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「メビウスの手紙」・・演劇祭のための祝祭的お芝居・・
 
作 結城 翼
 
☆登場人物
オーラ・・・・・・メビウス博士五代目の孫
ホームズ5世・・・郵便配達人・アルバイトアイ「思いの探偵」
タツオ・・・・・・元俳優・コント志望。
ケン・・・・・・・元俳優・コント志望。
サチコ・・・・・・元劇団の雑用係・元演出志望。
カヲル・・・・・・元ダンサー志望。
エダ・・・・・・・元俳優志望。
 
ブラックメビウス
司会者アイ・・・・・・町の目。快楽のメビウス。
地獄耳・・・・・・・・町の耳。悲しみのメビウス。
通信士・・・・・・・・イエッサーとしか言わない助手。
糸電話の王(ワン)・・町の口。喜びのメビウス。
紅子・・・・・・・・・赤の糸電話
葵・・・・・・・・・・青の糸電話
森番・・・・・・・・・五十音図の男。
黒の女王・・・・・・・町の動脈。怒りのメビウス。町の心臓。黒のメビウス。
メビウス博士・・・仕掛人。白のメビウス。
クライン・・・・・・・メビウスの部屋の世話人。
ブラックメビウス・・・ダンサーたち・携帯電話の人々・五十音図たち
 
Tプロローグ
 
陰鬱な冬。ブリザードが吹いている。
廃棄された劇場がある。荒涼として朽ち果てた舞台。やや静かになる。
かすかにLETTER・・LETTERという無声音のような声がちぎれて飛んでくる。大きくなり小さくなる複数の声が重なる。
声は、重なり高まって耐え難くなり、突然、中央部分より閃光が上に向かって照射する。
飛び出してくる人影たち。ダンス。手紙をまわしあうような取り合うような。やがて、その中にオーラが登場。
奪われる手紙。追いかけるオーラ、鬼ごっこのようなダンス。LETER・・LETTERの声が再び起こり高まるとともに手紙と        ともに影は消える。
        残されたオーラ。途方に暮れている。ブリザードの音、重なって、トンツーのモールス信号が流れる。
 
オーラ:トン・ツー・トトト・ツーツー・・・。もし、もし。誰かいませんか。もし、もし。誰かいませんか。誰か私の声を聞いていませんか。もし    もし。・・・トン・ツー・ツー・ト・ト・ト。手紙が消えました。誰か、返事を下さい。手紙は着いたでしょうか。・・もしもし、だれか応    答して下さい。
 
        耳を澄ますオーラ。はっとする。宇宙空間的なイメージの電子音が流れてくる。
 
オーラ:もしもし、こちらオーラです。聞こえますか。聞こえますか。応答して下さい。手紙が消えました。どこにもいない、誰か。応答して下さい。    手紙はついたでしょうか。もしもし、応答して下さい。
 
音がだんだん弱くなる。焦るオーラ。
 
オーラ:もしもし。聞こえません。誰か。応答して下さい。手紙が消えました。どこかへついたでしょうか。いつかへついたでしょうか。いつかのど    こかの誰か。応答お願いします。応答お願いします。トンツートトトトンツートトトトンツートトト・・・・
 
ゆっくりとうずくまる。とともに声も小さくなって。やがて消える。ブリザードの音も小さくなり、溶暗。男の声。
 
U「幸せの劇場」
 
タツオ:いろいろやったよなあ。
ケン :ああ、
カヲル:おもしろかった。
エダ :そうだな。
タツオ:夢もあった。
ケン :夢もあった。
サチコ:今は。
タツオ:あるさ。
カヲル:どんな?
タツオ:どんなって・・。
サチコ:ほんとにあるの。
ケン :あるさ。たとえば・・。
カヲル:女引っかけるとか・・
サチコ:ばかっ。
カヲル:馬鹿ってなによ。立派な夢じゃない。
タツオ:どこがじゃ。
カヲル:えらそーに。場末の飲み屋でくすぶってるくせに。
タツオ:なにを。
ケン :よせっ。
タツオ:とめるな。こいつにがつんと。
カヲル:がつんとしてどうするの。それできがすむ・?
タツオ:それは。
サチコ:わかってるはずよみんな。
 
        
 
タツオ:ああ、わかってる。わかってるさ。
 
    
 
エダ :もう戻ってこないのかなあ。
ケン :なにが。
エダ :いや、あのころの気持ち。夢がいっぱいあって、何でもできる気がして。
タツオ:誇大妄想か。
ケン :そういや身も蓋もないって。
タツオ:でもそうだろ。俺たちってそれだけのもんだったってこと。
エダ :あきらめるの。
タツオ:あきらめちゃしない。だからしょうもない仕事でも、歯、食いしばってやってる。でも・・。
エダ :でも・。
タツオ:才能ってあるんだよな。
カヲル:才能ねえ。
タツオ:あんな奴って馬鹿にしてたやろうがさ。見る間に売れてきてさ。
サチコ:嫉妬してる。
タツオ:ちがう。売れてきたことにじゃない。そいつほんとに面白いんだ。俺と違う。芸になってる。あんな奴に負けるはず無いって思うけど・・で    も負けている。・・才能って奴だろ・・。
カヲル:それって・・。
サチコ:何。
カヲル:・・何でもない。・・才能か。
サチコ:才能ね。
 
        
 
ケン :悔しいな。
タツオ:・・ああ、悔しい。
カヲル:ねえ。
ケン :何。
カヲル:あたしたち、ここでいったいなにをしようとしてたんだろう。
エダ :何をって。
カヲル:あのころよ。みんな、わいわいいってたあのころ。
 
        小さい間
 
カヲル:君は。
タツオ:俺はとにかく有名になりたかっただけ。コントでも役者でもいい。ビッグになりたいって。おまえもだろ。
ケン :まあね。
サチコ:あたしは演出。蜷川なんか二負けないぞーって。
カヲル:エダ君は野田秀樹を超えてみせるっていつたよね。
エダ :もう終わった夢だよ。
ケン :カヲルはたしか。
カヲル:ダンサーよ。いえ、舞踏かな。オーディション落ちてばっかりだったけど。
エダ :もう終わった夢だよ。
カヲル:悪かったわね。
 
        間。
 
タツオ:俺たちこのまま腐ってゆくのかなあ。
ケン :腐る?
タツオ:ああ、腐ってゆくんだ。夢なんかみずに。
ケン :しょうがねえだろ。それが生活するってことじゃない。理想じゃ食えないし。
タツオ:生活ねえ。生活か。                            
サチコ:おいしい生活ってのもあったわね。
ケン :縁のない話だよ。
カヲル:才能もないしね。
タツオ:おれたち何のためにここでがんばってたんだろう。
サチコ:何よ。いやに青春ぶってるじゃない。
タツオ:いや、何でこの劇場でやってたんだろうって・・。
ケン :忘れたね・・。
エダ :思いだせれば・・。
ケン :思い出せば、勝手に・・。
カヲル:思い出したって関係ないわ。今更。
サチコ:そう。思い出してどうするの。
エダ :ここは死んだ劇場だ。
タツオ:でも、確かにあのときは生きていた。そりゃ、公演なんて失敗ばかりだったけど。確かに生きていた。
ケン :今も立派に生きてるよ。
タツオ:そうじゃなくて、おれたちいま何してるんだろうって。
サチコ:同窓会をするんじゃないの。
タツオ:こうして集まって、みんななんだか後ろを向いて。うだうだいってるだけだろ。
ケン :おまえのほうむいてるぜ。
タツオ:そんないみじゃない。
ケン :わかってら馬鹿。青春野郎になごみをかけてんだよ。
タツオ:ちゃかしてもだめだぜ。みんな知ってるはずだろ。
 
        
 
カヲル:知ってるわよ。
タツオ:才能がない。時節にあわない。体をこわした。・・ああ、全部立派な理由だ。けど、それでいいわけか。
ケン :いいわけじゃない。けれどしょうがねえだろ。しょせんおれたちそれだけのもんだったんだよ。
エダ :夢は。
ケン :え?
エダ :夢も棄てるわけ。
 
        
 
ケン :へっ、今更。
サチコ:どうしようもないわ。
カヲル:あんたがいったでしょ。もう終わった夢じゃない。
エダ :それでも思い出してみたらいい。
オーラ:そうです。思い出してください。
 
        えっと一同。
 
カヲル:あんた誰。        
オーラ:(こたえず)探してるんです。
カヲル:何を。
オーラ:知りませんか手紙。
カヲル:手紙って。
オーラ:知りませんか?
サチコ:え?
オーラ:手紙はどこ?
ケン :手紙?
オーラ:そう、私の手紙。
カヲル:(頭くるくるして)おかしいんじゃない。
タツオ:おい、あんた。何あやつけてんだよ。
オーラ:手紙、知りませんか。
タツオ:しらねえよ、あんた誰。
オーラ:私、オーラ。
タツオ:オーラ?おらしらねえと。
サチコ:くだらないこと言わないで。おびえてるじゃない。ごめんなさいね、この人こういう人だから。
タツオ:どういう人だよ。
サチコ:(無視して)で、どういうこと、手紙って言ったわね。あなたが出した手紙。
オーラ:はい。そうです。私の手紙です。けれどどこにも届きません。
タツオ:郵便局に出さなくちゃつかねえよ。
サチコ:どうして届かないの。
オーラ:取られたんです。
ケン :取られた?手紙を?
オーラ:はい。
タツオ:何か金目のもんでもいれてたんじゃねえの。
オーラ:いいえ。何も入ってません。
カヲル:誰に取られたのよ。
オーラ:わかりません。
カヲル:わからないって。
オーラ:手紙はあったんです。このポケットに、しっかりと。けれど、飛び出してきて。
カヲル:飛び出した?手紙?
オーラ:人です。でも、誰かわからない。
タツオ:わかった。あんた、何か秘密を持っているとか。
オーラ:そんなんじゃないんです。あれは。
カヲル:じゃ、どんなもの。
オーラ:あれは。
 
と、言いかけたところへ。「私があ捧げたあの人に〜」と調子っぱずれな歌を歌いながら郵便配達人 が自転車に乗ってやってくる。
 
配達人:いやーっ、よかった、よかった。いつもより三倍よかった。あなたでしょう、持ってるの。いやあ、探した、探した。事故便ってのはこれだ    からこまるんですよねえ。(と、周りに同意を求め反応も見ずに)もうほんとに死ぬかと思ったよ。はい、これ、証明書。
 
と、オーラに渡す。ついでに握手をしてにこにこする。
 
オーラ:あのう。
配達人:さっ、早く「メビウスの手紙」くださいな。次の届けなくちゃいけないんでね。
オーラ:ないんです。
配達人:そうですか、ないんですか。はい、どうもありがとう(と、礼をした帰りそうになってようやく身体をひねって振り返り)なんて言うわけに    は行かないんでこれが。
カヲル:何あれ。
エダ :郵便局。
カヲル:ばか。それを言うなら、配達人よ。
配達人:ないんですか?
オーラ:盗られたんです。さっき。
配達人:ちっくしょう。遅かったか。あそこのサテンでコーヒー飲んだのがまずったなあ。で、誰に。まさか、4人組じゃあ。
オーラ:え、知ってるんですか。
配達人:かーっ。やっぱり。
 
と、帽子を投げ捨て頭に来ている。
オーラ:ねえ、知ってるんですね。誰です。あの人たち。
配達人:あいつらか。あいつらは、「黒のメビウス」!
 
