作 結城 翼
★登場人物
鈴 ・・・・・
奈津・・・・・
豊吾・・・・・
田鶴・・・・・
藤 ・・・・・
浜路・・・・・
多吉・・・・・
蘭 ・・・・・
お遍路たち・村人たち・・
★プロローグ
潮騒の音。
鈴の音が涼やかに響く。
と、闇の中から女の歌声が聞こえる。
歌声 :お月さま桃色。誰が言うた?海女が言うた。海女の口、引き裂け。
続いて、鈴の音とともに多数の歌声が聞こえる。
歌声 :お月さま桃色。誰が言うた?海女が言うた。海女の口、引き裂け。
ひときわ高い潮騒の音。
静かに幕が開く。
静まれば見事な桃色月夜。
舞台中央に大きな金色の珊瑚樹の屏風。背後には巨大な珊瑚樹に桃色の月がかかっている。
屏風の前に、女が一人座っている。
鈴を振りながら、お四国参りの一行(登場人物たち)がやってくる。
女は語り始める。
女 :そこへゆくのはお遍路さんやないかねえ。ちょっと、よっていきなさらんかね。あたしの話を聞いてみとうせ。
間
潮騒が聞こえる。
女 :どうですぞね。ほんとにきれいな海ですろう。・・ほら、これを見とうせ。桃色珊瑚いうてねえ、めったにとれん珊瑚ですら。この浦の あたりでは涙の樹ゆうていわれてます、貧しいもんが精一杯生きよう思うたら、どうしても血の涙を、幾筋も幾筋も海ん中へ流さんとい かんですろう。そんな涙が大きゅう大きゅう、根ぇ張って、このように輝くんですと。ほんまにきれいですろう。(歌う)お月様、桃色、 誰がいうた海女がいうた。海女の口引き裂け。(歌い終わり姿勢を正して)聞いてくれますろうか。いまから話しますのは、口、引き裂 かれた海女のお話でございます。ありゃあ、ひどい天候不順と不漁が続き、作物もとれん、漁もさっぱりで、みなほとほと困りいってお りました年のこと・・。
T鈴
田鶴、藤たち出てくる。
田鶴、藤たち、海岸で貝や昆布を拾っている。藤は片足が不自由そうだ。
田鶴、海岸の様子を見ている。
田鶴 :しけもだいぶ収まったみたいやねえ。藤ちゃん、昆布かなんか落ちちゃあせん?
ちょっと離れたところで探しまくっていた藤。当てが外れた風で。
藤 :なんちゃあないで。あるとおもうたに。いよいよ、お腹減ったねえ。
田鶴 :うん。
女すーっと、子供たちに近寄っていく。
鈴の音が涼しく響く。
鈴 :おはよう。
田鶴 :あ、鈴ちゃんや。鈴の音でわかったわ。
鈴 :そんなに聞こえた。
田鶴 :音がきれいなきよう聞こえるで。
近寄ってくる藤。
藤 :鈴ちゃん、遅いやん。
鈴 :ごめん藤ちゃん。遅うなって。田鶴ちゃん、子守ええが?
田鶴 :かまん。かまん。浜路様にちょっと具合悪うなったいうて、お昼まで、おひまもろうたき。
鈴 :あ、ずるい。
田鶴 :昆布でも拾おう。みんなに、拾われるで。
鈴 :あたし、貝拾うわ。
田鶴 :お腹、はらんで
鈴 :けんど、きれいやもん。
藤 :(ため息ついて)・・食べたいなあ。
三人拾いはじめるが。
遠くで、なにやら歌声が聞こえる。
藤 :あれ、何?
田鶴 :なんじゃお?
鈴 :あ、海女の踊りや。豊漁祈願するいうて姉ちゃんいいよった。
田鶴 :奈津さんが。
鈴 :うん。みんなで踊るがやと。海が静まって、魚が捕れるように。
藤 :行ってみん?
田鶴 :行こうか。鈴ちゃん、いかん?
鈴 :先にいちょって。貝をもうちっと拾うてからいく。
田鶴 :ほんとにすきやねえ。ほんなら、浜路様の所へもどらんといかんき、先にいちゅうぜ。はよう、きいよ。
鈴 :うん。(と、貝を探すに夢中である)
田鶴 :ほな、いこう、藤ちゃん。
藤 :あっ、田鶴ちゃん待って・・。
二人、去る。
つられて、子供達も去る。
一人、探す鈴。
鈴 :ねえちゃんに何かあると。・・あ、何やろ。
と、岩場(屏風)の影に駆け寄る。
ごそごそと取り出したのは、見事な桃色珊瑚。
鈴 :これは・・。
と、あたりを見回して、そっと隠す。
やがて、脱兎のごとく、田鶴たちと反対側へ駆け出す。
U浜路
浜路の家。
浜路 :多吉。多吉。
多吉 :なんぜ。
浜路 :何ぜとは何です。物言いに気いつけなさい。仮にもお前は、当家のあととり。
多吉 :はい、はい。
浜路 :ほんとにもう。人がこんなに苦労しゆうときに。多吉、(ちょっと声を潜めて)珊瑚はどうじゃ。
多吉 :(声潜めて)無理したら取れるがくずばっかりや。色も悪いし、枝振りもわるい。第一、このあたりは取り尽くして、小さいものしかの こっちょらん。
浜路 :そりゃこまるねえ。
多吉 :困られても困る。それで、お上はなんと?
浜路 :そりゃあ、もうきつい催促ぞね。なんとしても見事な桃色珊瑚をという仰せであった。
多吉 :そんな無体な。
浜路 :あたしもそう申し上げたが、何ともお許しにならん。思うに、ありゃあ、姫様の嫁入り道具にでもなされるのやろう。なにせ、お子をあ きらめなさっちょったのが、ひょっこりお生まれあそばして、目に入れても痛くない猫かわいがりやきにのう。
多吉 :(つい声が大きくなる)おかげでこちら、犬みたいに鼻を利かせて珊瑚探しや。
浜路 :しっ、滅相なことは言われん。
多吉 :ふん。
浜路 :多吉。
多吉 :ん?
浜路 :あきらめることやね。
多吉 :何を。
浜路 :奈津のことよ。
多吉 :えっ。
浜路 :目で探しておったぞね。あいにくやったねえ。あの娘には台所をてつどうてもろうた。
多吉 :いらんお世話や、道理で。
浜路 :踊りゃあせんとおもうたろう。
多吉 :へっ。
浜路 :奈津はダメぞね。あの娘は止めちょき。
多吉 :何で。
浜路 :身分の釣り合いというものがあります。上手くはいかん。それより、東屋の蘭さんはどうぞね。あの娘の方が、なんぼかうちの格に合う。
多吉 :なら、おふくろが一緒になればええ。
と、ぶいと立ち上がり去る。
浜路 :多吉。
多吉 :格じゃあ、家柄じゃあいうて、めんどくさいもんじゃのう。
浜路 :これ、多吉。多吉。待ちなさい。奈津のことは絶対に許さんぞね。多吉、これ・・・。
と、舌打ちして、上手に追っていく。
下手に奈津の家が表れる。
V奈津
下手。奈津の家。
薄暗い中、鈴が座っている。
桃色珊瑚を取り出しては磨くようにして、ほーっとため息をついている。
奈津が帰ってきた。
奈津 :明かりもつけんと鈴はなにしゆうぞね。
鈴 :おかえり、奈津ねえちゃん。
と、珊瑚を隠している。
奈津 :はい、はい、ただいま。ご飯すぐ作るきねえ。浜路様のところでいただいた、ひじきとあげを煮ろうかねえ。ほら、おにぎりももろうた よ。白いおままがはいっちゅう。おいしいで。
と、奈津はそそくさと支度を仕掛けるが、鈴は黙ってにこにこしている。
奈津 :何?にこにこして、おかしい子。どうしたが?
