作 結城翼 原作 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
☆登場人物
僕(ジョバンニ)・・
Ⅰカンパネルラが死んだ
星明かりの夜、「星巡りの歌」(器楽バージョン)がかすかに聞こえる。
中央に六角椅子。カバンをたすき掛けにした少年がうなだれている。
時々身体が揺れているのを見ると眠っているようだ。
突然、
ジョバンニ カンパネルラ!
がばっと身を起こす。
少し、ぼーっとしていて状況が把握できていない、ケンタウルス、露を降らせと 遠い声がするとハッと気づく
反射的に立ち上がり、辺りを見回し、呆然として。椅子を見る。
ジョバンニ 天気輪の丘のベンチ・・・なんで?
我に返ってばたばたと土を払うようなしぐさ。
頭を振って、カバンに触って。
ジョバンニ 牛乳瓶、もらってこなくちゃ・・・。
とぼとぼと歩き出す。天空を見て。
ジョバンニ 赤い目玉の蠍~♪
口ずさむジョバンニ。
口々にケンタウルス露を降らせの声が聞こえる。
やがて楽しそうに歩くジョバンニ
ジョバンニ、お父さんからラッコの上着が来るよの声とともにシュッと椅子の背 後を影が通り過ぎた感じ
たたらを踏むジョバンニ。むっとして。
ジョバンニ なんだいザネリ!
と言い返すが、あたりには誰もいない
ケンタウルスの夜さんざめく人々の声。
ジョバンニ ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを言いうのだろう。走るときはまるで鼠のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを言いうのはザネリがばかなからだ。ざねりなんかいつもそうだ・・
けれど、誰も答えない。人が通る。
ケンタウルス露を降らせの声。
ジョバンニ:ああ、もし僕が今のように、朝暗いうちから二時間も新聞を折って回しにあるいたり、学校から帰ってまで、活版所へ行って活字を拾ったりしないでも言いようなら、学校でも前のようにもっと面白くて、飛馬だって、球投げだって、誰にも負けないで一生懸命やれたんだ。それがもう今は、誰も僕とは遊ばない。僕はたった一人になってしまった。
再びケンタウルス露を腹絵の声がかかる。
(振り払うように)ケンタウルス、露を降らせ!と返し歩き出す、
音楽。
時計屋があった。
ジョバンニ 時計屋だ。
駆け寄る。
ジョバンニ:星図盤だ。銀河が流れてる。あそこには、本当にこんなような蠍だの勇士だの蛇や魚がぎっしりいるんだろうか。ああ、僕はその中をどこまでも歩いてみたい。・・あ、砂時計だ。・・カムパネルラが言ってた奴と同じだ。青いガラス。落ちている。
ハッとする
ジョバンニ カンパネルラがいってた・・
何か引っかかり思いだそうとするが、思い出せない。あきらめて、あるきだそうとする。音楽の向こうこら何か、悲鳴やら、叫ぶような声がきこえる。聞き取ろうとする、突然こえになった。
ジョバンニ えっ、何??・・子供が・・?!
音楽が途切れる。
立ちすくむジョバンニ。
ジョバンニ 何、えっカンパネルラが・・川にはまった!何!
駆け出すジョバンニ、走りながら、わらわらと集まる周りの子ども達に矢継ぎ早に問いかける。
ジョバンニ カムパネルラが川にはまった?ほんとに?なんで?え、
誰かが声を掛ける。
ジョバンニ ああ、マルソ、どうして?カムパネルラが川に入ったって?
マルソの説明を必死に聞くジョバンニ
ジョバンニ どうして、いつ?えっ、ザネリが舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押してやろうとして・・舟がゆれて水へ落ちた。カムパネルラが、すぐ飛びこんだ!
悲鳴にも似た息。
ジョバンニ ザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまって。・・けれどあと・・・カムパネルラが見えない。
川の方を見る。
ジョバンニ カムパネルラがみえない。・・みえないって、みんなさがしてるんだろっ!
立ち尽くすジョバンニ
ジョバンニ ・・そう、みんな探してる。カムパネルラのお父さんもきた。ザネリは帰った。 ・・カムパネルラは・・。
じっと河を見るジョバンニ。わくわくと足が震えるジョバンニ。
ジョバンニ アセチレンランプの明かりがたくさんたくさんせわしく行ったり来たりしてる。あれは魚を捕るときの明かりだ。みんな探してる。、黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れてる・・・下流の方の川はばいっぱい銀河が巨きく写って。・・ああ、まるで水のないそのままのそらのように見える。・・・カムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかいないかも・・・
急に激してくる。
ジョバンニ いや、違う、違う、違う。!噓だ!・・・ぜったい・・だって先も一緒に、汽車に・・あれ?
はたととまり、頭を振って言い返す
ジョバンニ カムパネルラが死んだ?だって、さっきまで一緒に・・
ざわめく人々の声が戻る。、きょろきょろして助けを求めるように人々の顔を見 る。
だがどこにも助けはない。
Ⅱ惑乱
ジョバンニ 待って。落ち着け。落ち着け、ジョバンニ。確かじゃない、まだ。えっ、お父さん。
カムパネルラの父がいた。
ジョバンニ カムパネルラのお父さん・・。ぼくはカムパネルラの行った方を知っています、ぼくはカムパネルラといっしょに・・・
いいかけようとして、息を呑む。
ジョバンニ 何をいってるんだろ僕は・・。そうじゃなくて、お父さん、僕は。
ジョバンニの表情が無くなって。
ジョバンニ モウ、ダメデス。オチテカラ、四十五フンタチマシタ。・・オチテカラ、四十五フンタチマシタ、モウダメデス。オチテカラ・・・
ロボットのように繰り返し、はっと気づく。
ジョバンニ ダメです?どうして?どうして普通に言えるの。お父さんでしょ。あなたの子供じゃないか。・・ああ、そうです。僕です、ジョバンニです。カムパネルラの友だちの・・え、今晩は有り難うって。・・ありがとうってどうしてそんなに冷静にいられるんです?・・カムパネルラは、僕と。
言いかけたところへ断裂する音。
ジョバンニはがくっと痛みをこらえ、平板な声で。
ジョバンニ ミンナハネ、ズイブンハシッタケレドモオクレテシマッタ。
ハッとする。
ジョバンニ え?何?違う、違う、これは何?