と、見得を切るが誰も感動しない。間。
配達人:だよ。
タツオ:黒のメビウスだ?なんだそりゃ。
ケン :アニメみたいだな。
カヲル:郵便局さん。(と、呼びかける)
エダ :配達人さん。(と、訂正する)
カヲル:あたしゃ、あんたのそんなところがイヤになったの!
エダ :悪かったな。
カヲル:(無視して)ねえ、あんた。名前は。
配達人:あ、ボクですか。いやあ、きれいなねえちゃんですね。
タツオ:きれいな姉ちゃんはないだろが。
配達人:あ、ごめんなさい。ボク、こういうものです。
 
と、名詞を取り出す。割合大きい。
 
サチコ:(わきから)あ、写真入りね。
配達人:はい、トレンドは逃しません。
カヲル:ホームズ5世?ハーフ?
配達人:いえ、クオーターです。五代前があの有名な名探偵シャーロック・ホームズで、ボク、サトー、ホームズ五世ともうします。
ケン :どう見ても日本人だけど。
配達人:はっはっはっ。皆さん、よくそうおっしゃるんですよ。
サチコ:ホームズって小説の人物でしょう。
 
配達人 、ゴホッゴホッとむせる。
 
配達人:いやあ、ボク煙草の煙は苦手で。
エダ :誰も飲んでないよ。
配達人:あなた、いやな性格ですね。
エダ :どうも。
カヲル:で、そのホームズ五世は?
配達人:言ったでしょう。ボクは配達人だって。人々の思いを伝える配達人 ホームズ五世だって。
 
と、見得を切る。
カヲル:言った?
タツオ:いわねえよ。
配達人:(ちっちと舌打ちして)笑わせちゃいけませんよ。僕たちだって、人生の憂鬱ってやつを持ってます。そりゃあね、この鞄に入っている人生    は僕には関係ないです。僕の責任じゃないもの。でもね、悲しい思いだろうが、楽しい思いだろうが、いっぱい詰まってようが、義理でちょ    こっとだろうが、そいつを届けないとね、これは僕の責任というもんでないですか。そうでしょう。そいつが僕の人生というものなんだ。
カヲル:だから、それはわかったから、黒のメビウスがどうしたのよ。
配達人:邪魔をするんですよ。
サチコ:邪魔?
配達人:はい。ほら、これ。
 
と、鞄から事故便の束をして。
 
配達人:わかるでしょう。届かないって事がどんなに困るかって事。事故便って言うんだけど、こいつがねよくあるんだ。郵便番号やね住所書いてな    いやつなんか序の口でさ、宛名も書かず、自分の名前も書いてないやつなんているんですよ。こんなの最低ですよね。何考えてんでしょうね。    でも、一番困ってしまうのは、こんなやつなんです。
 
と、配達夫、黒い手紙を取り出す。奇妙によじれた手紙である。
 
カヲル:何、それ。
配達人:僕たちの世界では、メビウスの手紙って言ってるんですけど。・・宛名もある、差出人もある。住所だってもちろんある。けれど届かないっ    てやつ。どうして?わからない?そう。・・こいつはね、届かない想いを書いた手紙なんです。そう、行き先を見失ってしまったやつなんで    す。
サチコ:行き先を見失ってしまった。
配達人:これはいわば影です。本当の手紙のね。だから、ほどけないし読めない。取り返すしかないんですよ。受け取りですからねこいつは。
サチコ:なんだか黒のメビウスもお宅も持ちつ持たれつみたいじゃない。
 
        配達人、あわてて、手を振り。
 
配達人:とんでもない。何言うんです。しいていうなら。光と影と言ってください。
カヲル:お宅が影ね。
 
        むっとして。
 
配達人:光です。
オーラ:あのう、私の手紙は。
 
        ころっと。
 
配達人:取り返すしかありませんね。こちらの皆さんも盗まれているようだし。
カヲル:あたしたちは。
配達人:違いますか?ここは、「幸せの劇場」は街の心臓なんですよ。人々の色々な感動や、思いがあふれかえって力強く脈打っている。みんなここ    に集まっては、元気をもらい、ああ、明日はもう少しがんばってみるかななんて、生きる勇気がわいてくる。ここはそんな場所だったはずで    す。それが今まるっきり静まりかえっている。ほら、お聞きなさい。聞こえてくるのは。
 
耳を澄ます。ブリザードが凍るような歌声を歌う。
 
配達人:ね。すっかり止まってしまっているじゃありませんか。
サチコ:それは・・。
配達人:確かに、遊園地になるために取り壊されるからかもしれない。けれど、果たして、それだけでしょうか。あなた達、昔はあれほど持っていた    でしょう。あふれるほど持っていた、あのエンターテインメントへの熱い思いはどうなりました。今、持っていると言えますか!
ケン :それは・・。
 
間。
タツオ:おれは・・・。
カヲル:私は・・・・。
サチコ:確かに、失っているのかも知れないわ。
 
頷くヒデキ。
配達人:劇場は街の心臓です。生き返らせなければ、あなた達は生きてはいけない。
タツオ:生き返らせる?
配達人:はい。
カヲル:生き返らせる?
配達人:はい。
ケン :生き返らせる?
配達人:はい。
エダ :生き返らせる?
配達人:はい。
サチコ:生き返らせる?
配達人:はい。
一同 :生き返らせる。
配達人:はい。
カヲル:どうやって。
配達人:生き返らせるには、ここで繰り広げられた、さまざまな思いを取り返すしかないでしょう。はい。これ。
 
と、鞄の中からごそごそっと空き缶を取り出しておく。にこにこする配達人。間。
カヲル:(冷たく)なにそれ。
配達人:何それって見ればわかるでしょう。
サチコ:缶けりにしか見えないけど。
配達人:缶けりですよ。
タツオ:おい、ふざけるなよ。
配達人:ただの缶けりじゃなくてねこれは。ハイブリッドの超合金でできてるんです。ショックを与えると気合いが入って動き出すんです。
サチコ:壊れたテレビ見たいね。
配達人:似たようなものです。
エダ :今時のテレビはたたいたって直らないよ。
カヲル:エダ君。
エダ :ごめん。
配達人:自動的に探して行くんです。メビウスの手紙を持っている人ならね。
タツオ:自動追尾システムってやつか。
配達人:はい。
タツオ:かっこいい。
配達人:はいこれ、皆さんもっててください。
 
白いメビウスリングを渡される。
ケン :何これ。
配達人:白のメビウスリングですよ。
カヲル:おまじないってか。
配達人:なかなか機能は強力なんですよ。
タツオ:で、どうすりゃいい。
配達人:これをこうやってね。
 
と、メビウスの輪をたどって呪文らしきものをいう。
配達人:表は、裏。裏は、中。中は外。外は表。くるっとねじって。メビウスリンク。カポーッン。
 
と、缶をける真似。
 
タツオ:ふーん。
カヲル:何、最後のカポーンは。
配達人:ああ、缶けりですよ。
カヲル:はあ。
ケン :脱力するなあ。
カヲル:全く。
 
配達人 、その間に地面に大きな五眸星を描いて適当に区切っている。
 
サチコ:本当に缶けりね。
配達人:はい。
 
準備終わって所定の位置に缶を置く。
 
配達人:さあ。
サチコ:誰がけるの。
配達人:オーラさんにやってもらいましょう。
オーラ:私?
配達人:はい。あなたのメビウスの手紙がことの発端のようですから。
オーラ:でも。
カヲル:いいじゃない。けったら。
タツオ:きれいな姉ちゃんもああいってるぜ。
カヲル:タツオ!
オーラ:わかりました。
 
と、オーラが位置に着く。
配達人:では、先ほどのおまじないのご唱和を。
ケン :ご唱和ときたね。
配達人:表は、裏。裏は、中。中は外。外は表。くるっとねじって。メビウスリンク。
一同 :表は、裏。裏は、中。中は外。外は表。くるっとねじって。メビウスリンク。
オーラ:えいっ。
 
と、ける。缶はころころ転がって、止まる。
配達人:これは・・。街の目だ。
ケン :目。
配達人:はい、街の目です。まず、見なくてはなりません。
タツオ:行きましょうたって・・。どうやって。
カヲル:待って、あの声は・・・。
 
LETTER、LETTERの声が聞こえてくる。照明が点滅し始める。
 
ケン :何だこれは。
エダ :点滅だよ。
ケン :お前というやつは!
オーラ:あ、私の手紙!
サチ :オーラ!
 
オーラ、駆け出す。LETTER、LETTERの声が大きくなる。闇が迫ってきて。
配達人:行きますよ!
 
更にLETTER、LETTERの声が大きくなって。暗転。と、思ったら。
V司会者アイ
 
ぱーっ、と明るくなって、楽しくリズミカルな音楽がかかる。街の目。大きなテレビ。小さなテレビ。舞台はテレビの空間だ。
華やかで楽しげなイッツショータイム。「黒のメビウス」による楽しいダンス。拍手する人々がいる。
        同じスタイル、拍手や笑い声やアクションが統一している。ダンスの終わりとともになだれ込んでくるオーラたち。
音楽は、続いて、拍手する人々のアクションは続いている。
        
タツオ:何だこりゃ。楽しそうじゃねえか。
 
カヲルは、思わずからだが動いてしまう。配達人も乗っている。
配達人:街の目ですよ。
タツオ:なるほど、きらきらしたお目めがいっぱいってか。
配達人:そうじゃなくて、あれ。
カヲル:テレビじゃない。
エダ :電子の目。
ケン :なるほどね。
配達人:そういうことです。
タツオ:おい、おい、おい。何だよ。置いてけぼりにして。
配達人:歓楽をむさぼる目ですよ。現代のね。
タツオ:なんだ、大げさだな。たのしけりゃいいんだよ、こんなもの。
配達人:あなたの芸もそうですか。
タツオ:その言いぐさ、ちょっと、引っかかるな、おっさん。
カヲル:タツオ。
タツオ:楽しくなくっちゃなんだというだよ。クソつまらねうげいなんか、芸じゃねえ。
配達人:だから、楽しかったんですか・・。
タツオ:・・クソだったよ。悪かったな。
配達人:そうでしょうか。
タツオ:そうだよ。だったらとっくにうれてらあ。なあ、ケン。
ケン :そうだな。
サチコ:何、つまらないこと言ってるの。何か始まるみたいよ。
アイの声:はい、はい、はい。はい。エブリバディ。今日も明るく馬鹿っ母。母の愛でハッピー、ハッピー。黒のメビウス提供、三分間のイッツメ モリーショータイム。みんな用意はいいかな。
全員 :いいとも!     
タツオ:なんだありゃ。
配達人:楽しいことが始まるんでしょう。
 
じろっと、配達人を見るタツオ。声がシンクロして、アイがキンキラキンの司会者で飛び出る。巻き込まれる、一同。
配達人とオーラは見ている。
 
アイ :今日も元気で馬鹿な母。愛情一本。恋一本。母の愛より濃いものはなし。花の馬鹿母(ばかっかあ)決定戦!勝負判定はその名も高きアイア    ン・クラッシャー・タツオ!
全員 :イェーイ!!
観客 :タツオ!タツオ!タツオ!
 
        手拍子とコール。タツオ、乗せられて、いつのまにか紅白の旗を持っている。
 
アイ :お待たせしました。人生ゲーム。あなたも、私もいつか見た。あの日、あのとき、あの街角で。母は来ました今日も来た。バーチャルリアリ    ティ究極の人生。「これが母です!!」今日は究極馬鹿っ母全国大会です。まずは、赤コーナー、45パウンド三分の二。母の愛なら誰にも    負けぬ。チャーリー・グレイス・カヲル!!
 
        と、プロレスかボクシングのコールの感じ。
 
カヲル:イェーイ!!
 
拍手。カヲル!カヲル!のコール。カヲル、答えて場内一週の感じ。
 
アイ :何をおっしゃる兎さん。あなたのためなら命を削り、子供のためならせっせと励む、青コーナー、48パウンド二分の一。サチコにおまかせ、    クラッシャー・バイブレーター・サチコ!!
サチコ:ホッホーッ!!ポッ。
サチコ!、サチコ!のコール。サチコ、同じく場内一周の感じ。途中でカヲルとすれ違い、お互いにふん!
        
アイ :愛は盲目。すれ違い。思い違いに、こけおどし。期待、錯覚、夢芝居。ああ、母の愛しの勘違い。かわいそうなは子供でござい。親の因     果が子に報う。参りましょう、母は子を見る子は母を見る。見るよで見てない親子の間。おら、行って見よーかー!!
 
拍手。ひゅー、ひゅー、ひゅー。でっかいキューピーさんが出てくる。この間にトイレットペーパーで仮設のリングが素早くできる。        (四隅を破れないように四人で持つ)リングに二人が上がる。観客の歓声。
 
サチコ:おーほっほっほ。私に勝てるとお思い。
カヲル:ぶっちぎりの、ぶりぶりよ。
サチコ:弱い犬ほどよく吠えるのよ。(二人、ふん。特大のキューピー人形が渡される。)
 
ゴングがカーンとなる。
        
サチコ:ほーら、可愛い可愛い。とってもすてきな赤ちゃん。チュッ。うーん、でも一重瞼がちょっと不憫ね、手術も高いし、そうだ強力ボンドで二    重瞼にしちゃえばいいわ。簡単、簡単。えい、ぬりぬり。わー、目がくっついた。
カヲル:(キューピー渡され)せっかく歯が生えたのに茶色じゃね。あっ、そうそう。旦那のプラモのラッカーあるじゃん。ラッキー。ぬっちゃえ、    ぬっちゃえ。わーっ、真っ白い。可愛いじゃん。高い高い。カヲル、感激!
アイ :あんた。なに塗ったの。この子シンナー中毒じゃない!!失神してるよ。(ひえーっ)
サチコ:ヨーグルトってぇ牛乳腐らしたもんでしょ。あー、この牛乳、クサイ。一週間前のだわ。でもー、ヨーグルトになってるからいっか。ほ     ら、おなかにいいから食べなさい。おー、よちよち。
アイ :あんた。ヨーグルトは乳酸発酵だよ。そりゃ、ほんとに腐ってんの。(ゲロゲロー)
カヲル:えっ、まだおならでないの。苦しいでしょう。盲腸の手術っておならでれば楽になるのよね。よっし、お母さんがおならを出してあげる。い    っ。えいっ。
アイ :ぎゃーっ!
カヲル:あーっ、血が吹き出るーっ、誰か、誰かっ。おなかが破裂したーっ。
 
ピーポー、ピーポー。
 
サチコ:ほっほっほっ。愛がないのよ。ア・イ・が。
カヲル:なんですって。
サチコ:母親は愛よ。愛。あたしなんか、娘の生命線が短いって言われて手のひらにコンパスで生命線を描いたんだから。
カヲル:なによ、あたしなんかピアノ上達しないから子供の指と指の間カッターで切れ目を入れて、鍵盤届くようにしたわ。
サチコ:オーマイガッド。
カヲル:うちの息子って雪降って天気が悪いのにおねしょするんだから。これが悪いのよって、おちんちん、雪で固めたわ。
サチコ:痛いでしょうが。
カヲル:ほっほっほっ。おかしいって、もうこれがかちんかちんで凍傷よ、凍傷。どうしょうかってなものよ。
サチコ:けっ、まだまだ。あたしなんか野球見てたらボール飛んできたから、思わず子供を楯にしたわ。
カヲル:甘い。甘い。ゴキブリが飛んできたから思わず娘投げつけたわ。
サチコ:ふん。私なんか犬が飛びかかったから、犬めがけて投げつけたわ。
カヲル:死んじゃうわ。
サチコ:全治5ヶ月よ。
カヲル:まあ。
サチコ:犬がね。
アイ :判定は!
 
