結城 翼
★登場人物
最相早苗・・剣道部女子最強だった。100%完全志向娘。
岡田伊予・・早苗のライバル。定期戦出場決定戦で早苗を幸運にも破る
植木乙女・・熱血マネージャー。パソコンに堪能。ボクっていうのがクセ。
坂本晋作・・剣道部のOB。
西条盛彦・・剣道部員
中田かほる・剣道部員
桂川しづ・・剣道部員
最相頼子・・さなえの母。
最相俊雄・・さなえの父。
Ⅰプロローグ・・ボトルメールⅠ
波の音が穏やかに聞こえる。
幕が上がると薄暗い中に、モニターが光る。
後方には巨大なモニター画面がボトルメールの画面を映し出している。
画面にはボトルは流れ着いていない。
前の方で一人の少女が黙々と居合い(土佐英信流)の練習をしている。
さらにその前には一つの青い瓶。
かまえた姿勢のまま。
早苗 :ある日突然手紙が来ました。波ばかりが寄せては返す、海の果てしか見えない海岸で、いつまでも立ちすくんでいた私の前に手紙が流れ着いたのです。
すばやく抜いて、上段にかまえて静止。
早苗 :世に生を得るは事をなすにあり。その人はそういいました。
びゅんと振り下ろして止まる。
瓶の上。
早苗 :来るはずもないものをまつのには強い力がいります。
刀を右上に大きくあり、びゅんと風きって、刀を納める。
すっきりと立っている。
早苗 :その人に私は手紙を出しました。「MY DEAR RYOMA 私の親愛なる竜馬。私は奇跡を信じたいと思います。もう一度、もう一度手紙を下さい。」
再び静かに座り、抜刀のかまえ。
早苗 :私の流した手紙はどこまで行ったのだろうかと時々思います。波の音しか聞こえない、何にもない海岸に立ちながら私は、寄せてくる波をじっと見続けています。
すっと抜いて再び上段にかまえる。
早苗 :さなえは強い力がほしい。
苦しいような言い方。切っ先は揺れているかもしれない。
やがてそれを振り切るかのように、刀を裂帛の気合いとともに切り下ろす。
そのまま制止しているが、やがて何事もなかったかのように黙々と残りの動作をして刀を納める。
波の音が大きくなって暗転。
Ⅱそうめん
波の音が静まって明るくなる。
モニターの前に早苗が剣道着のまま座っている。
他に机が一つありイスがある。
どうやら波の音はその中から聞こえてきている。
かちゃかちゃとキーボードをつついている。
モニターにはボトルメールの画面が写っているがボトルは流れてきていない。
確認すると側にある大きなカレンダーに赤い字で×をつける。
カレンダーには×がずーつと並んでいる。最初の一つをのぞいては。
早苗はため息をつく。メールは誰からも来ない。
早苗 :何?
ちょっと冷たい声。固く、誰も寄せ付けようとはしない。
母が部屋の外にいる。ご飯をお盆に載せている。
母 :ここにおくから。
とまどったような声。彼女は事態に混乱している。
早苗 :いい。
母 :いいって、早苗。今朝も。
早苗 :食べない。
母 :お素麺よ。少しでも食べないと。
早苗 :おなか減ってない。
母 :お菓子なんか食べるから。ちゃんとしたもの食べないと。
そういえば、お菓子の袋がいくつかある。
早苗 :いいから。
母 :早苗。
早苗 :いらない。
母 :早苗・・・。
言葉に込められたいらついた感情に彼女はどうやって対応して良いかわからない。
母 :じゃ、ここへおいておくから・・。
母は、混乱したまま去ろうとする。
早苗はいらついたまま。
早苗 :食べないよ。
母 :おいておくから。
と、逃げるように去る。
早苗はぼそっとつぶやく。
早苗 :なんで逃げるのよ。
立ち上がり内側から鍵のかかったドアを開けて、そーめんの入った食器を冷たく見ているが、やがてそれを持ったまま室内 へはいる。机にそーめんをおき、再びドアに内側から鍵をかける。
戻ってきてイスに腰掛け、そうめんを見る。
お箸で一筋二筋すくいながら。
早苗 :これは母の愛情です。これは、母の愛のこもったそうめんです。
また、ぐるぐるかき混ぜながら
早苗 :あなたはこれを食べたいですか。いいえ、私は食べたくありません。なぜなら母が作ったそうめんだからです。
入っていたスマキを一つ箸でつまんで目の前につまみ。
早苗 :これは丸い輪です。スマキです。素敵です。でも、おいしくありません。
日本の箸でスマキをぐるぐる回して。
早苗 :回ります。周りますねー。エイっ。
と、ぶちきる。
早苗 :切れました。
箸でくるくるそうめんの中を再び回して。
早苗 :いつもより、よけいくるくるしてマース。
早苗はやがて箸をそうめんの中につっこんだままぼーっとそれを眺めている。
それはなんだかとてもいたましい姿だ。
だきしめてやって、もういいんだよって言ってやりたくなるような情景。
波の音が一段と高い。
やがて早苗はのろのろとそーめんの容器を持ったまま立ち上がる。
辺りを見回し、箸をお盆に残し、容器を持って窓際に近寄る。
そのまま窓を開け、そうめんをそのまま窓からぶちまける。
無表情で机へ戻りイスに座り容器をおき、箸を整えて。
早苗 :ごちそうさま。
手を合わせてそういうと、お盆を持ってドアへ行く。
のろのろと鍵を開けお盆をおこうとしたとき。
ボーンと音が鳴る。
はっとして、食器はお盆のままそこに落ちる。
かまわず振り向きドアを閉める。
鍵を閉め忘れてモニターへ駆け寄る。
キーボードを操作し、画面を出すと。
画面には(中央に其の画面が移るといいな)
早苗 :メールフレンド募集、ボクは23歳、ギターが趣味で・・・
ちっと舌打ちして、プログラムを消す。
待っているものではないらしい。
お菓子の袋に手が伸びる。
モニターをじっと見つめて待つ。
お菓子は次から次へと食べられる。
袋をがさがさするする音とお菓子を食べる音のみが聞こえる。
Ⅲ試合へ
部員たちが打ち込みの稽古をしている。
伊予はいない。
乙女はふんふんとノートパソコンをつついている。
坂本が入ってくる。機嫌が悪い感じ。
みな、手を休めて挨拶をしようとする。
坂本 :やすむな!手を抜くんじゃない!西条!
西条 :はい!
坂本 :腰がふらついとるぞ。しっかり足をふまんか。
西条 :はい!
乙女 :西条、ペナルティ1プラス。
西条、乙女をにらむ。
乙女、ウインクして、ピース。またデータ入力。
西条むかついて、うぉりゃー。
坂本 :中田、手が違う!
中田 :はい!
乙女 :中田、ペナルティ1プラス。
中田、乙女をにらむ。
乙女、ウインクしてピース。またデータ入力。
中田むかついて、うおりゃー。
坂本 :桂川・・。
桂川 :はあ。
坂本 :おまえなあ。もちっと・・ええわ。
桂川 :はあ。
乙女 :桂川、ペナルティ+2
桂川、乙女にむっとする。
乙女、投げキスして、ピース。またデータ入力
純情桂川、真っ赤になってうおりゃー。
坂本 :岡田は?
データ入力の手休めずに。
乙女 :主任に呼ばれてます。少し遅れるって。
坂本 :そうか。
坂本、ふたたび部員を見ていたがたまらず。
坂本 :もういい。全員、集合。
坂本に向かって正座。
坂本いらいらと歩く。
皆、しんとする。
乙女のキーボードを打ち込む音だけが響く。
怒る坂本。
坂本 :言いたいことがある。
一同、うなだれる。
坂本 :なんだ今日の試合のあれは。全然基本ができてない。伝統ある海南高校剣道部を守る気概、お前等あるのか。
歩き回る。
坂本 :どうした!返事をせんかっ!
早苗 :あります!
坂本 :ほう。ほかのものは。
一同答えられない。
坂本 :最相だけか。
歩き回る。
坂本 :ここも終わりだな。
早苗 :そんなことはありません。
坂本 :残念だがな最相、ほかの腰抜けどもはそうだといつとるぞ。
一同、沈黙。
早苗 :先輩。
坂本 :なんだ。
早苗 :女子は一人しか選ばれないって本当ですか。
坂本 :何が。
早苗 :来週の対抗戦です。
坂本 :誰から聞いた。
早苗 :マネージャーの植木さんです。
坂本 :おまえか。
乙女 :すんませーん。(肩をすくめる)
と、振り向きもせず入力。
ちっと、舌打ちする坂本。
早苗 :ほんとなんですね。
坂本 :う。まあな。
と渋い顔。
早苗 :どうしてですか。
坂本 :うん、向こうの選手が先週一人練習中に骨折してなあ。たいしたことはないが、全治二週間でぎりぎりだし、まあ対抗戦なんでちょっと出場を見合わせたいと言って来た。まあ仕方ないだろうと・・。
早苗 :いいんですか。
と、きつい物言い。
その声の調子にやばいものをかぎとった乙女。
キーボードを打つ手を止め、メガネを外す。
坂本 :何が。
早苗 :伝統ある対抗戦でしょう。大したことのないケガで対戦が一人へるんですよ。
坂本 :仕方なかろう。
早苗 :軽く見てません先輩は。
坂本 :何を。
早苗 :対抗戦だって立派な試合です。
坂本 :おれは軽くなんか見てないぞ。
早苗 :まあしかたなかろうというのは軽く見ている証拠です。
乙女 :さなえ。
と静かに制止するが無視。
坂本は苦笑して。
坂本 :まあ、そういうな。ケガはけがだ。軽く見ていてこじらすと後に関わる。最相が気合いは行ってるのは無理ないが、まあこらえてやれ。
早苗 :一人しか出られないんですよね。
冷たくその言葉は響く。
ひっそりと伊予が入ってきた。
乙女何かいいたそうにするが結局何もいわない。
坂本 :まあ、そういうことだな。
坂本の声も固くなってきた。
早苗 :誰が出るんですか。
とがめるように響く。
みな、しんとして居心地が悪い。
坂本 :最相、何が言いたい。
坂本の声もとがってきた。
早苗 :女子の対抗戦は一人だけでしょう。私ですか。岡田さんですか。
坂本 :お前に言われんでもわかってる。
早苗 :いつ決めるんですか。
早苗の声は、鋭さと追撃が厳しい。
誰もが止められなくなっている。
坂本 :後でいいだろう。今までの流れを考えて決めることだ。
早苗 :今決めて下さい。
その声は皆のころを縛った。
坂本 :なに。
早苗 :今決めて下さい。私か岡田さんかどっちを出すか。
小さい間。
坂本 :そんなことが大事か。
早苗 :はい。後一週間もありません。出る以上は勝たなければ何もならないとおっしゃってるのは先輩ではありませんか。
坂本 :それはだなあ。
早苗 :どっちですか。今までの流れから行くと。
と、畳みかけたのに、一呼吸おいて
。
坂本 :試合して決める。
坂本の堪忍袋が切れたのか冷たい声。
早苗は気づいてないようだ。
早苗 :試合ですか。いいです。
喜んで支度し始める。
乙女 :早苗。
早苗 :いいの。
坂本 :それでいいか片岡。
伊予 :私はいいです。
坂本 :じゃ、5分後試合して勝った方を来週の対抗戦に出す。
ため息をつく坂本。
坂本 :審判お前やれ。
乙女 :え、ボクですか。
坂本 :お前でもできるよ、この勝負。
苦い響きだが早苗には聞こえてない。
乙女 :ボクはそのとき早苗がすごくきれいに見えた。なんだか危ういきれいさつてあるとしたらたぶん彼女のそのときの姿だろう。一生懸命で、自分に自信があって、しかもそれだけの力があって、それだけの努力をしていて、あるいみでボクもうらやましい。けれど、ボクはなんだかやばいぞと言う感覚におそわれちょっとぞつとした。全然根拠はないのだけれど、時々当たってしまうボクの第六感だ。伊予はいつもと同じく静かにゆったりと準備をしていた。ボクはその伊予もきれいに見えた。そうして、そのきれいさは安心して見ていられるきれいさで、ボクはこれはほんとにやばいかなと思いながら・・一瞬、あのときのことがよみがえった。あのときも早苗はすごくきれいに見えた。怖いくらいに。
Ⅳわたしは強くなりたい
早苗の家で早苗と伊予と乙女が夏休みの宿題の勉強をしている。
乙女は早くも嫌になった感じ。
乙女 :あーあー。もうやになるなあ。全然はかどらねーの。ぼくはいい加減嫌になりました。
伊予 :乙女、数学にがてだもんね。
乙女 :苦手とちゃうよ。点が取れないだけさね。
伊予 :おんなじようなものじゃない。
乙女 :夜と昼ぐらいの違いはあるさね。ねっ、早苗。
早苗はにこっとして、黙々と解いている。
乙女は立ち上がって、外へ出る冷蔵庫か何かをごそごそ探す。
乙女 :ねー、何か飲む。
伊予 :人んちの冷蔵庫勝手に探して。
乙女 :いいのいいの、かって知ったる早苗んち。・・あ、どうもおじゃましてます。
母が帰ってきたようだ。
乙女 :すみませーん、いいですかあ。はい。どうも。
と、袖へいったんはけて、ペットボトルを持って帰ってくる。
乙女 :お母さんから差し入れだって。
伊予 :感謝。
乙女 :どれにする。
伊予 :あたしこれ。
乙女 :じゃ、さなえこれでいい。
伊予 :あんた、自分だけずるいよ。
乙女 :労働に見合う賃金を。
と、いいながら。
乙女 :飲まないの、早苗。お母さんの差し入れ。
早苗 :いらない。
と、ちょっとそっけない。
乙女と伊予目配せして。
あんたがいいなよと譲ってから。軽くじゃんけんして乙女が負ける。
乙女 :ねえ。
早苗 :何。
乙女 :あんたこのごろ変だよ。
早苗 :何が。
乙女 :何がって。ねえ。
早苗 :何が。
と、改めてまっすぐ見られて焦る乙女。
乙女 :いやさ。お母さんにたいしてっとか。勉強にたいしてっとか。なんか前と違う。
早苗 :そう。
乙女 :ボクそう思う。伊予もだろ。
伊予 :うん。
早苗 :そうかな。
乙女 :そう。
早苗 :ならにそうかも。
と、また勉強始める。
伊予に合図され焦る乙女。
乙女 :ちょっとちょっと。
早苗 :なに、ここまでやっときたいんだけど。
乙女 :そんなのすぐできるって、それより聞きたいの。
早苗 :何。
乙女 :あんた焦ってない。
早苗 :焦る。何を。
乙女 :何をって、なんか全部。ね。
と、同意を求める。
伊予 :うん。確かにちょっと変だよ。
早苗 :変て。
伊予 :何かに追われてるって言うか、絶対これやらないと終わらないって言うか。
乙女 :前の早苗も少し変だったけどそれほどじゃなかったよ。
早苗笑って。
早苗 :ひっどい。
乙女笑わない。
乙女 :笑い事じゃないよ。なんか全然余裕ないもの今の早苗。
早苗 :余裕はあるよ。
乙女 :そうかな。
早苗 :何が言いたいの。
乙女 :剣道だつてそうだよ。まえはそれほどでも無かったのに、今はなんか必死って感じ。それもけっこう勝負に固執してない。
早苗 :(笑って)いけない。わたし強くなりたいもの。
乙女 :それは誰でも当然だと思うけど。体壊しゃしないかつておもうほどやってるじゃない。西条たちがぼやいてたよ。早苗は怖いって。
早苗 :(笑って)怖がられるほど強くなったんだ。
乙女 :ちがうよ。早苗の目が怖いって。ね。
伊予 :思い詰めてるような目だって言ってた。
早苗 :わたしの目が?
