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「青の人形(ブルードール)に銀の薔薇・・」 
           
                   作 結城 翼
                
☆登場人物  
カヲル・・・・橘かおりが気に入っていた青の人形(ブルードール)。
中島きりこ・・かおりのともだち。
はるか・・・・かおりの同級生。
なつみ・・・・かおりの同級生。
冬木・・・・・教師。
アケチ・・・・秘密探偵社かもねぎ所長。
コバヤシ・・・秘密探偵社かもねぎ所員。
バード・・・・笛吹き
ラビット・・・笛吹き
キャット・・・笛吹き
ケンイチ・・・かもねぎ付属青空少年探偵団員
ジロウ・・・・かもねぎ付属青空少年探偵団員
 
 
#01 プロローグ
 
暗い中から子どもたちの歌声がゆっくり聞こえる。
「開いた開いた何の花が開いた。・・開いたとおもたらいつの間にかつうぼんだ。」
中央に坂道がある。周りは花々に覆われている。
だが、それらの草花は冷たい銀色に輝き、異様な風景だ。
青い服に包まれた、人形のような少女が坂道の上に立っていた。
少女はぎこちなく、ゆるゆると片手をあげる。
いったん止められた手は、まっすぐ天空を指し、やがてそれは何かの合図のごとく、ばっとおろされる。
衝撃音と共に、くたくたっと崩れ落ちた少女は、坂道を転げ落ちる。
暗転。
 
#02 暑い夏
 
強烈な蝉の声。溶明。
カヲルが足と手を投げ出して正面を向いている。
かこんで影のような人々。少し離れてきりこが立つ。銀色の花を持つ。
アケチたちが登場。
アケチ:あれだね。
コバヤシ:はい。
アケチ:若いねえ。
コバヤシ:14ですからね。
アケチ:もったいないねえ。
コバヤシ:死んでしまえばおしまいでしょ。
 
いやな顔して。
アケチ:コバヤシ、冷たい。
コバヤシ:はいはい。
アケチ:依頼人だよ。
コバヤシ:でも死んでます。
アケチ:契約は生きてるよ。
コバヤシ:今更どうすんです。
アケチ:調べるにきまっとるだろ。それが依頼人への仁義というもんだろ。死んでもあなたの依頼は果たします。これが、秘密探偵事務所かもねぎのモットーじゃないか。
コバヤシ:あっ、そーか。
アケチ:わかりゃいいんだ。
コバヤシ:契約料まだもらってなかったんだ。だからでしょ。調べて取り立てようと。
アケチ:コバヤシ、やな奴。
コバヤシ:真実でしょ。
アケチ:誠意だよ。誠意。・・まあ、正当な対価をいただくのはやぶさかでしないよ。うん。やぶさかではない。
コバヤシ:やぶでもさかでもいいけど。どうすんですか。
アケチ:あの子。
コバヤシ:え?
アケチ:あの、ヒロイン未満の子。
コバヤシ:は?
アケチ:いかにも副主人公って顔してるだろ。ほら、いま花持ってる。あれ、チェックかけてこい。
コバヤシ:副主人公って何です。
アケチ:環境に優しいが21世紀のトレンドだろ。だからさ。
コバヤシ:は?
アケチ:環境に、説明入れとくんだよ。わかりやすくなるだろ人物関係が。
 
と、客席をさーっと指し示す。
コバヤシ:はあ。
 
と、分からない。
アケチ:ぼけっ。いいから行って来い。いけっ、いぬ。ほいっ。
 
と、何かを放った。
コバヤシ:わんっ。
 
と、行った。行きすぎて、きりこの側を行き抜けて消えてしまった。
いやな音楽。
立ちつくしている人々がゆっくりとぐるぐる回りながら献花している。
あたかも葬式での焼香のように。
 
きりこ:昨日かおりが死んだ。高いビルから飛び降りて死んだ。アスファルトの上に血と脳味噌をまき散らして死んだ。
 
     銀色の花が手向けられていく。
きりこも花を手向ける。
 
きりこ:今日、かおりと最後のお別れをした。寂しいお葬式だった。友達はほとんど来ていない。昨日まで、自分のそばで、笑ったり、泣いたり、おしゃべりしたりしていたものが、永遠に消えて無くなってしまうと言うのに。ほんとに誰も来なかった。
 
