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「『夏のこども』が終わったら・・」
 
                作 結城 翼
                     
 
 
 
★登場人物
 はじめ・・・・・
 かのこ・・・・・
 優子・・・・・・
 めぐみ・・・・・
         
 
#1 『夏のこども』
 
        くま蝉の声がけたたましい。
        木漏れ日の海岸沿いの小道。潮騒がかすかに響く。
        やや薄暗い中、白い日傘の女が横切って、思い出岬の方へ行く。
        明るくなるとにぎやかにしゃべっているかのこ、めぐみ、はじめ。優子。
        それぞれ「夏のこども」を四冊かかえている。
 
かのこ:それでさ。おっかしいの。ばかみたい。
めぐみ:へー。そいで。
かのこ:だから、いってやったのよ。
めぐみ:なんて。
かのこ:あんたばかじゃない。
めぐみ:そしたらる・・優子。元気ないじゃない。大丈夫。
優子 :うん。大丈夫。
かのこ:ミドリ先生、つくまでに掃除しとけって。
はじめ:あーあ、泳ぐ時間もないじゃん。
めぐみ:えっ、はじめ泳げたの。
はじめ:去年とはひと味違うよ。
 
        「夏のこども」をひらひらさせて。
 
かのこ:あと、これ、10頁やっとけって。
めぐみ:あちゃー、それがあった。うざったいの。
かのこ:何で受験生が「夏のこども」よねー。おまけに勉強合宿だって。あーあ。
めぐみ:ミドリ先生曰く。夏休みは「夏やすまん」。気合いを入れて勉強しなさい!
かのこ:私の青春を返せーっ。(返せーっ、返せーっとエコーを作る)
優子 :私立受かる為じゃ仕方ないじゃない。
かのこ:はいはい。楽あれば苦有り。
めぐみ:おっ、でましたね。ことわざ魔。
かのこ:ピース。(と、Vサイン)
はじめ:そういや、かのこ、いつ引っ越すの?
かのこ:この合宿が終わってすぐぐらいね。
はじめ:えー、そんなに早く。
かのこ:うん。お父さんの会社の都合だってあるから。
めぐみ:優子は、おじいさんとこへいくの?
優子 :あんまり行きたく無いけど。
かのこ:だったら、やめといたら。
優子 :うん、でも、父さん決めたことだし。
めぐみ:(はじめに)あんたはどうなの。
はじめ:わからない。秋になってからかな。
かのこ:父さんとあう?
はじめ:時々。
かのこ:どう?
はじめ:どうって。
かのこ:だから。・・離婚した父と子の再開って、ちょっとドラマっぽいじゃん。
はじめ:全然。ドラマも何もないよ。どうしてる?うん。元気だよ。そうか。ほら、おこづかい。ありがと。じゃあな、元気でやれよ。うん、じ    ぁあね。はい、終わり。
かのこ:へー、人生なんてそんなもの?
 
        微妙な間。
 
はじめ:そんなもん。
かのこ:なんだ。聞くと見るとは大違い。
優子 :(時計を見て)おくれるわ。
めぐみ:いこか。
 
        三人、楽しそうに去りながら。
 
めぐみ:で、どうだったの。
かのこ:なにが。
めぐみ:さっきのバカじゃない?ってやつ。
かのこ:ああ。あれ。こういったの。(と、ちらっとはじめを見て、ぼそぼそっとささやく)
めぐみ:なに、それ。うそ。
かのこ:ほんとほんと。
めぐみ:やだーっ。
 
        「夏のこども」がしっかりと抱えられている。
        立ち止まり。「夏のこども」を眺めながら。
 
はじめ:あの人は、僕を見送っていつもこんな事を言う。ハンカチ持った?お財布は?無駄遣いしないように。あ、ちょっと待って。肩に埃が。    動かないで。今晩ちょっと遅いからね。ううん、接待よ。いやなジジイだけど、仕事だから。女と思ってなめられたらおしまいなの。遅    くなるからねてていいわよ。あ、待って。これ、忘れてる
 
        と、「夏のこども」を渡すふり。
        又、眺めて。
 
はじめ:「夏のこども」。夏休みの宿題だ。
 
#2 猛勉強
 
        はじめの台詞の間に、机と椅子がでて、大きいはちまきを巻き、必死で、狂気のように、やりはじめる猛勉強。
        少なくても4種類の勉強が猛烈な勢いで進められる。        
        台詞を言い終わったはじめも席に着き。
 
はじめ:あーっ。
めぐみ:どうしたの。
はじめ:おわったーっ。
 
        と、放り出す。
 
かのこ:えーっ。もう。
めぐみ:この超難関校過去問集が?
はじめ:かるい、かるい。
かのこ:うそーっ!
はじめ:なにいってんの。ここ。ここ。
 
        と、頭をつんつんと指さす。
 
めぐみ:ほんとかよー。
はじめ:と、当然だよ。
 
        と、隠そうとするが、すばやく。
 
めぐみ:かのこ!
 
        ぱっと、二人でおさえつける。
        ばらばらと見る。
 
めぐみ:なにこれ!
かのこ:どうしたの。
めぐみ:しんじらんない。見て。
 
        かのこ、見てみると。
 
かのこ:えーっ。はじめ!
はじめ:なんのことかなあ。
かのこ:とぼけんな。チョンボじゃない。これ。ほとんど全部間違ってるよ。
めぐみ:あんた、聞いてないの。正答率75%以下は、居残りおさらいだって。
はじめ:えーっ。きいてねえよー。
かのこ:これじゃミドリ先生のプリント10枚攻撃確実ね。
はじめ:プリント攻撃がこわくって受験生ができるかっ。
かのこ:そんなこと言ってると。
 