もう一度断裂音。再び苦痛に耐えて。
ジョバンニ ザネリモネ、、ズイブンハシッタケレドモ、オイツカナカッタ。
ジョバンニ、惑乱する。
ジョバンニ 違う、そうじゃない。まって。ああ違うそうじゃない 落ち着けジョバンニ そうじゃない。そうじゃない。しっかりするんだ。集中しろ。思い出せ、・・・・。ああ、目が回る。
ジョバンニ、頭を抱えるが、やがて、絞り出すように
ジョバンニ 待って、・・検証しなきゃ、カムパネルラは死んだりなんかしない・・・あれは・・ああ、そうだ、思い出せ。先生が言ってた、あれは・・・ああ、世界が廻ってる。カムパネルラ!
何かにすがりつくように崩れ落ちるジョバンニ。
「星巡りの歌」が流れ、時間が巻き戻される。
ジョバンニは再び旅をする。
Ⅲ授業
「では皆さんは、みなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた・・・」の声が重なる(別の人の声でもいいし、あらかじめ ジョバンニ役の役者がふきこんでいてもいい。
音楽がかすかに重なる。
明かりが変わっていく。教室。呆然とするジョバンニ。
ジョバンニ 授業だ・・
途中から、ジョバンニ自身の声が重なって。
ジョバンニ (思い出している)ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。・・(のろのろとジョバンニ椅子に座る)先生はおっしっった。カムパネルラが手をあげた。僕も手をあげようとして、・・・(揚げようとして急いでやめる)・・たしかにあれがみんな星だ、いつか雑誌で読んだ、・・(うつむく)けれどこのごろぼくはまるで毎日教室でもねむい、本を読むひまも読む本もない、なんだかどんなこともよくわからない・・・でも先生は。
ジョバンニ、ハッとして顔を上げる。先生をみつめる。ジョバンニ、少しあわあ わする。間。
ジョバンニ (静かに)ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう
ジョバンニ、反射的に、勢いよく立ち上がる。が、答えられない。
背後からザネリたちのくすくす笑い。ジョバンニ、くるりと振り返るが立ち往生 してしまう。
ジョバンニ (後ろ向きのママ)大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河はだい たい何でしょう。
のろのろと正面を向く。
ジョバンニ やっぱり星だ。と僕は思った。でも、喉が変に張り付いてしまって声にならない。
間
ジョバンニ ではカムパネルラさん。と先生はいった。カムパネルラは立ち上がる。・・でも、・・答えができない。
間。
ジョバンニ 先生はしばらくじっとカムパネルラを見ていた。そうして。
哀しいような口調で
ジョバンニ このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。・・・ジョバンニさんそうでしょう。
ジョバンニは小さく頷く。
ジョバンニ ぼくはもう泣きたくなってしまった。そうだ、ぼくはもう知っているのだ。カムパネルラはもちろん知っている。それはいつかカムパ ネルラのおとうさんの博士のうちで、カムパネルラと一緒に読んだ雑誌の中にあった。真っ黒なページいっぱいに白い点々のある美し い写真。カムパネルラは言った。ほら、ジョバンニこれが天の川だよ。僕たちはこの天の川の水の中にすんでいる。天の川の水の中から四方をみると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見えるんだ。
間
ジョバンニ:地球は天の川の底にあるの?って僕が聞くと地球はね。・・ここだよっていってカムパネルラは天の川の端っこを指した。レンズの形をした銀河が宙に浮いている、その端っこの端。ここだよ。地球はね、端っこにいるんだ。そうして、水の底の青い宇宙(そら)をじーっと眺めているしかないんだ。・・カムパネルラはそういって遠くをみていた。 ・・そうだ星だということをぼくは知っていた、もちろんカムパネルラも知っている、それをカムパネルラが忘れるはずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午後にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を言わないようになったので、カムパネルラがそれを知ってきのどくがってわざと返事をしなかったんだ。・・なんだか二人とも・・
涙をこらえている。世界がぼやけてきて。
ジョバンニ ・・たまらない。
こらえながら、憑かれたように話すジョバンニ。
ジョバンニ ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。そんなら何がその川の水にあたるかと言いいますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮かんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。
間
ョバンニ:流れるような先生の声に、ぼくは、もうはっきりと答えることはできなくなっていた。
授業の終わりの鐘。
教科書を片付けカバンを肩に掛け歩き出す。
音楽。
ケンタウルス露を降らせの声がかかる。気のない感じで返し、とぼとぼと家路に つく。
Ⅲ母と
家の明かりに変わる。
カバンを外しながら母に。
ジョバンニ ただ今。具合悪くなかったの。・・今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。・・ああ、欲しくないの?そう。・・姉さんはいつ帰ったの?三時頃・・片付いてるね。かあさんの牛乳は来ていないんだろうか。・・僕行って取ってこようか。・・ゆっくりでいいの?では、僕たべよう。
椅子に座って食べ始める。
汽笛が遠くで鳴る。
手を止めて耳を傾ける。
ジョバンニえ、なんて?・・誰か行くんだねえって?(少し笑って)誰も行かないよ。今日は銀河のお祭りだもの。
ちょっと食べて
ジョバンニ ねえ母さん。・・僕お父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ。・・だってけさの新聞に今年は北の方の漁は大変よかったって書いてあったよ。(母が何か言ったことをやや強く打ち消して)きっと出ているよ。お父さんが悪いことをしたはずがないんだ。だって、今度はラッコの上着を持ってきてくれるといったんだ。・・うん、みんなが僕に会うとそれを言うよ。冷やかすように言うんだ。・・・いいやカムパネルラは決して言わないよ。カムパネルラはみんながそんなことを言うときには気の毒そうにしている。お父さんはカムパネルラのお父さんと小さいときから友だちだった。だからぼくをつれてカムパネルラのうちにつれていったよ。アルコールで走る汽車があった。カムパネルラ、僕にさわらせてくれたよ。レールを7つ組み合わせると丸くなってそれに電柱や信号標もついていて、汽車がクルクル回ってる。カムパネルラいったよ。この汽車はどこへ行くんだろうって。どこへも行かないよ。ここを回ってるだけじゃないかって僕が言ったら、カムパネルラ僕をじっとみて、でも行くんだよ。って言った。