人々は、誰かに深くお辞儀をして、やがて整列する。
きりこ:棺の横に、かおりの大好きだった、大きな人形が飾られていた。青い服を着た、青い髪の人形。棺の中に入れてやりたいの。けれどね、と通夜の席でお母さんが言った。あまりに大きいのでね、いっしょに入らないの。それで、側に置いてやろうと思って。さびしくないものね。そうよ、さびしくないんだから。・・かおりがさびしいのではない。残されたものが寂しいのだ。
 
雨をうける動作。
 
きりこ:出棺と言うときに、雨がぽつぽつ降り出した。それとともに何かが心の中で沸き立ってくる。・・かおりはわずかに14歳なのに。何でこんなひどい死に方をしなければならないのか。14歳なのに。14歳なのに。14歳なのに!
 
ぷぁーんと、一声長いクラクション。
        はっとするきりこ。
人々が一斉に深くお辞儀をする。
葬列が出発したらしい。
蝉の声が大きくなる。
        見上げて。
 
きりこ:うるさい。
 
間。
人々はそれぞれに去っていく。
入れ替わりにアケチとコバヤシがいた。
 
きりこ:突然、アケチという探偵がやって。カヲルが死ぬ前に調査を頼んでいたという、いったいまたなぜ。
 
#03 青い人形(ブルードール)
 
アケチ:それを知りたいのよ、私も。あなた、お名前は。
きりこ:あ、中島きりこです。
アケチ:きりこさんてよんでいいかしら。
 
頷く。
 
アケチ:一人でやってきてね。自分の評価を知りたいって言うの。
きりこ:評価?変な話。
アケチ:最近はね、よくあるわけ。他人にどう評価されているか。自分が会社の上司として、部下にどのように思われてるかって。自己評価って、意外と自分でやりにくいじゃない。だから、結構頼みに来るのよ。もつとも、中学生でそんなことを頼みに来たのは初めてなんだけどね。
きりこ:それで、しらべてたんですか。
コバヤシ:それがさ、うちの方針はね。
アケチ:(奪い取って)未成年の依頼は慎重でないと、トラブルの元だからね。週があけたら、もう一度、おいでって返したんだけど。
きりこ:かおりは日曜日に飛び降りた。
 
小さい間。
コバヤシ:ま、そういうこと。
アケチ:すわんない。立ち話も何だから。
きりこ:あ、はい。
 
二人座る。
コバヤシは立っている。
 
アケチ:ずばりきくけど、あなたから見てかおりさんってどんな子だった。
 
        間。
 
きりこ:・・嘘つきでした。
アケチ:うそつき・・ね。
コバヤシ:人をだますの。
きりこ:いいえ。本人はそう思いこんでたりするんだけど・・・。
アケチ:ほんとのことと空想がごっちゃになってしまう。
きりこ:まあ、そんな感じで。
 
        コバヤシ、ふんふんと悦に入ってる。
        ちょっと、気合いが入った。
 
コバヤシ:一人っ子だろ。
きりこ:はい。
コバヤシ:文学少女。
きりこ:はい。
コバヤシ:髪が長い。
きりこ:まあまあ。
コバヤシ:おさげ。
きりこ:ときどき。
コバヤシ:めがねかけてる。
きりこ:はい。
コバヤシ:友達少ない。
きりこ:はい。
コバヤシ:休み時間には、窓から外を一人で見ている。
きりこ:時々は。
コバヤシ:よっし。
 
と、納得している。
アケチ:コバヤシ。何いれこんでるの。
 
        コバヤシ、読みが当たった名探偵気分。
 
コバヤシ:ふっふっふ。いや、パターンですよ。空想癖と孤独癖。孤立する少女。自己防衛のための空想と妄想。・・優等生だろ。
きりこ:いいえ。
コバヤシ:えっ。
きりこ:あたしより下だと思うから。まあ、しれてます。
 
