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「いつか空飛ぶクジラとなって」  

             作:結城 翼 
 
★登場人物
 
シンスケ・・
最後の猫・・
のんのん猫・・
 
 
 
#1プロローグ 沈黙の海
 
暗闇の中で遠い潮騒の音。
シャーッというノイズが混じる。
モールス信号のS.O.Sが交錯した。
モールス信号と潮騒が交錯する中からどこからともなく息づかいのようなメッセージが聞こえて来る。
 
声  :全ての人々へ。これがわれわれの最後の叫びだ。今後は永遠に沈黙する。全ての人々へ。これがわれわれの最後の叫びだ。今後は永遠に    沈黙する。
シャーッとノイズがかかってすべてはぷつっと消える。
ぼんやりと明るくなる。
再び遠い潮騒の音が聞こえている。
黄昏の海辺。
舞台上手やや奥に不思議なことに梯子が降りてきている。
        シンスケが梯子を降りてきた。そうしてその前でシンスケが座って、何かを聞いている。
下手奥には海辺にありそうな、ちょっと傾いたいかにもぼろい自動販売機。
下手前の方には、白い金網のこれ又どこかにあるようなゴミ箱。
 
シンスケ:海から不意にその声がやってきたとき、僕は世界を滅ぼす準備に忙しかった。トトト・ツーツーツー・トトト。SOS。だれも使わな    くなったモールス信号だ。もう、だれもその時代遅れの声を聞くことはなく、だれも発することはない。でも、その声は辛抱強く呼びか    け続けていた。トトト・ツーツーツー・トトト。世界で最後のモールス信号はいつまでも世界を駆けめぐる。トトト・ツーツーツー・ト    トト。トトト・ツーツーツー・トトト・・・。誰も聞いていないその声の孤独さに、僕はたまらなくいとおしくなり、こういった。僕が    聞いてるよ。すると、海からの声は満足したように呼びかけるのをやめ、ひっそりと静かになった。こうして、確かに1999年7の月。    世界はモールス信号とともに滅びてしまった。
 
シャーっという軽いノイズ。
 
シンスケ:世界は本当に静かだ。海からの声はもう聞こえない。
 
潮騒の音が少し大きくなって。
シャーっと言う音が少しした。
 
#2最後の猫    
 
最後の猫:と、思うのがど素人のあさはか四谷六本木よさ。
 
と、びくっとした。
 
シンスケ:なんだ、最後の猫か。
最後の猫:何だとは、気のない挨拶だねえ。
シンスケ:だって、そんな気ないもの。
最後の猫:そんな気があったらちょっと嫌だな。
シンスケ:ちょっと?
最後の猫:うーん。かなり。
シンスケ:ほらみろ。
最後の猫:けほん。(と、空咳をして)どうだい。くたびれた少年。
シンスケ:シンスケ。
最後の猫:どうだい、くたびれた少年のシンスケ。
シンスケ:くたびれたはよけい。
最後の猫:おいらの主観だ。ほっとけ。
シンスケ:僕の主観じゃ元気バリバリだ。
最後の猫:それで?げっそりしてて、どんよりしてて、目はうつろで、足はなよなよ、手はへろへろ、顔はほにゃらら、耳は福耳だろ。
シンスケ:なにそれ。
最後の猫:いや、どんよりどよどよしてるなっていってるわけよ。くたびれた少年のシンスケ。
シンスケ:わるかったな。筋肉もりもりの、幸せいっぱい脳天気のマッチョ猫。
 
もちろん、最後の猫はごく普通の猫である。
 
最後の猫:どうした、どうしたそんなに不機嫌で。ええ、くたびれた少年のシンスケ。
 
と、もちろん、からかっている。
 
シンスケ:だから、そんな言い方やめろって入ってるだろ!
最後の猫:OKOK。それでいいんだ。その元気がなくっちゃ。なに、世界が滅ぼうがどうしようが、おもしろいものはいくらでもあるっちゃ。    人生まだまだすてたもんじゃないっちや。なあ、シンスケ。
シンスケ:いつも元気でいいね。
最後の猫:ったりめえっちゃ。元気なくなったらおいらのひげもしおしおさ。生きてるかいが無くなるってもんだっちゃ。
シンスケ:ちゃっちゃか、ちゃっちゃかいうのやめろよ。
最後の猫:わるいっちゃ。なんだか最近、くせになったっちゃ。・・あ、やめる。やめる。やめるっちゃ。ちゃ、ちゃ、茶はいかが。
シンスケ:あほ!
最後の猫:あ。ちゃっちゃとなー、ちゃっちゃとなー。ちゃっちゃとちゃっとちゃっちゃとなー。
 
と、踊り出してしまう最後の猫。収拾がつかなくなったようだ。
あきれるシンスケ。
 
シンスケ:お前、切れてるで。
最後の猫:そうなんや。切れてるんや。俺、最近、朝トイレ行くの難儀で難儀で。いとうてたまらん。
シンスケ:僕下ネタ嫌いや。それで落ち目になった芸人、なんぼかておるで。
最後の猫:おれ、芸人ちゃうからええんや。あ、ちゃっちゃとなー。ちゃっとちゃとなー。
 
と、踊ろうとするが。シンスケの怒りが激しそうなので。
 
最後の猫:と、そいつはおいといて。
シンスケ:はっ?
最後の猫:いやー、口は調法、災いの元やわ。寒いギャグかましとる場合じゃないわ。堪忍堪忍。
 
シンスケ、むっとして、自動販売機の方へ行く。
少しの間。
横目で見るように。
 
最後の猫:なー。みたかー。みなんだかー。
シンスケ:なにを。
最後の猫:空飛ぶ鯨や。
シンスケ:あほ。見るわけないわ。
最後の猫:そーかー。まあ、ちゃっちゃと来てしもうたからなあ。
シンスケ:何が。
最後の猫:あ、いや、こっちゃのことや。
シンスケ:お前なあ。
最後の猫:何。
シンスケ:いったい何弁しゃべってんねん。
最後の猫:何弁?うーん。
 
と、考え込む。
 
シンスケ:かんがえこまんでもええ。あほ。
最後の猫:うち、ようわからん。
シンスケ:あほ。
最後の猫:あほあほいうと、あほがうつるやないか。
シンスケ:だれの。
最後の猫:お前のにきまっとろうが。
シンスケ:あほ。
最後の猫:あーっ。
 
最後の猫が、頭にびびっと来たようだ。
シンスケ、ちょっとびっくり。
 
最後の猫:あーっ。
シンスケ:どうした。
最後の猫:あほが移ってもうた。俺はもう死ぬ。
 
ばたっと、うつむきに倒れた。
 
シンスケ:おい。
 
と、つつく。
びくっともしない。
 
シンスケ:おい。・・最後の猫。
 
と、さらにつつくが動かない。ほんとに死んでしまったのかもしれない。
 
シンスケ:最後の猫。
 
と、こわごわひっくり替えしてみる。
 
シンスケ:うわっ。
 
ものすごい形相で死んでいる。
 
シンスケ:死んでる。・・あほが移ったんか。
 
少しの間。
シャーッという雑音。
急速に暗くなる。
 
#3のんのん猫
 
時計のねじを巻く音が聞こえる。
 
のんのん:よういっしゃこらーっと。
 
と、気合いの入った声が聞こえる。
溶明。
のんのん猫が自動販売機からパンを取り出している。
なんだか、マーマレードやハムなども入った小さいバスケットも出てきたようだ。
やがて一枚トーストにマーマレード付けてかじりながら。自動販売機のそばで一生懸命古時計のネジを巻きだす。
ねじはかなり大きなねじだ。
糸、捲き捲きとかいう鼻歌も聞こえそう。
一方、最後の猫の死体はそのままほっぽらかしにされている。
まだ、ものすごい形相で観客をにらみつけている。
シンスケは無情にも梯子のそばで考え込んでいる。
やがて、のんのんは気合いを入れ出す。ねじがなかなかまわらないようだ。
 
のんのん:うっしゃーっ。こらーっしょっと。
 
と、大汗流しながら、まいている。
 
のんのん:くっそ、おらーっ。あちょーっ。ちょんわ、ちょんわーっ。
 
と、はしたない声を出すが、まわらないらしい。
後ろ振り返り。
 
のんのん:少年!少年!
シンスケ:シンスケだよ。
のんのん:何でもいいから手伝えっ!!ってこらしょっと。おらーっ。早くーっ。
シンスケ:、はいはい。
 
と、のっそり立ち上がり、最後の猫を注意深くさけながら、そばに行く。
 
シンスケ:こう。
のんのん:ちがうっ。
シンスケ:じゃ、こう。
のんのん:ちがうって。
シンスケ:なら、こう。
のんのん:もうちょい。
 
いつの間にか、所を入れ替わり、シンスケだけがひいひい言って、ねじ回しているだけだ。
のんのんはマーマレード付けたトーストをかじりながらのんきに合いの手。
 
シンスケ:そしたら、こう。
のんのん:あ、どうした。
シンスケ:こーっっ?!
のんのん:どっこいしょっと。
シンスケ:ーっと、こらしょっと。
 
きりきりきりきりとどうやら巻けた様子。
 
のんのん:ご苦労。少年。
 
と、ぱんぱんと手をはたいてパンくずなんかを払う。
 
シンスケ:何、これ。
のんのん:時計。
シンスケ:わかってるよ。
のんのん:わかってたらきかないの。
シンスケ:だから、何に使うの。
のんのん:馬鹿か。お前。
シンスケ:へっ。
のんのん:時間を計るんだよ。それとも何、あんた時計でご飯たべんの。
シンスケ:そんなこといってんじゃないよ。
のんのん:いいや、言った。
シンスケ:言わない。
のんのん:言った。
シンスケ:ばかじゃないの。
のんのん:馬鹿はあんたよ。
シンスケ:僕は馬鹿じゃない。
のんのん:(笑って)バカバカ言うと馬鹿が移るわよ。
シンスケ:えっ。
と、腰が引ける。ちらっと、最後の猫を見た。
最後の猫は、まだ目をひんむいている。
 