カヲルに上がる。飛び上がるカヲル。わき上がるカヲルコール。キューピー抱えて、一周するカヲル。悔しがるサチコ。
 
アイ :ほんとに馬鹿です。馬鹿としかいいようがありません。けれど、馬鹿な母の愛がいっぱい、いっぱい詰まっています。
 
ピコーン、ピコーン、ピコーンの三分間の音。
 
アイ :おっと、それでは三分間のイッツショータイム。時間が来ました。それでは、次の馬鹿っかあまで、さようなら。提供は黒のメビウスでした。    さらばじゃ。シュワッチ。ぴゅーん!!
 
と、リングをぶち破り飛んでいくアイ。同時に素早く片づけられるトイレットペーパーのリング。盛り上がる、観客。ダンス。
        思わず乗せられかけるが。
オーラ:おもしろくないっ!
 
        音楽やむ。照明替わる。何だよ。ブーイング。配達人。何か仕草をした。
 
配達人:メビウスリンク!!
 
        沈黙。ストップモーション。オーラたちだけが解ける。
 
カヲル:どうしたの、これ。
配達人:いや、ちょっとメビウスリンクをほどいてみたんですけどね。止まっちゃいましたねー。はっは。解き方間違ったかなー。
 
        と、メビウスの輪をこちょこちょしている。
 
カヲル:かしなさいよ。知恵の輪得意なんだから。
配達人:いや。知恵の輪と違うんですけど・・。
 
        と、やっている。
 
タツオ:なんだよ。なんだよ。止めるなよなー。乗ってるところなのに。
オーラ:でも、おもしろくないです。
ケン :ばかばかしくっていいじゃない。
オーラ:うん。ばかばかしい。
ケン :だろう。いいじゃん。
オーラ:ばかばかしいけど、おもしろくないです。
配達人:これは時間を食いつぶしているだけです。
ケン :なんのこと。
配達人:何かを伝えようという心はありません。思いがないんです。あるのはただ、時間を食いつぶす欲望だけ。
サチコ:誰の時間を。
配達人:見てる人の時間にきまってます。
サチコ:食いつぶすってのはどういうこと。
配達人:あははあははと笑って、終われば何も残らない。残らないどころか気がつけば自分の大事な時間が消えている。
サチコ:えー、でも、そんなの見る人の勝手じゃない。
配達人:そうなんです。見る人の勝手です。でも、そのあいだ、たとえば手紙を読んだとしましょう。手紙をくれたあの人の書いている美しい手、言    葉をなぞる愛らしい唇。ポストに入れる上気した顔。美しい思いがあなたをとらえる。読み終わったとき、あなたの人生はあの人の思いに包    まれてそれだけ豊かになっている。ワハハと笑って三十分。あの人を思って三十分。あなた、どちらをとりますか。
サチコ:そんなのきまってるでしょ。
配達人:でしょ。
サチコ:まあ、そりゃそうだけど。でもこれは。
オーラ:夢を与えるものじゃない。
アイ :あーら、夢ならいっぱい与えているじゃない。
 
        と、アイがやってきた。
 
アイ :もうだれ。メビウスリンクつついたの。
配達人:うるさい奴が出てきた。
アイ :あら、配達屋じゃない。しばらくね。あんたね、いじったのわ。
配達人:まあね。
サチコ:知ってるの。
アイ :色々因縁があるのよ。このおめでたい人とは。
配達人:ふん。手紙をどうした。
アイ :何のこと?
配達人:オーラの手紙だよ。黒の女王に渡したのか?
アイ :オーラ?このかわいいお嬢さんのことね。
オーラ:えっ、私のこと知ってるんですか。
アイ :その世界じゃ有名だしね。メビウス博士のお孫さんでしょ。
オーラ:はい。
アイ :手紙を尋ねて三千里という訳ね。
オーラ:はい。で、手紙は。
アイ :読んだわよ。悪いけど。
配達人:開封したのか!信書の秘密を・。
アイ :野暮なこといいっこなし。
オーラ:何をかいていました。
アイ :気になる?
オーラ:はい。
アイ :何も。
オーラ:何も?
アイ :何も。知らないんだ。メビウスの手紙は、読むことができる人しか読めないのよ。
オーラ:ホームズさん?
配達人:やあ、悪かった。説明する暇もなくてね。・・そうなんだ。読むことができるのはオーラ、君だけなんだ。ただね。リングが壊れると。
 
と、肩をすくめる。
配達人:まあ、誰でも読むことができるんだ。
アイ :固くてね。残念ながら、私は読めなかったというわけ。
配達人:じゃ返してもらおう。
アイ :お気の毒ね。送ったわ。
配達人:え?
アイ :住所変更ってとこかな。
配達人:どこへ。
アイ :缶けりでもしたら。
 
と、笑う。
 
配達人:ふざけやがって。
アイ :そのほうが楽しめるじゃない。
配達人:時間がないんだ。教えろ。
アイ :ならますます楽しくなるわ。
オーラ:お願いです。教えてください。
アイ :だめ。
配達人:根性悪め。
アイ :あたしは楽しければそれでいいんだから。
オーラ:面白がってますね。
アイ :悪い?
オーラ:そんなに、人に意地悪して面白いんですか。
 
        アイ、笑う。
 
アイ :意地悪?
オーラ:はい。おもろしがってるだけです。
アイ :そうよ。面白ければそれでいいのよ。この世界は快楽原則が支配するのよ。楽しければ面白い。面白ければ幸福よ。人生それでなくっちゃ。
オーラ:でも、それだけじゃいけないと思います。楽しければいいっていうのは。
アイ :なに、小学生みたいなこといってるの。道徳の時間じゃあるまいし。楽しんで何が悪いの。いじめで殺されたり、リストラされたり、今の世    の中、苦しいことや、悲しいことばかりじゃない。少しばかり楽しむことは罪かしら?
オーラ:でも、こんなことって楽しいことですか。
アイ :私はただ、街のみんながほしがるものを与えてるだけ。他人の秘密をちょっとのぞきたい心や、人の幸福をねたむ心や、人の不幸は密の味っ    ていう気持ちをすこうしくすぐって、かったるい毎日にんのちょっとしたスパイスを振りかけるお伝い。
 
        観客、見せろ!見せろ!の押し殺したような無声音のようなコール。
 
アイ :知りたいのよ。のぞきたいのよ。うらやましいのよ。悔しいのよ。馬鹿にしたいのよ。優越感に浸りたいのよ。みんなはとっても欲しいのよ。    何でもいいから欲しいのよ。自分を幸せにしてくれる情報が。とってもとっても欲しいのよ。
 
        観客、情報!、情報!コール。
 
アイ :ほーらみんな、脳内麻薬のドーパミンがドヒュドピュ出るわ。知れば楽しくなる。のぞけば満足。見れば幸せ。心の快楽指数は鰻登りに上が    っていく。人生みんな幸せにならなくっちゃあ。そうでしょ、街のみんな!
 
        観客、しあわせ!しあわせ!コール。
 
アイ :ほーら、楽しい番組よ!
 
        観客、見せろ!見せろ!見せろ!
 
アイ :そうでしょう。楽しければすべては許される!
 
        観客、もっと!、もっと!コール。
 
アイ :あたしゃ一パーセントしかとれない文部大臣奨励賞受賞作品なんてあったま痛くなるような代物よりも、十パーセントとる見終わったらすん    ぐに忘れてしまうしょうもないクソ番組の方をとるからね。テレビだろうが芸だろうがなんだろうが。人に見られてなんぼのものでしょうが、    ええ。売れない芸人さん。そうじゃない。聞こえるでしょう。大衆という名の浅ましい欲望が。
 
        再び押し殺したような。見せろコール。
 
エダ :やめろ。
 
        笑う。
 
アイ :私には止められないわ。私は司会者アイ。街の目。みんながみたいものを提供する。
 
        見せろ、見せろコールがだんだん危険な感じになってきた。
 
アイ :ほら、長い間止めたんでみんな怒ってるわ。情報遮断すると禁断症状がでてくるのよ。
 
        見せろ、誰だコール。
 
アイ :さあ、どうするの。
 
        見せろ!見せろ!早く!早く!
 
配達人:やばい。蹴って!
タツオ:何を。
配達人:缶ですよ!脱出しましょう!
 
        アイの笑い声。観客の怒りと包囲が始まる。
 
配達人:早く!
 
        あわてたタツオ缶をそのまま蹴ろうとする。カヲルはかちゃかちゃ必死でしている。エダが奪い取ってやってみる。
 
配達人:五ぼう星!オーラ!
 
        オーラがあわてて星を描く。
 
アイ :さあ、さあ、早くしないと間に合わないわよ!
 
と、笑う。
アイ :さあ、もう一度言ってみよう、イッツショータイム!
 
        観客の歓声!見せろ、早く!コール。五ぼう星ができた。
 
配達人:早く!
 
        タツオが蹴った。
 
ケン :どこだっ!
サチコ:これは・・。
タツオ:どこだよ。
サチコ:地獄耳。
ケン :何それ。
配達人:耳ですよ。ちょっとやっかいだけど!
サチコ:耳?
配達人:行きましょう!
カヲル:(ほぼ同時に)できたっ!
 
        エダがメビウスリンクをまたつないだ。パシッという音。映像が切れてしゃーしゃー言うような音が続く。
アイの声だけが響く。
アイ :そうなのよ。視聴率よ人生は。面白ければそれでよい。今日も明日も面白く。みなさん街の目をよろしくぅ!イッツショータイム!!
 
        観客の歓声。大きな拍手。手拍子。オーラとかタツオっとかいう呼び声が交錯する。その中を駆けて行く一同。暗転。
 
W通信士地獄耳
さまざまなノイズ、会話。ニュース。等が交錯する。大きなパラボラアンテナが宙に浮く。BSやCSのアンテナが林立する。
        センターには椅子に深々と座り、コンソールボックスをしきりにチューニングしている通信士がいる。さまざまなノイズや会話が飛        び交っている。ディスプレイの画面には通信文が流れている。(実際には無理だと思うので、雰囲気がほしい)
濃い、黒のサングラスをかけた地獄耳は飽きもせず砂時計をひっくり返しては眺めている。
        だが、よくよく見ると目が不自由なようだ。
地獄耳:問題は明らかに情報の質だ。量ではない。量はただの雑魚だ。砂粒にしかすぎん。ダイアモンドは流れ落ちる砂の中にある。そうだろ。
通信士:イエッサー。
地獄耳:だが、問題は何を持って、質を判断するかだ。舌か?それはオムレツの焼き具合だろう。目か?いつも整形にゃだまされる。手か?おさわり    おさわりってか。さわってどうする。ふん。問題は耳だ。そうだろ。
通信士:イエッサー。
地獄耳:見えないってことはいいことだ。その分、よく聞こえる。そうだな。
通信士:イエッサー。
地獄耳:嘘付け。そんなこと考えてもねえだろが。
通信士:ノーサー。
地獄耳:けっ、偽善者めが。
 
と、耳のそばで砂時計をひっくり返して、落ちる音を聞く。
 
地獄耳:聞こえるか、砂の歌だ。砂が落ちながら、歌ってる。
通信士:イエッサー。
地獄耳:何の歌かわかるか。
通信士:ノーサー。
地獄耳:教養がねえな。これぐらい分かれよな。大学ぐらいでてんだろ。頭使えよ。
通信士:イエッサー。
地獄耳:イエッサー。(と、からかうように言って)気楽だよな。聞いてりゃいいんだから。判断しなきゃならないんだぜ、こちらはよ。ノイズだよ。    ノイズ。世界の歌だ。砂の中によ、混じってノイズが落ちて来るんだ。ほら、聞こえるだろが。
 
ノイズの中にブリザードの風の音が混じる。
通信士:イエッサー。
地獄耳:イエッサー。
 
と、敬礼して。
地獄耳:このノイズの中にダイヤモンドがあるんだ。それを見つけ・・。(緊張して)おい!キャッチ!
通信士:イエッサーっ!!
 
パッパッと操作。アンテナが自動追尾する。
地獄耳:どうだ?!
通信士:ダメです。・・弱すぎます。・・消えました。
地獄耳:畜生。ぼやぼやするからだ!
 
と、また砂時計をひっくり返す。
 
通信士:イエッサー!
地獄耳:悲しみなんだよ。悲しみが必要なんだ。本当の悲しみが。馬鹿ばっかりふえやがって、ほんとになくことなんかないだろう。え。けどよ、聞    こえるんだよ。聞こえるんだ。ほら。今日はついてるぜ。砂が又泣いてる。
 
ブリザードが聞こえる。
地獄耳:痛めつけられた奴らの、悲しみだよあれは。逃がすんじゃねえぞ。
通信士:イエッサー!
地獄耳:角度に気を付けろ。
通信士:イエッサー。
地獄耳:タイミング良くな。ほら来た。4、3、2、キャッチ!
通信士:キャッチしました!
地獄耳:よっしゃーっ!!
 
