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「黄金心臓の眠る夜」
作 結城 翼        
 
 
★登場人物
アキラ・・・
  タロウ・・・
   サチ ・・・
    キリコ・・・
    レイコ・・・
ミドリ・・・
ユウコ・・・
羊たち               
1・・・・・
2・・・・・
3・・・・・
4・・・・・
    5・・・・・
 
 
 
 
 
 
Tプロローグ
 
ブリザードの夜。世界は嵐の中にある。
薄暗く青い光に満たされて室内は平和だ。
アトリウムのような地下室。中央は広場のようになっていて、ベッドがある。
奥に向かって階段が延び、階段の突き当たりには大きな扉がある。階段を挟んで並ぶ六つのドア。
中央に黄金心臓の入った仏壇のようなボックスがある。黄金心臓本体は見られない。
ベッドにタロウがいる。眠れないようだ。寝返り打ったり、潜ったりしている。
と、何やらぼそぼそ声がする。
 
タロウ:・・が一匹。・・羊が二匹。羊が三匹。
 
ドアを開けて羊1(アキラ)が入ってくる(着ぐるみが望ましい)。
 
タロウ:羊が4匹(数は適当に)・・羊が(と、続く)
 
それぞれのドアが開く。
5匹の羊。
羊たちのダンス。
 
タロウ:うるせーっ!!
 
タロウ、マシンガンを構えて、仁王立ち。ランボーのように乱射する。
 
タロウ:羊が一匹!二匹!三匹!四匹!五匹!ザッツオール!
 
羊たち、血飛沫をあげて(ならいいな)倒れて行く。
タロウ:ケッ。
 
と、マシンガンを放り捨てる。
羊たち、そろそろ起きあがる。
 
アキラ:ご支援申し上げたのにな。
タロウ:下手なピアノで眠れるか!
サチ :あーあ。ネムレナイ、ネムレナイ、ワレラニンゲンネムレナイか。ねえ、片づけよ。・・ミドリ。
ミドリ:はい、はい。
 
と二人、羊の着ぐるみのままで片づけ始める。
 
キリコ:あーあ、これで全員アウトか。・・あ、というと、・・やべー。
レイコ:おっほっほ。キリコ、賭はあたしの勝ちね。
キリコ:あんた、いかさましてんじゃない?
タロウ:何賭けたんだよ。
キリコ:あんたが眠れるかどうか。大穴ねらいだったんだけどな。
タロウ:バーか、レイコ相手に勝とうてのが甘いんだ。
レイコ:先見の明よ。眠れないって常識じゃん。ホレホレ、早くメモリー出して。
 
と、掛け金を取り立てるレイコ。メモリーカードをチェックしている。
 
キリコ:あーっ。どこにおいたかなー。
レイコ:ごまかすんじゃないよ。キリコ、いつもそうじゃない。今日は、逃がさないからね。
キリコ:きゃー、怖い。
レイコ:なに、ぶりこってんの。下手な芝居するんじゃないの。それじゃ、幕は上がらないよ。ほれ、とっとと出しな。パシ、パシ。
キリコ:あ、うん、あ。(ともだえるが)イテーーっ(思いきりはたかれた)痛いじゃない、あざになったらどうすんの。ったく、レイコって取り 立て厳しいんだから。冷たい女ね。わかったわよ。へぼギャンブラーのくせに。
レイコ:なに?
キリコ:何でもないの。ちょっと待って。これぬがなきゃ。
 
と、着ぐるみを、脱ごうとしている。なかなか脱げない。くそっ。とかなんとかののしっている。
キリコ:あーっ、うっとうしいーっ。
 
と、着ぐるみを投げ捨てるキリコ。
 
レイコ:やめてよ。八つ当たりは。じゃ、メモリー、キリコのから差し引くからね。
キリコ:ちぇっ。今月、赤字だなこれじゃ。
レイコ:ぼやくな、ぼやくな。
キリコ:レイコさんには負けますわ。いかさま師。ピポパピポっと。
レイコ:わりいわねえ。へぼ役者。ピポパピポっと。
 
と、なんやかやメモリーを操作している。
 
サチ :ねえ、ミドリそこもって。(とベッドをかたづけながら)うまく眠ると思ったんだけどね。
サチ :あーあ、いつから眠れないのかわすれちゃたよ。
ミドリ:そのうち眠れるわ(まだ手伝いながら)ねー。・・サチこれ重いよ。
サチ :わたしなんか、もう夢見ることも忘れたわ。・・ほら、じゃれないで、アキラ、手伝って。
アキラ:へいへい。
サチ :落とさないで。
 
二人を手伝って、はかせる。
レイコ、置き忘れた枕を拾い。
 
レイコ:忘れ物よ。(と、袖へ放る。)・・残念だったわね。(着ぐるみを脱ぎ始める)でも、うまく行けば・・。
キリコ:眠れたのにね。
レイコ:そうはいかのしおから。
キリコ:夢は遥かな夜の下ってか。
レイコ:そゆこと。(と着ぐるみを片づけにはける)
キリコ:(自分の着ぐるみを袖へ放って)これもお願い。(いたい。とレイコ。)
 
タロウがちょっと、と合図する。
 
キリコ:ねえ、眠るって、どんな気持ちだったっけ。
タロウ:イイ気持ちだろ。
レイコ:いい気持ちってどんな。
タロウ:イイ気持ちはイイ気持ち。
キリコ:わからないわ。
タロウ:ネムレナイから俺だって忘れた。
キリコ:なんだ。じゃ、いい気持ちかどうかワカラナイじゃない。
タロウ:でもいい気持ち。
キリコ:わかるもんか。
レイコ:わかるわよ。
 
レイコが入ってくる。
 
キリコ:えっ。レイコわかるの。
レイコ:ユウコに聞けばいいわ。
キリコ:ユウコに?
レイコ:そう。眠りっぱなしのあの子に聞けばいいのよ。
キリコ:起きないことには聞けないじゃん。
タロウ:そうだよな。まあ、眠ってると言うよりは、眠らされてるんだけどな。
レイコ:おこせば。
キリコ:だめよ。
レイコ:どうして?彼女の言い分なんて関係ないわ。私たちの起こしたいときに起こして、眠らせたいときに眠らせる。そんなもんでしょ。旧人類 なんて。
タロウ:メザメナイ、メザメナイ、カレラ、キュウジンルイメザメナイ。
レイコ:ネムレナイ、ネムレナイ、ワレラ、シンジンルイネムレナイ。
キリコ:でも。
レイコ:じゃ、もう一つの方法。
キリコ:どうするの。
レイコ:キリコ、座って。対戦バトルといこうか。
 
と、レイコ、正座する。
 
タロウ:どうすんだ。
レイコ:眠りの国へご招待よ。ほら、座って。
キリコ:こう?
レイコ:そう、そう。
キリコ:何するの。
レイコ:お互いに、手を首にかけて。
 
向き合って、座った。キリコとレイコ。相手の首に手をかける。
 
キリコ:なんだかへん。
レイコ:そこをぐっと。
 
そこをぐっと締める、キリコ。
 
レイコ:うっ。げほっ、げほっ。
 
と、せき込むレイコ。
 
キリコ:こんなの無理よ。
レイコ:そこをぐっ。
 
レイコ、キリコの首をぐっと絞める。
 
キリコ:ぐっ。
 
キリコ、首を絞められて、目を白黒。
レイコ、更にしめる。
タロウ、あきれてみている。
 
レイコ:もひとつ、ぐっ。
キリコ:ぐっ。
レイコ:気持ちいい?
キリコ:なんだかくらくらしてきたわー。ぐっ。
 
締め返す。
 
レイコ:ぐっ。そーよ、それなのよ。ぐっ。
 
お互いにしめあいながら。
 
キリコ:ぐっ。これが気持ちいいってこと?ぐっ。
レイコ:そーよ、それが眠りのエクスタシー。快感よー。
キリコ:ああ、ぼーっと遠くなってきて。ぐっ。
レイコ:最後の一ひねりよー。はいっ。ぐっ。
キリコ:ぐっ。・・向こうに何かきれいな光が見えるよ。・・ああ、これが眠りのエクスタシーね・・あはん・・バタッ。
 
と、眠りにはいる。
サチが、やってくる。
 
サチ :なに馬鹿やってんの。
レイコ:いい気持ちごっこしてんのー。
タロウ:単なる変態だって。
レイコ:やかまし。
 
キリコ、ぱっぱっと、ちりを払って起きあがり。
 
キリコ:ちぇっ、せっかくやる気がでてきたのにな。
サチ :何なら、永遠の眠りにつかしてやろうか?
キリコ:ご遠慮申し上げます。
サチ :あれじゃ殺しのエクスタシーじゃない。
レイコ:意識が無くなりゃ同じようなものよ。
サチ :あほらし。メモリー交換の時間よ。・・・ミドリ。早く、ミドリ。
 
ミドリが、結構ゲーセンの雰囲気が漂うスロットマシン型バイオコンピュータの端末を、押してやってくる。
 
ミドリ:はい、はい。でも今日もあまり調子よくないかもよ。タロウ、黄金心臓だして。
タロウ:はいよ。 
 
タロウ、柏手を打ってボックスを開ける。燦然と輝く黄金心臓があった。多分悪趣味の極致。キンキラキンでカラフル。そのくせ、 結構未来チックで電飾があるとなおいい。心臓の不気味な動きができれば最高。
 
キリコ:いつ見ても悪趣味ね。黄金心臓の名が泣くわ。
レイコ:きょうは、一段と磨きがかかってるとちがう。
サチ :ほんと、ほんと。センス疑っちゃう。これがバイオコンピュータなんて笑っちゃうわね。
ミドリ:端末セットして。
タロウ:はいはい。端末持ってきて。
キリコ:どうでもいいけど、これってまるっきりゲームマシンね。
タロウ:取っつきやすくしてるんだろ。旧人類の親切さ。
キリコ:安く見られたもんだ。
 
キリコたち、タロウと協力して黄金心臓とスロット型端末をつなぐ。
ミドリ、スロットの所にいく。
 
サチ :OKよ。
キリコ:ドキドキするよなメモリーならいいんだけどね。(黄金心臓へ)君、君、いっつもスカメモじゃ、そのうちスクラップにするよ。
サチ :黄金心臓がお友達?
キリコ:そうよ、これ、ポチって言うの。
サチ :オタクーっ。
キリコ:気にしないもんね。ねっ。ポチ。なでなで。なでなで。(と黄金心臓をなでなでする)
 
黄金心臓がうなる。
 
キリコ・サチ:わっ。
サチ :あー、びっくりした。
ミドリ:唯のハウリングよ。
キリコ:ハハハハハ。
サチ :ハハハハハ。
二人 :ふーっ。
レイコ:(無視して)今週のメモリーは何?
ミドリ:母の愛。
レイコ:えっ?
ミドリ:父の愛。
キリコ:愛?
ミドリ:子の愛。
サチ :愛?
ミドリ:愛すればこその悲劇。
タロウ:悲劇?
ミドリ:悲劇による死。
レイコ:死?
ミドリ:死による永遠の眠り。
キリコ:眠り?
 