        ピンポーンとチャイムが鳴る。
 
かのこ:ほら来たっ。
はじめ:げっ。
 
        みんな大慌てで席に着く。解くふりをしている。
                
#3 夏の目標
 
        ミドリ先生(めぐみ)が気取ってやってくる。めぐみがミドリ先生のふりをして、ミドリ先生ならこういうだろうと言う設定。
 
ミドリ:はーい、あついわね。みんな元気ぃ?!
一同 :元気でーす。
    
    ミドリ先生、指ですーっと、窓の桟をなでる。
        埃りがあったようだ。ふっと吹き。
 
ミドリ:かのこ。あなたでしょ。ここ掃除したの。
かのこ:はい。
ミドリ:ほこりがついてます。不十分。
かのこ:はーい。でも、先生。
ミドリ:何?
かのこ:どうして、私が拭いたと分かったんですか。
ミドリ:あなたの指紋があったのよ。
かのこ:うそ?
ミドリ:さて、皆さんはいよいよ今日から三日間勉強合宿に突入することになりました。まさに「夏やすまん」です。
一同 :はーい。
ミドリ:結構。では。夏の目標をいうわ。一つ、偏差値5アップ。一つ、一日勉強10時間。一つ問題集10冊制覇。
一同 :えーっ。
はじめ:おわらねーよ。
ミドリ:おやおや。もうあきらめたのかな?いま苦しくったって、私立入ればちょー楽よ。もう、バリ楽。激楽の6年間。鼻歌歌っていいわ。そ    れとも、ださい公立行って、また3年後苦労するのかな?君、人生設計って考えたことあるの?
はじめ:もういいです。
ミドリ:はい、分かったら結構。
はじめ:あきらめます。
ミドリ:なんですって?!
はじめ:僕公立行きます。
ミドリ:うまーっ、なんですって!?
はじめ:ぼく、そんなに勉強しても成績良くないし、必死になるのってなんだか苦手だし、いい大学行ってもしょうが無いし。
ミドリ:どーして?
はじめ:ぼく、サーカス入って空中ブランコ乗りになりたいんです。だから、あんまり仕方ないんです。
ミドリ:えーっ、空中ブランコ?何を戯けたことを!はじめ君!
はじめ:はいっ。
ミドリ:君は、敗北者だ。最初から勝負を投げている。人生は戦いの連続だ。受験戦争しかり、会社勤めしかり。人生80年、精一杯戦って、戦    って、戦いきってはじめて、人生のリングを降りることが許される。そのとき、はじめて人は人生の勝者と呼ばれる資格がある。しかる    に、君は何?戦いが始まりきらないのにタオル投げちゃって、こりゃセコンドとして見過ごせませんよ。空中ブランコ乗り!かーっ。情    けない。
はじめ:あのう。
ミドリ:なに?!
はじめ:空中ブランコ乗りが聞いたら気を悪くすると思うんですが。
ミドリ:ふん。確かに、空中ブランコ乗りも立派な職業だ。職業に貴賤はない。一つの芸術です。けれど、はじめ君、それは君じゃなくてはなら    ない仕事?
はじめ:はあ。
ミドリ:君は、まだ戦っていない。戦ってもいないのに逃げるのは敵前逃亡と言って重罪です。
はじめ:あのう。ぼくたち戦争する訳じゃないんですが。
ミドリ:あたりまえよ。あんたらに鉄砲持たせたら、味方うつのが関の山よ。そんな甘い考えでどうするの!あなた達も同罪!はい。罰として、    故事成語ドリル20頁!15分でやりなさい!用意、スターット!
 
        一斉に取りかかる。
        ころっと変わって。
 
めぐみ:て、いう事になる訳よ。
かのこ:なにがなんだかわからないわ。
優子 :こまったわ、空中ブランコ乗りなるのやめない?
めぐみ:そんな問題じゃないでしょ。
かのこ:要するに、はじめがいけないのよ。あたし達これじゃ敵前逃亡でドリル漬けよ。
めぐみ:ちょっと、ちょっと。話がわけわかめよ。
 
        訳が分からなくなったところへ。
        ピンポーンとチャイム。
        みんな、元気ーっと声がかかる。
 
めぐみ:やばいっ。ほんとに来たっ!
 
        一同、机にしがみつき一斉にはじめる。
 
#4 休憩
 
はじめ:だけど、僕は本当に空中ブランコ乗りになりたいわけで。
 
        一同、机、椅子を持ち退場。
 
はじめ:それは、あのひとと一緒に見に行ったあるサーカスの空中ブランコを見た時のことだった。1年前あの人と父さんが離婚して、はじめて    迎えた今年の冬、突然、サーカスを見に行こうって言った。めったに休みを取らない仕事第一のあの人は、たまたま休みが取れたのよっ    て言ってたけれど僕には分かっている。電話口で何度も上役に謝っていたからだ。何でサーカスか分からないがあの人らしい。冬のサー    カスはなんだかすこしうそざむい。うらびれた色彩のつぎはぎだらけのテントが風でぱたぱたと貧乏くさくなっていた。中は、意外と暖    かく、それでも100人ぐらいの観客が、つまらないピエロの芸や目やにが出てすり切れかかったたてがみのライオンの芸におざなりな    拍手をしていた。面白い?うん。面白い、うん面白い。ぼくは、早く帰りたいなとぼんやり思いながら、へたくそなピエロの駄洒落にお    愛想笑いをしていた。そんなとき、その子が空中ブランコをやったんだ。なんでも、このしけたサーカスの看板娘だそうで、紅いコスチ    ュームに身を包み、鮮やかにほの暗いテントの中を飛んだ。まるで、ムササビやコウモリのように薄暗い空間の中を自由自在に飛んでい    た。面白い?うん!よかった。あの人は満足そうにそういってまた大きく拍手をした。ぼくは、その拍手の中、本当に背筋が凍るほど、    ぞくぞくして、これだよな!これだよなって思いながらサーカス一の空中ブランコ乗りと一緒にいつまでも飛んでいた。
 
        立ち上がる。
 
はじめ:そういうわけで、僕は本当に空中ブランコ乗りになりたいと思っている。もちろん、あの人はそんなことは知らない。
 
        去る。
 
#5 思い出岬
 
        美しい夕方。
        優子、めぐみ、かのこの三人が岬へ出かけている。
 
めぐみ:でも、びっくりしたなあ。ブランコ乗りだって。
優子 :本気見たいね。
かのこ:どうして?
優子 :目が光ってたもの。
めぐみ:優子、はじめについてくわしいじゃん。
優子 :そんなことないよ。
かのこ:あやしい、あやしい。
めぐみ:そんなことないよね。
優子 :え、うん。
かのこ:おいおいめぐみ気になるの?
めぐみ:べつに。それよりすごい色ね。
かのこ:夏の海の夕暮れか。静かね。
めぐみ:夕凪よ。いい感じ。(と、深呼吸)
優子 :(と、まねて深呼吸)うーん。おいしい。
かのこ:(すーっと吸って)塩くさーい。
めぐみ:もう。かのこは。
優子 :思い出岬、この先かな。
かのこ:思い出岬?なにそれ。だっさーい。まるで演歌じゃない。ああああー、霧に濡れてる思い出岬(と、適当に演歌っぽく)。
めぐみ:こぶし回ってないよ。
かのこ:じゃかましい。
優子 :言い伝えがあるって。
めぐみ:いい伝え?
かのこ:おもしろそう。
優子 :お母さんがいってた。
めぐみ:どんなこと?
優子 :会いたくてもいろんな事情があって会えない人っているでしょう。(うんうん。不倫とかね。とうるさい。)そんなときね、満月の夜、    思い出岬からその人の写真を流してお願いするんだって。
めぐみ:おっ、ロマンっぽい。それで。
優子 :すると、十五夜の夜必ずその人がやって来るんだって。
かのこ:なんか、ほんとに演歌って感じ。
優子 :でも、ほんとだって。お母さんこんなこといったわ。
 
        優子のお母さん。
 
優子母:優子、そんなときは自分の命賭けてお願いするのよ。
優子 :どうして?
優子母:だって、それでも会いたい人でしょう。
優子 :どういう風にするの。
優子母:十五夜の夜、岬にたって、願い続けるの。もう私には誰もいりません。あの人だけに会わせて下さいって。
優子 :そうして。
優子母:じっと待つだけ。
優子 :お母さんは来たの。
優子母:そうよ、優子のお父さん。
優子 :ほんとに。
優子母:本当よ。
 
        もとにもどる。
 
めぐみ:でも優子。待ち人来たらずってこともあるじゃない。
優子 :ええ。
かのこ:それってどうなるの。
優子 :引き潮になっても来ないとき、波はその人を連れていくの。待っている人の所へ連れていってくれる。
かのこ:それって。
めぐみ:ちょっとやばいって感じ。
優子 :でも、お母さんはお父さんにあった。
 
        何となくふわっと歩く優子。
 
かのこ:あぶないよ。
 
        間。
        静かに。
 
めぐみ:かえろう。ね。(と、目配せ)
かのこ:おそくなると、ミドリ先生爆裂しちゃうよ。
優子 :でも。
めぐみ:またくりゃいいじゃない。あと二日もあるし。
優子 :それも、そうね。
 
