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「ボクにキスして」   

    
★キャスト
    ヒカル・・・                
    伽耶・・・・                                     
    イオ・・・・                                         
    リョウ・・・                           
    ナツミ・・・                                     
    飛行士・・・                                             
    サクラ・・・                                        
    薫子・・・・                                       
    
 
Tプロローグ 世界を見る少年
 
        核の冬に冒されたブリザードの吹きまくる光のない街がある。
        広場がある。ブランコと、作り掛けのジャングルジムがある。
        雪の降る中からなつかしいサーカスの、どこか失調したジンタの響きがとぎれとぎれに流れる。
        双眼鏡で世界を見続けるヒカルがいる。黙々と、ブランコをこぎ続ける伽耶。
        やがて。
 
ヒカル:聞こえる。
 
        伽耶、答えない。こぎ続ける。
 
ヒカル:聞こえるね。
 
        伽耶、振り返らずにこぎながら。
 
伽耶 :何が。
ヒカル:ジンタだ。あれはきっとサーカスだね。
 
        ジンタがかすかに流れてくる。
 
伽耶 :ああ、あれ。
ヒカル:驚かないね。
伽耶 :どうして、驚くの?。
ヒカル:だって、サーカスなんて今じゃどこにもないよ。
伽耶 :サクラランドの跡だもの、ここは。ジンタだって流れるよ。
ヒカル:まるで幽霊だね。
伽耶 :こんな廃墟じゃ、音楽だって化けて出るさ。(笑う)
ヒカル:伽耶。
伽耶 :何。
ヒカル:言い方にも色ってものがあるんじゃない。
伽耶 :色?(ブランコを止めて、苦々しげに)こんなくそったれの空のどこにあるのさ?
 
        二人眺める。黒びょうびょうたる空が広がる。
        かすかなジンタの音が流れる。
 
ヒカル:・・身も蓋もない、いいかただ。
伽耶 :そりゃ、そりゃ。14でくたばりゃ十分身も蓋もない世界だろ。
ヒカル:悲観しすぎだよ。
伽耶 :100年生きてる子なきジジイにゃいわれたくないね。
ヒカル:(笑う)ひどいね。・・でも違いないか。
 
        ヒカルはまた世界を見始める。
        間。
        伽耶、再びブランコをこぎはじめる。
 
伽耶 :・・ヒカル、今日は何を見てる。
ヒカル:ジャングルジム。
伽耶 :飽きないね。見つかった?
ヒカル:見つからない。
伽耶 :だろうね。・・おお、寒い。ブリザードになりそうだって。
ヒカル:だろうね。
伽耶 :いつまで、探すの。
ヒカル:見つけるまで。
伽耶 :あきらめたら。
ヒカル:いやだ。
伽耶 :サクラランドなんてとうの昔になくなってるじゃない。あきらめちゃえ。あきらめちゃえ。
ヒカル:いやだ。
伽耶 :幻のジャングルジムだよ!
ヒカル:きっとある。
伽耶 :強情者!
ヒカル:よけいなお世話!
伽耶 :意地っ張り!
ヒカル:お節介!
 
        間
        空を見るヒカル。
        ブリザードの音がかすかにする。
 
伽耶 :空見える?
ヒカル:見えるよ。
伽耶 :本当に?
ヒカル:本当に。
伽耶 :晴れる?
 
        空を再び見る。厚い雲が広がっている。
 
ヒカル:・・晴れるよ。きっと。
伽耶 :100年ぐらい立ったらね。(笑う)
ヒカル:それじゃ僕には遅すぎる。(笑う)
伽耶 :ボクだって。誰にだって遅すぎる。10年だって遅すぎる。
ヒカル:そうだね。
伽耶 :雲が晴れたらどうだっていうの。
ヒカル:夏が来る。
伽耶 :こんなに寒いのに。(笑う)
ヒカル:光が降れば暖かくなる。
伽耶 :はっ、空見てから、寝言言うんだね。ぼけじじい。一生空見てろ!
ヒカル:伽耶!
 
        ふぁっくゆーをして、伽耶、去る。
        ブリザードが再び聞こえる。
        ヒカルは再び見る。
 
U飛行士
        
        濁声の歌。「命短し恋いせよ乙女・・」飛行士がふらふらとやってくる。
        ヒカルは見ている。
        飛行士が気づく。
 
飛行士:何だ。何だ。見せ物じゃねえぞ。ぺっ。
 
        と、一口。
 
ヒカル:体に悪いよ。
飛行士:やかまし。俺の体だ。おい。坊主。
ヒカル:なんだい。
飛行士:俺知ってるか。
ヒカル:飛行士だろ。伽耶に聞いた。しょっちゅう酔っぱらってるって。おまけに。
飛行士:飛べない飛行士だってか。ぺっ。
ヒカル:飛んだことないの。
飛行士:あるわけないだろ。みんな、あのいまいましい戦争でぶっつぶれてる。どっかーん。どっかーん。どっかーん。
ヒカル:ならなぜ、飛行士なのさ。
飛行士:みんながよぶんだよ。ブラックバードって。かっこいいだろ。ぺっ。
ヒカル:ブラックバード?
飛行士:BBて呼んでくれ。ああ。BBだ。お前はなんてんだ。
ヒカル:ヒカル。
飛行士:ヒカル?ヒカル?どこかできいたな。・・そうか。20世紀のスリープチャイルドか。はっはっ。ヒカル気分    はどうだ。21世紀は寒いだろ。ぺっ。
ヒカル:すこしね。
飛行士:何年ぶりだ?
ヒカル:・・90年。
飛行士:90年ぶりの解凍か。100歳こしてるな。・・ひひじいさんみたいなものか。よ、ヒカルじいさん。ぺっ。
 
        と、一口。
 
ヒカル:・・・。
飛行士:恐かっただろ?
ヒカル:別に。。
飛行士:ほーっ、勇気があるな。よし。男の子はそうでなくっちゃいけねえ。
 
        と、一口。
 
ヒカル:そういうわけでもないけどね。
飛行士:ま、いいって。ところでどうだここは。
ヒカル:どうって。
飛行士:夜ばかりだろ。おいらなんか、いっぺんも、青い空とかいう奴を見たことがない。ぺっ。
ヒカル:・・・。
飛行士:なあ。
ヒカル:何。
飛行士:青い空ってどんなもんだ。きれいか?暖かいか?明るいか?明るいよな。晴れ晴れするだろ?
ヒカル:風かな。
飛行士:風?
ヒカル:ああ。夏の風。一面の草むらを吹きわたってゆく夏の風。ムッとするような青い草のにおいと一緒にね。
飛行士:夏の風か。
ヒカル:夏の風。
飛行士:・・夏の風・・夏の風ね。
 
        笑い出す、飛行士。
 
ヒカル:どうしたの。 
飛行士:聞いてみろ。 
 
        一口のんでよろよろと歩き出す。
        ブリザードが吹く。
 
飛行士:・・ブリザードだ。一年中吹いてやがる。夏でも冬でもお構いなしだ。ぺっ。
ヒカル:嫌いなんだね。
飛行士:だれが好きになれる?こんな世界。暗くて寒くてうっとうしくて。心まで凍っちまう。ええ、ヒカル、いった    い誰が好きになる?
ヒカル:嫌いなんだ・・。
飛行士:ああ、大嫌いだよ。
ヒカル:(そっと)壊したいぐらいに。
飛行士:壊せるならな。
ヒカル:(そっと)では、そうしようか。
飛行士:何?
ヒカル:なんでもない。
 
        ヒカル、歩き出す。
 
飛行士:おい。・・おい。ヒカル。・・けっ、いっちまった。愛想がねえ奴だ。あーあ。命短し・・か。ぺっ。
 
        とまた歌いながらふらふらと歩いていく。
        ブリザードの音がさらに激しい。
 
V走る探偵
 
        ブリザードの音が消える。
        どこかの部屋。サクラがいる。ハイテンポな音楽に合わせて、ジョギングしている。あきれたように        見ているナツミ。
        やがて。
 
ナツミ:派手なのね。
サクラ:しおしおしてもしょうがないわ。どうせの世紀末なら元気よく生きなくちゃ。
ナツミ:なるほど。今時探偵なんてほんとにやってるとは思わなかった。
サクラ:私も、まさか依頼人が来るとはね。
ナツミ:私、ナツミ。
サクラ:よろしく。サクラよ。あなた、レベルは。
 
        ナツミ、カードを見せて。
 
ナツミ:コンディションイエロー。レベル4。
サクラ:なるほど。まだ大丈夫ね。
ナツミ:全然元気よ。13才だもの。
サクラ:結構。
ナツミ:で、考えてくれた。
サクラ:薫子!薫子!・・(ナツミに)助手なの。
ナツミ:古風な名前ね。
サクラ:そこはかとないノスタルジアってとこね。あの戦争の頃よく使った名前。
ナツミ:呼びにくくない?
サクラ:正直言うとね。・・薫子、薫子!
 
        薫子、入ってくる。
 
サクラ:・・今週の予定、どうなってる。
薫子 :ダメ。ずっといっぱい。せっかくだけど。間に合ってるよ。
サクラ:あんたじゃないの。私。
薫子 :ずっと暇。依頼人ないよ。ずーっと。ずーっと。依頼人ない。この子(ナツミを見る)依頼人?
ナツミ:ナツミよ。よろしく。
薫子 :依頼人ね。いる人、いない人、依頼人。キャハハハハ。(と笑い出してそのまま去る)
ナツミ:何?
サクラ:いつものことよ。・・後遺症よ。
ナツミ:後遺症?
サクラ:性染色体回復プロジェクト。志願したのね。3年前。
ナツミ:ああ、あれ。・・気の毒に・・。男になるなんて無理よ。・・今いくつ?
サクラ:14。
ナツミ:とするとコンディションは・・聞くまでもないか。(ため息をつき)女はいつも損をするわ。(気を取りなお    し)では、商談ね。
サクラ:高いわよ。君に払えるかな?
ナツミ:(見回して)閑古鳥鳴いてる探偵が、ふっかける?
サクラ:仕事は選ぶのよ。
ナツミ:やせ我慢して。どうして探偵なんかになったのよ。こんな仕事、はやるはずないでしょうに。
サクラ:(笑って)大人だからね。
ナツミ:・・・?
サクラ:あの戦争が証明したじゃない。大人なんて何の役にも立たない。
ナツミ:それで。
サクラ:だから、私は生き残った大人として、何の役にも立たない仕事をすることにしたの。探偵を雇うなんて暇なこ    どもいるはず無いもの。
ナツミ:コロニーのために何か仕事するつもりは。
サクラ:全くないわ。私は、見ているの。それが役に立たない大人の役目よ。
ナツミ:ところが依頼が舞い込んだと。
サクラ:いい女の定めね。やっぱり世界はほっといてくれないわ。
ナツミ:やっぱり大人はしょってるわ。・・で、依頼というのは・・。
サクラ:スリープチャイルドを調査してほしい。でしょ。
ナツミ:驚いた。
サクラ:いつのまにって?
ナツミ:うん。
サクラ:(笑って)襟に、少年義勇軍のバッジが光ってるよ。
ナツミ:なるほど。なら話は早いわね。調べてほしいの。ヒカルがなぜここへ来たのかを。
サクラ:どうして?
ナツミ:困るの。
サクラ:困る?
ナツミ:わかるでしょ。女ばかりの世界に男の子が一人。
サクラ:紅一点ならぬ黒一点ね。
ナツミ:これ以上のトラブルはごめんだわ。もういい加減うんざりする世界だもの。
サクラ:何か起こりそう?
ナツミ:かもね。
サクラ:わかった。
ナツミ:OK。じゃ、よろしく。
サクラ:なかなか現実的ね。
ナツミ:何が?
 
