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ヘレン・・・・・・・・・レプリカント。表情に乏しいレプリから女優へと成長していくが・・。
坂崎翔(ざきさん)・・・弱小アマチュア劇団「北十字」の座長
斉藤健二(ケン)・・・・舞台監督とは名ばかりの使い走りだが芝居を愛する。ヘレンに惹かれる。
如月笑美子・・・・・・・「北十字」の古株女優。営業サイドの方針でヘレンにジュリエットを奪われたと思っている。
鈴木恵(メグ)・・・・・駆け出しの女優。ぼーっとしている。
島崎孝(しまさん)・・・製作面担当。坂崎の旧友。ヘレンをかつぎだす。
星野啓一・・・・・・・・ロミオ役。レプリと昔いざこざがあった。
浦田夏子(なっちゃん)・ちょい役専門。ケンのガールフレンド。
島木信子(のぶさん)・・裏方。照明音響大道具なんでもや。気のいい姉御。
桂木薫・・・・・・・・・文化省レプリ福祉局局員。しまさんにほの字。
早乙女祥子・・・・・・・科学者。レプリに感情を生成する荒療治をする。クールなマッドサイエンティスト。当然美人であらねばならない。
水森玲子・・・・・・・・その助手。柔術の達人。ナツメロアニメの主題歌を歌う癖がある。
伊集院春香(はるさん)・お掃除おばさん。演劇フェティスト。登場の度に渋い台詞と演技で舞台を荒らす。
沢田由美(ユーミン)・・女優志望の高校生。三人組。手伝いと見学にきている。
伊藤忍(のび)・・・・・がさつな高校生。同右。
中山静乃(しーちゃん)・お嬢さん高校生。同右。
チンピラたち
☆プロローグ
稽古場。スタッフがそれぞれにいて、立ったり座ったり。中央にキャスト達、ダンスをしている。
激しいダンス。統一された動き、全員それぞれにうまい。一人だけぎくしゃくしている。机がある。見ている男がいる。
チェックが入る。
坂崎 :ダメだ、ダメだ、ダメだ!・・やめろ!
音楽止まる。スタッフやキャスト達、顔を見合わす。緊張感が走る。ケンが坂崎に走りよろうとするのを坂崎制する。
ゆっくりと、ヘレンの所へ近寄る。キャスト達身をひく。ヘレン立ちすくんでいる。
ケン思わず留めようとするが思いとどまる。緊張感が高まる。坂崎、ヘレンのそばをこつこつと歩き回るが、突然。
坂崎 :ヘレン。
ヘレン:はい。
坂崎 :コード0009。言ってみろ。
ヘレン:コード0009ですか。
坂崎 :そうだ。
ヘレン:いまですか。
坂崎 :そうだ。
ヘレン:ここでですか。
坂崎 :そうだ。いって見ろ!
剣幕に、皆たじろぐ。ヘレン、おぼつかなげに。
ヘレン:コード0009。私はあなたを愛します。
坂崎 :もう一回!
ヘレン:コード0009、私はあなたを愛します。
坂崎 :もう一回。
ヘレン:コード0009、私はあなたを愛します。
坂崎 :馬鹿!あなたを愛します?ふざけんじゃねえ。そりゃ棒読みってんだ!もう一回!
ヘレン:コード0009、わたしはあなたは愛します。
坂崎 :下手な翻訳やってんじゃねえよ!やめちまえ!
ヘレン:すみません。
坂崎 :すみませんですんだら、救急車はいらねえよ!ケン!
ケン :はい!
坂崎 :何やってんだ!調整しとけといっただろう。なんだこのざまは。
ケン :ですが、今日はダンスで。
坂崎 :ダンスだだ?馬鹿野郎。お前はお間抜けポンキチか!台詞まともにしゃべれねえでなにがダンスだ!やめたやめた。主演女優がこんな ざまじゃやってられねえよ。文化省は何考えてんだか。今日はもう稽古終わり。終わりだよ。俺は帰る!ほらみんなもとっととかえん な。
ケン :連絡どうします?
坂崎 :いつもの所にきまっとろうが!じゃあな!
去りかけて
坂崎 :ヘレン!
ヘレン:はい。
坂崎 :・・いや、いい。
早足で去る。
空気がだれる。レプリなんかじゃねー。とか、しまさん強引だから、とかやっぱり無理だよ。お疲れーなどという声が飛び、 いたたまれない思いのヘレンと、ケンを残し去る。
二人、立ちすくんでいるが、ふっきるように、ケン。
ケン :行こうか。
ヘレン:でも、調整しないと。
ケン :いいよ。ざきさん、荒れてるのさ。いい味だしてたよ。なんでOKしないのかな。(首を振り)いこう。
ヘレン:でも。
ケン :レプリだって楽しむ権利はあるよ。さあ。
ヘレン:はい。
ケン :上手くいっとくって。・・さあ。
渋るヘレンを促し二人去る。白々とした舞台が残る。
伊集院が「私がささげたあの人に〜」とど演歌を歌いながらモップとバケツを持ってくる。
こっちですか。わーっ、広いんだ。などといいながら由美たち長机と椅子を運んでくる。悪いわねえと声かける伊集院。由美 は何も持っていない。忍が長机。静乃は椅子二つ。
忍 :ひっろいなあーっ。あーっ。(と発声練習をしてみたりする)
由美 :部室とは大違いだね、しーちゃん。
静乃 :そうね。
ちょっと踊ってみる由美。
由美 :やっぱり広いわ。いいなあ。
伊集院:ここらへんでいいよ。ご苦労さん。あ、椅子もっとよせといて。(と、掃除を始める)
由美 :さっき見てたんですけど。
伊集院:なに?
由美 :あの人、ほんとにレプリ何ですか?
伊集院:まあね。
忍 :わかんねえなあ。
由美 :何が。
忍 :どう見ても人間だよ。
由美 :当たり前でしよ。猿だったらどうすんの。ホイ!(忍、げっほげっほやりだす)困るでしょ、ねっ、しーちゃん。
静乃 :ええ。
忍 :(げっげっほやるのに飽きて)ねえ、ねえ、さっきのダンスこんなんだっけ。
と、うろ覚えのステップ。
由美 :違う違う。
と、これもうろ覚えのステップ。
二人 :どー、しーちゃん?(と、期待の目)
静乃 :さあ。
忍 :よくみてよ。わたしのあってるでしょ。
由美 :のび、私の方だよ。こうだったわ。(と、踊ろうとするが)
伊集院:こうだよ。
二人 :えっ。
曲、入る。伊集院華麗なるステップ。
二人 :すっごーい!(と、感動)
伊集院:掃除手伝って。
二人 :はいっ。(二人必死の掃除)
伊集院:よろしい。しーちゃん。踊ろうか。
静乃 :ええ。
曲、入る。伊集院、静乃、鮮やかな踊りで去る。二人、必死の掃除で去る。愛しのヘレンのテーマが流れる。
T制作会議
一か月前。坂崎と島崎がしゃべりながら入ってくる。制作会議が始まっている。
坂崎 :しまさん、それ、まずいわ。よりによって何でうちの劇団が。
島崎 :一言でいうと金のため。ざきちゃん、あんたのこりしょうでさあ、うちいったいどれくらい借金背負ってるか知ってる。
坂崎 :さあな。
島崎 :だろ。400万だよ。400万。
坂崎 :うそだろ。
島崎 :おいおい、張本人がとぼけちゃって。ほとんど俺の年収だぜ。やってらんねえわ。ざきさん。このさいだ。うんと言えよ。
ケン、お茶を持ってくる。長机におく。
ケン :そうですよ。いいじゃありませんか。宣伝になるし。
島崎 :話題性充分だよな。
ケン :はい。あ、これ熱いですよ。
坂崎 :コーヒーねえのか。(切らしてますの声に)しけてんなあ。
島崎 :北十字と同じだよ。
坂崎 :おいとけ。ざきさんよ、話題性じゃ芝居はやれねえよ。
島崎 :(ありがとと番茶をすすって)一回こっきりでいいんだ。それに引き受けりゃ、文化省から補助金もでるし、第一、小屋は向こうが用 意してくれるってよ。
坂崎 :しかしなあ。
島崎 :じゃ、あんた家でも売るか。400だぜ。アマチュアにはきつくないかい。それとも如月ちゃんでも夜の街にでも売り飛ばすか。
ケン :売り飛ばせますかねえ。
島崎 :それはおれも考えた。うん。(お茶受けないか?とケンに。ありませんとの返事)
坂崎 :なに、馬鹿いってんだ。でも、レプリだろ。そんなん芝居できねえよ。
島崎 :なに、いいんだ。
坂崎 :いいって、おい。
島崎 :どうせ、この劇団ろくな芝居してねえんだから。せめて話題だけでもよ。
坂崎 :ひでえこというなあ。
島崎 :あれ、あれ?じゃ先月のあれなに。「電気羊は狼の皮をかむる」。いっちゃなんだけどねえ、あれはひどかったねえ。
坂崎 :ありゃ、本がちょっとな。
ケン :へっへっ、すみません。出来悪くて。
島崎 :修行がたらんよ。斉藤君。・・けど本だけのせいか。
坂崎 :ま、役者もな・・うん。
島崎 :それだけか。
坂崎 :確かに演出にもいたらん所があったことは認める。責任を認めるにやぶさかではない・・だから、なんだ。
島崎 :なに、いばってんだろ。いや、客がね。やっぱり、マイナーな劇団にはマイナーな客しか来ない分けよ。
ピンポーンと誰かきた。
島崎 :けん、客だぜ。(はいと返事して行く)
坂崎 :悪かったな。マイナーで。どうせ、28人しか来なかったよ。
ケン :いいえ、29人でした。(振り返って)
坂崎 :どうして。
ケン :夢ちゃんが赤ん坊しょってましたから。(去る)
坂崎 :けっ。
島崎 :わかったろ。営業だよ、営業。アマチュアだからってボランティアはやってどうすんだ。・・ねえ、だんな。芸術的良心ていうやつを さ、このさいほんのちょっと。
坂崎 :どうすんだ。
島崎 :ほんのちょっと、神隠し。
坂崎 :ふん。
島崎 :泣く子と銭には勝てねえって。なあ、ざきさん。あんたのやりたいことはわかるよ。おれもさ自分達のやりたい芝居おもいっきりやっ てみたい。けれどなあ、世の中は経済原則で動くわけ。なに、いい機会じゃないの。PRしてさ、有名になりゃ、今度は自分のやりた いことやりゃいいんだ。それにもう後にはひけないんだ。
坂崎 :えっ。
島崎 :実はね・・。
坂崎 :・・島さん、あんた。
島崎 :悪い。すまん。俺の一存で承知した。・・実はもう金受けとってんだ。・・ここどうやって借りたかわかる?
坂崎 :しらんぞ。俺はしらん。
島崎 :もう遅いんだよ。ほら。
ケンが桂木を連れてくる。
ケン :文化省の桂木薫さんです。
坂崎 :ブルータスお前もか。
ケン :すみません。ぐるでした。
坂崎 :ふん。裏切り者が多い世の中だ。
桂木 :初めまして。劇団「北十字」の坂崎さんですね。文化省の桂木ともうします。このたびはレプリカント福祉法の適用第一号をお引き受 け下さいましてありがとうございます。
坂崎 :引き受けちゃいねえよ。
島崎 :ざきさん。
桂木 :ほっほっほ。みなさんレプリにはまだまだ偏見をお持ちですから。
坂崎 :偏見なんかもっちゃいねえ。
桂木 :みなさんそうおっしゃいます。
坂崎 :違うんだ。
桂木 :偏見をお持ちになるのを恥じることはございません。現に、私だって、この仕事を始めるまではレプリなんて人手不足を補う使い捨て の道具というイメージを持っておりました。それが、あなた、彼らと交わり、彼らの悩みを聞き、彼らのために何をしてあげられるか を考えるうちに私の中のレプリのイメージは根底からくつがえったんですの。それで・・
坂崎 :うるさい。
桂木 :そんなことおっしゃるものじゃありませんわ。
坂崎 :ふん。
桂木 :まあ。まあ、まあ、まあ。あなた。偏見強いんですね。
坂崎 :ほっとけ。
桂木 :これは問題。島崎さん。
島崎 :は、はい。
桂木 :お話が違うんじゃありません。たしか坂崎さんはレプリカントの人権に深い理解を示しているって。
島崎 :えっ、ええ、はあ、確かに。
坂崎 :レプリの人権。けっ。なに、たわごといってんだ。
桂木 :まあ。まあ、まあ、まあ。これはたいへん。島崎さん。
島崎 :はい。
坂崎 :まあ、まあ、まあ、まあ。
桂木 :(キッと見る)このお話、無かったことにいたしましょう。では失礼。書類の取り下げは後で文化省に!
