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「恋をせんとや生まれけむ」
                作 結城 翼
    
★登場人物
 
女 1・・・患者らしい。
女 2・・・看護婦かも。
男  ・・・医師だと思う。
影たち・・・影かな。
  すべては、五月の風のように定かではない。
 
 
T五月の風
 
        たゆとうような音楽とともに幕が上がる。
        格子状に組み合わされた、白い垣根。中央は、アーチになっている。
        銀の花々が咲いている。
        白いベンチ。
        女が一人、座って本(赤いカバー)を読んでいる。
        真っ青な晴れた空。
        初夏であろうか、さわやかな白い服。
        
女 1:昔、男ありけり、その男、身をえうなきものに思いなして、京にはあらじ、あづまの方にすむべき国もとめにとてゆきけり。
 
        ふっと、止めて。小さい間。
 
女 1:軟弱な男。
 
        また、読み始める。
 
女 1:もとより友とする人、ひとりふたりしていきけり。
 
        止まって。
 
女 1:つるむなきやなにもできないの。ひとりでやりなさい、ひとりで。
 
        また、読んで。
 
女 1:ある人のいはく、「かきつばた、という五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ」と、いひければ、よめる。から衣着つつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ。とよめりければ、みな人、かれいひの上に涙落としてほとびにけり。
 
        あきれたように。
 
女 1:めそめそしない。なくぐらいなら、最初から東下りなんかやめればいい。だからだめなの。男って奴は。
男  :そんなにダメ?
女 1:だめ。
 
        振り返らずに返事をする。
        男は、アーチをくぐってやってきた。
めがねをかけている。
 
男  :いい天気だね。
女 1:ナンパしようたってだめ。
 
        男笑う。
 
女 1:おかしいの?
 
        詰問する。
 
男  :いいや。
女 1:なら笑わないで。
男  :わらっちゃいないよ。
女 1:いいえ、笑った。私のこと笑った。
男  :けいれんしただけだよ。ここが。ほら。
 
        にっと、笑う。
 
女 1:誠意のない笑いね。
男  :営業用の笑いというやつ。
女 1:マニュアル通りの笑い。
男  :自動反射の笑い。にっ。
女 1:にっ。
男  :もひとつ、にっ。
女 1:にっ。
男  :おまけだ、にっ。
女 1:にっ。
 
        と、ほんとにおかしくなる。
        女1笑う。
 
女 1:いいわ。許す。
男  :ありがと。さて、きょうはどうかな。
 
        と、一本指を上げる。
 
男  :うん。いいにおいだ。
女 1:なにが。
 
と、不審顔。
 
男  :空気。
女 1:空気が?
男  :ほらやってみて。
 
女興味もなさそう。
 
女 1:どうして。
男  :何でもいいから。ほら。
 
と、重ねて促され。
気のなさそうに指をあげる。
        少しの間。
男は、励ますように明らかに熱意を持っている。
だが、女はそうでもなさそうだ。
 
女 1:それで。
男  :感じるだろ。
女 1:何を。
男  :風。
 
女、ちょっと関心を見せてようだが、すぐまた気のない様子に戻る。
指はおろされる。
 
男  :ダメダメあきらめちゃ。
女 1:やるつもりもないわ。
男  :風なんだよ。
 
と、意外そう。
 
女 1:だから。
男  :五月の風。
女 1:それが。
 
男は、あきれたように。
 
男  :感じない。
 
もう一度、女は気のなさそうに指をあげるが。
 
女 1:風が通って行くわね。・・それで。
 
と、再び指をおろす。
おとこ、にっこりして。
 
男  :柔らかいだろ。
女 1:風だから当たり前。
男  :いいや、五月だから。
女 1:五月だからって特別扱いしないで。
男  :なんで。
女 1:五月なんて、六月の前にあるだけじゃない。
男  :なら、四月の後に来るだけとでも?
女 1:何も特別なことはないわ。風はそんなこと考えもしない。
男  :そいつはずいぶん寂しい考えだね。
女 1:どうして。
男  :こんなに青く晴れた、美しい五月。さわやかな風。ふつうは、なんか、気持ちもこうわくわくしてくるはずだ。違う?
女 1:そうしたければそれでいいわ。
男  :なんか冷たいな。
女 1:そう。
男  :いや、冷たい。
女 1:なら、そうなんでしょ。
男  :それじゃ挨拶のしように困るね。
女 1:じゃしなけりゃいいじゃない。
男  :機嫌悪いね。何かあったの。
女 1:愚かな医者に愛想が尽きてるだけ。
男  :ほう、愛想がね。
女 1:言ったでしょ、私なんでもないのよ。
男  :確かに。
女 1:なら、いいでしょ。
男  :かもしれない。
女 1:いけないの?
男  :いけないのかもしれないね。
女 1:どっち。
男  :それを決めたいんだけどね。僕としては。
女 1:優柔不断じゃない。
男  :おやおや。
女 1:はっきりしなさいよ。
男  :急いでもね。あまりいいことないよ。
女 1:いつも言うのね。
男  :何を。
女 1:急がないで。さあ、はなしてごらん。常套文句よ。
男  :そうかな。
女 1:いらいらする。
男  :そう、いらいらしないで。
女 1:(男の口調をまねて)はなしてくれないか。
男  :そう。はなしてごらん。
女 1:はなしてるわよ。
男  :ほう。いつ。
女 1:鈍い人。さっきの五月の風。ほら、ひとひら降ってきた。
 
赤い、血のような花弁が一つ、舞い降りる。
 
男  :それは。
女 1:いつだって、話してる。いつだって、見てる。いつだって、聞いている。いつだって呼んでいる。いつだって・・。
男  :いつだって・・。
女 1:・・・・。
 
男、誘うような口調で。
 
男  :いつだって・・。
女 1:ほんとに知らないのね。
 
冷たく突っ放して。
 
男  :何を。
女 1:むやみと、五月の風を相手にしてはいけないの。
男  :どうして。
女 1:五月の風は、危ないもの。
男  :ほう。こんなさわやかな風が危ないと。
女 1:青嵐(あおあらし)。
男  :いい言葉だね。古い日本が立ち返る。木立の上を吹き渡る風。
女 1:メイストーム。
男  :国際化にふさわしい。
女 1:五月病。
男  :単なるストレスだよ。
女 1:緑がざわざわしてくる。
男  :え?
女 1:聞こえない、何かが緑の中からあふれかえって、外に出ようとしてる。一番、激しい季節。緑の声。
 
いやな音楽が聞こえる。
うち消すように。
 
男  :うーん。新緑の季節だしね。拝啓、新緑の候、皆様方にはご清祥のこととお喜び申し上げます。さて、このたび、当社では、新製品の開発に・・。
女 1:聞こえてるくせに。
男  :・・何が。
 
ごおーっという、風が吹いた。
二人とも、顔を背ける。
 
男  :おっと、ゴミが。
 
と、男はめがねをのけて目をこする。
冷たい声で。
 
女 1:ほら。
男  :何が。
と、男は、やや緊張した声だ。
 
女 1:呼んでる。
男  :誰を。
女 1:私。
男  :ほう、誰が。
女 1:知らない。けれど、わかる。この風。
 
再びごおーっという風。
いやな音楽も聞こえた。
女は、何かを聞こうとしている。
 
男  :何か聞こえる。
 
ゆっくり振り返る。
 
女 1:あの人なら知ってるんじゃない。
 
男は振り返る。
女2が出てくる。
血圧の測定器を持っている。
 
女 2:話が弾んでるわね。
女 1:別に。
女 2:風がでてきたようね。雨が降るかな。
男  :それはないと思うけど。
女 2:わからないわ。こんなに晴れてたって、ゆだんはならないの。男心と秋の空ってね。
男  :五月だよ。
女 2:同じことよ。天気なんてのは当てにならないもの。誰かの心と同じこと。
男  :僕は誠実だよ。
女 1:男はみんなそういうわね。
 
