原作 芥川龍之介『羅生門』
結城 翼 作
★登場人物
男・・・・・・・・
女・・・・・・・・
若い女の死体・・・
子供の死体・・・・
若い男の死体・・・
その他死体役・・・舞台転換等必要に応じてあれば可。
#1プロローグ 群盗
昔、一つの時代がゆっくりと崩壊していったある頃。
雨がすすり泣くように降っている春の都。
荒れ果てたそのはずれに、うっそりと立つ大きな門があった。黄昏どきともなると、もはや誰も通るものはなく、あたりにはや せさらばえた野犬が食い散らした行き倒れの死体が幾つか恨めしげに横たわっている。
雨はいつやむともなく、しんねりと止めどもなく降り続いている。寒さが雨とともに身体に忍び寄る。
若い男がいた。男は門の下で所在なげに雨宿りをしている。
あたりは雨に白くけぶり折しもどうやら黄昏時、薄暗くなっていく。
何かに男がおびえて、門の柱の影に隠れる。
女の悲鳴。
雨音が高くなる中、群盗に追い立てられて女が転がり込むが、追いかけてきた群盗に無惨にも切られて倒れる。
男は、ますます身を縮めて隠れて様子を見る。
群盗たちは死体を抜き身のまま探り、何かを取り出し、合図をして風のように去る。
間。雨音だけが大きくなる。
死体を見ている。
笛の音が響く。
ぎくっとした様子で再び隠れる。
#2 髪の毛を抜く女
歌いながら女が入ってくる。
女は、死体に近寄ると黒い髪を一本一本抜き取ってはつぶつぶと歌う、ぼろ布ともみまがう衣服をまとった女。若くも見えるし 老婆のようでもある。
髪の毛はもう、一束ほども女の手にあった。
女 :かわらすずめに参らせそろ。かわらすずめに参らせそろ。花の雨なら二条の殿と、ひいな祭りに参らせそろ。
ふと、手を休める。
辺りをうかがい。
また、髪の毛を一つ抜き取った。
女 :ほんにようふること。こんなに降っては、お前様もすんぐ腐ってしまうなあ。
笑って。
女 :腐ったところで、文句も言うまいが。
頭を振って。
女 :臭くてたまらんなるでなあ。どれ。
と、ごろんと身体を動かした。
弾みで、カッと見開いた目が露わになる。
女 :おうおう。そんな、怖い目でみんと。
と、目をつぶらしてやる。
女 :お互い様やし。
と、嘲るように言った。
むっくり起きあがって、髪の毛を一束つかんだまま、よたよたと立つ。
窓があったようだ。外を見て。
女 :ほんとによう降る。
と、一束の髪の毛を我が頭に当ててみる。
嬉しそうにするが、慌てて大事そうにしまっている。
下手より男が顔を出した。
女が引き返すのを見ると素早く隠れた。
女 :はようせんとな。はようせんと。
と、また髪の毛を抜きはじめる。
男は、いぶかしげにじっと見ている。
女がまた、死体を転がして取りやすいようにした。
女 :これで一本。
くくっと笑って、熱心に。
女 :なかなかに上質じゃ。喜ばれよう。・・これもよいの。
と、何本か抜いている。
男はようやく、何をしているか気づいた様子
ぎくりとする男。
さらに忍んで様子を見る。
女 :まっておれよ、お前たちもまっておれよ。まずはこの女からじゃ。
と、死体どもに言って。
女 :かわらすずめに参らせそろ。かわらすずめに参らせそろ。花の雨なら二条の殿と、ひいな祭りに参らせそろ。
と、熱心に取り出す。
男は、はきそうになるがこらえて一歩出た。
女ははっとしてあたりを見る。
女 :誰じゃ。・・だれじゃ。
男ははっとするが、大胆に近寄って髪の毛を強奪する。
女 :ひぃーっ。
と、奇妙な悲鳴を上げながら、女は縮こまる。
ふるえている。
男 :何をしている。
女は、あたりを見てぼんやりと男が目に入ったらしく、じっと見ている。
男 :何をしていると聞いている。
女は黙ってねめつけている。
男 :この門に人が住んでおるとはしらなんだ。おおかた、物の怪か盗人の類であろう。言え。何をしていた。
女はなおもねめつける。
男は少し和らいだ声で。
男 :おれは検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかったものだ。だから、お前に縄を掛けてどうこうしようとい うわけではない。ただ、今時分、この門の上で何をしていたのだか、それをおれに話しさえすればいいのだ。な。
女 :・・・ったのじゃ。
男 :何?
女 :抜いておったのじゃ。その髪を。
男 :見ればわかる。死体から、なぜ抜いておった。
女 :売れるからじゃ。
男 :売れる?
女 :そうだとも。カツラにするのじゃよ。
男 :カツラだと。
女 :そうじゃ。若い女どもが買うのじゃ。
男 :死体からか。
女 :死体だからというて何を恐れていなさる。死体は何も悪さはせん。
男 :あきれた女だ。地獄へ落ちるぞ。
けけっと笑う女。
男 :何がおかしい。
女 :地獄とか。ようも言うたな、地獄などとうに落ちとるわ。
男 :何?
女 :地獄などこの世のことさ。腐れ坊主どもがしゃべり散らすあの世なんかじゃなかろ。死んでしもうたらなんぼか楽か。極楽じゃぞ。何も 考えんで済む。この女のように。
男 :この女は。
女 :三条河原あたりで阿漕な商売をしていたおなごでの。蛇を焼いたものを干し魚と偽って売っとった悪い女だ。
男 :悪い女か。
女 :悪いおなごじゃ。
男 :ならばお前も悪い女だ。
ふたたびけけっと笑う女。
男 :どうして笑う。
女 :死んでしまえばただの土塊(つちくれ)と同じ。土塊をひろうたからとて誰もとがめはせぬじゃろ。
男はこれはという感じでねめつけている。
女、いらいらと。
女 :いうたはずじゃ。こいつらはみな悪行の果てに死んだ者たちばかりじゃぞ。そのものたちの髪の毛が人様に役立つならば・・
男、遮って刀を突きつける。
女、驚き後じさりする。
男 :言うことはそれだけか。
女、ねめつけたまま。
男 :ならば、覚悟せい。
と、斬りつけようとするときに、女が何か言った。
男 :何。何と言った。
女 :・・どれほどの違いがあろう。
男 :違いだ?
女 :お前様とわたしといったいどれほどの違いがあろう。
男 :なんだと。
女 :お前様はわたしが悪人だとて切るという。
男 :悪いか。
女 :人を切るはいつから善いことになったのじゃろうか。
男 :何。
女 :お前様はずいぶんいい気持ちであろうの。
男 :何ぃ。
女 :女一人を斬り殺してずいぶんいい気持ちになるであろうと言ったのよ。善人とはほんになかなか恐ろしいものよのう。
と、嘲る。
男 :くそっ。
女 :おー、怖い、怖い。
男 :何が言いたい。
女 :わたしは人をあやめたことなど今の今までほんのこれっぽっちも無いぞ。
男 :死人の髪の毛をとったであろうが。
かぶせて、女。
女 :わたしがこやつらを殺したか?