桂木、さっさと帰ろうとする。坂崎、ざま見ろと悪態をつく。
島崎、すばやく引き留める。ケン、出入口にたって封鎖。
桂木 :あっ、あれ何をされるの。あっ、いや、あっ。
島崎 :何もしないよ。一人で悶えるなって。
桂木 :失礼な!
島崎 :おっとどけないよ。桂木さん。取り下げできないんだな。もう、これが。
桂木 :何ですって。
島崎 :ケン!
ケン、何やら書類を持ち出し、桂木に渡す。
桂木 :まあ、これは。
島崎 :そういうこと。
桂木 :・・契約書。けれど・・。(署名を見る)・・そんな馬鹿な。
島崎 :あんたのサインだわ。
桂木 :いつの間に。
島崎 :モツ鍋がうまかったねえ。
桂木 :えっ、・・して、そうすると、あら、あの時に。・・裏切り者!
島崎 :いやあ、大人の付き合いだよ。
桂木 :騙したのね。
島崎 :そんなつもりはない。第一、金に手をつけちまった。もう受けるしかねえんだ。
桂木 :交付金はそんなに簡単におりないわ。
島崎 :2頁目を見ろよ。
桂木、2頁目を見る。驚く。
桂木 :あんた、悪ね。
島崎 :悪の帝王と呼んでもらおうか。あんたも一連托生ってわけだ。文化省レプリ福祉局桂木薫の保証書付きだもの。
桂木 :わかったわ。
ドアに歩み去る。ケンに。
桂木 :どいて。
ケンわきによる。
桂木 :とんだ劇団だわね。けれど、覚えておいて。私には監督権があるのよ。ちょくちょく見に来るわ。さぞかし見物ね。知ってる、レプリ には芸術的なセンスなんて無いのよ。だから、単純労働ぐらいしかできないの。どんなお芝居を作るのかしら。楽しみだわ。
桂木、島崎の方をにらむ。間。振り切るように去る。
島崎 :ふーっ。あぶねえ、あぶねえ。
坂崎 :しまさん。あんたこの劇団つぶす気か。
島崎 :大丈夫だよ。ざきさん。あんた、本当に芝居やりたいんだろ。しってるよ、自分ち抵当にいれてんだろ。なあ、一人で突っ張るのもい いけど、時にはいろんなもの利用する頭がいるんじゃないの。こんな世間だからさ。いいじゃない。面従服背。和して同ぜず。お国の お金さ。大事な税金使ってやらなくちゃ。ばちあたるよ。
ケン :そうですよ。ざきさん。借金返して次にどーんといきましょう。
島崎 :どーんとっ。なっ。
坂崎 :どーんとか。
ケン・島崎:どーんとっ!
坂崎 :・・わかった。引き受けりゃいいんだな。引き受けりゃ。
島崎 :さすが、ざきさん。話がわかる。
坂崎 :しまさんの捨て身の根回しにゃかないませんわ。かわいい顔じゃないの。泣かせちゃって。・・けどもちょっときついかな。
島崎 :ふん。そんなつもりじゃねえよ。ただ、なんてかな。ちょんと鼻っ柱おりたくなるやつっているじゃない。
坂崎 :鼻っ柱ねえ。なるほど。そうですかね。
島崎 :ほんとだよ。
島崎、電話をかけ始める。
坂崎 :はい、はい。ケン、お前が世話しろよ。
ケン :え、レプリをですか?
坂崎 :ああ、しまさんとつるんだ罰だ。
ケン :はい、はい。
坂崎 :それにな・・・。
ケン :なんですか。
坂崎 :いや、・・苦労するぞたぶん。
ケン :何事も経験ですよ。それに美人だし。
坂崎 :ほう、美人か。
ケン :ほら。(写真を出す)
坂崎 :手回しがいいな。
島崎 :(電話しながら)申請書についてんだよ、お前かっぱらったんだろ。
ケン :へっへっ。
島崎 :油断も隙もねえ。
坂崎 :なるほど、美人だ。
ケン :でしょ。
坂崎 :なっちゃんにいいつけるぞ。
ケン :あ、それかんべんしてください。
坂崎 :・・ケン、覚えとけ。
ケン :えっ。
坂崎 :芝居は顔でやるんじゃねえ。心と身体だ。
ケン :はい。分かってます。
ケン、お茶を片づけて持っていく。
島崎 :(電話をおいて)明日来るとさ。名前はヘレン。
坂崎 :ヘレン?ハイカラな名前だな。(手に持った写真を眺めながら)日本製だろ。
島崎 :ふん。イメージ貧困なんだよお役人は。アメリカっぽけりゃいいとおもってんだから。20世紀とかわらねえ。・・で、ざきさん、な にやるんだ。
坂崎 :ま、あれだな。
島崎 :あれか?お約束。
坂崎 :営業だろ。愛に勝るものはない。
島崎 :すまん。
坂崎 :いいって。話題性さ。純愛は売れるからな。
島崎 :芸術よりもな。男と女の永遠の課題さ。ま、チョイ役でいいからさ。
坂崎 :いいや。
島崎 :えっ。
坂崎 :きっちり行こう。
島崎 :おい、まさか。
坂崎 :そうだ。
島崎 :それはちょっとやり過ぎだぞ。薫もいってただろう。
坂崎 :薫?ほほーっ。薫・・なるほど。
島崎 :あ、いや、ほら文化省の桂木薫だよ。(なるほどと相づちをうつ坂崎、空咳をする島崎)あいつが、レプリは芸術的センスがないって。
坂崎 :目が気にかかるんだ。
島崎 :目?
坂崎、写真を指ではじき島崎に渡す。島崎しげしげと見る。
島崎 :目がどうかしたのか。
坂崎 :一人だといっているんだ。私は一人だと。
島崎 :だから。
坂崎 :冒険するのも、時にはいいさ。
島崎 :それだけで主役か?失敗するぞ。
坂崎 :失敗してもいいといったのはしまさんだろ。
島崎 :しかし、ジュリエットとは荷が重い。
坂崎 :ロミオに会うまでは彼女は一人だった。
島崎 :そりゃそうだがよ。・・おい、まてよ。
坂崎、でていく。
島崎 :おい。ざきさん。ざきさん。・・坂崎!
明日な。という声を残して去る。入れ替わりに、伊集院が入ってくる。おはようございます。
島崎 :おはよう。すまんねえ。(掃除を始める。長机を持っていきかかる)何考えてんだ。ったく。(伊集院立ち止まる)あ、はるさんじゃ ないよ。こっちのこと。いつもすてきだね(と、軽くあいさつ。伊集院去る)・・・ふん。・・だがこいつはいいポイントだな。やる か。・・ようし、ざきさん。いただきだ。おーい。ケン、ケン、いるかーっ・・。
かけだす。ケンのなんですかあという間の抜けた声が聞こえる。すれ違う伊集院。わすれていった写真。伊集院が手に取る。
伊集院:いつも素敵な女よ、わたしは。・・・美人だわね。私よりは落ちるか。(裏を見る)ヘレン・・・伊集院春香よりはおちるわね。でも、 ロミオとジュリエットか。(立ち聞きしていた伊集院)・・・(椅子に登ったり降りたりして)おお、ロミオ。あなたはなぜロミオな の。・・ジュリエット聞いてくれるかい、そのわけを。・・ええ、あなたの口からこぼれでる真珠のような言葉ならよ路故何でお聞き いたしましょう・・・それはね。・・・ええ、それは・・・親がつけたからさ。・・・ははははは。(と一人受けして、白ける)・・ 寂しい・・・。(と、椅子を一つ持って去る)
Uヘレン
最初のダンスの音楽。ひとしきり踊り、そのままジュリエットの稽古に入る。如月、恵、星野たちがいる。坂崎はいない。ヘ レンがひっそりといる。
如月 :あー、もういや。なにこれ。何であたしがこんなことやらなきゃいけないわけ。やめたわ。
如月、椅子に座る。ほかのものもしかたなしに三々五々散らばる。
如月 :誰、こんな本書いたの。ロミオとジュリエットだけしか目だたないじゃない。これじや、ほかの役者たまんないわねえ。やつてられな いわ。
恵 :坂崎さんです。
如月 :だとおもった。きっついわ。ひいきがすぎるんじゃないの。それとも営業第一なのかしらね。
恵 :島崎さん頑張ってましたから。
如月 :あいつも美人にゃ弱い口だから。
恵 :如月さん。
如月 :めぐちゃん。お水持ってきて。
恵 :はい。ほかになにか。
如月 :ほかに?(チラっとヘレンを見る)ふん。何もないわよ。とっととやって。
恵 :はい。(と、とろとろと去る)
如月 :(夏子と話し込んでいる星野へ)星野君。
星野 :えっ、あ、はい。なんですか。
如月 :君の台詞あれ何。まるでいなかのおっさんよ。ロミオがなくじゃない。色男台無しだわ。
星野 :すみません。夕べちょっと。
如月 :飲み過ぎないでよ。喉いためるんだから。
星野 :あ、飲み会じゃないです。
夏子 :え、おやすくないなあ。星野さん。この、この。こら、白状しろ。
星野 :えっ、よわったなあ。別に怪しいもんじゃないですよ。
夏子 :怪しいんだって。
如月 :これは聞き捨てならないわ。こら、ロミオ、なんの陰謀を巡らしておる。とっととこのお白州で白状せい。さすればお上にもお慈悲と いうものがあるぞよ。
夏子 :恐れ多くもこの印篭の紋所が目に入らぬか。
星野 :ははーっ。恐れ入りましてございます。・・違うって。・・七回忌でしてね。
如月 :七回忌?・・・ああ、ごめんなさい。悪いこと聞いたわね。下の妹さんだったわね。夕子さん?そう。もう七年になるの。
星野 :早いものです。
夏子 :えっ、星野さん妹さんがいたの。
星野 :まあね。
夏子 :ねえ、なぜ亡くなったの。
星野 :うん、まあね。
夏子 :病気。
星野 :いいや。
夏子 :事故?
如月 :なっちゃん。
夏子 :ああ、いけない。夏子ごめんなさいです。あたしってついつい人のこと気にかかる癖あるから。
星野 :いいんだよ。みんな知ってる。
夏子 :みんな?
如月 :なっちゃんは最近はいったからしらないけれど、古い団員はね。
夏子 :へー。そうですか。
星野 :レプリカントの奴らにね。
夏子 :えっ。
如月 :事故だとはいうけれどね。・・・レプリ公民権法が成立した頃覚えている。
夏子 :あたしまだ中学生だったから。あまり。
如月 :そうか。うん。中学生か。時代を感じるな。
星野 :年をでしょ。
如月 :そう。・・なんてこと言わせるの。私ははまだ若いですよ。ほらほら。
夏子 :それで。
如月 :結構、デモが荒れてね。
夏子 :えっ、レプリがデモしたんですか?
如月 :人間の方が多かったけどね。環境派から人権派、レプリ人権同盟なんて結構派手にやってたわ。
星野 :レプリのシンパさ。人間の癖に。
如月 :国会でレプリ法が審議されてた頃が最高潮でね。人間とレプリ合わせてうーん、三十万ぐらいかなあ。デモやってるわけ。だいたいそ んなときって跳ね返りいるじゃない。押さえようとする警察とさ、もう戦争みたいなもの。石飛ぶわ、火炎瓶投げるわ、放火されるわ、 どさくさまぎれに、略奪するわ・・
情景は、レプリ公民権法成立の夜。デモと投石、怒号、火炎瓶、催涙ガス、警告、悲鳴。
「直ちに解散しなさい。直ちに解散しなさい。このデモは違法です。直ちに解散しなさい。」
星野が必死に夕子を探している。
星野 :夕子!夕子!どこだ!
