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 「第三ラジオ体操の夏」
                     
 
★登場人物
未来(みく)・日之本学園少年ラジオ体操クラブ員。絵日記をつける。
ヒカル・・・・日之本学園少年ラジオ体操クラブ員。愛嬌。文学少年。病弱。
ナルミ・・・・日之本学園少年ラジオ体操クラブ員。陽気な写真大好き少女。
ケン・・・・・日之本学園少年ラジオ体操クラブ員。活発で口が悪い体育系。
大沢・・・・・日之本学園少年ラジオ体操クラブ員。後に日之本学園ラジオ体操愛好会を結成。
先生・・・・・日之本学園教師。自由をモットーにしているが・・・。
子供たち・・・日之本学園の子供たち
 
 
 
★プロローグ
 
        地鳴りが始まる。
        大音響。
        母さん、響子、などと人々がそれぞれの家族の声を呼ぶ声が阿鼻叫喚のように交錯し、高まり「母さーん!」で        パンと切れる。
        蝉の声が聞こえる。幕が上がる。
        旧式の巨大なラジオから、音楽が流れている。
        廃虚の広場らしき中で少年少女たちがラジオ第一体操をしている。
        未来が絵日記を書いている。
 
未 来:八月十五日。今日も一日クソみたいに暑い。日之本町の空気は乾いてカラカラだ。これは、絶対どこかで雨が降っている    せいに違いない。だってそうでなければバランスがとれない。世の中はどこかでバランスがとれるようにできているんだ    と父さんはいつも言っていた。それにしても今日はあの地震や津波が嘘みたいな青い空だ。日之本学園は地震で見事にぶ    っつぶれてしまった。でも、子供たちは元気だ。なんてたって、うっとおしい学校だったんだもの。おかげですっきりさ    わやか、清々した夏休みだ。いつまでもつづけばいいのに。それにしてもクソ暑い。
 
        セミの声が大きくなる。一糸乱れず力強くみんな体操をする。
        日記を書き続ける未来。少女が出てきて、古い蛇腹のついたカメラでカシャッ。
        暗転。
        蝉の声が耐え難いほど大きくなって。
 
T少年ラジオ体操クラブ
 
        ふっと声が消えると、溶明。朝。荒廃した広場。上手に少し土手がある。
        少年ラジオ体操クラブ員たちが無駄話をしている。
        体操の練習をしているヒカル。缶けりしながら茶々入れたりコーチしたりするケン。縄飛びする、未来。
        めいめいスタンプを押したカードを持っている。
        ナルミが、使い捨てカメラで、しきりに写している。ポーズを取ったり、とられたり。
        使いきったらしい。
 
ナルミ:あーあ。もう終わっちゃった。
ケン :ナルミがバカみたいに写すからだよー。
ナルミ:バカで悪かったわね。写してやらないから。
ケン :ナルミに写されたら、顔腐るっちゃ。
ナルミ:ケン写したら、カメラ、壊れまーす。
ケン :ちぇっ。
 
        ナルミ、イーをして。
 
ナルミ:ヒカル。
ヒカル:(体操をやめて)なに。
ナルミ:そんなにはりきって、大丈夫?
ヒカル:うん。今日は調子いいんだよ。熱も出てないし。ほら。
ケン :調子こいてー。後で泣いてもしらねえぞ。
ヒカル:大丈夫だって。・・それにしても暑いねえ。
ケン :朝からこれじゃ、くたばっちまうよな。
未来 :大地震からこっちずっとこれだものね。
ケン :地震か・・
ナルミ:未来いつまでいるの。
未来 :夏休みが終わるまではね。
ケン :せっかく慣れたのにな。
ナルミ:地震さえなければね。(いって、はっとする)
 
        気まずい、間
 
未来 :(明るくとりなして)あ、でも、地震があっても、やっぱり夏休みっていいよ。
ヒカル:(合わすように)当たり前。夏休みは豪勢な時間だよ。
ナルミ:(救われて)豪勢なってのは感じが出てるわ。さすが文学少年。
ヒカル:照れるなあ。
ケン :夏休みかあ。
未来 :夏休み!
 
        ぱっとポーズを取る未来。
 
ケン :おっ。
未来 :夏休みのナイスなものっ。ギラギラ太陽。
ヒカル:吹き出る汗。
ナルミ:さわやかな風。 
ケン :広い海。
ナルミ:草いきれの八月。
ヒカル:麦わら帽子のにおい。
未来 :朝顔の露。
ナルミ:夕方の行水。
ヒカル:やりたいこといっぱい。
ケン :宿題もいっぱい。
ヒカル:あーあ、ムード壊す。
ケン :人生甘いもんやおまへん。学力低下は親不孝の始まりだす。
ヒカル:はいはい。
ナルミ:そういえば、絵日記どうする。
未来 :描きたくないなあ。
ヒカル:先生におこられるよ。
未来 :でも、なんだか描くのもったいなくて。
ナルミ:どういうこと。
未来 :新しいノートのにおいと同じさ。真っ白なノートって何かやる気おこるだろ。
ナルミ:ノートのにおいか。あれってなんだか自分の可能性信じられるわ。
ケン :可能性だあ?
ナルミ:よーし、勉強やったるぞって。
ケン :と、一ページ目には書いておこう。
未来 :夏休みっていっぱいやりたいことあるだろ。
ナルミ:もちろん。泳ぎに行きたいし、花火もいかなきゃいけないし・・
未来 :これからだと思うと、何かわくわくしてこない。
ケン :わくわく?
未来 :ああしようか、こうしようかって。自分の未来を試してる。真っ白いと何かが起こる。そんな気分ていいじゃない。
ヒカル:予定は未定か。
未来 :未定は未来(みらい)さ。(とポーズ)
ヒカル:かっこいい。
ケン :わくわくするな。宿題どっさり残して廊下に立たされる未来の可能性。
ナルミ:それはいただけないわ。
未来 :(笑って)・・でも、そんな本当の夏休みがあるはずなのになあ。
ナルミ:本当の夏休み?
ケン :じゃ、偽物か。いまの。
未来 :そうじゃないけど。何か違うんだな。
ヒカル:問題は充実感!(と、ポーズ)
 
        未来、うなづく
 
ケン :充実感だぁ?
ヒカル:君は本当に全力で夏休みしてるか!
ナルミ:全力でっと言うところが味噌ね。
ヒカル:文学的と言ってもらいたい。
ナルミ:と結論が出たところで、文学的な一枚を。ジャン!(と、新しい使い捨てカメラを出す)ほれ、ほれ、文学的ポーズ!根    性入れて!はい、ポーズ。カシャッ。
 
        それぞれ根性だして文学的ポーズ。終わって、それのどこが文学的だとかなんとか。
 
ヒカル:文学いいけど体操しないの。
ケン :だって先生こねえよ。スタンプもらえねえだろが。
未来 :そういや、大沢君、来てないね。
ケン :いつものことだろ。終わり頃ちょこっと来て、スタンプだけ押してもらうのさ。
ナルミ:あれ、ずるいわよね。
ケン :要領がいいんだよ。
未来 :夜遅くまで勉強してるんだって。
ケン :あー、そうでございますか。秀才様はえろうございますね。
ヒカル:人のこといいからやろうよ。
ケン :しゃあねーなあ。ナルミ。音、音。
ナルミ:スタンプどうするの。
ヒカル:あとでいいよ。みんなが証人だ。
ナルミ:じゃ。いくわ。ミュージックスタート。
ケン :あれがミュージック?
ナルミ:うるさい。
ケン :へえへえ。
 
        音楽かかる。ナルミ、第一体操はじめる。みんなも始める。
        未来、しない。
 
ヒカル:どうしたの。(と、とまる。みんなも何となく止まるがケンだけやっている。音楽は流れる)
未来 :せっかくの夏休みだろ。
ヒカル:そうだよ。
未来 :違うやつやろうよ。
ケン :ちがうやつって。
未来 :もう一つのラジオ体操。
ナルミ:おもしろそう。
ケン :いいじゃんかこれで。めんどくせえよ。
未来 :だけど、何か今一つなんだよね。
ヒカル:マンネリだもんね。
未来 :わかるよね。
ケン :わかんねえなあ。
ナルミ:充実感がないっていいたいんでしょぅ。
ケン :ちぇっ。俺なんかばりばりだぜ。ばりばり。ほら。(白い目で見られる)・・いいよ。それなら第二体操でもやるか。
未来 :第二体操しようってんじゃないんだよ。
ヒカル:じゃ、なに。
未来 :第一体操ボクたちがつくったものじゃないだろ。
ケン :当たり前だろ。
未来 :だから面白くないと思うんだ。
ヒカル:えーっ、未来、まさか体操をつくるつもり?
未来 :ピンポーン。
ケン :ムリ、ムリ。できゃしねえよ。
ヒカル:それで。
未来 :それでさ。第一でも、第二でもない・・。
 
        アンビリーバブー、アンビリーバブーと歌いながら先生の声。
 
ナルミ:あっ、先生だ。
 
        先生がくる。大沢もくっついてやってくる。
 
ケン :大沢、遅いぜ。
大沢 :ごめんなさい、塾の準備してて。
ケン :へー、頑張るな秀才は。
大沢 :そんなことないですよ。ふつうです。
ケン :ああそうですか。
 
        謙遜してしまう大沢。舌打ちするケン。
 
先生 :はいはい、みんな今日も一日元気ですか。
ケン :元気だよ!先生、スタンプ。
先生 :けっこう。けっこう。スタンプは後でね。(チェッとケン)では、ラジオ第一体操を始めましょう。日之本学園少年ラジ    オ体操クラブ。ラジオ第一体操はじめ!
 
        第一体操始まる。
 
先生 :はい、手をあげて。横へまわして。はい。ヒカル、元気になったわね。けっこうけっこう。ナルミみたいにきっちりやる    のよきっちり。ケン!てをぬくな。大沢、何じゃそりゃー。泥鰌すくいかーっ?
大沢 :手足が言うことを聞きません!
先生 :アンビリーバブー!、自分の手足だろが。もっとメリハリつけて。はい、一、二、三、四・・・。
未来 :先生!
先生 :なに?未来。
未来 :(体操続けながら)もっと別の体操したいです。
先生 :(体操続けながら)もうあきたの。根性ないわよ!
未来 :新しい体操を創ってみたいんです。
先生 :どうして。
未来 :だって、夏休みじゃないですか!
先生 :なるほど。キラリン。(と、目が光って体操やめる)
未来 :えっ。
先生 :キラリン。よーし。休め!
 
