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「麦に水を」

作 結城翼  



登場人物
7・・セブン  
9・・ナイン  
0・・ゼロ   




Ⅰ プロローグ 

世界は冷たく深い夜の中にある。
        人は残酷で固い殻の卵の中にいる。
どこかで足音がしている。
やがて足音は大きくなり消える。
舞台中央にテーブル。椅子が一個。
テーブルの上には木箱に植えられた麦が一本ひょろひよろっと立っている。
上手に粗末なベッドらしきものが一つある。
引き割り幕が引かれ、背後の空間に大きな木組みの鉄条網らしきものが浮かぶ。
暗い夜。
麦の上に一筋の光が差し込んでいる。
女が一人、コップの水を大事そうに注いでいる。
少し飲もうとする。
ためらうが。

セブン:一口だけ。

一口飲む。
ふっと息をついて、また少し注ごうとしたとき。
鐘が鳴る。
女は、びくっとして数えながら聞き耳を立てるが、ふっとドアを振り返る。
その瞬間、ドアが開く。
女が少し押されるように入ってくる。
くるりと反抗するようにドアを向く。
男がコップをひとつ押しつけるように渡す。
抵抗するが押しつけられる。
アルミのコップ。
水はない。
ドアが閉められる。
新しく入ってきた女は、ドアの方にむいたまま、立ち尽くす。
コップを持つ手は震えているかもしれない。
間。
見ていたが。
コップを置いて。

セブン:座ったら。

くるっと振り返る。
無言。

セブン:ほら。

ナインは、椅子を新しい女のほうに差し出す。

ナイン:私?

うなづく。
あなたのはとといたげ。

セブン:ひとつしかないの。
ナイン:どうして。
セブン:そういう決まりだから。
ナイン:どうして。
セブン:さあ。・・必要ないからじゃない。

少し苦々しげ。
ナインはざっとあたりをみまわす。

ナイン:何も・・ないのね。
セブン:無いわ。

コップを持って手で回して。
水を探している。

セブン:探しても無駄。
ナイン:でも・・。

と、セブンのコップを見る。
コップを取り上げて

セブン:時間が来たら持ってくるわ。
ナイン:時間がきたらって・・。

うっすら皮肉に笑い、

セブン:水を飲む自由すら無いというわけ。
ナイン:何それ。

と、戸口を見る。

セブン:それも一回だけみたい。

さっと振り返る。

ナイン:一回?
セブン:そう言うことなの。

間。

ナイン:そう。そういうことなの。
セブン:そういうこと。

にらみつける。

ナイン:何で。
セブン:そう言うことになってる。
ナイン:納得できないわ。
セブン:でもそうなの。
ナイン:それで平気?
セブン:何が?
ナイン:・・・壁・・壁・・外が見えない窓(これは舞台正面に有る設定)・・壁・・壁、壁、壁。

再び、戸口へいき。

ナイン:おーい。

がんがん戸を叩き。

ナイン:おーい。

戸を叩き止め、そのままの姿勢でいるが。
くるっと振り向き戸に寄りかかり。

ナイン:これで平気?

セブン、ほほえんで。

セブン:座ったら。もうすぐ水が来るわ。
ナイン:水?水なんかどうでもいいわ。そうじゃなくて。
セブン:座ったら。

間。
にらんでいたが、ナイン、椅子を引き寄せどさっと座る。
再びちょっと立ち上がり、戸口の外を見る。
また椅子に座る
セブンは、再び、水をやろうとしてる。

Ⅱ コップと麦 激発と冷静

ナインは気づく。
いぶかしそうに見ていたが。
椅子に掛けたまま。

ナイン:何してるの。
セブン:水をやってるわ。
ナイン:見たらわかる。どうして。
セブン:必要だから。

間。

ナイン:ふーん。
セブン:・・必要なの。

水の流れる音。

ナイン:あれは何。

セブン手を止める。

ナイン:あの音。

聞く。

セブン:川の音ね。
ナイン:川?ここは川の近く?だって・・そんなはずはないわ。
セブン:地下の川よ。
ナイン:え、・・けどあの外は。

窓を見る。

セブン:窓・・ね。

窓のそばに行くセブン。

セブン:来て。
ナイン:どうするの。
セブン:気が付かなかった?
ナイン:何が。
セブン:いいから、来て。

寄っていく。

セブン:かいでみて。
ナイン:え?

セブン、くんくんと空気をかぐしぐさ。

セブン:ほら。

小さい間。

セブン:ほら。

と、くんくんする。
ナインもつられてくんくんするが不審な顔。
セブン、薄く笑って。

セブン:分かる?
ナイン:分からない。だって。
セブン:そう。におわない。

いぶかしげに。

ナイン:何の匂い?
セブン:風の匂い。
ナイン:風?
セブン:光の温かい匂い、草むらの青い匂い、虫やけものむせかえる匂い・・風が運んでくるはずなのに。

ナイン確認して。

ナイン:何も匂わないわ。

ナイン、ちょっと指をなめて窓にさしのばす。

ナイン:空気が動いてない。・・この窓は。

気が付くナイン。

セブン:ダミーよ。
ナイン:この外は・・・
セブン:外はないの。

振り返り、セブンを見る。

セブン:そう言うこと。
ナイン:じゃ、この光も。

否定して。

セブン:光は本物だわ、外の光・・麦が青々としてるもの。今は夜だけど。

麦に光が当たっている

セブン:水と光。・・十分だわ。

麦に水を少しやる。
川の流れる音。
小さい間。

ナイン:十分ね・・・。

周囲を見て回る。

ナイン:壁・・壁・・壁。なるほど十分ね。

鋭く。

ナイン:満足してるの。
セブン:何に?