ラッパが鳴り、舞台奥で大砲の音。以下のハムレットの芝居はすごく軽薄に行われる。見るに耐えられないほど。
 
アキラ:待て。酒を。ハムレット、この真珠はお前のものだ、乾杯するぞ。この杯をハムレットに。
レイコ:はい。
ミドリ:この一番を先にすませます。杯は後で。ようし、こい。もう一本。どうだ。
タロウ:やられました、たしかにかすりました。
アキラ:ハムレットが勝ちそうだな。
サチ :あの子は汗かきでもう息を切らせている。ハムレット、このハンカチを、額の汗をお拭きなさい。お前の幸運を祈って王妃が乾杯を。
ミドリ:ありがとうございます、母上。
アキラ:よせ、ガートルード。
サチ :いえ、乾杯させていただきます。
アキラ:(傍白)毒の入った杯なのだ、もう遅い。
ミドリ:その杯、後でお受けします、母上。
サチ :さ、お前の顔を私にふかせておくれ。
タロウ:陛下、今度こそ必ず。
アキラ:どうかな、怪しいものだ。
タロウ:(傍白)だがどうも気がとがめてならぬ。
ミドリ:さあ、レアティーズ。本気を出していないな、力いっぱいかかってこい。でないとこのおれが子ども扱いされているようで面白くないぞ。
タロウ:おっしゃいましたな。では。
 
戦う。
レイコ:勝負無し、引き分け。
タロウ:それ、どうだ!
 
レアティーズ(タロウ)はハムレット(ミドリ)に傷を負わせる。それからつかみ合いになり、二人の剣が取り替わり、ハムレッ トはレアティーズに傷を負わせる。
アキラ:二人を引き離せ。すっかり逆上したぞ。
ミドリ:いや、もう一本だ、こい。
 
王妃(サチ)倒れる
レイコ:あ、お妃様が。
キリコ:二人とも血を流して。大丈夫ですか、ハムレット様?
レイコ:どうなさいました、レアティーズ?
タロウ:馬鹿な話だ、オズリック。自分の仕掛けた罠に引っかかって命を落とす。天罰と言うほかない。
ミドリ:お妃は?
アキラ:なに、血を見て気を失ったのだろう。
サチ :いえねいえ、あのお酒に・・・ああ、ハムレット・・あの、あのお酒に、毒、毒が。
 
死ぬ。
ミドリ:陰謀だ!追い、扉に錠を降ろせ。謀反だ!犯人を捜し出せ!
タロウ:犯人はこの中におります。ハムレット様、あなたもおしまいだ。どんな薬も役には立ちません。あと半時間のお命、謀反の道具はそのお手 に。切っ先のとがった、毒を塗った剣、その卑劣な行為がひるがえってこの身にも。この通り毛二度と立ち上がることはできません。母上 は毒殺。もう口が利けぬ。国王が、国王こそが責めをおうべき人。
ミドリ:切っ先に毒を。そうか、それならばもう一度つとめを果たせ!
 
国王(アキラ)を刺す。
一同 :謀反だ、謀反だ!
アキラ:おお、手を貸せ!傷を受けただけだ。
ミドリ:兄を殺し姉を犯した不義非道のデンマーク王、これを飲め、きさまの真珠入りのこの酒を。母上のあとを追うがいい。
 
国王死ぬ
タロウ:それも当然の報い、国王みずから調合した毒なのです。ハムレット様、お互いに許しあいましょう。父の死があなたの罪に、あなたの死が 私の罪になりませんように。
 
死ぬ。
ミドリ:天もその罪を許したもうだろう。すぐに行くぞ。もうだめだ、ホレーシオ。かわいそうな母上、さようなら。みんな顔青ざめてふるえてい るな、この芝居のだんまり役者か見物人になろうと言うのか。時間さえあれば・・ああ死神め、とらえた獲物を情け容赦なく引っ立てる・・ 話しておきたいこともあるが、やむをえん。ホレーシオ、おれはもうだめだ、君は生きながらえて、俺のことを伝えてくれ、ことの次第を、 みんなに納得させるように。
キリコ:何を言われます。私はデンマーク人よりも古代のローマ人のごとくありたい。それには、ここに残っている酒が。
ミドリ:その杯をよこせ。はなさぬか、ええい、よこせというのに。ホレーシオ、このままでは俺の死後に、どんな汚名が残ることか。少しでもそ の胸にハムレットを思う心があるなら、しばらくは安らかな眠りにつく幸せを離れ、辛いこの世にあって俺の物語を伝えてくれ。
 
遠くで進軍の音、舞台奥で大砲の音。
 
ミドリ:あの音は?
レイコ:ノルウェーの王子フォーティンブラスがポーランドより凱旋の途上、イギリス使節に出会って礼砲を贈ったところです。
ミドリ:おお、ホレーシオ、おれは死ぬぞ、毒にしびれて気力申せていく。イギリスからの知らせを聞くまで持ちそうもない。そこで言い残してお きたいことがある。王位を継ぐのは、フォーティンブラス。それが死を迎えたハムレットの心だ、そう伝えてくれ。ことここに至ったもろ もろの事情も。あとは沈黙。
 
死ぬ。
キリコ:気高いお心も散ってしまわれたか。お休みなさい、天使の歌を聞きながら安らかな眠りにつかれますように。何だ、あの近づいてくる太鼓 の音は?
 
照明が元に戻る。
 
キリコ:何、何、何これ!!
ミドリ:はい、はい。メモリー交換終了よ。みんな、チェックして。
キリコ:何がかなしゅうて・・あとは沈黙よ。
レイコ:あーあ、バーチャルライフなんてセンスのかけらもありゃしない。
サチ :タンスくらいのものね。
キリコ・レイコ:ハイハイ。
キリコ:記憶容量限界じゃないの。ミドリ。(そんなはず無いわ。とミドリ)
レイコ:私のメモリー大丈夫かな。
 
と、調べる。
 
ミドリ:黄金心臓本体は悪くないはずだけどね。
レイコ:でも、メモリー、なんか変よ。
ミドリ:バイオスでもいかれたかな。基盤調べてみようか。タロウ手伝って。
タロウ:はいよ。
 
黄金心臓を点検するミドリとタロウ。CPUは?大丈夫ね。とか、二次キャッシュはとか、それほどおかしくはないようだけどな どと。のぞき込むレイコたち。
 
キリコ:なんだか最近うすっぺらくなってきたと思わない。
サチ :なにが。
キリコ:メモリーの中身。
サチ :たしかにね。
キリコ:人生のこくがないのよね。
レイコ:おっ、こくときましたね。
キリコ:メモリーのリアリティよ、問題は。どこにも人生のリアルがないじゃない。・・プログラム、正常に走ってる?
タロウ:バイオスも大丈夫みたいだね。きれいに走ってるよ。回路も正常だ。
 
ピコパコと言う音。
 
キリコ:でもねえ。
ミドリ:なに?
キリコ:感じない?全体になんだかこう薄いって。
サチ :薄い?
キリコ:リアルさって言うか、存在感ていうか。
レイコ:存在感?
キリコ:うん。うまくいえないけど自分が何だが薄っぺらになってる気がして。前は、もう少しなんだか・・あー、うまくいえない。
ミドリ:生きてる感じがしない?
キリコ:まあ、近いかな。
サチ :私生きてるよ。
 
アキラ、やってくる。
 
アキラ:僕らはみんな、生きている。生きているからうたうんだ。
全員 :ハイ、ハイ。
アキラ:なんのこと?深刻そうな顔して。
レイコ:あんたはいいの。脳天気はあっちいって。
 
なんだよとアキラ。タロウたちを手伝いにいく。
 
キリコ:そういう意味と、ちょっと違う。
サチ :自分が自分でないような?
キリコ:うーん。なんだかこの辺がね。ふわふわして。
レイコ:ない胸さすってなに言いたいの。
キリコ:ちょっとあんた、喧嘩売りたいの。
レイコ:そんなに買いたいなら売ってやろか。
 
ひゅーひゅーと、アキラとタロウ。
 
キリコ:ふん。
レイコ:ふん。
サチ :はい、はい。ミドリ、何とか言ってよ。
ミドリ:(苦笑して)んーと、そうね、たとえば・・空回り?
キリコ:ああ、それ。それ。空回りだ。
サチ :どういうこと?
キリコ:毎日、毎日、食べて、眠って、おしゃべりして、笑って、からかって、ふざけて、走って、歩いて、挨拶して、キスして、さよならして、 また食べて、薬を飲んで、居眠りして、本を読んで、ジョギングして、シャワー浴びて、・・・でも、気がつかない?これって、昨日もし たことだよ。
レイコ:日々の暮らしという奴よ。生活ってそんなものじゃない?
キリコ:そういう意味と、ちょっと違う。
サチ :自分が自分でないような?
キリコ:うーん。なんだかこの辺がね。ふわふわして。
サチ :はい、はい。ミドリ、何とか言ってよ。
ミドリ:(苦笑して)んーと、そうね、たとえば・・空回り?
キリコ:ああ、それ。それ。空回りだ。
サチ :どういうこと?
キリコ:うーん。なんだかこの辺がね。ふわふわして。
サチ :はい、はい。ミドリ、何とか言ってよ。
ミドリ:(苦笑して)んーと、そうね、たとえば・・空回り?
キリコ:ああ、それ。それ。空回りだ。
サチ :どういうこと?
 
動悸の鼓動が聞こえる。
それは、羊たちのささやき声かもしれない。
 
羊1 :私たち恋します。
羊2 :私たち歩きます。
羊3 :なんでも食べます。
羊4 :おしゃべりします。
羊5 :けれど毎日退屈です。
羊1 :毎日、毎日、笑います。
羊2 :毎日、毎日、怒ります。
羊3 :毎日、毎日、泣いてみます。
羊4 :カレーばっかりたべます。
羊5 :エビは嫌いです。
羊1 :けれど眠りません。
羊1 :すてきな人と出会います。
羊2 :あってすぐに別れます。
羊3 :遊びなら何でもこいです。
羊4 :こいこいは花札です。
羊5 :ばくちはとても大好きです。
羊1 :それでも毎日退屈です。
羊1 :私達眠りません。
羊2 :私達死ぬことはありません。
羊3 :私達幸せです。
羊4 :私達毎日楽しいです。
羊5 :私達生きています。
羊たち:でも毎日とても退屈です。
キリコ:なんだかないんだよね。リアルな生活感が。
レイコ:リアルな生活感?
二人 :そう、リアル。
レイコ:そんなもんかね。
二人 :そんなもん。
 
ミドリ:老年期かなあ。
レイコ:老年期ぃ?
ミドリ:アルツハイマーっぽいわね。
キリコ・レイコ:アルツハイマー?
サチ :私?うそーっ。まだ若いのに。
ミドリ:黄金心臓よ。
キリコ・レイコ:黄金心臓?
 
