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「i・・最後の遠足・・」
                作 結城 翼
 
☆キャスト
カケル・・・・・・・・・
カヲル・・・・・・・・・
探し屋・父・・・・・・・
議長・先生・・・・・・・
天文学者・青山・・・・・
地質学者・蜂屋・・・・・
医師・・・・・・・・・・
看護婦・・・・・・・・・
母・・・・・・・・・・・
監視人・・・・・・・・・
 
☆プロローグ
 
        監視人が通る。ライトが通り過ぎる。
        雨が降っている。まとわりつくような、だが、どこかなつかしいような雨。
        天球図によって閉鎖された、ぼんやりとした空間にカケルがいる。大きな画面にゲームが音もなく写されている。鏡の中に無数のカケ        ルがいる。ふたたび、ゆっくりと監視人が通ってゆく。監視人、ライトでカケルの在室を確かめ、影のように去る。金属のドアが閉ま        る音が、大きく響く。カケル、一心に地図を作っている。
        電話がなる。声が聞こえる。
 
カケル:もし、もし。
声  :私はあなたに会いに行く。
カケル:えっ?もし、もし。もし、もし。・・。
 
        電話、切れる。雨音がやや激しくなる。窓を開ける。夜の闇が広がる。
 
カケル:また、雨・・・。
 
        カケル、雨の彼方にある何かを見ようとする。
 
カケル:雨の地図。晴の地図。・・・メルカトール、モルワイデ、ボンヌ、サンソン。地図の図法。ああ、いっぱい在る。僕の地図はどれだろう。・    ・・北緯35度。東経140度。縦軸に人生。横軸に時間。先生はそう言った。
 
        金属の扉が開く音。
        雨の日の授業が浮かぶ
 
青 山:おはようございます。
先 生:おはよう。雨だな。先生は雨が好きだ。青山、お前はどうだ。
青 山:嫌いです!
先 生:そうか。先生は雨が好きだと言っているんだ。青山。お前はどうだ。
青 山:好きです!
先 生:ようし。私はお前が好きだ。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:何の時間だ。
蜂 屋:道徳です。
先 生:ねるなよ。
蜂 屋:はい。
先 生:今日は人生について語る。カケル。海を考えよ。
カケル:考えました。
先 生:ようし。大きな、大きな、何もない海を考えよう。そのほかには、何もない。大きな大きな海だ。青山。
青 山:はい!
先 生:海は好きか。
青 山:好きです!
先 生:私は嫌いだ。
青 山:もとい、私も嫌いです!
先 生:それでいい。よし、それでは海に線をひく。いいな、おおきく、一本の線をひこう。蜂屋、きいとるか。
蜂 屋:はい。
先 生:こうして水平線をひく。大きくだ。何がある。青山。
青 山:水平線です!
先 生:・・・何がある。青山。
青 山:・・一本の水平線です!
先 生:私は何があるときいているんだ。
青 山:だから、まっすぐな一本の水平線です!
先 生:私は、お前が好きだ。ボケなすが!カケル。何がある。いってみなさい。
カケル:空と海です。世界が生まれました。
先 生:君は詩人だ。その通り。何もない白紙の中にただ一本の線をひく。一瞬にして天と地の秩序が生まれる。こうして、地図が誕生する。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:おきとればいい。青山!何を足せばいい。
青 山:わかりません!
先 生:何を加えればいい。
青 山:わかりません!
先 生:水平線に何を書き加えるのかときいとるんだ。
青 山:わかりません!
先 生:私は、お前が好きだ。かぼちゃ頭!カケル。君はどうだ。
カケル:線をひきます。
先 生:どんな風に。
カケル:縦に一本。
先 生:なぜ。
カケル:座標ができます。
先 生:よろしい。経度と緯度が生まれるわけだ。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:よだれを垂れるな。
蜂 屋:はい。
先 生:一本の線ともう一本の線で経度と緯度が生まれる。私たちは、この混沌とした世界に線をひき、自分の位置を確かめる。縦軸に人生、横軸に    時間。私たちは、それぞれの地図を持つ。学問とはそういうものだ。分かるな青山。
青 山:はい!
先 生:私は、お前の返事が好きだ。
青 山:はい!
先 生:ようし。今日は、これでおわる。明日は遠足だ。晴れるといいな。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:寝るなよ。
青 山:起立!礼!
 
        金属の扉の閉まる音。やや、溶明。カケル、大きな地図を見回し、測りながら独り言。
 
Tカヲル
 
カケル:レムリア。アトランティス。ムー。ペルシダー。ここに、大きな鯨。ここは海。サイレンがいる。ここは、・・・
 
        電話がふたたびなる。
 
カケル:もしもし。
 
        電話切れる。不通音大きくなって。溶明。
        カヲルがいた。
 
カヲル:素敵な地図ね。
カケル:誰?
カヲル:私、カヲル。
カケル:カヲル?
カヲル:ええ。
カケル:・・・カヲル・・・そう・・・
カヲル:驚かないのね。
カケル:新入りだろ。
カヲル:そういうところね。
カケル:どうやってはいった。ここ、規則厳しいよ。
カヲル:わかってるわ。
カケル:ふん。
 
        カケル、地図へ戻る。
 
カヲル:「思い出の地図」・・・きれいな地図ね。
カケル:さわるな。
カヲル:いいじゃない。
カケル:父さんの地図だ。さわるな。
カヲル:見るだけならいいでしょう。
カケル:ふん。
カヲル:ゴンドワナ、レムリア、ローレシア。古代の大陸ね。
カケル:知ってるの。
カヲル:少しはね。ムーにアトランティスか。夢があるのね。あら、ペルシダー。地下帝国じゃない。
カケル:知ってるの!
カヲル:ふふん。地球空洞説に基づいてエドガー・ライス・バロウズが書いた地球の中心にある地下帝国。
カケル:好きなんだ。
カヲル:ああ言う話、嫌いじゃないわ。ジュールベルヌの「地底旅行」もね。地球の中心にはマグマがあふれかえっているなんて話よりよっぽど夢が    あるじゃない。でも、ここにあるのは何かな。わからないな。
カケル:夏の十字路。
カヲル:ロマンティックな名前ね。
カケル:まあね。
カヲル:ペルシダーにあったかな?
カケル:ないよ。
カヲル:あなたが?
カケル:いいや。父さんがつけた。
カヲル:へぇー、お父さんが?・・・素敵ね。「夏の十字路」か。夢があるわ。そこに何があるの?宝物?重要機密?それとも異次元への扉かな?
カケル:何も。
カヲル:なんにもないの?
カケル:雨が降らずいつまでも夏が続くだけ。
カヲル:雨が降らないところ・・・。
カケル:・・・
カヲル:決まった。ここにしましょう。
カケル:なにが?
カヲル:遠足。
カケル:だれが?
カヲル:あなたが。
カケル:ぼくが?・・だれと?
カヲル:私と。
カケル:君と?(カヲルうなづく)・・・・どうして?
 