あたりをさして。

ナイン:ここによ。まるで穴蔵。せまっくるしく、光と水しかない。
セブン:それも、コップ一杯のね。

少し笑う。

ナイン:何がおかしいの。

少し笑ってる。

ナイン:笑えないでしょ。

止めて。

セブン:笑うしかないでしょ。

間。

ナイン:笑い事じゃないよ。
セブン:だから笑うのよ。

間。
肩の力を抜くナイン。
窓を見る。部屋を見る。

ナイン:・・笑えないわ。
セブン:・・そのうち笑えるわ。
ナイン:あたま、おかしい。
セブン:でしょうね、だれだっておかしくなるわ。

鐘が鳴る。
びくっとする・・数えてる。
鳴り終わる。

ナイン:四つ。
セブン:四点鐘だわ。
ナイン:四点鐘?

水をまた少しやる。

セブン:水が来る。
ナイン:え?

靴音がする。
思わず引くナイン。
下の方の小窓が開いた。

セブン:コップを・・ほら。
ナイン:え?
セブン:早く。
ナイン:早くって・・。

と、分からない。
セブンがナインのコップをもって行く。
小さく開いた戸口に持っていく。
水差しらしき物が見え、コップに水が注がれる。
注ぎ終わると小窓が閉まる。
靴音が遠ざかる。
大事そうにもって。

セブン:はい。あなたの。

機械的に思わず受け取り。

ナイン:あなたは・・。
セブン:前にもらったからないの。
ナイン:前にって・・。
セブン:言ったでしょ。一回だけだから大事にね。
ナイン:聞いたけど・・ほんとに一回?
セブン:一回。

間。

セブン:二度は無いのよ。

思わず麦を振り返る。

ナイン:それを麦に。
セブン:そうよ。

間。
見比べる。

ナイン:馬鹿じゃない?
セブン:何が。
ナイン:大事な水を、そんな物に。意味ないじゃない。
セブン:いみないか・・。

と麦を見る。

ナイン:意味ない。育つはず無いもの。
セブン:そうでもないわ。
ナイン:第一育つまで待つ時間なんてあるの。
セブン:そうね。
ナイン:そうねって・・。

生き生きと。

セブン:ねえ、知ってる。
ナイン:何を。
セブン:麦の根。
ナイン:根?
セブン:この一本の麦の根の長さ。
ナイン:知らないわそんなの。
セブン:長いのよ。あててみて、どのくらいだと思う。
ナイン:分からない。
セブン:あてずっぽでいいわ。

小さい間。

セブン:ほら。

促されてやむなく。

ナイン:・・1メートル。

首を振る。

ナイン:じゃ、5メートル。

首を振る。

ナイン:そんなに?・・50メートル。そんなに長いわけないか。

ゆっくり首を振る。

ナイン:え、まだ長いの。
セブン:長いわ・・・とても。
ナイン:そんなに?・・これが?

頷いて、麦を目の前にかざす。

セブン:長いの、とても。・・世界の1/4。この一鉢で。
ナイン:えっ。

驚く、ナイン。

ナイン:これで?ウソよ。

少し笑って、真剣な調子で。

セブン:根毛って言うの。
ナイン:根毛?
セブン:根っこの毛と書いて根毛。
ナイン:ああ、根毛。で。
セブン:ほとんど目に見えないほど小さいのもあるけど。
ナイン:それが。
セブン:全部長さを測ってみると。
ナイン:目に見えないんじゃなかったの。
セブン:こまかいものは例えば顕微鏡ではかる。
ナイン:えーっ、あんたそんなことしたの。すごい。

にこっとして。

セブン:した人がいたの。
ナイン:なんだ。
セブン:全部はかって足していったのよ。
ナイン:気が遠くなりそ。暇ね。
セブン:こんな小さな麦だけど。

見る。

ナイン:全く。根ったってこれぐらいでしょ。

と、てで大きさを作ってみて。

ナイン:知れてるわ。世界の1/4?とても・・。
セブン:三十センチ四方、深さ五十センチの木箱に砂を入れ麦の苗を植える。水をやりながら数ヶ月育てる。限られた砂を入れた木箱の中でひょろひょろしたライ麦の苗が育つ。色つやも良くなく実もたくさんは付かない。一本の貧弱なライ麦。

麦とセブンを見て何か言いたげにするが。

セブン:たった一本の貧弱な麦を数ヶ月生かし支えるために、いったいどれほどの長さの根が張り巡らされたか。

と、鉢の麦を抱え上げる。

セブン:一本の麦を生かし続けるために。

と、ナインを見た。

ナイン:それは・・

静かにまた鉢を置いて。

セブン:張り巡らされた根の長さの総延長はおよそ一万一千二百キロメートルに達した。
ナイン:一万?
セブン:一万一千二百キロ。地球を四分の一回る長さ。
ナイン:一万一千二百キロ?・・・これが・・。

と見る。

セブン:少し小さいから一万キロぐらいかもね。

と笑う。

ナイン:一万・・。
セブン:たかだか一本の麦でも馬鹿にできないわね。毎日毎日自分の命をかろうじて支えるために一生懸命休み無く養分を吸い上げてる。
ナイン:でもこんなに貧弱じゃ。
セブン:そうね。みっともない麦かもね。

ナイン、少し馬鹿にしたみたいに。

ナイン:感動するほどのことは無いわね。一万キロだって二万キロだってどうしたって言うの。たかが一本のひょろひょろ麦がようやく・・。
セブン:そう。ようやくね。

声は少し厳しい。

セブン:ようやく生きているのよ。一万千二百キロメートルの根を張り巡らしてようやく命を支えている。

ナインを振り返ってみて。

セブン:たいしたことにみえなくてもね。

と、笑う。
小さい間。

ナイン:けど、それが。

と言いかけたところに、鐘が鳴る。

Ⅲ反復動作

はっとするセブン。

ナイン:あれは。

釣られてナインも緊張。
足音が聞こえる。

セブン:あるく時間だわ。
ナイン:えっ。
セブン:あるくのよ。早く。

セブン。歩き始める。
ナイン、混乱。

ナイン:何、何してるの。
セブン:黙って。歩くの。
ナイン:でも・・なんで。
セブン:とにかく歩くの。
ナイン:だって・・何で歩くの。
セブン:歩いて。説明してる暇無い。
ナイン:わけ分からない。なんで。

