作 結城翼
★登場人物
女1・・・掘る女
女2・・・編む女
女3・・・派遣の女
少女・・・
少年・・・
♯1 六道の辻
縦笛(ないしはリコーダー)でややたどたどしく、ゆっくりと「星めぐりの歌」が流れる。
幕が開く。溶明。
舞台中央に近代科学文明の所産の家電を中心としたがれきの山。
古い木製の学校の椅子が6脚ぐらいその中にバラバラに積まれている。古びて、壊れかけた赤茶けた(しか し壊れていない)自転車もある。
ゴミとがれきの山少し下手側奥に、やや高いところがあり(できれば土があればいいが難しいかも。) ゴミとがれきの山の中に傾いて壊れかけた白い十字架のようにも見える道標があり、左右および、前方に向 けて先の尖って(あるいは半分こわれててもいい)むなしくたっている。かかれている字はぼや けたか汚れたかで読めない。
あたりは一面、枯れ葉で覆われている(枯れ葉がなければ生の木の葉でもいい)。
黄昏時のようだ。
女がいる。迷彩服(袖に黒いリボン)にからみつくような髪をかき上げ、いらだたしく顔を振り、汚れた手で ぬぐいながら女が道標の脇で穴を掘っている。
固くてなかなか掘れない。それでも、掘り続けている。
ゴミの山の下、中央やや上手よりに、古い生徒用の椅子に腰掛け、編み物をしている女がいる。下手そうで、 ぶつぶつ編み目がどうのこうのといいいながら。時々、ちらっと掘る女をみるが、ようやるなーという風情 でまだ編み物をしている。そばにはからのペットボトル。飲もうとして、空なのに気づきいらだちあきらめ たようにまたそばに置く
掘る女の息が少し上がっているようだ。
しんどそうに女は掘るのを一時やめ、シャベル(土などで汚れていること)を抱えて座りこみ、物憂げにやお らポケットからレコーダーをだし、録音し始める。そばにはもう一つシャベルとペットボトル。
「星めぐりの歌」消えていく。
掘る女:16時00分(いちろくまるまる)。たぶんそれくらい。一日掘ってやっと10センチ。なかなか固くて掘れない。
いったん録音をとめ、眉間をもんだりする
ぼうっと穴を見ている。
また、録音する。
掘る女:たかだかたて165センチ、横60センチ、深さ80センチで良いのに(このサイズは役者のサイズに合わせて少し大きくする)。
ほっと息を吐いて。
掘る女:私を拒絶しているように土は硬い、
見上げて。
掘る女:なんて、この世界は敵意に満ちあふれているのか。私はただ、ささやかな穴がほしいだけなのに。
録音を切る。レコーダーをポケットに押し込む。
再び穴へ向かう。
だが疲れているのでうまく掘れないようだ。
編み物をしている女、やれやれという表情で手を止め。
編む女:無駄だと思うけど。
ぴくっとするが、それでも掘る。
編む女:疲れない?
答えない。
編む女:ねえ。
掘り続ける。
編む女:なんで掘ってるの。
掘りながら。
掘る女:何で編んでる?
編む女:へっ?
と、編み物を見つめる。
編む女:・・勝手でしょ、こちらの。
ふっと笑う。
むっとする編む女。かまわず掘り続けている。
ふんというように、また編み出すが、すぐに。
編む女:あ、やべ。
と、編み目をチェックしていたが
ちっと、舌打ちして。
編む女:あんたのせいよー。
相手にしない。
編む女:まったく・・・
と、ぶづぶついいながら何とかしようとするが。
編む女:だーめだこりゃ。
と、投げ出して。
編む女:あーあ。
と、ため息をつき、それでも、じーっと編み物にらんで。
編み目を少しほどき、また慎重にあみはじめる。
小さい間。
掘り続ける女に。
編む女:何がおもしろいんだか、馬鹿みたい。
掘る女:しかたない。馬鹿はおおい。
間。掘り続ける女。編む女は気になって集中力に欠けるようだ。
編む女:やれやれ。
編むのをあきらめ、どっこいしょと立ち上がる。
もう一つのシャベルに近寄って足でつつく。
持ってみて。
編む女:これでねー。
とあきれたような声。シャベルをたててみてる。
と、掘る女がバランスを崩してこけた。
編む女:どれ。
シャベルをつかみ近寄る。
掘る女:じゃまだ。
編む女:一人じゃ無理だって。交代。
と女を無理矢理どかせて掘り始める。
どこかへっぴり腰。大口たたいた割によろめいた。
にらみつけていた掘る女が、
掘る女:口ばっかり。
編む女:腹減ってるだけよ。
力を入れて。
編む女:おおっ。
と、固さにたじろぐ。
編む女:くそっ。
と、と、力を入れたが、掘れずに少しふらつく。
編む女::ああー、ほんとに固いわー。ここ。
手を痛めたみたい。
編む女:よくやるねー。あんた。ほんとに・・おりゃっ。いてっ。
と、力を入れたがバランスを崩してこける。
無言で、掘る女が編む女をどかせる。
掘る女は再び掘り始める。
掘りながら。
掘る女:夏のある日 世界は滅んだ。くだらない生活が消える。それはいいこと。誰も私から何も奪うことはできない。
断固として掘るので息が少し荒くなる。動作を止める。
編む女:ねえ。
無視して、また掘り始める。
掘る女:奪った?いや何も奪いはしない。失っただけだ。失う?希望した訳じゃない。
編む女:ねえったら。
掘る女:希望?そんなことはいみがない。希望してもしなくても世界はある。
編む女:ちょっと。
掘る女:願いや祈りで世界は変わらない。変わりなんかしない。・・そう。変わりなんかしない。
決然と掘る、だんだんと激しく。
見ていた編む女は。
編む女:やめなさいよ。
やめない。狂ったように掘る。
編む女:やめなさいっ!
と、抱き留める。
だんだんと静まる。
編む女をつきとばすように離して、掘る女座りこむ。
もう一本のペットボトルをのむ。
のむ。のむ。のむ。のむ。
編む女は呆然と立ちすくむ。
飲み続ける女。
編む女:やめて。
編む女は、ペットボトルを静かに取り上げる。掘る女はあらがわない。
間。
ゴミの山に転がっていたテレビが突然明るくなる。だが何もうつらない。雑音。
編む女:うわっ。
おそるおそる近づく、手を触れようとすると突然また消える。
ちょっとびくっとするが、バンバンとたたいてみる。またついた。
編む女:うわっ。
疲れたように。
掘る女:生活だ。
編む女:はあ?生活?何それ。
ぽんぽんとたたく。消える。
編む女:あ、また消えた。
バンバンとたたく。今度はつかない。
編む女:こらっ、つけよっ、こらっ。
バンバンとたたく。つかない。
掘る女:それがくだらない生活だ。
ちょっと、あきれて。
編む女:そういうの幸せになれないぞ。
掘る女:幸せ?
ふふんと笑って。
掘る女、立ち上がりシャベルをゴミの山に突き刺してすくい、
掘る女:ほら。
と、ばらまく。もう一度。
掘る女:ほら。
編む女:やめてよ、汚い。
ふっとわらって。
掘る女:汚い?
また、少し掬う。そうしてゆっくりとこぼす。
掘る女:あふれかえる食べ物。
また少し掬う。そうしてまたゆっくりとこぼす。
掘る女:グルメ、おしゃれ、ブランド、いろいろなモノ。
ちよっとおかしいんでないかこの女という風に。
編む女:あのー、ごみなんですけどー。
掘る女:そう、ゴミよ。愛した生活の影。
編む女:はぁ?
掘る女:編み物したら。私は掘る。それだけ。
と、また掘り始める。
編む女:あのねー、あんた。
と、いいかけたが首ふって。
編む女:ま、いっか。
と、テレビをポンポンと未練がましくたたくが当然うつらない。やれやれと編み物を取り上げる。
編み始めたが。
とつとつとした縦笛の曲「星めぐりの歌」が聞こえてくる。
Ⅱ星めぐりの歌
編む女:ん?
