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「この白い黄昏の中で」
☆キャスト
 鬼堂礼子・・・・・・
 カイ・・・・・・・・
 酔いどれ天使・・・・
 夢紡ぎの婆・・・・・
 エイハブ・・・・・・
 青龍・・・・・・・・
 白虎・・・・・・・・
 猪鹿刑事・・・・・・
 松桐刑事・・・・・・
 賭け屋・・・・・・・
 茶店の女・・・・・・
 風の星丸・・・・・・
 母・・・・・・・・・
 父・・・・・・・・・
 江戸門弾手須・・・・
 ホウホウ教徒たち・・
 
 
☆プロローグ
        急ブレーキの音。衝突音。救急車。搬送する音。ドアの締まる大きな音。そうして、音がながれ始める。世界のBGMだ。
        闇は深い。音はひたすら流れる。きしむような、不快感を催す音。けれどもそれは次第に、意識下へと侵入し、やがて人々はそ        れを受け入れる。静寂がない世界。幕が上がる。
        階段が辛うじて見分けられる広場がある。サーチライトが時折走って行く。時折うごめく人影。軽やかな機銃音と火線。逃げま        どう人影。けれど、またいずこともなく集まってくる。遠くで戦闘がある。救急車の音や非常サイレンが微かに聞こえる。全体        にスモークが立ち、荒廃の色が濃い。うごめく人影。カイが辺りをうかがう。  
                       
酔いどれ天使:よう、カイじゃないか。ごきげんかの。
カ  イ:まあね。あんたもね。
天  使:けっ。ぼつぼつだな。拾い屋家業も楽じゃない。歳だな。(だらしなく座る)
カ  イ:飲み過ぎだよ。
天  使:生いうない。はばかりながら酔いどれ天使。酒は命のガソリンだ。(と、ごくりと一口)
カ  イ:天使が聞いてあきれるよ。
天  使:一人前の口ききおって。・・・ばあさん、どうした。
カ  イ:ねてるよ。
天  使:ぐあいでもわるいのか。
カ  イ:風邪だろ。
天  使:風邪ってたまか。まあ、ようじるこった。ぼつぼつここらもやばくなってきた。
カ  イ:お互いね。
天  使:ほら、あそこにいるやつなんか、物騒でたまらんぞ。
カ  イ:鬼だからね。
天  使:おい。
カ  イ:何?
天  使:やる気か?
カ  イ:もちろん。
天  使:正気か?
カ  イ:大丈夫だって。
天  使:おい。・・・まてよ。おれもいくよ。
 
        階段に鬼堂礼子が立っている。戦闘服。機銃。濃いサングラス。首に鎖のついた銀色の笛をかけている。左腕を怪我している。        頭の包帯が痛々しい。        
        忍び寄るカイたち。礼子、ふたたび機銃掃射。飛びしざるカイ。逃げ散る人影。
 
カ  イ:やばい。逃げるよ。
天  使:いわんこっちゃない。
カ  イ:店においでよ!
天  使:まてったら!
 
        カイたち、逃げる。無関心な礼子。
    
礼  子:ふん。
 
        ふいにきっとする。人影が数人。松葉杖の男。それにつれ、また人影達が集まる。追い払う、エイハブ。悲鳴をあげ逃げる人影。
 
エイハブ船長:・・・あいかわらずだな。鬼堂の。
礼  子:誰?
エイハブ:見忘れたかい?
 
        礼子、機銃掃射。
 
エイハブ:おっと。あいさつだな。
礼  子:覚えはないわ。
エイハブ:とぼけたことを。
礼  子:あやつけるなら、容赦しないよ。
エイハブ:あいかわらず、気の強い奴だ。まあ、いい。獲物はいるか。
礼  子:まあね。
エイハブ:なんならすけてやってもいいぜ。その様子じゃ辛かろう。
礼  子:いらないわ。あとがこわいもの。
エイハブ:じゃ、せいぜいがんばるだな。いつまで、もつか。おっと、こちらを撃つのはお門違いだぜ。・・おい、いくぜ。
 
        去ろうとするエイハブたち。
 
礼  子:わかったわ。まって。
エイハブ:そうこなくっちゃ。
 
        引き返す、エイハブ。
 
エイハブ:で、相談て、なんだ。
 
        何かに心奪われている礼子。じれてくるエイハブ。
 
エイハブ:おい。俺は忙しいんだ。用がねえなら・・・
礼  子:ここは、いろいろな音が聞こえるわ。
エイハブ:たしかにな。静かな暇もありゃしねえ。もっともにぎやかでいいんだけどな。
礼  子:けれど本当の音は聞こえない。
エイハブ:判じもんか?そんなひまねえんだ。ずばっと言ってくれ。
礼  子:生命の音を探している。手がかりがほしい。
エイハブ:・・生命の音か。探してどうする?
礼  子:さあ、それはそちらが良くご存知でしょう。
エイハブ:ふん、食えない奴だ。
礼  子:お互いに。で、どう。
エイハブ:ただで聞こうなんて虫のいいことかんがえてんじゃないだろうな。
礼  子:星丸の情報と交換でどう。
エイハブ:星丸の居所を知ってるのか。
礼  子:手がかりはね。
エイハブ:いいだろ。
礼  子:きまった。・・じゃ、教えて。
エイハブ:管理局へ行ったろ。その様子じゃ、結構危ない橋渡ったようだな。
礼  子:いいから、よけいなことは。
エイハブ:愛敬のない、奴だ。おっと。冗談だよ。管理局で聞かなかったかい。弾手巣のこと。
礼  子:弾手巣?(どこかで聞いたことがあるが思い出せない)・・それで。
エイハブ:科学者だ。昔のことだがな。そいつを探すんだな。
礼  子:どこにいる。
エイハブ:さあな。それはお前さんの仕事だろ。
礼  子:分かった。
エイハブ:星丸はどこだ。
礼  子:私も知りたいわ。
エイハブ:なんだと。だましたな。
礼  子:だましはしない。ホウホウ教を調べて見るんだね。
エイハブ:ホウホウ教か!・・・しかし、あれは・・・
礼  子:さわらぬ神にたたりなしというわね。
エイハブ:ふん、ばかばかしい。そのネタたしかだろうな。
礼  子:おたくもね。
エイハブ:(辺りを見回して)いやな空気だ。
礼  子:全く。
 
        非常サイレンが鳴り響く。
 
エイハブ:じゃ、鬼堂の。またあおう。
礼  子:縁が有れば。
エイハブ:縁はあるさ。・・・縁はな。
礼  子:ないことを祈ってるわ。
エイハブ:かわいげのない奴だ。おっ、公安のようだぜ。じゃな。
 
        エイハブ達、風のように去る。
        猪鹿、松桐両特捜刑事矢のように駆け込む。隠れ損なう礼子。
        辺りかまわず発射する二人。逃げ散る人影。
 
松桐刑事:まてーっ。
猪鹿刑事:ようし、そこまでだ。
松桐刑事:動くな!両手を挙げろ。
猪鹿刑事:足広げて。
松桐刑事:松桐桜。公安特捜一級刑事参上。この代紋が目に入らぬか。
猪鹿刑事:同じく猪鹿牡丹。公安特捜二級刑事参上。代紋なめんじゃねえぜ。
 
        と、はではでの代紋出して、かっこよく決めてみる二人。一応従う礼子。
 
松桐刑事:ちっ、撃ちもらしたか。
猪鹿刑事:うちもらしたか。
松桐刑事:ハジキのサクラも腕が落ちたものだ。ふっ。たった一人か。
猪鹿刑事:一人か。
松桐刑事:捜査を続けろ。
猪鹿刑事:続けろ。
 
        しばし沈黙。
 
松桐刑事:おい。
猪鹿刑事:おい。
松桐刑事:お前だよ。
猪鹿刑事:へっ?
松桐刑事:お前だよ。猪鹿。捜査だろ、捜査。
猪鹿刑事:あっ、そうか。
松桐刑事:ばかっ!
猪鹿刑事:馬鹿じゃありません!
松桐刑事:なぜだ!
猪鹿刑事:東大でてます。(どーんと胸を張る)
松桐刑事:・・だから。
猪鹿刑事:へっ?
松桐刑事:だから?
猪鹿刑事:えっ。
松桐刑事:だから、なんなのよーっ!どうせあたしは、播磨屋大学よーっ!
猪鹿刑事:よーっ。よーっ。よーっ。
礼  子:ちょっと。
猪鹿刑事:うるさい。
礼  子:いつまでやらしとくの。
松桐刑事:ちょっとまて。
礼  子:さつきいったわ。
松桐刑事:だから、ちょっと待て。
礼  子:忙しいの。
猪鹿刑事:こちらもだ。くそいそがしいのだ。我々は。だから、逮捕する。
礼  子:はっ?
猪鹿刑事:我々は日夜正義を貫く。だから、忙しい。忙しいのはいやだ。柔らかい朝日が爽やかな朝の風に揺れる白いレースのカーテンにそそぐ。     に部屋。エスプレッソコーヒーの優雅な香が俺の鼻孔をくすぐる。ハードボイルドエッグとカリカリに焼いたベーコンが白い陶磁の皿     に乗り、黄金色にこんがりと焼き焦げた分厚いトーストが早く食べてくれと俺に熱い目をそそぐ。そう焦るなよベイビー、一日は始め     が肝心だ。俺は、ゆったりと椅子に座り、コーヒーカップを取る。そうして、一口のもうとするとき。
松桐刑事:パラピレパラピレパラピレ。おーい仕事だぜ。がんがん行こう!なーに、管理局爆破だっちゃ。ちょろい、ちょろい。おっ、上手そう     なベーコンや。どれ、一口。おっ、こいつはいけるぜ。なっ、そうだろ。はっはっはっ。(急にきりっと)よし、行こう。
猪鹿刑事:俺はこんな仕事をやるために生まれてきたのではない。優秀な頭脳をこんな奴と一緒に腐らせるために生まれたのではない。
松桐刑事:俺のことか。
猪鹿刑事:解釈は自由だ。だが、私は敢えて言う。客観的な目を持ってもらいたい。
松桐刑事:なんだと。
猪鹿刑事:詰まらぬことで怒るな。怒ればアドレナリンがむやみに消費される。疲れるだけだ。理由のない怒りは体に良くない。君、体にいいこ     とやってる?
松桐刑事:俺の体にはいいんだ。(と、ばかっーっと殴る)
猪鹿刑事:えっ?(と、正気に帰る)
松桐刑事:・・またやったな。
猪鹿刑事:先輩、ぼくまたやりました?(はーっとため息ついて、落ち込む。)
松桐刑事:またやったんだよ。(ふっふっふと、優越感にふける)
礼  子:話が進まないわ。
松桐刑事:と、いうわけで何をしていた。
礼  子:何も。
松桐刑事:その手に持ってるものはなんだ。一般市民が持つには少し物騒だな。
猪鹿刑事:少し、物騒だ。
松桐刑事:お前は黙ってろ。
猪鹿刑事:いやだ。
松桐刑事:またおこるぞ。
猪鹿刑事:そうか。
松桐刑事:やめておけ。
猪鹿刑事:うん。(なんとなく脇でいじけている)
松桐刑事:そういうことだ。
礼  子:なにが?
松桐刑事:身分・姓名を名乗れ。おっと、動くな。
礼  子:レプリハンター、鬼堂礼子。
松桐刑事:レプリハンター?あの鬼百合か。認識番号いってみろ。
礼  子:JX−3339669
松桐刑事:どうだ?
猪鹿刑事:(感知器を覗いて)先輩、反応はマイナスです。
松桐刑事:ふん。シロか・・面白くもねえ。よし、いっていいぞ。
 
        礼子悠然としている。
 
松桐刑事:なんだ。まだなんかあるのか。
礼  子:いったい何があったのかと思ってね。
松桐刑事:おまえなんかレプリ殺してりゃいいのさ。よけいなこと首つっこむな。
礼  子:そう。
松桐刑事:なんだ。・・や、やるのか。
礼  子:うちはしないわ。お金にもならないもの。
松桐刑事:・・へっ。
猪鹿刑事:記憶管理局が襲撃されたんだよ。
松桐刑事:ばかっ。
猪鹿刑事:メインコンピュータがぶっこわされてね。もう、おおさわぎさ。
松桐刑事:言わなくていいんだよ。
猪鹿刑事:で、目撃者がいないんだよね。けど、保安用のvtrにちらっと影が映ってるんだ。・・・君、どこに住んでるの。
松桐刑事:けっ。何考えてんだ。おい、いけよ。
礼  子:誰の仕業かしら。
松桐刑事:レプリにきまってるだろ。
礼  子:どうして。
松桐刑事:記憶管理されてるのはレプリだ。人間様じゃない。
猪鹿刑事:ねえ、君身長はいくら。
松桐刑事:またはじまったよ。こいつがおかしくならんうちに早く行けよ。いけったら。
礼  子:そう。じゃあね。
松桐刑事:見つけたら、しらせんだぞ。
 