汽笛が鳴る。
ジョバンニ:(母が何か言ったことに)誰も行かないったら。・・ザウエルという黒い犬がいるよ。尻尾がまるで箒のようだ。毎朝、新聞回しに行くだろう。僕が行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町のかどまでついてくる。もっとついてくることもあるよ。で、言ってやるんだ。グーテンモルゲン!これ、ドイツ語だよ。先生に習ったんだ。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へ流しに行くんだって。きっと犬もついていくよ。
ここらあたりでごちそうさまで食器を片付ける。
片付けながら
ジョバンニ ・・そう、銀河のお祭りだよ。ケンタウルス露を降らせ!・・うん。僕、牛乳を取りながらみてくるよ。・・ああ川には入らない。ぼく、カムパネルラと見るだけなんだ。一時間で行って来るよ。
牛乳瓶をカバンに入れてカバンを肩に掛ける。
ジョバンニ ・・ああ、きっといっしょだよ。母さん窓を閉めておこうか。うん。・・え、ゆっくりでいいの?・・では。一時間半で帰ってくるよ。
ジョバンニは出かける。
音楽。
Ⅳ銀河ステーション
ケンタウルス露を降らせ!の声が聞こえる。
ふんふんと鼻歌が出てくる。
ジョバンニ 赤い目玉の蠍~♪
空を見上げ、たちどまる。。
ジョバンニ 天の川だ。・・・いっぱい光ってる。落ちてきそうだ。
子ども達の笑い声。どきっとして止まるジョバンニ。
思いなおして勢いよくそちらの方へ歩いていく。
少しのどに詰まったような声で
ジョバンニ 川へ行くの
と言いかけたとき浴びせるように
ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ。の声。口々に ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ。
一瞬立ち止まる。急いで立ち去ろうとしたらカムパネルラがいるのに気づく
ジョバンニ カムパネルラ・・。
ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ。
一瞬の間。いきなり走りだす。ジョバンニ。
音楽。走って走って天気輪の丘にやってくる。
息が荒いジョバンニ。
ベンチに座らず、バタンと身体を投げ出して、銀河を眺める。
少し落ち着いてきた。
振り返って。
ジョバンニ 天気輪の柱だ。三角標の形になってる。・・ん?なんだ?
何か思い出す感じ。天の川を又見上げて。
ジョバンニ 大熊星。北斗七星。カシオペア。ああ、あれは青い琴の星だ・・。赤い目玉の蠍~♪
断裂音。
ジョバンニ 痛っ。これは・・
遠い汽笛の音。
ジョバンニ そうだ!ここからだ!
銀河ステーション、銀河ステーション。と声が響く。
ぱっと明るくなる。
ジョバンニ 銀河鉄道!
思わず立ち上がりあたりを見る。
ジョバンニ カムパネルラ?
ぴーと汽笛が鳴る。
カターン、カターンと列車の音。
ジョバンニ、横をむく、隣にカムパネルラがいた。
ジョバンニ (やっぱりと喜びの声)カムパネルラ!
再びぴーっと汽笛が鳴る。
ジョバンニ カムパネルラはそこにいた。思い出した。カムパネルラはこう言った。(平板な声)ミンナハネ、ズイブンハシッタケレドモオクレテシマッタ。ザネリモネ、ズイブンハシッタケレドモオイツカナカッタ。・・どこかでまっていようか。と僕が言うと、ザネリハカエッタヨ。と青ざめて苦しいふうに行った。・・だから僕は何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがして黙ってしまった。カムパネルラは窓から外をのぞいている・・・。
間。
カターン、カターンという列車の音。
カムパネルラが何か言ったようだ。
ジョバンニ え、なんだって?。・・・カンパネルラはすっかり元気が治って勢いよく熱くこういった。ああしまった。ぼく、水筒を忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれどかまわない。もうじき白鳥の停車場だから。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。・・意味不明だよ、カムパネルラ。・・カムパネルラは、まるい板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ている。その中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へとたどって行く。夜のようにまっ黒な盤の上に、停車場や三角標、泉水や森が、青や橙や緑や、うつくしい光でちりばめられていた。・・美しい、銀河鉄道の地図。この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえっていうと。銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。と返された。知らないよそんなこと、僕は、ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。ととぼけるしか無かった。・・しかしうらやましい。
汽笛が鳴る。
ジョバンニ窓を見やって
ジョバンニ おや、あの河原は月夜だろうか。
星巡りの音楽が流れる
ジョバンニ 照れ隠しにそんなことを言って、そっちを見ると、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てていた。カムパネルラは、月夜でないよ。銀河が光るんだとやさしくつぶやく。
ジョバンニは音楽に合わせて口笛を吹く。
ジョバンニ ごとごとごとごと、小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光の中を、どこまでもどこまでもと、ぼくとカムパネルラを乗せて走って行く。・・・カムパネルラがああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ、と驚いたように言った。ぼく飛びおりて、あいつをとって、また飛び乗のってみせようかと勢い込むと、もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったからと少し寂しげに言った。・・小さなきれいな汽車はゴトゴトと僕たちを乗せて月光のような明かりの中を天の川の左の岸に沿って南へ南へと走っていく。