と笑う。
笑わない乙女たち。
早苗 :ふん。だらだらやってる西条たちにいわれたくない。わたし真剣だもの。強くなりたいだけ。ほんとに強くなるもの。
乙女 :そりゃ、あんた強くなったことは認めるけど。なんか鬼気迫るとこあるよ。どうしたの。
早苗 :別に。ただ。
乙女 :ただ何。
早苗 :約束しただけよ。
乙女 :約束?だれと。お母さんと。
早苗 :お母さんは約束を守らない。
乙女 :え?
伊予 :約束守らないって。
早苗 :お父さんかわいそう。
伊予 :え?
早苗 :いいじゃない。別に。強くなったつて悪いことじゃないし。勉強する事って悪いことじゃないし。
乙女 :そりゃそうだけどね。
早苗 :第一、明日までに片づけなきゃ地獄を見るんじゃない、乙女。
乙女 :ほっほつほっ。ボクは信用してるもの。
伊予 :何を。
乙女 :もちろん、お二方を。伊予えいごよろしくね。早苗はもちろん数学。
伊予 :あっきれた。ノート写すつもり。
乙女 :いいじゃなーい。ごろごろ。
伊予 :お前は猫か。
早苗 :それにね。
と、二人何かはっとする。
早苗 :まけられないの。絶対に。
乙女 :絶対に?
早苗 :そうしなければ気が済まないの。
乙女 :負けたら?
早苗 :わたしは負けないの。
と言い切る。どこか悲しげでもある。
乙女 :そういいきった早苗の目はほんとにキラキラしていた。どこからそんな自信が出るんだろう。人一倍の練習と努力だろうか。ボクはかすかに違うなって思った。そうではない、それはどこか別の所から出てくるものだ。それが早苗を一生懸命にしている。何でも完璧にしてしまわなければ気の済まないようにしている。ボクは少しぞっとした。なぜつて、それはちょっとまちがったら早苗を滅茶苦茶にしかねないような気がしたからだ。だつて、何事にも絶対はないもの。早苗より強いものはたぶん出てくるはずだし、勉強で分からないところもこれからは出てくるはずだ。努力や根性ではどうにもならないことは確かにある。そんなとき、早苗はどうするんだろう。早苗の笑いの後ろにボクは何だが危ないものを見た気がした。早苗は何だがきれいに見えた。そのきれいさは絶対危ないものだぞってボクの第六感が叫んでいる。でも、本当にきれいだった。今日の早苗のように。
Ⅴ敗北
坂本 :では時間だ。
二人は別れる。
礼をして、構える。
乙女 :始め!
試合が始まる。
剣道の試合のようにすること。
そうして、打ち込もうとした、早苗の足が汗か何かに滑り、そこへ伊予の技が決まる。
乙女 :小手有り。
坂本 :ほう、岡田か。
誰の目にも意外だった。
静かに礼をしようとする伊予。
早苗は呆然としている。
坂本 :最相。礼をせんか。
早苗はまだたたない。
坂本 :最相、礼を。
早苗 :先輩!
坂本 :なんだ。
早苗 :もう一度。
坂本 :何。
早苗 :もう一度試合させて下さい。
坂本 :決まっただろう。お前の希望通り結果は出たんだ。岡田が。
早苗 :待ってください。
坂本 :なぜ。
早苗 :汗で滑りました。だから。
坂本 :だから。
早苗 :だから、もう一度。
坂本 :(あきれたように)最相・・。
早苗 :運も勝負のうちだとはわかっています。けれど、納得行きません。今ままで岡田さんには負けたこと無いのに。
坂本 :それは運じゃない。お前の技が未熟だからだ。
間。
早苗 :では改めてお願いします。もう一度やらしてください。今度は負けないと思います。
坂本 :最相。見苦しいぞ。
早苗 :見苦しくてもかまいません。もう一度やらして下さい。
早苗の声は悲痛さを加えている。
坂本 :真剣ならおまえは切られている。勝負に二度はない。
早苗、黙り込む。
伊予 :先輩、私はかまいませんが。
早苗 :伊予ちゃん。
坂本 :いや、岡田いかん。
早苗の喜びの混じった声を坂本がうち砕く。
早苗 :なぜです。
坂本 :最相。お前だってわかってるはずだ。
早苗 :何がです。
静かに。
坂本 :それは剣道じゃない。お前を試合に出すわけにはいかん。
時間が凍った。
やがて、静かに面を脱ぐ早苗。
きりっとまっすぐ坂本を見る。
早苗 :どういうことですか。
坂本の声は柔らかに。
坂本 :最相、強ければいいもんじゃない。
早苗は絞り出すように、目を大きく開いて言う。
早苗 :世に生を得るは、事をなすにあり。
だが、こえはふるえているかもしれない。
坂本 :事をなすにありか。おまえの好きな坂本龍馬のことばだな。だが、事をなすには強くなくてはいけないか。
早苗 :強くなくては何もできません。
坂本は哀れむような顔をする。
早苗 :そうか。だけど、最相、竜馬はそんな強さは欲してなかったと俺はおもうぞ。
沈黙。早苗は強い目で坂本を見つめている。
やがて、その目からふっと光が消えた。
早苗 :わかりました。最相早苗、本日付けで退部させていただきます。長い間本当にお世話になりました。
坂本 :なっ。おい。最相。
乙女 :早苗!待って、ちょっと。
と、止めようとするが振り払って出ていく。
乙女 :先輩。
坂本 :ばかが。ほっとけ。のぼせて自分を見失ってるだけだ。ほっときゃ、もどって来る。
と、怒っている。
乙女 :だが、ほっといても戻ってこなかった。さなえは、それからぷっつり学校へも来なくなった。毎日、誘いに行ったが、閉じこもって会おうとはしない。それとなくお母さんに聞いてみると、なんか毎日居合いの稽古はしているということだつた。気がつくと、三ヶ月春の練習試合からもう、季節は8月の終わりになっている。このまま早苗は出てこないつもりなんだろうか。
Ⅵ父と娘
波の音。
再び大きなプロジェクター画面。
居合いの稽古を一人黙々としている早苗。
ただひたすら切り続けている。
剣を納めたタイミングの時。
うしろに父がいた。
父 :なあ、さなえ。お父さんは、もう行かなきゃいけない。悔しいが、どうにもならん。
早苗、動作をやめる。
早苗 :(つぶやくように)お父さん。
父 :(少し笑う)なんだ、その顔は。泣きそうじゃないか。
早苗 :(つぶやくように)泣いてるもの。
会話ではない。早苗は思いだしている。父との最後の日々を。
父 :あ、その鞄取ってくれ。ああ、それだ。
早苗、渡す動作。
父 :この中に、ノートがあるんだが・・・。すまん、力でないな。探してみてくれ。
早苗、鞄の中を探る。
父 :ちょっとよごれてる小さいノート。
早苗 :これ?
父 :ああ、それだ。それだ。
早苗 :なに、これ。
父 :お前が生まれた頃の日記だ。
早苗 :日記。
父 :お前よくお父さんに聞いただろ。何で早苗ってつけたのかって。
頷く早苗。
父 :読んでごらん。
早苗、ノートを開く。ぼそぼそ読む。
早苗 :8月24日。嵐。
父 :台風の日だったな。お前の生まれた日。
早苗 :午後より風雨ひどく、病院に行くも難渋する。午後5時病院着。頼子、元気そう。出産予定は6時間後。
父 :初めてだったからね。頼子笑って、まだ来なくていいのに。それはそうだけれど・・。名前でも考えてたら。なんていうのさ。気が早いやつだ。
早苗 :手持ちぶさたなので名前を考える。葵。章子。麻子。綾子。これって。
父 :アイウエオ順だろう。はは。名前なんてそんなものさ。
早苗 :女の子ばっかり。
父 :一姫二太郎って言ってたからな。女の子の名前しか考えなかった。
早苗くすっと笑って読み始める。
早苗 :どれも納得行かず。ハイライト二箱を煙にする。三箱目に移ったとき、天啓ひらめく。早苗と命名することに決める。頼子にその旨を告げると、男の子かもしれぬと笑って言う。小生にはカン有り。
父 :めったにはずれないからお父さんのカンは。
早苗 :そうかな。
父 :そうだよ。今度もはずれない。残念だが。
沈黙がおりる。
耐えきれなくなり早苗が読む。
早苗 :嵐が通り過ぎるとき、午前2時18分 早苗うまれる。力強い声でなく。坂本龍馬を愛した千葉さな子のように芯の強いしつかりした子になるよう願う。午前4時就寝。・・千葉さなこ。
父 :強い人だ。身も心も。そう願った。
早苗 :わたしそんなに強くないよ。
父 :大丈夫。早苗は強くなれる。お父さんの子だからね。
早苗 :お父さんたら。
笑う。
父も笑って。
父 :だからお父さんが一人で行っても大丈夫だ。
早苗 :お父さん?
父 :それに、お母さんにも良く頼んで置いたから。
早苗 :お父さん?
父 :強くなれ。さなえ。
父、消える。
早苗 :お父さん、お父さん、お父さん!!
間。
早苗、両手で顔を覆いしばらくしているが、顔をぴしゃっとたたく。
また、居合を始める。
泣いているようでもあるが、ひたすら切る。
Ⅶボトルメール
ピンボーンの音。
伊予と乙女が来た。ゴメン下さいの声。
お母さんのまあ、どうもという声がしている。
案内してくる母。
ドアの向こうで躊躇する。
母 :早苗。
返事はない。
相変わらず居合いの稽古はしている。
母は困ったように伊予を見る。
母 :早苗。
返事はない。
母 :早苗、伊代ちゃんと中田さんが・・。
押さえて。
伊予 :いる。伊予よ。入れて。
乙女 :乙女も来たよ。
間。
早苗はのろのろとドアを開ける。
早苗 :入って。
母 :さなえ、伊代ちゃんと中田さんが。
早苗 :入らないで。
と、入ろうとした母をのけてドアを閉める。
母 :さなえ。
とよぶが返事はなく。
母 :・・じゃ、お願いしますね。
と、声をかけて去る。
小さい間。
外を振り返って。
乙女 :いいの?
早苗 :いいの。
どこに座ろうかと思う二人。
結局お菓子の袋をのけて座る。
お菓子の袋は空だった。
ゴミ箱をきょろきょろと探して。
伊予 :ゴミ箱どこ。
早苗 :え、ああ、そこにでも。
お菓子の袋がいっぱい入れられているポリ袋。
入れるがいっぱいになる。まけそうなのでくくって、ドアの側に置く。
ほかにも、二袋ぐらいあってそれをくくる。まとめてドアの側。
片づいた。
乙女 :まめだねーあんた。
伊予 :性分よ。
乙女 :できるんだ。
伊予 :なにが。
乙女 :いえね、ボクと違って。家庭的だねーって。
伊予 :そんなことないよ。
乙女 :あんたおばさんタイプだね。こちょこちょ家事するの好きでしょ。
伊予 :ぶー。残念でした。家事大嫌いデーす。
乙女 :そうじは。
伊予 :きれいでないといやなだけ。
乙女 :ほらほら立派にばばあだって。
伊予 :ばばあじゃないもん。
と、たわいもなく浮き上がる会話。
二人とも何話していいかきっかけがつかめない。
早苗 :どうしたの今日。
二人 :えつ。
早苗 :掃除の話しに来た訳じゃないでしょ。
乙女 :ま、まーな。 .
