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  「グッバイ・シルバーチルドレン」

                             作 結城 翼
 
★登場人物    
青山恭子・・・・・・・・新任看護婦。                     
船山修一(船長)・・・・シルバーチルドレン。元港湾局局員           
並木瑶子(先生)・・・・シルバーチルドレン。元塾事務員。           
佐藤華子(華子)・・・・シルバーチルドレン。元スーパー鮮魚部店員。      
鈴木亜理子(ありす)・・シルバーチルドレン。元ピアノ教師。              
黒木・・・・・・・・・・医師。                        
横田・・・・・・・・・・看護助手。                      
 
 
 
 
#1 妄想の夜
 
        すべては妄想から始まる。
        青い夜。精細な満月が中天に輝く。昔から月は狂気を呼ぶと言うけれど、今宵は一段と輝いている。
        一台の古ぼけたピアノ。詰め所とおぼしき場所がある。
        ピアノ曲が流れている。        
        地上では言葉が生まれている。
        声の中にいた青山が本を読んでいる。
        
青山 :一匹の黒い羊が、銀色の大きな月が輝く広い広いどこまでも続く砂の海の上で泣いていました。黒い羊は、ある時、周りには、もはや誰も    いなく、自分が本当は独りでいることに気づいてしまったのです。遙か砂の海の水平線の向こうに、白い羊たちがいるような気はしました    が、それは確かではありません。黒い羊は、その黒い瞳を世界のすべてが映るほどにしばらくの間大きく見開いていたかと思うと、静かに、    本当にひっそりと泣き出しました。七日七晩、声も出さず、涙も出さず、黒い羊は自分の心が無くなって空っぽになるまで、大きく深い目    を開いて泣き続けました。そうして、ある時、泣き疲れた黒い羊は、何かの声が自分を呼んでいることに気がつきました。銀色の針のよう    な透明な月の光にのって、その声は、やさしく、確かに聞こえてきたのです。その声は、こういいました。
 
        何かが聞こえた。
 
青山 :え、何。
 
        ありすが握手を求めるような仕草で、何かしていている。
        繰り返しながら、何か言っている。
 
ありす:わからない。わからない。どうして、右が左だろう。ねえ、どうして、右が左なんだろう。ねえっ!
 
        と、呼びかける。誰にかは本人にもよくわからないようだ。
 
青山 :なに、ありす。
ありす:ねえ、どうしてでしょう。
 
        と、手を出して握手をする恰好をして。
        青山も手を出して。
 
ありす:どうして、あたしの左はあなたの右なの。
青山 :は?
ありす:どうしてだろう。あたしの左があなたの右なのは。
青山 :さあ。 
 
        と、あいまいな返事。
        別に返事を求めたわけでもなく、緊急を要しないと判断したらしく、元の場所へ戻ろうとする。
        生返事をしながら。
 
青山 :どうしてなんでしょうねぇ。左ねえ。
 
        と、ぼそぼそつぶやいて戻る。
        ありすは、納得行かず、向かい側にまわっては、手を出して。
 
ありす:どうして、左は右なの。左は、右。右は左。左は、右。右は左。
 
        ぐるぐる反時計回りにまわっていた船長が突然。
 
船長 :ハーイ!
青山 :え?
 
        だが、別に何か言うわけではない。
        三三七拍子の手を打ちながら、合いの手を入れる。
 
船長 :ハーイ!
 
        また、三三七拍子の手をうちながらまわる。
        青山、席を立たずに。
 
青山 :船長さんどうしたの。それ。
船長 :こっ、これですか。これは、赤坂の車でーす。はい!
 
        三三七拍子の合いの手。
 
青山 :ああ、そうなんだ。
船長 :はーい。
 
        と、まわる。
 
先生 :まだなの。みんな。始まりますよ。青木さん、梶本さん、黒田さん、・・
 
        と、名前を呼び始める。
        船長は、歩くのをやめる。
        ありすは右左するのをやめる。
        華子は、じっと固着してぶつぶつ言っている。
        青山は見ているが、問題はないと見たらしく、座る。
 
先生 :さあ、みなさん、おはようございます。
 
        返事はもちろん無い。
 
先生 :今日のホームルームは遠足についてです。みんな、どこへ行きたいですか。花田さん。
 
        他のものたちはまた、動き出す。
        船長は、船長の、ありすはありすの動きを始める。
        構わず先生、話しかける。どうやら華子に向かって話しているつもりのようだ。
 
先生 :そうですね。ずいぶんいいところに気がつきました。遠足のお小遣い、一人三〇〇円までとしましょう。花田さん、イイですね。花田さん、    花田さん、花田さん、花田さん、花田さん、花田さん・・・
 
        と、止まらなくなり、早くなる。
        話しながら、華子の肩に手を掛ける。肩を揺さぶる。揺さぶられても、華子は反応せずぶつぶつ言っている。
        揺さぶりながら、単調に
 
先生 :花田さん、花田さん、花田さん、・・。
 
        合いの手のように。
 
船長 :こっ、これですか。これは、赤坂の車でーす。はい!
 
        三三七拍子の合いの手。で、回っている。
        青山、気がつき、止めに入ってくる。
        その青山に、ありすが。
 
ありす:どうして、あたしの左はあなたの右なの。
 
        と、問いかけるが、軽く頷き流して。
 
青山 :なに、先生。
 
        と、手をハズしながら話しかける。
        先生の連呼が止まり。ぼんやり青山の方を見る。
 
青山 :遠足でしょう。
 
        先生、ぼんやりと頷き、もとの所へ戻りながら
 
先生 :出席を採ります。安部さん、井上さん、大崎さん、岡村さん、北岡さん、沢村さん、鈴木さん、高橋さん、谷川さん、近森さん・・・
        
        と、名前を呼び続ける。
        青山、華子の方を見るが、華子の反応はなくぶつぶつ言っている。
        以前から例えば次のようなことをいっては、おだやかに幻の相手と会話をしている。世界を魚に換算しているらしい。
 
華子 :やっぱり酒なら砂漠に限るとね。鱗にお針仕事しても楽しいでしょうか。大きなお魚と思ったら、あんたは痴漢ね。あたしを釣ろう、った    って天の筋がピシャン!天気がみじん切り・・はなそうったって、問屋が卸してくれません。ほんとこんなたくさんのお魚は見たこともな    い。
 
        合間に指さし点呼みたいにして、人を「マグロ、ウナギ、さより、サンマ・・」と名付けている。
        それらの言葉は順不同に繰り返されては海の中に消えていく。
        それらの言葉はまるで海にたゆたうように消えていく。
        青山そのまま、再びもとへ戻る。
        戻りかけに、ありすが再び問いかけるが頷くままにとどめる。
 
ありす:どうして、左は右なの。左は、右。右は左。左は、右。右は左。
 
        先生も船長もそのままの世界に入っている。
        妄想の海に静かに沈んでゆく。
 
青山 :そこはとても奇妙な世界に思われた。壊れてしまった人々が、自分たちの物語を誰に向かって語るでもなく語り続けている。お互いの間に    はわずかなコミュニケーションの糸がつながっていたが、それは、あまりにも細く、もろかった。気がつくと、彼らは、向こう側の世界へ    果てしなく転げ落ちていくのだった。シルバー・チルドレン。誰が名付けたか知らないが、たしかに、そこは、遙か彼方へ行ってしまった    人々がいた。
 
        いつの間にか、曲はたどたどしいありすの弾くピアノ曲となっていた。
        医師の黒木が入ってきた。
 
青山 :おはようございます。
黒木 :夜だよ。もう。まだそのくせ直らないの。
青山 :すみません。つい、劇団の癖で。
黒木 :いいけど。芸能人気取りじゃつとまらないよ、この仕事。
青山 :はい。 一生懸命やります。雨にも負けずです。
黒木 :なにそれ。
青山 :あ、ご存じでしょ。あれですよ。雨にも負けず、風にも負けずっていう。
黒木 :ああ、そういう人間に私はなりたいって言う自己犠牲の歌ね。
青山 :いえ、別に自己犠牲とか言うそんなんじゃなくて、なんか頑張るぞっという語感が好きなだけで。小学校の時習って、それから何となく。
黒木 :座右の銘?
青山 :まあ、そんなとこです。
黒木 :それ 、やめといたほうがいいわ。
青山 :え。なんでです。
黒木 :その一生懸命っていうやつね。もちゃしないって。一生懸命で済むようなことじゃないもん。これ。
青山 :はあ。
 
        と、見ると船長が動き始めた。
        例の「ハーイ」をやり始めた。
 
黒木 :あれね。新しい人来ると、よくやるんだ。
 
        気合いが入った船長。
 
黒木 :あんた、前の看護婦より気に入られてるよ。
青山 :はあ。
黒木 :いつもより、テンポがいい。
 
        鋭い観察っていうか、そんなもんかい?
 
