を浮かび上がらす。
貞時が来る。辺りを見回す風情。
貞時 :筒井殿ではないか。
蛍の明滅、筒井の片頬を浮び上がらす。
筒井 :このいたいけな光の虫をごらんください。
薄葉を開く。大きく豊かに蛍が明滅する。
貞時 :子供の頃にはよく蛍狩に出たものだが、いつまでも子供のようにしてはいられぬ・・・それにしても見事な蛍だ。
一匹の蛍が、静かに立つ。切れ切れの青い線を空に曳いて上る。
貞時 :筒井殿は蛍を好きか
筒井 :蛍ほど美しいものはなく、子供の頃より心をよせています。
貞時 :そうか。・・(はずんだ声で)筒井殿、筒井殿。
筒井はっとして貞時の方を見る
貞時 :筒井殿、どうだこのおびただしいほどの蛍 。
一面の蛍。幾つかは舞う。
筒井 :まあ、見事な蛍。
貞時 :蛍の中を歩いてゆくようなものだ。
筒井 :蛍は貞時様によく見られたさに舞い上がっております。貞時様を蛍は好いているのでございましょう。
貞時 :そなたも蛍にどこか似ているようだ。。
筒井 :どこが似ていまして。
貞時 :美しさが青い光のように見える。
筒井 :そんな上手をいわれても筒井はなびきませぬ。
貞時 :貞時、上手はいわぬ。筒井殿、考えてくれぬか。
筒井 :とうに考えております。
貞時 :たしかにか。
筒井 :たしかに。・・・待つことはむずかしうございます・・・。
二人の声はふっつりと切れる。二人それぞれの思いにふける。
筒井 :貞時様。先ほどの布告のことでございますが。
貞時 :(表情も堅く)言うな。決めたことだ。やむを得ないことなのだ。一国の領民が死んでしまう。それだけは避けねばならぬ。他に道はない。
筒井 :・・・・
貞時 :やめよう。
筒井 :・・・・
貞時 :夜が更けた。館へ帰ろう。
筒井 :はい。(いきかけて)あ。
貞時 :どうした。
筒井 :星が流れました。
貞時 :何も起こりはしないよ。さ。
所へ。萩丸が血相変えて。
萩丸 :筒井殿、筒井殿!吉野様が。
貞時 :吉野がどうした!
萩丸 :さらわれました。
筒井 :さらわれた!
貞時 :詳しくはなせ!
萩丸 :鬼童丸です!かえしてほしくば美野が淵へ貞時様一人で来いと。
貞時 :なんと。・・・萩丸!筒井殿と館へ帰れ。俺は吉野を取り返してくる。
筒井 :危険でございます。
貞時 :なんの。盗賊風情の一人や二人。それより宮木にこのことを。
筒井 :貞時様!
貞時、走り去る。筒井、館へ行こうとする。
萩丸 :あの時の鈴の音でした。胡蝶の鈴です。前に美野が淵で会った時の。あいつが鬼童丸です。
筒井 :・・・萩丸。
萩丸 :はい。
筒井 :お前一人で館に知らせておくれ。
萩丸 :筒井殿は。
筒井 :美野が淵に!
筒井、美野が淵へ去る。
萩丸 :筒井殿!筒井殿!・・・こうしちゃいられない。
萩丸、館の方へ走り去る。
風が出る。美野が淵。
鬼童丸たちがやってくる。
鬼童丸:話すことはないぞ。
吉野 :私は家を出ます。
霞 :へーっ。でてどうするの。おいらたちの仲間にでもなるというの。
吉野 :それもいいと思います。
鬼童丸:ちょっとまった。
吉野 :なにか。
鬼童丸:お前さんがおれたちと一緒になったなんていうものならよけい話しがこんがらがる。迷惑だよ。
吉野 :それなら、一人でどこかへ。
鬼童丸:まちなって。なに不自由ないんだろ。いいじゃないか。
吉野 :だから、厭なのです。
鬼童丸:どうして。
吉野 :吉野はもう、ここにはいたくありません。
鬼童丸:なんだ?