        サクラ、肩をすくめる。
 
ナツミ:仕方ないでしょ。子供は自分の生まれる世界は選べないもの。生まれたくなかったなんて言ったってしかたが    ないじゃない。こんな世界でもやるだけやらなくちゃ。
サクラ:健康的な考え方ね。
ナツミ:ちっとも。子供なんてやるもんじゃないわ。大人の付け、払わされるだけだもの。
サクラ:(笑って)そりゃそりゃ。申し訳ないことで。
ナツミ:結果はこちらへ。(と、カードをとばした。)
サクラ:(受け取り)ねえ。
ナツミ:(去りながら)何。
サクラ:私は、やりだしたらとことんよ。
 
        立ち止まって振り返る。にっこり笑って。
 
ナツミ:結構よ。
 
        ひらひらと手を振って去る。
        手を振って答え、カードをもてあそぶサクラ。
 
サクラ:ふーん。少年義勇軍の幹部がね・・。これはこれは。義勇軍も大変だ。誰かさんと誰かさんが麦畑っか。(と    ハミングして)若いっていいわね。・・薫子!(隣の部屋でハイ)出かけるよ、調査!靴出して。
 
        と、ドアの方にさっそうと行きかかって。
 
サクラ:おっと、節電、節電。
 
        スイッチを切る。暗転。
        ブリザードの音。
 
Wボクらはみんな女の子
 
        広場。ブランコとつくりかけのジャングルジム。
        ブリザードの音が高まって、突然激しい曲が入る。
        少年義勇軍たちが三輪車に乗って乱入、ダンス。
        めちゃくちゃにかっこいい(?)。
        ダンスが終わる。
        三輪車に乗って意味もなくかっこいいシュプレヒコール。男の子はとにかくなんだかかっこいい。
 
伽耶 :20世紀の末、日本列島の子どもたちに、奇妙で暴力的な遊びが爆発的にはやったことがある。
三人 :ロールプレイングゲーム。
リョウ:ディスプレイの中で、かりそめの人生を演じる子どもたち。
イオ :ヒーローは、名もない一人の男の子。
伽耶 :彼は選ばれた人間だ。
イオ :彼には世界を救う使命がある。
三人 :オーマイガッ。僕はやるしかない。世界を救うんだ。やるぞ、やるぞ、やるぞ。やって、やって、やってやる!    かかっておいで!
イオ :救いがたい思いこみ。
リョウ:はた迷惑な使命感。
イオ :極悪非道の正義の少年。
伽耶 :住居不法侵入。窃盗。置き引き。詐欺、強盗。器物損壊。暴行、傷害、殺人、放火。
イオ :目的のためには手段を選ばず。
リョウ:他人の家に無断で侵入。
イオ :ことわりもなく、タンスを開け、水瓶をのぞき。
リョウ:片っ端からアイテムをかっぱらい。
イオ :己の悪行には口を拭い。
リョウ:穏やかに暮らす魔物を殺し。
イオ :先祖代々の財宝を強奪。
リョウ:誰も知らぬ最終目的に向かって、ひたすら邁進する。
イオ :彼は勇者と呼ばれ、己の正義を疑わず。
リョウ:世界をわが手に入れるまで。
三 人:僕はゆく、無敵の荒野。魔物もボスもダンジョンも、何するものぞ。幾多の試練が襲おうと、僕は勇者。世界    を救う。僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。
伽耶 :殺しつくし、奪いつくし、焼きつくす人生。
三 人:二十世紀の末、奇妙な遊びが流行した。ロールプレイングゲーム。人は、かりそめの人生がその中にあるとい    い、経験値を上げることに熱中した。人生の経験値、何という奇妙な考えだろうか。経験値さえ積めば幸せな    人生が保証されるとは。けれど!
 
        ブリザードの音。
 
伽耶 :僕らブリザードの音とともに生まれ。
イオ :ブリザードの音とともに育ち。
リョウ:人生なんて見えない。。
イオ :人生なんてしらない。
三人 :十五の春は決してこない、この、二十一世紀の末。
伽耶 :僕らにあるはこのカード。
リョウ:レベル3。コンディショングリーン。
イオ :レベル4。コンディションイエロー。
伽耶 :レベル6。コンディションアンバー。
三人 :経験値が人生ならば、僕らの人生はただ一枚のこのカード。ぼくらの未来は本当にあるだろうか。さあ、おい    で。
 
        三人、それぞれのカードを思い思いに差し出す。
 
伽耶 :レベル6。伽耶のカードはいかが。
イオ :レベル4。イオのカードはいかが。
リョウ:レベル3。リョウのカードはいかが。
三 人:ボクのカードはいかが!
 
        ブリザードの音。
        ぱたっと止んで。
 
伽耶 :あーあ、昔はいいなあ。
イオ :ぼやくな、ぼやくな。
リョウ:ここだって、捨てたもんじゃないよ。
伽耶 :どこが。
 
        とリョウにからむ。まあまあとイオ。
        イオ、ジャングルジムを組み立て始める。
        リョウも手伝う。
        伽耶はブランコに腰掛けて見ている。手伝えよと言う声を無視して。
 
伽耶 :ちぇっ。なんだかなあ。おっもしろくない。
リョウ:ブリザードは吹くし。
イオ :えさはろくに無いし。先は短いし。おい、そのガムくれよ。
 
        と、リョウのガムを横取りする。
 
リョウ:あーっ。それ昨日の配給とっといたんだよ。
イオ :いいじゃねーか。こちら腹減って目回ってんだ。伽耶もいる?
伽耶 :ありがと。
 
        と、伽耶、ガムを少し、もらってポケットに入れる。
 
伽耶 :ボクなんかレベル6だよ。もうすぐ、レベル7、レッドだよ。レッド。人生の墓場だよ。
リョウ:展望ないよね。
イオ :ない、ない。まったくない。
伽耶 :ほんと、まっ暗。花の命は短くて苦しきとことのみおおかりき。
イオ :まったく。人生なんてやってらんねーよ。誰か何とかしてくれよ。
リョウ:又イオはそれを言う。
イオ :真実だよ。リョウ。真実。クソッタレなボクたちの真実なんてそんなとこだろ。
リョウ:それ言っちゃおしまい。イオはもっと夢をもたなきゃ。
イオ :リョウお得意の海を見たいわってか。・・私、海を見たいの。お願い。・・うぇーっ。
 
        リョウ、もってたパイプを投げつける。
        イオは拾って、組み立てながら。
 
イオ :ものを粗末にしたら罰が当たりますよ。リョウおじょうさん。
リョウ:海を見たくて悪いかい?
イオ :どこにあるんだよ。海なんて。
リョウ:コロニーの外にあるじゃない。
イオ :放射能の海がね。
リョウ:わかるもんか。あの向こうに絶対青い海がある。
イオ :むりむり。水なんてとうの昔に凍り付いてるよ。第一コロニーの外には出られない。
伽耶 :出られるさ。
リョウ:え?
伽耶 :レベル7を越えたらね。・・生きて帰れないけど。
 
        笑い出すイオ。
 
リョウ:笑うけど、イオだって夢ぐらいあるだろ。
イオ :ないよ。
リョウ:どうして。
イオ :どうして?周り見て見ろ。ここにいるのがよっぽど夢みたいだろが。
リョウ:自分の人生だよ。
イオ :自分の人生?へっ。こんなのクソゲーみたいなものだよ。それも。
伽耶 :たったの14年でリセットされる。
リョウ:14才。
イオ :そう、14才でリセットだ。ゲームオーバーだよ。そんなん人生っていうか?どうやって夢見んだよ。
伽耶 :ゲームオーバー。
リョウ:ゲームオーバー。
 
        間。
        黄昏る三人。
        ナツミがやってくる。
 
ナツミ:なにみんなで黄昏てるの。ジャングルジムはどう?
イオ :いつも元気なやつがきたよ。
ナツミ:はかどり具合は、伽耶。
イオ :やってるよ。
ナツミ:君に聞いてんじゃない。伽耶に聞いてるの。
イオ :へいへい。
ナツミ:どう組立は。
伽耶 :8割程度かな。
ナツミ:そう。2、3日中にはあがるわね。
イオ :何で今更サクラランドだ?遊び場どころじゃないだろ。
ナツミ:義勇軍の決定。
イオ :だから、なぜだよ。
ナツミ:機密事項。
イオ :もったいぶって。
ナツミ:コロニーを維持するため、どうしても必要なの。それ以上は言えない。
イオ :ジャングルジムが?保育園でも開こうってか。あほらし。食料増産した方がましだぜ?
ナツミ:東部方面で、やってるんだけどね。
伽耶 :上手く行かないんだ。
イオ :計画がまずいのさ。
ナツミ:それもあるわ。申し訳ないけどこの調子じゃ来週から配給減らさなくちゃ。
イオ :えーっ。またかよ。これじゃ、生きる前に死んじゃうぜ。
リョウ:いつまで続くの?
ナツミ:わからない。ま、とりあえず、君たちは今日一日を生きることね。
イオ :ナツミの一生懸命主義か。
ナツミ:何とでも言いなさい。好きこのんでやってるんじゃないわ。私の仕事は・・
イオ :コロニーの維持が第一だ。はい、はい。わかりましたよ。たまんねえなこれじゃ。おい。
 
