原作 ルナール 岸田国士訳
                                        構成・脚本 結城 翼
★登場人物
 にんじん 
 母(にんじんの母)   
 父・男
 誰か・
	テーブルと椅子が数脚ある。にんじんが椅子に座っている。離れて母	(にんじ	んの母)が立っている。にんじんと母のまわりがぼんやりと	浮かぶ。
	誰か(舞台にいなくても良い)と、母(にんじんの母)がしゃべっている。
誰か どうしてにんじんなんてお呼びになるんです? 髪の毛が黄色いからですか
母 (にんじんの方へ視線をやって)性根ときたら、もっと黄色いですよ。
	男の乾いた笑い声がする。
男  雪合戦をすると、にんじんは猛烈だ。それは彼が雪の中へ石ころを入れるからである。彼は、頭を狙う。これなら、勝負は早い。そして、隠れんぼでは、あんまり巧く隠れて、みんなが彼のことを忘れてしまう。(笑う)
母	にんじん、返事をおし、人が話しかけた時には・・・。。
	にんじん、声にならない声。
母	ほらね、そういってあるだろう、子供はなんか頬ばったまま、ものを言うんじゃないって・・。(いらだつ)文句をいうのはおよし! いつまでもうるさいね。じゃ、お前は、あたしより父さんのほうが好きなんだね。
	にんじん、答えない。
母	どうなのさ。
	にんじんは答えない。
        音楽。
	明るくなる。
母	お前、なんにも失くしたもんはないかい、にんじん?
にんじん ないよ。
母  すぐに「ない」なんて、どうしていうのさ、知りもしないくせに。まずカクシを	ひっくり返してごらん。
	
	にんじん、カクシの裏を引き出し、驢馬の耳みたいに垂れた袋を見つめている。
にんじん ああ、そうか。返してよ、母さん。
母 	返すって、何をさ? 失くなったもんがあるのかい。母さんは、いいかげんに訊	きいてみたんだ。そうしたら、やっぱりそうだ。何を失くしたのさ。
にんじん 知らない。
母 	そらそら! 嘘をつこうと思って、もう、うろうろしてるじゃないか。何を失く	した? 独楽かい?
にんじん そうそう、うっかりしてた。こまだった。そうだよ、母さん。
母	こまなもんか。こまは先週、あたしが取り上げたんだ。
にんじ そいじゃ、小刀だ。
母	どの小刀? 誰だい、小刀をくれたのは?
にんじん だれでもない。
母	情けない子だよ、お前は・・。まるで、母さんの前じゃ口がきけないみたいじゃないか。だけどね、今は二人っきりだ。母さんは優しく訊いてるんだよ。母親を愛してる息子は、なんでも母親にほんとのことをいわなけりゃ。どうだろう、母さんは、お前が、お金を失くしたんだと思うがね。銀貨さ。母さんはなんにも知らないよ。でも、ちゃんと見当がつくんだ。そうじゃないとはいわせないよ。そら、鼻が動いている。
にんじん 母さん、そのお金は僕んでした。おじさんが、日曜にくれたんです。そいつを	失くしちゃったんだ。僕が損しただけさ。惜しいけど、僕、あきらめるよ。それ	に、そんなもん、大して欲しかないんだもの。銀貨の一つやそこら、あったって	無くったって!
母	それだ。じゃ、なにかい、おじさんの志を無にしようっていうんだね。
にんじん だって、もしか僕が、そのお金を好きなことに使ったとしたらどうなの? そ	れでも、一生そのお金の見張りをしてなけりゃいけないかしら?
母 	うるさいっ! 偉そうに! このお金はね、失くしてもいけないし、ことわらな	い前に使ってもいけません。こりゃもうお前に渡さないよ。代りがあるなら持っ	といで。捜しといで。造れるなら造ってごらん。まあ、そこはいいようにするさ。	あっちへおいで。つべこべいわずに!