黒木 :肩の力抜いて、ゆっくりやって。前の人、一ヶ月ももたなかったわよ。
青山 :はあ。
黒木 :とりあえず、今日は夜勤だね。相棒の山本さん、風邪ひどくてダウンだって。やりくりつかないから、医者のあたしまでかり出されたわ。    まったく、うちのえらいさんもよく、こき使ってくれるよ。どうせ当直だからいいんだけど、こんなの続いたら、身体壊しちゃうわ。
青山 :はあ。
黒木 :なに、みな、徘徊それほどひどくないし、ねたきりもいない。かわいいもんよ。
青山 :はい。
黒木 :じゃ、ちょっと頼むわね。一服してくるから。三〇分したら戻るわ。
青山 :え、私一人じゃ。
黒木 :だいじょぶ。だいじょぶ。そんなやばいのいないから。どうしてもだめなら私呼んで。外科病棟にいるから。いいわね。
 
        と、すげなく行ってしまう。
 
青山 :あの。先生。
 
        と、言ったが、
 
黒木 :頼んだよー。
 
        と、手をひらひらさせて、無視され。
        仕方なく戻る。
 
青山 :無責任ね。私独りだなんて。いい加減だから、ほんとに・・。
 
        と、渡されたカルテをぱらぱら見る。
 
青山 :鈴木ありす。62才。軽度の妄想と見当識の失調が見られる。元ピアノ教師か。・・なるほど。
 
        ピアノを相変わらず弾いている。但し、表情は変わらない。
 
青山 :船山修一。75才。多動と軽度の妄想。軽度かなあ。言語に異常。元港湾局勤務。それで、船長?船に乗れなかったんだ。佐藤華子。70    才。スーパー鮮魚部店員。なるほど、魚に造詣が深い訳ね。世界が海か。軽度の鬱状態がみられる。肝硬変。腎臓障害。内臓ぼろぼろなん    だ。並木容子58才。元学習塾事務員。あー、先生じゃなかったんだ。なるほどね。
 
        ふーっとため息ついて。
 
青山 :いろいろあったんだ。
 
        と、首を振って戻るところへ、看護助手の横田がくる。
 
青山 :おはようございます。
横田 :・・ああ、新人てあなた。
青山 :はい。青山です。・・あなたは。
横田 :ああ、きいてない?しょうがないわねえ。黒木先生たら。いっつもこうだから。・・ああ、横田って言うの。看護助手。看護婦足りなくっ    てさあ。あたしらまでかり出されるんだわ。ここ人使い荒いから。
青山 :はあ。
横田 :ああ、今夜は大丈夫ね。
 
        と、そこらを引っかき回し。
 
横田 :あの船長さんにゃ気をつけた方がいいよ。
青山 :はあ。
横田 :あっちの方だけは忘れないみたいでね。
 
        ひっひっひと笑って。
 
横田 :元気だから。
青山 :はあ。
横田 :あんた、彼氏は?
青山 :別に。
横田 :もったいないねえ。あたら青春、こんなとこで腐らして。
青山 :仕事ですから。
 
        けっけっけと笑って。
 
横田 :若い、若い。そんな甘ちゃん言ってるのも、今の内よ。
 
        どらと言って、バケツを持って。
 
横田 :輸液と痛み止めと睡眠薬、あとで届けるから。チェックは30分おきね。
 
        といって、不審そうにしてるのへ。
 
横田 :夜間は徘徊多いのよ。
青山 :なるほど。
横田 :そこの先生なんか、夕べの三時頃、玄関で大きな声で出席とってたわ。元気、元気。
 
        けっけっけとまた笑い。
 
横田 :ほかに足らないものは。
青山 :さあ。
横田 :そっか。あんたじゃ、わからないわね。
 
        と、立ち去りながら。
 
横田 :ああ、満月だわ。
 
        見上げれば、怖いくらい巨大な満月。
 
青山 :ずいぶん大きいですね。
横田 :良くないね。
 
        と、首を振る。
 
青山 :え。
横田 :月は人を狂わすっていうからね。
青山 :そうなんですか。
横田 :ルナティックって狂ってるのを言うんだよ。学問あんだろ。ん。
 
        くっくっくっと笑い。
        老人たちを見て。
 
横田 :今夜はテンション揚がりそうだね。気をつけないとね。
 
        ひっひっひと、去っていく。
 
青山 :満月ねえ。
          
        と、見るとも無しに見る。
        再び、ピアノのたどたどしい音。
        はっとする青山。
 
青山 :ルナティックか・・。
 
        ふんと息を鳴らし、机を片づけ始める。
        ピアノはたどたどしく続き、明かりがゆっくりと変わっていく。
        青い夜になった。
        精細な満月が輝く。
 
#2 砂海に銀月号と月夜姫
 
        ピアノが突然元気に曲を弾く。
        例えば、「月の砂漠」ジャズバージョン。
        砂の海が広がった。
        皆はいつの間にか、銀月の下、広大な砂海を旅する船人になっている。
        青山は全然気づかない様子で、何事かチェックをしている。以下、そのときが来るまで仕事をしている。
        いつの間にか、船長は、すらりと立ち上がり、銀色に光るサーベル(ただのホーキかもしれない)をかざして叫んでいる。
 
船長 :月夜姫ーっ!月夜姫ーっ!!姫はまだ見ぬかーっ!!
ありす:(ピアノ弾きながら)まだですーっ!!
船長 :ならば、取り舵いっぱーい!!北北西に進路をとれーっ。左回りにこの砂海の赤道を越えるぞーっ!!
先生・ありす・華子:、アイ・アイ・サー!!
船長 :メインマストの帆を張れーっ。
三人 :アイ・アイ・サー!!
船長 :取り舵いっぱーい!!
三人 :取り舵いっぱーい!!
船長 :銀月の夜に。
三人 :取り舵よーそろーっ!
船長 :北北西に進路をとれーっ!
三人 :方位百三十五度ーっ!!
船長 :左回りにコースをとれーっ。
三人 :よーそろーっ!!
 
        ピアノ曲が続く中で、帆は張られ、大きく左回りに方向転換していく。
 
船長 :名前も知らぬこのどこまでも続く砂の海に、銀月の夜がやってくるたび、俺は思い出す。月夜姫!お前の姿が消えたあの夜のことを。砂嵐    とともに奴らがやってきたあの夜のことを。五月の銀月の夜、砂嵐とともにやったきた、奴ら、夜の破壊者銀月王たちの残虐な行いを。俺    の体が覚えているからではない、俺の母や、妹や、兄が血反吐はきながら殺されていったあの虐殺の夜が、繰り返し、繰り返し、俺を呼び    起こす。お前たち、銀月王は何をしたか。
三人 :母を殺し、父を奪い、街を焼きました!
船長 :そうして。
三人 :妹を犯し、兄を串刺しにし、我々のすべてを焼き尽くしました。
船長 :奴らは、何を奪った。
三人 :我々の誇り、我々の喜び、我々の魂。
船長 :奴らは何を残した。
三人 :我々の血、我々の涙、そうして!
船長 :そうして。
三人 :我々の復讐!!血の報復を!!
船長 :銀月王。
三人 :銀月王。
船長 :赤道を越え、左回りに追跡する!
三人 :アイアイサー!!
船長 :北の海はどうだ。
先生 :晴れの海方面には何もありません!
船長 :南の海はどうだ。
華子 :嵐の海ばかりです。何もありません!
船長 :西の海はどうだ。
ありす:ただ、静かの海が沈黙しているだけです。何もありません!
船長 :そうか。なら、やつは、東だ!東の海にきっといる。東の海の名は。
先生 :希望の海です。
船長 :何という、縁起のいい名前ではないか。お前たち。では、いくぞ。全速前進!
三人 :全速前進!
船長 :全速前進!月夜姫ーっ!
三人 :月夜姫ーっ!!
青山 :えっ?
 
        青山、ふっと名前を呼ばれたように何かに気づく。
 
青山 :え、誰か呼んだ。
 
        だが、青山は結局また仕事に戻る。
        ピアノが最後の和音を大きく鳴らして終わる。
 
一同 :ひゅー。ひゅー。
 
        と、盛大な拍手。
 
ありす:ありがとーっ。
 
        と、投げキスなど?
 