        第一体操やまる。どうしたの。もうおわりか。
 
大沢 :体操終わってませんけど。
先生 :いいんだ。大沢。先生はうれしい!
ヒカル:どうして。
先生 :ヒカル、先生はひじょーにうれしい。
未来 :なにが。
先生 :日之本学園少年ラジオ体操クラブ!全員気をつけ!
 
        全員あわてて気をつけ。
 
先生 :番号!
 
        1・2・3・4等と。
 
先生 :直れ!
 
        直る。
 
先生 :みんな・・・みんな、偉いっ!
 
        一人、一人、抱いて感動する先生。
        粛とした間。
 
先生 :あのアンビリーバブーな日之本町大震災で、日之本学園のみなさんは何もかも失いました。ナッシング。何にもありませ    ん。勉強道具や家や着物が燃えました。お父さんやお母さんが家の下敷きになりました。お姉さんやお兄さんが大津波に    呑まれました。ミゼラブルです。悲しい、とても悲しいことです。でも、それらは胸にしまいましょう。悲しみは胸に、    希望は眼(まなこ)に。新しい、日之本学園と日之本町が夏の終わりに生まれます。いいえ、生まれなければならないの    です。この夏の終わりに復興記念として行われるラジオ体操大会に向け、皆さんは頑張りましょう。この夏はラジオ体操    の夏です。あなた達日之本学園少年ラジオ体操クラブ員は全力で頑張りましょう。それがみなさんの仕事です。それを思    うと、先生は、深く、深く感動しています。
ケン :(途中から)おい。はじまっちゃったよ。未来。
未来 :ごめん。
ヒカル:あれはじめると長えんだよ。
未来 :ごめん。
ナルミ:しーっ。
先生 :いまみなさんの中から、新しい体操を創ろうとフレッシュな提案がありました。みなさん自身が自主的かつアクティブに    行動することは、新しい日之本町にふさわしいデモクラシーだと先生は考えます。いかが?
 
        みんなだらけてる。
 
先生 :いかがかな!
ヒカル:えっ。(脇をつっつかれて)えっ。はい。はい。はいっ。わかります!
先生 :先生はひじょーにうれしい!
ナルミ:ねえ。結局どう言うこと。
ヒカル:さあ。
ケン :ばか。
未来 :新しい体操を創ろうってことだよ。
ケン :先生。それでどんな体操。
先生 :ホワット?
ケン :おしえてくれよ。新しい体操とか言うヤツ。
先生 :バカーっ!バカ、バカ、バカーッ!ファックユー!アンビリーバブー!
 
        みんな、びびる。
 
先生 :そんなものはありません!
ケン :なんじゃそりゃー。
先生 :言ったでしょ。あなたたちがつくるんです。新しい時代の新しい体操を。子供たちの子供たちによる子供たちのための体    操。うん。デーリシャス。グレイトフル。フリーダム。デモクラシー!オブザピープル、バイザピープル、フォアザピー    プル!ああ、先生、感動!
 
        と、去る。
 
ケン :えーっ、いっちゃったぜ。
大沢 :スタンプ押してないよ。
ナルミ:あり。あんなの。
ヒカル:よんでこようか。
ナルミ:うん。早く、早く。
大沢 :ぼく、行って来る。
 
        駆け出す、大沢。
 
ケン :おれも。
 
        行こうとする、ケン。
 
未来 :まって。
ケン :どうした。
未来 :キラリン。
ヒカル:えっ。
未来 :キラリン。ほら。(目を指す)
ナルミ:何?
未来 :これだよ、これ!
ヒカル:へっ?
未来 :子供の子供による子供のための体操。第三体操だ。ボクたちの体操。
ナルミ:ぱくりっぽいな。それって。
ヒカル:わかった。リンカーンだ。
未来 :ピンポーン!第一だって第二だって悪くない。でも、第三体操がもっとロマンあるよ。だって、僕らの体操だから。僕ら    だけのものだから。ねえ、創ろう。
ケン :ロマンはいいけど、スタンプどうすんだ。押してくれるか?
ナルミ:大沢君に任しときなさいよ。うまくやってくれるわ。
ヒカル:オリジナルか。
ケン :第一より有利だな。優勝確実か。よっしゃ分かった。
未来 :では。ラジオ体操大会に向けて。
ナルミ:少年ラジオ体操クラブ特製オリジナル。
ヒカル:ラジオ体操第三。
全員 :スタート!
        
        第三ラジオ体操の歌?
 
全員 :オッペケペ、オッペケペ、オッペケペッポ、ペッポッポ!第三体操始めてみれば、自由、自由の声がする!ほらオッペケ    ペ。オッペケペ、オッペケペッポ、ペッポッポ!
ナルミ:だーっ!
ケン :ちょとまて!
ナルミ:だっさーい。
未来 :ロマンのかけらもないね。
ヒカル:だれだい、言い出したの。
未来 :ゴメン。反省・・。
ナルミ:やっぱり、先生に頼んだら。
ヒカル:それじゃ、意味ないよ。
ナルミ:じゃ、どうするの。
未来 :もうすぐ、林間学校があるよね。
ケン :スイカ割りに花火大会付きってやつな。
未来 :環境変われば、なにか、いい知恵でるかもしれない。
ナルミ:なるほど。「所変われば品変わる」ね。
ケン :お前、変なことしってんな。
ナルミ:わらわをあなどるでない。
ケン :バラドルみたいな顔をして。
ナルミ:なによ!
ヒカル:わかった。わかった。林間学校でつくろう。OK?
未来 :それまでに、各自アイデアだしとくこと。いいね。
ヒカル:では。林間学校で。
全員 :林間学校で!
 
        全員散って行く。
        走り込んでくる大沢。
 
大沢 :おーい。スタンプだよ。あれ・・ひどいな。もう帰ったの。・・みんなスタンプ要らないのか。おーい。知らないよ。み    んなのもらうからね。・・要らないんだろ。・・もらっちゃうよ。・・ふふ。・・ふふ。・・(空を見上げ)暑いなあ。
 
        全員のものをもらう大沢。にやっとする。
        蝉時雨。        
        楽しげな夏休みの音楽が流れる。
        大沢とすれ違いながら、土木作業員が現れ、ラジオを解体し、持ち去る。土手が少しつながる。
        町は、少し復興した。
        
V林間学校T
 
三人 :馬鹿く暗いダミ声に雪崩は崩れ花も散る。ピンクの山脈ネオンの桜ちゃーっちゃちゃちゃちゃ、夜の街今日も明日もげー    ろーを吐く!
 
        林間学校への道。未来とナルミとケンがアホな歌を元気に歌いながらやってくる。なんちゅう感覚や。
        ケン、蝉を見つける。取り損なうケン。すかさずカメラに収めるナルミ。
 
ナルミ:やった!
ケン :ちぇっ。
ナルミ:目が悪いんとちゃう?
ケン :2.0だよ。
未来 :へーっ。
ナルミ:チッチッ。甘い、甘い。あたしなんか4.5よ。
未来・ケン:4.5!
未来 :そんな、法外な。
ナルミ:ほんとだって。
ケン :ほらもたいがいにせえよ。
ナルミ:あら、私、蟻のまつげ見えるわよ。
未来・ケン:蟻のまつげ!
未来 :そんなん有り?
ナルミ:蟻だから有り。
未来 :うっそー。
ナルミ:ほらあそこ!
ケン :えっ何。
ナルミ:蟻がおしっこしてる。あれは雄よ。
ケン :なぜ。
ナルミ:だって立ちションしてるもの。
未来 :えっ、ほんと。どこ、どこ。
 
        ひっかけるナルミもナルミだが、ひっかかる未来も未来だ。
 
ケン :あーあ、アホやっとらんで行こうぜ。
ナルミ:せかさなくてもいいじゃない。
未来 :ヒカルも来ればよかったのに。
ナルミ:お父さんなくなったんでしょう。昨日初七日だったって。
ケン :地震が悪いんだよ。
ナルミ:せっかく助かったのにね。
 
        ちよっとした間
 
ナルミ:どうするの。
ケン :早く行こうぜ。
ナルミ:スイカ割りねらいでしょ。
ケン :あたり!
ナルミ:食い気ばっかりだから。
ケン :スイカ割り無くして林間学校を語ること無かれだよ。
未来 :あっ、なんだか文学。
ケン :俺だって、言うときゃいうんだよ。じゃな。先行ってるぞ。
ナルミ:(脇に向かって柏手)ケンが食べ過ぎて下痢しますように。
ケン :食欲魔人の辞書には下痢の文字はない。さらばだ、諸君。ぬはははは!
 