男 :・・いや。
女 :わたしがお前様に危害を加えたか?
男 :・・いや。
女 :そうであろう。何もせぬものを無慈悲に斬り殺すは悪人と言わぬのか。それとも都のちまたではそれを善人とでも呼んでいようかの。
と、嘲笑する。
男 :くそ。いわせておけば・・・。
と、むかつくが切れない。
女は冷たく。
女 :わたしが悪人だからとて切るというのは本当ではあるまい。
男 :な、何を言うか。
女 :わたしを切りたくなったは。
女、くくっと笑って。
女 :本当はお前様の、身についた、垢のせいじゃ。
男 :何。垢のせいだ?何のことだ。
女、再び死体のそばへ。
女 :垢といったのじゃ。お前様の体についている、いいえ、お前様の心についておるこの世の垢のせいじゃ。
男 :この世の垢だと。ふざけたことを言う。命惜しいとて狂うたか。
女 :狂っているのは誰じゃろう。
と、やおら髪の毛を抜く。
女 :一本。
男、たじろぐ。
女はかまわず。
女 :二本。
男、嫌なものをつかんだような顔。
こらえた声で。
男 :やめい。
女 :三本。
男、こらえかねた押し殺した声。
男 :やめい。
女 :四本。
女唄うかのように。
男、声が震えてくる。刀も震えそう。
男 :やめんか。
女 :五本。
女、むしろ楽しそうに
女 :かわらすずめに参らせそろ。かわらすずめに参らせそろ。
と、唄いながら。
女 :六本。
男 :女ーっ!
と、思わず切り込む。
女、意外と軽い身ごなしでよけて、はじけるように笑う。
死体を挟んでにらみ合う二人。
女 :切りとうなったは私がおそろしいからじゃろ。
男 :俺が?何でお前を恐れる。垢だの恐ろしいだのたわけたことを抜かすな。
女 :人は失うべきものを持っておるとどうにも失われるのが怖くなるものでな。
男 :何が言いたい。
女 :わたしらを見ると許せなくなる。今にも私らと同じようになりはしないかとおそれるからじゃ。すむべき家、守るべき地位、蓄えた財産。 みんな失われるのではないかと怖くなり、そうして、うしのうておるものを見ると憎まずにはおられない。明日は我が身じゃからな。
男 :こざかしいことを。仏の道に外れるくせに。
女、かすかに笑って。
女 :この髪のことか。
男 :死人の髪の毛抜くなど、外道の仕業。お前などに御仏の慈悲などあってたまるか。
女はにっこり笑う。
女 :仏はすでに許されてあるはず。
男 :たわけたことを抜かすな。
女 :仏はおっしゃられるのじゃ。ここにあるのはただの骸(むくろ)。魂が抜けただけのものじゃと。
男 :お主、まことにそんなことを思うてか。
女 :おおよ。お前様。
にたっと笑う。
男 :な、なんじゃ。
と、気圧される。
女 :まだわたしを切ろうとなさるか。
男 :お、おう。きらいでか。
ほほほと笑い。
女 :切ろうにも、お前様にはもはや立場はありますまい。
男 :何。
女 :お前様もどうやら主を失われた身の上であろう。さっき空き腹といわれたが、どうやら、何日も食べてはいまい。
男 :うるさい。
女 :先ほど垢のせいじゃと申しました。
男 :訳の分からぬことをほざきおって。
女 :わからぬか。人を切る立場など、今のお前様に取っては、身についた、ただの垢みたいなもの。
男 :うるさいーっ!
と、しゃっと斬りかかる。
女、身を翻し。
女 :短気なことを。まだわからぬか。お前様はもはやわたしと同類じゃ。行くべき所も、持つべきものも、守るべきものもない、立場も何も ない、ただの人斬りじゃ。
男 :うるさい、うるさい、うるさいーっ
と、またもや斬りかかる。
女、笑って、逃げる。
女 :ここにおる死人と同じじゃ。
男 :俺は、生きてる。
女 :そうして、腐っていくのじゃ。この死人たちと同じに。
女、けたたましく笑う。
男、ほえながら、斬りかかり女を追う。
女、男をじらすよう、あやすようにひらひらと逃げる。
男の声はもはや泣き声のようでもある。
男はやがてうち倒れる。
女は冷たく見ているがやがて死体に近づき再び髪の毛を抜き出す。
女 :かわらすずめに参らせそろ。かわらすずめに参らせそろ。花の雨なら二条の殿と、ひいな祭りに参らせそろ。
雨音が高くなる。
#3 羅生門
雨音が相変わらずしている。
男がくたびれた様子で座っている。
やがて。
男 :なあ。
女 :なんじゃ。
男 :怖くはないのか。
女 :なにが。
このものたちという仕草を男がする。
女 :なんも。死人は何も悪さをせん。悪さをするのは生きておる人間だけじゃ。
男 :悪かったな。
女は、肩をすくめたような感じ。
男 :いつからやってる。
女 :忘れた。
と、答えたくないふうだ。
男 :こんなことやっとってもいいこと無かろう。
女 :無い。
男 :なら、なぜやめん。死人がかわいそうではないか。
女 :かわいそう?
男 :そうだ。死んでしもうたとはいえ、人間には違いなかろう。こういう仕打ちされては・・。
女 :と、野良犬に食い散らされた死人に言うたのか。
男 :何だと。
女 :かわいそうか。
ふんと鼻先で笑う。
女 :かわいそうな。ふん。かわいそうな死人。
と、唄うように言って。笑う。
男 :なぶると承知せんぞ。
女 :なぶっておるのはどっちじゃ!
男 :何。
女 :ここいらの死人はみんな「かわいそう」じゃ。かわいそうでない死人なぞどこにあるものか。そんなこともわからぬか。うつけもの!