鈴 :ねえちゃん、これ!
と、差し出された珊瑚樹。
凍り付く奈津。
奈津 :ど、どうしたが?!
その剣幕に驚く鈴。
鈴 :どうしたがって・・。拾うた。
奈津 :黙って!
ぱっぱっと様子をうかがい、戸締まりをする。
鈴 :ねえ、どうしたが。
座り直す奈津。
奈津 :知っちゅう?この珊瑚は、桃色珊瑚いうのよ。
鈴 :桃色珊瑚。
奈津 :大層なお宝もの。
鈴 :そんなに。
奈津 :そう。
どこからか、鈴の音が響く。
奈津 :・・鈴。この桃色珊瑚はねぇ。お上のご禁制の品なんよ。
鈴 :採ったらいかんが?
奈津 :そう。よそに知られるとねえ、桃色珊瑚を献上せえいうてお上がいわれて、大層困ることになると。それで、珊瑚のことはどこにも誰に も一言もいうたらいかん。たとえ口が裂けてもいうてはいかん事になっちゅうが。わかるかね。
鈴 :うん。でも、ついうっかりいうたりしたらどうなるが?
奈津 :そんなことしたら、お仕置きされるぞね。
鈴 :(あわてて)あたし、絶対いわんも。
奈津 :うん。そうしいよ。・・でも、この桃色珊瑚はどうしたもんかねえ。
鈴 :誰にもいわんき、持たれんろうか。
奈津 :そうやねえ。鈴がお嫁に行くとき、これでかんざし作ったらたいそうきれいなろうねえ。
鈴 :東屋の蘭さまみたいに?
奈津 :そうや。
鈴 :姉ちゃんがつけたら。
奈津 :姉ちゃんらあはつけたらいかん。
鈴 :なぜ、姉ちゃんきれいやいか。蘭さまらあよりずっときれいになるに。
奈津 :うちらあはつけたらいかん決まりになっちゅうが。
鈴 :どうして?誰が決めたが?
奈津 :しらん。昔からそうや。
鈴 :・・・。
奈津 :うちらあ、ここ離れて、どこにもいかれんことになっちゅうろう。それと同じ決まりよね。
鈴 :つまらんねえ。
奈津 :・・そうよねえ。つまらん決まりやねえ。けんど、まもらにゃお仕置きされるきに。
鈴 :ほんなら、これは浜路様に差し上げにゃいかんかねえ。
奈津 :そうやねえ。
鈴の音が聞こえてくる。
はっとする二人。
戸口へ駆け寄る奈津。
鈴 :姉ちゃん!
奈津 :しっ。
様子をうかがう奈津。
鈴を振り、旅をするお四国達が横切って行く。
奈津の緊張が解ける。
奈津 :お四国の人や。
鈴の緊張も解ける。
戻りながら。
奈津 :一回でええき、お四国参りをしてみたいねえ。
鈴の音が遠ざかる。
聞き入っている奈津と鈴。
ぽつんと。
奈津 :ここばっかりや、ほんとにつまらんもん。
間
奈津 :ねえ、鈴ちゃん。
鈴 :何?
奈津 :これ・・うちらでもっちょろうか。
鈴 :え、ほんと?
奈津 :ほんと。黙っていたらわからんもんねえ。それに、夢の一つももっちょりたいしねえ。
鈴 :ほんとに?ええの?
奈津 :ほんとに。
にっこりして。
奈津 :でも、誰にもいわれんよ。
鈴 :うん、わかった。藤ちゃんにも、田鶴ちゃんにもいわん。鈴と姉ちゃんだけの秘密や。
奈津 :そうや。
と、頷く奈津。
珊瑚樹を改めてしみじみと見る鈴。やがて、小声で歌い出す。
鈴 :お月さま、桃色。桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝、海ん底にねんねんよ、ねんねんよ。
月が輝いている。
鈴を振る鈴。
W 田鶴
翌朝、浜路の家。
かんかんになった浜路が入ってくる。
田鶴がしおれて控えている。
浜路 :田鶴。この始末はわかっちゅうろうね。
田鶴、恐れ入っている。
田鶴 :すみません。
浜路 :仕事がそんなにいやながかね。いやならいややとはっきりいいなさい。
田鶴 :・・・
浜路 :何やって。聞こえん。
田鶴 :・・・
浜路 :いやながかね。
田鶴 :いいえ。
浜路 :好きながかね。
田鶴 :・・・
浜路 :いったいどっちぞね。
田鶴 :すき・・です。
浜路 :ほうお。好きながやねえ。好きなら、好きで、きっちり仕事をしてもらおうやない。
ところへ、多吉と蘭が来る。入りながら。
多吉 :なんで、母さん。朝っぱらから大声出して。・・蘭さん笑いゆうやいか。
浜路 :ああ、これは東屋の。どうも、朝からみっともないとこを。いえね、この子が、うちで使いゆう田鶴っていう子なんですけどねえ、昨日、 具合が悪いやなんて嘘ついて、午前中遊び回りよったがですよ。
多吉 :ガキやいか。遊びとうもならあ。
浜路 :そんなことでは示しがつかんぞね。だいたい、多吉さんは普段から、奉公人に甘いき、そんなことじゃ。
多吉 :俺に振るのは止めとうせ。
蘭 :あら、ほんとのことやないろうか。
多吉 :何ぜよ。
蘭 :奉公人は奉公人のけじめというものが在りますわねえ。きちんと、そのあたりはお教えになったらいかがです。
浜路 :まあ、よくおっしゃったわ。その通りですよ。多吉。蘭さんの爪の垢でもせんじておのみ。
多吉 :あほらし。
笑う蘭。
浜路 :田鶴。ええかえ。にくうていいゆうんやない。奉公は奉公やきに。おっかさんが死んで身寄りがないゆうき預かったわねえ。どこへも行 くとこがないろう。いまからそんな癖つけてどうする。人間は正直が一番、陰日向のう働くのが奉公やないかねえ。わかったら、しゃん しゃん仕事しなさい。牛の草刈ってきたら、下の納屋に運びや。きれいに、しかないかんぞね、草は。それがすんだら。次は洗濯と薪割、 いいね。仕事がたまっちゅうぞね。
田鶴 :あの、ご飯は・・。
浜路 :何?
田鶴 :ご飯が、まだですけんど。
浜路 :仕事が先やろう。
田鶴 :あの、昨日の晩からいただいておりません。
浜路 :当たり前や、仕事しちゃあせんやいか。何図々しいこといいゆうがぞね。いやなら水でも、飲み。
田鶴 :でも、お腹が・・。
と、いいかけて、しょんぼりと去る。
浜路 :どうもみっともないところを。蘭さん、あっちにお茶の支度してありますき。・・多吉。
多吉 :ああ・・、こっち。
と、案内する。
とぼとぼとやってくる、田鶴。どさっと、屏風の前に草を置く。のろのろと草をしく。
ぺったり座り込んで、ぼんやりしている。目をこすったりしている。
浜路の下の納屋。
のろのろと仕事に取りかかるが、はっとする田鶴。
田鶴 :だれ?
藤 :(小さい声で)うちらあや。
田鶴 :藤・・ちゃん?
藤 :鈴ちゃんもおるで。
戸を開ける田鶴。
飛び込んでくる藤と鈴。
鈴 :こじゃんと怒られたとねえ。
藤 :折檻されんかった?
田鶴 :ううん。大丈夫。
鈴 :食べちゃあ、せんろう。田鶴ちゃん、これたべや。
と、何か差し出す。
田鶴 :何?あ、ひじきやない。粟餅もあるやいか。かまんが?
鈴 :うん、ちっとやけど。
田鶴 :かまんかまん。もう、おなかぺっこぺこや。
がつがつ食べる田鶴。
藤がうらやましそうに見ているが。
藤 :うちにも、ちょっとちょうだい。
田鶴 :藤ちゃんも食べてないが?