        ケン、風のように去る。
 
ナルミ:何がぬははなんだか。・・未来。
未来 :何?
ナルミ:ほんとに第三ラジオ体操つくるつもり?
未来 :・・地震が来たとき覚えてる?
ナルミ:何?突然。
未来 :ナルミは父さん。
ナルミ:未来?
未来 :ボクは母さん、響子。
ナルミ:未来・・それは。
未来 :ヒカルも父さん結局なくなった。・・朝だったね。
ナルミ:8時過ぎだったわ。
未来 :ボクはむしゃくしゃして一人で学校へ行こうとしてた。でがけに響子と喧嘩して、母さんに叱られたんだ。父さんが生き    てたらってあの日も言った。ボクはむっとして、なら、死んだらいいじゃないかっていってしまった。いつまでも父さん    父さん言ったってしかたないだろうって。待ちなさい未来!知らないよっ!ってボクは走って横町の角まできて、後ろを    振り返った。母さん悲しそうに見てた。ゴメンなさいって言って学校行こうと思い叫ぼうとしたとき、あれが来たんだ。    ボクは、母さんに謝ることができなかった。
ナルミ:未来。
未来 :母さんと響子夏休み楽しみにしていた。亡くなった父さんのふるさとへ旅行するはずだった。でも、もうどこへ行くこと    もない。
ナルミ:それで。
未来 :ボクは母さんや響子の分まで夏休み楽しむことにしたんだ。自分勝手かも知れないけどそうすれば母さんに言えるんだ。    ごめんなさいって。
ナルミ:それで、第三体操?
未来 :うん。自分でもよくわからないけれど、第一体操じゃ絶対ダメだって思う。
ナルミ:わかった。
未来 :えっ。本当。
ナルミ:ダメだってとこだけね。やっぱり気合いね。
未来 :気合い?
ナルミ:そう。気合い。誰にも負けない気合い。これがなければただのわがままだもの。
未来 :なるほど。気合いか。
ナルミ:わがままじゃない。
未来 :誰にも負けない。
二人 :ボクらの第三体操!
ヒカル:ボクもまぜてよ。
 
        ヒカルがいた。
 
ナルミ:ヒカル!
未来 :ヒカル・・でも。
ヒカル:父さん?うん。初七日も終わったし。母さんが行って来なさいって。・・母さん、バカみたいに気使って・・。
未来 :ヒカル・・
ナルミ:(元気よく)行こう。ケンたちもう行ってるから。
ヒカル:うん。・・あっ、・・ほら、さっき森の入り口で捕まえたんだ。
未来 :あっ、鬼ヤンマ。
ナルミ:すっごーい。
ヒカル:ねっ。こうして。
ナルミ:あっ。
 
        鬼ヤンマを逃がそうとする。
 
未来 :逃がすの。
ナルミ:もったいない。
ヒカル:いいんだ。こいつにも子供がいるかもしれないだろ。
未来 :そうだね。
ナルミ:そう言われると・・逃がしてやるか。
ヒカル:だね。・・ほら、飛んでいけ。
 
        ヒカル、見事な鬼ヤンマを放す。鬼ヤンマくるりと回って青い光の彼方へ飛んでいく。
        ナルミ、鬼ヤンマを写す。
 
未来 :きれいだね。
ヒカル:ああ、とてもね。
未来 :うれしそうに飛んでる。
ヒカル:いさぎよさっていうかな。
未来 :それって感じ出てるよ。
ナルミ:あの鬼ヤンマお礼言ってるのかな。
ヒカル:まさか。ざまーかんかんカッパの屁だよ。
ナルミ:なに、それ。
ヒカル:せいせいしたって。
ナルミ:恩知らずね。
未来 :それでいいよ。鬼ヤンマには関係ない。・・自由だもの。
ヒカル:ああ、自由だ。・・それに元気だね。
 
        三人、見ている。鬼ヤンマ飛んでいった。
        やがて。
 
未来 :行こう。
 
        三人、頷いて、アホな歌を歌いながら去る。蝉時雨が重なる。
 
三人 :黒いリンゴは腐ったリンゴ。腐ったリンゴは何見てる。リンゴは何にも言わないけれど、リーンゴの気持ちっは、青い空。    リンゴー、可愛いや、可愛いや、リンゴ。チャン、チャン。
 
        蝉時雨が大きくなる。そうして、林間学校があった。
        歌いながら入ってくる先生と生徒たち。大沢君もいる。
 
先生 :ボクらはみんな生きている、生きているから歌うんだー。はいっ。
一同 :ボクらはみんな生きている、生きているから歌うんだ。おけらだーって、みみずだーって・・・
        
        スタンプをぽんぽん押しながら歌う先生。大沢、しっかり確認している。
        歌い終わる。先生感動。
 
先生 :おー。トレビアン。すっばらしい。民主主義です。自由です。フリーダムです。みんな、平等です。おけらでも、みみず    でもそれぞれの人生があるのですね。それぞれのライフ、それぞれの命。はい。ボクらはみんな生きている。生きている    から自由なのです。新しい日之本学園にふさわしいとおもいませんか。この夏休みみんな自由にいきるのです。
ヒカル:みみずのように?
ナルミ:あれ、ぶっといのきもちわるいよね。
ケン :かんたろうだろ。こんなんやつ。
ナルミ:うそーっ。
先生 :シャラップ!自由はいいが、放縦は良くない。
ナルミ:ホージュー?
ケン :怪獣だよ。
 
        先生、ケンの頭の両側を拳固でグリグリ。
 
大沢 :先生。
先生 :何ですか。
大沢 :林間学校では何を勉強するのですか?
先生 :ナイス、大沢、向学心に燃えてるね。いいガッツだ。だけど、ここでは何もしなくてよろしい。
ケン :ラッキー。
大沢 :なぜ?せっかくの夏休みでしょう。
ケン :ばか。夏休みだからいいんだよ。
先生 :林間学校とは何ですか?ホワット?・・未来。
未来 :森の学校です。
ケン :アホ。まんまじゃねーか。    
先生 :そうです。まんまです。(えーっの声)森の学校です。君たちは、森を学ぶためにこの学校に来ているのです。算数なん    か、くそ食らえ。国語なんかくそ食らえ。ユー、アンダスタン?
ケン :ほんとに?
先生 :オー、イエース!
ケン :よっしゃーっ。もらった。
ヒカル:では、ボクたちは何をするんですか?
先生 :簡単です。森と一つになるのです。
ヒカル:森?
先生 :樹は、森を創ると同時に命を創ります。また、酸素をつくり我々の空気を清浄にします。みんなはこの森の中で、樹々の    間を吹き抜ける風のように遊ぶのです。
ナルミ:それが林間学校ですね。
先生 :そうです。それが林間学校です。
ケン :子供の、子供による、子供のための林間学校。
先生 :いいこというわねケン。誰が言ったの。
ケン :リンカーン。ハッハッハッ。
 
        膝叩いて、一人受けするケン。周りの空気が真っ白くなる。だが、大沢だけが一拍おいてハハハハハと大笑い。
 
ヒカル:それだけでいいんですね。
先生 :(ふっと笑って)お約束をのぞいては。
ナルミ:お約束?
先生 :夏休みの定番と言ったら。ケン。
ケン :気象台に聞くお天気調べ。
先生 :(じろりとにらんでおいて)未来。
未来 :(すまして)デパートで売ってる昆虫採集。
先生 :ふん。ナルミ。
ナルミ:(一息に)家の庭での植物採集、お母さんが記録するひまわりの観察、お父さんが作る工作!
先生 :しょうもないわね。けど、これぞ夏休みの宿題といったら。ヒカル!
ヒカル:(いやそうに)絵日記ですか。
先生 :ピンポンピンポンピンポーン!。
一同 :えーっ(例の調子の)。絵日記?
先生 :絵ー。絵日記です。これがなきゃ、夏休みとは言えないわ。主要四教科は忘れても、芸術ははずせないわね。さあ、みん    な、自由に豊かな心をはぐくみましょう。一人、最低3枚ね。いい。返事は?・・返事は?・・返事!!
一同 :(不承不承に)はーい。
ケン :どこが自由だ?どこが遊びだ?え?
先生 :それと・・もう一つ。
ヒカル:まだあるの。
先生 :芸術だけでは片手落ちね。体育だって夏に羽ばたけよ。心に絵日記、体にパワー。
ナルミ:何です?それ。
先生 :ラジオ体操よ。健全なる精神は健全なる身体に宿る。ラジオ体操から始めましょう。そうして、やがてくるラジオ体操大    会にあなた達、日之本学園少年ラジオ体操クラブは優勝するのです。オー、なんて、デラックス、ゴールデンな夏休みで    はありませんか。森を学び、美を磨き、体を創る。オー、トレビアン。アンビリーバブー!
ケン :へいへい。お代官様のおっしゃるとおりでごぜえます。
 
        ケンを徹底的にグリグリする先生。
 
未来 :先生。第三体操ですが。
先生 :もうできたの。やるわね。
未来 :いいえ。この林間学校で作るつもりです。
先生 :そう。頑張って。クリエイティブってとってもナイスよ。
大沢 :先生。
先生 :何、大沢君。
大沢 :ボクは第三体操なんて必要ないと思います。
先生 :あら。全員一致じゃなかったの。先生、そう思ってたんだけれど。
ケン :何だよお前。今更。
大沢 :第一体操があるんだから、それをもっと上手にやればいいんです。まだまだ練習しないと大会はちょっと不安です。
ケン :お前が不安だよ。
ナルミ:そういう問題じゃないのよ。
大沢 :じゃ、第二体操をやれば。
ケン :趣味にあわねえんだ。
大沢 :僕たち趣味でやってるんじゃないんでしょう。
ケン :何?
大沢 :優勝するためじゃないんですか。体を鍛えるためでしょ。遊びじゃないんです。心に絵日記、身体にパワー!違いますか。
ナルミ:でも、楽しくなくちゃ。
大沢 :じゃ、体を鍛えなくてもいいんですか。
ナルミ:そんなこと言ってないわ。
大沢 :大会もうすぐですよ。第三ラジオ体操なんかつくる暇ありません。
ケン :オリジナルだから有利になるんだよ。
大沢 :なら、なおさらでしょう。それってできてるんですか?
 