にんじん はあ。
 母	その「はあ」は、これからやめてもらおうかね。。それから、すぐに鼻唄を歌ったり、歯と歯の間で口笛を吹いたりしたら、今度は承知しないよ。母さんにゃ、そんなことしたって、なんにもなりゃしないんだ。
	音楽。にんじんは探す、あるいは振りをする。それを背景に。
母	にんじん、笑う時には、行儀よく、音を立てないで笑っておくれ。(間)泣くなら泣くで、どうしてだか、それがいえないって法はない。
        ため息ついて。
母	あたしの身にもなってくださいよ。あの子ときたら、ひっぱたいたって、もうき	ゅうとも泣きゃしませんよ。
 	小さい間。誰かにむかって。
―
母	ありゃ、あたしそっくりでね、毒はないんですよ。意地が悪いっていうよりゃ、	気が利かないってほうですし、それに、大事をしでかそうったって、ああ尻が重	くっちゃ。
	母、首をふりふり、出かける。
	にんじんが帰ってきた。
母	母さん・・ねえ・・母さん・・。
	返事はない。彼女は仕事机の抽斗を開けたままにしている。毛糸、針、白、赤、	黒の糸巻の間に、にんじんは、いくつかの銀貨を発見する。
にんじん 銀貨だ。
	手を伸ばしかけて、ちょっと止まるが。
	素早く取り、家を飛び出す。小径をぐるぐる廻り、ここという場所を探し、そこ	で銀貨を「失く」し、踵で押し込み、腹這いに寝転がる。そして、めったやたら	に這いずって、不規則な円をそこここに描く。無邪気な遊びのように。
	音楽
母	なにしてるんだい、にんじん?
にんじん なにって、知らないよ。
母	そういうのは、つまり、また、ろくでもないことをしてるってこった。
にんじん こうしてないと、なんだか淋しいんだもの。
男	母親が自分のほうを向いて笑っていると思い、にんじんは、うれしくなり、こっ	ちからも笑ってみせる。が、母は、漠然と、自分自身に笑いかけていたのだ。そ	れで、急に、彼女の顔は、黒すぐりの眼を並べた暗い林になる。にんじんは、ど	ぎまぎして、隠れる場所さえわからずにいる。
	音楽止まる。にんじんが帰ってくる。
にんじん 母さん、母さん、あれ、あったよ。
母	母さんだって、あるよ。
にんじん だって・・・。そらね。
母	母さんだって、こら・・・。
にんじん どら、見せてごらん。
母	お前、見せてごらん。
	
	にんじんは銀貨を見せる。母は、自分のを見せる。にんじんは二つを手に取り、	較べてみ、いうべき文句を考える。
にんじん おかしいなあ。どこで拾ったの、母さんは? 僕は、この小径の梨の木の下で	拾ったんだ。見つける前に二十度もその上を歩いてるのさ。光ってるんだろう。	僕、はじめ、紙ぎれか、それとも、白い菫だろうと思ってたんだもの。だから、	手を出す気にならなかったの。きっと僕のポケットから落っこったんだろう、い	つか草ん中を転がり廻った時。、
母	そうじゃないとはいわない。母さんは、お前の上着の中にあったのをみつけたんだ。あんなにいってあるのに、お前はまた、着替える時にカクシのものを出しとくのを忘れてる。母さんは、ものを几帳面にすることを教えようと思ったんだ。自分で懲りるように自分で捜しなさいといったんだ。ところが、捜せばきっと見つかるっていうことが、やっぱりほんとだった。そうだろう、お前の銀貨は、一つが二つになった。えらい金満家かだ。終りよければすべてよしだがね、いっといてあげるが、お金はしあわせの元手じゃないよ。
にんじん じゃ、僕、遊びに行っていい、母さん?
母	いいとも、遊んでらっしゃい。子供くさい遊びはもう決してするんじゃないよ。	さ、二つとも持ってお行き。
にんじん ううん、僕、一つでたくさんだよ。母さん、それしまっといて、またいる時まで・・・ね、そうしてね。
母	いやいや、勘定は勘定だ。お前のものはお前が持っていなさい。両方とも、これはお前のもんだ。おじさんのと、梨の木のと・・・。梨の木のほうは、持主が出れば、こりゃ別だ。誰だろう? いくら考えてもわからない。お前、心当りはないかい?
にんじん さあ、ないなあ。それに、どうだっていいや、そんなこと・・・。明日考えるよ。じゃ、行ってくるよ、母さん、ありがとう。
母	お待ち。園丁のだったら?
にんじん 今すぐ、訊いて来てみようか?