と、見回す。
編むのをやめて耳を澄ます。
少年が奥から登場。縦笛をふきながらやってくる。
吹きながら、道標の近くにやってきて、止まって見上げる。
掘る女も掘るのをやめて少年を見る。
少年、そのまま、女たちを無視して。下手への道をたどろうとする。
編む女:ちょっと。
通り過ぎる。
編む女:ちょっと、ちよっと、ぼく。
とまらない。
編む女:またんかい!
曲、ぴたっと止まり、少年も止まる。
にやりと笑う。
編む女:いやあ、なかなかうまいねー。
と皮肉。
少年いやーな顔をして、
少年 :なんか用ですか。
編む女:用があるからよんだのよ。こっちこっち。
少年 :いやです。
編む女:なんで。
少年 :暇つぶししてる時間ないから。
編む女:あー、生意気。
少年 :吹かなきゃいけないし。
編む女:ふいてたじゃん。
小さい間。
少年 :少し下手だから。
編む女:確かに。
少年に近づく。
むっとする少年、少し身を引いて。
少年 :それほどじゃないと思うけど。
編む女:それほどだわ。
小さい間。
少年 :・・まあ。
編む女:ほらほら。お姉さんが聞いたげる。
と、椅子をゴミとがれきの山からひとつ。取り出し。
編む女:ほらっ。
と、これに座れと。指示する。
少年、首を振る。
編む女:ほらっ。
嫌々をする。
編む女:そういわずに。
と、腕をつかむ。
抵抗しながら。
少年 :遠慮します。
編む女:十年早い。
少年 :は?
とその椅子のあたりまでむりやり引き寄せて座らせようとする。
少年 :いやです。
なおもむりやり座らせようとし、立ち上がろうとするのを足をけたくり。
編む女:ス・ワ・ル・ノ!
少年 :はい。
少年、気圧されて座る。
編む女、自分の椅子にどんと座って。
編む女:素直なぼくは好きだよー。
苦笑して。
掘る女:上手になりたい?
小さい間。
少年 :・・迷惑になるもん。
編む女:迷惑?
少年 :うん。合奏。
掘る女:あー、なるほど。
はっはっはと笑う。
編む女:誰かさんに、いいとこみせたいんだ。
少年 :ちがうって。
掘る女:下手でもいいと思うが。一生懸命やれば。
編む女:おおーっ、大人の意見。
少年 :だめだよ、それじゃ。
編む女:だめだよねー、へたれだもんねー。
少年 :へたれじゃない!
編む女:とろいだけか。
掘る女:何を絡んでる。
編む女:ちよっといじりたくなるじゃない、やっぱり。
掘る女:何がやっぱりだ。だいたい。
編む女:あっ、誰か来た。
掘る女:ごまかすな。
編む女:いやいや、ほら。
掘る女:え?
Ⅲ自転車の女
上手から、今時ボディコン赤いハイヒールのハデハデ女が颯爽と登場。
派遣の女:あっ、あった、あった。
と、道標を見つけるが。そのとたん、おっとつまづいてぶちこけた。近眼らしい。
派遣の女:いったー、なんや。こらーっ。くっそー、いってー。
あぐらかくなよな。
あー、いってーと辺りを見回していたが、自転車をみつけ。
派遣の女:あったー。ラッキー。
と、自転車に駆け寄るり、引き下ろす。
派遣の女:ほー、ハンドルもまともじゃん。変だなー
と、いいながら試し乗り
バーっと走って急ブレーキ。
派遣の女:おおーっ。快調、快調。でも、ききがいまひとつかなー。
と、独りで頷き、るんるん。
派遣の女:これこれ。
と、道標確かめ、うなづき、下手へ乗って去ろうとする。
編む女:おいっ。
と、声を掛けるが、どこ吹く風。
編む女:こらっ。
派遣の女:ん?
と、みまわし、人がいることに気づき。
派遣の女:あー、私?
編む女:そだ。
誰が言ったか探るようにみて。
派遣の女:ごめん。めがねなくしたんで。なんか用?
掘る女:その自転車。
派遣の女:あーこれ、これね私の。
掘る女:捨てられていたものだと思うが。
派遣の女:え、そうなん。でも、私のものだから。
編む女:なんでよ。
派遣の女:だってわたしのだもん。
編む女:わけわからん。
派遣の女:じゃあねー。いかなきゃ。
掘る女:どこへ。
派遣の女:え、そりゃあ・・・
と、詰まる。
派遣の女:ん?
と、どうも行き先があやふやなようだ。
派遣の女:えーと、それは。
編む女、ふふん。ビシッと指さし。
編む女:占有離脱物横領!
派遣の女:は?
編む女:捨ててあるもんでも勝手にとったら窃盗なの!
派遣の女:なにいってんのこのおんな。馬鹿じゃない。
編む女:馬鹿だとう?!
派遣の女:自分のものをもってくのがどこが泥棒よ。
編む女:どこに、証拠が!
派遣の女:証拠?
ふふんとあざ笑い。
派遣の女:ほら。
と、ハンドルの中央に結びつかれているウサギさんのストラップをさす。
派遣の女:証拠よ。
編む女:はぁ?
と、あきれて。
編む女:いやいやいやいや。ちがうでしょ。それは。
派遣の女:だって、あのとき。
編む女:あのとき?
派遣の女:あのとき・・・
と、ちよっと記憶が混乱している様子。
編む女:ほーらみろ。
掘る女:急いでいるのか。
派遣の女:あーっ、それはもちろん。
掘る女:なぜ。
派遣の女:あー、そりゃ。うん。
と言いながら本人もなんか不得要領。
少年、なにげに縦笛を吹く。
派遣の女:あー、それそれ。それよ。
編む女:はぁ?
唖然とする編む女。
派遣の女:そうなのよ。それよ。ボク、吹いてみて。
少年 :え?ボクじゃないよ。
編む女:ボクだよ。ボク、徹底的にボク。
自転車をおいてつかつかと寄る。
派遣の女:吹いてみて。
少年 :えー。
掘る女:吹いてみて。
編む女:なんじゃそりゃ。
少年、なぜか掘る女をみ。掘る女頷く。少年、渋々頷く。
少年 :じゃ。
派遣の女:ようし。
と、手近にあった椅子を適当にひとつ選び、それに座る。
派遣の女:やって。
編む女:えらそーに。
と、周りを見るが誰も賛同しない。へっと自分の椅子に座る。
少年、頭の中でいろいろと要領考えて準備をし、やがて訥々と吹く。
派遣の女、目をつぶって、ふんふんと頷きながらやがて曲につれてハミング。
少年驚いてやめる。
派遣の女、目をつぶったまま。
派遣の女:もう一回。
少年、掘る女をみるが、掘る女頷く。
もう一度、はじめから。
派遣の女、曲にあわせて口ずさむ。
掘る女、適当に椅子をとって、座る。
派遣の女:あかいめだまの さそり ひろげた鷲の つばさ あをいめだまの 小いぬ、ひかりのへびの とぐろ。(途中でよい)
少年おどろく。曲やまる。
派遣の女、目を開けて。
派遣の女:吹かないの。
少年 :しってるんですか。
派遣の女:むか~し、ね。
編む女:知ってる?
と、掘る女に聞く。
掘る女:いいや。
編む女:だよねー。
少年、非難するよな目で編む女をみる。
編む女:変な目で見るな。
少年 :別に。
編む女:むかつく。なんちゅう曲。
派遣の女:星めぐりの歌。
編む女:星めぐりぃ?たるい歌だねー。
少年 :でも、聞きたくて、とめたんでしょ。
編む女:あー、そうよ、そうですよ、ボクちん。
少年 :ボクじゃないです。
編む女:いいえ、ぜったい、ボクよ、ボク。なぜなら。
と、言いかけて止まる。
掘る女:なぜなら?
編む女、ちょっとせつなそうに何かを思い出す。
編む女:いいでない、そんなこと。
と、ふてくされる。
派遣の女、ばっと立ち上がって。
派遣の女:じゃ、これで。ボク、うまいよ。
少年 :ほんと?