藤 :母さん病気で、妹にもやらんといかんし、うち一昨日から水ばっかりや。
田鶴 :そんなら、うちよりひどいねえ。ちょっとあげる。ええろう、鈴ちゃん。
鈴 :かまんよ。藤ちゃん食べ。
藤 :おおきに。
藤、更にがつがつと食べる。
あっというまになくなる。
二人、物足りない表情、沈んだ空気。
突然。
藤 :牛やったらええに。
鈴 :え?
藤 :牛やったら、腹一杯、この草食べれるに。うち、腹一杯食べるのが夢や。
田鶴 :そんなら、牛になる?草ばっかり食べて、田圃たがやかされて、こき使われて。
藤 :いややなあ。
鈴 :いややねえ。
と、言いかけたところへ人が来る。
藤 :誰か来た!
ぱっと、見に行く田鶴。
田鶴 :山の村の豊吾さんや。
と、ほっとする。
鈴 :誰?
田鶴 :うん、山の村からいろんなもの持ってくる人。炭や、熊のいや、キノコやら。ええ人よ。あんまりしゃべらんけど。
藤 :何しに来たのがやろ。
と、あたりを伺いながら豊吾が入ってくる。
やや、警戒する二人。
田鶴 :豊吾さん。
豊吾 :ああ。これ。
と、食べ物を出す。
田鶴 :ええが?
豊吾 :食べや。子供は食わにゃ体がもたん。
田鶴 :ありがとう。
豊吾 :ええかえ。嘘はいかんぜ。
田鶴 :うん。
というが、もうそっちのけで食べ物に気分が集中。
豊吾 :友達かえ?
藤 :うん。うちは藤。こっちは鈴。
豊吾 :藤に鈴か。ええ友達やのう。
田鶴 :うん。
豊吾 :大事にせえよ。
田鶴 :うん。
去ろうとする豊吾。
田鶴 :どこ行くの?
豊吾 :仕事や。・・ええか、嘘はいかんぜ。
田鶴 :うん。
去る、豊吾。
藤 :食べ物や。ねえ、田鶴ちゃん。はよあけて。
田鶴 :うん。
夢中で食べ物を広げて食べようとする。
浜路がいつの間にかいた。
鈴が気づく。
鈴 :浜路様!
田鶴 :えっ?
凍り付く三人。
ゆっくり入ってくる浜路。
奇妙なほど穏やかに。
浜路 :怒られたき、神妙に仕事しゆうと思うて来てみたら、こういうことかね。よくもこけにしてくれるねえ。そこの二人を引き込んで宴会か ね。岸んところの藤に、奈津んところの鈴か。なるほど。・・あんたらあはもう帰りなさい。
藤 :あのう。
浜路 :何?
鈴 :田鶴ちゃん悪うありません。うちらあが勝手にきたがです。
浜路 :はいはい。わかりました。田鶴はこれから仕事がぎょうさんありますきに、じゃまをせんようにね。はよ、おうちへお帰り。
うながされ、そろそろと後ずさりする、二人。
やがて脱兎のごとく走り出す。
浜路 :田鶴。
田鶴 :は、はい。
浜路 :そればあ食べたら、夜なべ仕事も充分できるろう。明日までに、草鞋10足、ええかね。・・ええかね!
田鶴 :は、はい!
といいながら、にらみつける田鶴
浜路 :田鶴。その目はなんぞね。何か言いたいことでもあるがかね。
たづ、無言。
浜路 :しょうしわい子やねえ。
田鶴 :あっ、それは!
浜路 :掃除をきっちりしちょきなさいよ。
浜路、食べかけの食べ物を踏みつぶす。念入りに。
泣きそうな田鶴。
浜路 :しゃんしゃんしなさい!日が暮れるぞね!
言い捨てて去る。
田鶴、思わず踏みつけられた食べ物を拾おうとするが涙が出てくる。
残骸を片づけて、のろのろ仕事に取りかかる。
X蘭
その日の夕暮れ。
多吉が海岸を歩いている。
笑いながら追いかけてくる蘭。
蘭 :待ってよ、多吉さん。
多吉 :なんぜ。
蘭 :さっさあ歩くもん。
多吉 :蘭さんが遅いがよ。
蘭 :もっと、ゆっくり景色を見たいやいか。
多吉 :海なんかいっつも見ゆうろう。
蘭 :二人で見ると特別なが。
多吉 :おんなじじゃいか。
蘭 :あら、奈津さんといっしょやったらどうじゃおねえ。
多吉 :え?
蘭 :かくさんでもええで。みんなしっちゅう。多吉さんが奈津さんにほれちゅういうのは。
多吉 :あほなこといわんぜ。
はっとする多吉。蘭が振り返れば奈津がいた。
何となく気まずい三人。
奈津は二人に礼をして通り過ぎようとする。
多吉 :(通り過ぎる奈津の背中へ)いま終わりかね。
奈津 :はい。
多吉 :お袋がむりいいいゆうがやないかねえ。
奈津 :いいえ。浜路様はようしてくれております。
多吉 :お袋がねえ。
奈津 :それでは。
多吉 :あ、もうちょっと話していかんかね。
ちらっと、蘭の方を見て。
奈津 :鈴が待っておりますんで。
多吉 :奈津さん。
奈津 :失礼します。
逃げるように去る。
蘭 :(薄く笑って)色男も形無しやね。
多吉 :若いもんどうし、ちょっと話そうとおもうただけやぜ。
蘭 :向こうはそんな気ないがやないかね。
多吉 :帰るぜ。
ぷいっとくびすを帰す多吉。
あわてて追う蘭。
蘭 :あ、待って。ちょっと、ちょっと、そんなに早うあるかんと。もう、暗うて足もとこわいき。
二人去る。
Y火事
浜路の下の納屋。
うとうとしながらも、仕事をしている田鶴。
お灯明の芯が暗くなったので芯をきる。
改めてできた草鞋を数えるが、草鞋はなかなかできていない。
思わず切なくなって、涙が浮かぶ。ごしごしっと目をこすったとき。
どこかで歌声が聞こえる。
田鶴、はっとして、歌声を聞こうとする。
あわてた拍子にお灯明を倒す。
お灯明が倒れ、火が藁に移った。
あわてて消そうとするが消えない。
ごーっと、火が燃え上がる。
呆然としている田鶴。
鈴が忍んできている、火に気づく鈴。
鈴 :田鶴ちゃん、火が。田鶴ちゃん!
田鶴、凍ったように動かない。
鈴 :田鶴ちゃん!田鶴ちゃん!逃げて!
田鶴、夢に魅入られたかのように、火に入って行く。
鈴 :いやーっ!誰か!田鶴ちゃんが!
ようやく部屋に飛び込むが、煙に巻かれてせき込む鈴。
鈴 :誰か、田鶴ちゃんが。助けて!田鶴ちゃん!田鶴ちゃん!田鶴ちゃーん!
火に飛び込む田鶴。
火は、ごうごうと燃えはじめ、鈴も危なくなる。
男が飛び込んできて、鈴を引っさらうように運んで行く。
周りで家人達が大騒ぎをしている。
半鐘が鳴り始め、浜路が火を消せと大声で叫んでいる。
豊吾 :しっかりしい。
鈴 :田鶴ちゃんが、田鶴ちゃんが。
豊吾 :わかった。しっかりして。わかった。
徐々に落ち着く、鈴。
豊吾 :ようし。落ち着いて。気の毒やけんど、あの子はもうまにあわん。ええかね。
鈴 :田鶴ちゃんが・・。
豊吾 :そうや。家に行こう。ここにいてはいかん。ええね。
頷く鈴。
豊吾 :ええ子や。歩けるかね。
鈴 :歩ける。
豊吾 :よし。こっちやね。そっと行こう。
去る二人。
多吉に指示している浜路。
浜路 :付け火かね?違う?なら、どうして。ああ、田鶴の馬鹿が。どうせ、居眠りでもしよったろう。それで、田鶴は・・そうかね。かわいそ うやけど、自業自得やね。火がほかにうつらんように、みなに注意さし。わかったかね。ほんとに、こんなときに・・。
奈津の家。
遠くで半鐘が聞こえる。
心配そうにしている奈津。
豊吾達がやってくる。
豊吾 :もし。今晩は。
奈津 :は、はい。
豊吾 :山の村の豊吾いいます。浜路様の所におります。
奈津 :浜路様の?
