結城翼脚本集 のページへ




「黄昏に還る」
                         作 結城 翼
                     
★キャスト
マルコ・・・
鬼堂礼子・・
猫・・・・・
遺伝子管理局局長・・
同公安三課課長・・・
夢紡ぎの婆(新城操)・・・
松桐桜刑事・・・
猪鹿牡丹刑事・・
賭け屋・・・・・
茶店の女・・・・
礼子の父・・・・
礼子の母・・・・
公安課員A
    
 
 
☆プロローグ
 
        階段が辛うじて見分けられる広場がある。ゴミや廃棄物で荒廃しきっている。サーチライトが時折走って行く。
        全体にスモークが立っている。その中でレプリたちが奇妙なリズムで踊っている。
        救急車の音や非常サイレンが微かに聞こえる。爆発音が聞こえたり、人影が走り去ったりするがレプリたちは踊り続ける。
        サーチライトが一渡りまた照らしたと思うと、結構激しい爆発音と、軽やかな機銃音。
        逃げまどうレプリたち。やがて争乱が静まれば小高いところに、戦闘服らしい人影が一人じっとあたりを見ている。
        手前に、ぼんやりしたトップサス。その光の中にトランプ占いをしている後ろ向きのマルコ。
 
マルコ:たとえば闇の中に浮かぶ取り留めもない硝子玉。ゆっくりと現れては消え、消えては輝く。寄せては返す波のなか、遠く潮騒の中から呼びか    ける声がある。幾重にも重なった塔の中にひっそりと輝く窓がある。透明な硝子の窓の中では、くるくると回る日傘に夏の日が輝いて、つや    やかな黒い髪と白いうなじがこぼれ僕は言葉を失ってしまう。日傘は吹き渡る風に揺れ、その人は僕を振り返る。
        
        日傘の女がゆっくりと横切ってゆく。めまいのするような音とともに、夢は崩壊していく。
        局長がやってきた。
 
局長 :また、占ってるね。
マルコ:ああ、僕の半分だもの。
局長 :いつもだね。
マルコ:僕は会いたいんだ。僕の半分に。
局長 :マルコはその気持ちが強すぎる。私たちは心配しているんだよ。せっかく特別な力を持ちながらこのままだと君は壊れてしまう。
マルコ:だから、僕は封印したんじゃないか。
 
        振り返る、マルコ。右目が封印されている。
 
局長 :(苦笑して)そうだな。・・さて、仕事だ、マルコ。ファームからレプリが一人逃げた。
マルコ:さっきの爆発で?
局長 :まあ、そうだ。
マルコ:ケルベロスの仕業?
局長 :手は打ってある。
マルコ:ぬかりないね。
局長 :ああ、鬼堂礼子に後を追わせた。
マルコ:鬼百合か。かわいそうに。せっかく自由になれたのに。
 
        マルコ、肩をすくめる。
 
マルコ:でもレプリハンターに頼んだなら僕は必要ないんじゃない?
局長 :打てる手はすべて打たなくては。
マルコ:なるほど。(カードを引く。笑う)
局長 :何だ。
マルコ:幸先いいよ。逃げたやつは。ほら。最強の切り札だよ。
 
        スペードのエース。
 
局長 :スペードのエース?(笑う)なるほど幸先がいいね。
 
        と、去ろうとする。
 
マルコ:ねえ、逃げたレプリの名は。
 
        局長、ちょっとためらって。
 
局長 :猫だ。
マルコ:猫?ずいぶん変わった名だね。
局長 :名前じゃない。
マルコ:なに?
局長 :何でもない。新城操とコンタクトをとれ。
 
        と、去った。
 
マルコ:わかったよ。
 
        小さい間。
 
マルコ:猫か。たかがレプリ一人に大げさな。
 
        カードを引く。ちらっと見る。
 
マルコ:君が僕の半分ならいいのにね。
 
        一枚、鮮やかに投げる。
        カードは人影のもとに投げられた。
        マルコ去る。
 
U公安刑事
 
        階段に鬼堂礼子が立っている。戦闘服。機銃。首に鎖のついた銀色の笛をかけている。左腕を怪我している。                    頭の包帯が痛々しい。    
        カードを拾い上げる。
 
礼 子:ハートのジャック・・・。
 
        忍び寄る人影たち。礼子、機銃掃射。逃げ散る人影。
        無関心な礼子。
    
礼 子:ふん。
 
        ふいにきっとする。
        渋い黒のダークスーツ姿の猪鹿、松桐両特捜刑事矢のように駆け込む。隠れ損なう礼子。
        辺りかまわず発射する二人。
 
松桐刑事:まてーっ。
猪鹿刑事:ようし、そこまでだ。
松桐刑事:動くな!両手を挙げろ。
猪鹿刑事:足広げて。
松桐刑事:松桐桜。公安特捜一級刑事参上。この代紋が目に入らぬか。
猪鹿刑事:同じく猪鹿牡丹。公安特捜二級刑事参上。
 
        と、はではでの代紋出して、かっこよく決めてみる二人。一応従う礼子。
        しばし沈黙。
 
松桐刑事:おい。
猪鹿刑事:おい。
松桐刑事:お前だよ。
猪鹿刑事:へっ?
松桐刑事:へっじゃねえよ。お前だよ。お前。猪鹿。捜査だろ、捜査。
猪鹿刑事:あっ、そうか。
松桐刑事:ばかっ!寒い駄洒落とばすんじゃねえ!
猪鹿刑事:馬鹿じゃありません!
松桐刑事:なぜだ!
猪鹿刑事:東大でてます。(どーんと胸を張る)
松桐刑事:・・だから。
猪鹿刑事:へっ?
松桐刑事:だから?
猪鹿刑事:えっ。
松桐刑事:だから、なんなのよーっ!どうせおいらは、播磨屋大学よーっ!
猪鹿刑事:よーっ。よーっ。よーっ。(とエコーがかかる))
松桐刑事:と、いうわけで何をしていた。
礼 子:何も。
松桐刑事:その手に持ってるものはなんだ。一般市民が持つには少し物騒だな。身分・姓名を名乗れ。おっと、動くな。
礼 子:レプリハンター、鬼堂礼子。
松桐刑事:レプリハンター?あの鬼百合か。認識番号言ってみろ。
礼 子:JX−3339669
松桐刑事:どうだ?
猪鹿刑事:(感知器を覗いて)反応はマイナスです。
松桐刑事:ふん。・・面白くもねえ。よし、いっていいぞ。
 
        礼子悠然としている。
 
松桐刑事:なんだ。
礼 子:いったい何があったのかと思って。
松桐刑事:おまえなんかレプリ殺してりゃいいのさ。
礼 子:そう。
松桐刑事:や、やるのか。
礼 子:うちはしないわ。お金にもならないもの。
松桐刑事:へっ。
猪鹿刑事:ファームが襲撃されたんだよ。
松桐刑事:ばかっ。
猪鹿刑事:何人かレプリも逃げたみたいだけど。
松桐刑事:言わなくていいんだよ。
猪鹿刑事:ねえ、君身長はいくら。
松桐刑事:またはじまったよ。こいつがおかしくならんうちに早く行けよ。いけったら。
 
        礼子、去る。
 
松桐刑事:あれで、も少し、愛想がよけりゃいいおんななんだがな。
 
        と、首を振る。
 
猪鹿刑事:ねえ。先輩。
松桐刑事:なんだ。
 
        包帯を出す。
 
松桐刑事:包帯じゃねえか。
猪鹿刑事:へへっ。実はこれファームの備品。
松桐刑事:あっ、おまえまたやったな。
猪鹿刑事:落ちてたから拾っちゃったんですよ。
松桐刑事:わかった、わかった。あたまにまいてやるよ。
猪鹿刑事:鬼百合の包帯。あれファームのですよ。これと同じ。
松桐刑事:何だって。
猪鹿刑事:たぶん、さっきまでいたはずですよ。
松桐刑事:くそーっ。それ早く言えよ。(追いかけようとする。)
猪鹿刑事:もうだめですよ。みつからない。
松桐刑事:わかってら。ばか。
 
        と、走り去る。
 
猪鹿刑事:あっ、先輩。(追いかけようとしてレプリたちにじゃまされる。)ちっ。どけよ。
 
        レプリたち奇妙なリズムをとりながら、やってくる。また、猪鹿を呼ぶ声。手近のレプリを殴り飛ばし、猪鹿走り去る。
 
U賭け屋と女
 
        世紀末的茶店がある。
        ぼーっとしている茶店の女。
 
茶店の女:ねえ、ちょいと。あんたたちでいいからさ。よってかない。・・・ふん。あーあ。
 
        と、大欠伸。
        レプリたち。単調でいて奇妙なリズムと声。
 
茶店の女:あーあ、あんなに、一日中踊ってたら楽でいいだろうな。あーあ、あっあっあ。
 
        と、もう一回大きな欠伸。
 
茶店の女:(とたんに声が甘くなる)あら、いらっしゃい。賭屋の旦那。なんにします。
賭け屋 :(ハードボイルドに)水。
茶店の女:けち。
賭け屋 :賭屋が散財してたらはじまらない。水でいいよ。水。
茶店の女:踊るレプリにけちな賭屋か。ああ、もう店しまうかな。
賭け屋 :うまい話があるぜ。
茶店の女:あんたの話、まともなことないものね。
賭け屋 :今度は違う。襲われたんだ。
茶店の女:誰が?
賭け屋 :ほら、街の東でレプリに野菜作らせててる集団農場あるだろ。あそこ。
茶店の女:またレプリの過激派でしょ。なんだっけ。ケロ、ケロ・・んー。
賭け屋 :ケルベロス。
茶店の女:それぞれ。いつものことじゃない。
賭け屋 :それが違うんだな。
茶店の女:違うの?
賭け屋 :公安の動きがひっそりしてんだ。変だろ。絶対なんかあるぜ管理局に。儲け話のにおいがぷんぷんしてるよ。
茶店の女:そういやあんた、管理局にいたって言ってたわね。
賭け屋 :昔、ちょっとな。
茶店の女:面白そうね。
賭け屋 :だろ。
茶店の女:ちよっと詳しく話してよ。
賭け屋 :ここじゃまずいな。
茶店の女:いつもの所、いこ。
賭け屋 :店どうすんだよ。
茶店の女:いいわ、こんなもの。
賭け屋 :気合い入ってるな。
茶店の女:ここで一旗揚げなくちゃ、のたれ死によ。
賭け屋 :よっしゃその意気だ。
 
        二人去る。
        レプリたちも去る。
 
V新城操
 
        マルコがやってきた。
 
マルコ:おばば。おばば。・・・また、さぼってるな。・・おばば・・くそったれの夢見ばばあ!
新城 操:はばあで悪かったね。
マルコ:わっ。
 
        怪しげな格好をした老婆。        
 
マルコ:なんだ。いるじゃない。
新城 操:はばあと呼ばれちゃ出ないわけにゃいないだろ。
マルコ:わるかったね。レプリこなかった。
新城 操:いろいろ来たさ。夢見婆は商売繁盛。レプリ様々だ。
マルコ:その中に猫っていうのがいなかったかい。
新城 操:猫?こなかったね。なにかやったのかい。
マルコ:脱走したって。
新城 操:西の鉱山かい。あっちはきついっていうからね。
マルコ:東のファームだよ。農場なんかから逃げ出すこともないと思うけどな。
新城 操:ファームねえ。おや、お客さんだ。
 