ノイズが破裂する。なだれ込んでくる、配達人、オーラ、カヲル、エダ。の四人。
 
カヲル:みんなは。
エダ :どうやら俺達だけだね。
オーラ:かんけりしたんじゃないんですか。
カヲル:さあ。
エダ :メビウスリンクのせいじゃないかな。
カヲル:それじゃみんなは。
オーラ:行方不明ですか。
地獄耳:おいおい。(と声をかけるが)
カヲル:そんなあ。
オーラ:でもたしかに缶けりしてましたよ。
エダ :おれきづかなかったなあ。
オーラ:けどたしかに蹴ってました。
地獄耳:おいおい。
配達人:じゃ、分かれたんだ。缶けりでいった方と、メビウスリンクできた方と。
カヲル:そんなことあるの。
配達人:たまにはね。たぶんリングを間違ってほどいたんですよ。
カヲル:リングを?
配達人:はい。ほどくときに、こうやらないと、ますますねじくれるんです。
エダ :じゃ、手紙は。
配達人:ここだと思うけど。
カヲル:聞いてみたら。
地獄耳:おいっ!
オーラ:は?
地獄耳:無視すんじゃねえ。何だお前ら。
配達人:こんにちは。配達人です。
地獄耳:何だと?
配達人:ここは、街の耳ですね。
地獄耳:ほっ、俺を知ってるのか。はっ、こりゃ珍しい。
配達人:有名ですよ。街の人々の思いを受け止める地獄耳のパラボラアンテナってのは。
地獄耳:へっへっそうかい。そうかい。
配達人:でも、今は壊れてしまったようですね。
 
        とたんに不機嫌になる。
 
地獄耳:それがどうした。
配達人:いえね。どうしてだろうと思って。なんだか、それに暗いし。
地獄耳:暗い?
配達人:はい。雰囲気が。
地獄耳:ばかな。ここは、街の耳だ。世界の思いを受け止めて街のみんなにいろいろな思いを返していく思いの情報センターだぜ。暗いってことはな    いだろう。
配達人:あ、でもちょっとバイアスがかかってますね。
カヲル:何、バイアスって。
通信士:偏りです。
カヲル:偏り?
エダ :思いの中の悲しみばかりあるってことだろ。でも、なぜ。
地獄耳:最初からそうだったわけじゃねえ。喜びや怒りや悲しみや思いなら何でも拾い集めていたんだ。それがここの街のみ身の役目だからな。そう    だろ。
通信士:イエッサー。
地獄耳:ただね、毎日やってるとさあ、いやになってきたんだよ。
オーラ:え、どうして。
地獄耳:いやね、街の人のさあ喜びや楽しみなんてたかがしれてる。いつだって同じだ。愚痴を言っても同じだ。悲しみだって同じだ。繰り返し繰り    返しきいてるとさあ。頭変になってくるんだよ。なあ。
通信士:いえっさー。
地獄耳:毎日毎日毎夜毎晩同じ肉ばっかりくってみろよ。たまにはお茶漬けだって食べてみたくなるよなあ。この街はちっぽけな悲しみと怒りとくだ    らない楽しみと愚痴ばかりしかねえよ。けちくさいとこだ。世界ならもう少し気の利いた思いがあるんじゃないかってだれでも思う訳よ。な    あ。
通信士:イエッサー。
地獄耳:おいら、こう思ったね。出力あげて、気合いを入れて、もちっと気の利いた思いをキャッチして、街のみんなに配ってやろうって。
オーラ:とってもいいことだと思います。
地獄耳:ありがとよ。あんたいい子だ。なあ。
通信士:イエッサーッ。
地獄耳:いわばおいらは世界の全ての思いを受けようとしたんだ。ところが。
オーラ:ところが?
地獄耳:イヤになるじゃねえか。世界だって、どこだって同じことだ。悲しみばかりが多すぎる。楽しいことなんてこれっぽっちもない。悲しくて、    苦しくて、この街よりひでえ有様だ。ああ、もうどうでもいいやっておもったとき、アンテナの野郎、キャパ越えやがってぶっこわれちまっ    てね。ざまねえや。おかげで、目までこのざまだ。
オーラ:だから、今では悲しみの声しか聞けない訳ね。
地獄耳:(にっこり笑った)そういうこった。お嬢さん。あんた美人だろ。声でわかる。美人ってのは涙が絵になるね。いいもんだ。美人の悲しみの    声だよあれは。
 
ノイズがひときわ高い。
オーラ:かわいそうな人。
地獄耳:かわいそうなもんか。おいら、今じゃ幸せさ。そうだろ。
通信士:イエッサーっ。
地獄耳:だってよ。
オーラ:悲しみばかり聞いていると悲しみにくい殺されます。
 
地獄耳、聞かない風で。
地獄耳:雨だな。
カヲル:やだ。傘持ってないよ。
地獄耳:いりゃしないよ。悲しみが降らす涙の雨だ。やがて虹になる。こんな仕事もいるんだよ、姉ちゃん。悲しみを掃除しないと空は青くならないんだよ。
カヲル:けっ。
エダ :あぶねえやつだ。
オーラ:でも、そうしたら街の人の悲しみは。
地獄耳:もちろん、悲しみなんか無くなるさ。幸せだろう。な。
通信士:イエッサー。
オーラ:いいえ。不幸です。
地獄耳:(けけっと笑って)おかしなこと言うね。どうしてだ。
オーラ:悲しいってことも立派な思いでしょう。私、かってた小鳥が無くなったときとっても悲しくなりました。おばあさんが死んだとき、とてもつ    らくて泣きました。
地獄耳:だろう。いやなことはない方がいいんだよ。
オーラ:でも、悲しみが無くなったら泣くことでもできません。小鳥が死んだら笑えばいいんですか。おばあさんが亡くなったら怒鳴ればいいんです    か。泣くことできなかったら涙も出ません。街の人は子供が死んでも泣くこともできなくなるじゃありませんか。
地獄耳:その方がいいんじゃないのかい。涙なんて、うれし涙だけで十分だよ。
 
        小さい間。
 
オーラ:手紙返してください。
地獄耳:手紙?
オーラ:はい。メビウスの手紙です。
地獄耳:手紙。ああ、そういうばおくっちまったなあ。けっけっ。なあ。
通信士:イエッサーッ。
オーラ:おくった。どこへ。
配達人:まさか。
地獄耳:そ。そのまさか。森番の所へだしてやったよ
配達人:ちっくしょう。
オーラ:何、森番て。
配達人:いやあ、めんどくさいところへいっちやったなあ。よりにもよって。
カヲル:何もったいぶってんの。どこよ。
地獄耳:教えてやろう。お姉ちゃん。ここでキャッチしてるのは悲しみだけだろう。後の思いはどうなると思う。
カヲル:どうなるって。
地獄耳:ここで受け取れる思いなんかしれてるわけよ。掬いきれない思いがたしかにいっぱいある。
カヲル:それで。
配達人:(疲れたような声で)キャッチしきれない思いがあふれかえって言葉になっていくんですよ。
カヲル:へー。
配達人:あとからあとからどんどんどんどんもうやになっちゃうほどあふれかえって、思いと言葉の迷宮になってしまうわけ。街の森なんですがね。    これがなかなか。事故便の巣みたいなもんで、やばいんですよ。だから、森番がいるんだけど。
オーラ:だから森番て何。
地獄耳:掃除する奴に決まってるだろう。後から後から増えてくるやつを片っ端から整理しなくちゃ街は大混乱になってくるっていうもんだ。な。
通信士:イエッサー。
地獄耳:五十音図の森っていってさ。すべての言葉があるところだ。ということは、すべての思いがあるってことだが。
 
        くっくっと笑う。
 
エダ :何がおかしい。
 
        けっけっけっとさらに笑う。
 
エダ :何がおかしい!
 
        なおも笑う。ノイズが入る。
 
通信士:ノイズ発生。
地獄耳:しっかり聞いてろ。
通信士:イエッサー。
 
        ノイズ聞こえる。地獄耳何かうれしくてたまらない感じ。
 
エダ :答えろ。何がおかしい!
配達人:ゴミなんですよ。
エダ :え?
配達人:みんなが捨てた思いのゴミってとこかな。もうぐちゃぐちゃ。だから森番はいつも処理してるんです。
エダ :何を。
配達人:もちろん思いを。
オーラ:じゃ、手紙は。
配達人:危ないですね。
オーラ:じゃ、早く行かなくては。
 
        ノイズ聞こえる。
 
通信士:キャッチしました。
地獄耳:ようし、離すなよ。
通信士:イエッサー。
オーラ:ねえ、間に合わないわ。缶蹴りを。
配達人:あわてないで。あぶなくって缶けりはできません。
カヲル:なぜ?缶蹴りなら簡単じゃん。
配達人:ここはノイズが多すぎます。
 
        笑う地獄耳。またノイズ。見やって、いらだったように。
 
配達人:いったん、メビウスの部屋へ行きましょう。
エダ :メビウスの部屋って。
配達人:ロールプレイングゲームでいう宿屋ですね。
カヲル:はあ?
配達人:中間地帯です。そこで対策を練って。
オーラ:あたし、森に行きます!缶かして。
 
        と、缶を取ってぽーんと蹴る。走り出す。
 
配達人:あっ。無茶な。オーラさん!
エダ :オーラ!
 
        オーラ走り去る。間
カヲル:わかってんのかしら。行き先。
エダ :おまじないもなかった。
配達人:参りましたね。
カヲル:やばくない。
配達人:はあ。まずいかも。
 
        ノイズがひとしきり。地獄耳が笑う。
 
地獄耳:くくっ。どうやらお嬢ちゃんは行方不明かい。
エダ :どうする。
配達人:とにかく、先に行きましょう。
カヲル:どこへ。
配達人:メビウスの部屋です。メビウスリンクで行きますよ。
カヲル:大丈夫。
配達人:たぶん。はい。しっかり手を握って。
 
        手を結びあって。
 
配達人:表は、裏。裏は、中。中は外。外は表。くるっとねじって。
 
        ノイズ。(落雷でも良い)
 
配達人:あーっ。
 
        と、手が切れた。同時に。
 
エダ :メビウスリンク!
 
        ノイズ。エダとカヲル。配達人。それぞれに分かれて消える。砂時計をもてあそびだし、ノイズを聞く。
 
地獄耳:・・また退屈な時間がくるな。
通信士:イエッサー。
地獄耳:やっぱり質より量の方がいいか・・。
通信士:イエッサー。
地獄耳:イエッサー、イエッサー、イエッサー。いっつもそれだ。イエッサーしかいえないのか。ばかやろう。
通信士:イエッサー。
 
        小さい間。
 
地獄耳:わかったよ。・・しっかり聞いてろ。今度こそ逃がすんじゃねえぞ。
通信士:(やや小さい声で)イエッサー。
地獄耳:ふん。
 
        聞き続ける二人。ノイズが大きくなったり小さくなったりしている。暗転。
 
W糸電話の王(ワン)
 
        ノイズがいつのまにか電話の音になる。どこかのオフィスらしきところ。赤い糸電話と青い糸電話。結構やかましい。
大きい糸電話をもってふんぞり返って大きな声で話している渋いスーツの男(ワン)がいる。
        蜘蛛の巣のように糸電話の糸が交錯している。整理をしながら糸電話をあっちからこっちへかけて設置している赤系統のスーツの紅        子と青系統のスーツの葵。てきぱきと秘書のよう。糸電話をのぞくとなんだか芸能事務所のようだ。
        そうしてみるとワンはなんだかいかがわしい芸能プロダクションの社長みたい。
 
王  :ああ、そうでしゃろ。そうでっしゃろ。えろうすんまへん。納期はきっちり間にあわさせますさかい。へえ。おうきに。そうです。へえ。い    やー。なかなか今日日タレント志望いうても雑魚ばっかりで。こー、なんちゅうか、ぴかーっと光る娘、なかなかおへんで。みーんな茶髪で、    アムラー眉いうんでっか、あんなけったいな眉して日焼けサロンでこんがり焦がして。へえ。十人が十人同じかっこうして街ぶいぶいいわし    てますわ。(はっはっ)そうですなー。今日日(きょうび)みーんな右へならへで。なかなかむつかしゅうおますな。はー。えろう愚痴聞か    せてもうて。すんまへん。へえ・・そうでっか。ほなまた。いいえ。こちらからうかがいますさかい。へえ。ほなどうも。
 
        と、にこにこしていた笑顔は電話が終わると結構冷たい顔になる。パッと紅子が来て糸電話を片づける。
 
王  :おい。
紅子 :はい。
王  :極東テレビの件、どうなってる。
 
        と、共通語に戻っている。してみるとあくの強い関西弁は営業用のようだ。
 
紅子 :その件に関しましては。
 
        と、システム手帳を取り出し説明。
 
紅子 :明日、二時にアポとってます。ホテルシェルトンです。お車の手配は。
王  :いい。近くだから歩いていく。もったいない。
紅子 :かしこまりました。
 
        と、糸電話が突然鳴り出す。同時に何本か。
 
紅子 :お客様のようですね。
王  :ようし。位置に着け。逃がすんじゃねえぞ。葵。
葵  :はいっ。
王  :そんなの後回しだ。思い思いの糸を用意しとけっ。
葵  :用意してます。
王  :お前にしては上出来だ。紅子の糸も大丈夫だろうな。
葵  :あっ。
王  :ばかやろぅ。
 
        この間も電話は鳴り響く。
 
紅子 :自分で用意しました。
王  :ようし。じゃいくぞ。
葵・紅子 :はいっ。
王  :あけろっ!
 