足音が少し大きくなる。
ばっとドアが開く。
ゼロがいる。
振り返るナイン。

ナイン:あんた。ねえこれは。

かぶせるように。

ゼロ :歩け。

小さい間。

ナイン:歩け?
ゼロ :歩け。

せせら笑って。

ナイン:何いってんの、歩けって。
ゼロ :歩け。

間。
その間もセブンは歩いている。
見やって。

ナイン:何でよ。なんであるかなきゃいけないの。
ゼロ :歩け。
ナイン:むちゃくちゃじゃない。
ゼロ :歩け。
ナイン:ねえ。こんなのって。

セブンを振り返る。
ナイン歩いている。

ナイン:止めなさい。

セブンを止めにかかるが。
セブンはふりほどいて歩く。

ナイン:こんなことしたって。
ゼロ :歩け。
ナイン:あるけってねー。あんた。そんな命令
ゼロ :歩け。
ナイン:やめるのよ。ねえ。やめなさい。

だが、セブンは振り切って歩く。
間。
足音が大きくなる。

ゼロ :歩け。

セブンをあきらめてにらみつけるナイン。
冷たく。

ゼロ :歩け。
セブン:誰が。

と、反抗。

ゼロ :歩け。

と、警棒らしき者をぴたぴたともてあそびながら単調に言う。
少しおびえるが。

ナイン:脅したって無駄よ。訳を言いなさい。

間。

ゼロ :歩け。

相変わらずぴたぴたと無表情。

ゼロ :歩け。

ナインは少し動揺する。

ゼロ :歩け。

根負けしたように。

ナイン:分かったわよ。歩きゃいいんでしょ。あるきゃ。

無視したように。

ゼロ :歩け。

のろのろと歩き始めるナイン。
だが止まる。

ゼロ :止まるな。

きっとにらみ返すが。またのたのたと歩く。

ゼロ :足を高く。

意地でものたのたとあるく。

ゼロ :足を高く。

見返すようにのたのた。
無視するように。

ゼロ :足を高く。

抵抗してのたのた。

ゼロ :足を高く。

セブンを見る。
セブンはもちろん足を高くあげて歩いている。
またゼロをにらみ返す。

ゼロ :足を高く。

のたのたしているが。

ゼロ :足を高く。

やがて、足が高く上がり出す。
セブンはきりっと歩いている。
二人は足を高く上げ始めた。
そろい始めたところで。

ゼロ :背筋を伸ばせ。

ナイン、にらむが何も言わない。
ナイン、やがて背筋を伸ばす。

ゼロ :まっすぐ前を見る。

2人、あるいている。

ゼロ :美しく。

2人、あるいている。

ゼロ :美しく。

2人、あるいている。

ゼロ :もっと美しく。

音が高くなる。

ゼロ :もっと。

無表情であるいている。
足音が高くなる。
ゼロの命令する声が響く。
溶暗。
足音のみが高く響く。
音が切れる。

Ⅳ朝顔と夜

溶明。
セブンはベッドに腰掛けている。
いらいらと歩いているナイン。

ナイン:意味無いわ。

コップに近寄る。
水を飲む。

ナイン:なんなのよ。

無言のセブン。

ナイン:バカにして。

また水を飲む。

セブン:なくなるわ。
ナイン:わかってる!

振り向いて。

ナイン:でも、何でこんな目に遭わなきゃいけないの。何にも悪いことしてないのに。
セブン:してないからよ。
ナイン:そんな。
セブン:あなたが何もしなかったから。
ナイン:何をしろって言うの。普通にしてた。
セブン:分けられたのよ。
ナイン:誰に。
セブン:誰でもないと思うわ。いつの間にか。
ナイン:負け組って?

といって笑う。

ナイン:冗談じゃないわ。まじめに勉強してまじめにやってた。ただ・・
セブン:ただ。
ナイン:時々腹立ったけど。
セブン:何に。
ナイン:みんなに。あほじゃないかと。
セブン:何が。
ナイン:同じことして、笑って、同じような服着て、みんなでつるんで、何が面白いんだか、金魚のうんこみたいに。
セブン:仲間に入らなかったの。
ナイン:そんな暇ありゃ、自分の好きなことしてたいもの。
セブン:だから分けられたのよ。
ナイン:ばかばかしい。そんなんでこんな目に遭えばやってやれないわ。なんか理由があるはず。
セブン:ないわ、たぶん。
ナイン:そんなのむちゃくちゃじゃない。
セブン:むちゃくちゃよ。
ナイン:許されない。
セブン:誰が許さないと思う。
ナイン:誰だって。
セブン:許してるからここにいるんじゃない。
ナイン:私は許してない。
セブン:あなたはね。
ナイン:どういう意味。
セブン:あなたは黒い羊なの。私もね。
ナイン:何それ。
セブン:白い羊たちの中に一匹だけ黒い羊がいるの。許されないことね。
ナイン:私の性じゃないわ。
セブン:でも、白い羊たちはそうは思わない。
ナイン:こんなところに。
セブン:白い羊にさせるためにね。
ナイン:黒が白になるはずないでしょ。
セブン:白い羊たちはそうは思わないかも。
ナイン:むちゃくちゃだわ。
セブン:そう。むちゃくちゃな世界。
ナイン:許されない。
セブン:いったでしょう。だれだって許してる。白い羊はそうしなければ生きていけないもの。
ナイン:だから分けた。
セブン:そうなるかな。
ナイン:あ。
セブン:何。
ナイン:まるで免疫ね。ふざけてる。
セブン:免疫ね。