焦るコバヤシ。
        けっけっけっと、笑うアケチ。
        やっきになって、コバヤシ。
コバヤシ:伏し目がちだろ。
きりこ:けらけらよく笑います。
コバヤシ:憂いを含んだ目をしてる。
きりこ:目つき悪かったですね。
コバヤシ:くそっ。落ち着いた豊かな声。
きりこ:どちらかというとキンキン声に近いかな。
コバヤシ:畜生。これならどうだ。愛読書をいつも抱えてる。
きりこ:「銀河鉄道の夜」なんかよくよんでたけど。
アケチ:生と死ね。
コバヤシ:何ですか。
アケチ:死者と生者が銀河鉄道に乗って宇宙を旅する話よ。魅入られたのかね。彼女そんな話してた?
きりこ:・・死にたいとか、そんなことじゃないんですけど。不公平だねって言ってたことはありました。
アケチ:不公平?何が?
きりこ:自分が死んでも、みんな続いて行くんだねって。
コバヤシ:友達は生きてるっていうこと?
きりこ:そうじゃなく、私たちが生きてるこの世界がです。
コバヤシ:わからねえな。みんなどうせ死ぬんだもの。こんなに公平なこと無いと思うけど。
きりこ:かおり、こんなこといったんです。銀河鉄道にジョバンニっていうこ出てきますよね。
コバヤシ:ああ、あのいじめられっこ。
きりこ:ジョバンニのことこういったんですよ。一緒に行けばよかったのにって。
アケチ:で、あなたはどういつたの。
きりこ:でも、一緒にいけないからわかれたんでしょうって。そう言ったら、彼女、あたしなら、どういう手段とっても一緒にいくわって。いつまでだって。どこまでだって。本当に好きならそうすべきだった。ジョバンニは絶対そうすべきだったって。
コバヤシ:けど、カムパネルラは死んでるし、ジョバンニは生きている。
 
        頷いて。
 
きりこ:そんな方法がないから別れたんじゃないっていったんです、私。
コバヤシ:うんうん。だから、銀河鉄道を降りざるを得なかった。
きりこ:はい。でも、彼女、にっこり笑ってこういったんです。あるよ。たったひとつだけど。って。でも、目は笑ってなかった。
コバヤシ:たったひとつ、なんだろ。
 
        アケチ、厳しい声で。
 
アケチ:コバヤシ。そんなこと簡単じゃないか。
コバヤシ:え、簡単って。
アケチ:彼女こういったんだろ。
 
        かおりの声が重なる。
 
アケチ・カヲル:ジョバンニもしんじゃえばいいんだ。
 
        間。
 
コバヤシ:ずいぶん暗い子だったんですね。
きりこ:普段はそんなこと全然なくって、普通なんですけど。
アケチ:そんなこと話したのいつ?
きりこ:先週の月曜日です。
アケチ:一週間前か。月曜日かおりはジョバンニも死んじゃえばいいといった。金曜日、自分の調査を依頼してきた。日曜日ビルから飛び降りた。
コバヤシ:ずいぶん簡単明瞭ですね。
アケチ:何が。
コバヤシ:いや、自殺一直線でしょ。遺書を書いて、身辺整理して、えいやっとやる。典型的パターンでしょ。
アケチ:で?
コバヤシ:で?って。何がで?何です。
アケチ:それがわからんからで?だよ。バカっ。本質だよ、本質。秘密探偵事務所かもねぎのモットーは?
コバヤシ:清く貧しく美しく。
アケチ:それとちがうっ。
コバヤシ:誠心誠意、料金格安。
アケチ:新聞広告だ。
コバヤシ:気をつけよう、甘い言葉と夜の道。
アケチ:防犯標語。
コバヤシ:いつまでもあると思うな親と金。きゃん。
 
        アケチ、冷たく。
 
アケチ:表の事実、裏の真実だ。ぼけっ。裏の真実を探すんだよ。なぜ、目が笑わなかったか。きりこさんが踏み込めなかったその向こうに何があったのか。そうでなきゃ、可哀想だろ。調べてやって、裏の真実明らかにしてやるのが供養というもんだよ。あたしゃ忘れないよ。彼女の頭、ぐっしゃりつぶれてて、形も何もなかった。そんなかで、なぜか片目だけがきれいに残っててさ。恨めしそうにこちら見てた。
コバヤシ:えーっ。所長。何ですかそれ。
アケチ:いや、たまたまあそこ歩いてて、ふっと止まったら。目の前落ちてきたわさ。どーんつて。
コバヤシ:うわーっ。
アケチ:おかげで食べたばかりのサーロインステーキげろしてもうてさ。ああもったいない。うぇ。
 
        と、思い出して吐きそうになる。
 
アケチ:だから、コバヤシ。これは、絶対譲れないんだ。私の事件だ。私がいいと言うまで事件は終わらない。いいか。
コバヤシ:わっかりましたっ!
きりこ:でも、彼女なんであんなこといったんだろ。
 
        声がはっきりと響く。
 
きりこ・カヲル:ジョバンニも死んじゃえばいいんだ。
 
        きりこはつぶやくよう。カヲルは明瞭に。
        はっとする三人。
バッと、蝉の声が止まる。
 
きりこ:え?
 
