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「私を月までつれてって」
作 結城 翼
 
☆登場人物
恭介・・・・・・・・・・
イオ・・・・・・・・・・
赤城・・・・・・・・・・
伴響子(回収屋)・・・・
権堂  ・・・・・・・・
財前静香(逃がし屋)・・(男でも女でもいい)
解体屋・・・・・・・・・(男でも女でもいい)
安達 芳野・・・・・・・
島崎(刑事)・・・・・・
松島(刑事)・・・・・・(男でも女でもいい)
事務所の男・・・・・・・(王とかねていい)
女1・・・・・・・・・・
王(ワン)・・・・・・・
移植された臓器を追跡する女・・(女1とかねていい)
 
 
 
T プロローグ
 
        懐かしい「私を月まで連れてって」が、ものうく流れる。
        斜めから差し込む黄色い光に煙る事務所らしい部屋。
        男と女がいる。
 
男  :というと何。君は命を売ってでもお金がほしい・・・
女  :・・・。
男  :目や腎臓程度ならわからんでもないけど。・・・心臓だよ。心臓。死んでしまったらもとも子もないでしょうが。え。
女  :・・・。
男  :それとも・・これは新しい自殺の手段という訳?
女  :いいえ。
男  :おかしいねえ。
女  :そうでしょうか。
男  :おかしいとも。あんたのような若い人がこれから先いくらでもあるはずのすばらしい人生を・・・えっ。
女  :けしてくれません。
男  :なんだって。
女  :その曲。きらいなんです。
男  :えっ。ああ、これね。きらいかね。私はすきだけど。ま、ひとそれぞれだし・・・。
女  :おねがいします。
 
        男、立ってスイッチを切る。曲止む。男、そこらを歩く。
 
男  :悪いことはいわない。考え直した方がいい。それに審査は通らないよ。
女  :ルートがあるってききました。
男  :ほう。誰に?
女  :・・・
男  :仮にあるとして。・・どうして心臓なの。
女  :お金がいるんです。
男  :肝臓なんかもいい金になるよ。
女  :とてもたりません。
男  :そんなにお金握ってどうするの。生きていてこそのお金だろう。
女  :静かな場所がいるんです。
男  :静かな場所?
女  :土地を買うんです。
男  :家を建てるならますます命があればさ。
女  :家なんて建てません。
男  :なら、何で買うの。
女  :・・・
男  :まっ、それはおたくの勝手か。・・くどいようだけれど考え直すつもりはない?
女  :じゃ結構です。
 
        女、立ち上がる。
 
男  :あ、待って。・・はーっ。せっかちな人だ。ダメとは言ってないだろう。しかたない。ほら、これがそうだよ。
 
        カードを出す。女、受け取る。
 
女  :では、これで。
男  :手続きに一週間ほどかかるんでね。正式にはその時に。
女  :ありがとうございました。
 
        女、立ち去ろうとする。
 
男  :あ、そちらは違うよ。
 
        女の目が見えないことが明らかになる。男、介添えをしてやる。女去る。
 
男  :目の次はハートか。目は心の窓ってか。わからんなあ。自分の心臓うっちまったら終わりじゃないか。今時の若いものはなに考えてんだか・・・
 
振り返って。
 
男  :はい、次の人!
 
V 面接
 
        ベッドが浮かび上がる。若い男が寝ている。「私を月までつれてって」がふたたび流れている。
        赤城がせかせかと入ってくる。
 
赤城 :ぼつぼつ始めますか。
恭介 :そうだね。
赤城 :調子は?
恭介 :まあまあさ。ぼろ心臓の割にはね。
赤城 :じきに新鮮な奴が入りますよ。
恭介 :だといいけど。
赤城 :三人来てます。
恭介 :そんなに。
赤城 :ま、命に換えてもお金がほしいという奴らですから。
恭介 :いのちには換えられないだろ。
赤城 :話の持っていきようですよ。
恭介 :まさかね。
赤城 :見てなさいって。よびますよ。
恭介 :いいよ。
 
        赤城、人を呼ぶ。
        女1入ってくる。
 
女1 :ここですか。(と、恭介がいることに不審げ)
赤城 :ああ。すわって。(説明はない)
女1 :はい。
 
        沈黙の時間、赤城書類を見ている。恭介は無表情。女1おちつきがない。
 
女1 :あのー。
赤城 :なんだい。
女1 :やっぱりやめます。
赤城 :ほー。・・・いいですよ。
女1 :すみません。
 
        女1立ち上がる。行こうとするところへ。
 
赤城 :借金は返せるんでしょうね。
女1 :えっ。
赤城 :いえね。うちらも慈善事業遣ってるわけじゃないから。
女1 :でも、わたしお宅には借りてません。
赤城 :ああ、これはすまない。言い方が悪かったね。いやね、うちが肩代わりしたんですよ。ええ。たしか、弟さんが病気の時だったね。
女1 :でも。
赤城 :まあね、ぼつぼつでいいんです。ぼつぼつで。ただね、このままだと利子がさ。ちょっと辛いんじゃないの。このままじゃ。期限はと・・・(書類を調べる。白々しげに)ああ、これはいけない。一週間もないんだ。・・・で、どうするんです。
 
        女1、椅子に座る。
 
女1 :お話をうかがいます。
赤城 :結構。・・話は簡単です。あなたの希望をうかがいたい。
女1 :・・・目を、・・目をお願いします。
赤城 :ほう。目ですか。・・・失礼だが今時目ぐらいじゃ大したことはできませんよ。それに、・・記録では左目は既に売ってますね。それじゃセンサーに頼るしかなくなるよ。どうだい、肝臓か腎臓ぐらい。
女1 :目でお願いします。
赤城 :ま、あなたの自由意志ですから。・・・借金大丈夫ですかね。・・ま、こちらはいいんですが・・
女1 :・・肝臓だとどうなります?
赤城 :・・ま、・・借金は多少残るが払えない金額じゃないし、それに・・目もつければ楽にはなるでしょう。・・こうですが・・
 
        赤城、女1にメモを渡す。女1メモをじっと見る。深いため息。
 
女1 :これでお願いします。
赤城 :目もつけてね。
女1 :・・目もつけて。
赤城 :ではここへサインを。・・そう、はい。正式書類は明日届けます。出頭日までは規則正しい健康的な生活をお願いしますよ。はっはっは。お金は口座へ振りこんどきますから。借金の送金のほうもよろしく、なに肝臓なんてまた再生しますよ。一時の辛抱ですな。いや、結構結構。
 
        赤城、女1を送り出す。
 
赤城 :どうです。
恭介 :あくどいね。
赤城 :とんでもない。自由意志に基づく取引ですよ。見たでしょう。しぶるふりしてたけどあれは駆け引きですよ。いわなかったけれど、あれ常習ですよ。腎臓も一つ売ってますね。
恭介 :ほんとに。
赤城 :体を売る連中は常習者が多いんですよ。中には契約してとんずらこくのもいましてね。なかなかにしたたかです。
恭介 :逃げられたらどうするの。
赤城 :専門の回収業者に頼むんです。
恭介 :そんなのがいるの。
赤城 :面白い世の中でしょう。身体髪膚これを父母に受く、あえてきしょうせざるは孝の始めなり。
恭介 :なにそれ。
赤城 :論語ですよ。孔子知りません?
恭介 :しらないな。
赤城 :やっぱり。・・昔の人は、自分の体を傷つけることを嫌ったんですよ。さ、次のをよびましょう。これが本命です。
恭介いいよ。
 
        赤城、呼びにいく。
        イオが入ってくる。
 
赤城 :すわって。・・よろしい。
イオ :聞いてもいいでしょうか。
赤城 :どうぞ。
イオ :こちらの方は?
赤城 :ああ、紹介しよう。私の雇い主の恭介さんだ。立ち会いたいという希望でね。異例なんだが事情があって、いやかね。
イオ :・・いいえ。
赤城 :よろしい。・・さてと。・・書類はみせてもらったよ。うん。
イオ :そうですか。
赤城 :ちょっと話し合いたいと思ってね。
イオ :どうぞ。
赤城 :ああ、いかんな。それじやいかん。・・なんだ、その、もっと気楽にいこうじゃないか。
イオ :はい。
赤城 :ほら、そう固くならんで。恭介さんはいいんだ。この人だからね。君もあっておきたいだろうと思ってさ。うん。
恭介 :ぼくはいいですよ。
赤城 :ほら、そういっておられる。
イオ :私もいいです。
赤城 :そうか。・・・じゃ話をしよう。(書類を出す。)・・音楽止めようか。
イオ :できれば。
赤城 :恭介さん。
 
        恭介音楽を止める。
 
赤城 :嫌いかね。
イオ :(ほほえんで)お話を。
赤城 :お、すまん。・・回ってきた書類によると心臓を提供しても良いとのことだが。
イオ :はい。
赤城 :事故などによる場合かね。
イオ :いえ。
赤城 :そのままで?
イオ :はい。
赤城 :審査は通らないがね。
イオ :通して下さい。
赤城 :自殺を認める訳にはいかないんだよ。
イオ :自殺するつもりはありません。
赤城 :でも死ぬんだよ。
イオ :はい。
赤城 :我々に殺人罪を押しつけるつもりかね。
イオ :そんなつもりはありません。
赤城 :嘱託殺人も自殺幇助もお断りだよ。
イオ :分かってます。
赤城 :分かってないね。
イオ :いえ、分かってます。
赤城 :どんな風に。
イオ :殺してもらえればいいんでしよう。
赤城 :誰に。
イオ :誰でもいいです。仕事にしている人がいると聞きました。
赤城 :初耳だね。
イオ :迷惑はかけません。お願いします。
赤城 :私たちにはそんな知り合いはいないよ。
イオ :私が探します。
恭介 :君、怖くない。
イオ :えっ。
恭介 :殺されるの怖くない?
イオ :怖いです。
恭介 :なら、どうしてそうまでするの?
イオ :お金がいるんです。
恭介 :だからどうして・・・
イオ :・・・・
赤城 :恭介さん。
恭介 :ああ、ごめんなさい。けれど、どうしても聞きたくなって。
赤城 :ドナーは理由をいう必要はないんですよ。
イオ :静かな場所がほしいんです。
恭介 :えっ。
イオ :すみません。それ以上は。
恭介 :静かな場所?
赤城 :話を続けましょう。正直いって、こういう契約は異例というよりも違法の部類に入ります。クレームがでることは確実ですな。
イオ :契約できないんですか。
赤城 :肝臓あたりで手を打ったらどうですか。
イオ :それはできません。
赤城 :あなたの自然死後という契約では。
イオ :お金は多くないでしょう。
赤城 :ボランティアとしての扱いになりますから。けれどあなたはまだお若い。死に急ぐことはないと思いますが。
イオ :それでは困るんです。
恭介 :そんなに死にたいの。
イオ :いいえ。
恭介 :そうだろう。誰だって死にたくはないはずだ。だから、なぜ。
イオ :あなたは健康な心臓が必要なんでしょう。    
恭介 :・・そうだよ。
イオ :なら、おとなしく提供されるのを待っていたらいいわ。
恭介 :そういう訳にはいかないよ。・事故死ならともかく。
イオ :あら、死んでしまった人には関係ないんじゃない。
恭介 :そういう問題じゃない。
赤城 :興奮しないで。・・・イオさん・・ですか。いくら現在臓器提供法が確立しているといっても、これはやっぱり立派な犯罪になります。お引き受けできませんな。
イオ :そうですか。・・残念です。
赤城 :・・ま、お気を落とさずに。・・そうだ、知り合いを紹介しますよ。臓器ブローカーですがね。相談してみて下さい。もっとも、だれも引き受けはしないと思いますがね。
 
イオ、冷たく。
 
イオ :どうも。
赤城 :おかまいしませんで。
 
イオ、帰ろうとする。
恭介 :待って。
イオ :何。
恭介 :ほんとに心臓提供しようと思ってるの。
イオ :そうよ。
恭介 :嘘だ。
イオ :どうして。
恭介 :だって、なんの意味もないじゃない。
イオ :恭介さんとかおっしゃったわね。
恭介 :ああ。
イオ :あなたはえらいのね。
恭介 :何が。
イオ :人の心がわかるの。
 
もちろん皮肉だ。
 
恭介 :何を。
イオ :世界にはいろんな人がいるの・・。・・失礼。
 
イオは出ていく。
茫然とする恭介。
 
赤城 :失礼なお嬢さんだ。
恭介 :僕はなんか彼女を傷つけるようなこといったんだろうか。
赤城 :気にすることはありません。捨てぜりふですよ。何、その気があればブローカーから連絡があります。
恭介 :でも。
赤城 :おやおや。なるほど。
恭介 :何。
赤城 :一目惚れですか。むりもない。
黙り込む恭介。
 
