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「二重螺旋の日記」
                作  結城 翼
 
これは、物語の迷宮。記憶の海に浮かぶわたしの一欠片。
 
☆登場人物
 
ケンヂ・・・
かま猫・・・
恭子・・・・
先生・・・・
眠り女・・・
T プロローグ 眠り女
 
めくるめくようなタンゴ。
幕が上がる。
ケンヂが椅子に座って、日記帳を見ている。
周りの薄暗闇の中では、夜の羊たちがダンス。
途中でケンヂも少し踊るが再びイスに座る。
そして、夜の羊たちは潮が引くように消えていく。音楽だけが残るが。
タンゴに重なり、時を刻む音。
やがて、時計の音のみとなり大きくなり。
3時をうつ音がする。
 
ケンヂ:昔、羊が一匹、柵を越えた。ぴょん。続いて、もう一匹羊が柵を越えた。ぴょん。またもう一匹柵を越えた。ぴょん。きがつくと、もう一匹柵を越えていた。ぴょん、ぴょん。
 
やがて、ぱたっと日記帳を閉じる
 
ケンヂ:羊が柵を越えたからって、何になるんでしょうね。・・・眠れないんです。本当に。いえ、そうではなく、本当に眠れないんです。眠くならないんです。人間8時間は眠らなくちゃいけないのに。4当5落なんてそんなんじゃ大学受からない。僕の水準じゃだめなんです。志望してるところは。だから、3時間睡眠でいいってやってたら、慣れって怖いですね。ナポレオンだって本当は昼間居眠りして他と思うんだけど、ぼくは全然眠りません。キリンは30分しか寝ないんだそうです。でも、僕は本当にねむりません。いや、そうじゃない。それは正確じゃない。多分、ほんのちょっとは寝てると思うんです。ほんのちょっとだけ。眠り女が見えるでしょう。
 
トップサスの中、眠り女がイスに座り居眠りをしている。
ケンヂ:あいつが出て来ると僕は寝ているんです。多分。長い夜の中の、ほんのちょっとだけ、あいつはでてくる。そうして、笑うんです。
 
眠り女が起きて笑う。いやな笑いだ。
ケンヂ:あの笑い。何を笑ってるんだろうかとそのたびに思います。僕を笑ってるんだろうか。眠れないのを笑ってるんだろうか。いいや、そうじゃ、ないどこにもいないはずの眠り女を見ているんだから、僕は寝ている。だから眠れないのを笑っているンジせゃない。では何を笑っているんだろう。それを考えると僕は眠れなくなります。眠りの中で眠れなくなり、僕はまたもう一つ向こうの眠りの扉を開けなければならなくなり。
 
扉が開く音。
眠り女は眠りはじめやがて消える。
 
ケンヂ:僕はまた数えはじめます。羊ではなくて時間を。1秒、2秒、3秒。一分、二分、三分。1時間、2時間、3時間。1日、2日、3日。1年、2年、3年。カタン、タカン、カタン、カタン、カタン、カタン、カタン・・・
 
カタン、カタン、と列車がレールを走っていくような音が聞こえる。
 
ケンヂ:カタン、カタン、カタン、カタン・・気がつけば僕は列車のように時間の中をさかのぼっています。高校3年生、2年生、1年生、中学3年生、2年生、1年生、小学6年生、小学5年・・
 
キキーッという音。汽笛。列車が急に止まるような音。
ブシューっと蒸気を吐く音。
そうして、どこからか声。
 
眠り女:絶対忘れない。絶対殺してやる。絶対覚えている。
ケンヂ:絶対忘れない。絶対殺してやる。絶対覚えている。
 
ケンヂ、再び日記帳を開いている。
 
ケンヂ:恥ずかしいことばです。激情。恥辱。怒り。絶望。復讐。何て言うんでしょう一時の気の迷い、若気の至り・・・覚えていないんですよね。絶対忘れてると言ったくせに。絶対覚えていると言ったくせに。小学5年生だろうと思うんです。日記帳。たどたどしい字。稚拙な文章。でも、なんかどこか切なくなってくる。自分の書いた日記なんて読み返すものじゃありません。顔から火が出る思いってありますよね。あれです。露出してはいけない恥ずかしい部分がそのままでてしまってる感じ。お天道様の下これじゃ歩けません。・・でも。
 
日記帳を閉じる。
立ち上がる。
ケンヂ:確かに僕が書いたはずです。なぜ、絶対殺してやるって書いたんでしょう。思い出せません。どうしても。だから、すごく気になって、また眠れなくなり、さらに、眠りの扉を開けなければならなくなるんです。
 
ぎーっと扉が開く。
 
ケンヂ:そうするとそこには。
かま猫:えーい、うだうだうだうだとめんどくせー。おいらかま猫でい。
 
かま猫がいた。
首にペンダントをかけてなんだかきざ。
 
U かま猫
 
かま猫:おうっ。にいさん。さっきから聞いてりゃうだうだうだとうっとうしい台詞ばっかり言いやがって、なんでえ、眠れなきゃ起きてりゃいいじゃねえか。人間持たなくなったらねちまうんだよ。それをなんだ、何とちくるったかしれねーけどよ。絶対殺してやるだあ。けっ、たわけたこと抜かしやがって。きになるだあ、ああ気になろうともさ。へたすりゃ、お手手が後ろへまあらあ。すると何。気になって眠れない。しょうがねえなー。やっぱりおいらか。おいらが出てかなきゃはじまらねえかあ。けっ。なさけねえなあ。だから、二浪も三浪もすんだよなあ。やっぱ。うん。にんげんできてねえよ。よっし、わかった。おいらに任しとき。探してやるよ。探して。で、どこだい。それ。
 
この間、茫然としているケンヂ。
 
かま猫:ほらっ。ほらほらっ。なんとかいえよ。かーっ。じれったいねーっ。口有るだろが、口。だからだめなんだよ。あの子に振られたのしってるぜ。ぐしぐししてるからだよ。ばーか。さっさとこくっちゃえばいいのによ。残り物には福はないんだぞ。で、どうよ。どこよ。どこ。どこっていってっだろ。さっさと吐いちゃえ。おえーっと。ほら、おえーっとさあ。
ケンヂ:君、誰。
かま猫:へっ?
 
間。
 
ケンヂ:誰。
かま猫:いや・・かま猫だけど。
ケンヂ:かま猫?
かま猫:かま猫。
ケンヂ:猫?
かま猫:猫。
 
小さい間。
突然。
 
ケンヂ:うわーっ。
 
あわてて、かま猫も。
 
かま猫:うわー。
 
と、こちらはややひやかしか。
 
ケンヂ:猫?
かま猫:猫。
ケンヂ:かま猫?
かま猫:かま猫。
二人 :うわー!
 
ばたばたするケンヂを、ばこっとはたいて。
 
かま猫:やかましい!!
ケンヂ:いったーっ。
かま猫:じたばたすんじゃねーっ!
 
頭抱えているケンヂ。
 
ケンヂ:猫がしゃべってる。
かま猫:だって、猫だもん。
ケンヂ:猫が日本語しゃべってる。
かま猫:だって、かま猫だもん。
ケンヂ:おかまが猫になってる。・・ギャーッ。
 
おもいっきりひっばたかれた。
 
かま猫:失礼な!先祖代々由緒正しいかまねこだ!かまはあってもおかまじゃない。
 
しゃーっ。とする。
 
ケンヂ:はいっ。
 
と、思わず正座。
 
ケンヂ:でもー。
かま猫:何。
ケンヂ:猫がしゃべってる。
かま猫:あったりまえじゃん。猫はみんなしゃべれるンよ。そんなことも知らんと飼いよったの。
ケンヂ:え?
かま猫:人間に知られると、サーカス売られるからうるさいでしょ。だから、みんな黙ってるのよ。おかげで、めんどくさいったらありゃしない。わざわざ、猫語なるもの作ってさ。
ケンヂ:猫語。
かま猫:そっ。こんなんだよ。聞いたことあるだろ。
 
と、恋のぽーずや、ケンカするときの猫の形態模写。
 
ケンヂ:えーっ、あれって、わざわざ猫語しゃべってるの。
かま猫:めんどくさいったらないわけよ。あいしてるぜっ。といや済むところを。
 
        と、さかりのついた感じの鳴き声をいくつか。
 
ケンヂ:へー。
 
と、感心する。二浪するわけさ。
かま猫:ま、なんでもよのなか楽じゃないけど。とりわけ猫に取っちゃね。
ケンヂ:へーっ。しゃべれるんだあ。猫は。
 
と、感心してる。ほんとかよ。
 
かま猫:まあな。
 
と、舌を出す。嘘らしいどうやら。
 
ケンヂ:でも・・。なんで出てきたの。ここは。
かま猫:出て来ちゃ悪いか。
ケンヂ:あ、いや。
かま猫:ご主人様が困っていらっしゃるときにたすけてやらにゃあ、猫道に反するでしょうか。
 
自分をさして。
 
ケンヂ:主人?
 
ケンヂをさして。
 
かま猫:ご主人様。
ケンヂ:何で。猫飼ってないよ。
かま猫:いいえ。さに非ず。
 
ばっ、とポーズ。
 
かま猫:おひけーなすって。
ケンヂ:え?
 
気合いを入れる。
 
かま猫:おひけーなすって。
ケンヂ:あ、はい。
 
と、なんかつられて心許なくポーズ。
 
かま猫:てまえ、生国と発しますのは、どこやら分かりません。
ケンヂ:は?
かま猫:親の代から野良一筋、神社の軒下、お宮の縁側、はたまた、朽ちた床の下。世間様の目をかすめ親子ともどもひっそりと、暮らしのたつきは、あじ二匹、悪いこととは知りながら、之を食わねば身も果てる。ままよ、許して野良猫稼業、かすめ取っては、命をつなぎ、つなぎつないで三とせの月が流れ流れてその日がくれて、あてのないまま流れて流れ。やってきました、この家(や)の庇。あれは如月月初め、あたりも見えぬ、新月の、夜風冷たく身体も凍る、心も冷える、痔も痛む・・、おーい、止めろよ。誰か。
ケンヂ:だって、気持ちよさそうだから。
かま猫:気持ちいいよ。気持ちいい。おれはいいよ。だけど、お客様困るじゃないの。え、話すすまねーよ。
ケンヂ:話って。
かま猫:かーっ。なんで、おいらが出てきたかってことだよ。
ケンヂ:何で出てきて漫才してるの。
かま猫:漫才じゃねー。
ケンヂ:でも、しらけてるよ。
かま猫:ギクッ。
ケンヂ:で、どうよ。
かま猫:だから・・思い出したいんだろ。
ケンヂ:何を。
眠り女:絶対忘れない。
 
雰囲気が変わった。
 
ケンヂ:それは。
かま猫:絶対殺してやる。
ケンヂ:ああ、けど。
かま猫:絶対覚えている。
ケンヂ:だけど。
かま猫:じぇんじぇん覚えてねー。
 
雰囲気元に戻る。
ちょっとほっとして。
 
ケンヂ:そうなんだ。なんにも、思い出せない。
かま猫:だから、てつだってやろうって言ってるじゃねーか。
ケンヂ:ほんとっ?
かま猫:ほんと。
ケンヂ:でも、猫じゃなー。
かま猫:猫の手も借りたいって言うじゃない。
ケンヂ:でも、猫だもんなー。
かま猫:猫もあるけばぼうにあたるよ。
ケンヂ:でも、猫なんだよなー。
かま猫:猫に鰹節っていうでしょ。
ケンヂ:でも・・痛いっ!
かま猫:あのねえ。しまいにゃ、化けるぞ!ばけてとりつくぞこのやろ!手伝うって言ってるじゃん。猫の好意はさっさと受ける!棚からぼた猫っというだろが!
ケンヂ:言わない。
かま猫:いわなくもいい!!
ケンヂ:・・分かったよ。
 