音楽。
Ⅴ大学士たちと
脇を向いてるジョバンニ。
ジョバンニ (突然、咳き込むように)おっかさんはぼくを許してくださるだろうか。
びくっとして、ジョバンニは正面を向く。
ジョバンニ カムパネルラが突然叫ぶように、よく分からないことを口走った。僕はびっくりして何を言っていいか分からない。
ジョバンニは怪しむようにカムパネルラを見ている。
ジョバンニ カムパネルラは何か悪いことでもしたんだろうか。ぼんやり思っていると言葉を続けとこう言った。
途方に暮れた感じで。
ジョバンニ ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸いになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう
ジョバンニ、はっとして
ジョバンニ きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないのとあわてていうと。カムパネルラは静かに、ぼくわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸いなんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う。
新世界の音楽がかすかに流れる。
ジョバンニ カムパネルラは何を考えているんだろう。僕にはわからない。カムパネルラのお母さんが不幸せになるようなことを大それた琴をカムパネルラは何かしたんだろうか。・・いいやちっともそんなことはかんがえられない。カムパネルラ、・・本当に意味不明だよ。
沈鬱な雰囲気を振り払うように。
あ、音楽だとぼそっとジョバンニはこごえでいい。
ジョバンニ (元気に)もうじき白鳥の停車場だねえ。
列車がゆっくり蒸気を吐きながら止まる音。
ジョバンニ カムパネルラは気を取り直したように、二十分間停車だよっていう。じゃ、降りてみようかっていうと、カムパネルラは大きくうなずいた。
降りて歩く。
ジョバンニ 停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏の木に囲まれた、小さな広場に出た。そこから幅の広いみちが、まっすぐに銀河の青光りの中へ通っている。ふしぎな道。僕たちはやがてあの汽車から見えたきれいな河原にやってきた。・・ああ、河原一面透き通った小さい砂が広がっている。
ジョバンニ、ぱたぱたと二、三歩かけて、かがんで砂を救う。
ジョバンニ (砂をひとすくいすくって、振り返り)カムパネルラ、この砂はみんな水晶みたいだ。ほら、中で小さな火が燃もえているよ。
音楽。
二人は砂を救ったり、見ずに手を日浸したり楽しそうに遊ぶ。
やがて、ジョバンニは遊ぶカムパネルラを見ながら、辺りを見回して。
ジョバンニ 河原のこいしは、みんなすきとおって、たしかに水晶やトパーズや、またかどから霧のような青白い光を出す鋼玉やらだった。信じられない気持ちで渚に行って、水に手をひたす。。でもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていた。それでもたしかに流れていたことは、僕やカムパネルラの手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮いたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光をあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかった。ああ、ぼくたちは本当に天の川の流れの中にいるのかもしれない、そう思ったとき。
えっーほほ、えほほ。えーほほ、えほほ。
というようなリズミカルな人々の声がする。そちらを見やって。頷き合う。
ジョバンニ 行ってみよう!。
走る。途中でつんのめるようにジョバンニ止まる。
ジョバンニ ぶつかるじゃない。急に止まらないでよ。・・変なものがあるって?何?
ジョバンニ何かを拾って、確かめる。
ジョバンニ くるみの実だよ。(あたりを探って)そら、たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中にはいってるんだ。・・うん、大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない
えーほほの声。
ジョバンニ 早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから
うなずいて、二人近づく。
男たちがなにやらほっているらしい。
ジョバンニ えーっほほえほほと声を掛けながらひたすら掘っている男たちがいた。怪しい。近づくとこんなことを言っていた。・・・後で聞くと大学士さんだって。・・けっこうえらそうな感じで。
偉そうな口調で
ジョバンニ そこのその突起をこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない、なぜそんな乱暴をするんだ。
間。
ジョバンニ 僕たちに気がつくと口調を柔らげた。君たちは参観かね・・・くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十万年前まえ、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄よせたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいに鑿でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさんいたのさ。・・つるつると良くしゃべる人だなあっておもい。標本にするんですかってきくと。証明にいるという。証明?なにそれ。って聞くと突然歌い出した。意外に愉快な人。思わず吊られてカムパネルラと歌い出してしまった。
証明の歌。影の歌声が重なっても良い。ダンスつ憑いてもいい。
ジョバンニ ♪えーほっほっえほほ、、えーほっほっえほほ。 証明、証明、この世は証明。すべては、証明!。証明すればすべてはOK。真実を掘り当てよう。掘れば、掘るとき、掘りなさい。掘るなら、掘るとき、掘る、掘れ、掘れ!すべては証明、さすれば世界は全体幸福になる!証明、証明、すべては証明!えーほっほっえほほ、、えーほっほつえほほ!どうだ!