豊吾 :鈴ちゃんを連れてきましたが。
奈津 :え、鈴を。
ばっと、戸を開ける。
鈴がいた。
抱きしめる奈津。
奈津 :どうしたが、気がついたらおらんなっちゅう。ほんとに心配したぞね。え、どうした?
鈴 :田鶴ちゃんが。田鶴ちゃんが。
と、泣く。
奈津 :鈴?田鶴ちゃんがどうしたがぞね。鈴?鈴?
豊吾 :よく寝かせてやりなさい。
奈津 :え?
豊吾 :怖い目におうたがです。
奈津 :?
豊吾 :田鶴いう子が火の中に飛び込んで。
奈津 :田鶴ちゃんが!あの火事に・・
頷いて。
豊吾 :ちょうど、その場におったがです。
ふるえている鈴。
豊吾 :あったこうして、静かに。これを飲ませてやればええ。
薬を渡す。
奈津 :何から何まで。
豊吾 :みんなあ、ええ子ですきに。ほんなら、帰ります。
奈津 :あの、お礼を。
豊吾 :なんちゃじゃない。当たり前のことですきに。
去ろうとする。
奈津 :あの、お名前をもう一度。
豊吾 :山の村の豊吾いいます。
奈津 :豊吾さん。
豊吾 :ほんなら。
と、去る。
奈津 :あの。
豊吾 :は?
と立ち止まる。
奈津 :私、奈津言います。ありがとうございました。
深々とお辞儀をする奈津。
豊吾もお辞儀をして去る。
Z 幕間
同時に涼とした鈴の音が響く。
女、語り手になって座っている。
女 :田鶴ちゃんが死んでから、村はますます悪うなりました。天気は不順でお日様もあんまりてらんし、海は時化ばっかりつづきます。浜路 様もこのおままじゃ、常世送りをせにゃいかんやろうかとお悩みの様子。あ、常世送り言うのは、このあたりでとっと昔から行われてき たことで、時化があんまり続き漁ができんなると、海の神様のお怒りを鎮めにゃならんいうて、小さい船に、食べ物やらきれいな着物や ら入れて、子供を一人のせ海へ流すがです。子供は海の神さんに迎えられ常世とやらいう遠い海の彼方にある、それはそれは美しいとこ ろへ行くがです。不思議と、それで時化は収まる言うことですが。本当のことですろうか。
間
女 :豊吾さんはあれからさいさい山でとれたものを持ってきてくれました。奈津姉さんは、豊吾さんが来るといつもそわそわして、なんだか 少し様子がおかしく、これはどうやら豊吾さんが好きになっちゅうにかあらんと子どもながら思いよったがですが・・・。
Z 豊吾
奈津の家。豊吾がいる。
山の作物を持ってきているようだ。
夕暮れが近い。
奈津 :ほんとに、いっつもいっつも済みません。助かります。
豊吾 :いやあ、用事できたついでじゃき。
奈津 :おかげで鈴と二人、なんとかやっていけます。
豊吾 :大したもんやないき。そんなに大げさにいわれたら・・
奈津 :鈴、お礼を言いなさい。
鈴 :ありがとう、豊吾さん。
豊吾 :こんなで良かったら、なんぼでももってきちゃう。ほら、鈴ちゃんにはこれ。
鈴 :あ、うれしい。ありがとう。
と、無邪気に喜ぶ鈴。
奈津 :鈴。
奈津は少し、恥ずかしそう。
豊吾 :なんちゃあ、かまわんかまわん。子供は正直が一番ぜ。なあ、鈴ちゃん。
鈴 :うん。
奈津 :まあ。すみません。
さんざめくところへ、ごめんよと人が入ってきた。
奈津 :はい。どなたです?
多吉 :おれじゃ。多吉じゃ。
奈津 :多吉さま。まあ。
と、立ち上がろうとする奈津。
多吉 :かまん、かまん。
と、案内もこわずに入ろうとする。
何か手みやげを持っている。
多吉 :元気にしゆうかね。
と、声をかけるが、豊吾を見て立ち往生する。
多吉 :お、こりゃ、お客さんか。
奈津 :はい。山の村の豊吾さんが鈴にいうて。
豊吾 :ご無沙汰しております。
多吉 :ほんとにのう、豊吾。・・お見限りじゃ思うたら、ここへきよったがか。ほうお。
豊吾 :もう帰りますきに。それじゃ、また。
と、立ち上がる豊吾。
奈津 :そうですか、なんちゃあおかまいもせず。
豊吾 :それじゃ。
と、出る豊吾。
多吉にも挨拶して出て行こうとする豊吾だがその背中へ。
多吉 :豊吾。
豊吾 :は?
多吉 :ぬしゃわかっちゅうろうけんど、山分は山分、浦分は浦分ぜよ。
豊吾 :は?何のことです。
多吉 :こりゃ、親切で言うのやけんど豊吾。いくら奈津さん目当てに通うても一緒にゃなれんということばあしっちゅうがやろうのう。
豊吾 :わしゃそんな。
奈津 :多吉さま。戯れはやめてください。
多吉 :あはは。こりゃすまん、すまん。ついうっかり気ぃまわしてしもうた。そりゃあそうよのう。山のもんと浦のもんは一緒になれんいう 「決まり」ばあしっちょらのう。すまん、すまん。そんなこと在るはずもないわのう。あはは。
固くなる二人。
鋭く豊吾を見て。
多吉 :豊吾。ちったあうちにも顔見せよ。お袋が心配しよった。
豊吾 :は、はい。
多吉 :奈津さん、こりゃ畑でとれた瓜じゃ。晩に鈴にでもくわいちゃり。ほんなら。
と、笑いながら去ろうとする。
奈津 :多吉さま。これは。
豊吾の方を見て、ええ、ええと去る。
途方に暮れる奈津。
奈津 :豊吾さん。
と、思わず見るが。
豊吾は、固い顔をして多吉の去った方をにらみつけている。
しばらくして豊吾が去る。
鈴が何か言った。
奈津 :何?
鈴 :豊吾さんお姉ちゃんのこと好きながや。
奈津 :馬鹿なこと言いなさんな。
鈴 :うち、豊吾さんの方がええわ。
奈津 :この子は。
鈴 :豊吾さん、あの山に居るがやねえ。
奈津 :そうやねえ。・・・さあ、ご飯の支度せんと。豊吾さんの持ってきた干しワラビでもにろうかねえ。
支度にかかる二人。
[ 多吉
二、三日後。朝がた。
海辺で藤が貝拾いをしている。
鈴がやってくる。
鈴 :藤ちゃん。とれる?
藤 :ひとっつもとれん。もう、このへんどうなっちゅうがやろう。
鈴 :藤ちゃん、あんた、食べちゅうが?
藤 :・・昨日、アサリをみつけたけんど。
鈴 :今日は?
藤、首を振る。
鈴 :探そう、何か落ちちゅうかもわからん。
藤 :・・・うん。
探しはじめる二人だが。
浜路と蘭が男士達とやってくる。
鈴 :浜路様じゃ。
藤 :何するがじゃお。
二人の前を通って行く。
鈴 :そうや。姉ちゃんが言いよったわ。
藤 :なんて。
鈴 :神様にお供えするがやと。時化が収まりますように。作物がとれますように言うて。
藤 :何をお供えするろうねえ。
鈴 :さあ。お酒とかお米とかやない。
藤 :お米?ほんとに?ほんとにお米お供えするが?