船長 :いつもながらにすばらしい。拍手ーっ。
 
        拍手。ありすが礼。
 
船長 :さて、諸君。今宵は満月、芝居の月だ。
 
        と、演説をぶっこき始める。
 
船長 :「銀月王の夜」もいよいよ佳境に入った。気合いを入れてやってくれ。
先生 :基本的な質問。
船長 :何だ。
先生 :奴らとは誰?
船長 :月夜姫をさらった悪者だ。今さら何を。
先生 :(じれったそうに)そうじゃなく、言いたいのは、銀月王ってなにっていうこと。
船長 :家族を殺し、財産を奪った。
先生 :(いらいらして)じゃなくて、いいたいのは。
ありす:正体って言うか、何を表しているかって言うかということ?
先生 :そう、そう、それよ。いまどき、子供じゃあるまいし、悪者だーは無いじゃない。たとえば、少年との時のトラウマがその正体で、月夜姫    はあこがれの少女の代替物だとかなんとか、もちっと、根本的ななんかこう、理論というか。
華子 :魚なんですよ。
先生 :(出端くじかれて)え、なに。
華子 :だから、魚よ。出世魚なのよ。せいごからはまちになってさいごにぶりになる。あれ。ねえ。そうでしょう。
船長 :はあ?
華子 :だから、せいごと、ハマチと、ぶりよ。変わっていくの。
ありす:意味不明だわ。
華子 :だから、変化していくのよ。船長さんだったり、銀月王だったり、月夜姫だったり。
先生 :わからん。
華子 :分かり切ったことじゃない。馬鹿なのあんたは。
先生 :馬鹿とは何よ。華子のくせに。
華子 :なによ。出世魚でもないくせに。
先生 :私は、タイなんです。魚の王様です。
華子 :あんたはボラよ。ボラ、ボラ。ボラ。
先生 :華子のくせに。華子のくせに。華子のくせに。
船長 :あのー。
二人 :何っ!
船長 :どうだっていいだろ。
二人 :何がっ!!
船長 :銀月王の夜。楽しめばいい。どきどきしたあの子供の時。海の向こうに何があるって想像したことあるだろが。
二人 :ないっ!!
船長 :ないって。お前らなー。
二人 :無いものはない。
船長 :青春って言うものが。
二人 :逆さにふっても鼻血も出ない。
船長 :あーもー、子供時代のこう、わくわくするような思いは。大人になってくたびれ果てて、見失った、取り返しのつかないあの思いは。
二人 :出るとこ出たけりゃ出してはやるが、出るとこ出られないので、出してはやらない。
船長 :この砂の海に帆を張って、銀月の夜の中旅をしようとは思わないのか!
二人 :出る杭は打たれる。出、出、出る、出る、出ろ出ろ。出物腫れ物所嫌わず。ダス、デス、デム、ダス。デル、デム、デン。
船長 :(絶望的に)音楽!
 
        ありす、ピアノ。
        夜は更けていく。
 
船長 :月夜姫ーっ!!
二人 :月の砂漠を、はるばると・・。
 
        と、怪しげな感じで歌い出す。
        船長、絶望的に、首を振り。
 
船長 :月夜姫ーっ!!
二人 :金と、銀との鞍おいて・・
船長 :月夜姫ーっ!!
青山 :誰?
 
        と、振り向く。
 
船長 :おお、よかった、気がついたか。私はここだ。
青山 :誰?呼ぶのは。
船長 :私がわからない。
 
        青山がふわふわした足取りでやってくる。
 
船長 :この私がわからない。
青山 :船長さん・・?
船長 :人はそうとも呼ぶ。
青山 :でも、・・まともにしゃべるじゃない。
船長 :失敬な。私はいつもまともだ。
青山 :でも、どうして。
船長 :そんなことより、君はどうして、そんな格好をしている。
青山 :ああ、これ。いや、今日からここで働いているんで・・。
船長 :働いている!君が。あの、縦のものを横にもしない。人を使うは好きだけど、使われるのは絶対嫌だというあの君が。
青山 :ずいぶん失礼ねー。それに、あの君って何ですか。私初めてですよ、あなたに会うのは。
 
        船長は笑って。
 
船長 :いや、誰もそんなことを言う。混乱しているんだね。むりもない。あの銀月王の動乱はひどかった。ヨネザードの街がぐちゃぐちゃに破壊    されて、炎と殺戮の中に消えてしまったのだから。
青山 :えっと、お芝居の話なのかな・・。ひょっとして。
船長 :当たり前じゃないか。馬鹿と違うか、君は。
青山 :まっ。
 
        と、むくれる青山。
 
船長 :さ、はやく、月夜姫。そんな野暮ったい服などぱーっと脱いで、元の月夜姫に返るんだ。
青山 :何言ってんですか。おとなしくベッド戻って。
 
        ちっ、ちっちと船長。
 
船長 :ベッドって気が早いねえ月夜姫。まだ、銀月がほら、あんなに明るく輝いているよ。
青山 :あー、頭、痛い。
 
        と、混乱する。
 
ありす:青山さん。びっくりしてるー。
青山 :・・あなた達。
 
        と、まわり見回す。ありすたちが取り巻いていた。
        ありすがにこにこして。
 
ありす:何も不思議なこと無いわよ。私たちは、こっち。あなたはあっち。
青山 :こっち?あっち?
船長 :どっち、そっち。
華子 :あっち、こっち。
ありす:銀月の夜は、あっちもこっちもない。あるのは、一致。
先生 :うまい。
ありす:どうも。
青山 :あっち、こっち?
船長 :深く考えずに、さあ。
青山 :といっても。
 
        と、混乱している青山。
        ありすが再びピアノを弾く。
        船長が青山の手を取った。
        思わず青山が抱き寄せられる。
        そのままの姿勢で。
 
船長 :くしくもこの銀月の夜、月夜姫と再会できた。お前たち!!
三人 :へい!!
船長 :いよいよ銀月王に血の復讐だ。
三人 :へい!!
船長 :ありす!
ありす:はい!
船長 :お前は、銀月王を誘う歌を奏でろ。お前の曲に誘われて、思わず涎垂らしながら、やつがやってくる、悩ましくて景気のいい曲をかなでろ!
ありす:あいよ!誘う瞳に、とろける吐息、その悩ましさに息も絶え絶え、とろける曲を。あはーん。
 
        甘い、メロディーをちょっと。
 
船長 :華子!
華子 :はい!
船長 :おまえは、世界中の魚という魚を呼び集め、砂の流れを変えるのだ。やつの乗る暁の流星号がいくら世界で一番早くとも、足下の砂の流れ    を変えられては、この砂の海、無事に航海できるはずもない。流れを変えて、我らの前に、銀月王を引きずり出せ!
華子 :お任せを!ぶりにアナゴにいかに鯖、たこにサンマにあじにハゼ、黒鯛、秋鮭、しゃこ、ニシン。魚という魚、見事集めて、砂の海、地獄    の渦巻きをこしらえてみせましょう。
船長 :ようし!では、月夜姫。
青山 :違うんだけど。
船長 :月夜姫!
青山 :は、はい。
船長 :いざ、銀月王を滅ぼしに!
ありす・華子 :銀月王を滅ぼしに!
船長 :声が小さい!
二人 :銀月王を滅ぼしに!!
船長 :お前はどうした。
先生 :どうもしません。
船長 :なんだ、なんだ。しけた面して。テンション落ちちやうだろが。
先生 :落ちちゃったもの。
船長 :は?
先生 :落ちたのよー!!
 
        先生、絶叫。
        皆耳を押さえる。
 
船長 :何が。
先生 :私を落ちたのよー。
船長 :わからん。
先生 :私を落ちたのよー!!
青山 :ちょっと、どうしたの。
船長 :ほっとけ、月夜姫。
青山 :なにいってるの、どうしたの、並木さん。
先生 :あの人が私を落ちたのよー。
 
        と、船長を指す。
 
船長 :俺が?
青山 :船長さんが?
先生 :あの人が私を落ちたのよーっ。
青山 :落ちたって・・?
ありす:ハブにされてすねてる。
青山 :ハブ?
ありす:やること無いから落ちるの。
青山 :やることない?
ありす:あたし、曲弾くの。
華子 :あたし、渦作るの。
二人 :このひと、ないもーん。
 
        と、残酷な指摘。
 
先生 :あの人が私を落ちたのよー!!
 
        青山、ため息をつく。
 
青山 :あのね、これはお芝居で。
船長 :違うよ。
青山 :え。
船長 :お芝居なんかじゃない。君は月夜姫だ。
二人 :月夜姫よ。
青山 :また、そんなこと。
ありす:あっちはこっちで、こっちはあっちで。
華子 :あっちもこっちもなくて、あるのは一致だけ。
 
        二人、笑い声。
 
先生 :あの人が私を落ちたのよー!!
 
    青山、思わず立ちすくむ。
 
船長 :いこう、月夜姫。
青山 :私。
船長 :さあ。
先生 :あの人が私を落ちたのよー!!
 
        音楽が流れる。
        明かりが元に戻った。
        老人たちは、ふたたび元のような動き。
        ただ、先生だけは、あの人が私を落ちたのよーっ。とぼそぼそ言っているかもしれない。
 
#3 ティータイム
    
        黒木がやってくる。
 
黒木 :青山さん。
 
        青山、はっとする。
 
青山 :は、はい。
黒木 :ちよっと、ざわざわしてるようだね。気をつけて。
青山 :あ、はい。
黒木 :大丈夫。何だかぼーっとしてるよ。
青山 :あ、いいえ。大丈夫です。
黒木 :そう。ならいいけど。初めは、緊張するからね。並木さんのカルテ見せて。
青山 :はい。
 
        と、渡すが。
 
黒木 :ちょっと、これ、佐藤さんのよ。
青山 :あ、すみません。これです。
 
        と、渡し直す。
        疑い深そうに黒木、青山を見て。
 
黒木 :熱あるんじゃない。
青山 :え。
黒木 :目、潤んでるよ。
青山 :何でもありません。
黒木 :そっ。
 
        と、カルテに取りかかる。
 
青山 :何でもありません・・。
 
        と、つぶやき、ぼーっとした頭をふって、老人たちの方を見る。
 
青山 :月夜姫?
 