歌終わる。
ジョバンニ どうだと言われても困ってしまう。、証明ってなにをですかってきくと。よくぞ聞いてくれたという感じで、教えてくれた。(咳払いして権威があるような演説する風に)ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空(から)かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、(といいかけて)おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれてるはずじゃないか。・・慌てて走って行く大学士さん。ぼくらはぽかんとして見送る。
間。
ジョバンニ 分かったかいと言われても何だかよく分かりません。ごめんなさい。
ぺこんと一礼する。
ジョバンニ カムパネルラがもう時間だよ。行こうと言って歩き出す。僕も、では失礼しますと別れを告げた。
もう一度ていねいに大学士におじぎをする。
ジョバンニ 大学士さんは、手を振ると忙しそうに、監督をはじめる。・・いこう。
ジョバンニたちは歩き始める。
ジョバンニ えーっほっほっえほほ、えーっほっほっえほほ
鼻歌のように軽くハミングしながら歩く。
汽笛が鳴る。
汽車が動き出す音。明かりが変わる。
Ⅵ 鳥を捕る人
カタターンと線路の音。
間。
ジョバンニ ここへかけてもようございますかと声を掛けられた。ええと答えて見上げると茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い巾きれでつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛けた、赤髯のせなかのかがんだ人だった。どうぞ。
と、席を譲る動作。
汽笛が鳴る。汽車のスピードが速くなる。
間。
ジョバンニ え?なんですか?その人は僕たちになんか言ったようだ。聞き直すと、すこしおずおずした口調であなた方は、どちらへいらっしゃるんですかと言った。(少しきまり悪げに)どこまでも行くんですって答えると急に砕けた感じになって、それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。と陽気に言う。カムパネルラはなぜか突然むっとしたらしく、あなたはどこへ行くんです。とけんか腰にきいた。思わず笑えてしまう。なぜ。
ジョバンニ笑ってしまう。
ジョバンニ すぐそこで降ります。鳥をつかまえる商売でねとその人は言った。鳥捕りだそうだ。カムパネルラが何鳥ですかときくと、得意そうに、鶴や雁(がん)です。さぎも白鳥もですときっぱり言う。鶴はたくさんいますか。いますとも、さっきから鳴いてまさあ。聞かなかったのですか。と聞き返す。いいえとカムパネルラが答えると、驚いたように、ほらと。
間。
ジョバンニ いまでも聞こえるじゃありませんか。そら、耳をすまして聴いてごらんなさい
と耳をすます。ジョバンニたちも耳を澄ます。
ごとごと鳴る汽車のひびきと、すすきの風。
その間から、ころんころんと水の湧くような音が聞こえて来る。
ジョバンニ ああ、本当に。
皆、しばし耳を澄ます。我に返って
ジョバンニ それにしてもどうやってと思い、と聞いてみた。鶴、どうしてとるんですか。鳥捕りが、鶴ですか、それとも鷺ですか聞き返したので、ちょっと考えて鷺(さぎ)ですというと、怒濤のような答えがこんな風に。
ばーっとプライドを持って答える。プロフェッショナルの自信が溢れるコメント。
。
ジョバンニ そいつはな、雑作ない。さぎというものは、みんな天の川の砂がかたまって、ぼおっとできるもんですからね、そして始終川へ帰りますからね、川原で待っていて、鷺がみんな、脚をこういうふうにしておりてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたっと押さえちまうんです。するともう鷺は、かたまって安心して死しんじまいます。あとはもう、わかり切ってまさあ。押し葉にするだけです
あっけにとられる、ジョバンニ。
ジョバンニ 押し葉?鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。って聞いたら、病本じゃなくてみんなみんなたべるじゃありませんかという、おかしいねぇとカムパネルラがいうと、鳥捕りはニヤッと笑い。ごそごそと荷物を解いて
差し出すそぶり。
ジョバンニ おかしいも不審もありませんや。そら。さあ、ごらんなさい。いまとって来たばかりです
効果音。
ジョバンニ ほんとうに鷺だね。と思わず二人とも叫んでしまった。まっ白な、あのさっきの北の十字架のように光る鷺のからだが、十ばかり、少しひらべったくなって、黒い脚をちぢめて、浮彫のようにならんでいた。眼をつぶってるねとカムパネルラがつぶやく。うんうんと鳥捕りが馬ずく。鷺はおいしいんですかと僕が聞くと、ええ、毎日注文があります。と得意そうに言って、しかし雁の方が、もっと売れます。雁の方がずっと柄がいいし、第一手数(てすう)がありませんからな。そら。
効果音。
ジョバンニ 雁です。こっちはすぐたべられます。どうです、少しおあがりなさい。
音楽。
ジョバンニ 僕は、ちょっとたべてみて、なんだ、やっぱりこいつはお菓子だ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋だ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、たいへんきのどくだとおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべた・・・鳥捕りがも少しおあがりなさいと勧めてくれたけど・・僕は、ええ、ありがとう(と遠慮する)と言いながら手を伸ばす気にはどうしてもならない。・・僕は少しぼんやりしながらカムパネルラが鷺の方はなぜ手数なんですかと質問するのを聞いていた。鳥捕りがうんちくを語っている。それはね、鷺をたべるには天の川の水あかりに、十日もつるしておくかね、そうでなけぁ、砂に三、四日うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、たべられるようになるよ。・・何だか怪しい。カムパネルラがこいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょうと突っ込むと(あわてて)そうそう、ここで降りなけぁ。とばたばた降りていった。ちょっと笑えた。
音楽止まる。
ジョバンニ どこへ行ったんだろうと窓の外をのぞくと、鳥捕りは、黄いろと青じろの、うつくしい燐光を出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていた。・・いつのまにあすこへ行ってろう。ずいぶん奇体だ。きっとまた鳥をつかまえるとこだねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいなとカムパネルラに言ったそのとき、大きな声で。
両手を挙げて鳥捕り。
ジョバンニ 今こそ渡れ渡り鳥!今こそ渡れ渡り鳥!