見回して、きりこ。はっとして人形の方を見る。
        カヲル、もう一度明瞭に。
 
カヲル:ジョバンニも死んじゃえばいいんだ。
コバヤシ:所長!
アケチ:黙って。
 
人形が静かに起きあがる。
ぎこちなく、たちあがる。
「開いた開いた、何の花が開いた、・・・」の声が聞こえてくる。
        ゆっくりと坂道を上り始める。
きりこ:まさか・・。
アケチ:あぶないっ。
 
と、引き寄せる。声が真剣。
青の人形はゆっくり振り返った。
ささやき声で。
きりこ:あれは・・。
アケチ:黙って。注意をひく。
きりこ:でも。
アケチ:しっ。
青の人形は、何かを探すようにしているが、やがて振り返る。
何も言わず再び坂道を上っていく。
蝉の声が一度大きくなってまた小さくなる。
ほっとしたような声で。
コバヤシ:消えました。
アケチ:よし。
 
        きりこは、茫然としている。
 
きりこ:歩いてた。
アケチ:そうね。
きりこ:そうねって、どうして平気なの。ねえ、あれって。
 
と、アケチの方を見る。
 
アケチ:きりこさん。
きりこ:何。
アケチ:知らない方がいいこともあるのよ。世の中には。
きりこ:人形が歩いていくなんて。
アケチ:あれは人形なんかじゃない。
きりこ:そうよ、人形なんかじゃない。歩いて・・。
 
と、気がついて。
きりこ:人形じゃない?・・あれが。
 
頷く二人。
蝉の声がやや大きくなる。
 
アケチ:コバヤシ。
コバヤシ:何です。
アケチ:本当の夏が始まるよ。
コバヤシ:あなたの事件が始まります。
アケチ:困ったことになったね。
コバヤシ:うれしいんじゃないですか。あなたの事件ですから。
アケチ:肯定するにやぶさかではない。
コバヤシ:それにしても暑いですね。
アケチ:蝉もまだまだ威勢がいいからねー。
 
見上げる。
セミの声再び大きくなり、さらに耐え難いほど大きくなる。
二人、うなづき、だっと走っていく。
 
きりこ:あ、ちょっと。ねえ、どういうこと。
 
暗転。
 
#04 ようこそボクの物語へ
 
きりこの声。
きりこ:本当にそうだった。その夏は終わったのではなく、まだやっと始まったばかりだったのだ。
 
        「チュブラーベルズ」が流れる。
溶明。
        カヲルが上にいる。
生徒たちが入ってくる。空席が一つ。
きりこ:翌日は、よく晴れた。何事もないかのように学校が始まった。
 
蝉がいらただたしげに鳴いている。
        空を見上げ、そうして深呼吸を一つ。
 
きりこ:お約束のように転校生がきた。彼女は、青い服を着て、坂道をゆっくり降りてきた。
降りてくるカヲル。空席に立つ。
あたりはあまり明るくない。
きりこ:まだ夏のはずなのに、なんだか少し肌寒く、教室は暗かった。みんなは何もいわない。
 
        うなだれて座っている生徒たち。
座るきりこ。
        教師がきた。
        いつの間にか星がでていたりする。だが誰も不思議には思わない。
        カヲルがパチンと指を鳴らした。
        衝撃音。
        とともに、スイッチが入ったように授業が始まる。        
 
冬木 :では、みなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだといわれたりしていた、このぼんやりと白いものが本当はなにかご承知ですか?
 
        きりこ、手を挙げようとして引っ込める。
 
きりこ:・・私は手を挙げようとした。確かにあれは星だと思う。けれどこの頃はまるで毎日教室でも眠く、本を読む暇も読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからない。
冬木 :・・きりこさんもあなたはわかっているでしょう?
 