赤城 :図星のようですな。
 
笑いながら、出ていく。
 
恭介 :そんなんじゃないよ。僕はね。
 
ドアで。振り返って。
 
赤城 :純情ですな。
 
クッションが投げつけられる。
かわしながら受け取って。ぽんぽんとならして。
 
赤城 :健康な証拠だ。
恭介 :もう。
赤城 :期待していいですよ。連絡を待ちましょう。では。
 
と去る。
恭介、なにやら少し幸せそう。
「私を月までつれてって」が流れる。
溶暗。
 
W 故買屋にて
 
別のノスタルジックな曲。すこし、ポップかも知れない。
 
故買屋:いやあ、なかなおもいきったことするねえ。勇気いるよね。うん。清水の舞台から飛び降りるってのはこのことだわ。なんせ、自分の心臓、ぽーんと、他人にあげちゃおうつてんだからさ。
 
と、笑う。
明るくなる。
イオと面談している。
 
故買屋:でもね。
 
と、声が変わる。ドスが利く。
 
故買屋:ダマシは無しだよ。
 
少しおどしをかけてる。
 
故買屋:逃げちゃダメだよ。おいかけるからね。うちは、ちっときびしいんだ。ツケは払ってもらうよ。
 
笑って。また、柔らかくなる。
 
故買屋:ああ、いや、あんたがそういうことするって疑ってる訳じゃないんだ。ただね。わかるだろ。こうしう商売してるとさあ、それこそ信じらんないことあるから。このあいだもさあ。
 
さえぎって。
 
イオ :そんなことはしません。
故買屋:ああ、もちろん。もちろん。気い悪くしたかい。ごめんごめん。そんなつもりじゃないんだよ、なあ。
 
と、脇に控えている解体屋に言う。
 
故買屋:こいつさあ。こんな無口だけど、仕事キッチリするんだよ。しごときっちりってね。あはは。何、解体屋だよ。解体屋。分かる。契約バックれてさあ、金だけ握ってとんずらこいたやつ探し出して、落とし前つけさせるわけ。あんさんには、うらみもつらみもござんせんが、契約によって、あんさんの肝臓、いただきます。シュバッとね。
 
座頭市のような居合い切りのアクション。
にやっと、イオを見る。もちろん脅している。
 
イオ :そんなことしないと言ったはずですけど。
 
笑って
 
故買屋:ああ。わるいわるい。いや。脅かした訳じゃないんだ。ただ、うちの営業方針をね。おたがい、いやな思いしたくないだろ。さっぱりしたいじゃない。私は、金を出す。あなたは、臓器を出す。
 
にこにこと。
 
イオ :いつ、振り込まれるんですか。
故買屋:ああ、そうだね。審査がこの場合ちょっとかかるから、一週間。なに、大丈夫だよ。書類は完璧。臓器提供法なんて、穴だらけだから、審査してるやつなんか唐変木ばかりさ。OKでたらまた連絡しますよ。連絡先は先ほどのところでいいんだよね。はいはい。おたがい、こういうふうにすっきりいきたいね、
イオ :よろしくお願いします。
故買屋:はいはい。じゃあんたも残された日々を有意義にね。何、ガンで余命3ヶ月なんてのはざらだしね。ガンになったと思えば同じようなものさ。そのあいだやりたいことをやった方がいい。こんなご時世、長生きしててもろくなことはない。では、3ヶ月後。よろしくね。
 
と、ちょっと、ドスきかせた。
 
イオ :それでは。
 
と、イオは立ち上がり去ろうとする。
 
故買屋:どうも。おい、お客さんのお帰りだ。おみおくりしねえか。
 
解体屋がドアを開ける。
 
イオ :どうも。
 
ドアを閉める。
 
故買屋:つめてえ女だな。なあ。
 
うなづく解体屋。
 
故買屋:何考えてるかわかりゃしねえ。・・ま、いっか。心臓ねえ。バカなやつだ。念のため、フォローしとけよ。ばっくれる可能性かなり高そうだからな。
 
一方ドアの外では、島崎刑事たちがイオとすれ違う。
 
島崎 :ごめんよ。
 
ドアを開ける。
 
島崎 :いるかい。
故買屋:おや。これは島崎の旦那。そのせつは どうも申し訳ないことで。
島崎 :ふん。
故買屋:大事な妹さんなのにねえ。
島崎 :そのこたぁいいよ。もう。
故買屋:まあ、あたしらも精一杯やらせてもらったんですがね。不幸なことで。
島崎 :いいといってるだろ。
 
と、少し気分を害してる。
けんのんだと見て。
 
故買屋:これは、どうも。・・で、今日は、何か。ご用で。
島崎 :権堂さんよう。お前さん、さいきんおとなしいよな。
故買屋:いやいや、善良な市民ですから。おとなしいもなにも。
 
と、笑う。だが、そこ冷たい笑いで。目は笑っていない。
 
島崎 :とぼけちゃいけねえよ。相変わらずやってんだろ。ブローカー。
故買屋:やですねえ。法律にふれてなんかいませんよ。
島崎 :そうかなあ。さっきの女の子、あれは何。
故買屋:ああ、かのじょですか。いや、腎臓の提供について知りたいって、なんでも、お父さんが事故やって、賠償金がっぽり取られてその工面ができないっんでね。まあ、もう一度よく考えちゃどうかってかえしましたけどね。
島崎 :そりゃ、お前さんにも似合わない親切だねえ。
故買屋:あたしゃ、親切をモットーにしてるもんでね。おい、旦那方に珈琲でもださねえか。きがきかねえもんですみません。
 
解体屋。はいと去る。
 
島崎 :いらねえよ、ここの珈琲のむと体に悪いや。下痢しちまう。
 
故買屋、引きつった笑いで。
 
故買屋:こりゃきついごじょうだんを。
 
さてと、という感じで島崎。
 
島崎 :最近、へんな噂聞いてさあ。
故買屋:へえ、うわさね。・・どんな噂です。
島崎 :心臓売りますってな頓狂なこと言って詐欺やってるやつがいるらしいんだよ。
故買屋:へーえ。
 
と、用心深い目。
 
島崎 :ひっかかるんじゃねえよ。欲の皮つっぱらかすとろくなことになんないからね。
故買屋:忠告ですか。
島崎 :そうとっといてもいいぜ。
故買屋:そんな、あほげな話のるわけありませんや。自分の命すてても金欲しいやつなんて。旦那。
 
と、笑う。ちょとむなしい。
 
松島 :だからこそ噂になるんですよ。
故買屋:そうですかね。
松島 :そんなやつ来ませんでした。
故買屋:来るどころか、聞いたこともありませんや。
島崎 :そうかい。
 
ばっと、たつ。
 
島崎 :邪魔したな。
故買屋:いいえ。
 
島崎たち、出ていく。
 
故買屋:またどうぞ。
 
と、愛想良くいう。
ドアの外で。
 
島崎 :さっきの女気になるな。
松島 :説教して返したってところが臭いですね。
島崎 :そんなたまかよ、あいつが。
松島 :ですよね。
 
室内では。珈琲をもって解体屋来る。
 
解体屋:あれ。帰ったんですか。
故買屋:ばかやろーっ、そんなものゴミ箱つっこんどけ!
解体屋:え、せっかく。
故買屋:いいから、すてろ!いまいましいやっちゃ。くそっ。
 
激怒している。
 
解体屋:どうかしたんですか。
故買屋:どうかしたんですか?ああ、どうかしたんですよ。あのあま。まんまと引っかけてくれたな。くそっ。なめやがって。
解体屋:さつきの女が何か。
故買屋:詐欺だ。しれっとした顔しやがって。このおれこけにしたらどういうことになるか思い知らせてやる。おい、追いかけろ、あいつを。ばらしてもいいぞ。回収屋みたいに甘いこと言っちゃいられん。もとはとらにゃ。
解体屋:まだ、契約はすんでないんじゃ。
故買屋:面子の問題だよ。それに、入るはずの金はいらねえと、おれは気分が悪くなるんだ。はん。ぜったいやつは逃がし屋使うはずだ。ありゃ、常習だな。度胸すわってた。いいか。ずらかられるんじゃねーぞ。ついでにそいつもいためつけとけ。俺のしまあらさすんじゃねえぞ。いけっ。
 
解体屋はうなづき、すばやく去る
故買屋:くそーっ。
 
と、まだ八つ当たりをして、そこらをけりつけている。
外では。
刑事たちが、しつこくまだいた。
盗聴していたようだ。ムシをつけていた。
 
島崎 :なるほど。やっぱりな。おい、解体屋から目を離すな。下半期のノルマ達成だなこりゃ。
松島 :はい。
島崎 :最終的には権堂だ。みてろよ。故買屋。
松島 :妹さんの敵討ちですか。
島崎 :うるせえな、正義だよ。正義。いまどきはやんねえけどな。
 
盗聴していた松島がいぶかる。
松島 :おかしいな。
島崎 :どうした。
松島 :くっつけといた虫の調子が。なんかハウルんですよ。
島崎 :ほうお。
 
わらって、
 
島崎 :別の虫がいるかもな。だれか、ほかに興味をもってやつがいるんじゃねえか。
松島 :まさか。
島崎 :わかんねえぞ。このご時世だ。が、いちいち気にしてちゃ始まらねえ。俺たちゃ俺たちのやるべきことをやる。いいな。
松島 :はい。
島崎 :いくぞ。権堂を逃すなよ。
松島 :はいっ。
 
二人、駆け去る。
 
X 回収屋
 
オールディーズのノスタルジックな曲がながれる。
恭介が本を読んでいる。
赤城がバタバタとやってくる。
 
赤城 :のんきですな。本なんか読んで。
恭介 :することないしね。それに、おもろしいんだよ、このほん。主人公がね。
 
さえぎって。
 
赤城 :またあとでききますよ、ゆっくり。それより、連絡はいりましてね。
恭介 :だれから。
赤城 :例のブローカー。
恭介 :ああ、裏でつながってる。
赤城 :ひとぎきわるいですな。
恭介 :でもそうなんだろ。
赤城 :正当な商取引ですよ。融通を利かしてやらなければ、救われる者も救われませんからね。
恭介 :僕のように?
 
赤城、鋭い目をするが、咳払いして。
 
赤城 :とんでもない。恭介さんは。
恭介 :でも、正規に行かないからたのんだんだろ。
赤城 :いやそれは。たまたま依頼人がですね。どうしても。
恭介 :いいんだよ。言っただけ。・・で、なに。
赤城 :良くない知らせです。
恭介 :なにが。
赤城 :あの女、とんだ食わせ物でした。
恭介 :え、どういうこと。
赤城 :詐欺師でしたよ。
恭介 :詐欺師。
赤城 :どうやら、常習のようですな。データ取ってみると、それらしいのがぼつぼつあちこちのブローカーに引っかかってるらしいです。
恭介 :詐欺師ね。
 
なぜか、ほっとしたような恭介 :。
 
赤城 :ただ、ちょっと事例がふるすぎるのもあり年齢があわないような気もするんですが。今度のはどうもあきらかにそれっぽいですな。だいたいね心臓を提供しましょう何て言うのが・・どうしたんです。
 
恭介、少し嬉しそうだった。
 
恭介 :よかった。
赤城 :よかったって。あなた。
恭介 :あの人、本気じゃなかったんだ。
赤城 :そりゃ詐欺師ですから。
恭介 :気がすすまなかったんだ。
赤城 :そりゃそりゃ。・・やってられませんな。
恭介 :何?
赤城 :なんでもありません。一応手を打っておきました。
恭介 :手を打ったって。
赤城 :契約違反ですからね。回収屋をたのんどきましたよ。
恭介 :回収屋って、まだなにも契約してないよ。
赤城 :世の中それじゃ通らないんです。ブローカーへ回した時点でこちらにつけが回ってくるようになってんです。
恭介 :そんな。
赤城 :いいじゃありませんか。あなたのぼろ心臓の代わりが来るんですから。
恭介 :そんなの卑怯だよ。
赤城 :はいはい。卑怯ですとも。世の中は、そうなってんです。・・ああ、入って。
 
回収屋が入ってくる。
 
赤城 :うでききですよ。この人は。
 
回収屋、ぼそっとたってる。
 
赤城 :伴響子さん。ねらった獲物はにがしたことがない。鼻が利くことで有名です。その世界じゃね。
恭介 :ふーん。
 
と、ちょっと失礼な態度。もっとも、回収屋も目礼した程度。
 
赤城 :すぐ見つかりますよ。
恭介 :見つけてどうするの。
赤城 :もちろん、契約を履行するだけです。違約の場合は、条件が厳しくなりますがね。まあ、その方が、早く手にはいるわけですから、あなたにとってはいいんですがね。はやいほどいいし。
 