        と、リョウと仕事を再開する。
 
ナツミ:伽耶。
伽耶 :何?
ナツミ:あとで私の所へ来て。話があるの。
伽耶 :・・いいよ。
ナツミ:じゃ、今日のノルマよろしくね。
 
        ナツミ、去る。
 
イオ :あらら、珍しい。ナツミのお誘いだよ。
リョウ:それが?
イオ :デートだろ。
伽耶 :ばかばかしい。そんなのとは違うよ。
イオ :盛り下げるなよ。・・まあな。女同士で愛を語ったってしょうがねえもの。
リョウ:え?伽耶って女だっけ。
 
        パコーンとびんた。
 
リョウ:いてーっ。
イオ :あーあ、これじゃまるでロミオのいないジュリエットだ。
リョウ:なんで。
イオ :ジュリエットは14才だったんだよ。14才。
リョウ:なるほど。
イオ :14で恋に死んだジュリエット。それにひきかえ、こちらは恋も知らずにゲームオーバーじゃ、ちょっと切な    いものがあるじゃない?
リョウ:ヒカルは?男の子だよ。
イオ :あれか、・・あれはちょっとね。じじいだもんね。
リョウ:見かけは子供だよ。
イオ :といわれても、じじいだろ。
リョウ:ほかには飲んだくれの飛行士しかいないよ。
イオ :じゃボクはリョウで我慢しよう。(襲いかかるまね)はあ、はあ。
リョウ:あ、あれー。(と、襲われるまね)
 
        伽耶はのってこない。
 
イオ :何だよ、伽耶。白けちゃうだろ。        
伽耶 :蜂だね。
リョウ:え?
イオ :蜂?
伽耶 :蜂。蟻でもいい。
イオ :何それ。
伽耶 :ボクたちと同じだ。雄のいない社会。女王蜂と働き蜂の世界。雌しかいない。
イオ :なるほど。蜂か。
リョウ:蜂ね。
イオ :ボクらはみんな女の子というわけだ。なるほど蜂のコロニーだ。
伽耶 :生まれて、働いて、死んでゆくだけ。
リョウ:自分ら働き蜂で、ナツミが女王蜂?
イオ :女王様とお呼びってか?くそったれが。
伽耶 :そう、くそったれのコロニーだよ。どこにも、いけない、青空もない、男の子もいない、ブリザードと放射能    のコロニーだよ。
 
        ブリザードの音。
 
イオ :じゃ、ヒカルはなんなんだ?
伽耶 :さあね。
リョウ:ヒカルね。・・でも、こんな所へ、なぜ、やって来たんだろう。
伽耶 :そう。なぜやってきたんだろう。
 
        溶暗。
 
X見続ける少年
 
        浮かび上がるヒカル。
        
ヒカル:見えないは見える。見えるは見えない。見ないは見る。見るは見ない。見えないは見える。見えるは見えない。
 声 :何を見ているんだい。(ヒカルの声が望ましい)
ヒカル:ジャングルジム。
 声 :見てどうする。
ヒカル:分からない。
 声 :分からない?
ヒカル:ああ。分からないは分かってる。分かってるは分からない。
 声 :呪文かい?
ヒカル:ほんとのことさ。
 声 :大人みたいなことをいうね。
ヒカル:僕は大人だよ。
 声 :子どもだろ。
ヒカル:ああ、子どもだよ。
 声 :どっちなのさ。
ヒカル:どっちだろう。
 声 :はっきりしなよ。
ヒカル:大人は子ども、子どもは大人。大人は子ども、子どもは大人。
 声 :なぜ探すのさ。
ヒカル:もちろん夢を見るためだよ。
 声 :何の夢だろう。
ヒカル:大人になるための夢さ。
 声 :そんな夢なんかどこにもないよ。
ヒカル:ないのはある。あるのはない。
 声 :今は何を見ているんだ。
ヒカル:光を見ているんだ。
 声 :何の?
ヒカル:夏に決まっているだろう。
 声 :どうして。
ヒカル:ここは冬だもの。
 声 :いつまでみるのさ。
ヒカル:いつまでも。
 声 :だから、いつまでさ。
ヒカル:だから、いつまでも。
 声 :だから。いつまでさ。
ヒカル:だから・・・あ、ほら。
 
        ブリザードが聞こえる。
 
Yサクラとヒカル
 
        溶明。
        ヒカルが双眼鏡で見ている。
        サクラと、薫子がやってくる。ちょっと、見ているが。
 
サクラ:ねえ。ちょっといいかな。
ヒカル:何?
サクラ:君のこと。
ヒカル:いいよ。
サクラ:それは?
ヒカル:これ。これは双眼鏡だよ。
サクラ:何を見るの。
ヒカル:光を見るためだよ。
サクラ:光?目がつぶれるわ。
ヒカル:つぶれない。そう言った。
サクラ:誰が。
ヒカル:・・・・
サクラ:・・・今どうしてるの。
ヒカル:探してる。
サクラ:何を。
ヒカル:光だよ。この厚い雲を突き破る。
 
        二人、上を見る。
        厚くおおわれた雲が流れる。
 
サクラ:この雲を?
ヒカル:そうだよ。おかしい?
サクラ:おかしくはないけど、無理じゃない。
ヒカル:そうかな。
サクラ:核の冬よ。あと五〇年は続く。
ヒカル:それじゃ遅すぎる。
サクラ:どうして。
ヒカル:僕死んじゃうよ。
サクラ:あら、まだ若いじゃない。
 
        ヒカル、笑う。
 
サクラ:確かにね。いつから冷凍睡眠に。
ヒカル:二〇一二年。
サクラ:じゃ、核戦争以前ね。
ヒカル:そう。
サクラ:びっくりしたでしょ。目が覚めて。
ヒカル:全然。
サクラ:えっ、どうして。
ヒカル:だって知らないから。
サクラ:しらないって何を。
ヒカル:目が覚める前。
サクラ:どういうこと。
ヒカル:覚えてないんだよ、前のこと。
サクラ:どうして。
ヒカル:さあね。
サクラ:じゃ、どうしてここへ来たかも。
ヒカル:それはわかってる。
サクラ:何?
ヒカル:見るためだよ。
サクラ:見る?何を?
ヒカル:世界を。
サクラ:見てどうするの?
ヒカル:見て・・わからない。
サクラ:わからない?
ヒカル:わからない。考えようとするとからっぽになる。・・もういいでしょ。
 
        ヒカル、去ろうとする。
 
サクラ:どこ行くの?
ヒカル:サクラランド。
サクラ:あそこには何もないわ。
ヒカル:ジャングルジムがあるよ。
 
        去る。
        薫子が何かいいたそう。
 
サクラ:どうしたの。薫子。
薫子 :ジャングルジム。ジャングルジム。冬の夜のジャングルジム。
サクラ:どうしたの気分でも悪い?
薫子 :ジャングルジム。ジャングルジム。冬の夜のジャングルジム。もう十分見ましたか?
 
        薫子、ふらふらと去る。
 
サクラ:あ、薫子。待ちなさい。・・・薫子、サクラランド行くからね。事務所帰るなら気をつけるのよ。掃除忘れな    いで。配給残しといてよ。・・なんなんだろ。ジャングルジム、ジャングルジムか・・
 
        サクラ、去る。
 
Zブラックバード 
        
        公園。ブランコがある。
        ヒカルがやってくる。
        反対側から、濁声。ふらつく飛行士。
 
飛行士:これはこれはブランコ乗りのヒカル殿とお見受けする。
ヒカル:酔ってるね。
飛行士:ああ、酔ってる。よって、よって、酔い放しだ。わははは。
ヒカル:そんなに飲んじゃからだ壊すよ。
飛行士:ほっとけ。ほっとけ。どうせ他人の体でござる。
ヒカル:じゃ、すきなように。
 
        去ろうとする。
 
飛行士:おい。おい。まてよ。こら、まてったら。
    ヒカル:何か用?
飛行士:こいよ。
ヒカル:酔っぱらいはいやだ。
飛行士:いいから、こいよ。ほら。こいよ。
 
        飛行士のそばへいくヒカル。
        ブランコに腰掛けるヒカル。
 
飛行士:夢見るか。
ヒカル:えっ。
飛行士:夢見るかってきいてんだ。こんちくしょう。
 
        と、ぐいと一口。
 
ヒカル:夢は見ないよ。
飛行士:いいことだ。うん。いいことだ。
ヒカル:どうして。
飛行士:夢なんか見ないに限る。
ヒカル:僕は見たいな。
飛行士:ろくなことはない。
 
        どこかからかすかに爆音が聞こえる。
        ぐいと一口。
 
ヒカル:BB。
飛行士:何だ。
ヒカル:どうして。ブラックバードって呼ばれるの。
飛行士:飛ぶ夢を見るからさ。
 
        高く飛ぶ戦略爆撃機の音。
 
ヒカル:夢を?
飛行士:俺は本当は飛んだことがない。飛行機すら見たこともない。けれど俺は飛んでいる。ブラックバードに乗って。
ヒカル:ブラックバードって。
 
        飛行士、どいてろとヒカルを押しのけブランコに乗る。
 
飛行士:大きな戦略爆撃機だ。核ミサイルを積んで大気圏外を飛ぶ。そこはもう冷たい宇宙空間だ。凍り付く、暗い宇    宙の下に、青い地球が浮かんでいる。ヒカル見ろ。
 
        ヒカル、双眼鏡を当てる。
        宇宙空間だ。
 
飛行士:見えるか。
ヒカル:見えない。
飛行士:俺の足下に、ゆっくりと回る地球がある。風の音はしない。空気がほとんどないからだ。俺は風の音が恋しく    なる。なぜなら俺は今から、この青い地球に真っ赤な火をつけるからだ。俺は、地球を傷付けるために飛んで    いる。
 
        通信ノイズがエンジン音に重なる。
 
飛行士:いいや、ちがう。俺は支配しているんだ。エンジン振動が俺の身体で歌う。支配している。俺の指が。俺の一    押しが。このボタンが。お前たち、哀れな地上のどぶネズミどもの命は俺の中にある。ヒカル、見えるか。
 
        エンジン音が大きくなる。
 
ヒカル:見えない。
飛行士:俺は、下を見る。夜の地球が広がる。ぼつぼつとあちこちに明るい光がある。東京。ニューヨーク。パリ。モ    スクワ。ロンドン。上海。ドブネズミどもがごみごみと暮らし、わめき合い、ののしり合い、喧嘩し合い、傷    つけ合い、心がずたずたになっていく所だ。心がどんどん冷えていくゴミためだ。そうだ、ボタンだ。ボタン    の一押しで、あそこには夏が来る。あつい、あつい夏が来る。
 
