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「夏が来れば」・・どうしてもお芝居をしたい困った合唱部のためのお芝居・・
 
    作 結城 翼
 
★登場人物
新城夏子・・・海南学園高等科合唱部。元気で明るい。祖母を最近亡くしている。歌はあり上手ではないが大好きだ。
        コンクール至上主義にはなじめないでいる。
青木祐子・・・同。やや甘えのおじょうさん。くいしんぼでもある。
横山みどり・・同。横紙破り。男っぽい言葉遣い。けっこう極道かもしれない。
斉藤 忍・・・同。こわがり。SFやファンタジーが好き。ややていねいなしゃべり。
加藤通子・・・お節介系。軽い。
 
鮫島 修平・・海南第一中学校。元合唱部同好会員。勤労動員中。
八木慎一郎・・同。
鹿島 完治・・同。
 
田畑弥生・・・合唱部顧問。鬼の弥生で有名。結構、いってるかも。技術重視。コンクールで優勝することに執念を燃やす。体育系的なのりもある。
新城 操・・・夏子の祖母の姉。死亡。(夏子の二役)
人影1・・・・修平たちを追っかけている。
人影2・・・・同。
先輩A・・・・合宿に気合いを入れに来る。
先輩B・・・・同。
先輩C・・・・同
先輩D・・・・同
先輩E・・・・同
 
 
 
 
 
 
 
#1オープニング
 
        闇の中から歌が聞こえる。幕が上がると、真っ青な空。
        テラスに白い椅子とテーブル。木陰。そのあたりで三々五々、夏のさわやかな服装の麦わら帽子をかぶった清楚な少女たちが「夏が来        れば思い出す。」と合唱をしている。海南学園高等科合唱部の一同。一人、やや離れて歌っている新城夏子。
        演技などの邪魔にならない位置に伴奏用のピアノ。物語には全く関係なく独立してある。必要なときにBGM的に演奏される。
        やがて、一番を歌い終わりハミング。
        照明やや薄暗くなる。夏子にトップサスがあたる。語り始める夏子。
 
夏子 :私は夏子です。八月の夏の盛りに生まれたから夏子。何という手抜きな名前でしょう。まんまですよね。お母さんにそういったら、おばあち    ゃんがつけたのよって言いました。おばあちゃんと言っても正確にはおばあちゃんの姉さんで、一生独身を通したそうです。なんでも婚約者が    戦争が終わる前かおわった頃に亡くなったそうで、あの人も運が悪かったのよとお母さんは言ってます。結局そのままどこにもお嫁に行かず、    この春、心筋梗塞でなくなりました。病気一つしなかったので、まだまだ長生きすると思っていましたが、家の前の桜が雨で散った朝、桜と一    緒に眠るように息を引き取りました。生活のリズムが違うから小さいときと違ってめったに話しもしなかったけれど、それでもやっぱり気持ち    がしずんでしまいます。もちろん血がつながっているから何だろうけど、うまくいえません。それでということでは無いんですが、気分転換も    あって、この合宿に来ました。ああ、私、合唱部なんです。あまり上手じゃないけど、海南学園合唱部の一員としてまあまあやってます。夏の    高原っていいですね。なんだか小説か映画のシーンのようで、気持ちよく歌えます。
 
        再び「夏が来れば・・」のワンコーラス。終わったところへ、ぱちぱちと拍手して先生登場。
 
夏子 :先生・・。
先生 :はい。けっこう。けっこう。うまく高音がのびてたわ。あと、一週間だものね。がんばって行かなくちゃ。けど、欲をいうとだね。ちょっと    むらがあるっていうか。まだまだね。みどり、あなた昨日何か悪さしてたでしょう。のど少し痛めてるね。これでも(と、ビール飲むまねをす    る。)やってたんじゃない。
みどり:ぎくっ。
先生 :どう。
みどり:とんでもない。品行方正だよ。寝冷え、寝冷え。
先生 :そう。(と、冷たく。)祐子はちょっと音さがってるわ。気をつけて。
祐子 :はあい。
先生 :通子はね・・うん。
通子 :なんですか。
先生 :顔が悪い。なにその顔。
通子 :ひっどーい。
先生 :馬鹿っ。ルックスじゃない。表情。表情。
通子 :なんだ。
先生 :なんだじゃないの。歌うときの表情は審査の結構ポイントなのよ。わかってる。
通子 :はーい。気をつけまーす。
 
        ふんとため息ついて。
 
先生 :みんなご飯しっかり食べてね。おわればすぐに練習よ。、
通子 :えーっ。朝練おわったばっかりなのに。
先生 :あったりまえでしょ。何か?
通子 :いえ、なんでも。
先生 :いい。みんな、今年こそ、なにがなんでも県抜けましょう。もう少し、技術がついてくれば、可能性は充分あるわよ。海南学園合唱部。栄光    の年はもうすぐ目の前よ。見てらっしゃい。××音楽部。今年は地獄を見せてあげる。あたたたたたたー。(と、なつかしや北斗の拳。)合唱    組曲の経絡秘孔をついた。おまえたちの優勝はもうあり得ない。おーっほっほっほっ。
 
        と、呆然とする一同をしりめに高笑いしながら去る。
 
みどり:たまんねえなー。
通子 :いつもにまして、やる気ばりばりじゃん。
みどり:疲れるぜ。
夏子 :せっかく、高原に来たって言うのに。
みどり:あまい、あまい。避暑と違うんだぜ。合宿だよ合宿。
夏子 :それにしたって、ちょっとは息抜きってものをしたいじゃない。
忍  :させてくれそうにもありませんね。
祐子 :どうしてあんなに張り切ってるのかな?
夏子 :××の顧問と、張り合ってるのよ。
祐子 :何で?
みどり:いっつもうちが万年二位で、××が優勝かっさらうからだろ。
通子 :仕方ないよねーそれは。
祐子 :あっちは音楽科あるもの。
みどり:やっぱそれって環境だろ。あいつら練習室だってバリバリ完備してるじゃん。
 
        うんうん。と頷く彼らに。
 
夏子 :ぶーっ。残念でした。
みどり:え、違うの。
夏子 :はい、大有り。恋の恨み。
みどり:えー?恋の恨み。何、何、それ。
夏子 :彼氏横取りされたんだってー。
通子 :誰が。
夏子 :先生。
通子 :××の顧問に?
夏子 :ピンポーン。
みどり:うっそー。
通子 :まじぃ?!
夏子 :まじ、まじ。
忍  :私も聞きました。
みどり・通子:えっ、あんたが。
忍  :はい。
みどり・通子:そうなんだ。いつ。
忍  :この春です。
みどり:へーっ。でも、何であんたがしってんの。
夏子 :忍んちの横にちょっとしゃれたお店あるじゃない。
みどり:あぁ、あれ。でもあれって焼き肉屋だろ。
夏子 :そうよ。何考えてんだかカフェバーみたいにして。大体、約肉屋を上品にしてどうするの。やっぱ、焼き肉は、お肉じゅーじゅー、油ぎとぎ    と、けむりむんむんというなんかこう大阪っぽいさあ。ねえ、わかるでしょ。
通子 :わかるけど、それと先生とどういう関係があるわけ。
夏子 :え、別にないけど。
みどり:なけりゃいうなよ。話がこんがらがる。
夏子 :だから飛んだのよ。
通子 :何が。
夏子 :たれが。
通子 :なんの。
夏子 :焼き肉に決まってるじゃない。
みどり:夏子、あんたわけわかめだよ。ちゃんと説明しろよ。
夏子 :だからさ、焼き肉食べてる男と女って臭いなかって言うじゃない。
祐子 :ニンニクのにおいっていやね。上品じゃないわ。
みどり・通子:違う!
祐子 :おこらなくってもいいじゃない。
みどり・通子:いらいらしてんの。それで!
夏子 :だから、食べてたのよ。
みどり:誰が。
忍  :××の顧問と先生の彼氏。
みどり:何でしってんの。
忍  :うちも食べに行ってました。あそこの、たんおいしいんです。
みどり:ほう。そりゃよござんしたねえ。それで夏子。
夏子 :だからそこへばったり行ったわけ。
みどり:先生が?
夏子 :そう。
みどり:なんで。
夏子 :知らないわよ。食べたくなったんじゃない。
通子 :ふつう、焼き肉一人で食べに行くか?
夏子 :あら、友達といったのよ。
通子 :あ、そう。
夏子 :で、あとはお定まりの痴話げんんか。
通子 :そりゃそりゃ。
夏子 :すごかったってよ。先生、あの通りの気性でしょう。
みどり:切れたんだ。
夏子 :そんな生やさしいもんじゃないわ。食べかけてたカルビーぽーんと放り投げ、満々とたたえられていたたれを、彼氏の顔めがけてばしゃーっ。
通子 :げろげろーっ。
夏子 :生焼けのホルモン、××の顧問にぐちゃーっと。
通子 :うぇーっ。
先生 :どうしたんです。
夏子 :えっ。
 