ちらっと見て。
 
女 2:女もよくそういうわ。
女 1:時と場合によるでしょ。
女 2:たとえば。
女 1:(笑って)あなたに言ってもしょうがないけど。
女 2:聞きたいな。その話。
女 1:ほんとに。
女 2:ほんとに。
 
間。
隙をうかがうよう感じで。
 
女 1:機会があればね・・。
女 2:機会はあるわ。たぶん。
女 1:たぶんね。
 
二人、ほほえむ。
なぜか、かすかな敵意が漂う。
女ポケットから聴診器。
 
女 2:さてはかりましょうか。左うで出して。
女1腕を出す。
 
女 2:いつもながらきれいな腕ね。
 
といいながら、血圧測定を始める様子だが。
じっと、腕を見つめる。
間。
 
女 1:何を見ているの。
女 2:あなたの血管。
女 1:え。
女 2:よく浮き出てるわ。
 
あわてて手を引こうとする。
 
女 2:引かないで。
女 1:だって。
        気持ち悪そう。
女2、くくっと笑って。
 
女 2:血管フェチっているのよね。
女 1:え。
女 2:ほら。
と、首の頸動脈をすつとさわる。
逃げるまもなく硬直してしまう。
 
女 2:動かないで。
 
間。
 
女 2:脈打ってる。
女 1:血液よ。
女 2:そう、赤い命。
 
気味悪げに。
 
女 1:もういいでしょう。
女 2:ダメ、もう少し。
 
女1は嫌々をしそうになるが、女2ははなさない。
 
女 2:頸動脈を切るとね。
女 1:え。
女 2:5メーターも血が飛び散るの。
女 1:・・・。
 
くくっと笑って。
 
女 2:噴水みたいに吹き出すの。部屋だったらもう大変。天井から壁から一面まき散らされるわ。そこら中赤い色で染まってしまう。
 
名残惜しそうに手を離す。
女1少し離れる。
 
女 2:別に、私人殺しじゃないわ。
女 1:どうだか。
 
女2笑って。
 
女 2:ひびってるわね、馬鹿みたい。私、看護婦よ。
女 1:看護婦だからびびるのよ。
 
明るく。
 
女 2:はい、も一度腕だして。大丈夫血圧はかるだけだから。
 
てきぱきとはかる。終わった。
名残惜しそうに。
 
女 2:でも、ほんとにきれい。
 
あわてて、袖を直す女1.
見やって。
 
女 2:隠さなくていいわよ。
女 1:え。
女 2:その傷。
 
と、腕を切るまね。
 
女 2:よくやるのね。それ。でも、あんまりうまくいかないのよ。どうしてもためらっちゃって、深く切れないもの。
女 1:違う。
女 2:え。違うの。
女 1:違う。自殺なんかしない。
女 2:あら、ごめんなさい。てっきりそうだとばかり。事故なんだ。それにしてもどうしてそんなこと。
女 1:違う。
女 2:え。どういうこと。
女 1:・・・。
女 2:事故じゃないつて。じゃ、切られたわけ。まさか。すごい。ねえ。誰に。どうして。ねえ。なぜ。
 
ぼそっと何か言った。
 
女 2:え、なんて。
女 1:・・ニだから。
女 2:え、二って何。
女 1:鬼。
女 2:オニ?オニ?
女 1:鬼だから。切られたのは。
女 2:鬼だから?何。どういうこと。
女 1:鬼だから。人じゃないから。鬼になったから切られたの。
 
あっけにとられる女2。
突然笑い出す。が、目はとても笑ってはいない。引きつっている。
悲しげに女1は見る。
 
女 2:何を言い出すかと思ったら。ごめん、ごめん。やーねー。敵討ちですか。はいはい。こわいこわい。けど、鬼になるってのはいまどきねー、そういえば、渡辺の何とかに見破られて、手を切られた鬼の女の話、高校の時古文かなんかで読んだわよねー・・・。
 
と、だんだん止まる。
いやな沈黙。            
かすかにタン、タンというようないやな音が聞こえてくる。
 
Uオニ
 
女1ゆらりと立ち上がる。
 
女 1:なっ、・・。
女 1:ある時、若い女がいて、男に惚れたの。
女 2:何よ。突然。
女 1:二人は深い仲になったけれど、二親に反対され、女は仕方なく男と逃げたの。
女 2:何言ってるの。
女 1:どんどん逃げて、逃げたけど、疲れてあるあばら屋に泊まったの。
女 2:やめて。
 
ばっと、隠れる女1
とともに、明かりが変わる。
バラバラっと、走り去る影。
影の2、3人が。
 
声 :どこじゃー。
声 :いたか。
声 :おらぬ。
声 :あの足じゃとおくまではいけぬはず。さがせ。さがせ。
声 :探してどうなさる。
声 :しれたこと。
声 :まさか。
声 :掟は守らねばならぬ。二人とも、もはやこの世のものではない。
声 :なんと。
声 :ええい、さがせ。草の根分けても二人をさがしだせ。足らねば郎等をあつめよ。
声 :・・さまーっ。
声 :どうしたーっ。
声 :あそこに、着物がーっ。
声 :ようし、いまいくーっ。
 
影たち去る。
 
女 2:掟って。
女 1:人の道の掟なの。それは、決して破ってはいけないきまりなの。でも女と男は耐えきれなくて破ってしまった。それほど、お互いが好きになってしまったの。
女 2:追われたのね。
女 1:親は怒ったの。天の道にはずれるって。でも、好きなものは好きなもので、引き返しようもないわけ。女は、二人で逃げようといって、二人で逃げた。逃げて、逃げて、逃げたけど、渡し場で追いつかれて、もうどうしようもなくなつて、二人で死のうと思ったけれど、男はそこで裏切ったの。天の道からはずれてしまうのが結局怖かったの。そうして、おまえが一人で往け、せめてそれが情けじゃ。情け有るならば、なぜ、一人の男としての情け有りませぬか。俺は怖くなったのだ。
男  :怖くなったのだ。
 
この間に、女2は下がるか、控えている。
 
女 1:何が怖いとおおせられる。
男  :天の道に外れると父上は申された。
女 1:そのようなこと、とうにわかっておったはず、それでもなお、道に外れれば、はずれるところを二人で歩こうとおおせられたではありませぬか。
男  :怖いのだ。
女 1:何がです。
男  :天の道、人の道に外れれば、我ら、いったい何になる。
女 1:決まっておりましょう。道に外れたもの、すなわち、外道。もはや、人ではありませぬ。人でないものを生きていこうと、我ら二人、固く決心したはず。
 
タン、タン、タン、タンという規則的な心をさいなむ無用な音が聞こえ始める。
 
男  :私は、外道にはなれぬ。
女 1:なぜでございます。私を好きだとおっしゃったあの言葉は。
男  :嘘ではない。嘘ではないが、捨てられぬ。
女 1:道をですか。
男  :・・そうだ。
女 1:道に外れれば、人目に触れぬよう隠れ忍ばねば人が許すまい。人の世を隠れ忍んで世を暮らすものを、隠れ忍ぶ、隠忍(おんにん)とかいて、オニとよぶはこの国のならい。さすれば、オニとなるならば、我らのたつきもありましょう。そう、もうされたのはあなたでありました。
男  :わかっている。わかっている・・が。
 