        電話の音が止まる。何だがファンファーレっぽい音楽がなると共に。タツオ・ケン・サチコがもんどり打ってなだれ込んでくる。
 
サチコ:いたい。いたい。エッチ!へんなとこにさわらないでよ。
タツオ:お前がさわってんだろ。
ケン :あいたたた。
サチコ:もー、何よ。・・え?
 
        と、変な雰囲気に一同黙ってしまう。結構冷ややかに見ている王たち。
 
サチコ:えーっ。どーも。
タツオ:どーも。どーも。
サチコ:わたしたち、あのう。
紅子 :お待ちしてました。
ケン :えっ。
葵  :タレント希望でしょう。シティマウスカンパニーにようこそ。
サチコ:えっ。ここって。
葵  :タレント事務所ですよ。
タツオ:えーっ。すげえ。
王  :コンセプトを簡単にいおう。我々は芸能事務所をやってる。それも制作含めた。芸人の思いと観客の心をつなぐネットワークを作っている。    いかにそれを効果的に作り手の心をお客様に届けるかということだ。
タツオ:はあ。
ケン :すると、お芝居かなんかで。
王  :勘違いしてもらっては困る。うちの制作は、コミュニケーション機器の製作だ。
ケン :はあ。
 
        困惑する二人。
 
王  :人と人との心をつなぐそんな道具を作っている。
タツオ:はあ。
王  :鈍いね。そんなんじゃタレントやっていけないよ。感良くなくちゃ。
タツオ:すみません。
王  :もちろんこれは副業なんだがね。本業はもちろんタレント斡旋なんだけど。君。
紅子 :はい。
 
        葵と二人でなにやら準備。
 
王  :ちょうどいい。しょうもないビデオがあるからちょっと見るか。
 
        と、だんだん暗くなって行く。
 
王  :たとえば心と心をつなぐといってもそれはしょせん言葉を使うわけで。
 
        明かりが変わった。VTRらしい。男達が携帯電話をかけながら整然とかっこうよく入ってくる
 
男達 :ビポパヒポ。あっ。ピポパピポ。あっ。ピポパピポ。
 
        ビジネススーツに身を固め、大変忙しそうだ。はい、もしもし。はいもししも。あーそれでも私は。
        口々に話しながらあっちこっち動き回る。結構ダンスっぽいかもしれない。ひっきりなしに呼び立て、呼び立てられる男達。
        そのうちぴたっと音が止まる。男達はじっと聞き入る。呼び出し音の後。
 
声  :おかけになった電話番号は現在使われておりません。もう一度お確かめの上お掛け直しください。
 
        あわてて、かけ直す男達。
 
男達 :ピポハピポ。ピポパピポ。ピポハピ、ポピパピ、ピポパピピポ。
 
        再び呼び出し音の後。
 
声  :おかけになった電話番号は現在使われておりません。もう一度お確かめの上お掛け直しください。
 
        今度はバラバラにあわててかける男達。もしもし、もしもし。ピポパピポが乱れ飛ぶ。ただの一つもつながらない。
        繰り替えされるメッセージ。それがどんどん重なっていく。耐えられなくなるほど重なり大きくなって。クラッシュ。
 
男達 :ピポパピポ。ウォーッ。
 
        と、一斉に走り去る。明るくなる。間。
        
タツオ:何ですかこれ。
王  :みればわかるだろう。デジタルだ。
タツオ:はあ。
王  :あれでは使いものにならない。というか、人に優しくない。そうだろ。
ケン :はあ。
王  :あいつらはデジタルだ。おれはアナログだ。人に優しい。
 
        二人、首をひねって。
 
ケン :おい。いってないか。
タツオ:かも。どうする。
ケン :ばっくれようか。
 
        というところへ。
 
紅子 :はいこれ。
 
        と、赤い糸電話を渡す。ぼんやりしているタツオ。
 
紅子 :もって!違う!
 
        あわててしっかり構えるタツオ。
 
葵  :はい、あなたも。こう持って。
 
        青い糸電話が渡される。
 
ケン :これは。
葵  :思い思いの思いの糸電話。
ケン :え。
紅子 :黙って!・・テスト準備完了。
王  :結構。
紅子 :じゃ行きましょう。
タツオ:ちょっちょっと待って。
葵  :時間がないのよ。
ケン :でも。
紅子 :あ、ついでにこれサインして。
ケン :なにこれ。
紅子 :オーディションを受けましたという確認。これないと採用してもらえないの。はい。
 
        と、ケンにサインをさせる。
 
紅子 :あなたも。
 
        と、タツオにも。
 
紅子 :OK。じゃいきましょう。
タツオ:あ、けど。
紅子 :スクリーンテスト。シーン5。テイク・ワン。
 
        すこうし暗くなる。電話の音。葵が二人の間に糸を結び始める。紅子も。電話がかかる。
 
タツオ:それで。
ケン :いや、なんでもない。
タツオ:そんなこと無いだろ。ほんとにやめるのか。
ケン :ああ。そのつもりだ。
タツオ:なんでよ。もっとがんばろうって行ったのお前じゃないか。
ケン :ああ。
タツオ:なら。
ケン :だめなんだ。
タツオ:何が。
ケン :うまくいえないけどだめなんだ。
 
        かしゃっと音がして、電話が切れる。この間に二人は動きながら糸が絡まるようにしていく。糸を黙々とつなぐ葵。
 
紅子 :シーン6。テイク2。
ケン :(弾む声で)おい、きいてるか。
タツオ:(気のなさそうな声)ああ。
ケン :昨日さあ。プロデューサーに声かけられたんだよ。
タツオ:そうか。
ケン :それでさあ。次の作品に使ってくれるかもしれないって。いや、主役の相手役の友達っていうけちな役だけど。結構台詞もあつて・・。おい、聞いてるか。
タツオ:ああ。
ケン :どうしたんだよ。あ、まさか。彼女に振られたとか・・。
タツオ:・・・。
ケン :えっ。・・おい。・・まさか。
タツオ:相手は銀行員だと。ぷーと一緒に生活する自信ないって。
ケン :えーっ。それはないだろう・・。
タツオ:あるんだよ。現実は。
 
        かしゃっと音がして電話が切れる。糸はかなり結びつけられている。
 
紅子 :シーン8。テイク3。
タツオ:(弾む声)おい、きたぞ、きたぞ。
ケン :そうか。お前も来たか。
タツオ:おまえもかっ。そうかっ。
ケン :やったな。
タツオ:ああ。けど、こはスタートだ。
ケン :もちろん。お前二次審査何で受ける?
タツオ:そりゃ。芝居だろ。
ケン :俺、コントにしようかなあ。
タツオ:そうか。ま、それもいいだろう。
ケン :あのなあ。一緒にくまないか。
タツオ:ええ、俺、コントだめだって。
ケン :いやあ。単なるお笑いじゃなくて、ちょっとシビアな笑いいうか、そんなのやってみたい訳よ。どう。
タツオ:どうっていわれてもなあ。
ケン :大丈夫だって。一緒にやろうよ。芝居できるの必要なんだ。
タツオ:そういわれてもなあ。
ケン :頼むよ。
 
        かしゃっとして電話が切れる。二人は動けない。赤と青の糸がぐるぐる巻きに二人を結ぶ。はっと気づく二人。
 
タツオ:おい。なんだこれ。
ケン :うごかねえよ。
タツオ:やばい。
紅子 :これを世の中のしがらみというの。
葵  :無理に切ろうとするとあなたの思いも切れて無くなるわ。
タツオ:何だって。
 
        呼び出し音とかちゃっとつながる音。
 
紅子 :ほら、また一本つながった。
 
        と、赤い糸でくくる紅子。
 
タツオ:げっ。
 
        と、より動けなくなるタツオ。
 
ケン :おい、大丈夫か。
タツオ:大丈夫じゃねえよ。
 
        笑い出す、サチコ。
 
タツオ:おいおい。サチコ。笑ってないで助けてくれよ。
葵  :何がおかしい。
サチコ:おかしくってごめんなさい。でも笑えるわ。何が思い思いの思いの糸よ。
葵  :なんだって。
 
        つかつかと出ていくサチコ。
 
サチコ:単なる迷いじゃない。
紅子 :何。
サチコ:こんなの、思いでも何でもありゃしない。迷いよ。弱気よ。ケン。タツオ。しっかりしなさい。
ケン :といったって。
タツオ:からみついててどうにもこうにも。
葵  :ほらほら無理すると心の糸が切れちゃって。
紅子 :ぷっつんしても知らないわ。
 
        つかつかと寄って、タツオの糸をぱちんとはさみで切るサチコ。
    
紅子 :何をする。
 
        と、蹴りを入れるがパッと交わして。
 
サチコ:ほら。何にもおこりはしない。それよりむしろどう気分は。
タツオ:あ、なんだか肩がちょっと軽くなった感じ。
サチコ:でしょう。迷いが一つ消えたのよ。お芝居やりたいっていう気分は。
タツオ:あ、なんだか少しやる気が。
サチコ:そうでしょう。そうでしょう。
 
        と、悦にいる。
        
葵  :馬鹿め、単なる暗示だ。
サチコ:はっはっ。おもわず本音をいっちまったわけ。
葵  :げっ。
紅子 :馬鹿っ。
サチコ:そうよ。迷いは。暗示。思いの糸はあんたらの心を縛る迷いの糸よ。そんなの、片っ端から切っちゃいなさい。
ケン :えーっ、どうやって。
サチコ:心を縛る心の糸は心で切らなきゃ切れないわ。
紅子 :えーい。いつまでもぐだくだだと。
 
        と、押さえつけようとするが。交わす。
 
葵  :これでも食らえ。
 
        と、ぱーっと投げつける蜘蛛の糸。(パーティーなんかで使う小道具。探してみて)
 
サチコ:思い思いの思いの糸を思い切って断ち切るの。みんなはさみを持ってるでしょう。
ケン :え?
サチコ:ほら。じゃんけんポン。
 
        思わず、じゃんけんでパーを出す紅子。ちょきを出して勝つサチコ。
 
サチコ:ほら。断ち切った。
 
        と、一本赤い糸が切れた。
 
タツオ:なんでやー。
サチコ:弱い心の迷いの糸を思い思いの思いの糸にすり替えて、すべての迷いを包み隠してしまうこいつらはパーしかだせないのよ。ほれ。じゃんけ    んポン。
 
        と、またちょきで勝つ。一本こんどは青い糸が切れた。
 
葵  :おのれー。
ケン :んな。あなほ。
タツオ:まんがやん。
サチコ:なんでもいいから糸を切りなさい。ちょきで切るのよ。
タツオ:サチコは。
サチコ:あたしはこれで。
 
        と、はさみを出す。
 
ケン :お前ずるいぞ。
サチコ:裁縫道具は乙女のたしなみよ。
 
        と、一挙にまとめてばっさり切る。じゃんけんをして、切るタツオとケン。どうしても勝てない紅子と葵。
 
王  :やめんか。
紅子 :社長。
王  :なんてざまだ。思いのプロデューサーともあろうものが。
紅子 :申し訳ございません。
サチコ:社長。おいしいこと言ってるけど。見え見えね。あんたらの作るものには何にも感動なんてありゃしない。どうせビジネスなんでしょ。もの    を売ると同じに、思いを切り売りしてるだけ。そうじゃない。
王  :ほう。何でそう考える。
サチコ:わたしねえ。制作希望だったの。だから、結構裏側見てきたわけ。もっとも、使い走りしかさせてくれなかったけど。それでも、見えるもの    は見えるのよ。本気でいいもの作ろうとしてるのか。お金の回収だけが目当てなのか。現場のにおいでわかるぐらいにはね。ここからはお金    のにおいしかしてこないわ。
王  :なるほど。少しは勉強しているわけだ。プロデュースは経済だと。
サチコ:いやなんだよね。お金使って、宣伝打って、メディアに露出して、踊って、歌って、次から次へ目先を変えて、そのくせ全然変わらないまる    っきり同じ。クソ面白くもないミュージシャンみたいなこと言わないで。
葵  :かんたんにいくなら世話無いわよ。
サチコ:あんたらだって携帯電話の兄ちゃん達と同じよ。お客と絶対つながりなんかしない。おかけになった電話番号は使われておりません。よ。
王  :私はそれでもかまわないといったら。
 
        サチコ、ファックユー。
 
サチコ:行こう。手紙を追いかけなきゃ。
王  :君たち、契約を忘れちゃいけないね。
 
        紅子、契約書をバンと印籠のように見せる。たじろぐタツオとケン。
 
サチコ:契約破棄よ!
王  :慰謝料をよこせ!
サチコ:本音が出たわね!これでどう!
 
        パッと缶を放り出す。
 
王  :押さえろ!
 