        と、一同固まる。いつの間にか先生。
 
先生 :大変面白いお話ね。夏子さん。
夏子 :は、はい。
先生 :なかなか想像力豊かだわね。
夏子 :は、はい。
先生 :その想像力をもっと有効にお使いなさい。たとえば、曲の解釈に。あなたのは感情があまりこもってないのよ。いい。
夏子 :は、はい。
先生 :結構。では、朝食が始まりますよ。
夏子 :はい。
 
        と、去りながら。一同がほっとしたところへ。
 
先生 :夏子さん。
夏子 :はいっ。
先生 :ホルモンじゃなく、高いカルビーよ。投げつけたのは。
夏子 :えっ。
先生 :頭の上で、カルビーがティアラになってたわ。いい気味ね。ほーっほっほっほっ。
 
        と、去る。
 
通子 :すごい。
みどり:すごいぜ。
夏子 :うん。すごすぎる。
 
        小さい間。
 
通子 :やれやれ。朝飯かあ。
祐子 :終われば特訓ね。
忍  :また、暑い一日ですね。
夏子 :そうだね。
みどり:あーあ。
 
        と、見上げる。蝉が鳴き始めた。暑い一日になりそうだ。
        みんな去る。夏子だけがのこり少し薄暗くなる。
 
#2トレーニング
 
夏子 :合唱部の合宿といったらなんだか乙女チックなイメージがありますが、とてもとても。合唱は体力です。もとでは身体。鍛えなければ声も出    ません。まずは、体力づくり。基礎運動。しっかりしごかれます。何せ、鬼の弥生といったら、そんじょそこらの運動部なんて裸足で逃げ出し    ますから。朝ご飯が終わると30分の休息タイム。といっても、簡単なお掃除や着替えなどで時間がつぶれます。終われば、軽いランニングか    ら始まる体力づくり。腹筋、背筋、腕立て伏せ。持久走に、反復横飛び、垂直飛び、スクワットにジャンプ、クロスカントリー。どこが合唱部    じゃーというメニューこなすと、延々と続く発声練習。基礎よ、基礎。基礎が肝心よーと、息つく暇もない、練習、練習また練習。こんなにや    らなきゃいけませんかって聞くと、弥生先生不思議な顔して、夏子さん、技術がなくって歌えるの?ただ歌えばいいってものじゃないのよ。だ    って。そりゃ、ただ歌えばいいって言うもんじゃないけど、ただ、練習すればいいっていうものでもないと思うんですけど、たとえば・・あら。    また走ってる。これがけっこうはずいんですよ。
 
        ピーッというホイッスルが袖で鳴り。
 
声  :一番行きまーす。
 
        ビッ、とホイッスルが鳴り、歌いながら走ってくる一同。
 
一同 :虎のパンツはしましまパンツ、はいてもはいてもすぐ落ちる・・
 
        と、振りも入れながら、走り去る。
        弥生先生が叱咤激励している。甘いっとか。声が出てないっとか。気分はほとんど体育系。
 
夏子 :海南学園合唱部名物、合唱ランニングです。けっこうやけくそで気合いはいるんですけどね。
 
        また、逆の袖からランニングのペースが落ちて。
 
一同 :おもいこんだら試練の道を行くが女のど根性・・
 
        と、「重いこんだら」を引く思い入れで、ややスローペースで去っていく。弥生先生がビッビッと笛を鳴らしながら、叱咤激励。
        重なって。
 
夏子 :べつにいいんですけどね。ああ、みなさんもあの歌はあのように「こんだら」を引っ張ってると思ってたでしょう。白状すると実は私たちも    そうなんです。笑っちゃいますよね。そうでなきゃあんなことはしません。思いこみって本当にばかばかしいですよね。本人が真剣になればな    るほど、廻りものは大笑い。でも、笑えない思いこみも結構あるんですよね。たとえば、弥生先生の思いこみ。先生はいいんですが、それをま    ともに受け止めさせられる私たちは・・・
 
        と、困ったように首を振る。ビーッと鳴って。三度。
 
一同 :げっげっげげげのげ。朝は寝床でぐーぐーぐー。楽しいな、楽しいな、お化けにゃ学校も・・・
 
        と、中腰のムカデ競争の雰囲気で二列縦隊で出てくる。舞台中央に二列横隊になる。
        ビーッビッとホイッスルが鳴って一同立ち上がって整列。夏子も整列する。
 
先生 :番号!
 
        一同、1、2、3、と。
 
先生 :用意っ。
 
        ぱっと、腕立て伏せの体勢。ビーッとホイッスルを合図に一同腕立て伏せを始める。ここまで、きびきびと。
        弥生先生が巡視しながら演説を始める。その間にだんだん脱落していって良い。というか、適当にさぼっているのが露骨な奴もいる。
        ただし、演説の節目に先生がくるりと振り返ると、また、みんな、やっていること。終わればさぼって良い。
 
先生 :今日は暑い。
 
        思い入れの間。一同腕立て伏せ。先生は気分良く前を見ながら、話を始める。
 
先生 :蝉がやかましい。
 
        蝉の声。間。一同腕立て伏せ。ここまでは全員まじめにやること。
 
先生 :季節は真夏です。
 
        間。ばかばかしくなってさぼる奴。
 
先生 :燃えさかる青春の季節というわけだねえ。
 
        と、くるりと振り返る。大慌てで始める、何人か。じろっと疑わしそうに見て。
 
先生 :明日は八月十五日。何の日かわかる。
 
        見られた生徒、あわてて首を横に振る。
 
先生 :そうだろうね。君たちは歴史にうとい。私もそうだ。八月十五日。大切な日だね。たしか、戦争が終わった日だったと思う。たぶん。お盆で    もある。くわしくはしらん。だけど、そんな過去のことはどうでもいい。問題は今だ。
通子 :今ですか。
先生 :そう。八月十五日。コンクールまで後一週間。決戦の時だ。ことし、こそ。宿敵××高校音楽部を粉砕して、輝く合唱コンクールの星となら    ねばならない。おー。燃えてくる燃えてくる。みんなの目と心はすでに巨人の星モード。めらめらと瞳の中で戦いの炎が燃えているわ。
みどり:メラメラメラメラ。
 
        みどり茶々いれたはいいが、ぎろっと見られたのでまたあわてて腕立てをするが結構限界モード。
 
先生 :くじけちゃだめよ。後、一週間。後一週間が勝負なの。ここで、くじけたら女じゃないわ。
みどり:じゃ、男か。
先生 :強靱な体力。パワフルな肺活量。見事な腹筋。驚異のロングトーン。創造的な解釈。あふれるパワー、はじけるリズム。狂気のテンション。    ハイッ。
 
        コーラスラインかかる。ばっと一同、あふれるテンション。
 
先生 :テンション、テンション、テンション、テンション、テンション、テンション・・・
 
        一同、ハイテンションで踊り狂っている。(ごめんなさい野田秀樹様)
       
先生 :自分の限界に挑戦するのよ。自分の可能性をとことんまで追求するの。やって、やって、やり抜くのよーっ。おーほっほっほっほ。いけーっ、    海南学園合唱部。とことんやって、やり抜いてまえーっ!!・・ぜーぜー、はーはー。
みどり:(やりながら)せんせい、まだ続けるのーっ。限界越えたよー。
先生 :(ころっと)あら、忘れてた。もういいわ。
 
        どてっと崩れ落ちる部員たち。ぜーぜー言いながら抗議する部員。
 
通子 :なにやらせんですかーっ。
先生 :自分でコントロールしなきゃだめでしょうに。
みどり:だってよ。
先生 :(冷たく)自己管理ができないものは合唱する資格がありません。
みどり:おいおい。
先生 :はいっ。立って。
 
        一同、ぞろぞろと立つ。
 
通子 :えーっ。まだやるの。
先生 :発声よ。
通子 :えーっ。ちょっと休ませて。ねっ、せんせ。
先生 :だめ。
通子 :横暴。
みどり:極悪人。
先生 :シャラップ。未熟者のけつの青いガキが何を言うか。
夏子 :でも、せんせい。
先生 :言ったでしょ。コンクールをぶち抜くためにはまだまだクリヤーしなきゃいけない課題が山積みだって。それても、コンクールギブアップす    る?
みどり:あーあ。
先生 :行きますよ。はい。まずは。あーっ。
 