        日傘の女がやってくる。
 
日傘の女:私の夢を紡いで下さい。
新城 操:いい夢ばかりじゃない。後悔するかもしれないよ。
日傘の女:見ないでいるよりは、悪夢でもいいわ。
新城 操:お前さん本当にレプリかい。
日傘の女:レプリ?どうして。
新城 操:悪夢でもいいとはレプリはいわないよ。精いっぱい貯めたお足を持って来るんだもの。あんた、なにしに来た。日傘をおとり。
 
        日傘を取る。礼子である。
 
マルコ:鬼百合だ!
礼 子:君は、だれ。
マルコ:マルコだよ。
礼 子:ああ、管理局の犬ね。
マルコ:なにを。
新城 操:おやめ。
マルコ:けど。
新城 操:叶う相手じゃない。(礼子へ)人間なら、おだいは少々高いよ。
礼 子:わかってる。
新城 操:マルコ。外へでといで。
マルコ:でも。
新城 操:お客はお客。お足はお足。いいから。わるいようにはしないよ。
マルコ:わかった。待ってる。にげるなよ。
 
        マルコでていく。
 
新城 操:言葉に気をつけるんだね。レプリにもプライドはある。
礼 子:レプリにプライド?
新城 操:そうだよ、鬼百合さん。
礼 子:その名は嫌いだ。
新城 操:おやおや。
礼 子:婆臭いお芝居はやめたらどう。新城操さん。
新城 操:(突然若々しくなる)ほっほ。ばれてりゃ、しかたないわね。何が望み?
礼 子:さっきいったわ。
新城 操:あらやだ。てっきり探りに来たのかと思ったのに。
礼 子:探られて悪いものでもあるの?
新城 操:そういう言い方性格悪いよ。
礼 子:素直だけじゃ生命がいくらあっても足りない。
新城 操:はいはい。・・で、どういう夢。
礼 子:子供の時を見たい。
新城 操:純真無垢な子供時代ってわけ。鬼百合さんがね。
 
        じろっと見られて。
 
新城 操:じゃ、こちら座って。何もしないわよ。目をつぶって。リラックスして。ゆっくり呼吸して。音に集中して。はい。
 
        鼓動音が流れる。ゆっくりと黄昏が広がり始める。
 
新城 操:そう、リラックスして。ゆっくりと入ってゆくの。
 
        しろいもやが一段と強くなり、辺りは黄色い光にあふれてくる。音の中から新城 操の声だけが聞こえる。
 
新城 操:ダメ、動かないで。何も考えないで。見るの。
 
        人影がでてきた。スローモーションにも似た緩慢な動き。礼子に何かを渡している。止まる。
 
新城 操:おかしいわ。なんだろう。壁がある。・・音が変わるよ。
 
        音が少し変調し、また別の人影が礼子を連れて逃げている。止まる。
 
新城 操:うまくいかないな。・・おかしいわ。記憶のブロックが強すぎる。やってみるか。・・・壁があるの。今から中にはいるわ。リラックスし    て。大丈夫、なにもおこらない。なにも。ほら、ゆっくりと、ゆっくりと・・
 
        追う人影が何人か現れる。音がきしる。
        人影おいながら銃撃。激しい銃撃音。礼子の悲鳴。光が爆発。一瞬、真っ暗くなる。
        夢紡ぎと礼子倒れている。夢紡ぎのろのろと起きあがる。
 
新城 操:ああ、ひどいめにあったなあ。大丈夫。ぼーっとしてるよ。
礼 子:えっ・・ええ。
新城 操:あんた、記憶をブロックされてるね。
礼 子:ブロック?
新城 操:普通じゃないよ、あのブロックは。めちゃくちゃ強い催眠暗示だわ。何か心当たりないの。
礼 子:・・。
新城 操:最初のは分かるね。誰かに何か渡されてた。
 
        礼子、首にかけた銀色の笛をさわる。
 
新城 操:あるようだね。
礼 子:壁を壊す方法は。
新城 操:知ってりゃ、商売に使うわよ。
礼 子:(冷たく)いくら払えばいい。
新城 操:いいよ。失敗したからね。
礼 子:・・じゃ。
 
        と、素っ気なく去ろうとする。
 
新城 操:ちょっとまって。・・・どうも気になるな。あの場所。
礼 子:場所?
新城 操:あれはどうみても遺伝子研究所だよ。
礼 子:研究所?
新城 操:ほら、レプリ動乱で破壊された、前の管理局。
礼 子:・・・。
新城 操:いまも立入禁止だけどね。
礼 子:・・・。
新城 操:(ため息ついて)いいわ、特別サービス。マルコに案内させるよ。管理局の連中はうるさいからね。・・マルコ、マルコ!
 
        非常用のサイレンがなる。
        はっとする二人。
        駆け込んでくるマルコ。
 
マルコ:また、暴動だよ。
新城 操:どこ。
マルコ:東区の三番。
新城 操:じゃ、すぐそこだ。ここらへ来るかもしれないね。
マルコ:気をつけるんだよ。
 
        と、去ろうとする。
 
新城 操:待って。
マルコ:何。
新城 操:鬼百合を研究所へつれてってくれない。
 
        じろっと見て。
 
マルコ:やだね。
 
        と、ぱっと去る。
 
新城 操:マルコ、マルコ!・・きらわれちゃったね。
礼 子:一人でいける。
新城操:一人じゃ入れないよ。
 
        去る。見送って。
 
新城 操:ふん。そろそろ私もお仕事、お仕事。
 
        と、びしっとした姿になる。戦闘帽かぶりなおして。
 
新城 操:いい夢見れるといいけどね。
 
        走り去る。
        続いて、レプリたち走り込み、奇妙な踊り。
        少し遅れて、ばんばん撃ちながら、矢のように走り込んでくる刑事たち。
        レプリたち、あっという間に逃げる。
 
W再び公安刑事
 
松桐刑事:こらーっ。まてやー。
猪鹿刑事:にがしゃへんど。
 
        松桐刑事思いきりこける。そこらへんに当たり散らしてばんばん撃ちまくる松桐。
 
松桐刑事:国家権力にさからうかー。ぼけーっっっ。
猪鹿刑事:いとまうどーっ。こんタコがーっ。(と、銃を松桐に向けるが、見られてあわててごまかす)
松桐刑事:こらっ。
猪鹿刑事:こらっ。
松桐刑事:お前じゃ。ぼけっ。
猪鹿刑事:え、?
松桐刑事:誰がタコなら、えっ。おまえ、俺に対して殺意もっとるな。誰なんだよ。えっ、タコは。
猪鹿刑事:礼子ですよ。礼子。・・というわけで、国家権力には逆らわないこと。わかったね、よいこのみんな。(と、観客席に向かってしゃべる。)    わかった人は、大声でハーイといいましょう。せえのう、あいたっ。(はたかれた)
松桐刑事:お前誰に向かってしゃべってんだ。
猪鹿刑事:あ、いいえ。やだなあ。この辺の壁ですよ。壁。なんだか、拍手がきそうな壁です。ね、そうですよねー。
松桐刑事:礼子はどうした。
猪鹿刑事:ここにはいません。
松桐刑事:わかってるよ。愛してやろうか。
猪鹿刑事:結構です。
松桐刑事:見たらわかるんだよ、いないのは。・・手がかりだよ、手がかり。
猪鹿刑事:そうですね。(と、にこにこしている)
松桐刑事:(丁寧に猫撫で声)撃たれたいの、僕?
猪鹿刑事:(きりっと敬礼して)探してきます。(去る。)
松桐刑事:何年デカやっとんだ、ばーたれーが。・・・くそっ。夢紡ぎのばあさんどこへいったのかな。おーい、ばあさん。夢紡ぎのばあさん。ばば    あーっ。でてこい!
猪鹿刑事:(鼻先に、ぬっと)いませんよ。
松桐刑事:▲◎£#&*@★★★!!(危ういところで撃つのをこらえた)
猪鹿刑事:なにやってんですか。あぶないですよ。
松桐刑事:(ふるふるする)今、正当防衛がなりたつかどうか考えてんだ!
猪鹿刑事:(のんきに)行ったそうですよぉ。
松桐刑事:誰が。(まだ、わなわな)
猪鹿刑事:東の方へ。
松桐刑事:だから誰が。
猪鹿刑事:二人連れ。一人は子供。もう一人は日傘の女。
松桐刑事:日傘の女?鬼百合か?
猪鹿刑事:美人だそうですけど。
松桐刑事:そうか。よし。(といきごむが)・・・まて、誰が言った。
猪鹿刑事:町の噂。  
松桐刑事:ぼけ!ゆくぞ。
猪鹿刑事:はい!
 
        松桐、走りかけて止まる。
 
松桐刑事:誰に手を振ってんだ?
猪鹿刑事:壁です。
        
        猪鹿、にっこり笑って手を振り去る。
 
松桐刑事:ふーん。壁ねえ。
 
        松桐もにっと笑って手を振りながら去る。
 
Xカードの家
 
        管理局。公安三課課長の部屋。
        カードの家を建てている課長。暗い目をしている。
        新城 操が静かに入ってくる。
 
課長 :(カードの家を建てながら)新城か?(新城 操、うなづく)
新城 操:・・・・
課長 :・・(カードがうまくいかない)これはダメだな。 
 
        課長、カードの家を組み立てる。すぐ壊れる。また組み立てる。
 
課長 :組み立てても、組み立ててもすぐ壊れる。
新城 操:はい。
課長 :逆らいたいんだな。
新城 操:はっ?
課長 :できないとわかっていても、逆らってみたくなる。たぶん人間の人生とはそんなものだろうな。
新城 操:・・はい。
課長 :選んで見ろ。
 
        新城、カードを一枚選ぶ。スペードのジャック
 
新城 操:スペードのジャックです。
課長 :わかってる。
新城 操:課長の運命ですか。
 
        少しの間。
 
課長 :片目だな。
新城 操:・・はい。片目のジャックです。
 
        
 
新城 操:マルコと鬼百合が接触しました。
課長 :それで。
新城 操:研究所へ行くようです。
課長 :確かあそこは、レプリ動乱の時に。
新城 操:はい、あれ以来閉鎖されたままです。
課長 :へんだな。
新城 操:はい。それに、鬼百合の記憶も操作されていました。非常に堅いブロックがあります。
課長 :鬼百合のファイルは。
新城 操:管理局のコンピュータには、鬼百合の過去はありません。十年前で切れています。
課長 :レプリ動乱の時か。
新城 操:明らかに、ファイルを誰かが操作しています。
 
        間。
 
課長 :猫はどうした。
新城 操:未だに確保できていません。ファームについても調査中です。少し気に掛かる点があります。
課長 :何だ。
新城 操:今はまだ。
課長 :わかった。捜査を続けてくれ。
新城 操:はい。
課長 :気をつけろ。
新城 操:課長も。
 