のんのん:移してやろうか。
シンスケ:えっ。
のんのん:ウツルと、目ん玉から血ィ出て脳が腐るんだよ。
シンスケ:えっ。
 
と、また最後の猫を見る。
 
のんのん:ほら、ウツルよ。馬鹿が移ったーっ。
シンスケ:わーっ。
 
と、最後の猫のそばで転ぶ。
顔と、顔で見合う。
 
シンスケ:うわーっ。
のんのん:ほらおきなよ。いつまであそんでんの。
 
と、最後の猫をけっ飛ばす。
と、くるっと、回転して起きあがる最後の猫。
うわーっとほえてたシンスケは思わず再び。
 
シンスケ:はおっ。
最後の猫:あーあ、熱帯夜がこうつづくと体参っちゃうよなー。
 
と、大きくのびをする最後の猫。
 
のんのん:何してんのまったく。
最後の猫:寝てた。
 
シンスケに気づき。
最後の猫:なんだシンスケ。その顔は。
シンスケ:いや、あほが移って死んだんじゃないかと・・。
 
小さい間。
ほんとにあほじゃないかしらというのんのんのあきれ声。
 
最後の猫:ほー。そうすると何か。あほというのは空気伝染するんか。
シンスケ:いや、そういうわけでは・・。
最後の猫:しかも、すんぐ死ぬるんか。エボラよりすごいノー。
シンスケ:いや、だからてっきり・・
最後の猫:そうか、そうか。
シンスケ:息もしてなかったし。
最後の猫:鍛えたこのからだ。
 
と、ポーズ。
 
シンスケ:すごい形相だったし。
最後の猫:たぐいまれなる表現力。
シンスケ:ずーっと、そうだったから。
最後の猫:思いこんだら一直線鋼鉄の意志。
のんのん:やっぱりあほだよね。
 
最後の猫、あららとなって。
 
最後の猫:ほっとけのんのん猫。
のんのん:ご挨拶。
シンスケ:あーっ、びっくりした。 
のんのん:びっくりするほうがびっくりしちゃうわね。
最後の猫:びっくりするなら助けようとか何とかせんかい。薄情なやっちゃ。
シンスケ:でも、死体と思ったら気持ち悪いもの。
最後の猫:だれでも最後はああなるんじゃ。
シンスケ:こんなに目をひんむいた?
 
と、すごい形相。
 
最後の猫:甘い。こうじゃ。それでな。体が一度かちかちになってな。
シンスケ:こう。
最後の猫:もっとかたまらんかい。目えなんかこうくわーっと。
シンスケ:くわーっと。
最後の猫:それから、だんだんぐじゅぐじゅになってくんじゃ。くじゅぐじゅ。
 
と、ぐじゅぐじゅになる感じ。
 
シンスケ:ぐじゅぐじゅ。
最後の猫:どりょ、どりょっと腐ってくんじゃ。どりょどりょ。
シンスケ:どりょどりょ。
最後の猫:ぐちょぐちょ。
シンスケ:ぐちょぐちょ。
 
と、お互いえぐい状況におちいりつつある。
この間再び、もう一枚パンをかじりかけていたのんのんは、気持ち悪そうになる。
 
のんのん:やめーっ。
 
と、怒りの声。
 
最後の猫:何で止めるんや。
シンスケ:そうだよ。せっかく、いいところなのに。
のんのん:なにがじゃ。あほ。朝っぱらから気色悪い。う゛ぇーっ。う゛ぇーっ。
 
と、あげそうだ。
 
最後の猫:ふん。生命の尊厳について語ったところでお前にはせいぜい猫に小判じゃノー。
のんのん:尊厳とは大きく出たわね。
最後の猫:生命はすべて土に帰る。融けて流れてのーなって。それでおしまい。
のんのん:ほう、それでおしまい。尊厳どころか、威厳も何もない大言壮語ってところ。
最後の猫:時計のねじ巻くしか能がないお前さんにはわかるまい。
のんのん:ああら、まあいってくれちゃって。
シンスケ:そーだ。
 
と、大きな声で。
 
のんのん:なに。大きな声だして。
シンスケ:時計だよ。そもそも。何であんなところで巻いてるの。
のんのん:あら、まけって言ったでしょ。
シンスケ:だれが。
のんのん:シンスケに決まってるじゃない。
シンスケ:うそ。
のんのん:ほんと。
シンスケ:いつ。
のんのん:うーんと。いつかな。あ、滅びる前に。
シンスケ:何?
のんのん:世界が滅びる前。いつだって捲いておくもんだよ。時計のねじは。そういって、きっちり、一回半捲き終わり、にっこり笑ってこうい    ったじゃない。僕は、世界を滅ぼすのに忙しいから、これからは君が捲くんだよって。
 
何と、応対していいかわからないシンスケ。
        最後の猫とのんのん猫を見回す。
最後の猫はどうしようもないよというようなジェスチャー。
のんのん猫はゴミ箱に、パンのくずやらバスケットやら、それまで使っていたものをすべて放り込む。
 
シンスケ:あの・・でも。
 
パンパンと再びのんのんは手を払い。
 
のんのん:じゃ。巻いたらねじは戻るわけ。こんな風に。ギリギリ、ジーッ。ジーッ
 
と、動きがカクカクしてきて、ちょうどゼンマイ人形が動くような動きになり、やがて止まりそうになる。
じーっと、いうような、カッチカッチと時を刻むような音も聞こえる。
 
のんのん:ギリギリ、ジーッ。ジーッ。
 
やや、照明が落ち始める。
呆然と見ていたシンスケ。
 
シンスケ:のんのん猫!
 
#4逃亡する情景
 
のんのん、無表情な声で。やや、ゆっくりと。
刻むような音は聞こえている。
 
のんのん:だれでも巻いてるよ。
シンスケ:え?
のんのん:そして、だれにもは巻けない。
シンスケ:どういうこと。
のんのん:見覚えないん?この時計。
シンスケ:これに?
 
最後の猫、遠く苦い声で。
 
最後の猫:やめといた方がいい。
 
のんのん猫、無表情にころころとわらつて。
 
のんのん:嫉妬してる。
シンスケ:嫉妬。
のんのん:何でもないわ。ほら、あったじゃない。
シンスケ:どこに。
のんのん:いやだ。忘れちゃったの。夏が来るたび、遊びに行ったじゃない。あの、田舎の大きな家。柱時計。覚えてない?
シンスケ:柱時計。
のんのん:巻いてたわ。ほら。イトマキマキ、イトマキマキ。
 
手を添える。
シンスケ巻き始める。
のんのん、怪しげに手を添えて。
動きはマネキンふう、顔も無表情。
 
シンスケ:イトマキマキ。イトマキマキ。
のんのん:ジーコ、ジーコ。
シンスケ:ジーコ、ジーコ。
最後の猫:気を付けろ。
シンスケ:え、何に。
のんのん:きにしない。ほら。ねじが巻き終わったわ。手を、離すわよ。
 
じーっ。という音。
やがて、時計の音が刻まれ、そうして、八点鐘が打たれる。
「庭の千草」とか「愛しのアニーローリー」等の歌曲が静かに流れる。
シンスケはゆっくりと立つ。
最後の猫が折り畳みのテーブルを持ってきて、置いて去る。
ピクニックでの食卓の光景。
明るくなる。
        シンスケ、梯子の側で何している。
        何かを植えているようだ。        
 
シンスケ:これでよしと。
母(のんのん):あら、そんなとこ勝手に種まいていいの。
シンスケ:余ったからね。ゴミ箱に捨てるよりましだよ。
母(のんのん):また来るとは限らないわよ。
シンスケ:いいよ。誰かが見れば。・・ねえ、母さん、まだ。
 
母さん(のんのん)は再び、自動販売機の元にゆき何か取り出している。
母(のんのん):お父さんを呼んできたら。もうすぐ準備できるから。
シンスケ:そうだね。お父さん。お父さん。ご飯だよ。
 