        礼子、去る。
 
猪鹿刑事:ねえ。先輩。
松桐刑事:なんだ。
猪鹿刑事:あの子ですよ。
松桐刑事:なにが。
猪鹿刑事:犯人。
松桐刑事:だって、シロってでただろ。
猪鹿刑事:壊れてた。
松桐刑事:えーっ。それにしたって。決め手は。
猪鹿刑事:認識番号。rがついてる。
松桐刑事:うそだろ。
猪鹿刑事:チェッカー、壊れてた。
松桐刑事:くそーっ。それ早く言えよ。追いかけるぞ。
猪鹿刑事:もうだめですよ。みつからない。
松桐刑事:わかってら。ばか。
 
        と、走り去る。
 
猪鹿刑事:けれど、変だな。なぜハンターだろ。(おーいと呼ぶ声)ちっ。またこいつらだ。どけよ。
 
        ホウホウ教たち奇妙なリズムをとりながら、やってくる。また、猪鹿を呼ぶ声。手近のホウホウ教を殴り飛ばし、猪鹿走り去る。
 
Uホウホウ教
 
        世紀末的茶店がある。
        茶店の女、日傘で染之助・染太郎をやっている。ホウホウ教徒が何人かいる。
 
茶店の女:あーっ、むなしいなーっ。わたしゃ18日傘の女ってか。はやらないなー。ねえ、そこのホウホウ教さん。あんたたちでいいからさ。     よってかない。ねえったら。・・・ばかっ。一生やってろ。ちぇっ。
 
        ホウホウ教たち。儀式始める。単調でいて奇妙なリズムと声。
 
茶店の女:あーっ、やだなあ。あたしもホウホウ教はいろうかしら。もっともレプリじゃないとダメだし。第一ださいよね。夢は神なり。記         憶は神聖なりか。くだらない。あーあ。いやな記憶ばかりだわ。夢も希望もありゃしない。今更夢も見たくないわ。ね、ちょいと。      じゃまなんだけど。商売のじゃましないでね。あら、いらっしゃい。賭屋の旦那。なんにします。
賭け屋 :(ハードボイルドに決めてはみる)水。
茶店の女:いつも、それなんだから、けち。
賭け屋 :賭屋が散財してたらはじまらない。水でいいよ。水。
茶店の女:勝手にやってよ。
賭け屋 :ちぇっ。(すこしくずれる)
茶店の女:やってらんないわね。ホウホウ教にレプリ狩りのけちな賭屋か。ああ、もう店しまうかな。
賭け屋 :そう、いうなって。うまい話あるからさ。
茶店の女:あんたの話、まともなことないものね。
賭け屋 :今度は違うぜ。襲われたんだ。
茶店の女:誰が?
賭け屋 :記憶管理局。もうめっちゃめちゃのぐっちゃぐちゃ。
茶店の女:え、いつ。
賭け屋 :2時間ぐらい前だな。
茶店の女:道理で、うるさいと思ったわ。レプリね。
賭け屋 :そこが問題さ。
茶店の女:違うの?
賭け屋 :どうもな。公安の動きが変だ。あれは組織的な犯行だなどうも。儲け話がぷんぷん匂ってる。俺には分かる。
茶店の女:そういえば、あんた管理局に。
賭け屋 :ちょっとな。昔のことだ。
茶店の女:面白そうね。
賭け屋 :だろ。あんなくそおもしろくもない踊り見てるよりか、よっぽどいい話しだよ。
茶店の女:ねえ、ちよっとそれ詳しく話してよ。
賭け屋 :店どうすんだよ。
茶店の女:いいわ、こんなもの。どうせつぶれかかりだもの。
賭け屋 :気合い入ってるな。
茶店の女:私だって一旗揚げなくちゃ。
賭け屋 :よし。ここじゃまずいな。いこ。
茶店の女:待って。
賭け屋 :どうした。
茶店の女:いい験を持ってきてくれたからね。・・・ホウホウ教さん。今日は私のおごりだよ。なんでも食べな。
賭け屋 :気っぷがいいな。
茶店の女:なんにもないけどね。
 
        二人去る。ホウホウ教徒近寄ってくるが手はつけない。中の一人指導者とおぼしきレプリ。
 
ホウホウ教徒@:白くどこまでも続く黄昏の海を見よ。我らレプリのふるさとを見よ。レプリは神聖なり。
ホウホウ教徒たち:ホウホウ。夢は神なり。ホウホウ。記憶は神なり。
ホウホウ教徒@:白き黄昏の時はやがて来る。漂う光の海へでよ。我らの生命の音を聞け。レプリは神聖なり。
ホウホウ教徒たち:ホウホウ。夢は神なり。ホウホウ。記憶は神なり。
ホウホウ教徒@:レプリは神聖なり。
ホウホウ教徒たち:レプリは神聖なり。レプリは神聖なり。
ホウホウ教徒@:祭じゃ!ホウホウ。
ホウホウ教徒たち:祭じゃ!ホウホウ。
ホウホウ教徒@:祭じゃ!
ホウホウ教徒たち:祭じゃ!
 
        ホウホウ教徒たち、奇妙に踊りながら去る。
 
V夢紡ぎ
 
        喧噪が去り、いかにもつくりものめいた、月と星がでている。
        カイ走り込んでくる。
 
カ  イ:おばば。おばば。・・・しょうがないなあ。風邪ひいてるっていうのに。・・おばば・・・・ふーっ。まいったなあ。全然稼ぎになり     やしない。
夢紡ぎ :呼んだかい。
カ  イ:どこいってたの。寝てなきゃだめじやない。
夢紡ぎ :ほっほっ。婆の心配をするより、自分のことをおやり。その顔じゃ、上手く行かなかったんだね。
カ  イ:ふん。ちょっとつきがなかっただけだよ。あしたは上手くやってみせる。
夢紡ぎ :きたいしないで待ってるよ。
カ  イ:期待していいよ。あいつを見つけたんだ。
夢紡ぎ :誰。
カ  イ:レプリハンター。
夢紡ぎ :レプリハンターなんてざらざらいるだろう。
カ  イ:鬼百合さ。
夢紡ぎ :えっ。鬼堂の。
カ  イ:そう。間違いない。鬼堂礼子だよ。
夢紡ぎ :どうしてわかる。
カ  イ:刑事に職質されてたよ。逃げたけどね。
夢紡ぎ :そうかい。鬼百合がね。
カ  イ:あいつらが、父さんをやったんだね。
夢紡ぎ :たぶんね。
カ  イ:ぼく、敵をうつよ。僕はレプリだけれど、恩は忘れない。
夢紡ぎ :そう、頑張らなくていいよ。
カ  イ:いいや、絶対うつ。けれど、・・・
夢紡ぎ :どうしたの。
カ  イ:なぜだろ。悲しそうだった。
夢紡ぎ :誰が。
カ  イ:鬼百合。
夢紡ぎ :目に埃でも入ったんだろさ。
カ  イ:だろうね・・・
夢紡ぎ :お客さんだよ。
 
        日傘の女がやってくる。
 
日傘の女:夢を見ないんです。
夢紡ぎ :それで。
日傘の女:私の夢を紡いで下さい。
夢紡ぎ :みんなそういうけど、どうなるものでもないよ。
日傘の女:いいんです。
夢紡ぎ :いい夢ばかりじゃない。不幸になるかも知れないよ。
日傘の女:不幸を願っているのかも知れない。
夢紡ぎ :本当に?
日傘の女:わかりません。何も。本当に。
夢紡ぎ :後悔するよ。
日傘の女:見ないでいるよりは、悪夢でもいいわ。
夢紡ぎ :お前さん本当にレプリかい。
日傘の女:レプリ?どうして。
夢紡ぎ :私の商売はレプリにいい夢を紡ぐのさ。悪夢でもいいとはレプリはいわないよ。精いっぱい貯めたお足を持って来るんだもの。あんた、     なにしに来た。日傘をおとり。
 
        日傘を取る。礼子である。右腕を怪我している。
 
カ  イ:鬼百合だ!
礼  子:鬼堂礼子という名があるわ。さっきのぼうやね。
カ  イ:こいつ。
礼  子:情報がほしい。
カ  イ:帰さないぞ。
礼  子:君には無理ね。
カ  イ:なにを。
夢紡ぎ :おやめ。
カ  イ:けど。
夢紡ぎ :叶う相手じゃない。・・・何が望み。
礼  子:夢を紡ぐと噂を聞いた。紡いでもらいたい。
夢紡ぎ :人間なら、おだいは少々高いよ。
礼  子:わかってる。
夢紡ぎ :カイ。外へでといで。
カ  イ:でも。
夢紡ぎ :お客はお客。お足はお足。いいから。わるいようにはしないよ。
カ  イ:わかった。待ってる。にげるなよ。
 
        カイでていく。
 
礼  子:元気のいい子だこと。
夢紡ぎ :さて、鬼百合さん。
礼  子:その名は嫌いだ。
夢紡ぎ :おやおや、その名も名高いレプリハンター鬼堂礼子嬢がね。
礼  子:皮肉はいいわ。それより婆臭い演技はやめたら。
夢紡ぎ :(突然若々しくなる)ほっほ。ばれてりゃ、しかたないわね。本音で行こうというわけね。何が望み?
礼  子:さっきいったわ。
夢紡ぎ :夢紡ぎ?本当に?あらやだ。てっきり探りに来たのかと思ったのに。
礼  子:探られて悪いものでもあるの?
夢紡ぎ :そういう言い方性格悪いよ。
礼  子:素直だけじゃ生命がいくらあっても足りないわ。
夢紡ぎ :いつも?
礼  子:そう、あなたと同じね。
夢紡ぎ :寂しい人ね。
礼  子:おあいこでしょ。
夢紡ぎ :(肩をすくめる)なんの夢を紡ぎたいの。断っておくけれど、レプリ向けの甘い記憶なんてのはだめよ。どうしようもないわ。
礼  子:そうやってだますの。
夢紡ぎ :お客様に夢売るのが私の商売よ。
礼  子:するの、しないの。
夢紡ぎ :はいはい。・・で、どういう夢。
礼  子:いいわ。私の子供の時が欲しい。
夢紡ぎ :じゃ、こちら座って。はい。ゆったりして。何もしないわよ。目をつぶって。リラックスして。ゆっくり、ゆっくり呼吸して。音を変     えるわ。音に集中して。はい。
 
        記憶の海への音が流れる。ゆっくりと黄昏の海が広がり始める。
 
夢紡ぎ :そう、リラックスして。力抜いて。ゆっくりと入ってゆくの。
 
        しろいもやが一段と強くなり、辺りは黄色い光にあふれてくる。。音の中から夢紡ぎの声だけが聞こえる。人影がある。スロー        モーションにも似た緩慢な動き。礼子に何かを渡している。また別の人影が礼子を連れて逃げている。銃撃しながら、追う人影。        消える。礼子身じろぎをしようとする。
 
夢紡ぎ :ダメ、動かないで。ゆっくり見るの。何も考えないで。見るの。もう少し見ましょう。あら。
 
        音が少し変調する。礼子を囲む人影がある。
 
夢紡ぎ :・・・・おかしいわ。なんだろう。壁がある。記憶の壁がこんな所にあるわけないのに。・・・大丈夫、なんでもないわ。安心して。     そう、もう一つ奥を見るわ。音が変わるよ。
 
        手術の光景でもあるようだ。
        少し、不安げな記憶の音。人影は今は別な形。じっとたたずむ。
 
夢紡ぎ :うまくいかないな。うーん。なぜだろ。・・・見るの。深い、深い海の底よ。黄昏の光の中にぼんやり浮かぶ海を見るの。・・・おか     しいわ。記憶の壁が強すぎる。やってみるか。・・・壁があるの。城壁が黄昏の中にそびえ立っている。今から中にはいるの。リラッ     クスして壁に入っていくの。大丈夫、なにもおこらない。なにも。ほら、ゆっくりと、ゆっくりと・・
 
        音がきしる。光が爆発する。悲鳴。一瞬、真っ暗くなる。
        夢紡ぎと礼子倒れている。夢紡ぎのろのろと起きあがる。
 
夢紡ぎ :ああ、ひどいめにあったなあ。ちょっと、ねえ。
礼  子:えっ。
夢紡ぎ :大丈夫。ぼーっとしてるよ。
礼  子:えっ・・ええ。
夢紡ぎ :あんた、記憶を封印されてるね。
礼  子:封印?
夢紡ぎ :こんなことってめったにないけどね。普通じゃないのよ。あのブロックは。人為的な封印ね。全然歯がたちやしない。何か心当たりな     いの。
礼  子:何も。
夢紡ぎ :最初のは分かるね。誰かに何か渡されてた。それかい。
礼  子:これ?
 