気圧された男。
男 :うつけものだと。
女 :そうじゃ。かわいそうだなどと余裕のある身か、お前様は。下手すれば、すんぐにこのようにならぬとも限らぬではないか。
男 :うっ。
女 :ここな死人を哀れがれるのは強く恵まれた者の言える言葉じゃ。お前様はそうではあるまい。
男 :くそっ。
おんな、苦く笑う。
女 :死んでしもうたらただのむくろじゃ。はなから人間扱いされたりはせぬ。おお、中には生きたうちから捨てられたものもあるぞ。死んだ ものがおると穢れるでな。・・ふふん。ここは、穢れたところじゃ。・・なんじゃ。
男 :いや。恨み辛みがずいぶんあろうの。
ぐるっと死体を見回す。
女 :恨み、つらみか・・。
静かに笛の音が響く。
小さい間。ぼそっと。
女 :そんなもの、とうに捨てておるであろうよ。
男 :どうして。
女 :恨み辛みを言うことができるのは生きた人間だけじゃ。
男 :生きた人間だけか。
女 :そうじゃ。小奴らは、もう髪を抜かれることしかできぬわえ。ひ、ひ。ひ。
と、鳴きそうな声で笑い、一本二本と抜く。
無惨なものを見るように男は女を見、ぼそっとつぶやく。
男 :さむいのう。
笛がピーッと鳴る。
小さい間。
夢から覚めたように男が言う。
男 :それにしても、何かぞくぞくする。
女 :雨にあたったのではないか。
男 :いいや。あたったにはあたったが、大したほどではない。それより。
と、門を見回す。
男 :ここは、いかんな。
女 :なにが。
男 :ここは悪いところだ。
女は笑った。
女 :死体があるからか。
男 :もちろんそれもあるが・・。それだけじゃない。いや、そのせいではない。確かに。確かに・・・。
女 :こんな夜は死人すらものを言うと言われておる。
男 :なんと。
そうけたような顔になる。
男 :奇怪なことを。
女 :雨は怖い。
ぼそっと言う。
男 :なぜだ。
外をなんとなく指して。
女 :花が雨に打たれて散っているであろう。
男 :仕方なかろう。花というものは雨に弱い。
女 :命の盛りに散らねばならぬ。雨は命滅ぼそうと言うほどに降り続ける。
男 :春雨がか。
頷いて。
女 :命を腐らす雨じゃ。
男 :腐らすか・・。
女 :嫌な夜じゃ。こんな寂しい雨さえなければ、花もまだしばらくは月の明るさに照らされて美しい命を保ったものを。
男 :ふん。自分も昔はきれいだったといいたい訳か。
女 :今にわかる。
男 :ああ、わかるとも。ここが嫌な所だということぐらい。それに・・お前の話ではないが、何だか嫌な夜だ。
女 :(ぼそっとした声で)今にわかる。
小さい間。
男、なんとなくいらついたか、立って歩き出す。
死体を踏まないように注意をしながら歩き出す。
見ていた女。
女 :お前様はなぜここに来た。
小さい間。
男 :ひどい主人での。
女 :ほう。
男 :人減らしのために、難癖付けて、ありもせぬ太刀を盗んだというて俺をお払い箱にしたのさ。一文無しで文字どおりおはらいばこじゃ。
女 :それは気の毒に。
男 :思うてもないくせに。
女はくくっと笑った。
女 :それで恨んでおるのかお前様。
男 :恨んで?
と、考えるふう。
違うなと首を振る。
どっかと座る。
男 :いいや。恨んでなどおらん。仕方なかろう。
女 :仕方ないとは。
男 :主は去る右大臣殿の末にあたられる方だが、このように世の中が悪しうなってからは、なかなかにおつとめが難しい。お役をしくじった のがケチのつきはじめ。あっという間じゃ。坂道転ぶように落ちていった。従者たちも、われがちに見捨てて逃げてしもうた。
女 :残った者が割を食うたというわけじゃ。
男 :そういうことになるな。じゃから、あまり恨んではおらぬ。
女 :人が善いだけでは生きていけぬぞ。
女はくくっと笑って
女 :どうやって暮らしていくつもりじゃ。
男 :さあて・・。
女 :うかうかしておると・・。
と、死体を指し示す。
男 :(不機嫌に)わかっておる。
と、立ち上がり、歩き回る。
小さい間。
女、立ち上がって男のそばにゆく。
女 :知っておるのか。
男 :何を。
女 :この門を。
男 :当たり前だ。
女 :いいや、わたしの言うのはここの門の力のことじゃ。
男 :門の力?
と、不思議そうに言う。
女 :お前様、門とは何であろうかの。
男 :下らぬことを聞く。門は入り口に決まっておる。例えばこの門は都への入り口じゃ。
女 :そうして、都からの出口でもある。
男 :当たり前のことを。
女 :だが、人は案外そのようなことに疎いものでの。平気な顔をして暮らしておる。。
男 :それが。
女 :悪しき世の中とお前様は言うたが、悪しき世とはこの門より入った都のことじゃ。お前様やお前様の主があくせく働いておったところじ ゃ。
男 :では都を出たらどこへ行く。
女 :この世のほかじゃ。
女、軽く笑って。
女 :お前様や私たちにとって、この世とは、都のことであるしかあるまい。だからこそ、死んでしもうた者や、今にも息を引き取りそうな者 をみなこの門に捨てにやってくるのではないか。
男、やや気圧される。
男 :だから髪の毛を抜くと。
女、けたたましく笑う。
女 :お前様は面白いことを言う。
男 :面白いか。
と、男は不機嫌になる。
男 :俺は雨宿りができればそれでよい。お前も、小理屈付けずとも、単にカツラに売れるから髪の毛を抜く、それでよいのであろう。物の怪 じみたおかしな物言いをしてもなんの足しにもならぬ。
女 :恐れておるのか。
男 :何を。
女 :ここを。
男 :恐れるものか。お前がおかしなことを言い出すから。
女 :言い出すから。
男 :・・変な気になる。ここは、悪いところだ。
小さい間。
女うっすらと笑って。
#4 三人の死体の話1
女 :そこに子供の死人がおるじゃろ。
男、虚をつかれたように見回す。
確認して。
男 :あ、ああ。
女 :かわいい子であった。わずか、四日ほど前じゃ、ほら、ここから見えるあの先にある、恐ろしいほど見事に花が咲き誇っておるじゃろあ の樹の根本、あの根本に座ってにこにこしておった。
男 :なんでここにいるのだ。
女 :殺されたのさ。
男 :殺された。
女 :そう、だまされて、命を取られあっけなく死んだ。
男 :むごいことを。
笑って。
女 :確かに。
男 :誰に殺された。
女 :そこに転がっている男さね。
男 :えっ。
と、驚く。
と、笛がピーッと鳴る。
暗転の中桜が散るのだけが見える。
明るくなれば死体たちはいない。
男と女は情景を見下ろしている。
男の子がやってくる。
疲れたふうである。
旅装束で、あまり裕福ではなさそうだ。
門のそばに腰を下ろす。
つってある竹筒から水をうまそうに飲む。
一息つき、門を見てしみじみと感じ入った様子。
子供 :これが・・。
見ていたが、やおら立ち上がり、近寄って見上げる。
大きなため息をつくところへ声がかかる。
若い男:大きいだろう。
子供ははっとしてあわてて身構える。
若い男が笑いながら出てくる。
若い男:いやいや、そんなに怖がることはない。
こどもは、男が出てきた方をあわてて振り返り、なおも警戒している。
若い男:田舎から出てきたと思われるが、何、そんなにおじずともよい。取って食おうと言うんじゃないぞ。
と、先ほどまで子供が座っていたあたりへどっかと腰を下ろす。
気のよさそうな感じである。
若い男:どうだ、くわんか。うまいぞ、都のものは。
と、何か、干物めいたものを出す。
子供、少し警戒心をゆるめたようだが、まだ気を許してはいない。
若い男:見れば、一人旅のようだが、偉いの。なかなか大人でも物騒だが。どこから来た?うん。ほら、食えよ。腹へってんだろ。
と、なつっこい。
子供はようやく、近寄ってきて、ぺこりとお礼をすると差し出した干物を受け取った。
近くへ腰を下ろし、腹が減っていた様子で夢中で食べだした。
若い男:うまいだろ。
子供 :うん。
若い男:そうか。
といって、笑う。
若い男:ほれ、もっと食うか。少しだがまだあるぞ。
子供 :いいの。
若い男:いいとも。へってんだろが。
子供 :うん。
と、言って受け取り、一口食べて、気づいて。
子供 :ありがと。
若い男:何。たかが干物じゃ。ほら、食えよ。
子供 :うん。
と、言って食べ出す。
見ながら。
若い男:都は初めてか。
子供 :うん。
若い男:この門は大きいじゃろ。
子供 :うん。びっくりした。
と、にっと笑う。
男も笑って、
若い男:そうか。びっくりしたか。
小さい間。
若い男:どこから来た。
子供 :若狭。
若い男:ほう。遠いの。一人でか。
子供 :ううん。最初は二人。でも、丹波に入ってすぐに病で倒れ、三日前に死んでしもうた。
若い男:付き添いの者か。
子供 :うん。
若い男:どうして、ひきかえさなんだ。
子供 :都はすぐの所じゃし、母上が死んでしまう。
若い男:何?