鷺のギャアギャア鳴く声。ばたばたとする羽音。
ジョバンニ するとあの鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片っぱしから押さえて、布の袋の中に入れていく。すると鷺は、蛍のように、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていたけれど、おしまいとうとう、みんなぼんやり白くなって、眼をつぶる。・・すごい。片っ端から捕ってる。・・鳥捕りは、二十疋ばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾にあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、
ワープ音(適当に)。
ジョバンニ うわっ・・・。
鳥捕りがまたそこにいた。
ジョバンニ (呆然とした感じで)鳥捕りが又そこにいた。ああせいせいした。どうもからだにちょうど合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな、素知らぬ顔でそんなことを言う。僕は(ちよっとわたわたして)どうして、あすこから、いっぺんにここへ来たんですかと聞いても鳥捕りはどうしてって、来ようとしたから来たんです。とにべもない。
間
ジョバンニ 鳥捕りは僕たちにぜんたいあなた方は、どちらからおいでですかと聞く。ぼくらはなんとも答えられない。
間。
ジョバンニ 鳥捕りは、独り合点してつらつらとしゃべっている。遠くからですね。(頷く)もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの観測所で。あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。
Ⅷ ジョバンニの切符きっぷ
連結部のドアの開く音で鳥捕りの話が中断する。振り返るみんな。車掌 の咳払い。
ジョバンニ 車掌がやってきた。検札だ。切符を拝見いたしますと言われてどきっとした。切符?持っていただろうか。鳥捕りは小さな紙切れを出し、車掌はちらっと見る。そうして、次に。あなた方のは?といった。
ジョバンニ さあ・・カムパネルラは小さいねずみ色の切符を出した。いつの間に買ったんだろう。
ジョバンニは慌ててポケットを探ると大きなたたんだ緑色の紙を取り出す。
ジョバンニ あった。でもこんな緑色の切符なんていつ買ったのか全然覚えてないんだけど・・はい。
車掌の手に渡す。
車掌丁寧に見ている。
ジョバンニ これは三次空間の方からお持ちになったのですかと車掌は言う。何のことだか分からない。かまわず、よろしゅうございます。サウザンクロスへ着きますのは、次の第三時ころになりますと言って次の車両へうつっていった。
車掌は紙をジョバンニに渡して去る。
音楽。
ジョバンニ カムパネルラが、その紙切れが何だったか待ちかねたというように急いでのぞきこんだ。僕も気になってじっと見た。ところがその切符はいちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもので、だまって見ているとなんだかその中へ吸い込こまれてしまうような気がしてきた。カムパネルラもじっと見つめている。・・(ためつすがめつ見て思わずぼそっと)これ本当に切符かなあ、カンパネルラ?。
カムパネルラが答えるより早く
ジョバンニ おや、こいつはたいしたもんですぜ。驚いた口調で鳥捕りがわめく。はぁというと熱に浮かされたように勢い込んで、こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでもかってにあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね。
と、感嘆する。
ジョバンニ なんだかわかりません・・とながしたけれど、鳥捕りのうらやましげな視線が痛い。
汽笛の音。
二人、窓の外を眺める。
ジョバンニ ぼくはにわかにとなりの鳥捕りがきのどくでたまらなくなった。鷺をつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびっくりしたように横目で見てあわててほめだしたり、そんなことを一々考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジョバンニの持っているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうの幸いになるなら、自分があの光る天の川の河原に立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももう黙っていられなくなった。それで・・
断裂音。顔を一瞬しかめるジョバンニ。
ジョバンニ どうしようかと考えてふり返って見たら、そこにはもうあの鳥捕りがい無くなっていた。。網棚の上には白い荷物も見えなかった。(辺りを見回すジョバンニ) あの人どこへ行ったろうとカムパネルラがいう。本当にどこへ行ったろう。いったいどこでまたあうのだろう。僕はどうしても少しあの人に物を言わなかったろうというとカムパネルラもそう思っているよと言った。
間。
ジョバンニ 僕はあの人が邪魔なような気がしたんだ。・・だから僕はたいへんつらい。
後ろ髪を引かれるような汽笛が鳴る。
音楽が消える。
カタンカタン列車の走行音。間
断裂音。
ハッとするジョバンニ。
Ⅸ少女と蠍の火
ジョバンニ カムパネルラがなんだかりんごのにおいがする。僕いまりんごのことを考えたためだろうかとつぶやいた。僕はにおいをかいでみた。ほんとうにりんごのにおいだよ。それから野茨のにおいもする。ほら。
と、クンクンかいでみる。
ジョバンニ 気がつくと、いつの間にか小さい男の子の手を引いた青年と女の子がいた。
青年がいた。男の子と女の子もいる。
ジョバンニ 女の子があら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。というと青年はああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこわいことありません。わたくしたちは神さまに召されているのです。女の子に向かっていった。えっと思った。それって・・・。小さい男の子が言った。だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあと青年に言った。もしかしてあなたたちはと青年を見つめた。
音楽
ジョバンニ 青年は静かに子供を諭す。わたしたちはもう、なんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅して、じき神さまのとこへ行きます。そこならもう、ほんとうに明るくてにおいがよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代わりにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう
小さい間
ジョバンニ あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですかとカムパネルラが尋ねた。分かっているんだ多分。青年は静かに僕たちを見ながら答えた。いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね。
間、
ジョバンニ ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうかと僕は思った。。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や、烈しい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。僕にはよく分からない。
音楽が消えて
列車がゴトゴトと走る音。
ジョバンニ ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光の川の岸を進んでゆく。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈のようだった。川下の向う岸に青く茂った大きな林が見え、その枝には熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい、その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云えずきれいな音いろが、とけるように浸みるように風につれて流れて来た。
列車のゴトゴト走る音に音楽が重なる。
ジョバンニ だまってその譜を聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋のような露が太陽の面を擦めて行くようにおもった時、少女が声を上げた。・・まあ、あの烏、すかさずカムパネルラがからすでないよ。みんなかささぎだ。と突っ込む。笑ってしまう。
ジョバンニ思わず笑う。
ジョバンニ あ孔雀が居るよ。ええたくさん居たわと少女が応じる。そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。とカムパネルラが応じる。ええ、三十疋ぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔雀よ。と少女の声が弾む。・・僕はなんかかちんときて、鳥が飛んで行くな。と冷たくいってみる。・・どらとカムパネルラが耳を澄ます。
カムパネルラ どら、
潰れたような音。しんとする。
狂気のような声が聞こえる。
声 いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。
ジョバンニ まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。少女は興奮して更に弾んだ声をする。・・僕はなんかむっとして口をつぐむ。。
ジョバンニ、むすっとしている。
ジョバンニ 少女は何も築かず、カムパネルラに(そっとカムパネルラに)あの人鳥へ教えてるんでしょうか。と聞いた。カムパネルラは自信なさそうに (おぼつかなさそうに)わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。と答えた。なんか場が少し冷える。
シンとする。間。音楽消える。
ジョバンニ 僕はもう頭を引っ込めたかったけれど明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま口笛を吹いて見る。(少し口笛を吹くがひょろひょろで消えてしまう。)
小さい間。