        礼子、首にかけた銀色の笛を見る。
 
夢紡ぎ :ペンダント?・・・・・心当たりあるようだね。ふん。おおかたその辺りだとは思うんだが。何しろ、強い壁だ。
礼  子:生命の音では。
夢紡ぎ :あればね。・・あんたどうして知ってるの。ははあ、初めてじゃないわね。道理でおかしいと思った。どこでやったか知らないけれど、     ま、この壁はそんじょそこらの夢紡ぎじゃとても無理ね。本当に生命の音でも使わないとあの壁超えられないわ。
礼  子:どこにあるのかしら。
夢紡ぎ :知ってりゃ、私が商売に使うよ。・・・もっとも星丸なら知ってるかな。レプリ最高の夢紡ぎだからね。
礼  子:星丸。
夢紡ぎ :レプリのくせに私よりずっといい腕してるよ。もっとも住所不定でどこにいるかわかりゃしないけどね。
礼  子:・・いくら払えばいい?
夢紡ぎ :いいよ。失敗したからね。黙ってさえくれれば。
礼  子:何を?ああ。
 
        夢紡ぎ、婆にもどる。
 
夢紡ぎ :それなりに苦労もあるってものよ。
礼  子:あの子は?
夢紡ぎ :カイ?あれはレプリさ。子供の時から育ててる。
礼  子:じゃ。
夢紡ぎ :ちょっと、まって。・・・どうも気になるな。あの情景はどう見ても記憶管理局だよ。
礼  子:・・・・
夢紡ぎ :(答えようとしないので)ふー。私も人がよくなったもんだ。いいわ。特別サービス。星丸の所へ案内したげよう。もっともいるかど     うかはわからないけれど。カイを連れてくといい。二人づれなら怪しまれないだろうし、案内人もいるしね。管理局の連中はうるさい     からね。
礼  子:知ってたの。
夢紡ぎ :同じ匂いのするやつはわかるんだよ。右肩の傷かくしててもわかるよ。・・カイ、カイ!
 
        礼子、思わず肩を押さえる。カイ、飛んでくる。
 
カ  イ:鬼百合は!
夢紡ぎ :いいかい。この人を案内して、星丸の所へ行くんだ。黄昏の塔にいるかも知れない。連れてっておやり。
カ  イ:えっ、何で!悪い奴だよこいつらは、父さんを。
夢紡ぎ :違うよ。
カ  イ:嘘だよ。そういったじゃないか。
夢紡ぎ :少なくとも鬼百合はお前の父さんを殺してやしない。
カ  イ:でも。
夢紡ぎ :さあ、行くんだ。
カ  イ:わかったよ。
夢紡ぎ :帰ってきたら、話してあげる。父さんのこと。
カ  イ:本当かい。きっとだよ。
夢紡ぎ :ああ。本当さ。いっといで。
カ  イ:よし。いくぜ。ついてきな。
礼  子:では。
夢紡ぎ :・・・ちょっと。
礼  子:?
夢紡ぎ :日傘をさして。・・・そう。そっくりだ。・・・気をつけて。
 
        二人去る。夢紡ぎ、がっくりと腰を落とす。老婆の扮装のける。
        よいどれ天使入ってくる。
 
天  使:どうした。任務の放棄かい。
夢紡ぎ :びっくりしないね。
天  使:これぐらい歳とりゃ驚くことなんてなんもないよ。取り込みらしいな。
夢紡ぎ :見てたの。
天  使:まあね。
夢紡ぎ :ひょっとしたら、あのこが。
天  使:お前さんもそう思うかい。
夢紡ぎ :確かな証拠はないけれど。
天  使:夢を紡いでみたらいいのに。
夢紡ぎ :自分の夢は紡げないわ。
天  使:まだ若いのに。・・・ああ、いや、お前さんもということさ。
夢紡ぎ :まだ若いのにか。いい墓碑名になるわ。
天  使:そうだな・・・
 
        夢紡ぎを呼ぶ声がする。
 
天  使:お客さんだよ。
夢紡ぎ :いいの。もう夢紡ぎはおしまい。これからは、本職一筋。
天  使:できるかな。
夢紡ぎ :どうせ、汚れた道だもの。歩き通すしかないわ。
天  使:わかりました。公安特捜刑事さん。もっともそれも仮の姿かな。
夢紡ぎ :はいはい。では、行きましょうか。よいどれ天使のお医者さん。
天  使:おっと、元お医者さんだな。
夢紡ぎ :そういうことで。
天  使:(酒をらっぱのみして、夢紡ぎ)ほらよ。
夢紡ぎ :(少し飲んで)にがいわ。
天  使:人生の味というものさ。
 
        二人、去る。
        入れ違いに矢のように走り込んでくる刑事たち。
 
松桐刑事:こらーっ。まてやー。
猪鹿刑事:にがしゃへんど。
 
        松桐刑事思いきりこける。そこらへんに当たり散らしてばんばん撃ちまくる松桐。
 
松桐刑事:国家権力にさからうかー。ぼけーっっっ。
猪鹿刑事:へたこきよりと、いとまうどーっ。こんタコが。(と、銃を松桐に向けるが、見られてあわててごまかす)
松桐刑事:こらっ。
猪鹿刑事:こらっ。
松桐刑事:お前じゃ。ぼけっ。
猪鹿刑事:なんで?
松桐刑事:誰がタコなら、えっ。おまえ、俺に対して殺意もっとるな。あっ、わかった昨日俺がお前のパンツ失敬してはいたの根にもってんだろ。     いやだねえ。パンツぐらいいいじゃねえか。それになんだい、あれ。パンダだよ。パンダ。いまどき・・・たくーっ。俺恥ずかしくて     はけやしねえよ。
猪鹿刑事:えーっ、あれはいたんですかあー。やだなあー。一言いってくれればいいのに。今俺、キリンちゃんですよ。うふっ。
松桐刑事:どれどれ。(みせっこをしようとして)ぼけっ。下品なことすんじゃねえ。誰なんだよ。えっ、タコは。
猪鹿刑事:礼子ですよ。礼子。いやだなあ先輩。先輩のことじゃないっすよ。当然じゃないっすか。あ、これウナギパイ、昨日実家から送ってき     たんです。
松桐刑事:あ、どうも、どうも。(と、気がつく)おい、おまえんとこ、たしか、青森じゃないか。
猪鹿刑事:んだ、んだ。うなぎぱいす。どう、だめ。・・だめ。(松桐、今にも撃ちそう)やっぱり。・・というわけで、国家権力には逆らわな     いこと。わかったね、よいこのみんな。わかった人は、大声でハーイといいましょう。せえのう、あいたっ。(はたかれた)
松桐刑事:お前誰に向かってしゃべってんだ。
猪鹿刑事:あ、いいえ。やだなあ。この辺の壁ですよ。壁。なんだか、拍手がきそうな壁です。ね、そうですよねー。
松桐刑事:なにやってんだか。礼子はどうした。
猪鹿刑事:自信を持って言います。ここにはいません!
松桐刑事:おい。
猪鹿刑事:はい。
松桐刑事:わかってるよ。愛してやろうか。
猪鹿刑事:結構です。
松桐刑事:俺も結構だ。IQが空っぽになっちまわあ。見たらわかるんだよ、いないのは。手がかりだよ、手がかり。
猪鹿刑事:そうですね。
松桐刑事:(丁寧に猫撫で声)撃たれたいの、僕?
猪鹿刑事:探してきます。(去る。)
松桐刑事:まったくしょうがねえったらありゃしない。何年でかやっとんだ。・・・くそっ。夢紡ぎのばあさんどこへいったのかな。おーい、ば     あさん。夢紡ぎのばあさん。ばばあーっ。でてこい!
猪鹿刑事:(鼻先に、ぬっと)いませんよ。
松桐刑事:だーっ?!
猪鹿刑事:なにやってんですか。あぶないですよ。
松桐刑事:(ふるふるする)今、正当防衛がなりたつかどうか考えてんだ!
猪鹿刑事:はー。行ったそうです。
松桐刑事:誰が。(まだ、わなわな)
猪鹿刑事:南の方へ。
松桐刑事:だから誰が。
猪鹿刑事:二人連れ。一人はここの子供。もう一人は日傘の女。
松桐刑事:日傘の女?鬼百合か?
猪鹿刑事:わかりません。美人だそうです。
松桐刑事:そうか。よし。(といきごむが)・・・まて、誰が言った。
猪鹿刑事:なんとなく。
松桐刑事:ぼけ!ゆくぞ。
猪鹿刑事:はい!
 
        松桐、走りかけて止まる。
 
松桐刑事:誰に手を振ってんだ?
猪鹿刑事:壁です。
        
        猪鹿、にっこり笑って手を振り去る。
 
松桐刑事:ふーん。
 
        松桐もにっと笑って手を振りながら去る。馬鹿みたい。入ってくるエイハブたち。場所は時間管理局。
 
V記憶管理局の悪夢
 
        記憶管理装置の残骸がある。
        残骸の中に立つエイハブ。管理局員達が後かたづけをしている。
 
エイハブ:見事なものだな。こうまでぶっこわれるといっそ気持ちがいい。そうはおもわんか青龍。
青  龍:はい。
エイハブ:あの娘、なかなかやるの。みろ。記憶管理装置もあのざまだ。
青  龍:機能は働いております。
エイハブ:幸いにな。
白  虎:けれど、本当に鬼堂礼子の仕業でしょうか。
エイハブ:どうして、そう思うのだ白虎。
白  虎:はい、人には持って生まれた品性というものがあります。品性にそぐわぬ行動はとれませぬ。
エイハブ:センチメンタルな考えだ。
白  虎:恐れながら。
エイハブ:人間であればな。
白  虎:はっ?
エイハブ:青龍。
青  龍:はい。
エイハブ:連絡は入っているか。
青  龍:星丸を探しに向かったもようです。ただ。
エイハブ:なんだ?
青  龍:夢紡ぎの婆の連絡が途絶えました。
エイハブ:礼子にやられたかな?
青  龍:そうではないと思われます。調査を続けます。
エイハブ:わかった。
白  虎:鬼堂礼子はなぜ破壊したのでしょう。
エイハブ:わからん。少なくとも、数日前まではそんな兆しもない。有能なレプリハンターだったはずだ。気づいたのかもしれんな。
白  虎:はっ?
エイハブ:なんでもない。ここはもういい。礼子を追うぞ。星丸がきっとでてくる。
青  龍:公安には?
エイハブ:ほっとけ。自分たちでやるだろうよ。
白  虎:船長。あれを。
 
        管理装置異常な音を発し作動し始める。
 
エイハブ:なんだこれは。
白  虎:異常作動です。危険です。退避しましょう。
エイハブ:まて。面白そうだ。
白  虎:いけません。我々の記憶もやられます。
エイハブ:しかし。(と、よろっとする)
青  竜:あぶない。
 
        管理装置作動。黄色い光りがあふれる。ドアの閉まる音。人影たちエイハブを囲む。礼子の夢紡ぎより更に鮮明。
 
人影A :プルス・・・
人影B :メス。
人影C :血圧低下。40。
人影A :カンフル用意。
人影B :血圧。30。20。
人影C :カンフル。
人影D :心臓停止。
人影A :呼吸停止。
人影B :心マッサージ開始。
 
        異常作動音大きくなる。光り強くなりあふれ、ドアがふたたび閉まる音大きく響く。
        管理装置停止。元の情景。
 
エイハブ:今のはなんだ。
白  虎:は?
エイハブ:見なかったのか。
青  龍:なんのことでしょう。
エイハブ:管理装置が作動しただろう。
白  虎:管理局員がすぐ止めましたが。
青  龍:船長が倒れ懸かったので引き留めただけです。
エイハブ:見なかったのか。
白  虎:何をです。
エイハブ:いや、いいんだ。礼子を追う。いけ。
 
        青龍たち、去る。
 
エイハブ:あれはなんだ。誰の記憶だ。俺のではない。まさか。・・・いやそれにしても。
 
        エイハブ、去る。
        管理局員たち去る。音が変調する。もやが濃くなる。
 
Wねじれる糸
 
        ホウホウ教徒たちの踊りの一行が通り過ぎてゆく。カイと礼子が歩いている。礼子は元の戦闘服。やり過ごす二人。
 
カ  イ:ねえ。
礼  子:なに。
カ  イ:・・・なんでもない。
礼  子:そう。
カ  イ:・・・休もうか。
礼  子:そうね。あそこの影で。
 
        カイ、腰を下ろす。礼子、見張る。
 
カ  イ:疲れない?
礼  子:何が。
カ  イ:いつも、そんなに張りつめてて。
礼  子:なれてるわ。
カ  イ:ふーん。
礼  子:・・・どうしてそんなことを聞く。
カ  イ:別に。
礼  子:お父さんのこと何か言ってたわね。私に関係あるの?
カ  イ:いいんだ。
礼  子:レプリ?
カ  イ:違うよ、お父さんは違う。
礼  子:だと思った。
カ  イ:でも、お父さん言った。
礼  子:なんて。
カ  イ:レプリと人間は同じなんだって。
礼  子:レプリは人間とは違うわ。働いて働いて一生終わるだけ。長生きしないし、第一彼らには人生なんてないわ。管理局の合成記憶なんて     人生じゃない。八月の木陰を吹き抜いていくあの風の匂いなんてしりはしない。人間のように喜んだり哀しんだり振る舞ってはいるけ     れど、記憶となって残りはしない。なにもね。
 
        そっと、笛にさわる。カイは気づくが、何も言わず。
 
カ  イ:でも、レプリは夢を求めてる。
礼  子:夢は人間の証。人間になりたいから夢を求める。ホウホウ教はそのいい例ね。夢を欲しがり、記憶を欲しがるあまりとうとう宗教まで     作ってしまったのね。
カ  イ:ホウホウ教じゃレプリは救えない。
礼  子:ほう、カイはレプリを救うというわけだ。
カ  イ:教えてやろうか。
礼  子:何を。
カ  イ:僕も夢を見るんだよ。少しだけどね。
礼  子:君はレプリでしょ。
カ  イ:そうだよ。真夏の日がまぶしく輝く大きな緑の木陰を吹き抜けていく風の匂いだって分かるよ。
礼  子:わるかったわ。でもレプリがどうして?
カ  イ:知らない。僕はそうなんだ。でも、みんなのレプリは違う。僕は、この夢を見せてやりたいんだ。
礼  子:どうやって。
カ  イ:それがわかりゃ、とうにやってるよ。
礼  子:なるほど。でも、そんなこと、きみが考えたんじゃないな。夢紡ぎのばあさんあたりじゃない。
カ  イ:ばれたか。でも、もとは父さんが言ってたことだよ。
礼  子:父さんが?
カ  イ:弾手巣。江戸門弾手巣。僕の父さんだ。
礼  子:弾手巣!死んだの!?
 