        と、帰りだし。
        くくっ、優子が笑う。
 
かのこ:どうしたの。
優子 :月が出てる。
かのこ:ほんとだ。
優子 :今夜は十三夜ね。
めぐみ:・・ほんとだね。
優子 :あさってか・・。
 
        優子は楽しそうにきびすを返す。
        顔を見合わし、なんとなく押し黙って、後を帰る二人。
        夕焼けが美しい。
 
#6 伝言ダイヤル
 
        夜。
        携帯電話で伝言ダイヤルの番号を回しているはじめ。通話音。
        メッセージが出てくる。
        母の声。
 
はじめ母:はじめ、元気?お母さんは、今日もお仕事。手紙と一緒に荷物送っておいたから。・・がんばってる?声聞きたいから、電話をちょう    だい。
 
        切る。
        再びまわして、伝言を吹き込む。
 
はじめ:今、夜だよ。僕は元気。みんなも元気。楽しくやってる。だから・・。
 
        切る。
        もう一度、伝言ダイヤルをまわす。
 
はじめ母:はじめ、元気?お母さんは、今日もお仕事。手紙と一緒に荷物送っておいたから。・・がんばってる?声聞きたいから、電話をちょう    だい。
        
        途中で、切る。
        微妙な間。
 
はじめ:だから、電話したよ。
 
        去る。
 
#7 朝靄の中で朝食を
 
        翌朝。
        食事を始める。
 
優子 :おはよう。
はじめ:あ、おはよう。
優子 :何。
はじめ:ん。ベーコンエッグ。オレンジジュース。
優子 :コーヒーないのか。
はじめ:こどもはやめといた方がいいよ。
優子 :うちじゃいつも、コーヒーとトーストよ。
はじめ:へー。
優子 :はじめ君ちは。
はじめ:ボクはご飯。やっぱり味噌汁だね。
優子 :へーっ、クラシックなんだ。お母さんも?
はじめ:・・あの人は、パンとコーヒー。
 
        ちょっと微妙な間。
 
優子 :あ・・そうなの。
はじめ:プレーンがいいならあるけど。
優子 :ううん。いい。私・・ねえ、
はじめ:何?
優子 :めぐみのこと聞いてる?・・お父さんとお母さんがごたごたしてるって。
はじめ:あ、あれ。
優子 :不倫。
はじめ:うん。
優子 :ひどい話しね。二人ともなんて。
はじめ:まあね。
優子 :傷ついてるんじゃないかな、めぐみ。
はじめ:そんなには見えないけど。
優子 :ま、冷たいお言葉。
 
        と、言いかけたところへ。
 
めぐみ:おっはよう。
 
        と、やたら元気で出てくる。
        気まずい二人。ごまかして。
 
優子 :おはよう。
はじめ:おはよう。元気だね。
めぐみ:うー。元気、元気。もう、めっちゃ元気。朝一プリントばりばりよ。
はじめ:あっ、やばい忘れてた。
めぐみ:行き当たりばったりだから。そんな事じゃ、将来ほんとに暗いよ。
はじめ:(電話か無線のまね)はいはい。こちら、はじめ。真っ暗闇です。何も見えません。もしもし。めぐみの方はどうですか?どうぞ。
めぐみ:もしもし。めぐみです。あたしはもう、ほっほっほっ。
はじめ:(もとにもどり)マジにどうするつもり。これから。女子プロレスとか自衛隊とか?
めぐみ:(はじめをひっぱたくふり)なんでじゃー。・・そうねえ。まあ何とか勉強して、ダメなら公立行って。
はじめ:もしもし、姉さんの学校受けないのですか?
めぐみ:もしもし、恒星女学院ですか。あたしの頭じゃむりでーす。それより早く自活したいでーす。
優子 :自活?
めぐみ:うん。ちょっとおしゃれなお店で、パンとか、ケーキとかそんなお店で。自分のお店もてたら最高かなーって。
はじめ:へーっ。
めぐみ:何?
はじめ:いや。なんちゅうか。人生設計やなーって。ケーキねえ。へーっ。めぐみが。
めぐみ:ちょっと。
はじめ:(あわてて)もしもし、優子はどうですか?
優子 :あたし?あたしは・・別に。
はじめ:もしもし。なんかやりたいことないですか?スチュワーデスとか看護婦さんとか。どうぞ。
めぐみ:おい。随分違うじゃん。
はじめ:まあまあ。
優子 :別に何も。
はじめ:何にも?
優子 :うん、お父さんは公務員にでもって言ってるけど。
はじめ:消極的だね。だめだよそんなんじゃ。親のいいなりなんかなることない。
めぐみ:そうそう。人生ファイト。だいたい、親なんて何にもわかってないんだから。
はじめ:それはいえてる。
めぐみ:こっちだって、わかろうとも思ってないけどね、
はじめ:それもいえてる。
めぐみ:親は、親。
はじめ:子は子。
二人 :全く頭堅いんだから・・。
 
        優子、くすっと笑う。
 
はじめ:何がおかしいの。
優子 :だって、二人なんだか同じこといって。
はじめ:え、そ、そうかなあ。
 
        と、少し照れくさい。
 
めぐみ:(冷たく)全然違うと思うけど。
はじめ:あ、そうそう。・・かのこはどうするつもりだろう。
めぐみ:さあね。・・あ、おはよう。
 
        おはようとねむたそうにかのこ。
 
めぐみ:おそいじやない。
かのこ:ちょっと、遅くまで、国語のプリントやってたから。あ、私マーマレードちょうだい。
めぐみ:え?国語プリントなんてあった?
かのこ:あれ、めぐみいなかったの?
はじめ:何の話し?
かのこ:お風呂の後で廊下に張り出してたよ 。今朝までにやっとけって。
はじめ:知ってる?
優子 :全然。
めぐみ:かのこ!どうして言ってくれなかったの。
かのこ:え?だって、みんなUNOやってるから、てっきり余裕でやってるかと思って。
めぐみ:知らないわよ。何枚?
かのこ:(気の毒そうに)十枚。
 
        一同、うおーっ。
 
めぐみ:今何時?
優子 :七時十五分。
はじめ:げー。あわせてプリント二十枚?一時間で?
めぐみ:終わったね。
はじめ:くそーっ。
 
        と、走り去る。
 
めぐみ:かくて、ブランコから墜落と言うわけだ。あーあ、プリント十枚かー。
 
        優子とめぐみ去る。
 
かのこ:油断大敵火がぼうぼう。人生なんてそんなものよ。・・・ねえ、マーマレードなくなってんじゃない。あ、ハムもない。誰?私の食べた    の。
 
        ぼやくかのこ。
 
かのこ:もう、神も仏もないってとこね。ちぇっ。ベランダで食べよっと。
 
        と、パンを一切れかじり、行儀悪くも食べながらお皿を持って去る。
 
#8 はじめの手紙
 
        手紙を読んでいるはじめ。
        ぼーっとしているがやがて、一枚、一枚細かく破る。
        手紙は、窓の外の風に飛んで行く。
 
はじめ:今日あの人から手紙が来た。いつも同じことしかかいていない。仕事で忙しいのでゆけません。お友達と一緒にがんばって下さい。ぼく    は、一枚ずつ、細かく破ると、窓の外の風でとばす。八月の海を吹き渡ってくる風は、思い切りよく、紙吹雪をとばしてくれる、本当に。    ぼくは、返事を書く。手紙読みました。僕は元気にやっています。友達も大変面白いやつばかりです。勉強は、なかなかはかどりません    が、何とかがんばっています。それでは、明日、また手紙を書きます。さようなら・・・。
 