派遣の女:うん、気持ちこもってる。
少年 :・・あ、ありがとうございます。
編む女:感動ごっこ?ったく。ねー。
と、掘る女に同意を求めるが。
派遣の女:なにが?
編む女:あー、なにがって。ねぇ?
掘る女に同意をもとめるが。
掘る女:また人が来るみたい。
編む女:えー、やめてよ。
Ⅳカナリアの少女
と、見ると下手からふらふらと携帯見ながら女子高生がやってきた。
編む女:あー、そうですか。そうなのね。もう、どうでもいいわ。あんたー。
と、女子高生に呼びかける。
女子高生、無視。
やや暗い真剣な顔をして、彼らを無視して通り過ぎる。以下、ぽつぽつとややとぎれとぎれの物言いをする。
編む女、何か期待して、声を掛けようとしたが、通り過ぎられて。
編む女:えっ。
上手にはけそうにして。携帯をぱちんと閉じて。大きくため息をつく。
女子高生:よかった。
そうして、行き過ぎようとする。
編む女:よかない、よかない。ちょっと、あんた!
女子高生、ん、と止まる。
編む女:全然よかない!あんた!
ぎくしゃくした動作で振り返る女子高生。
ぼーっとしてる。
女子高生:私?
編む女:そう、私!
女子高生:私?
編む女:そう。私。
女子高生、ぱーっと明るくなる。
女子高生:私?ほんとに。
編む女:そ、そう・・私。
女子高生、つかつかっと編む女に詰め寄り。真剣に。
女子高生:私?
編む女:う、うん。
編む女、たじたじ。
女子高生:そうですかー、よかったー。
編む女:あ、うん、よかったねー。
掘る女、さりげにまた椅子をだして、どうぞと。
女子高生:ありがとう、ございます。
にっこり笑って、座る。
派遣の女:んー、かわいい。なっ。
と、少年に同意をもとめる。
はにかみながら。
少年 :ええ、まあ・・。
むっとする編む女。
少年 :へへっ。
編む女:へへっじゃ、ねーわ!
掘る女:どこへ行くの。
女子高生:・さあ。
編む女:あんたねー。
女子高生:あ、ここ、携帯つながんないんですよね。
掘る女:あー、ま、電波状態わるいみたいだね。
女子高生:よかった。
派遣の女:いみないじやん、つながんなきゃ。
女子高生:えー、そうでもないですよー。
掘る女:つながらないほうがいいの?
女子高生:・・あ、まあ。そうでもないけど。・・うん。まあ、そうかも。
掘る女:なぜ。
女子高生:・・それは。
編む女:いいじゃん、そんなこと。いろいろあるだろし。
派遣の女:いろいろね。
女子高生:いろいろとあるんです。
間。
編む女:ははーん。
派遣の女:何。
編む女:いや。
と、じろじろ。
女子高生:なんですか。
編む女:サイレントね、それ。
女子高生:えっ。
と、少しぎくり。
編む女:聞こえないんでしょ。
女子高生:そ、そうですけど。
編む女:だとおもった。
うんうんと頷く。
掘る女:それが何か?
編む女:サインね。
派遣の女:サイン?
編む女:サイン。
皆、なにがなんだか。
女子高生は体を硬くする。
編む女:怖いのよね、着信音。
派遣の女:借金取りとか。
アハハと笑う。
女子高生、硬い顔を崩さない。
派遣の女:いやいや、冗談だからって・・・。え?
着信音。びくっとする女子高生。
思わず立ち上がり、携帯を握りしめる。
着信音、重なる。
明かりが落ちる。
それぞれ座ってる椅子からそれぞれの格好で気楽に携帯を掛ける動作。
着信音、さらに重なる。
携帯を開く。ゆっくりと耳に当てる。
無声音で。
声 :アイツ臭いよね。
声 :ブス、ブス、ブース。
声 :一人で通学するとかマジキモイ。
声 :あんたの顔見てたらイライラするわ。
声 :いま、トイレでパンツおろしてまーす。
声 :あー、水流しましたー、でっかいうんこがながれませーん。
声7 :キモいから殺していい人ー
全員 :はーい。
声 :あ、あんまり言ってたら自殺しちゃうからな、怖ェー。
キャハハハハと一斉に笑い声。
凍り付く女子高生。
声を合わせて無声音。
声8:死ねよっ!!
着信音重なりながらもとの明かりに戻る。
携帯を握りしめてる女子高生。
突然。
女子高生:きゃはははは。
と、つったったまま無表情に笑い出す。
一同、顔を見合わす。
笑い、さらに大きくなる。
たまりかねたか。
掘る女:君!!
ぴたっと笑いがとまり。
ぱちんと携帯を閉じ、誰にともなくお辞儀をする。
女子高生:ども。
と、上手へまた歩き出そうとする。
着信音。
無視して歩き出す。
と、一人が椅子を持ち、それをもったままダンッと落として行く手を遮り、無声音で。
声 :何で来たン?ウザイからはよ帰れ。
ばっと下手へ反転していこうとするのをまた一人が椅子をダンッと落として遮る。拒否のよう。
声 :上の階段から飛び降りれば楽になるよ。
奥へ行こうとする。
また一人が椅子で止める。囲まれた感じ。
声 : 友達いないんでしょ死ね。
後ずさりする。くるっと前を向き(客席方向)、歩き出そうとする。
全員がそろって椅子をダンっとする。
女子高生、とまる。
全員が椅子をつかんだまま、ゆっくりと花いちもんめを歌い出す。
声 :ふるさと求めて花いちもんめ。勝ってうれしい花いちめんめ、負けて悔しい花いちもんめ。
同時に、シンクロして、女子高生を囲んだまま、左右に動く。女子高生も囲まれたまま追い詰められるように全体にあわせて動く。
声 :あの子が欲しい。あの子じゃ分からん。この子が欲しい。この子じゃ分からん。相談しよう。そうしよう。
くすくす笑いながら相談する風。
声 :きーまった!
と、突き刺すように女子高生を見る。
たまらずに。
女子高生:サイレント!
携帯のモードを変えたよう。
小さい間。
せわしなく、番号を押したよう。
不通音。
また、押す。
不通音。
また、押す。
不通音。
呆然とする。
不通音が次々と重なり大きくなる。
耐え難いほどになったとき。
全員がまた椅子をダンっと落とす。静寂。
間。
やがて、女子高生静かに笑い出す。
徐々に大きくなる。そうして。
女子高生:きやはははは。
と、狂笑のようになる。
編む女:おいっ。
ぴたっと、とまる。
女子高生:変ですよね。私。
言われても。再び顔を見合わす。一同。
女子高生:階段あったんですよ。
派遣の女:えっ。
女子高生:星見るの好きなんです。私。オリオン、カシオペア。北斗七星。
派遣の女:あ、あー。
女子高生:冬の凍り付いた夜空ってきれいでしょう。ねっ。
編む女:あ、まーね。ねっ。
少年、うんうんと。
女子高生:空の向こうに大きな黒い穴があるんです。
あるの?いや、しらないとひそひそ。
女子高生:どほんと暗いあの穴の向こうにいけたらいいかなって。
編む女:いやいや、それはちょっと。
掘る女:登ったの、階段。
女子高生:はい。
げっ、とかまずいっしょそれとか。
女子高生:屋上って気持ちいいんですよー。誰もいないし。
編む女:やばいんでないの、それ。
女子高生:空の星、全部自分のものですから。ふふふ。
派遣の女:ふふふって、あんた。
女子高生:だから、登ったんです。
間。
おそるおそる。
編む女:で。
女子高生:けっつまづいたんです。
編む女:は?
女子高生:あ、あれはオリオンっておもったとたん、コンクリに。で、あーれーっとおもったとたん。
小さい間。
女子高生:てへっ。
編む女:なんじゃそりゃー(*`д´)。
派遣の女:てへっじゃないわー!