        基礎の発声のいくつかをやる。一般には珍しいものがいいかもしれない。
        合唱部という雰囲気を良く出すこと。
 
#3衝突
 
        というところへ、お久しぶりでーす。という声で先輩たちがやってくる。
 
先生 :あらー、・・に・・。いいとこへきたわねーっ。
先輩A:いや、ぼつぼつコンクールだから、ちょっと陣中見舞いを。
 
        と、差し入れを示す。後輩たちの歓声。
 
先生 :はいはい。(と、制して)お願い、ちょっと手伝って。いま、何人か家へ帰っててパート足りないの。
先輩B:もちろん。そのつもりで来ました。
先輩C:今年こそですよね。
先生 :もちろん。
先輩D:見込みありそうです?
先生 :これからの追い込み次第って言うとこね。ねっ(と、後輩たちを見る)。
 
        複雑そうな夏子たち。先生気づかず。
 
先生 :ちょうど、これから組曲やるの。手伝って。
先輩 :いいですよ。
 
        と、適当に発声などをしてみる。合唱の形に並ぶ。ぱんぱんと手をたたく。
 
先生 :いい。今年のテーマは夏だから、とにかく、「夏」のイメージをばんばん前に出してね。じゃ、「    」から行くね。昨日よりよくなき    ゃ承知しないよ。
 
        指揮をする。組曲「・・・・・」(合唱部が夏にふさわしいものを選んで下さい)
        歌い終わると、腕を組んでため息をつく。
 
先生 :たしかに昨日よりはましね。けど、みどり、あんた声下がりすぎ。祐子、あんたはあがりすぎ、忍、・・小節の入りがおくれてる。夏子、情    感が乏しい。・・・全体的に、なんだか、うたってます。と言う感じね。もっと、のびのびと夏らしい感じをこめて。
 
        と、技術的な欠点の指摘。(できれば実際の欠点が望ましい)
 
先生 :いいわかった。じゃそこだけ。はい。
 
        と、そこの練習。途中で。パンと止め。
 
先生 :だめ。もう一度。
 
        また、止める。
 
先生 :もう一度。
 
        また止める。
 
先生 :何回いったらわかるの。そうじゃなくて
 
        と、技術的な指摘をして、自分が歌ってみせる。
 
先生 :はい。
 
        と、合図を出すが、先輩たちだけで、生徒たちは歌わない。
 
先生 :だめじゃない。合図よく見て。はいっ。
 
        再び歌う先輩と歌わない生徒たち。下を向いているものもいる。先生、ゆっくりと見回す。少しの間。
 
先生 :どうしたの。これは。
 
        間。誰も答えない。
 
先生 :もう一回行くわよ。はいっ。
 
        今度は誰も歌わない。間。静かに。
 
先生 :どうしたのあなたたち、なぜ歌わないの。
 
           見かねて、先輩が。
 
先輩A:先生、私たち、あちらでお昼の準備してますから・・。
先生 :そう。悪いわね。
 
        先輩たちちろちろみながら去る。間。
 
先生 :いいなさい。どうしたの。なぜ歌わないの。コンクールまで時間はないのよ。どうしたっていうの。
 
        先生、厳しく尋ねる。
 
先生 :祐子。
 
        下を向く。
 
先生 :みどり。
 
        横を向く。
 
先生 :通子。
 
        真っ赤な顔で下を向く。
 
先生 :忍。
 
        上目で何かいいそうだが言葉にならない。間。
 
先生 :そう。・・あ、そうなの。・・歌いたくないっていうわけね。・・ならいいわ。そのまま黙って貝になってなさい。
 
        ばっと、きびすを返そうとする。
 
夏子 :待って下さい!
 
        立ち止まる先生。
 
先生 :何か用。夏子さん。
 
        切り口上の先生。
 
夏子 :違うんです。先生。
先生 :何が。
夏子 :歌いたくないんじゃないんです。
先生 :ほう。じゃ歌えば。勝手に。
 
        と、去ろうとする。
 
夏子 :待って下さい、そうじゃないんです。(本当のことをいいたいけれど、言えない。)・・そう、疲れてるんです。みんな。
先生 :疲れてる?
夏子 :はい。疲労がたまってるんです。
先生 :あれしきのことで。
夏子 :でも、もう十二時過ぎてます。
先生 :夏子さん。
夏子 :はい。
先生 :合唱って、時間が来ればやめられるものなの。
夏子 :え?
先生 :二時間やれば、ここまでできて、四時間やればここまでできるってものなの。
夏子 :・・いいえ。
先生 :そうよね。何時間やってもできないものはできない。でも、できないからやめるって許されるもの。
夏子 :先生、それは。
先生 :コンクールはね、一日何時間の練習をやりましたから優勝できますっていうものじゃないくらいわかってるわよね。
夏子 :はい。
先生 :みんな、うまくなりたくないの。
 
        と、廻りを見る。
 
先生 :どうなの祐子。
祐子 :わたし・・うまくなりたいです。
先生 :みどりは。
みどり:あたりまえだろ・・です。
先生 :通子は。
通子 :はい。
先生 :祐子。
祐子 :はい。
先生 :忍。
忍  :・・・。
先生 :どうしたの。上手になりたくないの。自分の合唱技術を向上したくないの。
忍  :それは・・そうですが・・。
先生 :が・・どうした。
忍  :・・・。
先生 :え、なに。
忍  :コンクール・・。
 
        本音を言いかけたのをあわてて止めてかぶせる夏子。
 
夏子 :すみません、先生。身体がみんなついていけなくなってるんです。だから、のども広がらないし、いい声も出なくなってるんです。
先生 :それにしても。
夏子 :ずーっとここんところ休み無かったでしょう。補習もあったし。だから、先生、ちょっと休みが欲しくなってるんです。ここ、とっても景色    いいし。
先生 :ほんとに?
 
        と、怪しげ。
 
夏子 :ね、そうだよね。
 
        みな、一斉に頷く。
 
先生 :そう。それほど言うなら。・・じゃ。今日は、あと休養日としましょう。(やったと言いそうになったのを押さえて)けど、元気になったら、    すぐ特訓よ。いい。なんせ、コンクールまで後十日もないんだから。優勝めざすにはまだまだだからね。いい。
一同 :はーい。
先生 :それにしても、今時の子は・・根性無いわね。あたしたちの時は・・
 
        と、ぶつぶつ言いながら去る。見送って。
 
夏子 :はーっ。
 
        と、ため息。
 
みどり:あー。驚いた。夏子、やるじゃねーか。
夏子 :あたしは何とも。
通子 :みどりが悪いんだよ。ボイコットしようなんて言い出すから。
みどり:あぁ、ひでー。みんな、こんな練習いやだからっていったからじゃねーか。
祐子 :でも、先生かなりごとおこってたね。
みどり:そりゃそうさ。コンクールに命かけてるって感じだろ。
忍  :大丈夫でしょうか。
通子 :何が。
忍  :クラブ。まさか、廃止にするなんていわないですよね。
みどり:いわないいわない。どうせ、明日になればけろっとするさ。
夏子 :けろっとしてどうするわけ。
みどり:どうするわけって・・なあ。
通子 :振らないでよ。
祐子 :練習軽くするんじゃないかしら。
みどり:ちっちっ。そんな玉かよ。先輩もいるし。
祐子 :じゃあ。どうなるの。
みどり:うーん。
通子 :今日のままだったらどうする。
みどり:どうするったって・・・。
 
        一同、沈黙。
 
夏子 :もっと自由にうたえたらいいのにね。
みどり:コンクール至上主義の先生にゃ無理無理。
通子 :おまけに、おとこの問題もあるし。
 
        笑う。
 
夏子 :弥生先生、楽しいのかなあ。
みどり:あたりまえよ。燃える闘魂、女の意気地。
通子 :意固地って気がしないこともないけど。
祐子 :なんにせよ、あんまり優勝、優勝って言ってもらいたくないわね。プレッシャーかかりまくりよ。
みどり:大丈夫。優勝なんかできっこないって。保証するぜ。
通子 :あんたにほしょうされてもねえ。
夏子 :私、優勝はしたいよ。
みどり:えー。
夏子 :結果としてね。優勝のためにじゃなく。好きな歌を自由に歌ってそれがみんなに認めてもらえればっていう意味。
通子 :でました夏子の理想主義。
夏子 :そうかなあ。
通子 :そうよ。今時、そんなもんで優勝できたらあんた、みんなのへそが茶しばきまくりよ。
祐子 :なに、それ。
通子 :第一課題曲あるでしょう。技術がうまくなきゃいけないでしょう。それと、言い多伽無いけどネームバリューってものがあるし。
夏子 :もちろん、わかってる。わかってるけどね。・・合唱やり始めた時、そんなこと考えた?
通子 :え?
夏子 :私は、歌うことが好きだから、みんなと楽しく歌えたらいいなと思って。違う。
通子 :そりゃ・・まあ、別にコンクール目指して入部したわけでもないし、何となくねえ。
みどり:こっちに振るなって。そうだよ。その通り。夏子、あんたは正義だよ。はい。私は、こいつに引っ張られました。
忍  :でも、先生も正義ですよね。
みどり:は?
 