        と、再び頭をふり、パンパンと頬をはたいて気合いを入れる。
        書類を探していた黒木。
 
黒木 :船山さんの心電図どこへやったの。
青山 :そこの書類の下です。
黒木 :山本さん、まためちゃくちゃにしてる・・もう。・・あなた、整理しといてね。あの人、ちょっと問題あるから。
青山 :山本さんですか。
黒木 :なに言ってるの、看護婦じゃない。船山さんのこと。
青山 :ああ、心筋梗塞前におこしてますね。
黒木 :そう。2回やってるわ。今度やったら、ちょっとね。
青山 :気をつけます。
黒木 :明日、もう一度見てみよう。気になるところあるのよ。モニター注意してて。
青山 :はい。
 
        黒木、心電図を調べている。
        青山、船長の方を見て。
 
青山 :・・月夜姫・か。まさかね。
 
        くっ、笑った。
 
黒木 :なんか言った?
青山 :いいえ、何も。
 
        と、きびすをかえそうとしたとき。
 
ありす:ねえ、盗ったでしょう。
青山 :え、
ありす:ねえ、盗ったんでしょう。
青山 :なにか、失くなったの。
ありす:あたしの、財布がないの。小さなきれいな赤い財布よ。ないの。ねえ、あなたが盗ったんでしょう。
青山 :え、あたし。
ありす:そうよ。きれいな音楽があるから、私の財布盗ったでしょう。
青山 :私盗らないわ。
ありす:うそ。私の荷物をしょっちゅういじってたのあなた達だもの。お財布のあるところ知ってるのあなた達だもの。
青山 :私は知らないわ。
ありす:うそ。
青山 :うそはつかないわ。
ありす:じゃ。あの人が盗ったんだ。
 
        と、けろっとして華子を指す。
 
ありす:あの人が盗ったんだ。
青山 :誰も盗らないわ。・・どこかに忘れたんでしょう。
ありす:いいえ。昨日からほしそうにしてたのよ。だから、盗ったのよ。
青山 :そう、盗られた、盗られたいうもんじゃないわ。
ありす:でも、盗られたの。
青山 :じゃ、気の済むように探しましょう。
 
        と、一緒に探すようにすると。
 
黒木 :青山さん。
青山 :はい。
 
        黒木がやっきた。
        代わってという感じ。
 
黒木 :何か困ったことあるの。
ありす:私の赤い財布をあの人がとったの。困ってるの。
黒木 :そう、こまったね、困ったわね。
ありす:どこにもないの。あの人が昨日盗ったの。
黒木 :何が見つからないの、困ったわね。
ありす:そう。困ったの。とっても困るの。赤い財布に音楽が入ってるの。困るの。あの人が盗ったのよ。
黒木 :そう、困ってるの。一緒に探しましょう。
ありす:赤い財布が見つからないの。
黒木 :そう、困ったわね。
 
        青山、ありすのベッドに隠れていた赤い財布を見つける。
 
青山 :鈴木さん。ほら。
ありす:ああ、それよ。それ。
 
        と、赤い財布をひっつかむ。
        何かを出している。紙切れ。メモのようだ。
        嬉々としてピアノへ向かう。
        曲をぽろぽろと弾き始める。
 
青山 :鈴木さん。
 
        と、呼ぶが答えない。
 
黒木 :いいよ。
青山 :でも。
黒木 :こういうのよくあるの。たいがい、今のように置き忘れだけど。でも、問題は盗った盗られたじゃないわ。今の対応、ちょっとね。
青山 :え。どうしてですか。
黒木 :そのうちわかるけど、あの人、愛情に飢えてるの。
 
        と、歩き出す。
        青山、ついていきながら。
 
青山 :どういうことですか。
黒木 :ああいうやり方でしか、人に関わってもらえないって思いこんでるのよね。だから、盗られた、盗られたって言ってるけど、実は、困った、    困ったって言ってるのとかわらない。わかる?
青山 :なんとなく。
黒木 :だから、あなたが、誰が盗ったか盗らないかってやりだすと、彼女の中では盗られたっていうことが本当になってしまうわけ。
青山 :なるほど。困った。困ったですか。
黒木 :そう、困った、困ったてわざと聞き違えてあげることよ。
青山 :はい。
黒木 :とはいっても、もの盗るのは、よくあるのよ。
青山 :はぁ。
黒木 :だから、ほんとに、困っちゃうけどね。歯磨きでも入れ歯でもちり紙でも何でもかんでも人のもの盗ったりし始めるから。
青山 :入れ歯ですか。
黒木 :そう、三人分の入れ歯盗んで口の中につっこんで呼吸困難になったおじいちゃんもいたわ。
 
        わっはっはと、笑って。
 
黒木 :まあ、鈴木さんの場合、年取ったと思われたくない気持ちや、忘れてしまったと思いたくない気持ちが、過去の出来事を少し変形させて盗    られた、盗られたっていう被害感につながるわけ。
青山 :はあ。
黒木 :わかる。
 
        と、青山をのぞき込む。
 
青山 :何となく。
 
        小さい間。
        黒木、青山をじっと見て。
 
黒木 :誰だって、愛されたいし、生きていたいし、老いたくないし、忘れられたくない。・・彼らは、いわばサインを出してるのね。
青山 :サインを。
黒木 :もっとも、よく見落とすんだけどね。
 
        はははとわらって。
 
黒木 :あー、いけない、ぐちってもしょうがないな。(パンと両膝をはたいて)さあ、お仕事、お仕事。
青山 :はいっ。
黒木 :じゃ、あたしは、コーヒータイムね。あとはよろしくっ。
 
        と、敬礼をして去る。
        
青山 :は、はい。
 
        と、思わず敬礼してしまい、呆気にとられて残る青山。
 
横田 :また、デートかい、黒木先生。
 
        と、横田がやってくる。
 
横田 :え。いやね、外科病棟の安部って若い先生にちょっといれこんでんのよ。しょうがないわよね。今夜は、あっちも当直だし。
 
        ひつひっひと笑って。
 
横田 :あっ、お茶ちょっといただくね。・・いい、いい、勝手にもらうから。
 
        と、ポットからお湯を注いでいる。
        入れながら。
 
横田 :ちょっとは慣れた?
青山 :え、あ、何とか。まだ緊張してますけど。
横田 :びっくりしただろ。教科書と違って。
青山 :ええ。まあ。
 
        お茶を入れて、すずっといっぱい。
 
横田 :あーっ。・・しみるなあ。夜のお茶は。
 
        ずずっ。とまた飲む。
 
青山 :お茶、好きなんですか。
横田 :というわけでもないけどね。
青山 :はぁ。
横田 :ねえ。
青山 :はい。
横田 :(ちょっと、声を落として)ひどいもんだろ。ここ。
青山 :え、ああ。まあ。
 
        と、挨拶に困る。
 
横田 :(青山には構わず)それでもここはまだましなんだよ。
青山 :ましって。
横田 :前に勤めてたとこなんかすごいよ。老人で金儲けようっていうの見え見えでさあ、詰め込めるだけ詰め込む訳よ。
青山 :詰め込むって?
横田 :ここと違って、こうがーっと広い大部屋でさあー。ずらーっと並んでるわけ、寝たきりが。ほとんどみなカテーテルから・・から差し込ま    れててさ、いやがってよくのけたり暴れれたりするから、こうベッドに抑制帯で手足縛り付けられてさ。・・殺してくれー殺してくれーっ    て暴れてるのもいるよ。ま、終わりがああなりたかないね。
 
        と、けっけと笑って。
 
横田 :肝不全か何かなっちゃって、おなかぱんぱんにはれて、体中黄疸で真っ黄色になって、うわごと言いながら、ぼーっと天井見てるわけ。あ    れはねー。
 
        首を振る。
 
青山 :そんなになって生きてるって辛いですね。
横田 :生きてる?あんなの生きてるって言わない、言わない。つらいも何もありゃしない。
青山 :でも生きてるんでしょう。
青山 :そりゃ、死ぬにも死ねないから生きてるだけさね。今じゃ、薬で結構持たせるからねー。まー、けどあれ臭いんだよねー。
青山 :どうして臭いんですか。
横田 :便とか尿とかさ。そのまんまんだもの。
青山 :換えないんですか。
横田 :(何にもしらねえなという感じで)合理化だっつうんで人手減らしてみんな労働超過よ。とても手が回らないって。決まった時間にせーの    ってやるしかないじゃない。だから、しょっちゅう臭ってるわ、ただれてるわ。あれ、独特の臭いさね。
 
        と、お茶をすすって。
 
横田 :でも、ある意味じゃ壮観よ。一斉にがーっとやっちゃうの。おむつ交換もあれはあれで、壮烈な風景ね。うん。
黒木 :横田さん。
 
        と、黒木がにらみつけている。
 
横田 :いっけない。お喋りしすぎちゃった。まー、ここは、そんなことないから気楽にして。ああ、仕事仕事。ごちそうさまーっ。
 
        と、あわてて去る。
 
黒木 :ふん。
 
        と、横田を軽蔑したように見やるが、青山に。
 
黒木 :怖じ気づいた?
青山 :え?・・あ、いいえ。でも、みんな、あまり知らないですよね。そんなこと。
 
        苦く、笑って。
 
黒木 :老人はみんなの目から都合良く隠されてるからね。
青山 :隠されてるって。
黒木 :こんな所に放り込み、後は全部病院にお任せ。あるいは、家庭に囲い込み、後は適当に。街で見るのはゲートボールに命かけてるケンコー    な老人しかいないというわけ。
青山 :どうしてでしょう。
黒木 :怖いもの、嫌なもの、きたないもの、そんなものわざわざ見たい人がいる?
青山 :でも、自分たちもやがてそうなるかもしれないじゃですか。
黒木 :だからこそ、目を背けていたいのよ。見えないものは存在しない。存在しないものは気にすることもない。知ってる、ここに面会に来る家    族なんて一ヶ月に独りか二人よ。
青山 :でも、人間ですよ。
黒木 :だから、もう人間とは思ってないんじゃないの。本心じゃ。
青山 :そんな。
黒木 :青山さん、わたしゃ、思うんだけどね、今の時代、想像力というものがね、もうひからびかかっているんじゃないのかなって。
 