        通信ノイズ。
 
飛行士:ヒカル、見えるか。
ヒカル:見えないよ!
飛行士:了解。俺はボタンを押す。ミサイルが飛出す。暗い宇宙を背景にあいつは一直線に街に降りてゆく。了解。発    射します。了解!発射します!了解!発射します。
 
        通信ノイズひどくなる。光が爆発。
 
飛行士:不思議な光景だ。夜の地球にきれいなヒカリの花が後から、後から音もなく開いている。ドブネズミたちが悲    鳴も上げずに焼かれている。ドブネズミたちの夏だ。あつい、あつい、誰もいない夏だ。
 
        一口、又一口と飲む。目は暗い。
        光が散乱する、神の火が夏を運ぶ。
        ヒカル何か思い出しそうだが。双眼鏡をはずす。
 
ヒカル:夏が好きなの。
飛行士:とんでもござんせん。嫌いですよ、大嫌い。夢も見たくない。けれど、見るんだ。見ろ、こんなに寒いのに。    こんなに雲が厚くて、暗いのに。赤々とドブネズミを焼く夏の火が見えるんだ。ぺっ。
ヒカル:ドブネズミ。
飛行士:俺のことだよ。・・・ドブネズミは俺だ。俺が焼いて、俺が焼かれる。おかしな夢だろ。
 
        間
 
飛行士:冬がいいんだ。
ヒカル:あの厚い雲も。
 
        飛行士空を見る。
 
飛行士:そうだ。
ヒカル:寒くて暗い夜も。
飛行士:そうだ。
ヒカル:うそだね。
飛行士:何?
ヒカル:前に言ったよ。こんな世界、壊したいぐらい嫌いだって。
飛行士:それは。
ヒカル:BBは飛びたいんだ。
飛行士:・・・。
ヒカル:あの厚い雲の上には、夏の光と冷たく暗い宇宙が広がっている。BBは見たはずだ。
飛行士:夢だよ。
ヒカル:夢でも見ただろ。
飛行士:ああ、見たよ。
ヒカル:飛びたいから、見たんだ。
飛行士:・・・・
ヒカル:夏が本当は好きなんだ。だから、そんな夢を見る。こんなあつく、閉ざされて、うっとおしく寒い冬なんて本    当は好きじゃない。夏が好きなんだ。
飛行士:・・・・
ヒカル:だから、夢を見る。何回だって夢を見るよ。・・あっ。
 
        飛行士、不意に、ヒカルを払いのける。よろよろと、去っていく。
 
ヒカル:待って。
 
        飛行士、ちらっと見るが去る。
 
ヒカル:BBは絶対飛びたいんだ!
 
        立ちつくすヒカル。
        やがて、ヒカル駆け去る。
 
[大人になれない子供たち
        
        広場、ジャングルジムとブランコ。
        伽耶たちがいる。
        「ぶんぶんぶん蜂が飛ぶ」と、歌いながら働いているイオ。
        相変わらず、ブランコにのっている伽耶。
 
イオ :おーい、伽耶。手伝えよ。
伽耶 :やだね。
イオ :極道もん!
伽耶 :女の子は労働なんかしないんだよ。
イオ :じゃ俺は男か?
伽耶 :女に見える?
イオ :十分さ、ほれほれ。
 
        と、挑発的なポーズ。
 
伽耶 :豚がころされそうな格好したって同情されないよ。
 
        パイプを投げつける、イオ。
        ひらりとかわして。
 
伽耶 :ヒカルだ。
 
        と、手を振る。
        ヒカルがやってくる。
 
リョウ:遅いじゃない。
ヒカル:ごめん。
リョウ:今日は、これぐらいだけど。
 
        と、ジャングルジムをさす。
        ヒカル、ジャングルジムを見る。
 
リョウ:思い出さない?
ヒカル:・・・・
リョウ:サクラランドだよ。
ヒカル:・・・ダメだ。・・ジャングルジムここだけかな。
伽耶 :そうだよ。でも、どうして、ジャングルジムにこだわるの。
ヒカル:よくわからない。
イオ :冷凍睡眠の前に上ったんじゃないかな。
伽耶 :上ってどうするの。
イオ :それは上って・・・どうすんだろ。
伽耶 :ばっかみたい。
リョウ:毎日来るね。
ヒカル:来ないと落ちつかないからね。
イオ :伽耶に会いに来るんだろ。
 
        ちらっと顔を見合わすヒカルと伽耶。
 
ヒカル:そんなことないよ。
伽耶 :そんなことないわ。
イオ :ほー。
伽耶 :(しまったと言う感じで)そんなことないよ。
ヒカル:パターンがね。
リョウ:パターン?
ヒカル:こう、どこか、違うんだ。
 
        と、ジャングルジムを見る。
 
リョウ:パターンね。
 
        一同も、見る。
        サイレンが鳴る。
 
リョウ:お昼だ。
イオ :飯だよ。飯。
リョウ:また配給食料か。あれ、ちょーまずいから、もう。
イオ :文句言わないの。・・伽耶、ごゆっくり。
 
        二人、去る。
        なんとはなしの間。
        ブランコは揺れる。
 
ヒカル:眠るってこと考えたことある。
伽耶 :(ブランコを揺りながら)眠る?冷凍睡眠のこと?
ヒカル:うん。・・とても疲れる。
伽耶 :どういうこと?
 
        ヒカル、語り始める。
        伽耶、注意深く聞く。
 
ヒカル:冷凍睡眠ていうのはね、これはもう本当に死んでしまうのと同じなんだ。といっても、氷みたいにかちんかち    んに凍らせるわけじゃない。身体の新陳代謝を限りなくゼロに近づけて、生かしているんだけど、それでも少    しずつ年はとるんだ。凍りながら、生きている。死んでいながら生きている。そういうことだ。だから、僕は    一度死んで、そうしてもう一度生まれた。
伽耶 :一度死んで、もう一度生まれた。
ヒカル:ねえ、僕はいったいいくつなんだろう。
伽耶 :え?
ヒカル:眠ってたからぼくは君たちよりずっとずっと年がいっている。けれど、実際はまだまだ子どもだ。これって、    大人なんだろうか、子どもなんだろうか。どう思う。
伽耶 :どうって。・・子供でしょ。
ヒカル:そうだよね。子供だよね。
伽耶 :なんでそんなこと気にするの。
ヒカル:とても大事なことだよ。
伽耶 :どうして?
ヒカル:伽耶は子供だろ。
伽耶 :そう。ボクは子供だよ。
ヒカル:・・そして、そのまま死ぬんだ。14才で。
 
        厳しく、冷たい言葉。
        慄然とする伽耶。
        ブランコは止まる。
        間。
        やがて、またブランコは揺れる。
 
伽耶 :・・・それで。・・ボクは14だよ。
ヒカル:・・ごめん。身も蓋もない言い方だね。・・でも、本当だ。ここにいるのは子供だけだよね。
伽耶 :そうだよ。
ヒカル:そして子供で一生を終わる。
伽耶 :大人になんかなりたくない。
ヒカル:なりたくないじゃなくてなれないんだ。
伽耶 :どっちだっていいじゃない。
ヒカル:そうだろうか。
伽耶 :そうよ。
ヒカル:違う。
伽耶 :違う?
ヒカル:違うよ。誰だっていつまでも子供でいることなんかできゃしない。
伽耶 :だから。
ヒカル:みんな大人になるんだ。
伽耶 :だから。
ヒカル:でも、ここでは違う。
伽耶 :だから。
ヒカル:大人にもなれず、子供でいることもできず。
伽耶 :だから。
ヒカル:いつまでも、ちゅうぶらりん。
伽耶 :だから。
ヒカル:まるでブランコだね。大人、子供、大人、子供。揺れているだけ。
 
        ブランコは揺れる。
 
伽耶 :・・・。
ヒカル:不思議な世界だね。
伽耶 :不思議な世界?
ヒカル:伽耶は子供だろうか、大人だろうか。
伽耶 :ぼくは子供に決まってるよ。
ヒカル:そうではないかもしれない。子供は夢を見て大人になるんだ。伽耶は、夢を持ってる?
伽耶 :夢?あるよ。
ヒカル:どんな?
伽耶 :どんなって・・・
ヒカル:どんな?
伽耶 :とにかく、あるったらあるよ。
ヒカル:本当は、君は夢を見ないじゃないの。
 
        ブランコは止まる。
        間。ややあってまたブランコは揺れる。
 
ヒカル:こんな世界に夢なんてあるはずがない。
伽耶 :だから。
ヒカル:君はもう大人だよ。夢を見ることができないなら。
伽耶 :だから。だから。だから。だから!・・だから、なんだっての。夢なんてどうだっていいじゃない!だいたい、    ヒカルはなんなんだよ。
ヒカル:ボク?
伽耶 :そうだよ、ヒカルは夢を見るのかい。
ヒカル:ボクは、ブランコだ。
伽耶 :ブランコ?
 
        ヒカル、伽耶の後ろに乗る。ゆらゆらブランコは揺れる
        伽耶は拒まない。
 
ヒカル:ぼくは、夢を見ない。ぼくは世界を見ている。冷凍睡眠で一度死んだと言ったね。
伽耶 :言った。
ヒカル:ぼくは、あの長い暗闇の中に夢をおいてきてしまった。ボクは子供でありたい。ボクの年にふさわしい子供で    ありたい。けれどボクはもう大人なんだ。夢を見ることなく、世界を見るしかない大人なんだ。だから、ぼく    はブランコなんだ。
伽耶 :・・だから。
ヒカル:子供でいるためにはブランコを揺らさなければならない。止まれば子供であることをやめるしかない。やめれ    ばもう、大人だ。
伽耶 :・・なら、なればいいじゃない。
ヒカル:でもね、伽耶。そんな大人がこんな世界をつくったんだ。
伽耶 :だから。
ヒカル:だから、子供には絶対夢がいるんだ。
伽耶 :ジンマシンが出そう。
ヒカル:夢がなければ子供は大人になれない。でも、ここには夢なんてない。
伽耶 :そりゃ、そりゃ。
ヒカル:伽耶は女の子だ。
伽耶 :だから。。
ヒカル:20世紀の女の子の夢の話をしよう。
伽耶 :20世紀?
ヒカル:おとなになってすきなひとできて結婚してこどもうんで。
伽耶 :なにそれ。寝言ならやめてよ。
ヒカル:ウェディングドレスって見たことある。
伽耶 :あったらどうなの。義勇軍の倉庫でも調べて見たら。誰が着るの。相手もいないのに。
ヒカル:真っ白い、ドレス。ひらひらのベール。
伽耶 :キスでもしてほしいのヒカル。
ヒカル:20世紀の女の子はそんな夢を見ていた。
伽耶 :あー、そうですか。21世紀で悪うございました。哀れむのはやめてよ。そうさ。どうせボクたちは14で死    ぬんだ。20世紀のあんたたちのおかげででね。放射能一杯の海の中で夢も持たずに大人になって死ぬんだよ。    夢を持たないのがそれほど悪い?持てもしないものを持てなんて言われたって、どうしようもないじゃない!
サクラ:お取り込み中のようね。        
    