        一同、盲点をつかれた。
 
祐子 :どういうこと。
忍  :先生はみんなを指導してコンクールに優勝するのが生き甲斐だと思うんです。違いますか。
通子 :そりゃまあ、教師だし。
忍  :どちらの正義が本当の正義でしょう。
 
        少しの間。
 
通子 :でしょう?っていわれても、ねえ。
祐子 :さあ。
夏子 :別に、どちらが正しいってことにはならないと思う。
通子 :どうして。
夏子 :立場が違うんだから。
通子 :あ、そりゃそうだ。
みどり:でも、どちらか選ぶことになったらどうする。
夏子 :それは。
みどり:このままじゃいずれそうなるぜ。
祐子 :今日は、これで収まったけど?
みどり:そういうこと。
夏子 :わからない。
忍  :クラブどうなるんですか。
みどり:さあね。
 
        間。
 
通子 :ねえねえ、辛気くさい話はおいといて。そんなこと、なるようにしかならないって。
みどり:そりゃそうだ。明日は明日の風が吹く。
通子 :そういうこと。せっかく、練習休みになったから、花火でもしない。難しいことはおいといて、楽しむべき時に楽しむことは青春の義務っす    よ。
みどり:あ、いいね。
祐子 :ここにきても練習ばっかりだったもんね。
忍  :でも、花火持ってきてないですよ。
通子 :あ、そうか。
みどり:なんだよ。期待させやがって。
通子 :だって、定番だもの。合宿じゃ。
みどり:段取りが悪いんだよ。段取りが。
通子 :みどりこそ。
祐子 :じゃ、肝試しは。ここの湖なんかちょっとロマンあるじゃない。霧も出そうだし。
みどり:あ、いいねえ。ラララむじんくんってか。
通子 :肝試しかあ。
みどり:へっへっへっへ。
 
        と、不気味な笑い。
 
忍  :何ですかそれ。
みどり:みたなあ・・・。。
祐子 :きゃあ、こわい。きゃあ、こわい。
みどり:ばかにしてんな。
通子 :じゃ決まった。8時に決行。湖のそばだよ。
 
        一同、ようしと去る。
   
夏子 :ものの弾みもありましたが、こうして私たちは弥生先生とちょっと衝突してしまいしました。もちろんどちら悪いというわけでもないと思い    ます。弥生先生のいうこともわかるし、・・でも私のやりたい合唱はやっぱりちょっと違う気がします。・・正義ですか・・。難しいです。ぶ    つかったら私はどちらを選ぶんでしょう。まだよくわかりません。ともあれ、思いがけず練習がオフになったわけで、楽しい真夏の夜を過ごす    はずだったのですが・・。その夜。
       
#4 霧の夜
 
        夜のとばりが降りてくる。夏子退場。少し、不気味な音楽が流れる。と、出てくる一同。
 
一同:げっげっげげげのげ。げっげっげげげのげ。
 
        懐中電灯顔に当てながら出て来るんじゃねえ!
 
みどり:さっ、ついたぜ。
通子 :始めようか。
祐子 :なんだか少し不気味ね。この湖。
みどり:夜だからだろ。
忍  :ねえ、向こうの方で何か声がしません。
 
        湖の沖の方を指さす。少し耳を澄ます。
 
通子 :なんにも。そらみみよ。
祐子 :船なんかも見えないわ。
みどり:こわがり。
忍  :だってきこえたもの。まてーって。
通子 :だれが。
忍  :さあ。
みどり:空耳。空耳。
忍  :でも、あれが実は次元の裂け目から聞こえる声だったとしたら。
通子 :忍ちゃんの空想癖がまた始まったわね。
忍  :そんなんじゃありません。SFです。
みどり:なら、そばまで行ってみる。
忍  :夜ですから。(腰が引ける)
みどり:ジェイソンでも出るんじゃない。
忍  :ホラーは嫌いです。
祐子 :このへんでいい?
夏子 :何してるの。
祐子 :夜露に濡れるでしょう。
 
        と、背中に背負ったリュックから小さい敷物を出す。
 
祐子 :夕食食べ損ねたんだもの。
通子 :あっきれた。
みどり:うまそー。
祐子 :あ、一切れよ。
みどり:けち。
 
        と、二人サンドイッチを食べ始める。
 
通子 :やれやれ。食べたら始めるよ。
祐子 :ごめんね。
夏子 :なんか、でもいい雰囲気ね。
忍  :でそうですよ。
みどり:お化けが?
忍  :馬鹿にして。
祐子 :でも、たしかに雰囲気あるわ。夏の夜の湖の岸辺。
みどり:夜食にもってこいって。
祐子 :あら、人間しっかり食べないとだめよ。
通子 :夏子、一曲歌って。
夏子 :え、歌うの。
通子 :いいじゃない。
祐子 :BGMね。
夏子 :はいはい。・・なににするかなあ。・・そうだ。では、お粗末ですが。
通子 :ほんと、ほんと。
夏子 :やかまし。・・おほん。不肖、新城夏子、一曲歌わせていただきます。
みどり:ひゅー、ひゅー!
夏子 :アメージング・グレース。
祐子 :おーっ。
通子 :気分出るわー。
 
        ぱちぱちと小さい拍手。夏子、独唱「アメージンググレース」。それとともに霧が出てくる。
 
祐子 :霧が出てきたわ。
みどり:湖だもの。
 
        霧は、彼らを包む。その中をスローモーションで追われ、追っかけていく何者かの影。一同は金縛りにあったかのように動けない。
        歌い終わると同時に消え去る。終わったとたん一同は騒ぎ出す。
 
通子 :な、何あれ。
みどり:見た。
忍  :みました、みました。
夏子 :男の人だった・・。
祐子 :何なんでしょう。
通子 :なんかいってたよ。
忍  :怖かったです。
みどり:まてーっ。
忍  :わお!
夏子 :みどり!悪趣味なことやめなさい。
みどり:くっくっく。幽霊だよ。あれは。この湖でおぼれ死んだ。幽霊のたたりじゃーっ。
忍  :きゃー。
 
        あわてて逃げる忍。大笑いするみどり。再び悲鳴。
 
祐子 :忍!
通子 :落ちたっ!
みどり:やばいっ!
 
        あわてて駆け寄る一同だが。
 
夏子 :暗くてよく見えない!
みどり:懐中電灯!
 
        あわてて持ってこようとする祐子だが転んでしまう。悲鳴を上げる祐子。
 
みどり:祐子!
祐子 :つかないっ!
通子 :あたしが持ってくる。 
 
        と、元の所に走るが霧が濃くなっているので良くわからない。夏子も走る。
 
みどり:まだ!
通子 :(探しながら)あんたが悪いのよ!
みどり:わかってるよ!
夏子 :あった!
 
        通子も見つけた。かけつけて二本の懐中電灯で湖を探しながら、忍を呼ぶ。
 
みどり:忍ーっ。
祐子 :忍ちゃーん!
夏子 :返事してーっ。
 
        声はない。懐中電灯の動きがとまる。
 
夏子 :声がしないね。
通子 :ああ。
 
        小さい間。
 
みどり:忍ーっ!
 
        小さい間。
 
夏子 :先生読んでこよ。
通子 :警察へも!
夏子 :わかった!
 
        と、走りだそうとしたところへ。
 
修平 :あのう。
祐子 :きゃーっ。
通子 :誰ーっ。
 
        と、腰を抜かす二人。霧の中から、人影が忍を支えてやってくる。
 
みどり:忍ーっ。
 
        と、駆け寄って、支える。
 
忍  :ごめん。
みどり:あーっ、びっくりした。いいや、ごめんはこっちだよ。ねえ、水飲んでない。大丈夫。
修平 :大丈夫だよ。浅いところだから。ここ。
みどり:え?
忍  :びっくりしただけ。
通子 :なんだ。あーあ。
 
        と、一同ほっとすると、にわかに人影たちが気になる。霧はなぜかいつの間にか薄れている。
 
#5時の旅人
 
夏子 :あの、えーと。どうも。忍を助けていただいてありがとうございました。
 
        びっくりした様子で夏子を見つめる修平。なぜか背後を気にしている他の男たち。気まずい間。
 
夏子 :あの、何か。
修平 :操さん。
夏子 :は?
みどり:あのう、どうも。ありがとうございました。私たち、ここで合宿してる海南学園のものなんですけど。
慎一郎:海南・・。でも。
みどり:あなたたちは・・。
完治 :自分たちは・・。
修平 :近くの学校のものです。あ、自分は修平と言います。こちら慎一郎。それに。
完治 :完治です。
修平 :散歩していて、霧が出たと思ったら道がよくわからなくなって。
完治 :どうしようかと思ってたら、なんかきれいな歌声が聞こえて。
慎一郎:それで、歌声の方に行こうとしたら、なんか悲鳴が聞こえたんで、あわててこちらの方へ来て見たらおぼれてたんですよ。
夏子 :それはどうも。
通子 :あのー。私、通子って言います。助けてもらったのは忍。こちら、みどりと祐子。それに、夏子です。
修平 :えっ。操さんじゃない。
夏子 :夏子です。
修平 :そうですか。
夏子 :なにか。
修平 :いいえ。なにも。
 
        改めて、男たちの格好が気になる。どこか、歴史の教科書に出てきそうな格好。
 
祐子 :あのう。
慎一郎:なにか。
祐子 :珍しいファッションですよね。それって。
慎一郎:ファッション?
祐子 :ええ、なんか新しいのか古いのかよくわからないけど、でもとってもよく似合ってるかななんて・・・。(声が細くなる)
慎一郎:え、ああこれですか。こんなものしかなくって。今じゃ。
 
        旧制の中学。夏の白いシャツとズボン。軍帽のような帽子。ゲートル。
 
みどり:うわあ、なにそれ。
 
        と、ゲートルを指す。
 
完治 :おかしいですか。
みどり:そうじゃないけど。なんなのそれ。初めて見る。
完治 :え?ゲートルを?
みどり:げーとる?っていうわけ。どこのファッション。エスニックかなあ。
完治 :は?
 