        小さい間。
 
青山 :想像力?
黒木 :知ってるこんな歌。こどもしかるな来た道じゃ、年寄り嫌うな行く道じゃ。
青山 :こどもしかるな来た道じゃ、・・年寄り嫌うな・・。
黒木 :行く道じゃ。・・自分が歳取ることも忘れてるノー天気なやつばっかりふえてるんだなあ。
 
        小さい間。
 
黒木 :今は、年寄りには辛い時代だと思う。街歩いてごらんよ。老人が楽しめる場所ある。したいことできる場所ある。とんでもない。街は、若    い人のもの。年寄りは、おとなしく家にすっこんでな、さもなきゃ、病院でおとなしくしてなってこと。日曜日の繁華街歩いてごらんよ。    ガキばっかりのさばらせてどうするつもりだろね。
青山 :はあ。
 
        仕事仕事とつぶやいて。
 
青山 :佐藤さんの投薬まだじゃない?薬今日から変わってるよ。
青山 :え、あ、いけない。済みません。すぐやります。
黒木 :青山さん。
青山 :はい?
黒木 :いい。目の前の仕事に全力尽くせばいい。よけいなことは考えない。
青山 :・・はい。
黒木 :横田さん、また、眠剤持ってくるの忘れてるわ。今晩の分無くなってるからそれもね。
青山 :はい。取ってきます。
黒木 :頼むわ。
 
        青山は去ろうとする。
 
黒木 :それから。
青山 :は?
黒木 :私がねらってるのはあのひょっこ医者じゃないわよ。外科病棟の医長。ちょっと渋いからね。私、年上好みなの。わかる。
 
        はっはっはと笑い飛ばす。
 
青山 :はぁ。
 
        と、挨拶に困る。
 
黒木 :何そのしけた顔。雨にも負けずじゃなかったの。
青山 :あ、はい。です。
黒木 :結構。
 
        青山は、一礼してそのまま退場。
        黒木は何かの準備をしている。
 
#4 天の光はすべて星
 
        青い満月の夜。
        月の砂漠の曲が流れる。
        船長が立っている。
 
船長 :見張りを怠るな。
ありす:はぃ。
船長 :あの星は何だ。
ありす:よだかの星です。
船長 :よだかには見えんな。
ありす:星ですから。
船長 :くだらん。
ありす:はい。
 
        間。
 
船長 :緊張感がない。
ありす:はい。
船長 :テンションもない。
ありす:はい。
船長 :だらしない。
ありす:はい。
船長 :はいはいいうな!
ありす:はい。
船長 :もういい。
ありす:はい。
 
        間。
 
船長 :皆は。
ありす:寝てます。
船長 :お前は寝ないのか。
ありす:私は寝ません。
船長 :いつまでもか。
ありす:いつまでもです。
船長 :くるっとるな。
ありす:くるってます。
船長 :そうか。
ありす:はい。
船長 :おまえはつまらん。
ありす:はい。
 
        間。
 
船長 :月夜姫は。
ありす:さあ。
船長 :しらんのか。
ありす:船長は。
船長 :しらん。
ありす:似てますね。
船長 :何が。
ありす:月夜姫。
船長 :何に。
ありす:誰かに。
船長 :当たり前だ。誰かは誰かに似ている。誰かは誰かに似ていない。似ているものと似ていないものがいて、似ていないものよりは、似ている    ものの方が、似ていないものよりも、似ているんだ。わかるか。
ありす:わかりません。
船長 :お前は馬鹿だ。
ありす:はい。馬鹿です。
船長 :もう一度言う。お前はつまらん。
ありす:はい。
 
        間。
 
船長 :まて、前方に何かいるぞ。
 
        人影がいた。
 
船長 :前方十時方向。敵影発見!総員起床!
ありす:全員起床!総員点呼!
船長 :おきろーっ!!
 
        先生と華子が飛び起きてくる。
 
船長 :総員配置につけーっ。砲撃手!
先生 :はいっ。左よしっ。
華子 :右よっし。
船長 :左前方、十時方向、二千六百フィート。右は待機!!
先生 :了解。左、十時前方。二千六百フィート。
華子 :右待機しまーっす。
船長 :目標銀月王砂ネズミ艦隊、ゴースト級駆逐艦。夜の銀狐号。
先生 :目標、夜の銀狐号。
船長 :撃てーっ。
先生 :撃てーっ。
 
        だが、当然、弾は出ない。
 
船長 :うたんかーっ。
先生 :撃ってまーす。
船長 :ならどうした。
先生 :弾が出ません。
船長 :馬鹿やろーっ。でんなら、お前が弾になれーっ。
先生 :無理でーすっ。
船長 :船長命令だーっ。撃てーっ。
先生 :はいーっ。
 
        と、目標めがけてつっこんでゆく。
        青山の悲鳴。
 
船長 :命中したかーっ。
華子 :見事撃沈です!!
 
        それは、そうだろう。すぐそばにいた青山にぶちあたって倒れていた。
 
船長 :ようしっ、回収!
華子 :回収しまーす。
 
        と、何かえんやら、地引き網でもひく感じ。
        ふたりがよろよろとひかれてやってくる。
 
ありす:(のんびりした声で)月夜姫ですね。
船長 :おーっ。月夜姫ではないか。
 
        と、先生を突き飛ばして、月夜姫の手を取る。
 
青山 :もー、痛いじゃないですか。何やってるんです。
船長 :何とは、心外な。この砂の海の中でいったい何をしていたのかと聞きたいのはこちらです。
青山 :砂の海ね。
船長 :このあたりは、ずいぶんと危険なところで、海流もなかなか複雑なはず。どうやっておひとりで。
青山 :いつも独りなんですけれど。
船長 :それはいけません。さ。こちらへ。
 
        と、案内しながら。
 
船長 :何だ。
先生 :やってきます。
船長 :誰が。
先生 :おそらくは銀月王。
船長 :何だと。
先生 :あそこにいるのは確かに。
 
        と、指さしたところには、横田がいた。
 
横田 :え?
 
        と、何か気になるような顔をする。
 
船長 :おお、まさしく。あれは、憎むべき。
青山 :横田さん。
船長 :横田さん。・・いいや、違う、銀月王。おのれ、いつの間に。
 
        横田、よっこらしょと去る。
 
船長 :あ、まて。待てーっ。銀月王。あの夜のこと忘れたかーっ。
青山 :覚えてないと思うけど。
船長 :月夜姫ー、(へなへなと)。ねえ、あなたちょっと、不熱心じゃあないですか。
青山 :は。
船長 :もつと、こうテンション挙げて、ねえ、気合い入れてやってくれなくっちゃ。
青山 :気合い?
 
        と、周りを見る。
 
全員 :気合い!
 
        皆、ファックユーの怒りモード。
        気圧され。
 
青山 :気合い!
全員 :(にっこりして)気合い!
船長 :ようっし。話は続くぜ。月夜姫!
青山 :はいっ。
船長 :語りましょう、あの砂の海で。
青山 :はぁ。
 
        と、思わずこけそうな青山。
        かまわず、船長は、腰を下ろす。
        ここへというぽーずて゛、釣られて、青山も。
        先生たちも適当に。
 
船長 :音楽!
 
        ありす、「新世界」を弾き始める。
        船長、うっとりして何も言わない。皆、うっとりして何も言わない。
        青山、不安になり。
 
青山 :あの。
 
        船長、なおもうっとりしている。
 
青山 :あの。
船長 :何ですか。月夜姫。
青山 :いい曲ですね。
船長 :ええ、いい曲です。
 
        そのままとぎれる。
        無言で「新世界」の曲だけが流れる。
 
青山 :あの。
船長 :何ですか、月夜姫。
青山 :お話があるとか。
船長 :こうしているだけで充分です。
青山 :はあ。
 
        皆、うっとりしている。
 
青山 :あの。
船長 :何ですか、月夜姫。
青山 :面白くないです。
船長 :私は面白いです。
青山 :そうですか。
船長 :はい。
 
        皆うっとりしている。
        青山、急に立ち上がる。
        ピアノは止まる。
 
船長 :どうしたのですか、月夜姫。
青山 :用がないなら、仕事があるので。
船長 :またまた仕事だなどと。
青山 :でも、本当に。
船長 :わかりました。では、語りましょう。先生。
先生 :はいっ。では語りましょう。
 
        先生が語り始める。
 
先生 :この広い砂の海に一匹の黒い羊がいました。名前はありません。銀の月が透明に輝く夜、黒い羊は一人の少年に出会いました。
ありす:こんばんは。
華子 :こんばんは。
ありす:君だれだい?
華子 :おれ、黒い羊だよ。
ありす:変だね。羊は白くないの。
華子 :白いのもいるよ。だけどおれだけ黒い羊だよ。
ありす:一人なのかい。泣いてただろ。
華子 :泣いてないよ。おれ一人じゃないもの。
ありす:でも、ほかに誰もいないよ。一人だろ。
華子 :ずーっと、向こうの海の向こうにいるんだよ。おれの友達。
ありす:でも、今は一人だね。
華子 :確かに、おれは一人だよ。今はね。
ありす:さびしいね。
華子 :みんなといたってさびしいことはあるよ。肝心なのは、声を聞くことさ。
ありす:何も聞こえないよ。
華子 :聞く気がなければね。でも、確かに聞こえるはずなんだ。
ありす:何て言ってるんだろう。
華子 :それはわからない。けど、聞こえるよ。
ありす:たとえばこんな?
 