袖幕の中から。
 
父(最後の猫):シンスケ、ちょっと手伝ってくれ。イスだ。
シンスケ:わかった。
 
と、袖幕へ行く。
母は自動販売機の中から、ピクニックセットを取り出す(後でゴミ箱に入る程度の簡単なものでいい。できれば使い捨て)。
テーブルの上に広げていると、袖の方からイスを三脚持って父とシンスケがやってくる。
ここに置こうか。そこは石があるからこちらがいいよとか。
適当にイスも置かれ、食べ物も置かれた。
三人は座った。
絵に書いたような幸せそうな情景。
 
シンスケ:はい。
最後の猫:すまんな。
のんのん:砂糖は。
最後の猫:ブラックでいいよ。
のんのん:しんすけは。
シンスケ:二つ。
のんのん:ミルクは自分でね。
シンスケ:ツナサンドは。
のんのん:あ、わすれてたわ。野菜サンドとはむさんどだけ。
シンスケ:ひきょうだよ。自分の好物だけじゃない。
最後の猫:いつものことだろ。
 
わざとらしい家族たちの笑い。
 
のんのん:いい天気ね。
最後の猫:ああ。いいところだ。ほら、あの岬の向こう、タンカーかな。
シンスケ:フェリーじゃない?さっきのガソリンスタンドの向こう。波止場に止まってたやつだよ。
最後の猫:ほう。そうか。
シンスケ:たぶんね。
のんのん:あーあ。のんびり旅行したいわね。
最後の猫:してるじゃないか。小旅行。
のんのん:だめだめ。こんなんじゃ。本格的な旅がいいわ。
シンスケ:忙しいもんね。父さん。
最後の猫:仕方ないさ。家のローンも残ってるし。
シンスケ:僕の学資も出さなきゃいけないし。
のんのん:これじゃ、いつになったら家族旅行できるかわからないわね。
最後の猫:甲斐性無くて申し訳ない。
シンスケ:せいぜい、ドライブして、ピクニックぐらいだね。
最後の猫:ま、そういうことだ。
 
わざとらしい家族たちの笑い。
 
のんのん:あら、ヨットも出てるわ。
シンスケ:どこ?
のんのん:ほら、白い灯台の向こう。
シンスケ:ほんとだ。二隻いるね。
 
シャーッという音が走った。
急速に黄昏て、情景がぎくしゃくして止まる。
ジーッ、ジーッという時計を巻くような音。
再び明かりが元に戻り情景が動き始める。
声がひび割れている。
 
のんのん:あら、ヨットも出てるわ。
シンスケ:どこ?
のんのん:ほら、白い灯台の向こう。
シンスケ:ほんとだ。二隻いるね。
 
再びシャーッという音。
同じ光景が繰り返される。
再びジーッという音。
さらに声がひび割れている。
 
のんのん:あら、ヨットも出てるわ。
シンスケ:どこ?
のんのん:ほら、白い灯台の
 
シャーッという音。
情景が止まった。
のんのん猫、とうとういらだったように。
 
のんのん猫:あかんわ。このぼろ時計。壊れてる。
シンスケ:え?
 
と、元に戻る。
 
のんのん:いい加減なものよこすから。ほんとに。
シンスケ:何。
のんのん:麗しの家庭なんてありっこないものね。ははは。時計が怒って逆ねじ食らわしたのよ。
シンスケ:は?
のんのん:だいたいおかしいと思うべきなのよ。うん。
シンスケ:なにが。
のんのん:絵に描いたような現実感のない家庭の会話。麗しい夫婦愛。心温まる親子の会話。まるで、現実感のかけらもないと。
シンスケ:何の話。
のんのん:君がイトマキマキしたお話。
 
と、語っている間に、最後の猫は黙々とバスケットなどを片づけてゴミ箱に入れている。
 
のんのん:ほら、手伝って。
 
と、シンスケを促し、テーブルやイスを畳んで片づけながら。
 
のんのん:願望なのよね。だいだい、甘えん坊の。
シンスケ:君の言うことちっともわからない。
 
と、二人で机はこびながら。
 
のんのん:夏の海辺。岬の見える海辺。白いヨット。家族と一緒のピクニック。・・病んでるわ、あんた。
シンスケ:なにがさ。
のんのん:そんな、週刊誌の挿し絵みたいな風景なんて・・ちがうでしょ。
 
ゴミ箱に入れて、にらみつける。
 
シンスケ:何が。
のんのん:滅ぼしたのはあんな世界やった?違うよねー。あんたが滅ぼしたのは。
最後の猫:おしゃべりなやっちゃな。
 
振り返るのんのん。
最後の猫が椅子を片づけた。
 
のんのん:なんや、邪魔して。
最後の猫:よいしょっと。
 
と、ゴミ箱へ最後の荷物を入れる。
パンパンと手をはたいて。
 
最後の猫:感謝せんかい。労働奉仕。あー、いたた。
 
と、とんとんとあちこちたたく。
 
のんのん:なに。あれっぽっちで。ごくどうもんが。
最後の猫:箸より重いもんはもたん主義や。
のんのん:あほらし。それならどうして持ったわけ。
最後の猫:そら、やっぱり芝居の段取り言うもんや。
のんのん:は?
最後の猫:こうしてはかしとかんと次の段取りつかられへんやろ。
のんのん:あほらし。
 
シンスケ、こらえきれずに。
 
シンスケ:なに、滅ぼしたの何だのって。何が違うの。
 
最後の猫、まあまあとシンスケの肩をたたく。
 
最後の猫:気にすな気にすな。のんのん猫のよた話だよ。
のんのん:失礼なやっちゃねー。どこがよた話よ。そっちの方がよっぽどよた話よさ。
最後の猫:やかましい!。どっとこどっとこくっちゃべって。だまらんかい!
 
て、怒る。その剣幕に気押されて黙るのんのん。
 
最後の猫:なあ、シンスケ。覚えてるか。
シンスケ:なにを。
最後の猫:僕と会ったときや。
シンスケ:お前と会ったとき?
最後の猫:そうや。
 
シャーッと言う音が聞こえる。
シンスケは顔が少しゆがみ、何かを探す風。
 
シンスケ:何か聞こえない。
最後の猫:なにも。
 
しゃーっと、いう軽い音。
 
シンスケ:ほら。
最後の猫:空耳だよ。
シンスケ:でも。・・ほらまた。
最後の猫:きにしなくていいよ。
 
何か言いそうになったのんのん猫に。
 
最後の猫:お前は黙ってろ。
 
と、釘をさす。
ふんと、ぶんむくれるのんのん猫を見やって。
 
最後の猫:気にしなくていいんだ。それより、思い出しただろ。
シンスケ:そう・・だね。
最後の猫:あれは。
シンスケ:ずいぶんくたびれてた。
最後の猫:よれよれだった。
シンスケ:自分の体に水がたまって動けないほど重い日。いらいらして蒸し暑い日。口うるさい母さんの小皺が憎たらしい日。力が抜けて歩いて    も歩いてもどこへもたどり着けない日。友達の薄笑いが吐きそうになる日。先生の冷たい仮面からちろちろ蛇のようなしたが見えていた    日。暑さで街角がたわんで、道歩く人がゴッホの絵のようにゆらゆら揺れていた日。マンホールの黒いふたが大きく口を開けていた日。
 
この間にやや薄暗くなる。
 
シンスケ:そんな日に。
 
と、少し間。
とまどっている。
        最後の猫優しく。
 
最後の猫:そんな日に。
シンスケ:そんな日に・・。マンホールの黒いふたが大きく口を開いていた日・・。もしかして・・世界は滅びた?
 
確信のない様子。
最後の猫はシンスケの肩に手を当てて確信を持っていう。
最後の猫:違うね。僕と出会ったのさ。
 
#5 最後の猫と
 
トップサスの明かりに二人が浮かぶ。
        この間に、梯子の側に植えた種から蔓が少し伸びている。但し、誰も気づかない。
 
シンスケ:なんだか少しくたびれている少年があるひ、世界で最後の猫にで会った。最後の猫は、「こんにちは」というと、いたずらっぽく、そ    そのかした。「ねえ、海へ行こう。クジラが泳いでいるよ。」海が死んでしまってからもうずいぶん立っている。海にはもう何もない。    暗く沈んだ灰色のガスと黄色く濁った水の固まり。そんなことはもう誰だって知っているはずだ。なのに、最後の猫はこう言った。「き    っと海は青いに違いない。本当の空も確かにそこにある。ぜったいクジラが泳いでいるよ。」最後の猫のくせにどうにも楽天的なやつだ。    だが、少年はもう何もすることはなくなっていたのでこういった。「そうだね。いこうか」そうして、二人は海へ出かけた。
 
二人、きっと後を振り向く。
 
シンスケ:世界を後にして。
 
音楽。
世界は夜になる。
動き出す二人。踊るかのように歩いている。
やがて、とある場所に着く。
 
最後の猫:ここらでいいかな。
シンスケ:なにが。
最後の猫:いや、さっきからこらえかねてて。
シンスケ:いやなやつだね。
 
猫、どうやら用を足しているらしい。
自販機のの後に隠れて声だけが聞こえる。
 
最後の猫:だけどさー。
 
と、少し大きな声。
 
シンスケ:なんだい。
 
梯子のそばで。
と、くぐもった声。
誘われて、なんだかこっちも用を足し始めた感じ。
 
最後の猫:ぶるぶるってくるだろ。
シンスケ:なにが。
最後の猫:やだなあ。おわったあとだよ。おわったあと。
シンスケ:う、うん。
 
と、ぶるぶるっとする。
最後の猫、笑う。
 
シンスケ:な、なんだよ。
最後の猫:いまぶるぶるってしただろ。
シンスケ:し、しないよ。
最後の猫:いいんだ、ぶるぶるしても。それは、勇気がある証拠だ。
シンスケ:はあ?
 