吉野 :この国はもう美しくはありません。疲れました。
鬼童丸:どういうことだ。
吉野 :私も恋をしてみたい。
鬼童丸:わからねえな。
吉野 :いいから。もうかえりません。
霞 :わけわかめ。
鬼童丸:おい。
貞時、駆け込む。
貞時 :吉野!無事か。
鬼童丸:決心ついたか。
貞時 :何のことだ。
鬼童丸:とぼけちゃって。追放令をやめないと、妹さんがどうなっても知らないぜ。
貞時 :無体なことを申すな。妹とまつりごとと関係ないわ。
鬼童丸:こちらは関係するんだ。で、どうするよ。
貞時 :卑怯な。
鬼童丸:ああ卑怯さ。弱いものは卑怯ものなんだ。
貞時 :何のためにこんなことをする?
鬼童丸:さてね?
貞時 :金か?
霞 :金だけじゃねえ。
貞時 :じゃなんだ。美野の国でもほしいのか。
鬼童丸:(笑う)そんなご大層なものいらねえよ。なに、ここにいてえだけのことよ。
貞時 :ならぬ。それはきまりだ。
鬼童丸:それは、そっちが勝手に決めたこと。
貞時 :ならぬ。ならぬ。ならぬ。それでは美野の国は三年たたずに滅びてしまう。
鬼童丸:滅びる国なら滅びりゃいいや。うるわしの美野だ。へん。都と同じじゃねえか。
吉野 :都より醜いわ。
貞時 :吉野!
吉野 :おにいさま、追放令はどうしてもやめないの。
貞時 :そうだ。
吉野 :そのために、年寄りや病人が捨てられても。
貞時 :・・そうだ。
吉野 :家族が引き裂かれても、親や子が引き裂かれても?
貞時 :・・・そうだ。
吉野 :やむをえないのね。
貞時 :・・・そうだ。
吉野 :では、私を捨てて。何の取り柄もないわ。目も見えず、米をつくることもできず機を織ることもできない。
貞時 :何をいう。
吉野 :政は公明正大。そうでしょう。では、私もそう扱って。
貞時 :できるわけないではないか。たった一人の妹だ。
吉野 :本当に。
貞時 :ああ。
吉野 :では、みんなにもそうして。たった一人の親に、たった一人の子供。それとも私だけ特別?
貞時 :・・・
吉野 :おにい様。私を見て。まっすぐにみて。いい。たった一人の私を見て。
苦悩する貞時。言おうとしたとき。宮木が走り込み吉野をさらう。
宮木 :まこと女子供のいうことは情にかなって理にかないませぬ。貞時様。一時の情に溺れたとて解決策にはなりませぬ。
貞時 :宮木。
宮木 :さ、早く。吉野殿を館へ。
吉野 :いやです。
宮木 :ききわけのない。(吉野をひっぱたく)さ、早く。
貞時 :わかった。
貞時、吉野を連れて引こうとする。
鬼童丸:返事はまだだぜ。(と邪魔をしようとすると)
宮木 :決まっておろうが。(切りかかる)
鬼童丸:いらぬ忠義立てを。
宮木 :とっととかえった方が身のためだぞ。
鬼童丸:ぬかせ。
夕霧も切り込む。貞時がみて、助けようとする。
宮木 :無用で御座います。早く!
貞時、いこうとする。鬼童丸、宮木をはずしておいて貞時へ。夕霧宮木を防ぐ。鬼童丸切りかかろうとする。貞時、吉野を抱えて うごけない。
鬼童丸:いかしゃしねえよ。
筒井 :おやめ下さい!
筒井、走り込んでくる。
貞時 :筒井殿!
鬼童丸:筒井・・・
筒井 :刀をお引き下さい。
吉野、この隙に駆け上がる。両者なんとなく距離を取る。
筒井 :(鬼童丸に)おひさしうございます。お元気で何よりございます。
鬼童丸:・・・ああ。お前も・・・。
筒井 :はい。
貞時 :筒井殿、こやつと知り合いか。
筒井 :はい。・・・都で死んだ夫でございます。
貞時 :なんと!