        男たちも、彼女たちをよく見る。なんだか違和感を感じたようだ。
 
修平 :そんな格好が許されておるんですか。海南女子挺身隊では・・。
通子 :ジョシテイシンタイ?
夏子 :へんですか・・。
修平 :いいえ、自分はとってもすてきであると思います。
夏子 :ありがとう。
忍  :そうだわ・・。そうよ。
 
        と、ぎらぎらした目で何かつぶやいている。
 
祐子 :どうしたの大丈夫。
忍  :大丈夫。そうです。きっとそうなんです。
祐子 :なにが。
忍  :ポテチありますかまだ。
祐子 :あるけど、どうしたの。
忍  :ください。
 
        ポテチをもらって、おそるおそる声をかける。
 
忍  :助けて下さってありがとう。
修平 :いや。もう大丈夫でありますか?
忍  :はい。お礼にこれ。
 
        と、差し出す。
 
通子 :忍、何それ。失礼よ。ポテチなんて。
修平 :これは何でありますか。
みどり:えー、あんたポテチしらねえの。・・しらないの。
修平 :ポテチと言うんですか。食べるものですよね。
忍  :食べて下さい。
修平 :いただきます。おい。
 
        と、ほかの二人にも分ける。食べてみる。何とも言えない味。
 
通子 :おいしい?
完治 :はい。なんだか・・。
みどり:おせじはいいよ。塩辛いだろ。
完治 :はい。
 
        と、情けなさそうな顔。笑って。
 
通子 :ポテチ始めて食べたの。
完治 :はい。
通子 :しんじらんない。
夏子 :忍、どういうこと。
 
        忍、真剣な顔で。
 
忍  :タイムトラベルです。
 
        みな、理解不能。
 
通子 :はえ?
祐子 :タイムトラベル?
みどり:おいおい。
通子 :またSF?さっきもそれで。
忍  :私本気です。
       
        小さい間。
 
みどり:・・まじ?
 
        頷く、忍。
 
夏子 :忍。
通子 :あー、通子ちゃんまいっちゃうなー。タイムトラベルだってー。笑っちゃうよねー。
 
        と、修平たちに同意を求めるが彼らの顔がこわばっているのを見て、通子の顔もこわばる。
 
通子 :ま、うそでしょ。ねえ。だいいち、そんな、また、ばかばかしいことって、ねえ、あんなのはマンガかてれびで・・・。
 
        声が小さくなる。
 
忍  :いいえ、絶対そうなんです。みてください。修平さんたちの服。あれ、現代の服装と思います。
祐子 :そういえばちょっとださいかも・・。
忍  :そんなことじゃなくて、あんな服装、も見たこと無いですか。
みどり:何でだよ。
忍  :歴史の教科書や記録映画で。
夏子 :思い出したっ!
通子 :わっ。びっくりさせないで。なにをよ。
夏子 :勤労動員。
通子 :キンロウ何?
夏子 :お婆ちゃんの持ってた写真。あの中にこんな服装の男の子がいた。強制的に工場や何かで働かされるの。
通子 :うそ。それってさあ、えーと。
忍  :戦争中です。
通子 :何の。湾岸戦争。
忍  :太平洋戦争。
通子 :へ?
忍  :大東亜戦争と言う人もあります。
 
        びくっとする修平たち。
 
みどり:まさか。忍、オドかしっなしだよ。
忍  :じゃ、今時ポテチ知らない子っていると思います?
みどり:そりゃそうだけど。
夏子 :聞いてみて。
みどり:何を。
夏子 :今何年かって。
 
        緊張感が走る。
 
忍  :修平さん。
修平 :なんですか。
 
        彼らも緊張している。
 
忍  :今日は、何日でしたっけ。
修平 :8月十四日ですよ。
みどり:ほら。ほら。まともじゃない。
完治 :あした、重大発表があるって言われてる。
夏子 :え?
完治 :正午に、おそれ多くも(と、ここで威儀を正して)天皇陛下がラジオで帝国臣民に対してお言葉を賜ることになっています。
通子 :あんた、あれ、右翼?
みどり:弥生先生、そういやなんかそんなはなししてなかったっけ。
忍  :黙って。・・修平さん。今、何年ですか。
修平 :皇紀2604年。
通子 :なに、コーキって。世紀の間違い?
祐子 :ちがうんじゃない。
忍  :昭和で言うと。
修平 :昭和二十年。
みどり:ちょっと、今日だよ。今。今。
修平 :昭和二十年八月十四日。
通子 :えーっ、じゃ、タイムスリップって。本当だったんだーっ。
みどり:うそー。じゃ、わたしたちどうなるのーっ。
祐子 :こまったわねー。合宿どうなるのかしら。
通子 :ばかーっ。そんな問題かー。
 
            と、全員ストップモーション。
 
#6「夏の思い出」
 
            夏子にトップサス。
 
夏子 :みんなは、一瞬大パニックになりました。どうしよう、アニメやドラマでは良くあることなのに。自分たちが戦争の真っ最中にタイムトラベ    ルしたらしい。そんなあほな。で、修平さんたちもパニくって、一時はもうどうしましょう状態。それでも、忍が根気よく質問して、詰めてみ    ると、状況は、全く逆で、私たちが過去へ行ったのではなくて、修平さんたちがどうやら時間を超えてやってきたらしいと言うことになりまし    た。申し訳ないけど、私たちはなんだかほっとするし、修平さんたちは顔面蒼白というか、なかなかむ状況を把握するのにとまどったようでし    た。けれども、どうやら、戦争の終わった未来へタイムスリップしたことを理解するとなんだかほっとした様子が心を痛めました。敗戦と言う    ことにもそれほどショックは受けなかったようです。自分たちの過酷な条件からして、どうも勝てそうにないことはうすうす覚悟していたよう    です。一億玉砕という言葉を修平さんから教わりました。そんな、めちゃくちゃな道を歩まずにすんで、ほんとにほっとしているようでした。    修平さんたちは、おちつくと、現代のいろいろなことを聞きたがりました。なかでも、歌に対して結構興味を持ちました。彼らは、なんと、海    南第一中学校にあった合唱同好会出身だったそうです。私たちの大先輩と言ったわけです。戦局、このことばも教えてもらいました。戦局が厳    しくなってからは、そんなちゃらちゃらした活動は当然禁止。外国の音楽もドイツ歌曲以外は敵性音楽と言うことで禁止。だから、かれらは歌    に飢えていたんです。
 
        修平たちの歌。「軍歌」・・雪の進軍・・ああ、あの顔で、あのこえで・・とか
        複雑な顔して聞いている夏子たち。終わって。なんだか間。
 
慎一郎:変でありますか?
みどり:うーん。というより。
通子 :なんかちがうぞと。
祐子 :あの時代だから仕方ないんじゃない。
夏子 :そんな歌ばかり歌ってたんですか・・。
修平 :そんな歌とは。
夏子 :戦争の歌とか・・。
修平 :今はほかに歌はありませんから。国民歌謡とか戦争前の流行歌ならありますけど。
慎一郎:でも、合唱に向いている歌はあんまりね。
完治 :さっき歌ってた歌はなんという歌でありますか。
夏子 :アメージング・グレースです。
完治 :アメージング・グレース・・なんだか、心がすっかり落ち着いてくるような、けれど悲しくなるような・・・いい歌でした。
夏子 :ありがとう。
慎一郎:あんな歌を歌えるようになるんですね。五十年たったら。
祐子 :いっぱいあるんです。いい歌は今。
みどり:強烈なのもあるけどね。
通子 :まあ、人の好みだから。
修平 :好み。
通子 :そう。わたしはビートが利いたのがいいし、祐子はクラシックだし、みどりは以外とど演歌だし、忍は。
忍  :パンクロックです。
みどり:えっ。そうなの。
忍  :はい。
完治 :パンクって。
通子 :いいの、いいの。説明したってわからないから。まあ、けっーきてるって感じ?
完治 :は?
通子 :夏子はヒーリング系の音楽にこってるし。
修平 :みな、それぞれなんだ。
通子 :そう、みんな、自分の好き勝手ね。自由にやってるよ。
修平 :自由に歌を歌えるんですね。
通子 :当たり前よ。
 