と、ちょっと異論がある感じ。

ナイン:身体の中にはいった異物を拒絶し排除するシステム。私はばい菌でもウイルスでもないわ。
セブン:白い羊たちはそうは思わなかったかも。
ナイン:黒い羊はどうしてくれるのよ。
セブン:白い羊になるしかないわね。
ナイン:むりよ、そんなの。今更。
セブン:だから、ここにいるの。
ナイン:絶対ならないわ。
セブン:そうは考えないのよ、白い羊は。
ナイン:あほじゃない。
セブン:とても賢いと思うわ。バカだけど。
ナイン:え。
セブン:人は変わるもの・・・。

と、誰かを思い出している。

ナイン:変わらないのもいるはずよ。
セブン:そうね。変わらないのもいる。
ナイン:いつまでもね。
セブン:待ってはくれないけど。
ナイン:どういうこと。
セブン:7日間で世界は作られたならば7日間だけ時間を与えよう。新しい世界を作るのにはそれ以上はいらない。
ナイン:何それ。
セブン:旧約聖書知らない?
ナイン:聞いたことは有るつもりだけど、でもそれとこれ関係ないじゃない。
セブン:神話が好きな人もいるわ。それにいつまでも黒い羊に無駄な草を食べられてもね。
ナイン:それって・・。
セブン:7日間だけチャンスを与えようと考えたものがどこかにいた。
ナイン:狂ってる、その人。
セブン:でも、みんながそう考えた。
ナイン:だけど。
セブン:黒い羊を7日間だけ飼おうと。
ナイン:7日たったら。
セブン:白い羊になればよし。
ナイン:無理よ。私は私、黒い羊は黒い羊。
セブン:ならば、飼う必要はないわけよ。
ナイン:どうなるの。
セブン:さあ・・帰ってきた人はいないから・・。

と、周りを見回す。

ナイン:やっぱり免疫だ。排除するしかない訳ね。ワクチンもきかない。
セブン:効かなかったわ。
ナイン:・・・何日目。
セブン:え?
ナイン:あなたよ。
セブン:気づかない?・・ベッドは一つよ。

確かに一つしかない。
小さい間。

セブン:ひとりで寝るのにベッドは二つはいらないものね。
ナイン:それじゃ・・。
セブン:今夜からはあなたのベッドよ。

間。

セブン:引き継ぎといった所かな。

ふふっと笑う。

ナイン:笑い事じゃないわ。
セブン:でもおかしいもの。おかしくない?
ナイン:全然。
セブン:笑わなきゃだめよ、あなた。
ナイン:わらえるわけないでしょ。こんな時に。
セブン:だから笑わなきゃいけないんだけど。
ナイン:しゃれになんないよ。笑えるような情況?
ナイン:ま、それはそうだけど。
セブン:そうだけどって・・闘わないの。
セブン:何を。
ナイン:何をって・・・これよ。
セブン:誰と。
ナイン:誰とって。
セブン:さっきの男?
ナイン:誰でもいいよ!
セブン:いないわね。誰も来ないもの。

ふふっと笑う。

ナイン:わらってごまかすつもり!
セブン:いいえ。でも相手がいなきゃ闘えないわ。
ナイン:話、そらさないで。

間。
セブン、麦のところへ行く。
葉に触れながら。

セブン:音がするわね。

遠くから足音。

ナイン:まただわ。
セブン:別の部屋かも。

足音を聞く二人。
足音は大きくなったり小さくなったりしている。

ナイン:たまらない、あの音。

足音は遠のく。
ナインは聞き続ける。

セブン:朝顔好き?
ナイン:朝顔?朝顔がどうしたの何の関係もないでしょ。

いらいらと。

セブン:私好きよ。
ナイン:あ、そう。
セブン:私の好みは深い紫。朝露に光ってるの見る旅にどうしてこんなに深い紫がって思うわ。
ナイン:私はブルーよ。気分もブルー。朝顔なんか犬に食われてしえばいいわ。なんだっていうの。
セブン:どうしてあんなにきれいに咲くのかって調べたことがあるの。
ナイン:よかったわね。どうせすぐにしぼんでへなへなになって惨めなものだわ。
セブン:嫌いなの?
ナイン:訳わからないこというからいらいらしてるだけ。
セブン:調べたらね。
ナイン:太陽と水。それに多少の養分。それだけあれば十分だったでしょ。ばかばかしい。
セブン:いいえ。

その語気に少し驚く。

ナイン:え?
セブン:それではあんなに美しくは咲かない。
ナイン:何が足りないのよ、植物はそれで十分でしょ、足りないのは深い愛情?まさかね。
セブン:冷たくなきゃいけないの。
ナイン:え?
セブン:それと深い闇がいるわ。
ナイン:何のこと。
セブン:実験した人がいて。
ナイン:朝顔の観察?よくやったわね。夏休みのお約束。
セブン:美しく咲くために何が必要なのか。調べていくと。
ナイン:ひまだこと。それで。
セブン:夜明け前の冷たく深い闇がなければ朝顔は咲かないわ。
ナイン:え。
セブン:朝顔が咲くためにはどうしても、冷たい夜と闇の深さが必要なの。そうして初めて朝顔は夏の光の中で自分の命を咲かせるの。