混乱する現場。殺到する機動隊。逃げまどうデモ隊。レプリだという叫び声。
星野 :夕子!
殺到するデモ隊。巻き込まれる星野。修羅場の中。夕子がいた。
星野 :夕子・・・。夕子。
抱き起こす。星野。夕子の意識はない。
星野 :夕子!
再び、殺到する機動隊。デモ隊。「ただ今、レプリ公民権法が可決されました」というアナウンスが聞こえる。
喧噪が遠のく。如月がしゃべっている。現在。星野、離れて立っている。
如月 :逮捕者3000人。死者11人。うち巻き込まれたもの5人。もうむちゃくちゃな一日だったわけ。夕子さんはたまたま星野君と食事 に出てきて巻き込まれてしまったの。
夏子 :全然知らなかった。
如月 :でしょうね。レプリ公民権法が成立した日は、同時に人間とレプリとの間に深い溝ができた日でもあるわ。
星野 :おいしいケーキがあると言ったんだ。
如月 :えっ。
星野 :駅の前の交差点の角、藤だながしゃれた感じの緑色の小さいケーキ屋。友達がアルバイトしていてときどき内緒で安くしてくれる。け っこうおいしんだ兄さん。兄さん甘党だから。買ってくるから待っててね。ああ、いいよ。じゃ、いつものレストランで待ってるから。 早く来いよ・・。それっきりだ。・・ケーキなんて。
星野、独り言。見やって如月。
如月 :星野君、今は完全な辛党よ。
夏子 :そうか。一昨日苺大福たべませんかっていったら、いやな顔してたの。そうか。
如月 :食べ物にあたってもしようがないけどね。
夏子 :それでですね・・。
如月 :何が?
夏子 :あっ。いえ、星野さんとね。ヘレン。今一つね。なんていうか、しっくり来ないから。
如月 :下手だからよ。
夏子 :ええ、それはそうですけれど。
星野 :どうせ、ヘボだよ。
夏子 :そんな・・・ごめんなさい。そんなつもりじゃないんです。
島崎 :いいよ。あんまりうまくないのは事実だ。
夏子 :ごめんなさい。・・でも、なんというか、目に見えない・・・
如月 :なっちゃん。
夏子 :えっ。はい。
如月 :よけいなこといわなくていいの。
夏子 :あ、すみません。またやっちゃった。私、トイレいってきます。
夏子、去る。
星野 :よけいなことじゃないよ。
如月 :星野君。
星野 :すぐに顔にでますからね、僕は。そうです。許しゃしないですよ。そうでしょう。あなたも。人間なら誰だって。
如月 :・・星野君。
坂崎、島崎とケンが入ってくる。空気が緊張する。
ケン :あつまってくださーい。お知らせがあります。
星野 :どうせ、ろくな知らせじゃあるまい。
如月 :しまさん、何?
島崎 :うん。まあね・・
周りに集まる。
島崎 :あ、みんな聞いてくれ。公演の日取りが正式に決まった。5月3日だ。
恵 :えーっ。あと一月じゃないですかー。こまっちやうー。
坂崎 :こまっちゃうのは俺の方だ。しってるとおり、今回は文化省の補助を受けている。それなりの成果をあげなきゃならんというわけだ。 いかにアマチュアといえど芝居は芝居。結果がものをいう。仕事との両立は大変だろうが、稽古の方のテンポをあげるからそのつもり で。
星野 :そんなに短期であがりますか。
坂崎 :あげるしかないだろ。
如月 :ざきちゃん。
坂崎 :なんだ。
如月 :いっていいかな。
坂崎 :なんでも。
如月 :あたし、無理と思うんだ。
坂崎 :なんで。
如月 :だって、時間無いし。本はちょっときついし・・。あんたでしょ。この本書いたの。
坂崎 :まあな。
如月 :ロミオとジュリエットはいいわよ。あたしもやってみたかった。けど、この本何?あとでてくるのちょい役除けばコロスだけじゃない。 ティボルトもロレンスもでてきやしない。どこがロミオとジュリエット。冒険するのもいいけどね。これじゃ、役者馬鹿にしてんじゃ ない。あたしたち踏んだりけったりよ。なんたのため芝居してるのやらわかりゃしない。
坂崎 :それで?
如月 :それでって。ざきちゃん正気?あんな娘(こ)使って。レプリにゃ無理なことわかってるでしょ。
一同ヘレンを見る。ヘレン一生懸命自分の台詞を練習している。が、どこか下手である。
ヘレン:これはなに?杯が、愛する人の手の中に。毒なのね、あの人の時ならぬ最期を招いたのは。おお、ひどい、すっかりのみほして、後を 追う私に一滴も残さないなんて。その唇に口づけを。そこにまだ毒が残っているかもしれない、それで死ねれば、あの
坂崎 :それで?
如月 :それで!あれを聞いたら充分でしょうに!
ヘレン:あ、人の声が、いそがなければ。おお、ありがたい剣(ロミオの剣を取る)この胸がお前の鞘。(刺す)そこにお眠り、そして私を死 なせて。(ロミオに重なって死ぬ)
ヘレン、伝わってこない。
如月 :どこがいいの、あんな娘。芝居は顔じゃないって言ったのあんたでしょ。何あれ。素人もいいとこじゃない。お客さん引くわ、引く わ。もうはだしでぶっとんで逃げちゃうわよ。
星野 :如月さん。
如月 :いいえ、星野君言わせて。言ってやらなきゃ目が醒めないんだから。この人。欲に目が眩んでるのよ。文化省から補助金出るもんだか ら。この芝居なんて、だからダミーよ。お金だけ踏んだくって、借金払ってやろうて。だから、話題作ってお客を入れて。そりゃそう よね。レプリカント福祉法第一号が。主演女優でロミオとジュリエット。面白いじゃない。話題じゃない。スターじゃない。だけど、 お芝居そこまでなめられたらたまんないわよね。何が悲しくて、あんなレプリと一緒に、しかもその他大勢をやらなきゃいけないわけ。 私、何年この劇団やってるの。いっときますけどね。私だけじゃないわ。メグちゃんだって星野君だってのぶちゃんだってあんなぽっ と出の唐変木よりずっとずっと芝居知ってる。なぜ、つかわなきゃいけないの。ねえ、なぜ。いってよ。そのわけいってよ。
坂崎 :それで。
如月 :それで?それで!・・それしかないわけ。
坂崎 :それで。
坂崎 :・・わかった。もういい。私降りる。あんたらだけでやったらいいわ。・・レプリに騙されて、いいざまね。・・さいなら。
如月、駆け出して行く。
星野 :如月さん!
夏子の如月さんどうしたんですかとの声。星野、追いかける。入ってくる夏子とぶつかる。あきれる夏子。後のものも追いか けようとする。
坂崎 :やめろ!
ケン :でも。
坂崎 :やめろ。・・戻ってくるさ。ヒステリーだよ。不安なだけだ。
ケン :え。
坂崎 :ヘレンが怖いのさ。
恵 :ヘレンが?怖い?
坂崎 :感がするどいやつだからな、如月は。わかるんだろ。・・それより、稽古始めるぞ。
恵 :ヘレンが?
夏子 :ねえ、どうしたの如月さん血相変えて。
ケン :なんでもないよ。
夏子 :ねえ、なにがあったのよ。
ケン :うるせえな。それより稽古だ稽古。お前せりふはいってないだろ。
夏子 :だって、それはケンが、あの時。
ケン :ばか。はやくおぼえろ。
夏子 :はーい。
この間に一同、稽古の態勢にはいる。
明かりが落ちて行き、坂崎が、指示する声が聞こえる中、ヘレンが浮かび上がる。一同退場。
ヘレン:坂崎さん。私どうしたらいいんでしょう。よくわからない。ジュリエットなぜ死ななければならないんですか。不合理です。待てばい いんです。ジュリエットの心私にはわからない。
V星の流れに
坂崎がいる。
坂崎 :ヘレン。ゆっくりやっていいよ。
ヘレン:それはダメです。後一か月しかない。ダメです。
坂崎 :焦ることはない。星でもみてろ。
ヘレン:わからない。
坂崎 :気分転換だよ。ヘレンおいで。
ヘレンと坂崎あるきだす。満天の星が出る。
坂崎 :あれわかるか。
ヘレン:はい。星がいっぱい。
坂崎 :じゃいい。
ヘレン:よくないです。星を見てどうしろというんです。坂崎さん。
坂崎 :ざきでいいよ。
ヘレン:はい、坂崎さん。
坂崎 :ふん。あそこのどこかに、ヘレンの星があるんだよ。
ヘレン:星は誰のものでもありません。星は宇宙のものです。
坂崎 :ちがうって。あんたの運命があるんだ。
ヘレン:私の運命。
坂崎 :そうだ、お守りだ。
ヘレン:お守り?
坂崎 :願いでもかけるんだね。ジュリエットの心がつかまえられますように。
ヘレン:人間て不可解ですね。
坂崎 :何で?
ヘレン:なんの関係もないものに自分を託す。おかしいです。
坂崎 :そうだな。おかしいな。
ヘレン:でも。
坂崎 :でもなんだ。
ヘレン:面白そう。
横顔を見つめる坂崎。
ヘレン:どうしました。
坂崎 :なんでもないよ。願かけたか。
ヘレン:ガン?
坂崎 :お願いさ。
ヘレン:はい。
坂崎 :どの星だ?
ヘレン:星を決めるのですか?
坂崎 :自分の星をな。
ヘレン:では、あれにします。
北十字が輝いている。
坂崎 :北十字のアルビレオだ。
ヘレン:北十字?
坂崎 :劇団の名前を取った星だな。いい星だ。
ヘレン:うれしい。
坂崎 :何を願った。
ヘレン:秘密です。秘密。人にしゃべると叶わないといいました。
坂崎 :誰が?
ヘレン:ケンです。
坂崎 :よけいなことをいう奴だ。
ヘレン:あら、いい人です。私を人間と同じように扱ってくれます。
坂崎 :うん。あいつはいい奴だよ。
ヘレン:でも。
坂崎 :なんだ。
ヘレン:私はレプリカントです。
沈黙が漂う。
坂崎 :帰ろうか。
ヘレン:さかざきさん。
坂崎 :ざきでいいといったろう。
ヘレン:はい、坂崎さん。知りたいんです。教えて下さい。
坂崎 :何を。
ヘレン:しりたいんです。愛を。教えて下さい。私このままではジュリエットできません。
坂崎 :無理だな。
ヘレン:どうしてです。私がレプリだからですか。
坂崎 :違う。
ヘレン:ではどうして。
坂崎 :感じるしかないんだ。そいつがいればそれだけで感じるんだ。教えるとか教えないとかいう問題じゃない。
ヘレン:でも知りたいんです。
坂崎 :ったくどういやわかるんだろうな。いいか、レプリにゃわからんことだが(影がさすヘレン。坂崎は気づかない)、どうした。
ヘレン:なんでもありません。
坂崎 :うん。人間ていうのはずいぶん馬鹿なんだ。嘘を平気でつくし悪いとわかっててもついついやってしまう。いつも後悔してる。そんな に後悔するならやらなけりゃいいんだがな、それでもやっちまう。レプリは違うだろう。レプリは嘘をつくか。
ヘレン:私は嘘はつけません。
坂崎 :そうだ。嘘はつかない。そう作られているからだ。立派なことだ。だけど、それだけなんだな。人間は嘘もつくし平気で約束を破る。 裏切ったり、殺したり、しまつにおえないしろものだ。愛するなんていったって本当かどうかわかりゃしない。
ヘレン:それでは人間だって愛はわからないんですね。
坂崎 :当たり前だ。けれど誰が考えたかしらねえが、自然の仕組みが働くんだ。人が愛を感じるように。
ヘレン:なんですか。
坂崎 :半分だ。
ヘレン:半分?