最後の猫が出てくる。
 
最後の猫:単純な生理的反応。って賢いやつは言うだろう。けど、そいつは何にも知っちゃいない。それって、シンスケが生きてる証拠なのに。
シンスケ:僕は生きてるよ。
最後の猫:当たり前さ。言ってる意味は、みんなと一緒に生きている証拠。
シンスケ:みんなって。
最後の猫:例えば僕。そこら辺にいる野良猫。
 
と、のんのん猫。
怒って、ファックユーをしている。
仕返して。
 
最後の猫:へっへ。わからねえだろ。
シンスケ:降参だよ。
最後の猫:難しい事じゃない。シンスケも自然に生きる動物だってこと。単純な生理的反応。動物として。はっは。やつらなんにもわからない。いつだって、肝心なことを見落とすんだ。
シンスケ:やつらって。
最後の猫:知ってるくせに。やつらだよ。
 
と、いたずらっぽく。
了解するシンスケ。
 
シンスケ:ああ、・・そうだね。いつだって、わかっていない。
最後の猫:原始的な反応さ。ぶるぶるっ。
シンスケ:ぶるぶるっ。
最後の猫:でも、それがほんとに生きてる証拠だろ。ぶるぶるっ。
シンスケ:ぶるぶるっ。
最後の猫:みんな、ぶるぶるっだよ。
シンスケ:ぶるぶるっ。
最後の猫:ぶるぶるっ。
二人  :ぶるぶるっ。
 
と、身をよじるように。ぶるぶるっと。
パンパンパンとあきれたような拍手。
 
のんのん:はいはいはい。ほんとに匂い立つような面白いお話です事。ためになりますわー。ほっほっほっ。
    あー、ばかばかしい。
最後の猫:何が。
のんのん:感動的なお話かと思ったらさ。何、下ネタじゃない。どこが生きてる証拠よ。そんな、臭い話よりさ、もっともっと感動する話してや    ろうか。
シンスケ:なんだかどんどん訳が分からなくなるような気がするけど。
のんのん:ほっほっほ。人生は危険なラビリンス。いい女には危険が付き物よ。
 
と、悩ましげなポーズ。
 
最後の猫:話がずれてるぞ。
のんのん:お黙り。何が空飛ぶ鯨よ。鯨が空とびゃ烏賊がかに食うわよ。
 
と、なんだか訳が分からない。
 
シンスケ:何の話。
のんのん:そうは、烏賊のリングあげと言うこと。
 
と、ますます訳が分からない。
じれた、のんのん。
 
のんのん:えーっ。めんどくさい。
 
と、自販機につかつかと寄り。
 
のんのん:だいたいねえ。今の子供はひ弱いのよ。もっと、世の中の現実を知るべきなの。世の中そんなに甘くないぞー。ビシバシ。ビシバシ。
 
と、ほんとにわけがわからない。やがて。
 
のんのん:えいっ。
 
と、取り出した、一冊の本。
 
のんのん:これを見よっ。
シンスケ:本だね。
のんのん:あほっ。ばかっ。かすっ。ほんなことはだれでもわかるっ!
 
シンスケたち、お手上げ状態。
 
のんのん:何の本かみおぼえないか。
シンスケ:ほんな本しらん。
最後の猫:やっぱりそれか。
シンスケ:えっ。何。
最後の猫:怖い本だよ。
 
と、まじめな顔だ。
 
シンスケ:怖い?ホラーか何か。
最後の猫:いいや。美しい話だ。
シンスケ:美しい?でも。
最後の話:怖い話だよ。シンスケ。
 
くっくっくっとわらっているのんのん。こいつ、本当に怖いやつかもしれない。
 
のんのん:どう。ひびるでしょう。
シンスケ:だれが。
のんのん:体は正直ね。腰が引けてるわ。それとも、これもブルブル?
シンスケ:うるさい。
のんのん:おやおや。怒った顔がかわいいわ。シンスケ。
シンスケ:やかましい。
最後の猫:読むのか。
のんのん:もちろん。
最後の猫:じゃ、勝手にしろ。
のんのん:お許しも出たわ。シンスケ。
シンスケ:勝手に読めば。
のんのん:では。ムードがいるわね。
 
ぱちっと。手を挙げて指を鳴らす。
明かりが落ちる。
朗読の姿勢をとるのんのん猫。
音楽が静かにはいる。
 
のんのん:お話はクライマックスから。
 
にっこり笑った。
 
#6「銀河鉄道の夜」の果て
 
のんのん猫、朗読。
        このトップサス処理の間にまた少し。蔓が伸びる。だが誰もそれに気づかない。
 
のんのん:カンパネルラ、またぼくたちふたりきりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。ぼくはもうあのさそりのようにほんとう    にみんなのさいわいのためならば僕からだなんか百ぺん焼いてもかまわない。
シンスケ:銀河鉄道の夜だ。
シンスケ、呆然とする。
 
シンスケ:どこが怖いの。怖い話じゃないじゃない。
 
のんのん無視するふうで。
 
のんのん:けれども、ほんとうのさいわいはいったいなんだろう。
シンスケ:子供のくせに、ずいぶん大胆なご発言だね。
最後の猫:きみだって、こどもだろ。
シンスケ:そうだよ。だから、そんなことなんか考えもしない。ほんとうのさいわい?ばかばかしい。おとぎばなしじゃない。
最後の猫:では何を考える?
シンスケ:え、・・それは・・。
のんのん:ぼくもうあんな大きな闇の中だって怖くない。きっとみんなの本当の幸いを探しに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んでい    こう。
シンスケ:すると、カンパネルラはこういうんだ。
のんのん:ああきっといくよ。
シンスケ:どうしてそんなこといえるんだろう。だって、カンパネルラは。
のんのん:カンパネルラ、僕たち一緒にいこうねえ。ジョバンニがこういいながらふりかえってみましたらそのいままでカンパネルラの座ってい    た席にもうカンパネルラの形は見えず.ただくろいびろうどばかり光っていました。
シンスケ:そうなんだ。だれだって、一緒にいきはしない。
のんのん:ジョバンニはまるで鉄砲玉のように立ち上がりました。そしてたせれにも聞こえないように窓の外へ体を乗り出して、力一杯激しく胸    を打って叫びそれからもうのどいっぱいに泣き出しました。
シンスケ:もうそこらがいっぺんに真っ暗になったように思いました。
 
小さい間。
 
シンスケ:もういっぺんの真っ暗になったような夕立が僕の家の前の道路に激しく降っていたよ。ねえ、どうしてそんなことがいえるの。
のんのん:シンスケ。お別れよ。
シンスケ:あなたは、悲しそうな顔をしていたけれど、僕を連れて行くほどには悲しくなかった。
のんのん:お父さんをよろしくね。
シンスケ:いそいそとは僕は言わない。けれど、雨宿りするほどためらうこともなく、あなたは一人出ていった。
のんのん:げんきでね。シンスケ。
シンスケ:僕は知っていた。激しく降る雨の向こう、角の四つ辻を曲がったところに赤い車が止まっている。
のんのん:じゃ。
シンスケ:あなたはもう一度僕をぎゅっと抱いた。けれど、その力はたぶん、誰かを抱くよりは弱いはずだ。僕は、そっとだきかえす。さよなら。
のんのん:さよなら。
シンスケ:あなたは、振り返らず、雨に濡れながら歩いてゆく。振り返れば未練が残るのではなく、振り返るほどの未練がないのだ。そうして、    わずか10秒足らずのうちに激しく降る白い雨の中に姿は消えた。
最後の猫:うむ。ロマンチックだ。
 
音楽が止まっている。
 
シンスケ:っていう話を、角のたばこ屋の吉田君が話してた。(にらみつけて)ほんとだよ。吉田君てそういう子なんだ。捨てられるね。
最後の猫:そうか。そりゃあ、気の毒な子だねえ。なけるよ。なける。とほとほ。
シンスケ:・・ねえ。
最後の猫:何。
シンスケ:どうしてだと思う。
最後の猫:何が。
シンスケ:家族ってあんなにいつまでもいっしょにいられるって簡単に思いこめるのかなあ。ああ。吉田君だよ。
 
のんのん猫肩をすくめる。
 
シンスケ:その癖。
のんのん:え?
シンスケ:母さんもしていたよ。あ、吉田君のお母さんだけど。
 
のんのん猫、ふたたび肩をすくめる。
 
のんのん:ひとそれぞれ。袖スリ会うも他生の縁。
最後の猫:なんだそりゃ。
のんのん:さぁ。ぽかっとういて出ただけよ。でも、どうしてそんな癖知ってるの。
シンスケ:吉田君もやってるから。たぶん。
 