母 	ちょっと、ぼうや、助けておくれ。考えてみておくれ。父さんは、あの年で、そんなうっかりしたことをなさるはずはないね。・・・。そうしてみると、どうもこりゃ、	あたしだよ。
にんじん 母さんだって? そいつあ、変だなあ。母さんは、あんなにきちんと、なんでもしまっとくくせに・・・。
母	大人だって、どうかすると、子供みたいな間違いをするもんだよ。なに、しらべてみればすぐわかる。とにかく、こりゃ、あたしの問題だ。もう話はわかった。心配しないでいいよ。遊んどいで。あんまり遠くへ行かずに・・・。その暇に母さんは、仕事机の抽斗の中をちょっとのぞいて来るから・・・。
 	にんじんは、もう走り出していたが、振り向いて、いっとき、遠ざかって行		く母親の後を見送っている。やがて、突然、彼は彼女を追い抜く。その前に立ち	ふさがる。そして、黙って、片一方の頬を差し出す。
母	(右手を振り上げ、崩れかかる)お前の嘘つきなことは百も承知だ。しかし、こ	れほどまでとは思ってなかった。嘘の上へまた嘘だ。どこまででも行くさ。初め	に卵一つ盗めば、その次ぎは牛一匹だ。そして、しまいに、母親を締め殺すんだ。
 	最初の一撃が襲いかかる。
        情景が変わる。入り口の石段。にんじんと母と父がいる。父は少し離れて立っている。
母	にんじんや、あのね、いい子だから水車へ行って、バタを一斤もらって来ておく	れな。大急ぎだよ。お前が帰るまでに食事をはじめずに待っててあげるからね。
にんじん いやだよ。
母	「いや」っていう返事はどういうの? さ、待っててあげるから・・・。
にんじん いやだよ。僕は、水車へなんか行かないよ。
母	なんだって? 水車へなんか行かない? なにをいうの、お前は? 誰なのさ、	用を頼んでるのは? なんの夢を見てるんだい?
にんじん いやだよ。
母	これこれ、にんじん、どうしたというのさ、一体? 水車へ行って、バタを一斤	もらっておいでって、母さんのいいつけだよ。
にんじん 聞こえたよ。僕は行かないよ。
母	母さんが、夢でも見てるのかしら・・・? 何事だろう、こりゃ・・・? お前	は、生れて初めて、母さんのいうことを聴きかないつもりだね?
にんじん そうだよ。
母	・・母さんのいうことを聴かないつもりなんだね?
にんじん・・母さんのね、そうだよ。
母	・・そいつは面白い。どら、ほんとかどうか、・・・走って行って来るかい?
にんじん ・・いやだよ。
母	お黙り! そうして行っといで!
にんじん 黙るよ。そうして行かないよ。
母	・・さ、このお皿を持って駈け出しなさい!
	 にんじんは黙る。そして、動かない。
母	さあ、革命だ
	にんじんは昂然として、母を直視する。母はなにがなんだかわからない。
	彼女は、救いを求めるように、父に。
母	あたしゃ、丁寧に頼んだんだ、にんじんにさ、ちょっとした用事だよ、散歩がて	ら、水車まで行きゃいいんだ。ところが、どんな返事をした。・・世の	中がひっ	くり返った。世の終りだ。さあ、あたしゃ、もう知らない。父親とむかい合って、	あたしのいないところで、なんとか話をつけてごらん。
	家の中に去る。間。締め付けられるような声で。
にんじん ・・・父さん・・・、もし、父さんが、水車へバタを取りに行けっていうんな	ら、僕、父さんのためなら・・・父さんだけのためなら、僕、行くよ。母さんのためなら、僕、絶対、行くのいやだ。
	父は、当惑している。立ち上がる。
父	旧道の羊飼い場まで散歩に行くが、一緒に来ないか?
	彼らは出かける。
		
父	今日、お前がやったことは、どういうんだ、ありゃ? 。
にんじん ・・・。僕、ほんとをいうと、もう、母さんが嫌いになったよ。
父	ふむ。どういうところが? いつから?
にんじん どこもかしこも・・・。母さんの顔を覚えてからだよ。
父	・・・。母さんがお前にどんなことをしたか、話してごらん。
にんじん 父さん、気がつかない、なんにも?