        はじめは、手紙を書き始める。
 
はじめ:前略。夏の海は、大変青く、毎日がきらきらと輝いています。僕は元気です。一生懸命、勉強して、志望校の水準まで偏差値を上げるこ    とを目標に・・・
 
        止まって、少し考える。手紙をくしゃくしゃにして、放り投げる。
        散歩行かないとめぐみの声。
 
はじめ:あっ、いくいく。
 
        去る。
 
#9 散歩
 
        潮騒の音。
        三人が出てくる。
 
めぐみ:あ、見て、見て、船。
かのこ:船?どこ、どこ。
めぐみ:あそこ。
 
        え、わからないとか、こっち、この指先。あ、ほんとだ。とかやかましい。
        何となくぽつんと座っている優子。
        はじめが出てきて、横に座る。
 
はじめ:ねえ。
優子 :何?
はじめ:もうすぐ初盆だね。お母さん。
優子 :うん。
はじめ:なれた?
優子 :うん。まあ。・・ねえ、見て。ほらこれ。
 
        と、ポケットから写真を出す。
 
優子 :きれいでしょ。
はじめ:お母さん。
優子 :うん。去年の春一緒にディズニーランド行ったとき撮ったの。ねだって、ねだってやっといけたの。面白かったのよ。お母さんと2時間    待ちして、サンダーマウンテンや・・・に乗って。
 
        少しかぶせて。
 
はじめ:それ、いつももってるの。
優子 :そうよ。おかしい。
はじめ:え、いや。
優子 :外国なんか、よく家族写真飾ってるじゃない。
はじめ:そうだね。
優子 :忘れないようにするの。お母さんと私、このとき一緒だったんだって。
 
        微妙な間。
 
はじめ:お父さんは。
優子 :仕事。仕事ばっかり。
はじめ:うちとおなじだなあ。
優子 :え?
はじめ:あの人も、仕事ばっかりだから。
優子 :お母さん?
はじめ:・・・。
優子 :お父さんに会ってるの。
はじめ:時々。
優子 :楽しい?
はじめ:うん。まあね。でも・・。
優子 :でも?
はじめ:あんまりしゃべんないんだ。前よりね。なんだかだんだん話すことなくなってくみたい。
優子 :私なら、いっぱいあるのに。
はじめ:え?
優子 :お母さんに会えたら、話したいこといっぱいあるの。
はじめ:・・そう。でも、ボクと同じですぐなくなるよ。
優子 :違うわ。はじめ君とは違う。
はじめ:何が。
優子 :私のお母さんもういないもの。
はじめ:だけど。
優子 :お母さん三ヶ月前のままだもの。
はじめ:そんな考え方よくないよ。
優子 :どうして。
はじめ:うまくいえないけど、・・さっきの写真。
 
        優子、写真を出す。
 
優子 :これ?
はじめ:そう。二人の思い出?
優子 :そう。お母さんと私の大切な時間がここにあるのよ。
はじめ:そっかなあ。
優子 :え?
はじめ:それって、止まった時間だよね。
優子 :とまったって?
はじめ:うん。そこに写ってるのは三ヶ月前の優子。いつまでたってもね。
優子 :だから。
はじめ:だから写真は写真だよ。人は変わるんだ。父さんも変わる。ぼくも変わる。優子も変わる。
優子 :でも、母さんは変わりようがないわ。
はじめ:でも、君は変わるんだよ。
優子 :いや。
はじめ:いや?
優子 :私は変わらない。
はじめ:そんなの後ろ向きだよ。
優子 :はじめ君だって後ろ向きよ。
はじめ:どうして。
優子 :あの人、あの人って何。
はじめ:え?
優子 :母さんと呼べないんでしょう。
はじめ:・・・
優子 :はじめ君も変わらない。
 
        微妙な間。
        深刻そうな話しに気遣ったかどうか、かのこがちょっかいをかけてくる。
 
かのこ:おいおいお二人さん怪しいぞ?
はじめ:ばか。
めぐみ:帰ろ。講習始まるよ。
 
        なんだか少しつんつんして、先に帰る。
 
はじめ:なに、あれ。
かのこ:しーらないっ。
はじめ:えー。かのこがいらんこと言って。
かのこ:しーらない。
優子 :先に帰る。
 
        優子も、少しむっとしている感じ。
 
かのこ:あ、こりゃ、こりゃ。
はじめ:なにが、こりゃこりゃだ。
かのこ:両手に花か、あちらたてればこちらが立たずか。いよっ、もてる男はつらいねー。
はじめ:かのこのせいだろ。
かのこ:わしゃしらんけんねー。人生なんてそんなものよー。
 
        と去る。
 
はじめ:あ、おい。もう。ったく。
 
        追いかけるはじめ。        
        
#10 優子の手紙
 
        優子が手紙を書きだす。写真をたてている。
 
優子 :拝啓。こちらは、なんだか毎日とっても大変です。みんなミドリ先生のプリント攻撃にヒイヒイ言ってます。こんなことで、受かると思    ったら100年早いわよというのがミドリ先生の口癖です。白い日傘がビシバシうなって、はじめ君なんか最初の日から居残り補習でし    た。でも、勉強ばっかりじゃなくて、スイカ割りしたり、泳いだり、肝試しをやったりしています。だから、お父さんもご安心下さい。    優子は元気でやっています。お母さんの初盆には帰れると思います。ゆっくり二人でお母さんを迎えたいと思います。・・今日も大変暑    かったです。お父さんも仕事ばかりせずにたまには休んで身体に気をつけて下さい。かしこ。
 
        
        写真を手に取る。じっと見て、元に戻す。
 
優子 :お母さんと私の時間だもの。
 
        元に戻す。
 
優子 :追伸。お母さんに会いに行きます。
かのこ:バスケットやるってーっ。
優子 :いま行くーっ。
 
        手紙を折って封筒に入れる。一度ポケットに入れるが、思い直したようにすぐに出す。写真を取りもう一度じっと見て。封筒に        入れ丁寧にポケットに入れる。
        あたかも、遺書のように。
        去る。
 
#11 バスケット
 
        はじめ、ようこ、かのこの三人が出てくる。
        めぐみ、ドリブルのかっこうして、シュートの構え。
 
めぐみ:スラムダーンク。
 
        と、かっこうよく決めたつもり。
 
優子 :おまたせー。
かのこ:よっし、そろった。じゃ、2オン2ね。二人で攻めて、二人で守る。
めぐみ:迫力ないなあ。
優子 :でも、人いないから。
めぐみ:はいはい。じゃ、いいっか。
はじめ:じゃ、じゃんけん。
 
        ジャンケンで組み合わせ。
 
めぐみ:あーあ、終わったなあ。
はじめ:それはこっちの言う台詞。
めぐみ:なにーい?
かのこ:はいはい、仲間割れは後、後。はい、優子と私ね。めぐみ、どっちが攻める?
めぐみ:はい、じゃんけん。
 
        かのことめぐみがじゃんけん。
 
めぐみ:よっしゃー。はじめ、気合い入れるよ。
はじめ:へいへい。
かのこ:じゃ、優子、ゴール。
優子 :できるかなあ。
かのこ:だいじょぶ。だいじょぶ。がっちり、ガードするから。
めぐみ:じゃ、机寄せよ。てつだって、はじめ。
 
        机と椅子を寄せて、椅子を一個だけゴールポスト用にする。上に上がる優子。
 
はじめ:高いなあ。
かのこ:こんなもんよ。
めぐみ:いきまーす。
 
        合図をする。笛を吹くかのこ。
        優子がゴールポスト。かのこがまもる。
        めぐみと、はじめが攻める。
        ブロックされたり、パスしたりドリブルしたり。
        ゴールを決めたら、すぐ交代。はじめがゴールポストでめぐみが守る。
        二回ぐらい軽快にやったところで、めぐみ、はじめチームが攻める。
 