        と、カードを一枚取る。
 
課長 :なんだ。
新城 操:・・ダイヤのキング。片目のキング。・・不吉ですね。
 
        新城 操去る。課長、やおらカードをゆくりと細かくひき破る。
        間。
        局長が現れた。
 
局長 :もう、占いは終わりかい。
課長 :(はっとして)局長。
局長 :占いなどに頼るとろくな事はないよ。
課長 :信用しているわけではありません。
局長 :情勢はどうかね。
課長 :もう少し時間が。  
局長 :あいかわらずだね。
課長 :・・・
局長 :考えすぎるんだよ。
課長 :恐れ入ります。しかし、強硬手段を下手にとりますと、またあのレプリ動乱のような事態が・・。
局長 :(かぶせて)課長。
課長 :はい。
局長 :時間がないんだ。
課長 :はい。
局長 :市内じゃ不穏な空気が漂ってる。レプリ独立なんていうたわけたアジビラが堂々と張られてね。
課長 :責任を痛感しています。。
局長 :(ぼそっと)自分で火をつけて、自分で消すか。
課長 :はっ?
局長 :まあいい。よい返事を期待してるよ。・・・明日の朝までだ。・・それまでの時間君にやろう。
課長 :確かに・・・
 
        局長去りかかるが。
 
局長 :・・カードの家か。
課長 :趣味です。
局長 :ほう、これなど、君にぴったりじゃないかね。
 
        局長、一枚のカードを拾い上げる。
        再び、なぜかダイヤのキングである。顔色を変える課長。
        笑う、局長。
 
局長 :真剣になるほどのことはないよ。
 
        課長、答えようとするが、局長そのまま皮肉な笑みを浮かべて去る。
        立ちつくす、課長。
        どこかで、暴動が起きたようだ、喚声やサイレンの声が近づき、レプリたちが波のようにかけ去る。
 
Y猫
 
        夜になっている。
        街は狂熱化している。きょろきょろと楽しげに街を徘徊していた猫が群衆の中にまじって、翻弄されるている。
        暴動の気配すらある。 
        猫、よろける。通りかかったマルコが助ける。
 
マルコ:おっと、あぶないよ。みんな気が立ってるからね。
猫  :ありがとう。
マルコ:なにしてたの。
猫  :街を見てた。 
マルコ:こんなものおもしろいかい。
猫  :うん。とても。
マルコ:ねえ、君、どこから来たの。南の工場かい。
猫  :農場かな。
マルコ:ふーん。野菜かなんか作ってる訳だ。
猫  :ううん。レプリ作ってる。
マルコ:え?農場で?
猫  :うん。
マルコ:へんだね。仕事は何してるの。
猫  :何も。待つだけ。
マルコ:待つって?
猫  :僕たちの体がいる人を。
マルコ:体って。
猫  :体は体だよ。目とか、腎臓とか、肝臓とか。
マルコ:目とか腎臓とかって・・・
 
        マルコ、言いかけてぎょっとする。
 
マルコ:それって・・。
猫  :うん。そう。人間のだめになった臓器を移植するために作られてるんだ。
マルコ:まさか。
猫  :ほんと。だって、人間の臓器よりさ、コストが安いって。
マルコ:それじゃまるっきり家畜みたいじゃない。
猫  :そんなもんだね。
マルコ:そんなもんだねって、君ねえ。
猫  :ああ、僕は「心臓」じゃなくって「目」だよ。それぞれ、専門分野が有るみたい。品種改良だね。へへっ。君の片目にどう。
 
        あきれてものがいえないマルコ。
 
猫  :みんな、臓器農場だっていってるよ。心臓や肝臓の栽培だね。へへっ。
 
        首を振るマルコ。
 
マルコ:君の名前、猫って言うだろ。
猫  :あ、よく知ってるね。きみも、ひょっとしたら臓器農場?ああ、でも、君、一回も見たこと無いなあ。
マルコ:そんな、おっとろしいところにはいないよ。あきれたもんだ。しっかし、いいの?
猫  :なにが。
マルコ:鬼百合が追ってるよ。
猫  :鬼百合?
マルコ:おっかないレプリハンター。逃亡レプリをみつけしだい。
 
        撃つまねをして。
 
マルコ:バーン!
猫  :うっ・・。
 
        と、やられるまね。
        マルコ、ほんとにあきれる。
 
マルコ:君、自分の置かれた状況わかってる?
猫  :もちろん。僕は元気だよ。世界もなかなか元気らしい。ほら。
 
        射撃音か爆発音。喚声。
 
猫  :なんだか、お祭りみたい。
マルコ:のんきなことを。ほんとに、殺されちゃうよ。
猫  :ああ、どうせ僕は殺される。
マルコ:あきらめてるの?
猫  :え、どうして。あきらめてなんかいないよ。
マルコ:だって。
猫  :受け入れているだけだよ。
マルコ:何を。
猫  :僕の人生。(言って思わず自分で吹き出す。)あはは。いっちゃった。きざだねー。まあ、自分を受け入れてるってことかなあ。
マルコ:臓器用のレプリであることを?
猫  :いけない?
マルコ:じゃなぜにげたのさ。
猫  :へっへ。まあ、これはこれ、それはそれ。
マルコ:いい加減だなあ。
猫  :だって世の中見物したっていいじゃない。面白そうだもの。
 
        マルコにはよくわからない。
 
マルコ:そんなの不真面目だ。
 
        ほんとに、笑い出してしまう猫。
 
猫  :いやー、不真面目だはいいね。うん。絶対いい。
マルコ:何がおかしい。
猫  :何にも見えてないんだね。
マルコ:え?
猫  :君の目は何も見ていないってことだよ。
マルコ:悪かったね。僕の右目は見えないさ。
猫  :鏡に映してみたら?
マルコ:え?
猫  :鏡に映った見えない目はどっち。
マルコ:何だって?
猫  :左だよ。鏡の中から微笑む君の右目は開かれてる。
マルコ:鏡だから、左右ひっくりえるのは当たり前だろ。
猫  :世界の半分は鏡の中に映るだろ。鏡の中で君は目を開く。
マルコ:詭弁だよ!そんなの。
猫  :(笑って)でも、君はそんなこと考えようともしなかっただろう。
マルコ:あたりまえだよ。
猫  :いつも鏡を見ているはずなのに見ていない。いいや、本当は、見ようとしていないんだ。君は君を受け入れていない。
 
        ていって、へっへと笑い。
 
猫  :どう、ほんとにおやすくしとくよ。僕の目は要らないの?
マルコ:いらない!
 
        にらみつけるマルコ。
 
猫  :あらら、怒ったね。でも、ほんとだよ。見ようと思えばみれるんだ。
マルコ:え?
猫  :君の顔はどっち。
 
        と、カードを取り出す。
        思わず受け取る。
 
マルコ:・・スペードのジャック。
猫  :そう。片目のジャックとも言うね。君の片目はどこを見てるの。
 
        にやっと笑って、突然、猫は去る。
 
マルコ:あ、待てよ。
猫  :やーだね。
マルコ:まてったら!
 
        追いかけようとしたときに、入れ替わりにレプリたちがなだれ込み、去る。
        もう猫の影はない。
        慌てて追いかけるマルコ。
 
マルコ:待てよ。
 
Z礼子と猫
 
        爆発音。銃撃音。救急車。
        銃声が聞こえる。レプリたちが影のようににげる。礼子がかけ込んでくる。日傘の女の白い服に赤い靴。機銃を持っている。
        あたりをうかがい。
 
礼 子:(ヘリコの音)しつこいな。・・・熱があるわ。傷が膿んできたかも。(手当をしようとするが薬は失われている。舌打ちして)我慢するか。    (もたれ掛かる)・・・だれ!。    
 
        くっくっくと笑っているものがいた。
        さっと銃を構える。
 
猫  :鬼百合だね。僕を追いかけているんじゃないの。
礼 子:猫!
猫  :物騒なものしまったら。何もしないよ。
礼 子:こちらへ来い。
猫  :もちろん。
礼  子:両手を頭に当てて。
猫  :あらら、腕が疲れちゃうよ。
礼  子:文句を言うな。座れ。
 
        と、座らして、後ろ手錠をかける。
 
猫  :へいへい。
 
        間。
        鼻歌など唄っているようなたわけた猫。
 
礼  子:怖くないのか。
猫  :全然。だって、こんな体験滅多にないもんね。おもしろくって。
礼 子:脳天気な猫だこと。
猫  :あはは。みんなそういうよ。
 
        礼子は緊張を解く。
 
猫  :ねえ、夢を見てやろうか。
礼子 :夢?
猫  :僕の目は何でもよく見えるんだよ。特に夜はね千の目を持つ猫になるんだよ。ほら、魅力的だろう。
 
        と、ウインク。
        礼子冷たく。
 
礼子 :どうして、そんなことを言う?
猫  :(すまして)あんたの顔に書いてある。
 
        間。
 
礼子 :なるほど、唯のレプリじゃないね。
猫  :(笑って)唯の哀れなレプリだよ。
 
        鼓動音のようだ。
        猫の声が遠く聞こえる。
        スモークが広がり黄昏の海が広がる。(必ずしもスモークを使わなくてもいい。要は雰囲気。)
 
礼 子:この音は・・・。
猫  :(かぶせて)こいつだよ。
 
        小さい間。
        礼子の声が頼りない。
 
礼 子:黄昏の海が広がり、私に囁く声がある。 
猫  :その黄昏の海のなか、高くそびえる白い城壁がある。
礼 子:その白い壁の中から私を呼ぶ声がする。
猫  :壁に一つの窓が開く。
礼 子:窓が開き一人の少女がこちらに歩いてくる。
 
        ゆっくりと日傘の女が通る。
 
猫  :白い日傘が陽に揺れる。
礼 子:一歩、二歩、ゆっくりと歩く紅い靴。
猫  :くるくる回る白い日傘。     
礼 子:風に散らされ、花が散る。
 
        桜吹雪が吹く。吹雪のなかで日傘が回る。      
 
猫  :桜吹雪が吹くなかで、白い日傘がくるくる回る。
礼 子:日傘回れば光が回る。あれ、くるくると光が回る。
猫  :ひときわ風も強くなり、日傘はぱっと宙にまう。
礼 子:待って!
 
        光爆発。日傘が桜吹雪に舞う。女消失。
 
礼 子:あれは何!
猫  :見たいものしか人は見ない。それが僕のモットーだよ。あれは、まさしく、君の探していた物だ。
礼 子:けれど。
猫  :ご不審ならばいってみたら。研究所へ研究所へと草木もなびくよ。鬼百合。よく似合うよ。白い日傘と銀の笛。
礼 子:えっ。
 
        と、いつの間にか手錠ははずれ立っている猫。
 
猫   :ほら、面白いよ。引いてごらん。
 
        と、カードを持ち出す。
        礼子、疑問も持たず。
 
礼 子:何これは。
猫  :あらら、こいつは不思議。ハートのジャック。
礼 子:ふざけているの。
猫  :とんでもない。ハートのジャック。片目のジャックだ。
礼 子:片目のジャック。
猫  :世界はやっぱり面白いね。鬼百合。くっくと笑う)こいつは、まだまだ目が離せない。
 
        猫、行こうとする。
 
礼 子:どこへ行く。
猫   :またね。鬼百合。
礼 子:待て。私をその名で呼ぶな。
猫   :やだよー。
 
        猫。消失。機銃音。サイレン。夢を見ていたらしい。
 
礼子 :待てっ!
 