        カヲル、笑う。
 
カケル:いつ。
カヲル:いま。
カケル:今は夜だ。
カヲル:夜の遠足っていうのもおしゃれじゃない。
カケル:君は誰。
カヲル:私はカヲル。これじゃダメかしら。
カケル:カヲル?
カヲル:そう、カヲルよ。
カケル:なぜだかとても懐かしい響きのような気がする。
カヲル:ふーん。
カケル:でも何しにきた。
カヲル:だから、遠足。
カケル:僕と。
カヲル:そうよ。
カケル:勝手に行けば。
カヲル:怖いんだ。
カケル:ばからしい。
 
        カヲル、笑う。
 
カケル:笑うな。
カヲル:ごめんなさい。
カケル:・・・(カヲルを無視して)ふん。
 
        カケル、地図に戻る。間
 
カヲル:行きたいんだ。
カケル:・・・・
カヲル:行きたいんだ。本当は。
カケル:・・・・
カヲル:行きたいんだ。夏の十字路。
カケル:うるさいな。これは、思い出の地図だ。
カヲル:いいえ。現実よ。
カケル:あのね・・・
 
        カケル、絶句。
 
カヲル:どこにもない場所だからこそある。
カケル:詭弁だ。
カヲル:どこでもある場所。どこかにある場所。ここではない場所。どこにかある場所。確かにある。絶対ある。きっとある。
カケル:そんなこと。
カヲル:あればいいと思ったことは。あって欲しいと思ったことは。ゴンドワナ、ローレンシア、ペルシダー。
カケル:それは、確かに。
カヲル:ならば、なぜためらうの。なぜ疑うの。
カケル:けれど。
カヲル:レムリア、アトランティス。ペルシダー。あなたの地図よ。夏の十字路。雨の降らないところ。きっとある。信じないの。
カケル:本当にそう思う。
カヲル:思うじゃないの。あるの。あっていい場所。有り得る場所。きっとある場所。四つ辻の果ての果て。夏の十字路。行きたくないの。
カケル:けれど。
カヲル:聞こえてこない。
カケル:えっ?
カヲル:聞こえてこない。夏の声が。
 
        どこかで、蝉が鳴いている気もした。
 
カケル:あれは。雨の音だ。
カヲル:いいえ、あれは夏の声。
カケル:夏の声。
 
        蝉時雨、激しくカケルたちを襲う。
 
カケル:やめろ!
 
        蝉時雨止まる。静かな雨の音。
 
カケル:あれは雨だ。いつまでも降りやまない雨だ。
カヲル:きっと、降ってないわ。
カケル:・・・・
カヲル:ここよ。(「夏の十字路」を指す)
カケル:・・・父さんはそう言った。
カヲル:いつ。
カケル:・・・
カヲル:見つけたの。
カケル:いいや。
カヲル:どうして分かるの。
カケル:僕に地図をくれた。
カヲル:いったかも知れないじゃない。
カケル:僕を連れて行かないはずはない。
カヲル:信じてるのね。
カケル:当たり前だ。
カヲル:じゃ、なおさら行かなくちゃ。
カケル:どうして。
カヲル:父さんに代わって探すのよ。夏の十字路。
カケル:君は。
カヲル:なに?
カケル:変な人だね。
カヲル:どうして?
カケル:だって。
カヲル:全然まともよ。いきましょう。
カケル:・・・ペルシダーへ?
カヲル:そう。その夏の十字路へ
カケル:思い出の地図なのに。
カヲル:そう、思い出の地図だから。
カケル:雨の降らない場所へ?
カヲル:はい。夏の遠足です。
カケル:こんな雨の夜に。
カヲル:はい。雨の夜の向こうにある四つ辻を曲がって。
カケル:遠足に。
カヲル:遠足に。
カケル:君も?
カヲル:もちろん。
カケル:どうして?
カヲル:私も探しているの。
カケル:何を。
カヲル:さあ。(二人行きかける)
カケル:・・・まって。(あわてて地図をとりに行く)地図がいる。
カヲル:では。
 
        ドアが開く。二人は出かける。電話がなる。
        誰もいない部屋で、大きな画面のゲームが音もなく流れてやがて、消える。
        カケルたち辻を次々に曲がっていく。
        別の部屋。
 
医 師:問題は、脱出なのです。
  母:はい。
医 師:どう、脱出するか。ではなく。何から脱出するかなのです。いや、それよりもまず、いつ脱出するかなのです。あ、ところで、いかがですか。
  母:私、柿の種嫌いです。
医 師:そうですか。なかなかつまみにいけるんですがね。
  母:それが何か。
医 師:あ、いえ。それだけの話なんですが。あ、はっきり言って状態はよくないです。
  母:どういうことでしょう。
医 師:カルテを。
看護婦:はい。
 
        カルテを取りにゆく。
 
医 師:ほんとにいいんですか。うまいんですよ。
  母:けっこうです。
医 師:そうですか。残念だな。
 
        間。看護婦、カルテを持ってくる。
 
医 師:心の領域はわからないことが実に多いです。あ、けれど、この場合はあきらかです。ええ、それはもう。はい。はっきりしてます。彼は今精神    のトワイライトゾーンにいます。トワイライトゾーン。響きはいいんですがね。そう思いません?ツワイライトゾーン。
  母:どういうことでしょう。
医 師:現実と幻想の区別がね。なかなかつかないんですよ、ええ。それにこの場合あれですから。ますます混乱するというわけです。
  母:狂っているのですか?
医 師:いいえ。
  母:では正常だと。
医 師:とも言い切れません。
  母:わかりません。
医 師:なんといったらいいか。あ、彼が地図を作り始めてどれくらいたちますか。
  母:・・・三年です。
医 師:充分ですね。
  母:何がです。
医 師:えー、幻想を完成させるには充分な時間だということです。人は誰でも辛いときや悲しいことがあると空想の世界へ逃げ込むことはあります。    ええ、あります。あ、しかし、この場合はいかにも長すぎる。このままだと・・・。
  母:どうなりますの。
医 師:閉じこめられてしまいます。
  母:分かりません。
医 師:簡単に言えば、幻想の世界が彼の現実になってしまうわけです。精神的な自殺と言っていい。
  母:治りますか。
医 師:分かりません。ただ、言えるのは地図はもう完成しかかっているということです。「思い出の地図」と名付けているようですね。
  母:思い出の地図・・・。
医 師:何か心当たりでも。
  母:あ、・・いいえ。
医 師:おそらく、脱出の準備だろうと思います。
  母:治るのですね。
医 師:あ、いいえ。違うんです。誤解させてすみません。そうじゃなくて、彼が脱出するのは幻想からではなく、この現実からなのです。地図が完    成したとき、彼はもう現実に戻れなくなるでしょう。
  母:心がですか。
医 師:カケルという人格がです。いずれにせよ。時間は余りありません。
  母:何とかなりません?
医 師:観察しています。
  母:そんな悠長な。
医 師:いそがばまわれですよ。明日は最後の遠足だし。早く手を打つ必要がある。会って行きますね。
  母:え。・・・・でも。
医 師:そうした方がいい。
 