鈴 :う、うん。そうやないが。
藤 :もったいないねえ。分けたらええに。
鈴 :え?
藤 :あたしらあにわけてくれんろうかねえ。あまっちゅうがじゃお。
鈴 :どうじゃお。けんど神様にお供えするき、神様のものじゃない。
藤 :そうやけんど。
と、見送る藤。心配げに見る鈴。
奈津がやってくる。ほっとする鈴。
鈴 :お姉ちゃん。
奈津 :藤ちゃん、精が出るねえ。何かとれたかね?
首振る、藤。
奈津 :そう。あんたんところも大変やけどがんばりなさいよ。いつかええ日もあるきねえ。
藤 :(やや暗い声で)うん。
と、言って探しはじめる。
鈴 :どうしたが?
奈津 :もぐるがよ。
鈴 :海まだあれちゅうぜ。
奈津 :荒れちゅうけどもぐらんと商売にならんきねえ。
鈴 :あぶないぜえ。
奈津 :だいじょうぶちや。
藤 :うち、帰る。
鈴 :え?あ、藤ちゃん。藤ちゃん。
藤、振り返りもせず去る。
奈津 :どうしたが?
鈴 :あ、うん。なんちゃあじゃない。
鈴、心配げに見送る。
入れ替わりに蘭が帰ってくる。
蘭 :奈津さんやない。
奈津 :あ、蘭さま。
蘭 :蘭さまはやめて。蘭さんでええよ。
奈津 :でも。
蘭 :なんちゃじゃない。・・ちょっと、話があるけどかまんろうか。
奈津 :え、・・はい。鈴。
鈴 :何?
奈津 :ちょっと向こうで採りよって。わかった。
鈴 :(勘が良く)わかった。
鈴、少し離れて貝などを探す。
奈津 :何でしょう?
蘭 :まあ、座りなさいや。
と、自分も座り、脇を指す。
奈津、座る。
蘭 :話ゆうてもねえ。大したことやないけんど。
奈津 :なんですろう。
蘭 :あんた、多吉さんにいろいろ言われゆうろう。
奈津 :(いぶかしげに)それが何か。
蘭 :あたしねえ、多吉さんと一緒になることにしたが。
奈津 :はい?
蘭 :まぁ、これはまだ多吉さんには話してないけんど。
奈津 :はい。
蘭 :そういう事よね。
奈津 :はあ?
蘭 :まっこと鈍い人やねえ。あんたは。
奈津 :すみません。
蘭 :おおの、はがいい。こういうことよね。多吉さんから何か言われても全部断って。
奈津 :断ってますけど。
多吉 :話が弾みゆうねえ。
多吉が通りかかった。
蘭 :あら、多吉さん。女同士の話に立ち聞きはいかんぞね。
多吉 :なんちゃじゃない。
蘭 :浜路様ならまだお社に。
多吉 :奈津さんに話があって来たがよ。
蘭 :ほう。そりゃそりゃ。じゃまもんは消えましょうかねえ。
と、奈津へ目配せしながら、脇へ控える。
鈴が心配そうに見ている。
多吉 :奈津さん。
奈津 :はい?
多吉 :今日こそ、ちゃんと話がある。
奈津 :困ります。こんな所で。
多吉 :こんな所でも、どこでもええ。はっきり返事をしてくれ。
奈津 :なんですか。
多吉 :奈津さんは、俺をどう思うちゅう。
聞き耳を立てている鈴と蘭。
奈津 :どうって。
多吉 :俺は、嫁に来てもらいたいと思いゆう。
奈津 :そんなこと。
多吉 :どうな。
奈津 :浜路様がお許しになりません。
多吉 :お袋はお袋じゃ。奈津さんの本心を聞きたいがじゃ。どうぜよ。
奈津 :そんなことは・・。考えさせて下さい。
と、逃れようとするが。
多吉 :いかん。そうやって、いっつも逃げゆう。今日は、そういう訳にはいかんぜ。
奈津 :困ります。
多吉 :ひとことでええきに、返事をしとうせ。
困っている奈津。なおも詰めようとする多吉。
蘭が見かねて、声をかけようとしたとき、豊吾が蘭を突き飛ばすかのように走り込み多吉を止めようとする。
鈴が思わず、豊吾さんと小さく叫ぶ。
豊吾 :おやめ下さい。
多吉 :だれじゃ。いらんじゃまするやつは・・。お前か。
豊吾 :はい。
多吉 :なにしに来た豊吾。さいきん、えらいあししげく通いゆう話が聞こえてきよるけんど。
豊吾 :そこを通りかかかっただけですら。
多吉 :とおりかかっただけ?うそぬかせ。奈津さんとこへ行くところじゃないかや。
豊吾 :・・・
多吉 :図星じゃろうが。
豊吾 :・・・
多吉 :ほれ、みい。
豊吾 :それがいかんがですか。
多吉 :なに。
豊吾 :わしがいったらいかんがですか。
多吉 :ほう、ならお前が嫁にもらういうんか。ほうお。
豊吾 :そんなことは。
多吉 :できんわなあ。浦分と山分が一緒になるのは天下の御法度じゃ。しらんこたあ、あるまい。え?どうなら。
と、浜路が来る。
浜路 :何です。天下の往来でみっともない。蘭さんまで。(舌打ちする。恐れ入る蘭)・・多吉、どうした。
多吉 :いや、なんでも。
浜路 :嘘おっしゃい。おおかた、またろくでもないことを。・・豊吾。
豊吾 :はい。
浜路 :長い間ご苦労さんでした。けれども、もううちへので入りはやめておくれ。
豊吾 :浜路様。それは。
浜路 :まっことあい済まんが、お前が来ると何かともめ事が絶えん。もめ事はお断りです。
豊吾 :それは、多吉さまが・・。
浜路 :お前にも何かと言い分が在ろうが、村長として山分と浦分のもめ事は起こしとうない。以降、うちには出入りはなりません。いいですね。 ・・多吉。
多吉 :なんぜ。
浜路 :帰ったら話がある。ついておいで。
と、奈津には一言もかけずじろっと見て、さっさと帰る浜路。
肩をすくめついていく多吉。
蘭も去る。
残った豊吾と奈津と鈴。
豊吾 :きまりか・・はがゆいのう。
無言の奈津と鈴。微妙な間。
鈴 :ねえ、あれ。あれ豊吾さんにあげたらええ。
奈津 :え?
鈴 :(潜めた声で)桃色珊瑚。
奈津 :あれを?
鈴 :そう。
奈津、ちょっと考える。
奈津 :そうやねえ。
鈴 :うち、すっととってくる。
取りに走る鈴。
奈津 :あ、鈴。鈴。
豊吾、奈津に。
豊吾 :奈津さん。
奈津 :はい。
豊吾 :わしがきたら、迷惑になりますろう。
奈津 :いいえ。
豊吾 :浜路さまのおっしゃったとおり、いろいろもめごとがおこります。
奈津 :でも、それは多吉様が・・。
豊吾 :・・けれど、確かにきまりはきまりですら。わしらにはどうしようもないことです。・・どうしようもない。
奈津 :・・・
豊吾 :わしも浦に生まれとればよかった。
奈津 :・・・。
豊吾 :わし、もう来ません。
奈津 :えっ。
豊吾 :まっこと、すみません。わし、もうきません。
奈津 :豊吾さん。
豊吾 :お元気で・・。
去ろうとする。
鈴が駆け込む。
鈴 :豊吾さん。豊吾さん。
振り向く豊吾。
鈴 :これあげる。
豊吾 :それは・・。
鈴 :うん。はい。
豊吾、珊瑚を受け取る。
豊吾 :これを、わしに。
鈴 :うん。
豊吾 :もろうて、ええろうか?