        タツオとケン。缶を蹴る。
 
二人 :メビウスリンク!
 
        タツオたち消える。
 
王  :くそっ・・。
紅子 :どうします。
王  :仕方あるまい。・・請求書おくっとけ。オーディション料だ。
紅子 :はい。
王  :配達証明付きでだ。取りはぐれるんじゃないぞ。契約書ある限りやつらは俺のものだ。
紅子 :はい。
 
        と、元の仕事に戻ろうとして糸電話をかけるが。
 
声  :おかけになった電話番号は使われておりません。今一度・・
王  :なんだ。
紅子 :いえ。話し中のようで。
 
        と、もう一度かける。
 
声  :おかけになった電話番号は・・
王  :葵!
葵  :こちらもです!
声  :おかけになった電話番号は・・
 
        呆然とする三人。声が重なり大きくなっていく。暗転。
 
Z五十音図の森番
 
        五十音図の森。糸電話のきれっぱしなんかがみえる。輪唱が聞こえてくる。
        
歌声 :ある日、森の中、熊さんに出会った。(以下略)
 
        森番と五十音図たち。楽しそうにやってくる。ひとしきり歌い終わると。森番、ぴぴーとホイッスル。
 
森番 :はーい、整列。
 
        わらわらと並ぶ五十音図たち。手に手に何か手旗のようなものを持っているようだ。
 
森番 :もう少し開いて。はい。おはよーございまーす。
 
        五十音図たち、礼。
 
森番 :はい。結構。じゃ、今日も元気よく訓練しましょう。思い思いの思いの森は、こんがらがった蜘蛛の巣のように思いや言葉が入り乱れてます。    気合いを入れて、美しい言葉と思いを守りましょう。まずは体力づくりから。はい。第一班。前へ。
 
        何人か出てくる。両手に手旗を持っている。赤と白。
 
森番 :まず準備運動ね。はい。赤あげて、白下げて、赤あげないで白さげない・・(以下適当に間違うまで)。
 
        間違うとぴぴーっ。間違った奴に後ろから仲間の集団キック。
 
森番 :はい、はい。君、いつも間違っているよ。ビューティフルじゃない。はい、腕立て20回。
 
        すごすごと腕立て20回やる奴。抜けたところへは補充される。
 
森番 :じゃ、今日もしっかり発声練習。手旗用意っ。
 
        ばっと、散開して足踏ん張って構える五十音図たち。りりしい。だが、腕立てやる奴はまだやっている。
 
森番 :アッエッイッウッエッオッアッオッ。
 
        森番が一度リードして、二度目に手旗信号で。一斉に手旗がアエイウエオアオを振る。(これはなるべくなら本当に習って欲しい。        海上保安庁なりなんなりに。わからなければそれらしく見える奴を工夫すること。)
 
森番 :OK、OK。麗しいよ。その調子。カッケッキックッケッコッカッコッ。
 
        同じ情景。続いて。
 
森番 :サッセッ・・。
 
        と言いかけたとき、ばらばらっと五十音図が崩れる。
 
森番 :どうした。
 
        オーラが来た。
 
オーラ:手紙を返して。
森番 :なんだって。
オーラ:お願い。メビウス博士の大事な手紙なの。ゴミにしないで。
森番 :はーっ。またかい。
オーラ:また?
森番 :いや、あいつだろ。地獄耳。
オーラ:はい。
森番 :しかたないねえ。あいつは自分のいやな思いぜーんぶこちらへよこすんだから。
オーラ:それで。手紙は。
森番 :さあねえ。もう処分したんじゃないかなあ。
オーラ:処分?
森番 :いや、ここも最近自然破壊が進んでね。思い思いの思いの森なんてへんなレッテル張られちゃって。ゴミ捨て場同然なの。おかげで、美しい、    街の森がもう大変。だから、片っ端からシュレッダーかけてるの。
オーラ:シュレッダーって。
森番 :書類粉々にしちゃうあれよ。もっともここで粉々にするのはゴミみたいな思いや言葉だけど。・・そういやあんた、ちょっとにおうんじゃな    い。
オーラ:えーっ。餃子がにおうのかなあ。
 
        と、くんくん。
 
森番 :わかっただろ。さあ、忙しいからね、僕は。帰った帰った。
オーラ:えーっ、帰れませんよ。手紙どうしたんです。
森番 :あー、全くうるさいね。そんなの知らないよ。聞いてみてよ、ほら。
 
        糸電話が鳴る。
 
森番 :ほらまた来た。
オーラ:あれもですか。
森番 :そう、またしょうもないごみなのよ。ほら、ぼんやりしない。とっとと処理して。
 
        頷いて、五十音図何人か所定の位置へつく。
 
オーラ:何するんですか。
森番 :処分よ。
オーラ:え。
森番 :結構面白いから見てらっしゃい。
オーラ:それで、私の手紙は・・・。
森番 :さあ。無いんじゃないですか。
オーラ:そんな。
森番 :あきらめてお帰りなさい。
オーラ:いいえ。帰りません。
森番 :ここは結構怖いとこですよ。
 
        と、おどすような言いぐさに。後じさりするオーラ。ところへ。
 
配達人:いてーっ。
 
        と転がり込んで、森番吹っ飛ばし三回転してぴたっと止まる。森番も二回転して着地。二人でポーズ。
 
二人 :よっしゃーっ。決まった。
 
        五十音図、一斉に手旗で祝福。二人、握手して、いやどーもどーも。
 
オーラ:ホームズさん!
配達人:いやー、やっと名前読んでくれましたねえ。探したんですよ。
オーラ:他の人は。
配達人:ちょっとはぐれてしまいましたが、何、大丈夫。メビウスの部屋へ行ってるでしょう。
オーラ:メビウスの。
森番 :君も用かな。
配達人:ああ、いや。用というほどじゃないけど、この子の手紙を返してもらいたいかなって。地獄耳のおっさんから届いてるでしょう。
森番 :さっきもこの子にいったけど、わかんないよ、こんなんじゃ。
 
        糸電話が鳴る。
 
森番 :ほらまたね。
 
        処理をする五十音図。
 
森番 :あきらめたら。
配達人:メビウスの手紙なんだけど。
森番 :だから。
配達人:え、だからといわれても。
森番 :そんなに大事な手紙ならなくさないように大事にしとくもんでしょう。
配達人:そりゃそうだけど。
オーラ:取られたんです。ブラックメビウスに。
 
        森番、じっと見て。
 
森番 :ほんと?
オーラ:はい。
森番 :じゃ、黒の女王の所いってみたら。いけたらだけどね。
配達人:やっぱりあいつか。
オーラ:黒の女王って。
配達人:いろんな人の思いを食って生きているいやなやつさ。
森番 :街にとっては大事な人だよ。
オーラ:どうして。
森番 :あふれる思いを処理するのさ。
オーラ:ここでやるのじゃなくて。
森番 :ここはまあ、選別作業みたいな者だ。僕らは清掃業者といったとこだね。まあ、燃えるゴミに相当するのはここでも処分するけど。
オーラ:黒の女王の所へはどう行けばいいの。
配達人:オーラそれは無理だ。
オーラ:どうして。
配達人:街の地下のどこかにいるけど、姿を見た者はない。
オーラ:地下。
配達人:まあ、いえば街の動脈か静脈に当たるわけで、あちこちにいるけどどこにも見えない。
オーラ:そんな。
森番 :そういうこと。ま、あきらめることだね。そんな手紙。
オーラ:そんな手紙?
森番 :ああ。思いと同じだよ。忘れた方がいい。その方が遙かにいい。
オーラ:忘れる。
森番 :忘れて自分のことをするさ。
オーラ:自分のことね。あなたのように。
森番 :そう。
オーラ:でも、消される思いのこと考えたことあるの。
森番 :ないよ。これ僕の仕事だからね。いちいち考えてたらできゃしない。
オーラ:ゴミみたいな思いだって大切なかけがえのない思いよ。その思いがどんどん広がって新しい世界へ飛んでいくって、それに比べたら。
森番 :ははーん。君はコミュニケーションのことを言ってるんだ。
オーラ:そうよ。
森番 :いいじゃないか。コミュニケーションなんて。
オーラ:え。
森番 :どうせ世界は自分一人なんだ。いろんな人の思いといちいちつきあっててごらん。とってもたまらないよ。自分の中身がどんどん削られてしまう。
 
        糸電話の鳴る音。。
 
森番 :ほらまた地獄耳から来た。あんなくだらない思いといちいちつきあうなんて、お人好しとしかいえないね。
オーラ:あなた、なんだかとても悲しい人ね。
森番 :悲しい?とんでもない。僕は悲しくなんかありません。
 
        糸電話の鳴る音。
 
森番 :もちろん、楽しくなんかない。うれしくなんかない。何もない。
オーラ:なにも。
森番 :そう。僕みたいにさ、世界の者の思いのゴミとつきあってるとさ、なんにも感じなくなるんだよ。それより早く処理しなくっちゃということ    しか考えない。だって、そうしなければ僕は思いと言葉に埋もれてしまうだろう。だからっ!
配達人:オーラ、逃げよ。
オーラ:ええ。
森番 :せっかく来た思いじゃないか。僕の思い思いの迷いの森を抜け出せるとおもってか!
 
        ばっと、合図。五十音図たちに囲まれる二人。やばそうな雰囲気。
 
配達人:すっかり囲まれたね。
オーラ:なに、これ。
配達人:見たらわかるだろ。言葉狩りだよ。
オーラ:は?
配達人:気をつけないと。
オーラ:え?
配達人:意味がなくなるんだ。
オーラ:え?
配達人:みてて。「ことばのもり」
 
        手旗がばっばっと振られ消える。「ことばのもり」が消えた。
 
配達人:さっきの言葉言ってみて。
オーラ:かんたんだよ。えっと・・・えっ?!そんな・・。
 
ことばがでてこない。ただの音になる。
 
配達人:使われた言葉は消えて行くんだ。
オーラ:うそ!
 
「う」、と、「そ」が消えた。
 
配達人:ほら。
オーラ:きえたらどうなるの!
 
「きえたらどうなる」が消えた。
 
オーラ:げっ。
 
「げっ」が消えた。
 
配達人:もういちど、しゃべってごらん。
オーラ:き・え・た・ら・ど・う・な・る・の・・なにこれ!
 
「なにこれ」が消えた。
 
配達人:ただの音だよ。言葉は死ぬんだ。壊れてしまう。
オーラ:そんな!
 
「そんな」が消える。
配達人:静かに。こっそり、でなきゃ。
オーラ:わかった。
 
逃げだそうとする二人。迫る五十音図。「あいた!」とか「しずかに」とか言うたびに消えていく。
そうして・・残る手旗はわずかに五つ。ひそひそ声。
オーラ:ねえ、まだぬけられない。
配達人:うん。
オーラ:何が残ってる。
配達人:「わたし」と「ぼく」
くすっと笑う。
 
オーラ:いかにもね。
配達人:まあね。
オーラ:でも、どうして私しゃべってられるんだろ。
配達人:しゃべっちゃいない。
オーラ:え、でも。
配達人:テレパシーだよ。残ってる言葉はあの二つ。
オーラ:ふうん。
配達人:あの二つだけでも抱えて逃げよう。
オーラ:どうして。
配達人:ばか。自分が消えてもいいのかい。
オーラ:きえるの?
配達人:意味がなくなりゃなんだっておしまいだろ。
オーラ:大変だ。
 
オーラと配達人はすばやく二つの言葉を奪う。追いかけようとする五十音図たち。
 
オーラ:(無声音的な発声で)だるまさんが転んだ!
 
ストップする五十音図たち。
 
配達人:いいぞ!
 
又動く、五十音図。
 
オーラ:だるまさんが転んだ!
 
ストップする五十音図。
 
配達人:その調子!あっ。
 
と、転ぶ配達人。
 
オーラ:あぶない。
配達人:かまわず逃げろ!
 
襲いかかる五十音図
 
オーラ:だるまさんが転んだ!
 