と、シンスケ、肩をすくめる。
じろっと見て。
 
最後の猫:ほうお。それで今のテーマは?のんのん猫。
のんのん:は?
最後の猫:話が見えないらしい。
シンスケ:見えてるじゃない。
最後の猫:どういう。
シンスケ:簡単だ。捨てられる話だよ。ジョバンニがカンパネルラに。・・吉田君が母さんに。でしよ。ちっとも怖い話じゃない。
 
最後の猫。笑う。ちょっと悲しげだ。
こちらはにやにやしているのんのん猫に。
 
最後の猫:そうかあ?
のんのん:違うと思うわよ。もっと、こわーいお話。
最後の猫:ぞーっとする。
のんのん:そう。真夏にふさわしい怪談さね。稲垣淳二みたいに。ぼそぼそと。 
最後の猫:背筋も凍る。
シンスケ:何、わけわからないこといってる。
のんのん:簡単。簡単。誰も知らない「銀河鉄道」のこわーい話。
シンスケ:だから。
のんのん:「人は、別々にしか生きられはしない」「人はそれに耐えうることができるのか」ということ。ジョバンニはできたと思う?
最後の猫:哲学的だな。お説教とも言うけど。
のんのん:よけいなお世話かも。
シンスケ:わかんーな。どこがこわいだよ。
最後の猫:おまえ、都合悪くなると口汚くなるな。
シンスケ:うるせ。お前、何弁だ。
最後の猫:えっ、僕か、ぼくはなー、何弁だろ。
 
と、悩む。
 
のんのん:こどもは怖くないの。おとなになるとこわいんだぞー。
シンスケ:へん。
のんのん:おっ。さすがやな最後の猫は。
 
最後の猫、悩むポーズから父のポーズ。
 
シンスケ:あれ何。
のんのん:父のポーズ。
シンスケ:あれが。
のんのん:まあ、そういわしとき。
 
ぶつぶつと言っている。
 
シンスケ:何?
 
重なって、何かの音が聞こえる。
それは、滅びてしまったSOSの音に違いない。
 
シンスケ:あの音。前にも聴いたことがある。あれは。
 
SOSが大きくなって、突然、ぶつっと消える。
 
最後の猫:海からの声が何も聞こえなくなったとき人は本当に自分が独りであることを知ってしまう。それは、この広いひろいすべての世界の中    で、空に呼びかけても答えるものもなく、海に身を投げても受け止めてくれるものがないことを知らされるときだ。いつまで待っても、    だれもやってこず、自分を呼ぶ声もない。そうして、ある夜、星星が輝く中で人は自分の命が終わることを知る。だれも看取るものもな    く、だれも、その瞬間を支えてくれるものもなく、彼は、何もなくなる中へただ独り歩いてゆかねばならない。何の支えもなく、たった    独りで、彼は消えていくのだ。
 
        蔓がさらに伸びている。もちろん誰も気づかない。
シンスケの体が揺れる。
 
シンスケ:消えていく。消えていく。独りで。たった独りで。
 
突然、SOSが聞こえる。
シンスケ、何かにすがるように。
 
シンスケ:SOS。・・聞こえますか。SOS。聞こえますか。SOS。SOS。SOS。・・・
 
言い続ける。
重なって。
 
のんのん:カンパネルラ、僕たち一緒にいこうねえ。ジョバンニがこういいながらふりかえってみましたらそのいままでカンパネルラの座ってい    た席にもうカンパネルラの形は見えず.ただくろいびろうどばかり光っていました。ジョバンニはまるで鉄砲玉のように立ち上がりまし    た。そしてだれにも聞こえないように窓の外へ体を乗り出して、力一杯激しく胸を打って叫びそれからもうのどいっぱいに泣き出しまし    た。もうそこらがいっぺんに真っ暗になったように思いました。
シンスケ:聞こえますかーっ。誰かーっ。
 
絶叫するシンスケ。
 
最後の猫:怖いか。
 
        シンスケがくがくとうなずく。
 
最後の猫:僕も怖い。それを考えると身体の心から凍ってくる。・・なぜだかわかる。
 
        シンスケ、首を横に振る。
 
最後の猫:たぶん、それはね、僕たちはこうしてここにいるけれど、宇宙にとっては、そんなこと単なる偶然に過ぎなくて、何の意味もないから    だと思う。
シンスケ:どういうこと。
最後の猫:僕達は、偶然に生まれ、そうして死んでいく。自分が生きる意味なんてどこにもない。ほら、ここにあるいしころとおなじだというこ    とだよ。
シンスケ:いしころ。
最後の猫:宇宙の小石。小石は何にも考えない。自分の生きてる意味。人生。苦しみも寂しさもない。ただ、そこにいるだけ。
シンスケ:でも、僕は心を持っている。
最後の猫:やっかいなことさ。
シンスケ:やっかい?
最後の猫:自分が一人なのを知ってしまうからね。石はそんなことしりはしない。したがって、彼は幸福だ。宇宙の小石として満足してそこにい    る。でも。
シンスケ:でも。
最後の猫:「ひとは一人で生まれ、一人で死んで行く」。そのことをほんとに知ってしまったらどうするんだろう。
シンスケ:僕は・・・わからない。・・怖い話だね。
最後の猫:ああ、怖い話だ。でも。
シンスケ:でも。
最後の猫:道はあるよ。
シンスケ:道?
最後の猫:このちっぽけな自分がここにある。たとえそれが何十億年の時間のほんの小さな砂粒の一つであっても・・。
シンスケ:砂粒でも。、
最後の猫:その孤独に充分耐えることができるなら。
シンスケ:できたなら。
最後の猫:そうしたら、宇宙から見たら何の意味もなく、偶然のちっぽけな、ほんのちょっとの時間ここにたまたまいるだけの自分が、何というすばらしく、ファンタスティックで、奇跡にも近く、勇気づけられるものであるかがきっとわかる。・・きっとわかる。
 
        小さい間。ぼそっと。
 
シンスケ:無理だよ。とても。
最後の猫:どうして。道はどこかにある。
シンスケ:でもそんなものは見つかりはしないよ。
のんのん:そうそう。ありもしないこと希望持たせるの酷というものよ。
最後の猫:ほんとにそうかな。
 
のんのん猫、肩をすくめてわかってるでしょ。という雰囲気。
        さあね、という身振りをして。
 
最後の猫:僕は、結構あきらめが悪くてね。
 
        ぴしっ、と指を鳴らす。
 
最後の猫:最後までいろいろやってみるわけ。
のんのん:だから、最後の猫ってか。
最後の猫:ともいうね、ほら。
シンスケ:あれ。
 
        と、気がついた。
 
#8瓶に入ったSOS
 
青い小瓶がころがっていた。
中には捲かれた紙片が入っている。
 
シンスケ:あれ?
のんのん:きれいだね。
シンスケ:流れ着いたんだ。
のんのん:こんなのって、中によく手紙なんか入ってて。
シンスケ:まさか。
 
        と、拾い上げて。
 
シンスケ:ありゃ。
のんのん:図星ね。
シンスケ:ピンポーン。でも、へんだな。
のんのん:なにが。
シンスケ:手紙じゃないよ。なんか、点々や棒があるだけ。
 
        と、のぞき込む。
 
のんのん:どれどれ。
 
        と、受け取り、のぞいて。
 
のんのん:ほんとだ。・・これ、モールス信号みたい。
シンスケ:ええっ?
 
        シンスケ、また受け取りのぞく。
 
シンスケ:モールス信号?
最後の猫:そのようだ。
シンスケ:ええ、でも、誰が。
のんのん:うだうだ言う前に中身を見たら。
シンスケ:なかなかでてこないの。
 
        口が狭いので出てこない。
        と、ぶつけて瓶を割ろうとする。
 
最後の猫:ストップ。ストップ。短気じゃのー。こうすりゃええんじゃ。貸してみそ。
 
        と、瓶を取り上げ、自動販売機の所に持っていく。
 
最後の猫:頭を使うんだよ。
 
        と、瓶を自動販売機に入れてスイッチぽん。
 
シンスケ:ばーか。そんなことしたって、出るわけ無いじゃない。・・っていうか、出ちゃったよー。うっそー。
 
        と、駆け寄る。
        手紙と空になった青い瓶が別々に出てくる。
        最後の猫、手紙を取り出す。
        シンスケ、出てきた青い瓶と自動販売機を何度も疑い深そうな目で見ている。
 