        と呼んで思わず立ち上がるが誰もいない。
        小さい間。
 
礼子 :夢か。(額をさわりため息をつく。)
 
        気を取り直して、礼子、よろめくながら立ち去る。
 
[局長
 
        駆け込んできたマルコ。
 
マルコ:くそーっ。猫のやつ。ちょろちよろちょろして。もう。
 
        と、座り込む。
 
マルコ:たくもう。
 
        と、ポケットの中をごそごそしていたが、やがてジャックのカードを取り出す。
 
マルコ:スペードのジャックか。・・こうしてみても、こうしてみても・・片目のジャックか。・・猫のやつ。
        
        と、上下を逆さまにして見ている。当然、両方共にジャックだ。
        局長の声が聞こえる。
 
局長 :レプリは人間とは違う。
 
        ポイントサスがぼうっとうく。
        管理局。局長がいた。
 
局長 :マルコ、人間とは違うんだ。
マルコ:どこが?
局長 :人間は人間として生まれるんじゃない。人間になるんだ。それはレプリも同じことだ。
マルコ:(ぼそっと)レプリは夢は見ないよ。
局長 :(無視して)生まれてからそれぞれの道があるんだ。人間は人間への。レプリにはレプリへの。
マルコ:何が言いたいの。
局長 :レプリは人間の幸福のために生み出されたものだ。
マルコ:それじゃまるで、僕らは家畜みたいだね。もう一人の半分の僕はご主人様?
局長 :そういう考え方は、不健全だね。・・そう。とても、不健全だ。
マルコ:(笑って)怖いの?
 
        間。
 
局長 :(厳しい声で)これが現実なんだよ、マルコ。自分の半分を探しても意味はない。もう一人の自分と君は全く別の世界に生きている。無駄な    ことだ。
マルコ:そうして、おとなしくレプリのつとめをはたせって言うんでしょう。
局長 :レプリにはレプリの幸せがある。
マルコ:僕の幸せ?(と笑う)
 
        間。
 
マルコ:僕は夢を見るよ。
 
        局長、面白くもなさそうに笑って。
 
局長 :人間というのはおかしいものでね。物事を合理的に割り切ることなどできはしない。だから、夢や神が必要だ。君たちには必要ない。理        性という神がいるからね。夢なんていう不合理なものも必要はない。
マルコ:見るだけの人生もないからじゃない。何の未来もないもの。
局長 :仕方ない事だね。人間という種が安定するためには。
マルコ:やっぱりレプリが怖いんだ。
局長 :怖い?
マルコ:だってそうじゃない。何の根拠があって、レプリはこんなに短命なのさ。
 
        局長、答えない。
        間。
 
マルコ:レプリが人間よりずっと優秀だから怖いんだよね。だから、早死にするようにしているんじゃない。そうでしょ?!
局長 :そうだとしたら、どうだというんだ、マルコ。
マルコ:・・僕は人間を憎む。
 
        小さい間。
 
局長 :憎む・・ね。不毛な議論だな。
マルコ:僕にはとても有意義だよ。
 
        局長、去ろうとする。
 
マルコ:局長。
局長 :なんだ。
マルコ:僕のもう半分の人間は夢を見るんだよね。
局長 :それで。
マルコ:その人の夢は僕と同じだろうか。
局長 :それは、どうかな。
        
        去る。
 
マルコ:同じ夢を見ているよ。僕の半分だもの。
 
\賭け屋たち
 
        賭け屋と女がしゃべりながら入ってくる。
        ぱっとと明かりが替わる。
        喧噪が戻ってきている。
        はっと回想から気づいたマルコ隠れる。
 
茶店の女:あんたの言うことどうも今ひとつ信用できないのよね。
賭け屋 :馬鹿。絶対確実だって。なんか裏があるんだよ。
茶店の女:あちこちで騒いでっからじゃないの。
賭け屋 :(ちっちっとして)どうやら、局長直々に指揮取ってるようだぜ。
茶店の女:でも、動いてないでしょ。
賭け屋 :そこんとこさ。表だって動かずに裏でばたばたしてる。確かに何かある。
茶店  :わかったわよ。それで、鬼百合はどこにいるの。
賭け屋 :それがつかめねえんだ。。
茶店  :なんもわかってないじゃない。
賭け屋 :悪かったな。どうせ、おれはしがねえ賭け屋さ。
茶店の女:もう、ほら店に来た公安、二人いたでしょ。あれは。
賭け屋 :だめだめ。あんなお間抜けにゃ無理だよ。
茶店の女:じゃ、どうするの。
賭け屋 :やはり管理局だな。あそこに張り付いてりゃ。情報がとれる。戻ろうぜ。・・・どうした。
茶店の女:思いだした。夢紡ぎのばば。知ってるでしょ。
賭け屋 :ああ。
茶店の女:あそこに子供のレプリが出入りしてんの。あのこ、なぜか、管理局にすんでるはずよ。
賭け屋 :ああ、マルコだ。(といって、思わずはっとする。)
茶店の女:なんだ、しってんだ。あの子にあたってみたら。
賭け屋 :そうか・・マルコか。
茶店の女:あんた。
賭け屋 :十年前だよ。あれだ。
 
        茶店の女。不思議そう。
 
茶店の女:あんた、どうしたの。
賭け屋:そうだ。それに違いない。マルコか。あのときのガキだ。とすると逃げたレプリは局長がやってた例の計画か。ファームか。なるほど。
茶店の女:ねえ、どういうこと。
賭け屋:黙ってろ。ならなぜ鬼堂礼子だ?・・ひょっして、10年前か、まさか。いやそんなはずはねえな。
 
        と、ぶつぶつ。茶店の女不信感を懐いたようだ。
 
茶店の女:あんた管理局の医者だっていったわね。
賭け屋:うるせえな。考え事してんだよ。
茶店の女:それが何で賭屋なんかしてるの。ねえ。
賭け屋:いろいろ有ったんだよ。いろいろ。
茶店の女:わかったわ。
賭け屋:どうしたんだ。
茶店の女:言いたくなければいいわ。一人でやりなさい。私降りる。風がでてきたわ。風と共に去りぬよ。さよなら。
 
        女、去りかける。
 
賭け屋 :あ、おい、待てよ。待てったら。悪かったよ。ちゃんと話すから。
 
        と、追っていく。
        マルコ出てくる。
 
マルコ:十年前だって。変だな。
礼 子:何が変?
 
        礼子が皮肉っぽく笑っていた。
 
マルコ:(慌てて)何でもないよ。探してたんだろ。僕を。
礼 子:どうして?
マルコ:研究所へ行くんじゃないの。
礼 子:ああ。
マルコ:なら、案内してやる。
礼 子:どんな風の吹き回し。
マルコ:さあね。
 
        少しの間。
 
マルコ:ねえ、十年前に何かあったの。
礼 子:(固い声で)何もない。
 
        間。
 
マルコ:じゃ、行こう。案内してやるよ。
 
        と、先に立つ。振り返り。
 
マルコ:行かないの。鬼百合。
礼 子:私をその名で呼ぶな。
マルコ:はいはい。
 
        と、去る。
 
]課長
        
        管理局。課長が入ってくる。
 
課長 :新城。新城はいないか。・・・。
               
        ダークスーツの課員が入ってくる。
 
課員A:新城さん、さっき出かけましたよ。
課長 :街へか。
課員A:はい。松桐たちとコンタクト取るって。
課長 :馬鹿な、正体ばらしてどうする。何考えてるんだ。
課員A:さあ、私には何も。
課長 :もういい。
 
        課員肩をすくめて、去る。
        課長、いらいらと歩く。カードを取り出す。
        カードの家を作り出す。うまく行かない。
 
課長 :・・うまくいかんな。
 
        カードの家崩れる。残ったカード。やおら一枚をひく。じっと見る。
 
課長 :ダイヤのキング。片目の王か。何度ひいてもお前が出てくる。
 
        カードを飛ばす。暗い眼。
 
課長 :・・さて、どういうことになるか。
 
        課長という切迫した声。
        別のダークスーツの課員。
 
課員B:管区情報です。
課長 :報告しろ。
課員B:はいっ。西部地区にて、ケルベロスとみられるゲリラの一隊と接触、ただちに、公安四課を投入、現在鎮圧中ですが、暴徒の勢力は約二百五    十名でこのままではどうにもなりません。三課の応援を要請してきました。なお、市街中央区では、不穏な空気があり、レプリに同調する不    満分子も含めて、暴動が起こるおそれがあります。市内全域の警備体制の格上げを要請してきています。
課長 :(暗く笑う)ケルベロスに不満分子か。
課員B:どうします。
課長 :三課に余力はないな。・・中央区の警備隊を回す。それで何とかしろ。
課員B:はいっ。
 
        課員、去る。
 
課長 :てんやわんやだな。・・研究所に何がある?(カードをもう一枚ひく)・・やっぱりお前か。
 
        投げて去る。ダイヤのキングが舞う。
 
]T新城操
 
        夢紡ぎの婆がやってきた。
 
新城 操:マルコ。マルコ。・・・どこ行ったのかね。うかつに研究所行くんじゃないよ。どうやら、鬼百合にはとんでもない秘密がありそうだ。マ    ルコ。マルコ。ほんとに、いるときにはいるくせにいないときにはいないもんだ。それにしても、松桐たちどこでうろうろしてるんやら。松    桐桜の馬鹿やろーっ。
 
        どどーっ、と拳銃掲げてかけ込む刑事。懲りない奴らだ。
 
松桐刑事:ばかとはなんだーっ。逮捕するーっ!!
猪鹿刑事:逮捕する。
松桐刑事:ふざけたばばあだ。公衆の面前で国家権力をこけにしたらどういうことになるか思いしらせたるわ。こら、民間人。権力あもうみとったら、    一家心中せなあかんなるぞ。タコーっ。
猪鹿刑事:(逮捕しようとするが)な、なんだ。抵抗するか。
新城 操:このすっとこどっこい。
松桐刑事:なにーっ。
新城 操:(どーんと威厳をこめて)身分姓名を名乗れ。
猪鹿刑事:(押されて)はっ、管理局公安特捜二級刑事猪鹿牡丹であります。
新城 操:そちらは!
松桐刑事:同じく、一級(強調)刑事、松桐桜であります。おい。なんだーっ。(いきなり撃とうとする。)
 