早苗 :でてこいつて言いに来たの。それとも慰めに。あるいは変なやつを見に来たか。
乙女 :早苗。
と、怒ったのを押さえて。
伊予 :全部違う。会いたくなったから。
早苗 :どうして。
伊予 :別に。理由がいるの。
間。
早苗 :そうね、負けた相手がどんなにへこんでるか見たくなったとか。
乙女 :早苗!
早苗 :あるいは、かわいそうだから同情してやろうとか。
乙女 :早苗、あんたずいぶんやなやつになったよ。
早苗 :そう。仕方ないよね。
伊予 :私に負けたから。
早苗 :さあ。
伊予 :どうして会いに来たかいおうか。
早苗 :どうでも。
伊予 :借りを作るの嫌だから。
早苗 :借り?いつあなた私に借りを作ったの?
伊予 :試合で。
早苗笑う。
早苗 :おっかしい。借りを作ったの私じゃない。
伊予 :いいえ、私。
早苗 :なぜ。
伊予 :早苗が出てこなくなったの私のせいだなんて言われたくないから。
早苗 :あなたのせいだなんていってやしないよ。
伊予 :でも、みながそういう目で見る。
早苗 :人のことまでしらないわよ。
伊予 :でも、人はそう思うの。
早苗 :おもいたけりゃおもわせといたら。
伊予 :私は嫌なの。
にらみ合う二人。
早苗が視線をはずす。
早苗 :それでどうしろと。いやみったらしく引っ込んでないで、さっさとでてきら・・・って言いに来たわけ。
伊予 :いいえ。
早苗 :じゃ何。
伊予 :会いに来た。
早苗 :わからないなあ。借りを作るの嫌だから来たんでしょ。それでただ会いに来たって。
伊予 :だから、会いに来たの。
早苗 :へー、奇特な人ね。
乙女 :いい加減にしたら、早苗。
早苗 :いい加減にしてるよ。私。
その声の響きは少しかなしいものがあった。
早苗 :いい加減にしてなきゃ、もたないもの・・。
乙女 :早苗・・。
硬い表情の早苗。
間。
ちょっと又間が持てなくなった時。
母がやってくる。
とんとんとノック。
早苗 :何。
と、相変わらず冷たい。
眉をひそめる、乙女たち。
母 :伊代ちゃんたちにジュースを。
早苗 :そう。そこにおいといて。
母、何か言いそうにするが、なにも言わず去る。
乙女 :こんなこと言うべきじゃないかもしれないけど。
早苗 :何。
乙女 :お母さんと何かあったの。
早苗 :何も・・。
乙女 :うそ。前はあんなに仲良かったんじゃない。
早苗 :そうだったかな。
乙女 :そうよ。ねえ。
伊予 :うん。あんなに冷たくしなくてもいいんじゃない。
早苗 :ご忠告有りがと、でも私の問題だから・・。
伊予 :それはそうだけど・・。
早苗 :約束守らないから・・・。
乙女 :それ・・前も言ったよね。何、それ・・。
早苗 :約束・・。
乙女 :そう。何守らなかったのお母さん・・。
早苗 :あの人は・・
情景が代わる。(上手で)
食卓がある。
早苗が帰ってくる。
早苗 :ただいま。
母の声:お帰り。遅かったわね。
早苗 :うん、先輩達とだべってた。坂本先輩、すごいよ。あれで、県大会準優勝まで行ったって。
母の声:ふーん。えらいねえ。早苗はどうなの。
早苗 :うーん。伊予ちゃんが強いけど、たぶん私が上だと思うよ。けど、うちの剣道部まだまだだから・・。
母の声:そう。でも・・あまり遅くなると・・。
早苗 :いいじゃない。お父さんも言ってた。一つに打ち込めばいいんだって。強くなるんだ、私。
母の声:お父さんも変なこと吹き込んだから・・。
早苗 :変な事じゃないよ。一番強くなるんだ。先輩よりね。あ、その前に西条がいるなあ。ね、どうも虫が好かないのよね。うん。なんかね。・・それより、今日は何?
母の声:ナスのカレー。
早苗 :えー、チキンじゃないの。お父さんいっつもチキンだつたのに。
母の声:ナスいっぱいもらったのよ。パートの所で・・。
早苗 :あ、わかった。山崎さんでしょ。たぶん、お母さんに気があるんだわ。それ。前にもさナスくれなかった。あ、きゅうりだつたかな。
母がカレーをもってやってくる。
母 :馬鹿言わないで、お皿や何か出して。
早苗 :へいへい。
と、かちゃかちゃしてそろえてる。
早苗 :あ、私ルーもっと入れて。たっぷりしてないといや。
母 :はいはい。
早苗 :ふくしん漬けは。切れてたでしょ。
母 :あ、わすれた。
早苗 :もー。またあ。
母 :らっきょうがあるよ。
早苗 :あれ、後が臭いんだもの。いいや、カレーだけにしよ。
用意が出来た。
母 :さ、たべよ。
早苗 :はいはい。
二人 :いただきまーす。
しばらく、かちゃかちゃとスプーンなどの音。
早苗 :(ほおばりながら)うーん。ナスはやっぱりナスだなあ。チキンには及びませんね。
と、もう一口。
母 :ねえ、剣道まだ続けるの。
早苗 :(ほおばりながら)もひろんやよ。ごめん。(と、ご飯のみこんで)だってまだまだだもん。強い人いっぱいいるし。
母 :そう。
間。
食べてるが、早苗は不審を抱く。
早苗 :なんか、今日のお母さん変だよ。どうしたの。
母、スプーンをおく。
改まって。
母 :早苗。
早苗 :何々、改まって。こわいなあ。早苗、怒られることしてないよ。
母 :話があるの。
早苗 :うわっ。そうきたか。はいはい。何でも聞きましょ。
と、こちらはなんかの予感を紛らわしている。
母 :まじめな話なの。
早苗 :何。
と、早苗もまじめになる。
母 :今日、山崎さんから話があったの。
早苗 :このナスの?
母、頷く。
早苗 :え、まさかお母さん首になるの。
母 :違うわよ。・・いっしょにならないかって・・。
早苗 :え、何?
早苗は一瞬混乱する、事態認識できない。
母は硬い表情。
早苗 :おかあさん・・。それ、いっしょって・・まさか。
母 :そうなの。
早苗 :いやっ。
反射的に固い声。
母 :早苗。
早苗 :いやっ。そんな話、いやっ。ききたくないっ。
母 :聞いてちょうだい。
母も堅い。
振り返る早苗。
母 :聞いて・・。お母さん、少し疲れたの・・。お父さん亡くなってから3年立つけど・・一生懸命やってきたけど・・少し疲れたの。・・山崎さんね、気さくな人で、まじめで、誠実な人なの・・。
早苗 :お父さんはどうなるの・・。
母 :お父さんには申し訳ないと思うけど・・3年立てば・・。
早苗 :たつた3年間なの。お父さんは・・。
母 :早苗、人は変わるのよ。・・お母さんもう一人でやっていくの疲れた。それにね、山崎さん、おまえの大学の学資だって出してくれると言うし・・。
早苗 :あたしのせいにしないで!大学の学資?それであたしを買うわけ、その山崎さん。ナスのカレーでご機嫌取るわけ。どうして、どうしてお母さん約束守らないの。
母 :約束。
早苗 :お父さんいつてた。母さんにおまえのこと頼むと約束したって。だから、つよくなれって。私約束守った。一生懸命守った。強くなろうと守った。いまも守ってる。お母さん、お父さんを裏切るの。
母 :さなえ、そんなことじゃないの。・・お母さんはただの。
早苗 :ただの女なんでしょ。生活に疲れきつて、こども育てて、ふっと淋しくなったら側に男がいた。ただの馬鹿な女じゃない。
母 :早苗。
早苗 :許さないから。お母さん許さないから。お父さんを裏切ったこと許さないから。こんなナスのカレーなんかだいっきらい!
カレーをぶちまけ、部屋へ駆け込む(下手)。
ドアを閉めて鍵をかける。
早苗 :許さないから。許さないから。絶対許さないから。
呪文のように繰り返す。
母がドアをたたく。
母 :早苗、早苗、早苗・・。
早苗、やがて顔を覆う。
乙女 :さなえちゃん。
ハッとする早苗。
もとの部屋。
早苗 :えっ。
乙女 :大丈夫?
早苗 :あ、ええ。大丈夫よ。
乙女 :ごめんね。
早苗 :何。
乙女 :そんなことになってるとは思わなかった。
早苗 :私もそんなことになるとはおもわなかったの。
乙女 :ほんとにお父さんのこと大事なんだ。
早苗 :うん。約束したから。だから、そのための力がほしいの。
乙女 :力ね。あんたなら有るよ。
早苗 :ダメ。負けたもの。
乙女 :あ、ま、そんなこともあるさね。一度ぐらいは。
早苗 :それは弱いと言うことなの。
伊予 :でも・・。
乙女 :何。
伊予 :それは・・。
乙女 :何よ。
伊予 :いや。いいわ。
乙女 :なに、途中でやめるのは卑怯だよ。言いなさいよ。
伊予 :じゃ言うわ。ちょっときつい言葉だけど、早苗ちゃんお父さんにとりつかれてるみたい。
乙女 :おいおい。
早苗 :ふふ。そうね。そうかもしれない。
伊予 :お母さんだって、そんな早苗ちゃんみるのつらいと思うよ。
早苗 :あの人のことは言わないで。
乙女 :まあまあどっちもどっちも。
ぽーんとボトルメールの音。
早苗 :きたっ。
と、飛びついて、かちゃかちゃし始める。
乙女ほっとして。
乙女 :ふーん。ボトルメールやってんだ。
伊予 :ボトルメールって。
乙女 :メールをボトルに詰めて流すの。
伊予 :ロマンチックね。
乙女 :ボクはあまり好きじゃないけど。
伊予 :どうして。
乙女 :あてのない話だもの。
伊予 :何。
早苗 :いつ着くか、誰につくかわからない。世界中によ。
伊予 :ほう、なかなかスゴイじゃない。おもしろいよ。
乙女 :素人はそう思うんだよ。どっかから返事来た。
早苗 :来ない。
乙女 :自分のアドレスなんか書いといた。
早苗 :いいえ。
乙女 :じゃこないのあたりまえよ。
画面を見て早苗がつかりした様子で。
早苗 :だめだわ。
伊予 :いっぱい出したら来るんじゃない。
早苗 :一通しか出さなかったもの。
伊予 :へー。たったの一通。
乙女 :世界のどこかにいる人へ一通ね。
早苗 :竜馬に出したの。
乙女 :えーっ。あっきれた。ほんとに出したの。
早苗 :うん、私の親愛なる竜馬へ。
乙女 :うーん。
と天を仰いで。
乙女 :正真正銘の馬鹿です。それで返事を待つだあ。おいおいと言う奴ね。
早苗 :でも来たの。
乙女 :えーつ。まさか。
早苗 :ああ、違うの。最初に来たの。
乙女 :最初に、だれからよ。
早苗 :龍馬。
乙女 :えっ。
伊予 :まさか。
早苗 :世に生を得るは事をなすにあり。そうかいてあつた。
乙女 :いや、まあそうかもしんないけどね。それはさあ、早苗ちゃん、どこかの龍馬ファンがさあ、適当にながしてさあ。
遮るように。
早苗 :かけたの。
乙女 :かけた?何に。
早苗 :返事が来ることにかけたの。だから、そのボトルメールに返事を書いて出したの。「MY DEAR RYOMA 私の親愛なる竜馬。私は奇跡を信じたいと思います。もう一度、もう一度手紙を下さい。」
乙女 :うわあ。まじ。
早苗 :誰から来たのかわからない手紙へ届かないかもしれない手紙を書いて流したの。
乙女 :届かないかもしれ亡いじゃなくて、届かないの。あほか。
早苗 :万に一つの可能性って有るじゃない。
伊予 :来ないよ。億に一つも兆に一つもない。確率ゼロ。
早苗 :いいえ、限りなくゼロに近いかもしれないけど。
伊予 :近いじゃない、ゼロなの。
乙女 :マイナスかもね。
早苗 :ゼロではないの。
伊予 :どうして。
早苗 :待ち続けている限りいつか来るかもしれない。
伊予 :待ちくたびれて死んじゃうよ。
早苗 :でも、それにかけたの。
乙女 :そりゃ無茶よ。
早苗 :無茶でいいもの。そうでなくては耐えられないもの。
感情は静かだ。
早苗 :そうでなくては耐えられないもの。そんなことがあってもいいでしょう。おまえはつまらないもんじゃないよって、お前は生きていてもいいんだって誰かが言ってくれることが。
乙女 :何言ってるの、早苗、あんたけつしてつまらない者なんかじゃないよ。
早苗 :いいえ。もうそういう確信もてないの。確信持ちたいの。
伊予 :私に一度ぐらい負けたからって。
早苗 :一度崩れたら砂の城は元に戻らない。何回すくつても砂は後から後からこぼれるの。
乙女 :早苗。
早苗 :たとえゼロに限りなく近くても、本当はゼロじゃないって確率は教えてくれる。だから待つの。早苗は強くなりたいの。
伊予 :いつまで。
早苗 :わからない。
伊予 :待ちくたびれたら。
早苗 :電源をOFFにするわ。
伊予 :それだけ?