        と、声が変わり。
 
ありす:黒い羊は、その黒い瞳を世界のすべてが映るほどにしばらくの間大きく見開いていたかと思うと静かに、本当にひっそりと泣き出しました。華子 :お前!
        
 
        船長が立ち上がる。
        青山も。
 
船長 :おれは、声を聞くはずだった。
青山 :七日七晩、声も出さず、涙も出さず、黒い羊は自分の心が無くなって空っぽになるまで、大きく深い目を開いて泣き続けました。
船長 :砂の海の向こうから確かに聞こえてくる。
青山 :そうして、ある時、泣き疲れた黒い羊は、何かの声が自分を呼んでいることに気がつきました。
船長 :昔いつも側で語っていた懐かしいあの声だ。
青山 :銀色の針のような透明な月の光にのって、その声は、やさしく、確かに聞こえてきたのです。
船長 :おれはもう独りではないと確かに呼びかけるあいつの声。
青山 :その声は、こういいいました。
船長 :かけがえのないもう一匹のおれの黒い羊。
青山 :肝心なことは、目には見えないし、声に聞こえないんだよ。
 
        船長、
 
船長 :ありす!
ありす:アイアイサー。
船長 :砂の海に何か見えるか。
ありす:見えません!
船長 :なら、しっかり見張ってろ。見えないものが見えてくる!
ありす:アイアイサーッ!
船長 :先生!
先生 :アイアイサー。
船長 :砂の海から何か聞こえるか。
先生 :聞こえません!
船長 :ならしっかり聞いていろ。聞こえない声が聞こえてくる!
船長 :アイアイサーッ!
船長 :見えないものを探せ。聞こえない声を聞き取れ。そいつがわれらの獲物のはずだ!
三人 :アイアイサー!
 
        ころっと。
 
船長 :音楽!
 
        ありすが弾く。
        応対の仕方がわからない青山。
 
青山 :あのう。
船長 :何ですか。月夜姫。
青山 :それだけですか。
船長 :何が。
青山 :おはなし。
船長 :ええ。
 
        小さい間。
        青山。、こんどはいたずらっぽく。
 
青山 :いい曲ですね。
船長 :ええ、いい曲です。
 
        吹き出す青山。
        
船長 :何か、おかしいですか。月夜姫。
青山 :いえ、別に。いい人なんですね。
船長 :え、あ、はい。
 
        と、照れる。
        釣られて、青山も照れる。
        ひゅーひゅーとどこやらから不謹慎な口笛。
 
船長 :ごほん。
 
        と、空咳して。
 
船長 :今夜は暑いですねー。
 
        と、あほなことを言う。
 
青山 :ほんとに。
 
        と、笑いながら言う。
 
ありす:船長。
船長 :なんだ。
ありす:踊れば?
船長 :踊る?踊る、踊らず、踊りたり、踊る、踊るか、踊らねば。
 
        と、少し動揺している。
 
ありす:いい月夜ですよ。
 
        と、気持ち入れて弾いている。
 
船長 :そ、そうだな。では、この銀月の夜が満ちたとき、砂の海の上で。
青山 :すてきなファンタジーね。
船長 :ファンタジーじゃない。本当のことだよ。
青山 :でも。
船長 :君は、芝居だという。でも、これは、もう、本当のことなのだ。
青山 :え。
船長 :奴らが来ると同じにね。
先生 :見えましたーっ。
船長 :なんだ。        
先生 :見えないものがやってきまーす。
船長 :くそっ。野暮なやつめ。どこだっ。
先生 :右方向、二時十五分。
船長 :あいつらか。
先生 :確かに奴らです。
船長 :(ふっと、見て)どうした。
華子 :いや。いや。
 
        と、華子がちょっとおかしい。
 
青山 :どうしたの。
船長 :大丈夫。しっかりしろ。やってくるぞ。
ありす:きたよ!
船長 :来た!
華子 :きたーっ。いやーっ!!
 
        と、叫んだが、それは、そのままただの悲鳴になる。
        悲鳴が続く。
 
#5 私をもっと呼んで
 
        明かりが元に戻る。
        強烈な悲鳴が続く。華子だ。
 
黒木 :どうしたの。
 
        悲鳴。
 
黒木 :青山さん!!
青山 :は、はいっ。
黒木 :何ぼーっとしてるの!そこ、おさえて!
青山 :はいっ!
 
        と、あわてて押さえつけた。
        悲鳴。
 
黒木 :佐藤さん。佐藤さん。どうしたの。
 
        と、静かに呼ぶ。
 
華子 :ねえ、早く呼んでよ!!
黒木 :え、誰を。
華子 :決まってるじゃない。わたしよ。私を呼ぶのよ!
 
        顔を見合わす黒木と青山。
        金切り声で。
 
華子 :早くっ、早く呼んでったらっ!!
黒木 :名前を呼べばいいの。
華子 :そうよ、早く呼んでよ!
 
        青山を促す黒木。
 
青山 :は、・・華子。
華子 :はあい。
 
        と、退行した幼児の声。
        再び顔を見合わす二人。
 
黒木 :これでいいの?
華子 :何言ってるの。もっと、もっと呼んで。
 
        黒木、青山を促す。
 
青山 :華子。
華子 :はあい。
青山 :華子。
華子 :はあい。
 
        ちょっと休む。
 
華子 :もっと早く呼んでよ。
 
        と、怒る。
 
青山 :華子。
華子 :はあい。
 
        と、また休むと。
 
華子 :もっともっと大きな声で・・ずっとあたしを呼んでよ。
 
        青山、黒木の方を見る。
        黒木頷く。
 
青山 :華子華子華子華子華子華子華子華子華子華子華子・・
 
        と、驚異的なスピードで呼んでみる。
 
華子 :だめーっ!!
 
        と、悲鳴。
        青山やめる。
 
華子 :だめよ。一つ、一つ、あたしに届けて。
青山 :華子。
華子 :はあい。
青山 :華子。
華子 :はあい。
 
        と、ちらっと黒木を見る。
        黒木頷いて離れる。
 
青山 :華子。
華子 :はあい。
青山 :華子。
華子 :はあい。
 
        小声になったり、間をあけると、大きな声でと目をむいて要求。
 
青山 :華子。
華子 :はあい。
青山 :華子。
華子 :はあい。
 
        その必死さは身の毛もよだつほどである。
        黒木が注射器を持ってやってきた。
 
青山 :華子。
華子 :はあい。
青山 :華子。
華子 :はあい。
 
        素早く鎮静剤をうつ。
 
青山 :華子。
華子 :はあい。
青山 :華子。
華子 :はあい。
青山 :華子。
華子 :はあい。
 
        速度が落ちてきて、やがてぼーっとした。
        眠ったようだ。
        ほっと、する二人。
 
青山 :あの。
黒木 :脳が炎症起こしてるの。
青山 :炎症ですか。
黒木 :肝硬変の末期よ。あまり持たないかも。そっち持って。
 
        と、ベッドにつれていく。
 
黒木 :驚いた?
青山 :え、まあ。
黒木 :みないろいろよ。
青山 :家族はご存じなんでしょうか。
黒木 :佐藤さんのこと。
青山 :まあ、それも含めて・・。
 
        と、周りを見回す。
 
黒木 :知ってるはずよ。
青山 :そうですか。辛いですね。
黒木 :辛い?
青山 :だって自分の父や母がこんなになってるの見ると。
黒木 :でもない家族もあるけどね。
青山 :え?
黒木 :ひどいのもいてね。
 
        と、耳元に口寄せて小声で。
 
黒木 :つかぬ事伺いますが、うちのおばあちぉゃん、もうすぐ死にますよね、ねえ。
 
        と、期待に満ちた声。
 
青山 :何ですか、それ。
黒木 :困るんですねえ。今月中に言ってくれないと家族で予定してたオーストラリア旅行がパーになっちゃうんですよ。もう、前金で全額振        り込んであるのに。・・ねえ、お婆ちゃんだって、こんな化け物みたいになってまで生きていたくないわよねえ。生き恥さらすってこうい    うことよねえ。早くあの世に行きたいわよねえ、お婆ちゃん!
青山 :本当ですか。
黒木 :お婆ちゃゃんもそう思っているようなので・・・だから・・・。
 