        未来、首を振る。
 
ケン :これからつくるんだよ。
大沢 :今から?間に合うわけないでしょう。よけいなことはしないほうがいいんです。
ナルミ:よけいなこと?
ケン :ちょっとききずてならねえな。
大沢 :なにが。
ケン :よけいなことってどういう意味だ。
大沢 :よけいだからよけいでしょう。
ナルミ:なによ。
 
        先生が、ぱんぱんと手を叩く。
 
先生 :はい、はい。喧嘩ならごめんだよ。デモクラシーとは言えないね。今は林間学校だ。頭、冷やしなさい。さあ、今日は周    りにどんな木があるか探検しておいで。お昼はサンドイッチだからね。それまでには帰っておいで。いいね。
一同 :はーい。
先生 :ボクらはみんな生きている、生きているから歌うんだー。はいっ。
一同 :ボクらはみんな生きている、生きているから歌うんだ。おけらだーって、みみずだーって・・・
 
        と、歌いながら一同、出ていく。蝉の声。
 
W林間学校U
        
        森が降りてくる。
        蝉の声高まり、止まると。森の中。
        アホな歌を歌いながら入ってくる。
 
全員 :あるひんけつ、もりのなかんちょう、くまさんにんにく、であったんそく、はなさくもりのみちんぽこ、くまさんにであ    ったまたま。(笑)
ケン :だからいってるだろ。生意気なんだよ。ゴマなんかすりやがって。
ナルミ:あれにはカチンときたわ。
ヒカル:強引だったよね。
未来 :でも、大会に間に合わないと確かに困るね。
ケン :おい、おい。お前が言い出したんだぜ。
未来 :わかってる。
ナルミ:どうするの。
ヒカル:かっこよくなくちゃおもしろくないよ。
ケン :難しいのはだめだぜ。時間ないし。
ナルミ:ちんたらしたのはやめてもらいたいわね。
ヒカル:あんまりかっちり並んでやるのはどうかな。
ケン :ぴしっとしていいじゃねえか。
ナルミ:うーん。軍隊じゃないんだから。もっと、子供らしくてもいいんじゃない。
ヒカル:それって、もっとだらだらした感じ?
ナルミ:ちがう、ちがう。いきいきしたというか。
ヒカル:自然に体を動かしたくなるって言う意味?
ナルミ:そう!それよ、それ。
ヒカル:けど、子供が自然にやりたくなるって言ってもねえ。
 
        ケンとナルミとヒカルが何やかやと話しながら行く。
        未来がよぶ。
 
未来 :ねえ、ちょっと。ほら。
 
        風の音が聞こえる。
 
ヒカル:あれは?
未来 :風かな?
ナルミ:きれいな音ね。
未来 :むこうだ。行こう。
 
        未来、走り出す。
 
ヒカル:あっ、待ってよ。
ケン :あぶねえぞ。
ナルミ:いこう。
ケン :しかたねえな。
 
        一同、走り去る。音だんだん大きくなる。
        未来、走り込んでくる。
        大きなけやきの木がある。
        風が吹いている。風の向こうは突き抜けるような青い空。
        未来、呆然と見上げている。
        天空からは神秘的な青い光が降り注いでいる。
 
未来 :これは・・・
 
        一同かけ込んでくる。
 
未来 :ほら、見て!青い光。
ヒカル:すっごい。
未来 :あふれてる。モネの絵みたいだ。
ヒカル:モネ?
未来 :そう。青い睡蓮の絵。
 
        青い光が溢れている。
 
ケン :ファンタスティック!
ナルミ:あんたにゃ似合わないよ。
ケン :けっ。
ヒカル:葉っぱを通して光が降ってる。
ナルミ:海の底みたいね。
未来 :青い夏だ。
ヒカル:えっ。
未来 :ほら!
 
        一同、思わず青い空を見る。
        風の音が聞こえる。
 
ケン :走ってるときと同じ音だ。
ヒカル:走ってるとき?
ケン :身体を包む風の音だ。
未来 :身体を包む。
ケン :走ってると風の音しか聞こえない。
ナルミ:あっ、鬼ヤンマ!
未来 :鬼ヤンマ!
ヒカル:さっきの奴だね。
未来 :ああ、そうだよきっと。
ヒカル:おおーい。
未来・ヒカル:おおーい。
 
        鬼ヤンマ飛んで行く。
        みんなそれぞれに、青い光を浴びている
 
ケン :いっちゃった。
ヒカル:でも、すごいなあ。ほんとに世界が青く見える。
ナルミ:空があんなに遠くにある。
未来 :本当に遠いや。
ケン :何しんみりしてんだよ。ナルミ。カメラ、カメラ。
ナルミ:あっ、はい。はい。みんなあつまって。ポーズ、ポーズ。そこのけやきをバックにとろう。
 
        全体、集まってけやきをバックにカシャッ。もう一枚。カシャッ。
        夏の思い出だ。
 
ヒカル:あー、ほんとに夏休みって感じだなあ。
ケン :何かっことってんだ。
未来 :これだ!
ケン :何が。
未来 :わからない?この感じ。第三ラジオ体操、これでなくっちゃ。
ナルミ:分かった。テーマは夏休み。でしょ。
未来 :そゆこと。
ケン :テーマ?何だそれ。
未来 :子供らしいっていったじゃない。
ケン :何が。
ナルミ:子供がやりたくなる体操。
ヒカル:第三体操。そうか。夏休みだ。
未来 :そうさ、夏休みだよ。
        
        未来、ヒカル、ナルミ笑う。
 
ケン :なんのこっちゃ。
ナルミ:夏休みのイメージでつくるのよ。子供の子供による子供のための体操。夏休みが一番ふさわしいわ。
ケン :ほー。
未来 :青い空。
ナルミ:夏の風。
ヒカル:森の光。
三人 :夏休みの子供。
 
        夏の子供の曲が聞こえる。
        どんどんいってみんなを巻き込む。第三ラジオ体操のイメージ。
 
ヒカル:お歯黒とんぼにぎんやんま。
ナルミ:昆虫セットに昆虫標本。
ヒカル:植物採集に押し花。
ケン :こわくもないきもだめし。
ナルミ:通り過ぎた台風。    
未来 :花火に爆竹。七夕飾り  
ヒカル:金魚すくいに焼きりんご。 
未来 :かぶと虫のはいった虫かご。 
ケン :自転車と古びたスニーカー。 
ナルミ:白いTシャツ。     
未来 :心地よい、潮風。     
全員 :青い海だ。
 
        ナルミがすかさずかしゃっと写す。
 
未来 :カメラは何を見るのかな。
ナルミ:真実を写します。カシャッ!
ヒカル:この気持ちを写せたらね。
ナルミ:そうね。
未来 :そのまま体操にできたらなあ。
ケン :残念でした。カメラじゃ気持ちは写りません。
ナルミ:分からないわよ。もう一枚。
ヒカル:じゃ、気分を出して夏休み!
ケン :体操で行こうぜ。
ナルミ:いい感じ。
ヒカル:第三体操だね。
ケン :あったりまえっちゃ。
未来 :では。
ヒカル:少年ラジオ体操クラブ。
ナルミ:第三ラジオ体操。いくわよ。
 
        蝉時雨が始まる。みんなポーズ。
        ナルミ、もう一枚取ろうとする。と
 
ナルミ:あれっ。
未来 :どうしたの。
ナルミ:おかしいなあ。(レンズをもう一回のぞく)
未来 :カメラどうかした。
ナルミ:いや。なんだか変なの見えるわ。
ケン :心霊写真かよ。やばいぜ。
ヒカル:曇ってるだけじゃない?
ナルミ:うん。けどね。
 
        蝉時雨がはげしくなる。
 
ケン :うるせえ蝉だなあ。おい、ナルミ早く。
ナルミ:わかってる。じゃあ。行くわよ。
 
        蝉時雨一段とはげしくなる。会話が聞こえなくなる。
 
ナルミ:押すわ、はい、チーズ!
 
        白熱の光。爆発。悲鳴。
        光が収まると薄闇の中。
        蝉時雨の音に悲鳴や火事が混じる。大震災の日之本町があった。
        サイレンと放送。蝉時雨が強い。人々は第一体操をしている。
 
ニュース:午前8時16分、日之本町沖合い、3.5キロの海底を震源としてマグニチュード8.2程度と見られる大規模な直下    型地震が発生しました。この地震のため日之本町全域にわたり、家屋の倒壊、火災の発生が確認されており、日之本町中    心部を中心として炎上中であります。また、津波の発生が、予想され、町民は続々高台へ避難しています。日之本町長を    本部長とする対策本部が設置され、現在被害の確認と被災者の救助にあたっております。現在までに、判明した死者12    3名、行方不明459名、重軽傷者1025名・・・・
 
        人々は蝉時雨の中第一体操をしている。避難もせずに次から次へと倒れていく。
        未来は、その中に家族を見る。放送と重なって。
 
未来 :母さん?母さん!かあさん!響子!どうしたんだよ。逃げなくちゃ。津波がくるよ。逃げれないよ!どうしたんだよ!
 
        次から次へ走り回りながら腕をつかんだりして説得するが、人形のように崩れるか、動きもせず体操を続ける。
        蝉時雨と、サイレンが気の狂ったように重なる中、未来は必死に逃げようと勧めるが。
 
未来 :ごめんなさい、母さん!そんなつもりでいったんじゃない。お願いだ、逃げてよ。逃げてよ!母さん!響子!
 
        大津波が来た。
        全てが倒れ伏している。蝉時雨やまる。
        再び青い夏が広がる。こわごわ、倒れていたものが起きあがる。
 
ケン :なんだ、いまの。
ナルミ:あーっ、びっくりした。
ヒカル:雷だよ。おちたんだ。
ケン :こんなに晴れてるのにか。
ナルミ:んなこといって、真っ先にへたりこんだんじゃない。
ケン :近場だからびっくりしたんだよ。
未来 :ごめんなさい。ボクはそういうつもりじゃなかった。
ケン :何、あやまってんだよ。おまえのせいじゃねえだろ。
未来 :どうしてみんなこんなに青いんだろう。モネの絵のようだ・・・
ケン :青いのはお前の顔だぜ。
ナルミ:ほんと。大丈夫?目を痛めたんじゃない?
未来 :・・ありがとう。なんでもないよ。
ナルミ:じゃ、もう一度・・あら。終わってる。びっくりしたときに押したんだ。
ケン :ちぇっ。
未来 :帰ろう。
ケン :えっ。来たばかりだぜ。
ナルミ:いいわ。未来、具合悪そうだもの。
ヒカル:第三体操は後で相談しよう。
ナルミ:それがいいわ。いいでしょ、未来。
 
        未来、うなずく。
 
ケン :それなら帰って花火の準備しようぜ。
ヒカル:えーっ。昼にもなってないよ。
ケン :備えあれば憂いなしって言うんだよ。
ヒカル:甘いね。過ぎたるは及ばざるがごとし。
ケン :転ばぬ先の杖。
ヒカル:来年のことを言うと鬼が笑う。
ケン :花火今晩だろ。
ヒカル:一寸先は闇。
ケン :なんじゃそりゃ。
 