早苗 :そう。待っていても仕方ないから。
伊予 :仕方ないって・・。早苗。
早苗 :ありがと。私なんかのために来てもらって。
伊予 :なにいってんの。おこるよ。
早苗 :もう来ない方がいいわ。私なんかと話してたら変に見られる。
ぱしっと平手打ち。
乙女 :伊予ちゃん。
伊予 :どう、痛い。このいくじなし。
早苗 :痛いね。
伊予 :いたかったら、馬鹿なこと言わない。あたしと張り合った、あんたはどこ行ったの。
一瞬目が燃えたようだが。
早苗 :そんなこともあつたね。
伊予 :あったねじゃないでしょう。どういうつもり、自殺でもするわけ。あほらしい。竜馬じゃなくても手紙なんか届くわけないじゃない。こんな部屋に閉じこもってないで出てきなさいよ。夏終わるわよ。プールでも行って、泳ごう。そしたら、そんなこと忘れられる。
早苗 :忘れない。
伊予 :忘れられる。
早苗 :忘れるわけない。
伊予 :けど、忘れないと生きていけないこともあるの。違う?さあ、出よう。
手を振り払って。
早苗 :ありがとう。ほんとにありがとう。でも、でられないの。でたいの、ここでたいの。でも出られないの。
伊予 :どうして。
早苗 :私がいないときにメールが来るかもしれない。だから出られないの。
乙女 :ほんとにバカだよ。メールのいいところは、後でも読めるところじゃない。いつでも自分の好きなときに、好きな場所でチェックできるからメールじゃない。プールでモバイルしたっていいじやない。行こう。
早苗 :だめなの。ここでなくちゃ行けない。来たとき、そのとき居なくちゃ行けないの。
伊予 :どうしても。
早苗 :どうしても。
乙女、天を仰ぐ。
伊予、納得行かない。
伊予 :早苗。
早苗 :ありがとう、今日、ほんとにありがとう。楽しかった。プールに誘ってくれてありがとう。夏なのよね。もう終わるのよね。ありがとう。でも、わたし、ここにいるの。出られないの。本当にでられないの。
思わずぶとうとする伊予。
早苗 :それで気が済むならぶっていいよ。
間。
呆然と見つめる伊予と乙女。
静かに早苗。ドアの鍵を開ける。
早苗 :帰って。
間。
伊予 :帰る・・。でも、又来るよ。
早苗 :・・。
伊予 :いこう。さよなら。
伊予ばっと出ていく。
乙女 :ほら。これ。
乙女がなにかフロッピーを出した。
早苗 :なに。
乙女 :新作。興味があったらね。置いとく。
早苗 :うん。
興味がなさそう。
乙女 :又来るから。
と追っかけていった。
フロッピーを取り上げる。
もてあそびながら、本当に静かに早苗が。
早苗 :でられないの。強くなるまででられないの。ごめんなさい。
誰ともなく頭を下げる。
Ⅳ悪夢の天使
そのまま、嫌な感じの音楽が始まる。
乙女 :世界がある日ひっくり返るって事は確かにあって、あの日、早苗がクラブを辞めて、家に閉じこもってしまったときもそうだったけど、それ以上にひっくり返ってしまったのは、早苗から電話がかかってきた日のこと。それも、ハイテンションで声が明るくって。
電話を取る。
背後からぴぴーというコンピュータ等の通信音が聞こえてくる。
早苗 :もしもし、乙女。
乙女 :え、だれ。早苗ちゃん!!どうしたの。
早苗 :ねえ、来たの。来たの。返事が来たの。
通信音やノイズが混じり、じゃまされ聞こえない。
乙女 :え、なに。聞こえない。
早苗 :・・からよ。
乙女 :どうしたの。
突然明瞭になる。
早苗 :竜馬からよ。
乙女 :え、何、竜馬つて。
早苗 :メールよ。メールが来たの。
乙女 :まさか。
早苗 :ほんと。来たのよ。ありがとうあなたのおかげよ。良かった。ほんとに良かった。来たのよ。本当に。
電話が切れる。
電話のノイズが混じる。
乙女 :あ、もしもし。もしもし。早苗ちゃん。
電話をあわててかけ直す。だが、つながらない。通話中。もう一度かけながら。
通信音がやや大きくなる。
乙女 :ボクは、なんだかいやな予感がした。ボクのそんな予感はけっこう当たる。あの試合の時だつて、ものの見事に当たってしまった。早苗はほんとうに、一線を越えてしまったのではないかという気がした。それほど、早苗の声はぶっ飛んでた。案の定、つながらない。くそつ。
と、電話をたたきつけ。どうしようか、迷っているが、駆け去る。
ぴぴーという通信音が大きくなる。
一人、居合いをしている早苗。口元には、笑みが浮かんでいる。
波の音に混じり、コンピュータの合成音が聞こえる。
声 :はじめましてMY DEAR RYOMA。さなえは力を得ました。
衝撃音。瞬間にすべてが消え、モニターが点滅する。通信音が交錯し、ノイズがかしましい。
世界は変容している。
中央部分やや高い階段。
薄暗くスモークが漂う空間。光が幾筋か降りている。
合成の声が空間を通りすぎていく。
天使の羽をつけた人々が、あるものは剣を持ちながら、あるものは素手で、普通の服装だったり、袴をはいていたり、戦闘 服だったり、マシンガンを持っていたりして右往左往している。
早苗は、その世界の真ん中に立っている。
声1 :管理者よりすべての構成員にお知らせいたします。各自のアイテムとライフポイントの確認を、16:00時より、もよりの受付所で行って下さい。行わない、構成員はすべての基準値が初期化されますのでご注意下さい。管理者よりすべての構成員にお知らせいたします。
声2 :新撰組分子を選択した構成員は、13:00までに最寄りの屯所へ出頭して下さい。攻撃目標は池田屋に変更されました。
声3 :武闘訓練を10:00時より行います。該当する構成員は、海兵隊員、見回り組、警備隊、傭兵部隊の諸君です。おのおの闘技場に30分前には集合をお願いします。
声4 :新たなる天使が降臨されました。天使からのお言葉です。
一同、それぞれの姿勢で直立不動。
声5 :力は正義です。力無き正義は無力です。正義無き力は混沌です。無力と混沌に変えて、法と秩序を。正義に力を。
一同 :正義に力を。
声6 :18:00時より、寺田屋襲撃のブリーフィングを行います。該当の構成員は17:50時までに第2演習場に集合して下さい。
声7 :14:00時より・・
声は繰り返され、混線していく。
そうして、天使の羽をつけた桂川が通る。
早苗 :桂川。
桂川 :あ、早苗さん。
早苗 :準備はどうなってる。
桂川 :まだ見たいです。でも・・
早苗 :何。
桂川 :無理じゃないかと。
早苗 :どうして。
桂川 :羽がないから。
と、自分の立派な羽をなでながらちょっと優越感。
早苗 :羽?・・無いわよ。だから・・。
桂川 :たぶん・・だめじゃないかと。
早苗 :誰が言ったの。
桂川 :西条さんが・・。
早苗 :・・そう。
桂川 :あ、力落とさないで下さいね。早苗さんの強いの誰も知ってますから。
早苗 :何で力落とさなきゃいけないのわたしが。
桂川 :あ、でも、参加できないのが。
早苗 :一人でも参加できるでしょ。
桂川 :それはそうですが。でも。
早苗 :何。
桂川 :西条さん何と言うかなあ。
早苗 :言いたい人には言わせとけば。
桂川 :でもねー。
早苗 :準備まだなんでしょ。行ったら。
桂川 :はいはい。
と、行きかけるが。
もどって来て。
桂川 :ねえ、早苗さん、悪いことは言わないです。先に羽を。
早苗 :わたしは強くて大きな羽がいるの。
桂川、ちょっとむつとする。桂川の羽は実はきれいだがあまり大きくない。
桂川 :どうせ、大きくないですよ。
とむくれたところへ判定員(乙女)が通る。
桂川 :あ、判定員の乙女さん。
乙女 :元気?
桂川 :はい。一生懸命やってます。
乙女 :そうかな?
桂川 :昨日も、打ち込み200やりました。今朝はまだですが。
乙女 :無理しないで。ポイント、2プラス。
桂川 :ありがとうございます!
乙女、腰に下げているなにやらおっきいスタンプを取り出して、ぽんと押す。
桂川が出したのは、IDカードのようだ。
気がつくと、通り過ぎる人すべてが、IDカードを下げている。
もちろん早苗も。
乙女 :あなたは。
早苗 :別に。
乙女 :まじめにやらなきゃだめよ。
早苗 :やってます。
乙女 :ポイント、1プラス。
早苗 :いりません。
乙女 :どうして。
桂川 :うわつ、もったいない。いらないならポイント下さい。
乙女 :それはだめ。
桂川 :ちぇっ。
乙女 :どうして。
早苗 :何もしていないのにいただくわけにはいきません。
桂川 :固いなあ。もらえるものはもらった方がいいですよ。
早苗 :わたしは嫌なの。
乙女 :分かった。あなたのいいように。
早苗 :すみません。
乙女 :再登録は15:00から始めるわ。後でショップへいらっしゃい。
桂川 :え、まだポイントたまってないのに。
乙女 :努力よ。努力。認められたければ、努力。ねっ。あなたも来るでしょ。
早苗 :はい。
乙女 :羽根もらえるといいわね。
早苗 :まだちょっと。
乙女 :高望みは失敗するもとよ。
早苗 :分かってます。
じゃね。と去る。
桂川 :ありがとうございましたー!
と見送って。
桂川 :ラッキー。いやー。2ポイントたまっちゃった。早苗さんもほんとにもらっときゃ
良かったのに。判定員は滅多にポイントくれないんですよ。
早苗 :だから、わたしは嫌なの。何もしないのにもらうのは。
桂川 :はいはい。でも、そんなことじゃ羽根はもらえないと思いますけど・・。あ、準備あるんで失礼しマース。
と小馬鹿にしたように去っていく。
見おくって。
早苗 :だから、それが嫌なのよ。
伊予 :何怒ってるの。
と、伊予が出てくる。
伊予も羽根はない。普通のセーラー服。武器も持ってない。
早苗 :羽根。
伊予 :ほう。早苗も羽根がもらえるの。
早苗 :まだ。あんただつて、まだじゃない。
伊予 :あたしはいらないの。あんなうっとおしいもの。
早苗 :でも、無いと困るよ。
伊予 :困らない困らない。生きていくのって簡単だもの。
早苗 :知らないわよ。
伊予 :そっちこそ。登録抹消されちゃうぞ。
早苗 :最低限のポイントはあるよ。
伊予 :最低限のね。
早苗 :あんたなんかポイントもないでしょうか。
伊予 :腕があるからいいの。
早苗 :池田屋やるの。
伊予 :まあね。
早苗 :採用されるの。
伊予 :一人ぐらいは変なやつがいてもいいってさ。
早苗 :誰が。
伊予 :乙女。
早苗 :判定員か。
伊予 :ねえ、早苗はどうするの。攻める、守る。
早苗 :分からない。
坂本たちが通りかかる。
坂本は袴をはいて刀を差している。
一緒に歩いているものは傭兵だったり、普通の服装だったりしている。
坂本には立派な羽根がある。
坂本 :中田に最相か。
伊予 :あ、坂本さん。
坂本 :何してる。
伊予 :いや、池田屋どうしようかと。
坂本 :やめといた方がいいぞ。
伊予 :どうしてですか。
坂本 :ジョブのポイント低いようだから。
伊予 :え、どうしてです。
坂本 :わからん。さっきショップよったら、判定員会議で決まったとかいってたな。ポイント3プラス程度らしい。
伊予 :えーっ、それじゃ食いっぱぐれちゃうなあ。
坂本 :お前ははねないからいいだろが。維持費もかからないし。
伊予 :それはそうですけど。
坂本 :最相。
早苗 :はい。
坂本 :まだ、やるつもりか。
早苗 :はい。大きな強い羽根が欲しいです。
坂本 :なるほどな。
早苗 :坂本さんはどうなんですか。
坂本 :これか?重くてしょうがねえわ。
早苗 :でも立派です。
坂本 :最相。
早苗 :はい。
坂本 :ほしけりゃやるぞ。
早苗 :いりません!
坂本 :おいおい、何おこってんだ。
早苗 :そんな考え方嫌いです。羽根を粗末に扱わないで下さい。
坂本 :はいはい。こりゃ早々に退散だな。
伊予 :後で伺います。
坂本 :来なくていいぞ。最相のお目目がおっかないからなー。
わっはっはと笑って去っていった。
早苗 :もう。
伊予 :そう怒りなさんな。冗談よ、冗談。
早苗 :いっていいことと悪いことがあるの。
伊予 :早苗をからかうのがおもしろいのよ。すぐふぐみたいに膨れるから。
早苗 :もう。
とぷんぷんしている。
声 :すべての構成員諸君へお知らせします。12:00時より演習が開始されます。危険が予想されますので、天使レベルに達していない方は、最寄りのショップまたは休憩所に避難して下さい。まもなく、演習が開始されます。天使レベルに達していない方は直ちに最寄りのショップまたは休憩所に避難して下さい。秒読みを開始します。三分前。
緊急警報。
声 :180、179、178・・・
と英語でカウントダウン。警報が鳴り響く。
あわてて通り過ぎる人々。
天使の羽が生えていない人々は焦っている。
天使の羽を持つ人はゆっくり。
声 :おい、君たち、あぶないよ。羽根がないじゃないか。避難しろよ。早く。
伊予 :ありがとうございます。
声は通りすぎる。カウントは続く。
早苗 :始まるわ。
伊予 :避難する。
早苗 :様子見ましょ。
伊予 :そう来ると思った。あつち。
肯いて二人去る。
カウントが続いている。
ゆっくりと暗くなって。
闇の中で警報とカウントが大きくなる。
そして、ゆっくりと池田屋の階段が浮かび上がる。明かりが交錯している。
階段の上に人がいる。
ノイズ。通信音がいくつか重なる。
声 :まもなく12:00時です。第二次演習が開始されます。本日の演習形式は模擬戦闘ジョブ。目的遂行形式ゼロミッション。歴史認識レベルは3.5、従って、史実改変は70%の確率で起こり得ます。また改変変動確率の誤差はプラスマイナス5.3パーセント。ジョブポイントは3ポイントプラスです。演習参加者以外のものの外出を禁止いたします。なお、警邏隊並びに判定員は各自所定の位置について下さい。まもなく演習が開始されます。
声 :20、19、18・・。
早苗と伊予がでてくる。
様子をうかがってる。
早苗 :このポイント?