        すかさず、夢紡ぎにのされる。
 
新城 操:公安は礼儀が肝心だよ。(と、鼻の先にひらひら。特大の桜の代紋)ぼけ。
松桐刑事:(突きつけられて)えっ。えっえーっ!!!これは失礼いたしました。ただ今のごぶれい平に平にお許しを。おい、猪鹿!お前もだ!
猪鹿刑事:平に。平に。(と恐れ入るが)何で?
松桐刑事:こちらさまはおそれおおくも。
新城 操:管理局特捜特級(強調)刑事夢紡ぎのばばあこと、新城操。わかった、平(強調)刑事諸君。
猪鹿刑事:へへーっ。
新城 操:君たちに特命(強調)捜査を命ずる。心して聞くように。
両刑事 :へへーっ。
新城 操:レプリハンター鬼堂礼子の身柄を、確保せよ。
松桐刑事:はっ。ただちに拘束に向かいます。おいっ。
猪鹿刑事:はい。
新城 操:お待ち。
松桐刑事:はっ?
新城 操:場所は?知ってんの?
松桐刑事:はっ、いえ。その。
新城 操:たぶん、研究所だよ。元の管理局。
猪鹿刑事:あの廃墟になってる?
新城 操:そうだ。それに拘束ではない。保護だ。
松桐刑事:しかし。
新城 操:管理局特級(強調)刑事の命令である。
両刑事 :ははーっ。(と、平伏)
新城 操:たのんだぞ。
 
        夢紡ぎ去る。松桐、ほこりをはらってたちあがる。
 
松桐刑事:けっ。泣く子と権力には勝てねえか。
猪鹿刑事:なんで鬼堂礼子でしょうね。
松桐刑事:ファーム爆破の犯人だろ。
猪鹿刑事:それだけですかね。
松桐刑事:東大出の頭はなんといってる。
猪鹿刑事:さっぱり。
松桐刑事:ふん。でたとこ勝負だな。
 
        と、言ったとたんに近場で大爆発。
        うわっと、ぶっ飛ぶ二人。
 
松桐刑事:ななな、なんだ。
猪鹿刑事:ケルベロスですよたぷん。
松桐刑事:たぶんじゃねえよ。たのむぜおい。今日はどうしたっていうんだ。四課の奴ら何やってんだ。
猪鹿刑事:ファームの件で手いっぱいじゃないですか。
松桐刑事:いつかのレプリほう起みたいにならなきゃいいが。
猪鹿刑事:まさか。
松桐刑事:まさかな。(顔を見合わす)
猪鹿刑事:・・・いきましょう。
松桐刑事:・・・ああ。
 
        と、慎重に辺りを見回して、何かに向かって銃を構えながら、ぱぱっと物陰に隠れたりして去る。滑稽だ。
 
]Uマルコと礼子
 
        マルコたちやってくる。一休みするかという風情。
 
マルコ:・・ねえ、人を殺すってどういう気分。
礼 子:わたしは人は殺さない。
マルコ:レプリは殺すだろう。
礼 子:抵抗すれば撃つ。そうしなければ私が撃たれる。
マルコ:人殺しじゃないか。
礼 子:それが私の仕事だ。
マルコ:はっ。プロフェッショナルって訳。仕事?よく言うね。じゃ、僕らの仕事は狩られることかい。僕を撃つ。いつでもいいよ。さあ、撃てよ。    撃って見ろよ。
礼 子:・・・撃ってもいいの?
マルコ:・・・ああ。
 
        礼子、構える。緊張が走る。
 
マルコ:・・・
礼 子:(ふっと肩の力を抜く。笛に触る。銃をおろす)・・・私の中の鬼がささやくの。殺せ。親の敵だ。殺せってね・・・。
マルコ:父さん死んだの?
礼 子:・・立派な人だった。レプリに殺されたわ。
マルコ:レプリは人間を殺さないよ。
礼 子:あのとき父は殺された。父だけじゃない母もだ。
 
        時間が十年前にさかのぼる。
        第一次レプリ動乱の夜。機銃音が激しい。爆発音や、救急車が悲鳴を挙げている。燃えている。礼子の家。
        影が右往左往している。親子4人(3人ではない)がいる。
 
  父 :いいか。ここを離れるな。外は危険だ。
  母 :いったいどうして。
  父 :わからん。管理局のミスかもしれん。
礼 子:レプリ達人を襲うの?
 母 :あなた。
 父 :レプリは人を傷つけない。家までは入らないよ。
礼 子:でも、あのレプリ達、こちら見てるよ。
 父 :大丈夫。何もしなければ何もしない。
 母 :お隣の家!
 父 :どうした。
 母 :燃えてるわ。火をつけたのよ。どうしましょう。
 父 :電話だ。
 母 :・・・ダメ。切られてる。
礼 子:やってくるよ。お父さん。
 父 :その棒をもって。
 母 :あなた、礼子たちを。
 父 :大丈夫。万一だ。礼子、ベッドのしたに隠れなさい。いいか。何があってもでるんじゃないぞ。レプリは人を襲わない。忘れるな。
 母 :やってくるわ。
 父 :椅子をドアへ。
礼 子:お父さん!
 父 :礼子、これを持ってろ。
 
        何か投げる。礼子受け取り。
 
礼 子:お父さん!
 父 :来るな!
礼 子:お父さん!
 
        人影突入。応戦する父。つっぷす礼子たち。激しい音。機銃音。
        もとに戻る。
 
マルコ:どうしたの。
礼 子:・・・(笛を握りしめている)。人間とレプリは違うわ。例えばレプリは夢を見ない。
マルコ:でも、レプリは夢を求めてる。
礼 子:夢は人間のあかし。人間になりたいから夢を求めてるだけ。
マルコ:教えてやろうか。
礼 子:何を。
マルコ:僕も夢を見るんだよ。
礼 子:嘘。
マルコ:嘘じゃない。
礼 子:レプリなのに、そんなことって。
猫  :ああ、確かにそんなことってあるんだよ。
二人 :猫!
 
]V猫とマルコと鬼百合と
 
        猫がにやにや笑っていた。
 
猫  :何、二人ではもっちゃって。仲がおよろしいことで。
マルコ:なに、くだらないこといってるんだよ。
猫  :いやね、なかなか議論が白熱してたからここらでちゃちゃ入れて盛り上げてやろうと思って。
 
        ちゃっと銃器を向けられた。
 
猫  :おっと、わかった、わかった。いっしょに行こうってことだよ。
礼 子:わたしは、おまえを捕まえるだけでいいんだ。
 
        慌てて猫は飛びしざる。
 
猫  :さっきみたいなのはご遠慮したいな。
マルコ:さっきて。
猫  :まあ、いろいろと。
マルコ:君はなぜ行きたいの。
猫  :好奇心は猫をも殺すって言葉知ってる。
マルコ:しらない。
猫  :やれやれ。世界は不思議でいっぱいさ。何だって、知ってみたい。そうじゃないか。君だって、自分の半分を知りたいだろう。僕だって、世    界を全部知って見たい。そうすれば、どうしてなのかたぶんわかるだろう。
マルコ:なにが。
猫  :僕がなぜ作られなければならなかったのか。
マルコ:猫・・。
猫  :僕の目は僕のものであって、僕のものじゃない。必要な人間がいれば僕の目はそいつのものだ。ああ、別に、僕はそのことがいやだなんて言    ってるんじゃない。そうじゃなくて、僕は、なぜ僕が作られなければならなかったかを知りたいだけだ。そいつがわかったら。僕は僕の目を    笑って、そいつにくれてやる。だけど、その理由を知るまでは、僕の目は僕のものだ。
 
        マルコ、笑う。
 
猫  :おかしい?
マルコ:だって、世界を受け入れなければって言ったの君だろう。
猫  :あっそうか。
 
        と、猫も笑い出す。
 
猫  :ま、そういうこともあるかもしんない。
マルコ:いいかげんだなあ。
猫  :けど、定めは受け入れる。理由さえわかればね。
礼 子:そこが違うな。レプリと人間は。
マルコ:何が。
礼 子:理由がわかっても、人間は定めを受け入れて生きるわけではない。
マルコ:ではどうしているというの。
礼 子:戦っている。自分の定めと。
マルコ:でも、結局負けるんじゃない?
礼 子:意地というものがあるだろう。
マルコ:意地?
礼 子:そう。意地。生きているという意地がなければ人生とはいわない。
 
        猫、ぱちぱちと拍手。
 
猫  :かっこいい。鬼百合惚れたよ。
礼 子:ふん。
猫  :でも、やっぱり恥ずかしいね。
 
        礼子苦笑い。
 
猫  :どうやら僕たちなんかお互い因縁ありそうだ。
マルコ:まあね。
猫  :というわけで行ってみようか。研究所へ。
マルコ:うまくいくかな。
猫  :いってみなきゃわかんないよ。いこ、いこ。
マルコ:行く?
 
        礼子頷く。
 
猫  :じゃ決まった。しゅっぱーつ。
 
        猫鼻歌唄いながら行く。
        礼子、機銃で警戒しながら、三人去る。
 
]W最終協議
 
        ポイントサス。
        課長が課員と一緒に入ってくる。課員は報告しつつ入ってくる。
 
課員A:報告します。市街東部地区で暴動状態になりそうですね。現在公安四課及び警備の機動中隊3中隊を派遣しました。
課長 :ほかは。
課員A:中央放送局付近で爆弾らしきものが発見されたとの通報があります。処理班が現在急行しています。
課長 :西部地区の様子はどうなった。
課員A:悪いですねえ。ケルベロスはどうやら撤退した模様ですが、けが人多数との報告です。戦力大幅ダウンですね。
課長 :わかった。どうやらこんばんは徹夜だな。
課員A:はい。珈琲飲みますか。
課長 :いらんよ。
課長A:またですか。課長も好きですね。
 
        課員、去る。
        課長はカードを組み立て始める。
 
局長 :八方塞がりのようだね。
 
        振り返ると局長がいた。
 
局長 :彼らは研究所へ行ったようだね。
課長 :彼らというと。
局長 :猫とマルコと鬼百合さ。
課長 :そのことをだれに。
局長 :私にもルートがあるんだよ。
課長 :申し訳ありません。報告するほどのこととは。
局長 :思わなかったという訳か。・・で、何も手を打たないのかね。
課長 :うつ必要がありますか。
局長 :どうもありそうに僕は思うがね。
課長 :ご存じのように市内は不穏な状況で、余分な人手はありません。
局長 :なら、僕が行こう。
課長 :ご自身で?
局長 :どうやら、決着が付きそうなんだよ。
課長 :決着?
局長 :いや、十年前のことだけどね・・。
 
        と、言いかけて口を滑らしたのにお互いが気づく。
 
課長 :こういう事態だから局員に動揺を与えるようなことがあってはいけない。これは、秘密だよ。いいね。
課長 :ですが。
局長 :これは局長命令だよ。
課長 :・・わかりました。
局長 :じゃ、課員を少し連れていくよ。いいね。
 
        と、行きかけて階段を上りながら。
 
局長 :ねえ、課長。これは下りかな、上りかな。
課長 :え?
局長 :この階段は下り階段だろうか。上り階段だろうか。
課長 :階段には上りも下りも無いと思いますが。
局長 :違うね。下り階段は上れないし、上り階段は下れない。上る階段なのか、下る階段なのか。どちらかを選べば、どちらかにはゆけない。君な    らどちらを選ぶんだろうね。
課長 :・・・。
局長 :(笑って)。君は階段があるのにいつまでも床に座り込むつもりかい。出来もしないカードの家を建てながら。
 
        笑って、去る。
        新城操が入ってくる。
 
新城操:ずいぶん挑発されてましたね。
課長 :見てたのか。
新城操:はい。
課長 :どう思う。
新城操:何を。
課長 :局長を
新城操:隠してますね明らかに。
課長 :鬼百合をか。
新城操:それもありますが、マルコや猫のことも裏がありそうです。マルコも十年前管理局にやってきました。猫が逃げた農場は十年前から局長管理    の特別施設となっています。
課長 :と、なるとやはり十年前何かがあったんだな。
新城操:と思われます。それも研究所で。
課長 :局長は深くそれに関わっている。
新城操:たぶん。
 
        課長、考える。
        間。
 
課長 :新城。
新城操:はい。
課長 :君は人間だ。どうして、レプリの味方をする。
新城操:課長はレプリです。どうして、レプリを取り締まるのです。
課長 :俺は人間になりたかっただけだ。
新城操:私は正しいことをしたかっただけです。
 
        課長笑う。
 
課長 :結構。俺も正しいことをしたくなった。
新城操:課長。
課長 :研究所だ!
新城操:はい。
課長 :ケルベロスたちに伝えろ。ルビコン川を渡る。
新城操:課長!
 