最後の猫:よまないの。
 
        と、最後の猫は読んで渡す。受け取りながら。
 
シンスケ:モールス信号なんて知らないよ。
最後の猫:心配ない。翻訳されてる。
シンスケ:え、ええーっ?まさか。うわっ、ほんとだ。なんでー。
 
        ますます、怪しいと自販機と手紙を見比べる。
        最後の猫、肩をすくめて。
 
最後の猫:読んだら。
 
        シンスケ紙片を読む。のんのん猫も後ろからのぞき込む。
        見せまいとするシンスケ。いいじゃないケチといって軽くもみ合って。
 
シンスケ:「私の中に恐怖政治をしく独裁者がいる。その罰に後込みしながらも私はその機嫌を取ろうとする臣下となっていた。」・・なにこれ。
 
        のんのん猫もさっぱりという顔で離れる。
        シンスケ、もう一度ゆっくり読む。
 
シンスケ:「私の中に恐怖政治をしく独裁者がいる。その罰に後込みしながらも私はその機嫌を取ろうとする臣下となっていた。」・・なにこれ。
 
        見回して。
 
シンスケ:変なの。SOSかと思ったのに。
最後の猫:誰の。
シンスケ:そんなの知らないよ。けど、こんな時定番じゃない。漂流かなんかしててさ、もう食べ物も無くって助けを求めてるとか、誘拐されて絶海の孤島にとらえられててもうすぐ殺されそうだとか。
最後の猫:孤独な少女がいてね。
のんのん:憎々しげな親戚がせお家乗っ取りをたくらんでて。
最後の猫:そこへ、麻薬密輸のギャング団と秘密潜入捜査官が絡んで。
のんのん:なぜかギター抱えた渡り鳥が、登場して、かっこうよくこう決めるのよね。
最後の猫:あっしにはかかあわりあいのないこって。
のんのん:そうして、赤い夕日の荒野を馬に揺られて去っていくのよ。
最後の猫:後に残るは若く美しい未亡人と、幼い男の子。そして、男の子は避けぶのさ。
二人  :シェーン、カンバーック!!
シンスケ:はいはい。わかったよ。わかりました。ったく人馬鹿にして。
のんのん:そうよ。全く、今時何がSOSよ。ばかばかしい。
シンスケ:でも、この人はおそれてるよ。強がってる。助けを求めてるよ。SOSだよ。
のんのん:忘れたのシンスケ君。モールス信号は、もうどこからも発せられないのよ。海は、永遠に沈黙したんじゃない。ほら。
 
        潮騒の音。
 
シンスケ:どうするの、助けがいる人は。
のんのん:うー。ほんとにわかってないのね。助けは来ないっていってるでしょ。
シンスケ:どうして。
のんのん:だって、メッセージは伝わらない。世界は、沈黙したまま。海は静かに美しいんでしょ。
 
        潮騒の音。
        シャーっという音。
 
シンスケ:あの音は。
のんのん:ノイズよ、ノイズ。
シンスケ:何の。
のんのん:さあね。・・わかった。メッセージは伝わらない。助けは来ない。世界は破滅した。以上。
シンスケ:では、これは何。この瓶にある手紙は何。
 
        答えず。
 
のんのん:さあね。ほかにもドンブラドンブラ浮いてくりゃわかるかもね。あーあ。
 
        と、わざと欠伸なんかして馬鹿にしている。
 
シンスケ:そんなのあてになるかよ。
 
        と怒る、シンスケ。
 
のんのん:なら、わたしの言うとおりよ。
最後の猫:そうとも限らない。
のんのん:え。
シンスケ:というと。
最後の猫:こんな時は、一つだけとは限らないだろ。続きがあるのが定番だ。ほら、もう一つ。
 
        舞台の前を瓶がぷかぷか流れていく。(黒子が持っているんだけどね)
 
シンスケ:ほんとだっ。
のんのん:うそっ。
 
        と、取りに走る。
 
のんのん:なんてご都合主義なのっ!
 
        と、最後の猫にくってかかる。
 
最後の猫:それがお話って言うものさ。
 
        と、いなす最後の猫。
        シンスケは瓶を取る。とりだそうとして。
 
シンスケ:そうだった。
 
        と、自販機の前に走る。
        出てきた。
        ぷんぷんしているのんのんといなしていた最後の猫だが。
 
のんのん:何書いてるの。
 
        シンスケ、ますますま狐に摘まれたよう。
 
シンスケ:ほら。
 
        と、渡された紙片をのんのん猫が読む。
 
のんのん:「勝てないかもしれない。だけど決して負けてやらない。」・・何、なんかの決意表明みたい。
シンスケ:勝てないかもしれない。・・だけどけっしてまけてやらない。・・がんばっている。そうだよね。
最後の猫:誰が。
シンスケ:わからない。でも、これメッセージだよね。
のんのん:そんなの。へっ。
 
        と、笑うが。
 
最後の猫:シンスケが読んだからね。確実にメッセージが届いたわけだ。
シンスケ:メッセージが・・。
のんのん:あらら、調子こいて、まあ、もう一本。
 
もう一つ、小瓶が流れていく。
        取りに行こうとするシンスケ。
 
のんのん:よした方がいいんじゃない。限りがないわよ。おまけにとんでもないこと書いてあったり・・
シンスケ:いいや、みてみたい。
のんのん:好奇心ていうわけね。好奇心は猫をも殺すっていうわよ。あら、あんたは人間か(笑う)。
シンスケ:読まれてこそのメッセージじゃない。何か伝われば、その人は独りじゃないもの。
のんのん:おーおー。少年がかっこつけちゃって。へいへい。さいですか。
 
        シンスケ、拾う。
 
最後の猫:けっこう。
 
        と、シンスケの差し出す瓶を販売機で解読。
        ちらっと、見たが無言でシンスケに渡す。
 
のんのん:何書いてるの。ひょっとしてラブレター?けひひひ。
 
        と、変な笑い。
        シンスケ、なんだか呆然としている。
 
シンスケ:「ペナルティー」
のんのん:ペナルティー?
最後の猫:罰だね。
シンスケ:罰。
のんのん:え、それって、さっきの。
 
        どこかで声が響いた。
 
声  :捕まえた。
 
        はっとする最後の猫たち。
        再び声が。
 
声  :捕まえたぞシンスケ。
 
        シンスケは突然憑かれたようにしゃべりだす。
 
シンスケ:ルールは突然頭の中に啓示のように浮かぶんだ。
ノンノン:げっ。
最後の猫:シンスケ。
シンスケ:それに従わなければ、ペナルティーは倍増するんだ。
 
        カクカクとロボットのように歩き出すシンスケ。歩きながらしゃべり出す。
 
シンスケ:僕は一生懸命やってるよ。ううん。がり勉なんかじゃない。睡眠もしっかりとってるし、朝食もきちんと食べる。テレビだって、見る    し、計画立てて、ゲームだってする。友達とのおしゃべりも欠かさない。だって、僕は自分をちゃんとコントロールできる自信があるも    の。
 
        歩調が乱れる。
 
シンスケ:えっ、何、違うよ。僕だめなんかじゃない。僕は、将来のためにやってるんだ。え、なぜ?なぜって・・。
 
        また、さらに歩調が乱れ始める。
        このときまでに青い瓶が流れてくる。
        最後の猫とのんのん猫が拾い、自販機に入れて解読して用意する。
 
最後の猫:ペナルティー。・・校門から次の角まで10歩で歩けなかったらその後、家まで止まらず走らなければならない。
 
        10歩で歩こうとする。だが、9歩でついてしまう。
        全力疾走で家まで帰る。(少なくとも舞台を二周全力疾走)
        いったん止まって、またカクカク歩きだす。
 
シンスケ:こんなに、我慢してやってる。努力しないでへらへらしてるやつがいるけど、あんなのは許せない。ああ、努力したものが報われる。    それって一番大事だよ。えっ、何・・何。価値が無い・・ばかばかしい。なに言ってるの。・・計画だよ。計画に沿ってきちんとやるん    だ。
 
        歩調が乱れる。恐怖の表情。
 
のんのん:ペナルティー。・・計画通り勉強が進まないとき、自分の顔を思いっきり殴る。コンパスの針を手に刺す。
 
        シンスケ、がっくり座る。
        じっと、自分の顔を鏡で見る様子。
        そうして、無言で顔を殴る。
        一回、二回と(10回ぐらい)黙々と殴り続ける。
        そして、手を出し、ポケットからコンパスを取り出す。
        シャーッという音。
        悲しそうな顔をして客席を見る。
        そうして、決意して、手を位置に置き、ややためらった後、コンパスを振り下ろす。
        シャーッという大きな音。
        暗転。
 
#9 閉じこもり
 
心安らぐような音楽が流れているが。
        明るくなる。
        この間に、一気に蔓が絡まっている。朝顔のような気がする。花は咲いていない。誰も気づかない。
シンスケがテレビを眺めている。手には、白い小さな包帯。
でも、画面には何も映らない。荒れ果てた粒子が飛び交うだけ。
やがて、髪をつかみ手当たり次第に抜き出そうとする。
        最後の猫とのんのん猫がおいておいた椅子にすわり、家族の情景を演じている。
        シンスケははぶく。
        心のスクリーンにエンドレステープのように上映し、その唯一の観客であり続けているようだ。
        以下、シンスケの台詞があったとして演じる。
 
シンスケ:・・。
最後の猫:すまんな。
のんのん:砂糖は。
最後の猫:ぶらっくでいいよ。
のんのん:しんすけは。
シンスケ:・・。
のんのん:ミルクは自分でね。
シンスケ:・・・・・・。
のんのん:あ、わすれてたわ。野菜サンドとはむさんどだけ。
シンスケ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
最後の猫:いつものことだろ。
 