伊予 :たぶん。
早苗 :あれは。
伊予 :きたね。
階段に影が忍び寄っている。
声 :10、9、8・・
立派な羽根をした影の指揮者らしいものが合図をする。
階段を上る影たち。小さい羽根がある。
声 :3、2、1、ゼロ。
階段の上の男が声をかける。
男 :だれじゃ。
ものも言わずに斬りつける。
男は、悲鳴を上げて階段を崩れ落ちていく。
西条 :斬れ。一人も生かすなー。
とともに、戦闘が始まる。
伊予 :どうする。
早苗 :あれは・・。
と、何かショックを受けている感じ。
階段状では、少し、状況が停滞してにらみ合っている。
声 :最相さん。
西条 :なんだ。
声 :らちがあきません。
西条 :俺が行く。
声 :貴様見回り組の最相か。
西条 :ほう、どこかの犬が吠え取るなあ。
声 :やかましい。
と、斬ってかかるがたわいもなくかわされて斬られる。
早苗 :最相?!お父さん?
伊予 :え、西条だよあれは。
早苗 :そう、最相。
西条 :見回り組副長、最相俊雄。死にたいやつはかかってこい。
声 :くそっ。
なかなか腕の立ちそうなやつが斬りかかる。
こいつは、普通の姿。
なんだかやくざか。
西条 :おっと。
と、少し押される。
早苗、たまらず。
早苗 :お父さん。
と、刀を抜いて飛び込んでいく。
声 :ばかめーっ。
と、斬りかかった刃は早苗に向けられていた。
体を交わして鮮やかに斬ってしまう。
階段を崩れていく男。
大勢は決したようだ。
逃げる男たち。追いかける隊士たち。
残った西条。
西条 :見事だな。
呆然とした目を向ける早苗。
西条 :どうした、初めて人を斬ったことがそれほどびっくりすることか。
早苗 :お父さん?
西条 :もっと人を斬れ。
早苗 :え?
西条 :そうでなければ強くなれない。
早苗 :人を・・斬るのですか。
西条 :そうだ、そこに倒れている男のように。
男を見る早苗。思わずひるんでしまう。
西条 :何をおそれてる。斬らなければお前が斬られるだろうが。死んでしまえば、正義もくそもない。ことをなす事など夢のまた夢となる。
早苗 :でも。
西条 :立派な羽根が欲しいのではないか。強くなるのではなかったか。
早苗 :それは・・。
西条 :これが力だ。歴史を動かし、ことを成すために必要な力だ。
早苗 :力、これが・・。
西条 :初めて人を斬って動揺しているだけだ。すぐになれる。
早苗 :なれる。
西条 :何事もただでは手に入らない。血を流して、苦しみながら手に入れていくものだ。斬れ、早苗。強くなるにはそれしかない。
くるりと背を向ける。
早苗 :まって・・。
西条 :次はもう少しまともな顔をしろ。泣きそうな顔はみたくもない。
去る。
ノイズ音とともに。
放送が聞こえる。
声 :第二次演習終了します。ジョブ実行者は最寄りの判定員またはショップでポイントの認証を受けて下さい。14:00まで受け付けます。なお、史実改変は38%の偏向が見られました。参加者の意識の調整が必要であると管理委員会は認めます。引き続く第三次演習を14:30時より行います。各自所定の手続きを行って下さい。
呆然と立っている早苗に。
伊予 :お父さん?
早苗 :だと思う。・・こんな時に。
伊予 :怖い人だね。
早苗 :そんなことないよ。優しい人だった。
伊予 :でも今は怖い。
早苗 :怖くはない。けど・・なんだか違う人みたい。
伊予 :なら違うんだろ。
早苗 :違わない。お父さんはお父さん。だけど・・。
伊予 :もっと人を斬れ・・か。正しい場合もあるだろね。
早苗 :伊予。
伊予 :あたしはやだけどね。強くならなくてもいいから。・・強くなるつてのは大変だね。
早苗 :ほんとにそれなのかな。
伊予 :何が。
早苗 :人を斬らなきゃ強くなれない。
伊予 :さあ。
乙女 :其の通りだよ。ここでは。
伊予 :乙女。
乙女 :はい、プラス3ポイント。このジョブでは一番ポイント高いんだよ。カード出して。
早苗、カードを出す。
乙女 :どう、人を斬った気持ち。
早苗 :どうつて。
乙女 :はきそうでしょ。
早苗 :・・。
乙女 :最初はみんなそんな顔する。
早苗 :最初は。
乙女 :そう。でも、なれてしまうとね、笑えるの。
早苗 :笑える?
乙女 :笑いながら斬るやつもいるよ。
伊予 :最低だね。
早苗 :笑えるの。
乙女 :強いからでしょ。弱いやつはバカみたいなわけさね。自分から斬られに来るって。
伊予 :うわっ。
乙女 :はい。これでいいね。やっと3ポイント。自分の力で稼いだポイントだ。人を斬って。
早苗 :やめて下さい。
乙女にっこり笑って。
乙女 :どうして。
早苗 :そんな言い方・・いやです。
乙女少し見やって。
乙女 :でも立派な羽根が欲しいんでしょ。
早苗 :・・はい。
乙女 :なら、なれなくつちゃ。こういう言われ方にもね。後でショップの方に来て。正式のポイント発行はそちらで。・・・早苗さん。
去りながら振り返る。
早苗 :はい。
乙女 :あなたほんとに羽根が欲しいの。
早苗 :もちろんです!
乙女 :そう。なら、立派な羽根になるでしょう。あなたの腕ならね・・。
早苗 :・・・。
去っていく背中へ伊予が。
伊予 :その最低やろうって誰ですか。笑いながら人が斬れる。
乙女、振り返りもせず。
乙女 :最相俊雄。
去る。
早苗、息をのむ。
伊予も愕然としたが、早苗を振り返って。
伊予 :たぶん・・大げさな表現だと思うよ。
早苗、こっくりするが。
早苗 :たぶん・・ほんとだと・・思う。
伊予 :ま、それおいていて。・・行こう。とりあえず店へさ。
伊予歩き出す。
早苗、頷いて階段を見やる。
思わず、斬った瞬間のことを思い出したらしく、手が動く。手を見て頭を振って早足で伊予の後を追う。
声がかぶさる。
声 :新たなる天使が降臨されました。天使からのお言葉です。
声5 :力は正義です。力無き正義は無力です。正義無き力は混沌です。無力と混沌に変えて、法と秩序を。正義に力を。
声 :新たなる天使が降臨されました。天使からのお言葉です。
声5 :力は正義です。力無き正義は無力です。正義無き力は混沌です。無力と混沌に変えて、法と秩序を。正義に力を。
エコーがかかったような声が続く中、夜が来る。
ショップ「天使のしっぽ」。看板がかわいらしく掲げてあって。本日のジョブとか、求人とか、情報掲示板とか装備品、武 器とか防具とかいろいろ。まあ、RPGの宿屋か武器屋的感覚。
小さいカウンター(ローラーで移動できること)があり、それに寄りかかって、たむろってるやつもいる。三バカたちに違 いない。カウンターの奥には乙女がいてなにやらパコパコやったり、コーヒーなど飲み物を出したりしている。
カウンターの前には小さいテーブルがあり、西条がいた。剣を磨いている。ここでは羽根はあまり大きくない。
「わたしを月まで連れてって」のような音楽が流れている。外の遠くでは、放送がいろいろはいっている。
光は、薄暗く、何本かの光条が降りている。
中田 :お姉さん、おかわりー。
乙女 :よっちゃってるのコーヒーで。
中田 :よいませんよー。よいませんったらー。ねー。
桂川 :そーそー。中田は強いんだから、コーヒー。
中田 :三杯や4杯。酔いませんったら・・。うぇーっ。
乙女 :あらら。はい水。
中田 :えーつ。それないっしょ。
乙女 :羽根に悪いわよ。
桂川 :そういや、お前の羽根、つやがないぞこのごろ。
中田 :え、うそ。
桂川 :ほら。
と、羽根を一枚むしる。
中田 :おまえねえ。
桂川 :ほら、明かりにかざすとよく分かる。ここんとこだよ。
中田 :げっ、脱色してる。
桂川 :染めなきゃなー。
中田 :やだよ。おかしいなー。最近、コーヒーも控えてるし。
桂川 :評判悪いんじゃないの。お前。きいたよ。
中田 :うそ、何を。
桂川 :影でこそこそしてるんじゃない。坂本さん、怪しんでたよ。
中田 :しないしない。誰よ、そんなデマ流したの。
桂川、つんつんと西条を指さす。
西条気づき。
西条 :え、ええ。何。
中田 :何でもないのっ。
西条 :なにおこってんだよ。
中田 :正体よく分かったんだよ。
西条 :なんの。
中田 :口先男。
西条 :え、だれよ。
と、よってこようとしていたが。
桂川 :なんでもないよー。
西条、肩をすくめて、もとの作業。
桂川 :な、あいつそんなやつなんだよ。
中田 :くっそー。自分の羽根ばっかり大事にしやがって。仲間のことなんか何とも思ってないんだから。
桂川 :そんなやつが結局強いんだよ。
中田 :いつか、ぶったぎってやる。いつもいつも月夜の晩ばかりじゃねーからな。
桂川 :そうそう。
中田 :おねーさーん。こーひーこーひー。
乙女 :大丈夫?
桂川 :だいじょぶだいじょぶ。
と、桂川嬉しそう。
中田 :おい。
桂川 :え。
中田 :何で嬉しそうなんだよ。
桂川 :え?
中田 :人の不幸は密の味つてか。
桂川 :そんなことないない。
中田 :まてよ。お前なんでこんなことしってんだよ。
桂川 :えっ
とあわてる。
中田 :おまえなあ。なんで
桂川 :まあまあまあ、そ、それよりお前、その羽根どうするよ。
中田 :え、はねか。羽根よりなあ。お前。
乙女 :はいコーヒー。無茶はだめだよ。ポイント減るし。
桂川 :そうですよねおねえさん。
にっこりして引っ込む乙女。
桂川 :問題は羽根の手入れさ。俺みたいにさあ、つやつやじゃないと。
中田 :お前の小さい。
むっとして。
桂川 :品質が問題だよ。
中田 :ちぇっ。
にやっと笑う桂川。
とごまかされた風である。一番悪いのはどうもこやつのようだ。
坂本が入ってくる。
乙女 :いらっしゃい。
坂本 :やあ。・・お、西条もいるな。
黙礼をする。
坂本はカウンターへ。
坂本 :こーひー。
桂川 :いやー、いつもながらりっぱですねー、其の羽根。
と、スリスリしてくる桂川。
坂本 :いるか?
桂川 :えーっ。
坂本 :いや、この羽根いるか?
桂川 :いやー、とんでもありませんよー。あーでも・・。いいなー。
坂本 :ほしけりゃやるよ。
桂川 :えー、ほんとですかー。でもー。
と、もう手はのびかかつている。
西条 :冗談はやめてくれませんか。
と、声が固い。
坂本 :冗談いうたつもりはないが。
西条 :神聖な羽根について不謹慎ですよ。
坂本 :そうかなあ。そんなつもりはないが。
西条 :そんなつもりはなくてもそう聞こえるんです。第一乙女さんに対しても失礼だ。
乙女 :あー、ボクはかまわないよ。
西条 :乙女さん。
乙女 :西条君は固いの。んー、そのへんね。問題は。
坂本 :そうだ、西条、羽根が問題なんじゃないぞ。
西条 :僕は問題なんですが。
桂川 :まあまあお二人ともそう熱くならんで。
坂本 :熱いのはそちらだろ。
西条 :坂本さん!
坂本 :ほらほらやかんが沸騰し取る。
乙女 :あら、いらっしゃい。
一触即発のようになったところへ、早苗と伊予。
乙女 :スタンプの確認かな。
早苗 :はい。
乙女 :あなたは。
伊予 :付き添いです。
乙女 :なるほど、あなたはいらない人だものね。
伊予 :はい。
桂川 :あーあ。できるやつはいいよなあ。はねもいらないやつなんてさ。
中田 :桂川、おまえこそよってるぞ。
桂川 :真実述べてるだけさ。うっとうしいのー。
あたりの気まずい雰囲気を読みとつて。
早苗 :どうかしたんですか。
桂川 :いやねー、羽根がいるとかいらないとかって。
中田 :お前黙ってろ。西条君がねちょっと。
坂本 :早苗も羽根が欲しい口か。
早苗、西条を食い入るように見ていたが、振り返って。
早苗 :ええ。そうです。けれど、坂本さんの羽根はいりません。
桂川 :ええー、早苗にもいったんですかー。ずるーい。
早苗 :なにが。
桂川 :それならそうといってくれなきゃ、こちらにゃこちらのつごうってものがあるのに・・
と、ぶつぶつ。
坂本 :あはは。怒られてばかりじゃのう。
西条 :当たり前です。力をバカにしてはいけません。
坂本 :バカにする?