めぐみ:ねえ、映画でこんなシーン無かった。
はじめ:えーっ、何?
めぐみ:かのこは?
かのこ:おぼえてなーい。
めぐみ:こうやってさ、父親と息子がね。
 
        と、切り込んで行くがあっさりかのこにはたかれる。
        はじめが拾って、ドリブル。
 
めぐみ:離婚してんだけど、たまにあってね。
はじめ:親子の交流?。
めぐみ:キャッチボールなんかして、感動ものじゃない。
はじめ:はたで思うほどじゃないよ。
めぐみ:でも、はじめもするんでしょ。
はじめ:まあね。パス。
 
        めぐみが受けて。シュート。
 
はじめ:いぇーっい。
 
        と、めぐみと喜んでる。
 
かのこ:調子いいじゃない。
はじめ:ま、実力だね。
かのこ:運動音痴がいつの間に。
はじめ:親はなくとも子は育つだよ。
優子 :いなくないじゃない。ちゃんといるじゃない。
はじめ:いないよ。
優子 :ただの離婚でしょ。いなくなったわけじゃない。
めぐみ:優子。
優子 :はじめ君のお父さん生きてるもの。いつだって、バスケットやること出来る。
はじめ:それは違うよ。
優子 :死んだ人、バスケット出来ないもの。
はじめ:違うよ!
 
        優子がボールを放り出して去る。
 
めぐみ:優子、待って!
 
        めぐみが追っかける
 
かのこ:ばっかねー、はじめは。
はじめ:そんなつもりじゃ。
かのこ:つもりが無くても、人は傷つくの。
 
        かのこも追っかけていく。
        はじめと、ボールだけが残る。
        はじめ、ボールを軽くドリブルしながら、見えないゴールポストにシュート。
        間。
        駆け去る。
 
#12 模擬試験
 
        夕方。
        優子をのぞく、三人だけが模擬試験を受けている。
        優子の席は空席。
        何となく皆集中できない様子。
        ひそひそ声で。
 
かのこ:どうするの!
はじめ:しらないよ!
かのこ:無責任!
めぐみ:先生は?
かのこ:優子と話してる。
めぐみ:はじめ、責任取りなよ。
はじめ:えーっ。
めぐみ:はじめ。
はじめ:わかったよ。
 
        と、行こうとすると。
        優子が入ってくる。
 
かのこ:優子。
 
        無視して席に着く。
 
かのこ:優子?
 
        答えず、答案に向かうが、名前しか書かない感じ。
        めぐみとかのこから合図されて、友好をはかろうとするはじめ。
 
はじめ:ねえ。
 
        反応がない。
 
はじめ:気にするなよな。
 
        反応がない。
        めぐみと鹿子のプッシュは激しい。
 
はじめ:ねえ。優子。・・あのねえ。
 
        完全にむしる優子。
        むっとして怒る、はじめ。
 
はじめ:・・いい加減にしろよな。ったく、ガキじゃあるまいし・・
 
        爆裂する優子。かぶせて。
 
優子 :ガキじゃいけないの?!
はじめ:何?!
 
        にらみ合う二人。
        あわてて、介入するめぐみとかのこ。
 
めぐみ:まあまあ。
かのこ:落ち着いて。落ち着いて。
はじめ:これが落ち着いて。
めぐみ:いられるから不思議。
はじめ:はあ?
めぐみ:優子。
優子 :え?
めぐみ:はじめだって悪気ないからさ。
優子 :判った。
めぐみ:だって。
はじめ:ちょっと待てよ。何、それ。
めぐみ:判ったっていってるじゃない。
はじめ:判ってないよ。
めぐみ:判ってるって。
はじめ:判ってない。
めぐみ:しつこいわねえ。きらわれるよ。
はじめ:そんな問題じゃないだろ。
めぐみ:じゃどんな問題。
はじめ:だから、優子がお母さんにとらわれすぎてるって。
めぐみ:だって、それは優子の問題で。
はじめ:そうだけど、ほっとけないよ。
優子 :もう、私のことほっといてよ!何、何様のつもり!ほっとけないって、そんなに私あわれ?かわいそう?冗談じゃない。はじめ君の方が    ずっとずっとかわいそうじゃない。自分の母親、おかあさんて呼べないくせに。あの人?あの人って何よ。お母さん、恥ずかしいの?
はじめ:うるさい!
優子 :私、お母さん大好きだから。ほんとに大好きだから。だからかわいそうなんかじゃない。あわれなんかじゃない。はじめ君の方がずーっ    とずーっと何千倍もかわいそうよ。
 
        思わず、はじめ、平手打ちをする。
        それぞれに、凍り付く四人。
 
かのこ:あーあ。いってやろ、いってやろ。
 
        と、場をほぐそうとするが、ほぐれない、ほぐれない。何となく声は消える。
 
はじめ:(固い声で)・・ごめん。
優子 :とにかく、私のことほっといて。
 
        ダンッと座って。机にうつぶせになる。
        間。
        突然。
 
めぐみ:あたしのうちん中さあ、めちゃくちゃな訳よ。
はじめ:え?
かのこ:めぐみ。
めぐみ:みんな噂してるし。
 
        ばつが悪いはじめ。
 
めぐみ:お父さん、お母さん好き勝手やってるわけ。二人で話すことなんか滅多にないし、日曜日なんかお父さん家にいたことない。バラバラ。
かのこ:めぐみ。
 
        手をひらひら振ってめぐみ。
 
めぐみ:で、あたしも早く独立したいわけ。でもね。自分がかわいそうだとは思わない。別に、ラッキーでもないけど。だって、しょうがないわ    よね。それが現実だもの。
はじめ:わかってる。
めぐみ:待って。そうじゃなくて。
はじめ:え?
めぐみ:優子も同じだと思うけど、それは自分の問題。判る?
はじめ:・・うん。
めぐみ:はじめのことも同じ。・・だから、私口出ししない。
はじめ:判った。・・でも見てるんだ。
めぐみ:そう。見てる。
 
        ほっとした間。
 
かのこ:はじめ。
はじめ:え?
かのこ:あんたのお父さん再婚するらしいよ。
めぐみ:え!何々。
かのこ:この間うちの母さんが言ってたけど。
はじめ:うそ。
かのこ:相手誰だと思う。
めぐみ:誰?
はじめ:今さっきお節介よせって言ったのだれだよ。
めぐみ:うわさ話は女の甲斐性よ。ね、(ねー)誰。誰。
かのこ:いっていい?
はじめ:どうせ、でたらめだよ。
かのこ:あのね・・ミドリ先生。
 
        えーっ。と悲鳴。
 
めぐみ・はじめ:何それ!
かのこ:人生なんてそんなものよ。
 
        ピンポンパンポーンとチャイムが鳴る。
 
めぐみ:あーっ。忘れてた!
かのこ:どうしたの。
めぐみ:模擬試験!
かのこ・はじめ:げっ。
三人 :やばーい。
 
        三人あわてて机にしがみつこうとしてストップモーション。。
 
#13 日記
 
        夜。
        めぐみは日記を書いている。
 
めぐみ:というわけで、ミドリ先生はかんかんだし、模擬試験はあの後夜中までやり直しさせられるし、もう、さいてい。・・でも、みんな、い    つもはのほほんとして、明るいよい子してるのがばれてしまって、なんだか少しいい気持ち。猫かぶるのも楽じゃないから、ちょっとは    猫がどこかいって楽になったんじゃないかな。そんな意味では来て良かったと思う。ミドリ先生も怒りながら、少し気を使っていた。そ    の証拠にお仕置きプリントが5枚に減っていた。
 