        小さい間。
 
課長 :所詮俺はレプリさ。人間にはなれなかった。カードの家などできはしない。
 
        バッジを引きちぎり捨てる。
 
課長 :いくぞっ。
新城操:はいっ。
 
        去る。
 
]X研究所
 
        スモークが一段と濃く、さまざまな色が交差する。こわれかけた管理装置がある。
        賭屋たち入ってくる。囁き声で。
 
茶店の女:ねえ。ほんとにここでやってたの。
賭  屋:ああ。
茶店の女:なんだか怖い。
賭  屋:おい。むやみに手をふれるんじゃねえ。
茶店の女:いいじやない。けち。
賭  屋:そんな問題じゃない。
茶店の女:じゃ、どんな問題よ。
賭  屋:くだらねえこといってねえで、捜せよ。記録。
茶店の女:そんなの残ってるわけないじゃない。後腐れ無く始末したんでしょ。
賭  屋:どさくさまぎれだったからな。
茶店の女:逃げるに精一杯ってわけね。小悪党は。
賭け屋 :ふん。
茶店の女:レプリの恨みがたたるわよ。
賭  屋:しーっ。
茶店の女:どうしたの。
賭  屋:地下室だっ。やっぱりまだあったんだな。
茶店の女:ええ?
賭  屋:ここだな。確か。・・・が立てこもってたのは。
茶店の女:記録あるの。
賭け屋 :わからん。
 
        賭屋たち、地下室へ。
        見送って、出てきた刑事たち。
 
猪鹿刑事:変なこと言ってましたね。
松桐刑事:・・。
猪鹿刑事:先輩。
松桐刑事:(大声で)そうだ、あいつだ!
猪鹿刑事:(周りを気にして)な、何ですかいきなり。
松桐刑事:いや、あいつだ。思い出した。・・・だ(賭け屋の名前)。十年前、・・局長一家がレプリに殺された時、一緒に行方不明になった助手だ。てっきり、やつも誘拐されて殺されたと思われてたんだが・・。生きてたとなると、これは。
猪鹿刑事:裏があったんですね。
松桐刑事:そう言うことになるな。
猪鹿刑事:後つけますか。
松桐刑事:そうだな。いくか。
 
        と、後を付ける。
        地下室。賭け屋たちが入ってくる。
        荒廃した研究室。機器の残骸がホコリにまみれている。
        ほこりを払って、ぺっぺとやりながら。
 
茶店の女:臭いわねえ。ホコリだらけよ。
賭け屋:10年間ほったらかしだからな。
茶店の女:ねえ、10年前10年前って言うけど何があったの。
賭け屋:へっ。大昔からあるうすぎたねえことさ。・・それより、これぐらいのペンダントみたいな笛を探すんだ。
茶店の女:ペンダント?
賭け屋:ああ、・・・が持ってたはずなんだが。
茶店の女:笛って言わなかった。
賭け屋:まあ、鍵だな。
茶店の女:鍵?
賭け屋:(笑って)金庫の鍵さ。
茶店の女:笛が?
賭け屋:(笑う)金儲けをさせてくれる鍵だよ。
 
        笑いがぴたっ止まる。
        局長が暗がりで課員を連れて見ていた。
 
局長 :どうした、笑うのはそれでおしまいかい。 
 
        近寄ってくる。
 
局長 :久しぶりだね。・・・君(賭け屋の名前)。
賭け屋:やっぱりおまえか。
局長 :元気そうで何よりだ。そちらは君の彼女かい。
 
        女、身を引く。
 
局長 :いやあ、懐かしいねえ。十年前別れて以来だ。
 
        後を付けていた刑事だち。
 
猪鹿刑事:先輩。・・あれは。
松桐刑事:管理局の局長がね。
猪鹿刑事:知り合いらしいですよ。
松桐刑事:それも昔の同僚だな。
猪鹿刑事:十年前ってなんでしょう。
松桐刑事:レプリの暴動だ。ひょっとすると局長も絡んでるな。
猪鹿刑事:えっ。
松桐刑事:黙ってきいてろ。
局長 :鬼百合、知ってるね。
賭け屋:それがどうした。
局長 :一つだけ聞く。礼子はなぜ記憶をブロックされた。君なら知ってるだろう。
猪鹿刑事:あの賭け屋と鬼百合どういう関係なんですかね。
松桐刑事:すぐわかるさ。
賭け屋:しらねえよ。第一鬼百合なんて、俺とは何の関係もないね。
局長 :そちらがそうでるならしかたがないね。おい。
課員B:はっ。
 
        課員B、なにやら怪しげな機器を出す。
 
茶店の女:何するの。
局長 :何、ちょいと、正直になってもらうだけだよ。
 
        女、とめようとするが局長に制止される。
        賭け屋も何しやがると抵抗するが課員Bに手もなくのされてイスに座らされた。
 
茶店の女:ちょいと、彼になんかすると只じゃおかないよ。
 
        と、暴れるが局長にほおをはたかれて、思わず黙る。
 
局長 :おしゃべりな女は嫌いでね。
猪鹿刑事:あれは、強制自白機では。
松桐刑事:そうらしいな。
猪鹿刑事:そうらしいなって。あいつらあんなもんまで。けしからん。国家権力の目の前で非合法の所行とは。
松桐刑事:いいんじゃない。あいつらも国家権力だし。
猪鹿刑事:ええっ。
松桐刑事:話がすすむさ。
猪鹿刑事:そんな。
 
        その間に、賭け屋にとりつけられる。
 
局長 :さあ、正直に答えるんだね。なぜブロックした。
賭け屋:・・・
局長 :答えろ!おい!
 
        課員B、目盛りをあげる。
 
局長 :こたえろ。
 
        賭け屋、苦しげだが、答えない。
 
茶店の女:あんたっ。
 
        と、呼びかけるが、再び口のあたりをはたかれる。
        憎悪の目。局長は意に介さず。
 
局長 :しぶといね君も。・・上げたまえ。
課  員:危険です。
局長 :かまわない。あげたまえ。
課員B:はっ。
猪鹿刑事:死んじゃいますよ。
松桐刑事:待てよ。
 
        賭け屋、苦しみながら答える。
 
賭け屋:・・・笛を吹くんだ。
局長 :なんだ。
賭け屋:・・・そうすれば夢が生まれる。
猪鹿刑事:なにか変なこと言ってます。
松桐刑事:しっ。
賭け屋:お前はそこで初めておまえに会うだろう。本当のおまえの半分に。
猪鹿刑事:なんだか文学ですね。
松桐刑事:予言てのはそんなものさ。。
局長 :たわごとを。
賭け屋:・・・
局長 :覚えているはずだがね。大丈夫だよ。これぐらいでくたばる玉じゃない。上げろ!
 
        課員、目盛りを更に挙げる。
 
賭け屋:・・レプリがくる。マルコを遠ざけろ。礼子の記憶をブロックして・・。
局長 :マルコ?変だな、なぜ出てくる。まあいい。・・なぜ礼子の記憶を封印した。
賭け屋:・・・・
局長 :言え!
賭け屋:・・レプリ。
局長 :レプリがどうした。
賭け屋:マルコ。
局長 :マルコだと・・。
松桐刑事:よし、行くぞ。もう充分だ。
猪鹿刑事:やりますか。局長ですよ。
松桐刑事:だれであろうと同じこった。遺伝子管理法違反。無期懲役の重罪だ。いくぞ。
 
        パンパンパンと威嚇射撃。伏せる局長たち。
 
松桐刑事:ようし、もらった。おとなしくしろ。みんな動くんじゃねえ。そうだ。いいこだ。そのままおとなしく出てこい。
猪鹿刑事:そこもだ。でてこい。
 
        一同、ぞろぞろ出てくる。
 
松桐刑事:遺伝子管理法違反、並びに凶器準備集合罪で逮捕する。
茶店の女:なによ。けちなでかじやない。
猪鹿刑事:一級刑事。
茶店の女:おんなじようなものよ。
 
        茶店の女、賭け屋を解放する。ねえ大丈夫とか、ああ、ひでえ奴らだとか。
 
松桐刑事:さーっ。話してもらおうか。
局長 :一級刑事の分際でこんな事をしてもいいのかね。私を誰か知ってのことだろうね。
松桐刑事:どこかの局長の分際で自白マシン使って何をしてんでしょうね。
局長 :さあて、なんのことだかね。
松桐刑事:おやおとぼけかい。
賭  屋:刑事さん、そいつは信用しちゃだめだぜ。
松桐刑事:ほう。あんたは信用していいんかい。十年前あんたなんで姿くらましたんかねえ。
 
        黙る賭け屋。
 
松桐刑事:臭い飯食いたいってのかい。
局長 :わかった。・・鬼堂礼子はレプリだ。
茶店の女:うそ。
松桐刑事:それで。
局長 :こいつは鬼堂礼子の父の助手なんだ。
 
        賭け屋を呼び指す。
 
局長 :礼子は礼子の父が作った第二世代のレプリだ。人間とかわりない。・・人間の敵になる。
松桐刑事:だから、十年前レプリ暴動に乗じて鬼堂礼子の家を襲ったんだな。
局長 :手引きしたのは助手してたこいつさ。
茶店の女:あんた!
賭  屋:分かったよ。だが、俺は殺してないぜ。子供さらっただけだ。
猪鹿刑事:けちな小悪党のやりそうなことだ。
賭  屋:。けど俺がさらったのは礼子じゃねえ。もう一人の片われだ。
松桐刑事:もう一人いたのか。どうしたそいつは。
賭  屋:どさくさ紛れに見失ったよ。なんせ、レプリ暴動の真っ最中だからな。こちらだって生命が惜しいさ。
猪鹿刑事:それ以後とんずらこいたって訳か。
 
        賭屋、肩をすくめる。
 
松桐刑事:礼子はどうした。
賭  屋:礼子も消えた。現れたときはレプリハンター鬼百合だ。あのときの娘とはおもわなかった。
猪鹿刑事:へんですね。
松桐刑事:何が。
猪鹿刑事:猫はどうなるんです。
松桐刑事:猫か。
猪鹿刑事:猫を追いかけるために鬼百合を雇ったんでしょう。こいつらは猫を追いかけてたんじゃないんですか。
松桐刑事:いい質問だが、答えてくれるかな?
 