奈津 :もろうちゃって下さい。・・私からもお願いします。
鈴 :もろうて。
豊吾 :ほんとに?
鈴 :ほんと。
豊吾 :そうか。・・これを、わしに。・・・奈津さん。
奈津 :はい。
豊吾 :わし、これ磨きます。
奈津 :はい。
豊吾 :磨いて、磨いて、きれいな珊瑚にしてみせます。
奈津 :はい。
豊吾 :そうしたら、奈津さんに・・。
奈津 :はい?
豊吾 :・・・。
豊吾更に何か言いたそうだったが、一散にかけ去る。
鈴 :あっ、豊吾さん!
奈津、豊吾の駆け去った方をじっと見ている。
鈴 :姉ちゃん、帰ろ。
動かない、奈津。
鈴 :(やさしく)帰ろ。
去る二人。
\ 藤
村人達が走り回っている。
村人1:しょうまっこと太いやつじゃ。
村人2:まっこと、偉いことするやつがおるもんの。
村人3:どこの阿呆ぞ、お供えの米をくたがは?
村人4:どうも、子供らしいぞ。
村人達:子供つや?
村人5:大人にしちゃ、足跡が小さい言うた。
村人1:罰当たりなやつじゃのう。
村人2:親の顔が見てみたいわ。
村人3:まっこと、どこの子ぞ?
鈴が立ちすくんでいる。
鈴 :こども?まさか・・あの時。
村人1:何、いま何言うた。
村人2:お前、しっちゅうがか。
村人3:奈津んとこの鈴やな。
村人4:鈴、何か見たろうが。
村人5:しっちょったら、はよ言え。
村人1:いわんとお前も同罪ぞ!
村人達:鈴!
追いつめられた鈴。
鈴 :藤ちゃんが・・ほしいなあ言うて。
村人1:藤?
村人2:岸の、ほら母親が長い間ふせっちゅう。
村人3:片足悪い子か。
村人4:おっとろしいやつじゃのう。
鈴 :違う、藤ちゃんやってない。
村人5:お前がいうたがぞ。
わっと、走っていく村人達。
ふるえている鈴。
鈴 :うち、いうてない。うちいうてない。
つかまえたぞとか何とか大騒ぎして藤をとらえてくる村人達。
引きすえられる藤。
村人1:太いやつじゃのう。
村人2:見てみい、しょう根性悪の顔しとる。
村人3:末恐ろしいやつじゃの。
村人4:体が悪いき、やさしゅうしたらつけあがって。
村人5:やい、藤、お前が取ったがか。
藤、きっと前を見る。
静かに。
藤 :そうや。
どよめく村人達。
村人4:ふてぶてしいのう。
村人5:大人顔負けじゃ。
村人1:親はどうした。
村人2:親も同罪じゃ。大事な供え物の米盗んで食ったがじゃ。叩き出して、放り出した。
村人3:こいつの家は。
村人4:汚らわしい。みんなで火つけて焼いてしもうた。盗人にゃ当たり前じゃ。何にもないき、燃えるがしょう早かったぜよ。
どっと、笑う村人達。
耳をふさいでふるえている鈴。
鈴 :うち、いうて無い。うち、いうて無い。
藤、ゆっくり言う。
藤 :おいしかったわ。
笑い声止む。
間
村人1:なんやと。
藤 :おいしかった。
村人2:罰当たりな。
藤 :けんど、おいしかった。ここずーっと、水ばっかりのんで、お腹の中言うたら何もなかったもの。誰も、何も恵んでくれん。そりゃそう じゃ、みんな生きるの精一杯やも。働いたらええ言う人もおるけど、母さんは病気で寝てるし、妹小さいし、私はこんなんで働きとうて も誰もやとうてくれん。じゃき、ずーっとみんな水飲みよった。ほんじゃき、お供えもん見たとき、神様が言うてくれたのよ。わしはえ えからおまえら食べ。かまんぜよいうてくれたのよ。ありがとうございます。ありがとうございます。いうて、生まれてはじめて食べた のよ。何言うたらええろう。甘くて、やわらくて、きれいに輝いて、ほんまにお腹の中にぐひぐびはいっていく。母さんには浜路様から いただいたいうて嘘ついて、くびぐびたべたわ。おいしいか。おいしいか。うん、おいしいよ。おいしいよ。何回も何回もかんで、もう 口の中になんにもないなるまでかんで。もう、体中がぼうっとなって、ああもうこのまま死んでもええわ言うほど、おいしかった。おい しかったなあ。
周りは静まり返る。
鈴は、もう耳をふさいでいない。呆然と聞き入っている。
村人達も気圧されている。
藤 :うち、後悔してない。なんも後悔せん。神さんがお前ら食べ言うて、わしはええきお前ら食べ言うてくれたがや。
鈴の鳴き声だけが響く。
浜路が来ていた。
静かに。
浜路 :連れていき。
村人1:浜路様。
浜路 :八分や。
村人2:八分。
浜路 :ええな、以後このものの家とつきあうものも八分やで。連れていき。
村人達に連れて行かれる藤。
だが、非常に堂々と不自由な足を引きずって歩いていく。
笑みさえ漏れている。
浜路は疲れたように去る。
鈴が残っている。
鈴 :藤ちゃん・・ごめん。・・ごめん。
鈴が切なげに鳴った。
豊吾が浮かぶ。一生懸命珊瑚樹を磨いている。
] 村長
浜路の家。
浜路が月を見ている。
多吉が入ってくる。
多吉 :呼んだかえ。
浜路 :ここへ座り。
多吉 :なんぜよ。
浜路 :あれだけ、言うちゅうに、きのうのことはなんぞね。
多吉 :ああ、あれか。
浜路 :あれかじゃない。どういう了見ぞね。奈津と一緒になることはゆるさんいうたろう。
多吉 :そんなこと、わしが決めることぜ。
浜路 :なにを戯けたこと言いいゆうぞね。
多吉 :格がちがうきかえ。
浜路 :そうじゃ。悪いことはいわん。
多吉 :いつも、それじゃのう。
浜路 :何が。
多吉 :決まり、決まり。決まりばっかりじゃ。
浜路 :当たり前の事よ。決まりをまもらんでどうする。物事がたちゆかんじゃろう。
多吉 :そうかのう。
浜路 :そうとも。常世送りやち、やるしかないぞね。
多吉 :ほんとかよ。
浜路 :もう猶予はならん。お上に収めるものは納めにゃいかんし、時化は続く。藤みたいに供え物にまで手を付ける馬鹿が出る。みな、もうぎ りぎりじゃ。
多吉 :お上に言うて、お助け米か、珊瑚の献上で今年はなんとか。
浜路 :お上の方も、とっくにやっとる。お城下だけで、手いっぱいじゃと。
多吉 :いっつも、じぶんらだけじゃの。
浜路 :(ため息ついて)ひとらあの悩みも知らんと、月ばあきれいじゃねえ。
多吉 :知らんき、きれいながじゃろう。
浜路 :・・大潮の夜に行うぞね。ふれを回しなさいや。
多吉 :はいはい。
多吉、浜路去る。
歌声が聞こえてくる。
浜辺
鈴が歌っている。
鈴 :お月さま桃色、桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝・・・藤ちゃんごめんよ。
山の村。
豊吾が一生懸命珊瑚を磨いている。
ためつすがめつ見るが気に入らない。一心不乱に磨く。
鈴は歌う。
鈴 :お月さま桃色、桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝・・。
]T鈴
村人達。
鈴の歌を聴いている。
鈴 :お月さま桃色、桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝、海ん底でねんねんよ、ねんねんよ。
村人4:気が触れたかのう。
村人5:藤のこともあるきに。
村人1:滅相なこと言うまいぞ。
一同 :いうまい、いうまい。
鈴が歌う。
桃色月が出ている。
鈴 :お月さま桃色、桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝。
奈津が迎えに来る。
奈津 :もう、かえらんかね。風邪引くぞね。
鈴 :うん。豊後さんはどうしゆうろうねえ。
奈津 :さあねえ。
鈴 :会いたいねえ。
奈津 :・・そうやねえ。
と、去っていく。
見送って、浜路。
ため息をついて去る。
間
雰囲気が変わる。
使者の一行が粛々と通る。
蘭が先頭だ。
奈津の家に来る。
蘭 :もうし。
奈津 :はい。
と、出た奈津の体がこわばる。
何事か悟ったようだ。
蘭 :用は分かるねえ。
奈津 :は、はい。
蘭 :鈴ちゃんに白羽の矢がたったよ。
奈津 :はい。
蘭 :気の毒やけど。・・(威儀を正して)口上を申し上げます。
皆かしこまる。
一同 :申し上げます。
蘭 :村長はじめ、浦分一同、伏してお願い申し上げます。
奈津 :はい。
蘭 :我ら浦の者、年の始めより、豊かな海の幸と稔りを祈念いたすにも関わらず、いっこうによき兆しはなく、ここに、常世送りの儀により 幸いの年をねがい、くじ引きて尊き娘を選び奉る。幸いに、この屋に住まいする娘に、御神の御志下り給う。よって、我ら一同お迎えに 参上いたしました。この儀、なにとぞお受け下さるべく、お願い申しあげます。
一同 :お願い申しあげます。
間。
蘭 :いかに。
奈津 :・・謹んで・・お受けいたします。
蘭 :では。鈴をこれへ。
奈津 :・・鈴、鈴。
何、と奥から出てくる。
物々しい一行に、おびえたように身をすくめる。
奈津 :鈴、大事なお役目が来ました。蘭様についておいき。
蘭 :こちらにお出でなさいませ。
鈴 :何?姉ちゃん。何?おかしいぜ。どうしたが。
蘭 :鈴、なにもこわくない。私についておいで。
鈴 :いやじゃ。
合図する蘭。
進み出る村人。
鈴 :姉ちゃん、姉ちゃん!