U四つ辻にて
 
        四つ辻を曲がる二人。
        霧がでてきた。
 
カケル:あーっ、また、同じ所だ。どうして!(地図を見てみるがあきらめる)。
カヲル:地図の出来がよくないかも。
カケル:そんなはずない。君が道まちがえるからだ。
カヲル:行きたくないから、いけないってね。
カケル:なんだって。
カヲル:冗談よ。
カケル:どうしよう。
カヲル:自分で作れば。東西南北。どっちだって行けるわ。
カケル:どっちへ?
カヲル:お気に召すまま。四つ辻を曲がれば、そこは雪国。
カケル:あのね。
カヲル:そのための地図でしょう。縦線、横線。交わる十字路。お気に召すままじゃない。
カケル:その十字路のどこにいるかも分からない。
カヲル:なるほど。地図がなければうごけないか。
カケル:慎重なだけだ。
カヲル:それは臆病と言うのよ。
カケル:いったな。
カヲル:いったわよ。
カケル:馬鹿にするな。
カヲル:まって。聞こえない。
カケル:なに?
カヲル:何の音かしら。
カケル:さあ。
カヲル:あっちの方から聞こえたようね。
カケル:(振り返ろうとする)
カヲル:あっ。
カケル:どうした。こんども、まちがいか?
カヲル:いいえ
カケル:じゃ、なに?
カヲル:後ろを向いては駄目。後ろの正面、鬼がいるわ。
カケル:わらべ歌?かごめかごめ?
カヲル:いいえ、本当に。四つ辻には思い出の鬼がいるわ。
カケル:節分の話か。
カヲル:なんだ、知ってたの?
カケル:馬鹿にするなといっただろ。
カヲル:季節と季節が別れる真夜中に、四つ辻がある。
カケル:節分の夜、たった一人行かされる。
カヲル:年の数だけ豆を持ってね。
カケル:何で年の数だろ。
カヲル:捨てて来るのよ、年を。済んでしまった年は、要らないものね。
カケル:要らない・・・?
カヲル:そうよ。
カケル:要らなくなった年。捨てても、捨てなくても、夜の辻ってのは不思議な感じ。星明かりの下でうっすらと伸びたぼくの影法師がついてくる。
カヲル:郵便ポストの向こうからは何かが道をやってくる気がして足は進まない。思わず後ろ振り向けば、見えなくなったぼくの家。多分あの辺りだ    なと思うところに黒い影が佇む。ああ、父さんだとほっとし、思い切って四つ辻に出る。おくんだよ。そっと。後ろを振り向くな。
カケル:そう、父さんはいう。どうして。
カヲル:男の子は後ろを振り向かないものだ。
カケル:ぼくは、そっと、四つ辻の真ん中に豆をおく。
カヲル:そうして、廻れ右をするんだ。まっすぐ帰ってこい。
カケル:後ろを向くとどうなるの。
カヲル:鬼がいる。
カケル:鬼?
カヲル:いいんだ。お前には難しい。
カケル:そういう父さんの顔は寂しげだ。いいよ。ぼく、振り向かない。ぼくはゆっくりと歩き始める。靴音がこだまする。かーん、こーん。かーん、    こーん。むねがどっきどっきしてくる。ふりむけよ、ねえ、ちょっとだけでいいからさ。ほら、こわいことなんかないよ。どこからか聞こえ    るささやき声。ぼくははしりだす。かん、こん。かん、こん。どっき、どっき、どつき、どっき。ぼくは走る。遥か向こうに黒い影がある。    父さんだ。父さん、父さん、父さん!耳塞ぎ、息切らし、ぼくは、黒い影めがけ走り込む。父さんだ。温かい、父さんの手だ!父さん、ぼく、    振り返らなかったよ!ねえ、父さん!父さん!すると、黒い影が振り返って。
探し屋:みたなあー。
カケル・カヲル:わお!
 
        カケルの部屋。
        医者達がかけ込んでくる。
 
医 師:ここです。ここが彼の部屋です。
  母:ここがあの子の。
医 師:はい。
  母:いませんね。
医 師:あ、はい。
  母:今時分何処へ。
医 師:外出許可は?
看護婦:今日はでていません。急病でもないようです。
  母:ずいぶんずさんなんですね。
医 師:(母が何か言うのを押さえて)大丈夫ですよ。そんなに遠くにいけるはずありません。
  母:話したんですね。
医 師:えっ?
  母:私が会いに来ると。
医 師:いや。お前、話したか。
看護婦:はい。お昼の見回りの時に。
医 師:話したそうです。
  母:どうして、話したんです。
看護婦:どうしてといわれても。いけませんでした?
  母:・・・どうしてました。
医 師:どうしてた。
看護婦:別に。何にも。
  母:本当に?
看護婦:いつものように地図を書いてただけ。
  母:そうですか。
医 師:思い当たることでも。
  母:いえ。いいんです。済みませんでした。
医 師:そうですか。ま、彼女も悪気があったんじゃないですから。な。
看護婦:あたりまえです。
医 師:そう、とんがるなって。
看護婦:うまれつきです。
医 師:ちぇっ。これだから。
看護婦:なんです。
医 師:なんでもない。それよりどこへいったかだ。
看護婦:なんとかの十字路でしょうよ!
医 師:何で知ってるんだ。
看護婦:あの子、じっと地図のそこばかり見てたもの。あたし、これでも観察力あるんです!
医 師:何とかじゃわからん。どこだ。
看護婦:えー、そこまでは。
医 師:たいした観察力だな。
看護婦:だって、真剣にみてた訳じゃないもの。えーっと。あれは・・
  母:夏の十字路・・。
看護婦:あ、そう、それそれ。夏の十字路。うん。喫茶店みたいだなーっておもったから。
医 師:心当たりでも?
  母:・・え、まあ。けれど地図の場所ですから。
医 師:いきましょう。奥さん!
看護婦:奥さん?
  母:どこへ。
医 師:どこかはわからないけれど、ここにある場所。夏の十字路。ロマンチックですな。まいりましょうか。
  母:はあ。
看護婦:あたしも、いきます!
  母:でも、どうやって。
医 師:狭い場所です。逃げるところなどありません。きっちり、追っていけば、必ず出会えます。
  母:それは何処です。
医 師:今日と明日の重なるところ。
  母:え?
医 師:いきましょう!
看護婦:はい。
 
        再び四つ辻。男がいる。カケル・カヲル、隠れている。
 
探し屋:辻という辻を俺は探し続けるだろう。選び続け、捨て続けた思い出の辻という辻を曲がり、俺は、探し続けるだろう。曲がってはならない、    その曲がり角をまがり、振り向いてはならない、その曲がり角で振り向いた俺は、だから探し続けるだろう。緯度も経度もわからない、あの    空の真ん中に引かれた大きな天の赤道がある。天の赤道と交差する大きな南から北へと流れてゆく銀河の流れが交差する天の十字路。その真    下にあるという失った思い出の十字路を探し続けるだろう。だから、そこに隠れていないででてきたらどうだ。
 
        カケル・カヲル、でてくる。
 
カヲル:おどかさないでよ。
探し屋:そいつはわるかったな。
カケル:だれ?      
探し屋:探し屋というものだ。
カケル:探し屋?あんたも探してるんだ。
探し屋:まあな。
カケル:何を?
探し屋:背中。
カケル:背中?・・へんなの。あるじゃない。
探し屋:これはぬけがらだ。
カケル:よくわからない。
探し屋:男は背中だ。そうだろ、カケル。
カケル:僕の名前どうして。
探し屋:お前たち、節分の話をしていたな。
カケル:ああ。
探し屋:きいたんだ。
カケル:ふーん。
探し屋:俺はその節分に四つ辻で振り向いたことがある。
カヲル:何が見えたの。
探し屋:背中が見えた。
カケル:背中?
探し屋:かけ去る自分の背中が見えた。
カケル:どうして見えるの?別の人かも知れない。
探し屋:鏡に映った自分の背中。みたことあるな。見間違えっこない。あれは、俺だ。
カケル:それで?
探し屋:追いかけようとした。でも、だめだ。
カケル:どうして。
探し屋:追いかければおいかけるほど俺の背中は遠ざかる。
カケル:ふーん。
探し屋:よくみると、その向こうにもう一人の俺がいた。おまけに、そいつはこちらを向いてにやりと笑った。
カケル:気持ち悪。
探し屋:俺は、もうまっしぐらに家に走って帰った。その日から、俺は夢を見なくなった。あいつが俺の夢をとったんだ。
カケル:はー。
カヲル:思いでの鬼だわ。
探し屋:そいつが、俺の背中と夢を持っていった。以来、俺の背中は余りの軽さにどうしようもない。
カケル:背中に夢があるの。
探し屋:そうだ。男は背中に夢を背負っている。
カケル:どんな夢?
探し屋:どんな夢だった?だな。
カケル:どんな夢だった?
探し屋:忘れてしまった。
カケル:えっ?
探し屋:だから、あいつを追いかけている。俺には夢があったはずだ。
カヲル:・・・それで。
探し屋:俺は四つ辻を探し続けている。地図を作り、あいつを見つける。
カケル:家族は?
探し屋:どうしているかな。
カケル:わからない。
探し屋:わからないか。
カケル:うん。
探し屋:わからなくていい。
カケル:・・・
カヲル:見つかるの。思い出の鬼。
探し屋:あいつは狡猾だから。あらゆる四つ辻のその曲がり角の果ての果てまで探すしかない。
カヲル:大変だ。
カケル:しっ。
探し屋:どうした。
カケル:あの声。
探し屋:あっちの方だな。行こう。あいつかも知れない。
カヲル:どうする?
カケル:右にいこう。
カヲル:今度は、大丈夫ね。
カケル:ああ、きっと大丈夫。
 