と、しぶしぶ。
 
かま猫:わかりゃいいんだ。たく、すなおじゃねーなー。
ケンヂ:これじゃ押し売りだよ。(と、ぼそぼそ)
かま猫:何?!
ケンヂ:何でも。あれ。
かま猫:何。
ケンヂ:それ。
かま猫:あ、これ。おしゃれでしょ。
ケンヂ:どこかで。
かま猫:悪い。机の中からね。
ケンヂ:泥棒猫。
かま猫:いいじゃない。わすれてたでしょ。猫に小判。あ、ちがつた。猫に鰹節。光り物には弱いのよ。ども。
 
と、ぺんだんとで。ぺこっと礼。
 
ケンヂ:ひでえ、やつだ。
かま猫:けちけちしない。にあう人が使えばいいのよ。
ケンヂ:猫だろ。
かま猫:あ、そだった。
ケンヂ:たく。いいけど。・・で、どう手伝ってくれるの。
かま猫:やっと、本論入ったなあ。よしよし。
ケンヂ:お前がかきまぜてんじゃない。(と、ぼそぼそ)
かま猫:ナ・ン・ダ・ッ・テ?
ケンヂ:何でもありません。どうするの。
かま猫:小学5年だよな。
ケンヂ:何が。
かま猫:問題の日記。
ケンヂ:日記かなあ。
かま猫:え、それもわかんねーの。
ケンヂ:いやあ。・・たぶん日記だと思う。日記だ。
かま猫:たよりねーつうか。頭悪いんじゃねーの。
ケンヂ:悪かったねー。どうせ、二浪ですー。
かま猫:頭悪い奴に限ってすぐふてくされんだよなあ。
 
ケンヂ、ふてくされてる。
かまねこ、かまわず。
 
かま猫:しゃあねえな。とりあえず、いってみっぺ。
ケンヂ:え、どこへ。
かま猫:関係者。総当たりだよ。犯罪捜査の定石。猫も歩けば棒に当たる。
ケンヂ:犯罪じゃないって。
かま猫:とりあえず、小学5年のころの関係者。誰でもいい。思い出す奴いるだろ。
ケンヂ:関係者・・副委員長の恭子さんかなあ。
かま猫:恭子って。
ケンヂ:うー。ちょっと可愛かった子。
かま猫:あはー。へー。そうかあ。
ケンヂ:な、何。違うよ。違う。全然、そんな。
かま猫:何が?
ケンヂ:何がって。・・やだなあ。
二人 :ハハハ。・・・ふーっ。
 
気を取り直して。
 
かま猫:じゃ、行こう。
ケンヂ:行こうって。
かま猫:恭子さんち。
ケンヂ:え、恭子さんちっていわれても。移っちゃったし、今どこにいるのか・・。
かま猫:いいんだ。行くよ。
ケンヂ:あ、おい。かま猫。
かま猫:いくぞ。世界はわが手の中に。シャキーン。ドッピュー。トーッ。
ケンヂ:ドピューン。
 
と、つられるが。
 
ケンヂ:うわーっ!!
 
V 恭子
 
激しく、回り込むような音楽とダンス。
タンゴっぽいのがいい。
舞台転換。
収まると恭子の家。
恭子とケンヂがいる。
ケンヂ:というわけなんですが。
恭子 :というわけですか。
 
二人、ハハハとむなしく笑う。
かま猫がお茶を持って入ってくる。
 
かま猫:お話が弾んでますね。お若いっていいこと。
ケンヂ:お構いなく。
恭子 :あら、そのお茶。
かま猫:いい玉露ですわね。
恭子 :あら、そのケーキ。
かま猫:チーズケーキならよかったんですが。
 
三人、意味もなくハッハッハと笑って。
ケンヂ:かまわんでください。
かま猫:いいえ、ちっとも。
恭子 :うちのじゃない。
かま猫:そうでした?
恭子 :そうですよ。あつかましい。
かま猫:まあ、こまかいことはおいといて。
恭子 :大きいケーキですよ。
かま猫:単刀直入にお聞きします。(がらっと変わって)おい、日記どこやったんじゃ、ぼけ。はよ、だしくさらんか、こら。うだうだいいよったらな、のどちんこかちわって、目玉ぎょとぎょといわして、しゃぶ打って、内蔵さばいて東南アジアへうりたくったるぞぼけーっ。こらーっ。
 
恭子、唖然。
ケンヂ、あわてて。
 
ケンヂ:か、かま猫。
かま猫:というような、パターンもないことはないですが、ここはもっと紳士的に行きましょう。
恭子 :は?
かま猫:探してるんです。
恭子 :ええ、お話は聞きました。
かま猫:なら、話は早い。
恭子 :でも、覚えはないですね。
ケンヂ:でも。
恭子 :ううん。違うの。
ケンヂ:何が。
恭子 :ケンヂさんとおっしゃいましたわね。
ケンヂ:え、ケンヂさんて・・・。
恭子 :済みません。私、あなたにあった覚えはないんです。
ケンヂ:え、そんな。あなた確か、副委員長してましたよね。5年生の時。
恭子 :ええ。してました。
ケンヂ:委員長は、高塚って、ちょっときざな。
恭子 :かっこよかったわ。
ケンヂ:そうかなあ。あいつは。
恭子 :クラスの女子、けっこうほの字だったんですよ。
ケンヂ:えーつ。ゆるせないなあ。あいつはね。
かま猫:おいおい。
ケンヂ:あ、すみません。つい。
恭子 :いいえ。でも、あなたはいなかった。
ケンヂ:でも、あなたはいた。
二人 :変ですね。
かま猫:変じゃないだろ。
ケンヂ:どうして。
かま猫:存在感薄かっただけじゃないの。あんた。
ケンヂ:ギクッ。
かま猫:良くいるじゃない。クラスに一人か二人、いるかいないかわからない不景気な幽霊みたいなやつ。同窓会やっても名簿からもれちまうやつ。それじゃねーの。
ケンヂ:ギクっ。
かま猫:図星だね。
ケンヂ:そ、そりゃたしかに存在感薄かったかも知れない。けど。
恭子 :いいえ。クラスは全員覚えてます。少なかったし。でも、あなたはいませんでした。
ケンヂ:そんな。僕は覚えてるのに。
かま猫:転校生か。
ケンヂ:え?
かま猫:ほらっ、ちょっとしかいない転校生ってたまにいるじゃない。あれだよ、転校したっていってたろ。
ケンヂ:転校はしたよ。けど、二学期からだ。一学期はいっしょにいたはずだ。変だろ。
かま猫:なるほど。
ケンヂ:何でだろ。
恭子 :でもね。あなたはなんか見かけた気はするんですけど。
ケンヂ:かま猫:を?
かま猫:えっへん。
ケンヂ:そりや、猫はたいてい似てるよ。
恭子 :猫?
ケンヂ:猫。
かま猫:かま猫。
恭子 :んまーっ。冗談ばっかし。
ケンヂ:いや、こいつ猫だって。
恭子 :しゃべってますよ。
ケンヂ:猫はみんなしゃべれるんです。
恭子 :は?
ケンヂ:普段猫語しゃべってるんですけどね。日本語バリバリなんですよ。なあ。
かま猫:まあね。
恭子 :とても猫には見えませんわ。
ケンヂ:でしょう。ほんとに人間みたいです。
恭子 :人間なんでしょ。
ケンヂ:猫なんです。・・そうだよな。
かま猫:どこで見かけたんですか。
恭子 :さあ、小学校の時だから・・
ケンヂ:校庭でもうろついてたんじゃないですか。
恭子 :そんなんじゃなく。・・・すみません。
かま猫:いいんですよ。分かりました。調べましょう。食い違い。
ケンヂ:食い違いって?
かま猫:記憶の食い違い。あんたは、恭子さんを覚えてるが、恭子さんはあんたを覚えていない。恭子さんはおいらを見た記憶があるけど、おいらは記憶がない。おいらはあんたを覚えてるようなきがするがあんたは知らなかった。でも、みんなあのときだ。
ケンヂ:5年生?
かま猫:たぶん。
恭子 :あっ。
ケンヂ:どうしたの。
恭子 :タイムカプセル!
ケンヂ:えっ?
かま猫:あの恥ずかしいやつ。
恭子 :タイムカプセルだわ。
かま猫:10年後の自分へーっとか気恥ずかしい事書いて。
ケンヂ:わざとらしく、校庭なんか埋めちゃって。
かま猫:2,3年後つい掘り出したりして。
ケンヂ:10年後には忘れてるってやつ。
恭子 :たしか、タイムカプセル埋めたんです。クラスで。夏だったかな。
かま猫:覚えてる?
ケンヂ:あんまし。なんかあのころブームだったし。クラスでしょ。学年でしょ。学校全体でしょ。グループで。あ、いけね、自分でもなんか埋めた気がする。
かま猫:はずかしいー。あの人の思い出にって?
ケンヂ:うっせーな。いいじゃん。若気の至り。
恭子 :調べてみたら分かるかも。
ケンヂ:掘り出していいかなあ。
恭子 :あら、知らないの。
ケンヂ:何を。
恭子 :小学校もう統廃合されて今公園になってるのよ。
ケンヂ:え、ほんと。
恭子 :4年ぐらい前かな。
ケンヂ:しらんかったなー。うーわ。なくなっちゃったんか。学校。
恭子 :校舎も解体されたようよ。
ケンヂ:そうか。じゃ、むりだな。タイムカプセルだって、工事の時に掘り出されてるよ。
恭子 :そんな話は聞いてないわ。
ケンヂ:なら、まだあるの?
恭子 :さあ?
かま猫:よっしゃ、調べまひょ。
ケンヂ:どうやって。
かま猫:現場。
恭子 :現場って、もう公園になっちゃってるよ。
かま猫:5年生の現場。
ケンヂ:んな、無茶な。
かま猫:現場百回。これぞ犯罪捜査の常識!
ケンヂ:だから犯罪じゃないって。
かま猫:!いくぞ。世界はわが手の中に。シャキーン。
恭子 :しゃきーん!
ケンヂ:かま猫。無理だって。
かま猫:ドッピュー。
恭子 :どっぴゅー
かま猫:トーッ
ケンヂ:トーッ!。うそーっ。
 
ぴしっとなれば、めくるめくタンゴ。
ダンス。
転換。
 
W 先生
 
夕方の授業。これはかならずしも本当の授業ではない。
        あやとりしてるかま猫と恭子。
ケンヂはきちんと聞いてる。
先生が吠えてる。
 
先生 :さて、人は常に命題を求める。いいかー、命題だー。題名ではなーい。はっきりしとる世界だ。一か二か、○か×か。デジタルだ。アナログではなーい。たとえばー、「愛さえあれば何もいらないわ」。なるほど。重いことばだ。だが、正しいかどうかはわからない。そうだな。曖昧だ。たとえば、こう返される。言って見ろ。
かま猫:お金がある人はそういうんですよ。
先生 :なるほどそういう返し方もある。だが、ちがーう。そう言うことをいっとるんじゃなーい。
ケンヂ:どういうこと。
先生 :どういうこと?ふふーん。なーまいきに。ガキが。
ケンヂ:なんで生意気なんだよ。
先生 :ガキに愛が分かってたーまるか。
ケンヂ:分かるよ。それぐらい。
 
と、勢いで。
 
先生 :ほーお。愛が分かる。愛がねー・・。いうてみい、クソガキ。
ケンヂ:いってやらあ。愛ってのはね・・・愛ってのは・・えーと。
かま猫:あーい、あい。あーい。あい。
ケンヂ:やかまし。
先生 :どうした。
ケンヂ:いっしょにいたいって事だよ。
先生 :ほーお。いっしょにいたいねえ。ガキの考えそうなことだわな。
かま猫:あなたを愛してる、だから、風呂もトイレもいっしょ。うふっ。
ケンヂ:トイレはやだけど。お風呂なら。
 