        サクラが飛び出す。
        なんとはなしの気まずいま。
 
サクラ:わるかったしら?
伽耶 :今とりこんでるの。
サクラ:こちらもね。ヒカル。もう一度聞きたいの。君は、なぜここに来たの。
伽耶 :何、今頃。
サクラ:(無視して)ヒカル、前に言ったわよね。世界を見に来たって。答えて。君は何を見に来たの?見てどうする    の?
ヒカル:どうする?
サクラ:そう。君はなぜスリーピングチャイルドになったの。思い出して。
ヒカル:冷凍睡眠?(笑う)
サクラ:何がおかしいの。
ヒカル:(笑う)死体の見る夢だよ。
サクラ:死体の・・??
ヒカル:深い眠りの中にいて、もちろん夢なんか見ないはずだけれど、何かがささやきかけている。ゆっくり、ゆっく    りした感覚でね。ひとーつ・・・・・ふたーつ・・・・・みーつ。繰り返し、繰り返し僕に語りかける。
サクラ:何を。
伽耶 :ヒカル!
サクラ:黙って。
ヒカル:見るんだよ、ヒカル。じっと見るんだ、ヒカル。
 
        声が聞こえる。少し変調したヒカルの声が望ましい。
        ヒカル、双眼鏡で幻のジャングルジムを見る。
 
声  :ジャングルジム。ジャングルジム。冬の夜のジャングルジム。右、左、縦、横。クロスする夢、クロスする意    志。正しい夢、正しいコース。正しいスイッチ。正しい夏。正しい冬。ジャングルジム。ジャングルジム。冬    の夜のジャングルジム。見えてますか。どうぞ。見えていますか。スイッチは見えてますか。
伽耶 :やめて!
 
        ヒカル、双眼鏡を落とす。目覚める。
 
伽耶 :(ヒカルを助けながらサクラに)何するの!
サクラ:悪かったわ。確かめたかっただけ。
伽耶 :何を。
サクラ:ジャングルジム。
伽耶 :ジャングルジム?
サクラ:(答えず)どう。思い出した。
 
        ヒカル、首を振る。
 
伽耶 :それぐらいでいいでしょ。ヒカル、疲れてるわ。
サクラ:おやおや、もう少し聞きたいんだけどな。しかたないか、又、会いましょ。
伽耶 :ナツミが呼んでるよ。いこう。
 
        伽耶と、ヒカル。去る。
        見送って。
 
サクラ:さてと。お腹も減ったし、カラスが鳴くから帰りましょかね。ジャングルジム。ヒカル。伽耶。こりゃ三題        話だわ。
 
        とうなりながら、サクラ去る。
 
\ナツミと伽耶
 
        ナツミの部屋。伽耶がいる。
        ナツミが入ってくる。
 
ナツミ:お待たせ。・・食事済んだの?
伽耶 :まずい配給スープをね。育ち盛りにゃつらいものがあるわね。あれじゃ、とっても足りないわ。
ナツミ:生産要員が足りないのよ。5才の子供まで動員してるんだけど。
伽耶 :ガキの働きじゃしれてるっところ?
ナツミ:そういうことね。
伽耶 :で、話は?
ナツミ:ヒカルは?
伽耶 :公園で別れたわ。ヒカルがどうかした。
ナツミ:問題があるの。
伽耶 :問題?
ナツミ:ジャングルジムなんてなぜつくるんだってイオが言ってたわね。
伽耶 :それで。
ナツミ:キットて知ってる?
伽耶 :キット?何、キットて。
ナツミ:おもちゃの組立セットって見たことない?
伽耶 :リカちゃんハウス?
ナツミ:(笑って)ちょっとふるすぎるけどそうよ。
伽耶 :ジャングルジムが?
ナツミ:そう。
伽耶 :あれはおもちゃ・・
ナツミ:じゃ、もちろんないわ。ヒカルなの。
伽耶 :どういうこと。
ナツミ:ヒカルが覚醒したときに、あわせて発見されたわ。
伽耶 :ナツミ、それって。
ナツミ:みんなには隠した。だって、おかしいもの。
伽耶 :どこが?
ナツミ:ヒカルが目覚めた部屋覚えてる。サクラランドの。
伽耶 :シェルターだったわね。
ナツミ:あの下に更にもう一つシェルターがあったのよ。
伽耶 :あの下に?
ナツミ:そう。厳重にシールドされたジャングルジムの部品がね。ジャングルジムよ。たかが、遊び道具よ。それが何    で、あんなに厳重に隠されていたか。
伽耶 :隠されて。
ナツミ:そう、隠されて。
伽耶 :ヒカルは何と?
ナツミ:だめ。何も思い出さない。
伽耶 :そう。
ナツミ:あるいは言うつもりがないかね。興味あると思わない。
伽耶 :そうね。
ナツミ:私は知りたいの。もうすぐわかるだろうけど。
伽耶 :というと。
ナツミ:ジャングルジムの組立はあとどれくらい?
伽耶 :半日もあれば。
ナツミ:楽しみね。・・・伽耶。
伽耶 :何?
ナツミ:ヒカルに気をつけて。
伽耶 :なぜ。
ナツミ:あの子は危険よ。
伽耶 :まさか。
ナツミ:伽耶はヒカルに気があるんじゃない。
伽耶 :何言ってるの。
ナツミ:私たちとは違うのよ。ヒカルは。20世紀の奴等の一人。
伽耶 :わかってる。
ナツミ:どうだか。
伽耶 :話はそれだけ?
ナツミ:そう。お茶でも飲んでかない。配給のあまりがあるんだ。
伽耶 :幹部の特権?
ナツミ:それほどのものじゃないわ。
伽耶 :いいわ。またこんど。
 
        伽耶、行きかけて。
 
伽耶 :ナツミ。夢持ってる。
ナツミ:夢?私が?
伽耶 :そう。
ナツミ:あるわよ。
伽耶 :どんな。
ナツミ:今日一日生きればそれでいいわ。それを夢というならね。こんなとこに夢なんかあるわけないでしょ。
伽耶 :だよね。
ナツミ:ほんとにお茶のまないの。
伽耶 :ありがと。
 
        伽耶、去る。
 
ナツミ:伽耶!
 
        と呼ぶが、ひらひと手を振って去る。
        首をふってナツミ、別室へ去る。
 
]サクラ推理する。
 
        サクラの部屋
        カップを持って、歩き回る、サクラ。
 
サクラ:ヒカル。義勇軍。ジャングルジム。・・・わっからない。今一つわからないなあ。
 
        一口飲む。
 
サクラ:ウーム。まずい!薫子!
 
        薫子がのそっとでてくる。
 
薫子 :呼んだ?
サクラ:もう一杯。
薫子 :太るよ。
サクラ:やかまし。
 
        コップを持っていく薫子に。
 
サクラ:ついでに、ナツミのよこした冷凍睡眠のファイルだして。
薫子 :あれ。・・ないよ。
サクラ:ないって。
薫子 :先週ゴミに出した。
サクラ:えーっ。何やってんの。
薫子 :だから、今週これの配給が多いの。(とカップを示す)
サクラ:コピーは。コピー!
薫子 :ない。
サクラ:馬鹿ものーっ!!
薫子 :薫子馬鹿じゃない。全部覚えてる。
サクラ:ほーっ、なら、とっとと言ってみそ。
 
        薫子、表情も変えず、ファイルを暗唱する。
 
薫子 :冷凍睡眠について報告します。二一世紀初頭、宇宙開発の後退に起因する空間的な開発意欲の減退と共に人類    の時間に対する関心が高まり、さまざまな試みが行われた。タイムマシンや時間論の研究と共に、生理学的、    老年学的な研究が意欲的に進められ、不老不死の現代的な解釈が行われ、超低温化における新陳代謝の遅滞効    果による、生命の長期保存が可能となった。いわゆる冷凍睡眠である。人類は時間の逆行には失敗したが、動    物実験の段階とはいえ、時間を越えて、未来に生きる手段を手に入れたのである。しかしながら、この技術は、    結果的に日の目を見るにいたらなかった。二〇一二年勃発した人類最大の愚行、核戦争のためである。最初の    四八時間でほとんどの都市は核の火の中で焼かれ、以来八〇年間核の冬は続き、冷凍睡眠の技術はついに行わ    れることなく、永久に失われた。しかし、二ヶ月前、サクラランド跡地より、カプセルが発見され、中に冷凍    睡眠状態に置かれた一人の男の子が発見された。ヒカルと名付けらけれた同人は、カプセル内で自動的に解凍    され、目覚め、蘇生した。我々少年義勇軍は、これを、機密事項とし、経過観察を行うことに決定。現在同人    は、少年義勇軍隊員の観察下に置かれている。なお、同人の身体状況、記憶等に若干の問題点が見受けられる。    以上です。
サクラ:おーっ。
 
        と、拍手。
 
薫子 :ども。
 
        と、一礼して去る。
 
サクラ:ウーム。それでもさっぱりわからん。何でジャングルジムな訳?
 
        ほーきを持って、ぬっと顔を出し。
 
薫子 :パターンだよ。
サクラ:パターン?
薫子 :ジャングルジム。ジャングルジム。冬の夜のジャングルジム。右、左、縦、横。クロスする夢、クロスする意    志。ジャングルジム。ジャングルジム。冬の夜のジャングルジム。見えてますか。どうぞ。見えていますか・    ・・
 
        ほーきではきながら途中まで続けて、くたっと崩れる。
        サクラいつものとおりに、平気でパンパンと頬を平手打ち。
        薫子もなんでもないように起きあがり。
 
薫子 :あーあ、泥だらけだ。
 
        と、ホーキではきながら去る。
 
サクラ:やっぱりジャングルジムが問題か。ジャングルジムのパターンってったってね。パターン、パターン。縦、横。    格子。・・格子ね。・・格子と。
 
        ぱっと暗くなる。
 
サクラ:やだ。又停電。薫子!ブレーカー見て。
 
        ぱっと明るくなる。
 
薫子 :スイッチ入れたよ。
 
        と、ぬっと顔を出し。又消える。
 
サクラ:ありがと。・・スイッチね。だれかがいってたね。正しいスイッチ。正しいスイッチ。
 
        ぶつぶつと連想。
        薫子が顔を出し。
 
薫子 :ヒカル。(すぐ消える)
サクラ:そうヒカル。・・えっ。
 
        サクラ、何かに気づく。
 
サクラ:えっ。ちょっと待って。そんなことってある。・・ジャングルジム。・・パターン。・・格子。・・スイッチ。    正しいコース、正しいスイッチ。・・大変だ。薫子!薫子!
 