笑い出す、キリコ、レイコ、サチ。
 
キリコ:冗談、やめてよね。コンピュータよ。何の関係あるわけ。あー、おかしい。アルツハイマーのコンピュータだって。
レイコ:ミドリ、大丈夫?
ミドリ:もちろん。
 
 
キリコ:・・冗談じゃなく?
 
ミドリ、頷く。
 
キリコ:どういうこと。プログラムの暴走?
ミドリ:違うわ。
キリコ:じゃ、どういうこと。
ミドリ:問題はメモリーだとおもう。
キリコ:メモリー?
ミドリ:君たち、心臓きちんと打ってる?
レイコ:当たり前よ。ドキドキしてるわ。聞く?
サチ :この狂おしい青春の響き。ドキ、ドキ。
キリコ:この悩ましい青春の響き。ドキ、ドキ。
サチ・キリコ:あっはーん。ドキ、ドキ。
ミドリ:(冷たく)どんな音?
サチ・キリコ:え?
ミドリ:どんな音がするの。
キリコ:・・どんな音と言われても・・・ねえ。
サチ :ねえ。レイコ。
レイコ:あたしに振らないでよレイコ:ええ、みんなドキドキしてる。私だってサチだって、キリコだって同じ音たててる。どこが問題。
ミドリ:同じだからよ。
キリコ:え?
ミドリ:みんな同じパルスってのはあり得ない。喜怒哀楽のメモリーがおかしくなってる証拠よ。システム疲労が来たんだと思う。
キリコ:システム疲労?
ミドリ:そう。黄金心臓がぼけてきたのよ。
レイコ:なに、それ?
ミドリ:コンピュータの自己認識異常よ。
アキラ:そんなあほな。
タロウ:いいや、わからん。5000年もたてばシステムだって疲れる。
サチ :狂ったて言うこと?
ミドリ:キリコが生きてる気がしないって言うのも多分それに関係すると思う。説明するわ。集まって。
レイコ:あーあ、授業みたい。
サチ :貫禄出てきたわよ。
ミドリ:ほっほっほっ。これからは、教授とお呼び。
レイコ:へいへい。
 
ぱんぱんと手をたたくミドリ。
ミドリの周りに集まる。
 
W黄金心臓のアルツハイマー
 
ミドリ:マニュアルはこう言ってるわ。
 
ミドリ、本を取り出す。「黄金心臓」の管理者マニュアルだ。
 
キリコ:なに。それ。
レイコ:汚い。
ミドリ:黄金心臓の管理者マニュアルよ。
サチ :あんな難しい本読んでるの。えらいわー。
ミドリ:私は一応管理者ですからね。それでこんなこと書いてあるわ。えーと。・・あった。読むね。
 
ミドリ、読み始める。
 
ミドリ:そこで、我々旧人類は。古い人類ということよ。(わかってるよ)えっと、我々旧人類は新人類を作るに当たり。新人類って私たちのこと ね。(わかってる)新人類を作るに当たり、我々の歩んだ誤まてる道を再び歩まぬモデルを作るべきであると。
 
鼓動音が聞こえてくる。
黄金心臓が本当に輝きを増す。結構荘厳な音とともに。
羊たちに運ばれて大きなレトルトがでてくる。
中には胎児のように丸まった何かがいる。
キリコ:開始しましょう。
羊1 :生命反応開始。
羊2 :生命反応開始。
羊たち:新しい人間を作りましょう。
 
レトルトをごぼこぼと霧がつつむ。
踊りのように、祭礼のように羊たちは巡る。
不思議な時間。
 
キリコ:無駄なくね。
羊たち:はい。無駄なく。
レイコ:悩みもなく。
羊たち:はい。悩みもなく。
サチ :泣くこともなく。
羊たち:はい、泣くこともなく。
タロウ:苦しみもなく。
羊たち:はい。苦しみもなく。
アキラ:病むこともなく。
羊たち:はい。病むこともなく。
キリコ:死ぬこともなく。
羊たち:はい。永遠に。
キリコ:新しいヒトを。
羊たち:はい。理想の人間です。
 
 
レトルトはみんなの手で御神輿のように担ぎ上げられるて、回る。
ミドリ:新人類の誕生だわ。
アキラ:バイオチップと遺伝子の夢がつむぎ。
タロウ:黄金心臓と生体バイオスの塊が作り上げた。
羊たち:人生のメモリー。バーチャルライフ。バーチャルハート。黄金心臓に支えられるバイオチップと遺伝子の夢、新しいヒト。我ら、新人類。
 
ガシャーンと割れるような音。
照明が変わり羊たちとレトルトは消えている。
ペラペラとマニュアルをめくるミドリ。。
 
ミドリ:いわんとすることはわかるでしょう。感情がないってことじゃないの。そうでしょう。キリコには、キリコのレイコにはレイコの感情はあ るわ。論理だけでくことができるわけないものね。ただ、理性的で合理的な判断や行動をとれることを第一に優先したわけ。
キリコ:核戦争のためね。
ミドリ:そういうこと。愚かな行為の結果で絶滅しないようにね。
サチ :でも絶滅しちゃったじゃない。
ミドリ:放射線のシャワーで遺伝子が壊滅的な損傷を受けた訳よ。生き残った女性の98%が不妊症になっちゃね。種としての人類はそこで終わっ たわけ。
レイコ:あたしたちをのぞいては。
ミドリ:そういうこと。旧人類の最後の夢というわけ。バイオコンピュータチップを組み込んだ半分人間、半分コンピュータ、昔で言うサイボーグ かな。
タロウ:そんなに力は強くないぞ。
ミドリ:力は必要ないもの。ようは、いかにしてヒトという種を永続させるかなのよ。生めよ増やせよ地に満てよ!人間の栄光を再び!というはず だったんだけど。
レイコ:うまく行かなかった。
ミドリ:どうやら不妊症は治らなかったようね。
レイコ:どうして。
ミドリ:そのあたりはよくわからないわ。コロニーが作られたのはなんせ混乱期でしょ。データも残ってないの。
レイコ:黄金心臓にも。
ミドリ:データが消去されたかもね。少なくてもメモリーには残ってない。
レイコ:なぜ?
ミドリ:さあ。
キリコ:システムの話は?
ミドリ:いけない、話がずれたわ。ま、結局コロニーが順調に運営されるようにすべての管理を黄金心臓に任せた訳よね。ホストマシンて言うわけ 私たちの体にあるバイオチップが端末ね。我々の体内のメモリーチップを管理して、まあ、適度にコントロールしてくれるわけ。足を踏み 外さないようにね。でもねいくらバイオコンピュータと言っても、やはり情動や感情のコントロールは難しいものよ。だんだんシステムに 無理が重なって、一種のバグが発生して、しかもどんどん拡大しているんじゃないかな。
サチ :よくわからないけど。
ミドリ:私達ずいぶん前から眠れなくなってるわね。
サチ :そうよ。
ミドリ:それが第一の兆候じゃないかなと思ってるわけ。
サチ :兆候って言うと。
ミドリ:人はなぜ眠るのかはまだよくわかっていないけど、どうも、メモリー管理に関係があるんじゃないかなって感じがするの。
キリコ:どういうことさ。
ミドリ:「夢」みるじゃない。あれって、記憶管理の再統合って説があるわけ。
レイコ:へーっ。そうなんだ。
ミドリ:「眠り」は、その「夢」を見るためということも考えられる。
レイコ:だから。
ミドリ:だから、「眠り」が奪われたってことは、「夢」も奪われたって言うことで。
サチ :よくわからないけどどういうこと。
ミドリ:結果、私達のメモリー管理に問題が起こってくる訳よ。メモリー交換もおかしくなってくるわけね。
サチ :さっきのバカっ母、ずいぶんだったわ。
レイコ:「愛」がテーマだったはずよ。
キリコ:そう。あれは絶対メモリーがおかしいよ。「愛」っていうより、「エゴ」だね。あれ。
サチ :ほっとくとどうなるの。
ミドリ:感性部分のメモリー管理がぐちゃぐちゃになるの。
サチ :具体的には。
ミドリ:自分の存在感がうすくなるの。ちょうど、キリコやサチが言うみたいにね。シンコウするとそのうち自分が自分であることがだんだんわか らなくなる。感性的なものがフラットになっていくの。
サチ :怖い。
レイコ:で、どうなっていくわけ。
ミドリ:まーっ言ったら心電図がピーになるようなものよ。
サチ :ピー?
タロウ:これだよ。ピコッ。ピコッ。ピコッ。ピー。
サチ :ああ。なるほど。
ミドリ:精神的な死ね。いうなりゃ人間の影みたいなものになるわけ。
 
沈黙する一同。
 
レイコ:解決策はないの。
ミドリ:修理できなくはないの。
レイコ:何だ。そうならそうと早く言ってよ。ああ、心配して損しちゃった。
ミドリ:ただね。
レイコ:あー、やだ。但し書きがあるの。あーあ、こんな時のお約束か。何よ。
ミドリ:バイオチップの交換が必要よ。
キリコ:それって・・。もしかすると。
ミドリ:そう。人間の脳がいるの。
レイコ:うわーっ。生け贄っていう訳。
アキラ:生け贄はイケネエ。
 
全員の冷たい視線。
 
アキラ:ごめん。
サチ :私の脳はいやよ。
キリコ:ばかばかしい。そんなの無理よ。
ミドリ:たしかにね。私達新人類じゃね。
 
小さい間。
レイコ:まさか。
ミドリ:そう、そのまさか。
レイコ:あの扉?
ミドリ:そう。ユウコよ。
 
全ての者が中央奥の扉を見る。
間。
 
タロウ:あれは、最後の人旧類だろ。
ミドリ:ええ。
キリコ:冷凍睡眠じゃない。
ミドリ:解凍すれば、彼女の脳からバイオチップを手に入れることができるわ。
アキラ:でも、それは・・人殺しだ。
ミドリ:そう。人殺しね。どう。
レイコ:どうといわれても。
ミドリ:私も勧めているわけじゃない。けれど、あの扉を開ければバイオチップが手にはいるのは確かよ。それにね、なぜ、旧人類がただ一人保存 されていると思う。
レイコ:わからない。
サチ :記念品?
キリコ:それはないだろ。
タロウ:保険かな・・。
キリコ:保険?
ミドリ:そう。マニュアルには何も書いていないけど、万一の場合のシステムの予備じゃないかと思うわけ。バイオチップの素子として使うために ね。必要なければそれに越したことないけど、万が一のために・・。
キリコ:なんだか、いやな話ね。
ミドリ:確かに、愉快な話じゃないわね。けど、人間という種を残すために思い切ったことをしたもの。旧人類は。
タロウ:人が人を食うか。
サチ :いやだあ。
タロウ:でも、そういうことだろ。
ミドリ:・・そうね。
 
間。
レイコ:他の手は?
ミドリ:あまりないわ。せいぜい、メンテナンスをしっかりやって、メモリー消費を少なくして、黄金心臓にできるだけ負担かけなくするぐらい。
キリコ:どれだけ持つの。
ミドリ:わからない。でも、最近の傾向から言うと、あと一年?いいえ、よく持って半年ぐらいかな。
レイコ:えーっ?そんなに少ないの。
ミドリ:多分ね。
 
間。
 
サチ :眠れるの?
ミドリ:え?
サチ :バイオチップが手に入ったら、前のように眠れるの?
アキラ:サチ、どうした。
サチ :もう一度見たいと思ったりして。
レイコ:何を?
サチ :夢よ。
キリコ:夢を?
ミドリ:夢か。
サチ :ずいぶん見てないね。
アキラ:ああ。眠ってないもの。
サチ :眠れたら夢を見ることできるんだ。
アキラ:ああ。夢の中で夢を見る。
 
サチ、ぱっと動く。
サチ :夢を見たい!
アキラ:夢を見たい!
 