父	お前がよくふくれっ面つらをしてるのを見たよ。
にんじん そりゃそれに違いないけど、ただ形の上さ。しかし、どうかすると、心の底か	ら、何をっていう風に、腹を立てることもあるの。で、その侮辱は、もう、どう	したって忘れやしないさ。
父   からかわれて怒る奴があるか。
にんじん ううん、ううん、そうじゃないよ。父さんはすっかり知らないからさ。家にい	ることは、そうないんだもの。
父	出歩かにゃならんのだ。しょうがない。
にんじん 今だからいうけど、僕をひっぱたくよりほかに、憂さばらしのしようがないん	だよ。それが、父さんの責任だとはいわない。・・これから、ぼつぼつ、もう以		前からのことを話してみるよ。僕のいうことが大袈裟かどうか、みんなわかる。	だけどね、父さん、さっそく、相談したいことがあるの。僕、母さんと別れちゃ	いたいんだけど・・・。
父	一年にふた月、休暇に会うだけじゃないか?
にんじん その休暇中も、寮に残っちゃいけない?
父	そんなことでもしてみろ。世間じゃ、わしがお前を捨てたんだっていう。それに	第一、お前と一緒におられんようになるじゃないか。
にんじん 面会に来てくれればいいんだよ、父さん。
父 	・・にんじん。
にんじん ちょっと廻りみちをしてさ。
父	今まで、お前を兄貴や姉さんとおんなじに取り扱ってきた。誰を特別にどうする	っていうことは、決してしなかった。そいつは変えるわけにいかん。
にんじん じゃ、学校のほうを止そう。そうすりゃ、僕、何か職業を選ぶよ。
父	どんな? 
にんじん 何だっていいよ。僕、自分の食べるだけ稼ぐんだ、そうすりゃ、自由だもの。
父	もう遅い、にんじん。そんなことをさせる為にお前の教育に大きな犠牲を払った	んじゃない。
にんじん そんなら、もし僕が、自殺しようとしたことがあるっていったら、どうなの?
父	おどかすな。
にんじん 嘘じゃないよ。父さん、昨日だって、また、僕あ、首を吊ろうと思ったんだ。
父   お前はそこにいるじゃないか。だから、そんなことはしたくなかったんだ。しか	も、お前は、自殺をしそこなったという話をしながら、得意そうに、頤を突き出	している。
にんじん だけど、僕の兄貴は幸福だ。姉さんも幸福だ。それからもし母さんが、父さん	のいうように、僕をからかって、それがちっとも楽しみじゃないっていうんなら、	僕あ、なにがなんだかわからないよ。その次は、父さんさ。父さんは威張ってる。	みんな怖がっている。母さんだって怖がってる。母さんは、父さんの幸福に対し	て、どうすることもできないんだ。これはつまり、人類の中に、幸福なものもい	るっていう証拠じゃないか。
父	その理窟は、屁みたいだ、そりゃ。人の心が、いちいち奥底まで、お前にはっき	り見えるかい?ありとあらゆることが、もう、ちゃんとわかるのか、お前に・・?
にんじん 僕だけのことならわかるよ、父さん。少なくとも、わかろうと努めてるよ。
父	そんならだ。いいか、にんじん、幸福なんていうもんは思い切れ! お前は、今	より幸福になることなんぞ、決してありゃせん。決して、決して、ありゃせんぞ。
にんじん いやに請合あうんだね。
父	あきらめろ。鎧兜で身を固めろ。年なら二十になるまでだ。自分で自分のことが	できるようになれば、お前は自由になるんだ。家は変えられる。われわれ親きょ	うだいと縁を切ることもできるんだ。それまでは、上から下を見おろす気でいろ。	神経を殺せ。そして、他の者を観察しろ。お前の一番近くにいる者たちも同様に	だ。こいつは面白いぞ。保証しとく、お前の気安めになるような、意外千万なこ	とが目につくから。
にんじん どんな運命でも、僕のよりゃましだよ。僕には、一人の母親がある。この母親	が僕を愛してくれないんだ。そして、僕がまたその母親を愛していないんじゃな	いか。
父	そんなら、わしが、そいつを愛してると思うのか。
	間
	やがて、にんじんは、こみ上げてくるのをこらえきれず、闇の中に拳を握りしめ	降って叫ぶ。
にんじん やい、因業婆あ! いよいよ、これで申し分なしだ! 僕はお前が大嫌いな		んだ!