        などと、一同歩き出している。
        未来、振り返って空を仰ぐ。
 
未来 :でも、本当にみんな、青く見えるんだ。
 
        思い返して追っかける。
        暗転
 
X林間学校V
        
        ゆっくりと林間学校の夜が来る。
        花火が打ち上げられている。歓声を上げながら入ってくる。
        
ナルミ:やっぱり、打ち上げ花火ね。
 
        どーんと花火が揚がる。
 
ヒカル:あんなのにしたいね。
ナルミ:なに?
ヒカル:第三体操。
ケン :そうだな。どーんと派手な奴。
ナルミ:しっとりした情緒もいいわ。
ケン :日本舞踊じゃねえぞ。
未来 :意外といいかもね。
ケン :冗談だろ。
ナルミ:あら、いいとこはとりいれなくちゃ。
ケン :へーっ、おどれるんだ。
ナルミ:やってないわよ。
ケン :なんだ。感心して損した。
ナルミ:なによ。
 
        大沢が来る。
 
大沢 :話が弾んでますね。
ケン :(聞こえよがしに)いやなやつがきたよ。
ヒカル:うん。第三体操をどうやってつくるかって話。
大沢 :あきれましたね。まだやってるんですか。
ケン :いけないか。
大沢 :無駄なことはしない方がいいですよ。
未来 :無駄なこと。
大沢 :ボクは第一で結構。
ケン :ロクにできねえくせに。
未来 :どうして、無駄?
大沢 :犬の想像妊娠て知ってますか?
ヒカル:犬の?
ケン :想像妊娠?なんじゃそれ?
 
    大沢、肩をすくめ、ちっちっと。
 
ナルミ:あたし知ってる。
ケン :ほんとかよ。
ナルミ:おじさんちのハスキーがさ。お腹おっきくなって、お乳も出るからてっきり子供できたと思ってたわけ。
ヒカル:それで・
ナルミ:獣医さんへ連れてったんだけど妊娠なんかしてませんよだって。そのうちすーってしぼんで、あっぽろげよ。
ケン :何で、そんなになるんだ。
ナルミ:さあ。
未来 :犬だって、夢ぐらい見るよ。
大沢 :そうしていつも夢で終わるんですよ。
ケン :いやなやっちゃなー。
大沢 :(薄く笑う)君たち、見ちゃいられない。(がらっと変わる)
未来 :何で。
大沢 :あーだこーだって、何のんびりやってるのさ。僕ら、新学期の準備をしなくちゃ。
ナルミ:新学期?
ケン :ばっかじゃねえか。
ヒカル:夏休み、これからだよ。
大沢 :甘いなー。
ヒカル:何が。
大沢 :(笑う)ラジオ体操大会、何のためにやるのか聞いてなかったの?新しい日之本学園が始まるんだよ。遊ぶ暇なんかない    んじゃないの。
未来 :第三体操が遊びだって?。
大沢 :バカ犬みたいに、しょうもない夢でいつまでお腹膨らましゃ気がすむのさ。 
    
        大沢、笑う。
 
未来 :大沢君。ほんとは体操なんてどうでもいいんだろ。
ナルミ:えっ?
大沢 :ほーっ。どうして。
未来 :君はスタンプ集めるためにやってる。
ケン :それなら、俺もそうだぜ。優勝したいもんな。
未来 :でも、大沢君は楽しんでなんかいない。
ケン :いやいやでもいいじゃん。大会優勝すればさ。
未来 :僕は違うと思う。
ケン :わからねえな。未来、何興奮してんだ。
未来 :夏休みってそんなもの?楽しむためじゃない?第三体操はそのためじゃなかった?僕ら自身の体操じゃなかった?
ケン :うーん、そうかなあ。
大沢 :(拍手をしながら)いやー、ご立派ご立派。・・・ぼくも第一体操は好みじゃないよ。けれど、ボクは割り切るんだ。外    にやるべき事がいくらでもあるからね。では、失礼。お忙しい諸君たち。
 
        大沢、笑って去る。
 
ナルミ:生意気なやつねー。
未来 :想像妊娠か・・
ケン :なんだ?
未来 :あの、鬼ヤンマ。
ケン :鬼ヤンマ?
ヒカル:昼間のだね。青い空一直線に飛んでった。
未来 :あのとき声が聞こえた。
ヒカル:声が?
未来 :きれいだね。ああ本当に青いねって。確かにあれは母さんと響子の声だ。
 
        間。
 
ヒカル:それで作るんだ。(うなづく未来。)
ナルミ:でも、それなら第一でもいいんじゃない。楽しんでやれば。
ケン :うん。今更作るの無駄かもな。
未来 :無駄っていけないこと?
ヒカル:どういうこと?
未来 :大沢君どうだろう。いつだって、何かのために、何かへの準備。先へ先へ考えて無駄なことしない。確かに将来を考えて    る。でも、大沢君は今本当に楽しいんだろうか。
ヒカル:今ね。
ケン :なんや、むつかしい話やな。
 
        未来、笑う。
 
未来 :セミ取ったり、かぶと虫、取ったり。必死になって追っかけたことない。(ナルミに)ない?(ヒカルに)ない?ケンに    (ない?)。
ケン :俺に聞くか?カブトの帝王だぜ。ミヤマ鍬形30匹捕まえたの俺ぐらいのものだろ。
未来 :何か役に立った。
ケン :取りたいから取るだけだよ。そんなこと関係ないよ。
未来 :じゃ無駄だね。
ケン :無駄って。何言ってんだよ。お前赤カブトの色知らないだろう。玉虫捕まえたことないだろう。鬼ヤンマぐらいでがたが    た言うなよな。無駄だって。ふざけんなよ。ミヤマ鍬形なんて滅多にいねえんだぞ。
 
        笑い出す、ヒカルと未来。
 
ケン :何がおかしいんだよ。
ヒカル:だって。・・ね。
ケン :・・(気づいて笑い出す)わかったよ。けど。
未来 :けど?
ケン :大会に間に合わないんじゃやっぱりまずいぜ。
ヒカル:今、やりたいことをした方がいいよ。
ナルミ:どうして。
ヒカル:ボク、これを離せなかっただろう。
 
        吸入器を取り出す。
 
ヒカル:いつもさ。何かすると発作が起こって。だから、いつも言われたんだ。我慢しなさいって。いつか良くなるからって。・    ・・虫も捕らない。かけっこもしない。泳ぐこともできない。大人になれば直るからって我慢した。本ばかり読んでた。
ケン :文学少年って言うわけだ。
ヒカル:ボクはいい子だったよ。でもボクは子供してなかった。こどなだったんだ。
ケン :こどな?
ヒカル:先のことばかり考える子供。小さい大人だね。
ケン :うまいこというな。
ナルミ:まるで、だれかさんね。(笑い)
ケン :今は?
ヒカル:ボクは体操したい。楽しいんだ。ボクの身体が動いてる。何の発作も起こさないで。
ナルミ:立派に夏休みしてるわね。
ヒカル:ありがと。
未来 :そうだね。小さい大人なんてやる必要はない。もっと、ちゃんと今子供やるほうがだんぜんいい。今から大人してたんじ    ゃ、人生のバランス取れない。
ヒカル:人生のバランスか。
ナルミ:未来やヒカルの言うことよくわかる。けれど・・ 
ケン :けど、大沢のも一理あるぜ。体力づくりだよ、やっぱり。ヒカルだって、丈夫になったんだろ。それに、おれスタンプほ    しいぜ。大会の成績に物言うんだからな、あれ。
未来 :優勝するだけが・・
ケン :わかってるよ。けど、何か形にならなくちゃ、やったという気にならないよ。
未来 :ケン、いつも走ってるだろ。
ケン :そうだよ。
未来 :走るだけじゃダメなの。身体に風を感じるだけじゃダメなの。
ケン :それは・・
未来 :好きなんだろ、走ること。走るだけでいいじゃない。
ケン :・・ダメだよ。
未来 :なぜ。
ケン :それはきれいごとだよ。
ヒカル:そうかなあ。ケン、そんな風には見えないよ。
ケン :結果あっての努力だよ。報われない努力なんてやっても仕方ねえだろ。
ヒカル:でも、風切って走るの楽しいよ。本当に。
ケン :そりゃお前はそうだろ。けど、マラソン大会で優勝してみろ。もっとずっとずっと楽しいぜ。
未来 :でも、それじゃ。
ケン :ああ、そう。そんなに言うなら、未来らだけで作れば。
ヒカル:ケン。
ケン :悪いけど、俺抜けさしてもらうよ。
未来 :ケンっ、待ってよ。
ケン :うるさいな!
 
        止めようとした未来をケンが乱暴に振りほどく。
 
ナルミ:ケンっ・・・ごめん。
 
        ケンが駈け去る。ナルミが後を追う。
             
未来 :ケン!。ナルミ!
 
        誰かが打ち上げた花火が空に消えた。
        
Y間奏
 
        森は消える。
        蝉時雨。
 
未来 :こうして林間学校は後味が悪いまま終わり、ボクたちは家に帰ることにした。日之本町は夏の日差しの中で奇妙に静まり    返っている。あれだけ盛り上がっていた僕たちの第三ラジオ体操はまだできない。僕はヒカルとああでもない、こうでも    ないとやっている。ほかのものはさっぱり来ない。物事は多分そんなもんだろう、なんとかなるよとヒカルはいう。でも、    ・・(ため息をついて)今日も朝からクソ暑い。
 
        未来の台詞の合間に作業員が土手を修復している。
        かなり復興した広場。土手がほぼできている。
        第一体操が物憂く流れる。体操をしているヒカルと見ている未来。
 
未来 :ねえ。
ヒカル:何?
未来 :やめようか。ラジオ体操。
ヒカル:どうして。
未来 :第三体操できる見通しあんまりないし。
ヒカル:あきらめるは簡単だけど・・悔しくない?
 