        手がかりが消えた。また、笛にさわる。
 
カ  イ:さっきからそう言ってるだろ。父さん知ってるの?
礼  子:(答えず)父さん、どうして人間とレプリが同じだって言ったの?
カ  イ:涙を流すんだ。悲しいとき、辛いとき。塩分 %の小さい海ができる。宝石のようだけれど、でも宝石のように冷たくは輝かない、と     っても温かくきらきら輝く一番小さい海だよ。
礼  子:ロマンチストだわ。私は流さない。
カ  イ:父さんを殺した奴もそうさ。十五年前そいつは父さんを撃った。
礼  子:レプリほう起の時ね。
カ  イ:ああ。
礼  子:だれが殺したか分かる。
カ  イ:分からない。けれどそいつの右足に大きな傷があるはずだ。父さんが撃ったんだ。
礼  子:それだけじゃ手がかりにはならないわね。
カ  イ:そうかい。じゃ鬼百合、あんたかも知れないね。
礼  子:わたしではない。人は殺さない。
カ  イ:レプリは殺すだろう。
礼  子:逃亡レプリなら。それも場合による。
カ  イ:どんな場合。
礼  子:抵抗すれば撃つ。そうしなければ私が撃たれる。
カ  イ:人殺しじゃないか。
礼  子:レプリは人じゃない。
カ  イ:じゃ、なんなのさ。撃てば緑色の血がでるの。目が三つあるの。口から火を吐く?そうじゃないでしょ。
礼  子:カイ。
カ  イ:初めて、僕の名を呼んだね。
礼  子:それでも、私はレプリを狩るの。それが私の仕事。
カ  イ:仕事?よく言うね。じゃ、僕らの仕事は狩られることかい。僕を撃つ。いつでもいいよ。さあ、撃てよ。撃って見ろよ。
礼  子:・・・撃ってもいいの?
カ  イ:・・・ああ。
礼  子:・・・撃つわよ。
 
        礼子、構える。緊張が走る。
 
カ  イ:・・・
礼  子:(ふっと肩の力を抜く。笛に触る。銃をおろす)・・・私の中の鬼がささやくの。殺せってね・・・。
カ  イ:・・・
礼  子:ああ、しんきくさい話だわ。
カ  イ:父さん憶えてる?
礼  子:私の?・・ええ。・・立派な人だった。
カ  イ:死んだの?
礼  子:レプリに殺されたわ。
カ  イ:レプリは殺さないよ。
 
        礼子答えようとして。救急車の音がする。ホウホウ教が通り過ぎる。はっとする礼子。時間が十五年前にさかのぼる。
        レプリほう起の夜。機銃音が激しい。爆発音や、救急車が悲鳴を挙げている。燃えている。礼子の家。
        レプリ達があふれている。影が右往左往している。親子4人(3人ではない)がいる。
 
  父 :いいか。ここを離れるな。外は危険だ。
  母 :いったいどうして。
  父 :わからん。記憶管理局のミスかもしれん。オメガ因子はブロックしてあるはずだ。
礼  子:レプリ達人を襲うの?
  母 :あなた。
  父 :レプリは人を傷つけない。家までは入らないよ。
礼  子:でも、あのレプリ達、こちら見てるよ。
  父 :大丈夫。何もしなければ何もしない。
  母 :お隣の家!
  父 :どうした。
  母 :燃えてるわ。火をつけたのよ。どうしましょう。
  父 :電話だ。
  母 :・・・ダメ。切られてる。
礼  子:やってくるよ。お父さん。
  父 :その棒をもって。
  母 :あなた、礼子たちを。
  父 :大丈夫。万一だ。礼子、ベッドのしたに隠れなさい。いいか。何があってもでるんじゃないぞ。レプリは人を襲わない。忘れるな。
  母 :やってくるわ。
  父 :椅子をドアへ。
礼  子:お父さん!
  父 :礼子、これを持ってろ。
 
        何か投げる。礼子受け取り。
 
礼  子:お父さん!
  父 :来るな!
礼  子:お父さん!
 
        レプリ達突入。応戦する父。つっぷす礼子たち。激しい音。機銃音。
        もとに戻る。ホウホウ教たち通る。
 
カ  イ:どうしたの。
礼  子:・・・(笛を握りしめている)・・・。
カ  イ:・・・・
礼  子:行きましょう。暗くなるばかりだわ。
カ  イ:もうすぐ夜だ。
礼  子:そうね。黄昏だわ。
 
        ホウホウ教徒たちがまた通る。
 
礼  子:今日は、多いわ。
カ  イ:ホウホウ教だろ。
礼  子:気づいてたの。
カ  イ:当たり前さ。普段の倍はいるよ。何かあるね。
礼  子:急ぎましょう。
カ  イ:うん。あ。天使だ。
礼  子:天使?
カ  イ:酔っぱらいだよ。おおい。
 
        よいどれ天使、やってくる。
 
天  使:おお、カイか。物騒なべっぴんもいっしょだな。よきかな。よきかな。
カ  イ:できあがってるね。
天  使:何が。まだ生よいじゃ。それより、気をつけるがいいぞ。
カ  イ:なに。
天  使:公安の特捜がうごいとる。そこの姉さんの性じゃないのかな。連中カッカしとるて。
礼  子:非常線が張られたの。
天  使:うんにゃ。星丸狩りだな。
カ  イ:星丸を!
天  使:そうだ。
カ  イ:どうして。
天  使:さあな。ホウホウ教と関係があるんじゃろ。違うかね。おっと、そう怖い目をしなくてもいい。わしゃただの年寄りだ。そうだろ。鬼     百合君。
礼  子:あなたは・・
天  使:あなたはといわれるほどのものでもない。ただのもとやぶ医者じゃ。
カ  イ:あれ、医者だったの。
天  使:ほい。これは失言。昔のことだ。それより星丸を探すなら黄昏の塔などいっても無駄じゃ。
カ  イ:知ってるの。星丸の所。
天  使:知ってるといや、しってるし。しらんといえばしらん。
カ  イ:どっちなの。
天  使:お前の心に聞いたらよかろう。
カ  イ:そんな。
天  使:星丸とはそんなものさ。風の向くまま気の向くまま。なんせ風の星丸じゃから。
カ  イ:しゃれにならないよ。
天  使:ま、いって見るんだな。黄昏の塔へ。ダメなら弾手巣に聞いたらいい。
カ  イ:え、父さん生きてるの。
天  使:死んだと夢紡ぎの婆がそう言ったのか。
カ  イ:違うの。
天  使:自分で確かめるんだな。ほい。酒の味は自分の舌で確かめることだ。ふーっ。このように。とかく偽物が多い世の中じゃ。レプリと人     間みたいに。もっともどちらがにせものかようわからんが。はっはっ。元気でな。
 
        ふらふらと去るよいどれ天使。
 
カ  イ:ねえ、待ってよ。
礼  子:弾手巣はどこにいる。
天  使:(遠ざかった声で)管理局の地下だよ。
礼  子:地下か。気づかなかったな。
カ  イ:ねえ、待ってったら!
礼  子:よせ。
カ  イ:でも。
礼  子:私も聞きたいことがある。
 
        礼子たち去る。
        別の街角。賭屋と茶店の女やってくる。
 
茶店の女:だからさあ。そんなことってあるの?
賭け屋 :知るか。問題はそういうことを信じてるってことだ。
茶店の女:レプリってのは夢を見ないんだよ。
賭け屋 :そうだな。
茶店の女:記憶をほしがるわけないじゃない。さっき通ったホウホウ教なら別だけど。
賭け屋 :ホウホウ教か。あいつも曲者だな。
茶店の女:教祖さん私見たこと有るわ。でも、あれ人間だったような気がするけどなあ。
賭け屋 :おおかたレプリをたらしこんで甘い汁すおうってやつだろ。宗教は儲かるからないつの世でも。
茶店の女:あたしもなんか始めようかな。
賭け屋 :だめだめ。日傘回したって誰もあつまらないって。
茶店の女:まあね。
賭け屋 :それより、どうやって礼子を探すかだな。
茶店の女:公安が動いてるじゃない。店にもきたわよ。
賭け屋 :あの変な二人組か。
茶店の女:あいつらマークしてりゃ。
賭け屋 :だめだめ。あいつらにゃ手におえないよ。
茶店の女:ハンター仲間からはどうだい。
賭け屋 :物騒な連中が多いからな。
茶店の女:じゃ、どうするのさ。
賭け屋 :やはり管理局だな。あそこに張り付いてりゃ。
茶店の女:あたしゃ、やだよ。あんなところ。
賭け屋 :こわいのか。
茶店の女:のうみそかきまわされるだろ。ごめんだね。
賭け屋 :迷信だよ。
茶店の女:だって。
賭け屋 :ほかにないだろ。
茶店の女:うーん。
賭け屋 :戻ろうぜ。・・・どうした。
茶店の女:思いだした。夢紡ぎのばば。知ってるだろ。
賭け屋 :ああ。
茶店の女:星丸だよ。星丸。レプリの夢紡ぎ。婆がいつかいってたな。最高の夢紡ぎだ。管理局の装置なんざ目じゃないって。
賭け屋 :噂だけはな。
茶店の女:へっへ。ダ・ン・ナ。
賭け屋 :なんだ。心地悪い声だして。
茶店の女:知ってるよ。
賭け屋 :なんだって。星丸の居場所か。
茶店の女:まあね。
賭け屋 :そうか、ばばか。
茶店の女:そういうとこ。
賭け屋 :おかしいと思った、あいつらつるんでやがんな。よし、善は急げだ。
茶店の女:儲けは山分けだよ。
賭け屋 :もうけたらな。
茶店の女:けち。
 
        行こうとする。エイハブ達やってきて取り囲む。
 
エイハブ:そういう狭い了見はいけねえな。
茶店の女:誰だい。よけいな口は挟みっこなしだよ。
賭け屋 :強欲のエイハブだよ。通った後は草もはえねえゃ。
エイハブ:相変わらずの挨拶だな。けちな稼業をしてるかと思ったら、今度はこそこそ内緒事か?
賭け屋 :あんたには関係ないよ。
エイハブ:ほう。関係ないとよ。おえらい賭屋さんはこの哀れなエイハブなんかあいてにしてくれないってよ。
 
        白虎達笑う。賭屋、女を促して去ろうとする。
 
エイハブ:まちなよ。
賭け屋 :話なんかねえよ。
エイハブ:こっちにゃ有るんだ。おい。
 
        白虎達、賭屋、と女を捕まえる。
 
茶店の女:何すんのさ。さわるんじゃないよ。
エイハブ:何もしないよ。お嬢さん。こいつがおとなしく話を聞いてくれたらね。どうだい。儲け話に一口噛もうじゃないか。
賭け屋 :何のことだ。
エイハブ:とぼけちゃって、憎いねえ。このやぶ医者が。
賭け屋 :・・・
茶店の女:あんた医者だったの。
エイハブ:弾手巣の助手やってたんだよなあ。相棒。
賭け屋 :ふん。
茶店の女:相棒?
エイハブ:むかし、ちょいとな。今はさっぱりお見限りだが。
茶店の女:あんた。私に、黙ってたね。
賭け屋 :言ってもしょうがねえだろ。
エイハブ:おやおや。
賭け屋 :どうしろってんだ。
エイハブ:物わかりいいやつは好きだな。ようし。相棒。仕事の話だ。礼子知ってるな。
賭け屋 :ああ。
エイハブ:星丸さがしに黄昏の塔へ行ったはずだ。
賭け屋 :礼子を殺すのか。
エイハブ:ばかばかしい。昔と違うぜ。お前の方がやられるよ。探るだけでいい。報告をよこせ。分かったな。
賭け屋 :ああ。
エイハブ:よし。
 