女子高生:へへっ。
と笑い。不意に止まって。
女子高生:そういうことだとよかったんですね。たぶん。
派遣の女:えっ。
女子高生:ま、そういうことです。
ペコリと礼。
女子高生:では。
と、行こうとするが。
Ⅴ忍び寄る糸
派遣の女:ちよっと。
女子高生:何か。
派遣の女:携帯。
女子高生、ぎくっと止まる。
派遣の女:捨てられないのよ。ね。
小さい間。
派遣の女:無視されても、拒絶されるても、でも捨てられない。だって、あんたは縛られてる。自分は切ったつもりでも糸は必ずどこかかからつながってくる。否応なく。
女子高生:糸って?
派遣の女:んー、たとえば赤い糸。
女子高生:はぁ?
派遣の女、ふっと笑って。
派遣の女:聞きたい?
女子高生:あ、いや、それほどには。ねっ。
と、助けを求めて少年に。少年、うんうん。
一同も、うんうん。
派遣の女:ほーぉ。
掘る女:私は聞きたい。
一同 :えっ。
派遣の女:でしょ、でしょ。
うんうんとうなづく。
派遣の女:もてるのは罪なんだよねー。
編む女:はぁ?
派遣の女:だから、魅力ある女は罪なのよ。
編む女:なんだそりゃ。
派遣の女、にやっと笑って。
派遣の女:愛の不在よ、うん。
編む女:わかるよに説明してくれ。
派遣の女:んじゃ、まあ、みんなすわって。はいはいいすあるでしょ。
えー、とかいいながら。ごたごたとなんとなく皆椅子を並べて派遣の女を女を囲むように座る。
掘る女は、椅子に座らず、ゴミの山に腰を下ろす。
えっへんとポーズをとって。
派遣の女:問題は、あたしがいい女だったってことよ。
編む女:おいおい。
派遣の女:ま、あたし派遣でさ、いろいろ行ってたんだけど、あっちでもこっちでも結構もてるのよね。
編む女:そりゃそりゃ。
派遣の女:それが罪だったのよね。うん。
編む女:はぁ?
派遣の女:ちっさい食品会社の事務行ってたときのこと。これがけちくさいくせにやたら就業規則厳しくてさあ、遅刻なんぞしようもんなら、ばしばし罰金でひかれるのよ。
女子高生:へー。
派遣の女:でさあ、前の晩飲み過ぎて午前様、目覚ましなったけどそんなんけっとばして。
編む女:惰眠むさぼった。
派遣の女:そうそうって、ちがーう。頭の中のアラームがなって飛び起きた。やべーってんで、くそする暇もなくて顔も洗わず飛び出したっておもいな。
編む女:下品だねー。
派遣の女:遅刻じゃーって焦ってドア開けたらさ。
編む女:ジャジャジャーン、ジャジャジャーン、チャンチャンチャンチャンチャンチャンチャン(昔懐かしい火サスのオープニング)
派遣の女:何が、あったと思う。
女子高生:さあ。
派遣の女:ドアの前にどーんと。
編む女:どーんと。
派遣の女:真っ赤なバラの花束。カード付き。
一同、うーわ。
編む女:話おもしろくしてるだけじゃない。
だよねー、うんうんと一同。
派遣の女:何が悲しゅうて、こんなくだらない話作らないけないわけ。
女子高生:マジですか。
うんと頷く。
編む女:今時、バラの花束?
女子高生:カード付き?
うんうん。
女子高生:カードにはなんと。
派遣の女:君は美しい。
一同、うーわ。
少年 :ぜったい嘘だー。
女子高生:罪ですねー。
派遣の女:ほんとなんだからー。
掘る女:で、どうした。
派遣の女:え、ありがたくいただいたわ。当然じゃない。
一同、えーっ。あほか。
派遣の女:いやいや、当然の評価だしー、もうけたなって。
編む女:こいつ、馬鹿だ。
女子高生:罪ですよ。
派遣の女:あ、心当たりあったからさ。
編む女:誰?
派遣の女:そこでちょいとイケメンの若い子がいてさ。背高くて細身で、結構おしゃれ。営業やってたんだけどさ。
編む女:はいはい、口先ばっかりの頭すっからかん。
派遣の女:いやいや、さわやかで、仕事ばりばと。
女子高生:いいじゃないですか。
編む女:若いねー。若い。だまされちゃうよ、そんなんじゃ。
間。微妙。
掘る女:だまされたんだ。
間。
派遣の女:ごほん。
掘る女:続けて。
派遣の女:ちょっと、ねちっとした感じあってさ。あ、こりゃいれこんだらやばいかなぁーって思ったんだけど。
女子高生:へー、そうなんだ。
派遣の女:そーなのよー。
少年 :いれこんだらって?何を入れるの?
編む女:いいの!
派遣の女:素知らぬ顔してたたんだけど。いやー、まいったまいった。そいつ、ぞっこんでさー。
少年 :ぞっこんてなに。
編む女:しらなくていい!
少年 :惚れたって事?
編む女:やかましいっ!
派遣の女:ははは。罪でしょう。私。
女子高生:罪ですね。
うんうんと頷く。
編む女:はいはい、罪です、罪です。
掘る女:続けて。
ごほんと空咳をして。
派遣の女:うざいじゃん。で、こんなことやめてよねっていったら、そんなあほなことするわけないでしょうってしらっとしてる訳よ。でも、帰ったら、留守電入ってて、あなたは、今日はってこうこうしたって私の行動報告。しっかりボイスチェンジャー。
一同、うーわ。
派遣の女:こりゃ、やばいっておもったから、上司に相談した。だって、内部のやつしかわからないもんね。ああ、これがまたしぶいナイスミドルでさー、ちょと私に気があってさ、ま、不倫するつもりはないけどね。
編む女:こりねーな。
掘る女:上司はなんと。
派遣の女:様子を見ようと。
編む女:だめだこりゃ。
女子高生:罪です。それは。
派遣の女:ま、腹立って、腹立って酒かっくらってねたわけよ。
少年 :なんでお酒飲むの?
編む女:罪だからよっ、で。
派遣の女:翌朝ね。また、箱がおいてあるのよ、ドアの前に。
一同、えー。
派遣の女:段ボール箱。あけたらさ。
編む女:無謀ー。
一同を見回して。
派遣の女:夕べ出した私の生ゴミ。
一同、げっ。
派遣の女:箱の脇に封筒がひとつ。
一同、いやーな顔。
派遣の女:カードが入ってて。
小さい間。
編む女:なんて。
派遣の女:君を見ている。
一同、うーわ。
掘る女:サイコパスだな。
少年 :サイコパスって。
編む女:異常者よ、警察いけ、警察。
派遣の女:そうなんだけどさ、なんかむちゃくちゃ腹立ってきて、ばっきゃろー、なめるんじゃねー、てめーって。今日は休みますって上司に電話いれてふて寝した。
一同、はぁ?
編む女:ふて寝かよ。
派遣の女:したらさ、夕方、コトンと郵便受けで音がするの。
女子高生:またなにか。
派遣の女:今頃郵便かよって思って、取りに行くとさ。グリーティングカード。外見たけどだれもいない。カードみたら。
編む女:みたら。
派遣の女:君は拒めない。ご丁寧にキスマーク。
一同、うーわ。
派遣の女:頭沸騰して警察走ったわよ。チャリで。
編む女:したら。
派遣の女:暗くなってたから必死でこいだわ。警察の近くに一方通行あるのよね。もうすぐだって思ったら、うしろから、やけに明るくライトてらすの。クラクションならすし。うるさいってふりむいたら、顔見えた。
女子高生:だれ。
小さい間。
掘る女:上司だろ、ナイスミドルの。
ああ、とかおおっとか。
派遣の女:あっとおもったら、それっきり。
肩をすくめて。
派遣の女:そいで自転車探してたらここにあった訳よ。
女子高生:罪ですねー。
派遣の女:わかった?
女子高生:えっ、なにが。
派遣の女:だから携帯捨てられないって話よ。
少年 :え、そうなんですか。
派遣の女:・・あー、もういいわ。
掘る女:話は、終わりか。
派遣の女:はいはい、終わりよ。終わり。お粗末でした。ごめんなさい。
掘る女:なら、いい。
と、掘る作業に戻る。
派遣の女:はぁ、わけわかんねー。って、何で掘るのよー。
掘る女:それが、何か?