        局長、賭け屋ともそっぽを向いている。
 
松桐刑事:だとよ。まあ、どうせろくなこっちゃないだろうけどな。
礼 子:そうね。ろくな事ではないようね。
一  同:鬼百合!
 
        鬼堂礼子、冷然として一同を見ていた。
 
礼 子:面白い話を聞かせてもらったわ。局長さん。
局長 :私のせいじゃないがね。
礼 子:悪党はみなそういうのよ。
猪鹿刑事:動くな。
 
        礼子、いながら、機銃掃射。ひれ伏す一同。
 
猪鹿刑事:待て、話せばわかる。
礼 子:局長には後できっちりおとしまえつけてもらう。けれど、まず賭け屋さんに用があるわ。どきなさい!
 
        一同、後じさり。道を開ける。
        座り込んでいる賭け屋。世話してた、茶店の女も身を引く。
 
礼 子:十年前一体ここで何があったの。
賭け屋:・・・。
礼 子:教えて。
局長 :私も知りたいね。
礼子 :あんたは黙って。
茶店の女:えらそうに。
 
        じろっと見られて引っ込む。
 
賭け屋:十年前か・・。ここでレプリ第二世代の新しい歴史が始まるはずだった。あんたの親父と俺が研究していた。
礼 子:どんな。
賭け屋:詳しいことはしらん。知ってたのはあんたの親父だけだ。
礼 子:ほう。
 
        かちゃっと機銃を向ける。
        慌てる賭け屋。
 
賭け屋:冗談じゃねえよ。あんたのオヤジは秘密主義でさ。助手の俺にもろくにデータよこさなかったんだぜ。教えてくれって言ってもにべもなく断    りやがる。
松桐刑事:なるほどその恨みでばっさりか。
礼 子:第二世代といったわね。
局長 :ああ。それだけは確かだ。私は人間の危険を排除したにすぎない。
礼 子:排除?
局長 :そうだ。いかんながら、君のお父さんは危険な思想を持っていた。レプリと人間の共存という。
礼 子:それが危険なこと?
局長 :そうだ。共存する?とんでもない。二つの種が会えば強いものが弱いものを支配するものだ。これは人間に取ってとても危険じゃないか。
礼 子:それで殺した。
局長 :(答えず)資料が消えているのだ。第二世代のね。だから私は、君を監視しながら探していたというわけだ。
賭け屋:レプリと人間の新しい歴史を抹殺するためにな。
局長 :人間の歴史を守るためだよ。
 
        間。
 
礼 子:私が第二世代のレプリという証拠は。
局長 :君は夢を見ると言ったね。そして、また有能なレプリハンターでもある。そして、どうやら記憶をブロックされているようだ。君が人間なら、    そんな必要は無かろう。
 
        間。
 
礼 子:なるほどね。・・ねえ、賭け屋さん。
賭け屋:なんだ。
礼 子:知ってるでしょう。ブロック解除する方法。
賭け屋:知らねえことが幸せなこともあるぜ。
礼 子:無知の幸福より知る悲しみを選ぶ。それが鬼百合よ。
賭け屋:・・・・
礼 子:私は知りたいの。
 
        ほーっ。とため息をついて。
 
賭け屋:血はあらそえねえな。強情っぱりはオヤジ譲りか。・・(ほっともう一つため息)笛を吹け。
礼 子:笛?
賭け屋:オヤジが持ってたはずだ。ペンダントになった銀の笛だよ。そいつがブロックを解くカギさ。もっと、ここにはありそうにもないがね・・    (といいかけて)あれ、・・(笑い出す)なんだ、お前が首にぶら下げてたんか。(笑う)ははっ。こりいいや。(笑う)
礼  子:この笛が?
 
        局長、何か言いそう。間。
 
礼 子:・・・吹けばいいのね。
 
        礼子吹こうとする。隙ができた。
 
局長 :やめろ!
 
        と、飛びかかろうとするが。
        突然、機銃音。一同わっと臥せる。マルコと猫だ。
 
マルコ:動かないで!
茶店の女:何回、こんなことしてんのかしら。
松桐刑事:ズボンぼろぼろだぜ。
茶店の女:あたしなんかスカートつんつるてんよ。
マルコ:黙って!鬼百合!
礼 子:きっちり、いい、タイミングだわ。
マルコ:どうやら、間に合ったようだね。
猫  :フィナーレってのはみのがせないからねー。かっこいいでしょう。
 
        とポーズを取ってる。
 
礼 子:そういうこと。(笛を改めて取り出す)
局長 :おまえたち。このままですむと思うな。
礼 子:黙って。私は知りたいの。止めると撃つ!
 
        礼子、鋭く高く笛を吹こうとしたとき。
 
]Yレプリの日は来たれり
 
        突然、爆発音連続。あたりが揺れる。機銃音と爆発音が交差する。悲鳴と叫び。伏せる人々。一人驚かない礼子。
 
茶店の女:こんどはなによー。
 
        課員A、走り込む。
 
課員A:局長。局長!
局長 :どうした。
課員A:ケルベロスが一斉ほう起しました。
松桐刑事:ほう。
猪鹿刑事:ほう。
松桐刑事:ばかっ。えれえこった。おい。ドア固めろ。
猪鹿刑事:はいっ。
 
        猪鹿刑事すっ飛んで行く。
 
松桐刑事:みなさん。落ち着いて下さい。ここは安全です。
茶店の女:当たり前でしょ。管理局だもの。
松桐刑事:(きっとにらみ)あまーい!君たちは非常にあまーい!なんだとおもっとるんだこの事態を。ええーっ。
賭  屋:だから、暴動だろ。公安が出りゃすぐおさまるって。な。
茶店の女:ええ。でしょ。(猪鹿に)
猪鹿刑事:えっ、ええ。きっと。まあ。たぶん。できれば。
松桐刑事:ばかーっ。そんな問題ではない。不肖わたくし松桐桜。公安一級刑事として探索に探索を重ねました結果、今回のケルベロス反乱事件に対    して鋭い予測に基づいてはっはっは。頑張ってきました。
局長 :それでどうするんだね。
松桐刑事:ですから。防備を固め、全員協力一致して断固助けを待ちましょう。
茶店の女:そんなところだと思ったわ。
賭  屋:助けはくるのかい。
松桐刑事:やかましい。お前らのようなゴキブリどもにもはや来る助けはないのだ。おとなしく観念してとっととしんじまえ。
茶店の女:んまー。あんた何かいってよ。
賭  屋:おう。やい、このすっとこどっこい。
松桐刑事:な、なんだと。(と、銃を出す。)
賭  屋:おっ、やろうってのか。上等じゃねえか。やってもらおうじゃねえの。えっ、ご立派な一級刑事が無実の市民をえーっ、鉄砲で撃ちました    ってねー。おら、おら、おら!
松桐刑事:ばかやろー、なめるな。どこが無実の市民だ。この悪党め!うってやろうじゃねえかー。(逆上して、撃鉄を引く。)
猪鹿刑事:先輩!(と、必死でとめる)
 
        銃撃音。皆、こしぬかすわ、ひれふすわもうおおさわぎ。礼子が撃ったのだ。
        マルコと猫はあきれてみている。
 
マルコ:確かに世界は面白いね。
猫  :うん。生きてるって実感するね。
礼 子:茶番はいい。どうやってまもるかよ。
茶店の女:まあ、レプリの殺し屋の癖に。
 
        礼子の一にらみに隠れる。
 
礼 子:猪鹿刑事さん。連絡はついたの。
猪鹿刑事:はっ。ええと。あ、携帯こわれてて・・・
松桐刑事:ぼけーっ。東大出はこれだからやくたたねえんだ。ったく。
猪鹿刑事:すみません。
礼 子:どうやら、孤立したわね。局長さん、話は後。ここは一時休戦よ。
局長 :ふん。まあいいでしょう。おい。詳しくはなせ。
課員A:はい。局長たちが出発されて一時間後ぐらいに突然一斉に暴動が始まりました。今までに管理局本部、公安本部、レプリ管理センターが    襲撃されました。ケルベロスだけでなく一般のレプリたちも加わっています。
局長 :こちらへきそうか。
課員A:はい。およそ、200の武装したケルベロスを確認しました。(ごほっと咳をし、体が揺れる)
局長 :まずいな。・・何?
課員A:・・指揮しているものが。
局長 :誰だ。
課員A:課長と新城刑事です。
猪鹿刑事:新城操!
松桐刑事:特級刑事!
局長 :なるほど。
課員A:数年前からひそかにケルベロスに寝返っていたもよう。(ごほっ)
局長 :課長もどうやら自分の歩く階段を決めたと見える。さて、上るか下るか。・・・おいっ、お前。やられているな。
課員A:入り口で・・・。
局長 :おい。
 
        課員A、血を吐き、死ぬ。一同慄然とする。
 
局長 :おい。
 
        課員B、Aを別室へ運ぶ。
 
茶店の女:いやだ。いやだよ。こんなこと、いやだよ。なぜしなななきゃいけないのさ。ねえ、嘘だろ。ねえ、嘘といってよ。
賭  屋:だまらねえか。
茶店の女:いやだよ。あんたのせいだよ。儲け話だなんだっていうから、ここまでついてきたのに。あたし、帰るわよ。ケルベロス、あたしなん        にもしてないもの。危害加えられるはずないわ。いやよ。ねえ、帰りましょ。
賭  屋:帰れねえよ。
茶店の女:なによ、いくじなし。
 
        女、出口へ。
 
茶店の女:どいてよ。帰るんだから。
猪鹿刑事:しかし。
松桐刑事:いじゃねえか。帰れるものなら帰って見りゃいいんだ。
茶店の女:帰るわよ。あんたは・・・
賭  屋:あ、ああ。
茶店の女:にえきらにないわね。どいて!
 