西条 :はい。
坂本 :バカにしたつもりはないが。ただ、こんな羽根がみんなほんとに欲しいのかと思っただけよ。
早苗が静かに。
早苗 :わたしはほんとに欲しいです。
坂本 :強くて美しい羽根か。
早苗 :はい。
坂本 :なら、君はもう持っていると思うんだがね。
早苗 :え。
桂川 :またまた冗談を。坂本さんったら。
坂本 :言ってるだろ。俺は冗談いうたつもりはない。
桂川 :でもありませんよ。何にも。
坂本 :そう思うかね。君も
伊予 :どうでしょう。わたしには見えませんが。
坂本 :確かに必要がない人にはね。見えないだろう。
早苗 :どうして私が持つているんですか。
坂本 :気づかないだけだろう。
早苗 :さっきいいましたよね。ほんとに必要なものか。どうか。あれ本心ですか。
西条 :坂本さんほんとにそんなこといったんですか。
坂本 :あーあ、そんなにみんな眉間にしわたてちゃって。言った、言った。確かに言った。で、どう。
西条 :羽根を捨てると失格者になるんですよ。
坂本 :あー、なんかそういうことになるらしいな。
西条 :ここにいる岡田みたいになっちゃうんですよ。
伊予 :悪い?
西条 :何の役にも立たず、ただそこらをあさり歩く野良犬。それのどこがいい。
伊予 :自由人って言ってくれないかな。
西条 :なにが自由人だ。惨めな、羽根のないただの構成員にしかなれないくせに。何の目的も持たずただその日を暮らすだけの自由か。
伊予 :ずいぶん言ってくれるわね。あなたの羽根はずいぶん重そうね。
西条 :いいや、まだまださ。これだけで満足しているつもりはない。
早苗 :で、人を斬るの。
振り向く西条。
西条 :斬るかもしれない。
早苗 :そうしないと羽根は大きくならないの。
西条 :そうだね。君もそうするんだろう。
早苗 :・・たぶん。
坂本 :俺はしないと思うな。
早苗 :どうしてそう思うんです。あなただつて、人を斬ってるんでしょう。
坂本 :俺は人は切らない。
早苗 :斬られますよ。
坂本 :斬られたくもない。
早苗 :だって、その羽根は。
坂本 :ああこれか。みんな俺を過大評価してるだけさ。張りぼて張りぼて。ほら。
と、あっさり羽根をはずし、乙女に。
坂本 :返すよ。
乙女 :いいの。
坂本 :ああ、ずいぶん肩が楽になった。おお、これこれ。
と、肩をトントン。
坂本 :どうだ。はずすと楽になるぞ。
桂川 :さかもとさん。
と、泣きそう。
坂本 :最相。こんなもの無くったっていきていける。岡田がいい例だ。
西条 :坂本さん。後悔しますよ。管理委員会の保護をはずれたら追われるだけです。
坂本 :それもまた良し。羽根のない世界でも作ろうか。
西条 :坂本さん!
坂本 :怒るな、怒るな。西条、お前其の重さにたえらるのか本当に。
西条 :そのために鍛えてます!
坂本 :なるほどな。
声が入る。
声 :14:15時管理委員会通告。すべての構成員に告げます。歴史改変確率の変動が激しい模様。第三次演習は18:00時まで延期します。もよりのショップで待機中のものは、判定員に申告して下さい。繰り返します。14:15時・・・
坂本 :どうやら、また始まるか。
中田 :いくんですか。
坂本 :ちょっと寺田屋でな。
乙女 :気をつけて。管理委員会の保護がはずされました。
坂本 :昔で言う脱藩浪人じゃのう。
乙女 :ま、そういうところでしょ。
早苗 :本当にそれでいいんですか。
坂本 :羽根か?
とでて行きかけて、振り返った。
坂本 :あれは本当は無くていいものだ。
と、真顔で言ってすたすたと消えた。
早苗 :坂本さん。坂本さん!
西条 :ほうっておけ。
口調が違う。
振り返ってぎょっとする早苗。
あたりは暗くなり光条が強い。
西条 :早苗。あいつは正義を捨てた。正義のない力は混沌しかもたらさぬ。やつは、混沌をねらっているに違いない。それは許されない。法と秩序を。
早苗 :お父さん・・。
西条 :次のジョブは寺田屋だ。諸君、事を成そう。我らの羽根の責任に掛けて。
頷く、人々。
西条 :早苗、お前もまだ羽根はないが立派な最相の娘だ。行くな。
おもわく頷く早苗。
西条 :いくぞ。
と、一同去る。
やや明るくなる。
伊予 :やはり行っちゃった。
乙女 :親子の絆つてのは感動する面もあるからね。
伊予 :怖い面も。
乙女 :もちろん。・・いくの。
伊予 :はい。
乙女 :気をつけなくちゃ、やられるよ。
伊予 :分かってます。
と行きかける。
乙女 :この羽根どうしようか。
伊予 :もともとないもんなんでしょう。
乙女 :さあ、それは人によるからねー。まっいっか。
と、よいしょと羽根をつけた。
乙女 :なるほど。こいつは重いねー。ばかばかしく重い。肩こるわけだ。
と、トントンしながらキーを打っている。
くらくなっていく。
声 :14:15時管理委員会通告。すべての構成員に告げます。歴史改変確率の変動が激しい模様。第三次演習は18:00時まで延期します。もよりのショップで待機中のものは、判定員に申告して下さい。繰り返します。14:15時・・・
声 :14:25時、管理委員会通告。寺田屋方面にて歴史改変確率の変動が顕著にみられます。ジョブ遂行上危険と判断し、寺田屋方面を管理委員会の保護下より切り離します。各構成員は立ち入りを避けて下さい。繰り返します、寺田屋方面を管理委員会の保護下よりの切り離します。ただいまより、寺田屋方面は危険度3に指定されました。各構成員は立ち入りを避けて下さい。
声 :管理委員会業務連絡。各判定員は警戒態勢に入って下さい。各判定員は警戒態勢に入って下さい。
雑音や通信音が交錯して、溶明。
寺田屋。
わいわいとにぎやかだ。
Ⅴ寺田屋の夜
人々の中央に殿様のカツラがおいてある。
一同 :殿様、殿様、殿様ゲーム。じんばもばんばも殿様ゲーム。いぇーい。
なにやら札を持っている。
浪士1:殿様だーれじゃ。
浪士2:拙者が殿様でござーる。
一同 :おおーっ。
浪士3:鶴の八番と亀の四番が・・・・・。(ここは、ちょっとおかしい小ネタ)
浪士1:拙者じゃ。
浪士2:えー、あんたとー。
浪士1:まあそういうでない。ういやつ、ういやつ。
浪士2:やだーっ。
ところへうっそりと坂本が入ってくる。なにやら書状をもっている。
ごろりとして、書状を見ながら鼻の穴ほじつている。
浪士1:殿のご命令である。
浪士3:予のことばが聞けぬとな。これ。
浪士1:上意じゃーっ。
浪士2:殿中でござるー。
浪士1:天誅!!
一同 :おーっ。
一同盛り上がり、いやがる浪士2にむりやりしようとする。
坂本じっくり見て丸めて、ぴんと指ではじいた。
浪士1:あいた。あ、先輩。
坂本 :おお、すまん。とんでしもうた。
浪士1:なにがです。
と、黒いものを払う。
坂本 :ワシの鼻くそじゃ。
浪士1:えつ。うわっ。
と、払いのける。
浪士2:くそーっ、今度は殿様になってやる。
と、怒っている。
坂本 :なかなかおもしろいことしよるのう。
浪士3:先輩も一緒にやりませんか。
坂本 :うむ。ちくと忙しい。
浪士1:というて、鼻くそほじくるばあでしょう。
坂本 :思案しゆうことがあってのう。
浪士2:何ですか。
坂本 :うーん。ちよっと耳貸してくれるか。
浪士3:いいですよ。おもしろければ。
坂本 :よし。じゃこれどうだ。
と、浪士の耳に。
坂本 :一 天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。
浪士3:げっ。さ、さかもとさん。
坂本 :目がさめたかや。
にやつとする。
浪士3:さめたも何も、それは。あんたって言う人は・・。
呆然としている、浪士3。
浪士1:どうした、どうした、あやしいこそこそ話はいかんぞ。
坂本 :お前も耳貸せ。
浪士1:はいはい。
坂本 :一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公儀に決すべき事。
浪士1:げっ。
と、硬直。
坂本 :次っ。
浪士2:はーい。
坂本、ふーっと耳元に息吹きかける。
浪士2:きゃっ。やん。
坂本 :一、有財の公卿諸侯及び天下の人材を顧問に備へ官爵を賜ひ、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。
浪士2:げっ。
と、三人、固まっている。
坂本 :どうじゃのう。
三人 :坂本さん。
坂本 :ん。
三人 :あんたはエライ!あんたが大将!
坂本 :ようし!
浪士1:いやー、興奮しちゃうなあ。さかもとさん。いついったい。
浪士2:すごいつすよ。
浪士3:ほんとほんと。
盛り上がっている中、西条と早苗がやってくる。中田や桂川もいる。
西条が頷くと、中田と桂川が散開する。
早苗も行こうとすると。
西条 :お前は控えていろ。
早苗頷いて後へ控える。
影のように伊予が現れる。
誰も気づいていない。
伊予 :早苗。
はっと振り返る早苗。
早苗 :伊予。
西条たちの様子をうかがい、伊予の所へ。
早苗 :どうしたの。
伊予 :とめにきたの。
早苗 :襲撃を。
伊予 :いいえ、あなたを。
早苗 :私はやらない。
伊予 :それは分からないでしょう。西条、いいえお父さんがやれと言ったら。
早苗 :何を言いたいの。
伊予 :早苗は完全主義者だから。お父さんの期待にはこたえようとするでしょうね。
早苗 :誰でもベストは尽くすべきよ。
伊予 :でも、あなたはそうしなくちゃ気が済まない。
早苗 :伊予は気が済むの。
伊予 :私は、気が済むの。
早苗 :ふーん。
くくっと伊予が笑う。
早苗 :何がおかしいの。
伊予 :不満そうだから。
早苗 :別に。人それぞれだから。
伊予 :でも不満なんだ。
早苗 :最後まで努力しないのが嫌いなだけ。
伊予 :努力してだめだったじゃない。
早苗 :試合のこと。ひどいこというのね。
伊予 :ええ、言うわ。あなたのために。
早苗 :どこが。
伊予 :聞いて。あなたは強くなろうとしてる。
早苗 :悪い?
伊予 :悪い。
早苗 :なぜ。
伊予 :完全を求めてるから。
早苗 :なぜいけないの。強いことはいいことでしょう。
伊予 :ちがうわ。努力することと完全を求めることは違う。それがわからない。
早苗 :わかるわけないでしょう。変なこと言わないで。
伊予 :完全なものなどどこにもない。聞いて。私たちは不完全でいいのよ。もつと弱くていいの。
早苗 :いや。
伊予 :わからない?
早苗 :伊予は私が強くなることが気にいらないんだ。今度やれば試合に負けるから。
伊予 :違う。
早苗 :ならどうして。
伊予 :あなたは本当は弱くなれるからよ。
早苗 :え?
このとき、動きがある。
二人ともはっとする。
西条 :いけっ。
中田 :土州浪人坂本!天誅!
桂川 :覚悟せいや!
と、人々がなだれ込んでくる。
応戦する浪人たち。
早苗たちも近寄る。
坂本 :やれやれ無粋な事じゃ。
囲まれる坂本。
桂川たちは少し闘って、逃げる。追いかける追っ手。
坂本が危ない。
早苗は息をのむ。
ためらいは一瞬で、追っ手を牽制し、追っ手を突き放し、坂本と並ぶ。
西条 :早苗。
桂川 :ああつ、うらぎった。
伊予は追いかけようとしたが待っている。
早苗 :坂本さん。
坂本 :おっ。ご支援感謝。じゃが、ちとあぶないぞ。
早苗 :お怪我は。
坂本 :ちくと足をの。何かすり傷。
西条 :早苗。
早苗 :ごめんなさい。でも・・。
西条 :話は後で聞く。
桂川 :坂本ーっ。
坂本 :なんじゃ。
桂川 :その首もらったー。
坂本 :おっと。
と、短銃を出す。
踏み込もうとしている桂川が多々良を踏む。
坂本 :ケガをしたくなかつたら、おとなしくそこにおつてくれんかのう。何、わしらがちょっとほかへいくあいただけでいい。
桂川 :なめるなー、ひょろひょろ玉に当たるかーっ。
坂本 :当たるぞ。
ぽんと花が飛び出す。
斬りかかろうとした桂川、腰を抜かす。
桂川 :ひょえーっ。
坂本 :わしゃ平和主義者じゃきにのう。
と、牽制する。
桂川 :くっくそっ、なぶるなーっ。おいつ。
中田 :おうっ。
跳ね起きて、中田と斬りかかろうとして。
坂本 :べこのかわーっ!!