        きりこ勢いよく立ち上がる。けれど、立ち往生する。
 
きりこ:私は、もうはっきりと答えることはできなくなっていた。
冬木 :大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河はだいたいなんでしょう。
きりこ:私は確かに、それは星だと思った。確かにそう思ったんだ。けれど。
冬木 :では、かおりさん。
きりこ:先生はかおりを指名した。かおりは答えなかった。私はかおりの方をみた。かおりは困ったような顔をしている。私はかおりが急に憎らしくなった。いけないと思ったけれど、どうしても憎らしくなった。かおりは知っているんだ。
冬木 :では、よろしい。このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。
きりこ:私はもう泣きたくなってしまった。そうだ、私はもう知っているのだ。かおりはもちろん知っている。
はるか:ほら、きりここれが天の川だよ。僕たちはこの天の川の水の中にすんでいる。
きりこ:地球は天の川の底にあるの?
なつみ:地球はね。・・ここだよ。
きりこ:そういってかおりは天の川の端っこを指した。
はるか:聞こえてこない?
きりこ:何?何の音?風?
はるか:宇宙気流。
きりこ:宇宙気流?
なつみ:銀河から銀河へ青い宇宙を吹き抜けていく風だよ。何もない真空の中を吹きわたっていく青い風。すべての元だ。
きりこ:神様みたいだね。
なつみ:何だってこの風から生まれた。今も吹いている。
きりこ:私は本当にその風の音を聞こうとした。なんだか、かおりがとてもうらやましく、本当にその音を聞いているのだろうか、それともそんなことをいってるだけなのか、とても知りたく、私は耳を澄ました。
 
        きりこ。耳を澄ます。かすかな音が聞こえる。
 
はるか:聞こえる?
きりこ:・・僕にも聞こえるよ。聞こえる。・・けれどこれは。
 
        遠くから、声が聞こえる。けれどそれは。
        「きりこ、お父さんからラッコの上着がくるよ。ラッコの上着がくるよ。」
        きりこ硬直する。
        カヲルのクスクスっと笑う声。
 
        はっとして。
 
きりこ:ちがーう!!ちがう、ちがう、ちがう!!
 
        「チュブラーベルズ」が止まる。
 
冬木 :何が。
きりこ:違う。絶対違う。
冬木 :何がでしょう。
きりこ:かおりなんかじゃない!!
 
        間。
 
きりこ:あんたなんか人形のカヲルじゃない!
 
        衝撃音。
        とともに、がくっとうなだれて静止している教師たち。
        ゆっくりと立ち上がるカヲル。
 
きりこ:何なの、ひどいじゃない。かおりなんかに化けて。
 
        振り返る、カヲル。
 
きりこ:・・なぜこんなことするの
カヲル:ナゼ?
きりこ:なぜ、あなたはここにいるの。
カヲル:ナゼ?
きりこ:なぜ、話したりできるの。なぜ。
カヲル:ナゼナゼナゼ。
 
        笑った。
 
きりこ:笑わないで。
カヲル:ニンゲンハイツモソウイウ。ナゼナゼナゼ。ドウシテソノママ受ケ入レナイ。
きりこ:疑問を持つから人間よ。
カヲル:イイジャナイ。話シタッテ。イイジャナイ。歩イタッテ。イイジャナイ、笑ッタッテ。
 
        と、笑いながら、生徒たちの間を徘徊するように歩き、指ではじいたり、つっついたりしていたずらをしていく。
 
きりこ:かおりと同じ笑い方しないで。かおりと同じしゃべり方しないで、かおりと同じ歩き方しないで。
 
        カヲル、再び笑う。少し嫌な笑い方。
 
カヲル:ボクハカオリ。ボクはカヲル。ボクハカオリ、ボクハカヲル。
きりこ:カヲルよ。
カヲル:同ジコトジャナイ。名前ナンテイミナイヨ。ボクハボク、キリコハキリコ。
きりこ:確かに私はきりこ。でも、あなたは。
カヲル:ソレハモウイイ、キリコ、ソレヨリオイデ。
きりこ:おいでってどこへ。
カヲル:ソウダネ、例エバ、オ掃除ナンテドウ。
きりこ:お掃除?何それ。
カヲル:ドウデモイイケド、ドウデモヨクナイ。チイサナホコリハ、オハダノタイテキ、キレイニシマショ、アップップ。イチ、ニ、イチ、ニ。
 