        台詞の間に優子は先ほどの手紙を瓶に入れている。
        海辺。
        瓶に手紙を入れて流す優子。じっと海に見入る優子。
        その優子をはじめが心配そうに見ている。
        優子が去る。はじめは優子のいたところに来て、海を見るがやがて去る。
 
めぐみ:でも、優子はやはり、ちょっとおかしい。もっと自分を大事にすればいいのに。んでもって三日目の朝食の時・・。
 
#14 朝食2
 
        夜が明けて、はじめが入ってくる。
 
はじめ:おはよう。
めぐみ:おはよう。
 
        少し照れくさい。
        会話も弾まず、もくもくと食べている。
 
かのこ:おはよう。
 
        照れくさい三人目。無言で挨拶。
        もくもくと食べている。
 
優子 :おはよう。
 
        とどめの気まずさ。みんな、無言で挨拶。
        黙々と食べている。もくもくもくもく。
 
めぐみ:あーっ、止めよう!
かのこ:なにを。
めぐみ:こんなうざったいのよそうよ。もっと、明るく。
はじめ:そうそう。ご飯が喉に通らないよ。
かのこ:ばーか。3杯もお代わりしたんでしょうが。
はじめ:え、見てた?
めぐみ・かのこ:見た、見た。
はじめ:なんだよな。はは。
 
        三人、わざとらしく笑うが、優子は黙々。
        白けてしまって、おまえが悪いんだなどとこっそり突っつきあう。
        げっそりして、また黙々。
        突然。
 
優子 :ありがとう。
はじめ:え?
優子 :気ぃ使ってくれてるの、よく分かる。ありがとう。
はじめ:いやあ。ね。だから。な。なあ・・
 
        と、他の二人に訳の分からない同意を求める。
 
二人 :ええ。ねえ。
 
        と、訳の分からない同意をする。
 
はじめ:いいじゃない。合宿、今日で最後だから。明るく、ぱっといこう。
めぐみ:そうね。
 
        ピンポーンとなった。
 
かのこ:ミドリ先生?
めぐみ:お客さんじゃない。
かのこ:見てくる。
 
        かのこ、去る。
 
めぐみ:ピクニックでも行く?
はじめ:思い出岬?(と、ひそっと)
めぐみ:あ、まあね。他に行くところもないし。
優子 :気を使わなくていいのよ。
はじめ:別に、そんな。ねえ。
めぐみ:ねえ。
優子 :じゃ、決まった。
めぐみ:あたし、サンドイッチ作る。ピクルスあったから。
はじめ:へー。嵐がこなきゃいいけど。
めぐみ:何?
優子 :大丈夫みたいよ。気圧配置は。
めぐみ:あったり前でしょ。シェフの腕を馬鹿にしちゃ行けない。
はじめ:くいしんぼだろ、たんなる。
めぐみ:あ、言ったな。
 
        ふざけかけようとして、かのこに気づく。
 
かのこ:はじめ。
はじめ:なに?
かのこ:お母さん来てるよ。
はじめ:え?
かのこ:どうする。
はじめ:あの人、どこにいるの。
かのこ:入口の脇。
 
        はじめ、いこうとする。
 
めぐみ:はじめ。
はじめ:大丈夫だよ。
 
        去る。
 
優子 :大丈夫?
めぐみ:はじめの問題だから。
かのこ:そうよ。ご飯すませよう。
めぐみ:そうね。コーヒーちょうだい。
かのこ:マーマレードは?え?又ないの?誰、犯人。残しといてよ。
めぐみ:へっへっへ。
かのこ:めぐみ!
優子 :私の回してあげる。
かのこ:サンキュ。持つべき者はよいともだ。
めぐみ:食い助。
かのこ:何とでもいえ。
 
        などと言っている間に明かりが少し落ちる。
    
#15 母の訪問
 
        薄暗い部屋。
        女の人がいる。
        白い日傘を持っているようだ。
        はじめが入ってくる。
        ちょっと、ためらう。
 
はじめ:どうして、つけないの。明かり。
 
        沈黙。
 
はじめ:なぜ来たの。来なくていいといったとじゃない。
 
        沈黙。
 
はじめ:手紙?・・読んだよ。・・ほんとだったら。
 
        沈黙。
 
はじめ:入れたよ。電話。・・ん。だったらいいじゃない。
 
        はじめ遮るように。
 
はじめ:そんなこと判ってるよ。それより知ってるお父さん再婚するらしいよ。
 
        いらだつはじめ。
 
はじめ:それでいいの。・・聞き飽きたよそんなこと。お父さん裏切ったのあんたじゃないか。
 
        沈黙。
 
はじめ:卑怯だよ。仕事のせいにするの。
 
        短い間。
 
はじめ:いいわけだろ。そんなの。仕事なんて口実だよ。え?お父さん。あってないよ。嘘じゃない。本当。約束守ってる。本当だって。父さん    の悪口言わないで。
 
        沈黙。
 
はじめ:僕のせいにしないで。僕は誰ものでもない。お父さんのものでも、あんたのものでもない。卑怯だよ大人は。そう。離婚なんて二人の問    題だろ。だったらはじめからこども巻き込むなよ。・・わかってるよ。あんたのそばにいる。でも、僕はそばにいるだけだからね!
 
        短い間。
 
はじめ:ああ、そうだよ。そうだったら。・・うるさいな。・・うるさいっ!
 
        凍り付くような、間。
        白い影が動く。ぼんやり見るはじめ。
        帰ろうとする白い影。立ち止まって。
 
はじめ:(ほっとしたように)え?ああ。明後日、帰る。
 
        去ろうとする、白い影。
 
はじめ:・・あの。
 
        止まる、影。
 
はじめ:・・何でもない。
 
        影、白い日傘をさして去る。
 
はじめ:何でもないよ。
 
        ぼそっと、はじめ。
        見送る。やがて、めぐみたちの方へ歩き始める。
 
#16 優子とはじめ
 
        明かりが変わる。
        ピクニックの相談。
 
めぐみ:ねえ、はじめ。それで、いついく。
はじめ:いつ行くって?
かのこ:思い出岬にピクニック。お昼食べにって言う案出てるけど。
はじめ:あ、それ。・・えと、お昼か。あ、ダメだ。プリント残ってる。3時頃まで講習あるし。
かのこ:居残り補習にも引っかかってるし。
はじめ:やかまし。
めぐみ:あ、こりゃピクニックならないわ。はじめ抜きで行こうか。
優子 :夕方でもいいわ。
めぐみ:ほんと?
優子 :うん。
めぐみ:かのこは?
かのこ:あたしもいい。
めぐみ:じゃ夕食ね。
はじめ:えーっ。ちょっと、僕の都合は。
めぐみ:はい。決定。
はじめ:だから僕の都合は。
かのこ:あ、めぐみ、ミドリ先生に呼ばれてなかったっけ。
めぐみ:あーっ、忘れてた。
かのこ:ったく、ぬけてんだから。
めぐみ:ぬけててすみません。かのこ、ついてきて。
 
        かのこ、めぐみ去る。
        はじめも行こうとして。
 
優子 :ねえ。
はじめ:何。
優子 :お母さんどうだった。
 
        立ち止まるはじめ。
 
優子 :あ、そういう訳じゃなくて。
はじめ:どう言うわけ。
 
        困ってしまう優子。
 
はじめ:どう言うわけ?
優子 :ごめんなさい。
はじめ:謝ることないよ。ねえ、どう言うわけ。
優子 :わたし、ただ。
はじめ:ただ?
優子 :よくないって思う。
はじめ:何が?
優子 :お母さんとの関係、そんなのってよくないって思う。
はじめ:へー。心配してくれてんの。
優子 :そんな言い方しないで。
 