子供 :都の父上を呼び戻しに来た。そうしないと母上の病は治らぬ。
若い男:ほう。父上は薬師か。
子供 :違う。けれど都には唐から渡ってきたいろんな薬があると聞いた。父上なら手に入れられる。加持祈祷を半年もしておるけれど母上の病 はますます重くなって・・・。
言葉を失う。
若い男:そうか・・。偉いの。
小さい間。
子供 :おじさんは。
若い男:おれか。・・おれはまあ。ぶらぶらしとる。
子供 :ぶらぶら・・。
若い男:この都の三条というところでの、ごろごろしとる。女と一緒にまあ小商いなどやってというてもお前にはわかるまいの。ま、別にたいし たものじゃない。・・そうか、一人で来たか。いろいろ怖い目にあったじゃろ。
子供 :ううん、これがあるから怖くない。
若い男:これ?
と、不振そうに問うと子供は懐から小さい三寸ばかりの仏像を取り出す。
若い男の目の色が光る。黄金で出来ているように見えたからである。
声や態度が少し怪しくなる。
若い男:そ、それは。
子供 :うん。阿弥陀如来様。母上が道中無事であるように、父上に無事会えるようにと。
若い男:そ、そりゃほんものか。
子供 :ほんもの?もちろん。仏様に本物も偽物もないよ。
若い男:あ、そ、そうじゃなくて。
と、のどに痰が絡んだような咳をして。
声を改めて少し低い声で。
若い男:それは、・・(ごくりとつばを飲み込み)金無垢か。
子供 :金無垢?
困ったように。
子供 :さあ、わからない。・・けれど、仏様だよ。
若い男:そ、そうだとも。もちろん。・・なあ。
子供 :え?
若い男:な、ちょっと。ちょっとだけで言いからさ。・・見せてくんねえか。ああ、粗末にゃしねえよ。仏様だも飲め。
な。ちょっと。
と、迫る。
子供は断れきれず、不安な様子で・・。
子供 :ちょっとだよ。
若い男:わかってる。わかってるって。
と、奪い取るように手に取る。
思わず興奮して。
若い男:ほーっ。こいつはいいや。
子供 :ねー。
若い男:わかってる。わかつてる。ちょっとまってろ。
男はもう子供など眼中にない。
子供は不安になる。
若い男:金無垢の仏様か。
舌なめずりをしながら目をぎらつかせている。
なおもひっくり返して細かく調べようとしたとき。
子供 :返してよ!
と、強い声。
びっくりして。
若い男:えっ。何。ああ、そうか。いい子だ。もう少しな。
子供 :いやだ。
と、疑い深く、きっぱり言う。
若い男:まあ、そういわずによ。
と、あたりを見回す。誰も通らない。
若い男:もう少し拝みたいからさ。
と、猫なで声でなだめにかかる。
子供 :返して。返して。
と、金切り声になってくる。
若い男はあたりを見て舌打ちして。
若い男:わかったよ。わかったからさ。落ち着いて。ほら返すぜ。
と、いったん返す。
ひったくるように取り戻した仏像を子供は懐深く入れる。
再び出発しようと準備をし始めた子供を横目に見ていた男は。
若い男:おっと、もうお発ちかい。
返事をしようかしまいかと思っているようだったが。
子供 :・・うん。
まだ、警戒心は解いていない。
若い男:いやー。悪かったな。ついな・・。
子供 :いいよ。・・干物をどうも。
と、言って、こくんとお辞儀をして旅立とうとする。
若い男:父上はどこにおるのだ。
子供 :六条とかきいております。
若い男:わかるのか。
子供は首を振る。
不安げだ。
若い男:そうか。何、簡単なことだ。いいか。この大路をまっすぐに行ってな。
若い男、子供の後ろへ回って指を指す。
さりげなく。
若い男:ほらあの向こうに塔が見えるだろう。
と、後ろから抱きかかえるように教えている。
その声の明るさに子供は安心したかのように頷く。
若い男:ああの塔の左に小間物を売っている所があってな。
子供 :小間物。
若い男:うむ。都ではやっているきれいなものをいっぱいならべて売っている。
子供 :ほんと。
と、声が弾んでくる。
若い男:ほんとだとも。一つ何か母上にかってあげたら喜ぶぞ。
子供 :ほんとだね。ああ、でも何がいいかな。
若い男:鈴などよいではないか。きれいな都の音がするぞ。
子供 :鈴か。
若い男、後ろから肩に手をかけている。
子供は夢見るように都大路を遙かに見ている。
若い男:楽しいか。
子供 :うん。
若い男:そうか。
子供 :うん。
若い男:おれも昔は楽しかった。
若い男は声が変調する。
迷っているらしい。
子供はまだ夢見ているよう。
子供 :鈴にしようか。
若い男:そうしたほうがいい。
決心したようにさりげなくそれまで添えていた手を首に回す。
後ろからそっと締めかける。
やんわりとはずそうとするがはずれない。
子供 :やめてよ。
若い男:どうして。
と、やや強く言う。
子供 :苦しい。
若い男:苦しくないよ。
子供 :ほんとに苦しい。やめて。
若い男:楽になる。
子供 :ねえ。やめて。
若い男:こうした方がいいんだーっ!!。畜生ーっ!!