ジョバンニ すごくかっこわるくてなんだか哀しい。どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうっと向うにまるでけむりのような小さな青い火が見える。あれはほんとうにしずかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ。頭がほてっていたくなる。
ジョバンニ、頭をあたまを両手で押えるようにしてそっちの方を見る。
ジョバンニ ああほんとうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだろうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろそうに談しているし僕はほんとうにつらいなあ。
少し気詰まりな感じの中、汽笛の音。ガタゴトという音は続く。
やがて。
ジョバンニ あれとうもろこしだねえとぽつんとカムパネルラが行った。ぼくは(ぶっきらぼうに)そうだろう。としか言えなかった。
ガタゴトという音はつづくがやがてスローになっていく。
しゅーっと排気の音がして止まる。代わって時計の時を刻む音。
ジョバンニ 小さな停車場にとまった。その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子は風もなくなり汽車もうごかずしずかなしずかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行く。
新世界交響楽の音がしずかに聞こえる。
ジョバンニ 新世界交響楽だわ。と、少女が静かに言った。僕は返事をしない。こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗っていながらまるであんな女の子とばかり談しているんだもの。僕はほんとうにつらい。
ジョバンニはまた両手で顔を半分かくすようにして向うの窓のそとを見 つめる。
出発の笛の音。
ジョバンニ すきとおった硝子のような笛が鳴って汽車はしずかに動き出し、カムパ ネルラもさびしそうに星めぐりの口笛を吹く。
カムパネルラが吹く口笛の音。重なって、カタンカタンという汽車の音。 間。
はっと川の向こう岸を見るジョバンニ。
ジョバンニ 川の向こう岸がにわかに赤くなった。やなぎの木や何かもまっ黒にすかし出され、見えない天の川の波も、ときどきちらちら針のように赤く光っている。まったく向う岸の野原に大きなまっ赤な火が燃やされ、その黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦こがしそうだ。ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔ったようになって、その火は燃えていた。・・あれはなんの火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。・・蠍の火だなとカムパネルラが言った。女の子がすかさず、あら、蠍の火のことならあたし知ってるわ。
驚くジョバンニ。
ジョバンニ 蠍の火ってなんだいと思わず聞くと、蠍がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってという。蠍さそりって、虫だろうと言い返すと。ええ、蠍は虫よ。だけどいい虫だわととんでもないことを言う。ちょっと頭にきて、蠍いい虫じゃないよ。僕博物館でアルコールにつけてあるの見た。尾にこんなかぎがあってそれでさされると死ぬって先生が言いってたよと言い返すと、そうよ。だけどいい虫だわ。と断言した。そうしてこんな話をした。
音楽。
ジョバンニ むかしのバルドラの野原に一ぴきの蠍がいて小さな虫やなんか殺ころしてたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見つかって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命にげてにげたけど、とうとういたちに押さえられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないで、さそりはおぼれはじめたのよ。そのときさそりはこう言いってお祈りしたというの。・・・ああ、わたしはいままで、いくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだを、だまっていたちにくれてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらんください。こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次には、まことのみんなの幸さいわいのために私のからだをおつかいください。・・そしたらいつか蠍はじぶんのからだが、まっ赤なうつくしい火になって燃えて、よるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるって。ほんとうにあの火、それだわ
少女が指さす。みんなが見上げる。音楽消える。
間
ナレ 僕はまったくその大きな火の向こうに三つの三角標が、ちょうどさそりの腕のように、こっちに五つの三角標がさそりの尾やかぎのようにならんでいるのを見たそしてほんとうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるく燃えていた。・・蠍の火だ。
賑やかなお祭りの雰囲気がする音楽が聞こえる。
ハッとするジョバンニ。
ケンタウル露をふらせの声が聞こえる。
ジョバンニ ああ、そうだ、今夜ケンタウル祭だねえというとカムパネルラがああ、ここはケンタウルの村だよといった。えっと少し驚いた時、青年が少女たちに。
青年が少女たちに
ジョバンニ もうじきサウザンクロスです。おりるしたくをしてくださいという。すぐに僕、も少し汽車に乗ってるんだよと男の子が突っ張る。ここでおりなけぁいけないのでと諭す。厭だい。僕もう少し汽車へ乗ってから行くんだいとすねる男の子。僕は、思わず・・・僕たちといっしょに乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持もってるんだ。
と、チップを出そうとすると。
ジョバンニ だけどあたしたち、もうここで降りなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだからと、きっぱりと女の子が言った。天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が言いったよと説得するとだっておっ母かさんも行ってらっしゃるし、それに神さまがおっしゃるんだわと主張する。おもわずかっとなって、そんな神さまうその神さまだいとむきになっていったらあなたの神さまうその神さまよと冷たく返された。・・そうじゃないよという僕の言葉はちよっと弱々しい。
青年が笑いながら
ジョバンニ 青年が笑いながら静かに、あなたの神さまってどんな神さまですかと僕に尋ねた。ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった一人ひとりの神さまです。と答えたら、また静かにほんとうの神さまはもちろんたった一人ですと言われた。・・思わずああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうのほんとうの神さまですと強く言うと。更に静かに、青年はだからそうじゃありませんか。わたくしはあなた方がいまにそのほんとうの神さまの前に、わたくしたちとお会いになることを祈りますといって青年は慎ましく両手を組んだ、女の子もそのとおりにする。そうして・・
青年はつつましく両手を組む。女の子その通りにする。
ジョバンニ さあもうしたくはいいんですか。じきサウザンクロスですから
新世界「遠き山に日は落ちて」聞こえてくる
ジョバンニ 見えない天の川のずうっと川下に青や橙や、もうあらゆる光でちりばめられた十字架が、まるで一本の木というふうに川の中から立ってかがやき、その上には青じろい雲がまるい環になって後光のようにかかっている。汽車の中がまるでざわざわした。みんなあの北の十字のときのようにまっすぐに立ってお祈りをはじめる。あっちにもこっちにもよろこびの声や、なんとも言いようない深いつつましいためいきの音ばかりきこえてくる。そしてだんだん十字架は窓の正面になり、あのりんごの肉のような青じろい環の雲も、ゆるやかにゆるやかにめぐっているのが見えた。
ハレルヤ、ハレルヤの声
汽車がゆっくりと止まる音
間。
ジョバンニ さあ、おりるんですよと青年にこえをかけられた女の子はじゃさよならといった。・・・僕は泣きたくなったけれど(ぶっきらぼうに)小さい声でさよならとこたえた。
風の音。新世界の音楽がかすかに流れる。
呼び子の音がする。
短い汽笛が鳴る。
汽車が動き出す。
そうしてもう一度長い汽笛が鳴る。
間。
ジョバンニ、頭を二三度振って。意気込んで。
ジョバンニ カムパネルラ、また僕たち二人ふたりきりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。
小さい間。
ジョバンニ うん。僕だってそうだと少し平板な声でカムパネルラは答えた。けれどもほんとうのさいわいはいったいなんだろうというと僕わからないとこれまたのっぺりした口調で答える。少し不安になって僕たちしっかりやろうねえと言った時。
カムパネルラが空の彼方を指さしたようだ。
ジョバンニ あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよと少し興奮したように空の一点を指さした。・・僕はそっちを見て、まるでぎくっとしてしまったた。天の川の一とこに大きなまっくらな孔が、どおんとあいている。その底がどれほど深いか、その奥に何があるか、いくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛んで来る。・・不安が広がったけれど僕は無理に力を入れて
ジョバンニ、明るく、空元気をだすように
ジョバンニ 僕もうあんな大きな暗やみの中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たちいっしょに進んで行こう。と声を掛けたら、ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集まってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっ、あすこにいるのはぼくのお母さんだよと喜びの声を揚げた。
石炭袋がある。音楽。
ジョバンニ ぼくもそっちを見けれども、そこはぼんやり白くけむっているばかり、どうしてもカムパネルラが言いったように思われない。なんとも言えずさびしい気がして、ぼんやりそっちを見ていたら、向うの河岸に二本の電信ばしらが、ちょうど両方から腕を組んだように赤い腕木をつらねて立っていた。不安に駆られカムパネルラ、僕たちいっしょに行こうねえ、こう言いながら振り返ってみたら・・カムパネルラ!