        カケル走り出す。カケルたち四つ辻を曲がるが。
 
Vどうどうめぐり
 
        ふたたび同じ四つ辻。        
        雨が降り出している。地質学者が地図を見ている。
 
地 質:シルル、デボン紀、オルドビス、はるかスマトラ、カンボジア。
天 文:あの・・・        
地 質:ジュラ紀、白亜紀、三畳紀、夢は大きくカンブリアっ。
天 文:あの・・・
地 質:うるさい。
天 文:でも・・・
地 質:うるさい。
 
    天文、それでも言おうとするが地質に制止される。
 
地 質:うらなってんだ、静かにしろ。
天 文:はっ?
地 質:さあ、こい、こい、こい。縦軸横軸○書いてちょん!きぇーっ!
天 文:あの。
地 質:だーっ!六白金星。待ち人来たらずってか。畜生。(ころっと)で、なんだ。
天 文:へっ。
地 質:早く言えよ。ほら。
天 文:あ、はい。・・・
地 質:はやくさー。いらいらすんなー。もう。
天 文:いつまでこうしてるんですか。
地 質:誰が?
天 文:私たちです。
地 質:知るか。
天 文:知るかって。あたしだって知る権利ぐらい有るでしょうが。何の目的もなくぼーっと来る来ない、来る来ない来るこない(花びら占い始める)    来る来ない。
地 質:おいっ!
天 文:って、やってる場合じゃないでしょ。これじゃ、いるいないいるいないいるいないいるいない(ふたたび花びら占い)いるいないいるいない    ・・・・
地 質:おいっ!
天 文:ってやってると疲れませんかあ?
地 質:それで?
天 文:それでって?
地 質:それでどうされたいわけ?
天 文:は?
地 質:その目だよ。その目!
天 文:この目?
地 質:かまってくれなきゃやだっていうような視線こっちに向けるな!
天 文:かまってくれきゃ、やだ!
地 質:やめろー!!
議 長:やかましいーっ!
地質・天文:議長ーっ!
 
        
 
議 長:来たんだ。
天 文:は?
地 質:来ましたか。
議 長:来た。
天 文:それじゃとうとう。
議 長:来るんだよ。
天 文:救われますね。
議 長:誰が?
天 文:へっ?私たちですが。
議 長:なぜ救われなくちゃいけないんだ。
天 文:救われないんですか?
議 長:何が悲しくて我々が救われなきゃいけない。え。
天 文:でも・・・待ってたんじゃないんですか。
議 長:我々は何も待ちはしないよ。
天 文:え?
議 長:君は、何か誤解してるようだね。地質学者。
地 質:はい。
議 長:我々の地図はどうなっている。
地 質:辻の調査がまだ終了していません。
議 長:どれくらいかかる。
地 質:もうしばらくは。
議 長:慎重だね。
地 質:地図の基礎ですから。
議 長:間に合うかな。
地 質:何とか。
議 長:ふん。営業はどうなってる。天文。
天 文:あ、はい。では。さまざまな困難にも関わらず、当委員会による地図作成の事業進捗率は、現在67パーセントに上昇しております。また、    当委員会作成の地図購入率は43パーセントに達しました。当委員会作成の地図は全世界の人々の支持を集めています。
議 長:ダメだね。
天 文:は?
議 長:何年四つ辻やってんの。演説はいいの。私がやるから。数字落ちてるよ。営業努力足りないんじゃない?
天 文:努力はしてるのですが・・・
議 長:ぼーっと待ってるだけでしょう。いいわけはいいの。結果なの。結果。もうすぐやってくる。間に合わないじゃない。
天 文:済みません。
議 長:すまんで済むなら委員会なんか必要ないでしょ。季節はどうなっている。
天 文:・・・まもなく重なります。
議 長:分かってたら、自分のやるべきことをやりなさい。
天 文:はい。
地 質:辻は開きますか。
議 長:可能性はある。
地 質:けれど、夏の十字路までは。
議 長:やってくるかもしれない。
天 文:議長。
議 長:なんだ。
天 文:彼の地図でそこまで行けますか。
議 長:地図が正確ならば。
天 文:正確ですか。
議 長:そこだね、問題は。いずれにしろ完成は近い。我々の地図か、彼の地図か・・・。地質。
地 質:はい。
議 長:彼はやってきた。だが、辻が開かねば、また過ぎ去るだけだ。彼の地図を十字路に続かせてはならぬ。思い出は地の底に沈ませるのだ。深く    四つ辻の下に。
地 質:はい。
議 長:十字路にくぎ付けにする。
地 質:あきらめるでしょうか。
議 長:その時は地図を奪う!人生は選択。思い出は、曲がり角。人はもはや我らの地図なくしていきることはかなわぬ。我らの地図に幸せを見るの    だ。辻は辻。地図は地図。辻の地図は地図の辻!
 
        一同唱和。議長たち消える。
        次々と辻をめぐるカケルたち。交差する意志たち、議長たち。だが彼らは交わらない。
        カケルたちやってくる。
 
探し屋:くそっ。辻ばかりでわかりゃしない。
カケル:誰もいないや。この辺りだな。(と、地図に書き込む)
カヲル:変だわ。
探し屋:変だ。
カケル:どうしたの。
カヲル:気づかない。ここは、さっきの場所よ。
カケル:えっ。
カヲル:またもとの場所に出ちゃったと言うわけ。
カケル:そんな。
探し屋:地図がおかしいんだよ。
カケル:そんなはずない!
探し屋:そう、とんがるなって。
カヲル:確か、曲がったわよね。
探し屋:ああ。
 
        
 
カケル:雨が降ってる。
探し屋:いつものことだ。
カケル:今降っている雨は。
探し屋:霧雨だな。
カケル:静かだ。
カヲル:何の音も聞こえない。
カケル:雨の音も。
カヲル:雨の音も。
探し屋:雨嫌いか。
カヲル:嫌いじゃないわ。(カケルに)あなたは?
カケル:雨、嫌いじゃない。でも、雨はいらない。
カヲル:いらない?
カケル:夏にはいらないよ。
カヲル:どうして。
カケル:ふさわしくない。丘の上大きく広がる梢吹く風に乗り、麦わら帽子が回る。そんな夏の日。雨なんかふさわしくない。必要ないんだよ。そう。    必要ない。
 