間。

セブン:朝顔が咲くということはそういうことよ。

見つめ合う二人。


鐘が鳴る。

Ⅴ無限反復

ナイン:あれは。

ドアが開く
男が立っている。
本を二冊持っている。

ナイン:何よ。

無視して、本をテーブルに置く。本は真っ白いカバーを掛けられている。
下がって。

ゼロ :読書の時間だ。
ナイン:読書の時間?なにいってんの。
ゼロ :読め。
ナイン:読めって、バカじゃないの。何いってんの。

セブンは、本を取る。

ナイン:あんたねー。
セブン:読むのよ。
ナイン:あほらしい。授業じゃ有るまいし。

残った一冊をとる。
ぱらぱらとめくり。

ナイン:何これ。

と本を置く。
にやっと笑って。

ゼロ :人類の英知だよ。
ナイン:いやよ。
ゼロ :いや?
セブン:私が読むわ。

小さい間。

ゼロ :よかろう。セブンから読め。
ナイン:だめよ。
セブン:そこで神は言われた「われわれは人をわれわれのかたちの通り、われわれに似るように作ろう。彼らに海の魚と空の鳥と、家畜と、すべての地の獣と、すべての地の上にはうものとをしはいさせよう」と。そこで神は人をご自分のかたちの通りに創造された。神のかたちのとおりに彼を創造し、男と女に彼らを創造された。そこで神は彼らを祝福し、神は彼らに言われた、「増えかつ増して地に満ちよ。また地を従えよ。海の魚と、空の鳥と地に動くすべての生物を支配せよ」
ゼロ :もう一度。
ナイン:読んだじゃない。
ゼロ :もう一度。
セブン:そこで神は言われた「われわれは人をわれわれのかたちの通り、われわれに似るように作ろう。彼らに海の魚と空の鳥と、家畜と、すべての地の獣と、すべての地の上にはうものとをしはいさせよう」と。そこで神は人をご自分のかたちの通りに創造された。神のかたちのとおりに彼を創造し、男と女に彼らを創造された。そこで神は彼らを祝福し、神は彼らに言われた、「増えかつ増して地に満ちよ。また地を従えよ。海の魚と、空の鳥と地に動くすべての生物を支配せよ」
ゼロ :もう一度。
セブン:そこで神は言われた「われわれは人をわれわれのかたちの通り、われわれに似るように作ろう。彼らに海の魚と空の鳥と、家畜と、すべての地の獣と、すべての地の上にはうものとをしはいさせよう」
ナイン:同じこと何度言わすの。
ナイン:君には言ってない。もう一度。
セブン:そこで神は言われた「われわれは人をわれわれのかたちの通り、われわれに似るように作ろナイン:やめて。
セブン:そこで神は人をご自分のかたちの通りに創造された。神のかたちのとおりに彼を創造し、男と女に彼らを創造された。
ナイン:やめて。
セブン:神は彼らを祝福し、神は彼らに言われた、「増えかつ増して地に満ちよ。
ナイン:やめろよ。

と、本を奪い、投げつける。
ゼロが拾い、ほこりをはたいて、セブンに渡す。

ゼロ :読め。
ナイン:意味ないことなぜやらせるの。
ゼロ :読め。
セブン:そこで神は言われた「われわれは人をわれわれのかたちの通り、われわれに似るように作ろう。彼らに海の魚と空の鳥と、家畜と、すべての地の獣と、すべての地の上にはうものとをしはいさせよう」と。そこで神は人をご自分のかたちの通りに創造された。神のかたちのとおりに彼を創造し、男と女に彼らを創造された。そこで神は彼らを祝福し、神は彼らに言われた、「増えかつ増して地に満ちよ。また地を従えよ。海の魚と、空の鳥と地に動くすべての生物を支配せよ」

読み続けるセブン。以下、終わるとすかさずゼロが読めと命令し、セブンは同じ文を読み続ける。

ナイン:なぜこんなことをやらせるの。
ゼロ :なぜ?
ナイン:どうしようって言うの。
ゼロ :どうもしない。読むだけだ。
ナイン:何の意味があるの。
ゼロ :考える必要はない。
ナイン:意味なんかないでしょ。
ゼロ :読めばよい。それだけだ。
ナイン:私はいやよ。
ゼロ :許されない。
ナイン:誰に。
ゼロ :質問は許されない。読めばよい。

と、テーブルの残った本を渡す。
拒否する。
無理に受け取らす。

ゼロ :ナイン、君は第一日目だ。読め。

にらみつけるナイン。

ナイン:不条理な命令には従えないわ。・・やめるのよ、セブン。

読み続けるセブン。

ナイン:やめるのよ・・やめて。・・やめて!

読み続けるセブン。

ゼロ :彼女は聞き分けが言いようだな。
ナイン:やめて、セブン!

読み続けるセブン。

ゼロ :彼女が読んでいるのは6日目だ。君もやがて読む。
ナイン:読まない。
ゼロ :今日は一日目を読む。明日は二日目だ。
ナイン:読まない。
ゼロ :あさっては三日目。明明後日は4日目。
ナイン:読まない。
ゼロ :その次は5日目、その次は。
ナイン:読まない。
ゼロ :彼女と同じく6日目を読む。
ナイン:読まない、読まない、読まない!こんなもの!

と、たたきつける。
間。
ゆっくりと拾い上げ。

ゼロ :美しい文章だ。

ゼロ、読み始める。
にらみつけるセブン。

ゼロ :始めに神が天地を創造された。地は混沌としていた。闇が原始の海の表面にあり、神の霊風が大水の表面に吹きまくっていたが、神が、「光あれよ」と言われると光ができた。神は光を見てよしとされた。神は光と暗黒との混合を分け、神は光を昼と呼び、暗黒を夜と呼ばれた。こうして夕べ有り、また朝があった。以上が最初の第一日である。

間。

ナイン:私は読まない。
ゼロ :みんな、そういう。
ナイン:みんな。
ゼロ :そうだ・・君もやがて読むようになる。・・さあ。
ナイン:いやっ。
ゼロ :読まなければならない。
ナイン:どうして。