        と、歌うように言う。
 
きりこ:カヲル。
 
        カヲル笑って。
 
カヲル:始メテ呼ンダネ。
きりこ:え?
カヲル:名前ヲ呼バレルト嬉シイ。名前ヲ呼バレナイト悲シイ。オイ。ソコ。オマエ。オイ。ソコ。オマエ。
 
        と、片っ端から生徒達をつく。生徒たち、あるものは倒れあるものは揺らいで止まる。
 
カヲル:ゴミ、ムシ。ケムシ。ナナシノセイト。オイ、ソコ、オマエ。
 
        生徒たち倒れている。
 
きりこ:やめて。
 
        小さい間。
        カヲル、再び笑って。
 
カヲル:キリコ、僕ノ名前呼ンダ。
きりこ:そりゃ、名前ぐらい呼ぶけど。
カヲル:ダカラ、イコウ。
きりこ:訳わからない。
カヲル:キリコハキットワカツテクレル。
きりこ:悪いけど、物わかりわるいの。
 
        くすくす笑って声が聞こえた。
 
バード:クラムボンは笑ったよ。
キャット:クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。
ラビット:クラムボンは跳ねて笑ったよ。
バード:クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。
 
くすくすっという笑い声が聞こえては消える。
 
キャット:クラムボンは笑っていたよ。
ラビツト:クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。
バード:それならなぜクラムボンはわらったの。
キャット:しらない。
ラビット:しらない。
 
        きゃは、きゃはいう笑い声。
きりこ:何あれ。
カヲル:ボクノカワイイ笛吹タチサ。
きりこ:どうするの。
カヲル:ドウモシナイ。ツレテイク。
きりこ:どこへ。
 
        カヲル、少し気取って。
 
カヲル:ヨウコソ、ボクノ物語ヘ。
        
        と一礼する。
        衝撃音。
        音楽。
        むくむく起き出す生徒たち。ぴしっと合図するカヲル。
        カヲルについてみんなは立ち去る。
        茫然としていたが。
 
きりこ:待って。
 
        カヲルの立ち去った方へだっと追いかける。
 
#05 少年探偵団
 
        入れ替わりに。どたどたと、入ってくるかもねぎたち。
 
コバヤシ:なんじゃこりゃー。もぬけの殻かーっ。
アケチ:コバヤシっ!
コバヤシ:はいっ。
アケチ:遅かったかーっ。
コバヤシ:そのようです。
アケチ:調べろ。
 
        コバヤシ、犬のように調べる。
 
アケチ:調べたか。
コバヤシ:まだです。
アケチ:遅いッ!
 
        と、けりを入れる。
        きっちりかわして、口だけ。
 
コバヤシ:きゃん、きゃん!
 
        と、調査を続ける。
        アケチ少しの間をおいて冷たく。
 
アケチ:コバヤシ。
コバヤシ:はい?
 
        と、振り返ったところへ。
 
アケチ:甘いわ!
 
        と、見事なスクリュウパンチ。
 
コバヤシ:グエッ。
 
        と、つぶれた。
        脚で踏みつけ、パンパンと手をはたいて。
 
アケチ:さてと。
 
        と一服。
 
アケチ:コバヤシ。コバヤシ!
 
        と呼ぶ。
 
アケチ:調査は!
コバヤシ:まだ・・です・・・。
アケチ:さっさとせんかーっ。探偵団を呼べーっ。
 
        と、けっ飛ばす。
        コバヤシ、転びながら。
 
コバヤシ:こちらコバヤシ!探偵団どーぞっ。
 
        携帯の着メロ。
        とあーっと、声がして。
 
ケンイチ:青空少年探偵団1号参上。
ジロウ :同じく2号参上。
 
        と、側転でそれぞれに登場。それなりにかっこいいようだ。
 
アケチ:報告は。
ケンイチ:異常なっし。
ジロウ:異常なっし。
二人:以上。とーっ。
 
        と、風のように連続側転で去っていった。
        見送って。
 
アケチ:何、あれ。
コバヤシ:使いもんになりませんねえ。
アケチ:お前何教えてんの。
コバヤシ:すみません。
アケチ:もう一度呼びな。
コバヤシ:はい。こちらコバヤシ!探偵団どうぞっ。
 
        同じく着メロ。
        しゅわーっち。こんどは飛び込み前転の形でくるっと来て。
        にっこり歯を見せてわらってポーズを取って。
 
二人 :ぼくらさわやか探偵団。きらっ。
 
        どあーっと。コバヤシとアケチのふたりのけりにぶっ飛ばされる探偵団。
        ふたりいってーっ。ひでーっとか。
 
ケンイチ:所長、ひどいじゃないですか。
ジロウ:僕ら、さんざん考えたんですよ。
アケチ:何を。
二人 :いやーっ、さわやかに目立つ方法。はっはっはっ。どうでした。
アケチ:はっはっはっ。
 