抵抗する鈴だが、否応なく連れて行かれる。
蘭 :ゆきますよ。・・お心、堅固に。
深くお辞儀をする蘭。
奈津も深々とお辞儀をする。
鈴 :姉ちゃん!姉ちゃん!
周りを囲まれて連れて行かれる。
崩れおれる奈津。
多吉が見ていた。
多吉 :やれやれ。とんだ災難じゃのう。
きっと、見やって。
奈津 :・・大事なお役目です。
多吉 :そりゃそうじゃが、なにも鈴じゃなくても良かろうに。
奈津 :それは・・。
間。
多吉 :鈴を助けてやろうか。
奈津 :えっ?
多吉 :むざむざ死ぬこともなかろう。
奈津 :そんなことが出来るがですか。
多吉 :俺と一緒になるか、それがいやなら、そうやねえ、珊瑚を出せばあるいは・・。
多吉 :まあまあ、珊瑚はお上のご禁制。滅相なことはいわん方がええ。気が変わったら、いうてくれ。もっとも、あんまり、時間はないやろう けど。大潮は七日後じゃ。それまで、よう算段したらええわねえ。よう考えちょきよ。悪いようにはせんきに。
多吉、去る。
奈津は、悲痛に。
奈津 :珊瑚を・・。鈴。鈴!
走り出ていく。
]U決意
海岸にたたずむ奈津。
ため息をつく。
奈津 :珊瑚いうたち、豊吾さんにあげたし、豊吾さんはこれんし・・・。鈴、お姉ちゃんはどうしていいかわからん。
座り込んでぼんやり考え込む奈津。
小さい声で口ずさむ。
奈津 :お月さま桃色。桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝、海の底でねんねしな。ねんねしな。
ふっと立ち上がる。
奈津 :そうや。鈴が見つけたなら、うちにもとれるはずや。うちは海女や。海女の腕で珊瑚を見つけちゃう。
奈津、ゆっくりと海へ入って行く。
奈津 :鈴、珊瑚を探いて助けちゃうきにねえ。ちっとの辛抱よね。すまんけんどね待ちよって。・・海の神様、どうぞ、私らを助けてつかあさ い。どうか。どうか。
潜る奈津。潜っては、浮き上がりる潜っては浮き上がる。
同じく、珊瑚を磨き続ける豊吾。
豊吾 :もう少しじゃ。もう少しじゃ。
二人を、桃色月夜が明るく照らす。
]V 常世送り
不吉な風が吹き、桃色月夜は見えない。
七日目の大潮の夜がきた。嵐がきそうだ。
豊吾はひたすら磨いている。
豊吾が、磨き続けた手を止めた。
豊吾 :できた!・・奈津さんに見てもらおう。こんなにきれいな桃色珊瑚ぜよ。奈津さん。
と、外に出る。
豊吾 :こりゃ、嵐になる。
躊躇するが、振り切るように走りだす。
磨いた珊瑚をもって、奈津に会いに行こうと走る豊吾。
厳しい監視の中で、鈴は、鈴を振りながらなにか歌っているようだ。
奈津は、何とかして、珊瑚を取ろうとする。潜り続ける奈津。
走り続ける豊吾。それぞれ一生懸命何かを願って懸命に生きようとしている。
]W 破局
嵐がひときわひどくなり、風のほえる声が聞こえる。
村人たちが右往左往している。
村人1:聞いたかや。
村人2:おお、きいた、聞いた。
村人3:奈津のことやろ。
村人4:かわいそうにのう。妹助けよう言うたち、無理なことして。
村人5:珊瑚らあ、とったら首が飛ぶに。
村人2:なんでも多吉さまが助けちゃおいうたそうな。
村人3:できるわけないにのう。「常世」送りぜよ。
村人4:それでも、毎晩ああしてもぐりゆう。
村人5:もう七日目になると。体ぼろぼろぜよ。今夜も、もぐりゆうらしい。
村人1:こんな嵐にか。
村人3:むごいことよのう。
村人4:まっことむごいことよのう。
よろめくように急いでいる豊吾。
豊吾 :ひどい嵐じゃ。じゃがもうすぐじゃ、この岬を回ったら。
必死で走る豊吾だが、風雨のために転倒する。
起きあがって、珊瑚の無事を確かめ、行こうとしたとき、岬の影に女が倒れているのが見える。
あわてて駆け寄る豊吾。
豊吾 :もし、どうした。しっかりしいよ。もし、あっ。奈津さん!奈津さん、奈津さん、どういた!どうたがぜよ!奈津さん!
奈津 :・・豊・・吾さん。豊吾さん!
しがみつく奈津。
豊吾 :どういたぜよ。何があった。
奈津 :鈴、鈴を助けて!珊瑚を取ろうとおもうたけんどとれんかった。珊瑚を!
豊吾 :嵐じゃに無茶あして。珊瑚ならここにあるぜよ。ほら、こんなにきれいになった。
奈津 :きれい・・。よかった。・・鈴を。
力が抜ける奈津。あわてる豊吾。
豊吾 :しっかりしい、何があったぜよ。
奈津 :常世送りに鈴が・・。
豊吾 :常世送り!鈴ちゃんが!
豊吾は耳を寄せて聞く。
豊吾 :ああ、なるほど。むちゃくちゃな。
奈津 :豊吾さん・・・。
豊吾 :わかった。任しちょき。珊瑚を渡せばええがじゃろ。
こっくりと頷く奈津。
意識が薄れそう。
豊吾 :しっかりしいや。奈津さん!