恭子がクッション投げつける。
 
恭子 :エッチ。
ケンヂ:正しい欲望だよ。
恭子 :それは愛するんじゃないの。単なるスケベ。
ケンヂ:でも、好きならいいじゃない。
恭子 :好きと愛してるとは違うの。
ケンヂ:どう。
恭子 :自分で考えるのね。ガキ。
ケンヂ:むかつく。
先生 :愛は迷宮じゃな。だが、いいたいことはちがーう。
ケンヂ:じゃどうなのよ。
先生 :明確な形があるか。きちんと区切れるか。正しいか正しくないかはっきり分かるか。
ケンヂ:そんなの分からないよ。心のことだもの。
先生 :そうだ。分からない。だから、命題ではない。曖昧だからだ。ぶれがあり揺れがある。愛は命題ではない。
ケンヂ:何を言いたいのさ。
先生 :にもかかわらず、人は明確なものを求める。愛に命題を求める。確かな愛。確実な愛。正しい愛。わたしを愛していてくれるだろうか。それはどれくらい愛しているのだろうか。口では々とでも言える。でも、ほんとうのところ、心の何パーセントで私を愛してくれているのか。
ケンヂ:パーセントなんか分かるわけないじゃん。
先生 :そっのとーりぃ!わかるわけはない。だがしかし、それを求めるのが人間というもの。愛は命題ではない。しかし、愛に命題を求めるのが人間だ。ガキにわかるかなぁ?
ケンヂ:むかーっ。分かるさ、そのくらい!人間なんて矛盾だらけって言いたいだろ。だからどうしたの。
先生 :別に。
ケンヂ:別にって。
先生 :世界が相対の螺旋の渦にある以上、矛盾してても平気なわけさ。人間ってのは。
ケンヂ:はあ。
先生 :わからんならわからんでいい。そのうち、分かるものは分かるし、わからんものはやっぱりわからん。問題は、わからんことをわからんままでいるより、わからんことをわからんとして、わかるほうがいということだ。わかるか?
ケンヂ:???。
先生 :ふんっ。クソガキにゃわからん。はいっ。本日の授業これにて、一件落着。はい、のみにいくぞーっ。
 
と、飲みに行こうとするが。
 
ケンヂ:かま猫っ。
かま猫:ままままままっ。ねっ。
先生 :なんじゃ。わしゃあるこーるがほしーい。
かま猫:まま、それはそれとして。なんですな。
先生 :なんじゃ。
かま猫:ほれっ。
ケンヂ:あのう。教えてください。
先生 :教えただろが。
ケンヂ:えっ。まだ教えてもらってません。
先生 :ふん。なまけものにかぎってそういう。教えてもらっているのに、教えてもらってないと言うよりは、教えてもらってないことを教えてもらっていると言う方が、教えてもらってないことを教えてもらはないというよりも、あれ?教えてもらえるのに、教えてもらえないと言うことは、・・痛いじゃろが!
 
はたかれた。
 
ケンヂ:教えてもらってません。
先生 :教えたぞ。愛は命題ではない。
ケンヂ:タイムカプセルですっ!
先生 :なんじゃ?
ケンヂ:タイムカプセルですっ。ほら、小学5年の時、先生が音頭取って、あほみたいに集め回ったでしょうが。始めての体験、とか、一番感じたとき。とか。
恭子 :すけべ。
ケンヂ:ちゃうよ。作文の題。まじめなの。
恭子 :でも、すけべ。
ケンヂ:もう。・・覚えてません?!
先生 :ばっかもーん!!
ケンヂ:はいーっ?!
先生 :そんな大事なことは早く聞けーっ
ケンヂ:あんたが、べちゃくちゃしゃべってたやないですか。
先生 :わしゃしらん。
ケンヂ:あ、あーっ。そういう。あーっ。
 
先生、くっくっくっと笑って。
 
先生 :おぬし、出来るな。
ケンヂ:はあ?
先生 :世界の認識の根本原理を問うか。・・そうか。そういうことか。
ケンヂ:なんのことだか。
 
恭子もさあと肩をすくめる。
 
先生 :タイムマシーンは奥が深い。
ケンヂ:タイムマシン?だれもそんなこと聞いてません。タイムカプセル。タイムカプセルですよ。
先生 :しらんのか?
ケンヂ:え?
先生 :しっ。
 
と、辺りをうかがって。
ケンヂ:を誘拐する。
ついでに、恭子も。
 
恭子 :痛い。
先生 :しっ。声が大きい。
 
ひそひそと小さい声になる。
 
先生 :タイムカプセルってのはな、大きい声では言えないが。タイムマシーンなんだよ。うふっ。
 
間。
 
ケンヂ:お世話になりました。
 
と、恭子と去ろうとする。
 
先生 :まてまてっ。またれい!話は最後まで聞けーっ。
                 
と、止める。
 
ケンヂ:だってー。
先生 :だっても明後日もねーつ。そこへすわれーっ!!
 
びっくりして座り込む二人。
改めて、ひそひそ声。
 
先生 :タイムカプセルってのはな、大きい声では言えないが。タイムマシーンなんだよ。うふっ。
 
普通の声で。
 
ケンヂ:だから、タイムカプセルの話を聞きたいんであって。
先生 :タイムマシーン!
ケンヂ:タイムカプセルでしょ。
先生 :違う。
ケンヂ:でも。
先生 :タイムマシーンなの。
ケンヂ:時間旅行なんかできませんよ。タイムカプセルじゃ。
先生 :当たり前だ。
ケンヂ:いばんないで下さい。
先生 :誰が威張った。
ケンヂ:先生。
先生 :権威があるから仕方がない。
ケンヂ:だれがよ。
先生 :タイムマシーンなのだ。
ケンヂ:だからそれは。
先生 :世界は情報の認識処理の結果に過ぎない。
ケンヂ:は?
先生 :昔、とおーい昔、中国4000年の昔。
ケンヂ:一体何を。
先生 :しっ。講義だ。中国哲学。奥が深い。深すぎて底が見えない。真っ暗闇。
ケンヂ:見えなきゃやめればいいのに。
先生 :やめてしまっては真実が見えない。世界の真実を見ること、考えることが哲学の意義だ。私の使命はそこにある。
ケンヂ:はいはい。真っ暗闇なんですね。
先生 :バカっ。
ケンヂ:はい?
先生 :真っ暗闇で真実がとらえられるか。
ケンヂ:先生がいったんですよ。
先生 :見えないと思ったところに見えるものがある。
ケンヂ:はあ?
先生 :暗いと思っている君がいる。
ケンヂ:はあ。
先生 :だが、その暗さは真の暗さか。それとも、お前がそう見ているだけなのか。
ケンヂ:暗いから暗いんでしょ。
先生 :分かってないね。世界は本当に暗いのか。それとも、お前がそう認識しているだけなのか。
ケンヂ:認識も何も、自分の眼で見ているんだから。
先生 :本当にお前は何も分かっていない。自分の目で見ているときお前は言うが、一体誰がそれを保証することができる。自分の目で見ているという夢を見ていないと一体誰が保証できる。あるいはどうやって。
ケンヂ:だって科学的にデータを取れば。
先生 :そういう夢を見ていないとどうやって証明できる。
ケンヂ:んなこと言ったって、ゆめは夢だし、現実は現実。まっくらかったらくらいですよ。宇宙だって、あるじゃないですか。
先生 :という夢を見ていないとどうやって、どのように証明する。
ケンヂ:そんな。詭弁ですよ。
先生 :言っただろう。世界は君の情報処理の認識結果に過ぎないと。君は、君の認識処理として君の世界を持っているに過ぎない。真実の世界は果たして、君の思っているようなものだろうか。
ケンヂ:そんなこと言ったって。それなら、みんなバラバラの世界で暮らしていると言うことになるじゃないですか。世界はみんなバラバラにあるって。そんなあほな。
先生 :そうだよ。
ケンヂ:そうだよって。だって、世界は一つじゃなきゃ。
先生 :誰が決めた。
ケンヂ:誰が決めたって。昔からそうです。
先生 :違う。
ケンヂ:違う?
先生 :君が決めたことだ。世界は一つだと。
ケンヂ:僕が?
先生 :そう。
 
ケンヂ:笑い出す。
 
先生 :君が決めたのだ。世界は一つだと。世界は暗いのだと。
ケンヂ:バカなこと言わないで下さい。だったら、これはどうですか。そうじゃないっていう先生いるじゃないですか。変でしょう。
 
にっこり笑って。
 
先生 :ある時、そう君は望んだからだ。真実へ近づきたいと。
ケンヂ:真実へ?
先生 :世界は、無数にある。それぞれの世界は情報の認識処理の結果に過ぎないのではないかと。
ケンヂ:先生 :・・・
先生 :そうして、私は生まれた。君のために。
ケンヂ:嘘でしょ。
先生 :絶対忘れない。絶対殺してやる。絶対覚えている。
 
間。
 
ケンヂ:それは。
先生 :タイムカプセルはタイムマシーンだよ。タイムカプセルは子供の時間を封印する。子供の人生を。決してあけてはいけない、開かずのカプセルだ。
ケンヂ:どうして知ってるんです。
先生 :開けちゃいけないよ。あければ、封印された時間のエネルギーが爆発する。埋め込まれた時間の爆弾。君は、たぶんとらえられる。それでも探すかね。
ケンヂ:何を言ってるんです。
先生 :封印して、君は忘れることにした。11才の秋。夏が死んだばかりのうっとうしい秋だった。
ケンヂ:あなたは誰。
先生 :誰でもない。私は。
ケンヂ:私は・・。
 
音が爆発。
ケンヂ、思わず縮こまる。
ダンス。
転換。
 
X 脳が見る幻
 
再び恭子の家。
かま猫がいた。
 
かま猫:ほらみろ。ろくなことになんないでしょうか。
ケンヂ:いってー。
かま猫:ああいう似非知識人には近づかない方がいいの。これに懲りて、少し身を慎んだら。
ケンヂ:世界が幾つもあるって。
かま猫:はいはい。ああいうのよくあるんですよ。相対化し過ぎちゃって、本質見失うのがね。
ケンヂ:やっぱ世界は一つなのかなあ。
かま猫:いっぱいあったら、おいらもいっぱい。落ち着かないで書が。ケンヂ、いっぱいいたら困るんじゃないですか。
ケンヂ:そんな問題か。
かま猫:そうですよ。熱いお茶を一杯。よくしょうゆ味の効いたおせんべバリバリ。それで、頭はすっきりします。世界もね。おーい、お茶もっといでーっ。
                      
恭子がお茶を持ってくる。
 
恭子 :はい、どうぞ。
ケンヂ:いただきます。
恭子 :チーズケーキもどうぞ。
かま猫:お構いなく。
二人 :はっはっは。
 
ずずーっといっぱい。
 
三人 :ふーっ。
 
と、大きなため息。
 
ケンヂ:ねえ。
かま猫:なんですか。
ケンヂ:ふっと、疑問に思ったんだけどさ。
かま猫:それで。
ケンヂ:ここどこかなあ。
かま猫:気になるんですか。
ケンヂ:うん、気になって、夜も眠れない。
かま猫:知ってどうするんです。
ケンヂ:どうもしないけど。だって、変でしょ。
かま猫:何が。
ケンヂ:恭子さんの家だったり、学校だったり、自分ちみたいだったり。変だよ。
かま猫:気にしなくていいですよ。
ケンヂ:どうして。
かま猫:楽でしょ、その方が。
ケンヂ:でも納得行かないもの。
かま猫:好奇心は猫をも殺すと言いますがね、あなたわたしを殺したいんですか。
ケンヂ:まさか。
かま猫:なら聞かない方がいいですよ。
ケンヂ:そんなわけには行かないよ。恭子さんもそうでしょ。
恭子 :・・んー、わたしならどうでもいいけど。
かま猫:ほらこう言ってるじゃないですか。世の中には知らない方がいいことがいっぱいあるんです。
ケンヂ:ダメ。
かま猫:絶対?
ケンジ:絶対。
 
溜息ついて。
 
かま猫:強情なんだから。
ケンヂ:済みませんね。強情で。
かま猫:言ってたでしょ。世界は情報の認識処理の結果だって。
ケンヂ:何かいってた。
かま猫:分かってるんですか。
ケンヂ:全然。
かま猫:あなたは。
恭子 :あたし?あたしは、まー、おっほっほ。
かま猫:どいつもこいつも。
ケンヂ:どういうこと。
かま猫:かんたんですよ。世界は、脳が見る幻だってこと。
ケンヂ:脳?
 