影たちの走る音。呼び合う声。
タン、タン、タン、タンという単調な音は続く。
はっとする二人。
間。
 
男  :俺は、家に戻らねばならぬ。
女 1:私を嫌いになりましたか。
男  :いや。好きだとも。・・だが、これは、そういう問題ではない。
女 1:そうですか。ならばあなたは。
男  :人の道に戻る。おまえも。
女 1:戻ることはできませぬ。
男  :なぜだ。二人一緒に戻るは無理でも、どこへやらと落とすことはできる。父上も、まさか、そこまでむごいことはなさるまい。血を分けた娘。
女 1:父上はお許しにならないでしょう。
男  :なぜだ。
女 1:なぜなら・・。
 
タン、タン、という音が大きくなる。
男ははっとする。
 
男  :まさか。おまえ。
 
にっこりと。
 
女 1:はい。ややができておりまする。
 
影たちが、走り回る。
 
声 :まだか。
声 :まだみつかりません。
声 :もっとよく、その辺を探せ。
声 :はいっ。
声 :きをつけろ、よがあけるぞっ。
 
タンタンという音は続く。
 
女 1:もはや、私は、人には戻れませぬ。あなたはあなたの道を歩みなされ。私は、外道の道を歩みましょう。ひっそりと、隠れ忍ぶオニとなつて、私は生きてまいります。
 
呆然としている男。
影たちの動きが激しくなる。
 
女 1:あれ、あのように追っ手のものたちはまもなく、ここを見つけましょう。あなたは、あのものたちのもとへ往かれると良い。
男  :おまえはどうする。
女 1:私?さて。どうしましょう。オニの生き方などまだなろうたこともなし。ゆるゆる、この子と二人で覚えましょうほどに。
男  :ならぬ。
女 1:はて?
男  :ならぬ。
女 1:ならぬとは、なにがならぬと。
男  :オニになどなってはならぬ。
女 1:さりとて、もう人の道には戻れませぬ。
男  :・・ね。
女 1:え?何と仰せられた。
男  :・・しね。
女 1:死ね?
 
男、がばっと伏せる。
 
男  :頼む、死んでくれ!
女 1:死んでくれ・?この私に。あなたが?
男  :理不尽なのは百も承知。頼む。それしかないのだ。菩提はきっと篤く弔う。父上もそれなら許してくれる。二人のややなどこの世に生まれてはいけないのだ。
女 1:だから、私に死ねと。
男  :すまぬ。この通りだ。
 
男、再び伏せる。
間。
タンタンという音大きくなる。
影たちは走る。
異様な声が聞こえる。
それは、女1が笑っている声。いや、泣いているのかもしれない。
男は不思議げに顔を上げた。
 
女 1:げに、あなたは男でございますなー。(嘲笑しているのだよ)
男  :何。
女 1:ほんに立派な日の本の男でございます。よろしゅうございます。死にましょう。
男  :死んでくれるか。
女 1:はい。
男  :そうか、よかった・・。あ、いや、まことにすまぬ。
女 1:ただし。
男  :ただし?
不安げ。
 
女 1:私はもはやオニであります。人のようには死ねませぬ。オニには、オニの死に方がありましょう。
男  :オニの死に方?
女 1:はい。オニは、あきらめが悪うございます。私は、まだ大好きです。ねえ、・・お兄さま。
 
影たちの声。
 
声  :いたぞーっ。
声  :この小屋に違いない。
声  :さがせーっ。
 
ドンドンという戸をたたく、あるいは蹴破る音。
男の気がそれる。
タン、タンの音大きく。
 
女 1:オニの死に方は女の死に方でございます。
 
どーんと蹴破る音
 
声  :いたぞっ。
女 1:お兄さま!
 
ダーンっという音とともに明かりが消え、すさまじい悲鳴。
悲鳴が消えると、単調なリズム。
タン、タン。タン、タン。
闇へ通底するかのように、高く低くただ、たたき続ける。
やがて、音が小さくなり明るくなれば元の情景
 
女 2:怖い話。
女 1:追っ手たちが見たのは、生臭い血しぶきが、小屋一面にまき散らされていてその血の海の中に、なぜか、ころがつていた女の片腕の手首だけ。そう、こちらの手ね。
 
と、自分の手を切った後を指し示す。
 
女 2:変ね。
女 1:なにが。
女 2:おんながオニになったはずなのに。
女 1:そうね。
女 2:なぜ自分の手首だけ?
女 1:ね、一つ教えようか。
女 2:何。
女 1:ほんとのオニはね、隠れ忍ぶなどと言うお手柔らかなものじゃないの。
女 2:なら?
 
女1風を捕まえようとする。
 
女 2:どうしてるの。
女 1:この風の中にいるの。
女 2:(笑って)オニが。
女 1:そう。風の中に潜んで、人を食べてしまうの。いいえ、兄と妹が愛し合ったような、人からはずれて、この世を滑っていくものを。
女 2:じゃ、隠れ忍ぶのオニを食べるわけ。(笑って)共食いね。
女 1:いいえ。餌よ。
 
間。
 
女 2:餌?
女 1:ほんとうの鬼は人でなしになった人を食べるの。いいえ、隠れ忍ぶのオニから生まれるかもしれない。知ってる、ギザ蜂っていう虫。あれって、たしか、昆虫の幼虫に卵を産み付けるのよね。卵はかえって、その幼虫をひたすらむさぼって、成虫になるの。ほんとの鬼は人が隠れ忍ぶになるのを待ってるの。その中からからを破るように生まれてくるの。その方が、おいしいんじゃない?
女 2:おいしいってあなた。
 
小さい間。
 
女 1:ねえ先生。私食われたんじゃないの。
男  :食われた。
女 1:鬼に。
男  :まさか。
女 1:いいえ。なんかそうおもう。もう、わたしのからだは、すっかり鬼に食われてしまったんだって。だつて、こんなに愛しいんだもの。
男  :君の錯覚だよ。
女 1:錯覚。
男  :疲れているだけだ。
女 1:ならいいけど。
 
タン、タンという音が聞こえる。
女1、はっとして耳を澄ます。
 
男  :どうした。
女 1:聞こえない、あの音。
 
大きくなる音。
 
男  :聞こえないねえ。君聞こえる。
女 2:いいえ、なんにも。
女 1:そう。
女 2:つかれてるのよ。お昼はおいしいグラタンよ。
 
と、言って、男に何か合図をして去る。
 
男  :つかれてるんだ。
 
タンタンと音が大きくなる。
 
女 1:ほんとに聞こえない。
男  :ああ、聞こえないね。鬼でもないと聞こえないんじゃない。
 
去る。
音はさらに大きくなる。
耳を押さえる女1。
音は耐え難くなり。
タンタンの音最大になつて。
 
女 1:いやーっ。
音、カット。
同時に暗転。
 
Wぷちぷち
 
明るくなると、女1と女2がいる。
女は二人ともプチプチをつぶしている。(プチプチ・・包装用の素材、空気がたまっているのでついつぶしたくなる。)
 
女 2:で、どうなわけ。
女 1:なにが。
女 2:どちらのものなの。
女 1:何が。
女 2:男に決まってるでしょう。
女 1:どの男。
女 2:あの男。
女 1:あの男ならあげる。
女 2:いらないわ。
女 1:そんなこと言わなかったじゃない。あのとき。
女 2:あのときはね。
女 1:今になってそういうの。
女 2:気が変わったの。
女 1:どうして。
女 2:どうしても。
女 1:わがまま。
女 2:なんとでも。
女 1:だいたい、いつもそうよ、あんたは。
女 2:いつもどうなの。
 
女1プチプチをやめて。
 
女 1:身勝手なのよ。
女 2:身勝手。
女 1:いつも、いつも全部あんたのものなのに。なんで、私のものまでほしがるわけ。
女 2:そんなんじゃないよ。
女 1:じゃなんなの。
女 2:出来たっ!ほらほらっ。
 