        猪鹿気押されてどく。おんな、でていく。外へでる。
 
賭  屋:おい、まてよ。
 
        と、出口まで行くが躊躇する。
 
茶店の女:馬鹿みたい。ねえ、あんたたちもでてきなさいよお。誰もいやしないじゃない。ばかばかしい。あんた。
賭  屋:あ、ああ。
 
        とつぜん、機銃音、悲鳴。
 
賭  屋:畜生!どけーっ。
 
        猪鹿をはねのけて外へ飛び出す、再び機銃音と爆発音。
 
松桐刑事:ばかなやつらだ・・・。きっちり閉めとけよ。それにしても特捜刑事がケルベロスとはね。・・うわっ、おい、またかよ。
 
        別室で爆発。揺れる。
 
局長 :どうした。
礼 子:あちらに入り口があったの?!
猪鹿刑事:多分。
松桐刑事:オーマイガッド!
礼 子:そこ塞いで。
 
        一同、別室出口をバリケードで塞ぐ。完全に閉じこめられた。
        爆発、砲撃音続く。
        猫が笑った。
 
局長 :何がおかしいのかね。
猫  :いやー、形勢があまりよろしくないなあって。
局長 :君は猫だね。おとなしく、ファームにいればいいものを。
猫  :やっぱり街の方が元気でいいよ。
マルコ:こんな時でなんだけど、どうして猫と呼ぶわけ。
局長 :・・・。
猫  :(くくっと笑って)いやあ、変なときにいい質問だ。言ったっただろ。僕たちの内臓を栽培している農場だって。テクノロジー・フォア・ア    グリカルチュラル・クローン・・笑っちゃうよね。農業的クローンの技術。移植用臓器のクローン栽培だよ。頭文字を取って、TAC、タッ    ク。あんまりおおっびらにはいいにくいから、ひっくり返して、通称CAT。
 
        小さい間。
 
猫  :(冷たく)猫って呼ばれてる。
 
        局長、知らぬ振り。
        爆発音。
 
猫  :おっと。ドアが破られそうだ。
礼 子:なにするの。
猫  :修理さ。
礼 子:危ないよ。
 
        猫、いきかける。
 
マルコ:僕も行くよ。
猫  :合図をしたら投げろよ。
マルコ:いいよ。
 
        猫、修理に行く。うまく行きそうに見えて、へっへとVサインを出したとき。銃撃。猫はもんどり打って倒れる。マルコも負傷した。
        駆け寄る礼子。
 
マルコ:猫!
猫  :へっへ撃たれちゃった。
礼 子:大丈夫?
猫  :もちろん。
礼 子:見せて。
 
        見る。致命傷。こらえて、手当をする。
 
礼 子:痛い?
猫  :少しね。
マルコ:どう。
 
        礼子、猫にはわからないように首を振る。
        マルコ愕然とする。
 
松桐刑事:おい。
猪鹿刑事:は?
松桐刑事:世話んなったな。
猪鹿刑事:何いってんです。
松桐刑事:いやな。少しな。
猪鹿刑事:いやですよ。今にも死にそうなこと言って。
松桐刑事:へへっ。ま。なんだ。いいじゃねえか。へっ。畜生。ありがとよ。
 
        松桐照れくさそうに、笑う。立ち上がって、猪鹿に向かって握手しようとしたとき、機銃音。銃弾が飛び込んでくる。
        松桐撃たれて手を差し出したままがっくり倒れて死ぬ。
 
猪鹿刑事:先輩。先輩!先輩!畜生。よくも。よくも。
 
        猪鹿刑事。凛然とたつ。銃撃の音する。
 
猪鹿刑事:記憶管理局公安一級刑事松桐桜に対して捧げつつ!先輩。やりますよ。東大出てますから。現場にだって強いです。記憶管理保安局二     級刑事猪鹿牡丹行きまーす。
 
        猪鹿刑事、ゆっくりと銃を持ち、撃ちながら行く。銃撃される。揺れるが一歩一歩撃ちながら歩く。さらに着弾する。出口まで後一        歩の所で、倒れかかる。
 
猪鹿刑事:先輩。すみません。失敗しました。
 
        最後の銃弾が貫く。猪鹿死ぬ。
        少し静かになる。
        間。
 
局長 :静かになったな。
礼 子:総攻撃の前触れよ。
猫  :鬼百合。
礼 子:何。
猫  :なんか忘れてない。
礼 子:なにを。
猫  :笛だよ。
礼 子:(笑って)そういえば、吹こうとする度邪魔が入る。
猫  :もうすることもないだろ。
礼 子:確かに。
 
        と、笛を吹こうとして。
 
礼 子:とめないの。
局長 :ここまで来たらとめないよ。真実を知りたいね。
礼 子:じゃ。
 
        と、笛を吹く。
        音は聞こえない。
 
]Z黄昏に還る
 
マルコ:何も聞こえないよ。
猫  :ううん。聞こえるよ僕には。
局長 :そいつは・・。そうか。
猫  :へへっ。わかったね局長さん。
局長 :犬笛だ。
マルコ:犬笛?
猫  :犬の訓練用に使われる。人間には聞こえない。けれど、ブロックをはずす鍵になってるようだね。
 
        気がつけば、なにやら鼓動音らしき音共にスモークが立ちこめていた。
        あたりは、黄昏の色に染まり始める。
 
猫  :どうやら、鬼百合のブロックがとけ始めたようだね。
 
        鼓動音の中、猫の声だけが響く。
 
猫  :人は誰も記憶の海を持つ。ぼんやりとした大きく広い黄昏の海だ。その海原の底から深く大きくゆったりと響く音がある。
 
        鼓動音。
 
猫  :その音とともにおまえの夢が始まる。
 
        鬼百合が語り始める。
 
鬼百合:たとえば闇の中に浮かぶ硝子玉。現れては消え、消えては輝く。まるで私の記憶のように寄せては返す波のなか、遠く潮騒の中から呼びかけ    る声がある。幾重にも重なった塔の中にひっそりと輝く窓がある。透明な硝子の窓の中では、くるくると回る日傘に夏の日が輝いて、つやや    かな黒い髪と白いうなじがこぼれ私は言葉を失ってしまう。日傘は吹き渡る風に揺れ、その人は私を振り返る。
マルコ:こいつは、僕の夢じゃないか。
猫  :これは鬼百合の夢だ。
マルコ:違うよ。
猫  :違わない。
マルコ:どうして。
猫  :鏡の中の半分の顔。
マルコ:何だって。
猫  :もう一つの君の半分。
マルコ:鬼百合が?
猫  :鬼百合の夢であると同時にマルコの夢だ。
局長 :そうか。マルコ、おまえがそうなんだ。
マルコ:なにが。
局長 :なにがじゃない。おまえが第二世代レプリだ。は。まんまとだまされてたな。鬼百合は人間。そうして、マルコは鬼百合のオヤジが作ったレ    プリ。たぶん、ドナーは。
猫  :鬼百合だろ。マルコのもう一つの半分さ。
マルコ:うそだそんなことって。
猫  :あるんだよ。賭け屋が言ってただろ。かっぱらったのはもう一人の子供だったって。
局長 :あの賭け屋がうまいこと管理局に潜り込ませた訳か。してやられたわけだ。
猫  :灯台もと暗しってね。
局長 :くそっ。
猫  :マルコ、これが切り札だよ。スペードのA。
マルコ:鬼百合が僕の半分・・。
 
        鬼百合は、丸まっている。
 
猫  :・・そうだよ。いいコンビじゃないか。さあ、マルコ今度は本当の君の夢を紡ごう。
マルコ:え?
猫  :本当の夢を見るんじゃないのかい。君のお父さんが託した夢を。
マルコ:僕のお父さん。
猫  :ま、鬼百合のお父さんだから君のお父さんだろ。
マルコ:・・・。
猫  :ねえ、時間あんまりないよ。
 
        鼓動音が弱くなっている。
        黄昏の色もあせている。
 
マルコ:本当の夢。
猫  :君のお父さん君をつくったんだろう。レプリと人間がこんなひどい目に遭わなくてもいいようにって。
マルコ:そうだね。
猫  :封印した君の目を解放するんだ。
 
        ぐらっとする。
 
マルコ:あぶない。体が参っちゃう。
猫  :いいや、こいつは、僕の仕事だ。僕の体はどうやらだめらしい。だから、君に本当の夢を代わりにあげよう。人間でもなく、レプリでもなく、    いきる君に。
マルコ:人間でもなくレプリでもなく。
猫  :そうだよ。君はヒトとしていきるんだ。鬼百合と一緒に。さあ。
 
        マルコの片目の封印を解除しようとする。
        鼓動音が強くなる。
        その猫を背後からぐっとしめる局長。
 
局長 :それは困んるだよね。我々人間の立場が困る。仕方がない。いやな仕事だけど君には死んでもらう。許してくれたまえ。
マルコ:やめろ!手を離せ。
局長 :おっとそれ以上近づくんじゃない。
 
        と、いつの間にか刑事の拳銃。
 
猫  :僕の心臓を使えなくなるよ。
局長 :何、経費のロスと思ってあきらめるよ。
 
        と、凶悪さをむき出しにして笑い殺そうとする。
 
マルコ:やめろ!
 
        と、思わず駆け寄ろうとしたとき、銃撃。
        局長もんどり打って倒れる。
        鬼百合が撃ったのだ。
 
礼 子:始めて人間を撃った。
猫  :あんまりお昼寝が長いからあきらめてたんだよ。
礼 子:しゃべるな。体力が消耗する。
猫  :ありがとう、鬼百合。
 
        砲撃の音、揺れる。
 
猫  :おっと。夢つむぎが頑張ってるね。
礼 子:どうして、新城操が。
猫  :だれだって夢を紡ぐさ。それが生きてる証だよ。
礼 子:猫の夢は何。
猫  :世界のみんなが夢を見ることさ。
 
        小さい間。
 
礼 子:君が私の半分なのね。
マルコ:君が僕の半分。
 
        砲撃音。
 
猫  :おうおう見つめ合っちゃって。ひゅーひゅー。
マルコ:僕はそんなことを考えもしなかった。レプリを殺すレプリハンターが僕の半分だなんて。
礼 子:私も考えなかった。父を殺したレプリが私から作られたなんて。
 
        砲撃音。
 
猫  :深刻だけど。状況は待ってくれないよ。どうする。
マルコ:僕はあなたと戦いたくはない。
礼 子:私も子供を撃つことはしない。
猫  :結構。ま、そんなとこから始めるんだね。マルコ、本当の君はそこにあるよ。
 
        砲撃音、揺れる。
 
マルコ:猫。
猫  :なんだい。
マルコ:僕が封印をとけば、僕は本当の僕になる。
猫  :そうだ。
マルコ:人間とレプリが戦わなくてすむんだね。
猫  :可能性はあるね。
マルコ:・・なら、僕は封印を解こう。
 
        砲撃音が続く。
        鼓動音も始まる。
        黄昏の色が濃い。スモークが濃くなってくる。
 
マルコ:人間でもなく、レプリでもなく、ヒトとしてふたたびあけることはなかった目を開く。見ていろ!これが僕の本当の僕だ。!
 
        片目の眼帯ははずされた。同時に。
        激しい爆破音。扉が突破された。研究所へ突入してくるレプリたち。スローモーション。
        ゆっくりと礼子とマルコ立ち上がる。
        強い光が照らされる。課長と新城操がいた。二人ともかなりぽろぽろだ。
 
課長 :誰かいるか!
マルコ:マルコだよ。
新城操:よかった。ほかにだれがいるの。
 
        マルコ、礼子顔を見合わせて。
 
マルコ:ヒトがいるよ。
新城操:ヒト?レプリなの?人間なの?
マルコ:いいえ。
 
        と、辺りを見回して。
        そうして、礼子と顔を見合わせ。
 
マルコ:ぼくらはヒトだよ。
 
        奥からケルベロスたちが入ってくる。
        その中を二人がよろよろと助け合いながら光の中に歩んでいく。
        周りの死体になっていた登場人物たちが、それぞれ二人に手をさしのべる形で半ば起きあがる。
        手前には、猫が、かすかな微笑を浮かべて横たわっている。
 
                                                            【 幕 】

結城翼脚本集 のページへ