ゼロ、無視して、ナインに無理に渡す。

ゼロ :本を開け。
ナイン:いやよ。
ゼロ :開かなければならない。さあ。
ナイン:歩くのと同じじゃない。いやよ。
ゼロ :本を開け。彼女のように。

間。
にらみ合う二人。
のろのろと本を開くナイン。

ゼロ :第一章。始めに神が天地を創造された。

間。
にらみつけるナイン。
間。
セブンの読み続ける声だけが響く。

ゼロ :第一章。始めに神が天地を創造された。

間。
セブンの読み続ける声だけが響く。

ゼロ :君が読まなければ彼女はいつまでも読み続ける。

セブンは辛そうによみつづける。

ゼロ :第一章。始めに神が天地を創造された。

セブンは辛そうによみつづける。

ナイン:始めに神が・・。

ゼロをにらみつける。
小さい間。
無表情で見据えるゼロ。

ナイン:始めに・・神が天地を創造された。・・地は混沌としていた。・・闇が原始の海の表面にあり、神の霊風が大水の表面に吹きまくっていたが、神が、「光あれよ」と言われると光ができた。神は光を見てよしとされた。神は光と暗黒との混合を分け、神は光をひると予備、暗黒を夜と呼ばれた。こうして夕べ有り、また朝があった。

合図をするゼロ。
セブンが読みやめる。ぐったりしている。
読み続けるナイン。一通り終わる。

ゼロ :もう一度。
ナイン:始めに神が天地を創造された。地は混沌としていた。闇が。

急に止めて。

ナイン:もう、いや!

と、ばんと本を閉じる。
間。

ゼロ :良かろう。

にらみつける、ナイン。
小さい間。

ゼロ :明日は、君は二日目を読む。
ナイン:読まない。
ゼロ :いいや、きっと読む。なぜならもう君は読んでしまった。明日も読む。
ナイン:絶対、読まない!

にやりと笑い。

ゼロ :セブン、君はもう川を渡ってしまった。

立ち去ろうとする。

ナイン:こんなもん読むかー!!

投げつけるがむなしく床に当たる。
ドアが閉まる

ナイン:畜生。畜生。畜生!

涙目。
セブンが近づいてなにか言おうとするが。

ナイン:言わないで!

立ち止まる、セブン。

ナイン:悔しい・・始めに神が天地を創造された・・悔しい・・・

嗚咽するナイン。
むなしく鐘が鳴る
鉄条網が浮かぶ。
溶暗

Ⅵ二分法の悪夢と免疫の寛容

鉄条網が浮かぶ。
ナインがつぶやいている。

ナイン:強いものと弱いもの、正しい人悪い人・・。

溶明。

ナイン:富めるものと貧しいもの、勝ち組負け組、敵と味方、正義と悪、・・・

間。

ナイン:どうしてだろ・・・

小さい間。

セブン:二分法ね。
ナイン:二分法?
セブン:世界が単純になるわ。わかりやすいでしょ。考えなくていいから。
ナイン:考えない?
セブン:夜と昼。男と女。枠を作ってしまえば楽よ。
ナイン:楽?
セブン:そう。線を引けばいい。こんなふうに。

緞帳ラインに立つ。
観客席とナインを見ながら。

セブン:正義と・・悪。

笑う。

セブン:線を引けば安心できる。こっち側は味方。あっちは敵。敵は殺せ。
ナイン:けど。
セブン:レッテルを貼ればいい。白い羊と黒い羊。

小さい間。

セブン:恐ろしいのはね、線は引かれたままでは終わらないの。
ナイン:終わらないって?
セブン:引かれた線は力をもつわ。
ナイン:どんな。
セブン:人々を切り分ける力・・そうしてあなたに迫ってくるの。ちょうど踏み絵のように。
ナイン:踏み絵?
セブン:お前はどちらに付くのかと。

小さい間。

セブン:踏み絵知ってる?

困惑するナイン。

セブン:とってもシンプルで残酷な方法よ。
ナイン:確か昔・・。
セブン:そう。基督の像を踏ませるの。キリスト教徒を見つけるために。良くできたシステムよ。
ナイン:でも、踏めば分からないじゃない。馬鹿みたい。どこが良くできてるの。
セブン:でも、彼らは踏めないの。

間。

ナイン:嘘。
セブン:信仰を捨てることになるから。彼らは踏めない。良くできてるでしょ。
ナイン:ふんだってかまわないじゃない。自分の心の中に信仰が有れば。神様も許してくれると思うわ。
セブン:それがだめなの。
ナイン:そんな。どうして。
セブン:かれらの心の中にも線が引かれていたのね。

小さい間。

セブン:だから、どうしてもその線を越えることができなかった。
ナイン:バカだわ。
セブン:そうして、彼らは磔(はりつけ)にされたり生き埋めにされたりして殺された。
ナイン:信じられない。そんなことのために命を。
セブン:線の力はそれほど強いの。

間。

セブン:困ったことに、みんな線を引きたがるのよね。
ナイン:重なるじゃん。重なったら。
セブン:正義の線、強い線、富める線、正しい線がほかの線を消していく。最終的に一つの線になるまで。
ナイン:たまったもんじゃないわね。

小さい間。

ナイン:でも、確かにわかりやすいことはわかりやすいわ。仕方がないことじゃない。
セブン:ある意味ね。人はたぶん生まれた時から引き続けているわ。二分法の悪夢よ。
ナイン:でも自然だってそうじゃない。昼と夜。男と女。海と陸。人は自然の一部だし。
セブン:黄昏時って有るわ。波打ち際ってある。美しいでしょ。
セブン:自然には線などないわ。人だけがそれを作る。猫が線を引く?虎が線を引く?鳥はここまでしか飛べない?魚はここの海しか泳 げない?
ナイン:テリトリーってあるじゃない。
セブン:猫が作ったわけでもないし境は曖昧よ。少なくても相手に強制はしない。
ナイン:それでも。