と、全部つぶしたプチプチを示す。
 
女 2:完成。
 
と、ちらっと。女1のプチプチを見る。
 
女 1:だめ。これは私の。
女 2:いいじゃない。
女 1:だめ。
女 2:一人でつぶしてもおもしろくないよ。
女 1:あんたのあるでしょ。
女 2:おわったもの。ほら。
 
と、手を伸ばしてとろうとする。
その手をたたいて。
 
女 1:だめっ。
 
と、けっこう真剣。
 
女 2:どうしてよ。たかがプチプチじゃん。
女 1:だからよ。
女 2:だからって何。
女 1:一つ許せば、あんたはひとつ、踏み込んでくる。ふたつゆるせば、あんたは三つ取りに来る。
女 2:そんなことしないよ。
女 1:してるわ。いつだってしてる。小さいときから、いつだって、してた。
女 2:うそよ。
女 1:うそなものか。覚えてる、小学一年の時、私の人形、青い服の、あおいりぼんの。
女 2:ああ、あの汚い、手がちぎれかかった。
女 1:あんたが、ちぎったのよ。
女 2:そんなことしない。
女 1:いいえ、私のいないとき、こっそり私の人形取って、遊んでて自分でちぎったくせに。
女 2:あれは、こわれかかってたから。しかたないのよ。
女 1:ほら、認めた。
女 2:いいじゃない、たかが汚い人形じゃない。
女 1:なら、なぜ、私にあの赤い日本人形貸さなかったの。
女 2:あれは、だめよ。お母さんが誕生日にあたしのためにってかってくれたじゃない。
女 1:あんたは、いつもそうやっておねだりしてたじゃない。
女 2:お姉ちゃんがしないのが悪いんじゃない。
女 1:そう、わがままばつかりいえるはずないじゃない。
女 2:だから我慢してたわけ。馬鹿みたい。
女 1:そう、ばかみたいだったのよ!
 
と、すべてのプチプチをひねって一気につぶす。
 
女 2:何も怒ることないじゃない。
女 1:怒ってなんかいない。
女 2:じゃ何。
女 1:憎んでるの。
女 2:え?
 
女1、立ち上がり去る。
 
女 2:お姉ちゃん!
 
タン、タンという音近づく。
 
女 2:ふん。
 
と、座る。
本を読み始める。
 
女 2:さて、年ごろ経るほどに・・。
 
タンタン、と言う音大きくなって溶暗。
 
Xお手玉
 
音は消える。
本を読む声。
明るくなれば、女2が本を読んでいる。
 
女 2:さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、「もろともにいふかひなくてあらむやは。」とて、河内の国、高安の郡 に、行き通ふ所いできにけり。・・か。けっ。
 
ジュースを一口飲む。
 
女 2:ちぇっ。男ってみんなこうなんだよね。ずるいんだから。純愛なんて生活費の足しにもなんねえんだって。
 
また読み始める。
 
女 2:さりけれど、このもとの女、「あし。」と思へる気色もなくて、いだしやりければ、だって。そこまでするこたないって。もっと怒りなよ。っていいたいね、アタシとしては。
 
ジュースを一口。
 
女 2:男、「こと心ありてかかるにやあらむ。」と思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、河内へいぬる顔にて見ればぁ・・。きったねー。だから男ってイヤなんだよ。手めえが浮気してるくせに、にっこり女がおくりだしゃ、邪推しやがってよ。植え込みに隠れて、様子見ようだなんてけつのあながちいせいや。けっ。
 
と、かなり口が悪い。
女 1:偉く息巻いてるわね。
 
と、看護婦姿の女1が登場。
 
女 2:あったり前よ。最低。なにしんじらんない。どこが愛の物語よ、伊勢物語よ。小ずるい、男のいじましくつてみすぼらしい話じゃないの。
女 1:どれどれ。
 
と、見てみる。
 
女 1:ああ、これ。有名なところね。筒井筒。
女 2:かもしれないけど、最低。ほら、こうよこう。この女、いとよう化粧じて、うちながめて、・・化粧なんかしてやることないってのに。こううたうのよ。
女 1:風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとり越ゆらむ
女 2:おっ、やるね。
女 1:風が吹くあのたった山をあなたはこの夜中にたったひとりで超えていくのでしょうか。私は心配でなりません。
女 2:くはーっ。たまんないねーつ。この馬鹿さ加減。
女 1:誰の。
女 2:両方。
 
がーっと、ジュース飲んで。
 
女 2:お代わり。
女 1:はいはい。
 
と、下げていく。
 
女 2:私だったらこんなことしないね。
女 1:あなただったら。
女 2:わたしだったら?そうね。
 
と、そこへ男が現れる。
男  :おかしい。
女 1:なにが。
男  :どうあってもおかしい。
女 1:だから何が。(もちろん、ここは男と女1が直接会話をしているわけではない。男の目には女1は見えていない)
男  :あいつが、あんなににっこりわらって、俺を見送る。
 
女2にっこり笑って見送っている。
 
男  :何かした心があるかもしれない。イイや、絶対そうだ。あ、ひょっとしたら、ほかの男でも・・俺の留守に男を引き入れるのかも・・ああ、イヤ、そんなはずはない。そんなはずはない。・・いや、だが、あの紅はどうだ。今日は一段と濃いではないか。
 
女2の紅が鮮やか。
 
男  :あのようにあでやかな唇を誰のために・・オレはいなくなる。俺のためではない。そうだ、きっと、男がいるに違いない。畜生。確かめてやる。
 
男、さっさと行くふりをして隠れる。
女2、見送っている。
男、庭の前栽の方へこっそりと忍び寄る。
女2、女1をうっすらと笑って、見やる。
 
女 2:あれは、私の男。筒井筒の頃より、思いをかけた、ただひとりの男。高安の女などに渡しはしない。見てらっしゃい。
 
女1、少し離れたところで、高安の女。
 
女 1:まだ来ないのかしら。あの人。
 
くくっとわらって。
 
女 1:今時ねえ、筒井筒なんてはやらないのにね。親がみまかって暮らし向きが傾いた。それは気の毒なこと。でも、そういうことなら、自ら身を引いた方がよいのに。いつまでも未練を持ってあの人にまといついても。
 
首をふり。
 
女 1:お高く止まって、かたくるつしい女よりも、こちらに来れば気安くいられるものを。・・ああ、生駒山のあたりがもう暗くなってきた。あのあたりを今こちらへ歩いてきているのだといいけれど。君があたり見つつをらむ。生駒山雲な隠しそ雨は降るとも。・・たとえ雨が降っても、あの人がくる生駒山を隠さなければいいのに。
 
女2、あざ笑う。
 
女 2:しょぼい歌。
女 1:あなたに言われたくないわね。
女 2:渡さない。・・私の男よ。
女 1:それはどうかしら。
女 2:見てたらわかるわ。
 
静かに座る。
女1は見ている。
女2はやおらゆっくりお手(赤い布)玉を始める。
 
女 2:いとし、殿御の、心が欲しや。ともに白髪の十三、七つ。鹿子、刈る茅、七つの星に。ちぎりおうたも浅茅が露と。夢かうつつか筒井の井筒・・。
 
それは、まるで蜘蛛のように、いつの間にか、女の声としぐさが男をからめ取っていく。
男は、ふらふらとお手玉に誘われるように、惑乱していく。
 
男  :何をするつもりなのだ。あんなにめかし込んで。誰を迎えようとするのだ。まさか。
女 2:風吹けば。(お手玉をゆっくり続けながら)
男  :風吹けば。
女 2:沖津白波たつた山。
男  :沖津白波たつた山。
女 2:夜半にや君が。
男  :夜半にや君が。
女 2:ひとりこゆらむ。
男  :ひとりこゆらむ。・・ひとり、こゆらむ。
 