奈津 :たのしかったねえ。
豊吾 :え?ああ、楽しかったぜよ。
奈津 :ええ、ゆめみたわ。
豊吾 :夢じゃないぜよ。奈津さん!
奈津 :そうじゃったねえ・・。
豊吾 :ねえたらいかん!しっかりしい!
奈津 :桃色珊瑚の夢ちや・・
豊吾 :奈津さん?奈津さん!
奈津の体から力が抜けた。
呆然とする豊吾。
嵐をついて村長達が鈴をつれてやってきた。
多吉が豊吾達に気づく。
多吉 :だれじゃ、そこにおるのは。・・豊吾か!
豊吾は奈津を抱いて多吉に向かう。
豊吾 :豊吾です。
鈴 :豊吾さん!・・それは、お姉ちゃん?お姉ちゃん!
多吉 :豊吾、奈津さんに何した!
豊吾 :なんもせん。
多吉 :何もせんことがなかろう。ただごとじゃないぞ。奈津さん、どうした。
豊吾 :・・・
多吉 :どうしたがぞ、まさか。
豊吾 :奈津さんは死んだ。
鈴 :お姉ちゃん!
駆け寄ろうとするが、蘭に抱き留められる。抵抗するが押さえられる。
多吉 :なに?!お前、手えかけたがか!
豊吾 :手ぇかけたがはそっちですろう!
多吉 :なに!
豊吾 :奈津さんは、鈴ちゃん助けてもらおうとして、こんな嵐にずーっと、七日七晩も潜り続けて珊瑚を探し続けたがよ。さがいてもさがいて もない、無理して今日も潜って力が尽きたがじゃ。お前らあが奈津さんを殺したがやないか。
多吉 :あほぬかせ。事情は分かった。奈津はこちらで丁寧に葬るき、奈津さん渡してぬしゃ山に帰れ。
豊吾 :あんたらあにゃわたさん。
多吉 :奈津は浦のものじゃ。山のものにはわたさん。
豊吾 :奈津さんは浦のものでも山のものでもない。
多吉 :ならだれのものじゃ。
豊吾 :奈津さんはわしのものじゃだれにもわたさん。
多吉 :なに、おい。
と、周りのものに声かけたとき。
制して。浜路。
浜路 :それはなんぞね。
はっとする豊吾。珊瑚を見られていた。
豊吾 :これは・・
浜路 :奈津のことといい、珊瑚といい、決まりを破るつもりかね。
豊吾 :死んだものにはきまりはありません。決まりいうたら生きちゅうもんのものですろう。
浜路 :いいえ、死んでも奈津は浦のものぞね。山のものと一緒になることはさせれん。
豊吾 :そんな決まりは、わしらのきまりじゃない。お上の決まりですろう。
浜路 :そうぞね。だから決まりは決まりじゃ。
豊吾 :死んでも、いやじゃ。奈津はわしのものじゃ。
浜路 :(ため息)それほど言うならいいでしょ。お上の沙汰があること。
多吉 :お袋!
浜路 :ならば、珊瑚をよこしなさい。見事な桃色珊瑚だ事。お上もお喜びのことだわ。さあ、豊吾。
豊吾 :鈴ちゃんと引き替える。
鈴 :豊吾さん!
と、鈴が蘭の手を振り払う。
じろりと振り返り。
浜路 :何を馬鹿なことを。鈴は常世送りの大事な子ども。何を言ってるのやら。
豊吾 :なら、わたせん。・・すまん、すずちゃん。
鈴 :ううん。ええよ。
冷たく浜路。
浜路 :お上にとことんたてつくきかね。
豊吾 :わしら、奈津さんと鈴ちゃんといっしょに暮らしたいだけです。
多吉 :やかましい。豊吾、いらんこといわんと珊瑚と奈津をこっちへよこせ。
豊吾 :・・海に戻します。
多吉 :何?
豊吾 :こんなんがあるき、みなおかしゅうなる。海に戻します。
多吉 :おい、そりゃ。
豊吾 :浜路様。まことにあい済みません。この珊瑚はわしらのものです。奈津さんや鈴ちゃんらあのものです。わし、一生懸命磨いたがです。 命込めて磨いたがです。渡せません。珊瑚は、わしらのもんです。
多吉 :豊吾、お前お上にたてついてどうなるかほんとにわかっちゅうがか。
豊吾 :この珊瑚は、奈津さんだけやない、鈴ちゃんやみんなの分までみがいたがです。涙で出来た樹じゃ言いますろう。わしら、みんなあの涙 で出来ちゅうがです。お上の涙で出来ちゅうがじゃありません。
豊吾は珊瑚を高くかかげる。見事な桃色珊瑚だ。
鈴 :きれいやあ。ほんとにきれいな桃色珊瑚やあ!
どよめく人々。
奈津をかかえて海に入っていく豊吾。
鈴の音が高く響く。
鈴が歌う。
鈴 :お月さま桃色。桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝、海の底でねんねしな。ねんねしな。
多吉 :奈津さん!
後を追いかけて海に入ろうとする多吉。
浜路 :多吉!
止める浜路と村人達。
鈴 :お月さま桃色。桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝、海の底でねんねしな。ねんねしな。
多吉 :奈津さん!奈津さん!
立ちつくす一同。
海が静かになって行く。
と、そのとき。
村人1:あ、ありゃなんじゃ!
村人2:なに。
村人3:あ、ありゃ!
村人4:鰹じゃ!
村人5:鰹じゃ、鰹がもんてきたっ!
村人、口々に鰹じゃ、鰹じゃ!と叫ぶ。
浜路 :舟出せ。
多吉 :え?
浜路 :舟じゃ。舟を出せ!鰹がもどったぞ!
おーっ、と叫ぶ村人たち。
アッという間に駆け去る。
取り残される、鈴。
潮騒の音。
鈴 :ねえちゃん・・鰹がもんてきたと・・ねえちゃん・・鰹がもんてきたぜーっ、ねえちゃーん、豊吾さーん。
潮騒の音が高まる。
そうして、静寂。
★エピローグ
大きな桃色月夜になっている。
女 :あのあと、嘘みたいに海が静まり、海には大きな鰹の群が戻ってきました。奈津姉ちゃんは、私のかわりに常世に行ったがです。豊吾さ んと一緒に。このきれいな海に、二人はねむっちょります。うちは、姉ちゃんの跡をついで、海女になりました。珊瑚はあんなにきれい なに、どういてみんなあ幸せになれんかったがですろうかのう。・・・ながなが年寄りの話を聞いてもろうて、すみませんのう。なんや、 今夜は話とうなって・・・
鈴が歌う。
女 :お月さま桃色。桃色月夜に鈴振って、金銀珊瑚にしゃこの貝、海の底でねんねしな。ねんねしな。
潮騒がかすかに聞こえる。
歌が変わる。
女 :お月さま桃色。誰が言うた?海女が言うた。海女の口、引き裂け。
続いて、桃色月夜の中、人々が立ち上がり、それぞれの服装で鈴を鳴らして退場しながら口々に歌う。
歌声 :お月さま桃色。誰が言うた?海女が言うた。海女の口、引き裂け。
一行が退場し、一段と高く鈴が鳴り、深々と鈴は頭を下げる。
桃色珊瑚が浮かび上がり、潮騒の音だけが響く。
幕が静かに下りる。
【 幕 】
※次の本を参考にしてこの作品は生まれました。感謝いたします。
松谷 みよ子 「お月さんももいろ」 ポプラ社
市原 麟一郎 「もりっこじぞう」 土佐民話の会
勝俣鎮夫 文 宮下実 絵 「歴史を旅する絵本 戦国時代の村の生活 和泉の国いりやまだ村の一年」 岩波書店
町田嘉章・浅川建二 編「わらべうた・・日本の伝承童謡」 岩波クラシック 岩波書店
※土佐弁のチェックを野島レイさんにお願いしました。ご協力を感謝いたします。
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