坂崎 :自分は半分なんだ。もう半分の相手がいる。自分だけじゃない。もう一つのつがいがいるんだ。ちょうつがいってな。人間になるドア を開けるには一人じゃダメだ。合わせて一人前。紅い糸の切れ端をみんな探しているのさ。
ヘレン:紅い糸?
坂崎 :人間は皆小指の先に紅い糸を卷いている。糸を手繰っていったその先にお前の相手がいる。ジュリエットの小指はロミオの小指につな がっていた。それを感じたんだ。ジュリエットは。それだけのことだ。
ヘレン:では、レプリには無理なんですね。
坂崎 :・・・
ヘレン:レプリにははじめから半分なんてありません。みんな一人。完全なんです。試験官の中でどうやって紅い糸を結べというのですか。だ から、私は愛を知りません。感じることなどできません。そうなんですね。坂崎さん。
坂崎 :・・そうだ。
ヘレン:・・・では、私はできません。坂崎さん、下ろして下さい。如月さんがやればいい。私にはできません。
坂崎 :・・・
ヘレン:坂崎さん。
坂崎 :下ろす訳にはいかないよ。
ヘレン:でも・・・
坂崎 :君がジュリエットだ。
ヘレン、坂崎をにらむ。
ヘレン:・・そんなに・・お金が欲しいんですか!
くるりと身を翻りかけ去る。残された坂崎そっと。
坂崎 :ああ、そのとおりだよ。・・ヘレン。
坂崎、立ち尽くす。星が優しく瞬く。坂崎ゆっくりと歩き出す。
Wあなたはなぜロミオなの
数日後。北十字稽古場。
忍長机を持ち、静香椅子持って入ってくる。由美は例によって何も持っていない。
忍 :なんだかいつも机運んでいるような気がする。(どっこいしょと下ろす)ねー、しーちゃん。
静香 :ええ。
由美、ちょっとステップを踏む。
由美 :やっぱりいいなあ。広くって。しーちゃん。踊ってよ。(静香、椅子をおく。にこにこして踊らない)けち。・・あっ、おはようござ います。(如月が入ってくる)
如月 :おはよう。いつもすまないわね。学校のほう大丈夫。
忍 :学校なんかもういいんです。
如月 :あら、熱心なのね。
由美 :いいえ、学校の方がもう言いといってるんです。
如月 :へーっ。
忍 :へっへっ、留年しそう。
如月 :ちゃんと勉強しなきゃだめよ。
由美、忍はーい。静香にこにこ。
忍 :おはよーございまーす。
おはようございまーす。とキャストスタッフたちぞろぞろと。由美たちわきへよる。
ちょっと、音楽かかったり、準備したりする。
ケン :じゃ、坂崎さんあとできますんで。自主練習よろしく。第三場のダンスからいきまーす。
音楽止まる、キャスト位置につく。ケン合図する。優雅なダンス。舞踏会の感じ。いったんとまって、ねえ、今のところもう いちど、フォーメーションがね。とかいって又始まる。少し上手になっているヘレン。稽古風景。
その間に、のぶとケンが何やら打ち合わせをしている。
信子 :だから、今日だって。
ケン :え、まずいよ。それ。
信子 :まずいっちゃねえ。ケン、そう思うだろ。
ケン :まずい、まずい。だれ、たれこんだの。
信子 :大きな声じゃいえないけど。如月さんじゃないかってね。ふん。
ケン :げろ、げろ。(舌打ちして)やっぱりね。ここんとこおとなしいと思ったら。で、いつごろ。
信子 :まもなくだろね。
ケン :やばい。ざきさんにいいいました。
信子 :いいえ。どうした。
ケン :ああっ。早くいっとかなきゃ。
島崎 :おれになんかようか。
ケン :あ、おはようございます。
周りから適当におはようございます。適当な稽古風景。
島崎 :なんだ、深刻そうじゃない。
ケン :しまさん。いいところ。やばいですよ。
島崎 :なんだ。まずいことでも。
信子 :査察が入ります。
島崎 :なんだと。
ケン :のぶさんが聞きつけてきたんですけど、今日文化省の査察官が来るそうです。
島崎 :薫がか。
ケン :薫?
島崎 :桂木薫だよ。
信子 :ああ、このあいだの。すごかったそうですね。
ケン :すごい、すごい。もう、これもんで、あれもん。しぬしぬ。
島崎 :何で今ごろ。
ケン :どうも、如月さんがちくったんじゃないかって。
島崎 :ざきさん知ってるか。
信子 :いいえ、まだ。
島崎 :まずいな。ざきさん、どうしてる。
ケン :前の茶店でのたくってるはずです。
島崎 :しょうがねえな。のぶ、呼んでこい。
信子 :はい。
信子去る。
島崎 :で、いつくるんだ。
ケン :それが。
桂木、入ってくる。
桂木 :おはようございます。(やたらげんきがいい)順調のようですね。結構、結構。あら、島崎さん。その節は。
島崎、もごもご。みんななんとなく練習がやまる。
桂木 :今日は、文化省委託事業の査察ということで参りました。あ、でも気にせずやって下さい。わたし、そのあたりをぶらぶらしておりま すもので。(ケンへ)坂崎さんはどこへ?
ケン :すぐ参ります。
桂木 :そう。・・ところでヘレンはよくやってるかしら。
ケン :あ、はい。それはもう。
桂木 :ケンとかおっしゃったわね。
ケン :はい。
桂木 :あなたもレプリと同じように嘘がつけないようね。
ケン :えっ。
桂木 :ヘレンがネックになっているってきいたけど。
ケン :えっ、だれから。
桂木 :さあ。
島崎 :桂木さん。
桂木 :薫と呼んでもいいのよ。
島崎、せきこむ。
桂木 :それで。
島崎 :なにしにきた。
桂木 :あら、ご挨拶。あなたに会いによ。
島崎 :はぐらかさないで。
桂木 :半分本当だけどな。・・査察よ。文化省内にも反対派は多くてね。レプリ福祉法のモデル事業がちゃんといかなきゃ後が大変だから。
島崎 :それで。
桂木 :仕上がり具合を見に来たの。
ケン :つぶしにだろ。
桂木 :いいえ。
ケン :信用できないな。
桂木 :私はプロよ。自分の仕事自分でつぶす馬鹿じゃないわ。
島崎 :どうすんだ。
桂木 :ヘレンをどうにかしようと思うの。ま、稽古を見てからね。
坂崎、信子と入ってくる。信子はそのままスタッフの所にいって何やかやと話している。
坂崎 :なにか用ですか。
桂木 :ヘレンにね。
坂崎 :ヘレンは大丈夫です。
桂木 :あら、そうかしら。大変だって聞いてるわ。
坂崎 :よけいな世話は先で下さい。
桂木 :査察官としての義務を果たすだけ。私だって成功させたいのよ。
坂崎 :何を考えてるんです。
桂木 :うまくいかなかったら、早乙女博士の力を借りようと思って。
島崎 :あれは危険だ。
桂木 :たしかにね。しまさん。けれどリスクを恐れちゃ何もできない。そうでしょう。
島崎 :薫、それはいけない。
桂木 :あら、薫ってよんでくれたのね。
へどもどする島崎。
坂崎 :いちゃつくのは外にしてくれ。
桂木 :あら、ごあいさつ。
と、手を絡める桂木。離す島崎。目でにらんで。
桂木 :とにかく、ヘレンを見せてもらうわ。あとでヘレンと話し合うつもり。いいでしょ。
坂崎 :勝手にしたらいい。
島崎 :おい、ざきさん、それは。
坂崎 :けいこはじめるぞ。
坂崎、パンパンと手をうち、稽古を始める。桂木、島崎と隅で見守る。
ロミオとジュリエットバルコニーの場。
ヘレン:おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオ?お父様と縁を切り、ロミオと言う名をおすてになって。それがだめなら、私を愛す るとちかって、そうすれば私もキャビレットの名を捨てます。
星野 :もっと聞いていようか、いま話しかけようか。
ヘレン:私の敵といっても、それはあなたのお名前だけ、モンタギューの名を捨ててもあなたはあなた。だから別のお名前に。ロミオ、その名 をお捨てになって、あなたとかかわりのないその名を捨てたかわりに、この私を受け取って。
星野 :うけとります、お言葉通り。恋人と呼んで下さい、それが僕の新たな名前。これからはもう決してロミオではありません。
ヘレン:どなた、夜の暗さにひそみ、この胸の秘めた思いをお聞きになったのは。
星野 :ぼくがなにものか名前を聞かれてもどうお答えしてよいのやら。
チェックが入る。
坂崎 :星野。何考えてる。よけいなことは考えるな。
星野 :はい。
坂崎 :集中して。はい!
ヘレン:あなたはロミオ?
星野 :いいえ。どちらの名前もお気に召さぬ以上。
ヘレン:どのようにして、ここに?何のために?この家のものに見つかれば死の入り口となりましょう。
星野 :恋がなしうることならどんな危険も恋はおかすもの、この家のものがどうして僕を妨げましょう。
ヘレン:でも、見つかればあなたを殺そうとするでしょう。
星野 :ああ、あなたの目の方がはるかに怖い、彼らの二十本の剣よりも。
チェックが入る。
坂崎 :星野。芝居しろ芝居。もっと集中しなきゃだめだ。いいか。少し飛んで、ジュリエット、『いとしいかた、おやすみ』から。はい。
ヘレン:いとしいかた、お休み。この恋のつぼみは夏のはぐくむ息吹を受けて、今度お会いするときは美しい花となっていましょう。
星野 :満たされぬ僕をこのままに行かれるのか?
ヘレン:どんな満足をいま手にすることが出来まして?
星野 :あなたの愛の誓約を、僕の誓いとひきかえに。
誰の目にも集中が欠けているのがわかる。
坂崎 :しょうがねえな。ケン。少し休憩だ。
ケン :10分休憩しまーす。
ケン出ていく。何人か出ていくキャスト・スタッフたち。如月・星野・夏子・ヘレンたち残っている。
星野 :ざきさん。
坂崎 :なんだ。
星野 :わかってるでしょう。
坂崎 :何を。
星野 :集中してないのはヘレンだってこと。
坂崎 :何だって。
星野 :どこかよそを見てる。おれに向かって語ってやしないんです。分かるでしよう。
坂崎 :だから。
星野 :やってられませんよ。芝居できないの当たり前じゃないですか。
ヘレン:私、一生懸命やってます。
星野 :芝居ってのは相手と作るんだよ。一生懸命だかなんだかしらないが、自分一人の世界作ってもらっちゃこまるんだ。何考えてやってん の。
ヘレン:ジュリエットがどんな気持ちだろうって。
星野 :どんな気持ちもへったくれもないよ。あんたの目がどこ向いてるか分からないと思う。芝居の最中にほかのこと考えられちゃ迷惑なん だよ。もう降りたら。この役無理だよ。
島崎 :星野。
星野 :あんたは自分だけにしか興味がないんだ。だって、レプリは余りにも短い命だからね。ほかの奴に興味を持てる暇なんかないはずだ。 だけど・・かわいそうだね。こんなに人生はいっぱいしらなきゃならないことがあるというのに。わかっただろ。あんたにゃ、ジュリ エットなんかできっこない。俺だって後免だ。ロミオに興味のないジュリエットなんてだれが相手にできる。
島崎 :星野!
星野 :いわせて下さい。レプリには無理なんだ。ざきさん。やめましょう。こんな茶番劇。あんただってできっこないってわかってるでしょ うが。
如月 :星野君。
星野 :如月さんだっていっただろう。自分がジュリエットならわかるけどって。そうだよ。ロミオとジュリエットは人間なんだ。俺は人間以 外のものとやるつもりはありませんからね!
ケンが入ってくる。星野の終わりの台詞を耳にする。星野につかみかかろうとする。
坂崎 :(ケンに)やめろ。もういいだろ星野。
ヘレンが走って退場。ふてくされる星野。後を追う、ケン。待ってと夏子も後を追う。
桂木 :おやおやこれは愁嘆場だわ。しまさんどうするの?