        白虎達、賭屋を解放。
 
エイハブ:賭屋の腕を期待してるぜ。
 
        エイハブ達去る。
 
茶店の女:ねえ、どういうこと。
賭け屋 :黙ってろ!
茶店の女:分かったわよ。
賭け屋 :おかしいぞ。こいつはおかしい。なぜ、あいつが、今ごろになって礼子、礼子だ。
茶店の女:あんた医者だっていったわね。
賭け屋 :うるせえな。考え事してんだよ。
茶店の女:弾手巣っていったら管理局の親玉じゃない。
賭け屋 :だった。だ。
茶店の女:その助手が何で賭屋なんかしてるの。ねえ。
賭け屋 :いろいろ有ったんだよ。いろいろ。
茶店の女:わかったわ。
賭け屋 :どうしたんだ。
茶店の女:言いたくなければいいわ。一人でやりなさい。私降りる。風がでてきたわ。風と共に去りぬよ。さよなら。
 
        女、去りかける。
 
賭け屋 :おい、待てよ。待てったら。悪かったよ。ちゃんと話すから。
 
        と、追っていく。礼子達横切っていく。
        どこかで風が流れる。星も流れる。風の星丸くるくると参上。夢紡ぎもいる。
 
風の星丸:風が吹けば星ながれ、星がながれば夢を見る。夢見ばばあ、達者かい。
夢紡ぎ :星丸。随分お見限りだね。
風の星丸:夢紡ぎのばばさんに会いたくてさ、黄昏の海はるばる越えてやって来たっていうのに。
夢紡ぎ :お世辞はいいよ。こんな年寄りつかまえて。
風の星丸:特捜デカが老け込む年じゃなかろう。
夢紡ぎ :まあね。
風の星丸:やってくるね。
夢紡ぎ :記憶の糸がもつれてさ。よじれよじれてどうにもほぐれない。
風の星丸:そうした、つもりで閉じこめた。
夢紡ぎ :そのつもりがほんの弾みでほぐれ出し。
風の星丸:輪廻の車が回り出す。
夢紡ぎ :どうやら夢をつむがなきゃならなくなったようだ。
風の星丸:運命の紡ぎの糸の糸車。
夢紡ぎ :記憶と夢の二股かけて、見事まわればご喝采。
風の星丸:そいつはなかなか重畳というものではないかい。
夢紡ぎ :うまく行くかね。
風の星丸:いかいでかい。くるくる回すがあんたの仕事。
夢紡ぎ :星丸ははどうする。
風の星丸:さあて、おいら星丸、ゆっくり昼寝でもしてようか。
夢紡ぎ :冗談ばっかり。
風の星丸:寝ながら、壁でも見てるのさ。
夢紡ぎ :記憶の壁は壊れないよ。
風の星丸:壊れない、壁なんてありゃしないさ。そいつが不可能ならなおさら面白かろう。おいら星丸。風が吹く。風が吹けば星流れ、星がなが     れば夢を見る。黄昏の海の中ぼーっとしてるのよりなんぼか生きてる気がするっていうものさ。鬼堂礼子に特券十枚って、賭屋の旦那     にいっとくれ。
夢紡ぎ :あいつら、またしょうもないことやってるよ。
風の星丸:性懲りもなくしょうもないことするのが人間。しょうもないからいいんじゃない。人それぞれの夢だもの。レプリの夢だってあろうと     言うものさ。
夢紡ぎ :レプリに夢なんてあるものか。
風の星丸:おばばはいつもそういうが、こいつはちょっと見物だよ。
夢紡ぎ :星丸。
風の星丸:なんだい。
夢紡ぎ :危ないことしようってんじゃないだろね。
風の星丸:世界をばくちですろうってときに危ないも危なくないもないもんだ。それじゃね。
夢紡ぎ :星丸。星丸。!・・・あーいっちゃった。ほんとに軽いんだから。ばかーっ。
 
        どどーっ、と拳銃掲げてかけ込む刑事。懲りない奴らだ。
 
松桐刑事:ばかとはなんだーっ。逮捕するーっ!!
猪鹿刑事:逮捕する。
松桐刑事:ふざけたばばあだ。公衆の面前で国家権力をこけにしたらどういうことになるか思いしらせたるわ。こら、民間人。権力あもうみとっ     たら、一家心中せなあかんなるぞ。タコーっ。
猪鹿刑事:タコーっ。
松桐刑事:おい。
猪鹿刑事:はい。(と、逮捕しようとするが)な、なんだ。抵抗するか。
夢紡ぎ :このすっとこどっこい。
松桐刑事:なにーっ。
夢紡ぎ :(どーんと威厳をこめて)身分姓名を名乗れ。
猪鹿刑事:(押されて)はっ、管理局公安特捜二級刑事猪鹿牡丹であります。
夢紡ぎ :そちらは!
松桐刑事:同じく、一級(強調)刑事、松桐桜であります。おい。なんだーっ。(いきなり撃とうとする。)
 
        すかさず、夢紡ぎにのされる。ついでに猪鹿にものされる。
 
夢紡ぎ :公安は礼儀が肝心だよ。(と、鼻の先にひらひら。特大の桜の代紋)おい。よく見るんだよ。ぼけ。
松桐刑事:(いやいやをするが。突きつけられて)えっ。えっえーっ!!!これは失礼いたしました。ただ今のごぶれい平に平にお許しを。おい、     猪鹿!お前もだ!
猪鹿刑事:平に。平に。何で?
松桐刑事:こちらさまはおそれおおくも。
夢紡ぎ :管理局特捜特級(強調)刑事夢紡ぎのばばあこと、新城操。わかった、平刑事諸君。
猪鹿刑事:ひぇーっ、へへーっ。神様、氏神様、キリスト様、お釈迦様どうぞひらにひらにーっ。
夢紡ぎ :君たちに特命捜査を命ずる。心して聞くように。
両刑事 :へへーっ。
夢紡ぎ :鬼堂礼子の身柄を確保せよ。
松桐刑事:はっ。ただちに拘束に向かいます。おいっ。
猪鹿刑事:はい。
夢紡ぎ :お待ち。
松桐刑事:はっ?
夢紡ぎ :場所は?
松桐刑事:はっ、いえ。その。
夢紡ぎ :管理局だよ。それに拘束ではない。保護だ。
松桐刑事:しかし。
夢紡ぎ : 管理局特級(強調)刑事の命令である。
両刑事 :ははーっ。(と、平伏)
夢紡ぎ :たのんだぞ。
 
        夢紡ぎ去る。松桐、ほこりをはらってたちあがる。
 
松桐刑事:けっ。泣く子と権力には勝てねえか。
猪鹿刑事:なんで鬼堂礼子でしょうね。
松桐刑事:管理局爆破の犯人だろ。
猪鹿刑事:それだけですかね。
松桐刑事:東大出の頭はなんといってる。
猪鹿刑事:さっぱり。
松桐刑事:ふん。現場じゃ播磨屋大が強いんだよ。臭いぜこいつは。
猪鹿刑事:あ、やっぱりわかります?さっき、思わずね・・
松桐刑事:(いやーなかおをしているが)いくぜ。鬼堂礼子を確保する。
猪鹿刑事:保護するんですか。
松桐刑事:そいつは、でたとこ勝負だな。おい、なんだ。
猪鹿刑事:ホウホウ教ですよ。
 
        ホウホウ教たち。リズムが少し変調。
 
松桐刑事:今日はどうしたっていうんだ。四課の奴ら何やってんだ。
猪鹿刑事:管理局で手いっぱいでしょう。
松桐刑事:いつかのレプリほう起みたいにならなきゃいいが。
猪鹿刑事:まさか。オメガ因子はあれ以来ブロックされていますよ。
松桐刑事:誰かが解除したとしたら?
猪鹿刑事:まさか・・
松桐刑事:まさかな。(顔を見合わす)
猪鹿刑事:・・・いきましょう。
松桐刑事:・・・ああ。
 
        二人、去る。ホウホウ教たち、ハイになって行く。
 
ホウホウ教@:時は来た。
ホウホウ教:時は来た。
ホウホウ教@:黄昏の海に潮は満ちた。
ホウホウ教:潮は満ちた。
ホウホウ教@:ホウホウ。ホウホウ。
ホウホウ教:ホウホウ。ホウホウ。
ホウホウ教@:人はレプリ。レプリは人。白い黄昏の中、レプリの神は光臨する。
ホウホウ教:白い黄昏の中、レプリの神は光臨す。
ホウホウ教@:来るぞ。来るぞ。
ホウホウ教:来るぞ。来るぞ。
ホウホウ教@:行け、そして、きたれ。黄昏の中を!
ホウホウ教:黄昏の中を!
ホウホウ教@:ホウホウ。ホウホウ。
ホウホウ教:ホウホウ。ホウホウ。
 
        ホウホウ教、不気味さを増す。
 
X礼子彷徨
        
        爆発音。銃撃音。救急車。
        銃声が聞こえる。ホウホウ教たちにげる。礼子がかけ込んでくる。日傘の女の白い服に機銃を持っている。左足を撃たれている。        紅い靴。応急措置。あたりをうかがい。
 
礼  子:カイ!カイ!・・・はぐれたか。(ヘリコの音)しつこいな。・・・熱があるわ。傷が膿んできたか。(手当をしようとするが薬は失     われている)。我慢するか。(もたれ掛かる)もう少しよ。もう少しなんだから。・・・お父さん。待ってて。・・・だれ!。(さ         っと銃を構える)
風の星丸:風が吹けば星流れ、星がながれば夢を見る。僕は星丸。鬼百合だね。
礼  子:星丸。本当に。
風の星丸:そうさ。
礼  子:よかった。知りたいことがあるの。
風の星丸:おいきた、なんでも。おいら、星丸。サービス抜群。
礼  子:記憶を取り戻したいの。
風の星丸:おやすいご用。レプリ随一の夢紡ぎ。星丸さまにかかればちょちょいのちょいさ。でもね。
礼  子:でも、なに。
風の星丸:思い出してどうするの。
礼  子:わからない。けれど、思い出さなければ。
風の星丸:どうして。
礼  子:この音。
風の星丸:音がどうしたの。
礼  子:この音が私を苦しめる。
 
        世界のBGM。強くなる。星丸、合図。BGM低くなる。
 
礼  子:何をした。
風の星丸:何も。
礼  子:ずーっと、このおとに苦しめられてきたわ。夜毎よごとの浅い眠りの海の中でこの音の遥か彼方から聞こえてくる声がある。潮はひき、     潮はみつ。お前は死にそして生まれるだろう。
風の星丸:お前は死に、そして生まれるだろう。誰の声だい。
礼  子:父よ。記憶が封印されていると夢紡ぎのばばはいった。父が封印したのかも知れない。ならば、私は答を知りたい。
風の星丸:世界に音はあふれてる。記憶は戻しても音は消せないよ。
礼  子:そうとも限らない。
風の星丸:どうして。
礼  子:もう一つ記憶のなかで囁く声がある。父の声じゃないわ。こういうの。もっと静かに、もっと静かに。そうしてしずかな音を聞けと。     白い黄昏の海が広がり、私に囁く声がある。 
 
        スモークが広がり黄昏の海が広がる。
 
風の星丸:その白い黄昏の海のなか、高くそびえる白い城壁がある。
礼  子:その白い壁の中から私を呼ぶ声がする。
風の星丸:壁に一つの窓が開く。
礼  子:窓が開き一人の少女がこちらに歩いてくる。
 
        ゆっくりと日傘の女が通る。
 
風の星丸:白い日傘が陽に揺れる。
礼  子:一歩、二歩、ゆっくりと歩く紅い靴。
 
        BGM段々と高くなる。
 
風の星丸:くるくると回る白い日傘の輪廻の車。
礼  子:風に散らされ、花が散る。
 
        桜吹雪が吹く。吹雪のなかで日傘が回る。BGM高く。
 
風の星丸:桜吹雪が吹くなかで、白い日傘がくるくる回る。
礼  子:日傘が回れば光が回る。あれ、くるくると光が回る。
風の星丸:ひときわ風も強くなり、日傘はぱっと宙にまう。
礼  子:待って!
 