        肩をすくめて。
 
はじめ:僕の問題だよ。
優子 :私の問題でもあるの。
はじめ:どうして、あの人、君のお母さん?
優子 :そんなんじゃない。
はじめ:だから、どうしてって言ってるじゃない。
優子 :だから・・
はじめ:だから?
優子 :だから、お母さんをそんな風に呼べない人って最低だと思う。
はじめ:最低?
優子 :そう。最低。素直にお母さんって呼べばすむことなのに、ただそれだけなのに。
はじめ:そうしたらどうなるの?何にも変わらないよ。僕は、僕、あの人はあの人お互い独立してる。いいじゃない。
優子 :そうしたら、つながらない。
はじめ:は?
優子 :あの人なんて呼んじゃいけない。あの人なんて言い方、何処にもつながらないじゃない。独立してる?嘘。バラバラになってるだけじゃ    ない。お母さんてたった一人だからね。はじめ君のお母さんて、たった一人だからね。
 
        
 
優子 :たった一人だからね。
はじめ:(溜息ついて)お節介だね。
優子 :私の問題だもの。
はじめ:さっきも聞いた。どうして。
優子 :お母さんをそんな風に思ってる人がいると思うと耐えられないもの。
はじめ:そんなの勝手だよ。
優子 :勝手でもいい。そうしなければ・・
はじめ:そうしないと?
優子 :何でもない。
はじめ:言えよ。
優子 :言っても判らない。
はじめ:言わないと判らない。
優子 :今のはじめ君じゃ判らない。
はじめ:そんなこと判るか。
優子 :判る。
はじめ:おうおう、強気なことで。
優子 :ねえ、はじめ君。
 
        一瞬たじろぐ、はじめ。
 
はじめ:な、何。
優子 :ほんとに心から願えば、願い事ってかなうのよ。
はじめ:え?
優子 :お母さん、そういったの。
はじめ:え?
優子 :会いに行くからって。
はじめ:でも、それは・・。
優子 :私、会うの。きっと。本当に。
 
        にっこり笑って、立ち去る優子。立ち去りながら。
 
優子 :ねえ、サンドイッチでいいよね。
はじめ:ああ。
優子 :ピクルスつけて。
はじめ:ああ。
 
        優子、明るく笑いながら去る。        
        その明るさにおそれを抱く、はじめ。
        やがて、重い足取りで去る。
 
#17 思い出岬
 
        夕方。すばらしい夕暮れ。
        思い出岬。
        潮騒の音。少し大きい。
        やってくるはじめたち。
 
めぐみ:はじめがいけないんだよ。
かのこ:ぐずだもの。日が暮れちゃうよ。
はじめ:ごめん。プリントしてて・・。
かのこ:まったくいつもそうなんだから・・
    
        と、言いかけて立ちすくむ。
 
かのこ:すっごーい。前よりすごい。
めぐみ:怖いぐらい。でも、相変わらずきれいね、夕焼け。
かのこ:潮騒、すごいね。
はじめ:うん。大きい。
 
        潮騒の音、ひときわ大きくなって、はじめたち少しびびる。
        やや小さくなる。
 
かのこ:(気圧されたように)ここにしょっか?
めぐみ:いいんじゃない。はじめ。
はじめ:はいはい。
 
        例のように荷物を持たされていた。
        この間、優子は一言も口を利かない。すっきりした様子で海を見ている。
        はじめ、納得行かないような気遣わしい様子。
 
めぐみ:優子。・・優子、優子!
優子 :え?・・ああ、何?
めぐみ:大丈夫?ぼーっとして。
かのこ:落ちるよ。ぼけてると。
 
        優子、明るく笑って。
 
優子 :大丈夫よ。波すごいわね。
かのこ:台風でも来てるんじゃない。
めぐみ:こんなにはれてるのに?
優子 :晴れてても海の底は荒れてるの。
めぐみ:は?
優子 :もうすぐ満ち潮ね。
かのこ:ほんとにくるのかな。   
めぐみ:かけようか。
はじめ:え?
めぐみ:待ち人が来た人におごるのよ。
かのこ:乗った!でも、待ち人かどうかどうして判るの?
めぐみ:正々堂々宣言したらすむ事じゃない。
かのこ:正々堂々ね。へいへい。一番誰?
めぐみ:もちろん、私です。
はじめ:誰待つの。
めぐみ:きまってるじゃない、私の旦那様になる人よ。
かのこ:誰?
めぐみ:ひ・み・つc
かのこ:はじめは?
はじめ:誰でもいいよ。
かのこ:だめ。それじゃゲームにならない。
はじめ:後で言うよ。
めぐみ:だめだめ。さあ、白状しろ。誰を待ってるんだ。
かのこ:だれだ、だれだ、
めぐみ:んー。君の思う人は誰だ。
かのこ:いっちゃえ、いっちゃえ。
はじめ:・・おとうさんかな。
めぐみ:はい、かのこ。
かのこ:私は・・・
二人 :えー?
かのこ:いいじゃない。はい次、優子は。
優子 :私はお母さん。
めぐみ:誰の勝ちかな?
優子 :私の勝ちよ。
かのこ:そんなのわからないわ。
優子 :わかるわ、お母さんきっと来る。
はじめ:こないよ。
優子 :どうして。写真流したもの。来るわ。
はじめ:写真流してないよ。
優子 :え?
はじめ:ほら。
 
        はじめ、ポケットから瓶を出す。
 
はじめ:昨日の晩。拾ったんだ。
優子 :跡つけたの?
 
        はじめ、頷く。
 
優子 :ひどい!・・せっかくお願いしたのに。返して!
 
        はじめ、瓶を返す。
        ひったくるように優子。
 
はじめ:間違ってるよ。
優子 :何が。
はじめ:前に言ったろ。写真に写ってるのはお母さんの時間だよ。優子はお母さんの時間をピンで留めてる。昆虫採集みたいに。
優子 :違うわ。
はじめ:でも、留められてるのは本当は優子だよ。
優子 :私?
はじめ:そう。写真持ってる限り、お母さんの時間にピンで留められている。
優子 :ひどいこというのね。
はじめ:どこが。ほんとだろ。お母さんの時間は死んだ時間だ。どこにも流れない。
優子 :お母さんの悪口聞きたくない。
はじめ:悪口なんかじゃない。
優子 :聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
かのこ:優子、はじめの言うとおりだよ。お母さんは来ない。
優子 :かのこまで!
かのこ:聞いて。
優子 :いや。何にも聞きたくない。
かのこ:いやでもききなさい!
 
        かのこ、裂帛の気合い。
        間。
 
かのこ:ごめん、私嘘ついてた。
めぐみ:うそ?何を。
かのこ:引っ越しするって言ってるよね。ごめん、あれ嘘なんだ。
はじめ:嘘!
かのこ:あれ全然違う。別居するんだ。
はじめ:まさか。
かのこ:ほんと。お父さんとお母さん。うまくいってなかった。私がいるから我慢していた。
めぐみ:かのこ。
かのこ:お母さんか。(笑う)ほんとはね、私好かれてないんだよ。お父さんに似てるから。でも、私期待されてる。お父さんの分私に期待して    る。よくわかるよ。だから私立がんばって受ける。私、お母さんの喜ぶ顔が好き。滅多にないもの。おかしい?
 