別の拳銃天井へ向けていつ発。
二人 :うわーつ。
と、もんどり打ってひつくり返る。
坂本 :命は大事にせんといかんぜよ。
と、拳銃で牽制しつつ、早苗を連れてだつと逃げる。
二人 :くそ、おえ、おえーっ。
と、追跡しようとするが、伊予がすすつと進み出て遮る。
伊予 :いかせない。
桂川 :おまえもかっ。
伊予 :さあね。
桂川 :くそっ。
と、切り込むがいなされる。
中田 :すきありっ。
と、こちらも切り込んだが、どうやらさそいらしく、手を打たれて刀を落とす。
中田 :うっ。
伊予 :前と同じね。脇が甘いわ。
刀を拾って後じさりする。
西条がうっそりと立っている。
伊予 :やりますか。
西条 :・・いずれ。引くぞ。
と、去る。
桂川と中田も後を追う。
ため息をついたところへ乙女。
乙女 :ポイント3プラス。
伊予 :乙女さん。
乙女 :ふふん。なかなかのものじゃない。
伊予 :おはずかしい。
乙女 :なんだかねー。よけいもえあがっちゃったねー。
伊予 :変なジョブになりました。
乙女 :うん。今ここらあたり委員会の保護はずれてるから。ずいぶん滅茶苦茶ね。
伊予 :これって、いわゆる寺田屋騒動でしょ。
乙女 :なれの果てね。はい。あなたのカード。
伊予 :え、カードは。
乙女 :ないんでしょ。特別サービス。
伊予 :ありがとうございます。
乙女 :さあ、この分で行くと行くとこまで行くかな。
伊予 :西条さんが・・。
乙女 :うん。ずいぶんキャラ変わったね。お父さんがかぶってる。
伊予 :闘うのかなあ。
と、ため息。
乙女 :さあね。勝てる?
伊予 :自信ありません。
乙女 :またまた。
伊予 :早苗なら。
乙女 :今のままなら無理よね。
伊予 :ええ。
警戒警報。
二人、緊張する。
声 :管理委員会より緊急通告。寺田屋方面に発生した歴史改変確率の変動は、管理委員会管轄のすべてのエリアに渡り影響を及ぼす模様。各構成員は厳戒態勢を取って下さい。判定員は各エリアの封鎖と管理を強化して下さい。まもなく影響は各エリアにはきゅすると思われます。厳戒態勢を取って下さい。
乙女 :まずいわね。
伊予 :いかなきゃ。
乙女 :命がけだね。
伊予 :それほどでもありません。
乙女 :早苗のためならか。
伊予 :自分のためです。
乙女 :おや、そう。どうして。
伊予 :借りを作りたくないからです。
乙女 :あんたの方がよっほどつよいわ。
伊予 :ならいいけど。
乙女 :いいえ、本当に。弱いから強いのよ。
伊予 :そうありたいものです。
追跡する声が聞こえる。
目礼をして、伊予が去る。
乙女 :さてどうなりますか。
乙女も去る。
Ⅵ深い夜の河の縁で
坂本と早苗がやってくる。
辺りを見回して、すばやく髪をくくっていた布をほどき手早く巻いてやる。
巻かれながら。
坂本 :すまんの。
早苗 :いいえ。
口数少なく手早く巻いた。
早苗 :これで。
坂本 :おお、これでいい。
なんとなく気詰まりな雰囲気。
間。
坂本 :ではこれで。お礼はいずれ。
と、立ち上がり去ろうとする。
早苗 :坂本さん。
坂本 :うん。
早苗 :聞きたいことがあるんです。
坂本 :なんじゃ。
早苗 :強いって事はいけないことでしょうか。
思わず虚をつかれたが。
坂本 :やあ、・・これは。難しいことを聞く。
早苗 :そんなに難しいことですか。
坂本 :うむ。むつかしいなあ。俺は弱いきに。・・そうじゃなあ、早苗さんは相手になんかやられたらどうする。
早苗 :たぶん・・。やり返します。
坂本 :ふん。じゃ、自分から先にやるか。
早苗 :自分から進んで手を出したりはしません。
坂本 :強くて、しかもやさしいのはどうじゃ。
早苗 :自分がですか。
坂本 :そうじゃ。
早苗 :いいとは思いますが。
坂本 :が?
早苗 :優しいのはあくまで二の次でしょう。強くなければ生きてはいけないと思います。
坂本 :そうじゃな。では生きる資格は?
早苗 :資格?
坂本 :ただ生きるだけなら猿でもできる。人らしくいきるには資格がいると思うが。
早苗 :資格ですか。事を成すでしょうか。
坂本 :それもある。だがそいつがすべてでもない。俺にはそうじゃが、早苗さんには別のものがあるかもしれん。
早苗 :別のもの?
坂本 :人はいろいろじゃ。なら、生きる資格もそれぞれじゃと思う。それでいい。一つに決めることはない
早苗 :では私のは。
坂本 :早苗さんが見つけていくことじゃ。
早苗 :私が・・。
坂本 :自分が見つけるしかないことは世の中にはいくつかあってのう。だれも、それを代わってやることはできん。・・・どうした。
小さい間。
早苗 :坂本さん。
坂本 :なんじゃ。
早苗 :なぜ、羽根を捨てたのですか。
坂本 :あれか。ははは、ものの弾みじゃ。
早苗 :ものの弾み?!
坂本 :わしゃ、おっちょこちょいじやき、気合いが掛かるとつい。あはは。しっぱいじゃった。
早苗 :ウソです。
坂本 :ウソ?
早苗 :はぐらかさないで下さい。私は真剣です。
坂本 :怖いのう、その目。
早苗 :え?
坂本 :真剣なのはええが、けんのんなのはいかん。肩が凝る。
早苗 :・・坂本さん。
坂本 :わかった、わかった。冗談もいえんのう。羽根を捨てた訳か。
早苗 :はい。
坂本 :嫌いだからじゃ。あれは。
早苗 :嫌い・・羽根がですか。
坂本 :あれは人をだめにする。
早苗 :だめにする。
坂本 :西条をみたか。
早苗 :はい。
坂本 :いい男ではあるが、自分の頭で考えとらん。
早苗 :は?
坂本 :己が大事か、羽根が大事かわからなくなっとる。あれでは事はなせん。人は己の主人であるべきだ。
早苗 :どういうことでしょう。
坂本 :早苗さん、人間はしようがないことにほんとに弱いものじゃ。
早苗 :だから、強くなることを求めるのではありませんか。
坂本 :そうとも言えるが、もともとは弱さを認めたくないんだな。
早苗 :認めたくない。
坂本 :くだらん見栄だ。
早苗 :でも。誰でもそうではないですか。
坂本 :そうだな。たぶん、みんなそうだ。だから何かにすがらないと生きていけないやつもでてくる。
早苗 :え。
坂本 :羽根が美しいか、大きいか、そればつかり気になってくる。人の羽根が気になって仕方がない。うらやむやつもいる。たがね、早苗さん。
早苗 :はい。
坂本 :羽根は結果だ。人があれこれ言うから大きくなったり美しくなったりする。しょせん、己とは何の関係もない他人の評価にすぎん。あんたは、人の評価で自分の生き方を変えるかね。
早苗 :・・いいえ。そんなつもりは・・。
坂本 :人の目でものを見て、人の価値を己の価値とする、それで立派な羽根になったからとて、いったいどこへとんでいこうと言うんじゃろ。
早苗 :・・・。
坂本 :早苗さんはどこへ飛ぶ?
早苗 :私は・・・わかりません。
坂本 :はっは。これはちくと意地が悪かったかのう。でも、早苗さん、あんたにはもう十分に大きく立派な本当の羽が生えているように見えるんじゃがのう。
早苗 :私に?。
坂本 :もっとも、あんたは気づいてはおらんだろうが・・。
早苗 :私に・・・。
西条 :いたな。
西条がいた。
早苗 :おとうさん。
西条 :坂本さん。困りますね。
坂本 :おお、立派な羽根か。
西条 :早苗、こちらへ。
早苗、困惑しながらも、かすかに首を振る。
西条 :早苗・・・そうか、坂本にたぶらかされたか。
早苗 :違います!私は・・。
西条 :なんだ。
早苗 :私は、分からないのです。
西条 :なにがだ。
早苗 :強くなれとお父さんは言いました。私は強くなろうと努力をしました。剣道だつて、勉強だって、誰にも負けないように、お父さんに恥ずかしくないように、一生懸命、努力しました。努力の量では誰にも負けません。これ以上できないと思うほどやりました。自分では限界までやったつもりです。でも・・
西条 :なんだ。
早苗 :だめなんです。どうしても、どうやっても、届かないんです。勝つことができません。強くなっても、相手がもっと強いんです。自分がこんなに努力をしていても、やっとの事で越えたところを、相手は涼しげな顔で越えています。私が必死になってやっと追いついたとき、彼女はにつこりわらつて先に行くんです。早苗は・・どうしたらいいんでしょう。
西条 :ずいぶん弱くなったものだな。
早苗 :お父さん。
西条 :お前は強いはずだ。まだまだ力を出し切っていない。もっと強くなれる。
早苗 :でも、できないんです。どうしても。
西条 :言い訳じゃないのか。努力不足の。
早苗、言葉に詰まる。
早苗 :・・そうかもしれません。・・でもできないんです。
西条 :限界を自分で作るな。作れば負ける。当たり前のことだ。わかるな。
早苗 :・・はい。
坂本 :むごいことを言うのう。
西条 :努力を放棄したあんたに言われたくない。
坂本 :白鳥ちゅうもんは、優雅な姿しとるるが、水面かでは必死に脚動かし取ると言うぞ。
西条 :何が言いたい。
坂本 :早苗さんをぶちこわすつもりかね。
西条 :何?
坂本 :もういい加減にはなしてやったらどうかな。
西条 :私が何を。
坂本 :人は己の主人であるべきだというとる。早苗さんはあんたのおもちゃじゃない。
西条 :何を無礼な。
早苗 :坂本さん、私は。
坂本 :はっはー。ちよっと口が悪かったかのう。だが、早苗さん、もうぼつぼつ自分の足で歩いてみたらどうかな。結構、おもしろい景色も見えるぞ。幸い弱くなった事じゃし。
西条 :いらぬ口をたたくな。
と、刀を抜く。
坂本 :ほつ、またまた湯沸かし器かのう。これはたまらん。
と、ピストル抜いて、牽制しながら、
坂本 :よう考えるんじゃのう。自分がどこへ飛ぶか。
と、早苗に向かって言う。
早苗 :坂本さんは。
と、思わず言う。目が光っている。
坂本 :ほう、目が生きてるな。よし。よし。結構。俺か。俺はさ
と、辺りを見回す。
坂本 :さしあたり、こんな羽根を全部捨てるのさ。
傲然と一発。西条の羽根をねらった。
思わず伏せる西条。
竜馬、高笑いして。
坂本 :なかなあたらんもんじゃのう。・・ほな、どこかでまた逢おう。
西条 :きさまーっ。
と、切り込みがかるが、再びピストル一発。
踏みとどまる西条。
逃げる坂本。
駆け込む中田たち。
中田 :西条さん!ケガはっ。
西条 :大丈夫だっ、坂本が逃げた、おえっ。
中田 :はいっ。
桂川 :またかよ。
と、どたどた走っていく。
西条も後を追いかけて。
西条 :やつはたぶん近江屋だ。いいな。
と、早苗に声を掛ける。
早苗はかすかに頷く。が、その顔はどこかたよりない。
西条 :しつかりせんか。最相早苗だろ。それともちがうのか。
早苗 :・・最相、早苗、です。
と、苦しそうな返事。
西条は満足したか、そのまま走り去る。
声 :管理委員会より通告、歴史改変確率変動は収まりつつある模様。厳戒態勢を解除します。なお、判定員は、引き続き警戒をお願いします。第三次演習を16:00時より再開します。ジョブの申し込みは15:30時までに最寄りのショップ、もしくは判定員に申し出て下さい。
伊予がいた。
伊予 :もういいんじゃない。
はつとして振り返る早苗。
早苗 :何が。
伊予 :気がついてもいい頃と言ったの。
早苗 :気がつく?なにを。
伊予 :ほんとのあなたに。
早苗 :ほんとの私?何のこと。
伊予 :あなた、前にお母さんが嫌いだと言ったわね。
早苗 :言ったわ、それがどうしたの。
伊予 :お母さんが嫌いなんじゃなくて、あなたは自分自身が嫌いなのよ。
早苗 :なによ、それ。
伊予 :お母さんにあなたはあなた自身を見ていたの。
早苗 :え?
伊予 :あなたは本当はお父さんから逃げたかつたのよ。
早苗 :何を言い出すの。私はお父さんの。
伊予 :生き方に縛られて、もうどうにもしようがなくなっていた。私に負けたときは本当はそのチャンスだった。完全でなくていい。弱くていい。けど、逆にあなたはさらに強さを求めた。この世界にいるのはそのためでしょう。お母さんを嫌ったのはお父さんからから抜け出ようとする「あなた」自身をみたからにほかならないの。あなたはそれに耐えられないで逆上しただけよ。
早苗 :わけ分からないこと言わないで。
伊予 :もういいのよ。倒しなさい。
早苗 :誰を。
伊予 :西条を、いいえ最相俊雄を。
早苗 :西条・・お父さんじゃない。
伊予 :だからよ、だから倒すの。
早苗 :何でよ!
伊予 :あんたが最相さなえになるためよ!
早苗 :わたし早苗だもん。
伊予 :どうかな。
早苗 :どうして。私、最相早苗。
伊予 :名前はね。
早苗 :ならいいじゃない。
伊予 :でもまだ、本当の最相早苗じゃないよ!