と、頭を指す。
 
かま猫:脳。
ケンヂ:幻って。
かま猫:あなたにとっての現実、世界といってもいいけど、それは全部あなたの脳が見てるでしょ。
ケンヂ:まあね。
かま猫:あなたが死んだら、世界はどうなる?
ケンヂ:死んだらて・・死んだって世界はあるでしょ。
かま猫:あなたにとってですよ。
ケンヂ:ぼくにとって?そんなのいみないじゃない。死んでるもの。世界なんかみれないし。
かま猫:そう。あなたにとって世界はそこで消えるんです。生まれる前というか、脳が見る前にはあなたにとって世界はないし、死んでもない。則ち、あなたにとっての世界はあなたの脳の中にしかないんです。そゆこと。
ケンヂ:え、じゃかま猫の世界は。
かま猫:もちろんぼくの世界でしかないです。
ケンヂ:え、だって、おたがいここにいるんじゃない。
かま猫:はい。わたしの世界とあなたの世界が交差して、それぞれの脳がそれぞれの世界を組み立ててるんです。
ケンヂ:えー、頭痛い。
かま猫:単純なことなんですけど。
ケンヂ:複雑怪奇。
恭子 :じゃ、世界はいっぱいあるって事じゃない。さっきの先生みたいに。
かま猫:まあそう言うことですねえ。
ケンヂ:えーっ、さっき世界は一つといったじゃない。
かま猫:そうとも言えます。
ケンヂ:あー、わからん。
恭子 :あたしも。
かま猫:大丈夫。すぐ慣れますよ。
ケンヂ:そういった問題じゃなくて。
かま猫:恭子さん、お茶のお代わり。
恭子 :はいはい。
 
と、立っていく。
 
かま猫:そのうち分かりますよ。
ケンヂ:ほんとかよ。
かま猫:とりあえず、脳の認識処理を替えるだけで、世界は変わると言うことで。よろしいでしょ。
ケンヂ:それって。どらえもんのどこでもどあみたいじゃない。
かま猫:うーん。いつでもどこでもどあドアかな。縦横左右、過去未来。時間と空間何でもござれ。ただし。
ケンヂ:ただし?
かま猫:脳の幻ですよ。
ケンヂ:なんだか、騙されたみたい。
かま猫:こんなふうにですか。
 
ぱちんとなった。
めくるめくタンゴ。
ダンス。
舞台は転換。
 
Y 屋上にて
 
夕焼けの屋上。
 
ケンヂ:ここは。
かま猫:屋上みたい。
ケンヂ:あ、小学校の。
かま猫:そう。
ケンヂ:もうないはずじゃなかった。
かま猫:簡単です。それは。
二人 :脳の認識処理を替えただけ。
かま猫:其の通り。
ケンヂ:単純に夢見てると言った方がいいじゃない。
かま猫:ふふ。まあそうとも言えるでしょう。人生は夢ですからね。
ケンヂ:気取っちゃって。猫のくせに。
かま猫:猫はおしゃれですから。
ケンヂ:で、いつ。
かま猫:さあね。記憶ありません?
ケンヂ:うーん。五年生かなあ。
かま猫:じゃそうでしょ。
ケンヂ:なんかいいかげん。
かま猫:脳の幻だから。
ケンヂ:そればっか。で、何が起こるの。
かま猫:さあ。
ケンヂ:知らないの。
かま猫:わたしの認識処理じゃありませんから。
ケンヂ:じゃ、これはぼくの世界。
かま猫:多分ね。
ケンヂ:かま猫のじゃないの。
かま猫:自分の意識はありますか。
ケンヂ:当たり前だよ。
かま猫:じゃ多分あなたのでしょ。
ケンヂ:ほんとかい。
かま猫:さあ。
ケンヂ:頼りないね。
かま猫:と、いわれても。
ケンヂ:で、何が起こるの。
かま猫:何が起きた?じゃないですか。ほら。
ケンヂ:隠れよ。
 
二人隠れる。
眠り女と恭子が出てくる。(ここからは眠り女と先生はいろいろな役になる。かま猫も)
 
眠り女:ねえ、決まった。
恭子 :まだ。
眠り女:ちょっとたのしみね。
恭子 :まあね。
眠り女:びっくりするでしょうね。
恭子 :そりゃあね。
眠り女:十年後か。
恭子 :十年後。
眠り女:何してるかなあ。
恭子 :大学生。
眠り女:夢ないわね。
恭子 :仕方ないでしょ。それが現実よ。
眠り女:大人か。
恭子 :りっぱなね。
眠り女:お酒も飲めるし、たばこも吸える。選挙権もあるし、エッチしてもとがめられない。
恭子 :なによそれ。
眠り女:べつに。いわれりゃなんかつまらないね。
恭子 :やりたいことあればそうでもないけど。
眠り女:何かあるの。
恭子 :今のところは。あんたは。
眠り女:花やしたいなあ。お花いっぱい飾って。
恭子 :それこそ夢ね。
眠り女:いいじゃない。きれいなおしごとよ。
恭子 :はたからみたらみんなそう見えるの。
眠り女:あんたさめてるね。
恭子 :そうでもないよ。・・たとえば。
 
と、手すりの方へ行く。
 
恭子 :見て。蟻みたい。
 
と、校庭を見ている。
眠り女がよってくる。
 
眠り女:蟻という程じゃないけど。小さいね。あ、カオリだ。あれー、あれ優君じゃない。
恭子 :そうね。
眠り女:あー。そうなんだ。あの女、知らん顔しやがってー。バレバレじゃん。
恭子 :真実が見える。
眠り女:え?
恭子 :高いところから見るって気持ちいいわ。
眠り女:あたしはちょっと高所恐怖だから。
恭子 :自分がなんだかすごく高められた気がする。
眠り女:そりゃ、高いとこだし。
恭子 :この間深夜劇場の映画見たんだ。
眠り女:何言うの。
恭子 :知らない、途中からだから。
眠り女:そんなの面白いの。ストーリーわからないじゃない。
恭子 :すじはいいのよ。
 
恭子、狙撃をするポーズ。
 
恭子 :バンッ!
 
すごく真剣。眠り女、息をのむ。
眠り女:恭子?
 
にやっと笑った。嫌な笑い。
 
恭子 :上から撃つの。学校の話。寄宿生だけど。屋上から、こうやって、下を通る人間たちを。バン、バン、ガガガカッて。
眠り女:怖い。
恭子 :怖い?いいえ、面白かったわ。
眠り女:面白いって。あんた。
恭子 :上から見ているとね。なんだかみんなちっぽけに見える。そうしてみんなの命や運命をわたしは握ってるって思える。
 
眠り女:笑い出すが、腹からの笑いではないようだ。
 
眠り女:世界を征服してやろうって?
恭子 :そう。私の夢は世界征服よ。
 
眠り女:はこんどはほんとにおかしげに笑う。
恭子も薄笑い。
 
眠り女:ああ、けっさく。まあがんばって。せいぜい応援するから。
恭子 :ありがとう。
 
くっくっとなおも笑ってたが
 
眠り女:あ、ネリだ。ほら。
 
くす、くすっと笑う。
 
恭子 :ネリね。
 
声は冷たい。
 
眠り女:どこ行くのかしら。とまった。あら、木の陰に隠れてる。何してんのかな。あれ?あれは・・・
恭子 :・・・。
 
恭子も視認したようだ。身体がこわばる。
 
眠り女:ケンヂじゃない。はーっ。そうなんだ。ネリがね。
恭子 :ネリが。
 
小さい間。
辺りを窺って。
にやっと笑う。
 
眠り女:やる?
恭子 :そうね。
 
にやっと、笑った。
 
恭子 :行こう。
 
ふたり、くすくすわらいながら。去る。
 
ケンヂ:変だね。
かま猫:うーん。
ケンヂ:どうしたの。
かま猫:いや、なんだか、ちょっと。
ケンヂ:ちょっとって。
かま猫:なんか思い出しそうだけど。
ケンヂ:いいこと。
かま猫:さあ。
ケンヂ:そのうち、思い出すよ。でも、へんだね、恭子さん。
かま猫:世界征服かあ。
ケンヂ:上から見る話。なんかやなかんじ。
かま猫:まあ、あのころはみな妄想が激しいもんだ。
ケンヂ:妄想でとどまりゃいいんだけど。
かま猫:もうそうっとおいとこう。痛い!
ケンヂ:駄洒落で殺す気か。
かま猫:わかったよ。ちぇっ。しゃれっけないやつ。
ケンヂ:ネリ。っていってたよね。
かま猫:それそれ。なんか気になるなあ。覚えてない。
ケンヂ:微かにあるけど。でも、思い出せない。
かま猫:ネリって子ケンヂに気があったんじゃない?思い出せないそんなこ。人生に二度はないチャンスだったはずだ。
ケンヂ:いっぱいあるよ。そんなもの。
かま猫:じゃいってみそ。いつといつだ。何年何月何日。バレンタインでもらうのは妹からぐらいのくせに。
ケンヂ:姉さんからだよ。あっ。
かま猫:ほら。
ケンヂ:はいはい。人生にそんなチャンスいちどもありませんです。悪うございました。
かま猫:悔い改めるにはばかる事なかれ。可哀想に。
ケンヂ:やかまし。・・でも、ほんとにきおくないなあ。
かま猫:あれば、人生最大の出来事だったのになあ。
ケンヂ:しつこいなあ。ほんとに。・・でも。
かま猫:覚えてない。
ケンヂ:うん。
かま猫:じゃ調査だ。ネリ。野田ネリを調べよう。
ケンヂ:わかった。・・ちょっとまって今なんていった。
かま猫:今?人生最大のできごと。
ケンヂ:しつこいぞほんとに。違うそのあと。
かま猫:調査だ。
ケンヂ:そのあと。
かま猫:ネリ、野田ネリを調べよう。
ケンヂ:それっ。
かま猫:あっ。
ケンヂ:だろ。
かま猫:ほんとだ。
ケンヂ:野田ネリっていったよな。
かま猫:いった。
ケンヂ:どうして姓まで知ってるの。恭子さんたち言わなかったよ。
かま猫:人生の謎だな。
ケンヂ:あほっ。
かま猫:わからない。ふっと頭に出てきた。
ケンヂ:じゃ、いよいよ調べなきゃいけないね。
かま猫:そういうことになるね。
ケンヂ:僕だけじゃなく、君のこともたぶん。
かま猫:多分ね。
ケンヂ:いつ、どこ。
かま猫:脳にまかせましょ。
ケンヂ:脳天気な話。
 
二人にやっと笑って、ポーズを決めて
ぱちっと。
めくるめくタンゴ。
ダンス転換。
 
Z 証言ごっこ
 
けっこうだれてきた二人。
 
ケンヂ:つかれるね。
かま猫:芝居終わるまで体力持つかな。
ケンヂ:危ないかも。
 
ぜいぜいいってる。
 
ケンヂ:ここは。
かま猫:わからん。
ケンヂ:誰の世界。僕の?
かま猫:疲れてわからん。
ケンヂ:あっ。だれか。
かま猫:隠れろ。
 
人がやってくるので隠れる。
バレーボールをしながら何人かがやってくる。
そーれと、とかいいながらやっている。昼休みっぽい。
受け損ねて、ボールが転がる。
ケンヂ:がボールを拾った。
        ケンヂ、返しながら。
 
ケンヂ:ゆきちゃんだよね。
眠り女:何言ってるのケンヂ。ほらっボールよこせよ。
ケンヂ:相変わらず口汚いの。
眠り女:さっきあったばかりじゃん。あんたもやる。
ケンヂ:いいよ。
 