        光爆発。日傘が桜吹雪に舞う。女消失。
 
礼  子:違う。星丸!あれは何!
風の星丸:君の記憶。
礼  子:あんなのじゃない。子どもの時よ。
風の星丸:見せたいものをお見せする。それがおいらのモットーさ。あれは、まさしく、君の記憶!
礼  子:けれど。
風の星丸:ご不審ならばいってみな。管理局へ管理局へと草木もなびくよ。鬼百合。よく似合うよ。白い日傘と銀の笛
礼  子:えっ。
 
        星丸。消失。機銃音。サイレン。夢を見ていた。
 
礼  子:えっ。
天  使:鬼百合っと言っただけじゃ。くたびれとるなあ。おいおい、そう殺気だたんでもいい。カイはどうした。ははん。はぐれたな。それに     どうやら、手傷もおっとる。
礼  子:さわるな。
天  使:ほっほ。何もせんよ。ぐっすりねこんどるのを起こして悪かったな。じゃが、はよう手当をせんと命取りになるぞ。結構深手じゃ。そ     れにきれいなべべがだいなしじゃぞ。
礼  子:さわるな。痛くはない。それにいつもの服だ。
天  使:(目を細める)ほい。強情なお人じゃ。そうまでして思い出したいのかの。
礼  子:話を聞いたか。
天  使:聞きたくなくとも聞こえてくるのがよいどれ天使の悪いところじゃ。ちょうど飲みたくなくてもつい酒が口の中に飛び込んで来るみた     いにの。ほっほ。よいよい。訳はきかん。どれ、そこまで連れてってやろう。
礼  子:手助けは無用。
 
        立ち上がりかけてふらつく。思わず天使にしがみつく。
 
天  使:それ。人のいうことは聞くものだ。どれ。
礼  子:すまん。
天  使:なんの。人助けはいいもんだ。
礼  子:レプリハンターでも。
天  使:悪人なお持て往生す、況や善人をや。ふん。ちょっと教養があふれてしもうたの。レプリハンターだからこそじゃ。鬼百合君。
礼  子:その名は嫌いだ。
天  使:いいじゃないか。鬼でも蛇でも。我が道に悔いなしじゃよ。おかげで、わしはこんなざまだがな。(と一口)ぷーっ。さて、ゆこうか。
礼  子:はい。
 
        礼子、初めて支えてもらいながらいく。
        暗くなって行く。エイハブたちが浮かぶ。
 
エイハブ:どうだ。礼子は動いたか。
白  虎:どうやら、星丸と接触したもよう。
エイハブ:ほう。仕掛けた甲斐があったな。それで。
白  虎:詳しいことは何も。
エイハブ:馬鹿め。それではなんにもならぬではないか。弾手巣はどうした。
白  虎:地下室につながれています。
エイハブ:分かってる。生きてたか。
白  虎:大丈夫のようです。
エイハブ:爆発にも堪えたか。しぶとい奴だ。
青  龍:賭屋たちから報告が入りません。
エイハブ:いいさ。期待はしとらん。
青  龍:公安が管理局に向かいました。
エイハブ:好都合だな。奴らに処理してもらった方が手間が省ける。
白  虎:ホウホウ教の動きがおかしいと報告がありました。
エイハブ:気になるな。背後関係はつかめんか。
白  虎:今の所は。ただ、レプリほう起のようなことがあっては。
エイハブ:ふん。レプリほう起か。オメガ因子をブロックされた腰抜けどもでは無理な話さ。
白  虎:それでは。
エイハブ:探索は続けろ。俺は管理局へいく。青龍、お前も来い。どうやら、終幕は近いな。
白  虎:うまくいきますか。
エイハブ:さあな。やってみなくちゃわかるまい。おい。
青  龍:はっ。
 
        エイハブたち消える。
 
X記憶管理局
 
        スモークが一段と濃く、さまざまな色が交差する。こわれかけた管理装置がある。段手巣の声がする。
        記憶管理局。刑事松桐たち忍び込む。
 
松桐刑事:来るかな。
猪鹿刑事:来るかな。
松桐刑事:くるさ。
猪鹿刑事:来ますよね。
松桐刑事:ここらでまとうか。
猪鹿刑事:はい。
松桐刑事:おい。寒くねえか。
猪鹿刑事:いいえ。
松桐刑事:そうか。年かな。
猪鹿刑事:年ですよ。
松桐刑事:おい!
猪鹿刑事:引退したアイドルといえば。
松桐刑事:キャンディーズ。私たちとってもとっても幸せでしたー。今日から、普通の女の子に返りまーす。
猪鹿刑事:流行語といえば。
松桐刑事:がちょーん。
猪鹿刑事:ねっ。
松桐刑事:うん。・・・おい。
猪鹿刑事:しっ。
松桐刑事:なんだ。
猪鹿刑事:地下室ですよ。忘れてた。声聞こえません。
松桐刑事:聞こえる。あれは。
 
        管理局地下。弾手巣がいる。
 
弾手巣 :ダイナマイトが150トンか。暗いなあ。何もかも暗い。おっと、目がみえなきゃ、暗いのもあたりまえだ。
 
        管理局地下室。弾手巣がいる。松桐たち忍び寄る。
 
猪鹿刑事:あれがですか。
松桐刑事:そうだな。弾手巣だろ。おい、まて。
猪鹿刑事:えっ。
松桐刑事:待つんだ。その方がいい。
猪鹿刑事:はい。
松桐刑事:おい、扉あけとけよ。
猪鹿刑事:了解。あっ。
松桐刑事:どうした。
猪鹿刑事:だれかきます。
松桐刑事:隠れろ。
 
        二人、あたりにひそむ。
        賭屋たち入ってくる。囁き声で。
 
茶店の女:ねえ。ほんとにここなの。
賭  屋:たぶんな。
茶店の女:なんだか臭い。
賭  屋:機械の匂いだろ。
茶店の女:これでのうみそかきまわすのかしら。
賭  屋:ばか、迷信だよ。
茶店の女:何が面白いんだろ。こんなもの。
賭  屋:おい。むやみに手をふれるんじゃねえ。
茶店の女:いいじやない。けち。
賭  屋:そんな問題じゃない。
茶店の女:じゃ、どんな問題よ。
賭  屋:下手に動いたらあぶねえんだ。くだらねえこといってねえで、捜せよ。
茶店の女:どこを。
賭  屋:わかってたら苦労はしねえよ。
茶店の女:ばかっ!
賭  屋:ばかっ大声出すなって。
茶店の女:ばかっ。まぬけっ。大声だすわよ。どこ探すのも知らないできたの。あんたここにいたんでしょ。
賭  屋:十五年前の話だよ。様子がちがってら。
茶店の女:こんなひろいとこどうすんのよ。だいたい。
賭  屋:しーっ。
茶店の女:どうしたの。
賭  屋:地下室だっ。やっぱりまだあったんだな。
茶店の女:ええ?
賭  屋:ここだな。確か。
茶店の女:何があるの。
賭  屋:お宝にきまっとろうが。おい。根性入れるぜ。いいか。
茶店の女:よーし。ふあいと。おう。・・・気をつけてよ。くらいから。
賭  屋:大丈夫。こっちだ。
 
        賭屋たち、地下室へ。
 
賭  屋:誰かいるぞ。
茶店の女:誰かしら。礼子?
賭  屋:男だ。あの声は、聞き覚えがあるぞ。段手巣かな。
茶店の女:じゃ好都合だわ。行きましょう。
賭  屋:ちょっと待て。あそこから誰か来る。あれは・・・(気づく)隠れるぞ。
茶店の女:あ、待って。
 
        二人、隠れる。エイハブと青龍が別室から入ってくる。弾手巣、様子に気づく。
 
弾手巣 :誰だ。
エイハブ:俺だよ。
弾手巣 :めしいた目には姿は映らぬが、その声は。
エイハブ:エイハブさ。久しぶりだな。
弾手巣 :エイハブ・・あのエイハブか。
エイハブ:そのエイハブよ。
弾手巣 :帰れ。ここはお前のくるところではない。
エイハブ:いわれなくても帰るぜ。聞きたいことを聞いたらな。
弾手巣 :相変わらずのこわ談判。
エイハブ:そいつが俺の身上さ。弾手巣。十五年前を覚えているかい。
弾手巣 :忘れるはずがなかろう。
エイハブ:それは結構だな。
猪鹿刑事:なんと。エイハブですよ。
松桐刑事:うーん。
猪鹿刑事:十五年前ってなんでしょう。
松桐刑事:・・・どうもレプリのほう起のことだな。ひょっとすると。
猪鹿刑事:えっ。
松桐刑事:黙ってきいてろ。
弾手巣 :去れ。お前とはなす事などない。
エイハブ:それは話を聞いてから決めたらどうだ。
弾手巣 :何だと。
エイハブ:鬼百合、知ってるな。
弾手巣 :鬼百合?
エイハブ:礼子だよ。鬼堂礼子。
弾手巣 :・・・それがどうした。
エイハブ:どうもしないさ。会いに来るだけだよ。
弾手巣 :会う必要はない。
エイハブ:向こうは、会いたいってさ。そこで聞きたいことがある。
弾手巣 :話すことはない。
エイハブ:一つだけ聞く。管理局局長、いや、もと局長か。礼子はなぜああまで生命の音を探してる。
弾手巣 :話すことはない。
茶店の女:エイハブとどういう関係なの。
賭  屋:すぐわかるさ。
エイハブ:相変わらず、強情だな。答えろ。
弾手巣 :しらんな。第一礼子とは誰のことだ。しらんもののことなど教えようもない。
エイハブ:どこまでもしらをきるか。そちらがそうでりゃしかたがない。おい。
青  龍:はっ。
 
        青龍、テスターを出す。
 
弾手巣 :何をする。
エイハブ:何、ちょいと、正直になってもらうだけさ。
猪鹿刑事:あれは、強制自白機では。
松桐刑事:そうらしいな。
猪鹿刑事:そうらしいなって。あいつらあんなもんまで。けしからん。国家権力の目の前で非合法の所行とは。
松桐刑事:いいんじゃない。
猪鹿刑事:ええっ。
松桐刑事:話がすすむさ。
猪鹿刑事:そんな。
 
        その間に、弾手巣にとりつけられる。
 
エイハブ:さあ、正直に答えろ。鬼堂礼子はなぜ生命の音を探す。
弾手巣 :それは・・・
エイハブ:答えろ!おい!
 
        青龍、目盛りをあげる。
 
エイハブ:こたえろ。
 
        弾手巣、苦しげだが、答えない。
 
エイハブ:しぶてえ奴だ。上げろ。
青  龍:危険です。
エイハブ:かまわねえよ。あげろ。
青  龍:はっ。
猪鹿刑事:死んじゃいますよ。
松桐刑事:待てよ。
 
        弾手巣、苦しみながら答える。
 
弾手巣 :・・・夢は。
エイハブ:なんだ。
弾手巣 :・・・夢は見ることだ。ひっそりと見るがいい。何が生まれようと、お前の人生がそこにある。
茶店の女:なにか変なこと言ってるよ。
賭  屋:しっ。
弾手巣 :世界の音のその果てに生命の音が聞こえるだろう。白い黄昏の海の中ゆっくりと響きわたる音がある。お前はそこで初めて本当の音を     聞くのだ。けれど、お前はその前に音の果ての果て、静かな音を聞かねばならぬ。
猪鹿刑事:静かな音?
松桐刑事:十分に静かだがな。
弾手巣 :夢の前の夢。音の前の音。音の始まる前の音を聞くのだ。お前の笛を吹け。そうすれば、お前は世界を知るだろう。潮はひき、潮は満     ち、お前は死にそして生まれるだろう。
茶店の女:なんだか文学的ね。
賭  屋:予言てのはそんなものさ。。
エイハブ:たわごとを。おい、十五年前のレプリほう起のとき鬼堂礼子はどうした。
弾手巣 :・・・
エイハブ:覚えているはずだ。何があった。おい。大丈夫だ。これぐらいでくたばる玉じゃない。上げろ!
 