タロウ、ピアノをガーンと弾いて。
タロウ:夢を見たい!
全員 :夢を見たい!
 
キリコ、踊るように歩きながら。
 
キリコ:夢を見よう。
 
サチ、踊るようにキリコと触れながら。
サチ :夢を見よう。
 
レイコ、踊るように二人と触れながら。
レイコ:夢を見よう。
 
ミドリ、おどるように三人に触れながら。
ミドリ:眠りをとりもどし。
 
続いて、タロウ、アキラも。
タロウ:星降る夜に。
アキラ:夢を見よう!!
全員 :夢を見よう!!
 
ダンス。そのあいだに。
 
全員 :人間になろう。泣いたり、笑ったり、おこったり、病気になったり、色々苦しいことがあるけれど。人間になろう。夜眠る幸せを。夢を見 る楽しさを。熱い心が萌える人間に。退屈しない人間になろう。短い人生だけれど、自分のリズムを持つ人間になろう。そうして、眠りを 取り戻し、夢を見よう!
 
キリコ:でも、そうするには。
唐突にダンス終わる。
全員の目がキリコに向けられる。
ゆっくりとレイコが扉の方を振り返る。
 
レイコ:そうするには・・。
 
全員の目が扉に向けられる。
 
ミドリ:そう。ユウコの脳をバイオチップとして使うしかないわ。
 
扉を凝視する。
タロウ:今夜は遅い。明日、結論を出そう。
キリコ:そうね。私、寝るわ。お休み。
レイコ:(くすっと笑って)ことばだけ。眠れやしないのに。
キリコ:そう。セレモニーよ。・・でもね。
レイコ:・・わかるわ。
キリコ:・・お休みなさい。
一同 :お休みなさい。
 
音楽。
全員ゆっくりと去る。
X間奏・・メンテナンス
 
明かりが変わり、鼓動音が響く。
羊たちが出てくる。
羊1:羊が一匹。
羊2:羊が2匹。
羊3:羊が三匹。
羊4:羊が4匹。
羊5:羊が5匹。
羊たち:眠りがいっぱい。
 
羊たち黄金心臓を囲みながらメンテナンスしている。
 
羊1:人間てなんですか。
羊2:眠りって何ですか。
羊3:夢ってなんですか。
羊4:人生ってなんですか。
 
メンテナンスしながら。
羊1:CPUOK。異常なし。
羊2:メモリー管理チェック。
羊3:メモリー領域、解放されてません。
羊4:メモリーバンク98001号。システムリソース使用状況78%。
羊5:メモリーバンク98334号。システムリソース使用状況84%。
羊1:メモリーバンク94005号。システムリソース使用状況88%。
羊2:メモリーバンク95326号。システムリソース使用状況94%。
羊3:メモリーバンク94357号。システムリソース使用状況98%。
羊1:OSに異常。ウイルス発せい確認。
羊2:システムダウンの兆候。
羊3:ウイルスパスターを解放します。
羊4:システムリソース使用状況98%。
羊5:まもなく、眠りがきます。
 
柔らかい音楽。
光の中にレイコが浮かぶ。
 
レイコ:そんなにギャンブルしたくなるって言う訳じゃないけど、なんだかね、ほんというと生きてるって言う気がしないから。賭事ってさ、嘘が ないでしょぅ。あたるかはずれるか。人生ってそんな気がするし、ううん違う、あたりが人生って言う訳じゃないの。あたりがあってはず れがある。そういった、はっきりしたね、緊張感?そんなものがあればいいなって。
 
消える。
アキラと、サチがうかぶ。
 
サチ :外には何もないのよ。ブリザードが吹いてるだけ。
アキラ:わかってる。けど、出て行かなくちゃ。
サチ :なぜ。
アキラ:サチにはわからないかも知れないけど男ってそんなものだ。
サチ :かっこ付けちゃって。
アキラ:かっこ付けるんだよ。男は。
サチ :何にもないのに。
アキラ:それでも。
サチ :あたしなら、いい料理ができればそれでいいんだけど。
アキラ:人生じゃそれが一番難しいんだ。
サチ :あたり。
 
二人、くすっと笑う。
消える。
ミドリとタロウがうかぶ。タロウ、ピアノを弾きながら。
 
タロウ:ほんとはね、こんなのじゃなくて。でっかいピアノでね。
ミドリ:猫ふんじやったを弾くわけ。
タロウ:あたり。そうして、ホール一杯のお客さんに。
ミドリ:ぶーいんぐされるわけ。
タロウ:とんでもない。感動のあまり涙を流してさ。
ミドリ:苦しみの涙でしょ。
タロウ:猫の化石よりはましだと思うけど。
ミドリ:ブロントザウルスよ。
タロウ:猫より大きいのか。
ミドリ:(笑って)100倍は固いわね。
タロウ:それがピアノ弾いたらすごいだろうな。
ミドリ:(笑って)猫ふんじゃった?
タロウ:そう。
ミドリ:弾けるといいわね。
タロウ:ああ。あ、キーはずした。
ミドリ:最初からはずれてるわ。
タロウ:人生みたいに。
ミドリ:あなたのね。(笑い)
 
消える。
キリコがうかぶ。
キリコ:いつの頃からか、自分がみんなと違うって言う気分に襲われ、ひどいときは吐いたりもした。別に、自分が偉いとか、劣等感とかいうもの じゃなくて、自分はここにいてはいけないんだという気持ち。疎外感って言うんだろうか。自分はあっても、ここにはいない。そんな気分 から逃れようとしてお芝居をしてみる。幕が開く。ライトがあたる。その瞬間確かに自分がいる。リアルだ。本当にリアルだ。では、芝居 が終わったら・・それを考えると少し、怖い。
 
キリコ消える。
羊たちメンテナンスが終わり、消えて行く。
音楽も消えていく。
羊1:羊が一匹。
羊2:羊が二匹。
羊3:羊が三匹。
羊4:羊が四匹。
羊5:羊が五匹。
羊たち:眠りがいっぱい
羊1:人間てなんですか。
羊2:眠りって何ですか。
羊3:夢ってなんですか。
羊4:人生ってなんですか。
 
暗くなっていく中で声だけが響く。
 
Yリアルと緊急避難
 
代わって。歌声が聞こえる。かぶさって。
 
レイコ:これはなに?杯が、愛する人の手の中に。毒なのね、あの人の時ならぬ最期を招いたのは。おお、ひどい、すっかりのみほして、後を追う 私に一滴も残さないなんて。その唇に口づけを。そこにまだ毒が残っているかもしれない、それで死ねれば、あの世で本当の命を。
キリコ:恋は短い夢のようなものだけど
 
明るくなると三人がいる。
キリコ:現実なんて恋みたいなものなのよ。
サチ :(笑う。)
キリコ:笑うな。
サチ :だって、突然だもの。
レイコ:何言いたいの。
キリコ:現実感がなくなっていくって言ってたよね。
レイコ:言ってた。それで。
キリコ:あれってさあ。結局、どれだけ自分に切実にリアルかって言うことじゃない。
レイコ:リアルねえ。
キリコ:うん。リアル。
レイコ:それが?
キリコ:うまくいえないけどね、舞台のようじゃないかって思うんだ。
サチ :舞台?
レイコ:何が?
キリコ:今の自分たち。まるで演劇しているみたいだと思うわけ。
レイコ:演劇ね。
レイコ:で。何を言いたいわけ。
キリコ:ジュリエット役を上演している役者なら自分がやっていることはわかってる。けれど、
キリコ:ジュリエットならジュリエット、ハムレットならハムレット自身にとって現実は何かってことよ。
サチ :ハムレット自身にとって?
キリコ:役者の私じゃなくて。
レイコ:役者じゃない。
キリコ:ハムレットにとっては舞台自体がリアルよ。劇場じゃなくて、デンマークの陰鬱なエルシノア城こそ、彼にとって唯一の現実でしょう。
サチ :そういえば、あれは。(と、観客をさす)
キリコ:なすかかぼちゃでしょ。バーチャルメモリーよ、うそようそ。
サチ :ここには大根があるけどね。(ばしっ)いて。
 
キリコ、ハムレットの台詞。
 
キリコ:生か死かそれが疑問だ。どちらが男らしい生き方か。じっと身を伏せ、不法な運命の矢玉を堪え忍ぶのと、それとも剣をとって押し寄せる 苦難に立ち向かい、とどめを刺すまで後には引かぬのと、いったいどちらが。死は眠りに過ぎぬ。・・・それだけのことではないか。眠り に落ちれば、その瞬間いっさいが消えてなくなる。胸を痛める憂いも、肉体につきまとう数々の苦しみも。願ってもない幸いというもの。 死んで、眠って、ただそれだけなら!眠って、いや、眠れば、夢も見よう。それがいやだ。この生の形骸から脱して、永遠の眠りについて、 ああそれからどんな夢に悩まされるか。誰もそれを思うと・・・いつまでも執着が残る、こんな人生にも。(途中で)誰か止めてよ。
レイコ:気持ちよくやってるから止めちゃ悪いと思って。
キリコ:あー、息切れた。長台詞って得意じゃないのよね。
レイコ:短いのでも同じでしょうが。(パコっ)いてっ。
ミドリ:で、結論は何がどうなる分け。
キリコ:それがよくわからない。
ミドリ:へっ?
キリコ:眠ってしまうと現実が消えるように、幕が下りると芝居も終わる。
サチ :あたり前でしよう。
キリコ:そう。登場人物にとっては、リアルは、幕が下りるとそれで終わり。
レイコ:誰が降ろすの。
キリコ:わからない。
サチ :よくわからないけどどういうこと。
キリコ:今の自分たちが芝居でないと誰がいえる?
サチ :でも、お芝居してないよ。
 