        と、冷たく笑い。
        二人の肩を抱いてぼそっ。
 
アケチ:お前ら、次したら首だよ。
二人 :がくっ。
コバヤシ:お前らちっとは仕事しろよな。
ケンイチ:ひどいな、先輩やってますよー。
コバヤシ:じゃ、言って見ろ。
ケンイチ:お前言えよ。
ジロウ:やだよ。お前言えよ。
ケンイチ:昨日100円貸しただろ。
ジロウ:代わりに俺のラーメン食ったじゃねえか。
ケンイチ:おかげで俺、今下痢してんだよ。
ジロウ:紙がないって俺のハンカチ使っただろが。
ケンイチ:おかげで痛くて椅子にもすわれねえよ。
ジロウ:って、俺のパンダのクッションもってったのお前か。
 
        冷たく。
 
アケチ:首ね。
コバヤシ:だと。
二人 :すんまへんっ。
コバヤシ:おっす。
 
        と、気合いを入れる。
 
二人 :おっす。
コバヤシ:しゃんしゃん報告!
ケンイチ:報告します!調査対象者、橘かおり。女性。年齢14歳。麹町中学校3年4組在籍。両親健在。父は地方公務員。母はスーパーのレジ係でパート。成績は学年、クラスとも下位を低迷。受験志望校の変更を担任に指導されて悩んでいた模様。ただし、両親はかおりの進学については特に意見はなかった模様で、本人の意思に任せていたようです。
アケチ:このことが原因とは考えられない?
ケンイチ:すくなくとも主たる原因ではないように思われます。
アケチ:けっこう。
ケンイチ:ありがとうございました。
 
        直立不動。
        なにがありがとうかよくわからないけど。
 
アケチ:友人関係は?
ジロウ:ほとんど確認されていません。ボーイフレンド、恋人共に居ない模様。また、親友と呼べるほどの者も見あたりません。孤立していたようです。ただ。
アケチ:ただ。
ジロウ:中島きりこ、14歳とは時々話をしていたようです。
アケチ:ヒロイン未満の子か。どんな話し。
ジロウ:そこまでは。
アケチ:ほかには。
ジロウ:クラブやってないし、校外での活動もありません。いわゆる帰宅部ですか。ゲームセンターなんかによることもないし、街をふらふらすることもない。面白みはありませんが、まあ普通の子です。
アケチ:普通の子が自殺するのか。
ジロウ:あ、はい・。
アケチ:なんかあるはずよ。さもなきゃ、あんな者がでてくるはずがない。いじめについての調査はどう。
ジロウ:すいません。教室のなかまではなかなか。
アケチ:わからない。
ジロウ:密室みたいなものですから、われわれにとっては。
アケチ:密室か。
ジロウ:ただ。
アケチ:なに。
ジロウ:掃除の時、時々、ひどいことされてたみたいです。
アケチ:どんなこと。
ジロウ:それは。
アケチ:調べて。
ジロウ:はいっ。
アケチ:よっし。
ジロウ:ありがとうございましたっ。
アケチ:ご苦労。
二人 :失礼しまーすっ。とおーっ。
 
        2人、とわーっとまた側転で消える。
 
コバヤシ:だからそいつはやるなって。もう。
アケチ:コバヤシ。
コバヤシ:はい。
アケチ:なんだか、嫌な事件になりそうだね。
コバヤシ:密室ですからね。
アケチ:そうだね。たぶん、そっから生まれたんだ。
コバヤシ:14歳なのに。
アケチ:14歳だからさ。大人だつたら。ごまかせる。
コバヤシ:所長みたいに。
アケチ:そうだよ。ごまかしながら生き続ける。これはこれでなかなか人生ってのは味があるんだよ。
コバヤシ:疲れません。
アケチ:そう。エネルギーいるよー。14歳じゃむりかもねー。
 
        不快な音楽。
 
コバヤシ:所長。
アケチ:どっちだ。
コバヤシ:図書室の方ですかね。
アケチ:あっちだ、行くぞっ。
 
        かけ去る二人。
 
#06 おそうじしましょ        
 
        冬木がやってきた。
 
冬木 :集合!
 