        ぬっと顔を出す。
 
薫子 :何?
サクラ:ジャングルジムいつできるていってたっけ。
薫子 :わからないけど、今日明日ぐらいには・・
サクラ:やっばい。サクラランドに行くよ。ついといで。
 
        ぱっぱと出かける。
        薫子、あわてて後を追う。
 
サクラ:薫子!節電!節電!
 
        薫子、あわてて引き返し、スイッチを押して出て行く。
        暗転。ブリザードの音。
 
]T子供たちはブランコに乗る。
 
        少年の日のノスタルジアを呼び起こすようななつかしい音楽が聞こえてくる。ブリザードが消える。
        ヒカルがブランコに乗る。幸せそうだ。
        ブランコに乗る子供たちがいる。
 
子供1:少年は黄昏のブランコに乗る。
子供2:体は風を切り、夕暮れの景色が逆さになる。
子供3:買い物帰りの人が急ぐ。
子供1:母親が足早に子供を家に連れて帰る。
子供2:ゆっくりと夕闇が迫り、街の灯がつき始める
子供3:けれど少年はは夜のかすかなにおいの中でいつまでもこぎ続ける
子供たち:帰るところがないからだ。
子供1:黄昏の黄色い光の中で少年は。
子供たち:少年はいつか見た。
子供2:少年は一羽のウミウを見た。
子供3:油で真っ黒になって海辺に立ち尽くす鳥。
子供1:ああ、あれはきっと僕に違いない。
子供2:僕たちはただ立ち尽くすだけだ。
子供たち:僕たちはただ立ち尽くし続けるだけだ。
子供3:いったん、ああやって油を浴びると鳥はもうどうやってもダメなんだよ。
子供1:そう、誰かが背中でつぶやく。
子供2:どうしてと振り返るが、黄昏の中で顔は見えない。
子供3:鳥は、どうしてもくちばしでつついてしまうだろう。そうやって油がおなかの中へ入ってしまうんだ。
子供たち:からだのなかへ。どんどんと。
子供1:だから、いったん油で汚れてしまうとね。ああやって、立ち尽くすしかないのだよ。
子供たち:立ちつくすしかないのだ。
子供2:少年は再びブランコに乗る。
子供3:こぎ続けるしかないのだ。
子供1:真っ黒になって立ち尽くす鳥の目にはいったい何が映っているのだろう。
子供2:その答えを知りたくて。
子供3:少年は、懸命にブランコに乗る。
 
        子供たち、消える。
 
]U恐竜の夢   
 
        ブリザードの音の中から歌が聞こえる。
        ヒカルがブランコにのって歌っていた。
 
ヒカル:命短し、恋せよ、乙女。赤き唇あせぬ間に。・・雪だ。
 
        雪が降る。
 
ヒカル:命短し、恋せよ、乙女。赤き唇あせぬ間に。
 
        飛行士の声。
 
飛行士:(「ゴンドラの歌」の続き)
ヒカル:どうして知ってるの。
飛行士:寂しい歌だ。
ヒカル:そうでもないよ。
飛行士:俺は寂しい歌が好きだ。
ヒカル:そう。
飛行士:おまえは寂しい奴だ。
ヒカル:決めつけないでよ。
飛行士:いいや、寂しい。
 
        と、一口飲む。
 
ヒカル:酔っぱらってるね。
飛行士:世界が酔っぱらってるのさ。俺は正気だ。
ヒカル:酔っぱらいはみんなそういう。
飛行士:ぺっ。(笑う)そうだ。酔っぱらいはみんな言うんだ。ヒカル。
ヒカル:何。
飛行士:恐いだろ。
ヒカル:何が。
飛行士:自分がだ。
ヒカル:何のこと。
飛行士:自分の正体が分からない。恐いだろ。
ヒカル:そんなこと。
飛行士:ないか。・・ちがうな。俺は恐い。飛んだこともないのに飛んだ夢を見る俺が恐い。同じだ。
ヒカル:お酒やめた方がいいよ。
飛行士:よっぱらってなんかいない。・・いや、酔っぱらってるか。ふん、どっちでもいい。おまえは憶病さ。ぺっ。
ヒカル:憶病。
飛行士:俺にはわかる。おまえと俺は一緒だ。背負いきれないものを背負った子供だ。違うか。
ヒカル:子供じゃない。
飛行士:子供さ。見たくもない夢ばかり見る子供さ。
ヒカル:僕は夢を見ないよ。
飛行士:閉じこめられてるからな。
ヒカル:・・・。
飛行士:違うか。見たいくせに。そうだろ。こんなくそったれな夜じゃなく、くそったれな冬じゃない。そんな夜と、    季節をおまえは見たいんだ。
ヒカル:・・・。
飛行士:俺たちは、恐竜と同じだ。見るはずもない夢を見たがる。寒い夜とブリザードの冬に、温かい、昼と、風吹き    抜ける夏を。
ヒカル:・・・。
飛行士:扉を探してる。
ヒカル:扉?
飛行士:夏への扉を探してるのさ。だが、いつまでたっても扉は開かない。ぺっ。こないんだよ。ヒカル。夏は、決し    てこないんだ。・・命短し、恋いせよ乙女。赤き、唇あせぬ間に。
 
        飛行士、歌う。飲む。
        ヒカル、ブランコをこぐ。苦しげな表情でこぐ。
        ヒカルの表情に気づき。
 
飛行士:どうした。
ヒカル:扉は・・あるよ。
飛行士:ある?
ヒカル:夏への扉はある。
飛行士:どこに?
ヒカル:・・・
飛行士:え、どこにある。
ヒカル:・・・
飛行士:どこにあるんだ!ヒカル!
ヒカル:サクラランド。
飛行士:サクラランド?・・なるほど。
ヒカル:でも開かないよ。今はね。
飛行士:なぜ。
ヒカル:子供が夢を見れないから。
飛行士:子供が?
 
        ヒカル、ブランコをこぎながら。        
 
ヒカル:そうして、子どもは夜を迎える。決して明けることはない、寒い夜を迎える。絶望に身を震わせながら、長い    長い夜を過ごす。中生代の暑い夏の終わり、白い花が風に舞い、恐竜たちが世界の終わりを知ったように、子    供たちはもう何も残されていないことを知る。何を夢見ることがあるだろう。何も残されていやしないのに。    けれど子どもは、夜の中に立ち続ける。一羽のウミウのごとくたち続ける。いつかやってくる夏の朝を迎える    ために。
飛行士:立ち続ける・・。
ヒカル:立ち続ける。
飛行士:立ち続けるウミウか。
ヒカル:・・・・。
飛行士:なあ、ヒカル。
ヒカル:何?
飛行士:ウミウって飛べるのか?
ヒカル:飛ぼうと思えば。
飛行士:飛ぼうと思えば・・か。そうだな。ぺっ。
 
        と、ふらふらと歩き始める。
 
ヒカル:どうしたの。
飛行士:飛ぼうとおもってな。
ヒカル:飛ぶ?
飛行士:命短し、恋せよ乙女・・。
ヒカル:どこいくの。
飛行士:サクラランドさ。
ヒカル:BB。
 
        立ち上がる。
 
飛行士:ジャングルジムができる頃だろ。
ヒカル:だめだBB。扉は開かない。
飛行士:あばよ。
ヒカル:BB、BB!
 
        飛行士、去る。
        ヒカル見送っているがやがて口ずさむ。
 
ヒカル:命短し、恋せよ乙女・・
伽耶 :紅き唇あせぬ間に。
ヒカル:知ってるの?
伽耶 :覚えたの。
ヒカル:すわる?
伽耶 :いいわ。
ヒカル:話し方?
伽耶 :え?
ヒカル:女の子っぽいよ。
伽耶 :いけない?
ヒカル:べつに。
伽耶 :聞きたいことあるの。
ヒカル:なに?
伽耶 :何のために来たの。
ヒカル:ぼく?
伽耶 :そう。みんな知りたがっている。
ヒカル:・・ぼくにもわからない。
伽耶 :ほんとに。
ヒカル:たぶん、
伽耶 :ジャングルジムになにか?
ヒカル:たぶんパターンだ。
伽耶 :パターン?
ヒカル:ジャングルジムのパターンがね。関係してると思うけど。
伽耶 :ジャングルジムなら完成したわ。
ヒカル:では、BBは。
伽耶 :BBがどうかしたの?
 