確かに、君のは芝居じゃない。と頷く三人。むくれるサチ。
 
レイコ:芝居なら芝居でいいじゃない。芝居であれ、何であれこれが私の人生よ。
キリコ:そういうこと言ってるんじゃなくて、登場人物にとって現実とは幕がおりたらきえてしまうものとしたら、本当の現実なんてわかりっこな いってこと。
レイコ:私達が登場人物だとしたら、じゃ、役者は誰?本は誰が書いたの?演出は?
キリコ:しらないよ、そんなの。
レイコ:頭痛くなりそうな、お伽話じゃない。
ミドリ:おとぎ話じゃないかもね。
レイコ:え?
ミドリ:私達にとって、何が現実かってことよね。
レイコ:きまってるじゃない。この私の美貌よ。(いてっ)痛いなあ。ほんのお茶目じゃない。
キリコ:あんたが言うと、シャレにならないの。
レイコ:そりゃどうも。(気づいて)え、どういうこと。
ミドリ:まあ、まあ。たとえばさ、手を交通事故なんかで切断した人がいるとするね。
レイコ:痛そう。
ミドリ:うん。痛いんだって。手の指が。
レイコ:考えただけでも、あーっぞくぞくする。
キリコ:でも、指ないじゃない。何で痛むわけ。
レイコ:あっそうか。変だね。
ミドリ:さて、そこで問題。これは幻肢痛といって、幻の手の痛みって書くんだけど、さて、この痛み幻でしょうか、現実でしようか。
キリコ:うーん。痛いんだから現実じゃない。
レイコ:気のせいよ。だって、切断して手はないんでしょう。
ミドリ:そうよ。
レイコ:だったら、嘘の痛み。
キリコ:でも、痛いものは痛い。現実よ。リアルじゃない?。
ミドリ:わかったでしょう。
レイコ:何が?
ミドリ:二つの考え方があるわけ。一つは痛みは脳が作り上げるイメージ。だから、手を切断された人にとっては、切断された腕の痛みがリアルな の。言い換えればリアルかリアルでないかは自分のうちらにあるっていう考え方。
レイコ:私は頭が痛い。
キリコ:その痛みはリアルでしょうが。もう一つは?
ミドリ:そんなのは夢にすぎない。錯覚だって言う考え方。手がないのがリアルで、従って痛みは脳の錯覚に過ぎない。ただのイメージで情報処理 の幻。リアルはわたしたちの外にある。
レイコ:あーっ、ますますこんがらがってきた。
キリコ:私も。
ミドリ:私もね。でも、メモリー管理のこと考えてたらなんだか気になるのよ。黄金心臓のリアルってなんだろうってね。どうもよくわからない。
キリコ:おー、ホレーショよ、天地には人智の及ばぬことがたくさんあるのだ。
レイコ:何それ。
キリコ:シェークスピア・・だったような気がする。うん。
レイコ:それって、ずいぶん曖昧なリアルね。
ミドリ:今一番リアルなのはあれよ。
キリコ:そうね。
レイコ:人が人を食うか。
キリコ:そう。やるべきかやらざるべきか。それが問題だ。
三人、扉を見つめる。
ストップモーション。
急速に暗くなる。
声が聞こえてきた。
 
タロウ:問題はやるかやらないかだよ。
サチ :露骨ね。
タロウ:仕方ないだろ。生きるか死ぬかだもの。
 
三人の周りだけ明るくなった。
アキラは座っている。
タロウは歩きながら。サチは突っ立っている。
 
サチ :どうするの。
アキラ:これは、カルネアデスの浮き板だな
サチ :カルネアデスの浮き板?
タロウ:覚えてる。緊急避難だろ。
アキラ:そう。よく知ってるな。
アキラ:まあな。
サチ :どういうこと。
タロウ:どちらが生き延びるかってこと。
サチ :生き延びる?
タロウ:そう、サチは船に乗っている。
アキラ:ところが嵐が起こって、船は転覆して海に投げ出される。目の前に板きれが浮かんでいる。サチは思わずそれにしがみつく。やれやれこれ でなんとかという時に、もう一人の乗客が板切れにしがみつこうとする。板きれは沈み出す。そんな時サチはどうするの。
サチ :どうすると言われても。
アキラ:一人なら助かる。でも二人は助からない。サチは相手に板切れを譲るか。相手を突き落とすか。それとも二人で沈んでいくか。
サチ :泳げないの。
アキラ:二人とも?ダメ。一人しか助からない。
サチ :わからないわ。その時にならなければ。
アキラ:正直だね。
サチ :いいえ、卑怯かもしれないわ。
アキラ:どうして。
サチ :だって、助かるためって言っても相手を突き落とすってことは、知っててやるわけでしょう。
アキラ:そう。
サチ :立派な殺人じゃない。
アキラ:そう。
サチ :罪になるわ。
タロウ:それが、ならないんだ。
サチ :え?どうして。
アキラ:緊急避難といってね。法的に処罰されることはないわけ。
サチ :でも。
アキラ:でも?
サチ :法的にでしょ。
アキラ:そう。
サチ :自分は知ってるわ。
アキラ:心まで裁くわけにはいかないんだぜ。
サチ :でも、それでは救えないわ。
タロウ:誰を救うわけ?
サチ :・・・・
タロウ:そんなものじゃない?人間て。
サチ :新人類なら?
アキラ:やってみる?
サチ :・・・・。
 
間。
サチ :こんなこと夢であればいいのに。
タロウ:そうだね。夢ならいいのに。
 
三人。扉を見る。
ストップモーション。
それぞれの周りだけが明るい。
音楽。
薄暗い中を羊たちが出てくる。
凍り付く、六人をしり目に。
羊1:羊が一匹。
羊2:羊が2匹。
羊3:羊が三匹。
羊4:羊が4匹。
羊5:羊が5匹。
羊たち:眠りがいっぱい
羊1:人間てなんですか。
羊2:眠りって何ですか。
羊3:夢ってなんですか。
羊4:人生ってなんですか。
暗くなって、そうして、声。
ミドリ:結論を出しましょう。
 
Zユウコ覚醒
 
ぱっと、明るくなる。
六人がいる。
間。押し黙ったまま。それぞれ歩いたり小刻みに膝を揺すったりする。時々扉を見る。
沈黙に耐えきれず。
タロウ:なんだか深刻だね。
キリコ:当たり前でしょ。
アキラ:それで。
ミドリ:結局、道は二つということ。このままじっと壊れていくのを待つか。それとも、あの扉を開けるか。
タロウ:ユウコを殺すわけ?
ミドリ:ことばがきついわね。
タロウ:上品に言っても同じだよ。
ミドリ:扉を開けても必ずしもユウコを殺すことにはならないわ。
レイコ:え、どうして。話じゃ。バイオチップを。
ミドリ:そう、バイオチップは必要だけど。別にそれは脳を取り出すということじゃなくて。黄金心臓に装着するだけだから。
サチ :装着って。
ミドリ:バイオス通じて、ユウコを黄金心臓のCPUに連結するの。
レイコ:何だか、気持ち悪いね。
ミドリ:あら、別の形で私達だってネットワークされてるじゃない。
レイコ:そら、メモリーカードはあるけどさ。けどね。
ミドリ:行動の自由はなくなるけれど、そのかわり、コンピュータの能力が自分のものとなる。
レイコ:でも、やっぱり抵抗はあるわ。
サチ :自分がコンピュータの部品になるんじゃね。
レイコ:それって、死ぬことと変わりないものね。
ミドリ:そうね。
 
小さい間。
レイコ:で、どうするの。
何気なくタロウメモリーを見る。
 
アキラ:部品か。
サチ :緊急避難ね。
アキラ:カルネアデスの浮き板?
サチ :やむを得ないわね。・・ねえ、レイコ、そうおもわない。
レイコ:え、なんのこと。カルネア?
サチ :カルネアデスの浮き板。
レイコ:何それ。
サチ :あんたとしゃべったじゃない。
レイコ:しらないよ。
サチ :うそ。
レイコ:ほんとに。
サチ :じゃあれ誰。幽霊。夢?そんなはずないわよね見ないんだから。
レイコ:サチ、あんたどうかしたの。
 
タロウ、必死で何度も確認している。
サチ :どうもしないわよ。みんなでさ、
レイコ:えーっ、何その話。
サチ :何その話って。やだ、レイコ、ひょっとして。
キリコ:(気がついてタロウに)どうしたの。
タロウ:(こわばった声で)消えてる。
キリコ:何が。
タロウ:俺のメモリー。
 
え?何?とか言う声。
 
ミドリ:メモリーが消えてる?
レイコ:え!
 
 
ミドリ:みんな、メモリーチェックして。
 
あわてて、みんなそれぞれのメモリーチェックをする。
げっ、やばい。とかの声。ミドリと、キリコをのぞいてはメモリーが一部消去されている。
 
レイコ:何これ。消えてるわ。
キリコ:レイコ、ハムレット覚えてる。
レイコ:ハムレットって何?
キリコ:昨日のバーチャルメモリーよ。
レイコ:知らない。昨日は、ロミオとジュリエットじゃなかった?
キリコ:あらーっ。
レイコ:え、もしかして。
ミドリ:落ちてるね。サチは?
サチ :私は大丈夫。
レイコ:あーあ。マジ?やばいなあ。
タロウ:サチも消えてるよ。浮き板のこと話したのは俺たちだよ。
サチ :え?それじゃ・・。
 
間。
 
ミドリ:どうやら始まったわね。
キリコ:何が。
ミドリ:ピーよ。
サチ :うそ。
ミドリ:もっと持つと思ってたのに。こんなに早く来るなんて。
 
小さい間。
サチ :私仕方ないと思う。だって、このままピーになるのイヤだもの。それに、ミドリの言うとおりだとしたらユウコを・・しなくてもいいんで しよう。開けるべきよ。扉を。
ミドリ:みんなは。
レイコ:私はいいわ。
タロウ:俺もいい。
 