と、心臓を押さえる。
 
恭介 :ぼくも連れていって。
赤城 :何を言うんです。恭介さん。とんでもない。あなたは。
恭介 :だいじょうぶだよ、このごろ調子いいし。
赤城 :いけません。何かあったら取り返しつかない。
恭介 :聞いてみたいんだ。
赤城 :何を。
恭介 :なんで、詐欺働いたか。なんかあると思うんだ。勘だけど。
回収屋:金だよ。
恭介 :え?
回収屋:金に決まってるだろ。ほかにゃなにもない。連れていくのはお断りだね。
恭介 :どうして。
回収屋:あんた、心臓悪いんだろ。そんなの連れていって何かあったら、あたしの責任問題だからね。それに、しろうとといっしょに仕事はしない。
恭介 :足手まといなんかにはならない。そうなりそうなときはおいていってくれてもいい。お願いだ。
赤城 :まあまあ恭介さん、ここはおとなしく待ったら。
恭介 :待つ?待つね。おとなしく。そうだよ、僕はいつもおとなしく待っていた。いつか良くなる。いつか心臓が治って、思いっきり走れるようになる。いつか、いつか、いつか。もうたくさんだっ。
 
と、持っていた本を投げつける。
 
赤城 :恭介さん・・。
恭介 :待つことにはなれた。けど、もう我慢することには飽きたんだ。ずっとさきのどうなるか分からない未来をまつことなんか耐えられない。だから、いま、やりたいことをするんだ。
赤城 :まあまあ落ち着いて。
恭介 :赤城さん。ぼくは、やけをいってるわけじゃない。ぼくは、自分の人生を自分で決めたい。それだけだよ。
 
間。
回収屋、本を拾って、ぱたぱた整えて。
 
回収屋:本にあたるのは感心しないわね。
恭介 :ごめんなさい。ついかっと。
回収屋:いいだろ。つれてってやるよ。
赤城 :おい、それは・・。
回収屋:そのかわり。言ったことには責任取ってもらおう。足手まといになれば、おいていく。それでいいか。
恭介 :いいよ。
回収屋:わかった。じゃ、支度して。
赤城 :恭介さん。
恭介 :だいじょうぶだよ。赤城さん。僕の身体は僕がよくしってる。無茶はしない。ただ、イオに聞いてみたいだけだ。ほんとの気持ちをね。
赤城 :すすめませんなあ。
恭介 :ダメなときは、連絡するよ。
赤城 :そうですかあ。無茶は厳禁ですよ。なにかあったら取り返しつかない。
恭介 :大丈夫だって。
赤城 :恭介さんに何かあったらすぐ連絡を頼むよ。
回収屋:随分過保護なことだね。
赤城 :大事な依頼人だ。当然だろう。
回収屋:金蔓だしね。
 
むっとした赤城だが、無視して。
 
赤城 :期限はきらしてもらうよ。こちらもいろいろ都合があるんだ。
回収屋:いつまで。
赤城 :72時間だけ待とう。それ以上は待てない。
回収屋:組織が動くから?
赤城 :長引くと事態がややこしくなる。どうせ、解体屋も首つっこむだろう。うっかりすると、警察が介入する。
回収屋:足下に火がつくわけね。いいでしょ。72時間。3日間か。恭介君と言ったわね。3日分の旅の用意、すぐして。
恭介 :分かった。
赤城 :くれぐれも無茶しちゃダメですよ。
恭介 :分かってるって。
 
恭介、別室へ。
赤城、見送ったが、振り返り。
 
赤城 :どういう、魂胆かね。恭介君をあおったりして。
回収屋:別に。面白そうだからね。
赤城 :面白い?とんでもない。へたすりゃ、発作起こして死ぬぞ。状態はかなり良くない。
回収屋:聞いたでしょ。自分の人生自分で決めたいって。あたしゃね。自分の足で歩くやつは好きなんだ。
赤城 :恭介君に何かあったら責任取ってもらうからな。
回収屋:あたしにおっかぶせてもむだよ。彼が言い出したこと。
赤城 :どこに証拠がある。君が騙したかもしれないじゃないか。え?
 
と、にやり。けっこう腹黒い。
動じず。のんびりと。
 
回収屋:まあ、そんなこともあろうかと思ってね。
 
と、ポケットから小型のテープレコーダー。
 
回収屋:人と会うときは、用心するのがこの世界生き延びるこつなのよ。ダメよ。
 
赤城が何かしそうだった。
 
回収屋:別のところに記録は転送されてるわ。自動的にね。証拠は、そちらの方にある。
 
赤城、目を細めて肩の力を抜く。
 
赤城 :さすが、伴響子。抜かりはないことだ。
回収屋:自分で自分が嫌になるけどね。
 
うっすらと笑った。
 
恭介 :お待たせ。
 
恭介が顔を出す。リュックを背負って、軽装だ。
変な緊張感に気づいたのか。
 
恭介 :どうしたの。
 
赤城、形を繕い。
 
赤城 :なんでもない。ちょっと前後の相談をね。
恭介 :いこうか。
回収屋:元気のいいこと。
恭介 :しばらくぶりだもの。外出るの。
赤城 :調子に乗らないように。いいですね。
恭介 :わかってるよ。
赤城 :ではお願いしますよ。伴響子さん。
回収屋:たしかに。赤城さん。
 
ばっと、行く。
 
回収屋:いくよ。
恭介 :あ、まつて。
 
と、追いかけて去る。
赤城、見送って。くびふりながら。
 
赤城 :恋は盲目とはよくいったもんだ。だいたい性悪女に引っかかるのはうぶなやつと決まってる。ばかなやつだ。
 
とかなんとかぶつぶつつぶやいて、歩み去る。
音楽とともに溶暗。
Y 逃がし屋
 
溶明。
イオが走ってくる。あたりをうかがって。
緊張感が溶ける。
 
イオ :さてと。
逃がし屋:どうするの。
 
ばっと、振り返り。
 
イオ :静香!
逃がし屋:へっへっ。待った。
イオ :おそいじゃない。静香。
逃がし屋:わるい。ちよっとしかけするのに手間取って。で、どう景気は。
イオ :やばいわよ。相変わらず。ちょっとどじしてね。
逃がし屋:だから、もうやめとけっていったのに。
イオ :でも、どうしてもいるから。
逃がし屋:ものごとには、ひきどきつてのもあるんだけどね。
イオ :わかってる。・・でもね。
逃がし屋:はいはい。ま、逃がし屋のこちらとしてはドジしてくれた方が商売になるからいいけど。で、いつもの値段でどう。
イオ :助かる。お願い。・・でも、コンタクトミスしたのによく分かったわね。
逃がし屋:あんたがあのブローカーのところに行きそうだったから、さきまわりしてこっそり仕込んだのよ。
 
と、なにか装置を出す。
 
イオ :ああ、ムシを仕かけたの。
逃がし屋:最近の盗聴は楽でいいよ。
イオ :それって。
逃がし屋:父さんからいろいろとね。ふふ。じゃ、行こう。
 
行こうとするが。
 
解体屋:そうはいかねーなあ。やっぱりお前か。
逃がし屋:あちゃー。みつかった。
解体屋:ずいぶんなめた真似してくれるよね。おじょうさん。
イオ :なんのことかしら。
解体屋:とぼけてもらっちゃ困るんだよね。契約はきちんと守ってこそ契約じゃないの。
イオ :あら、まだ正式に調印した覚えないけど。
解体屋:表の世界ならいざ知らず。裏の世界でそんなこと言ってもとおらないよね。もうすでにあの時点で契約はされてんのよね。
イオ :随分むちゃな言い分だこと。
解体屋:どちらがむちゃかなあ。できもしないことをいって、金ふんだくるのと。
イオ :守る意志はあるわ。
解体屋:そんなことしんじられないよね。だって、あちこちでやってるそうじゃない。
 
目がすーっと細くなる。
 
解体屋:まもられないとね。こまるわけよ。あたしたち。
イオ :それはそっちのかってでしょ。
解体屋:勝手だけど、こちらの命も危なくなるしね。よりによって心臓っていうんじゃない。あなた。あなたの身代わりに取り立てられたりでもしたら、こりゃあね目も当てられないじゃない。
イオ :それはおこまりね。
解体屋:そうなの。たいへんこまっちやってね。やっぱ、これはきちんとあなたの身体で払ってもらわなきゃいけないんじゃないかって言うことになったわけよね。
イオ :いまは、ちょっとこまるけど。
解体屋:こんな場合、取り立て急でね。ちょうど、ローンが払えなくなったら、全額取り立てられる見たいに、すぐに取り立てなきゃならないの。このようにね。
 
ばっと、刃物で襲う。
避けるイオ。
 
解体屋:見逃すわけには行かないんだよ。
 
再び襲おうとするが逃がし屋がなにか振りかけた。
コショウか何かみたい。
 
解体屋:うわっ。
逃がし屋:ばーか。
 
と、連れて逃げようとしたが。
島崎 :そう、あわてなくてもいいんじゃねえか。
 
と、刑事たちが通せんぼする。
 
島崎 :お前は、財前静香だな。たしか。
逃がし屋:しらないよ。
島崎 :子供の逃がし屋がいるとは聞いてたが。
逃がし屋:なんのこと。
島崎 :とぼけんじゃねえ。この女どこへ連れてこうてんだ。
逃がし屋:べつに。
島崎 :べつにってことはねえだろ。聞かせてもらい・・松島!アブねえ!
 
苦しんでいた解体屋が逃げようとした。
不用意につかまえようとした、松島が腕を切られる。
思わず腕押さえて崩れる。
そのすきに逃げる。
服を押さえたが、けとばされて転がる。
島崎駆けつけるが、解体屋そのまま逃亡。
 
島崎 :大丈夫か。
松島 :だいじょうぶですっ。すみません。
島崎 :よし。おえっ。
松島 :はいっ。
 
と、よろよろと追いかけようとする。
一瞬注意がそれたすきにイオたち、脱兎のごとくにげる。
 
島崎 :くそっ。待てっ。
 
と、どたどたと、二三歩おいすがるが追いつかないことを知る。
島崎 :畜生。
 
地面になにか投げつける。
 
松島 :にげられちゃいましたね。
 
と、脳天気なことを言う。
ぐるっとにらみつけたがあきらめて。
 
島崎 :現行犯逮捕なのによ。
松島 :すみません。私の責任です。
島崎 :お前にとってもらわなくてもいいよ。こいつは俺の仕事だ。
松島 :いいえ。私が負傷したばかりに。
島崎 :ばかやろーっ。
 
と、怒鳴る。
 
松島 :済みません!
 