父	こら、止せ! なにはともあれ、お前の母さんだ。
にんじん ああ。
	にんじんは、再び、単純でしかも用心深い子供になる。
【以下、二つのラスト 解放されないバージョンと解放されたバージョン】
●解放されないバージョン
にんじん 僕の母さんだと思ってこういうんじゃないんだよ。
         にんじん。ゆっくりと前を向いて座る。表情が消える。
	 音楽。母が誰かと話している声が聞こえる。
誰か どうしてにんじんなんてお呼びになるんです? 髪の毛が黄色いからですか
母 	性根ときたら、もっと黄色いですよ。
        小さい間。・
	文句をいうのはおよし! いつまでもうるさいね。じゃ、お前は、あたしより父	さんのほうが好きなんだね。
		
	間。
母	どうなのさ。
	音楽がやや大きくなる。にんじんは耳をふさごうとする。
母	あたしの身にもなってくださいよ。あの子ときたら、ひっぱたいたって、もうき	ゅうとも泣きゃしませんよ。
 	にんじんは表情が消えたまま耳をふさぐ。おっかぶさるように母の言葉。
―
母	ありゃ、あたしそっくりでね、毒はないんですよ。意地が悪いっていうよりゃ、	気が利かないってほうですし、それに、大事をしでかそうったって、ああ尻が重	くっちゃ。
 	音楽が更に大きくなりひび割れた感じになって、台詞の途中で断ち切るように音	が消失。台詞も消える。耳をふさぎ続けるにんじんの周りだけがぼんやりと明る	いが、やがて溶暗。        
                                                       【 幕 】
●解放されたバージョン
             にんじん。ゆっくりと前を向いて座る。
	 音楽。母が誰かと話している声が聞こえる。
誰か どうしてにんじんなんてお呼びになるんです? 髪の毛が黄色いからですか
母 	性根ときたら、もっと黄色いですよ。
        小さい間。・
	文句をいうのはおよし! いつまでもうるさいね。じゃ、お前は、あたしより父	さんのほうが好きなんだね。
		
	間。
母	どうなのさ。
	男の台詞が重なる。にんじんは生き生きと動き始める。以下の母の台詞に重なって。
母	あたしの身にもなってくださいよ。あの子ときたら、ひっぱたいたって、もうき	ゅうとも泣きゃしませんよ。
 	間
―
母	ありゃ、あたしそっくりでね、毒はないんですよ。意地が悪いっていうよりゃ、	気が利かないってほうですし、それに、大事をしでかそうったって、ああ尻が重	くっちゃ。
        男、愉快な笑いと共に。
男	雪合戦をすると、彼は猛烈だ。で、その評判は遠くまで及んでいるが、それは彼	が雪の中へ石ころを入れるからである 彼は、頭を狙う。これなら、勝負は早い。	(愉快そうに笑う)人捕りの時は、自由などに未練はなく、いくらでも捕まえさ	せる。そして、隠れんぼでは、あんまり巧く隠れて、みんなが彼のことを忘れて	しまう。(愉快な大笑い)
 	この台詞は最初は小さいが、やがて拮抗し、母の台詞を消し去っていく。それに	シンクロしてにんじんの動きは活発になる。母の台詞は弱々しくなって消えて行	く。
	音楽が更に大きくなりにんじんの動きは明るい。やがて溶暗。        
                                                       【 幕 
【追記事項】
  ご存じルナール原作の「にんじん」です。小説版より、できるだけ忠実に台詞と描写を下に、少人数の短編劇に構成し直しました。上演はコロナ禍でもあり密を避け野外でおこなわれました。15分から20分ほどで上演できます。ラストが二通りあり、いわば明るいラストと暗いラストになっています。どちらを選ぶかは自由です。また、今回は短い時間でと言う制限があり短編劇にしましたが、母親とにんじんのやりとりをメインに構成しましたが、小説は短いエピソードの集積からできていますので、他のエピソードをいくつか取り入れて、にんじんの多面的な像をくみたてていくと、ひとすじなわではいかない、子供の像がうかびあがり、1時間ものとして深みが出てくると思います。なお、底本は都合で岸田國士訳ですが、最近は女性の新訳が出ていますので、そちらの訳が今の時代には合うかともおもいます。