        金属の扉が開く音
 
青 山:おはようございます。
先 生:おはよう。まったくよく降るな。青山。
青 山:はい!
先 生:雨が好きか。
青 山:好きです!
先 生:私も以前は好きだった。青山、お前はどうだ。
青 山:雨は嫌いです!
先 生:ようし。私はお前が好きだ。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:白目をむくな。白目を。
蜂 屋:はい。
先 生:今日は何の時間だ。カケル。
カケル:理科です。
先 生:よろしい。今日は科学的思考について考えよう。青山。いらないものを言って見ろ。
青 山:はっ?
先 生:われわれの生活や、われわれ自身にとって不要な存在だ。
青 山:盲腸。
先 生:そうだ。いらないのにぶら下がっている怠慢な奴だ。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:うすら笑いはやめろ。
蜂 屋:はい。
先 生:ほかに何がある。カケル。
カケル:分かりません。
先 生:ふん、人生に疲れとるな。青山。どうだ。
青 山:はい!
先 生:はいじゃわからん。
青 山:はい!
先 生:考えとるのか。
青 山:はい!
先 生:お前も人生に疲れ取るな。だが私はそういうお前達が好きだ。蜂屋!
蜂 屋:はい。
先 生:いびきをかくな!
先 生:もう一度カケル。すべては必要とされているか。
カケル:と、思います。
先 生:遠慮するな。科学には、と思いますと言う言葉はない。である。かでないかどちらかだ。そうだな青山。
青 山:はい!
先 生:よろしい。カケル。すべてがあると言うこととすべてが必要とされていることとは違う。分かるな。
カケル:はい。
先 生:素直でよろしい。では、どっちだ。
カケル:すべては必要なものです。
先 生:そうだといいな。次の質問だ。青山。必要かどうかどうやって決めるのだ。答えろ。
青 山:役に立つかどうかです。
先 生:うむ、経済的な観点だ。必要なければどうする。
青 山:捨てます。
先 生:合理的だな。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:へらへら笑いはやめろ。
蜂 屋:はい。
先 生:役に立たないものは必要ない。そういう訳だな。カケル。
カケル:・・・
先 生:どうした。違うのか。
カケル:分かりません。けれど・・・夏の十字路
先 生:なんだ?
カケル:十字路があります。大きな空の真ん中に、ひかれた大きな天の赤道があります。天の赤道と交差する、大きな南から北へと流れてゆく銀河の    流れが交差するの天の十字路。その真下に、いつまでも夏であり続ける夏の十字路があります。
先 生:詩人だ。
カケル:いいえ。僕ではありません。父さんです。父さんはそういいました。
先 生:すばらしいイメージだ。だがな、カケル。過ぎ去った夏に何がある。
カケル:・・分かりません。
先 生:必要なものか。
カケル:・・そう、願ってます。
先 生:そうだ。人は、願うことが許される。だが、過ぎ去ったものは役には立たぬ。今が大事じゃないのか。
カケル:いいえ。
先 生:どうした。カケル。
カケル:いいえ。過ぎ去っても夏はいいです。忘れ去っても夏はいいです。捨てられるものは美しい。捨てられないものは、醜くありませんか。みん    な、いっぱいいっぱい捨てられなくて苦しんでるんじゃありませんか。
先 生:青山、お前は悩んでいるか。
青 山:はい。
先 生:うむ。悩め。悩むのだ。私は悩むお前たちが好きだ。若者は悩まなければ明日はない。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:悩むとぼーっとするのは違うぞ。
蜂 屋:はい。
先 生:悩み悩んで十二の年が満ちれば。青山。
青 山:はい。
先 生:年みちれば、子供は悩みを捨てて大人への入り口をくぐる。そうだな。
青 山:はい。
先 生:そういう、素直なお前が好きだ。よろしい。お前達は明日遠足にゆく。だが、どこへ行くのだ。
青 山:分かりません。
先 生:そうだ。分からないのだ。そうして、どこかにお前達は行き、大人になる。蜂屋。
蜂 屋:はい。
先 生:薄目を開けるな。ぱっちり開け。
蜂 屋:はい。
先 生:よろしい。蜂屋。そんな、お前でも、大人になるんだ。
蜂 屋:はい。
先 生:お前達は、明日いらないものをすてに行く。そういうことだ。
カケル:分かりません。
先 生:地図は、そのためにある。青山、終わるぞ。
青 山:起立。礼。
 
        金属の扉が閉まる音。ふたたび、カケル達。
 
カケル:地図には必要なものばかりしかない。
カヲル:ならば、実用的であってほしいわね。どこにも行けないじゃない。
探し屋:あせるな。あせるな。物語は向こうからやってくるものだ。
カケル:まだ降ってるね。
カヲル:そのうち、はれるわ。
探し屋:どうかな。
カヲル:空が明るくなってきたもの。
探し屋:また霧になるさ。
カヲル:悲観論者ね。
探し屋:大人の知恵という奴だ。
カヲル:ふん。
カケル:誰か来る。
 
        医者たち、走り込んでくる。
        カケルたちとは違う通路にいる。
 
医 師:いたか。
看護婦:いません!
医 師:聞こえなかったか。
看護婦:聞こえました。
医 師:よし。
看護婦:はい。
 
        両者何にもしない。間
 
医 師:どうした。
看護婦:待ってます。
医 師:何を。
看護婦:指示を。
医 師:・・・・そっちを捜せ!
看護婦:はい!
 
    看護婦、ポーズ
 
医 師:おい!
看護婦:はい。
医 師:お前、何やってんだ。
看護婦:別に。
医 師:あそんでんじゃないの。捜せ。
看護婦:先生!
医 師:いたか。
看護婦:足に豆が。
医 師:そんな靴でくるからだよ。鞄、出して見ろ。
 
        看護婦、診察鞄を出す。
 
カケル:いま、話声しなかった。
探し屋:辻一つ向こうだな。
カケル:誰だろ。
看護婦:だって、こんなに思わなかったんだもの。・・先生!、どうすんですか。
医 師:解剖だ。
看護婦:なんの?
医 師:豆にきまっとろうが。
看護婦:麻酔もしないで。
医 師:馬鹿め、痛みは最大の麻薬だ。そのうち気持ちよくなる。
看護婦:結構です。
医 師:根性のない奴だ。
看護婦:結構です!
医 師:ちぇっ。
カヲル:思い出の鬼かな。
探し屋:ありうるな。
カケル:えっ?
探し屋:だといいんだが。
カケル:なんだ。
看護婦:早くかえりましょ。
医 師:帰れたらな。
看護婦:帰れないんですか。
医 師:ふん。
  母:まだですか?
医 師:あ、はい。なんとかなりますよ。
看護婦:ころりとかわっちゃってまあ。
医 師:なんか言ったか。
看護婦:いいえ、なんにも。
  母:あちらになにか・・・
医 師:四つ辻だな。もしかすると。
看護婦:声が聞こえますね。
カヲル:何とかしなくてはダメね。
探し屋:とりあえず、もう一度いってみるか。
カヲル:そうね。
医 師:よし、いくぞ。
看護婦:はい。
 
        走り出す、一同。ぶつかる。辻が重なったようだが。
 
看護婦:せ、先生!
医 師:いた!
  母:カケル!
 
        カヲルと母
 
カヲル:何、何かいった。
カケル:ええっ?君は・・・
  母:強くなるのよ。
カヲル:え?・・やっとあいにきたのね。
  母:えっ?・・・私はみているわ。
カヲル:父さんは。
  母:あの人のことは忘れなさい。
カヲル:どうして。
  母:あなたを捨てた人など忘れなさい。
カヲル:どうして。
  母:今日からは、お母さんと二人だから。
カヲル:けれど。
  母:二人だけの家族なの。
 
        議長たち登場
 
議 長:なぜだ。
地 質:何がです。
議 長:辻が開き始めたぞ。
天 文:そんなはずが。
議 長:あるんだ。
地 質:手違いですか。
議 長:季節は。
地 質:まだ変化しません。
議 長:おかしいな。
天 文:彼らが接近します。
 
        父とカケル
 
カケル:どうして行くの。
  父:辻だよ。気がつくと辻にたっていた。
カケル:だから、どうしたの!
  父:お前がいて、母さんがいた。それだけだった。家族はね。必要がなければ捨てるしかないだろう。家庭のごみは四つ辻に出しておく必要があ    るからね。
カケル:僕には父さんが必要だ。
  父:節分だからね。ごみを出さなくては。
カケル:わからないよ!
  父:お前はいらないんだ。
カケル:えっ・・・・・・
 
        議長たち
 
議 長:原因はわからないか。
地 質:わかりません。
議 長:しかたない。少し早いが地図を奪い取るのだ。
地 質:いいんですか。
議 長:さあ、後ろへ回り込め。
地 質:はい。
 
        母とカヲル
 
  母:お別れをいってらっしゃい。
カヲル:はい。
  母:あの人が、外で待ってるわ。
カヲル:どれぐらい。
  母:3分あげます。おわったら。
カヲル:え?
  母:ご馳走を作りましょう。
 
        父とカケル
 
  父:夢を追えばいい。お前は夢を追えばいい。
カケル:ひとりで?
  父:早いか遅いかだ。ほら、地図をやろう。
カケル:何も書いてない。
  父:お前の好きなように書けばいい。
カケル:ここは?
  父:ああ、これか。夏の十字路だ。
カケル:どこにあるの?
  父:(答えず)母さんが呼んでいる。
 
        父と、カケルとカヲル。
 
  父:それじゃ。
カケル:・・・
カヲル:・・・
 
        父去る。
 
議 長:まだか!
地 質:もうすぐです。
議 長:急げ!
  母:お入りなさい。さあ始めましょう。
カケル・カヲル:待って!
 