わざとらしい家族たちの笑い。
 
のんのん:いい天気ね。
最後の猫:ああ。いいところだ。ほら、あの岬の向こう、タンカーかな。
シンスケ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最後の猫:ほう。そうか。
シンスケ:・・・・。
のんのん:あーあ。のんびり旅行したいわね。
最後の猫:してるじゃないか。小旅行。
のんのん:だめだめ。こんなんじゃ。本格的な旅がいいわ。
シンスケ:・・・・・・・・・・。
最後の猫:仕方ないさ。家のローンも残ってるし。
シンスケ:・・・・・・・・・・・・・・・。
のんのん:これじゃ、いつになったら家族旅行できるかわからないわね。
最後の猫:甲斐性無くて申し訳ない。
シンスケ:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
最後の猫:ま、そういうことだ。
 
わざとらしい家族たちの笑い。
 
のんのん:あら、ヨットも出てるわ。
シンスケ:・・・
のんのん:ほら、白い灯台の向こう。
シンスケ:・・・・・・・・・・・
 
            シャーッという音。
            テレビには相変わらず何も映っていない。
            髪を又引き抜こうとする。
            情景は繰り返される。
 
シンスケ:・・。
最後の猫:すまんな。
のんのん:砂糖は。
最後の猫:ぶらっくでいいよ。
のんのん:しんすけは。
シンスケ:・・。
のんのん:ミルクは自分でね。
シンスケ:・・・・・・。
 
わざとらしい家族たちの笑い。
        シャーッという音ともに暗転。
        朝顔の蔓はさらに伸びている。
 
#10 ゴミ出しの日
 
        にぎやかにかんかんという音がする。
 
のんのん:ゴミの日だよー。今日は、ゴミの日だよー。
 
        明るくなると、のんのん猫がゴミ箱を押しながら回収にまわっている。
 
のんのん:さあさあ。しけた物語はごみにだそーねー。暗い話はゴミに出してすっきりしよーねー。あ、手伝って。よーいしよっと。
 
        とシンスケに手伝わせてテレビも回収してしまう。
 
のんのん:今日は、ゴミの日だよー。
 
        と、くるくる回って、最初のゴミかごの位置に来る。
        
のんのん:あー、やれやれ。疲れる。疲れる。いろんな物語があったからねー。
 
        のんのん、はーつとため息つく。
 
シンスケ:このゴミ何。
のんのん:え、何って。あんたの物語じゃない。ぜーんぶ。だいたいしょぽいの多いけど。
シンスケ:え?
のんのん:え?て何とぼけてるわけ。麗しくも懐かしい家族団らんの物語。ママの浮気で哀れ、家族崩壊の物語。よくあるいじめのお涙ちょうだいの物語。自分で自分を苦しめる全く救いもない話。あー、やだやだ、あんたの物語って暗いのダサイの情けないの。これがほんとのとほほな話ね。
 
        シンスケ、まだ何か納得してない。
 
シンスケ:でも、これは、あれから。
のんのん:はいはい。出てきますよ。出てきますとも。あんたの物語せっせと作ってるもの。もっとも、古いんでろくな物語が出てこなかったみたいだけど。
 
        シンスケ、了解していない。
 
のんのん猫:あー。いらいらする。ほら、やってみなよ。
 
        のんのん猫、シンスケを引っ張っていき何かを入れる。
からからと音がして、何かが出てくる。
 
シンスケ:これは。
のんのん:出来損ないのあんたの物語。ふん。幼稚園からいじめられてたの。だせーっ。ほら、やってみそ。
 
シンスケ、次から次へ押し続ける。
次から次へと吐き出し続ける。
粗悪品。かけら。出来損ないの物語。
 
のんのん:あら。ふられたんだ。まあ、わかる気するけど。あら、テスト結構ガンバってたの、感心感心。おやおや、しょっちゅう親戚の子と比    べられていわれてた。まあ、罰としてご飯抜き。まあ、たばこ押しつけられる。うぉーっ、そりゃすごいわね。食事もバラバラ、話も滅    多にない。ははは。あんたの家って最低だねー。こりゃ苦労するわ。おーおー。なるほどなるほど。そりゃ、世界を滅ぼしたくもなるわ    な。はいはい。
 
        缶の蓋や壊れた人形や破られたノートやなにやかや、それこそゴミが散乱する。
        シンスケ、ぼんやりとと拾い上げる。
        黙ってみているのんのん。
        拾い上げてはそこへそっと置く。
        やがて、ぼんやりとのんのん猫を見る。
 
のんのん猫:わかったろ。みーんなできそこないだっちゅうの。
シンスケ:なぜだろ。
のんのん猫:さあね。人間が出来損ないだからとちゃう?
シンスケ:ばかばかしい。
のんのん猫:こいつら、全部、ゴミ箱行きだっちゅうの。
シンスケ:だから。
のんのん猫:あんたのものがたりなんか、みーんな、ごみだっちゅうの。あはははは。ごみだっちゅうの。
 
あざ笑う、のんのん猫。
最後の猫が自販機の後ろから出てくる。シンスケは気づかない。
 
シンスケ:ゴミ?
最後の猫:だね。
シンスケ:これが、ぜんぶ、ゴミ?
最後の猫:そうだ。
 
シンスケ、笑い出す。
 
シンスケ:ごみか。
 
笑う。
 
シンスケ:ゴミか。
笑う。
 
のんのん:きゃははは。ゴミだべさ。
シンスケ:ゴミだよね!
 
笑う。
 
のんのん:ゴミだべさ。
シンスケ:ごみだよね!
 
二人手を取り合って笑う。
 
二人 :ゴミだ、ゴミだ、みーんなごみだ。
 
笑いながら、踊るふう。
 
二人 :ごみだ、ゴミだ。みーんなゴミだ。
 
と、片っ端からゴミ箱へ。
 
二人 :今日は楽しいゴミ出し日。へい。
 
        ついでに自販機をぱたぱたと折り畳んで片づけた。
        ゴミ箱へ。
 
二人 :ごみだ、ゴミだ。みーんなゴミだ。
 
        と、言いながら全部乗せたゴミ箱をはかせる。
        溶暗。
        その中で二人のはしゃぐ声が聞こえる。
 
二人 :これも、ゴミ、あれも、ゴミ、それも、ゴミ。全部まとめて、海の底。ほい、ほいっ。ほいっ。
 
        溶明。梯子の蔓に花が一輪咲いている。
        はかしてかえってきて、何もないさっぱりした空間で。
 
二人 :これでみーんなかたづいた。きゃはははは。
 
        と、笑いつつけるが、やがて、シンスケはだまってしまう。
笑っていた、のんのん猫も黙る。
間。
ぽつんと。
 
シンスケ:ゴミなんだよね。
最後の猫:そうだね。
シンスケ:そうか、ごみなんだ、僕は・・。
最後の猫:そうだ。
 
間。
 
シンスケ:ねえ。
最後の猫:何。
 
ぼそっと。
 
シンスケ:何で、ゴミなのに生きてるんだろね。
最後の猫:・・・。
 
もう一度、少し強く。
 
シンスケ:ねえ。
最後の猫:・・・。
シンスケ:何でゴミなのに生きてるんだろね。
のんのん:ゴミみたいな人生でゴミんなさい。なーんちやってね。キャハハハ。
 
        と、茶々入れるが、シンスケにすごい目でにらまれて。
        小さくなって。
 
のんのん:ゴミンナサイ。
最後の猫:・・・。
 
強く。
 
シンスケ:人が聞いてるだろ。返事ぐらいしろよ。何で、ゴミなのに生きてるんだろうね!
最後の猫:・・・。
 
やり場のない怒りを込めて。
 
シンスケ:返事しろ!このくそ猫!
 
#11種をまく人
 
最後の猫、ぼそっと何か言った。
 
シンスケ:聞こえないよ!
最後の猫:そんなことわからないのか。
シンスケ:何だって!
最後の猫:ほんとに頭悪いな。
 
くすっと笑った最後の猫。
 
のんのん:うん。確かに。確かに。
最後の猫:何でゴミなのに生きてるかっていったね。
シンスケ:ああ。
最後の猫:全部ゴミ箱に捨てたよね。
シンスケ:ああ。
最後の猫:どうして捨てたんだ。
シンスケ:え。
最後の猫:どうして捨てたのかってきいてる。
シンスケ:それは。
のんのん:もちろん、要らないからよ。
最後の猫:君は黙ってろ。
のんのん:あんたに指図されたかないわ。
シンスケ:黙って。
のんのん:あらら、はいはい。
 
        と、肩をすくめて、梯子の方へ行く。さりげなく花を隠す。
        (後ろ手でうまいこと花を止めることができたら、本当はここで付けるのが一番いい)
 
最後の猫:どうかな。
シンスケ:のんのんの言うとおりだ。要らないからさ。
のんのん:ほらね。
 
        と、得意そうに言う。
 
最後の猫:辛いから?
 