派遣の女:いや、何かって言われても。おもしろい?
首をかしげて。
掘る女:・・考えようによっては。
派遣の女:どれ。
編む女:固いよー。その格好じゃ無理。
派遣の女:これでも家は農家よ。どれどれ。
と、掘る女のスコップを取り上げ、へっぴり腰で掘ってみる。
派遣の女:あ。
編む女:でしょ。
派遣の女:こんのやろ!あーチクショウだめだ。
と、まるで歯が立たない。
はーと早くも息を切らして。
派遣の女:あんた、えらいねー、なんでほってんの。
掘る女:・・義務かな?
派遣の女:なんの?
掘る女:さあ。
派遣の女:あっきれた
派遣の女、なんとなく、穴の大きさをはかってみて
派遣の女:あ、これって
小さい間。
編む女:あんたいまいやーなもん想像したでしょ
派遣の女:え、いや、いや。・・まさか。
小さい間。
編む女:・・うん。
顔を見合わす
編む女:いやいやいやいや、そじゃない、そじゃない。
派遣の女:そだよねー。
小さい間。
掘る女、ふっと笑って。
掘る女:もういいか。
派遣の女:ああ、ええ、まあね。
二人、やばくない?考えすぎだよとか。
女子高生:はい、いいですか。
と、手を挙げる。
派遣の女:何よ。
女子高生:わからないんで。
派遣の女:何が。
女子高生:さっきの話。なんですてられないかって。
派遣の女:ああ、もう、あんた意外と頭悪いね。あれはさぁ。
掘る女:こういうことか。
一同え?
掘る女:似た話読んだことがある。
派遣の女:あー、お話じゃなくて体験なんだけど。
無視して。
掘る女:象の話。
Ⅵ象は夢みる
掘る女は、女子高生に話し出す。
掘る女:象がいたんだ。気のいいやさしい象。でっかいやつがね。
女子高生:象ですか・・。
掘る女:当然飼い主がいた。なかなかのやり手。商売上手なやつ。
女子高生:なんの。
掘る女:なんだったか、とにかくなんか作ってた。結構人を使って手広くやってたわけ。そこへ象がきたんだ。
何か工場のような音が聞こえてくる。
掘る女、ゆっくりと椅子の前に行く。
それと共にみんなが囲むように椅子の後ろに移動。
女子高生は少し離れている。
間。
見回している掘る女
恐れながら。
編む女:ここは面白いかい?
掘る女、身体を斜めにして目を細くして見回すよう。ちょっと威圧感。
掘る女:面白いねえ。
はっとする三人。
派遣の女:ずっとこちらにいたらどうだい。
掘る女:いてもいいよ。
三人喜ぶ。
少年 :そうかい。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか。
掘る女:そうして象は働いた。
女子高生:馬鹿みたい。
掘る女:それがなかなかうまいんだ。
囲んだままの三人。少年が編む女から毛糸を受け取り、そろそろと近づく。
編む女:時計はいらないか。
掘る女:ぼくは時計はいらないよ。
編む女:まあまってろなかなかいいもんだ
そうかそうかと。少年が毛糸を足首に巻き付ける。掘る女、ちよっ、ちょっとひっぱつて。
掘る女:なかなかいいね。
編む女:やはり、鎖もなくちゃダメだろう?
掘る女:うん、なかなか鎖はいいね。
と二三歩あるく。
派遣の女:靴を履いたらどうだろう
掘る女:ぼくはくつなんかはかないよ。
派遣の女:まあ履いてみろいいもんだ
掘る女:なかなかいいね
派遣の女:沓に飾りをつけなくちゃ
掘る女:うん なかなかいいね・・・これはいい。
この間にもう一方の足に毛糸が巻かれる。
椅子で囲まれたなかを歩き回る。
外へは出られない。
掘る女:象はうれしかったんだ
女子高生:そんなもの。
掘る女:そんなものでもうれしいんだ。・・みんなそうだろ。
間
女子高生:私は・・違う。
間。
小さい声で。
女子高生:それで。
やや高飛車に。
編む女:済まないが税金も高いから、今日はすこうし川から水をくんでくれ。
掘る女:ああ、稼ぐのは愉快だねえ。さっぱりするねえ。
囲まれたなかで動く
止まるとかぶせるように
派遣の女:済まないが税金がまた上がる、今日からわらは五把でいいかい。
少年 :それに今日はすこうし森から薪を運んでくれ
掘る女:五把でいいよ。ああ、ぼくたきぎをもってこよう、いい天気だねえ、ぼくは全体もりへ行くのが大すきなんだ
動いた後
掘る女:ああ、せいせいした。
喜んでいるが、かぶせるように
派遣の女:済まないが、税金が5倍になった、今日から藁は申し訳ないが三把にしてくれないか。
編む女:それに今日は少し鍛冶場にいって炭火をふいてくれないか
掘る女:三把でもいいよ。ああふいてやろう。本気でやったらぼくもう息で石も投げ飛ばせるよ
動いた後、しんどそうに座り込む
掘る女:ああ、つかれたな、うれしいな。
余りうれしそうではない。囲む三人。
間。
ため息ついて。
掘る女:苦しいです。
三人、ゆっくりとこづき回す。
掘る女、立ち上がろうとしてくずれる
座り込んだ掘る女を三人が囲み引きずるように去ろうとする。
女子高生、絶えきれずに。
女子高生:サイレント!!
場が元に戻る。
派遣の女、はさみで毛糸をチョキンと切って毛糸を回収して、何となく持つ
掘る女:たぶん、そういうことだ。
女子高生、立ちつくす。
少年 :象は、どうなったの?
掘る女:結局仲間たちが助けにくる。
少年 :よかった。
掘る女:それはよかったんだろうけれど。
少年 :えっ、まだなんか?
掘る女:助けられた後、ぞうは寂しく笑うんだ。
少年 :変なの。助けられたのにね。
女子高生:なぜ・・。
小さい間。
掘る女:なぜだろうな。
派遣の女、何となく毛糸を巻こうとして、何かに気づく。
毛糸を見据えて、一度、ぴんと張る。見つめて。
派遣の女:糸なんだよね・・。
女子高生:え?
と、女子高生に見せ、自分の小指に巻き付ける。端を一度延ばして。
派遣の女:ほんとは誰かさんの小指と結ばれてたはずなんだけどねー。どこでどう間違ったんだか。
といいながら、他の指に巻き付け、片手を巻いてしまう。
派遣の女:ほら、動けない。
女子高生、黙って見つめる。
派遣の女:自由になるためにはさ。
はさみを持ち出し、パチンと切る。
派遣の女:ほら。
と、手の指を開いたり閉じたり。
派遣の女:切れればオッケーなんだろけどねー。
と、首を振る。
編む女:切っても切れない腐れ縁ってやつ。
派遣の女:願い下げなんだけどね。
編む女:浮き世ってそんなもんよ。
派遣の女:いやでも?。
編む女:拒めない。向こうからやってくる。
間。
女子高生:そんなのって、なんだか・・。
少年 :やってきたよ。
せっぱ詰まったような声。
一同、えっ。
小さい間。
派遣の女:ボク?・・。
Ⅷやってきた笛吹。
少年 :やってきたんだ。
少年、笛をなんとなくもてあそぶ。
掘る女:やってきた?
それは少し鋭い調子かも。
笛をピーと一度吹いて、これねという感じ。
少年 :昼休み、ちょっと練習してた。
ぼそぼそと話し始め、やがてしっかりと話し出す。
少年 :雲梯のそばで何回も練習してた。まりちゃんがチェックしてくれてた。こいつうるさいんだよね。僕を半分馬鹿にしてる感じ。でもいつもかまうんだ、なんだかんだって。
編む女:あー、それは好きなんだ。
少年 :そうかなあ。
派遣の女:そうよ、人生の真実。
少年 :おおげさだよ。
派遣の女:そうでもないわ。で。
少年 :まりちゃん、いろいろケチつけるんだよね。姿勢が悪いんだの、口の形がおかしいだの、指に神経ないだの。でもたかが笛じゃない。口も神経もないと思うけど
派遣の女:でも、へたっぴじゃん。
首かしげて。
少年 :でもがんばってたんだよ、そしたら。まりちゃんがあれ何っていうの。
派遣の女:まりちゃんが?