        急速に辻が閉じる
 
W再び四つ辻にて
        
        母と看護婦がいる。
 
  母:あなたご家族は。
看護婦:父が一人。
  母:そう。父の日何かあげました。
看護婦:いいえ。そんなくだらないものするなって。頑固なんだから。
  母:それで。
看護婦:一緒にご飯食べておしまい。
  母:そう。
看護婦:なにか。
  母:いえ。仲がおよろしいんですのね。
看護婦:普通じゃないですか。
  母:そうですね。
看護婦:あの。
  母:は?
看護婦:きっと見つかりますよ。
  母:そうですね・・・。
看護婦:厳しいんですね。
  母:え?
看護婦:いえ、ご自分に。
  母:・・・そう見えます。
看護婦:なくなった母がそうでしたから。
  母:それは・・・
看護婦:でも、母は結構他人にも厳しかったんですけどね。父なんか鬼婆がいなくなってせいせいすらあ。なんて言ってますよ。やせ我慢でしょうけ    どね。私に優しくなりましたから。
  母:そうですか。うらやましいですわ。
看護婦:ちっともうらやましくなんかありません。うちなんか普通ですよ。普通。
  母:普通ですか・・・。
 
        医師、かけ込む。
 
医 師:あなた何やってんのー。こんなに人が一生懸命なのに。ええ。
看護婦:すみませーん。
  母:済みません。
医 師:ああ、いいんですよ。こちら仕事ですから。
  母:わかりました?
医 師:だめ、だめ。これが全くダメ。どうしても、辻一つ違うんですね。すれ違ってしまう。確かにここだと思っても、もう一つ違う。変ですよ。    これは。
看護婦:えーっ。それじゃ、追いつけないの。
医 師:わからん。努力はする。
看護婦:そんなー。
医 師:うるさい。
  母:ダメなんですか。
医 師:ああ、大丈夫。何とかなりますよ。ただ、手がかりが欲しいんですが。
  母:何ですか。
医 師:地図のことについて何かいってました。ああ、夏の十字路のほかにですが。
  母:さあ。・・ほとんどはなししたこともありませんし・・・。
医 師:そうですか・・。うーん。
看護婦:天の赤道の下がどうのこうのと。
医 師:何でお前がしってんの。
看護婦:見回りの時。少し話した・・
医 師:馬鹿っ。馬鹿馬鹿馬鹿。何で早く言わないのー。それだよ、それ!手がかりじゃない。それで、天の赤道が何だって・・・
 
        医者、母期待を持つ。
 
看護婦:えーっと。天の赤道の下が・・天の赤道の下が・・・(上目遣いに声が小さく)・・すみません。
医 師:わかりました。
看護婦:えっ、わかったの。
医 師:お前を一瞬でも信じた私が馬鹿だということがよーくわかりました。ノミの頭しかない者に期待した私が馬鹿でした。
看護婦:ノミの頭!
医 師:よーし。いくぞ。
  母:どちらへ。
医 師:空に輝く天の赤道の下はるかに長い辻と辻の間、足の続く限り歩けば、きっと、いる。
看護婦:本気?
医 師:こんぴらふねふねしゃらしゅしゅしゅ。
看護婦:(母に)ほとんどやけね。
医 師:ごちぉごちゃゆわんと、いくでー!(と駈け去る。)
看護婦:はい、はい。いきましょうか。
  母:はい。・・・父の日ね。
看護婦:え?
  母:いえ、行きましょう。
 
        二人去る。
        カケルたち。
 
カケル:・・・
探し屋:どうした。
カケル:まだ雨がふっている。
カヲル:嫌な雨ね。
探し屋:いい加減止んでもらいたいものだ。
カケル:そういえば、こんな雨の晩だった。
カヲル:えっ?
カケル:ちょうど、こんな雨の晩に猫を捨てたことがある。
カヲル:猫を?
カケル:猫の子。ちっちゃくて、みゅー、みゅーいいながら、母猫のお乳すってる。目も耳もふさがってるから、見たり聞いたりすることはできない    んだけれど、匂いかいだり、さわったりすることはできる。頭は自分で持ち上げられないんだけれど、自分の力で前へすすむ。
カヲル:生まれたばかりね。
探し屋:すてたのか。
カケル:一週間たつと目があくから。
探し屋:そうか。
カヲル:育てりゃよかつたのに。
カケル:ほかにもいっぱいいたから。
カヲル:かってよね。
探し屋:馬鹿を言うな。
カヲル:何処が馬鹿よ。かわいがってて都合が悪くなってくるといらないって捨てる。愛情のかけらもないじゃない。
探し屋:要らないのではない。飼えないのだ。そういう時はある。人生にはそんなときがあるんだ。
カケル:・・うん。・・そうだ。・・・クッキーの箱にいれてさ。柔らかいんだ。どくどく心臓の打つ音が聞こえてきそうで。あわてて、蓋を閉めて。
カヲル:何匹。
カケル:三匹。三毛と白とぶちだった。箱いれると静かで、三匹かたまりあってる。だから、とても小さい箱だったけれど、全部入ってしまった。と    ても、小さかった・・・。
カヲル:それで。
カケル:橋の上から、ひょいと落とせばそれっきりだよと母は言った。けれど、落ちていく猫達が頭に浮かぶとなんだかどうしようもなくなって、そ    つと橋の袂の草原に置いてね。
カヲル:帰ってきたの。
カケル:見ていた。何にも声は聞こえず。寒くも暖かくもない夜の空気がひっそりと在っただけ。車が、2、3台通り過ぎ、けれども誰もきずかず、    当然といえば当然だけれど。
カヲル:帰ってきたの。
カケル:それでも、なにかが起こるのを待っていた。けれど、夜は更にふけ、なにも起こらなかった。ボクは家に帰った。母はまぶしそうに僕を見た。    僕もなんだか母を見た。お互いなにも言わない。
探し屋:むごいことをしたな。
カヲル:それで。
カケル:2、3日たって、そこに行った。箱はなく、猫もいなかった。僕は家に帰った。
カヲル:誰か、きっと拾ったのよ。
カケル:それならいいけれど。
探し屋:違うだろう。
カヲル:いちいち気にさわるわね。なによ。
探し屋:お前は、母さんの言うように橋の上から捨てるべきだった。捨てるなら断固として捨てる。それが慈悲だ。
カヲル:そんなむごいこと。
探し屋:どちらがむごい。じわじわ弱って死んで行くのと。
カヲル:猫は選べないわ。
探し屋:そうだ。選ぶのは、人間だ。
 
        カケル笑いだす。
 
カヲル:どうしたの?
 
        カケル、笑い続ける。突然笑いやむ。
 
カケル:・・・怖いのはね。
カヲル:えっ?
カケル:なにも夢を見なかったことだ。子猫の感触は今も覚えている。柔らかくて弱々しく動いていた。でも、全然夢にはみない。僕の手は覚えてい    る。けれど、夢はみない。父さんは僕の夢を見るだろうか。どう思う。
カヲル:きっと見てるわ。
カケル:そうかな。絶対、そうかな。絶対にそう言える?保証できる?!
カヲル:・・・なにからんでるのよ。
カケル:ゴメン・・・そういうつもりじゃなかったんだ。
 
        医師達駆け込む。
 
医 師:間にあったな。それ。
看護婦:はい。
 
        看護婦カケルを押さえる。
 
医 師:やっと、捕まえたね。
カケル:はなせ!
医 師:いいや。君には少し治療が必要だ。
  母:なおるんですか。
医 師:少し、リスクはありますが。解剖しましょう。
カケル:解剖!
医 師:心配いらないよ。精神だけだから。
  母:ここで。
医 師:連れて帰ってですよ。
  母:ああ。
医 師:君。
カケル:なんだ。
医 師:怖くはないんだよ。怖くはないんだ。怖くない。
看護婦:・・・怖い。
カケル:怖くなんかない。
医 師:いいこだ。さあ、いいこだ。君の幻想を取り除いてあげよう。そうすれば、十字路を探すことなどない。本当の遠足にゆけるんだ。
カケル:ほっといてくれ。
医 師:そうは、いかない。幻想なんて君には必要ない。
カケル:やめろ。
医 師:つれていけ。
天 文:連れて行けないよ。
医 師:なんだお前は。
天 文:天文学者だ。
医 師:私は医者だ。
天 文:それがどうした。
医 師:おい、なんかゆうたれ。
看護婦:この人は医者です。
医 師:馬鹿!
天 文:仲間割れはみっともない。
医 師:よけいなお世話だ。貴様も解剖してやろうか。
探し屋:おい。
医 師:お前はなんだ。
探し屋:私は・・・探し屋だ。
  母:まあ。
探し屋:久しぶりだな。
医 師:誰ですか?
  母:夫です。
医師・看護婦:ひょぇーっ。
 
        驚いた隙に、カケルたち逃亡
 
看護婦:あ、まちなさい!!
 