ぐっとしめる。
桜が激しく散る。
暴れるがやがてぐったりする。
そのままじっとしている。
やがてばたっと突き放し。後じさりして腰が砕けたように座る。
若い男:昔は楽しかったんだよ。
やがて息を整えてのろのろと近寄り、懐から金無垢の仏像を取り出す。
若い男:こんなもんか。
と、懐へ入れようとして、何かに気づく。
若い男:ん?
と、仏像を改める。
ごしごしこすってみる。
しばらくじっと見ていたが、信じられないような思い。
激情をこらえたような顔をしていたが。
若い男:くそーっ!!
と、投げつける。
泣き笑いのような顔をして。
若い男:くっだらねえ。
子供の顔を見て。
悲鳴のような声で。
若い男:なあ。くっだらねえよなあ。お前。
けけっとわらって。
若い男:こんなくだらねえもののためによ。
泣くような声。
若い男:昔は楽しかったんだ畜生。
じっと内部を見つめるような声。
若い男:わっぱだよ。まだ。お前はよ。楽しいんだよな。
ほえるように。
若い男:おれは子供を殺しちまったーっ!!畜生、生き返れよーっ。
と、子供の死体を激しく揺り動かす。
恨めしげな死体の顔。
わーっと、放り出す。
へたってしまって、息づかいだけが激しい。
間。
若い男:くだらねえ。
ぼそっといって
また、のろのろと仏像を拾いに行って。
実と見ていたが、子供の懐に入れたやった。
ぼそっと。
若い男:くだらねえよな・・。
そのままじっとしていたが、のろのろとおきあがって去ろうとする。
二三歩歩いて、振り返り、じっと子供を見て。
何かこらえていたがやがて頭を抱えるように
若い男:うぉーっ!!
泣くような悲鳴を上げてバっと走り去る。
#5間奏
男と女が浮かぶ。
男 :むごいことをしたものだ。
女 :むごいも何もあったものではない。生きたくば生き、食べたくば食べ、奪いたくば奪う。
男 :それは身勝手というものだ。
女 :そうじゃ。身勝手のどこがいかぬ。身勝手にせねば飢えてしまう。身勝手がきかなくなればあとはのたれ死ぬしかなかろうが。
男 :それでは、畜生ではないか。
女 :なりとうてなるわけではないぞ。
男 :何。
女 :だれしもなりとうてなるわけではない。けれど、そうせねば生きていけぬと知ったときどうする?死んでしまうか?死ねまい。あさまし くても、獣のようでも生きて生きて生き抜くだけじゃ。
男 :(うなって)地獄じゃな。
かすかに笑った。
女 :なんの。地獄はもっと心地よいかも知れぬぞ。先の世のことじゃ。誰にもわからぬ。じゃが、現世(うつしよ)からは逃げられぬ。逃げようとてもわれらにはすべがない。
と、頭を振る。
男 :そんなにこのような生き方が捨てられぬか。
女 :捨てる?捨てる。・・はて、不思議なことをいわっしゃる。
笑う。
男 :何がおかしい。
女 :捨てられるものならとっくに捨てていよう。じゃが、これは。
と、自分の肌をさらす。
男は、いぶかしげにしている。
男 :それは・・。
女 :これは私の肌じゃ。皮一枚で身体を覆っておる。これをむけと言われるか。むいてしまえと言われるか。
男 :何をふざけたことを。このような暮らし、やめようと思えば簡単だろう。もっとまっとうな。
女、セリフを横取りする。
女 :まっとうな暮らしをか。
男 :そうじゃ。それのどこが悪い。悪いことは言わぬ。今からでも・・。
女、じっと見つめる。
男 :何だ。
女 :・・・。
男 :どうした。何か言わぬか。
小さい間。ぼそっと。
女 :お前様はわかっておらん。
男 :こんなものが暮らしというのか。死人かに髪の毛を引き抜いて高く売りつける。こんなものが。
静かに。
女 :暮らしというのはお前様、きれい事で済むようなことではない。
男 :俺はそんなこと言ってない。
女 :(無視して)暮らしと言うのはな。
間。
男 :なんだ。言って見ろ。
女 :どこまで落ちてもその日が暮れる。ただにその日が暮れてしまう。・・そんなものなのじゃ。
男 :なんだそりゃ。
女 :わからぬであろう。
男 :当たり前だ。
女 :幸せなお人じゃ。
男 :どこが。
女 :まだ、お前様には明日という日があろう。
男 :あたりまえだ。無ければ生きていけるものか。
女 :暮らしには明日というものはありはせぬ。ただにその日が暮れるだけ。いつまでたってもただにその日が暮れるだけ。そのほかには何も ありはせぬ。・・ありはせぬのじゃ・・。
女はもうどこを見ているでもない。
男はその深い暗闇を見たように凝然とする。
少しの間。
男 :ほかには何もないか。
女 :ありませぬ。
女は静かに、だが確信を持って言う。
男はよろっとしりもちをつく。
男 :ただに日が暮れるだけ。
女 :はい。
男 :ただに、日が暮れるだけ。
女 :ほかには何もありませぬ。
男 :暮らしか。
女 :暮らしです。
笛がピーッと鳴る。
#三人の死体の話2
若い女が物売りの格好をして出てくる。
若い女:いらんかな。干し魚はいらんかな。味よい干し魚はどうじゃ。
若い女は、流れるようにあちらこちらにものを売る。
長い髪が鮮やかに翻る。あでやかな踊りに近い動き。
男 :あれは。
女 :蛇を干して売っておる。
男 :買うのか。
女 :買う。案外にうまいものじゃ。食べてみるかえ。
男 :誰が。そんなものを。
女 :知らずと食べれば平気であろう。味よいというて帯刀の陣では評判での。
男 :だまされて食べておるわけだ。
女 :さて、だまされたというのはどうであろう。
男 :だましておるではないか。
女 :それで何か不都合なことでもあるかの。
男 :それは・・。
女 :味よいというて喜んでおるじゃろ。
男 :それは確かにそうではあるが。
女 :構わぬではないか。誰も困らぬ。
男 :したが・・。
女 :えい、ごしゃごしゃと文句の多い。お主のくらうは蛇の肉ぞと言われて喜ぶものがおろうか。
男 :・・・。
女 :で、あろう。ならば、だまされたというわけではない。知らぬだけじゃ。
男 :本当のことを知れば。
女 :怒るじゃろうの。あの女、袋叩きにされて命失うやも知れぬ。けれど、本当のことをしったとて味よいものを失うだけじゃ。それではお互い不幸になるというものではないか。
男 :だが、悪いことだ。
女 :悪いことで皆幸せになるのではないか。
男 :しかし・・・。
若い女は、さらに売りつけている。
若い女:干し魚はどうじゃ。味よい干し魚じゃぞ。
所へ、若い男が駆け込んできて、ぴたっと止まる。
若い女もとまった。小さい間。
やや冷たく。
若い女:なんじゃ。お前様か。
また、物売りをしようとする。
若い女:もう二度と帰らぬのではなかったか?