早苗 :どうして。
伊予 :あんたは、まだ自分の目で見たことないじゃない。お父さんの目で見てる。お父さんの頭で考えてる。あなたにはお父さんの羽根がついている。違う。自分の力で飛んだことある。自分の目で見たことある。ないじゃない。ただの一回も!
早苗 :・・・。
伊予 :ある?
早苗 :・・・。
伊予 :だから切らなきゃいけないの。
ぱしっと鍔をならす。
伊予 :あんたが。最相俊雄を。
早苗 :・・・。
伊予 :やるのよ。
早苗 :できない。
伊予 :できない?
早苗 :そう。できない。そんなこととつてもできるはずない。だつて、。
伊予 :先生がそういうから、お母さんがそういうから。・・(静かに)お父さんがそういうから。
きっと振り返るスゴイ目。
伊予 :そう、そういう目が欲しいの。あんたの本当の早苗が出てくるかもしれない。
早苗 :斬らせはしないわ。
集団が走っていく。
早苗 :斬らせはしないから。
走る去る。
肩を落とす伊予。
乙女がいる。
乙女 :なかなかてがかかりますね。
伊予 :もうすこしよ。
乙女 :ふらふらじゃない。
伊予 :意地でもやる。
乙女 :そうね。やるつきゃないってとこか。
伊予 :世に生を得るは事をなすにあり。
乙女 :おや、あんたも竜馬好きなの。
伊予 :しらなかったの。まえからよ。
乙女 :隠れ竜馬ファンか。
伊予 :心のなかにしまっとくのがすきなの。
乙女 :それ、早苗に対する皮肉。
伊予 :いいえ。タイプが違うだけ。
乙女 :そんな性格よ。
伊予 :わかってる。昔から。
乙女 :いくの。
伊予 :うん。
乙女 :昔なら男が苦労するのにね。今じゃ女ばつかり苦労する。
伊予 :わたしゃおもしろいけど。
乙女、肩すくめたところへ。
声 :何してる。近江屋だ。近江屋へいけ。
伊予 :はいつ。
じゃねと去る。
乙女 :やつぱり女ばつかり苦労してると思うけどね。ポイント5プラス。ボーナスよ。
去る。
誰かはわからないが浪士や見回り組みたいな集団が争闘しながら走り回る。
この間に転換。
Ⅷエピローグ
異様な音楽とともに。
巨大な「船中八策」の書が浮かんでいる。後は何もない。
その後ろに坂本と誰かが浮かんでいる。
「船中八策」
一 天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。
一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公儀に決すべき事。
一、有財の公卿諸侯及び天下の人材を顧問に備へ官爵を賜ひ、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。
一、外国の交際広く公儀を採り、新に至当の規約を立つべき事。
一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。
一、海軍宜しく拡張すべき事。
一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。
一、金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事。
以上八策は方今天下の形成を察し、これを字内万国に徴するに、之を捨て他に済時の急務あるなし。苟も 此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並行するも、亦敢て難しとせず、伏して願はく は公明正大の道理に基き、一大英断を以て天下と更始一新せん。
ひたひたと西条たちが迫ってくる。
西条 :いよいよ、正念場だぞ。羽のない世界を作るだなどとたわけたことを抜かしておる。もやは問答無用。いいか。
桂川 :はいっ。
中田 :はいっ。
西条 :回り込め。同時に切り込む。
二人 :はいっ。
二人は別れて、回り込もうとする。
西条は階段中央に仁王立ち。
走り込んでくる早苗。
早苗 :おやめ下さい。
西条 :遅い。おまえは向こうへ回れ。
と、指示をしたが、動かないのに気づき。
西条 :気後れしたか。無理はないが。
早苗 :おやめ下さいと申し上げております。
西条 :何。
早苗 :坂本さんをきってはなりません。
西条 :なぜ。
早苗 :あの人は正しいことを言っています。
西条、笑う。
西条 :正しいか、正しくないかはやっている者にはわからん。力の裏付けがあってこそ、やがて正しくなっていく。坂本には力がない。羽も棄てた。
早苗 :そうでしょうか。
西条 :違うというのか。
早苗 :あの人は、人はいきる資格がいると言いました。
西条 :なるほど、それは正しい。いきる資格は力だ。強さだ。
早苗 :違います。強さとは別なところあるものだと言いました。
西条 :そんなものはない。
早苗 :羽に頼らず、自分の生き方を考えろと言いました。
西条 :ほう、坂本の考え方に従うわけだ。
皮肉をとばす西条。
早苗 :わかりません。けれど、私にはなにか気持ちよく聞こえました。手紙を出したのです。奇跡的に返事が来て、だから、わたしはたぶんここにいます。もう少し、話したいのです。坂本さんと。だから、お願いします。きってはなりません。私と話させて下さい。
西条 :やれやれ、小娘の気まぐれにはつきあい切れぬ。
ぱっと合図する。
中田と、桂川、左右から忍び寄っていく。
伊予が飛び込んでくる。
中田を牽制して回り込む。
西条 :おや、またいつ匹。
伊予 :早苗、あんたが切れないなら。
西条 :おいおい、俺を切れるか。
伊予 :さあね。
早苗 :だめよ。
と、止めに行こうとする。
その動きに惑わされ、伊予は姿勢が崩れる。
西条が切り込んで伊予は手傷を負う。
早苗 :伊予ちゃん。
あわてて駆け寄る、早苗。支えられる伊予。
乙女が駆け込む。
乙女 :あらら、やっぱり。
早苗 :ごめんね。
伊予 :何。あんたのこと考えてなかったわ。失敗。
西条 :助けられたり助けたり、忙しいのう。面倒なことだ。
と、伊予をきろうとする。
早苗 :なぜ切ろうとするのです。
西条 :邪魔者は切る。おまえも刃向かうか。
早苗、じっと見つめているが。
やがて、伊予を後ろを下がらせる。
乙女に任す。
じっと、かまえ始める。
西条すこしたじろいだ。
早苗 :おとうさん。
西条 :何だ。
早苗 :早苗は、約束を守れないかもしれません。
西条 :ほう。
目が鋭くなる。
階段上と下で対峙する二人。
坂本達は後ろに浮かんでいる。桂川達は完全に回り込んだ。
「船中八策」を読み始める坂本。
坂本 :一 天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。
歩き出そうとする早苗。
西条 :ならん。
立ちはだかる。
早苗 :とめないで下さい。
西条 :歴史は動く。お前こそ、とめるな。
早苗 :難しいことは分かりません。けれど、あの人ともう一度はなしたいのです。殺してはなりません。
西条 :話など無用。
早苗 :どうしてです。私は、あの人の話を聞きたい。そうすれば・・。
西条 :何だ。
早苗 :何か分かるかもしれない。
西条 :分かる必要はない。お前は、強くなればそれでいい。
早苗 :強くなっても、何も分かりません。
西条 :では、十分に強くないだけの話だ。
早苗 :これだけ言っても分かってくれませんか。
西条 :お前こそ、なぜわからん。
早苗 :さなえは、もう分かりたくありません。
と、思わず構える。
坂本 :一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公儀に決すべき事。
西条 :ほう。抜くか。
早苗、はっとするが、再び構える。
西条 :いい構えだ。
早苗 :闘いたくありません。
西条 :強くなれるぞ。
早苗 :強くなんかなりたくない。
西条 :強くなれ。もっと強くなれ。そうすればお前にも分かる。
坂本 :一、有財の公卿諸侯及び天下の人材を顧問に備へ官爵を賜ひ、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。
ゆっくりとスローモーションになっていく。
下手脇に人影が浮かぶ、坂本龍馬。(松尾市長)書状を読んでいる。
龍馬 :一、外国の交際広く公儀を採り、新に至当の規約を立つべき事。一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。一、海軍宜しく拡張すべき事。一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。一、金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事。以上八策は方今天下の形成を察し、これを字内万国に徴するに、之を捨て他に済時の急務あるなし。苟も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並行するも、亦敢て難しとせず、伏して願はくは公明正大の道理に基き、一大英断を以て天下と更始一新せん。
この間に、中田と桂川は忍び寄る。
早苗は行きたいが西条にじゃまされていけない。
龍馬 :ようし。これで大丈夫じゃろ。・・さむいのう。酒をこうてきとうせ。・・・だれじゃ、ほたえなや。
無言で、同時に坂本に斬りかかる二人。
龍馬は消えている。
倒れる、坂本ともう一人。
早苗 :坂本さーん!
と、絶叫するが坂本は死ぬ。
早苗はなぜかくっくっと笑い出してしまう。
西条 :どうした。
くっくっと笑っているが泣いているようでもある。
西条 :どうした何がおかしい。
早苗 :おかしくなんかありません。悲しいんです。でも笑うしかありません。早苗はよく分かりません。
西条 :簡単なことだ。強いものが勝ったそれだけのこと。
早苗 :そうではありません。
西条 :何。
早苗 :早苗は今分かりました。羽根が大きくなったからと言って、何になりましょう。美しい羽根を見せびらかしたって、なんの意味もありません。私は、坂本さんともう一度話がしたかった。あの人に聞きたいことがあったんです。お父さんは答えられますか。
西条 :なんだ。
早苗 :弱くなるってどうしたらいいんですか。
西条 :何を下らぬ事を。
早苗 :強くなることよりも難しいと思います。でも、早苗は弱くなりたい。
ずっと腰を落として、居合いの構えに移行。
西条 :ほうぅ、斬る気か。
早苗 :分かりません。剣に聞いて下さい。
西条 :一人前の口利きおって。
と、構えながら、左に回っていく。
ゆっくりと追う早苗。
中田と桂川は、伊予の剣に牽制される。
やがて、「船中八策」の書を挟んで対峙する形になる。
巨大な羽根が映る。
西条 :斬れるかな。俺は強いぞ。
早苗 :早苗は・・・。弱いです。
西条の剣が船中八策の書を突き破り襲う。
早苗の姿が一瞬沈み居合いが一閃した。
傍らで中田と桂川が切り伏せられる。
書をぶち破り仁王立ちの西条、
切り破られた書の向こうから光が降り注ぐ、早苗の残身が逆光の中に浮かび上がる。
西条 :羽根が・・。
一片二片、羽根が舞い降りる。
やがて、幾片も天使の羽根がひらひらと舞い落ちてくる。
それをつかもうとするような格好で西条、崩れ降りる。
早苗 :さよなら・・お父さん。
とつぶやき。刀を納める。
ぱちんと乾いた音が響く。
ゆっくりと振り向く早苗。
なんだか、泣きそうな、困ったような、途方に暮れたような顔。
早苗 :切った。
伊予 :そう、切った。あなたの手できったの。
早苗 :なんだか、とても・・。
伊予 :とても。
早苗 :こころぼそいような・・。
伊予 :そうね。独りだもの。
早苗 :独り・・。
伊予 :本当の独りになつたの。最相早苗って言う独りに。
早苗 :最相早苗。
伊予 :そう。今初めて。
早苗 :今、初めて。
伊予 :本当の。
間。
ゆっくりとつぶやくように。
早苗 :今、初めて、本当の、最相早苗になった。
天を仰ぐように、はね降りしきるなか。
早苗 :私は、最相早苗です。私は最相早苗です。私は最相早苗です!
パチパチパチと拍手。
伊予と乙女。
乙女 :ふん。ま、こんな所だね。最相早苗に20ポイント。はなまるプラス。
早苗 :乙女。
乙女 :ま、どうなることかとおもつたけど終わりよければ全てよし。
伊予 :早苗、これからどうするの。
早苗 :わからない。けど、ぼつぼつやってみる。
乙女 :何かって。
早苗 :ネット。あ、お宅にはならない。技術的なこと勉強するの。そして。
伊予 :そして。
早苗 :いろんな人と話してみたい。
乙女 :羽の育て方とか?
早苗 :まさか。世界のいろんな人と話してみたい。坂本さんの言うように自分の足で歩くために。
伊予 :うわ、すごい、まさに開国ね。あんた竜馬みたい。
早苗 :竜馬か。うん、なれたらいいね。本当の竜馬。
伊予 :最相早苗という名の。
早苗 :最相早苗という名のね。
三人またふふっと笑う。
乙女 :じゃ帰ろうか。
早苗 :え、どこへ。
乙女 :決まってる。キミのいえ。ゲームが終わればこどもは家路につく。これ鉄則。
伊予 :なんのことだか。
早苗 :どうやつて。
乙女 :はい。あなたがばっさりきりひらいたこの扉の向こうよ。それくらいわかんないの、馬鹿早苗。
早苗 :馬鹿じゃないもん。
伊予 :わかったよ。
と行きかけるのへ。
早苗 :伊予。
伊予 :何。
早苗 :ボトルメールありがとう。伊予でしょあれ。あれで私すくわれた。
伊予 :え?ボトルメールなんか出さないよ。乙女じゃない。
乙女 :私それどこじゃなかったよ。
早苗 :え
乙女 :第一、つくかどうかわからないじゃない。それこそ、馬鹿よ。
早苗 :ほんとだ。馬鹿だ。
伊予 :こらこら。
早苗 :誰だろう。
伊予 :ほんとに竜馬から来たかもね。
早苗 :まさか。
乙女 :いいじゃない。うん。そんなこともあっていいよ。人生には。たぶん、本当の奇跡。百万分の一の。
早苗 :一億分の一の。
伊予 :一兆分の一の。
三人 :誰にでも一回はあるほんとの奇跡!
三人笑って逆光の中に歩き出す。
ゆっくりとスローモーションになり。
ゆっくりと光が落ちていく。
羽はまだ降っている。
【 幕 】