        誰も答えられない。
 
かのこ:私好かれてないんだ。でも、こんな関係好きだから、私、お母さんについていく。優子。
優子 :え?
かのこ:お母さんに会いたいって気持ち大切だと思う。よくわかるよ。でも、会えないんだよ。どんなことしたって、会えない。お母さんに好か    れてないってことと同じで変えることできない。
優子 :変えることできない・・。
かのこ:だから、私が好きになるんだ。優子、大人は変われないんだよ。だから、こどもが変わるしかない。
 
        
 
かのこ:変わるしかないんだよ。
 
        
 
優子 :・・そうね。・・変わるしかない。
 
        ほっとする一同。
 
優子 :でも、この写真。
はじめ:もって帰ろう。大切なものだろ。
優子 :ええ。
はじめ:それに、今はもう引き潮だしね。待ち人来たらずだよ。
優子 :そう、引き潮なの。
はじめ:そうだ、帰ろう。
優子 :そうね。でも、お母さんが呼んでる。
はじめ:優子。
優子 :お母さん一人にできない。ごめんなさい。
はじめ:優子!
 
        優子、すっとそのまま跳んだ。
        悲鳴。
 
かのこ:馬鹿っ。待ち人こなくて引き潮になったら連れてかれるんだよ。
はじめ:えーっ、聞いてないよ。
めぐみ:助けなくちゃ。はじめ!
はじめ:ごめん、泳げない。
めぐみ:泳げるようになったって言ったじゃない。
はじめ:まだ5メートルぐらいしか・・・。
めぐみ:もう、ほんとに、あんたって言う人はっ!
 
#18 救出
 
かのこ:ほんと、どじっ。どいて。
めぐみ:かのこ。
かのこ:しゃーない。あたしなんとか助ける。めぐみ、ミドリ先生呼んできて。
めぐみ:判った!
 
        先生を呼びに走るめぐみ
 
はじめ:むりだよ。かのこ。
かのこ:やらなきゃ優子はしんじゃう。
はじめ:かのこ。
かのこ:人生なんてそんなもんよ。やってみなくちゃわからない。
 
        おぼれる優子。
 
かのこ:優子、しっかり。
 
        飛び込むかのこ。
 
はじめ:かのこ!かのこ!あーっ、ばか、もっと、右。右!しがみつかれるっ!そう、もっと右ーっ!あーっ、ばかっ、危ないっ。かのこ!ゆう    こ!誰かーっ!
 
        叫び続ける中、潮騒の音が大きくなって、救急車の音が混じって遠ざかりやがて静まる。
        夜になっていた。
        めぐみがやってきた。ぼそっとめぐみが。
 
めぐみ:いっちゃったね。
はじめ:うん。・・助かるかなあ。
めぐみ:大丈夫。ミドリ先生ついてるもの。
はじめ:でも、顔、真っ白かったし、息してなかった。
めぐみ:助かるわ。
はじめ:なにもできなかった。・・なにもできなかった。
 
        
 
めぐみ:きっと助かるわ。
はじめ:・・命捨ててまで会いたいんだろうか。
めぐみ:優子、おかあさん子だったから。
はじめ:あえるはずないのに。
めぐみ:だからこそ。会いたいんじゃない。
はじめ:だからこそ?
めぐみ:だからこそ・・。
はじめ:思い出岬か・・。
めぐみ:誰でも、そんな人いるんじゃない。
はじめ:めぐみも・・。
めぐみ:かもね・・。
 
        間。
 
はじめ:病院行こう。
めぐみ:え?
はじめ:きっと助かってるよね。ね。(大きく頷くめぐみ)行こう。
 
        二人、走り去る。
 
#19 『夏のこども』が終わったら・・・
 
        木漏れ日。
        蝉の声。つくつくほーし。
        「夏のこども」を持ったはじめ。
 
はじめ:優子はけがもなく、息を吹き返した。ミドリ先生の人工呼吸が効いたわけだ。僕はさっきかのこにあってきた。かのこは今にも、しゃべ    りだしそうな口して眠っていた。僕はなにもいえず駆けつけたかのこのお母さんに一礼して病院を出た。外では気がつくと、つくつくほ    ーしが鳴いていた・・。
 
        と、空を見上げ、聞き入るはじめ。
        優子とめぐみが来る。それぞれ、「夏のこども」をもっている。
 
はじめ:やあ。
優子 :・・ごめんなさい。
はじめ:ううん。
めぐみ:(はじめに)会ってきた?
はじめ:又来るよってね。
めぐみ:そう。
はじめ:(優子に)かのこにあった?
優子 :・・うん。・・おかしいね。ほんとなら私死んでるはずなのに。私のせいで、かのこが・・。
めぐみ:だめ。それ言っちゃ。かのこかわいそう。
はじめ:そうだよ。
優子 :そう?
めぐみ:そうよ。
はじめ:そうだよ。
優子 :でも、まだ謝ってない。
はじめ:かのこの目が覚めたら謝れるよ。
優子 :・・それは、そうだけど。
めぐみ:・・私たち、まだ宿題終わってないんだ。
はじめ:え?
めぐみ:「夏のこども」
 
        と、「夏のこども」を見る。
        二人も「夏のこども」をみながら。
        微妙な間。振り切るように。
 
はじめ:いこう。車出るよ。
優子 :うん。
 
        と、はじめの方を向き。
 
優子 :もう、私お母さんに会うなんて言わない。
はじめ:え?
優子 :もちろん、お母さんのこと忘れない。たった一人のお母さんだもの。でも、会うなんて言わない。
はじめ:(やさしく)どうして?
優子 :飛び込んだ時ね、お母さんの顔浮かばなくて、みんなの顔浮かんだの。あ、私ほんとは生きたいんだって思った。そうしたら、お母さん    の声聞こえて。
はじめ:なんて。
優子 :もういいよって。
はじめ:ふーん。
優子 :・・でも、お母さんのこと絶対忘れないからね。
はじめ:うん。
優子 :・・はじめ君も。
はじめ:何?
優子 :おかあさんて言ったらいい。・・子どもから始めなきゃ。
はじめ:・・・。
優子 :そうでしょ。そうしなきゃ何も変わらないだよね。
はじめ:・・・。
優子 :はじめ君なら言える。
はじめ:・・・。
優子 :・・じゃ。
 
        一歩下がる。
        めぐみが声をかける。
 
めぐみ:あたし、一緒に飛んでもいいよ。
はじめ:え?
めぐみ:空中ブランコ。だって、面白そうじゃない。
はじめ:うん。・・ありがとう。
めぐみ:へへっ。それに、親と少し話してみようかなって。
はじめ:そう。
めぐみ:うん。受験のお金も出してもらわなきゃいけないしね。
はじめ:私立受けるんだ。
めぐみ:ダメもとよ。やっぱね、やってみなくちゃわから無いもの。
はじめ:そう・・そうだよね。
 
        うなづくめぐみ。
        
 
はじめ:じゃ。
めぐみ:では。
はじめ:さよなら。
優子 :さようなら。
 
        
 
めぐみ:さようなら。
はじめ:さようなら。
三人 :さようなら。
 
        三人がそれぞれにスローモーションで散り、ストップする。
 
はじめ:こうして、僕たちはそれぞれの家に帰った。何かが変わった気もするけれど、何も変わりはしなかった気もする。「人生なんてそんなも    のよ」と、かのこならいいそうだ。僕はといえば、何かが変わったわけではない。けれど・・。
 
        ピンポーン。
        ドアを開けるはじめ。
        ゆっくりと白い日傘の女が横切っていく。
 
はじめ:ただいま(ちょっとくちごもり、つばを飲み込み)・・ただいま、おかあさん。
 
        日傘の女はゆっくりと思い出岬へ歩いていく。
        つくつくほーしの声が聞こえる中、静かに幕が下りる。
                                                            【 幕 】


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