        お手玉をやめて、女2は男をまっすぐ見据える。
 
女 2:風吹けば沖津白波たつた山夜半にや君がひとりこゆらむ。
男  :風吹けば。
女 2:風が吹くと。
男  :沖津白波たつた山。
女 2:沖に白い波が立つ、その立つと言う名を持った龍田山を。
男  :夜半にや君がひとりこゆらむ。
女 2:夫はただひとりで越えているのでしょうか。何とも心配でなりません。
男  :風吹けば沖津白波たつた山夜半にや君がひとりこゆらむ。
女 2:よわにや君がひとりこゆらむ。
男  :よわにや。
女 2:君が。
男  :ひとりこゆらむ。
女 2:ひとりこゆらむ。
 
        女2、再びおてだまを始める。
 
女 2:いとし、殿御の、心が欲しや。ともに白髪の十三、七つ。鹿子、刈る茅、七つの星に。ちぎりおうたも浅茅が露と。夢かうつつか筒井の井筒・・。
男  :・・すまぬ。
 
おとこ、がつくりと膝をつく。
 
男  :俺の思い違いじゃ。おまえは・・。
 
女2はお手玉を続ける。
 
女 1:この女、いとよく化粧(けそう)じて、うちながめて詩をよみけるを聞きて、かぎりなくかなしとおもひて、河内にもいかずなりにけり。
 
女2お手玉を続けながら、勝利宣言のよう。
 
女 2:河内にもいかずなりにけり。
 
最後の玉をばっと放って、受け止めた。
うっすらと笑う女2。
 
女 2:私の男よ。
 
小さい間。
 
女 1:オニね。
女 2:え?
女 1:オニつていったの。
女 2:私が、なぜ。
女 1:人の心をもてあそぶ。
女 2:もてあそばれる男が悪いわ。いいえ、風向きが悪くなれば人を塵か何かのあくたのようにぽいと捨て去る男が悪い、そうじゃない。
女 1:嫌いなんでしょう。あの男。
 
小さい間。
 
女 2:そうよ、・・嫌いよ。
女 1:ならなぜ、あきらめて、私に渡さないの。私は好きよ。
女 2:渡せないの。私の男だもの。
女 1:持ち物じゃないのよあの人は。
女 2:ではなぜ、あの人は、私を棄てようとしたの。
女 1:気持ちなんて移ろうものじゃない。
女 2:うつろうものなら、少なくても最初の気持ちはあったはず、けれど、あの人はそんなものなかった。
女 1:どうして、幼なじみの一度は思いを寄せ合った同士でしょう。
女 2:面倒だっただけかもしれない。
女 1:そんなはずないでしょう。
女 2:たまたまそこにいたからかもしれない。そのときは、それが当たり前だったかもしれない。好きになる?なぜ?なぜ、わからない。どうして、私じゃないといけないのかわからない。
女 1:欲深いのね。ばかみたい。
女 2:ばかなのかもしれない。けれど、私じゃなければならないのなら、なぜ、心があんたになんかうつっていくの。
女 1:いったてじょ。人の心は変わるもの。
女 2:ああ、たしかにわかっている。人生なんて、方程式解くみたいにはいきっこない、1足す1が2になるとはかぎない。けれど、私は、そうなってほしかった。なぜ、あの人を取ったの、お姉ちゃん。!
女 1:オニ。
女 2:オニ。なぜ。さつきもいつたよ、なぜ。
女 1:なぜ?それがわからない?言ってあげよう。なぜ、あの人を放さないの。好きじゃないんでしょ。
女 2:昔はそうかもしれない。けど、今は大嫌い。
女 1:なら、なぜ。
 
女2、につこりわらつて。
 
女 2:人の心を殺した人は、罰を受けなければならないの。あの人は、私の心を殺したの。だから、わたしは、につこりわらつて、あの人を私のものにするの。あなたのものにはナラナイの。
女 1:そうやって縛り付けてもあの人の心はあんたのものにはならない。
女 2:いいえ、なつてるの。ほら。
 
男はぼんやりと立つ。
 
男  :夜半には君がひとりこゆらむ。
女 2:そういって、あのひとは、私のことを愛しいと思うの。あの人は、後悔して、私の所に還ってくるの。私は、にっこり笑って慎ましく迎えるの。
女 1:大嫌いな男を。
女 2:そうよ。私の心を殺した憎らしい男をにっこりわらつて、こう迎えるの。
男  :今帰った。
女 2:お帰りなさいませ。
 
男は、ぼんやりと座る。
 
女 1:そうして。
女 2:そうして、私はあの人の心をどうしようかと思いながら。
 
お手玉を転がして心を手のひらで掴むような仕草をしながら。
 
女 2:憎み続けるの。笑顔で。
 
美しく笑う。
 
女 1:だから、オニなのよ。
女 2:オニでもいい。
女 1:隠れ忍ぶのは何も姿形だけではないのよ。心だつて、隠れ忍んで形が変わる。あんたの心は、どこかゆがんでしまってる。それを外道というの。
女 2:外道でもいい。
女 1:道に外れたものをオニって言うのは、心の話かもしれないわ。
女 2:私は、ただ、大嫌いなあの男を罰っしたいだけ。
 
笑うが。
 
女 1:本当に、そう思ってるわけ。
女 2:何を。
女 1:大嫌いな男って。
女 2:そうよ。ほかに何がある。
女 1:正直でないのをオニって言うかも。
女 2:私は正直に。
女 1:ウソ。
女 2:何が。
女 1:嫌いじゃない。いまでも、あんたは、あの男が好きなんだ。
女 2:何を言い出すかと思えば。
女 1:嫌いなら、別れればいい、興味がないなら、むしすればいい、復讐がしたければ、罰せばいい。あんたのは、罰なんかじゃないね。嫌い?笑わせないで、好きだって顔に書いている。好きだ、好きだって書いている。そうでしょう。そうでなければ、誰があんな手の込んだことするものか。好きなんだよ、あんたはあの男が。すきだから、自分のプライドが許さないから、意地悪しているって言う口実こさえて、やっているだけ。そうでしょう。違う!
 
顔がゆがむ、女2。
 
女 1:おもちゃ取られた、こどもがただこねてるだけで、おもちゃがほんとは欲しいんだ!
 
間。引きつる、女2。
 
女 2:そうなら、・・どうだって言うのよ。
 
女1静かに。
 
女 1:それがオニなの。
女 2:え。
女 1:そうやって、どこまで行っても出口のないとこへ閉じこめられていく。それが、オニなの・・。ちょうどあの歌のように、道がわからなくなるの。
 
とおりゃんせ、とおりゃんせの歌が聞こえてくる。
間。見つめ合っているが。
 
女 2:バカーっ。
 
と、お手玉を投げつけ。だっと去る。
女1は自分に当たって落ちたお手玉を拾い上げながら。
 
女 1:あんたは、いつもそうなのよ。
 
と、ぼそっという。
女2の走り去った方を見ながら。
タン、タンと言う音が近づく。
 
女 1:不公平なことって世の中には多い。親切な人が不幸な目に遭い、心の優しい人が悲しい目に遭う。
 
二つのお手玉をしみじみと見る。
 
 女 1:人が二人いれば、どちらかが、損をして、どちらかが得をしてしまう。だって、幸せは無限にあるものじゃなくて、どうやら、幸せの量は決まってしまっているみたいだもの。美しい姉と醜い妹、賢い姉と、鈍い妹。優しい姉とひねくれた妹。そういう組み合わせも世界のどこかにはあるはずなのに、いつのまにか、幸せの天秤は私の方には傾かなくなっていた。世の中のどれくらいの姉が憎たらしい妹を我慢しているんだろう。妹だから許される、姉だから許されない。最初はほんの些細なことだつたはずなのに気がつけば、父も、母も、何もかもすべては妹のものになっていた。努力しても認められない。姉だから当然だ。怠けていても妹だから許される。お姉ちゃんだからゆずつてやりなさい。いやだ、妹だから譲りたくない。なのに、私は、いつも決まって・・はいという。たぶん、笑顔さえ浮かべて。
 