        青龍、目盛りを更に挙げる。
 
弾手巣 :・・レプリがくる。礼子を遠ざけろ。記憶を封印するのだ。
エイハブ:やはりあいつがあの時の。
松桐刑事:まさか。
猪鹿刑事:なんです。
松桐刑事:鬼堂礼子はひょっとすると。
エイハブ:なぜ礼子の記憶を封印した。
弾手巣 :・・・・
エイハブ:言え!
弾手巣 :・・レプリ。
エイハブ:レプリがどうした。
弾手巣 :礼子は完全体だ。
松桐刑事:そうか。完全体か。
猪鹿刑事:何です。
松桐刑事:(答えず)よし、行くぞ。もう充分だ。
猪鹿刑事:やりますか。
松桐刑事:記憶管理法違反。無期懲役の重罪だ。いくぞ。
 
        パンパンパンと威嚇射撃。伏せるエイハブたち。
 
松桐刑事:ようし、もらった。おとなしくしろ。みんな動くんじゃねえ。そうだ。いいこだ。そまままおとなしく出てこい。
猪鹿刑事:動くんじゃねえ。そこもだ。でてこい。
 
        一同、ぞろぞろ出てくる。
 
松桐刑事:おい。
猪鹿刑事:はい。
茶店の女:なによ。私なんにもしてないわよ。
松桐刑事:うるさい。記憶管理法違反、並びに凶器準備集合罪で逮捕する。
茶店の女:えーっ。冗談じゃないわ。どこに凶器があるの。
猪鹿刑事:ここだよ。ここ。(と頭をさす。)
茶店の女:ふざけんじやないよ。
松桐刑事:おっとそこまで。撃たれたくなかったら、すっこんでな。おぎょうぎよくね。ほう。けちな小悪党たちにそちらはレプリハンターの元     締めか。おっと、そのまま。そのまま。ボディーガードはおっかないからねえ。
 
        青龍、動きをやめる。
 
茶店の女:なによ。けちなでかじやない。
猪鹿刑事:一級刑事。
茶店の女:おんなじようなものよ。
松桐刑事:さーっ。話してもらおうか。
エイハブ:何も話すことはありませんよ。私たちは楽しくおしゃべりしてたところで。なあ。
賭  屋:そうですよ。
松桐刑事:自白マシン使ってか。何を話してんだか。どうやら、おいしそうな話じゃないか。ええ。
エイハブ:さあて、なんのことだか。
松桐刑事:とぼけなさんな。話によってはさあ、相談に乗ってもいいんだぜ。
猪鹿刑事:先輩!
松桐刑事:うるせえ。黙ってろ。
猪鹿刑事:けど。
松桐刑事:けっ。へっへつへっへっへ。笑わせるよ。一級刑事がさ。なんぼのもんかね。いやなんだよう。もうさあ。あきちゃったんだから。ね     っ。猪鹿刑事。
猪鹿刑事:先輩。
松桐刑事:先輩。先輩ってもういいよ。おいら一抜けるぜ。黙ってろ。で、どうなの。エイハブちゃん。こちらの弾手巣の旦那はさ。なにいっと     んの。鬼堂礼子がどうしたって。
賭  屋:信用しちゃだめだぜ。
松桐刑事:ほう。あんたは信用していいんかい。十五年前なにやったか知ってるぜ。だてにデカやってんじやねえんだよ。なあ、エイハブさん。
賭  屋:・・・
松桐刑事:それとも、臭い飯食いたいってのかい?
エイハブ:わかった。・・鬼堂礼子はレプリだ。
茶店の女:うそ。
松桐刑事:それで。
エイハブ:段手巣の作った完全体のレプリだ。人間とかわらん。殺すことができる。立派な戦士だ。こいつは金になる。
松桐刑事:だから、十五年前鬼堂礼子の家を襲ったんだな。
エイハブ:そこまで調べてたのか。だが、やったのは弾手巣の助手してたこいつさ。
茶店の女:あんた!
賭  屋:分かったよ。十五年前こいつとつるんで弾手巣に一泡吹かせたのさ。
猪鹿刑事:けちな小悪党のやりそうなことだ。
賭  屋:小悪党で悪かったな。けど俺がさらったのは礼子じゃねえ。もう一人の片われだ。
松桐刑事:もう一人いたのか。どうしたそいつは。
賭  屋:どさくさ紛れに見失ったよ。なんせ、レプリほう起の真っ最中だからな。こちらだって生命が惜しいさ。
猪鹿刑事:それ以後とんずらこいたって訳か。
 
        賭屋、肩をすくめる。
 
松桐刑事:礼子はどうした。
賭  屋:礼子も消えた。現れたときはレプリハンターだ。
猪鹿刑事:へんですね。
松桐刑事:何が。
猪鹿刑事:なぜ礼子はレプリを殺せるんです。おかしいですよ。レプリは人を殺せない。
松桐刑事:きいたろ。完全体さ。オメガ因子は封印されないんだ。むしろ、人間より始末が悪いかもしれん。レプリは涙をながさんからな。
猪鹿刑事:鬼の目に涙といいますがね。
松桐刑事:おとぎ話は子どもの世界だけだよ。
猪鹿刑事:するとレプリがレプリハンターですか?んな、馬鹿な。
礼  子:馬鹿で悪かったわね。
一  同:鬼百合!
 
        鬼堂礼子。戦闘服。右足に負傷している。冷然として一同を見る。
 
礼  子:面白い話を聞かせてもらったわ。エイハブさん。
エイハブ:俺のせいじゃねえ。
礼  子:悪党はみなそういうのよ。
猪鹿刑事:動くな。
 
        礼子、いながら、機銃掃射。ひれ伏す一同。
 
猪鹿刑事:待て、話せばわかる。
礼  子:問答無用。エイハブには後できっちりおとしまえつけてもらうよ。けれど、まず弾手巣に用があるわ。どきなさい!
 
        一同、後じさり。道を開ける。弾手巣の前。
 
弾手巣 :誰だ。私の名を呼ぶのは。
礼  子:鬼堂礼子。
弾手巣 :礼子か。
礼  子:生命の音はどこにあるの。
弾手巣 :よしたほうがいい。知らぬことが幸せなこともある。
礼  子:無知の幸福より知る悲しみを選ぶ。それが鬼百合よ。
弾手巣 :・・・・
礼  子:私は知りたいの。
弾手巣 :笛を吹け。
礼  子:笛?
弾手巣 :父が最後に渡したであろうが。銀の笛だ。
礼  子:これね。
弾手巣 :吹いてはならぬその笛を吹け。
礼  子:・・・吹くわ。
 
        礼子吹こうとする。
 
松桐刑事:まて。なぜ、生命の音を探す。レプリには必要なかろう。
礼  子:私は人間よ。
猪鹿刑事:認識番号は。
松桐刑事:番号だ
礼  子:JX−3339669それがどうしたの。。
猪鹿刑事:違うね。
松桐刑事:違うぞ。
礼  子:違わない。
猪鹿刑事:記憶喪失を装うか。
礼  子:なんのこと。
松桐刑事:教えてやれよ。
猪鹿刑事:教えてあげよう。君の認識番号は正確にはJX3339669R。
松桐刑事:大文字だぜ。Rは。
猪鹿刑事:そう。大文字。
松桐刑事:レプリカントのR。
礼  子:私じゃない。
松桐刑事:みんなそういうよ。
猪鹿刑事:あんたは、レプリだ。まちがいない。
松桐刑事:まだわからんのか。ネタあがってんだよ。あんたはレプリの完全体。弾手巣の創ったオメガ因子を持つ芸術品の殺し屋さ!
 
        突然、機銃音。一同わっと臥せる。カイだ。
 
カ  イ:動かないで!
茶店の女:何回、こんなことしてんのかしら。
賭  屋:ズボンぼろぼろだぜ。
茶店の女:あたしなんかスカートつんつるてんよ。
カ  イ:黙って!鬼百合!
礼  子:きっちり、いい、タイミングだわ。
カ  イ:どうやら、間に合ったようだね。
礼  子:そういうこと。(笛を取り出す)
松桐刑事:止せ。
礼  子:黙って。私がレプリであろうがどうだろうが関係ない。私は知りたいの。止めると撃つ!
 
        礼子、鋭く高く笛を吹く。共鳴が始まる。世界のBGM高くなり、そうして、突然に静寂がやってくる。
        一同、何がおこったかよくわからない。静まり返り、やがて音のない不安に襲われる。
 
カ  イ:耳が痛いよ。
松桐刑事:なんだ。これは?ええ。おい。どうした。
猪鹿刑事:音がしません。
松桐刑事:馬鹿!分かってるよ。
礼  子:静寂だわ。本当に何も聞こえない。静かな世界。これが本当の静寂。
エイハブ:生命の音は?
茶店の女:耳なりじゃない。
賭  屋:奇妙な感じだな。なんだか、生きてる気がしない。
カ  イ:何が起こるの。
弾手巣 :お前は、扉を開けたのだ。
カ  イ:えっ。
礼  子:扉を。
弾手巣 :白い黄昏の海が広がる。やがて潮が満ちてくる。すべては死に、そして生まれるだろう。
茶店の女:気味悪いわ。狂ったんじゃない。
賭  屋:そんなたまじゃないぜ。
エイハブ:生命の音など聞こえやしないぞ。弾手巣!生命の音はどうした。
弾手巣 :聞こえるだろう。
エイハブ:聞こえない!
弾手巣 :そうか。聞こえんのか。
 
        弾手巣、笑い出す。
 
茶店の女:頭にきちゃったみたいね。
松桐刑事:お前聞こえるか?
猪鹿刑事:聞こえません。
松桐刑事:やっぱりな。
弾手巣 :やがて聞こえる。すべては滅び、すべては生まれる。
エイハブ:黙れ!たわごとをいうな。
 
        弾手巣、更に笑う。エイハブ、怒りで駆け寄ろうとする。
 
Yレプリの日は来たれり
 
        突然、爆発音連続。あたりが揺れる。機銃音と爆発音が交差する。悲鳴と叫び。伏せる人々。一人驚かない礼子。
        白虎、走り込む。
 
白  虎:船長。船長!
エイハブ:どうした。
白  虎:ホウホウ教が。ほう起しました。
松桐刑事:ほう。
猪鹿刑事:ほう。
松桐刑事:ばかっ。えれえこった。おい。ドア固めろ。
猪鹿刑事:はいっ。
 
        猪鹿刑事すっ飛んで行く。
 
松桐刑事:みなさん。落ち着いて下さい。ここは安全です。
茶店の女:当たり前でしょ。管理局だもの。ねえ。
賭  屋:そうとも。
松桐刑事:(きっとにらみ)あまーい!君たちは非常にあまーい!なんだとおもっとるんだこの事態を。ええーっ。
賭  屋:だから、暴動でしょ。公安が出りゃすぐおさまるって。な。
茶店の女:ええ。でしょ。(猪鹿に)
猪鹿刑事:えっ、ええ。きっと。まあ。たぶん。できれば。
松桐刑事:ばかーっ。そんな問題ではない。不肖わたくし松桐桜。公安一級刑事として探索に探索を重ねました結果、今回のホウホウ教反乱事件     に対して鋭い予測に基づいてはっはっは。頑張ってきました。
猪鹿刑事:あれ、刑事やめるんじゃないですか。
松桐刑事:あれは、方便だ。
猪鹿刑事:ほんとに。
松桐刑事:ほんと。
猪鹿刑事:うそつくと、つねつねしちゃう。
松桐刑事:インディアン嘘つかない。ホウホウ。
猪鹿刑事:えっ?
松桐刑事:えっ?
エイハブ:どうするんだ。
松桐刑事:えっ、ですから。防備を固め、全員協力一致して断固助けを待ちましょ。ねっ。ねっ。そうしましょ。
茶店の女:そんなところだと思ったわ。
賭  屋:助けはくるのかい。
松桐刑事:やかましい。お前らのようなゴキブリどもにもはや来る助けはないのだ。おとなしく観念してとっととしんじまえ。
茶店の女:んまー。あんた何かいってよ。
賭  屋:ようし。やい、このへなちょこ刑事。
松桐:な、なんだと。(と、銃を出す。)
賭  屋:おっ、やろうってのか。上等じゃねえか。やってもらうじゃねえの。えっ、ご立派な一級刑事がいたいけな無実の市民をえーっ、鉄砲     で撃ちましたってねー。おら、おら、おら!
松桐刑事:うぬぬー。どこが無実の市民だ。この悪党め!
 