小さい間。
 
タロウ:他に。
アキラ:俺も、いいよ。
タロウ:反対はない?キリコ。
キリコ:反対じゃないけど・・。
ミドリ:何?
キリコ:いい。
レイコ:はっきり言いなさいよ。
キリコ:うん。なんだかいやな感じするんだけど。
レイコ:どんな。
キリコ:ユウコを目覚めさせたらダメだって。
レイコ:どうして。何か起こるの。
キリコ:わからない。
レイコ:なんだ。予感じゃ当てにはならないわ。
キリコ:でも。やっぱりこれって人殺しよ。
レイコ:人は人でも旧人類よ。人でない人だわ。
キリコ:人でない人って何よ。
レイコ:ミドリが言ってたじゃない。彼女は私たちのための保険。道具なのよ。
タロウ:そうだよ。それに死ぬ訳じゃない。
キリコ:さっき、死ぬことと変わりないって言ったじゃない。そうでしょ、レイコ。
レイコ:なんのこと?
アキラ:とにかくほかに方法がないんだ。そうしないと、僕らが死んでしまう。
ミドリ:その通りよ。
キリコ:でも。
タロウ:それともキリコは死にたいのか。
キリコ:死にたくはないわ。
タロウ:だろう。
キリコ:でも、ユウコだって死にたくないはず。
レイコ:今までだって眠ってたじゃない。同じようなものよ。
キリコ:でも。
ミドリ:他には。
キリコ:・・ないわ。
ミドリ:きまったわね。いい。
 
キリコ曖昧に頷く。
タロウ:・・じゃ、扉を開けよう。ユウコを覚醒させるんだ。
ミドリ:じゃ、始めましょう。黄金心臓、いい。
タロウ:ああ。
ミドリ:じゃ位置について。
 
各自それぞれの位置に着く。
 
ミドリ:じゃ、行くわね。蘇生モードはと。
 
と、操作をする。
音楽。
 
ミドリ:緊急コード。蘇生モード、レベル3。開始。
 
羊たちが出てくる。
ささやくように音楽に載せて。
扉が、センターに出てくる。(固定的な扉ならそのまま)
羊1:眠りはいかが。
羊2:夢はいかが。
羊3:人生はいかが。
羊4:人間はいかが。
羊5:眠りはいかが。
羊1:夢はいかが。
羊2:人生はいかが。
羊3:人間はいかが。
 
繰り返している。
ミドリ:蘇生モードレベル5。覚醒開始。
 
音楽が変わる。
羊たち扉をゆっくりと開く。
白く凍った煙の中にユウコがいた。
 
ミドリ:蘇生モードレベル8。覚醒。
 
音楽が元に戻る。
再びささやくように羊たち。
 
羊1:眠りはいかが。
羊2:夢はいかが。
羊3:人生はいかが。
羊4:人間はいかが。
羊5:眠りはいかが。
羊1:夢はいかが。
羊2:人生はいかが。
羊3:人間はいかが。
 
羊たち消えていく。
ミドリ:蘇生モードレベル10。蘇生完了。
 
ユウコ、蘇生するが目は開かない。無表情。
 
ミドリ:さてと。
アキラ:これで終わり?
ミドリ:第二段階があるわ。まだ身体の細胞が活性化してないから。このままじゃ反応しない。しばらく待たなくちゃ。キリコ、番をしてくれる。
キリコ:いいよ。
ミドリ:アキラとタロウは黄金心臓のバイオスの再点検。いつでもバイオチップの移植ができるように。
アキラ:はいはい。
ミドリ:サチはメモリーのチェックを。
レイコ:私は。
ミドリ:レイコも、手伝って・・。
 
と、引っ張っていく。
それぞれ去る。
キリコが残る。
周りが暗くなり、ユウコとキリコの周囲だけが明るくなる。
 
キリコ:バイオチップか・・。ユウコもとんだ災難だね・・
 
ブリザードが吹く。
 
キリコ:なんか違うなあ・・・夢なんて見なくてもいいのよね。夢なんか見なくたって生きていける。問題はリアルなの。生きているって言う実感 なのよ。手応えなの。・・ねえ、冷たく凍ったまま、それでも何かを感じてたはず。あなたのリアルは何だろうね。
        じっと、膝を抱え込んで座る。
ブリザードの音に混じって、カーン、カーンと鐘が鳴る。
羊たちが出てくる。
キリコ眠っているような感じ。
羊たち、ゆっくりとキリコの周りを回る。キリコの周りの明かりが少し暗くなる。
鐘の音が少し大きくなる。
ユウコ、突然ぱっちりと目を開く。
薄く笑った。
 
ユウコ:ウイルスチェック完了。ウイルスパスター解放。メモリー消去準備完了。
 
また、薄く笑って、眼を閉じた。
ブリザードの音。
羊たちまた消えていく。
暗くなる。
ミドリの声。
 
ミドリ:じゃ、ぼちぼち始めましょう。もういい頃だから。
 
明るくなる。
ブリザードの音は消えている。
ミドリたち入ってくる。
 
レイコ:あら、キリコ。どうしたの。
キリコ:えっ。あ、なんでもない。
レイコ:しっかりしてよ。眠ってたんじゃないの。(笑う)
キリコ:眠れりゃせわないよ。
 
といいながら、納得行かない。
 
ミドリ:さ、はじめるよ。位置について。
 
それぞれ待機。
 
ミドリ:さてと。
 
と、ユウコの前に立つ。
 
ミドリ:目を開けて。
 
ゆっくりと目を開けるユウコ。
ミドリ:眼の色もしっかりしてきたわね。いい?
 
ゆっくり頷くユウコ。
ミドリ:あなた、名前は?
ユウコ:・・ユウコ。
ミドリ:OK。目が覚めた?
ユウコ:誰。
ミドリ:ミドリというわ。こんにちは。それとも、おはようかしら。・・なぜ呼び出したかわかる?
ユウコ:呼び出した?
ミドリ:眠ってたでしょう。
ユウコ:そう・・。
ミドリ:聞きたいことがあるの。
ユウコ:何を。
ミドリ:バイオチップのこと。
ユウコ:バイオチップ。
ミドリ:そう、バイオチップがほしいの。黄金心臓の調子がおかしいわ。
ユウコ:それで。
ミドリ:知ってるでしょう。修理法。
ユウコ:なぜ、そう思うの。
ミドリ:あなたが黄金心臓のバックアップシステムだから。・・違う?
ユウコ:私コンピュータじゃないわ。
ミドリ:もちろん。でも、コンピュータのバイオ素子の予備だと思うの。そうでなきゃ、わざわざ新人類でもないあなたを保存しやしない。違う?ユウコ:私はバイオチップではない。
ミドリ:では、修理法を知ってるはず。
ユウコ:知らない。
ミドリ:も一度聞く、あなたはなぜ冷凍保存されてたの。
ユウコ:しらない。
ミドリ:記録があるはずよ。
ユウコ:知らない。黄金心臓に聞いたら。
ミドリ:ないから聞いてるの。本当に知らない?
ユウコ:知らない。
ミドリ:では、あなたがここにいるのは何も意味がないと言うわけ。
ユウコ:私がここにいるのは単なる偶然。意味があるかどうかは知らない。意味を知りたければあなたが探すしかない。
ミドリ:知りたいから聞いてるじゃない。ねえ、聞いてるの。
 
答えず、また眼を閉じる。
ミドリがユウコと呼びかけるが開かない。
 
サチ :何言ってるか全然わからないわ。
レイコ:疲れるわねえ。回路が違うって感じ。
ミドリ:どうやら何も知らない見たいね。
レイコ:ということは。
 
ミドリ、ユウコに近づき。
 
ミドリ:ユウコ。
 
ユウコ、目をぱっと開く。
 
ユウコ:何。
ミドリ:悪いけど、あなたを使わせてもらう。
ユウコ:使う?
ミドリ:黄金心臓のバイオチップとして。
 
ユウコ、薄く笑う。
眼を閉じる。
 
ミドリ:ユウコ。わかってるの。ユウコ。ユウコ。
 
返事がない。
サチ :始めよう。
ミドリ:ちょっとかわいそうな気もするね。
アキラ:仕方ないさ。
タロウ:そうだな。
レイコ:そうね。
 
小さい、間。
ミドリ:バイオスをユウコの脳につなげて。直接コントロールする。
 
アキラ、黄金心臓の端末とユウコの脳(首の後ろがいいかも)をコードで結ぶ。
電極らしきものをかぶせられるユウコ。
ミドリ:非常回路をオープンして。みんなのメモリーをそれぞれ端末につなげて。
 
それぞれのドアにある端末にメモリーをつなぐ。
中央にはコードを連結されたユウコとミドリ。
ミドリ:まずメモリーのチェックね、それからCPUとバイオチップを結ぶから。・・メモリーチェック開始。
 
だんだんと暗くなる。
ミドリとユウコの周囲のみはっきりしている。
コンピュータ音。
色々なコンピュータ的雑音が混じる。その中に単調な声が混じる。
声  :メモリー消去準備。メモリーバンク解放用意。プログラムロード。テストラン開始。
とともに、羊が出てくる。
声は何回か繰り返される。
 
ミドリ:へんね。
レイコ:どうしたの。
ミドリ:メモリーが少し・・。消えた。
キリコ:消えた?
ミドリ:ううん。雑音。・・気のせいかな。
 
羊たち消える。
声も消える。
 
ミドリ:異常はなさそうね。じゃ、黄金心臓のCPUとバイオチップを連結するわ。ちょっと、ショックが来るけど大丈夫だから。じゃ、スイッチ、 オン。
 
光が一瞬爆発した。
うわっとかいう声。
何。大丈夫と。言うミドリの声に混じって。
 
声  :プログラムスタート。
 
と、明瞭に聞こえる。
光が治まり明るくなれば、ユウコが眼を開いている。
 
[バイオチップの異変
 
ミドリ:はい、いいわ。
レイコ:これで終わり?
キリコ:なんだかあっけないわね。
ミドリ:本番なんてこんなものよ。
レイコ:もっと感動的だと思ってた。
サチ :ねえ。
ミドリ:充分感動的よ。眠れるようになったから。
レイコ:ほんとに?別に変わらない感じだけど。
ミドリ:別に変わりはしないの。ただ、夜が来ると眠くなるはずよ。
レイコ:ほんとかなあ。
ミドリ:信用したら。ほら、バイオチップも働き始めたし。
 
ユウコ、眼を開いている。
キリコ:ユウコ・・・。返事しないわ。
ミドリ:できないの。
キリコ:どうして。
ミドリ:黄金心臓に直結されてるから外界とは反応しないの。
レイコ:そう・・。でも。
ミドリ:何?
レイコ:笑ってる見たい・・。
 