小さい間。

セブン:前に免疫って言ったわね。
ナイン:・・ええ。・・二分法ね。
セブン:敵と味方。自分と自分でないものを分ける。
ナイン:そう。身体の中に入ってきたものを殺す。・・敵は殺せね。
セブン:違うの。
ナイン:え。違うって?殺さないの。
セブン:殺すわ。
ナイン:やっぱり。人ってそういう風に作られてる。だから線を引くのも。
セブン:それが違うのよ。
ナイン:どこが。
セブン:折り合うの。
ナイン:折り合う?どういうこと。
セブン:免疫には、お互いに拒絶せず、何とか折り合って生きていこうとする働きがある。
ナイン:ウソ。

にこっと笑って。

セブン:寛容と呼ばれてる働き。心が広いっていういみね。
ナイン:寛容?
セブン:線を引かないの。いいえ、線は引くだろうけど曖昧な所は残していく。
ナイン:ほんとにあるの。
セブン:ええ。波打ち際や黄昏時が有るようなもの。

小さい間。

ナイン:寛容。
セブン:世界を引き裂かないで生きていけるわ。そうね、線じゃなくてたとえば道路みたいな世界があるようなもの。
ナイン:道路?
セブン:世界が道路なら、いろんな人が通るわ。線は関係ない。いろんな人が、いいえあらゆる人が共存できるような場だわ。
ナイン:道が・・。
セブン:免疫にもある。自分とそうでないものとが寛容っていう関係を通じて一緒に生きることができる。

間。

ナイン:でも、引きたい人がいる。
セブン:そう、私たちは引かれてしまった線の。
ナイン:線の。
セブン:外側にいるわ。

間。

ナイン:どうしようもないじゃない。

周りを見て。

ナイン:私たちはここにいるわ。

小さい間。

ナイン:何ができるっていうの。ここは黄昏時でもない。夜と昼しかない。この狭い部屋と外しかない。
セブン:麦があるわ。

間。

ナイン:ひょろひょろした麦?・・あんたは水をやってる・・でも水をやった所で何が変わるの。何も代わりはしない。外に出れる?自由になる?
セブン:いいえ。

小さい間。

セブン:猫をかわいがってなんになる。
ナイン:猫?猫なんか関係ないわ。
セブン:話をしたってなんになる。
ナイン:何言ってるの。何にもならない。結局同じじゃない、どうしたって。
セブン:あなた線を引いているわ。
ナイン:え。

間。

セブン:もう已にあなたは線を引いている。何にもならないかどうかはわからない。何にもならないかもしれないがなるかもしれない。
ナイン:ごまかさないで。
セブン:いいえ。ごまかしはしない。だから、私は水をやるの。

間。

ナイン:話がつながらない。
セブン:道を造っているわ。
ナイン:道?麦で?訳わからない。
セブン:昔、アウシュビッツって言うとこがあって大勢の人が殺されたわ。
ナイン:何の関係があるの。
セブン:ずいぶんたくさんの人が死んでいった。
ナイン:ここと変わりはないかもね。
セブン:その中で生き延びた人が書いていたの。
ナイン:なんて。
セブン:その人はこう考えたの。極限状態に置かれ、何やっても仕方がない状態で。
ナイン:だから。
セブン:最後まで生き抜くために何が大事かって。
ナイン:強い精神と身体しかないでしょ。そんなとこに置かれたら。
セブン:違うわ。
ナイン:違う?生き抜くためにほかに何が必要なの。食べ物?
セブン:毎日何か一つずつ面白い話をしようって。
ナイン:はあ?
セブン:ユーモラスな話を作って、お互いそれを披露して笑おうじゃないかって。
ナイン:それこそ、何の意味があるの。明日の命もわからない、栄養失調でへたばってる身体で。
セブン:一生懸命、考えて、毎日ノルマにして話したの。
ナイン:そうして、力なく笑う訳ね。
セブン:そうよ。
ナイン:そんなの何の意味があるの。ただの。
セブン:暇つぶしじゃないわ。
ナイン:けど。
セブン:線を引かれて人間が人間でなくなっていくような時、最も大事なことだと考えた。
ナイン:何が。
セブン:喜んだり、悲しんだり、起こったり、笑ったりすることが一番大事だって。
ナイン:どうして。
セブン:そんな感動する感情が人にとっては一番大事なことだと彼は考えた。無感動後に来るのは・・死ぬことだけだと。
ナイン:そんなことで。
セブン:そう。そんなことがかれらの魂を支えたのよ。
ナイン:だから・・。
セブン:ここは一人だから・・麦に水をやるの。

間。

セブン:少しずつ、少しずつ水をやるの。麦が根を張って、世界の四分の一までその根をのばせし、一生懸命生きていけるまで。

間。

ナイン:時間がないわ。
セブン:それだけが難点ね。

笑う。

ナイン:おかしくない。
セブン:何になるって考えたらおかしいわ。
ナイン:それでもやるの。
セブン:それだからやるのよ。

間。
見つめ合う二人。
鐘が鳴る。

Ⅴパンとスープとワイン

はっとするセブン。

ナイン:あれは。
セブン:食事の時間だわ。
ナイン:こんな時間に。まだ、夜が明けてない。
セブン:かれらの都合よ。
ナイン:病院みたい。
ナイン:どうせ、まずいものに決まってるわ。そうでしょ。
セブン:ええ。
ナイン:せいぜいパンとスープってとこ。
セブン:今日は違うと思うわ。
ナイン:どうして。
セブン:少しは豪華でしょ。
ナイン:私が来たから?
セブン:いいえ。私がゆくから。