と、全員でボールをつきあいながら、(このあたり適当に)
 
ケンヂ:ねえ、タイムカプセルどこに埋めたか知らない。
眠り女:ばかねえ。まだ埋めてないじゃない。来週の終業式。
ケンヂ:あっ、そうか。
恭子 :タイムカプセルがどうかしたの。
ケンヂ:あ、いや。どこに埋めるのかなって。
眠り女:先生がなんとかいってたけどね。あっ、へたくそっ。
 
ケンヂが受け損ねた。
 
ケンヂ:ごめん。
眠り女:もう一度ペナルティー。
恭子 :焼きそばおごるのよ。
ケンヂ:えーっ。まじ。
眠り女:とうぜん。
かま猫:たこやきがいいなあ。角のたこ八の。芥子マヨネーズが美味しい・
ケンヂ:何、かっていってんだよ。
恭子 :だめ。いくよー。はい。
 
と、始まる。ケンヂ、やや必死になって。
 
ケンヂ:でね、どこいってた?
眠り女:何。ああ、ばしょ。どこだっけ。
恭子 :さあね。
ケンヂ:思い出せよ。
恭子 :そんなこと聞いてどうするの。
ケンヂ:ちょっとね。
眠り女:ほりだすんでしょこっそり。
ケンヂ:そんなことしないったら。
恭子 :あやしいなあ。
眠り女:わかった。この間書いたメッセージに恥ずかしいこと書いたんだ。
恭子 :やーだ。何かいたの。
ケンヂ:書かないって。
眠り女:いやあ、書いてる、書いてる。大好きな恭子さん十年後に会いましょうっとかねー。
 
ボールが落ちた。
奇妙な沈黙。
ぎこちなく。
 
ケンヂ:書かないよ。そんなこと。
眠り女:ごほん。・・あー。何。冗談よ、じょうだん。やーね。マジモード。
恭子 :そんなことね。
 
くるっと、去る。
 
眠り女:あ、恭子・・。あ、ちょっと待って。
 
と、追っかける。
 
ケンヂ:あ、埋める場所は。
眠り女:先生に聞いたら。
ケンヂ:待って。
眠り女:何よ。
ケンヂ:野田ネリって。
 
眠り女、冷たく。
 
眠り女:知らない。
 
と、消えた。
 
かま猫:そうか。ふーん、やっぱり。
ケンヂ:なにが。
かま猫:いや、人生は移ろいやすい。しかして人の心のさだめのなさよ。ああ、恋は盲目。ふーっ。
ケンヂ:何やってんの。
かま猫:さて、話はすすまん。次行くか。
ケンヂ:タイムカプセルの場所と野田ネリ、どっち先にする。タイムカプセルかな。先生のとこ。
かま猫:いや、もちっと関係者あたろ。
ケンヂ:あんまり手を広げると話が収まらなくなるよ。
かま猫:それは作者の責任。いろいろ周りを固めるのは私の責任。周辺捜査は犯罪捜査には書かせない。聞き込み聞き込み聞き込み!
ケンヂ:だから、犯罪じゃないって。
かま猫:しつこいのは女の子に嫌われるぞ。
ケンヂ:どっちがよ。まああたるはいいけど。もうダンスはやだよ。つかれるだけだもの。
かま猫:それは言える。腰に来る。非常に来た。うっ。
ケンヂ:ほらみろ。ダンス抜きで。
かま猫:ダンス抜きで。
ケンヂ:いつにする。
かま猫:二学期最初の授業。それならどこかわかるでしょ。うっ。腰が・・・。腰が・・。
ケンヂ:どし。
かま猫:抜けた。
 
ぱちんとなった。
めくるめくタンゴ。ダンス抜きで転換。             
 
[ 校庭にて
 
先生 :こらーっ、休むなーっ。はしれーっ。あるくなーっ。歩けばしんどいぞー。二学期最初からだらだらすんなー。
 
気がつけば、マラソンをしている。
先生は元気いっぱい
みんなはひーひー言っている。
ケンヂ達は、とりあえず元気に走っている。
 
ケンヂ:なんでじゃー。ダンスせっかくぬいたのにー。
かま猫:知るかー。
ケンヂ:大丈夫?
かま猫:わけないだろー。
ケンヂ:そのわりには元気じゃん。
 
かま猫:がなんか合図。
 
ケンジ:どうした。痔が痛むの。
 
かま猫、ぐっとにらんだが。無視して走る。
 
ケンヂ:どうしたのさ。
 
かま猫、合図。
 
ケンヂ:どうし・・
かま猫:しゃべるな。
 
と、押し殺したような、息が切れたような声。
 
ケンヂ:どうして。
かま猫:しんどい。
ケンヂ:猫だろ。
かま猫:基礎体力ない。
ケンヂ:なさけねー。野生のタフさはどこ行ったんだ。庇の下で寝てたんだろ。
かま猫:それは小さいとき。
ケンヂ:今は。
かま猫:今は、ぬくぬく。身体なまってる。
 
あきれて。
 
ケンヂ:じゃなんか考えながら走れ。
かま猫:なにを。
ケンヂ:なんでも。気が紛れる。
かま猫:あー、しんどい、しんどい、しんどい、つかれる、だるい。
ケンヂ:あほっ。もっと別のこと。
かま猫:くるしーい。きつーい。死にそー。
ケンヂ:ほんとにもう。
かま猫:あーもうだめ。
 
と、へろへろっとへたる。
ゼハゼハ言っている。
もくもくと走る恭子と眠り女もいる。先生は相変わらず元気だ。
走って去ってゆく。
 
ケンヂ:奴らはタフだ。
かま猫:調査しないと。
 
と、立ち上がるが腰が決まらない。
 
ケンヂ:だめだよ。それじゃ。待ってよ。戻ってくるよ。
 
待つ。来ない。
 
かま猫:来ないじゃん。
ケンヂ:色々あるんだよ。ここは。
 
待つ。
ケンヂ:ほら来た。
 
反対側から走り込んでくる先生たち。
 
先生 :よーし。ぜんたいとまれーっ。はーい。急に止まらない。・・足の屈伸も。よく、もみほぐして。
 
と、なんやかやしている。
 
ケンヂ:あのう。
先生 :なんだ。また見学か。
ケンヂ:ちょっと聞きたいんですけど。
先生 :もう言った。
ケンヂ:え?
先生 :見学はレポートでいい。ただーし、レポート用紙5枚。1まいかけてもダメだぞ。最後の1行までびっしり埋める。いいな。
ケンヂ:そのことじゃないんで。
先生 :追マラのことか。
かま猫:追マラ?
先生 :走れなかった軟弱なやつがあとでひいこら走るやつだ。3日後だぞ。
ケンヂ:ちがいますよ。タイムカプセルのこと聞きたいんです。
先生 :タイムマシーンのことか。
ケンヂ:またいう。タ・イ・ム・カ・プ・セ・ル。
先生 :埋めたぞ。とっくに。
ケンヂ:どこへ。
先生 :きまっとろうが。ほれ。
 
大きな栗の木の下で。の合唱。
 
ケンヂ:まじ?
先生 :うそをつくようにみえるか。ほら。純真でくりくりし取るだろうか。
ケンヂ:血走ってますよ。
先生 :うっ、これは。ゆうべ。なにと何がなにしてなあ。いやあ。はげしいはげしい。
かま猫:なにが。
先生 :なにがってねえ・・エッチ。
ケンヂ:はいはい。でどこよ。それ。
先生 :あの校庭のはるか南ほらーっ見えるだろう。でっかい栗が。
ケンヂ:ああ、あれ。でも、変なの。
先生 :何が。
ケンヂ:普通、校庭には栗なんか植えませんよ。
先生 :はっはっは。君は学習が甘い。わしはいっただろ。
二人 :世界は脳の情報処理の認識結果に過ぎない。
先生 :その通り。まあ、どっかで認識がくるったんだねー。例えば、栗と瓜とか。
ケンヂ:瓜?
先生 :いかんかー。うりじゃいかんのかー。誰が決めたんじゃー。えーっ、いうてみー。
ケンヂ:だれもそんなこと言ってません。
先生 :ならよろしい。わしとしては瓜の方が上手いと思うがね。どう思う。ああ、めろんならなおいいな。
 
取り合わず。
 
ケンヂ:もうひとつ。野田ネリについて何か。
 
笑っていた先生 :がぴたっと止まった。
 
ケンヂ:どうしたんです。
先生 :何を言いたい。
 
冷たい。警戒するような声。
 
ケンヂ:え、別に。
先生 :私は何もしらん。
ケンヂ:え、では野田ネリって生徒はいるんでしょ。
先生 :しらん。ほか当たってくれ。
ケンヂ:そんな。ねえ。
 
先生は、ピーッと笛を吹く。
生徒たちは、やおらきゃーきゃーいいながらドッジボールを始める。
先生は冷たく言った。
 
先生 :よけいなことはしらん方がいい。
ケンヂ:え?
 
すばやく去る。
ボールが当たる。機械的に投げ返して、見つめているケンヂ:。
 
ケンヂ:どういうこと。
かま猫:うーん。なんか、警戒されたねえ。生徒たちに聞こうか。
ケンヂ:この分なら生徒たちにきいても怪しいよ。
かま猫:そうかな。
ケンヂ:ねえ、君たち、野田ネリって生徒について聞きたいんだけど。
 
ぴたっとボールが止まる。硬い表情の生徒。
 
ケンヂ:何か知らない。
一同 :しりませーん。
 
また、きゃーきゃードッジボールが始まる。
 
ケンヂ:ほら。冷たいもんだね。
かま猫:ふふっ。
ケンヂ:何がおかしいの。
かま猫:手はあるさ。
ケンヂ:どうやって。
かま猫:きまってる。
二人 :脳の見る幻。
ケンヂ:なんだか、ご都合主義の塊だね。
かま猫:締め切りに追われてるからね。
ケンヂ:何。
かま猫:こっちの話。では。
ぴしっとなる。
めくるめくタンゴ。
転換。
 
\ 昼の証言台
 
舞台は整えられて法廷状。
うじゃうじゃしゃべってる生徒や先生たち。なにやらふざけ遭っているものもいる。
かま猫:は裁判長。
ケンヂ:は検事。語呂合わせじゃないぞ。
トントンと槌をたたき。
 
かま猫:静粛に。
 
いちどう、がやがやとしながら静かになる。
みはからって。
 
かま猫:では、本件の審理を続けます。弁護側証人の証言をお願いします。では、最初の方。宣誓をしてからお願いします。
 
眠り女:がでてくる。
 
ケンヂ:宣誓を。
眠り女:高塚はじめ 委員長やってます。正義と良心に基づき、真実のみを述べることを誓います。あ、こんなとこでいい。
 
と、適当なもの。
 
かま猫:証人はよけいなことを言わないように。聞かれたことのみ答えなさい。
眠り女:すんませーん。
 
と、後ろを向いて、ちよっとピースサイン。脳天気なやつ。
 
かま猫:では証人は証言をどうぞ。
眠り女:あ、はい。えーと、ぼくはー、そのー、えーと、委員長に選ばれてー。そのー。クラスのみんなのー。和というのかな、まあえーと、そんなものをー、かましていこうかなーとかおもってー。
 
皆いらいらする。
 
かま猫:証人は、証言を簡潔に。
眠り女:すんまそん。
 
と、おどけるが、冷たい視線にさらされて、あわてて。
 
眠り女:えーっと。まあそういうわけで委員長やってます。
 
間。
 
かま猫:証言はそれだけですか。
眠り女:はい。それだけです。
 
と、間が抜けたような感じ。
 
ケンヂ:裁判長。
かま猫:なんですか。ケンヂ。
ケンヂ:証人は不実な証言をしていると本職は思料いたします。
かま猫:は?
ケンヂ:いや、証人は不実な証言をしていると本職は思料、(舌噛んだ)思料いたします。
かま猫:あのねえ。普通のことばでいいって。
ケンヂ:いいの。
かま猫:だいじょぶ。どうせ。
二人 :脳の幻。
 
あきれてみてる他の人。
 
ケンヂ:ごほん。証人はようするにうそを言っていると。
眠り女:なにーっ。
 
と、突然キレル。
 
眠り女:おれがいつうそいったよー。えーっ。いってみろよおらーっ。ええ、こらー。
 
木槌たたいて。
 
かま猫:証人は言葉を慎むように。
眠り女:やかましい。いうてみろおらーっ。
ケンヂ:野田ネリについて聞いてるんだ。
眠り女:やかましい。もんだいはそうじゃねえんだよ。おまえがおれをうそつきといったことだよー。釈明しろ、釈明。ケンヂ:ならなにいうてもええんかー。こらっ。
 
木槌、激しくたたかれる。
 
かま猫:法廷侮辱罪!!
 