と、最敬礼。
島崎、どすがきいた静かな声で。
 
島崎 :俺の仕事だ。だから、俺の失敗だ。お前のせいじゃねえ。
松島 :すみません。
島崎 :謝らなくていい。けどな。
松島 :はい。
 
と、頭を上げる。
 
島崎 :俺の足引っ張るんじゃねえぞ。
 
と、睨む。
 
島崎 :いいな。
松島 :はい。
 
唇かみしめる松島。
島崎、なにかいいたそうだか。ふっとそのまま去る。
松島も、なにかいおうとしたが、声にならず。あとを追う。
 
[ 回収屋と恭介
 
回収屋が軽快に飛び出てくる。
番地などをあちこち探してはチェックしていく。
恭介がしんどそうにやってくる。
ちらっとみるが何も言わず、探している。
やがて、一段落ついたようで。
 
回収屋:行こうか。
恭介 :ええ?もう。
回収屋:ばてたか。
恭介 :そうじゃないけど。
回収屋:足手まといになったらおいていくと行ったはずよ。
恭介 :分かってるけど。・・何調べてたの。
回収屋:あんたに言う必要はないと思うけど。あんたはついてくるだけでしょう。
恭介 :いいじゃ、少しばかり。もったいぶらないで教えてよ。
 
じっと見てたが、ふっと肩の力ぬいて。
 
回収屋:いいでしょ。がんばってることは認めるわ。わかった。一休みしましょ。
恭介 :ありがとう。
回収屋:べつに。あたしも休みたくなっただけ。
恭介 :すなおじゃないね。
回収屋:あんた程じゃないわね。すくなくとも。
恭介 :別に、僕は。
 
小さく笑って。
 
回収屋:物好きね。
恭介 :僕が。
回収屋:詐欺師なんかにどうして会いたいの。
恭介 :よく分からない。けど、なんか会わなきゃいけないて思う。
回収屋:会ってどうする。
恭介 :聞きたい。なんでそんなことするのか。
回収屋:いったでしょ。きまってる。金のためよ。みんな。
恭介 :みんなはそうかもしれない。けど、あの人は違う。
回収屋:どうして。
 
と笑う。
 
回収屋:惚れたから。
恭介 :あなたまでそんなこというの。
 
きつい。
     微妙な間。
 
回収屋:失礼。言い過ぎた。
恭介 :そうかも知れないけど。でも、それだけじゃない。言ったんだ、あの人。
回収屋:なんて。
恭介 :静かな場所が欲しいんですって。そのことばうそじゃないと思う。そりゃ、ぼくは、ずっと家にいて、人生経験ないからよく分からないけど。でもあのときのことばの調子にはなんか本当の気持ちが込められてた。わかるんだ。そんなほんとの気持ちや嘘の気持ち。すごくびんかんになるからね。僕みたいだと。
 
間。
 
回収屋:なるほど。
恭介 :だから、聞きたいんだ。なんでそんなこと言ったのか。どうして、詐欺なんかするのか。
 
小さい間。
 
回収屋:聞いてどうする。
 
間。
 
恭介 :分からない。・・けど、ぼくには大切なことだという予感がある。だから・・。
 
小さい間。
 
回収屋:なるほど。そういうこと。
恭介 :そういうこと。・・ねえ。
回収屋:何。
恭介 :あなたはなぜ回収屋なんて仕事してるの。
回収屋:性に合ってるからね。
恭介 :そうかなあ。女の人の仕事としてはちょっときついんじゃない。
回収屋:男でもきついわ。
恭介 :性に合うだけでできるの。
回収屋:鋭いつっこみだけど、プライバシーの侵害よ。
恭介 :ごめんなさい。
回収屋:わかればいいの。ほんとのこというと、お金になるからね。これは。なかなかこの時代、女一人で生きてくのは難しいのよね。
恭介 :お金か。
回収屋:あれば、命だって買えるわ。
 
と、苦い声になる。
 
恭介 :響子さん。
 
回収屋、笑って。
 
回収屋:何、気を回してるの。生意気に。
恭介 :僕は。
回収屋:さて、休みすぎたようね。ぼつぼつ行くわよ。
恭介 :どこへ。
回収屋:それは。
芳野 :あたしも知りたいわね。
 
ばっと、振り向く。
安達芳野がいる。
 
回収屋:芳野!
芳野 :しばらく。元気そうね。
回収屋:あんたもね。
恭介 :この人は。
回収屋:安達芳野って言ってね。
芳野 :国立遺伝子保護研究所の所員やってるわ。響子のもと同僚よ。よろしくね。
恭介 :同僚って。じゃ。
芳野 :そう。優秀な研究員だったのよ響子は。あたしなんか足元にも及ばない。
回収屋:昔の話よ。今は回収屋。
恭介 :え、。どうして。
回収屋:恭介。
 
と、冷たい声。
 
恭介 :すみません。
芳野 :まあまあ。
回収屋:何か、用。
芳野 :そう、むげにあつかわなくてもいいでしょ。ちょっと興味があってね。
回収屋:何に。
芳野 :あなたたちの追っかけてるイオっていう女にね。
恭介 :どうして知ってるの。
芳野 :企業秘密。
恭介 :遺伝子保護研究所が?なぜ。
回収屋:いつものことよ。やることは同じ。
芳野 :怒らないで。まあ、秘密って言ったって大したことじゃない。あの女の染色体を少し調べたいだけ。
恭介 :染色体。
芳野 :そう。ちよっと興味があってね。
回収屋:まだやってるの。あの仕事。
芳野 :そう。あなたが抜けて随分苦労してるけど。
回収屋:やるだけ無駄だと思うけど。
芳野 :とんでもない。成功すれば大きなビジネスになるわ。けちな臓器移植なんかに頼らなくてもね。
回収屋:やるべきじゃない。
芳野 :どうして。人類の福祉と厚生。いえ、新しい人類の誕生につながるかも知れないじゃない。
恭介 :この人何を言ってるの。イオさんの染色体調べて何するつもり。
芳野 :ぼうや、知らなくていいことは、この世にはいっぱいあるのよ。
回収屋:そのわりには、べらべらしゃべってるようだけど。
芳野 :あら、どうせ。分かることだわ。
恭介 :何が。
芳野 :あの女はね。
回収屋:安達芳野!!
芳野 :おお、怖い。そんなにいうなら退散しょうか。またあいましょ。そこの坊やも元気でね。
 
笑って、去る。
 
恭介 :イオがどうしたの。
回収屋:いくよ。
恭介 :どうしたの。
 
きっと見て。
 
回収屋:あなたは知らなくていいの。不幸になるだけ。
恭介 :そんな。
回収屋:支度して。行くよ。
 
見つめて、小さい間。
 
恭介 :わかった。
 
二人、去る。
 
\ 刑事の憂鬱
 
ぷんぷん怒って二人の刑事登場。
 
松島 :まったく、分かってないですね。
島崎 :いつものことだ。
松島 :それにしてもひどいですよ。休暇をやるからって、体裁のいいこと言って。あれじゃ、捜査妨害だ。
島崎 :しかたないだろ、おれたちゃ、しがない現場の捜査官。キャリアとは違うんだ。
松島 :あんなにすぐ、圧力かかるとは思いませんでしたね。
島崎 :それだけ、大きいヤマだということだろ。
松島 :島崎さん。ほっとくんですか。
島崎 :何を。
松島 :権堂ですよ。
島崎 :権堂には手を出すなって言われただろ。課長に。
松島 :それでしっぽまいて退散ですか。
島崎 :おれさあ。一度暖かいところ行きてえんだな。
松島 :え。
島崎 :グワムだハワイだって今時、ちゃちいけどよ。あったけえだろうなあ。
松島 :島崎さん。
島崎 :思いっきり泳いでよ。ビールがばーっと飲んで、ぼけーっとしてさ。なんにも忘れて。
松島 :島崎さん!
島崎 :そう、怖い顔スンなって、松島。
松島 :しますよ。言ったじゃないですか。これは俺の事件だって。
島崎 :そういや、そんなこと言ったな。ふん。
松島 :ほんとに休暇取るんですか。
島崎 :ああ。とるよ。
 
間。
 
松島 :がっかりしました。
島崎 :何が。
松島 :島崎さんて、柄悪いけど、正義感バリバリあるんじゃないですか。わたし、そんなとこにあこがれてたのに。
島崎 :若いね。
松島 :はぐらかさないで下さい。
島崎 :別にはぐらかしてるつもりはねえけどな。
松島 :休暇取って、それで満足なんですか。
島崎 :そうだな。随分走ってきたからなあ。
松島 :妹さんのときからでしょ。
島崎 :松島。
 
と、声がきつくなる。
 
島崎 :言うんじゃねえ。
松島 :いいえ、今日は言わせて下さい。妹さんが先天的な肺の欠陥で手術しなきゃなかったとき、島崎さん、権堂の手を借りたでしょ。
島崎 :どうして知ってる。
松島 :調書見ました。
島崎 :そうか。見たか。
松島 :はい。権堂、島崎さんを騙したんでしょ。
 
島崎、苦しそうだ。
 
松島 :いい臓器のでものがあるって。今すぐ入るって。
島崎 :ボランティア待ってたら間にあわねえ。
松島 :だから非合法と知りつつ。
島崎 :妹が死ぬ方が良かったというんか。すぐ移植ができる臓器があるって言うのに、みすみす見逃して、いつできるかわからねえ手術間つんか。その間に信じまうかもしれねえんだ。
松島 :刑事じゃないですか。
島崎 :おれは、兄だ。たった一人の妹を持つただのそこらへんにいる兄貴だ。
 
間。
 
松島 :そうして、あなたは、家を処分して、権堂を頼った。
島崎 :権堂・・。
松島 :臓器に欠陥があったんでしょ。しかも権堂はそれを知っていた。
島崎 :多分な。
松島 :権堂はまんまと金を手に入れ、あなたは妹さんをうしなった。
島崎 :・・。
松島 :しかも、あなたはそのことで内部の査察を受け、キャリアとしての資格を喪った。
島崎 :・・・。
松島 :スキャンダルで首になるところを、それまでの功績と差し引きされ現場におろされた。
島崎 :その通りだ。松島。・・何が言いたい。
松島 :それでいいんですか。
島崎 :何が。
松島 :またでしょ。休暇取って、このまま権堂が逃げ切って、それでおしまい。
島崎 :リフレッシュできるじゃねえか。
松島 :島崎さん・・・。
 
間。
 
松島 :失礼しました。私の見込み違いでした。ゆっくり休んで下さい。
 
一礼して、あしばやに去るが。
 
島崎 :休めねえよ、松島。
 
ぴたっと足が止まる。振り返って。
 
松島 :え。
 
にやって、不敵に島崎が笑った。
 
島崎 :休暇は取るさ。せっかくくれるって言ってるんだ。もらってやらなきゃ罰があるというもんだろ。だけど、やすめねえんだよなこれが。
松島 :島崎さん!
島崎 :だって、捜査しなくちゃいけねーものなあ。
松島 :はいっ。
島崎 :松島。おおっぴらにゃあうごけねえぞ。休暇中には権限もほとんどない。へたすりゃ、処分の対象だ。いいのか。
松島 :私一人でもやるつもりでした!
島崎 :かなわねえなあ。若い者には。
松島 :島崎さんだって、十分若いです。
島崎 :もうポンコツだよ。
松島 :で、どうします。
島崎 :きになんだよ。あの女。
松島 :女がどうして。
島崎 :上がぴりぴりしてる。ちょっと変なんだ、国立遺伝子研究所ってしってるか。
松島 :ああ、はい。先輩がそこ勤めてます。
島崎 :そうか。安達芳野っていうやつが尋ねてきてな。それからだ、変な動きしはじめたの。
松島 :その人ですよ。芳野さん。バリバリできる人なんですけど。でも・・臓器移植なんか関係ないはずなのに。
島崎 :だろ。あの女に近づくなと言われたよ。
松島 :なんでしょう。
島崎 :わからねえ。だけど、近づくなといわれると。
松島 :近づきたくなりますね。
島崎 :そういうこと。俺たちゃ現場だ。できることするしかねえ。
松島 :はい。最初はどうします。
島崎 :やっぱり解体屋だな、あいつを徹底的に追う。権堂と必ず絡むはずだ。
松島 :はい。
 
ちょとっ考えてる。
 
島崎 :どうした。
松島 :いえ何でも。
 
と何か考えている。
 
島崎 :変なこと考えるなよ。俺の仕事だからな。
松島 :分かってますよ。
島崎 :ならいい。さてと。まず第一にと。
松島 :解体屋ですね。
島崎 :いいや。休暇届だ。いくぞ。
松島 :はい。
 
と、二人去る。
 
] 染色体異常
 
逃がし屋とイオが駆け込む。
 
逃がし屋:危ない。危ない。・・もう大丈夫。
イオ :悪いわね。
逃がし屋:何。仕事、仕事。お礼はあとでたっぷりもらうから。えと、とりあえず、つなぎで王(ワン)のところへ行ってみて。
イオ :王?
逃がし屋:きいたことない、 ほとんど全身移植臓器の塊。何歳かわかんないけど。今度は脳の移植考えてるって言う噂のある。
イオ :ああ、キングのこと。
逃がし屋:そうともいうね。不老不死だねあれじゃ。
イオ :不老不死。
逃がし屋:どうしたの。
イオ :なんでもない。
逃がし屋:そうまでして長生きしたいのかなあ。あたしには分からないけど。
イオ :まだね若いからよ。たぶん。
逃がし屋:まっ、としとったら違うかもね。とにかく、あたしの名前出したらかくまってくれるよ。あ、これ、万一の時の紹介状がわり。
 
と、なにかペンダント風なのを渡す。
 
イオ :これは?
逃がし屋:あたしのペンダント。あとで返してね。父さんの形見だから。
イオ :父さん?
逃がし屋:逃がし屋ヨンカーっていやあ。ちょっとは知られてたんだけどね。組織に捕まって。それっきり行方不明。たぶん、もう死んでるよ。
 
間。
 
イオ :大切なものじゃない。いいの。
逃がし屋:使ってこそなんぼのものよ。感傷的なのきらいだから。
イオ :そう。じゃ預かるわ。
逃がし屋:とりあえず、あたしもふけるわ。ちょっと下準備あるんでね。王のとこでまた逢おうね。
イオ :気をつけて。
逃がし屋:あんたの方が危ないよ。
イオ :私は大丈夫。用心する。
逃がし屋:じゃね。
 