        銃撃音。皆、こしぬかすわ、ひれふすわもうおおさわぎ。礼子が撃ったのだ。
 
礼  子:茶番はいいわ。どうやってまもるかよ。
茶店の女:まあ、レプリの殺し屋の癖に。
 
        礼子の一にらみに隠れる。
 
礼  子:猪鹿刑事さん。連絡はついたの。
猪鹿刑事:はっ。ええと。あ、こわれてて・・・
松桐刑事:ぼけーっ。東大出はこれだからやくたたねえんだ。ったく。
猪鹿刑事:すみません。
礼  子:どうやら、孤立したわね。エイハブ、話は後。ここは一時休戦よ。
エイハブ:ふん。よかろう。白虎。
白  虎:はっ。
エイハブ:詳しくはなせ。
白  虎:はい。船長たちが出発されて一時間後ぐらいに突然一斉ほう起が始まりました。今までに管理局本部、公安本部、レプリ管理センター     が襲撃されました。ホウホウ教だけでなく一般のレプリたちも加わっています。
エイハブ:こちらへきそうか。
白  虎:はい。およそ、200の武装したホウホウ教を確認しました。(ごほっと咳をし、体が揺れる)
エイハブ:大丈夫か。
白  虎:はい。
エイハブ:なぜ、レプリがほう起する。十五年前の時以来オメガ因子は除去していたはずだ。
白  虎:わかりません、しかし、指揮しているものが。
エイハブ:誰だ。
白  虎:夢紡ぎのばばです。
エイハブ:なに!
賭け屋 :夢紡ぎの婆!
猪鹿刑事:新城操!
松桐刑事:特級刑事!
エイハブ:なぜだ。
白  虎:どうやら、数年前からひそかにホウホウ教に寝返っていてもよう。不覚です。(ごほっ)
エイハブ:あいつが解除したのか。・・・おい、お前。やられているな。
白  虎:少し、不覚で。
エイハブ:おい。
 
        白虎、血を吐き、死ぬ。一同慄然とする。
 
礼  子:どうやら夢紡ぎの婆は本気ね。
エイハブ:そうだな。青龍、白虎を。
 
        青龍、白虎を別室へ運ぶ。
 
茶店の女:いやだ。いやだよ。こんなこと、いやだよ。なぜしなななきゃいけないのさ。ねえ、嘘だろ。ねえ、嘘といってよ。
賭  屋:だまらねえか。
茶店の女:いやだよ。あんたのせいだよ。儲け話だなんだっていうから、ここまでついてきたのに。あたし、帰るわよ。ホウホウ教、あたしなん     にもしてないもの。危害加えられるはずないわ。いやよ。ねえ、帰りましょ。
賭  屋:帰れねえよ。
茶店の女:なによ、いくじなし。
 
        女、出口へ。
 
茶店の女:どいてよ。帰るんだから。
猪鹿刑事:しかし。
松桐刑事:いじゃねえか。帰れるものなら帰って見りゃいいんだ。
茶店の女:帰るわよ。あんたは・・・
賭  屋:あ、ああ。
茶店の女:にえきらにないわね。どいて!
 
        猪鹿気押されてどく。おんな、でていく。外へでる。
 
賭  屋:おい、まてよ。
 
        と、出口まで行くが躊躇する。
 
茶店の女:馬鹿みたい。ねえ、あんたたちもでてきなさいよお。誰もいやしないじゃない。ばかばかしい。あんた。
賭  屋:あ、ああ。
 
        とつぜん、機銃音、悲鳴。
 
賭  屋:畜生!どけーっ。
 
        猪鹿をはねのけて外へ飛び出す、再び機銃音と爆発音。
 
松桐刑事:ばかなやつらだ・・・。きっちり閉めとけよ。それにしても特捜刑事がホウホウ教とはね。はーっ。どうした。
猪鹿刑事:変ですよ。
松桐刑事:弾手巣か。おい。どうした。いけね。心臓止まってるよ。
カ  イ:お父さん!お父さん。
松桐刑事:もう遅い。
 
        別室で爆発。揺れる。
 
エイハブ:どうした。
礼  子:あちらに入り口があったの?!
猪鹿刑事:多分。
松桐刑事:オーマイガッド!
礼  子:そこ塞いで。
 
        一同、別室出口をバリケードで塞ぐ。完全に閉じこめられた。
        爆発、砲撃音続く。
 
エイハブ:くそ。何が何やら。
礼  子:自業自得ね。
エイハブ:まだまだまけんぞ。真実知るまではな。
礼  子:まだ何かあるっていうの。
エイハブ:そうさ。取っておきの秘密って奴があるはずだ。
礼  子:この非常時に元気のいいこと。
エイハブ:元手がかかってるんだ。あきらめられるか。
 
        爆発音。
 
エイハブ:おっと。ドアが破られそうだ。
礼  子:なにするの。
エイハブ:修理さ。
礼  子:危ないわ。
エイハブ:なれてるよ。始めてだな。
礼  子:なにが。
エイハブ:鬼百合の優しいことばさ。
礼  子:話が残ってるでしょ。
エイハブ:そうだな。・・鬼堂の。
礼  子:なに?
エイハブ:・・いや。何でもない。
 
        エイハブ、いきかける。
 
カ  イ:僕も行くよ。
エイハブ:合図をしたら投げろよ。
カ  イ:いいよ。
 
        エイハブ、修理に行く。うまく行きそうに見えて、サインを出したとき。銃撃。エイハブ死ぬ。カイも負傷した。
 
礼  子:カイ!
カ  イ:はい。
礼  子:大丈夫?
カ  イ:もちろん。
礼  子:見せて。
 
        見る。致命傷。こらえて、手当をする。
 
礼  子:痛い。
カ  イ:少しね。
礼  子:離れないで。いい。
カ  イ:はい。・・エイハブは。
礼  子:とうとう話をききそこなったようね。
松桐刑事:おい。
猪鹿刑事:は?
松桐刑事:世話んなったな。
猪鹿刑事:何いってんです。
松桐刑事:いやな。少しな。
猪鹿刑事:いやですよ。今にも死にそうなこと言って。
松桐刑事:へへっ。ま。なんだ。いいじゃねえか。へっ。畜生。
 
        松桐照れくさそうに、笑う。機銃音。銃弾が飛び込んでくる。松桐撃たれて死ぬ。
 
猪鹿刑事:先輩。先輩!先輩!畜生。よくも。よくも。
 
        猪鹿刑事。凛然とたつ。銃撃の音する。
 
猪鹿刑事:記憶管理局公安一級刑事松桐桜に対して捧げつつ!先輩。やりますよ。東大出てますから。現場にだって強いです。記憶管理保安局二     級刑事猪鹿牡丹行きまーす。
 
        猪鹿刑事、ゆっくりと銃を持ち、撃ちながら行く。銃撃される。揺れるが一歩一歩撃ちながら歩く。さらに着弾する。出口まで        後一歩の所で、倒れかかる。
 
猪鹿刑事:先輩。すみません。失敗しました。
 
        最後の銃弾が貫く。猪鹿死ぬ。
        少し静かになる。
 
カ  イ:みんな死んだね。
礼  子:そうね。
カ  イ:僕も死ぬかな。
礼  子:死にはしないわ。
カ  イ:なぜ、殺すの。
礼  子:ホウホウ教?
カ  イ:レプリが人を殺してる。
礼  子:私もレプリよ。
カ  イ:知ってたの。
礼  子:疑ってたわ。・・・カイだわね。もう一人の完全体。
カ  イ:・・・多分ね。
礼  子:ひょっとしたら姉弟ね。
カ  イ:にてないけどね。眠いな。
礼  子:寝てはダメ。レプリを解放するんじゃないの。
カ  イ:うん。でも、・・・・鬼百合、すこし・・・眠るよ。
 
        カイ、死ぬ。
 
礼  子:カイ。・・カイ。・・・鬼百合だって涙を流すのよ。
 
        礼子そっと、横たえてやる。
        星丸がいつの間にかいる。
 
礼  子:遅いのね。
風の星丸:人は誰も記憶の海を持つ。ぼんやりとした大きく広い黄昏の海だ。ゆったりと包んでくれる羊水の海のようにどこまでも広がる黄昏の     海だ。その海原の底から深く大きくゆったりと響く音がある。
礼  子:夢はもういいわ。
風の星丸:君は扉を開いた。もう誰にもとめられない。
礼  子:わかった。私は、レプリ。人間と同じオメガ因子をもつ完全体。だから殺す。分かったでしょ。ただの人殺しよ。もう十分。
風の星丸:まだだよ。鬼百合。ほら。
 
        どこからかゆっくりとかすかな鼓動音が聞こえてくる。母の胎内で聞く懐かしい音だ。
 
風の星丸:生命の音が始まった。
礼  子:これが?
風の星丸:そう、これが。そして、終わりの音だ。静かだろ。
礼  子:終わり?
風の星丸:いつも記憶の底にあの音がある。あの音はゆっくりと、ゆっくりとお前を作る。生命が芽生えてから・・日。ゆっくり、ゆっくり人の     生命を作る。
礼  子:だから。
風の星丸:気がついていいころだ。鬼堂礼子。君は、レプリではない。
礼  子:わたしは、レプリよ。
風の星丸:星ながれて、夢を見る。もう、おわりにしよう。
礼  子:そうね。疲れたわ。
 
        砲撃の音、揺れる。
 
風の星丸:おっと。夢つむぎが頑張ってるね。
礼  子:どうして、夢つむぎが。
風の星丸:誰だって夢を紡ぐのさ。笛を吹いたかい。鬼百合。
礼  子:ええ。
風の星丸:これが君の夢か。
礼  子:違うわ。夢のはずがない。
風の星丸:だとしたら、なんだろう。
礼  子:・・・・
風の星丸:もう一度吹いてご覧。静かな音がきっと聞こえてくるはずだよ。
礼  子:・・・あなたの夢はなに。
風の星丸:風が吹けば星流れ、星がながれば夢を見る。鬼百合、白い日傘似合ってるよ。
礼  子:えっ?
風の星丸:おいらの夢さ!
 
        星丸消える。機銃音よみがえる。砲撃音も激しい。ホウホウ教徒たちフランス革命の自由の女神のように指揮する夢紡ぎのもと、        管理局へ突入してくる。スローモーション。スモークが濃くなってくる。ゆっくりと礼子立ち上がる。
 
礼  子:ドアが破られるのももうすぐね。私がレプリかレプリでないか、どうでもいい。でも私は私の真実を知りたい。
 
        カイの声が聞こえる。
 
カ  イ:死ぬかも知れないよ。
礼  子:本当のことを知らずに死ぬよりは、知って死にたいわ。
カ  イ:強いんだね。
礼  子:いいえ。臆病なレプリハンターよ。いくわよ。カイ。
 
        礼子機銃を構え、笛を高く吹く。同時に、ホウホウ教に対して発砲。共鳴音とともに生命の音が静かに聞こえ始める。重なって、        白い黄昏の海が本当に開く。スローモーション。
        夢を見ている。ホウホウ教たち礼子を囲む人影となってゆく。
        激しい銃撃。礼子撃たれる。ゆっくりと崩れおれる。音が途絶える。本当に初めての静寂。
        天使がどこからともなく、現れる。
 
天  使:カイ!カイ!いないか。鬼百合!・・・みんないっちまった。後に残るは年寄りだけか。(と一口飲む。)酒は生命のガソリンだ。・        はっ、うまくねえな。(と、投げる。ふらふらと去る。)後ろ姿のしぐれて行くか。へん。山頭火もいいもんだ。鬼百合。あば        よ!(と、聞こえる)
 
        天使、ゆらゆらと去る。
 
Zこの白い黄昏のなかで
 
        再びスモークが湧き出す。礼子横たわっている。病室である。本当の現実が戻ってくる。死んでいた、登場人物三々五々そここ        こに集まって病院風景。懸命に介護している医師たち。
        刑事が歩いている。
 
刑事@ :ガイシャは鬼堂礼子。青葉学園2年。17才。脳死状態です。
刑事A :うん。
刑事@ :ひき逃げ車両は不明。目撃者はありません。
刑事A :遺留品は?
刑事@ :現場わきのみぞに、白い日傘が落ちていました。
刑事A :白い日傘。今時珍しいな。ガイシャのか。
刑事@ :多分。・・。あ、それと、これも。
刑事A :なんだ。銀色の・・笛かな?(吹いてみる)
刑事@ :いい音ですね。
刑事A :ガイシャにはもう聞こえないよ。
刑事@ :そうですね。(ため息をつく)
刑事A :両親にあったか。
刑事@ :はい、聞き取りはまだですが。
刑事A :分かった。地獄だな。
刑事@ :え。
刑事A :生き残ったものも、死に行くものも。
刑事@ :はあ。
 
        刑事達の靴音遠ざかる。
 
  母 :先生!礼子は。礼子は!
医  師:最善を尽くしています。が、・・・万一。
母   :うそです。礼子は。礼子は・・・
  父 :お前・・・
看護婦 :先生!
 
        礼子をのぞき込む医師。瞳孔、心拍、呼吸を確かめる。
 
医  師:お気の毒ですが・・・
 
        一礼する医師。看護婦。泣き崩れる母。支える父。ストップモーション。
 
礼  子:お父さん。私はここにいるわ。ねえ。聞こえないの。夢じゃないの。ねえ。暗くなってきた。聞こえないの。お父さん。お母さん。
 
        黄昏が濃くなってゆく中、ゆっくりと鼓動が戻る。礼子の声が聞こえる。
 
礼  子:白く霧がかかり、けれどあたりにぼんやりとした黄色い光あふれる中、私は初めてその音を聞いた。深くどこまでも暗い地の底から身     体に響く音だ。どくん、どくん、どくん、どくん。身体全体にしみ通ってゆく。ここちよい、充分に心地よい音が私を包む。ああ、生     命の音だ。私を創る生命の音が聞こえる。ぼんやりと広がる黄昏のこの光の中で私はぼんやりと思う。これが夢ならば、できるならば、     この白い黄昏の中でひっそりと、そうひっそりと・・・・
 
        段々と胎児のように丸くなる。鼓動音大きくなる。人々礼子を包むように集まってゆく。
        周りを包むように黄色い光があふれ、そうして鼓動音が高まる中、礼子は再び光臨する。日傘の女がゆっくりと横切って行く。
 
                                                          【 幕 】  


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