        つんつんとつつかれて。
 
通子 :あ、ごめんねー。自由に歌えなかったんだっけ。
慎一郎:それほどでもないですよ。歌いたい歌がないだけで。
修平 :いいですね、未来ってのは。
通子 :いやー、大したことないよ。未来にゃ未来の苦労があるし。
みどり:戦争で死ぬなんてことはないけどね。
 
        しんとした間。
 
みどり:いけね、悪い。
修平 :いや。・・自由に好きな歌を歌えるっていいですね。
みどり:あんたらもさ、どうせすぐに自由な歌をうたえるよ。ね、テレビでやってもの。えーっと、なんだっけ。あれ、ほら、らんらーらといっつも    懐メロの終わりなんかにやるやつ。
通子 :「青い山脈」
みどり:それそれ。
完治 :なんですか。青い山脈って。
みどり:なか、馬鹿明るい歌でえーと、戦後のなんだっけ。
夏子 :国民を元気づけた歌。
みどり:ま、そんなもんだ。
修平 :聞きたいな。
みどり:ほんと。
完治 :ほんと。
みどり:ようし。じゃ、通子。
通子 :なんで。
みどり:完全に覚えてないんだ。
夏子 :じゃ、みんなで。若く明るい歌声に・・
 
        「青い山脈」を皆で歌う。二番のくり返しの歌詞になると修平たちもおぼつかないながらついてくる。終わって。拍手。
 
修平 :本当だ。
夏子 :なにが。
修平 :楽しい歌ってあるんだ。
夏子 :歌は楽しいものじゃない。
修平 :そうだといいんだけど。
       
        小さい間。
 
通子 :ねえねえ、今度はそちらが歌ってよ。でも、さっきみたいなのはいやよ。暗い奴は。
 
        修平たち相談する。
 
慎一郎:じゃ、琵琶湖周航の歌を。
祐子 :あ、それ私知ってる。
完治 :ほんとですか。じゃ、ご一緒に。
 
        琵琶湖周航の歌。適当に皆ハモる。終わって。
 
通子 :いいわ、いいわ。ロマンチックやなー。夏の湖畔。ふける夜。清楚な乙女たちと(どこがじゃ)。やかましい。麗しい歌声。おーっ。まるっ    きりマンガよねー。
 
        と、全然ロマンチックでない。
 
みどり:じゃ、メドレーと行くか。
通子 :よーし。では、まず。
 
        と、「サンタルチア」かなんか。いちばんだけ。
 
通子 :つぎ、そっちよ。
 
        と、渡す。修平たち、「青葉の笛」かなんか。以下、何曲か、ぽんぽんと、メドレーで。
        内容自由。ただし、時代設定はあまりはずさずに。やや、テンポの速い奴でよい。盛り上がって、踊るなども良いし。手拍子も良い。
        やがて終わって拍手。一拍の間があって。
 
修平 :合唱できる曲って無いですか。
夏子 :え?
修平 :あっちへ戻ってもみんなで歌える曲が欲しいんです。操さん。
夏子 :私、夏子です。
修平 :すみません。夏子さん。何か教えて下さい。
通子 :何かねえ。
完治 :覚えやすい歌。何でもあるでしょう。なにか。
通子 :あるから困るのよ。豊かさの罪ね。
みどり:あほ。
祐子 :じゃ、夏の出会いを記念してあれはどう。
みどり:夏の出会いだって・・
通子 :うわーっ。かゆ。
祐子 :じゃ、冬の出会い?
通子 :そうじゃないけど・。
夏子 :「夏の思いで」ね。
祐子 :そう。それそれ。
忍  :それ、いいと思います。ぴったりです。
通子 :まるではかったよう。
みどり:誰にいってるわけ。
通子 :え、別に。
夏子 :「夏の思いで」っていう曲があるんです。とても、さわやかで、いい曲です。歌います。ついてきて下さい。
 
        頷くと。少女たち歌い始める。一番歌う。背景に先輩役たちが帽子をかぶって浮かんで歌う。
        二番は、修平たちも含めて全員で。うっすらと霧が出てくる。
        終わって。
 
夏子 :どうですか。
修平 :ありがとう。それで・・
 
        と、言いかけたところに。
 
人影1:まてーっ。貴様たちーっ。
 
        と、やや遠くから声が聞こえる。ぎくっとする修平たち。
 
修平 :ごめん。また。
 
        ぱっと敬礼して走る。他のものもばっと走り去る。
 
夏子 :修平さん!
 
        背後をばたばたっと追跡していく黒い影。突き飛ばされた通子や祐子の悲鳴。向こうで先生の悲鳴が聞こえる。
 
夏子 :あれはっ。
みどり:先生だっ。
 
        と、走っていこうとすると。カンカンになった先生がやってくる。
 
祐子 :先生!
通子 :無事だった。
先生 :当たり前です。何ですか、疲れてるからっていうから練習休みにしたのに。練習さぼって、男とデート。いいわねえ、今日日の合唱部は、す    すんでるわねー。
夏子 :先生、違うんです。
先生 :問答無用!いいわけは、部屋で聞きます。それから明日は朝練五時からよ。いいねっ。・・・くそっ。あたしなんかデートもできないのに。    くそっ。
 
        と、怒りながら退場。
 
みどり:けっ。人の話全然きかねえから。
通子 :あーあ。元の木阿弥だ。
忍  :お説教確実ですよね。
みどり:ったるいなあ。
夏子 :でも、なんで追われてるのかなあ。
祐子 :また、あえるわよね。
夏子 :たぶん。
通子 :ああ、霧濃くなったよ。
みどり:説教かあ。
 
        と、一同去る。夏子は残る。
 
#7 修平と操
 
夏子 :その晩は先生は大荒れでした。タイムスリップなんて先生をごまかすための大嘘としか思ってくれません。わたしたちも、説明しながら、な    んて嘘っぽい話だろうと思ってましたから。おかげで、結構険悪な雰囲気になってしまいました。でも、あの人たちはやっぱり本当のことを言    っているのだろうと思います。それは、私のことを操って何回か呼んでいたからです。操って言うのは死んだおばあちゃんの名前です。偶然か    もしれません、でも、母が私のことをおばあちゃんの若い頃にそっくりだって言ってたことを思い出します。あの人は私とおばあちゃんを見間    違えたのでしょうか。戦争が終わった頃、おばあちゃんはちょうど私ぐらいの年だったはずです。
 
        さらに霧が濃くなる。夏子が去る。修平がやってくる。
 
修平 :操さん。・・操さん。
 
        見つからないようで、辺りをうかがいながら探す。再び、影のような憲兵たちが横切る。隠れる修平。やがてまた。
 
修平 :操。いないのか・・。操。・・なんだそこにいたのか。
 
        操(夏子)が浮かぶ。向こう向き。
 
修平 :遅れてごめん。怒ってる?・・悪い、悪い。さっき、変なことにであってさ。いや、違う。君にそっくりな子にあったんだ。それも、驚いち    ゃいけない、五十年も先の未来の子に。・・嘘なんか言わないよ。慎一郎も完治も一緒だった。え、夢じゃないかって。・・そうだね、夢かも    しれない。でもいい夢だった。そうだ、その子にこんな歌を教えてもらった。
 
        「夏の思いで」を小さい声で歌う。
 
修平 :ああ、いい歌だろう。そうだよ、いってみたくなるねえ。尾瀬へ。戦争が終わればいけるよ。え、非国民だって。違うよ。
 
        と、辺りをうかがい。
 
修平 :こっちへおいで。いっておきたいことがある。
 
        そばへ座る操。
 
修平 :(改まった声で。)夢かもしれないけれど、あの子がいったんだ。戦争が終わるって。日本は無条件降伏をするんだって。・・いいや、ほん    とうだ。原爆がどうだこうだって、よくわからないことをいってたけど、とにかく終わるんだ。・・・いいや、案外、本当かもしれない。だっ    て、明日重大発表があるだろう。あれでいうんだ。・・・とんでもない。気が狂ってなんかいない。・・操、もうにげなくったっていいんだ。    毎日毎日、空襲警報に脅かされこともない。明日から、平和になるんだ。・・本当だ。五十年先の日本は豊かだよ。ほら、こんなもんだってあ    る。・・ほんとうだろ。ポテチっていうんだそうだ。・・ほら。・・はは、しょっぱいだろう。煎餅みたいだね。・・本当だってことわかった    だろう。操。今度の夏、きっと尾瀬に行こう。きつと、すばらしい青空が見られるはずだ。うん。そうとも。一緒にだ。いいかい。約束するよ。
 