寸前で止まる。
 
配達人:いいからにげろ!
オーラ:だるまさんが転んだ!だるまさんが転んだ!だるまさんが転んだ!・・・
 
必死で言い募るオーラ。森番の言葉が響く。
 
森番 :僕は悲しくない。うれしくもないし楽しくもない、怖くもないし、
 
        だんだん暗くなる。糸電話の音が鳴る。手旗たちの分列行進が始まる。ばっばっと振られて。やがてすべてが消えていく。
 
Xメビウスの部屋
 
        トトトツツーというモールス信号の音。嘘みたいに大きなモールス信号機。糸電話が何本かある。郵便局みたいな雰囲気。
鮮やかな赤い郵便ポストがある。糸電話が鳴っている。メモ帳かかえた女の子が駆け込む。
 
クライン:あーはいはい。はい。そうです。いません。ええ。ここずーっと、90年。え、冗談違います。はい。伝えときます。はい。
 
        と、置いて。
 
クライン:博士が帰ったらね。
 
        と、捨てぜりふして、メモ帳チェックしながら去りかかる。
 
クライン:あー、全く忙しい。このクソ忙しいときにもうメビウス博士は何やってんだろ。
 
        糸電話が鳴る。また、あわてて引き返し。
 
クライン:はいはい。えっ、また一人くるの。わかった、準備しとく。
 
        と、おいたところへ。
 
エダ :まだかい。みんな。
クライン:あ、もういいんですか。
エダ :うん。大丈夫。今の電話。
クライン:ええ。配達人さんから。もうすぐ着くって。
エダ :誰と。
クライン:えーと。
 
        と、いったところへ。ノイズ。転がり込む配達人とオーラ。
 
オーラ:いったー。
配達人:おーっ。
 
        と、うなる二人。
 
クライン:これさえなきゃ缶蹴りもらくなんですけどね。
 
        と、去ろうとする。
 
配達人:クライン、お茶。ダージリンの熱いの。
クライン:はいはい。構えてますよ。
 
        と、去る。
 
エダ :大丈夫ですか。
 
        と、引っ張り上げる。
 
オーラ:あーあ、打ち身だらけよ。
配達人:無事なだけましだよ。
オーラ:そんなこといったって。
配達人:みんなは。
エダ :誰も。僕だけです。カヲルともはぐれました。
配達人:そう。
 
        と、ポストの所へいって。
 
配達人:来てないね。
オーラ:手紙?
配達人:そっ。メビウス博士の。ひょっとしたらこちらへと思ったんだけど。やっぱりだめか。
エダ :他の人はどうなったんです。
配達人:たぶん黒の女王の所だね。
エダ :やっぱり。
配達人:クラインから聞いたの。
エダ :はい。
オーラ:みんなも。
配達人:そう。どうやら黒の女王の所へ行くしかないね。
オーラ:どうやって。
クライン:その前にお茶でもどうぞ。クッキーもありますよ。
配達人:お、気が利くね。
クライン:まあね。
 
        皆何となく和んでお茶をすする。
 
オーラ:ここどこですか。
クライン:郵便局よ。
オーラ:え、でもメビウスの部屋って。
配達人:そう。郵政省じゃなくて思いの郵便局メビウス支店なんちゃって。
オーラ:はあ。
クライン:事故便になってしまった思いの手紙を正しい宛先へ届ける仕事をしている訳ね。
オーラ:はあ。
配達人:まったく忙しいだけで。かせぎにならない。
クライン:ほんと。
オーラ:あなたは。
クライン:留守番役よ。クライン。よろしくオーラさん。
オーラ:私の名前知ってるんですか。
クライン:もちろん。大事な手紙ですもの。
オーラ:ああ、私その手紙で聞きたかったことあるんです。なんで、あの人たち手紙を取ったんでしょう。
エダ :そうそう。僕も聞こうと思ってた。なんで僕らの思いを盗もうとしてるんです。
配達人:クライン、話してなかったのか。
クライン:あら、そっちが話してたんじゃないんですか。
二人 :忙しすぎてね。
 
        配達人肩をすくめて説明し始める。
 
配達人:ちょうどいいときだ。ちょっと長くなるけど話してみよう。手紙について。
 
        一同真剣に聞く。
 
配達人:こんな事考えたことはないだろうか。ぼくらは何気なく手紙を書く。そうして、ポストに入れる。僕の時間を封印して。この時間が誰かに届    くとき、僕の時間と誰かの時間が出会う。手紙は一種のタイムマシンだ。誰かは僕の時間を受け取りそうして、また、誰かの時間を手紙に封    印して、僕に送り返す。僕が受け取り、封を切った瞬間、僕は彼の時間と出会う。けれど、もし、もしだよ。その手紙がメビウスの帯に書か    れてしまっていたらどうなるのだろう。裏も表もない奇妙な平面に時間が流れる。二つの時間が交錯するはずなのに、実際に流れる時間は一    つだ。そうして、ある時、誰かがメビウスの帯をほどく。世界は表と裏に別れ、二つの時間が流れる。わかるかな。これは、一つのタイムマ    シンなんだよ。メビウスの帯に書かれた言葉は、結ぶと時間の中を自由に移動し、ほどくと、ある時間に落ち着く。メビウスが書いた手紙の    ように。もっとも、書かれた後にしかいけない、一方通行のタイムマシンなんだけれどね。
エダ :ブラックメビウスは。
配達人:彼らは手紙に書かれた思いを盗んでしまうんだ。
エダ :なぜ盗むんですか。
配達人:「思い」をメビウス化させて有りとあらゆる所からその人の「人生」を盗み、我がものにする。近頃は、手紙だけじゃない電話やあるいは直接人の思い自身から「人生」をかっぱらってしまう。エスカレートしてるねえ。
オーラ:でも、盗んでどうするんです。人の人生でしょう。自分のじゃないのに。
エダ :ああ、それは僕も思った。意味のないことをするはずがないのに、意味のないことをしている。人の人生なんて借り物なのに。
配達人:いきる意味をかっぱらうんだ。
エダ :僕たちのように?でも何のために。
配達人:黒の女王に聞いてみようか。
クライン:行くんですか。
配達人:ああ、モールス鳴らないんだろう。
クライン:はい、一度も。
配達人:じゃ、仕方がない。
オーラ:どうして。
配達人:メビウス博士の連絡待ってるんだけど。
オーラ:え、ここへ。
クライン:そう。あれでね。当時は最新式だったはずだから。
エダ :連絡無し?
クライン:全然。
配達人:彼に聞けばわかるけどね。仕方ない、直接聞くしかないでしょう。
オーラ:だって、いけないんじゃないですか黒の女王の所へは。
配達人:非常手段があるにはあるんだ。
エダ :さすが。
配達人:いやいや。
クライン:あれつかうんですか。
配達人:しょうがねえだろ。非常事態なんだから。
クライン:やれやれ。
オーラ:何。
配達人:持ってきて。
クライン:はいはい。
 
        と、去る。
 
配達人:街の地下にいるっていったろ。
オーラ:ええ。
配達人:地下には何があるって思う。
オーラ:地下ねえ。
エダ :まさか。下水?
配達人:ピンポーン。
オーラ:えーっ、行くんですか。
配達人:行くんです。
クライン:はい持ってきました。
エダ :こいつは。
配達人:そう。フラフープ。
 
        エダ、フラフープを少し回して。
 
エダ :こんなんで地下?
配達人:そう。置いて。
 
        地面に置いて、缶を置く。
 
配達人:やりましょう。
オーラ:なんだかインチキ臭いわ。
配達人:そう、インチキなんですよ。ブラックメビウスなんて。
オーラ:え?
配達人:しょせん真実の裏側ですからね。さあ、オーラ蹴って。
オーラ:私が。
配達人:そう。
オーラ:わかった。
 
        おまじない。
 
オーラ:メビウスリンク!
 
        ノイズ。一同消える。
 
クライン:やれやれ。・・におうわね。
 
        と、フラフープを摘んで去る。
 
[黒の女王
「街」の動脈。地下水路。「街」の人々の色々な想いが流れ込んでくる。だが様子は食堂だ。黒の女王がよたよたと入ってきた。
        おなかが膨れ上がったカエルかあるいは出産間近の妊婦のような感じ。ふーっと、ため息をついて座る。
        タツオ・ケン・サチコ・カヲルがかいがいしく給仕をする。喜怒哀楽を無くした機械的でぎくしゃくした動作。豪華な食事のようだ。
        食卓の上に豪華な花のように飾られてひっそりと輝いているものがある。「メビウスの手紙」だ。
        食事を始めようとするところへまたまたなだれ込む一同。
 
女王 :誰じゃ!行儀の悪い。
エダ :いたい!
配達人:おすなって。
オーラ:こればっかり。
女王 :おや、配達人じゃないか。
配達人:お久しぶりです。
エダ :あっ、カヲル!サチコ!あ、タツオとケンも。貴様!なにした!
女王 :何も。
エダ :うそをつけ。
 
        配達人、とどめて。
 
配達人:黒の女王様。
女王 :何かな。
配達人:返していただけませんか。盗んだ手紙と、彼らの思いを。
女王 :今更何を。
配達人:今更といわれても、盗んだのはそちらでしょう。
女王 :盗んだ盗んだと。人聞きの悪い。このものたちがいらぬというからもらったまで。
エダ :盗人猛々しいぜ。女王さん。
女王 :口の効き方を知らぬものがおるな。
エダ :だってそうだろ。こいつじゃまるでロボットじゃないか。元のカヲルたちに戻せよ。
女王 :おやおや。するとあの街の廃墟でしゃべっていたことは嘘だというのか。
エダ :何だって。
女王 :このものたちは、人生に疲れて何も考えたくなくなっていたんのではないのか。
エダ :劇場での話を?
女王 :ここは街の思いがすべて流れ込んでくる下水じゃ。汚い思い、疲れた思い、いやな思い、もろもろの悪しき思いが流れ込んでくる。我らはそ    れをすべて飲み込んでおる。街が捨てた思いの墓場よ。どこにいようと、すべて筒抜けじゃ。
 
        ワインを注ぐタツオ。
 
女王 :あのものたちも捨てるものが多かったでのう。
エダ :そんなことあるものか。
女王 :なら聞くが。あのとき希望はあったか。
エダ :あったとも。
女王 :どこに。
エダ :どこにたって・・。
女王 :喜びは。
エダ :あるさ。
女王 :仕事にか。
エダ :それは。
女王 :仕事に喜びを持っていたか。誇りを持っていたか。ええ。
エダ :くそっ。
 
        女王鮮烈に笑う。
        サチコが何かの皿を運んでくる。
 
女王 :愚か者が。己の心も忘れたか。思っておったであろう。前途に希望もなく、仕事もろくなものが来ず、己の才能に失望し、喜びもなく、楽し    みもなく、悲しみと、失意と劣等感と挫折感に苦しめられていただけではないか。
エダ :そんなことは・・・
女王 :私はそれを軽くしてやったにすぎぬ。お前もどうかな。え、気が楽になるぞ。何も考えずにすむからな。
 
        カヲルの合図する。
        カヲル何かを持ってくる。
 
女王 :どうだ。お前に何かあるか。
エダ :それは。
女王 :さあ、このものたちと一緒になれ。
エダ :やかましい!
女王 :おやおや。
エダ :つべこべ抜かすな。いい加減なこといって。ああ、たしかにそんなとこだよ。売れない芸人だよ。才能のない役者だよ。動けなくなった道化    だよ。悪かったなあ。かなしくって涙も出ないよ。
 
        女王笑う。
 
女王 :ならば、ちょうどいいではないか。
オーラ:かわいそうな人。
 
        意表をつかれる女王。
 
女王 :何といった。
オーラ:かわいそうな人といったのよ。
女王 :なぜか。
オーラ:こんな仕事いやでいやでたまらない顔をしているわ。
女王 :ほっ。わかったような。
オーラ:自分の仕事に誇りを持ってない。
女王 :何。
オーラ:だって、顔輝いてないもの。
 
        暗い女王。
 
女王 :こんなしごとが好きなものがいるのか。汚れ仕事だ。街のものたちの疲れや、苦しみ、悲しみや、苦しみそんなものなぞいくら集めても何の    役にも立たぬ。だが、集めねば街は腐ってしまう。街が輝くためには元気で幸せで、生き生きせねばなるまい。私は街の血管だ。街にあふれ    てこぼれる思いを集めてくる血管さ。
オーラ:でもあなたは生き生きしていない。疲れてる。
女王 :仕事が多すぎるんだよお嬢ちゃん。この人間たちの汚らしい、いやな思いはあまりに膨大での、最初は手仕事穴掘りから始めたけれど間に合    わない。選別している暇もない。ただだ捨てまくるだけなのさ。今じゃ体の中のブラックホールを利用してるわ。銀河の奥の石炭袋につなが    るね。食べて食べて食べまくる。おかげでぶくぶくになってしまった。
 
        ぽんぽんとおなかをたたく。
 
オーラ:それはあなたが悪いのよ。
女王 :私が悪い?とんでもない、円と時間に追いまくられるクソ忌々しい人間たちのせいだわよ。
エダ :でもその人間の思いを盗み人生の意味を盗んでる。
女王 :人生の意味?
 