少年 :赤ジャージ、また誰か怒ってるって。
派遣の女:赤ジャージ?
少年 :いつもそれ着てる。ちゃんとした服着たとこ見たことない。
派遣の女:ああねー、熱血教師ってね。
少年 :なんか怒鳴って、そこらあたりにいる子を片端からひっぱってた。なんでかなとおもってそちらみたら、いた。
派遣の女:誰が?
少年 :しらない。若い人。男。笑ってた。
派遣の女:笑ってたって・・。
少年 :笑って周りをみてた。ばーっと風ふいて砂ほここりたった。目に入って、痛いんでごしごしした。・・そしたら・・。
間
少年 :亜由美ちゃんが倒れた。
派遣の女:え。
少年 :その男の人のすぐそばでぼーっとしてたの。ああ、当番でね、ウサギに餌やりにいかなきゃいけなかったんだ、当番でね。亜由美ちゃんが当番で・・。
と、ちょっとぼーっとする
やさしく。
編む女:それで。
少年、はっと我に返り。
少年 :持ってた籠が吹っ飛んで、亜由美ちゃんが転んだ。バーカ。ってボク思わず笑った。そしたら。そいつと目があった。
小さい間。
編む女:それで・・。
少年 :ずんずん僕の方にあるいてきた。けどもう笑ってなかった。そいつは僕の方にずんずんやってくる。まりちゃんもぼけっとそばにいるの。あれなによーって。
派遣の女:逃げなきゃ。
少年 :赤ジャージがわめいた。びくっとして、ぼく逃げたよ。20メートルぐらい逃げたんだけど石に躓いて足がもつれてころんだ。
派遣の女:うわっ
少年 :後ろ向いたら、まりちゃんの首のあたりから、なんかあかいものがばーって散った。
笛を握りしめる。
小さい間。
少年 :そいつ、止まって僕を見てた。いいや、見てなかったもしんない。
小さい間。
少年 :竹井先生が逃げなさいって叫んでモップもってはしったきたけど。
派遣の女:竹井先生?
少年 :家庭科の先生。いつも昼休み、渡り廊下や校庭の掃除してる。あれ趣味なのね、たぶん・・・。
又注意がそれた。
派遣の女:で、走ってきたけど?
少年 :(びくっとして)ああ、竹井先生。モップなんかこう構えて走ってきたの。ちょと時代劇?かっこいいと思ったけど、二人もつれたと思ったら、モップが飛んだ。
派遣の女:え。
少年 :そしたら、竹井先生、くたくたってしおれた野菜みたいに転んだ。一緒に掃除してたひろとくんがせんせーってさけんだら、そいつがばっとそちらへはしっていってひろとくんの頭の上から・・。
派遣の女:うわっ。
少年 :そいつ、またこちらを見たよ。そうして・・
沈黙
少年 :僕、逃げたんだよ。にげたんだけどね、一生懸命。でも足もつれてはうだけ。にげなきゃ、にげなきゃってはっていった。でも、校門は遠かったなぁ。あいつ早かったし。
笛を一声吹く。
沈黙。
少年 :遠かったんだよね、とても。・・ねえ、ウサギ餌もらえたと思う?
間。
掘る女:わからない。けどきっともらえたと思う。・・たぶん。
少年 :だよね。よかった。
リコーダーもう一吹き。
少年 :やっぱりうまくなんないなぁ。
Ⅸ黄昏の盆踊り
わざとらしげに明るく
派遣の女:できるさー。もっかい吹いてみな。ほらほら。
と、促す。
少年 :そう。んじゃ。
少年、星めぐりの歌を吹き始める。一同もなんかほっとして様子。
派遣の女:しかし、やっぱり下手かもー。
少年 :そんなー。
と、言いながらもう一度吹き始める。
派遣の女、その曲につれ口ずさんでいたが。
派遣の女:あー、なんだかなつかしー
と、立ち上がる。
派遣の女:ほら、回って!
椅子の周りを歩くように促す
少年驚くが、うなずき、回り始める。
と、派遣の女あとにくっついて、なんとなく振りをつけながら回り始める
なんか、田舎の盆踊り風。少年はあたかもハーメルンの笛吹。
あきれてみている一同。
派遣の女:ほらほら、あんたもー
と、女子高生を誘い出し一緒に踊り出す。
女子高生、少しぎこちなく、それでもおどる
少年について、椅子の周りを回りながら踊ってしまう。
派遣の女:ねえ、これってなんだか、いけてないー?
おいおい。あきれる編む女。
女子高生:これって盆踊りですねー。
派遣の女:だよねー、なんかちょっとはまるわー。
二人 :あかいめだまのさそりー、あ、よいよいと
手拍子をパパパンとうってしまう。
派遣の女:チャンチャンチャンカラカッと。
とか、変な合いの手も入る。
派遣の女:ひろげたわしのつばさー、は、どした。
女子高生:よいよい。・・ちよっとくせになりますねー
ほんとにそうか?
踊りながら。
派遣の女:いやーひさしぶり、田舎思い出すわ。
女子高生:どこですかー
派遣の女:北の方、やまんなか。
女子高生:へー。
派遣の女:なんにもないとこでさー、やまばっかー
女子高生:うちは、街だから
派遣の女:いやんなってでてきたんだけどねー
女子高生:あをいめだまのこいぬー
派遣の女:気合い入れてふかんかい、こらーっ。
ちよっととまらない。
どこかチンドン屋にもにてきた。
派遣の女:アンドロメダの くもは
女子高生:さかなのくちの かたち。
派遣の女:どうなったかなー田舎
女子高生:かえってないんですか。
派遣の女:みんなしんじゃったからねー
女子高生:寂しいですねー
派遣の女:そだねー 踊るしかないよねー
あきれた編む女。
編む女:馬鹿はおいとこ。
馬鹿たちはなおも踊る。笛の音は小さくなる。
編む女、編み始める。
掘る女、少し見ていたが。
掘る女:何で編んでる。
編む女:又その話?
掘る女:そう。
ため息ついて。編み物を見せる。
編む女:何編んでると思う?
掘る女:ちょっと大きい編み目だから・・うーん。
編む女:世界を編んでるの。
ふふっと笑って。
掘る女:それにしては穴だらけだな。
編む女:まーね。
と、掬う真似。
掘る女:それじゃ、こぼれるな。
編む女:うん。こぼれるの。どこまでも。
小さい間。
編む女:・・しってる、転落するのはとっても簡単。ちょと運が悪ければそれでいいもの。たとえば・・
小さい間。
編む女:親子三人それなりの生活。高校を普通に卒業。職がなくてパートで働く。彼氏ができて妊娠。けど、別れた。つまんないやつでさ。いいわ、この子は私が育てるって。親は怒った、怒った。
掘る女:それは。
編む女:よくある話よー。ただ、問題はよくある話じゃなくなったってこと。
小さい間。
編む女:すったもんだしてる間に、父がガンで倒れた。一年後退職。運悪く知人の保証人になっていて、退職金はスグ消える。母もパートにでる。半年後父が死亡。仕方なく家を売ったけど。ローン終わってなかったんで、ほとんど残らない。母が過労で倒れる。医療費がかさむ。保険証が切れる。それでも母の医療費を捻出しなければならない。病院に行けなくなる。インフラがとまりがちになる。人員整理でパートの職を失う。生活保護も却下。病気を苦にして母が自殺。自分も体調を崩してままならない。子ども抱えてるからどうにもならない。料金未払いで、電気もガスも止まる。すぐアパートの更新時期が来るけど当然払えない。どうしようもないね。
にこっと笑う。
編む女:ひもじさを通り越すとね。寂しくなるの。水ばかりじゃね・・。
と、そばにあったペットボトルを見る。
編む女:子どもにはなんか食べさせたかったなー。
間。
編む女:毛糸が残ってたから、編んだのね。着れるかどうかわかんないけど。編むしかやることないし。
一同無言。
編む女:編みながら考えたよ。あー、そうか、私たちがいなくなっても世界は回るんだって。
掘る女:それは。
編む女:アパートの壁一枚の外、ただ、世界は回り続ける。たぶんそれが摂理というもんだろね。
掘る女:摂理?