        指切りの風。はっとする。
 
修平 :いけない、見回りだ。工場へ帰らなきゃ。ばれてるかもしれない。・・じゃ、明日。絶対僕のいったこと本当のことだとわかるから。またあ    おう。
 
        さっと敬礼して、去ろうとする。
       
修平 :そのこの名前?夏子っていった。でも、どうして、あんなに君に似ているんだろう。あっ、いけない。・・君も見つからないように。それじ    ゃっ。
 
        と、去る。追跡する影が見えるか見えないか。ゆっくり客席に振り向く操。夏子に戻っている。
 
#8 衝突
 
夏子 :そうして、朝練が始まり、私は先生と衝突しました。
 
        「山賊の歌」で、でてくる。
 
声  :雨。雨。が、降れば。が、降れば。小川。小川。ができ。がてき。風。・・・
 
        ビーッ、と鳴って、整列。先輩たちも黒子的にいる。
 
先生 :はい。今日と言う今日は気合いを入れて締めてもらいます。いいね。時間がないから、速攻でいきましょう。組曲の二つ目「・・適宜・・」。    いくよ。はい。
 
        夏子も加わり、練習が始まる。「・・適宜・・」が歌われる。終わって。
 
先生 :うん。結構。だいぶいい。その調子。つぎ。「・・適宜・・」
 
        再び、歌い始める。二小節ばかりいったところでストップ。
 
先生 :何考えてるの。みんな。顔良くないよ。それじゃ、夏ばての顔じゃない。はい、もう一回。
 
        始める。蝉の声が聞こえてくる。ぱんぱんとすぐ止められる。先生の叱咤激励が続く。蝉の声が大きくなる。ゆっくり暗転。
        蝉の声がずいぶん大きくなる。そうして、また小さくなっていく。ゆっくり溶明。
        先生の声がそれとともに聞こえてくる。
 
先生 :はい。もっと集中して。音あげすぎだって。あげていいのは天ぷらかフライよ。集中、集中!はいっ。
 
        組曲。「・・適宜・・」
 
先生 :はい。ようやく二曲ね。後一つはあげなくちゃ。はい。次は「・・適宜・・」どんどんいきましょう。
 
        みんな疲れている。気づかない先生。
 
夏子 :あのう。
先生 :何。
夏子 :いいえ、なんでも。
先生 :そう。だんだん良くなる法華の太鼓。鉄は熱きうちに打つべし。夏を制するものは受験を制する。ほーら、どんどんいきましょう。
 
        と、結構機嫌がいい。みな、けっこうむんついている。
 
先生 :はい。
 
        だが、うまく入れない。
 
先生 :はい。・・・ダメダメダメ・・あー、もう。何年、合唱部やってるの。ああ、二年ぽっちか。じゃあ仕方がないわねぇ。でも、あんまりこと    ひどいんじゃない。はい、もいちどっ。
 
        やっぱりダメだ。
 
先生 :あーっ。頭来た。やってらんない。十分休憩!はい。休憩よ、休憩!
 
        蝉の声がまたやかましくなる。暗転。溶明。
        蝉の声が落ちると同時に、先生が指揮棒で合図。だが、一番を少し歌うとぱんぱんと止める。間。蝉の声。
 
先生 :もうお昼よ。いつまでやらせるの。ったく。何でできないの。
 
        蝉の声おおきくなる。
 
先生 :まったく、何といったらどう。わんでもにゃんでもいいから。
 
        蝉の声が最高潮。間。パンと蝉の声が切れる。
        同時に。
 
みどり:やめた。
 
        と、ばたばたとっと走り去ろうとする。
 
通子 :わたしも!
 
        と、これも走り去ろうとする。
 
夏子 :待って!
 
        と、止める。袖へはいるところでかろうじて止まる。
 
夏子 :待って。
先生 :何で止めるの。そんなにいやならやめらせてやるのが友達じゃない。
夏子 :いいえ。
先生 :どうして。昨日もそうだった。ろくな努力もしないで、すぐに音を上げて、ひいひいいって逃げていく負け犬なんかこの合唱部にはいなくて    いいのよ。
夏子 :先生、取り消して下さい。
先生 :何を。
夏子 :今の暴言を。
先生 :ほう。暴言。暴言ってのはね、根も葉もないことをいうの。あの子たちには、充分、根っこも葉っぱも実も茎もありまくりじゃない。違うと    でもいうの。
夏子 :違います。
先生 :どこが。
夏子 :努力する事がいやなんじゃないんです。私たちもっと自由に歌いたいだけなんです。
先生 :自由?何のこと。
夏子 :先生が教えてくれるのはうれしいんです。けど、私たちコンクールにどうしても優勝しなくちゃいけないなんて思ってません。
先生 :それで。
夏子 :もちろんコンクールには出ます。けど、優勝することだけが目的じゃありません。
先生 :じゃ何のためにコンクール出るわけ。
夏子 :歌を歌うってもつと豊かなものじゃないんですか。
先生 :利いた風なことをいうわね。たしかに、芸術は豊かなものだ。でもコンクールである以上勝たなきゃ無意味よ。
 
        霧が出てきた。
 
先生 :私のいいたいのはね。もっと高見を目指せる能力があるのに、それを磨こうとしない、その怠惰さが我慢鳴らないの。
夏子 :高見を。
先生 :そうよ。あなた方合唱部はそれだけの力がある。なのに、なぜやろうとしない、自分を磨こうとしない、さらなる技術を身につけようとしな    い。いたずらな青臭い理想論に走って、その実、たんなる自分の怠惰のいいわけをしているだけじゃないの。そんなのこそ、芸術に対する犯罪    じゃない。能力もないけれど、優勝目指して必死にがんばってる合唱部だってあるのよ。そんな子たちの努力をあなたは笑うことができる。
夏子 :いいえ。できません。
先生 :それごらんなさい。あなたたちのたんなるセンチメンタルな戯言よ。
夏子 :でも、やはり違うんです。
先生 :強情ね。
夏子 :いいえ、納得したいだけなんです。
先生 :納得。
夏子 :はい。笑えないのは、たぶんその子たちが納得して努力いるからだろうとおもいます。
先生 :納得って。
夏子 :自分たちに能力はあるかもしれません。ないかもしれません。でも、そんなもの、人から見たものでしょう。自分の見つけた価値じゃない。    すくなくとも、わたしは、そんなに能力があるも思ってません。わたし、思ったんです。昨日、あの人たちに出会って。あの人たち、本当に歌    うことを愛してました。私たち、いえ、わたしは、いま、この歌を愛していると言えません。いい歌です。たしかに。けれど、この歌は、私の    歌じゃない。私は、私の歌だと納得できる歌しか歌いたくありません、いいえ、歌えません。
先生 :何を言うと思ったら。また、五十年前の学生の話。そんなの。
夏子 :いいえ、あれは本当の話です。だって、操というのは・・。
先生 :そんなことどうでもいいわ。どっかの大物プロ歌手みたいなこといわないで。あなたたちは学生よ。合唱部という組織の一員よ。みんながみ    んな、好き勝手な歌歌ったら、合唱になんかならないでしようが。
夏子 :だからです。だからこそ、みんな納得して歌わないと。あの人たちみたいに。
先生 :えーい、ごちゃごちゃと。そんなにあの人あのひというなら呼んできなさい。
夏子 :それは。
修平 :僕たちならここにいるよ。
 
        キャーッという悲鳴。修平たちがいた。
 
#9 帰還
 
夏子 :修平さん。
先生 :修平?
通子 :夕べいってた人たちです。
先生 :すると、まんざら嘘ではなかったわけか。
みどり:あたりまえだろ。
 
        修平たちが先生にちかよる。少し、ひびっている先生。
 
修平 :歌わせてやってくれませんか。
先生 :なにを。
修平 :操、いや、夏子さんたちの歌いたい歌を。
先生 :歌なら歌ってるわよ。第一、合唱部として。
修平 :それは違います。
先生 :何。
修平 :それでは、僕らと同じです。
先生 :なにが。
修平 :何々のためにある歌なんて信用できますか。
先生 :え、なんだって。
修平 :コンクールのために歌う。優勝するために歌う。お国のために歌う。敵に勝つために歌う。歌われる歌が悲しいと思いませんか。
先生 :あんた、たとえが極端だよ。なにも、戦争するわけじゃなし。合唱部の向上のために。
修平 :でも、そんな歌を好きになることができますか。
先生 :え?
修平 :そんな歌に酔うことはできます。でも、好きになることはできない。
先生 :しかしねえ。
修平 :うらやましいんです。自分たちは。
先生 :え。うらやましい?
修平 :はい。あなたたちにはこんなに歌いたい歌がある。僕らには歌がないんです。僕らには歌いたい歌がない。いいえ、歌えないんです。
先生 :歌えない。
修平 :酔う歌はたくさんあります。ありすぎると言っていい。でも、自分らには歌うべき歌がありません。
 
        間。
 
修平 :教えて下さい。
先生 :何を。
修平 :教えてくれませんか、僕たちにも「夏の思い出」を。これは、自分の歌いたい歌なんです。いいえ、歌うべき歌なんです。おねがいします。
慎一郎たち:お願いします。
 
        間。
 
先生 :ふん。変なことになっちゃったね。
夏子 :先生。
先生 :あたしゃ、納得はしてないよ。
夏子 :はい。
先生 :異例のことだね。
夏子 :はい。
先生 :(ふーっ。とため息。)まっ、いいか。
夏子 ;はい。
 
        わーっと、駆け寄る。みどりと通子。
 
先生 :ふん。じゃ、一回だけ。いいね。
修平 :ありがとうございます!
 