鬼童丸:すまなかった。
筒井 :・・・・
鬼童丸:身ぐるみはがれてやむをえず盗人になった。知らせよう知らせようと思ってるうちに。・・・つい。
筒井 :・・・
鬼童丸:一旗あげようにも、こんなありさまで。悪かった。
筒井 :・・・・
鬼童丸:悪かったよ。
筒井、おもいっきり鬼童丸をひっぱたく。
鬼童丸:いてっ。いてーなあ。
筒井 :痛いですか。
鬼童丸:当たり前だろ。ひっぱたかれちゃ。
筒井 :痛いですか。そのほほの痛み、感じますか。私の手の痛み感じますか。
またひっぱたく。鈴がなる。
筒井 :待ちました。嘘だろうと思ってました。鈴なるたびに、ただ今かえったよって言うあなた待ってました。いけませんか。おかしいですか。
鬼童丸:・・・
筒井 :もし会えたら、あんなこと、こんなこといっぱいいってやりたくて、でも、あえば、おかえりなさいとしか言わないつもりだったのに。お かえりなさいもいえず、なぜ、いわせるのですか、私にこんなにも、なぜ言わせるのですか。
ひっぱたく。やや弱い。
鬼童丸:筒井。
筒井 :私のいるところ、私の暮らし、私の思い、みんな分かっていらっしゃつたんでしょう。なぜ一言声を掛けてくれない。なぜ、一目会ってく れない。
ひっぱたく。弱い。
鬼童丸:筒井。
筒井 :なぜ・・なぜ・・
ひっぱたこうとする。力が弱い。その手を握り。
鬼童丸:遅かったんだよ。筒井。・・・遅かったんだ。
そっとはなす。
鬼童丸:弱いものがさ。強くなろうと思ったとき、捨てなきゃいけない物があるんだ。
筒井 :わかりません。
鬼童丸:時勢だよ。時勢。筒井もいったじゃないか。時勢なんだ。
筒井 :・・・私が袿をほしがると思ったのですね。
鬼童丸:筒井?
筒井 :築地塀の大きな屋敷に住もうと私が思ったと。
鬼童丸:筒井。
筒井 :わかっていない。なにもあなたはわかっていない。
鬼童丸:何をいうんだ。おれはただお前に・・
筒井 :お前に?お前に。お前のために。そう言って男の方はいつも女の性にする。
鬼童丸:筒井。
筒井 :お前のためなんかじゃなくていい。どうして、ご自分のためだと、おれのわがままだとおっしゃらない。
鬼童丸:しかし、本当に。
筒井 :私はあなたと二人でいさえすればそれで良かった。
貞時 :筒井殿。こちらへ。ほおっておきなさい、そんな男など。
筒井 :だまってください。あなたも何も分かっていらっしゃらない。吉野様の気持ちまだわからないのですか。
貞時 :誤解だ。
筒井 :いいえ。あなたがたは、同じ言葉をしゃべっている。けれど私にはもうわからない。
筒井をはさむような二人。冷たく宮木。
宮木 :男二人を手玉に取るとはさぞきもちのよいものでございましょう。
筒井 :なんと。
宮木 :待つの待たぬのは女の勝手、殿方に恩着せがましくいうほどのことでも御座いますまい。貞時殿。目がさめましたか。筒井殿は所詮男を支 配せねば気の済まぬお方。か弱いふりをして、なかなかにしたたかな。
貞時 :宮木、口が過ぎる。
宮木 :真実と思いますが。
貞時 :宮木!
鬼童丸:そんな女じゃない。
宮木 :おやおや二人ともあついこと。貞時様。そんなことより早く、吉野様を。
吉野 :やめて!
宮木 :聞き分けのない!
吉野、対岸へ走ろうとする。止めようとする、宮木。
夕霧 :おかしら!桜の花が。
霞 :夏だろ?
宮木、空を見る。風が吹く。桜の花が散る。
吉野 :私は、帰らない!
風が吹く。
貞時 :どうしたことだ。
夕霧 :天の川が!
一同、天の川を見る。今にもあふれかえろうとしている。
霞 :空が。
夕霧 :落ちてきそう。
鬼童丸:なんだあれは!
吉野 :よもつひらさか。
筒井 :吉野様?
吉野が、おかしい。
貞時 :どうした吉野。
吉野 :よもつひらさかが開きます。
貞時 :宮木!
宮木 :はいっ。
宮木、吉野に駆け寄ろうとする。轟音と共に、何かにはじき飛ばされる。桜が降る。
貞時 :宮木!
宮木 :大丈夫です。
筒井 :吉野様!
吉野 :七月七日天の川があふれ恋の木ノ実が割れるとき。
宮木、ふたたび駆け寄ろうとする。はじけ飛ぶ。
貞時 :吉野、やめい!