ばっと去る。
 
イオ :元気だこと。若いっていいわ。
回収屋:そうよ。若さは何者にも代え難い。そうじゃなくて。
 
はっとする。
回収屋と恭介がいた。
 
恭介 :イオさん。
イオ :あなたは。
回収屋:話すことがいろいろとあるようね。
イオ :私は別に。
恭介 :聞きたいんだ。ねえ、どうして、騙そうとしたの。
回収屋:恭介。
 
と、とめる。
 
回収屋:ねえ、知ってるの。
イオ :何を。
回収屋:あなためぐっていろいろと動いてるの。
イオ :さあ。興味ないから。
恭介 :何言ってるの。やばいんじゃないの。
イオ :別に。今に始まったことじゃない。
回収屋:確かにね。
イオ :何が言いたいの。
回収屋:何も。私はただ、契約を果たすようにあなたを説得に来ただけ。
イオ :契約ね。
 
笑い出す。
 
恭介 :どうしたの。
イオ :ほんとにあんなこと信じてるの。
回収屋:書類はそういってる。
イオ :バカみたい。
恭介 :どうして。イオさんいったじゃない。あのとき。
イオ :恭介さんだっけ。あなたも人がいいのね。そんなの嘘に決まってるでしょ。
恭介 :嘘だ。
イオ :そうよ。うそよ。
恭介 :違う。あのとき、僕は聞いた。あなたは、ほんとに探してた。
イオ :何を。
恭介 :静かな場所。
イオ :・・・。
恭介 :だから、お金が欲しかったんでしょ。
イオ :さあね。
恭介 :どうして、はぐらかすの。
イオ :なんのことだか。
恭介 :イオさん。
イオ :ねえ、このぼうや、どうにかならない。私こんなのにつきあってる暇ないの。
回収屋:あんたがまいた種だろ。あんたが刈るしかないんじゃない。
イオ :なんだって。
 
にらみ合う二人。
ちょっと慌てる恭介。
 
恭介 :あ、ねえ。二人ともやめなよ。ねえ。話し合えば。
回収屋:恭介。気の毒だけど、話しても無駄よ。あんたの聞きたいことなんか答える気はないようね。
恭介 :そんなことないよ。気になってたんだ。ねえ、静かな場所って何。なぜ、だまそうとしたの。なんか訳あるんでしょ。
 
小さい間。
 
イオ :そんなこと聞いてどうするの。
恭介 :どうもしない。でも、聞きたいんだ。
イオ :随分勝手じゃない。
恭介 :ああ、勝手だよ。けどね。どうしても、聞かなきゃいけない気がするんだ。
イオ :なぜ。
恭介 :分からない。けど・・。
イオ :ばかばかしい。
回収屋:お話弾んでるようだけど、いいかしら。
イオ :いやな言い方するじゃない。
回収屋:仕事だから。
イオ :それで。
回収屋:おとなしく来てくれると助かるけど。
イオ :ほう。暴力は使わないわけ。
回収屋:解体屋なんかとは違うわ。あくまでも平和的に、納得づくで解決するのが回収屋なの。
イオ :嫌だといったら。
回収屋:それなりの手はあるけど。
イオ :解体屋と同じじゃない。
回収屋:違うわよ。話し合いをするだけ。例えば、永遠の命についてとか。
 
沈黙。
 
イオ :何をいうのか分からないわ。
回収屋:何を考えたか知らないけど。
イオ :何を知ってるの。
回収屋:たぶん全て。
イオ :どうするつもり。
回収屋:別に。言ったでしょ。契約を守ってもらうだけだと。
イオ :信じられない。
回収屋:無理はないわね。裏切り続けられれば。
沈黙。
 
恭介 :ねえ、なんのこと。何言ってるの響子さん。
回収屋:黙って。
イオ :残念ながら答えはノーよ。
回収屋:そう。なら、少し、別のこと考える必要があるわね。また逢いましょう。恭介。
恭介 :え。
回収屋:どうするの。
恭介 :どうするったってイオに聞かなきゃ。
回収屋:なら、ついて行きなさい。どこまでも。
恭介 :え?
イオ :迷惑だわね。
回収屋:あなたにはちょうどいいコンビだわ。たぶん。
イオ :これがあなたが考えた別のこと?
回収屋:かもね。どうするの。恭介。
恭介 :イオについていく。
回収屋:お利口だこと。
イオ :ごめん被るわ。
回収屋:恭介。死ぬ気でついてくのよ。いい。
恭介 :分かった。
イオ :ばかばかしい話。
 
と、ばっと去る。
恭介 :あ、まって。
 
恭介もついていく。
回収屋は見送って。
 
回収屋:・・さて。
 
と、ばっとこれも消える。
明かりが変わる。
どんどんすすむイオ。だが少しつかれているかも知れない。
あとを追いかけてくる恭介。こちらはかなり疲れている。
 
恭介 :ねえ待ってよ。話聞かせてよ。
イオ :うるさいわね。
 
と、どんどん行くが、恭介が転んでへたったのをみて止まる。
イオもけっこう疲れてる。
恭介は、かなりしんどそう。心臓が少しやばいかも知れない。
 
イオ :やばいんじゃないの。
恭介 :へ、平気だよ。ただ、ちょっとね。
 
と、苦しそう。
イオ、仕方ないなという顔で近づき、さりげなく脈を取る。
慌てて。
 
イオ :大丈夫。
恭介 :大丈夫だよ。
イオ :脈、滅茶苦茶じゃない。
恭介 :いつものことだから。
イオ :いつものことだからじゃないよ。これって。
恭介 :大丈夫。静かにしてればなおる。さっき薬飲んだし。
イオ :ほんとに。
恭介 :ああ、ほんとだよ。
イオ :仕方ないな。ついててあげる。直るまで。
恭介 :ごめんなさい。
イオ :ほんというと、こちらもちょっとね、くたびれたから。
 
と、休む姿勢。
 
恭介 :はは。
 
と、ちょっと力無い。
 
イオ :ほんとに大丈夫?
恭介 :大丈夫だよ。
 
二人、なんとなく寄り添っている感じだが、二人はあまり気づいていない。
間。
 
恭介 :ねえ。
イオ :何。
恭介 :話してくれなくてもいいけど、これだけは知りたいんだ。
イオ :そのことなら。
恭介 :知らなきゃいけないんだ。
 
真剣なその気合いに押されて。
 
イオ :・・いいわ。言って。
恭介 :あれほんとだったんだろ。
イオ :何が。
恭介 :静かな場所探してるって。
 
間。
 
イオ :・・ええ。
恭介 :だと思った。やつぱりね。そうだったんだ。良かった。
 
間。
 
イオ :聞かないの。
恭介 :何を。
イオ :どうして探すんだって。
恭介 :いいよ。ひと、それぞれの人生あるし。言いたくないことだってある。ぼくは、あのときイオさんが本当のことを言ってたということを知りたかっただけなんだ。心臓が悪い僕を騙したんじゃないってことが分かればいいんだ。
イオ :恭介・・。
恭介 :みんなね、随分僕を騙すんだ。ううん、別に悪気があって言うんじゃないんだ。心臓が悪いこと知ってるから、なるべくそれから目を逸らさせようとしてね。そのうち元気になるよとか。これぐらいたいしたことじゃないよとか。ぜったいなおるからとか。でも、みんな知ってる。もうすぐ僕の心臓が止まってしまうこと何て。
イオ :あなた。
恭介 :そんな顔しなくていいよ。僕は分かってる。我慢で来る。なんとかね。我慢できないのは、みんなの親切さ。みんな僕を腫れ物にさわるように扱う。でも、それって、僕を一人の人間として扱ってくれてないってことでしょ。みんなびくびくして、妙に優しいんだ。ほんとのことは決して言わない。そんなことしてたらしんじゃいますよっとか。心臓もうすぐとまっちゃいますよとか。でも、やんわりいつのまにかなんにもさせてくれない。知ってる、僕お金持ってるんだ。不幸か幸いか知らないけど、親の遺産がたっぷりあって。心臓移植なんかすぐにでもできるはずなんだけど。
イオ :どうして、今までしなかったの。
 
くすっと笑った。
 
恭介 :できないんだよ。医学的理由があって。詳しくは分からないけど。でも、僕はしってる。みんなも知ってる。僕が知ってることはみんな知らない。だから、ゲームをしてるんだ。いつかは、使える心臓がでてくるっていうゲームを。ぼくは、そのゲームに乗ってる。みんな騙してる。ぼくは、喜んで騙されてる。だって、みんな善意だものね。そうすれば、だれも傷つかないもの。
イオ :私は、それにつけ込んだ。
恭介 :いいんだよ。別に。今までにも何人かいたし。たいてい、あとで、なんかトラブルが起きましたって、赤城が言うんだ。残念ですが恭介さん、今回はダメでした。だけどあきらめないできっと出てきますよ。ってね。
 
と、赤城の物まね。それは哀しい。
 
イオ :私も結局そうなるはずだったのね。
恭介 :うん。たぶん。でも、ぼくは、あなたのことばが本当だと思ってた。だから、詐欺だって聞いたときへんだなって思って、聞きたくなったんだ。
イオ :そう。そうなの。
恭介 :だからね。気にしなくていいんだ。僕の心臓はどっちみち、だめだから。移植できないからだなんだ。
 
イオ、ちよっと落ち込む。
 
恭介 :ああ、きにしなくていいよ。僕、今ね。ちょっと幸せ。へへっ。おもしろいよね。なんか。どきどきする。あ、不整脈じゃないよ。なんか世の中ってどきどきするよね。あ、どうしたの。
イオ :ごめんなさい。ちょっと。
 
と、小瓶みたいのだして、何かを飲む。紅い液体。
 
恭介 :気分悪いの。
イオ :ちょってね。
恭介 :トマトジュースみたいだね。
イオ :の、ようなものよ。
芳野 :それで元気が出る訳ね。
 
芳野がいた。
 
恭介 :だれ。
芳野 :私は安達芳野。遺伝子なんか研究しちゃってるの。あなたが恭介さんね。そして、こちらがイオさんと。くっくっくっ。
恭介 :不気味ー。
イオ :何か用。
芳野 :さぞかしおいしいんでしょうね、それ。
 
さっと隠す。
 
芳野 :あなた夜でもよく目が見えるんじゃない。
芳野 :不思議なことにデータでは、あなたは光学センサーを目の代わりにしているはずなのにね。
 
恭介をかばいながら引くイオ。
 
芳野 :そのせいかな。くっくっく。
恭介 :誰か知らないけど、変な因縁つけるのは やめてよ。
芳野 :かわいい、ナイトね。でもしらないんでしょ。あなたは何も。
恭介 :何を。
芳野 :くっくっく。この人、保護する義務があるのよ。
恭介 :え?
芳野 :大事な、大事な人なんだから。
恭介 :イオさんは大事な人だよ。
芳野 :あら、生意気に恋人気取り。
恭介 :ちがう。変なこと言うな。イオさんは。
芳野 :あなたの思っている以上に大切な人よ。人類にとって。
 
口調が変わる。
 
芳野 :どいて。私はあなたを保護する義務がある。
恭介 :おかしいよこの人。
イオ :失礼した方が良さそうね。
芳野 :そうやつて、人類をたぶらかしてたわけ。
イオ :なんのこと。
芳野 :とぼけないでいい。あなたの飲んでいたもの。言ってあげましょうか。
 
イオの顔色が変わる。
 
芳野 :あんたがのんでたのは。
解体屋:にがさへんでーっ。
 
飛び込む、解体屋。
 
芳野 :あ、まてーっ。
 
イオたちは逃げた。
 
]T 逃避行 ダンス
 
ややコミカルな私を月までつれてってのリミックス。
ダンスと絡めてどたばたと逃避行が始まる。
刑事・回収屋・解体屋・調査官、おいかけっこの交錯。
故買屋や赤城もドタバタする。どうしようもない大混乱。
 