と、嘲るように言う。
若い男はせっぱ詰まった口調で。
若い男:話がある。
若い女:私は別に。
若い男:いいから来い。
若い女:いたい!?・・乱暴な。
若い女を引っ張って、物陰へ。
若い男:殺してしもうた。
若い女:はい?
若い男:・・殺してしもうたのじゃ。
若い女は驚いて周りを見て、さらに人に見つからないようにする。
切迫した口調で。
若い女:誰を。
若い男:・・子供じゃ。
若い女:子供!・・子供をか、またなんで。
若い男:何でといわれても。はずみじゃ。
若い女:弾み?!弾みで子供を殺したと。
男頷く。
二人、ささやくような声だ。
若い女:お前様。うそを言うておるのではあるまいな。
若い男:何でこんなことでうそを言われよう。
若い女:本当に子供を殺しなさったのか。
若い男:・・そうだ。
若い女:何と言うことを・・・。
若い女は身体を少し引く。
若い男は、気づき、追うように。
若い男:な、きいてくれ。ほんとにはずみじゃ。そんなことするつもりじゃなかった。ほんの少し仏像を見たかっただけじゃ。
若い女:仏像?
若い男:ああ、三寸ばかりだが全身金無垢での、そりゃ見事な細工で。
若い女:子供が持っていたと。
若い男:ああ、そうだ。いや、そのときはそんな風に思うたのだ。こりゃあ本物に違いない。売れば、お前にも何かこうてやれる。新しい打衣ぐらいかまえてやれる。
若い女:お前様。
冷たい声だが。
若い男は気づかず、熱に浮かされたようにしゃべる。
若い男:ああ、そうだ。どうせおれは何の甲斐性もない。どこにもやとつてくれるよう所もない。お前の稼ぎを当てにしてぶらぶらしている>だが、いつかは一山当ててやるぞ。そうだとも。おれだつて、このまま終わりたくはねえ。そうだよ。こいつを餓鬼から取り上げて。何、かまいやしねえ。どうせ右も左もわからねえ田舎ものだ。こいつの・・。
若い女:お前様!
はっと、気づく男。脱力感に襲われる。
間。
若い女:そんなことで子供を。
若い男:・・ああ。
若い女:仏様は。
若い男:仏様?
若い女:金無垢の。お前様が取ってきた。
若い男:取った?とりゃしねえよ。
若い女:子供を殺してうばったんだろ。
若い男、むなしく笑う。
若い男:金無垢・・金無垢か・・くだらねえよ。
若い女:何がくだらないだよ。ねえ。しっかりして。
と、身体を揺する。
若い男:うるせえな。
と、その手を払い。
若い男:偽物さ。
若い女:偽物・・。
若い男:まんまとだまされちまった。へ。ざまねえや。あんなもののために、子供一人殺しちまった。
若い女:あんたって人は・・・。
と、愛想が尽きたように言う。
ついと、立ち上がった。
男ははっと気がついて。
若い男:おい。どこ行く。
若い女:商いだよ。売らなきゃ食えないだろ。
と、出ていこうとする。
男、あわてて追いすがり引き戻す。
若い女:何するのさ!。
若い男:待てよ。な、待ってくれ。本当はどこ行くんだ。まさか、検非違使の所じゃあるめえな。
若い女、追いすがる男を振り払い。
若い女:まあ、何を言うかと思ったら。ほんとにお前様にはあいそがつきるね。
若い男:な、ほんとはそんなつもりじゃないんだ。お前に小袖の一つもと。
若い女:私のせいにしないでおくれ。
若い男:何。
若い女:子供を殺したこと、私にきかせて何とする。私に慰めてほしいのかい。後悔するぐらいならするんじゃないよ。殺してしまったら堂々と してりゃいい。子供はかわいそうだが、それだけの運なのさ。人なんかごろごろ死んでるじゃないか。えやみで死ぬも殺されて死ぬも、 同じさ。
若い男:お前は・・。
若い女:そんなことより、あたしは食い扶持をかせがにゃならない。せめて仏像が本物なら殺したことも役に立つだろうに。ふん。お前様は、なにやらしてもそうだよ。人殺すことさえ満足にできない人だ。
と、一二歩歩き出して。振り返り。
若い女:役立たず!
と、吐き出すように言って出ていく。
若い男:何!
と反発して追いかけようとするが、それも出来ず中途半端な姿勢で立ち上がったままぼんやりしていく。
#6間奏
男と女が浮かぶ。
男 :思い切ったことを言う女だ。
女 :正直なだけさ。必死に生きてるからの。
男 :男はなぜ死んだのだ。
女 :検非違使に売られたのさ。
男 :蛇のおんなにか。
女 :口ではああいうたがもうだめだとおもうたのであろうよ。あのまま、検非違使に駆け込んでの。
ピーッと笛の声。
バラバラッと影が出てくる。
若い男、非常にびっくりした様子。
あのあま。という声が確かに聞こえた。
逃げようとして、男は切られる。
それでも逃げて男はよろめきながら門の前まで来て倒れる。
男は、なにかいいたそうにするがそのまま事切れる。
雨が降り始め雨音が大きくなり、そうしてまた小さくなっていく。
男 :そうして、お前のかもになったわけか。
女 :覚悟もなく生きておるからそういうことになるのさ。
男 :悪に覚悟もクソも無かろう。成り行きだけではないか。
女 :いいや。成り行きだけではなかなか悪にはなれぬ。あの女なぞ、なかなかしぶといものよ。
男 :蛇の女か。
女 :なかなかにしたたかでな。男が自分のくびきになるとおもうたのであろうよ。あっさりと切り捨てよった。
#7三人の死体の話3
雨音がややおきくなる。
若い女が市女笠をかぶって雨の中をやってくる。
羅生門を見上げ、中へはいる。
笠を脱ぎ、雨を払う。
どこかしんどそうである。疲れた様子で、たたずむ。
女はそのまま若い女の所へゆく。
女 :珍しい。とんと、お見限りであったのに。
若い女:いろいろとありまして。
女 :今日は?
若い女:はい。干し魚とそれに米を少々。
女 :おお、米か。
若い女:はい。少し実入りがありました故。
女 :こちらは、また蛇ではないか?
若い女:滅相もない。これは、本物の鮎の干物。少々小ぶりでありますか。
女 :そうか。いつも、すまんな。・・具合が悪いのか。
若い女:はい。二日ほど前から少し腹の具合が・・。
女 :蛇の毒に当たったのじゃろ。
若い女:ご冗談を。それより、出来ましたか。
女 :まだ少し足りぬ。もっと、見目よい骸でなければ、なかなか難しい。例えばお前様のような。
若い女:ほほ。私などでは役不足。
女 :いいや、お前の髪は本当に流れるようにうつくしい。これで作ればさぞかし高くうれることであろう。
若い女:ほほ。私が死んだらにおねがいいたします。
ふたり、ほほと笑う。
女 :ところで。わざわざ来たには何かあろう。
若い女:ほほ、相も変わらず鋭いことを。
女 :それでなくば生きてはいけぬで。
若い女:実は、・・そこに転がっている男。
女 :ほう。ずいぶん懇ろにしておったとかきいたが。
若い女:ま、それは昔の話。いまではもう。
女 :飽きたと申す?