と、笑う。
鐘がやむ。

セブン:おいしいと思うわ。

男が本と食事を持ってきている。
トレイにスープとパンとワインがのっている。
一人分。
テーブルに置いた。
男はそのまま少し下がって待つ。

ナイン:どういうこと。

と詰問する。

ナイン:一人分しかないじゃない。
ゼロ :それが。
ナイン:二人いるのよ。
ゼロ :だから。
ナイン:足りないじゃない。
ゼロ :十分だ。
ナイン:二人でこれっぽっち。
ゼロ :一人分だ。
ナイン:だから、いってるでしょ。
セブン:いいのよ。
ナイン:いいのよったって、私のはどうなのよ。
ゼロ :ない。
ナイン:え。
ゼロ :規則が変わった。
ナイン:規則が変わった?二人で食べろと。
ゼロ :違う。これはセブンのものだ。君には必要ない。
ナイン:ご飯抜きってこと。
ゼロ :まだ必要ない。
ナイン:どういうこと。
セブン:いいのよ。
ナイン:でも。
セブン:・・いいのよ。

と、椅子に座る。

ナイン:良くないわ。
セブン:後で出るわ。
ナイン:え。後で。

と、男を見る。

ゼロ :そういうことだ。さて、読んでもらおうか。
ナイン:読むって。

ゼロは本をセブンに渡す。

ゼロ :七日目だ。
ナイン:ちょっと。
ゼロ :静かに、彼女が読む。
ナイン:おかしいわ。何是。
ゼロ :静かに。

セブンは読み始める。

セブン:第二章。こうして、天と地と、その万象ができあがった。神はその創作の業(わざ)を七日目に完了し、七日目にすべての創作の業を休まれた。神は第七日の日を祝し、それを聖(きよ)しとされた、なぜなら、その日に神はすべての業を終わって休まれたからである。

小さい間。

ゼロ :変わらないか。
セブン:・・変わりません。
ゼロ :残念だ。
セブン:私も。
ゼロ :もう一度聞く。変わらないんだな。
セブン:はい。
ゼロ :失望したよ。
セブン:私もよ。兄さん。

えっと息をのむ、ナイン。

セブン:あなたは変わった。
ゼロ :正しくなったのだ。

間。

ゼロ :では、食べろ。
ナイン:なに、これ。ねえ。

セブンはスープを一口飲む。

ゼロ :パンも。

セブンはパンちぎって食べる。

ナイン:何をしているの。これは。
ゼロ :ワインも。
ナイン:ねえ。何よ!

セブンはワインを一口飲む。
間。

ゼロ :いいな。
セブン:・・はい。
ゼロ :では。

セブンは椅子を引いて、立ち上がる。

ナイン:なに、やってるあんたたち。これは。何をしてるの。
ゼロ :君の食事は後で届ける。ワインは付いてないが。
ナイン:ワイン?何言ってるの。ワインがどうしたの関係ないわ。それより兄さんって。
ゼロ :コップを持て。
セブン:はい。

と、自分のコップを持つ。

ゼロ :行くぞ。
セブン:はい。

二人行きかかる。
ナイン、二人の前に素早く回り込み。

ナイン:行かせない。何してるの。
ゼロ :じゃまをするな。
ナイン:するわよ。
ゼロ :無駄だ。

ゼロ、突き飛ばす。
ナイン、テーブルにぶち当たり、食事と麦があたりにばらまかれる。
麦は弾みで鉢から飛び出しそう。

セブン:麦が!

と、拾いに行こうとするが腕を捕まえられる。

ゼロ :まだ水をやっているのか。
セブン:そうよ。
ゼロ :無駄なことだ。
セブン:いいえ。

にらみ合う。
やにわに手を離し、つかつかと鉢による。

セブン:何をするの。

ゼロ、麦をその場に投げ出す。
踏みつけて。

ゼロ :無駄になったな。

セブン、静かに。

セブン:いいえ。

と、ナインに目をやる。
外(観客席)を見る。

セブン:いいえ。
ゼロ :無理をするな。
セブン:してないわ。
ゼロ :なるほど、変わらないな。
セブン:ええ・・私は線は引かないもの。
ゼロ :そのうち引く。
セブン:いいえ。

静かに言った。

ゼロ :人はわからないものだ。そのうち。
セブン:そうよ、・・兄さんも。

見つめ合うがふっと視線をはずして。

ゼロ :行こうか。

少し、声が柔らかくなったかもしれない。

セブン:・・はい。

二人ドアに行く。
セブンが前。

ナイン:セブン!

振り返ってにっこり笑う。

セブン:セブンじゃないわ、私の名前は県(あがた)って言うの。あなたはナイン?
ナイン:私、私はありす!
セブン:ありす。

ちよっと首かしげて。

セブン:ありす・・不思議の国のアリス・・か。ぴったりね。

くすっと笑い。

セブン:さよなら、ありす。
ナイン:県!

県はふり帰らずに出る。
ゼロもでる。
ドアが閉まる。
思わず、駆け寄るありす。

ナイン:県、県、県ーーー!

粛々と二人は去る。
呆然と立ちすくむありす。
足音が響き始める。
やがてその足音に促されるように舞台中央に来て、残骸を見る。
足音がやや高くなる。
きっと、外を振り返り、狂気のように麦を鉢に戻そうとする。
こぼれてしまった砂を必死でかき集める。
何かつぶやいている。
やがて足音に負けないように必死でしゃべりながら麦をもとのようにしていく。

ナイン:三十センチ四方、深さ五十センチの木箱に砂を入れ麦の苗を植える。水をやりながら数ヶ月育てる。限られた砂を入れた木箱の中でひょろひょろしたライ麦の苗が育つ。色つやも良くなく実もたくさんは付かない。一本の貧弱なライ麦。たった一本の貧弱な麦を数ヶ月生かし支えるために、いったいどれほどの長さの根が張り巡らされたか。一本の麦を生かし続けるために。

そうして、ありすは自分のコップを持ちいとおしそうに水をやる。
光がありすと麦を照らす。
ありすは少しずつ水をやり続ける。
コップの水か空になっても。
足音とありすの声は拮抗しつづける。

【 幕 】
参考文献  
       幻冬舎文庫 五木寛之  「大河の一滴」
岩波文庫  関根正雄訳 「旧約聖書」
   角川文庫  ルイス・キャロル 「不思議の国のアリス」


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