再び編み物を見せる。
編む女:世界ってこの編み物みたいなものなんだと思う。全部つながってる。でも私たちはこぼれていった。結局。
少しほどいて、ピンとはって見せる。
編む女:子どもが動かなくなつた朝、ほどいたわ。
小さい間。
編む女:ほどけばただの一本の糸。それが私たちだったというわけ。
小さい間。
編む女:だから、編んでる。こぼれないやつを。
掘る女:・・・世界を。
編む女:・・たぶんね。
と、にこっと笑う。少し寂しそう。
派遣の女、気づいて。
派遣の女:ほらほら辛気くさい話なんかせんと、ほらほら
し、無理矢理掘る女をひっぱりだす。
編む女:あ、こらっ。話の途中
派遣の女:いいからいいからー
と踊り続けるやむなく、まじめに踊り始める
編む女:あー、わたしゃのけもんかい。
と、うずうずして。
編む女:くそっ。
と、歌いながら踊りの輪に乱入。
全員が歌いながら踊り続ける。やがてその踊りはそれまでのばかばかしい所作とは違い、緩やかな踊りとな っていく。
同時に、青い光が静かに降りてきて人々を包む。
そうして踊りは総体として祈りにも似た様相を帯びる。
盆踊りは本来魂祭りの夜、満月の下、あの世との境界で行われる故人をしのび交流する場であった。
溶暗。
笛だけが響き、やがて靜かに消えていく。
ⅩⅠくそったれなこの世界
派遣の女:あー、いい汗かいたわ
溶明。
それぞれの場所に座っている(てきとうでいい)。
掘る女は再び、穴のそば。スコップを持っている。
編む女:なんだったんだろ。
派遣の女:いーでない。それよりさー、あんた。
と、掘る女へ。
派遣の女:いつまで掘ってるつもり?
答えず、掘る。
間。
編む女:言ったよね。さっき。
答えない。
編む女:世界が滅びたとかなんとか。
派遣の女:すごい台詞よね。
間。
掘る女:見てただけだ。
笑う。
派遣の女:そりゃー、たいした見物(みもの)だったわねー。
掘る女:それほどでも。
派遣の女:あたしも見てみたかったね。
笑う。
小さい間。
掘る女:じゃ、見てみるか?
派遣の女:え?
掘る女:あつい夏の真昼。
掘る女、スコップを肩に担ぐ。
掘る女:そう。十二時。・・・誰かが、カウントしてた。・・5分前。
雑踏の音。
他の四人は、最初無秩序に歩き出す。やがてその動きはいつの間にか椅子で作られた檻の中を動き始める。
檻に気がつきそうで気づかず、気がついたものもいるかもしれないがでられない。
うろうろとする彼ら。
女子高生、立ち止まり、舞台正面を向いて。
女子高生:三分前。
又、歩き始める。
掘る女:誰かが思った。アスファルトの溶けた匂いが臭い。嫌いだ。なぜみんな平気な顔で歩く。薄く笑う獣たち。
時計の音が聞こえてくる。
掘る女:誰かは思う。おまえたちは何も知らない。世界は檻。檻の中を意味もなくさんざめきながら歩くお前ら。檻の中の獣たち。
少し時計の音が大きくなる。
空を見上げる女。
掘る女:痛いほどまぶしいのになんでこんなに寒い。
寒さにふるえている。
掘る女:何でそんなに笑える。何でそんなに楽しげに歩ける。何でそんなに何も感じない。・・世界があることすらわからない。無知の獣たち。
ゆっくりと彼らを見る。いや、もう何も見ていないかもしれない。
女子高生、同じようにする。。
女子高生:一分前。
掘る女:なぜそんなに歩く。歩き続ける。なぜ見ていない。なぜ見えない。答えろ、なぜだ!
女子高生、立ち止まり。
女子高生:十五秒。14秒・・
女子高生は立ち止まったまま、他は歩いている。
時計がだんだんとおおきくなる。
掘る女、肩に担ったスコップを、握りしめる。
掘る女:見せてやる。
女子高生:10、9、8、・・
シャベルを握りしめる。
掘る女:世界を踏みつぶすんだ。踏みつぶしてやる。そうしたら。
女子高生:5、4、
シャベルを構える。
女子高生:3、2、1・
絶叫。
大音響と共にゴミが上から降ってくる(無理ならいいです)。
掘る女、片っ端からゴミをシャベルでなぎ倒し、四人を襲う。
逃げまどう四人。
後から後から落ちるゴミ。
笑いながらゴミの山を片端から壊しながら、次々にとどめを刺していく掘る女。
すべてが倒れた。
掘る女:あーーーーーっ。
絶叫して、スコップを掘りかけている穴に突き刺して、静止。
間。
倒れていた派遣の女、むくっと起き上がり、頭を振って。
派遣の女:いやー、これは、ハードだわ。・・やっちゃったんだ。あんた。
他の者、なにげに掘る女から身を引いて、こわごわ、腰が引ける。
編む女:ちがうと思うよ。
女子高生:でも、・・。
スコップをおそるおそるさす。
一同、うんうんと頷くが。
編む女:ただ、見てただけ。
掘る女、沈黙。
編む女:言ったよね。くだらない生活が消える。それはいいことだって。
派遣の女:なら、やっぱりやったんだ。
編む女、派遣の女に、ちがうと首を振る。
編む女:希望した訳じゃない、、失っただけだって。
掘る女、沈黙。
編む女:そうして・・残された。
掘る女、ぼんやりとみて。
掘る女:残された?
意識が戻ったように。
掘る女:そう・・残ってしまった。だから。
けたたましく笑い出す、編む女。
一同、え?
編む女:なんかおかしくって。
一同、あきれてどこかおかしい?さあとか。
ひとしきり笑って。
編む女、スコップで穴掘る真似。
掘る女、むっとして。
掘る女:いけないか。
編む女:変だと思わない。やってること。
まあ、確かに、変だよねとか。
掘る女、一同をねめつけて。
掘る女:どこが。
編む女:たしか、仕事だからとか義務だとかなんとか言わなかったっけ。
派遣の女:あ、それあたし聞いた。
他の者もうんうん。
小さい間。
掘る女:言った・・気がする。
編む女:言ったよ。やめた方がいいわ。
掘る女:なぜ。
編む女:それって自責の念?罪悪感?後悔?贖罪?へっ。
掘る女:いけないか。
編む女:いけないね。
掘る女:なぜ。
編む女:細かい事情はいいや。いろいろあるだろし。たぶん大切な人を理不尽に失ったんだろうし、あんた自身のくだらない生活も消えたかもしれない。(あたりを指し示し)残ってるのは愛した生活の影だってあんたは言った。だから、影の中に生きて穴掘ってるって?馬鹿いうじゃないの。いくら掘っても失ったものは失ったものだし、くだらない生活はどうやってもそこにある。
掘る女:だから。
編む女:あんたはいいわけ、探してるだけ。
掘る女:いいわけ?
編む女:なんにもできなかったいいわけ探して、誰かのために申し訳に穴掘ってる。掘れないってわかってるくせに。そんな根性じゃ、掘れるわけないだろ!!10センチだってほれやしないよ。
派遣の女:いや、20センチぐらいはほってるよ。
編む女:うるさい!