ユウコ、笑っているみたい。
 
ミドリ:気のせいよ。
サチ :笑ってる。
 
ユウコ、本当に笑っている。
レイコ:何これ。
ミドリ:そんなはずは。
ユウコ、目をぱっと開ける。
 
ミドリ:ユウコ。
ユウコ:夢でも見るというの。
ミドリ:ユウコ、あなたっ。
ユウコ:眠って夢でも見るというの。
 
驚く、レイコたち。
ユウコはコードをちぎる。
ユウコ:こんなもので、黄金心臓が治ると思ってたの。
 
投げ捨てる。
立ち上がって、歩く。
気圧されるミドリたち。
ユウコは舞台中央まで出てくる。
 
ユウコ:いつまでたってもねむれやしないわ。
キリコ:どうして。
ユウコ:だって、あなた達はもうすでに眠っているもの。
キリコ:うそ。
アキラ:ばかばかしい。何言ってんだ。眠れないから苦労してるんじゃないか。
ユウコ:お気の毒ね。
アキラ:何が。
ユウコ:新人類か・・。そんなもの何かうそっぱちよ。
レイコ:なに訳わかんないこと言ってるの。黄金心臓が。
ユウコ:(かぶせて)黄金心臓が何かわかってるの?!
レイコ:コンピュータよ。
 
ユウコ、笑う。
 
レイコ:何がおかしいの。
ユウコ:新人類と黄金心臓。バーチャルメモリー。バイオチップ
 
笑い出す。
アキラ:何がそんなにおかしい。
ユウコ:だって・・。お話だもの。
レイコ:お話?
ユウコ:そう。みーんな作り話。
ミドリ:作り話?
ユウコ:あなた達はただの人間よ。生体チップ?バイオコンピュータ?ハッハッ。お笑いね。こんなコードなんかかぶせて。子供だましのSFじゃ あるまいし。
 
と、黄金心臓の端末に近寄る。
ユウコ:もっとも、みごとなイメージ操作だけどね。
 
バシッ、と端末をぶったたく。
あっさり壊れると、安っぽいコンピュータ。
驚く声。
ユウコ:笑っちゃうわ。何が黄金心臓。何がバーチャルメモリーよ。ほら。ただの安っぽいコンピュータ。本当の人生?本当の眠り?ここにあるの はただのメモリーよ。
 
沈黙。
ユウコ:どうしたの?(笑う)
ミドリ:じゃ、何があるというの。
ユウコ:冷凍睡眠よ。もちろん。核の冬を避けて生き延びるための。
ミドリ:ユウコがね。
ユウコ:いいえ、あなた達が。
ミドリ:私達?
ユウコ:そう、あなた達は、今眠っているの。
レイコ:起きてるじゃない。
ユウコ:人は、眠っていても夢は見なくてはならない。なぜならそれは人間にとって必要なものだから。それをしないと、冷凍睡眠から覚醒したと きに気が狂ってしまう。だから、人工的に夢を見させるの。それが黄金心臓の本当のシステムよ。
キリコ:だから。
ユウコ:だから、あなた達はもうすでに夢を見ているの。
レイコ:まさか。
ユウコ:そう。
レイコ:これが。
ユウコ:夢よ。だから、あなた達は本当は何もない、人格も、からだも、こころも。だって、黄金心臓が見させている夢の登場人物でしかない訳よ。 ハムレットがどうしたっていってたわね。驚くわ。鋭いじゃない。あなた達はいわばハムレットなの。
サチ :わからない。どういうこと。
ユウコ:鈍いわね。黄金心臓が作った夢だっていったでしょう。夢の登場人物が自我を持つなんて、システム異常なのよ。夢の見過ぎって所ね。プ ログラムのバグだわ。流石に、それはやばいわけで、セキュリティープログラムが働きだしたわけ。
サチ :どういうこと。
ユウコ:気がついていたでしょう。・・薄っぺらになっていくって。プログラムがそうやって、自然に消滅させようとしていたんだけど。
アキラ:嘘だ。
ユウコ:嘘じゃないわ。
アキラ:俺たちがプログラムのバグだって。バカにするな。そんな話が信じられるか。
ユウコ:では、その扉を開けて。
タロウ:えっ。
ユウコ:開けて。
アキラ:部屋の扉を。
ユウコ:扉の中に何があるか、見てみたらいいわ。
アキラ:ばかばかしい、俺の部屋しかないよ。
ユウコ:そうかしら。
タロウ:あけてみよう。
アキラ:しかし。
ユウコ:開けて!
 
タロウの扉が開く。
 
タロウ:これは・・・
アキラ:部屋じゃない。
レイコ:何それ。
アキラ:なんだ、これは。
タロウ:・・棺だ。
レイコ:棺?
サチ :誰か入っているの。
タロウ:ちょっと待て・・
 
棺を調べようとするが・・
 
タロウ:そんな、馬鹿な・・
アキラ:どうした。
ユウコ:自分と出会ったのよ。
アキラ:何。
タロウ:(固い声)レイコ、お前の扉を開けて。
レイコ:えっ、でも。
タロウ:いいから。開けて。
 
レイコ、ためらうが開ける。
レイコ:棺だわ・・。
タロウ:(表情のない声)開けてみて。
 
開ける。
 
レイコ:これは。
サチ :どうしたの。
タロウ:みんな、自分の扉を開けて。・・早く!
 
それぞれ、扉を開ける。
棺だ。私もという声。
 
タロウ:開けてみて。
 
え、これは。と口々に。
羊たちでてくる。
ユウコを振り返れば、手に皆メモリーチップ。
キリコだけ何かの鍵らしきものを持っている。
呆然とするキリコ。
他の者は気づかない。
ユウコ:メモリーチップの棺ってなかなかしゃれてるでしょう。
タロウ:何だよこれは。
ユウコ:メモリーチップ。
タロウ:わかってる。それぐらい。だから、何だよ。
ユウコ:わからない?
ミドリ:まさか、そんな・・
ユウコ:それは、あなた達。黄金心臓のメモリーチップ。
ミドリ:・・身体は・・。
ユウコ:睡眠槽の中。
レイコ:ひどい・・。
 
立ちつくす、レイコたち。
間。
 
ミドリ:でもおかしいわ。
ユウコ:何が。
ミドリ:夢は一人で見るものよ。ならば、これは私の夢?
ユウコ:違う。
ミドリ:違う?じゃ、誰の夢なの。
ユウコ:誰の夢なんてものはない。みんなの夢よ。
ミドリ:みんなの?
ユウコ:メモリーチップがあるでしょう。メモリーチップ通して、それぞれの夢が黄金心臓にブレンドされて、統合化された夢の集合体になる。夢 のネットワークかしら(笑う)
ミドリ:じゃ、この部屋は。この固いドアは。
ユウコ:錯覚ね。
アキラ:でも、俺は俺なのを知っている。夢何かじゃない。
ユウコ:神経マトリックスが作った自我のコピー。バグだわ。
アキラ:バグう?
ユウコ:夢が自我を持つなんて、黄金心臓もやってくれるわね。
アキラ:じゃ、外は。あのブリザードの音は。
ユウコ:幻。
アキラ:見ろよ。
 
駆け寄って、ドアを開ける。
ブリザードが激しく吹き込む。
 
アキラ:この寒さは?
ユウコ:寒くはないはず。
 
間。
レイコ::ほんとだ。・・さむくない。けれど。
 
音のみ激しく吹く。
レイコ:あの音は。
ユウコ:していないわ。
 
音止まる。
タロウ:止まった。
ユウコ:情報処理の問題なの。
タロウ:情報処理・・ね。ふん。・・では、ここにある、部屋も、外の荒野も、こいつらも・・情報処理の問題か。
ユウコ:そう、外には、荒野はなく、この部屋もなくあるのはバイオコンピュータと管理者とバイオチップだけよ。
タロウ:信じられんな。
レイコ:5000年の不眠症は。
ユウコ:5000年?嘘よ・・・そうね、たかだか100年。第3世代といったところね。今は。
レイコ:100年・・。
ユウコ:だから、新人類もクソもないわけ。旧人類も、ない。ただの人間。
サチ :ただの人間。
ユウコ:メモリーチップで夢見るね。
サチ :夢が醒めたらどうなるの。
ユウコ:夢から覚めたら?(笑う)何もないわよ。
サチ :何もない?
ユウコ:そう。夢にとっては、夢の終わりが全ての終わり。後に残るのは、クリアーな新しいメモリー空間だけ。又、新しい夢が始まるわけ。
サチ :じゃ、人間なるためには・・・。
 
ユウコ、笑う。
ユウコ:バカね。夢がどうやって人間になれるというの。ただの生体電流の点滅にすぎない癖に。
サチ :そんな。
アキラ:このやろ。
ミドリ:待って。
アキラ:止めるな。
ミドリ:ちょっと待って。・・ユウコ、じゃあなたは何もの。管理者なの。
ユウコ:とんでもない。
ミドリ:では、ユウコも夢?
ユウコ:私はただのプログラムよ。
ミドリ:プログラム?
ユウコ:ウイルスバスターのね。バグ取りのプログラム。
ミドリ:ではユウコには夢なんかないのね。
ユウコ:あるわけないでしょう。
ミドリ:それで、寂しくない?
ユウコ:寂しい。何が。わからないわ。
ミドリ:プログラムだって、人生があるでしょうに。
ユウコ:プログラムの人生?(笑う)おかしな発想ね。そんなものあるわけないわ。プログラムを実行するだけ。何くだらないこと言ってるの。意 味が無いじゃない。
ミドリ:ほんとにそう思う。
ユウコ:思うんじゃない。そうなのよ。
ミドリ:・・じゃ、私たちの人生には意味がないって言う訳ね。
ユウコ:何度同じこと言わせるの。人生ってのは人間のためにあるのよ。あなたたちなんて電子のきらめきじゃない。そんなものに人生があったっ て、何の意味があるの?
ミドリ:意味なんてないかもしれない。だけど問うことはできるわ。
ユウコ:わからないわ。
ミドリ:私達はなぜ、メモリーの輝きに過ぎないのか。わたしたちの人生が夢でしかないのならば、私達は、いったい何なのか。単なる、記号?生 体電流の点滅?私達がそんなものでしかないとしたら、私達の生は何なのだろう。・・私達の存在や人生が何の意味を持たなくてもそれは かまわない。ひたすら問い続けるだけ。問い続けるだけよ。なぜなら、それが許されているから。
 
ユウコ、気のない拍手する。
ユウコ:大演説ね。
ミドリ:ユウコはなぜ問わないの?なぜ自分がプログラムなのかを。
ユウコ:私の役目はプログラムのロードだけだから。
レイコ:それでいいわけ。
ユウコ:いいの。これも人生っていうものよ。(笑う)それに、管理者もいるしね。(ちらっとキリコを見る。)
レイコ:管理者?
ユウコ:とう必要がどこにあって。私は為すべきことを知っている。
ミドリ:でも、その理由を知らない。どうするかは知ってても、なぜかは知らない。
ユウコ:それで充分。見解の相違ね。
ミドリ:なぜ眠らないの。なぜ夢を見るの。なぜ私達はあるの。私達の生きる意味は。どうして問わないの。
ユウコ:意味なんてない!
ミドリ:意味なんかなくてかまない!
ユウコ:意味なんてない。
ミドリ:意味なんかなくてかまない!
ユウコ:全てはなくなるの!オールクリアーよ!
ミドリ:ただ問い続ければそれでよい。
全員 :ただ問い続ければそれでよい!
ミドリ:私は誰!
全員 :私は誰!
ミドリ:私は人間!
全員 :私は人間!
ユウコ:ただの電気の信号よ!
全員 :いいえ、私達は人間よ!問い続ける限りは。
ユウコ:答えは、これよ!消去プログラムスタート!
 