タン、タンという音。
 
女 1:だから、イヤなのね。
 
どこかで、泣き声が聞こえる。
それは、あたかもオニが泣いているかのような、哀切な泣き声である。
とうりゃんせ、とうりゃんせ。の声がする。
女 1:とおりゃんせ、とうりゃんせ。
女1は、お手玉をしている。
タン、タン、というイヤな音が替わって聞こえる。
溶暗。
 
Wあやとり
 
男の声が響く。
 
男  :なるほど、よくわかりました。(軽く笑う)
 
同時に明るくなると女1と女2がベンチであやとり(赤いひも)をしている。
男は立ってみている。
 
男  :だけど、心配することはないと思いますよ。けっこう首尾一貫した現実の感覚もあるし。(笑う)
 
女たちは意に介さずあやとりを続ける。
女2が取ろうとして、困っている。
男がついと手を出して、女1のあやとりをつまんで。
 
男  :こうしたら、ほら。(笑う)
 
東京タワーができた。
女2は非難がましい眼で見る。
女1は、無視して又、はじめからやり直す。
男  :悪かった?
女 2:うん。
男  :上手ですね。(と笑いかける)
女 1:別に。
 
と、続けている。
 
男  :どこで覚えたの。
女 1:さあ。
 
と、とりつく島もない。
 
男  :(ため息ついて)なかなかおもしろかったよ。
女 1:そうですか。
男  :結果聞きたくない。
女 1:さあ、どうでしょう。
男  :(多少の非難を込めて)自分たちのことだよ。  
女 1:そうですね。
 
と、なんだか少し焦点がぼけたような応答。
 
男  :君は?
女 2:べつに。
男  :やれやれ。
 
と、ため息ついて、しばらく横で黙々とあやとりをする女たちを見ていたが。
 
男  :異常はどこにも認められません。
 
間。
        女たちはあやとりを続ける。
 
男  :かえっていいですよ。
 
女1、あやとりをやめて、
 
女 1:どうして。
男  :(笑って)あなた方の仲が微妙なものだということはよくわかります。けれど、それは、大なり小なり、姉妹にはよくあることで、あまり気に病むことではないと思います。まあ、ご両親が、子育ての時に多少の配慮がたりなかったかもしれませんがね。(笑う)
女 1:(静かに遮って)でも、オニって本当にいないんでしょうか。
男  :(笑って)いません。たぶん、あなた方の心の中の相手を憎む気持ちと、憎んではいけないという自制心の葛藤が、そんな妄想を生んだんでしょう。妄想といっても、まあ、不安感の変形だろうと思います。(笑う)感受性がお二人とも強そうだから、そのイメージがすごく強く現れて、現実感が強烈だったというわけです。(笑う)むしろ、優れた、想像力と言ってもいいですね。自信をお持ちになられたらいかがですか。(笑う)
女 2:よく笑うね。あんた。
 
むっとする男だが。気を取り直し。咳払い。
 
男  :おやおや。いけませんか。
女 2:笑ってばかりいるとほんとの鬼が来るよ。
男  :(笑って)こいつはいいね。実を言うと、僕も見てみたいと思ってます。(笑う)
女 2:(うっそりわらって)なら、たぶん、もうすぐ来るよ。
 
笑いが消える男。
 
男  :そうですか。
女 2:オニになるって簡単だよ。
男  :ほう。そうですか。
女 2:そう。食い違ってきたらね。奴らは、そこから出てくるの。
男  :なにが。
 
はぐらかして。
 
女 2:あやとりなんて簡単だと思うでしょ。
男  :まあね。
女 2:私下手なの。
男  :それで。
女 2:あやとりって、手順あるんだけど、よく覚えられないのね。
 
と、いくつかやるがわからなくなる。
 
男  :こうするんじゃない。あれ。(失敗する)
女 2:でもね。
 
と、また元に戻し。
 
女 2:あの人は上手なの。
 
女1は無心に繰り返す。
 
女 2:実際、できる姉を持つと結構辛いものがあるよ。
男  :なるほど。
女 2:何でもまっすぐで、本当にそのとおりで、間違いのない人ってのは、どう。
男  :いや、ちょっとまあね。
女 2:でしょ。そばにいると息が詰まってしまう。
男  :それは言い過ぎかな。
女 2:だってそうだもの。でもそれ言うと、私、フツウのことしかしてないよって言うわけ。
男  :なるほど。
女 2:でも、その言い方は、あんたがやることは全部中途半端で、なんにもものにならないと言ってるわけ。
男  :考え過ぎじゃない。
女 2:いいえ。そういってるの。はっきりと。だから、私、せいぜいわがままして困らしてやるわけ。
男  :どうして。
女 2:あんた、ほんとは頭悪いんでしょ。
男  :(笑って)かもね。
女 2:ほら、図星刺されて、笑ってごまかしてる。
男  :(むっとして)いいから先へ。
女 2:いやなやつでも他人ならさけて通ることができるでしよ。でも身内だとそういうも行かないじゃない。だからよ。
男  :それで、満足。
女 2:馬鹿と違うあんた。
男  :(笑おうとして引っ込める)違うけど。
女 2:満足するわけないじゃない。なんだか、自分をひどく侮辱することのように思ってしまうわけ。だからよ。
男  :だから。
 
少し間。
 
女 2:あやとり見てるとね。
 
つられてみる男。
 
女 2:いろいろな形が生まれては消える。でも。
男  :でも。
女 2:あれは全部あらかじめ決められた形なの。
男  :そりゃそうだね。
女 2:でも、人の思いや気持ちは決められてはいないでしょ。
男  :まあね。
女 2:でも、あやとりしなきゃいけないのよ。私たち。
男  :え?
女 2:決められてはいないのに、決められたようにあやとりしながら私たち生きてかなきゃいけないの。
 
タン、タンという音が近づく。
 
女 1:人を思うってことは、あやとりするようには行かない。縦、横、十字路。道はきちんと条理を分けて、交差して行くけど。気持ちの筋道はあっちへよれたり、こっちへ抜けたり、訳の分からない、脇道へずれていく。
女 2:食い違う。
女 1:筋がぶれる。
女 2:すれ違う。
女 1:よじれる。
女 2:曲がる。
女 1:ねじれ合う。
女 2:もつれる。
女 1:からみつく。
女 2:抜けられない。
女 1:気がつくといつの間にか、雲の巣が絡み合ったように、お互いがお互いの思いの中で身動きつかなくなって。
女 2:でもいつか、その真ん中にぽっかり裂け目があいて、底なしの穴。
女 1:あなのなかから。
女 2:いつのまにか、聞こえてきたのよ。
男  :(少しおびえて)何が。
二人 :声がね。したの。
 
泣くような声。
 
男  :(おそるおそる)どんな。
二人 :(男に)ねえ、それで、どちらを選ぶの?
男  :え?
 