吉野 :失った恋はいきばもなくよもつひらさかを転げ落ちて行きます。
貞時 :何を言ってる!
筒井 :吉野様!
吉野 :七七四九日の道行を!
すさまじい音と共に、天の川があふれ、よもつひらさかが現れる。橋がかかった。
吉野が走る。追う、宮木。桜の嵐と共に阻む月彦達。紅葉がいた。
貞時 :誰だ!
月彦達の笑い。
紅葉 :天の川が涙の川になってしまったわ。恨み辛みであふれ返っているわ。
宮木 :あやかし!
紅葉 :恋の木ノ実が実ろうかというときに、追放令などと言うくだらぬ政に狂い、ものの真実を見ぬ。おとこというものはげにやくたいもない生 き物よ。
鬼童丸:だれだ?
紅葉 :美野が淵のできしよりこの方、美野の国の恋の行方をひっそりと見守ってきたが、ほとほと愛想が尽き申す。自らの手で木ノ実を割ってし まう。男というものはかってな生き物じゃ。
貞時 :紅葉のあやかしか。
紅葉 :男はあやかしとしか思うまい。己の捨てたもの、もはや見つけることもできぬか。
貞時 :なに?
紅葉 :なに故に、女は待つ。
鬼童丸:なんだ?
紅葉 :なに故に、女は待つ。
宮木 :あやかしにまどわされてはなりません。
紅葉 :あわれな、おなごじゃ。
宮木 :なにをいうか。
宮木、切りかかろうとするがうごけない。
貞時 :吉野をどうする。
紅葉 :さて、どうするか。
宮木 :吉野殿を渡せ。
紅葉 :ならぬ。
貞時 :ならぬだと。
紅葉 :まだ、気づかぬか。ここにいるのは吉野ではない。
貞時 :何をたわけたことを。吉野!
吉野 :ずいぶんの昔、どなたかが桜の樹はもののふにふさわしいと。潔く散るからと、傲慢な物言いですこと。男と女の危うい暗闇さえご存じな いお方が何をおっしゃるのやら。女の樹でございますよ、桜の樹は。行く筋もの涙を流し、生命を削る美しい闇の樹です。そうでなくて何 のあれほど美しい桜吹雪がございましょう。
貞時 :何を言っているんだ。
吉野 :お帰り下さいませ。おにいさま。
貞時 :吉野!
吉野 :吉野はもうおりません。ここにいるのは、美野の国の美野が淵に捨てられた役たたずのやっかいものでございます。
貞時 :なんという。
吉野 :おにいさまが私をお捨てにならないのなら、わたしがおにいさまを捨てましょう。
貞時 :吉野!
駆け寄ろうとする貞時を宮木が止める。吉野は紅葉の影に隠れる。
貞時 :宮木!はなせ!
宮木 :はなしませぬ。
貞時 :吉野が乱心した。はなせ!
宮木 :何をうろたえておられるあなたらしくないこと。あなたはこの国をおさめる領主。国の政ごとの根幹は上にたつものの器量にあります。情 において捨てがたければ、領主を捨てなされ。そうすれば兄妹二人ひっそりと暮らすことはできるでありましょう。けれど、美野の国を豊 かになさろうというお積もりならば、情を捨て、理を取りなさい。
貞時 :吉野を捨てよと・・・。
宮木 :祭ごとを司るものが手本を示さずして誰がついてきますか。
貞時 :心を捨てよと・・・
宮木 :美野の国を豊かにするのではないのですか。
貞時 :・・できん!
貞時、宮木を振り切る。が、すばやく鬼童丸が立ちふさがる。
貞時 :どけ!
鬼童丸:俺を倒してからにしな。
切りあう。萩丸がかけ込む。
萩丸 :貞時様!追放令に反対して領民どもが騒いでおります。館に!あっ、吉野様!
鬼童丸:尻に火がついたぜ。早くかえんな。
吉野 :萩丸!
萩丸 :は、はい。
吉野 :おにいさまをつれてお返り。
宮木 :吉野殿!
吉野 :おにいさまは、あなたのものよ!
萩丸 :吉野様!
貞時 :吉野!