断裂音。
ジョバンニ いままでカムパネルラのすわっていた席に、もうカムパネルラの形は見えず、ただ黒いびろうどばかりひかっていた。僕はまるで鉄砲だまのように立ちあがり。
窓の外へからだを乗り出して、力いっぱいはげしく胸をうって、
ジョバンニ カムパネルラ、カムパネルラ、カムパネルラ!
激しい汽笛が長く響く
大きな断裂音
Ⅹ カムパネルラは死んだ
モウ、ダメデス。オチテカラ、四十五フンタチマシタ。・・オチテカラ、四十五フンタチマシタ、モウダメデス。オチテカラ・・・という声が容赦なく響く。
呆然としているジョバンニ。
嫌々をするように首を振る。
ジョバンニ そうじゃない、そうじゃなくて。
オヤキミノオトウサンハ・・・の声
ジョバンニ 違うんです。そうじゃないんです。四十五分とかじゃ無くて・・・カムパネルラは一人で行ったんです。あの石炭袋の向こうへ。カムパネルラ、おっかさんは許してくれるだろうかと言ってました。どうしておっかさんが許さなきゃいけないようなことってなんですか。カムパネルラ、なにをしたんですか。いってみましょうか。おぼれてしまうかも知れないのにザネリ助けに川にかわにはまってんでしょ。どうしてそんなことをしたか分かりますか。カムパネルラ、本当の幸いはなにかってくるしんでた。どうして苦しんでいたのかは僕には分かりません。でも苦しんでた。
モウダメデス、四十五分タチマシタ。・・。
ジョバンニ 言わないで!・・苦しんで一人で行ったんです。天上では無くって石炭袋の暗い穴へ、むりやりあれが本当の天上だって言って。おっかさんの姿が見えるっていって。・・でもそれは僕の父さんがラッコの上着を買ってきてくれるって思うのとおんなじ願かも知れない。僕にはみえなかったんです。女の子と青年、サウザンクロスで降りました。天上だって。きれいな音楽流れてみんないきました。でもカムパネルラは石炭袋しかいけなかった。おっかさんが許してくれないかも知れない、悲しむかも知れないことをしなくちゃならなかった。ほかにみちがなかったんです。たぶん。・・そうして何にも分かっていなかった僕は一人になりました。
押し殺して。
ジョバンニ だから、・・だから、そんなことは言わないでください・・。
ジョバンニお辞儀をしようとする。
ジョバンニ 僕はそう言おうとした。でも、ダメだった。何も言えなかった。
姿勢を直す。
ジョバンニ お父さんは僕に何か言っている。あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩はありがとう。
ジョバンニは何も言いえずにただちょこんと会釈のようなおじぎをする
カムパネルラの父 あなたのお父さんはもう帰っていますかと尋ねる声がする。僕はいいえと答える。どうしたのかなあ、ぼくには一昨日たいへん元気な便りがあったんだが。今日あたりもう着くころなんだが。船が遅れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後みなさんとうちへ遊びに来てくださいねと声は続く。僕は、カムパネルラは毎日この声を聞いていたんだと痛いほど思い、カムパネルラのお父さんに一礼をすると駆けだした。
音楽。駆け出すジョバンニ、やがてゆっくりになり、止まる。家についた。
Ⅺ 帰宅
大きく息をつき、カバンの肩掛けを直す。
ジョバンニ ただ今。
家に入る。
ぼーっと遠い汽笛の音。
ジョバンニ ただ今かあさん。牛乳瓶とってきたよ。後で呑むといいよ。・・え、誰か行くんだねぇって?・・・うん。行くんだよ。・・カムパネルラは一人で行った。・・
椅子に座るジョバンニ。
ジョバンニ そう。カムパネルラは帰らない。
ジョバンニ、カバンから牛乳瓶を取り出してしみじみと眺める。
ジョバンニ 僕は明日放課後、カムパネルラの家にいくのだろうか・・。
牛乳瓶を長めながら星巡りの歌をちいさいこえで静かに歌う。
長い長い汽笛が弔鐘のように響く。
ジョバンニ カムパネルラ?
耳を澄ます。
風が出てきたようだ。
再び、星巡りの歌を小さく口ずさむ。
その姿を裸超してゆっくりと暗くなって行く。
【 幕 】