]U 王と臓器を追う女
 
収まれば、王の家。
何か全身怪しげな王がいる。
 
王  :追われているようだね。
イオ :見れば分かるでしょ。
 
恭介共々息が荒い。
 
王  :これは悪かった。静香は元気か。
イオ :これを。
 
王はやや目が悪いようだ。
ペンダントを受け取りまさぐる。
やがて、もどす。
 
王  :なるほど、まちがいなく客人のようだ。くつろぐといい。
イオ :そのつもり。
恭介 :大丈夫かな。
王  :その子は。
イオ :恭介。
王  :君とどういう関係なのかな。
イオ :別に。私がドナーとなる予定だった子よ。
王  :ほう。どこか悪いのか。
イオ :心臓がね。ちょっと。
王  :ハートか。きをつけなければな。心が腐っては元も子もない。永遠の生命をもとめるすべもなくなる。
恭介 :永遠の生命。
王  :不老不死とも言うな。
恭介 :まじめに言っているの。そんなこと。
イオ :恭介。
王  :よいよい。若いというのはいいことだ。生命の輝きを永遠に信じられる。だがな、恭介君と言ったっけ。おいてくれば分かる。そんなものはほんの一瞬のことだ。すぐに死が目の前のドアをノックする。もうもぼつぼついいんじゃないかねと。
恭介 :僕のドアもノックされてるよ。
イオ :恭介。
王  :ああ、そうか。君も若くしておいている者だった。死を待つ者だ。なら、分かるだろう。永遠の生命がどんなに大切なものか。
恭介 :そんなものどこにもないよ。
 
笑う。
 
王  :だから、君は若いというのだ。私を知っているか。
恭介 :いいえ。
王  :だろうな。君は知っているか。私の身体がどうなっているか。
イオ :あなたの身体で、自分のものであるのは一つしかないことは聞いているわ。
恭介 :どういうこと。
王  :私は、一つの奇跡なのだよ。恭介君。
恭介 :奇跡。
王  :そうだとも。私の身体で自分のものである臓器は一つしかない。
恭介 :え、ということは。
イオ :全部他人からの貰い物。臓器移植の塊。
王  :はっはっは。貰い物は良かったね。恭介君、私は幾つに見える。
恭介 :えー、よく分からないけど30過ぎぐらいですか。
王  :130才だよ。
恭介 :うそ。
王  :本当だ。新しいパーツをもらったからね。次々と。
 
くっくっくと笑う。
 
恭介 :では、たった一つ自分のものというのは。
王  :分かるだろ。
恭介 :まさか。
イオ :脳だけという噂を聞いたわ。
王  :その通り。
恭介 :でも、それって。
王  :自分じゃないといいたいのかな。
恭介 :いえ、じぶんだろうけど。けれど・・。
王  :アイデンティティーっていうことばがあるね。あれって。なんだろう。ほとんど自分じゃないのに自分なんだよね。私は。
イオ :その脳すら移植しようとしてるって言う噂も聞いたけど。
恭介 :まさか。そんなの。
 
王、グハグハ笑う。
 
王  :いけないかなあ。脳だって、使ってればぼろぼろになるんだし。新しい脳に変えることができたら最高じゃない。
恭介 :でもそうしたら自分じゃなくなって。
 
けたたましく笑う王。
 
王  :自分って何だろうね。この身体はワタシノモノだよ。十分ね。脳が変わろうと私であることは間違いないじゃない。
恭介 :でも、人の脳だと。
王  :他人になると言うのかな。
恭介 :ええ・・まあ。たぶん。
王  :他人になってもいいじゃない。今この肉体が私なんだ。次から次へと変わっていっても、ここにあるのは私でしかない。永遠の肉体がここにある。不老不死。臓器移植がもたらした奇跡だよ。
恭介 :なら、次から次へパーツを変えながら生き続けるわけ?
王  :私はそうするつもりだ。
恭介 :それは・・・おかしいよ。
王  :そう思えばそう思っていい。人には強制しない。
イオ :まともじゃないと思いますけど。
 
笑って。
 
王  :主に向かって随分失礼なことをいう、客人だ。
イオ :ごめんなさい。でも、それは不老不死でもなんでもない。
王  :なら、何と言うんだね。
イオ :それは。
 
と言いかけたところへ。
 
王  :まて。誰か来る。
 
駆け込んでくる。
 
女2 :だしてよ。ねえ、私の彼出してよ。
王  :なんだ、あんたか。
女2 :なんだあんたかはないでしょ。ねえ、肝臓でも、腎臓でもいい。どこやったの。
王  :しらん。
女2 :あんたじゃないでしょうね。
 
と、ねっとりした目で腹を見る。
 
王  :私じゃない。そんな目で見るな。
女2 :ならどこよ。
 
と、あたりを見て。
 
女2 :あんたたちだれ。
恭介 :僕たちは。
イオ :私たちは、とおりすがりのものよ。ちよっとかくまってもらってるだけ。
女2 :そう。
 
と、興味をなくした。
ぶつぶつ何か言ってる。
 
恭介 :あの人どうしたの。
王  :恋人の臓器を探してる。
恭介 :え。
王  :恋人がへまして、臓器を抜かれたんだ。
恭介 :抜かれた。
王  :ばらされて、あちこちへ臓器が流れた。それ以来、ああして、行き先を尋ねている。
恭介 :探してどうするの。
王  :さあな。
イオ :やめときなさい。
恭介 :でも。
 
と、近寄り。
 
恭介 :ねえ、どうして探してるの。
女2 :あなた知ってる。知ってる。知ってるの。
 
と、食らいつかんばかり。
 
恭介 :し、しらないよ。聞いただけ。
女2 :なんだ。
 
と、興味を失う。
 
恭介 :どうして。
女2 :どうして?どうして?あの人に会いたいから。
恭介 :えーと、・・内臓だよ。もう。
女2 :(笑う)いいじゃない。あの人だもの。例え、。内臓でも、いいじゃない。あのひとだもの。
恭介 :見つけてどうするの。内臓だし・・ねえ。
 
女2けたたましく笑う。
 
女2 :そんなことも分からないの。あんたは。ガキね。恋したことないでしょ。
恭介 :それは・・
 
と、イオをちらっと見る。
 
女2 :きまってる。見つけたら、そいつから抜いてやる。
恭介 :え、内臓を。
女2 :あの人よ。
恭介 :だってそれって。
女2 :そうして、わたしのと 取り替えるの。そしたら、いつもあの人といっしょでしょ。
 
笑う。笑う。
ぞっとする恭介。
 
恭介 :狂ってる。
イオ :いいえ。残念ながら正常。・・グロテスクなだけ。
恭介 :移植できないからだで良かった。
 
どんどんと戸をたたく音。
 
王  :誰だ。
逃がし屋:おいらだよ。
王  :逃がし屋か。入れ。
 
飛び込んでくる逃がし屋。
 
逃がし屋:やばいよ。ちよっと油断して失敗した。尾行ついてる。早く、次のアジトへ。
王  :いきな。つなぎはつけてるよ。
逃がし屋:ありがと。たすかるな。行こう。あっち。
 
イオと恭介逃げる。
 
逃がし屋:お礼はあとで。ありがとね。
 
ばっと去る。
 
]V 逃がし屋の失敗
 
松島が出てくる。
 
松島 :ここかなあ。・・ちがうな。情報だとこのあたりなんだけど、ごちゃごちゃしてるねー・
 
と、こしとんとんとして背伸びしたとき、何かを見た。
 
松島 :おっ。
 
と、慌てて隠れる。
逃がし屋とイオと恭介。駆け込んでくる。
恭介は大分つかれている。
 
イオ :大丈夫。
恭介 :薬・・。呑まなきゃ。
 
だが、苦しそう。
 
イオ :かして。
 
と、リュックを探る。
 
恭介 :ごめん。・・袋に入ってる。
イオ :これね。
 
取り出す。
恭介に渡す。
逃がし屋:やれやれ。手間がかかるね。
恭介 :大丈夫。
イオ :寝てるといいわ。
恭介 :大丈夫。少し休めば・・。
逃がし屋:さてと。どうするかな。足手まといもいるし。
イオ :静香。
逃がし屋:現実は直視しなきゃね。・・アジトのストックも、もうないし。
イオ :あそこかな。
逃がし屋:あんたの故郷?やばいんじゃない、あそこは。
イオ :仕方ないわ。灯台もと暗しって言うこともあるし。
恭介 :どこへ行くの。
逃がし屋:それにこいつ連れてじゃ無理だよ。
イオ :それもそうだけど。
恭介 :大丈夫、少し収まったから。
逃がし屋:しんじゃうよ。
恭介 :面白いもの。・・いったでしょ。生きてる気がするって。なんだか生まれてはじめて生きてるってきがしてる。後悔はしない。ぼくはついていくよ。
逃がし屋:やれやれ。
 
と、肩をすくめて。
 
逃がし屋:じゃ、つなぎをするから、そうだね・・一時間後にわたしの所へ来て。侵入コードが変わってるはずだから、あんたがいたときと違って。調べとく。
イオ :分かった。
逃がし屋:とりあえず、時間つぶしてて。
イオ :分かった。あなたは、静香といれば
恭介 :一緒に行くと言ったでしょ。ついていく。・・でも、イオの故郷って。
イオ :あまりいいところじゃないわ・・。
 
イオ、去る。
 
恭介 :待って。
 
恭介もややしんどそうだがついていく。
見送って。
 
逃がし屋:長くないな。可哀想に。
 
くるっと行こうとする。松島がいた。
 
松島 :どこ行くの。慌てて。
逃がし屋:げっ。
松島 :油断のならないガキね。・・イオをどこへ連れていくのかな。
逃がし屋:しらないよ。・・さっき別れたもの。
松島 :さっき?いたのねここに。
逃がし屋:さ、さあ、何のことかな。
松島 :とぼけてもダメよ。
 
めざとく、恭介がおいていった、薬のアンプルを見つける。
ハンカチにしまいながら。
松島 :ふーん・・。
 
と、かざして。
 
松島 :恭介君、心臓が悪かったはずね。
逃がし屋:そんな子知らないよ。
松島 :これって確か、不整脈の薬ね。前の事件で被害者が持ってたのと同じ。ここにいたんじゃない。
逃がし屋:さ、さあだれかべつのひとのじゃない。
松島 :切り口は新しいけど。発作起こったのね。
逃がし屋:さあね。
松島 :安静にしてないと危ないの知ってるんでしょ。
逃がし屋:そうなの。
松島 :しってて放置してると罪に問われるわよ。
逃がし屋:そ、そう。
松島 :そうなの。財前静香。
逃がし屋:わ、わかったよ。気をつける。じゃ、用があるから。
 
と、慌てて去ろうとする。
 
松島 :逃がし屋として?
 
びたっと止まる。
 
松島 :いかにも怪しいですって言ってるわ。やっぱり子供ね。
 
通信機取り出して、島崎に連絡しようとする。
 
松島 :島崎さん。島崎さん。・・調子よくないわ。島崎さん、島崎さん逃がし屋を・・
 
そのすきにだっと逃げる。
 
松島 :あっ。クソがきっ。
 
松島、逃がし屋を追いかけていく。
松島、そのとき何か落とす。
島崎が駆け込む。
 
島崎 :松島。松島。どうしたっ・・松島、松島。くそっ。
 
と、通信機を畳む。
 
島崎 :あのバカ。どこいきやがった。単独行動しやがって。
 
と、落としたものに気がつく。
 
島崎 :これは松島のハンカチだなたしか。・・ん?
 
と、アンプルをかざす。
 
島崎 :心臓ね・・恭介がいたか。くそっ。
 
辺りを見回すが、何もない。
 
島崎 :連絡待ちか。・・松島、俺の事件だぞ、こいつは。ドジするなよ。
 
去る。
(後ろから顔を出し)解体屋が見ていた。
 
解体屋:残念だね松島の旦那。・・あんたにいい目見せてあげるわ。松島って言う熱血バカもね。
 
でてくる。
 
解体屋:もしもし。はい。そうです。分かりました。松島を切り離します。はい。イオですか、どうも例の所へ行ったようです。はい。
お楽しみに。権堂さん。
 
くっくっく。と笑って去る。
溶暗。
 
]W 安達芳野の憂鬱
 
音楽が流れてる。
溶明。
安達芳野がいらいらして歩き回っている。
誰かと電話してる。
 
芳野 :あんたの責任よ。説得しかかったのに。イオは?そう、分からないのね。あの子もいっしょ?そう。探して。大至急よ。時間がない。こちらが押さえたいの。そう。・・響子にあったわ。回収屋してた。落ちぶれたものね。イオにくっついてる。いっしょに確保して。できるでしょ。だめ、殺しちゃ。危ないやつつかってんじゃない。殺したりしたら代金払わないわよ。そう。大事なサンプルだから。・・吸血鬼?
 