Xオニ
 
明かりが変わる。
男がいる。
 
女 1:あるひ、恋人ができた。
男  :彼女、ヒマ。おちゃしない。(笑う)
女 1:よく笑う頭の軽い馬鹿な男。本人に言わせると医者だそうだ。とても信じられない、まあうそでもかまわないけど。
男  :ねえねえ、明日、ちょっとおもしろいとこいこう。(笑う)いいだろ。うん。帰りにさ、うまいとこしってるよ。(笑う)
女 1:それにしてもよく笑う。マニュアルでも読んで女を引っかけてるつもりかしら。馬鹿丸出し。
女 2:へーえ、お姉ちゃんでももてるんだ。
女 1:なに、それ。
女 2:デートねえ。へーえ。
女 1:皮肉っぽく笑う妹の視線を私ははっきりと見据えていった。そう、デートよ。悪い?
女 2:別に。
男  :あの子誰。
女 1:妹。どうして。
男  :いや、かわいいなって。
女 1:ふーん。
男  :いや、ちがうちがう。ちがうって、そんなきないよ。ただ、妹さんにすればって。
女 1:何。
男  :いや、別に。
女 1:だが、男の言葉は妙にざらついて、私を逆なでする。私は・・。
 
ふっと、力を抜いた。
 
女 1:いいわ、ちょっと。
女 2:何、姉さん。
男  :あ、おいおい。いいよ。
 
女1、女2をひっぱつてくる。
 
女 1:妹よ。
男  :あ、ああ。ども。
女 2:姉がお世話になってます。
男  :いや、ね、へへ。それほどでも。いやー、かわいいね。(笑う)
女 2:そうですかあ。みんなにそういわれます。
男  :はは。いうねえ。ねえ。
女 1:そうね。みっともないほどへらへら笑う。
男  :じゃ、みんなでどこかいかない。
女 2:えー、いいんですかあ。
男  :いいいい。おごるよ。
女 2:ラッキー。お姉さんいい人じゃない。
男  :へへ。おれ、いい人いい人。
 
楽しげな二人。
 
女 1:私は、そのとき確かに失敗をしたのかもしれない。何を好んで、妹の前に獲物をぶら下げて見せる必要があったのだろう。でも、妹のこんな程度の男しか姉さんには来ないのと言う哀れむような目がそうさせたのだ。獲物にはそんな値打ちがないことは、妹にもすぐわかるだろうと思っていた。それともあれは危うい思いを運ぶ五月の風が吹いてきたせいだっただろうか。
 
風が吹く。
 
女 2:ああ、さわやかな風。
男  :うん。うまいにおいだね。
女 1:なにが。
男  :空気。
女 1:空気が?
男  :空気だからこそ。ほらやってみて。
女 1:どうして。
男  :何でもいいから。ほら。
女 1:それで。
男  :感じないかな。
女 1:何を。
男  :風。
女 2:おいしい、あたし感じる。
男  :ねっ。
 
女1の指はおろされる。
 
男  :ダメダメあきらめちゃ。
女 1:やるつもりもないわ。
女 2:それ、姉さんの悪い癖よ。
男  :五月の風だよ。
女 1:それが。
 
男は、あきれたように。
 
男  :感じないの。
 
もう一度、女は気のなさそうに指をあげるが。
 
女 1:風が通って行くわね。・・それで。
 
と、再び指をおろす。
 
男  :柔らかいだろ。
女 1:風だから当たり前。
男  :こんなに青く晴れた、美しい五月。さわやかな風。ふつうは、なんか、気持ちもこうわくわくしてない。違う?
女 2:違わない。
女 1:あなた達がそうしたければそれでいいわ。
男  :なんか冷たいね。
女 1:そう。
男  :いや、冷たい。
女 2:冷たい、冷たい。
男  :だよねー。
女 2:ねー。
女 1:なら、そうなんでしょ。
男  :それじゃ挨拶のしように困るね。
女 1:じゃしなけりゃいいじゃない。
女 2:おねえちゃん。
女 1:あんたたちは、知らないのよ。
男  :何を。
女 1:むやみと、五月の風を相手にしてはいけないの。
男  :どうして。
女 1:五月の風は、危ないわ。
男  :ほう。こんなさわやかな風が危ないと。
女 2:さわやかなのにねー。
男  :ねー。
女 1:緑がざわざわしてる。
男  :え?
女 1:聞こえない、何かが緑の中からあふれかえって、外に出ようとしてる。一番、激しい季節。緑の声。
 
いやな音楽が聞こえる。
うち消すように。
 
女 2:脅かさないでよ。
男  :うーん。新緑の季節だしね。拝啓、新緑の候、皆様方にはご清祥のこととお喜び申し上げます。さて、このたび、当社では、新製品の開発に・・。
女 1:聞こえてるくせに。
男  :・・何が。
 
ごおーっという、風が吹いた。
3人とも、顔を背ける。
 
男  :おっと、ゴミが。
 
と、男はめがねをのけて目をこする。
冷たい声で。
 
女 1:ほら。
男  :何が。
と、男は、やや緊張した声だ。
 
女 1:呼んでるわ。
男  :誰を。
女 1:私。
男  :ほう、誰が。
女 1:知らない。けれど、わかる。この風。
 
再びごおーっという風。
いやな音楽も聞こえた。
 
男  :何か聞こえる。
女 1:聞こえてきたのはなにかがどこかで泣くような声でした。
 
オニの泣くような声。
 
女 1:それが聞こえてきたとき、ああ、これはもしかしたら私は本当に失敗したのかもしれないと思いました。なぜなら、妹の目を見ると本当にキラキラしていたからです。私のものをいつも取っていった、ときのあのキラキラとした目。妹は、どうやらこのつまらない男が欲しくなったのに違いありません。どこかでなく声はまだ聞こえます。私は、はっとしました。ああ、その声は、私のうちらでなく私の声だったのです。私は、泣くまいと思いました。泣けば、気つといやなことが起きる、泣けば・・。
女 2:お姉ちゃん。
女 1:何。
女 2:決めた。
女 1:何を。
女 2:あの人、譲って。
女 1:なぜ。
女 2:好きになったから。
女 1:ウソ。
女 2:ウソじゃない。
女 1:自分にウソついてもだめ。
女 2:ウソじゃない。
女 1:私のものを欲しいだけ。
女 2:違う。
女 1:違わない。五月の風が吹いたから気持ちもあおられただけ。見てごらん、つまらない男よ。
 
男、やつほー。へいへいへいてな感じでコーヒーなどをセットしている。軽い。
 
女 2:なら、なぜつきあうの。
女 1:私のかって。
女 2:なら私もかって。
女 1:いい加減にしなさい。
女 2:いい加減じゃない。
女 1:あんまりかって言うと。
女 2:何。
 
男、呼びかける。
 
男  :お茶入ったぜーっ。
女 1:ありがと。
 
と、さっさとそばへ行く。
 
男  :あ、こっちへね。
 
と、女2へも如才なくというか、どちらかというと、女2の方へ手厚く。
用意をする。
 
男  :かんぱーい。
 
と、お茶のカップで乾杯。
サンドイッチなど食べている。
女2フォークで女1のイチゴを取る。
 
女 1:そうやっていつも取ってくのよ。
女 2:なんのこと。
女 1:私のイチゴ。
 
と、フォークからイチゴをむしり取り食べる。
 
女 2:いいじゃない、イチゴの一つや二つ。
女 1:そうね、イチゴの一つや二つなら。でも男はだめよ。
 
女2に怒りが走る。
 
女 2:もう一回言って。
女 1:聞こえない。イチゴならいいけど男はだめよっていったの。
 
ばしっと女2が女1をたたく。
すかさず女1が女2をたたき返す。
        少しの間。
また、ばしっと女2が女1をたたく。
またすかさず女1が女2をたたき返す。
間。
 