島崎 :しるか。なるようになるさ。
桂木 :とんだ茶番ね。いい査察ができました。坂崎さん。さっきのお話すすめていいかしら。
肩をすくめる坂崎。
桂木 :では、そういうことで。みなさん「北十字」の公演楽しみにしていましてよ。しまさん、いきましょ。
島崎 :おれはちょっと。
桂木 :何いってるの。話があるのよ。
島崎を引っ張って退場。
如月 :あたし用があるから、今日は早引けするわ。じゃね、ざきさん。
それをしおに三々五々お疲れさまでしたなどと引き上げる。坂崎残る。
疲労の色が強い。
坂崎 :ヘレン・・
首を振って出ていく。
そーっと入ってくる。由美たち。机や椅子片付けながら。
忍 :うっぴゃー。
由美 :すごかったわね。
忍 :もうどろどろ。
由美 :うちの部よりすごいわねえ。
忍 :あら、うちの部はそんなことないじゃない。ね、しーちゃん。
由美 :のびは鈍感だから。
忍 :なんだって。
由美 :伊集院さん、この机どうすんですか?(こっち持って来てーという声)はーい。しらなかった?先輩の霞さん、ねっしーちゃん。
静乃 :うん。(にこにこ)
忍 :えっ、なにそれ。聞いてないわよ。教えて。
由美 :じゃ、これ(と机を渡す)
忍 :(受け取って)早く、早く。
由美 :あっちで。ねっしーちゃん。(と去る)
静乃 :うん。(にこにこ)
忍 :しーちゃん。どうでもいいけど、いつもにこにこしてるね。
静乃 :うん(とにこにこと去る)
忍 :・・わかんねーなあ。(とにこにこしてみながら去る。)
Xいちばん美しい海
走って行くヘレン。やがて立ち止まり、ぼんやりしている。星を探すふう。
ヘレン:北十字。北十字。ああ、見えない。わからない。
ケンの声が聞こえる。
ケン :おおい。・・・・ああ、ここにいたのか。
ヘレン:心配したでしょう。
ケン :えっ、ああ。心配したよ。
ヘレン:うそ。
ケン :本当だ。
ヘレン:私は大丈夫。
ケン :ならいいけど。・・おいで。
ケン、橋の欄干にもたれる。
ヘレン:こわい。
ケン :大丈夫。落ちはしないよ。きれいだろ。
ヘレン:レプリは泳げない。
ケン :うそ。
ヘレン:本当。
ケン :へーっ。知らなかった。
ヘレン:人間が知らないこといっぱいあるわ。
ケン :ねえ、聞いていいかな。
ヘレン:何?
ケン :君のこと。
ヘレン:私のこと?いいわ。なんでも。
ケン :その・・なんていうのかな。覚えている。
ヘレン:何を?・・ああ、わかった。記憶ね。
ケン :まあ、そんなところだ。
ヘレン:おかしいの。誰でもそのこと聞くの。
ケン :そんなに。
ヘレン:はい。誰でも。
ケン :それで。
ヘレン:なんていうのかな。あるとき突然ね。光が爆発したみたいに全部がある。人工記憶でしょう。少なくとも私の年齢までは。
ケン :君幾つ。
ヘレン:製造後2年。
ケン :そのいいかたいやだな。
ヘレン:ごめんなさい。でも、生まれるっていうより製造されるのね。遺伝子こちょこちょ操作して、試験官の中で育てられ、人工記憶を与え られ、注文に応じた年齢になるまでじっと待ってるの。私の場合は18才かな。2年間教育受けて、社会適応ね。これでも結構成績優 秀なの。だから、芸術方面での最初のケースなわけ。ちょっとショック?
ケン :うーん、いままで会ったことないから。
ヘレン:そうね。単純労働しか使われてないから。
ケン :君は優秀なんだ。
ヘレン:そう。偏差値高いの。レプリのね。
ケン :・・・
ヘレン:嫌みな言い方いえるでしょ。ヒューマンタイプなの。
ケン :ヒューマンタイプ?
ヘレン:人間に近いかな。けどまだまだだけど。
ケン :ジュリエットやりたい。
ヘレン:ええ。
ケン :どうして。
ヘレン:わからない。
ケン :愛を知りたいから?
ヘレン:愛ね・・わからない。けれど紅い糸を探すの。
ケン :え?
ヘレン:川のながれって早い。
ケン :ああ、このあたりはね。
ヘレン:星が映ってる。流れていく。
二人、川の流れを見る。沈黙。
ヘレン:教えてあげる。
ケン :何を。
ヘレン:レプリの寿命知ってる。
ケン :いいや。
ヘレン:10年。製造物責任法13条。レプリカントの減価償却期間はこれを10年とする。・・減価償却よ。もう2年たったわ。8年たった ら私は消滅する。プログラムが組み込まれているの。製造されたときにね。
ケン :・・・
ヘレン:驚いた。
ケン :・・・
ヘレン:みんなそういう目をするの。お前はレプリだっていう目。7割の優越感と2割の哀れみ、そして1割の恐れ。
ケン :・・違う。
ヘレン:それはいいの。
ケン :・・・ヘレンそれは違う。
ヘレン:違わない。どこも違わない。あなたは人間。私はレプリ。
ケン :・・・
ヘレン:それはいいの。10年であろうが5年であろうが。人間だって若くして死んでいく。けれど、私にはないの。それがくやしい。
ケン :・・なにが。
ヘレン:誰にも愛される。
ケン :・・・
ヘレン:そういう風に私は作られた。
ケン :ヘレン。
ヘレン:けれど、誰をも愛せない。
ケン :ヘレン。
ヘレン:そういう風に私は作られた。星野さんがいったこと合っているわ。私にはジュリエットがわからない、どうしたら人を愛せるの?レプ リカントだから愛せない、人間だから愛せる。
ケン :違うよ。ヘレン。
ヘレン:何が違うの。
ケン :うまくいえないけれど、レプリだって人は愛せる。だってそうだろ。君はいちばん美しい海の中から生まれている。
ヘレン:え?
ケン :今、流しているのはなに。
ヘレン:これは。
ケン :君は涙を流す。立派な人間だよ。悲しいから流すんだろう。川の流れが怖いんだろう。ジュリエットになれないんで悔しいんだろう。 それって、みんな人間の感情だよ。試験管だって、遺伝子操作だって。同じだよ、お腹の中でやってるのと。試験管だって羊水の海さ。 涙と同じ海だ。世界でいちばん小さく美しい海から君は生まれた。大丈夫。人間と同じだ。愛することだってできる。今はただちょっ と不器用なだけだよ。すぐにわかるよ。
ヘレン:ケン。・・・あなたっていいひとね。
ケン :あ、いやあ。主演女優が落ち込んでちゃ意気あがらないから。
ヘレン:そうね。
ケン :そうだよ。
二人、何がなし笑う。ところへ。男三人組。
男1 :ようよう、おあついねえ。お二人さん。
男2 :ご一緒させてもらいてえなあ。
男3 :お前の人相じゃむりだぜ。
男2 :ちげえねえ。
下卑た笑い声。
ケン:いこう。
ヘレンを連れて去ろうとする、塞ぐ男1。
男1 :そう、きらわなくてもいいじゃんか。ええ、ぼくちゃん。
ケン :どけ。
男2 :おやおや、ガキがいきっちゃって。
男3 :彼女にいいとこみせんだってよ。
男2 :色男は辛いねえ。
いきなり殴る。崩れるケン。
ヘレン:やめて下さい。
男21:やめて下さい(声色)ってよ。
男1 :愛する男のためならばってか。近ごろの女は強いねえ。
ヘレン:(ケンを助けおこしながら)行きましょう。
男3 :まちなよ。
と、ヘレンをさえぎる。
男3 :あれ。・・おいこいつ見て見ろよ。
男2 :こいつあ驚いた。レプリでやんの。
男1 :なんだ。
男3 :ほら一昨日ニュースでやってたなんたらいう劇団の。
男2 :レプリ女優だよ。
男1 :ほう。なるほど。
男1、ヘレンに近づく。ヘレン後ずさり。
男1 :にげんでもいいだろが。ちょっとそのまぶい面おれたちにも見せてくれよ。
ケン :彼女にさわるな。
ケン、男2にまたけり倒される。ヘレン男1に腕を捕まれる。抵抗するがねじられて。
男1 :へーっ。テレビとおんなじだ。
男2 :(ケンをふみつけながら)レプリを連れてお散歩か。いいきなもんだな。
男3 :お散歩だけかな。
男2 :ちげえねえ。(二人、げぴた笑い)
ヘレン:離して下さい。
男2 :離して下さいとよ。どうする。
男1 :いやだね。
男2 :いやだとよ。
ヘレン:離して下さい。
男3 :そうはいかねえんだよ。レプリの癖にいちゃつきやがって。ふざけんじゃねえ。
男3、ヘレンを殴る。ヘレン男1に捕まっているので逃げられない。
男3 :お前ら、レプリの癖に人間の仕事とりやがっておかげで俺らいい若いものがよぷーだぜ、ぷー。
ヘレン:私のせいではありません。
男2 :私のせいではありません(声色)
男3 :お前のせいだよ。きれいな面してよ。
男3もう一度殴る。ヘレン倒れる。
ケン :彼女を殴るな。
男1 :おや、心優しいナイトかよ。まだやる気か。レプリの色気に惑われてよ。
ケン :やかましい!
ケン、はじかれたように男1に殴りかかる。男1おもわずひっくり返る。格闘。男2、ケンをける。ケンたまらず倒れる。ヘ レンの悲鳴。なおも格闘が続きそうな所へ
水森 :ららら、空を越え、ららら星の彼方、行くぞアトムジェットの限り
男3 :な、なんだ。
思わずやんでしまう格闘。早乙女と水森が出てくる。桂木もいるようだ。
男3 :なんだおめえら。
水森 :どこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている。
男2 :しらねえよ。
水森 :ぼっぼっぼくらは少年探偵団。
男2 :いかれてるぜ。
水森、すすっと近づく。男2殴ろうとして、そのまま、投げ飛ばされる。
水森 :黒羽誠心流、水の構え。
男3 :なんだこのあま。
水森、すすっと近づく。男3つかみかかろうとするが派手に飛ばされる。
水森 :黒羽誠心流、風の構え。
男1 :お、おぼえてろ。
男1、芸のない台詞を残して逃げ去る。後の二人もほうほうのていでさる。
水森 :芸のない台詞。
桂木 :けがはない。
ケン :はい。あ、桂木さん。
桂木 :薫でいいわ。
ケン :はい、桂木さん。どうしてここへ。
桂木 :(顔をしかめて)探してたの。ヘレンを。ずいぶんひどくやられたわね。大丈夫。
ヘレン:すみません。大丈夫です。(と、よろりとする)
桂木 :大丈夫でもなさそうね。ひどい奴等ね。
ケン :あいつら。
ヘレン:いいんです。
ケン :よかないよ。
ヘレン:いろいろな人いますから。
桂木 :そうね。まだまだ偏見強いからね。
ケン :でもあいつらめちゃくちゃだよ。
桂木 :それより、ヘレン話があるの。・・紹介するわね。早乙女博士と水森さん。
水森、にっこり。早乙女出てくる。
早乙女:あなたがヘレンね。
ヘレン:はい。
早乙女:ちょっと失礼。水森。
と、水森、鞄を持ってくる。
ケン :何をするんです。
早乙女:何もしないわ。見るだけ。
ケン :何を。
早乙女:この子を人間にできるかどうかをね。
ケン :人間に!
ヘレン:人間に・・・
桂木 :そう。博士はね。レプリの感情生成についてずっと研究を続けてこられたの。
ヘレン:感情生成?
桂木 :ひらたく言うと、レプリが人間と同じ反応、感情を持つようにするための研究。
ケン :そんなことができるんですか。
桂木 :100パーセントとは言えないけれど。
早乙女:大丈夫だよ。
桂木 :できまして。
早乙女:ああ。
桂木 :よかった。ヘレン、聞いた。
ヘレン:あ、はい。
桂木 :手術受けてみない。
ヘレン:手術ですか。
桂木 :豊かな感情、豊かな個性。みんなあなたのものよ。
ケン :大丈夫ですか?