若い女:ほほ。
と、笑って。
若い女:弱い男でした。
と、冷たく言う。
女 :手厳しいの。
若い女:なかなか。・・覚悟もなく、おいしそうな話にふらふらして、そのくせ、大したことも出来ず、弾みでひき起こした我がことに動転して 泣きついてくる。最低でございました。
女 :見る目が無かったと。
女、軽い咳をして。
若い女:ま、あなた様と同じようなことで。
女 :ふん。それで、売ったのか。
若い女:いいえ。気持ちがさめてしもったとて、昔の男。なんで、やすやすと売れましょう。子供をあやめたが気に入りませぬ。
女 :ほう。
若い女:きけば、はるばる母が病を得ておるので、父親を訪ねて若狭から都へ上ったとのこと。なかなか出来ぬことではありませぬ。それを。
女 :そういえばお前もあちらの方であったの。
若い女:越前ゆえ、他人事とは思われず。
女 :それだけかな。
若い女:は。
女 :いや。子供に同情したと。
若い女:・・はい。
女、笑い出す。
若い女:何か。
女 :蛇の女にも似合わぬ殊勝なことを。
若い女:その名で呼ぶのはおやめ下さい。
女 :子供が命落としたはそれまでのことではないか。
若い女:それは、あの男が殺してしまったから。
女、首を振り。
女 :違うな。子供のせいじゃ。
若い女:子供のせい?
女 :油断したのはこどもじゃろ。
若い女:厳しいことを。
女 :ほっ。お前様も本当はそう思っておるくせに。
若い女:・・(ため息をつく。)お見通しでござったか。
女 :長いつきあいじゃから。
女、また咳をする少し苦しい様子だが、こらえて。
やや厳しい声で。
若い女:あの子は阿呆です。
女 :そうじゃの。
若い女:世の中や大人を無防備に信じすぎておりました。
女 :ま、ついそう思いたくはなるけれど。
若い女:昔のあなた様もそうでした。
ため息をつく。
女 :その通りであった。
若い女:弱いものは、賢くあらねばならないのに。
女 :子供じゃからの。・・お前様は違う。
若い女:はい。私は違います。
女 :だから、売ったのか。
若い女:だから、売りました。
女 :そうか。・・で、本当は何しに来た。
小さい間。
若い女:それは。
と、言いかけて激しい咳をする。
治まったが苦しそう。
女 :どうした。
若い女:めまいが。
女 :それはいかぬ。こちらへ。
と、横たわるように言う。
若い女:いえ、そのようにされては。
女 :構わぬ。構わぬ。ささ。
と、世話をして。
女 :もっとも、いささか無粋なものも転がっておるが。
と、死体たちを見回すが。
女 :まあ、よいじゃろ。
若い女は、横たわる。
女は何か酉に引っ込む。
間。
雨音が激しくなる。
女は打掛を持ってきて若い女にかけてやる。
女 :よう降る。
若い女:霖雨でありますれば・・。
女 :に、してもうっとうしいの。
間。
雨音。
若い女:ほんに、このような雨でございましたの。
女 :何が。
若い女:あなた様に無事お会いできたのは。
女 :おお、まことに。・・あのとき、お前にあえなんだら。
若い女:こんな雨が降っておりました。
女 :降っていたの。
笛の音がピーッと。溶暗。
溶明。
若い女は打掛を女に着せる。女がぽつんと座っている。
雨音が激しい。
がたがた震える女。
表情が痛々しい。
若い女は、思わず。
若い女:何事でございます。これは。薄縁一枚に座り、雨に打たれているとは。もの狂いでも成されたか。
うっすらと目を上げて。
女 :お前か。
若い女:お前かではございません。まあ、こんなにぬれてしまって。
と、ばたばたやるが。
若い女:これではとても。・・・風邪を引きます。
女 :よい。
若い女:よいとおおせられても。
女 :よいのじゃ。こうしておる。
若い女:兄上様の所におられたのではありませぬか。
女 :病を得ての。こんなありさまじゃ。話が付いているから昔友達の所に頼っていくように言われての。行ったのだが。
若い女:それは、追い出されたのではございませぬか。
女 :私が死ねば穢れにふれるとでも思われたのであろう。
若い女:でも、お友達は。
女 :ここで死なれては困るというて。
若い女:まあ。
女 :ちょっと遊びに来るという話だから来いといったまでとけんもほろろの扱い。仕方なく、でてきたのじゃ。
若い女:車は?
女 :もう、返してしもうた。いまさら兄上の屋敷にも戻れぬ。
若い女:どうなさるおつもりで。
女 :どうにも。こうやって座っておる。
若い女:それでは命が持ちませぬ。
女 :いいのじゃ。・・お行き。ありがとう。・・私はここで死ぬわ。お前はもうお帰り。
雨音が激しくなる。
溶暗。
溶明。
気がつけば、若い女は横たわり、女は看病をするような姿勢。
いっそう苦しい様子。息がしゃべるたびに引いている。
若い女:本当に、あのときは。
女 :お前が無理にでも連れ帰ってくれなんだら、薄縁に座ったままいきたえていの。
若い女:雨が降っておりました。
女 :本当に冷たい雨じゃった。私はあのまま死ぬつもりじゃったのに。
若い女:後悔されておるのですか。
女 :さあ。そんな心はもうどこかへ置いてしもうた。ただ、一日一日が暮れるだけじゃ。
くくっと笑った。
若い女、苦しそうになる。
女 :どうした。
若い女:胸が。
女 :胸が?苦しいのか。
若い女:胸が、・・ぐえっ。
と、何かをはいた。
女は思わず飛び退く。
女 :どうした。
息を切らしながら。
若い女:髪。
女 :髪?