有無を言わさず引きずり出される眠り女。
叫びながら消えていく。
 
かま猫:いご、暴言を吐けば直ちに退廷させます。よろしいか。
一同 :へへーっ。
かま猫:次の証人。
 
先生がたつ。普通に宣誓。
 
かま猫:では、あなたの証言をどうぞ。
先生 :私は何も存じません。
 
一同、待っているが何も言わない。
 
かま猫:それだけですか?
先生 :はい。私の責任ではありません。
 
間。
 
ケンヂ:裁判長。
かま猫:検事。
ケンヂ:あなたは、今、私の責任ではありませんといいましたが、何か責任を負わねばならないような事態が起こったのですか。
先生 :・・・。
 
間。
 
かま猫:証人は答えるように。
先生 :言い間違いました。何も見ていません。
ケンヂ:見ていない?何を。
先生 :・・・。
ケンヂ:何を見ていないと言うんですか。証人。
先生 :答えたくありません。
ケンヂ:別に、あなたをせめているんじゃありません。なにがあったかいやその前に、野田ネリという生徒のことについて聞いているだけです。
先生 :・・・。
かま猫:証人は答えるように。
先生 :黙秘します。
ケンヂ:黙秘だって・・・あなた。それほどのことじゃないでしょ。野田ネリに。
先生 :黙秘します。黙秘、黙秘、黙秘、黙秘。黙秘します。
 
間。
 
かま猫:法廷侮辱罪!廷吏!
 
ばっと、また先生は退廷させられる。
かま猫、残った恭子をにらみつける。
 
かま猫:あんたはどうかね。
恭子 :私ですか。
かま猫:しゃべるんだろうね。
恭子 :もちろん。
かま猫:ならいい。
 
ぽいっと、木槌をすてた。
 
かま猫:じゃしゃべってもらおうか。
 
法廷の雰囲気が消える。
 
恭子 :別に何も隠すことはないけど。野田ネリはお友達。それだけよ。
ケンヂ:友達って言うことは、このクラスにいたんだね。
恭子 :そうよ。あたしは、二学期前に転校したからあとは知らないけど。少なくても五年生の一学期、終業式までいたことは確かよ。検事さん。
ケンヂ:そのあとを何か知らない。
恭子 :さあ。あたし、お父さんについて、外国行っちゃったから。あちこち異動もあったし。帰ってきたの高校二年生。だから友達とも、すぐに音信不通よ。このころってそんなものじゃない。それに、あんまりめだたなかったから。どんなかおしてたかもちょっと覚えてないなあ。
ケンヂ:クラスのほかの子についてはどう。特にしたしくしてたとか。
恭子 :あんまり。あたし転校多かったから。あんまりおぼえてないの。親しい人もそうはいなかったし。今もつきあってる人なんていないわ。
ケンヂ:野田ネリとつきあってた人は。女でも男でも。
 
恭子の目が光る。
 
恭子 :男ね。いないんじゃない。ブスだったもの。ちょっかいかけてたかも知れないけど。
ケンヂ:随分冷たいいいかただね。
恭子 :あら、女の子って正直に見るのよ。ただし、本音はあんまり言わないけど。
ケンヂ:あなたはどうだったの。
恭子 :あたし・・・いたかなあ。・・忘れた。
 
くくっとコケティッシュに笑った。
ケンヂ:はちょっとおたつく。
 
かま猫:一つ聞くがね。屋上から野田ネリを見てたことない。
 
恭子の目が細くなる。
 
恭子 :どうしてわたしが見なきゃいけないの。
かま猫:質問してるのはこちらだけど。
恭子 :あら、ごめんなさい。そりゃ、屋上あがるの好きだから見たことあるかも知れないけど、記憶はないわ。
ケンヂ:世界を征服するゆめって今も持ってる。
 
ちょっとぎくっとしたか。
 
恭子 :なにそれ。バカみたい。
ケンヂ:君がもってた夢じゃない。
 
笑って。
 
恭子 :こどもじゃあるまいし。あら、こどものときか。ばかばかしい夢ね。女の子の見る夢じゃないわ。花屋さんになる夢ならあったけど。
ケンヂ:覚えてないという割には、けっこう覚えてるじゃない。
恭子 :そりゃ、思い出すってこともあるわよ。ネリ、ネリっていったいどうしたの。あなたの彼女。
ケンヂ:違うよ。
恭子 :なら、何で。
ケンヂ:それが分からないから探してる。タイムカプセルもね。
恭子 :タイムカプセルのことなら良く覚えてるわ。たしか、一〇年後の夢とか書いたような気がする。
ケンヂ:それだよ。それ。どこに埋めたかなあ。
恭子 :大きな栗の木の下でしょ。
ケンヂ:ええ、そんなのほんとにあったっけ。
恭子 :というようにしてたんじゃない。大きな木だったことは確かだから。でも、今もう切り倒されてるはずよ。
ケンヂ:ええっ。
恭子 :なんで探してるの。
ケンヂ:日記をかいてた気がする。
恭子 :日記。ああ、そういやそんなのもいっしょに埋めてたきもするな。
ケンヂ:そうだろ。やっぱり。
恭子 :でも、日記、探してどうするの。
ケンヂ:確かめたいことがあってね。
恭子 :なにを。
ケンヂ:・・・。
 
間。
 
恭子 :悪かったわね。
かま猫:場所分かる。
恭子 :たぶんね。
かま猫:あんないしてくれるかな。
恭子 :いいわよ。裁判長。ふふっ。
 
と、意味ありげな笑い。
不審げなかま猫だが。
 
かま猫:では。
 
と、ぱちんとしようとするが。
ケンヂ:が袖引っ張って。
 
ケンヂ:おかしいと思わない。
かま猫:なにが。
ケンヂ:結局なんだかんだ言って、だれも、何も言わない。そうだろ。
かま猫:いわれれば。
ケンヂ:なんだろ、これは。
かま猫:やはり野田ネリがかぎか。
ケンヂ:そういうことだね。嫌な気がするなあ。
かま猫:なんだかね。
ケンヂ:何があったんだろ。
かま猫:タイムカプセルでなにかでてくれば。
ケンヂ:でてくるかなあ。
かま猫:でてくるさ。恥ずかしい記憶がね。
ケンヂ:なんか見たくない気もするなあ。
かま猫:じんせいってのは恥の連続だよ。ながいきするほど恥をかく。
ケンヂ:いっちゃつて。
恭子 :ちょっと、なにごちょごちょ二人でしてるの。感じ悪い。
ケンヂ:ごめん。
かま猫:では。
 
パチン。めくるめくタンゴ。ダンス。
転換。
 
] 大きな栗の木の下で
 
大きな栗の木の下と思われるところ。
かま猫がダウンジングしながらやってくる。
ぶらぶらとやってくるスコップ持ったケンヂと恭子。
 
ケンヂ:そんなんで見つかるの。なんにもないよここ。
恭子 :このあたりだと思うけど。たしか、校舎がこちらの方で、もんがあっちで・・。うん、このあたりね。
ケンヂ:っていったってひろいよなあ。
恭子 :たかが舞台の広さよ。
ケンヂ:え?
恭子 :あ、なんでもない。
 
かま猫が、ふるふると木の枝をふるわす。
 
ケンヂ:見つかった?
かま猫:て、てがつった。
ケンヂ:なにやってんだよ。
かま猫:いてーっ。
ケンヂ:しょうがないね。どれ。
 
と、見よう見まねでやってみる。
 
ケンヂ:なんにも感じないよ。
 
と、うろうろしてるが。
 
ケンヂ:き、き、き、き、きたーっ!!
かま猫:ほらね。
ケンヂ:こ、ここここ。
かま猫:どれどれ。どいてる
ケンヂ:くるんだよなー。ほんとに。
 
感心してるけど。
スコップを取って、掘る作業。
 
かま猫:あれ。
ケンヂ:何。もう出たの。
かま猫:ほれ。
 
と、見せたのは。犬が隠した骨。
(かくして出たように見せかけるかどうどうと、幕の外から放るか。考えてね。)
 
かま猫:やっぱり。
ケンヂ:なんだよ。ちぇっインチキだ。
恭子 :貸して。
ケンヂ:むだだよ。
恭子 :あたし、昔から霊感強いの。どれ。
 
と、歩き回る。
みながら。
 
ケンヂ:なんのエネルギーを感じるんだろうなあ。
かま猫:記憶だね。
ケンヂ:え?記憶。
かま猫:うん。世界は脳が見る幻としたらさ。脳は敏感に記憶のエネルギーを感じるのさ。記憶するってどんなことか考えたことある?
ケンヂ:全然。
かま猫:だろね。人生に無自覚なやつだ。
ケンヂ:いちいち考えていきてくって辛気くさいことはしないの。
かま猫:絶対覚えてる。っていう意志。
ケンヂ:絶対覚えてる。絶対忘れない。
かま猫:それは、その世界をちょうど昆虫標本みたいにピンで留めること。だろ?
ケンヂ:まあね。
かま猫:世界なんでぐすぐずしてたら時間とともにどんどん変化していく。でも、きおくしてたら変化はしない。
ケンヂ:でも、現実は変わるよ。
かま猫:いったろ。君にとって意味のある世界は、現実の方じゃなくて、脳が見る幻。
ケンヂ:あ、そうか。
かま猫:「記憶」のエネルギーというのは、時間を止めようとする意志でもある。
ケンヂ:時間を止める。
かま猫:そう。自分の時間を守ろうとする意志。自分の物語、自分の世界を作ろうとする意志。タイムカプセルなんて、その一つの形じゃない火かな。先生言ってたね。タイムマシーンだって。時間の変化に抵抗して、君の世界を未来へ運んでくれるタイムマシーン。
ケンヂ:タイムマシンか。
かま猫:でも、このタイムマシンには「記憶」のエネルギーという寿命がある。エネルギーは永遠には続かない。力を使い果たせば消えていく。それを、ひとは、「忘れる」って呼ぶんだ。
ケンヂ:ぼくはわすれっぽいからなあ。
かま猫:君のエネルギーは余りないと言うことだ。
ケンヂ:悪かったね。
かま猫:仕方ないさ。人は「忘れる」という行為を通して、「記憶」を消し、タイムカプセルを消滅させ、そうして大人になるんだ。コモンタイムには勝てない。
ケンヂ:何、それ。
かま猫:みんなに共通に流れる時間の圧力。
ケンヂ:え?
かま猫:いったろ。世界は一つかも知れないって。そういう見方をするとみんなに共通の時間が流れる。世界は一つになる。すなわち、大人の世界というところ。
ケンヂ:脳が見る幻じゃなくって。
かま猫:見るんだけど、おんなじ幻を見る。
ケンヂ:わからない。
かま猫:今に分かるよ。
ケンヂ:それって、なんだかつまらない感じ。
かま猫:かもね。でも、やがてみんなそうなる。否応なく。
 
少し淋しそう。
 
恭子 :ここよっ。
 
駆け寄る二人。
 
恭子 :ここだわ、たぶん。方角も、そう、こうとこうだから。間違いない。
ケンヂ:かま猫:。
かま猫:よっし。
 
掘る。ずんずん掘る。
コンと音かする。
 
ケンヂ:あった?
かま猫:何か当たった。
 
3人ひざまずいて、手で掘ったりする。
(かくして小箱を出してね。)
 