        体操を止める。
 
未来 :悔しい?
ヒカル:なんかさ、今あきらめたら、同じじゃないかい。
未来 :何と?
ヒカル:大人と。
未来 :え?
ヒカル:ちょっと先見通して、本当にそんな風になるかどうかもわからないのに、さっさと逃げる。そんなの子供じゃないよ。
未来 :ヒカルもきついね。でも、あたってる。・・子供はつらいね。
ヒカル:ああ、なかなかつらい。(笑い)
 
        
 
ヒカル:先のことばかり考えてもしかたないよ。
 
        体操の続きを始める。
 
未来 :来年のことを言うと鬼が笑うか。
ヒカル:そんなの大人に任しときゃいいんだ。
未来 :あるいはこどなにね。
ヒカル:そう。
未来 :大沢君みたいな?
ヒカル:まあね。(二人、笑う)
 
        体操終わる。
 
未来 :・・落ち込んでても始まらないか。
ヒカル:・・ね、ボクに考えがあるよ。
未来 :どんな。
ヒカル:集めればいいよ。
未来 :何を。
ヒカル:子供の本分。
未来 :本分?。
ヒカル:そう。子供のエッセンスだね。子供の子供による子供のための体操だろ。
未来 :エッセンスね。
ヒカル:そゆこと。
未来 :子供の本分てなんだろう。
ヒカル:ま、そこが難しいところだけどね。
未来 :夏休みかな。
ヒカル:かもしれない。
未来 :やっぱりそうだろうな。夏休みだよ。うん。・・鬼ヤンマ、もう一度見たいなあ。
ヒカル:気持ちよさそうだったね。
未来 :ふーっと飛んでさ、消えていったね。
 
        思い出す二人。
 
未来 :子供って、飛んでいる鬼ヤンマみたいなものだろうね。自由で、元気で・・
ヒカル:おっ、文学的。でも、言えてるよ。  
未来 :子供の本分か・・。
ヒカル:やってみなければわからないよ。
未来 :あーあ、子供やるってほんとに難しいなあ。
ヒカル:(軽く笑う)未来が複雑にするからだよ。大人の方がずいぶん難しいと思うよ。
未来 :そうかなあ。
 
        笑う。
 
未来 :どうしたの。
ヒカル:未来って面白いね。
未来 :なんでさ。
ヒカル:(こたえず)あしたも晴れだね。
未来 :あれだけ鳴けばね。
 
        蝉がやかましい。
 
ヒカル:空が青いね。
未来 :ほかは。
ヒカル:普通だよ。どうしたの。
未来 :何でもないよ。青いか。
ヒカル:青いさ、空だもの。
未来 :そうだね・・。本当にそうだ。・・明日は登校日だね。
ヒカル:絵日記描いた?
未来 :まだだよ。
ヒカル:かかないの。
未来 :描くよ。・・一枚だけ。(ぼそっと)青い夏休みか・・。
ヒカル:何?
未来 :何でもないよ。僕の本分さ。
 
        蝉がなおも鳴く。ヒカルが何か言ったようだが聞こえない。やや暗くなって。
        作業員が出てくる。ヒカル去る。作業員未来の台詞の間に土手を完成させる。全部つながった。
 
未来 :・・第三ラジオ体操は、今日もできなかった。どうやらヒカルの言う子供の本分とやらを集めるしかなさそうだ。明日は    登校日だ。絵日記を一枚だけ書いた。夏休みは終わりに近づいている。依然として日之本町はクソ暑い。父さんの言った    ように本当にどこかでは雨が降っているのだろうか。
 
        蝉時雨がおおきくなる。暗転して溶明すると。
 
Z登校日
 
        ラジオ第一体操。先生が気合いを入れてやっている。
        生徒が入ってくる。「新しい朝が来た」と歌い順々に体操をしながら。
 
先生 :(やりながら)みんなー、絵日記描いてきたかなー。
ケン :はーい。
ナルミ:はーい。
ヒカル:はーい。
未来 :・・・・。
先生 :はい。よーし。やめ。おはようございまーす。
一同 :おはようございまーす。
先生 :はい。元気で結構。では、さっそく、林間学校の絵日記を見せてもらおう。だれか。(はいはいはいとケン)じゃ、見せ    てごらん。
 
        ケン。絵日記を読む。花火の絵。
 
ケン :林間学校へ行った。面白かった。終わり。
先生 :それだけ?
ケン :うん。
先生 :ま、最初だからいいか。次は?大沢君。日直だからもう少し気合い入れたの欲しいな。
 
        大沢。ふっとわらって。絵日記。非常に精密に書かれたスイカ。
 
大沢 :林間学校でスイカを食べた。スイカは、(細かい専門的な説明が続くが)・・
先生 :あ、はいはい。あとは自由研究でね。
 
        にやっとわらって着席。
 
先生 :じゃ、未来。
未来 :子供の本分描いてきました。
先生 :おっ、大きく出たね。どうして?
未来 :第三体操作るためです。
先生 :見せて御覧。
 
        未来、青い夏休みを見せる。世界が青く染まる。
 
先生 :・・青いわね。
未来 :ええ。夏は青いです。鬼ヤンマの空のように。
ケン :ほんとにこんな夏あるか?
未来 :本当にあって欲しい夏です。だから、白い絵日記に描きました。みんな生きてたら見たはずの夏です。
ナルミ:みんなが真っ青だわ。
未来 :ああ、夏は全部青いんだ。
先生 :・・未来。
未来 :何ですか。
先生 :本当に全部がそう見えているの?
未来 :はい。
先生 :・・これは。
未来 :青くみえます。
 
        ええと言う声。
 
先生 :これは?
未来 :青です。
 
        次々に指し示す先生。青です。と淡々と言う未来。驚くナルミたち。
 
未来 :全部青です。青く光って見えます。夏の空のように。
先生 :(静かに)・・そう。・・あなたは、見てるのね。
未来 :何をですか?
先生 :青い夏を。
ヒカル:青い夏?
先生 :先生は本当に残念です。
未来 :何がですか?
先生 :あなたの目は病気になってしまったわ。
未来 :え。
先生 :青く見えると言ったわね。それは、青視症というの。
ナルミ:青視症?
先生 :青く視ると書くわ。もの皆全てが青みを帯びて見えてしまう病気。
ナルミ:どこがいけないんですか。
先生 :それは赤ちゃんの目なの。
未来 :?
先生 :処置をしなければなりません。
未来 :なぜですか?
先生 :もちろん大人になるためです。
未来 :どういうことかわかりません。
先生 :(ため息をつく)よろしい。・・皆さん、ものを見るとき一体私たちは何を通してみているのでしょう。・・ケン。
ケン :(得々と)目だろ。
先生 :当たり前だ馬鹿者。目の何を通して見ているのですか。
ケン :えっとレンズ。
先生 :そのレンズのことをなんと言います?
ケン :ええっ。
ナルミ:水晶体。
ケン :おおーっ。
先生 :あなた、カメラは。
ナルミ:ピッかりコニカです。
先生 :安物はダメね。これを見よ。ジャン!
 
        おおーっ。なんだか高級品。
 
先生 :その名もスーパーハイデラックスウルトラゴールデンデリシャス激辛オートフォーカス!
一同 :おおーっ。
先生 :この先端には何がついていますか。
ケン :カバー。
先生 :ばかー。
ナルミ:フィルター。
ケン :です。
先生 :(冷たく)よろしい。黄色いフィルターです。
ケン :何言いたいの?
先生 :私たちの目もそうなっているということです。
ヒカル:(ナルミをのぞいて)目?
ナルミ:(ケンをのぞいて)目?
ケン :(ヒカルをのぞいて)目?
先生 :(ケンをしばいて)めっ。・・ゴホン。これが私たちの本当の目なのです。生まれたときは透明な水晶体が、だんだん黄    色になってきて、物心つく5、6才頃にはもうすっかり黄色のフィルターを通してこの世界を見ているのです。いわば大    人の目ね。カシャッ。
 
        フラッシュが光る。
 
先生 :大人の世界は黄色い!
 
        おおーっと言う感嘆の声。さすがプロは違う。
 
未来 :では、大人はみんな本当の色を見てないんだ。そうでしょう、だって、フィルターを・・
先生 :(かぶせて、優しく)いいえ、未来、これが私たちの自然な色なのよ。
未来 :でも。
先生 :あなたが見たのは見るはずのない青い夏。あなたの水晶体は壊れているのです。大事な大事な世界を見るフィルターが壊    れているのではとうてい大人になれません。ましてや日之本町の復興のお役にはたてないでしょう。夏休みが終わるまで    に手術をするのです。いいですね。
未来 :手術・・・
先生 :手術を受けて正しいフィルターをつけるのです。そうすれば、未来にも本当の夏が見えてくるのですよ。未来(みらい)    へ続くこの黄色い夏が。カシャッ!
 
        フラッシュが光る。
        世界が黄色の逆光に包まれる。
 
先生 :さあ、みなさん。来週はいよいよ日之本町ラジオ体操大会があります。頑張って残り少ない夏休みを過ごしましょう。新    学期はもう目の前です。それでは、ラジオ体操をもう一度。
 
        黄色い逆光の中の第一ラジオ体操。
 
[少年ラジオ体操クラブ総会
 
        第一体操が続き、作業員の手により新しい巨大なラジオが出てくる。
        先生の鋭い笛が鳴り、ラジオ体操クラブ総会が始まる。
        中央に未来。ナルミが司会をしている。
        