早乙女:時間だな。問題は。
ケン :時間?
早乙女:ゆっくり時間をかければ間違いないんだけれど。・・桂木さん。
桂木 :はい。
早乙女:時間はないんだよね。
桂木 :申し訳ないんだけれど、あと一月しかないわ。稽古をいれるとそう、どうあがいても一週間以内。できます?
早乙女:危険率があがるね。
桂木 :では。
早乙女:フィフティー・フィフティーだろう。
ケン :それは危ない。失敗したら。
早乙女:ゲシュタルト崩壊を引き起こす。
ケン :ゲ、ゲシュタル?
早乙女:ゲシュタルト崩壊。人格が崩壊する。簡単に言うといわゆる発狂かな。
ケン :発狂?ヘレンは今のままでも充分できます。
桂木 :不十分よ。それはあなたも知ってるはず。
ケン :大丈夫ですよ。
桂木 :このままで幕あがると思う。
ケン :ざきさんが何とかします。
桂木 :舞台にたつのはヘレンよ。
ケン :しかし。
ヘレン:私、手術します。
ケン :ヘレン。
ヘレン:人間になれるんですね。それで。
ケン :危ないよ。
早乙女:ほぼ人間と同じような反応ができるはずよ。
ヘレン:愛もわかりますか?
早乙女:愛?ああ。愛ね。わかると思うわ。
ヘレン:なら、受けます。私、紅い糸を探したい。
ケン :紅い糸?
ヘレン:なんでもないです。ケン、坂崎さんに知らせて下さい。私人間になります。
ケン :ヘレン。本当に。
ヘレン:ありがとう。今日は、うれしかった。でも、私、人間になりたいんです。
ケン :ヘレン・・・
桂木 :手続きはこちらでするわ。ケン。坂崎さんにお願いね。
早乙女:水森!
水森 :はい。
水森、ヘレンを助けて早乙女と去る。
桂木 :一週間後。連れて行くから。よろしく。
ケン :・・はい。
桂木 :大丈夫よ。失敗なんかしない。では、一週間後。
桂木去る。ケン、呆然としているが駆け出す。
Y紅い糸
伊集院、「懺悔の値打ちもない」を歌いながら登場。掃除をする。続いて何やら怪しい機器を運んでくる研究員三人組。どこ か女子高校生に似ている。早乙女の研究室。
伊集院:あんたたち。またレプリの意識改造するの?(三人うなづくが無言で機器を設置している)ふーん、なんだかな。北十字も怪しいけど、 ここも結構怪しいわ。レプリに感情ってたってね。僕は愛を知りまっしぇん。愛を見失った哀れなレプリカントです。だから、僕は愛 を知りたいんです。お前は論理的だな。はい。論理的です。レプリの特技ですから。馬鹿やろう。愛は論理じゃねえ。何ですか?愛か? 愛はこうだ。ぶっちゅーっ。・・ぷはーっ、うーん、うまかったあ。どうだ。これが愛だ。分かったか。なんだか混乱して良く分かり ません、けれど一つだけ分かった事があります。なんだ。言って見ろ。あんた、お昼レバニラ炒め食ったね。・・はははははっ(と一 人受けする。空しい拍手が助手達から起こる)むなしい・・・。
伊集院去る。
水森が忙しく働いている。ヘレンが連れてこられる。椅子に眠るヘレン。桂木も入ってくる
準備ができて、早乙女が入ってきた。
早乙女:始めるよ。ヘレン、レプリが愛を知らないなんてそれは嘘だ。商品価値にならない愛だから封印されてるだけだ。今から、その封印を といてやるからね。・・・さあ、ヘレン。目を閉じて。・・そう。水森、レベル3、チェック。
水森 :強くないですか。
早乙女:大丈夫。ヘレン、音楽をかけるからね。ゆったりしていていい。そう、これから、君の生まれた故郷へ旅をする。心落ちつけて指示を 聞くんだ。
胎内にいるような安心する音楽。だんだんと暗くなって行き、影のように動く研究員たちが浮かぶ。
早乙女:そうだよ。リラックスして。・・識域レベル降下開始。
音楽少し替わる。鼓動音と水滴のような音が交じってくる。
水森 :識域内レベル3へ降下します。
早乙女:ペンタトール、コンマ5注入。
研究員、注射。鼓動音少し強くなる。
早乙女:識域レベルは。
水森 :まもなく、レベル3です。
早乙女:じゃ、はじめる。・・・ヘレン。いくつか質問をするよ。何でもいいから答えて。いいね。・・水の上を歩く蜘蛛が糸を吐いている。
ヘレン、ゆっくり答える。
ヘレン:まばゆい太陽。
早乙女:一対の赤いグラス。ただし、いけられたガーベラは白い。
ヘレン:死んでいる犬。
早乙女:落ちる水滴。水銀の海に広がる波紋はやがて消える。
ヘレン:失われてゆく命。
早乙女:踏みつけられた薔薇。
ヘレン:・坂崎さん。
早乙女:暗闇で光る猫の目。
ヘレン:・・私。
早乙女:食べてもらいたそうなあざやかな苺
ヘレン:・・・私
早乙女:白いベールが夏の風に搖れる午後。
ヘレン:・・・私
早乙女:ドアが開いた朝の食堂、テーブルにはトーストバター。
ヘレン:・・・私。
早乙女:・・シールドが固い。水森。レベルは下がらない?
水森 :識域レベル3を保っています。
早乙女:もう少し、降下しよう。ペンタトール、コンマ3注入。
注入される。鼓動音少し強くなる。水滴のようなおとも。
早乙女:ヘレン、聞こえる?音が替わるよ。
音楽が変わる。ヘレンが身じろぎをする。
早乙女:怖がらなくていい。昔いたところへ帰るだけだよ。そう、ゆったりしておいで。
水森 :識域レベル再び降下し始めました。
早乙女:無意識領域に気をつけて。
水森 :レベル4。なお降下中。
桂木 :大丈夫?
早乙女:大丈夫。このこは強い。
桂木 :強い?
早乙女:人間でもめったにいないわ。強い自分がいる。それが抵抗しているだけ。
水森 :レベル5。なお降下中。
早乙女:愛を知るには最適なモデルだわ。ただ・・
桂木 :危険でも。
早乙女:大丈夫。心配しないで。
水森 :レベル6。なお、降下中。まもなく識域レベル突破します。
桂木 :無意識の領域ね。
早乙女:まだまだ分からない事だらけよ。けど大丈夫。
警戒音発生。
早乙女:どうした。
水森 :拒絶心因反応。強度4で起こっています。・・まもなく無意識領域に突入。
早乙女:プロカイン、コンマ3注入。そのまま降下。
桂木 :本当に・・
早乙女:黙って!
水森 :カウント20で無意識領域。19、18、17・・
水森のカウント続く。鼓動音急速、水滴の落ちる音も急速。ヘレン苦しそう。
ヘレン:坂崎さん!
水森 :4、3、2、1。識域突破。
音変わる。無意識領域へ突入。
早乙女:ヘレン。聞こえる?あなたの人工記憶をはぎ取り、本当のあなたを引き出すわ。苦しいけれど頑張って。
水森 :無意識領域レベル3降下。
早乙女:ここからは、無意識の海が広がっているわ。ヘレン、あなたの本当の自分がこの海のどこかに眠っている。いま、探すからね。水森、 レベル10で停止。
水森 :レベル4降下。
警戒音発生。ヘレンの悲鳴。
水森 :アナフィラキシー発生。強度4。
早乙女:プロカイン、コンマ8注入。どのあたり。
水森 :意識経度百四十五度。緯度三十四度。大脳最深部です。
桂木 :何、何が起こったの。
早乙女:過剰反応ね。どうもどこかで一度意識をつついているよ。文化省あたりじゃないの。
桂木 :そんなはずは。
早乙女:分からないわ。最新モデルでしょ。芸術タイプの。
桂木 :ええ。
水森 :レベル6降下。アナフィラキシー強度8。
早乙女:プロカイン、コンマ3。ショックに気をつけて。・・・商品価値高める為、それぐらいやりかねないんだから。
桂木 :どうなるの。
早乙女:意識つつかれるのはすごく負担になるの。二度もやってりゃ、まず発狂するよ。普通はね。
桂木 :中止は?
早乙女:この深さじゃ無理。全力尽くすけど。
桂木 :ダメなの。
早乙女:なんとも。
桂木 :そんな。
音楽さらに変化する。鼓動音急速。
水森 :レベル8降下。アナフィラキシー強度7、安定してます。
早乙女:とにかく、全力つくすわ。あとはこのこの強さに掛けるのね。
桂木 :強さ?
早乙女:何かが支えているの。この子をね。
桂木 :笑ってるわ。
早乙女:けいれんよ。
桂木 :そうかもしれない。けれど。
ヘレン、幸せな微笑。
水森 :レベル10降下。・・止まりません!アナフィラキシー、強度8。変動しています。
早乙女:プロカイン、コンマ5。・・無理かな。
桂木 :・・こんなに幸せそうじゃない。
早乙女:ゲシュタルト崩壊の前に良くあるの。
桂木 :そんな。
水森 :レベル12降下。封印領域に入ります。
さらに、音が変わる。鼓動音・水滴音消失。懐かしい音になる。
桂木 :落ち着いたの。
早乙女:地獄の静かさよ。
水森 :レベル13辺境最深部封印領域突入。・・・何もありません!精神障壁ゼロ。対精神抗体ゼロ。原始記憶ゼロ。何もありません。けれ ど・・
早乙女:どうした。
水森 :そんなはずが。・・降下します!止まりません!
早乙女:ゼロモデルだ。
桂木 :何それ。
早乙女:レプリカントの芸術品だわ。噂では知ってたけど。本当にいたのね。完全な架空記憶。本当の自分なんて何もない。・・・だから沈め るだけ沈むのよ。
桂木 :どこまで。
早乙女:どこまでも。胎児の過去のさらに先まで。
桂木 :わからない。
早乙女:人としての意識を完全に閉じ、種の起源をさかのぼる。ゲシュタルト崩壊だわ。水森。モデル注入用意。
水森 :はい。
桂木 :どうするの。
早乙女:非常手段。本当の自分を植え付ける。
桂木 :何もないのに?
早乙女:この子の強さのもとがある。意識の海のどこかにね。
桂木 :何それ。
早乙女:わからないけど、やらなきゃ終わりだ。水森、見つからないか。
水森 :待って下さい。
探査音。
水森 :レベル15で反応があります!
早乙女:深いな。持つか。
水森 :もたせましょう。
早乙女:そうだな。イメージは。スキャンして見て。(桂木に)意識の電気信号をイメージにかえるのよ。
水森 :レベル14降下。アナフィラキシー安定しています。イメージ造影開始。
早乙女:プロカイン、コンマ2。
水森 :レベル15降下。反応顕著。
早乙女:造影して見て。
水森 :イメージが出ます。
画面にリボンのような長い紐のようなものが映る。
水森 :イメージでました!
早乙女:なんだろう。
桂木 :リボンかな。
早乙女:紐かな。DNAのようだな。少し違うか。なんだろ。
水森 :糸のようですね。長い、長い。
桂木 :糸?
早乙女:どこまでのびている。
水森 :わかりません。
早乙女:ちっ。よし、意識領域、及び識域へコピーする。
水森 :転写開始します。カウント10で浮上します。
桂木 :それだけでいいの。
早乙女:それしかやることがない。私たちができることなどしれているわ。後は待つだけ。
水森 :2、1。転写終了。アナフィラキシー発生。強度9。
警戒音発生。音変わる。
桂木 :これは。
早乙女:大丈夫。浮上する。
水森 :急速浮上し始めました。レベル12、レベル11。レベル10。アナフィラキシー安定します。
早乙女:ヘレン。ヘレン聞こえるか。・・目覚めたら君は人間だ。
ヘレン、幸せな微笑。
荘厳な音楽が重なり、ヘレンの意識が目覚めて行く。
立ち尽くす、桂木。研究員たちにより片づけられていく室内。ヘレンが立っている。
Zめざめ
戸惑っているヘレン。見守る桂木。
ヘレン:桂木さん。
桂木 :何?