女 1:どうしたの。もうやらないの。
 
ばしっと女2が女1をたたく。
すかさずたたき返す女1。
 
女 1:それだけ。いつもと違うでしょう。それだけなの。
 
女2がたたこうとするがはずして、女1はたたく。
 
女 1:こうすることもできるのよ。どう。
 
女2おもわず、フォークで突き刺そうとする。
     にやっと笑った、女1。
女 1:刺すの、それで。
 
女2させない。
 
女 1:させないのならこうしたら。
 
女1、女2をたたく。
 
女 1:どう、まださせないの。
 
女1、またたたく。
 
女 1:どうなのよ。
 
女2、思わず悲鳴のような声で刺す。
 
女 1:痛っ。
 
手首を刺された。
女2をたたく。女2は倒れる。
女1は笑い出す。
驚いて男と女2は女1を見る。
 
女 2:何笑ってるの。
 
女1は笑い続ける。
 
女 1:おかしいから笑うのよ。
女 2:何が。
女 1:私の勝ちね。
女 2:なぜ。
女 1:刺したでしょ。この血。
 
ぺろっとなめた。
 
女 1:あなたの負け。
女 2:そんなの。
女 1:あんたの負けよ。
女 2:そんなの・・・。
女 1:渡さないわよ。今度こそ。いいえ、今後一切。私のものは、あんたなんかに渡さない。いい。
女 2:・・
女 1:いいわね。
女 2:・・いいわ。
男  :狂ってる。
女 1:いいえ、当たり前になっただけ。
男  :なにが。
女 1:世界が当たり前になっただけ。美しい姉と醜い妹、賢い姉と、愚かな妹。優しい姉とひねくれた妹。そうあるべき姿にこれからはなるの。
男  :そうか。そうか。それは・・よかった。
女 1:どこが。
男  :えっ?
 
明かりが変わる。
 
女 2:どこが?
男  :なにが。
女 2:だって、あのときそういったでしょ。
男  :何を。
女 2:好きだって。
男  :え。
女 1:私にも言ったわ。
男  :え。
女 2:二股は良くないわ。
女 1:よくないの。
男  :ちょ、ちょっと待ってよ。何を。
二人 :(男に)ねえ、それで、どちらを選ぶの?
 
タンタンという音が近づく。
 
男  :選ぶたって。君たちは、どこも悪くないんだよ。だから、出ていっていいんだ。
女 1:そう。だから、誰と一緒に出ていくの。
男  :誰と一緒にって。
女 2:私と一緒?
女 1:それとも私と?
男  :だから、でていくのは君たちで。
 
女2笑う。
 
女 2:ほら。やっぱり。あやとりだ。
男  :あやとり?
女 2:縦、横、あやめ。
女 1:筋道がずれてくる。
男  :筋道。
女 2:出ていくのはあなたと私。
女 1:出ていくのはあなたと私。
男  :だから何言ってるの。
女 2:だからどっちを選ぶの。
女 1:私?
女 2:私?
男  :だから。
二人 :どっち。
男  :どっちでもないよ!?そんなまねやめなさい。正常だといってるだろ。
二人 :もちろんよ。だから、どっち。
 
おとこ、だまってベンチからたとうとする。
二人に戻される。意外と強い力。
 
男  :お、おい。
女 2:(笑って)怖がってる。
女 1:怖がることないわ。
女 2:選べばいいのに。
二人 :どっち。
男  :あ、まあね、落ち着こう。ね、ふたりとも。
二人 :どっち。
男  :いや、そんなこといわれても、ね。一生の大事だから・・。
二人 :どっち。
男  :いや、まあ、ね。
 
と、再びたとうとするが又制止される。
考えられないほど力が強い。
 
男  :ちょ、ちょっと待って。ねえ。
女 1:どうして待つの。どうして逃げるの。逃げることないじゃない。待つことないじゃない。
男  :でも。
女 1:私の思いからなぜ逃げるの。
女 2:私の思いからなぜ逃げるの。
男  :あ、そんなのはやらないよ。な。もっとかるくいこうね。君たち。
 
女2はくくっと笑った。
 
女 1:どうして、そんなこというの。軽く行こうたって、いけはしない。人を思う気持ちなんてそんなに軽くなんかできはしない。ねえ。
女 2:ねえ。
男  :狂ってる。
女 1:狂ってる?あらまともだっていったばかりじゃない。
女 2:わたしたち、まともなんでしょ。
男  :あ、いや、そうだとも。
女 2:よかった。ほら。
 
と、あやとりを渡す。
 
男  :な、なにこれ。
女 2:あやとり。
男  :わかってる。だからそれが。
女 1:決まってるの。あやとりをするのよ。
 
女二人で、男にあやとりをさせる。
男は争そおうとするが、とても力に勝てない。
二人の力でいやいやあやとりをさせられる。
 
男  :こ、こんなことしても。
女 1:人を思うってことは、あやとりするようには行かない。縦、横、十字路。
男  :は、はなせよ。
女 2:道はきちんと条理を分けて、交差して行くけど。気持ちの筋道はあっちへよれたり、こっちへ抜けたり、訳の分からない、脇道へずれていく。
男  :苦しい。
 
男の抵抗でいつの間にか、ずれて形が壊れる。
男の首の方に巻き付いていく。
動きはスローモーション。
 
女 2:食い違うの。
女 1:筋がぶれるの。
女 2:すれ違うの。
女 1:ねじれ合うの。
女 2:もつれるの。
女 1:からみつくの。
女 2:抜けられないの。
女 1:いつの間にか、身動きつかなくなるの。
女 2:その真ん中にぽっかり裂け目があくの。
女 1:あなのなかから。
女 2:聞こえてきたのよ。
男  :(苦しげに)何が。
二人 :(男に)ねえ、それで、どちらを選ぶの?
 
締め上げられた男と締める女たちは、一幅の絵のようで。
タンタンという音が大きくなった。
溶暗。
オニのなく声と風。
 
★エピローグ
 
男がころがつている。首にはあやとりの色鮮やかなひも。
        その上に、赤い薔薇のような花びらが静かに降っている。
        ベンチで二人の女が静かに、地をはうように語る。
 
女 1:昔男有りけり。
女 2:昔女ありけり。
二人 :むかし人といふものありけり。
 
        語りは続き、やがて
 
女たち:昔、愛といふものありけり。愛、人を喰らひ、人、愛にぞ喰らはれける。人、やがて、鬼となり、身をやまにかくしけり。鬼、山にかくる前に、なげきていうやう、われ、ひとをただおもいしのみ。ただ思いしのみによりてこそかくあさましき姿になりにしか。われこいをせんとやうまれけむ。こいをせんとやうまれけむ。鬼、去りて後、物語のみぞのこりける。よのひと、語り伝へていうやう、恋する人の声を聞くに、皆、あたかも鬼の泣く声にぞきこえけるとかや。こいをせんとやうまれけむ。こいをせんとやうまれけむ。
 
        重なって鬼の泣く声のみしみじみと聞こえる。
        白い雪と赤い薔薇の花びらが静かに降り続ける初夏の青い空に泣き声は哀切に響く。
 
女 1:空はれてるのに。不思議ね。
女 2:そうね。
女 1:狐の嫁入りみたい。
女 2:ほんと。
女 1:いつまで降るのかな。
女 2:さあ。
女 1:やまなければいいのに。
女 2:そうね。
女 1:やまなければね・・。
女 2:やまなければ。
女 1:私たち、鬼になれるかな。
女 2:もう、鬼になってるかもしれないわ。
 
女たち静かに笑う。
女たちは不思議な微笑をうかべそのままどこかを見続ける。
確かに、まだしばらくは降り続きそうだ。
 
 
                       
                                                           【 幕 】

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