        鼻で笑う。
 
女王 :そもそも意味なんて持ってるのかねえ。自業自得といってもらいましょう。
エダ :自業自得かもしれないが、そこにあるのは「メビウスの手紙」だろ。
女王 :ああ、これは久しぶりにおいしい思いだからね。後でデザートとして食べようと思って。
オーラ:返してください。
女王 :だめだね。
オーラ:なぜですか。
 
        女王合図をする。
        ケンが近づいて皿を下げる。
        女王ナプキンで口を拭いて。
 
女王 :おいしい思いを捨てるほどお人好しじゃないよ。
オーラ:なんでそんなに怒ってるんですか。
女王 :怒る?
オーラ:ええ、怒ってる。何か知らないけれど、いらいらして怒ってる。
女王 :私が?なぜ怒らなければならぬ?
オーラ:でも。
エダ :おーら、違うよ。
オーラ:え。
エダ :それは、うらやましがってるだけだ。
女王 :面白いことをいうな。
エダ :たしかに怒っているかもしれない。けどそれは楽しみや喜びから疎外された暗い「怒り」だ。
女王 :ほほう。
エダ :あんたは本当はすべての思いをそのおなかの中に蓄えている。街の犠牲になったかわいそうな人だ。
女王 :何をいうか。下らぬことを。哀れんでほしくなんかない。私はこれで十分だ。
エダ :図星刺されるとほんとに怒るんだよ。
女王 :何を馬鹿な。
エダ :そんな「怒り」は怒りじゃない。それは単なる恨みやつらみねたみだ。ほんとうはいきる意味を欲しいんだ。それが証拠に手紙をそんなにも    大事にしている。
女王 :それは。
エダ :喜びじゃなくても楽しさじゃなくても、たとえば悲しさだけでもいきる意味はある。怒りだっていきる意味はある。でも、あんたの怒りは意味がない。
女王 :どうしてだ。(認めたことに気づかない)
エダ :嫉妬やねたみで怒りをみんなへ向けても自分がよけい辛く苦しくなるだけだ。そうじゃないか、今のあんたは。
 
        女王悔しそう。
 
エダ :同じ怒りならみんなにつながる怒りをもったほうがいい。
女王 :ずいぶんと気の利いた風な説教をするでないか。
エダ :説教じゃないよ。同病相哀れんでいるだけさ。
女王 :お前と私が?ハッ。笑止な。
エダ :笑止なもんか。同じだよ。
女王 :どこが。
エダ :おれ、怒ってんだもの。
女王 :怒ってる?
エダ :ああ、めちゃくちゃ腹立ってる。なぜ世間は俺を認めない。なぜうれない、何よりなぜ俺は才能がないんだって。
女王 :何を言い出すかと思えばこれは・・。(と、笑う)
エダ :俺は自分が認められないのは悲しい。つらいことだ。それだけじゃない。怒ってる。人生には「怒り」が必要だ。「怒り」がない人間はただ    の奴隷だ。怒らないやつは人間じゃない。
女王 :ならいいではないか。
エダ :いや良くないね。それはあんたと同じねたみや恨み辛み。もっといやあ、人がうまくいってるのがうらやましくてたまらないだけだったんだ。    それは、一番卑しいことじゃないか。俺は怒っている。猛烈に。けど、今怒っているのは自分自身にだ。中途半端な努力であきらめて、すご    すごしっぽ巻いて逃げようとした自分自身にだよ。俺は「エンターテインメント」をやるために努力したはずだ。でも、そいつで一番大事な    みんなと「つながる」ことをせず、みんなに背を向けて、俺だけが正しい、俺だけが存している、俺だけがなぜ認められない。・・ああ、ほ    んとにガキみたいにただこねてただけだった。俺の怒りは俺に向いてる。「エンターテインメント」は「人につながるため」にあることをわ    からなかった俺自身に。
 
        熱弁に一瞬の沈黙。
 
エダ :だから、あんたも間違っている。
 
        少しの間。
        笑い出す女王。だがその笑いは痛々しいようでもある。
 
女王 :何を言い出すかと思えば空々しい演説を。手紙は私のおいしいデザート。渡すつもりはない。ものども。小奴らを下水の水に流しておしまい。
 
        タツオたちがゾンビのように襲いかかる。
 
配達人:むなしい演説でしたね。
エダ :やかまし。なんとかしろ。
配達人:といっても。
 
        と、かばんをごそごそ。
 
オーラ:早くして。
 
        と、ケンに捕まえられる。
 
エダ :おい。はやくっ!
配達人:ちょっと待ってください。
 
        と、見る間に三人押さえられ、のしかかられる。
 
エダ :ふぎゆー。
オーラ:いたーい。
 
        女王の高笑い。ようやく何か取り出した配達人。下敷きになりながら。
 
配達人:必殺!メビウス返し!とうーっ!
 
        なんと、時間が逆回転。うにゃうにゃいいながら襲いかかる前までみな戻ってしまう。
 
エダ・オーラ:おーっ。
配達人:続いて、メビウスロッド!!
 
        なんと、タツオたちだけ、うにゃうにやうにゃうにゃいいながらころころころころ重なって、団子状になってオーラたちの前にひっ        くり返る。ついでに「メビウスの手紙」をしっかり取ってくる。ひっくり返る前にオーラに渡す。
 
エダ・オーラ:おーっ。
 
        と、拍手。すかさず、ぱんぱんと彼らの頬をはたく配達人。目を覚ますタツオたち。
 
タツオ:あれ。
サチコ:あれ。
カヲル:みんなどうしたの。
ケン :あたまいてーっ。
エダ :実はかくかくしかじか。
タツオたち:ふんふんなるほど。
カヲル:そうか。くそっ。
タツオ:なめやがって。
 
        と、逆にかかろうとする。
 
オーラ:待って、この手紙さえあれば。
配達人:そう、長居は無用ですよ。
 
        女王、ぱっと飛びしざる。
 
女王 :おのれ返すか。秘技、ウルトラ糸電話!全員集合!!
 
        一斉に鳴り出す電話のベル。ばっと飛び出る。地獄耳と通信士。目が見えてると違うか。
 
地獄耳:地獄耳参上。
 
        つづいて、わさわさと出てくる。
 
アイ :司会者アイ!呼んだ!?
王  :糸電話の王。また会いましたねえ。
紅子 :同じく紅子。
葵  :葵もいるわよ。
森番 :森番だよー。みんなそろって。
全員 :ブラックメビウス参上。
 
        と、全員ポーズ。
 
タツオ:おいおい、これって戦隊ものか。
サチコ:オールスターキャストね。
カヲル:なんだかフィナーレも近いって感じ。
ケン :そちらがブラックなら。こちらは。
全員 :ホワイトメビウスだ。
 
        これまた全員ポーズ。
 
配達人:安直ですね。
タツオ:いいのいいの。本も安直だから。
エダ :さあ、どうする。
女王 :どうするもこうするもない。おとなしく思いを捨てて私のものになれ。
エダ :そうはいかない。いっただろ。そんなことしたら自分たちが死んでしまう。いいや街が死んでしまう。
女王 :ばかな。我々は街を助けるためにしているのだ。
エダ :心臓が死んでもか。
女王 :心臓とな。
エダ :あんたが街の地下をはう血管ならその流れる思いをあふれさせるもとになる心臓があるはずだ。
女王 :ギクっ。
エダ :やっぱり。
カヲル:なにが。
エダ :街の中心だよ。
女王 :(あわてて)逃がすな。
アイ :楽しみは私のもの。
地獄耳:悲しみは俺のもの。
王  :思い思いの迷いの心は我々のもの。
森番 :すべてまとめて処分をしてやろう。
全員 :さあ!
女王 :みんなまとめて銀河の暗黒へお行き。石炭袋へ!!
 
        音楽。迫るブラックメビウス。対抗するホワイトメビウス。これはまさしくメビウス戦記か。格闘が始まった。
 
カヲル:どうするの。
配達人:行きましょう。
サチコ:どこへ。
エダ :心臓だ。
ケン :それってどこ。
配達人:みんな知ってるところですよ!
紅子と葵:はっ!はっ!
 
        はずして交わす。一段と格闘。
 
エダ :エンターテインメントだよ。
サチコ:どういう意味。
エダ :あふれる思いさ。
カヲル:何それ。
エダ :楽しさ。悲しさ。喜び。
ケン :それって。
森番 :チョーッ。
 
        と、手旗でなぐり込み。
 
エダ :も一つおまけに怒り!
 
        すっ飛ぶ森番。
 
エダ :あらゆる思いが渦巻くところ。
オーラ:わかった!
全員 :劇場だ!
女王 :おのれーっ。
エダ :俺たちの場所だ。
女王 :ゆかさぬ!
 
        うちかかる女王だが、エダに捕まる。
 
エダ :楽しむためじゃない。喜ぶためじゃない。怒るためじゃない。悲しむためじゃない。すべては「みんな」とつながるためだ。
 
        ぽーんと女王を突き飛ばす。
 
女王 :こざかしいことを。もはや劇場など無いぞ。
オーラ:これを持っていけば。
 
        と、手紙をかざす。うっと、目を背ける女王。
 
オーラ:これならカンフル剤ぐらいにはなるでしょう。
サチコ:動き出すかもしれないわ。
カヲル:いきましょう。
配達人:さあ、みんな、手をつないで。
女王 :まて、みんな待て。
エダ :ばいばい。女王さん。あんたは一生人をうらやんで生きていけばいいさ。
女王 :街を壊す気か。
エダ :違うね。街を生きかえらすんだよ。
配達人:行きますよ。くるっとまとめてメビウスリンク!
全員 :メビウスリンク!!GO!!
 
        ブラックメビウス殺到するが、缶はぽーんと蹴られる。爆発。女王の悲鳴。光あふれる。モールス信号が乱れ飛ぶ。
        有りとあらゆるメッセージが届き出す。ゆっくりと場面が転換して。
 
]フィナーレ
 
        槌音の響き。大工の音。どどっと転がり込むオーラたち。こんどは悲鳴などはない。
        忙しくたち働いている、人々。あっちへ移動したりこっちへ運んだり。劇場が再建されるんだって。なんかみんなさあ気が変わった        んだよな。とかいう話し声。オーラたちは呆然としている。
        現場監督は黒の女王ににているし、設計主任や舞台業者の人もどこか誰かににていた。
        やがて、サイレンが入って。はい、仕事終了。引き上しなに。
 
オーラ:どこかで会ったことありません。
地獄耳:さあ、いつかどこかであったかもしれませんね。声のきれいなお嬢さん。
 
        とにやりと笑って去る。はっとするオーラ。オーラは手紙を握りしめる。
 
配達人:劇場ですね。
カヲル:再建だって。
エダ :街の心臓だ。
配達人:いろんな思いをみんなに運ぶポンプですよ。
ケン :いいなあ、やっぱり劇場は。
サチコ:もう一回やってみようかな。
エダ :有名になるために?
タツオ:違うな。
カヲル:へー。じゃ何よ。
タツオ:エダが言ったようにつながるためだと思う。
カヲル:ちょっときざじゃない。
タツオ:ああ。でもそうだろ。お客さんはさ、元気になりたって。幸せになりたくってここにくる。自分たちはそのタネを
ケン :じゃ俺らは。
エダ :幸せのタネだね。
サチコ:幸せを播く?
カヲル:花売り娘って所ね。
タツオ:みんなにエネルギーをもらい、みんなにエネルギーを与え、みんなとつながり、「人生」をつくる。・・おう、我ながらかっこいい。
ケン :意味不明だけど。
タツオ:やかましい。
配達人:でも、「街」を生き生きとすることには違いありません。みんなの思いで。
エダ :僕らの思いで・・。
 
        会話の合間に手紙を見るオーラ。呆然とする。
 
サチコ:あ、オーラ。その手紙何書いてあったの。
オーラ:それが・・。
タツオ:そもそも。それから始まったんだ。
カヲル:で、なんと。
オーラ:風立ちぬ。
カヲル:へ?
オーラ:風立ちぬ。いざ生きめやも。
カヲル:なにそれ。それだけ。
オーラ:はい。後は何も。
 
        一同、目が点。間。
 
エダ :風立ちぬ。いざいきめやも。
サチコ:風が吹いてきた。さあがんばって生きていきましょうぐらいのところね。
タツオ:これがメビウスの手紙?まさか。
カヲル:いやいやお宝なんてそんなものよ。期待した私たちが馬鹿みたい。
ケン :ほんとほんと。
エダ :いや、でもいいよ。
ケン :何が。
エダ :これってなんかいいじゃない。風立ちぬ。いざ生きめやも。
サチコ:そういえばちょっと元気がててきそう。
エダ :こうなんかさっそうと。
カヲル:そういえばそうね。
タツオ:風立ちぬ。
ケン :いざいきめやも。
カヲル:風立ちぬ。
サチコ:いざいきめやも。
 
        全員で。
 
全員 :風立ちぬ。いざ生きめやも。
カヲル:なんだかみんなの思いが立ち上がっていくわ。
全員 :風立ちぬ。いざ生きめやも。
タツオ:ああ、おれやっぱりもう一度役者やってみる。
全員 :風立ちぬ。いざ生きめやも。
サチコ:私、制作絶対やる。やるまでやめない。
全員 :風立ちぬ。いざ生きめやも。
エダ :おれ、ちゃんとリハビリする。ばりばりに動けるようにする。
全員 :風立ちぬ。いざ生きめやも。
ケン :おれも、コントもっともつと勉強する。
全員 :風立ちぬ。いざ生きめやも。
カヲル:結婚やめよかな。もう少しがんばってみてもおもしろそう。あんたともやり直したいしね。
全員 :風立ちぬ。いざ生きめやも。
オーラ:メビウス博士聞いてますか。いつかどこかで聞いてますか。みんなの思い届いてますか。
 
        モールス信号が聞こえてくる。
 
オーラ:聞こえているんですね。いつかどこかへ。メビウスの手紙に乗ってみんなの思いが。
 
        モールス信号。
 
オーラ:私、がんばります。みんなに私の思い届くまでやってみます。あしたもう一度オーディション受けに行きます。手紙ありがとうございました。
配達人:では、今度は本当に僕らの思いをみんなに配達に行こう。
オーラ:はい。
配達人:では。
オーラ:風立ちぬ。いざいきめやも。
全員 :風立ちぬ。いざいきめやも!!
 
        ありとあらゆる交信が全面的に回復し、様々な思いが交錯する。それとともにフィナーレのダンスへ。
        踊りながら、順番に礼をして退場していく。後にはモールス信号とLETTER、LETTERの声が響き続ける。                                                              【 幕 】

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