        義勇軍がやってくる。
 
イオ :あーあ疲れた。こきつかうもんなナツミのやつ。よーご両人。
ヒカル:ジャングルジムは?
イオ :もうばっちり完成。きれいなもんだよ。
リョウ:どうしたの。BBやけに気合い入ってたよ。
ヒカル:飛ぶんだって。
伽耶 :BBが?
ヒカル:ああ。
イオ :ばかばかしい。飛行機なんかねえのにどうやって飛ぶんだ。
伽耶 :BBどこ行ったの。
ヒカル:サクラランド。どうして。
伽耶 :さいきんおかしいの。なんか言ってなかった。
ヒカル:とくに・・あ。
伽耶 :何?
ヒカル:夏への扉を探してるって。
伽耶 :やっぱり。
ヒカル:やっぱりって。
伽耶 :BBは夢を見たいのよ。ほんとに飛ぶつもりだわ。でも、なぜサクラランドかな。
ヒカル:扉があるんだ。
伽耶 :え?
ヒカル:あそこにあるんだ。でも開かない。・・とめなくちゃ。
 
        ヒカル、走り出す。伽耶も追いかける。
 
イオ :あ、まてよ。
 
        皆、走り出す。
 
]V長い夜へ
 
        ナツミの部屋。
        サクラと薫子と話しながら入ってくる。
 
サクラ:・・というわけ。
ナツミ:信じられないな。
サクラ:信じる信じないはそちらのかってよ。サクラランドって何か知ってるの。
ナツミ:・・・。
サクラ:知ってたんだ。はー。ヒカルの書類ね。
ナツミ:そうよ。
サクラ:ばかみたいね。最初からわかってたんじゃないの?
ナツミ:うすうすは。けれど信じられなかった。核ミサイルがまだあったなんて。
サクラ:だから調査をか・・今は?
ナツミ:いまでもね。
サクラ:ジャングルジムもうできてるんじゃない。
ナツミ:義勇軍が勤勉ならね。
サクラ:じゃ、時間はあまりないわね。
ナツミ:本当だとしたらね。
サクラ:本当のことよ。やられたらやり返す。昔の大人は負けたくなかったんだ。
ナツミ:誰もいなくなっても?そんなの勝利じゃないわ。
サクラ:そう。でも、負けたことにもならないわ。勝つものが誰もいなければ。
ナツミ:報復核ミサイル戦略か。・・甘かったな。
サクラ:しっててどうして、やらせたの。
ナツミ:エネルギーの確保よ。食糧確保しなくちゃ、もうこのコロニーは持たないもの。
サクラ:コントロールできると思ってたのね。
ナツミ:ガキじゃやっぱり無理だったというわけ。20世紀の馬鹿な大人に又してやられたわ。
        
        間
 
サクラ:風が出てきたわね。
 
        ブリザード。
 
ナツミ:夜明けにはまだあるわ。
サクラ:長い夜になりそう。
ナツミ:クサい台詞。
 
        間。
 
ナツミ:仕方ないわ。
サクラ:どうするつもり。
ナツミ:大人の尻拭いするのはいつも子供なのよ。
サクラ:手厳しいご意見ね。
ナツミ:痛い真実でしょ。
サクラ:一生懸命って疲れない?
ナツミ:これが私の仕事だもの。
サクラ:ほんとに後悔しない?
ナツミ:臭いにおいは元からたたなきゃだめって誰か言ってたわ。
サクラ:かわいそうに。
ナツミ:誰が?かわいそうは私たちよ。
サクラ:子供が子供を殺すの?
ナツミ:生きてゆくには仕方がないわ。
サクラ:クソッタレな世界ね。
ナツミ:それでも私は好きなの。・・生きて行くしかないから。
サクラ:こんな暗い夜をね。
ナツミ:そう。こんな暗い夜をみんな生きてるの。
サクラ:クサい台詞。
ナツミ:ご忠告痛み入ります。
 
        サクラ、出てゆこうとする。
 
ナツミ:止めないの?
サクラ:どうして。止められるわけないじゃない。私は役に立たない大人だもの。世界を見るだけのね。
ナツミ:・・ありがとう。
サクラ:ただ大人としてこれだけは言っておくわ。開けない夜なんてどこにもないのよ。
 
        二人去る。
 
ナツミ:そうかもね。けれど、夜のまま終わらなくちゃならない羽目になったらどうすればいいの?そうでしょ、サク    ラさん。
 
        ため息をついて、ナツミ何事かを決心して去る。
 
]Wブラックバードは飛んだ
 
        ブリザードが激しくなる。
        ジャングルジムが完成している。
        ヒカル、伽耶走り込む。ジャングルジムと幻の飛行機。飛行士は、風に向かって。いましも離陸準備        をしている。
 
飛行士:準備完了。
ヒカル:BB、BB!
飛行士:燃料よし。
ヒカル:BB。聞こえないの。
飛行士:管制塔、聞こえますか。こちら、ブラックバード。
ヒカル:BB。BB!
 
        伽耶が走り込む。
 
ヒカル:BBを止めて!
伽耶 :飛ぶんだよ。
ヒカル:(振り返り)あれで!うそだよ。あれは。
伽耶 :ああ、けれどBBは飛ぶ。
 
        飛行士、スタンバイ。
 
伽耶 :天候よし。スタンバイOK。ブラックバード聞こえるか。ブリザードはまだ吹かない。
ヒカル:えっ。
飛行士:こちらブラックバード、ブリザードはまだ吹かない。
ヒカル:自殺行為だ。
イオ :第一待機解除。
飛行士:待機解除。
ヒカル:やめろ!
伽耶 :BBはやめない。
ヒカル:どうして。
伽耶 :飛行士になるんだよ。
ヒカル:飛行士だよ、BBは。
伽耶 :飛べないね。
ヒカル:飛べるはずが無いじゃない。
イオ :第二待機解除。
飛行士:待機解除。
伽耶 :ヒカル。
ヒカル:何。
伽耶 :子供に夢は必要だと言ったのはヒカルよ。BBはそれを見つけるためにとぶの。
ヒカル:だめだとわかってるのは、夢じゃない。
イオ :メインエンジン点火。
飛行士:エンジン点火。
ヒカル:そんなのただの嘘だよ。
伽耶 :けど、BBは幸福よ。
ヒカル:幸福?
伽耶 :BBを見て。
 
        飛行士、集中している。
 
伽耶 :今、何見てると思う。
ヒカル:わからない。
伽耶 :聞いて。
ヒカル:え。
伽耶 :聞いて。アロー、こちら管制センター、ブラックバード聞こえるか。
飛行士:こちら、ブラックバード感度良好。どうぞ。
伽耶 :ほら。
ヒカル:BB、聞こえますか。
飛行士:ああ、聞こえる。
ヒカル:ヒカルです。聞こえますか。
飛行士:聞こえるよ。ヒカル。
ヒカル:何が見えますか。
飛行士:俺はまもなく飛ぶ。ヒカル、すばらしいことだ。体がかっかっしてるよ。気分は最高だ。
ヒカル:何が見えますか。
飛行士:このくそったれのぶ厚い雲の上に出てやる。冷たい宇宙までひとっ飛びだ。恐くない。全然恐くない。
イオ :制動解除。
伽耶 :動き出した。
 
        飛行士は動き始めた。
 
ヒカル:何が見えますか。
飛行士:振動がそこまで聞こえるか。体の中に食い込んできやがる。タッタ、タッタ、タッタ、タッタ、タッタ、タッ    タ、タッタ、タッタ・・・汗なんかかいてない。
ヒカル:BB、何が見えますか。
飛行士:俺の鼓動が聞こえるだろう。タッタ、タッタ、タッタ、タッタ、タッタ、・・・
ヒカル:何が見えますか!
飛行士:夏が見えるよ。ヒカル。扉が開く。夏への扉が開くんだ。
ヒカル:やめろ!!
飛行士:俺は飛ぶんだ!
ヒカル:ブラックバード!
 
        飛行士は高く飛んだ。そうして彼はイカルスのように落ちる。
        サクラたちが来ている。
 
ヒカル:飛んでなんかいない!
サクラ:そう、飛んでなんかいないわ。だけど、BBは飛行士になった。
ヒカル:夢なんかじゃない。
サクラ:ないにもかかわらず。
ヒカル:そんなの子供の見る夢じゃない。
サクラ:ここはいつでも代償がいるのよ。
ヒカル:・・・そんな。
 
        飛行士を抱き抱える。
 
リョウ:BBは本当に幸せなんだよ。
ヒカル:わからない。
リョウ:そのうちわかるよ。
ヒカル:わからない。わからない。サクラもリョウもBBもわからない。
伽耶 :じゃ、ヒカルは分かってるの。
ヒカル:えっ。
伽耶 :ここで見るヒカル自身の夢よ。20世紀で見る夢じゃない。
 
        ブリザードが激しく来た。
 
伽耶 :こちら管制塔。ヒカル、何が見えますか。
ヒカル:・・・
イオ :こちら、管制塔。ヒカル、何が見えますか。
ヒカル:・・・
伽耶 :応答して下さい。何が見えますか。
ヒカル:何も・・見えません。
サクラ:何が見えますか。
ヒカル:何も見えません。
薫子 :何が見えますか。
ヒカル:何も見えません!
リョウ:見続けて下さい、どうぞ。
ヒカル:何も見えません。
イオ :見続けて下さい。どうぞ。
ヒカル:何も見えません。
伽耶 :何が見えますか。
ヒカル:何も見えません。
伽耶 :何が見えますか。
ヒカル:何も見えません。
伽耶 :何が見えますか。
 
        去る。
 
イオ :何が見えますか。
 
        去る。
 
リョウ:何が見えますか。
 
        去る。
 
薫子 :何が見えますか。
 
        去る。
 
サクラ:何が見えますか。
 
        去る。そうして声だけが。
 
全員 :何が見えますか。
ヒカル:・・何も見えません。・・何も見えません。何も見えません。何も見えません。
 
        ヒカル、立ち尽くす。ブリザードが吹く。
        世界はクロスするジャングルジム。                
        事態は急速に展開する。
 
]X夏への扉
 
        緊迫感のある音楽。
        ナツミが浮かび上がる。
 
ナツミ:事態は急を要するわ。ジャングルジムが完成したの。あなた達は、義勇軍の拘束を。秘密を守らせるように。    あなた達はヒカルの処分を。ジャングルジムは解体する。コロニーを守るの。急いで。時間がない。
 
        散る影たち。
        リョウたちが逃げている。
 
リョウ:なぜ!ナツミがなぜ!
イオ :扉を開けたんだな。おいらたちが。
リョウ:何の?
イオ :夏への扉。
リョウ:それが何で。
イオ :開けてはいけないんだろ。ナツミにとっては。
リョウ:どうして。
イオ :ナツミはここが好きなんだ。
リョウ:でも、どうして!
イオ :扉が開けば終わるんだろ。
リョウ:何が!
イオ :クソッタレのこの世界がさ。・・・逃げるぞ。
リョウ:え?
イオ :コロニーにいても仕方ねえだろ。行こう。
リョウ:どこへ。
イオ :海だよ。
リョウ:海。
イオ :青い海へ。
 
        歩き出して。
 
イオ :行かねえのか?
 
        リョウ、だっと走り、二人去る。
        ナツミが浮かぶ。
 
ナツミ:ジャングルジムの解体はまだ。あれは、核爆弾のスイッチよ。義勇軍は押さえた?リョウとイオがコロニーの    外へ?ばかな!伽耶がいない?いいわ。ヒカルを早く押さえて。ジャングルジムを見たら、スイッチが入る。    そうしたらコロニーの終わりよ!
 