ヘレン:変な感じ。(少し笑う)
桂木 :おかしい?
ヘレン:はい。
桂木 :何が?
ヘレン:分かりません。どこか自分でないような。
桂木 :自我が安定してないのよ。まだね。でも、新しく生まれたの、あなたは。
ヘレン:人間に?
桂木 :人間に。
ヘレン:・・・
桂木 :どうしたの。嬉しくない?
ヘレン:怖いんです。
桂木 :どうして。
ヘレン:(答えず)愛をしることできますか?
桂木 :たぶん。
ヘレン:・・・愛を失うことも。
桂木 :そうね。
ヘレン:どうして?
桂木 :人間だもの。
ヘレン:そうですね。
桂木 :豊かな感情、豊かな愛、豊かな人生。ヘレン恐がってちゃだめ。これからだから。
ヘレン:ジュリエットできるでしょうか。
桂木 :できるかじゃなくて、やるのよ。・・じゃあね。稽古場で会いましょう。
去る桂木。
ヘレン:坂崎さん。私人間になりました。ジュリエットできるでしょうか。
答える人はいない。
ヘレンを残したまま、パーティーになる。場所は北十字稽古場。
[壁の花
女子高生達パーティーの道具を持って入ってくる。
忍 :ねえ、ねえ。コップこのあたりでいいかな。
由美 :いいんじゃない。ねー、しーちゃん。
静乃 :うん。
忍 :あっ、これおいしそう。頂き。
由美 :行儀悪いわよ。
忍 :かめへん、かめへん。他人行儀なこといわんときーな。
由美 :他人よ。・・でもまあちょっとならね。(つまみかけてヘレンに気づき)おはようございまーす。
ヘレン:おはよう。
忍 :ねえ、ねえ。聞いてみよか。
由美 :何を。
忍 :だって、ね。手術したって聞いたわよ。ケンさんに。
由美 :へーっ。けどわるいわよ。
忍 :そうかなあ。
由美 :そうよ。ねっ、しーちゃん。
静乃 :そうよ。(強いので二人びっくりで押し黙る)
人々はいっってくる。
忍・由美:(間が悪いので)おはようございまーす。
由美 :ジュース持ってこよう。しーちゃん。
静乃 :ええ。(二人去る)
忍 :あっ、まって。
にぎやかなパーティー。三々五々劇団員たちがいる。ヘレンは一人で壁の花。なんとなく、皆避けている。
恵 :ねえねえ、のぶさん。
信 子:えっ、なに。あ、よっぱらってるな。
恵 :ばか。わたし、よっぱやってなんかいないですからね。・・わん。わん。ほや。
信 子:あ、あぶないなあ。わかったわかった。わかったから。
恵 :ね、さびしそー。
信 子:え、だれ。ああ、ヘレン。
恵 :そう。しゅゆつしてさびしそー。
信 子:しょうがないわねえ。はい、はい。
恵 :人間てそんなにいいもんかなあ。こや信子。返事をしろ、返事を。
信 子:はいはいいいもんですよ。人間は。
恵 :あ、ばかにしてゆ。人間なめたらあかんぞ。うえっ。
信 子:あ、おい。吐くならあっちでしなさい。
恵 :だいじょうぶい。おいら人間だかや。
信 子:だから危ないの。
恵 :うえっ。
信 子:飲み過ぎよ。
恵 :のぶ。つえてけ。
信 子:わかった。わかった。はい、はい、お姫様、お手を拝借。
恵 :よろひい。
恵、とたんにしゃきっとなって。ヘレンを見る。
恵 :一人らよ、ヘレン。
信 子:えっ。
恵 :うえーっ、つえてけーっ。ヘレンとこへ連えてけーっ。
信 子:へいへい。
信子、あわてて恵を別室へ連れていく。
ヘレン、ぽつんといる。
島崎 :暇そうだね。
ヘレン:島崎さん。
島崎 :しまさんでいいよ。
ヘレン:はい、しまさん。
島崎 :どんな気分だい。人間になった気分。
ヘレン:よくわかりません。なんだかふわふわして。
島崎 :ふわふわか。
ヘレン:はい。あまりいままでと変わった感じないです。でも。
島崎 :なんだ。
ヘレン:少し、寒い。
島崎 :風邪か?熱はなさそうだね。(と額にさわる)
ヘレン:いえ、ここがなんだか少し寒い。(心臓のあたりをさす)
島崎 :それは風邪じゃなさそうだね。
ヘレン:なんですか。
島崎 :人間の印さ。
ヘレン:人間の印?
島崎 :孤独な島。
ヘレン:孤独な島?
島崎 :人は誰も孤独な島を持つ。夜明けにはいつもその島に帰るのさ。
ヘレン:よくわからない。
島崎 :わからなくていいよ。ヘレンはもっと楽しまなくては。
ヘレン:楽しむ?
島崎 :そうだ。世界の苦悩を一身に背負うなんてはやらないぞ。ヒロインはもっと陽気にならなくちゃ。おーい。
と、坂崎を呼ぶ。ヘレンが一歩ひく。気づくが知らんふりをする島崎。
坂崎 :かえってきたな。
ヘレン:はい。
坂崎 :どうした。元気がないな。しまさんがいじめたんじゃないのか。
島崎 :ざきさん、かついれてやれよ。
坂崎 :どうしたヘレン、なやみでもあるんか。
ヘレン:いいえ。
坂崎 :なら、いい。お前はジュリエットのことだけ考えればいい。
島崎 :そうそう、俺は借金のことだけ考えればいい。
坂崎 :金はしまさん。
島崎 :演出ざきさん。
坂崎 :芝居はヘレン。
島崎 :この世は役割分担だよ。人の分まで仕事とっちゃあいかん。それはお節介だ。
ヘレン:島崎さんっておかしいこといいますね。
島崎 :そうかあ。はっはっ。しまさんでいいよ。言って見ろ。ほら。
ヘレン:しまさん。
坂崎 :おれはざきさんでいいよ。
ヘレン:さかざ・・ざ、ざきさん。
坂崎 :こら、ヘレン。女優は台詞をちゃんと言え。
ヘレン:すみません。
島崎 :こらこら、ひがむな。
坂崎 :何いってんだ。
三人笑う。たわいないほのぼのした雰囲気。ところへ。
如月 :(かなり酔っている)おやすくないわね。
島崎 :よってるね。
如月 :悪い。あたしが酔ってちゃ、悪いわけ。
島崎 :体に悪いぜ、そんなにのんじゃ。
如月 :ご忠告感謝します。しまさんにかんぱーい。(持っていたグラスを一気に空ける)
島崎 :無茶のみしちゃって。しらねえよ。
如月 :あら、しまさん、私の体がそんなに心配。(当たり前だろという言葉は弱い)ふん。桂木薫の間違いじゃないの?あら、ざきちゃん。 いらっしゃい。お芝居上手く行くといいね。借金もなくなりゃばんばんざいか。
坂崎 :もういいだろ。
如月 :よくないわよ。ざきさん、いいたいことありますからね。しまさんお酒!ないわよ。ついでよ。(しょうがねえなあと島崎グラスを持 って酒を注ぎに行く。ふらふらしている如月。)
如月 :あら、あらあらあら。ヘレンじゃないの。(今初めて気づいたとことさらに言う感じ)ヘレン。おめでとう、人間様になってよかった わね。
ヘレン:ありがとうございます。
如月 :あら、お礼なら桂木さんか島さんにいったら。私は言われる筋合いないもの。
坂崎 :おい、もういいだろ。
如月 :なにがいいもんですか。いい、レプリが人間に出世する時代よ。(声が大きい。室内の会話と時間が一瞬止まり、また流れる)何が起 ころうと不思議はないけど。(島崎あわてて戻ってくる)
島崎 :ほい。
如月 :ありがと。(と、一気に飲む)はい、もういっぱい。もういっぱいといってるのよ。
島崎 :(声がマジ)いい加減にしたら如月ちゃん。
如月 :いい加減にしてもらいたいのはこちらよ。人間になろうとどうだろうとレプリとやるのはいやよ。理屈じゃないの。これは。どうして もというなら降りるわ。
島崎 :じゃ、おりたらいい。
如月 :何ですって。
島崎 :ここまで来て芝居つぶすつもりなら、それでも言い。降りたきゃ降りろ。そのかわり北十字はやめてもらう。それがいやなら、ヘレン とやるんだ。
如月 :いやよ。人間の皮かむったレプリなんかとやるつもりないですからね。
島崎、平手打ち。凍り付く周辺。
島崎 :すまん。でもきみは酔っている。酔っていて何を言ってるのか分からない。今聞いたことは忘れよう。君はもうかえった方がいい。星 野君。
星野が連れに来る。しまさんがぶった。と泣く如月を連れて去る。
ケン :大丈夫ですか。
島崎 :ああ、酔っぱらってるだけさ。明日になれば後悔するよ。
ヘレン:すみません。
島崎 :いいって。あれぐらいがちょうどだよ。いい薬になったろ。あれで、結構本気になるといい芝居するからね。
ケン :それにしてもひどいことを。
ヘレン:いいんです。ほんとうのことだから。
ケン :なにいってるんだよ。
ヘレン:私は今人間かもしれない。けれど人間になったとは思えないんです。何かが違う気がして。如月さん本当のことをいった。私、人間の 皮かむったレプリです。
ケン :そんな。
ヘレン:でも、きっと私人間になります。脱皮します。
島崎 :脱皮?
ヘレン:いままだ皮かむってますから。
島崎 :なるほど。ケンなら猫かぶってるものな。
ケン :えっ、なんですかそれ?
ほのぼのした笑いがもどる。夏子がくる。
夏子 :ケン。ちょっと来て。
ケン :えっ、なに。
夏子 :いいから。・・ああ、しまさん桂木さんがお見えですよ。
島崎 :薫が?
桂木が入り口に立っている。やっほーっと手を振る桂木。
島崎 :しょうがねえなあ・・(といいつつ嬉しそうに去る)
夏子 :ヘレンよかったわね。頑張ってね。
ヘレン:はい。
夏子 :いきましょう。あっちに美味しい食べ物あるから。
ケン :ああ。じゃヘレン、またあとで。
腕を取って引っ張っていく。ヘレンの周りに空間ができる。誰もがヘレンの周りをながれそして去る。
坂崎が黙ってみている。
ヘレン:・・さむい。・・人間ってこんなに寒いものなの。・・(周りを見渡す・にぎやかな情景)こんなににぎやかでこんなに温かいのに。 ・・ねえ、夏子さん。・・しまさん。・・桂木さん。・・ケンさん・・・
ヘレン歩き出す。人々は巧みにヘレンを避ける。歩き続けるがヘレンは誰とも話すこともかかわることもできないまま立ち尽 くす。人々がパーティー道具を片付けながらヘレンの周りを流れて去って行く。
ヘレン:坂崎さん。ヘレンよく分からない。ジュリエットこんなに寒かったのでしょうか。大勢の家族、大きなお屋敷、沢山の友人。ロミオが くるまでジュリエットこんなに寒かったんでしょうか。分からない。なぜ、ジュリエットしんだのですか。ロミオと会ってあったかく なったのではないのですか。私、少しもあったかくないです。紅い糸はどこにあるんでしょう。星も見えないです。私、とても寒くて 痛いです。助けて下さい。・・ざきさん・・
坂崎 :さあ、今日は最終リハだ、頑張ってくれ。
一転して、最終リハになっている。キャストスタッフが入ってくる。
\失踪
坂崎 :皆、いるな。いよいよ、本日限り。根性いれてやってくれ。じゃ、バルコニーの場から行こう。用意して。・・はい。
ヘレン、ジュリエットの台詞。けれどそれはロミオに言っているのではない。
ヘレン:おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオ?お父様と縁を切り、ロミオと言う名をおすてになって。それがだめなら、私を愛す るとちかって、そうすれば私もキャビレットの名を捨てます。
星野 :もっと聞いていようか、いま話しかけようか。
ヘレン:私の敵といっても、それはあなたのお名前だけ、モンタギューの名を捨ててもあなたはあなた。だから別のお名前に。ロミオ、その名 をお捨てになって、あなたとかかわりのないその名を捨てたかわりに、この私を受け取って。
星野 :うけとります、お言葉通り。恋人と呼んで下さい、それが僕の新たな名前。これからはもう決してロミオではありません。
ヘレン:どなた、夜の暗さにひそみ、この胸の秘めた思いをお聞きになったのは。
星野 :ぼくがなにものか名前を聞かれてもどうお答えしてよいのやら。
ヘレン:あなたはロミオ?