        看護婦・医師、カケルたちを追いかける。
 
  母:何をしていたの。
探し屋:歩いていた。
  母:あなたという人は。
探し屋:愁嘆場は困る。
  母:私だって。
探し屋:じゃあな。とりこんでるんだ。
  母:私もよ。
探し屋:そうらしいな。
 
        探し屋、去る。
 
  母:バカ・・・。
 
        母後を追う。
 
X夏の十字路
 
        かけ込むカケルたち。議長がいた。包囲される、カケルたち。
 
議 長:どこへいく。
カケル:夏の十字路へ。
議 長:ほう。夏の十字路へか。
カケル:ああ。四つ辻の果ての果て。雨の降らないところ。最後の四つ辻だ。
 
        笑い声。
 
カケル:何がおかしい。
議 長:何も。
カケル:大きな空の真ん中に、ひかれた大きな天の赤道がある。天の赤道と交差する、大きな南から北へと流れてゆく銀河の流れが交差するの天の十    字路。その真下に、いつまでも夏であり続ける夏の十字路がある。
議 長:詩人だな。地図は持っているのか。
 
        カケル、思い出の地図を出す。
 
議 長:その地図で行けるかな。
カケル:過ぎてしまった夏だから。
議 長:だからどうした。
カケル:思い出の地図にきっとある。
議 長:思い出せるかな
カケル:思い出すのさ。
議 長:父さんの地図だから?
カケル:父さんはそう願ってた。
議 長:夏の十字路をか。
カケル:夏の十字路を!
議 長:そうだ。人は、願うことが許される。だから、夏は美しい。けれど、明日は、もう秋だ。天文!
天 文:はい!
議 長:秋きぬと目にはさやかに見えねども・・・下の句はどうだ。
天 文:はい!
議 長:・・・どうした。
天 文:忘れました!
議 長:私は常識のないお前が好きだ。・・風の音にぞおどろかれぬる。わかるか。もう、秋風がたち始めた。夏は終わったのだ。お前の地図は役に    はたたぬ。
カケル:なぜだ!
議 長:季節が変われば思い出も変わる。その地図はもう必要ない。地図を渡せ。
カケル:いやだ。
議 長:なぜだ。
カケル:忘れられることは一番辛いことだ。だから、絶対忘れてはいけない。
議 長:そうしてうじうじといきていくのか。
カケル:なに。
議 長:詰まらぬことにこだわりながら、いきることをやめるのか。さあ、地図を渡すのだ。
 
        医師、駆けつける。
 
医 師:そうだよ。猫の話は聞いた。簡単なことだ。しかたないんだ。だから、帰ろう。
  母:帰りましょう。
医 師:おかあさんといっしょに、ね。
カケル:そうして、忘れろというんだろ。猫も、父さんも。そうして、みんな本当に捨ててしまうんだ。いやだ。絶対にいやだ。捨てないよ。忘れな    いよ。
  母:どうしてなの。なぜ、前を見ないの。
カケル:なぜ、前を見ないの?僕はじゅうぶんみている。見ていないのはあなただ。あなたは何も見ていなかった。
医 師:お母さんをせめちゃいけない。母親として当然のことをしただけだから。
カケル:だから、見ていたんだね。ただ、ただ僕を見ていたんだね。
  母:それは。
カケル:いいよ。とにかくぼくは忘れない。猫だって、父さんだって僕が生きてる大事なひとかけらだ。いやな思い出だって、なんだって、僕の大事    なひとかけらだ。一つでも欠けたら、僕は僕じゃない。だから、捨てない。だから、夏の十字路へいく。そこをどいて。
議 長:渡さぬと後悔するぞ。
カケル:決して。
医 師:やめるんだ。カヲル君!
カケル:僕はカケルだ。僕はゆくよ。夏の十字路へ。
カヲル:まちなさい。
カケル:どうしたの。いくんだろ。
カヲル:ええ。でも。気がつかない。
カケル:何に?
カヲル:私に?
カケル:君に?
カヲル:私を見て。思い出さない。
カケル:何を?
カヲル:あなたは、いた。
カケル:どこに。
カヲル:夏の十字路に。
カケル:うそ。
カヲル:うそじゃない。
カケル:いつ。
カヲル:憶えていない昔。私と。
カケル:えっ。
カヲル:あなたは、振り返った。忘れるために。
カケル:うそだ。
カヲル:父さんと、別れたあの夏の日。思い出さない。昼下がり、夏はまだ若く、ひまわりの花咲く道に風吹き抜ける昼下がり。捨てられた夏の思い    出を。
カケル:夏の日。
カヲル:私は、日傘を差してそこにいた。そうして、あなたは、私を振り返る。
 
        蝉の声。
 
カケル:振り返れば、そこには白い日傘指した誰かがいる。日差し強く、逆光が白く輝く夏の昼下がり、その人はやってくる。向日葵の花かたぶきな    がら咲く道を、風のようにやってくる。それが!
カヲル:私。
カケル:あれは。
カヲル:夏の十字路。
カケル:どうして。
カヲル:忘れるために。そして。
カケル:そして。
カヲル:あなたが生まれるために。
 
        蝉の声。
 
地 質:季節と季節の重なるところに、一本の線を引け。
議 長:それを始まりの子午線と名付けよう。
天 文:季節と季節の重なるところに、一本の水平線を引け。
議 長:それを、天の赤道となづけよう。
地 質:子午線と赤道の重なる空の下。振り返れば、そこは夏の十字路。
議 長:忘れるために、人は涙を流し、いきるために人は地図を作る。
天 文:忘れるために人は、思い出を捨て、いきるために人は新しく生まれる。
カヲル:そうして、あなたは生まれ、私は忘れられた。
カケル:そんなこと。
カヲル:ご覧なさい。
 
        医師、母と話している。
 
医 師:大丈夫です。ええ。
  母:本当に。
医 師:はい。
  母:心配なんです。何から何まで違っているし。
医 師:一種の緊急避難ですよ。ええ。
  母:緊急避難?ですか。
医 師:はい。捨てられたという意識だけが強く残ってしまって。捨てられたのではない。そういう想いが強くなって、別の人格を作り上げたのだと    思います。ときどきあるんですよ。
  母:そんなにショックがあったんでしょうか。
医 師:子どもに取っては・・・
  母:そうですか。直るんですね。
医 師:えっ、まあ・・・大丈夫ですよ。
  母:あたしが、いけないんですね。
医 師:そういう訳じゃありません。
  母:でも。
医 師:とにかく様子を見ましょう。カケル君でしたね。
  母:はい。そういっています。
医 師:地図を作りはじめました。
  母:え?
 