若い女:切らないで。
女 :・・よしよし。
若い女:切らないで。・・ぐぉほっ。
と、吐く。
そのまま、どっと倒れて。
女 :これ・・、これっ。
と、揺すぶるが。
女 :死んだか。
と、つっと冷たく転がす。
女 :ふっ。・・髪をのう。
と、改めて髪の毛をさわる。
顔が輝き。
女 :切りはせぬ。切りはせぬぞ。代わりに。
と、そーつと、一本慎重に抜く。
女 :みごとじゃ。
と、くくっと笑う。
女 :安心せよ。抜いてやるからに。一本たりとも傷付けはせぬ。な。
と、やさしく髪をなでてやる。
女 :ほんにきれいな。
と、髪一筋二筋すいて手にとってうっとりと笑う。
笛の音がピーッと鳴る。
#8雨の夜に
三人の死体の話が終わった。
死体たちはそれぞれもとの所に転がっている。
男 :それがその女と言うわけか。
女 :そうじや。
男 :主に尽くして、死んだと言うことか。
女 :そうなるかの。
男 :冷たい言いぐさだな。
女 :お互い様じゃ。
女 :しかたないじゃろ。こんな見事な髪はむだには出来ぬ。
男 :へびを売っていたのもお前様のためか。
女 :ふ。そうではなかろ。あのものは、あのものでくらしをたてねばならぬで。近頃私の所などめったに来はせぬよ。
男 :ならばどうして。
女 :おおかた、これに惹かれたものか。
と、金無垢と見られていた仏像を懐から持ち出す。
女 :ほら、これじゃ。
と、取り出す。
女 :この男も、こんなものにだまされおって。目が利かぬことよ。たかがわっぱ。金無垢の仏像など持たせるはずがないではないか。そのあ たり気づかぬところが、だめなのじゃ。
男 :この女も取りに来たと。
女 :おおかた、男の話を思い出して、ひょっとすると、ひょっとしないでもないと思うたのであろう。こんな雨の中、無理押してやってきた のじゃ。自分の得にならぬことはしない女だった。
男 :ひょっとして、本物と言うことは。
女 :ない。
男 :そうか。
と、いって。クックと笑った。
女 :どうした。何がおかしい。
男 :なるほど。誰一人善人はいないということか。
女 :善じゃ悪じゃとかまえても仕方あるまい。
男 :暮らしだからな。
と、笑った。
女 :この世が腐っていくとき、人は、その毒気に当てられるのじゃ。次の世に望みを持つものもおるかもしれぬが、わたしのようなものは、もはやいかんともすることがかなわぬ。ただ、この世と一緒に生きぐされていくだけじゃわな。腐っていくのに善いも悪しいもない。
男、笑う。
女 :何がおかしい。
男 :生きぐされか。さぞかしくさいであろうの。ひょっとするとこの死体よりも臭いかもしれん。
女 :なにをいう。
男 :お前のことさ。
女 :私。
男 :そうだ。
女 :私の何を。
男 :お前は、ただただこの世に流されて生きてきただけだということだ。
女 :流されて。
男 :お前だけでもない。このものたちもそうかもしれん。善をなすのが都合よければ善を成し、悪をなすのがよければ悪を成す。周りの言う ままに流れているにすぎぬ。
女 :だからそれは暮らしだと。
男 :まことの暮らしとはそんなものではない。
女 :何。
くくっと笑って。
男 :ほんとうにこの世は怖いものだ。この門に雨宿りするまでは自分に悪いことが出来ようとはなどとはおもいもしなかった。だが、今は違う。
女もわらって。
女 :出来るようになったというわけか。
男 :そうではない。生きようと思うようになっただけだ。
女 :ほう。
男 :最前までは、おれはぼんやりと生きていた。いや、ひょっとすると、もうこのものたちと同じで死んでいたのかも知れぬ。だが、今は違 う。おれは本当に生きたくなった。
女 :よいことではないか。
男 :ああ、たぶんよいことだろう。おれにとっては。だが、誰かにとっていいことかどうかはわからぬ。
と、ばっと仏像を奪い取る。
女 :あっ、何をする。
男 :もらっていこうと思ってな。偽物とあらば、どうやらおれにふさわしいように思う。おれが、これを本物にしてやろう。今に金無垢の仏 像としてたれぞやに高く売りつけて見せる。
女 :お前様に売れるものか。
男 :いいや売る。蛇の女のように、売ってやる。誰もが喜ぶように本当の金無垢に見せてやろう。
と、走り出しそうになる。
女 :あ、まて。それはわたしのものじゃ。
と、取りすがるが。
男 :今まではな。
と、ばっと手を払い、女の衣をくるくると回すように脱がし奪い取る。
女 :あっ。
と、倒れる。
見やって。冷たく。
男 :これと同じで、今はおれのものだ。
女 :おのれ。
と、むしゃぶりつく女。
もみ合うが、男はたちまち女を組み敷いてしまう。
そのまま、男は料襟首をもって、立ち上がる。
女も後ろ向きのまま、立ち上がらざるを得ない。
女の髪がぱーっと瀧のように手前に散らばった。
男は正面向き、女はつかまれたまま向こう向き、顔はのけぞっているまま。
女 :おのれ。
男 :お前が教えてくれたのだ。
と、絞めていく。
苦しい息の下で。
女 :何を。
男 :生きて行くには仕方がないとお前は言った。「暮らし」があるとお前は言った。
女 :だから。
男 :「悪」は仕方ないことだとお前は言った。
女 :しかたないことじゃ。
男 :いいわけだろ、そいつは。
女 :何。
男 :善に気兼ねしながら悪をする。はは。いい子になろうたって、そうはいかねえ。
女 :なぜじゃ。
男 :昔の垢をこびりつかせているのはお前なんだよ。仕方なくたって、喜んでやったって、どっみち行くところは同じだろ。
女 :やめろ。
男 :おれは、今決心したのだ。おれは生きてやる。いいわけなぞせず生きてやる。仕方ないからお前を殺すのではない。おれは、生きるから 殺すんだ。
女 :やめろ。
男 :ああ、やめたい。おれもやめたいが。やめてしまったら、生きぐされるだろう。
女 :やめろ。
男 :おれは、ほんとに生きるんだよーっ!
と、叫びながらしめた。
女、ぐったりとなる。
男 :はーっ。
と、太い息をつき、女を突き放す。
女、くたくたと倒れ、髪が床に広がった。
男は荒い息をしていたが。
男 :つまりは、そういうことだ。
と、言い放つと、素早く衣と仏像をしまい込み、あたりをちらっと見回すと。
男 :はーっ。
と、一息、ため息のようなものをつく。
男 :くせえなあ。
捨てぜりふのように吐き階段をたたっと降りていく。
#9夜の果てへ
男は羅生門の下にいて、懐に片手を入れて空を見上げる。
ふっと笑って。
仏像を取り出す。
笑う。
さすって、ぎゅっと握って、しっかりと懐にいれる。
羅生門を見上げる。ほーっと息を吐いて。
男 :怖いところだ。
行こうとする。
男 :・・はっはっ、ハーックション。
と大きいくしゃみ。
ぶるぶるっとして、鼻をこすり。
男 :畜生、腹へったぜ。
といいざま、
男 :うぉーっ!!!
何かを振り切るように、腹の底から叫ぶ。
雨の中きっと闇をにらんで勢いよく走り出す。
懸命に闇の中を走る。
ゆっくりと死体たちがよみがえる。
死体たちは、笑いながら男に取りすがっていく。
男は、死体たちを引きずるように走る。
女の死体は信じられないほどの笑いを浮かべて男を見ている。
雨は音を立てて降り始める。
男は、雨をこらえて前方を確かめながら、太刀をしっかり持ち懸命に走り続ける。
そうしてすべては闇の中へ。
笛の音が一声高くピーッと鳴った。
後は、雨の音だけが大きく聞こえる。
【 幕 】