        と、上目遣いに見る。
        一人芝居し始めている黒木。
 
黒木 :もし、今月中が無理というのなら、せめて来月いっぱい、家族旅行から帰ってくるまで持たせていただけませんか。
青山 :ひどい家族ですね。
黒木 :・・難しいですねえ。
黒木 :また包ませていただきますので、なんとか・・。
 
        と、肩すくませて。
 
黒木 :とかね。ひどいもんよ。
青山 :どうなったんですか。そのお婆ちゃん。
黒木 :もちろん、家族旅行の真っ最中に逝っちゃったわよ。オーストラリアから家族呼びつけてやった。ざまみろよ。
 
        わっはははと、笑う。
        青山、首振って。
 
青山 :ここの家族にはそんな人いないでしょう。
黒木 :さあね。・・やっぱり、しんどいからね。こうなると。あたしたちは仕事で、時間くりゃまあ、とりあえずおわるけど、家族には終わりが    ないから。
 
        二人、老人たちを見る。
        横田が入ってくる。
 
横田 :ねえ、聞いた。二時間前、北病棟の、例のおばあさんステったって。
黒木 :やっぱり。ま、もって、一週間あるかないかだったからね。家族は。
横田 :まにあわなかったみたい。仕事が忙しいからって、危篤状態なのにねえ。何やってんだか。
青山 :誰も間に合わなかったんですか。
横田 :というより、なんか、面倒なことはやっといてっていう感じね。罰当たりな、自分の婆さんなのに。
青山 :ずいぶんひどいですね。
横田 :最近、結構いるのよ。なんかほら、自分ちで死ぬのって今滅多にないじゃない。だから、うろたえるのね。死人を見たことないから、見る    のも嫌だなんて、ほんとに世も末だわよ。
青山 :かわいそう。
横田 :でも、病人の方は全部しってんだよ。
青山 :え?
横田 :ほとんどコミュニケーションできない人が多いのに、ちゃんとわかっているのよ。気が抜けないんだなあ、これが。わかる。
青山 :あ、何となく。
 
        といったところへ。
 
横田 :何。
 
        先生が何か言った。
 
横田 :どうしたんです。
先生 :どうしたんです。どうしたんです。(繰り返す)
横田 :どこか具合悪いんですか。
先生 :どこか具合悪いんですか。どこか具合悪いんですか。(繰り返す)
横田 :なんともないの。
先生 :なんともないの。なんともないの。(繰り返す)
横田 :大丈夫ですよ。
先生 :大丈夫ですよ。大丈夫ですよ。(繰り返す)
横田 :先生、お茶飲みます。
先生 :ありがとう。
 
        横田、お茶を持っていってやりながら。
 
 
横田 :ね。なかなか油断ならないのよ。これが。
 
        船長が、ハーイを久々にやっている。
        力が入っている。
 
横田 :あら、又やってるわ。力入ってるじゃない一段と。大丈夫かね。
青山 :なんだか、いつも同じ方向にまわりますね。
横田 :鋭いねあんた。あたしなんかようやくこの間気づいたのに。
青山 :どうしてでしょうね。
横田 :さあ。気に入ってんじゃない。
黒木 :失った過去を取り返したいものは左回りに、早くこの生を全うしてしまいたいものは右回りに徘徊する。それは、時計の運行の法則に乗っ    取っている。奥が深いでしょ。
青山 :え、ほんとですか。
黒木 :さあ、友達の仮説。あてにはならないわ。
青山 :赤道を左回りに越えてゆけ。・・か。
黒木 :何。
青山 :いえ、なんでも。
横田 :船山さん、昔が懐かしいのかねえ。
黒木 :さあね。
青山 :今、あまり幸せじゃないでしょうか。
黒木 :ここへ来た時は、結構ごたごたしてたみたい。家に帰りたぃ、家に帰りたいって。
青山 :そうですか。
横田 :あら。そうだ。
黒木 :どうしたの。
横田 :今気づいたんだけど、青山さん、あんた、船山さんの奥さんに似てるわ。
青山 :え?
横田 :いや、前に写真見せてもらったのよ。若いときのだけど。横顔そっくりだわ。
青山 :へー。
横田 :もう、とっくになくなっちゃったけどね。まあ、あんたが来て元気な訳よ。
青山 :いやだー。横田さん。
 
        ひっひっひと笑って。ちらっと時計を見て。
 
横田 :やれやれ、仕事、仕事。北病棟のおばあちゃんの後始末か。じゃ又後で来るわ。
黒木 :家族来たら一発言ってやりな。
横田 :もちろん、きつーいのをね。
黒木・横田:天に代わってお仕置きね。
黒木 :古いわねー。
 
        横田、にやりとして、指で合図して去る。
        間。
 
青山 :どんどん悪くなっていくんですね。
黒木 :それはさけられないよ。
青山 :私たちにできることって少ないですね。
黒木 :老化ってのは病気じゃないさ。
 
        と吐き出すように言う。
        黒木を見る青山。
        見返して。
 
黒木 :誰にでも来る道だよ。
青山 :子供しかるな来た道じゃ、年寄り嫌うな行く道じゃ。
黒木 :そういうこと。未来だよ。私たちの。
 
        ふーっと。ため息ついて。黒木去る。
 
船長 :引くなーっ。引くんじゃねーっ。
 
#6 銀月の夜の下で
 
        青い月の夜。
        音楽。
        絶叫している船長。
 
船長 :引くなーっ。奴らを恐れるな。家族の無念を思い出せ。五月の銀月の夜、街は死体であふれかえり、俺たちは、げろはきながら、家族の首    を抱えてないたことをーっ。
全員 :アイアイサーッ。
船長 :切り刻まれた父の死体を、顔つぶされ痙攣する母の右手を、踏みつぶされのつぶれはみ出た妹の内臓を。忘れるな。あの夜に、一生かかっ    て流す涙をすべて流した俺たちだ。
全員 :アイアイサーッ。
船長 :復讐するは我にあり。銀月王をこの手に捕らえ、ありったけの血を流し、ぶち殺して首吊り台にぶらさげてやれー。
全員 :アイアイサーッ。
船長 :奴らが来たぞーっ。
全員 :奴らがきたぞーっ。
船長 :左砲手、左十時方向。撃ち方用意!
先生 :あいあいさーっ。
船長 :右砲手、右14時方向。撃ち方用意!
華子 :アイアイサーッ。
船長 :操舵手。面舵そのまま、全速前進ーっ!!
ありす:アイアイサーッ。
船長 :戦いの唄うたえーっ。雨っ。
 
        と、歌い出す。おーっと、これはどうした、「山賊の唄」だ
 
全員 :雨。
船長 :が、ふれば。
全員 :が、ふれば。
船長 :小川。
全員 :小川。
船長 :が、でき。
船長 :風が。
全員 :風が。
船長 :吹けば。
全員 :吹けば。
船長 :山が。
全員 :山が。
船長 :できる。
全員 :できる。
船長 :やっほーっ。
全員 :やっほーっ。
船長 :やほほほー。
全員 :やほほほー。
船長 :さみしいー。
全員 :さみしいー。
船長 :とーころー。
全員 :とーころー。
船長 :やっほーっ。
全員 :やっほーっ。
船長 :やほほほー。
全員 :やほほほー。
船長 :おいらのー、ものさ。
全員 :ものさ。
船長 :撃てーっ!!
 
        砲撃音。炸裂。
 
船長 :うはははは。見たか、銀月王。血塗られた復讐の恐ろしさを。うぬの運命もここでしまいじゃーっ。死ねやーっ。撃てーっ。
 
        再び、激しい砲撃音。炸裂。
 
船長 :右砲手、着弾確認!
先生 :全弾命中!
 
        全員の歓呼。
 
船長 :左砲手、着弾確認!
華子 :全弾命中!
 
        全員の歓呼。
 
船長 :ようし、暁の流星号は撃破したぞ。銀月王の本拠地に向け、直ちに、進駐。全速前進!勝利の唄、唄えーっ!夜。
全員 :夜。
船長 :に、なれば。
全員 :に、なれば。
船長 :そらに。
全員 :そらに。
船長 :は、ほし。
全員 :は、ほし
船長 :月が。
全員 :月が。
船長 :でれば。
全員 :でれば。
船長 :おいらの
全員 :おいらの。
船長 :世界。
全員 :世界。
船長 :やっほーっ。
全員 :やっほーっ。
船長 :やほほほー。
全員 :やほほほー。
船長 :みんなをー。
全員 :みんなをー。
船長 :よーーべ。
全員 :よーーべ。
船長 :やっほーっ、やほほほーっ。
全員 :やっほーっ、やほほほーっ。
船長 :みんなをー。
全員 :みんなをー。
船長 :よーーべ。
全員 :よーーべ。
船長 :やっほーっ、やほほほーっ。
全員 :やっほーっ、やほほほーっ。
 
        歌は、果てしなく続き、意気は揚々。
        ところが、ぎっちょん。
        銀月王はいた。
 
船長 :ぬおーっ、生きていたか、銀月王!捕まえて、つるしてしまえーっ。
黒木 :はい?
 