        医師たち消える。
 
カケル:あれは、なに。
カヲル:あなたは誰。
カケル:僕はカケル。
カヲル:どうして。
カケル:どうして?
天 文:大きな、大きな海の中に一本の線を引こう。人はそれを水平線と名付けた。
議 長:水平線の向こうに水が落ちてゆく。
地 質:水は滝となって落ち続け、そうして人はまた一本の線を引く。
議 長:縦軸に人生。横軸に時間。
天 文:交差する辻と辻の間の暗闇に、人はお前を生み出す。
議 長:忘れられないために、忘れられたくないために。お前はお前の影を生む。
地質・議長:カケルとカヲル。カヲルとカケル。地図は辻。辻は地図。お前は、誰だ。
カケル:僕は・・・
地質・議長:僕は?
カケル:夏の日に。
カヲル:夏の日に。
カケル:僕は日傘を差してそこにいた。そうして、僕は振り返る。夏の十字路。
 
        蝉の声。
 
カケル:日傘を差してそこにいた。・・・僕は、君だ。
カヲル:私は、あなた。
カケル:カヲル。
カヲル:カヲル。
カケル:おかしいね。
カヲル:何が。
カケル:いちばん大事なことを忘れていた。僕は君だ。
カヲル:そう。私は、あなた。
カケル:行こう。
カヲル:え。
カケル:夏の十字路。忘れていた者を思い出す。縦軸に人生。横軸に時間。
 
        笑うカヲル。
 
カケル:どうしたの。
カヲル:いい人ね。
カケル:僕だもの。
カヲル:そうね。
カケル:四つ辻の果ての果てへ。
カヲル:では。
カケル:そう、答はでている。振り返ろう。季節と季節の重なる辻でどこへも行けないならば、いく道はただ一つ振り返るだけ。
議 長:振り返るな。後悔するぞ。
カケル:僕はもう充分に後悔した。これ以上後免だ。
カヲル:あなたが猫を捨てたように、私たちは思い出を捨てる。けれど、捨てられたもの達とのつながりは、捨てたもの達の思い出。
カケル:思い出の地図は捨てた自分の一欠片。僕はもう何も失いはしない。東西南北。春夏秋冬。左右前後。いつだって、時間はまっすぐながれ、後    悔することを恐れ地図を見た。後ろを振り向くな。みんなそういうけれど、僕は後悔ばかりしてきた。ならば、後ろを向いてみよう。みんな    に捨てられた、思いがあふれかえった、今日と明日の重なるその時に。僕は、後ろを見る!
カ*ルたち:季節と季節の重なるところに、一本の線を引け。それを始まりの子午線と名付けよう。季節と季節の重なるところに一本の水平線を引け。    それを天の赤道と名付けよう。そうして、辻と辻の間という間に縦糸と横糸で地図を織り込むのだ。世界の辻という辻を明らかにする地図を    おるのだ。(繰り返し)
カケル:さあ、みんな、おいで。僕は、やってきた。夏の十字路!
 
        カケルとカヲル、振り向く。すべての四つ辻に潜む忘れ去られた不要なものの歓喜と叫び。最後の四つ辻を二人は曲がった。
        無数の地図が舞う。それぞれの意志を持つように。議長たち、消えてゆく。
        忘れ去られた不要なもの達のカーニバルが始まる。それとともに、カケルとカヲルの人格変容が始まる。
 
カ*ルたち:カヲル!
カ*ルたち:カケル!
カ*ルたち:四つ辻をどこから来たの。
カ*ルたち:四つ辻をどこへゆくの。
カ*ルたち:僕の中からきたよ。
カ*ルたち:私の中から来たわ。
カ*ルたち:風が吹いているよ。
カ*ルたち:風が吹いているわ。
カ*ルたち:季節が変わる。
カ*ルたち:季節は変わる。
カ*ルたち:僕はカケル。
カ*ルたち:私はカヲル。
カ*ルたち:私は・・・
カ*ルたち:僕は・・・
カ*ルたち:カケル・カヲル・カケル・カヲル・・・・(呪文のように繰り返す)
 
        カーニバル盛り上がる中、人格が変容。
        そうして、カーニバルの中で、新しいカケルは父とあう。
 
カケル(以前のカヲル):お父さん。
  父:なんだ。
カケル:お父さんは僕を捨てたんだ。
  父:・・・
カケル:子猫を捨てたように。いらなくなったから捨てたんだ。
  父:それは違う。
カケル:どう、違うの。どこが。どう。
  父:・・・
カケル:お荷物だからだろ。
  父:そう思うか。
カケル:僕なんかいらなかっただろ。
  父:そう思うか。
カケル:思うよ。いっぱいいっぱい思うよ。
  父:子猫もそう思ったか。
カケル:卑怯だ。そんな論法卑怯だ。
  父:そうだな。
カケル:なぜ、答えないの。
  父:子猫を愛していたか。
カケル:当たり前だろ!
  父:当たり前だな。
カケル:こたえろよ!
  父:なぜ、捨てた。
カケル:いいたくない!
  父:そうだ。いうな。お前はいうな。
カケル:・・・・
  父:カケル・・・
カケル:・・・・
  父:カケル。
カケル:なに。
  父:子供は捨てられるものだ。
カケル:どうして。
  父:世界は四つ辻でできている。親の地図では子どもは歩けない。
カケル:だけど。
  父:いらないからではなく、必要だから、大切だから、愛しているから捨てるのだ。
カケル:父さん。
  父:お前にはもうお父さんは要らない。
カケル:そんなことはない。
  父:そんなことはない。お前は、もう今日から立派に一人だ。
カケル:一人。
  父:最後の遠足だったな。
カケル:・・・    
  父:もう、会うこともない。
カケル:父さん。
  父:しっかりな。大丈夫だ。
カケル:父さん。・・・もう一度、一緒に暮らそう。
  父:・・・カケル。父さんは、父さんの道を歩むしかない。母さんは母さんの道を歩く。
カケル:・・・
  父:お前が大きくなったら、また、いつか何処かであえるだろう。
カケル:父さん。
  父:・・・元気でな。
 
        父、去ろうとする。
 
カケル:とうさん。
  父:なんだ。
カケル:背中だね。
  父:ああ。背中だ。
カケル:きっと見つけるね。
  父:ああ。
カケル:きっとだね。
 
        父、去る。
        カーニバルも終わった。蝉の声が聞こえる。新しいカケル、カヲルと聞き入っている。
 
カヲル(新しいカヲル):夏だわ。
カケル:そうだ。
カヲル:雨もあがったようね。
カケル:ああ。
カヲル:ついたわね。
カケル:ああ。
カヲル:誰もいない。
カケル:そうだね。
カヲル:私たちだけよ。
カケル:そうだね。
カヲル:私だけといったらいいかな。
カケル:カケル。
カヲル:カケル。
カケル:どこへ行くの。
カヲル:何処にも行かない。
カケル:だって。
カヲル:私は、私の中にいるわ。
カケル:まって。
カヲル:私を忘れないで。
カケル:まって。
カヲル:みんな、忘れないで。きっときっと忘れないで。
 
        カヲル、消失する。
 
カケル:忘れないよ。忘れやしない。絶対に!
 
        どこかで蝉の哭く声がする。無数のカヲルとカヲル。蝉の声高まる。
        カケルは自分の部屋にいた。
 
カケル:夏の十字路。・・・ここは、僕の部屋だ。
 
☆エピローグ
 
        カケル、地図を広げる。雨はもう降っていないようだ。
 
カケル:レムリア。アトランティス。ペルシダー。・・・・。
 
        カケル、地図に大きく一つずつ×を入れてゆく。
 
カケル:レムリア。アトランティス。ゴンドワナ。ペルシダー。・・・・夏の十字路。
 
        電話のベルがなる。
 
カケル:君か。うん。遠足?そうだね。・・・僕も待ってる。
 
        電話を静かにおく。
        監視人がゆっくりと通る。
        鏡の中の無数のカケルひっそりと笑う。
 
カケル:明日は、晴れるよ。
 
        誰にともなく言うと、ふたたび、×をつける作業に戻る。監視人がゆっくりと通り過ぎてゆく。
 
                                               【 幕 】


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