ケンヂ:これだ。
 
箱を出す。
土を払う。
 
ケンヂ:五年二組。二組だっけ。
恭子 :そうよ。
ケンヂ:あけるよ。
 
音楽。
静かに空ける。
紙の束。
ぱらぱらと出す。
 
ケンヂ:私の一〇年後。高塚はじめ。へえ、あいつのだ。なになに。一〇年後おれは総理大臣になる。バカなやつ。選挙権あるかないかじゃない。
恭子 :中村幸枝。わたしは、甲斐君と結婚して。二人の子供を持って。はやー。
かま猫:ケンヂのある。
 
探すが。
 
ケンヂ:ないなあ。
恭子 :全員のを入れたはずなんだけど。漏れたかも。
ケンヂ:転校したからね。僕も。
恭子 :あらそう。
かま猫:恭子さんは。
恭子 :私のはこれ。可愛いものよ。私の一〇年後。私は花屋をやりたいです。大きなバラの花束をお店に来た人に売ってあげたいです。紅い薔薇がきれいです。花を売ると、夢を売ることができます。だから、私は花を売りたいです。
ケンヂ:かわいい。
恭子 :うふ。
ケンヂ:とても世界征服考えてるとは思えない。
恭子 :だから、そんなこと考えてないって。
 
と、とがった声。
 
かま猫:野田ネリは。
 
探す。ケンヂ:が見つける。
 
ケンヂ:あった。やっぱりいたんだ。
かま猫:どれどれ。
 
かま猫が読む。音楽。
 
かま猫:私の一〇年後。たぶん私はそのころこの世界にはいないと思います。
ケンヂ:なんだ。
かま猫:ここはとても冷たく、長くいるところではありません。どこかにきっとわたしがいられる場所があるとは思うけれど、それはここではありません。ありがとう。私は、そのことを知りました。そして、さようなら。
ケンヂ:なにこれ。
恭子 :不幸だったみたい。
 
と、冷たい。
 
ケンヂ:ばかばかしい。こんなことよくかいたりするもんだよ。センチメンタルなこといってさ。ねえ。どうしたの。かま猫?
かま猫:どこかにきっとわたしがいられる場所があるとは思うけれど、それはここではありません。
恭子 :温かいとこでも行ったのよ。
かま猫:私はそのことを知りました。
ケンヂ:どうやって。
 
かま猫が、苦しい表情で。
 
かま猫:もう一度。世界はわが手の中に。
ケンヂ:え?かま猫!
 
かま猫、かまわず。ぴしっ。
うずまくタンゴ。
ダンス無しで転換。
 
]T 夜の証言台
 
厳しい感じ。
裁判長席のかま猫。
夜のあかりの中、証言台の光の輪。
先生がたつ。
 
先生 :変な感じはあった。いや、私の責任じゃない。クラスが崩壊していくときなど教師なんて無力なものだ。くすくす笑う女子。いやな笑いが時々起こる。くるっと振り向いても、みな神妙な顔をしている。男子は何も言わない。でも、どこかで少し警戒心が働く。おかしいぞ。なにかある。だが、私に何ができよう。今の子供はわからない。一人だけ、違った顔の子がいた。さびしそうな、無表情。目だけがなにかいい多層にしていた。わたしはしかし、聞くことができなかった。その女の子は。
 
別の光の輪。
 
眠り女:やっぱあのこがいけないのよ。恭子の彼氏取ろうとするし、どうもね。つきあいにくいし、なんか私たち低く見てるみたいでムカツクし。なんかぜんぶわたしひとりがわるいのよってかおしてるし。そんなのってなんかいやらしいでしょ。え、そのこ。もちろん。
 
別の光の輪。
 
恭子 :わたしはべつにどうでもいいんだけれど。まあ、みんなそう見てるしね。そういうふうにみられるってことは、やはり問題があるんじゃないかしら。彼氏取ったって、(笑う)そんなんじゃないわ。だって、わたし、彼氏に不自由したこと無いもの。残念でした。
 
別の光の輪。
 
先生 :タイムカプセル埋めるときも、なんかおかしかった。みんな協力はするんだけど。なんか違う。くすくす笑ってる。いやなかんじだ。男子の噂だけど、別のタイムカプセル作ってるって言ってたこともある。ああ、女子の一部がね。まあ、すぐグループ作ってなんやかやひっついたり離れたりするんだけど。それでも、なんか微妙に違う。タイムカプセル埋めたあと、なんど掘り返そうと思ったか。なんか中がすり替えられてるんじゃないかっておもったり。
 
別の光の輪。
 
眠り女:裏タイムカプセル。何それ。あほみたいね。ああ、たしかにそんなうわさ合ったような気もするけど。そんなひまなことしてる人いたかなあ。みんなそれどこじゃなかったものね。ぼつぼつ中学受験の準備しなきゃいけなかったし。そう、5年生からじゃ遅いんだけど。でも、あたしはなんとかがんばって市立入ったんだよ。え、あのこ。9月にはいなかったし。転校でもしたんじゃない。
 
別の光の輪。
 
恭子 :さあ、知らないわ。世界征服の準備に忙しかったもの。ふふ。ねえ、あんた似てるよ。
 
明かりが変わる。
ケンヂとかま猫。
 
ケンヂ:やつぱり隠してる。もう一つあるんだ。ほんとのタイムカプセルが。
かま猫:ああ。
ケンヂ:さがそう。
かま猫:そうだね。
ケンヂ:なに、元気ないの。ここまできたらもう一息さ。
かま猫:ねえ。
ケンヂ:何。
かま猫:知らない方がいいのかも知れない。
ケンヂ:なにいってるの。僕は知りたい。なんであんなことば書いたのか。
かま猫:そう。
 
少し哀しげ。
 
ケンヂ:頼むよ。
かま猫:分かった。世界は、この手の中に!
 
しずかに、だがきっぱりと。
少し哀しげな怖そうなタンゴ。
転換。
鎮まれば悪夢の夜がはじまる。
 
]U 理科室の夜
 
音楽。
 
ケンヂ:ここが!
かま猫:そうかも。
ケンヂ:でも、どこだろう。
かま猫:どうやら理科室。
ケンヂ:え?タイムカプセル埋めるようなところじゃないよ。
かま猫:しっ。
 
誰か来る。
こそこそと闇に隠れて恭子と眠り女:がやってくる。
恭子は小さいリュックを背負っている。
眠り女:は小さい箱を持っている。
ペンライトの細い明かり。
 
眠り女:大丈夫。
恭子 :びくびくしない。
眠り女:だって。
恭子 :怖いと思うから怖いの。
眠り女:おもわなくても、ここわね。
恭子 :ほらっ。
眠り女:きゃっ。
恭子 :ふふっ。臆病者ね。
眠り女:だって。
恭子 :いいから早く探すの。
眠り女:いやだなあ。
恭子 :とっくに死んでんの。
眠り女:わかってるけどさ。
恭子 :そちらの戸棚の下あたりじゃない。
眠り女:ライトつけててよ。・・あった。
恭子 :取り出して。
眠り女:気味悪い。
恭子 :噛みつきゃしないって。
眠り女:それはそうだけど。
恭子 :はやく。
眠り女:分かったわよ。
 
そろそろと引っぱり出したのは、何かの頭蓋骨。
     恭子は別のところを探してて。
 
恭子 :あった。
 
恭子のは何かのマット。
二人は、さすがに緊張した感じで床へ置く。
 
眠り女:先生趣味悪いわね。
恭子 :でも、使えるじゃない。
眠り女:本当のタイムカプセル。
恭子 :ふふっ。
眠り女:真実よね。
恭子 :そう。あんなバカみたいなのとは違う。本当の願い。
 
箱をちょっと掲げて。
 
眠り女:本当の願い。
恭子 :裏のタイムカプセル。
 
二人顔を見合わして。
 
二人 :ふふっ。
 
と、笑った。幸せそうな笑いがいやだ。
 
眠り女:どうするの。
恭子 :この上において。
 
マットを敷いた中央へ頭蓋骨を。
 
眠り女:これほんとに?
恭子 :罪人の皮膚でつくってんだって。
眠り女:うわぁ・・。
 
と、気味悪そう。
ポケットからすばやくチョークをだして。
 
恭子 :ほんとかどうかはしらないけど。
 
と、にやっとして。
 
恭子 :書くわよ。
眠り女:大丈夫。
恭子 :練習してきたから。
 
と、五ぼう星を書いた。
 
恭子 :ずれてるわ。
 
と、骨を中央へ。
眠り女:早くしないと。
恭子 :分かってる。
 
リュックをおろし、
中からいくつかの品物を顔をしかめてとりだして、並べた。
ろうそくを立てる。
おおきく、周りに円を書く。
 
眠り女:臭いわね。
恭子 :ひきの死骸、ネズミのむくろ。コウモリのひからびたもの。その箱ちょうだい。
 
受け取って。小さな箱をおいた。
 
恭子 :よしと。
 
ふーっと、溜息つく。
顔見合わせて、微妙な間。
 
恭子 :いくわ。
眠り女:うん。
 
真剣な空気が張りつめる。
嫌な空気が漂う。
 
ケンヂ:なにしてる。
かま猫:あれは・・・
ケンヂ:儀式みたい。
かま猫:良くないことだよ。けってよくない。心を腐らせる。
 
哀しげだ。
 
ケンヂ:かま猫・・。
かま猫:しっ。
 
奇妙な印を結んでいた恭子。
静止し平伏したような格好。
おなかのそこからうなるような低い声。
 
恭子 :おーーーーん!
ケンヂ:やばいんじゃない。
かま猫:しずかに。
 
恭子は体を起こし、まっすぐ目を見開いて浮かされたように何かを唱える。
ぶつぶつと、やがてはっきりとする。
 
恭子 :わが願いよりのがるるは許すまじ。わがねがいよりのがるるは許すまじ。青き血を吐け、黒き血を拭け、赤き血を流せ、真の血を散らせ、われよ、とけよ、くだけよ。青き血を吐け、黒木血を拭け、赤き血を流せ、真の血を散らせ、われよ、とけよ、くだけよ。
まかぼだらにまにはんどばじんばらはらばりたやオーン!
ケンヂ:ひよっとして。
かま猫:呪いみたいだね。
ケンヂ:とめなきゃ。
かま猫:まって。もう少し。
恭子 :わが主にひれふしてもうさく。わがねがいをばかなえさせたまえ。青血をはけ、黒血をふけ、赤血をながせ、真血を散らせ。われよ、とよ、くだけよ。わが主にひれふして、かしこみ、かしこみもうす。おーーーーーん!
 
身体が揺れるような、地獄のふたが開いたような、雷鳴のような音。ちらちらする明かり。
眠り女:がひっというような声を上げた。
 
ケンヂ:こわい。
かま猫:たしかに、心は怖い。
ケンヂ:でも、何願ってるんだろ。
かま猫:あれだね。
 
合図したようで、眠り女:が箱を開く。
紙の束。
捧げるように恭子へ。
恭子ばっと、紙の束を頭蓋骨の周りに散らす。
一枚取り上げ。
ばっと、広げる。勧進帳を読むような姿勢。
しずかに、美しく、読み上げる。
上から逆光のような光が降りてくる。
ある意味、宗教的な音楽。
 
恭子 :10年後の野田ネリ。私は野田ネリが憎い。好きな人を、取っていこうとする。いつも、こそこそものかげにかくれておどおど人の顔を伺うくせに、泥棒猫のように私の好きな人を取っていこうとする。あたまもよくないくせに、本を読むふりをして、人の気を引こうとする嫌なやつ。顔も不細工でとろいくせに、一人前に人を好きになる資格なんかない。10年後、野田ネリは生きてはいないだろう。己の醜さと心の貧しさに耐えられなくて、野田ネリは自殺する。わたしは、その日に花屋へ行こう。両手いっぱいの紅い薔薇を買い、彼女のお墓に飾ってあげよう。誰も花を飾ってくれないだろうから。私は、そうして、笑って、私の好きな人のところへ出かける。
 
笑い声。線が狂ってる感じ。
やがて、小箱へ全て入れる。
ひくい姿勢にもどり。
地の底から聞こえるような声。
 
恭子 :わが願いよりのがるるは許すまじ。青血をはけ、黒血をふけ、赤血をながせ、真血を散らせ。われよ、われよ、とけよ、くだけよ。まかぼだらにまにはんどばじんばらはらばりたやオーン!
 