笑い出す。
 
芳野 :ファンタジーじゃないんだから。違う。ただの医学的な事例よ。そう。よけいなことより。頼んだわよ。
 
と、切る。
笑顔がすーっと消える。
 
芳野 :吸血鬼ね・・。
 
くすっと笑った。
 
芳野 :まあ、600年も生きてりゃ人の血だって吸いたくなるかも知れないわね。御堂イオ。それとも、ただの詐欺師かな。
 
また、ぴっぴと押し。
 
芳野 :わたし。判響子のデータ持ってきて。そう、前の研究主任。バンパイアプロジェクトの。
 
溶暗。
 
]X 滅び行く人
 
溶明。
静かな音楽。
イオと恭介がいる。
 
恭介 :ごめん、少し休みたい。
イオ :いわんこっちゃないわね。
恭介 :ごめん。少し。
イオ :いいわ。
 
恭介、ダウン。
        間。
 
イオ :静かね。
恭介 :こんな感じかな。
イオ :何が。
恭介 :前、言ってたじゃない。静かな場所を探したいって。
イオ :ああ、あれ。・・あれは。
恭介 :嘘じゃないよね。あれ。
 
間。
 
イオ :嘘じゃないわ。
 
間。
 
恭介 :どうして。
イオ :どうしてって。
恭介 :なぜ探してるの。
 
間。
 
イオ :疲れたわ・・。長かった。
恭介 :何が。
 
答えない。
間。
 
恭介 :ぼく、思うんだ。イオ、なんだか人間じゃないみたい。
 
くるっと振り向く。
 
恭介 :ああ、ばけものとか言うんじゃないよ。なんかどっか、全てあきらめてるって気がして。生きてるけど、どこか死んでるみたいで。・・・ごめん。失礼なこと言って。
 
イオ、くすくすっと笑って。
 
イオ :いいわよ。
 
真顔になって。
 
イオ :鋭いのね。あなたは。
恭介 :イオ。
イオ :それとも、そんなにわかりやすいのかな。
 
歩き出す。
 
イオ :疲れたの。
恭介 :何に。
イオ :生きすぎたわ・・・。
恭介 :生きすぎた?
イオ :ねえ、わたし幾つに見える。
恭介 :幾つって・・。
イオ :200年生きてるわ。
恭介 :200!
イオ :驚いた。
恭介 :そんな・・。じゃ、王みたいに。
イオ :臓器移植なんかしてないわ。
恭介 :でも、それじゃ・・・。
イオ :お化けよね。
恭介 :人間はそんなに・・。
イオ :そうよ。わたしは、人間じゃない。
恭介 :・・まさか、さっき呑んだの・・。あれは。
イオ :そう。・・血液。人間の。
恭介 :バンパイア。
イオ :そう呼ぶ人もいるわ。
恭介 :でも・・。
イオ :長い年月、生きられるの。私たちは。
恭介 :血を吸って。
イオ :おそったりしない。昔はそんなこともあったけど。
恭介 :バンパイア。
イオ :長命なの。とてもね。血液さえあれば。なぜだか、十字架やニンニクや銀の弾丸に弱いけど。でも、小説にあるように、コウモリになったり、変身したりはできないわ。
恭介 :ほかにもいるの。
 
首を振る。
 
イオ :わたしが最後。100年くらい前から。
恭介 :最後の一人。
イオ :そう。ほかには誰もいない。狩られたの。次から次へ。覚えてるわ、心臓に杭を打たれた父。十字架におびえて動けなくなったところを首を切られた妹。・・。みんな死んでいった。わたしは逃げた。逃げて、逃げた・・・。
 
間。
 
恭介 :一人だったんだね。
イオ :・・そう。ずっと一人だった。
恭介 :あなた一人。
イオ :なすすべもなく、たった一人で逃げた。滅んでいった動物はこの地球にいくらでもいる。わたしもその一人だった。・・もう、疲れたわ。
 
間。
 
恭介 :僕がいるよ。
イオ :バンパイアにはなれないわ。またなってはいけない。
恭介 :どうして、
イオ :駆られる怖さをあなたは知らない。ひとりひとり朝霧のようにきえて灰になっていく。何もなくなる怖さをあなたは知らない。
恭介 :だけど生きたいんでしょ。
 
間。
 
イオ :・・生きたい。・・許されるなら。
恭介 :なら、生きればいいよ。
イオ :そんなわけにはいかない。存在が知られれば狩られつづけるだけ。わたしは、絶滅すべき種族よ。血を吸えば人は人でなくなる。
恭介 :今もすってる?
 
首を振る。
     アンプルを出す。
 
イオ :人造血液。・・これがあるから生きられた。
恭介 :なら。
イオ :だめ。わたしは今も狩られてる。
恭介 :え?
イオ :安達芳野。彼女はわたしを追っている。
恭介 :どうして。
イオ :長生きするのわたしは。そうなりたいでしょ、みんな。
恭介 :不老不死。
イオ :寿命はあるの。でも、あなたたちよりずっと長生きする。
恭介 :じゃ、ひょっとして。
イオ :遺伝子研究所にとらわれてたわ。十年前。やっとのことで逃げ出した。
恭介 :そうして僕の前に現れた。
イオ :詐欺師としてね。
 
笑う。
 
恭介 :うらやましいな。
イオ :うらやましい?なんで。
恭介 :うまくいえないけど。・・でも、あなたは生きてる。
イオ :生きてる?
恭介 :うん。闘ってるもの。自分の運命と。
イオ :運命ね。
恭介 :僕ね、ときどき思ってた。いつか、だれかが現れる。何の根拠もないんだけど、だれか、ぼくの運命と深く関わる人が現れて、そうして、そのときはじめてぼくは生きられるんだって。ベッドの中で。ぼくだって、長い時間待ってたんだよ。
イオ :詐欺師を。
恭介 :ううん。僕に世界を見せてくれる人を。
 
間。
 
イオ :とんだ世界をだったわね。
恭介 :違う。・・すばらしい世界だよ。
イオ :どうして。
恭介 :ぼくはずっとここにいるべき人じゃないと思ってた。みんなやさしい。でも、ぼくは耐えられない。分かってゲームをしていても僕は思ってた。ぼくのほんとうの世界はここじゃない。ぼくは見つけたよ。
イオ :何を。
恭介 :ぼくの本当の運命を。・・君だ。
 
イオ、笑う。
 
イオ :買いかぶりね。
 
間。
 
恭介 :いいや。・・僕は見つけたんだ。
 
間。
 
恭介 :違うよ。たぶん、会うべくしてあったんだ。僕たち。
イオ :思いこみ強いのね。
恭介 :うん。・・でもきっとそうだ。僕たちは片割れなんだ。この世界じゃいきられない。離れてはいけない。
イオ :(笑って)それって、プロポーズ?
恭介 :違うよ!
イオ :はいはい。後悔しなきゃいいけど。ろくなものじゃないわよ。
恭介 :どうせ、ぼくの前にあったのはろくなもんじゃない。ぼくのぼろ心臓がそういってる。
イオ :ファンタスティックなお話。
恭介 :バンパイアと人間のね。
 
二人、笑う。
 
イオ :なんだか元気が出るお話。
恭介 :よかった。
イオ :もう少し、頑張ろうかな。
恭介 :うん。それがいいよ。
イオ :滅びて行くしかないと思ってたけど。
恭介 :ほろびることなんかない。いつまでも生きてやればいいんだ。僕だって・・。
イオ :恭介。
恭介 :うん。僕も生きる。
 
]Y 狩りの夜
 
解体屋:お楽しみはそれまでね。
恭介 :解体屋!
解体屋:悪かった?
恭介 :何しに来た。
 
笑う。
 
解体屋:きまってるじゃない。取り立てよ。もらうものをもらいに来ただけ。
恭介 :逃げよ。
 
解体屋、先回り。
 
解体屋:そうは、行かないんだな。これが。ほら。
 
何人かが目を光らせて、迫る。
 
恭介 :何すんだ。
解体屋:データっておもしろいわね。あまりに長生きする人間がいた。それも、なんかおいしそうなもののんでんじゃない。
 
くくっと笑う。
 
解体屋:昔の歌が聞こえるわ。バンパイヤ、薔薇の花。銀の十字架。ニンニク。
 
笑う。
 
解体屋:おとぎ話じゃない。まるっきり。でもね。
 
怖い。
 
解体屋:不老不死ってのは人間の夢なのね。どうあってもいただくわ。あんたを。
 
迫る。
 
恭介 :イオ、逃げろ!
 
イオ、逃げようとするが暴徒に阻まれる。
 
恭介 :イオ!
解体屋:むりむり。恭介君。おとなしくした方がいいわ。それとも、あんたのぼろしんぞうでもいただこうかしら。
恭介 :くそっ。
 
いまにも捕まりそうになるが、逃がし屋が飛び込んでくる。
銃を持っている。
 
逃がし屋:イオ!
 
飛び退く。
にらみつけて。
 
逃がし屋:にげんだよ。
イオ :静香!
逃がし屋:プライドがゆるさないからね。あんたがなんかしらないけど、頼まれた以上はわたしの仕事。
解体屋:親父の二の舞をしたいと見えるね。
逃がし屋:やかましい!
 
撃つ。
とびすざる人々。
 
解体屋:いくよ。
 
警戒しながら、逃げようとする。
誰かが動く。
はっとして隙ができる。
解体屋が飛びついた。
 
逃がし屋:うっ。
イオ :静香!
逃がし屋:逃げて!
イオ :ごめん!
解体屋:あ、くそっ。
 
二人、逃げる。
 
解体屋:おえっ。
 
人々追いかける。
逃がし屋、傷ついてにらみつけている。
 
解体屋:どうせ、捕まるわ。
逃がし屋:つかまるもんか。
解体屋:逃げ場はない。せいぜい遺伝子研究所ね。
 
顔色が変わる。
 
解体屋:図星か。・・がきなんで油断したけどね。
逃がし屋:あはは。だまされるんがわるいんだ。
解体屋:クソガキ。親父の跡を追わしてあげる。
逃がし屋:逃げろーっ。
 
解体屋、逃がし屋を殴る。
倒れる逃がし屋。
 
解体屋:連れてけ。
 
暴れる逃がし屋を人々が連れていく。
解体屋、見送って。
 
解体屋:逃がさないわ。
 
だっと、走る。
]Z 松島暁に死す
 
やっとのことで逃げる恭介とイオ。
 
恭介 :どうする。
イオ :遺伝子研究所へ。
恭介 :やばいよ。
イオ :いいの。あそこにあるの。
恭介 :なにが。
イオ :舟があるわ。
イオ :舟。
恭介 :舟?
イオ :わたしの故郷。
イオ :舟。
恭介 :舟?
イオ :わたしの故郷。
恭介 :故郷。
イオ :そう。・・ここにはいられない。
恭介 :でも。
イオ :あなたも行く?
恭介 :どこへ。
イオ :遠いところ。
恭介 :遠いところ?
イオ :いけば分かるわ。
恭介 :わかった 。ついてく。
イオ :いきましょ。
恭介 :うん。
 
去る。
松島駆け込む。
 
松島 :遅かったか。
 
辺りを見回す。
松島、連絡する。
 
松島 :こちら松島。島崎さん。・・島崎さん。
 
つながらない。
 
松島 :やっぱりダメね。どうしよう。・・島崎さん、これはわたしの事件でもあるんですよね。・・単独行動させてもらいます。・・今から行きます。
 
松島、去る。
解体屋でてくる。
 
解体屋:ちょろちょろとうっとうしいこと。どうやら始末しなきゃならないようね。
 
解体屋、にやっと笑って。
 
解体屋:餌をまかなきゃ。
 
解体屋、去る。
回収屋、でてくる。
 
回収屋:どうやら、ずいぶんこんがらがってること。ぐちゃぐちゃにならなきゃいいけど。
 
コインをトス。
 
回収屋:さい先はよくないわね。でも、やらなきゃ仕方ないか。
 
去る。
安達芳野が浮かぶ。
電話している。
 
芳野 :そうよ。たぶん、ここに来ると思うの。舟があるから。追いつめられてるわ彼女。チャンスよ。こんどこそ捕まえるの。そう。人類の進歩の為よ。いい。絶対にがすんじゃゃないわ。いい。・・よろしく。
 
にやっと笑う。
 
芳野 :イオ。わたしのものになるのよ。やっと。
 
芳野、去る。
松島が駆け込む。
 
松島 :くそっ。みんな口が堅いわね。こうなりゃ根気比べか。でも。
 
誰かでてきた。
松島隠れる。
解体屋、でてくる。
 
解体屋:なかなかしぶといわね。でも・・。誰。
 
松島、でてくる。
 
松島 :解体屋ね。
解体屋:これは。
松島 :いいところであったわ。教えなさい。イオたちはどこへ行ったの。
解体屋:知らないね。
松島 :とぼけんじゃないわよ!
解体屋:おおこわい。
松島 :調べはついてる。あんたが権堂とつるんでるのは。イオを追ってるんでしょ。
解体屋:さあね。
松島 :言いなさい。イオはどこへ行ったの。
解体屋:知ってどうするわけ。
松島 :あんたは知らないでいいことよ。
解体屋:そうは、いかないね。それより自分の心配をしたら。
松島 :え?
解体屋:ほら。
松島 :貴様!
 