        と、何かに呼ばれたような顔をするが、首ふって、
 
黒木 :気のせいか。
 
        と、去る。
 
船長 :まてっ。銀月王!!ゆくのか。お前は、俺の前からゆくのか。なぜ、ゆく。なぜ、俺を捨てる。なぜだ。なぜ、俺がそんなに憎い。
 
        と、調子が変わる。
        部下たちが引く。
        青山がいた。
 
青山 :船長さん。
船長 :月夜姫。
青山 :はい。
船長 :あいつは、また行ってしまった。俺をこんな所に置き去りにして。
青山 :だれも、置き去りになんかしてませんよ。
船長 :嘘だ。月夜姫も、あいつの味方なのか。
青山 :いいえ。
船長 :そうだろう。そうだとも。お前だけはいつも俺のそばにいた。いつも、お前と二人一緒だった。
青山 :はい。
船長 :だが、お前が死んでからは、あいつは冷たい。俺のことをいつも邪魔にしてまう。
青山 :それは、困りましたね。
船長 :ああ、困った。
青山 :それで、ここに来たのですか。
船長 :そうだよ。あいつがここに入れたんだ。銀次のやつ、俺があんなに子供の時からかわいがってやったのに。畜生。あいつは、俺を憎んでる。    こんなところに閉じこめて、家に帰してくれないんだ。
青山 :そんなことありませんよ。
船長 :月代。家に帰りたいよー。
青山 :船山さん。
船長 :家に帰りたいよー。ここは嫌だよー。
青山 :困りましたよね、それは。
船長 :困ってるんだ。
青山 :でも、あなたは強いんでしょう。
船長 :え?
青山 :あなたは、いつも、そうだった。家から出航して、荒波を蹴立ててゆく船長さんでした。
船長 :俺は、港の役所で帳面を毎日毎日付けて・・。
青山 :いいえ。あなたは、いつも強かった。
船長 :俺が。
青山 :いつも、七つの海に大きな帆を掛けて、風いっばい背に受けて、走り続ける、船長だった。
船長 :俺が。
青山 :さ、困ってなんかいない。
船長 :月代。
青山 :いいえ。
船長 :月代だろう。死んでしまった、おれの月代だろう。
青山 :いいえ、私は、月夜姫。
船長 :月夜姫・・。
青山 :あなたは、この銀月の輝く夜の下、大きな砂の海原を駆け抜ける、船長。
船長 :船長。
青山 :胸を張りなさい。
 
        船長、姿勢を正しかける。
 
青山 :そう、胸を張って、男じゃない。あなたは、船長よ。
船長 :そうか。俺は、船長か。
青山 :銀月王を追うんでしょう。
 
        はっはっはと笑い出す。
 
船長 :その通りだ。俺は、不覚にも、女々しい思いに捕らわれていた。俺の名は船長。地獄のそこの復讐者。銀月の夜の下を航海する船乗りだ。    ありす。
ありす:ここに。
船長 :音楽だ。ありす。音楽だ。世界でもっともすばらしい音楽をくれ。
ありす:あいあいさーっ。
 
        やや、たどたどしい「新世界」が流れ始める。
 
船長 :踊れ。今宵、銀月の夜。この月の下で踊れ。夜が明ければ、銀月王を追う。
全員 :アイアイサー。
 
        薄明るく青い夜の中、やや、たどたどしいピアノ曲に合わせておどる、華子と先生。
 
船長 :では、月夜姫。
 
        手を取られて、たどたどしく踊る二人。
        一通り踊るが。
 
船長 :月夜姫。
青山 :何。
船長 :生きていることはすばらしい。
青山 :ええ。
船長 :だが、みんな、本当はそれを知らない。
 
        はっと、する青山。
        手をほどいて、船長すっくと立つ。
        ダンスの輪は解かれ、就航の準備が始まった。
 
船長 :俺は生きている。
青山 :ええ、・・生きているわ。
船長 :月夜姫。
青山 :はい。
船長 :お前も生きろ。
青山 :・・はい。
 
        そのまま、次第に出航の体制になっていく。
 
船長 :出航するそのときがきた。銀月王を追いかけて、暗い海を、左回りに越えてゆけ。地の果てまでも、追いかけて、息の根を止めるのだ。あ    りす。                                
ありす:アイアイサーッ。
船長 :音楽の準備。船出の曲だ!
ありす:アイアイサーッ。
船長 :華子。
華子 :アイアイサーッ。
船長 :魚どもを放て、地獄の渦をつくってやれ!
華子 :アイアイサーッ。
船長 :先生。
先生 :アイアイサーッ。
船長 :あんたはいいわ。
先生 :なんでよー。
船長 :何でもいいんだ。ねてろ。
先生 :あたしを落ちるのよー。
船長 :うるせえな。もう。船長室で航路計算!海図を作れ!
先生 :アイアイサーッ。
ありす:船がでるよ。
華子 :船が出るよ。
先生 :あたしを落ちるのよー。
船長 :(かぶせて)船が出るぞ。月夜姫ー。さらばだー。達者に暮らせーっ。
ありすたち:月夜姫ーっ。達者でねーっ。
船山 :帽ふれー。
    
        船の汽笛が悲しげに鳴り。一斉に皆、幻の帽子を振る。
 
船山 :出航ーっ!!
全員 :よーそろーっ!
 
        月の砂漠が流れる中、銀月の夜の下、船は出航した。
        警笛が再び悲しげに二度鳴った。
        ゆっくりと手を降り続ける人たち。
 
青山 :そこは、とても不思議な世界でした。壊れてしまっても、なお人間であり続けようとする強い意志が、命の最後のきらめきのように、必死    の力で物語を紡いでいました。支離滅裂な、けれど自分が生きた証のその物語を誰かに届けようと、力の限り、紡ぎ続けている。人々がい    ました。忘れられ、その存在すら隠されて、見えなくなってしまった人々が最後の命を懸けて語り続けるその物語を、私は、確かに聞くべ    きであると思います。私たちは確かに聞き続ける義務があると。それが、人生をともに戦い抜いた旧い戦友へのせめてものの礼儀なのだと、    私は、そのとき、確かに思ったのです。
 
        青山、ゆっくりと手を振る。
 
青山 :わたしは、言うべき言葉を持ちません。・・ただ、・・雨にも負けずと・・。
 
        ゆっくり振りながら、青山の言葉は確かに彼らに届いていく。
 
青山 :雨にも負けず、風にも負けず、夏にも、冬の寒さにも負けぬ・・・
 
        幻の帽子を振る中、ゆっくりと青い夜は終焉を迎える。
 
#7 グッバイ・シルバーチルドレン
 
横田 :黒木先生、新任看護婦さんが来ました。やっと、これで独り増えますよーっ。
 
        明るくなる。
        ベッドが一つ増えている。
        青山患者でいる。
        横田、誰かに話しながら入ってくる。
 
横田 :あれ、いないか。また、さぼってデートだわ。ほんとに、しょうがないから。・・ねえ、堅くならないでいいから。ここ五人しかいないか    らね。皆おとなしいものよ。中にはさ、自分ですっかり新任看護婦やってるつもりのもいるから、笑っちゃうね。ここに前勤めてた人なん    だけどね。看護婦なんて言ってもぼけちゃえば、ただの人よ。まあまあ気楽に気楽に。で、前の病院さあ、どうだったの。
 
        と、どっかと椅子に座って偉そうに話しながら、モニターを何気なく見やる。
 
横田 :げっ、大変だっ。船山さん。
 
        慌てる横田。
 
横田 :発作だわこれ・・。心筋梗塞かな。大変。先生呼ばなくちゃ。・・もしもしもしもし、もしもしっ。くそっ。
 
        がちゃんとたたき切って。
 
横田 :あーだめだわ。話し中。あんた、見てて。すぐよんでくるっ。外科病棟!
 
        と、混乱しながらばたばたっと走る去る。その拍子に書類や、電話が落ちるがそのまま。
        小さい間。
        ピアノ曲がたどたどしく流れる始める。
        ゆっくりと再び銀月の青い夜に向かう。
        船山が横たわっている。
        華子と先生がそばによっていく。
        青山は、あたかも看取るように立っている。
 
全員 :サ・ヨ・ナ・ラ・・・サ・ヨ・ナ・ラ・・。
 
        ささやきかけるような声の別れ。
        そのまま、寄り添っている。
        ありすの弾く「新世界」がピアノでたどたどしく流れる中、幕。
       
                                                          【 幕 】
 
 
 
 
【参考文献】
早田工二&直崎人士 「痴呆系」 データハウス
NHK取材班    「痴呆症・謎はどこまで解明されたか」 日本放送出版協会
米山公啓      「午後の電話はぼけはじめ・・ぼけ医療の現状と予防法」 アドア出版
五島シズ      「”なぜ”から始まる痴呆ケア・・豊富な実践事例に学ぶ」 中央法規
真蔦 栄      「アルツハイマーの夜明け・・解けた老人性痴呆の謎」 山手書房新社
吉川武彦      「名医が書いた病気の本・・人はなぜボケるのか・・ボケの原因とケア」 新星出版社
「臨床看護」1987年十一月号 特集痴呆・・その理解と看護  へるす出版
門野晴子      「寝たきり婆猛語録」 講談社
ますむらひろし   「アタゴオル物語2」 スコラ出版
田中芳樹      「創竜伝11銀月王伝奇」 講談社。
サン・テグジュベリ 「星の王子さま」 岩波書店

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