ぴしゃーんという落雷のような音。
光が走り、そうして。消えた。
地の底から揺るぐような音が消えていく。
静かになると、もう誰もいない。
ケンヂたちがそのあたりにやってくる。
 
ケンヂ:ひどい。
かま猫:ああ。
ケンヂ:こどもだよ。
かま猫:ああ。
ケンヂ:あんなに人を憎めるの。
かま猫:そうだね。
ケンヂ:野田ネリも大変だ。あんなに憎まれて。
かま猫:そうね。
ケンヂ:どうしたの。気分悪そう。
かま猫:ちょっと。
ケンヂ:なにか思い出した。
かま猫:少し。
 
かま猫:少し様子が変だ。
 
ケンヂ:かま猫。
かま猫:ちょっと待って。
 
いいかたがいつのまにか女の子っぽくなっている。
 
ケンヂ:かま猫?
かま猫:一〇年後じゃなかった。
ケンヂ:かま猫・・。ねえ。
かま猫:あの人。
ケンヂ:野田ネリは。
かま猫:野田ネリはいないわ。
ケンヂ:え、かま猫・・君って、女の子?
 
それには答えず。
 
かま猫:九月一日。朝。教室。
 
めくるめくタンゴ。
消えるかま猫。
 
ケンヂ:かま猫?かま猫!どうしたの。かま猫。かま猫ーっ!
 
ケンヂの周りをダンスがめぐる。
転換。
 
]V 野田ネリの死
 
笑う声が闇に聞こえる。
なんにんもなんにんもあざ笑う声。
明かりの輪の中にかま猫。
うずくまっている。
別の輪にケンヂ。
 
ケンヂ:かま猫!
 
いっそう大きくなる笑い声。
やがて、かま猫:の周りをひとびとがまわる。
お葬式ごっこ。
何かをかけられる。
けられる。
髪を引っ張られる。
何かを無理に飲まされる。
突かれる。
つばをみんなにはかれる
ひときわ恭子の笑い声が大きい。
(ここらあたり、容赦なく徹底的に。生理的嫌悪感を催すぐらい。役者辛いが絶対に)       
 
ケンヂ:かま猫ーっ!!
 
笑い声が高まる。明かりが消える。
笑い声が唐突に消えた。
夜の情景の中。
かま猫とケンヂ。
イスが一つある。
9月一日朝。教室。
 
ケンヂ:かま猫。
 
ふわーっとたちあがるかま猫。紅い薔薇を一輪。
 
かま猫:カタンカターン、カタンカターン、カタンカターン。
ケンヂ:かま猫・・・
かま猫:カタンカターン、カタンカターン、カタンカターン。
ケンヂ:かま猫・・いや、野田ネリ。
 
ふわっとケンヂの方を見る。
 
かま猫:嫌な朝だった。暑苦しく、今にも雨が来そうな9月一日。始業式。朝早く。学校へ行った。
ケンヂ:ネリ・・。
かま猫:カタンカターン、カタンカターン、カタンカターン。
ケンヂ:ネリ。
かま猫:台風の前触れみたいななま暖かい風が廊下に吹いていた。誰もいない。教室の上の5年二組の札が風に揺られて、音をたてていた。カタンカターン、カタンカターン、カタンカターン。おいでよ、ここだよって呼んでいる。:カタンカターン、カタンカターン、カタンカターン。
 
ケンヂ:、認めたくないように首を振る。
 
かま猫:入ろうとしてできなかった、教室の入口。ドアの上に誰かが釘を一本打っていた。錆びてしまって今にも折れそう。でもその釘が私を呼ぶの。ここにかけたら。ここにかけたらすぐに済むよ。だから、私はベルトをはずした。ようやく教室に入れたのは、イスを持ってくるため。花が生けられた私の机。画鋲が置かれた私のイス。慌てて画鋲が私の指を指す。血が出たの。紅い、ぷつっとしたその膨らみ。私は、震える唇で血をなめる。温かく少ししょっぱくて涙が出そうになる。でもこらえる。私のイスを持つ。小さく、私のように不細工で軽い。
ケンヂ:やめろ。
かま猫:ドアの傍まで運び私はその上に乗る。錆びた釘にベルトを掛ける。折れたらいい。そう思いながら首を入れる。
ケンヂ:やめろ。
かま猫:折れたらいい。それは私にふさわしい。無様な私にふさわしい。そう思って、私はイスを蹴る。
ケンヂ:やめろーっ!
かま猫:やめようと思ったの。
ケンヂ:なんで。
かま猫:やめようと思った。
ケンヂ:なんでやめなかった。
 
間。
 
かま猫:いなかったから。
ケンヂ:え?
かま猫:あなたはいなかった。
ケンヂ:ネリ・・・。
かま猫:あなたはいなかった・・・。
ケンヂ:それは・・。
かま猫:分かってる。あなたのせいじゃない。あなたのせいじゃない。けれど・・。
ケンヂ:僕は。
かま猫:あなたは転校してた。・・私はそれを知らなかった。
ケンヂ:ごめん。
かま猫:謝らないで。
ケンヂ:でも、僕がいれば。
かま猫:あなたのせいじゃない。あなたのせいじゃないの。
ケンヂ:ネリ・・。
 
間。
気を取り直したように。
 
かま猫:後悔はしてない。なんの未練もなかった。世界がこんなにくるしいものなら、私はここにいる必要はない。ここではなくどこか別のところに私のいるべき場所がある。ベルトに首をかけるのはそのためだ。ひとときの苦しい瞬間。でも、それさえ我慢すれば。
ケンヂ:違う。
かま猫:わたしは行く。けれど、あの人たちに何らかの苦しみは与えたい。罰を与えたい。許すわけには行かない。私が消えてもなんの苦しみもなく、笑って、楽しく、明るく生きていけるなんてそれは正しいことじゃない。私は絶対忘れない。絶対殺してやる。絶対覚えている。例え死んでも。
ケンヂ:違う。違うよネリ。
かま猫:何が。
ケンヂ:そんな風に死んでいっただなんて苦しすぎる。呪いながら死んでいくなんて。
かま猫:違わないわ。
ケンヂ:でも。
かま猫:どこに違いがあるというの。私は後悔してない。
ケンヂ:でも、今君はここにいる。
かま猫:え?
ケンヂ:今、君はここにいる。なぜ?
かま猫:なぜ。
ケンヂ:思いが残る。後悔する。違う?だからここにいる。
かま猫:違うわ。
ケンヂ:違わない。君は後悔してる。
かま猫:後悔はしていない。けれど。
ケンヂ:何。
かま猫:会いたかった。
ケンヂ:え。
かま猫:どうしても。
ケンヂ:・・・。
 
間。
 
かま猫:思うだけでいい。振り向かれないでもいい。遠くで見てるだけでいい。
ケンヂ:・・。
かま猫:多くは決して望まない。ただ、あなたを見ていたかった。
ケンヂ:ネリ。
かま猫:でも。ダメ。
ケンヂ:なぜ。どうして。僕は別に君を嫌いだなんて。
かま猫:そんなこと分からない。
ケンヂ:え。
かま猫:私ばかだから。心なんか分からない。
ケンヂ:そんなつもりじゃ。
かま猫:そう。分からなかった。みんなと同じようだと思ってた。でも、それでも良かった。
ケンヂ:なら、なぜ。
かま猫:呼んだの。あれが。
ケンヂ:なにが。
かま猫:カタンカターン、カタンカターン、カタンカターン。
ケンヂ:馬鹿げてる。
かま猫:でも、呼んだの。もう、いいよって。
ケンヂ:ネリ!
かま猫:ありがと。
ケンヂ:そんな。
かま猫:十分だわ。良かった。
ケンヂ:バカなこと言うんじゃない。僕だって。
かま猫:言わないで。いわれたら、辛くなる。
ケンヂ:でも。
かま猫:気がつかなかった?
ケンヂ:何が。
かま猫:私の日記。いえ、書き置きかな。
ケンヂ:何。
かま猫:絶対忘れない。絶対殺してやる。絶対覚えている。
ケンヂ:覚えてる。自分が書いたとばかり思ってた。
かま猫:ごめん。いやな思いした。
ケンヂ:いや。不思議だったけど。
かま猫:随分昔のことだから。
ケンヂ:たった十年前だよ。
かま猫:もう十年よ。
ケンヂ:どこで見たのかな。
かま猫:たぶん、タイムカプセル入れるとき。
ケンヂ:え、そんなのあったっけ。
かま猫:あなた、紙集めてた。どちらにしようかなって思ってた。集めるとき、見たでしょ。
ケンヂ:え、そうかな。覚えてない。
かま猫:十年前だもの。
ケンヂ:でも。
かま猫:世界は脳が見る幻よ。
ケンヂ:そんなの。
かま猫:どこかで見たのよ。
ケンヂ:でも。
かま猫:でも、メッセージを残しておいた。あなただけには知ってもらいたかった。
ケンヂ:どこに。
 
かま猫はほほえんだ。
 
かま猫:あなたのすぐ傍にあったの。
ケンヂ:え?
かま猫:これよ。
ケンヂ:それは。
かま猫:誰かのプレゼントだったんじゃない。
ケンヂ:君か。
かま猫:それも忘れてた。
 
かま猫はペンダントを渡した。
 
ケンヂ:分かるわけないじゃない。
かま猫:そうね。勝手に贈ったもの。
 
と、うなづき。
 
かま猫:分かるわけないわね。・・開けて。
ケンヂ:これあくの。
かま猫:そうよ。
 
ケンヂ、開ける。
折り畳まれた紙。
広げる。
野田ネリの手紙が出てくる「ぜったい忘れない・・・」
 
かま猫:あげる。
ケンヂ:後悔するよ。
かま猫:しないわ。楽しかったもの。
 
にっこり笑って。
 
かま猫:さよなら。
ケンヂ:ネリ。
かま猫:私を忘れないで。
ケンヂ:ネリ。
かま猫:もう行くけど、私を忘れないで。
ケンヂ:ネリーっ。
 
狂おしいようなタンゴ。
明かりが渦を巻いて消えた。
 
]W 最後のタイムカプセル
 
明るくなる。
残されたケンヂ。
ペンダントを開ける。
 
ケンヂ:そうだ。思い出した。本当に。野田ネリの書き置きの入ったペンダント。僕のタイムカプセル。だれにもらったのかも忘れていたが、なぜか気になって、おいていた。そのまま机の中にしまい込まれ、十年間僕を待っていた。
 
ペンダントに紙を入れて閉める。
            
ケンヂ:それは、痛ましい、一つの終わりだった。褐色に色あせてしわになった紙の色あせたふるえる筆跡がぼくにはとても辛かった。野田ネリ。ぼくの初恋の人。そうして、再びぼくの前から消えていった人。ぼくは、紙を握りしめながら、その乾いた感触がぼくの脳の見る幻だろうかとふと思った。なにごともないように 世界は一人の死を飲み尽くす。何て無慈悲で容赦がないのだろう。世界は一つになり、大人になる。そうして、僕は、その退屈な、現実を終わりの日まで歩いていくしかない。でも僕は覚えている。僕の脳が幻を見る限り。野田ネリと彼女のことばを。絶対忘れない。絶対殺してやる。絶対覚えている。
 
めくるめくタンゴの曲に載せて、全ての登場人物がダンス。
一人ずつ、あいさつをして、おわればダンスをしながら全ては闇の中に消えていく。
 

【 幕 】


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