星野 :いいえ。どちらの名前もお気に召さぬ以上。
ヘレン:どのようにして、ここに?何のために?この家のものに見つかれば死の入り口となりましょう。
星野 :恋がなしうることならどんな危険も恋はおかすもの、・・・ざきさん。
坂崎 :なんだ。止めるな。
星野 :やっぱりだめですよ。・・ヘレン誰に向かってしゃべってんだ。
ヘレン:ロミオ・・です。
星野 :前にも言ったけど、ロミオに興味ないジュリエットなんて、ギャグでしかありませんよ。やめてくれませんかねえ。ピエロになるのは まっぴらだ。
坂崎 ::星野。
星野 :ざきさん。確かに感情が前よりよくでてることはみとめるますよ。けど、ねえ。
ヘレン:すみません。
如月 :星野君じゃ相手不足じゃないの。
島崎 :如月ちゃん。
如月 :ま、人間になったってことは確かよね。立派に色気づいちゃって。
ヘレン:私そんなつもりじゃ。
星野 :ざきさん、どうにかなりませんか。これじゃとてもやれやしない。
ヘレン:降ろして下さい。
星野 :何いってんの。ここまできてさ。よく言うよ。
ヘレン:すみません、星野さん。私、ジュリエットできない。星野さんのロミオ、一生懸命愛しようと思いました。(愛されなくて幸せだけど ねとつぶやく星野)でも、ダメです。星野さん、紅い糸結ばれてない。
星野 :紅い糸、何それ?
ヘレン:坂崎さん、言いました。人間はいつも半分だ。もう半分の相手がいる。小指の先に紅い糸を巻いている。糸を手繰って行ったその先に お前の相手がいるって。ジュリエットの小指はロミオの小指につながっていたかもしれません。でも、私の小指と星野さんの小指つな がっていない。私は星野さんを愛せない。だからダメです。私ジュリエットやれません。
星野 :おいおい、そりゃおとぎ話だよ。
ヘレン:私、完全な人間になりたい。愛をしりたい。だから、紅い糸結ばれてないとダメなんです。すみません。
島崎 :ヘレン。それは現実と芝居を混同しているよ。芝居は現実じゃない。
如月 :そうよ。いつも、いつも恋愛してたら、役者、身が持たないわよ。ふふっ。
ヘレン:でも、私人間の皮かむったレプリです。芝居も現実も同じ。レプリの人生ってそうでしょう。嘘の記憶に、嘘の人生。芝居と同じ。十 年立ったら、幕が降りる。人間は笑ってそれを見てればいい。でも、私本当の記憶、本当の人生、本当の愛しりたいです。紅い糸探し て本当に人間になって、人を愛したいです。だから私、ジュリエットできません。ロミオの星野さん愛していますいうこと嘘になりま す。星野さん、すみません。
星野 :あ、いや。・・いいんだ。
如月 :星野君。
ヘレン:すみません。みなさん。私、役降ろして下さい。お願いします。
ヘレン、ぺこっとお辞儀をし、突然駆け去ろうとする。
坂崎 :ヘレン。
ヘレン、立ち止まる。
坂崎 :待ってるぞ。ヘレン。
ヘレン:どうしてですか。坂崎さん。
坂崎 :ジュリエットだからだ。
ヘレン:私、ジュリエットやれません。見てたでしょう。
坂崎 :いいや、お前がジュリエットだ。
ヘレン:コード0009私はあなたを愛します。いえません、坂崎さん。
坂崎 :いえなくてもジュリエットだ。
ヘレン:ロミオに関心なくても。
坂崎 :関心なくても。
ヘレン:ダメです。
坂崎 :だめじゃない。
ヘレン:坂崎さん。
坂崎 :役は降ろさない。星野がロミオをやり、ヘレンがジュリエットをやる。そうだな、星野。
星野、うなづく。
ヘレン:星野さん。
坂崎 :頭を冷やしてこい。ヘレン。
ヘレン、坂崎を見る。何か言いかけそうだが、そのまま駆け去る。
島崎 :どうするざきちゃん。延期するなら何とかする。
坂崎 :いや、予定通りあす幕を開ける。ヘレンはきっと帰ってくる。
島崎 :自信があるんだな。
坂崎 :女優だよ。ヘレンは。
島崎 :じゃ、しかたがねえ。ざきさんのためにこころあたりさがしてみるか。
坂崎 :たのむ。
島崎 :紅い糸が切れなきゃいいが。
坂崎 :なんだ。
島崎 :こっちのこと。薫、頼むぜ。
桂木 :いいわ。
坂崎 :よろしくお願いします。
桂木 :幕開けまでには連れてきます。
桂木、去る。
島崎 :いい女だろ。
坂崎 :ヘレンにゃかなわない。
島崎 :女優だからな。
坂崎 :まあな。
島崎 :みつかるといいな。
坂崎 :ああ。
島崎 :星でてるかな。
坂崎 :曇ってて見えないよ。
島崎 :ヘレンにゃ見えるさ。
坂崎 :なぜ。
島崎 :人間だからさ。
坂崎 :ちげえねえ。
島崎 :待つしかないな。
坂崎 :ああ、待つしかない。
二人、じっと待つ。溶暗。鼓動音がゆっくりと始まる。
ヘレン浮かぶ。ゆっくりと走っている。
]紅い糸
鼓動音。探査音。無意識領域の音。「ペントール、コンマ5注入」等の手術時の声がエコーのように聞こえる。
薄明かりの人々が通り、後に紅い糸をひいて行く。迷路のような紅い糸の中に立ち止まるヘレン。台詞を言っている。
ヘレン:心の闇は誰にも
ヘレン、紅い糸をすくう。けれど、もろくも切れ、人は去る。
警戒音発生。ぐらっとくる。「アナフィラキシー発生」「プロカインコンマ6」。
又、一本切れ、又人は去る。よろめくヘレン。けれどあきらめない。
ヘレン:おお、ロミオ
紅い糸は次から次へと切れて行く。やがて、一本だけ残る。つながっている影のような人。
ヘレン引こうとする。一瞬ぴんと張り、そして切れる。切れ端がヘレンの手に残る。
アナフィラキシー強度5・プロカイン、コンマ3
ヘレン:・・・・
それでも、ヘレン、幻の紅い糸をゆっくりと手繰り続ける。
鼓動音に目覚めの荘厳な音楽が重なる。仕込の音がまじってくる。
☆エピローグ
開幕時のごたごたした音。チェックの声。
溶明。
ケン :20分押してます。客入れ始めますよ。
坂崎 :しかたないな。ここまで待ったんだ。始めろ。
ケン :しまさんとメグが探しにいきました。
坂崎 :わかった。いよいよならあきらめるさ。
ケン :ざきさん。
坂崎 :頑張ったんだがな。
ケン :必ず帰ってきますよ。
坂崎 :そうだな。
ケン :そうですよ。
坂崎 :裏、準備いいか。
ケン :バッチ。ぐーです。
坂崎 :照明チェックしとけよ。
ケン :はい。のぶさん、星つけてください。はい。ありがとう。
星が瞬く。
ケン :星に願いをか。
坂崎 :なんだ。
ケン :いえ、なんでも。大丈夫みたいですね。これでヘレンが。・・はい。音響、ok。あと、10分で1ベルです。
坂崎 :役者呼んでこいよ。
ケン :さっき、呼びにやりましたから。もうすぐ来ます。
というまもなく、役者たちやってくる。けれどみな、表情は固い。
如月 :帰ってくるの、あの娘。
ケン :大丈夫です。
如月 :ざきちゃんに聞いてるの。
坂崎 :大丈夫だよ。
如月 :本当に?
坂崎 :ああ。
如月 :ならいいけどね。星野君こっち。
一同、てきとうにスタンバイをする。深呼吸をするもの、準備体操をするもの。滑舌をするものなど。けれど緊張は高まる。
如月 :ねえ。
ケン :まもなく、一ベルうちます。
坂崎 :ああ。
如月 :ねえ。
ケン :板付きお願いします。
如月なにかをいいたそうにするが位置につく。
一ベルがうたれる。アナウンスが入る。
ケン :どうします。
坂崎 :くるよ。
ケン :しかし。
恵がかけ込んでくる。
恵 :坂崎さん、いました。島崎さんがつれてきます。
一同振り返る。
島崎と桂木に抱えられてヘレンがいた。
坂崎 :ごくろう。
島崎 :何。ざきちゃんのためならえんやこらだ。
ヘレン、自分の力でたつ。
坂崎 :お帰り。
ヘレン:・・・はい。すみませんでした。
坂崎 :違うな。
ヘレン:?
坂崎 :おはようございますだ。
ヘレン:・・おはようございます。
坂崎 :うん。・・本ベルだよ。
ケン :一分で本ベルいきます。
坂崎 :自分を信じて。
ヘレン:私、紅い糸を見つけました。
坂崎 :え。
ヘレン:なんでもないです。頑張ります。ありがとう、坂崎さん。
ヘレン、定位置にたつ。
ケン :板付きお願いします。音響さんいいですか。
静まり返る。桂木がそっと坂崎にいう。
桂木 :あの娘、気力だけで立っているの。
振り返る坂崎。ヘレン、少しグラっとする。
ケン :星、お願いします。
星が出る。
坂崎 :なんだと。
桂木 :あの娘、壊れかけてるの。レプリには無理だったのよ。
桂木泣く。
坂崎、ヘレンを見る。ヘレン、ゆっくりと崩れ落ちる。
坂崎 :ヘレン!
ケン :ざきさん。
坂崎 :動くな!
坂崎駆け寄る。一同、動けない。ヘレンを抱き起こす。
ヘレン、なにかいいたそうにする。
坂崎 :しゃべるな。もういい。静かにしてろ。
ヘレン:ざきさん。ざきさん。
坂崎 :なんだ。
ヘレン:星出てますか。
坂崎 :ああ、でてる。でてるからだまってろ。
ヘレン:私、レプリカント。でも女優です。そうですね。
坂崎 :そうだ、お前は女優だ。
ヘレン:見えない。でも台詞いいたい。
坂崎 :ケン!
ケン :はいっ。
坂崎 :星もっと出ねえか。
ケン :・・・はいっ。照明さん星もっと出して下さい。
満天の星がでる。
坂崎 :星があんなに。ヘレン、星がふってるぞ、いっぱい、いっぱい降ってるぞ。
ヘレン:私の星どれですか。
坂崎 :全部お前のものだよ。
ヘレン:うれしい。・・・コード0009、私はあなたを愛します。コード0009、私はあなたを愛します。
坂崎 :いいんだ。いいんだ。もういうな。
ヘレン:コード0009、私はあなたを愛します。私はあなたを愛します。
坂崎 :感情はいってるぞ。
ヘレン:紅い糸見つけました。ざきさん・・私はあなたを愛します。私はあなたを愛します。
坂崎 :私はあなたを愛します。
ヘレン:私はあなたを愛します。私はあなたを愛します。
坂崎 :いい台詞だ。
ヘレン:私はあなたを愛します。私はあなたを愛します。私はあなたを愛します。
坂崎 :いい台詞だ・・・
星の輝き。永遠の恋人たちがそこにいる。
ヘレン:コード0009・・・私は・・あなたを愛します。・・私は・・・あなたを・・・愛します・・・愛します・・・愛します・・・愛・・・愛・・・
坂崎 :お休み、ヘレン・・・
坂崎、ヘレンを抱いて星を見る。幻の本ベルがなる。
坂崎 :・・・ヘレン、・・・・幕があがるよ。
星が微笑んでやさしく二人を包み、ゆっくりと幕があがる。
【 幕 】
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