        小さい間。
 
シンスケ:そうだ。
最後の猫:不愉快だから?
シンスケ:そうだ。
最後の猫:気に入らないから?
シンスケ:そうだ。
最後の猫:悲しいから?嫌だから?面白くないから?
シンスケ:そうだ、そうだ、そうだ、そうだ!!だから、みんなゴミに出した。ゴミ箱に捨てた!いけないか!!どうせ、世界は滅んだんだよーっ。
 
        頷きながら拍手しているのんのん猫。
 
最後の猫:自分のゴミは、じぶんで始末というわけか。
シンスケ:そうだよ。それがマナーだろ。だから、ぜんぶさっぱりさ!!
 
        と、さっぱりしたこの世界を見せる。
 
のんのん:そう。さっぱりしたものよ。
 
        と、頷きながら拍手する。
 
最後の猫:違うね。
シンスケ:何。
最後の猫:さっぱりしたんじゃなくって、そりゃ空っぽになったって言うんだ。
シンスケ:空っぽ。
のんのん:見解の相違よ。シンスケ。
最後の猫:確かに、世界は不愉快でどうしようもなく、ゴミとして処理するしかないかもしれない、けれど、ゴミは邪魔なもんじゃない。よけいなもんじゃないよ。むしろゴミの中から生まれてくるものもある。
シンスケ:うそだ。そんなものあるか。
最後の猫:ゴミだと思ってるものは本当は、大事な捨ててはいけないものだよ。
シンスケ:証拠見せろよ。証拠。
最後の猫:証拠?おかしな事を言う。ほら、ずいぶん前からあるじゃない。
シンスケ:え?
最後の猫:のんのん猫が知ってるよ。
 
        ぎくっとするのんのん猫。
 
のんのん:な、なんのこと。
最後の猫:君が隠しているものだよ。
のんのん:さ、さあ。何の事かしら。
最後の猫:シンスケが捨てたゴミから生まれたものだ。どけよ。のんのん。わかってるだろ。
 
        のんのん、肩すくめて渋々と動く。
        花が一輪鮮やかに咲いている。
 
シンスケ:あれは。・・まさか・・。
最後の猫:そうだ。
シンスケ:まさか、あのときの?
最後の猫:何気ない、ゴミみたいな日常。ほんの些細な、君の人生のごくごく一部の時間。すぐに忘れて、思い出しもしない時間。人生の中のゴミみたいな時間だ。けれど、君は種をまいた。
シンスケ種をまいた。
最後の猫:見えるかい。
シンスケああ。見える。
 
        シンスケ花に近寄る。
 
最後の猫:・・つまらないとおもうか。
 
    
    シンスケ花にそっと触る。
        シンスケ、ゆっくり首を振る。
 
最後の猫:君は、本当はゴミだらけの世界が好きなんだよ。
シンスケ:・・・。
 
        間。
 
最後の猫:種をまけばいいよ。
シンスケ:え。
最後の猫:君は種をまけばいい。世界はゴミだ。不愉快なこと、辛いこと、嫌なこと、苦しいこと、気に入らないことがいっぱいあふれかえって腐っているゴミの海だ。だから、君は、種をまいたらいい。
シンスケ:何のために。
最後の猫:みんな本当はひとりぽっちだ。ひとりぽっちで、この世界に生まれ、ひとりぽっちで死んでいく。けど、それは奇跡と引き替えにした代償なんだ。
シンスケ:奇蹟って。
最後の猫:種をまけばいい。誰かのためじゃない。世界のためじゃない。君のためでもない。ただ、ただ、種をまけばいい。やがて花を咲かせる。美しい花だ。花が咲いたら、又種をまく。一輪が二輪に、二輪が四輪に、そうして、世界がゴミから生まれた花でいっぱいになるまで君は種をまき続ければいい。
シンスケ:だから、何のために。
最後の猫:そうすればきっと声が聞こえてくる。。奇蹟が起こるんだ。・・君は独りだ。だけど、つながり続けることが出来る。
シンスケ:つながり続ける。
最後の猫:誰にこびることもなく、誰に甘えることもなく、その寂しさを友として、世界の終わりのあのくらい穴を君はただ一人で歩いていける。だって、君の周りには声があるからね。
シンスケ:声?。
最後の猫:海からの声だ。
 
#12空飛ぶ鯨
 
最後の猫:聞こえない?
 
        潮騒の音。
        シャーッという音がした。
 
シンスケ:何も聞こえやしないよ。あそこにあるのは、ゴミだけさ。
のんのん:ゴミはみーんな海に行く。溶けて流れてなくなって。ゴミの海よ。ぜーんぶあんたのゴミ。
最後の猫:海は物語のゴミでいっぱいだ。海はすべての物語といってもいい。
シンスケ:だから。
最後の猫:その物語の海の中を泳いでいるよ。
シンスケ:何が。
最後の猫:鯨さ。
シンスケ:鯨?
のんのん:あらら。やっぱりでたか。
最後の猫:そうだよ、鯨。この世界で最も大きい動物。物語の王様だ。ゴミの海の中を悠然と泳ぎすべての物語を飲み込み、そうして、いつか、大きく潮を吹いてゆっくり浮上していくんだ。空飛ぶ鯨となるべく。
シンスケ:空飛ぶ鯨となるべく。
最後の猫:ほら、聞こえてきた。
 
        モールス信号の音。
        シャーッという音の中から確かに聞こえてきた。
 
最後の猫:そうして、海からの声が再び聞こえ出す。
 
        いろいろな通信音が交錯する。
 
最後の猫:確かにもう決して青くない海と空だ。でも、そいつは決して拒否することなく、悠々と泳ぐんだ。そうして、高らかな、潮を噴き上げながら大きく空に浮上する。
 
        鯨の潮を噴き上げるような音。
        鯨の鳴き声。
        切ないような、深い、海の底からやってくるような美しい声。
        SOSが重なる。
        やがて、ゆっくりとその声は遠ざかっていく。
 
#13 エピローグ いつか空飛ぶ鯨となって
 
        茫然としているシンスケ。
 
最後の猫:聞こえただろ。
シンスケ:あれは。
最後の猫:空飛ぶ鯨の声だよ。
シンスケ:あれが・・。空飛ぶ鯨。
最後の猫:そう、いつかたぶん、君も空飛ぶ鯨となるんだ。
 
        と、ウインク。
 
シンスケ:空飛ぶ鯨・・。
最後の猫:ま、それまで種をまくんだね。
 
        と、軽く言って。
 
最後の猫:じゃ、いかなきゃ。
シンスケ:え?いくって、どこへ。
最後の猫:さあね。でも、この世界も滅びることだし。
シンスケ:え?
最後の猫:君が決めたことだよ。
シンスケ:僕が。
最後の猫:さっき決心しただろ。
 
        間。
 
最後の猫:ほら。聞こえるじゃないか。
 
        もう一度、切ないような、深い、海の底からやってくるような美しい声。
        じっくりきいて。
 
最後の猫:君が決めたんだ。
シンスケ:・・ああ、そうだね。僕はこの世界を滅ぼすことに決めたんだ。・・でも、どこへ行けば・・。
最後の猫:情けない顔しないって。
 
くくっとわらって猫がいう。
 
最後の猫:どこへ行ったって君の世界だ。そうして、世界なんか何回だって滅びるよ。あの声を聞く度に。・・君が空飛ぶ鯨となるまでは。
シンスケ:僕が・・空飛ぶ鯨に?
 
        かまわずに。
 
最後の猫:ねえ。
シンスケ:何。
最後の猫:ぶるぶるってきたらさ。
シンスケ:何が。
最後の猫:トイレの時。
シンスケ:相変わらず下品だね。
最後の猫:真実だよ。ぶるぶるっときたら、そうだからね。
シンスケ:何が。
最後の猫:僕らは、ここにいる。
シンスケ:え。
最後の猫:僕らは、ここにいる。いつだって、ここにいる。
 
間。
 
シンスケ:あえないんだね。
最後の猫:たぶん。
シンスケ:君はいなくなる。
最後の猫:かな?
シンスケ:君は本当にいなくなる。
最後の猫:湿っぽいのは苦手だなあ。ほら。
 
と、ノンノン猫がいた。手を振っている。
振り返して。振り返れば最後の猫はいない。
 
シンスケ:え、どこいったの。最後の猫。ねえ。見えないよ。
 
しゃーっという音がする。
それに紛れて。
 
最後の猫:僕はどこでもいるよ。ほら、世界はもうすぐ滅びるよ。元気出して。種捲くことを忘れるな。
シンスケ:ああ、わすれない。わすれないよ。・・元気で。
最後の猫:君もね。・・いつか空飛ぶ鯨となって・・
 
        シャーッという音が激しくなって声がとぎれる。
 
シンスケ:のんのんねこ−っ、さいごの、ねこーっ!
 
音がどかんと戻る。交差点のような現実の音。
茫然とするシンスケ。
やがて、シンスケは梯子を登り始めようとする。
最後の猫たちがすれ違っていく。
にやっと笑い、シンスケにちょっかいかけるのんのん猫。
気づかずにゆっくりと登り始めるシンスケ。
やれやれといった面もちで見送り、やがて最後の猫観客席に深くお辞儀をする。
        梯子にある花にトッブサスがあたっている。
                                                            【 幕 】



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