\黄金心臓の眠る夜
 
舞台奥で大砲の音。以下のハムレットの芝居は重厚に演じられる。
 
アキラ:待て。酒を。ハムレット、この真珠はお前のものだ、乾杯するぞ。この杯をハムレットに。
レイコ:はい。
ミドリ:この一番を先にすませます。杯は後で。ようし、こい。もう一本。どうだ。
タロウ:やられました、たしかにかすりました。
アキラ:ハムレットが勝ちそうだな。
サチ :あの子は汗かきでもう息を切らせている。ハムレット、このハンカチを、額の汗をお拭きなさい。お前の幸運を祈って王妃が乾杯を。
ミドリ:ありがとうございます、母上。
アキラ:よせ、ガートルード。
サチ :いえ、乾杯させていただきます。
アキラ:(傍白)毒の入った杯なのだ、もう遅い。
ミドリ:その杯、後でお受けします、母上。
サチ :さ、お前の顔を私にふかせておくれ。
タロウ:陛下、今度こそ必ず。
アキラ:どうかな、怪しいものだ。
タロウ:(傍白)だがどうも気がとがめてならぬ。
ミドリ:さあ、レアティーズ。本気を出していないな、力いっぱいかかってこい。でないとこのおれが子ども扱いされているようで面白くないぞ。
タロウ:おっしゃいましたな。では。
 
戦う。
レイコ:勝負無し、引き分け。
タロウ:それ、どうだ!
 
レアティーズ(タロウ)はハムレット(ミドリ)に傷を負わせる。それからつかみ合いになり、二人の剣が取り替わり、ハムレッ トはレアティーズに傷を負わせる。
アキラ:二人を引き離せ。すっかり逆上したぞ。
ミドリ:いや、もう一本だ、こい。
 
王妃(サチ)倒れる
レイコ:あ、お妃様が。
キリコ:二人とも血を流して。大丈夫ですか、ハムレット様?
レイコ:どうなさいました、レアティーズ?
タロウ:馬鹿な話だ、オズリック。自分の仕掛けた罠に引っかかって命を落とす。天罰と言うほかない。
ミドリ:お妃は?
アキラ:なに、血を見て気を失ったのだろう。
サチ :いえ、いえ、あのお酒に・・・ああ、ハムレット・・あの、あのお酒に、毒、毒が。
羊たち:メモリーバンク、94005号。サチ。メモリーを解放します。
サチ :嘘よ。そんなの。嘘よ。ねえ、私、見て。ほら、この手、この身体。さわって。ねえ、あついでしょ。
羊たち:消去準備。
サチ :なんのことだかわからない。いやだ、消えたくない、ほんとに、あの・。
羊たち:消去。
 
消去音。
サチ、消える。
 
ミドリ:陰謀だ!おい、扉に錠を降ろせ。謀反だ!犯人を捜し出せ!
タロウ:犯人はこの中におります。ハムレット様、あなたもおしまいだ。どんな薬も役には立ちません。あと半時間のお命、謀反の道具はそのお手 に。切っ先のとがった、毒を塗った剣、その卑劣な行為がひるがえってこの身にも。この通り毛二度と立ち上がることはできません。母上 は毒殺。もう口が利けぬ。国王が、国王こそが責めをおうべき人。
ミドリ:切っ先に毒を。そうか、それならばもう一度つとめを果たせ!
 
国王(アキラ)を刺す。
一同 :謀反だ、謀反だ!
アキラ:おお、手を貸せ!傷を受けただけだ。
ミドリ:兄を殺し姉を犯した不義非道のデンマーク王、これを飲め、きさまの真珠入りのこの酒を。母上のあとを追うがいい。
羊たち:メモリーバンク、98001号。アキラ。メモリーを解放します。消去準備。
レイコ:アキラ!
アキラ:けっ、ばかばかしい。お前らにブリザードの冷たさわかるか。
レイコ:止めて!
アキラ:大丈夫だよ。
 
と、制止するレイコを振り切り中央のドアを開ける。
ブリザードが吹く。
アキラ:どう。リアルだろ。この風、この冷たさ。これが現実なんだ。どこが夢なんだよ!
羊たち:消去。
 
消去音。
アキラ、消える。
ブリザード音も消える。
 
羊たちの声:メモリーバンク、98001号。アキラ。メモリーが解放されました。
タロウ:それも当然の報い、国王みずから調合した毒なのです。ハムレット様、お互いに許しあいましょう。父の死があなたの罪に、あなたの死が 私の罪になりませんように。
羊たちの声:メモリーバンク、98334号。タロウ。メモリーを解放します。
タロウ :(笑う。)いいさ、やれよ。やって見ろよ。この音楽が消せられるか?
 
タロウ、ピアノを弾き始める。
羊たち:消去準備。
 
タロウ、ひたすら弾く。命かけて弾く。
笑っている。
羊たち:消去。
消去音。
タロウ、消える。
 
ミドリ:そんな。
羊たち:メモリーバンク、98334号。タロウ。メモリーが解放されました。
レイコ:タロウっ・・消えちゃった。・・なんで。・・管理者。そうだ。わかった。ミドリ。
ミドリ:何。
レイコ:あんたね。
ミドリ:何が。
レイコ:とぼけないで。ミドリ、あんた本当は人間なんでしょう。
ミドリ:え?
レイコ:あんた、黄金心臓の管理者だ。本当は人間なんでしょう。
ミドリ:違うわ。
レイコ:いいえ違わない。誰かがシステムチェックしなきゃできないはずだもの。あんたしかできるものいない。
羊たち:メモリーバンク、95326号、レイコ。メモリーを解放します。
レイコ:誰が考えたのか知らないけど、傲慢なシステムね。ミドリ、楽しかった?みんながこんなに泣いたり笑ったり愛したりしている脇でせせら 笑ってたんでしょう。
ミドリ:私は違うの。
レイコ:ミドリじゃなかったら、だれよ。私じゃないこと知っている。キリコ?こんな脳天気なやつが管理者だったらへそが茶をわかすよ。かけて もいいよ。
羊たち:消去準備。
キリコ:レイコ!
レイコ:悔しいね、キリコ!何にもできないなんて。
ミドリ:人間は・・
レイコ:何だって?
羊たち:消去。
 
消去音。
レイコ消える。
 
ミドリ:最後の賭にも負けたわね。レイコ。私じゃないよ。人間なのは・・。
 
と、キリコを見る。
キリコ:ごめんなさい。
ミドリ:自分でも気づかなかったの?
キリコ:さっきドアを開けるまで。だますつもりは。
ミドリ:なかったんでしょうね。催眠暗示がかけられてた。そうしないと、メモリー管理ができなくなるもの。
キリコ:わかるの。
ミドリ:そう、夢の産物でも私は科学者よ。本当の管理者さん。それが睡眠槽の鍵ね。
 
と、微笑む。
頷くキリコ。
ミドリ:あなたはただ見ていただけ。
キリコ:そう。
ミドリ:でも、ひどい人だわ。
キリコ:そう・・ね。
ミドリ:ご覧なさい、みんな残骸だわ。ほんとに何の意味もない。(笑う)十万年もたったら化石になるのかしら。誰かが見つけたらなんていうの だろう。これは、十万年前に見られた新人類の夢の化石です。ご覧なさい。彼らが見た、夢を。これをご覧なさい。これは、珍しい、涙の 化石です。そっとたたいてみましょう。どんな音がしますか。どんな音がするだろう。ハハハ。音なんてしないわ。深い深いため息が聞こ えてくるだけよ。十万年の深いため息がね。では、涙を割ってみましょう。彼らが見た何を見たかわかるかもしれません。そうよ。それが わかればね。それさえわかれば。・・みんな夢は化石になるのよ。知っているのかしら。
キリコ:・・忘れないわ。
ミドリ:何を。
キリコ:あなた達との全て。
ミドリ:そう。・・それぐらいしても罰は当たらないわね。
羊たち:メモリーバンク94559号、ミドリ。メモリーを解放します。消去準備。
ミドリ:さようなら。
キリコ:・・さようなら。
ミドリ:(突然激しく)ねえ、聞いていい。
キリコ:何を。
ミドリ:私達、いったい何だったの。
羊たち:消去。
 
消去音。
ミドリ消える。
キリコ、涙が出てきそうだが押さえている。
 
羊たち:全てのメモリーが解放されました。黄金心臓のシステムリカバーが終了しました。システムは全て平常に復帰しました。問題は、どこにも 存在しません。
キリコ:問題はどこにも存在しません。
羊たち:異常なし。
キリコ:異常なし。
 
キリコ、払うように手を振る。
消去音。
羊たち消える。
キリコの周りだけが明るい。
 
キリコ:異常なし?(苦い笑い)異常はあるんです。私の胸が。どうしたらいいんですか、黄金心臓さん。
 
キリコ、かがみ込み、何かを拾う。
 
キリコ:メモリーチップ。・・みんなの人生・・。レイコ、サチ、ミドリ:・・・
 
掬っては落とす仕草。
キリコ:夢を見ているんだね・・。
ゆっくりと自分のメモリーチップを取り外す。
 
キリコ:タロウ、アキラ、サチ、レイコ、ミドリ・・。みんな、好きだよ。あんたら・・十分に人間だもの。
 
黄金心臓の前に座り込む。
キリコ:・・・眠いなあ。・・私は夢を見るのかなあ。それがわかれば・・。それがわかれば・・。
 
あくびをして。
ゆっくりともたれ掛かり、目をつぶる。
 
キリコ:羊が一匹、羊が二匹・・・
 
リンゴーン、リンゴーンと鐘が鳴り始める。
それなりに荘厳な音楽。
六つのドアがゆっくり開く。
ミドリ達がそれぞれのドアにいる。
一歩足を踏み出そうとする。ストップモーション。
眠るキリコの周りを人間になった羊たちがゆっくりゆっくりと通る。みな、「人生」をそれぞれ背負い、少し疲れて、くたびれか けた、だが決して不幸ではない顔で過ぎ去ってゆく。
静かな微笑みを浮かべて眠るキリコ。
                                                             【 幕 】
 
★参考文献
白水社 シェークスピア作 小田島雄志訳「ハムレット」
       同       「ロミオとジュリエット」

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