        サクラが浮かぶ。
 
サクラ:さてと。大騒ぎね。薫子。あたしたちはどうしようかしら。
薫子 :掃除する。
サクラ:掃除?それから。
薫子 :配給のお茶があるよ。
サクラ:(笑う)そうね。大の大人がどたばたしても始まらないわ。静かに、待ちましょうか。芝居の幕引きを。薫子、    熱いお茶を一杯入れて。ミルクは多い目にね。
 
        薫子が去る。
 
サクラ:さてと、ゆっくりみせてもらいましょうか。子供たち。
 
        ヒカルが浮かぶ。双眼鏡で見続けている。
 
 声 :君はまだ見続けますか。
ヒカル:僕はまだ見る。
 声 :君は何を見るのですか。
ヒカル:たくさんの人が死に。たくさんの人が生まれる。けれど、ここでは子供は大人になれない。
 声 :こどもはやがて大人になります。
ヒカル:冬の闇の中で子供は考えている。夏の暖かい光を。
 声 :暖かい光を。
ヒカル:ジャングルジム、ジャングルジム。冬の夜のジャングルジム。
 
        ナツミが浮かぶ。
 
ナツミ:くだらない世界だけれど、私は好きよ。ここしかないから。14で人生が終わるなら、それでもいいじゃない。    私は泣き言なんか言わない。夢なんか見ない。私にあるのはこのコロニーよ。クソッタレのブリザードのこの    世界よ。私の世界を壊さないで。ヒカルはまだ押さえられないの。ヒカルを早く!
 
        うずくまっている、イオとリョウ。
 
リョウ:ナツミのバカ、勝手なこといって。ジャングルジム組立ろっていったのナツミじゃない。
イオ :しゃべるな。消耗する。
リョウ:ぼくのコンディションは?
 
        イオ、リョウのカードを見るが捨ててしまう。
 
イオ :今更見ても。・・どうした。
リョウ:寒い。
イオ :そのうち夜が明ける。
リョウ:夜なんか明けないよ。
イオ :かもな。だけど海を見るんだろ。
 
        イオ、起きあがる。
 
リョウ:どこに行くの。
イオ :えさ取ってくるよ。
リョウ:コロニー行っちゃ危ないよ。
イオ :このままじゃもたねえよ。おれも海を見たいしな。
リョウ:イオ。だめだよ。
イオ :まってろよ。
 
        よろよろと見えなくなる。
 
リョウ:イオ、イオ!・・行っちゃだめだ!イオーっ!
 
        間
        ブリザードが大きくなる。
 
リョウ:うるさーいっ。見えないよ。
 
        やがて立ち上がりふらふらと、歩く。
 
リョウ:海を見るんだ、絶対海見るんだ。   
 
        倒れる。
 
リョウ:くそーっ。見えないよ。
 
        目が急速に見えなくなっている。起きあがる。歩く、倒れる。又、歩く、倒れる。
 
リョウ:あるけないよ。
 
        這い出す。
 
リョウ:本当に海を見るんだ。くそったれ。
 
        はいつづける。苦しい。ひじで這う。
 
リョウ:海だ。・・海だ。風が吹いてる。・・イオ、海だよ。青い海だよ。・・青い、海だ!
 
        崩れ折れ、かすかに、何かつぶやいた。そうして、静かになった。
        伽耶が浮かび上がる。
        白いウェディングドレス姿。        
 
伽耶 :20世紀の末、日本列島の子どもたちに、奇妙な遊びが流行しました。ロールプレイングゲーム。ディスプレ    イの中で、かりそめの人生を演じるこどもたち。かりそめの人生がその中にあるといい、経験値を上げること    に熱中しました。人生の経験値、何という奇妙な考えでしょう。経験値さえ積めば幸せな人生が保証されると    は。けれど!
 
        ブリザードの音。
 
伽耶 :ボクはブリザードの音とともに生まれ。ブリザードの音とともに育ち。人生なんて見えません。人生なんてし    りません。十五の春は決してこない、この、二十一世紀の末。ボクにあるはこのカード。レベル7。コンディ    ションレッド!
 
        ブリザードが高まる。
 
伽耶 :経験値が人生ならば、ボクの人生はただ一枚のこのカード。レベル7を越えたなら、もう、夢なんて見ること    はありません。ボクは女の子です。・・ヒカル!ヒカル!
 
        ヒカルが浮かぶ。
 
ヒカル:見えました。管制塔。こちらヒカル。ジャングルジムが見えました。こちらヒカル。ジャングルジムが見えま    した。・・・夏への扉です。
 
]Yボクにキスして
 
伽耶 :ヒカル!
ヒカル:ボクはここにいる。
伽耶 :きれいでしょう。
ヒカル:ああ、きれいだね。・・どうしたの。
伽耶 :義勇軍の倉庫から。
ヒカル:あったんだ。
伽耶 :ここにもあったのよ。
ヒカル:でも、どうして。
伽耶 :扉を開けたいの。
ヒカル:え。
伽耶 :もうすぐ夏になるんでしょう。
ヒカル:・・・
伽耶 :ナツミが言った。ヒカルは核を発射するスイッチなんだって。
ヒカル:それで。
伽耶 :ジャングルジムのパターンがロック解除のキーなのね。
ヒカル:・・そうだ。
伽耶 :では、開けて。
ヒカル:どうして。
伽耶 :ボクには時間がないわ。扉を開けて。そうして、ボクに夏を見せて。
 
        ヒカル、ゆっくりと双眼鏡をはずす。
 
ヒカル:・・いやだ。
伽耶 :どうして。
ヒカル:コロニーが壊れるよ。核ミサイルだ。
伽耶 :でも、みんなには夏が戻ってくるわ。あの厚い雲を吹き飛ばしこのくらい空から解放される。
ヒカル:あてにならない夢だよ。
伽耶 :その夢を私は見たいの。
ヒカル:ボクは世界を見ている。
伽耶 :いつまで。
ヒカル:それは・・
伽耶 :いつまで見るの。そうやっていつまで見続ければ気が済むの。いくら世界を見たって、子供は夢なんか見れな    いわ。世界なんか見ずに、ボクを見てよ!
 
        ふらっと崩れる、伽耶。
        ヒカル、伽耶に駆け寄る。
 
ヒカル:伽耶。
伽耶 :お願い、ボクには本当に時間がないの。青い夏の空をボクに見せて!
ヒカル:伽耶。。
伽耶 :(笑って)見たいの。
ヒカル:・・・
伽耶 :ボクは女の子だよ。
ヒカル:ああ。
伽耶 :ジュリエットは14才でしんだわ。
ヒカル:だから。
伽耶 :だからボクのそばにいて。
ヒカル:・・いるよ。
伽耶 :・・ここは寒いの。・・本当にここは寒いの。だから、ボクのそばにいて。
ヒカル:ああ・・いるよ。
 
        ヒカル、伽耶をそっと抱く。
 
伽耶 :ボクにキスして。
ヒカル:伽耶。
伽耶 :(薄く笑って)ボクは女の子だよ。
 
        ヒカル、そっとキスしてやる。
 
伽耶 :ファーストキスね・・・
ヒカル:あ、・・伽耶?・・伽耶?
 
        伽耶静かになる。
 
 声 :ジャングルジム、ジャングルジム、冬の夜のジャングルジム。もう十分に見ましたか。
ヒカル:ぼくは十分に見た。
 声 :(声の調子が変わる)システム作動します。網膜パターン認識解除。キーロック解除。ジャングルジムパター    ン認識開始。もう一度見てください。
ヒカル:僕は見る。けれど子供は大人になれない。システム変更。夏への扉。
 声 :警告します。システム変更は認められません。システム変更は認められません。警告します。
ヒカル:子供は大人になれない。システム変更。夏への扉。
 声 :警告します。システム変更は。
ヒカル:ぼくは見た。十分に。
 
        断ち切るように。
 
ヒカル:僕は見えなくなるために見る。僕は空がこんなにくらい事を覚えておこう。空が明るくなるために、暗いこと    を覚えておこう。夜明けが決してこない夜を覚えておこう。夜明けを迎えるために、明けない夜を覚えておこ    う。そうして僕は僕のためにこの世界を覚えておこう。暗い夜と、冷たい風と、吹き抜ける白い雪をこの目で    覚えておこう。見ることはできない、こどもの夏のために。大きなまっすぐ降りてくる光と夏のために。そう    して、僕は僕と伽耶の夏への扉を開くのだ。
 
        ヒカル、ゆっくりと世界を見る。
 
ヒカル:伽耶。(にっこりと)では、押すよ。
 
        認識パターンが一致した。ジャグルジムが光る。キーは解除された。システムが作動し始めた。
        封印がとけた。非常音。アナウンス。あたりが赤色に変わる。
        
アナウンス:システム変更します。システム変更します。システム変更夏への扉。第二次カウンター戦略作動解除。メ    インシステム閉鎖。第二次回路オープン。システム変更されました。夏への扉が開かれます。目標、コロニー    上空5千メートル。ミサイル発射まで後3分です。フェイルセイフ処置解除。秒読みを開始します。180・    179・177・176(英語で読む)・・。
 
        振動が始まる。
        
]Zエピローグ 
 
ヒカル:伽耶。ブランコに乗ろう。
 
        ブランコに伽耶を乗せるヒカル。
        ゆっくりと揺らす。
        ブリザードの音。微かにジンタが流れる。
 
ヒカル:見えないは見える。見えるは見えない。見ないは見る。見るは見ない。見えないは見える。見えるは見えない。
 声 :何を見ているの。(伽耶の声)
ヒカル:ジャングルジム。
 声 :見てどうするの。
ヒカル:分からない。
 声 :分からない?
ヒカル:ああ。分からないは分かってる。分かってるは分からない。
 声 :大人みたいなことをいうわね。
ヒカル:僕たちは大人だよ。
 声 :子どもでしょ。
ヒカル:ああ、子どもだよ。
 声 :どっちなの。
ヒカル:どっちだろう。
 声 :はっきりしたら。
ヒカル:大人は子ども、子どもは大人。大人は子ども、子どもは大人。
 声 :なぜ見るの。
ヒカル:もちろん夢を見るためだよ。
 声 :何の夢。
ヒカル:大人になるための夢さ。
 声 :そんな夢なんかどこにもないわ。
ヒカル:ないのはある。あるのはない。
 声 :今は何を見ているの。
ヒカル:光を見ているんだ。
 声 :何の?
ヒカル:夏に決まっているだろう。
 声 :どうして。
ヒカル:ここは冬だもの。
 声 :いつまでみるの。
ヒカル:いつまでも。
 声 :だから、いつまで。
ヒカル:だから、いつまでも。
 声 :だから。いつまで。
ヒカル:だから・・・あ、ほら。夏への扉だ。
 
        空から光が降ってくる。
        「命短し、恋せよ乙女・・」
        ヒカルは口ずさみながら見つめる。
        ジンタが大きくなる。
        雪が降りしきる中、街に光が二人をつつむように降りた。
            
                                                            【 幕 】



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