ナルミ:静粛に。では、少年ラジオ体操クラブ緊急総会を開きます。最初に提案者の大沢君!
大沢 :提案します。第三体操の取り組みを直ちに中止すること。
ヒカル:反対!反対!反対!
ナルミ:ヒカル。議長の許可をえてからよ。
ヒカル:だけど一方的だよ。みんな一生懸命つくろうってしてるじゃないか。
大沢 :みんな?(笑う)議長。
ナルミ:大沢君。
大沢 :やってるのは未来とヒカルだけです。それに時間がありません。
ナルミ:未来、どうなの。間に合う?
未来 :分からない。
ケン :できてりゃ、優勝なのにな。
未来 :優勝?
ケン :クラブは優勝するためにあるんだぜ。
未来 :ケンは、わかってないよ。
ケン :何を。
大沢 :わかっていないのは未来です。優勝させたくないんだろう。
ヒカル:議長!
ナルミ:はい、はい。みんな、興奮しないで。大沢君。言葉には気をつけて。
大沢 :失礼。けれど、優勝をめざしているとはとても思えません。
ヒカル:どうしてそんなことが言えるの。
大沢 :客観的事実です。大会って最低4人いります。誰が出ますか。第三体操で。未来とヒカルだけでしょう。これじゃ僕らの    クラブは参加できない。
ヒカル:それだけかい。
大沢 :(口調が変わり)まだあるさ。不参加になる責任は誰かがとらなくちゃ。そうだろう。
未来 :ぼくのことか。
大沢 :そう。言いだしっぺの君がやめるんだよ。
ヒカル:それも提案か。
大沢 :そうだよ。未来は少年ラジオ体操クラブから引くべきだ。
未来 :そんなに優勝したいの。
ケン :そりゃそうだよ。クソ暑い中何のためにやってたんだ。
未来 :それが子供の本分?
ケン :しらねえよそんなもの。
未来 :楽しみたいと思わないの。体操を。ケン。本当のこと言ってよ。ヒカルとやって、ナルミとやって楽しくないの。
ケン :それは・・・
大沢 :話のすり替えはよくないよ。
未来 :すり替え。
大沢 :問題は、ラジオ体操大会へ出場できなくなった責任だろ。
ヒカル:だから、それは。
大沢 :(鼻で笑って)議長。採決して下さい。
ヒカル:大沢!
ケン :賛成。議事進行。
ナルミ:分かりました。では、決を採ります。大沢君より提案のありました件につき賛成のもの。挙手をお願いします。なお、未    来は、当事者ですので採決には参加できません。
 
        大沢勢いよく、ケンなんとなく挙げる。
 
ナルミ:反対のもの。挙手をお願いします。
 
        ヒカルが挙手。
 
大沢 :2:1。決定だね。
ナルミ:いいえ、私も反対よ。
 
        ナルミが挙手。
 
ナルミ:可否同数ね。この場合、議長の私の判断により、クラブ除名の件は・・。
先生 :待って。
 
        先生が止める。厳しい声。
 
ナルミ:先生。
先生 :それまでです。
ナルミ:えっ。
先生 :先生は嬉しいです。デモクラシーです。堂々と討論する素晴らしい夏休みです。みんなみんなとっても成長しました。で    も、残念ですが、未来にはやめてもらいましょう。
ナルミ:先生!
先生 :気持ちは分かります。けれど、日之本学園の団結を混乱させたのは事実です。「和を持って貴しとなす」。一丸となって、    日之本町の復興に励まなければならない夏に、これは犯罪的と言ってもいいわ。
ヒカル:犯罪的!
先生 :それに、青視症を早く直さねばなりません。ヒカル。
ヒカル:何ですか。
先生 :あなたも少し療養したらいいでしょう。発作が少しきつくなっているんじゃなくて。
ヒカル:そんなことはありません。
先生 :そんなことはあるのです。あなたの身体がとても心配。
ヒカル:ボクの身体より、夏休みです。
先生 :そう。夏休みはもう残り少ないわ。このままでは日之本学園の復興はできない相談ね。そこで、大沢君。
大沢 :はい!
先生 :君に、新しい議長をお願いするわ。ナルミさんも少し疲れているようだから。
大沢 :はいっ。
ナルミ:先生。私大丈夫です。
先生 :わかってるわ。あなたは大変よく頑張ったわ。先生感謝しているわ。今度だけよ。大沢君。
ナルミ:先生!
        
        ナルミ、引き下ろされる。大沢、議長になる。
 
大沢 :では、先生のご指名により議長を務めさせていただきます。
ナルミ:私の仕事よ。
大沢 :君は少し、休んだ方がいい。
ナルミ:先生!
先生 :こうなると新しい組織がいるわね。
大沢 :はい。・・議長より提案いたします。少年ラジオ体操クラブを解散し、新しいラジオ体操愛好会を結成しましょう。
ナルミ:先生!
先生 :気分一新ね。
大沢 :はい。
ヒカル:認めないよ。
大沢 :本日を持って少年ラジオ体操クラブの解散を宣言します。・・ただし、新しく発足するラジオ体操愛好会は、色々批判の    ありましたラジオ第一体操ではなくて、ラジオ第二体操で大会に望みたいと思います。
先生 :少数意見の尊重。とってもデモクラシーよ。結構。
ヒカル:そんな問題じゃない。
大沢 :残り少ない夏休みではありますが、新しいラジオ第二体操の世界にラジオ体操愛好会とともに歩もうではありませんか。    賛成の方の拍手をお願いします。
 
        拍手。
 
大沢 :以上を持ちましてラジオ体操愛好会が発足しました!
ヒカル:先生!
先生 :会長は大沢君、お願いね。
大沢 :はいっ!
ヒカル:でも。
先生 :手続きはもう終わったのよ。ヒカル。
ヒカル:そんな。
先生 :では。
大沢 :では。
先生 :日之本町ラジオ体操大会に向けて!
ケン :新学期のために!
大沢 :第二ラジオ体操用意!
 
        ラジオ第二体操が始まろうとする。
        笑い出す、未来。笑いが止まらない。
 
大沢 :どうした。
 
        なおも笑う、未来。
 
\青視症の夏
 
ナルミ:どうしたの、未来。
未来 :(笑う)だって、たかが子供のラジオ体操じゃない。そんなに、手続きいるの。そんなに形にこだわるの。いやならなら    いやって言えばいい。嫌いなものには強制しない。だけど、やりたいものにはやらせろよ。そうじゃないですか。先生!
 
        先生、うっすらと笑う。
 
先生 :あなたみたいに迷える子供を導くのが教育というものじゃなくて。
未来 :教育ですか。
先生 :そう。
未来 :教育ってずいぶんお節介ですね。
先生 :そうね。でも放ってはおけない訳よ。
 
        未来、笑う。
 
未来 :先生、ちっとも変わらない。震災前と同じだ。どこが変わったって言うんです。第二だろうが第一だろうが同じでしょう    が、自由?子供のため?新しい日之本学園?どこが新しいんです?
先生 :未来・・
未来 :何ですか。
先生 :人はそんなに変わりはしないわ。日之本町も。
未来 :そうですね。そうですよね・・でも、かわらなきゃいけないんです。かわらなきゃ母さんたち犬死にじゃないですか。・    ・感じませんか。
先生 :何を。
未来 :地鳴りですよ。
 
        地鳴りがする。蝉の声かもしれない。
        不安そうな、ケンと大沢。
 
先生 :聞こえないわ。
未来 :そうですか。先生。夏休みしたことありますか。
先生 :毎年しているわ。
 
        未来、笑う。
 
未来 :そうですよね。先生ですもの。・・・でも、それって、二学期の準備でしょう。
先生 :え?
未来 :それ、子供の夏休みじゃありません。
先生 :どういうこと。
未来 :子供はいつだって目先なんです。
先生 :え?
未来 :・・大沢君。
大沢 :何だ。
未来 :君だって大きなお腹を抱えているじゃないか。
大沢 :ばか言うな。
未来 :子供はみんないつだって何かをはらんでいる。いつかはきっと、本当にこの空っぽの中に生まれるものがある。
大沢 :何言い出すんだ。
未来 :子供はみんな大きなお腹を持っている。
大沢 :そんなの妄想だ。
未来 :妄想かもしれない。夢かもしれない。けれど、それを取り上げたら後に何が残るというのだろう。大人はそれを想像妊娠    だと言うけれど、夏休みの子供のお腹はみんな夢でパンパンだ。
 
        鳴動が激しくなる。蝉の声も。
 
大沢 :(冷笑)新学期が来ればすぐへっこむよ。
ヒカル:へっこませるのはだれだい。
大沢 :いずれにせよ。無駄の見本だね。
未来 :(笑う)なんかのためにやるのってそんなに大事なの?そんなに面白い?どうして、今を楽しまないの、どうして、大事    にしないの?いつだって、何かのため、何かの準備。そんな人生なんて何の意味があるというの。君は、死ぬために生き    ているのかい?
        
        蝉の声が激しくなる。
 
大沢 :うるさいな。
未来 :蝉の声が気にさわる?
大沢 :ああ。朝から晩までジージー鳴いて。無駄なことさ。どうせ短い命なのに。
未来 :(笑う)蝉は命のことなんか考えたりしないよ。ただ、鳴いてるだけだ。
大沢 :何も知らずにね。
 
        蝉の声激しく。
 
未来 :そう。何も知らず、何も考えず、何の計算もせず、ただひたすら精いっぱい鳴いて鳴いて鳴き続けるんだ。蝉の命を懸け    た夏休みをね。君は、それがうらやましいんだ。
大沢 :そんなことはない!
未来 :うらやましいんだ蝉の今が!
 
        蝉の声、ひときわ激しい。
        聞き入る彼ら。やがて、ややおさまって。
 
大沢 :・・もういちどいう。ボクたちにはするべき事が一杯あるはずだ。
未来 :新学期の準備かい。
大沢 :そうだとも、賢い子供はみんなそうするよ。夏休みの宿題は早めにやるものさ。
未来 :大沢君。小さい大人なんてやるこたないよ。
大沢 :僕は子供だよ。
未来 :そうさ、君は子供さ。子供なら、もっときっちり子供して見ろよ!
大沢 :そんなに言うなら見せて見ろ。想像妊娠の夢物語を。
 
        再び蝉の声が高まる。鳴動も。
 
未来 :見せてあげよう。これが僕のおなかにある夢だ。母さんと響子に見せる夢だ。さあ、君も見て見ろ!
 
        激しい、鳴動。倒れる先生たち。
        第三ラジオ体操の夏。
        青い、青い夏休みが広がる。鬼ヤンマがあふれる。
 
ケン :スゲェ!
ナルミ:あそこにも、ここにも、ほら!
ヒカル:鬼ヤンマの大群だ!
 