吉野、引く。貞時、追おうとして隙ができ、切られる。浅手。支える宮木と萩丸。
宮木 :・・・帰りましょう、館へ。政が待っています。何が起ころうと、美野の国はあなたを待っております。
貞時、答えない。
宮木 :何を躊躇される。あなたがその気ならどこまでもついていきましょう。あやかしにたぶらかされてはなりません。恋の木ノ実もよもつひら さかもすべては美野の国のおとぎ話。おとぎ話は女子供に任せ、あなたは現実をおとりなさい。
貞時 :私には、・・結局この国しかないか。
宮木 :私がついております。
貞時、苦しげにうなづく。引き上げる三人、貞時、筒井を見る。
貞時たち去る。
鬼童丸、坂を渡ろうとする。筒井、止める。鈴がなる。
筒井 :いってはなりませぬ。
鬼童丸 :なぜ。
筒井 :帰りましょう。わが家へ。
鬼童丸 :・・いい言葉だ。わが家か。だけど、もういい。
筒井 :よくありません。胡蝶の鈴をお忘れですか。
鬼童丸 :これか・・・・。
鬼童丸、鈴を遠くへ投げる。
鬼童丸 :・・・わかっただろ。どくんだ。
筒井 :いいえ。
にらみ合う二人。間。
鬼童丸 :相変わらずだね。けれど・・・
筒井 :あっ。
ふいとかわして、鬼童丸。
鬼童丸 :俺は変わったんだよ。
筒井 :あなた!
紅葉 :ここを渡るか。
鬼童丸 :ああ。
紅葉 :美野が淵のよもつひらさか、人はわたれぬ。
鬼童丸 :渡ってみせるさ。
霞 :おかしら!
夕霧 :あぶない!
鬼童丸、渡ろうとしてはじき返される。紅葉、狂笑。
鬼童丸 :なんだこれは。
紅葉 :渡りたくばおいてゆくがよい。よもつひらさか三途の川の渡すに渡せぬ人の愛を。
鬼童丸 :なんだと。
紅葉 :人であって人でない。人でなしになって渡ってくるがよい。よもつひらさか黄泉の国、人であってはわたれぬぞ。
鬼童丸 :ふん。俺は鬼だぜ。
筒井 :おやめ下さい!
夕霧 :おかしら!
鬼童丸 :紅葉の姫のおたからだよ。俺は強い者になるんだ。
筒井 :やめて!
鬼童丸 :お前にはわからない!
筒井 :あなた!
鬼童丸、いいすてて渡り、紅葉を切る。崩れる紅葉。
吉野、笑う。
鬼童丸:何がおかしい。人でなしがそんなにおかしいか。
吉野 :人でなし?あなたが?とんでもない。あなたは人です。どうしようもなく人間だったではありませんか。ろくでなしという。
鬼童丸:いってくれるな。ろくでなしがなぜ悪い。
切ろうとする。吉野、笑い引く。
吉野 :あやかしは切れても、心は切れませぬ。恋の木ノ実をごぞんじ。
鬼童丸:お前は紅葉!
吉野の狂笑。鈴の音が高く響く。大音響とともに、光あふれひとでなしへの道が開けた。はじき飛ばされる夕霧たち。
星彦 :思いもかけず
月彦 :月満ちる夜にはじけるはずの
風彦 :恋の木ノ実は七夕に割れてしまい。
花彦 :七と七との重なるところ人でなしへの道が通じ。
雪彦 :女はもはや四十九日の死出の道をたどります。
星彦 :現の実が作る現の実(まこと)は割れて砕け
月彦 :幻の実(まこと)が始まります。
全員 :よもつひらさか四十九日の道行が。よもつひらさか、四十九日の道行が!
鈴の音が更に、高く響く。
筒井 :紅い実がありました。われら小豆があったからには長く幸せであるだろう。そうあなたはいいました。その言葉のどこに真(まこと)の実 の真実がございました。待つことをやめた身には、恨実という紅い実がなりましょう。
筒井、滑るように橋を渡り始める。鬼童丸、退く。
鬼童丸:筒井!