へいへいと。
編む女:希望してもしなくても世界はある、これ正解。願いや祈りで世界は変わらない。これも正解。なら、くだらない世界も消えやしないはず。とばっちり食った人が消えるだけ。
一同、まったくとばっちりくったよねーと。
じろりとにらまれて、首をすくめる。
編む女:どう、あがいても、何いっても、あるの。くだらない生活もくそったれな世界もそのまんま。
間。
ⅩⅡそれでも世界は美しい
少し優しく。
編む女:世界編んでるって私言ったよね。
掘る女:いった。
編む女:この人たちも編んでたんだ。
女子高生:え、わたしたち編み物してたんですか?
笑って、
編む女:そういう意味じゃなくて。
派遣の女:赤い糸よね。でも、からまっちゃうからもう困りも。
少年 :罪です。
派遣の女:こいつはー。(と、少年をにらみつける)
編む女:私たちは一本の糸。独りで生まれ独りで死ぬ。
派遣の女:さびしいよねー。
編む女:でも、独りじゃ生きられない。
女子高生:業ですね。
派遣の女:うまいこというね。
編む女:だから、編むしかない。縦でも横でも、斜めでも、糸を絡ませて。
女子高生:そうして世界を作るってこと?
編む女:でも、きれいな編み物を作るのは難しい。
派遣の女:ゆがむわね。
女子高生:ねじれます。
少年 :こんがらがっちゃうね。
寂しく笑い。
編む女:そうして、いつか、誰かが気がつくの。・・ああ、糸を操ればいいって。
派遣の女、ふんふんとうなづき。
派遣の女:こちらを引けば、こう動く。あちらをゆるめりゃ、ああなびく。
少年 :マリオネットだ。
派遣の女、うんうんと頷く。
編む女:せっかく一本の糸しかないのに、いつの間にか、からみついて。
派遣の女:誰かが引っ張るとおりに
少年 :動かされるんだ。
女子高生:いいえ、・・動けなくなる。
間
掘る女:切ればいい、大きなハサミで。
編む女:無理。糸は断ち切っても断ち切ってもからみつく。人はそれからにげられない。いいえ、人が、その糸をうみだしてゆく。いくら切っても、後から後から。そうして人は支配される。
派遣の女:やっかいなこった。
女子高生:うまくコントロールしたら。
編む女:コントロールか。・・うん、そう考えるよね。みんなそう考える。不安だものね。うまく操ろうとするうちに操ることが目的となっちゃう。おもしろいもの。人を縛り支配するのって。そうでしょ。快感よね。・・あなたはできる?
女子高生、沈黙。
編む女:できてたら、ここにはいないよね。
女子高生、こくりと頷く。
掘る女:だから、諦めたのか。
女子高生:いいえ。いろいろあるし、おもうこともありますよ。
掘る女:悔しくないか?切なくない?悲しくない?怒りは?恨みは?
と、他の者にも問う。
派遣の女:ああ、まーねー。あるにはあるねー。
少年 :うん。ウサギ餌もらえたかなあ。
掘る女:なら、なぜ。
派遣の女:でもさあ。たぶん摂理なんだよねー。
掘る女:摂理?言葉遊びじゃないか。そんなの。摂理じゃなくて不条理だろ。
編む女:不条理ね。
笑う。
編む女:そんなの人間が勝手に決めてるだけ。条理があろうがなかろうが、そんなの関係なく世界は回ってる。
掘る女:しかし。
編む女:不条理でも摂理でもいいわ。・・ただきれいな編み物を作りたいと思うなあ。
掘る女:意味が見えない。
小さい間。
編む女:ここは美しい?。
掘る女:いいや、くそったれなゴミばかりだ。
一同、うんうん。
編む女:誰がそう思う。
掘る女:だれがって。
編む女:人間よね。
掘る女:当然だ。
編む女:世界は何も思わない。
掘る女:わからん。
一同、わかる?いいやと。
編む女:うつくしいって思えることができるのは人間だけよ。どんなに、しんどい目やつらい目、悲しい目にあっても、どんなに世界が壊れても、廃墟になっても、それを美しく思える人がいる限りたぶん何度でも世界は救われる。
女子高生:人が救われるんではないんですか。
編む女:いいえ、救われるのは世界だと思う。くそったれな世界を救うために人はいるんだと思う。
掘る女:世界が救われる?
編む女:コントロールは避けられない。それは人間が世界に向かうためのありよう。私たちができるのは、ただ編み続けるだけ。でも、もしかしたらきれいな編み物ができるかもしれない。だから・・編んでる。
間。
編む女:あんたが穴を掘るなら、自分のためにほればいい。
掘る女:自分のため?なぜ、
編む女:そしたら、あんたもここが美しいと思えるかもしれない。
掘る女:根拠は。
編む女:そんなの知らないよ。何となくだもの。
掘る女:無責任だ。
編む女:言われたくないね。自分で考えたら。ただ・・。
とんとんと地面を踏んで。ふっとわらつて。
編む女:固いよ。世界ってそんなに親切じゃないからね。
派遣の女:確かに。人生だもんね。
女子高生:ハードボイルドですね。
編む女:掘るしかないだろ。自分のために。そしたら、わかるかも。
掘る女:世界は美しい?・・・
周りを見回す。もちろんゴミしかない。
女子高生:あのー。
掘る女:何。
女子高生:象の笑い。
掘る女:ああ、寂しく笑うってやつ?
女子高生:ええ。
派遣の女:あれ、かわいくないねー、解放されたんだし、よろこべばいいじゃん。
女子高生:最初私もそう思いました。もっと喜べばいいのにと。でも、今はわかったような気がします、なんとなく。
派遣の女:へー。
女子高生:たぶん寂しく笑うしかないんです。
掘る女:寂しく笑うしかない・・。
女子高生:はい。
派遣の女:なんじゃそれ。
女子高生:ぞうは、知ってしまったからだと思います。
派遣の女:何を。
女子高生:世界は変わらない。ただ、回り続ける。・・そういうことです。
派遣の女:ますますわからん。
編む女:いーのいーのあんたは。
派遣の女:馬鹿にして。
編む女:あー、それより、私らも回ろうか。
派遣の女:はぁ?
編む女:いや、さあ、なんとなくきにいっちやって、あれ。
ちょっと仕草。
派遣の女:盆踊り?
女子高生:ちがうと思いますけど。
派遣の女:そっかぁ、踊るかー。時間あるしー。
女子高生:急いでたんじゃありません?
派遣の女:いいのいいの、あんたもいいだろ。
女子高生:・・まあ。
編む女:よっしゃ、いくべー。
派遣の女:ボク。
少年 :またですかぁ。
派遣の女:またなのよー、これが。
少年 :いいですけど。
編む女:あんたは?
と、掘る女に。
掘る女:私は・・いい。
編む女:そっ。
掘る女:私は、くさびを打ち込む。
派遣の女:くさびって?
編む女:いいから、いいから。おっとそのまえに。
編む女、道標の元へ編み物を置く。
派遣の女:何やってんの。
編む女:いや、なんとなく。
女子高生も、携帯をおく。
派遣の女、あーーとうなづき。
派遣の女:じゃ。わたしも。
と、自転車を持ってくる。
少年 :ぼくも。
派遣の女:あんたはだめ。
少年 :なんで。
派遣の女:あんたは笛吹くの。
少年、そうかと。
何となく四人道標の前ににそろう。ついでに柏手をして拝礼。
思わず笑いあって。
編む女:じゃ。
星めぐりの歌始まる。みな、なんとなく輪を作って踊り始める。椅子がストーンサークルのよう。その周りを回る。
掘る女、それを見て、レコーダーを取り出す。
掘る女:17:00時(いちななまるまるじ)。ならば、私はまた掘り始める。私はここにいたと、私がここに生きていた証 として、小さいくさびをこのくそったれな世界に打ち込もう。縦 横 深さ のちいさなちいさなくぼみを作る。くそったれな世界に編み目を刻みつける。この小さなくさびで。
録音終わり。
スコップを取り上げる。辺りを見回して。
掘る女:いつか世界が美しく見えるかもしれない・・・たぶん。
掘る女、掘り始める。
星めぐりの歌続き踊っている中。
【 幕 】