        風とともに、鬼ヤンマの群が飛ぶ。
        一同、先生も含めて鬼ヤンマの群に翻弄される。
 
未来 :大沢君。鬼ヤンマだよ。
大沢 :だから。
未来 :僕の夏休み。
大沢 :こんなものが。
未来 :こんなものが。
大沢 :・・こんなものが。
 
        大沢、思わず鬼ヤンマをとらえる。そうして逃がす。
 
未来 :誰だって、青い夏を見ているはずだよ。生まれたときは。
大沢 :こんなものが・・
未来 :あの日はどこも暑かったという。青い、青い空がどこまでも広がっていたという。だが、ボクは信じない。バランスがと    れないからだ。多分どこかでは曇り、どこかでは小雨が降り、どこかでは土砂降りであったはずだ。雨の一粒一粒がボク    の父さんの、母さんの、響子の、涙だなんていいはしない。けれどボクはその雨の中に青い夏休みを見る。・・真っ白い    絵日記の中の僕の本当の夏休みだ。
大沢 :・・こんなものが・・・・・
 
        大沢、鬼ヤンマをとらえる。本当に、本当に大事そうに。
 
未来 :本当は、君だって、お腹の中に持っているんだろう。
大沢 :僕は・・
 
        顔がゆがみそうな大沢。
 
未来 :第三ラジオ体操だよ。始めよう。ヒカル!
ヒカル:よーし。
未来 :ナルミ。
ナルミ:ハイヨっ!
未来 :ケン!
ケン :しかたねえな。
未来 :大沢君!
 
        第三ラジオ体操が始まろうとする。
        大沢。迷っている。
 
ナルミ:大沢君。
ヒカル:やろう。
ケン :やろうぜ。
未来 :大沢君。
 
        大沢、ゆっくりとむく。
 
未来 :さあ。
 
        大沢、決心してうなづこうとした、そのとき。
 
先生 :はい。遊びは終わりましょう。大沢君。
大沢 :(無表情に)はい。
先生 :あなたは指揮を執りなさい。ラジオ体操愛好会の会長なのよ。
大沢 :はい。
ヒカル:先生、じゃましないで下さい。
先生 :じゃま?いいえ。先生は教育をしているのです。
ヒカル:先生!
先生 :さあ。大沢君。
 
        バッと、駆け上がる大沢。
        先生さりげなく消える。
 
ナルミ:大沢君!
ケン :大沢!
ヒカル:大沢君!
未来 :・・大沢君。        
大沢 :・・僕は・・僕は新学期を迎えなければ。
 
        口調が変わっている。むしろ悲しそうだ。
        光景は変わる。
 
大沢 :子供を誘拐した。
ヒカル:何?
大沢 :未来の子供を誘拐した。
未来 :子供?
大沢 :ヒカルの子供を誘拐した。
ヒカル:えっ?
大沢 :ナルミの子供を誘拐した。
ナルミ:私、未婚よ。
大沢 :ケンの子供を誘拐した。
ケン :ちょっ、ちょっと。
大沢 :すべての子供を誘拐した。            
ナルミ:何よこれ。
大沢 :お前たちの子供を誘拐した。
ヒカル:大沢君!
ケン :どうしたんだ。おかしくなっちゃって。
ナルミ:わからない。
未来 :・・もしかして。
大沢 :解放されたくば。スタンプを持ってこい。
未来 :大沢君!
大沢 :これ以上言うことはない。繰り返す。お前たちの子供を誘拐した。返して欲しくば明日、正午。日之本町グラウンドにス    タンプを持ってこい。
未来 :明日?正午?
ヒカル:スタンプ?
大沢 :明日も晴れるだろう。青い、青い空がこの上もなく。日之本町はいつも日本晴れだ。
 
        大沢、駆け去る。
 
ヒカル:ふざけてる
ナルミ:ほんとにもう。ばかばかしい。
ヒカル:ぼくたち子供だろ。どこが子供を誘拐しただよ。
ケン :大沢狂ったのさ。
未来 :大沢君はくるってない。
ナルミ:またあ。
未来 :大沢君はボクたちの未来をつぶす気だ。
ナルミ:何言ってるの。わからない。
未来 :そうでしょう。先生!
 
        現れた先生。正装をしている。笑っている。ぞっとするような悪意が感じられる。
        と、見ると、先生、子供を抱いている。誘拐された夢の子供。
        
先生 :かわいいわ。
ナルミ:先生!
先生 :何も知らないでいる内が一番かわいいわ。
ナルミ:誰ですか、それ。
未来 :誘拐された。
ナルミ:えっ?
未来 :僕の子供なんでしょう。。
先生 :そうよ。未来。これは未来の赤ちゃんよ。
未来 :返して下さい。
先生 :かわいいわね。
未来 :僕の未来(みらい)を返して下さい。
先生 :でもね。・・無垢であることは罪なのよ。学びなさい。何も知らないことは罪なのよ。学ぶのです。
未来 :何を。
先生 :(にっこり笑う)もちろん、本当の夏休みを。・・本当にかわいいわ。
 
        
 
未来 :まるで金魚鉢の金魚ですね。
先生 :何が。
未来 :ボクたち。鉢の中いくらぐるぐる回っても、結局先生の思うまま。違う。自由?フリーダム?アンビリーバブーだね。
先生 :(にっこりして)いつだってアンビリーバブーよ。現実は。あなた達の子供にお別れを言いなさい。さあ。
 
        ランドセルを背負い、帽子を目深にかぶった子供たちがいる。
        黄色いサングラスをかけ、それぞれに夢の子供を抱いている。
 
ヒカル:あれは。
ナルミ:まさか。
未来 :僕らの子供だ。
ケン :嘘だろ。
先生 :夢は夢に。
子ども:夢は夢に。
先生 :夏は夏に。
子ども:夏は夏に。
未来 :やめて下さい。
先生 :帰るべき所に帰り。
子ども:帰るべき所に帰り。
先生 :新しい学期を迎えよう。
子ども:新しい学期を迎えよう。
未来 :やめてください。
先生 :不幸な子供ね。
未来 :やめて下さい!
先生 :とても、かわいいけれど。
 
        先生、子供に優しくキスする。
 
先生 :長い夏休みはもう終わり。さあ、いよいよラジオ体操大会ね!ほら!
未来 :やめろーっ!
 
        一斉に放り投げられる夢の子供。悲鳴を上げ突っ伏すナルミたち。つっこんでゆく未来。世界が黄色く暗くなる。
        「新しい朝が来た、希望の朝だ」ゆっくりとハミングで地からはいあがるように静かに始まる。
        人々がゆっくりと立ち上がり、どこからともなく人が集まる。
        第二ラジオ体操の世界だ。
        町はすっかり復興している。
        国民体操愛好会の旗がへんぽんと翻り、大沢君が指揮をして体操が始まろうとしている。
 
大沢 :さあ、みんな。構えて。用意!
 
        鋭い呼び子の音。全員が体操の隊形。黄色いサングラスをかける。
        第二体操が始まった。
        かけ込んでくる未来。
 
未来 :大沢!止めろ!
大沢 :遅いじゃない。
未来 :子供を返せ!
大沢 :スタンプを持ってきたか。
未来 :こんなもの!
        
        たたきつける未来。笑う大沢。
 
大沢 :ものを粗末にしてはいけないね。
未来 :さあ、返せ!
大沢 :何を返すの。みんな楽しそうじゃない。
未来 :楽しいって。
大沢 :ああ。規律だよ。規律。整然とした秩序。一糸乱れず、ほら!
 
        大沢は恍惚の表情すら浮かべて体操に熱中している。
        ケンが、ヒカルが、そうして子供たちがみな、体操をしている。
        ヒカルは苦しげに、ケンは楽しげに。
 
未来 :こんなの体操じゃない。
大沢 :いいや、これが本当の体操だよ。みんなもそう思ってる。
    
        と、スタンプを出す。全ての印がある。
 
大沢 :やっと全部一杯になったんだ。本当の体操じゃないか。
未来 :お前だけだ。
大沢 :いいや・・・みんなだよ。
 
        全てのものがスタンプを掲げて静止。表情はない。
 
未来 :ヒカル!ナルミ!
大沢 :未来もおいでよ。        
未来 :こんなもの!
 
        未来、ナルミのスタンプを奪い破り捨てる。ヒカルのを破り捨てる。
        破り捨てられたものは、体操を始める。みんなのスタンプが破られ、みんなが体操をしている。
        呆然とする未来。笑う大沢。
 
大沢 :無駄だよ、未来!無駄なものは無駄なんだ!ほら!
 
        スタンプが落ちてきた。一枚、二枚と後から後から落ち続ける。
        未来、何枚か破るが、追いつかない、スタンプの雨の中に立ちすくむ。
        笑う、大沢。
 
未来 :・・これが君の夢か。        
大沢 :違うね。ボクの現実だよ。
未来 :こんなの夏休みじゃない。これは。
大沢 :新学期の準備さ。日之本町の復興だ。新しい日之本町が始まるんだ。明日から新学期だ!ラジオ体操愛好会万歳!万歳!    万歳!日之本町万歳!万歳!万歳!
 
        万歳の声がとどろき渡り、一同は体操を粛々と続ける。
        蝉時雨があざ笑うように高まり、「歓喜の歌」が静かにわき上がる。
 
未来 :八月十五日。今年もやっぱりクソ暑い。子供たちの体操は第二体操に替わった。便利な自販機が角のタバコ屋についた。    ボクはそこでコーラを飲んだ。ちょっとポップな苦い味がした。気がつくといつのまにか、町がきれいになっている。地    震の跡はもうどこにも見られない。日之本町の白けたような夏の終わり、叔父が迎えに来て、ボクは髪を切った。
 
        「歓喜の歌」が高らかにわき上がる。
        ラジオ体操は一糸乱れない。かけ声がかかりながら、恍惚として第二体操が続けられる。
 
未来 :子供はただの現在に過ぎないって父さんは言った。ちょうど、夏休みのように。僕も本当にそう思う。だから・・・僕は    いつまでも子供だ。いつだってここにいる。・・そうしてどこにでもいる。
 
        黒くて丸いサングラスをかけ、
 
未来 :青い夏休みを見るまでは。
 
        日記を書き始める、未来。
        ナルミらしい少女が出てきて、人々をビューカムで撮し続けている。
        ゆっくりと黄色い闇が降り、「歓喜の歌」が高まる中、新学期が始まった。
                                                     【 幕 】
 


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