筒井 :戀(こい)という字は糸し糸しという心の言の葉、けれどいとしいとしの糸が切れ、残るはあなたの心と言葉。あなたの言葉を信じており ましたのにもう心も見えません。待つことはやめましょう。けれど待つことをやめたものはどこかへ行かねばなりません。貞時殿も、宮木 殿も、吉野殿もみんなどこかへ行ってしまった。それ、このように胡蝶の鈴ももう鳴りませぬ。
胡蝶の鈴ならない。
筒井 :鈴の音も無し。もはや、わたくしにはこの胡蝶の鈴の音が鳴らぬように、恋のことばもありませぬ。あれあのように夏だというのに桜が散 ります。ことのはのかわりに、わたしも桜ひとひらまいらせましょう。ひとひらひとひら散る度に、私の心も散り失せる。
桜が散る。
星彦 :ひとひら、ひとひら
月彦 :心を捨てて
風彦 :よもつひらさか人でなし
花彦 :恋の闇路を
雪彦 :ふみまどう。
筒井、紅葉の残した刀を拾い隠し持つ。
桜が散る。鬼童丸を追う。
鬼童丸:許せ。
筒井 :何をおっしゃいます。許すの許さないのと。よもつひらさか踏み迷い、おんなはただ、人であることを忘れ、人でなしの道を歩くだけ。ご 存じないのですか。女はいつも許すのですよ。
筒井、婉然と笑う。
筒井 :まいりましょう。
鬼童丸:なに。
筒井 :道行をいたしましょう。
鬼童丸:・・・
筒井 :道行を。
鬼童丸:だれと。
筒井 :あなたと私。
鬼童丸:筒井!
筒井 :お許しを。
筒井、隠し持った刀で切る。二人もつれるようによもつひらさかを落ちて行く。
鬼童丸:筒井!
筒井 :お許しを!
鬼童丸、なにかいいそうだが倒れる。
筒井 :お許しを・・・。
筒井、立ち上がる。
筒井 :これが、七七四十九日、よもつひらさかひとでなしの道行でございます。・・でも、・・・私はどこへゆきましょう。
筒井、血刀引っ提げゆるやかにあるく。
幻の大きな桜の樹がある。
爛漫の花が散る。一面の星月夜。ひとでなしとなった女がいる。星彦たちが舞っている。
女 :あなたが、しゅろうのかねであるなら わたくしはそのひびきでありたい あなたがうたのひとふしであるなら わたくしはそのついくで ありたい あなたがいっこのれもんであるなら わたくしはかがみのなかのれもん そのようにあなたとしずかにむかいあいたい たまし いのせかいでは わたくしもあなたもえいえんのわらべで そうしたおままごともゆるされてあるでしょう ひとつやねのしたにすめない からといって なにをかなしむひつようがありましょう ごらんなさいだいりびなのように わたくしたちがならんですわったござのうえ そこだけあかるくくれなずんで たえまなくさくらのはなびらがちりかかる
女ゆっくりといいはじめ次第にはげしくなってゆく
途中で幻の鬼童丸の声が重なり、やがて女の声は消える。
鬼童丸:あなたが、しゅろうのかねであるなら わたくしはそのひびきでありたい あなたがうたのひとふしであるなら わたくしはそのついくで ありたい あなたがいっこのれもんであるなら わたくしはかがみのなかのれもん そのようにあなたとしずかにむかいあいたい たまし いのせかいでは わたくしもあなたもえいえんのわらべで そうしたおままごともゆるされてあるでしょう ひとつやねのしたにすめない からといって なにをかなしむひつようがありましょう ごらんなさいだいりびなのように わたくしたちがならんですわったござのうえ そこだけあかるくくれなずんで たえまなくさくらのはなびらがちりかかる ひとつやねのしたにすめないからといって なにをかなしむ ひつようがありましょう ごらんなさいだいりびなのように わたくしたちがならんですわったござのうえ そこだけあかるくくれなずん で たえまなくさくらのはなびらがちりかかる
声が途中から激し、叫ぶ。
鬼童丸:筒井!筒井!筒井!筒井!・・・・
呼び続ける幻の鬼童丸。待ち続ける女。星彦たち、周りを舞う。
爛漫の花びらが舞う。幻の木ノ実がゆっくりとはじける。夜は深い。
【 幕 】
注:室生犀星「王朝小品作品集」より「津の国人」から、また新川和江「ふゆのさくら」から一部引用いたしました。この二つの作品から この脚本は産まれました。御礼申し上げます。特に「ふゆのさくら」は15年以上前鮮烈な衝撃を受け、以来心の奥底でひっそりと沈 潜していました。すばらしい詩に出会った幸福を感謝いたします。ありがとうございました。