        合唱隊形。タクトを振る先生。「夏の思い出」合唱。終わると、静かにハミングで続いている。
 
修平 :「夏の思い出」ありがとうございます。たしかに。
夏子 :あの。
修平 :何でしょうか、操さん・・。失礼しましたっ。夏子さん。
夏子 :いいんです。(くすっと笑って)そんなに似ていますか。
修平 :・・はい。うり二つであります・・。
夏子 :そうですか・・。
修平 :自分は・・その・・。
夏子 :はい?
修平 :・・教えてやるつもりです。この歌を。
夏子 :操さんに・・
修平 :はい。
夏子 :そうですか。
修平 :いつか、行くつもりです。戦争が終わったら。
夏子 :尾瀬ですか。
修平 :はい。こんな八月の晴れた夏の日に。
 
        と、空を見上げる。夏子もみあげ。
 
夏子 :私もいってみたい。
修平 :一緒にいけたらいいんですが。
夏子 :操さんがいらっしゃるでしょう。
修平 :(少し照れて)・・たぶん。
夏子 :うらやましい。
修平 :・・ありがとうございました。
夏子 :何が。
修平 :歌うことの意味を教えてもらった。
夏子 :(静かに首を振って)いいえ、教えられたのは私です。 
修平 :本当にそっくりだ。
夏子 :でも、私は夏子です・・。
修平 :そうでした・・。
 
        少しの間。とたんに、サイレン。ハミング止まる。ここまでに、先輩役たちは消えている。
 
修平 :あ、あれは。
慎一郎:修平、正午だ。
完治 :放送が始まる。おいっ。
修平 :わかった。
 
        蝉が鳴く。
 
修平 :すみません。帰らなければ。
夏子 :え?
通子 :かえっちゃうの。
みどり:どうやって。
修平 :わからない。けれど、あいつらが来たから。
みどり:げっ。
 
        一同振り返ると、人影。
 
人影1:やっと、見つけたぞ。きさまら、そこうごくな。
人影2:おう、おるおる。非国民どもが。
人影1:この非常時に不埒な歌を歌いおって。
人影2:その腐りきった根性を叩き直してやる。
 
        近づこうとする。
 
先生 :不埒な歌?
 
        怒りモードの先生。
 
修平 :いつかまたどこかであえる気がします。
夏子 :そうですね。
修平 :それまで、お元気で。
慎一郎:失礼します!
完治 :ありがとうございました!
修平 :この歌、いただいて参ります!
 
        三人ともばっと敬礼する。夏子、静かに敬礼。通子、みどりたちも習う。
 
人影1:きさまらーっ。
 
        と、追跡しかかったところへ。玉音放送がはいる。蝉の声がやかましい。
        スローモーションで追跡する。逃げる。先生が、足を引っかける。人影がこける。夏子たちは、敬礼したまま。
        霧が出てくる。だんだん暗く、黄昏の色になってくる。玉音放送と蝉の声が耐え難く大きくなる。
        ばんっと切れる。暗転。
 
#10 「夏の思い出」
 
        溶明。蝉が静かに鳴いている。真っ青な空。先ほどのまま。夏子たちと先生。
 
夏子 :こうして、修平さんたちは玉音放送とともに50年前に帰っていきました。「夏の思い出」を持って。戦争が終わって、夏の青空の下できっ    と操さんと「夏の思い出」を歌っていることと思います。
先生 :夏子。
夏子 :はい。
先生 :今思い出したんだけど。
 
        と、いいながらなずんでいる。
 
通子 :どうしたんです。
先生 :うん。いっていいものか。
みどり:先生らしくない。ぱっといったら。
祐子 :そうですよ。
 
        頷く忍。
 
夏子 :いってください。先生。
先生 :そうね・・。あの子たちが本当に50年前から来てるとしたら。
忍  :それは確実です。
先生 :そうね。来たんだよね。海南第一中学校の子が。
通子 :それが。
 
        間。
 
先生 :あの子たちは、歌うことはなかったかもしれない。
通子 :え。
夏子 :どういうことですか。
先生 :歌う時間がなかったかもしれない。
通子 :でも、戦争は終ったはずだし。
先生 :そうね。戦争は終わった。でも、その翌日、たしか、このあたりにあった軍需工場で爆発事故があってね。爆弾かなんかつくってたはずだ。    海南第一中学校の子がたくさん死んだんだ。
夏子 :そんな・・。でも。
先生 :おばあちゃんの婚約者、戦争の終わったころ死んだっていってたわね。
夏子 :ええ、はい、でも。
みどり:そんなちょんぼなはなしある分けないよ。
通子 :先生、あのこたちって限ったこと無いでしょう。
先生 :そう。たしかに。でも、勤労動員されて生き残った生徒ってほとんどいなかったと思ったわ。たしか。
祐子 :そんなこと無いわ。ぜったい、助かって「夏の思い出」歌ったはずよ。そんなことって、あっていいはず無い。そうでしょう。先生。
先生 :そうね。先生、つまらないこといったね。そうよね。
 
        間。
 
夏子 :いいえ。
通子 :どうしたの。
夏子 :歌えなかったのよ。
祐子 :夏子。
夏子 :自分に嘘ついちゃいけない。そう。歌えなかったんだ。
みどり:夏子。
夏子 :せっかく自由になれたのに。
通子 :夏子。
夏子 :せっかく歌いたい歌に出会ったのに。
忍  :夏子さん。
夏子 :歌えなかった。そして、私たちは、そんなことを、何にも知らなかった。たった50年前なのに、何にも知らなかった。知ってれば教えてあ    げたのに。そうすれば助かったのに。
先生 :夏子。・・ごめん、もっと早く思い出していれば。
夏子 :いいえ。違うんです。そうじゃなくて、悔しいんです。おばあちゃんの婚約者が死んだってこと知ってて、でも年寄りのことだから興味もな    くて、・・ほんのちょっとおばあちゃんの話聞いてればすんだことなのに。過去のことって馬鹿にしてて。たった、五十年前のことなのに。そ    こで生きて、愛して、死んでいった人たちがいっぱいいたのに。そんな当たり前のことにも気づかなくて・・。
先生 :それは、私たちも同じよ。
夏子 :先生。私調べてみます。
先生 :何を。
夏子 :操おばあちゃんのこと。修平さんたちのこと。爆発事故のこと。
先生 :そうね。
夏子 :そうすれば、本当に、修平さんたちが歌える気がするんです。
先生 :そうね。先生も知ってる限り手伝うわ。
夏子 :お願いします。
 
        ころっと変わって。
 
先生 :はいっ。そうと決まったら、さあ、練習!失われた時間は戻ってきませんよ!特訓、特訓、また特訓!
みどり:はいはいっ!
 
        と、合いの手入れて。
 
先生 :おーっほっほっほっ。
通子 :横暴!
みどり:我らに歌の自由を!
先生 :何でもぬかしなさーい!
みどり:さいごのさいごまでうたわねーぞーっ!
通子 :おーっ!
先生 :おーっほっほっほっ。
 
        と、わんこらいっている声が消えていき。いつの間にか、先輩たちも出てきて冒頭のような合唱できる形。ハミングか始まる。
 
夏子 :私は、この合宿が終われば図書館へ出かけます。たった五十年前の過去に出会うために。忘れられていいわけがない人たちに会いに往きます。    セピア色の写真の奥でにこやからほほえむ私の修平さんに。戦争が終わったあの8月の青い空の下で、きっと歌ったに違いない彼に会うために。
 
        夏子帽子をかぶり直す。そうして、ゆっくりと歩み出す。わき上がる「夏の思い出」」
        シルエットででてくる修平たち。帽子を振っている。ふと止まる夏子。帽子をあげて、空をみ上げる。
        何かつぶやいたようだが聞こえない。そのまま、空を見上げている。「夏の思い出」高まって幕。
 
                                                              【 幕 】
 
 

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