暴徒がいた。
 
松島 :何をする。公務執行妨害で逮捕するわよ。
解体屋:まあ、粋がっちゃって。
松島 :ただじゃすまないわよ。こんなことすると。
解体屋:どんなこと。・・松島刑事さん。・・こんなことかしら。
 
暴徒たち、松島を襲う。
 
松島 :やめろ!
 
暴徒の一人がうたれるがあとの暴徒が松島を襲う。
松島、倒れる。
 
解体屋:ほーら、いわんこっちゃない。
松島 :・・くそっ。
解体屋:教えてあげる。あいつらは遺伝子研究所へ行ったわ。あんたはいけないでしょうけどね。行くぞ。
 
解体屋、暴徒とともに去る。
 
松島 :くそっ。こんことで死んでたまるか。・・島崎さん、島崎さん・・分かりましたよ。イオは遺伝子研究所です。・・島崎さん・・・。
 
がくっとなる。
島崎が駆け込む。
 
島崎 :松島!松島!しっかりしろ!
 
松島は島崎に抱かれて崩れ折れる。
 
島崎 :松島!誰にやられた。
松島 :解体屋。
島崎 :権堂か。あのやろうただじゃおかねえ。
松島 :しまざき・・さん。イオは・・。
島崎 :しゃべるな。いま救急車を呼んでやる。
松島 :遺伝子研究所。
島崎 :しゃべるな!
松島 :すみません。あなたの事件なのに・・。
死ぬ。
 
島崎 :松島。戻ってこい。松島。松島ーっ。
 
ゆっくり立ち上がる島崎。
 
島崎 :こちら島崎。松島刑事が撃たれた。重傷だ。至急救急車を。そうだ。頼む。
 
間。
 
島崎 :まにあわねえけどよ。
 
間。
 
島崎 :そうだよ。松島。俺の事件だ。みてろ、松島。捜査てのはこういう風にやるんだ。遺伝子研究所だよな。
 
松島を見る。だっと駆け去る。
 
][ 破局
 
追われている。暴徒に囲まれるイオと恭介。
以下、少し様式的な動き。ダンス的な要素の動きもいい。
 
恭介 :こいつら、何。
イオ :どうやら正体ばれたみたい。遺伝子研究所の雇われものみたい。
暴徒 :こいつだ。
暴徒 :こいつだ。
暴徒 :こいつだ。
暴徒 :こいつだ。
暴徒たち:パインパイアだ。
恭介 :やめろ!
暴徒 :こいつこ誰だ。
暴徒 :かばうのか。
暴徒 :裏切り者。
暴徒 :こいつは。
暴徒たち:バンパイアの仲間!
恭介 :ちがう。僕は人間だ。
 
とまどう暴徒。
 
恭介 :ひきょうだ。みんな卑怯だ。
暴徒 :何を言う。
暴徒 :不老不死だぞ。
暴徒 :欲しくはないのか。
暴徒 :こいつらだけに渡してなるか。
暴徒たち:永遠の命。
 
首振って。
 
恭介 :違う、違う違う。そんなのおもちゃほしがる子供と同じだ。自分が手に入れるものがどんなものかも分からない。ただ欲しい欲しいってわめいてるだけじゃないか。いいや、それよりたち悪いよ。自分にないものをほしがって、ねたんで、つぶしてしまおうとする。イオはだれかに迷惑かけた?誰かに危害加えた?そうじゃないだろ。みんな関係ない。ほっていてよ。静かに独りでいさせてよ。それだけがイオの願いなんだから。
イオ :だめ、きくみみもたないわ。この人たち。
暴徒 :おかしなことを。
暴徒 :不老不死だぞ。
暴徒 :永遠の命。
暴徒 :独り占めはゆるさない。
暴徒 :邪魔すると。
暴徒たち:お前も死ぬぞ。
恭介 :力で脅したって、こわくないよ。どうせ、僕はもうすぐ死ぬんだ。
イオ :恭介。
恭介 :イオ、逃げて。
イオ :でも。
恭介 :にげて!大丈夫、あとでいくよ。きっと行く。必ず。だから、逃げて!早く!
イオ :待ってるわ。
 
イオ、逃げる。
暴徒が襲う。
 
恭介 :元気で!
 
恭介、暴徒に捕まりぼこぼこにされる。
回収屋の乱入。
暴徒たち、恭助おいて後ずさり。
 
回収屋:死にたきゃ、何人でも始末してあげるわ。どう。
暴徒たち、無言で退散。
恭助が倒れている。
助けおこし。
 
回収屋:しっかりして。
恭介 :ありがとう。
 
苦しそう。
 
恭介 :イオは。
回収屋:どうやら、逃げたようね。
恭介 :よかった。
回収屋:捕まるよあれじゃ。
恭介 :でも、逃げてる。
回収屋:人類全部を敵にして?
恭介 :それでも逃げる。イオはきっと逃げ切る。
回収屋:そうなればいいけど。
恭介 :舟があると言ってたよ。
回収屋:芳野が押さえてる。
恭介 :あなたは誰。
回収屋:あそこにいたものよ。バンパイヤの秘密はバンパイヤとともに滅びるべき。不老不死は人間にはまだ重すぎる。
恭介 :だから追っていたの。
回収屋:安達芳野はそうは思わないみたいだけど。・・ほらしっかりして。
恭介 :大丈夫。ぼくは大丈夫。いつかまたきっとあえるよね。
 
間。
 
回収屋:あんたがそう思えば。・・家に連れてこう。
恭介 :僕の家。
回収屋:イオにはないところさ。
 
連れていく。
恭介立ち止まって。
 
恭介 :逃げるんだよ。・・イオ。
 
よろける。
 
回収屋:ほら、しっかりして。
 
ゆっくりと歩き去る。
悔しそうに見送る解体屋。あおっていたようだ。
 
解体屋:わたしです。ざんねんながら取り逃がしました。恭助と回収屋が邪魔しやがって。ええ、刑事のやつは処分しました。若い方です。はい、じゃ、もう一度
島崎 :お前か。
 
解体屋振り向く。
 
島崎 :松島からの遺言だ。
 
撃つ、二、三発。
飛ぶ解体屋。
 
島崎 :それから、これは俺の挨拶だ。
 
とどめの一発。
解体屋死ぬ。
足で軽く蹴って。
 
島崎 :松島・・終わったぞ。・・つぎゃ権堂だ。行くぞ。
 
安達芳野が浮かぶ。
 
芳野 :そう。解体屋が。いいわ。イオは無事逃げたのね。ここにむかっている。けっこう。・・ながかったわ。決着つけるときね。回収屋は?見失った。恭介を連れて・・だいじょうぶ。そちらは考えなくていい。なにもできないでしょう。では、イオを迎える準備をするわ。・・せいぜい歓迎してあげましょう。
 
笑って、芳野、消える。
 
]] 私を月まで連れてって
ロマンチックな音楽。
恭介がベッドに寝ている。
赤城が入ってくる。
じっと見て、首を振り。
 
赤城 :恭介さん・・。恭介さん。
恭介、起きない。
 
赤城 :恭介さん。
 
反応がない。心配そうにするが呼吸をしているのを見て、ほっとして。
 
赤城 :無茶をするから。いわんことじゃない。
恭介 :でも、おもしろかったよ。
赤城 :起きてたんですか。
恭介 :今ね。
赤城 :具合は。
恭介 :・・どうだろう。
 
間。
 
赤城 :あの女は。
恭介 :逃げてる。
赤城 :ほう。
恭介 :追われてるんだ。ずっとね。永遠の生命のために。
赤城 :なんです、それは。
恭介 :バンパイアだよ。
赤城 :バンパイア。ファンタスティックなお話ですな。
恭介 :信用しないの。
赤城 :私がしんようするのは、これと数字ですよ。
 
と、書類を見せる。
 
恭介 :赤城さんらしいや・・。でも、本当だ。
赤城 :そうですか。
 
と、信用していない。
 
恭介 :いまも逃げてる。
赤城 :逃げ切ればいいですな。
恭介 :うん。たぶん逃げ切る。僕、そう思う。・・僕が死んでも、またどこかであえそうな気がする。
赤城 :恭介さん・・。
恭介 :自分のことは自分がよく分かるよ。赤城さん。・・あの曲つけて。
赤城 :あれというと。
恭介 :私を月まで連れって。
赤城 :いいですよ。
 
流れる。
しばらく聞いて。
 
恭介 :ぼくね。イオに連れてってもらったんだ。
赤城 :どこへ。
恭介 :月までね。
 
と、笑う。
赤城 :月・・ですか。
恭介 :ずっと、このベッドが僕の世界だった。どこへも行けない。もうしぬまでどこにも行けないと思ってた。イオは僕を新しい世界へ連れていってくれた。僕は、やっとほんとうの世界を見たよ。
赤城 :恭介さん・・。
 
回収屋がそっといた。
 
回収屋:よかったわね。
恭介 :回収屋さん。
回収屋:イオはまだ逃げてる。
 
音楽が大きくなる。
イオが浮かぶ。逃げている。
島崎も追っている。
イオがはっとする。
 
イオ :恭介。
 
また逃げる。
 
恭介 :イオっ。
赤城 :どうしました。
恭介 :なんでもない。呼ばれたような気がしただけ。
 
少し苦しそう。
 
赤城 :恭介さん。
恭介 :大丈夫。
回収屋:無理したつけね、いわんこっちゃないわ。
 
口調は優しい。
 
恭介 :あなたもまだ追ってるの。
回収屋:ああ、それね。
恭介 :イオの代わりに僕の心臓じゃダメかい。
赤城 :何てこと言うんです。
 
回収屋、笑って。
 
回収屋:契約がちかがうわ。それに、そんなぼろ心臓。もらっても仕方ないし。
恭介 :やっぱりね。
回収屋:でも。
 
と、書類を取り出し。
 
回収屋:あんたの頑張りに免じて。
 
と、破る。
 
赤城 :おやおや。
恭介 :いいの?
回収屋:いいの。回収不能というのはあるのよ。死体が事故でぐちゃぐちゃになったとか、人間以外のものだったとかね。
恭介 :しってたの。
回収屋:いったろ。遺伝子研究所にいたって。
赤城 :損しますよ。
回収屋:経費でおとすわ。
 
恭介が何かいいたそう。苦しい。
 
赤城 :恭介さん。
恭介 :ぼく、もう行くよ。
赤城 :恭介さん!
 
苦しい息の下。
 
赤城 :なんです恭介さん。
恭介 :いつかどこかで。
赤城 :恭介さん。
恭介 :イオ・・。逃げろ。
 
目を閉じる。               
手が落ちた。
 
赤城 :恭介さん。
 
     間。
 
回収屋:ばかだね。この子。
赤城 :恋するおとこは誰でもバカなもんです。
 
蒲団を直してやる。
 
回収屋:つきあってられないわ。
赤城 :確かに。
回収屋:吸血鬼か。
赤城 :なにか。
回収屋:なんでもない。さよなら。
赤城 :ごくろうでした。
回収屋:ねえ。
赤城 :なにか。
回収屋:この曲なんだっけ。
赤城 :私を月までつれてって。
回収屋:そう。・・連れてってくれる人がいるってのはいいよね。
 
赤城、肩をすくめる。
 
回収屋:じゃ。
赤城 :どうも。
 
さろうとしたところへ。
 
赤城 :幸せだったんですよ。
 
回収屋、にっこりした。
 
回収屋:いい人生さ。
 
去る。
赤城、もう一度恭介の蒲団を直してやる。
曲が静かに流れる。
 
☆エピローグ
 
        煙っぽいどこかの事務室。女がドアの外に立っている。ドアは開いている。
        
男  :あいてるよ。
 
        女静かに立っている。男振り向く。
 
男  :何か用かい。
女  :私の心臓買ってくれませんか。
男  :何だって。
女  :ここは、静かですね。
男  :ああ、いい所だ・・。話を聞こう。
女  :はい。・・この曲は?
男  :私を月まで連れてって。いい曲だろ。聞いたことある?
女  :ええ、・・・ずっと昔・・・
男  :こっちに座って・・・どうしたの。
女  :誰かに呼ばれた気がして。
男  :・・・空耳だね。ここには誰もいない。・・座って。
 
        男、机に向かう。椅子を勧める。
        「私を月まで連れてって」が大きく流れ出す。黄昏てゆく光景。
女、何かをもういちど聞く動作をして、それからゆっくりと歩む。
上、下のトップサスだけが残り、それもやがて消えていく。
音楽だけが残る。
 
 
 
【 幕 】



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