        掃除道具を持って直立不動。
        カヲルはぼんやり立っている。
        冬木はくるくるまわりながら、直立不動の生徒たちの服装を点検し、無言でチェックを入れていく。
        
冬木 :今日は、蒸し暑い雨です。
全員 :はいっ。
冬木 :外へはでていけません。
全員 :はいっ。
冬木 :教室はむせます。
全員 :はいっ。
冬木 :きもちよくない。
全員 :はいっ。
冬木 :勉強もはかどらない。
全員 :はいっ。
冬木 :会話も弾まない。
全員 :はいっ。
冬木 :効率も成果も上がらない。
全員 :はいっ。
冬木 :必要なものは何。
全員 :気分転換とさわやかな環境。
冬木 :そのためにはどうするの。
全員 :お掃除しましょ。
冬木 :どうやって。
全員 :三人一組、チームを組んで。
冬木 :きれいになれば。
全員 :気持ちよくなり、元気が出ます。
 
        冬木が笛を吹いた。
        フニクリ、フニクラを歌いながら取りかかる。
        きびきび取りかかるが、カヲルが少しぼんやりしていてテンポが乱れる。
        冬木の笛。ストップモーション。
 
冬木 :集合。
 
        全員、先ほどの隊形にさっと集まる。カヲルはちょっと遅れる。
        直立不動。
        忍び込むアケチたち。
 
コバヤシ:いましたよ。うわー、やばそー。
アケチ:静かに。
コバヤシ:どうします。
アケチ:様子を見よう。
 
        冬木、見回して、歩きながら。        
 
冬木 :掃除はシステムよ。みんなが気持ちよくなるシステム。一人ははく。一人は塵を集める。一人は拭く。三人一組のシステムなの。
はるか:はいっ。
冬木 :だから、一人でもさぼるとよくない。
なつみ:はいっ。
冬木 :気持ちが悪い。
全員 :はいっ。
冬木 :教室はシステムだ。
カヲル:・・・。
冬木 :どうした。返事は。
カヲル:・・はい。・・。
冬木 :みんなが気持ちよくなるには、きれいでないといけない。
全員 :はいっ。
 
        カヲルも小さく、あるいは口を動かす程度のはい。
 
冬木 :きれいは汚いの反対だ。
全員 :はいっ。
冬木 :汚いは気分が悪い。
全員 :はいっ。
冬木 :教室の中に汚いやつがいるとよくない。
全員 :はいっ。
冬木 :気分が悪くなるやつがいる。
全員 :はいっ。
冬木 :誰、そいつは。
 
        全員の目がカヲルに集中する。
 
はるか:ふけ飛んでるよ。かおりってちょっとキタナイね。
なつみ:ちょっとキタナイね。
 
        すすっと離れる。
 
きりこ:ちょっと、キタナイがばい菌になるまでそう日数はかからない。まるで、カビがあっという間にはびこるようにクラスの中は腐っていった。
 
        ひそひそ声で。
 
はるか:ばい菌だ。
なつみ:キタナイね。
はるか:それに、うそつきだし。
なつみ:人の気を引こうとしてさ。大袈裟なことばかり言って。
はるか:なんか文学少女ぶってさ、やだねあんなの。
なつみ:みた、男の子見る目。なんかいやらしいよね。
はるか:ボーイフレンドいないからじゃない。
なつみ:なんか飢えてるってかんじ。
 
        笑い。
 
はるか:うわっ。こっちくる。
なつみ:私の机にさわらないでよ。
はるか:あっちいってよ。
なつみ:こつちくるなよ。
はるか:何、あの目。うらめしそうに。
なつみ:自分のせいじゃない、ねー。
はるか:自業自得よ。
なつみ:むしむし。
はるか:気持ちわるーい。
 
        と、冬木。
 
冬木 :気をつけーっ!!
 
        ばっと立つ二人。
 
冬木 :気持ち悪いは犯罪だ!。どうしたらいいか。お前!
はるか:毎日ちゃんとしてきたらいいとおもいまーす。
冬木 :次、お前!
なつみ:やっぱり個人の自覚だと思います。
冬木 :次!
はるか:私たちも悪いかもしれないけど、かおりさんのほうもいけないとおもいます。
冬木 :次!
なつみ:改めようとしないのがいけないと思います。
冬木 :次!
はるか:これじゃ私たちまで汚いと思われます!
冬木 :次!
なつみ:クラスの恥だと思います!なんとかしてください!
冬木 :次!
はるか:何とかして下さい!
冬木 :次!
全員 :なんとかしてください!
冬木 :よーしわかった。独りの恥は全員の恥。クラスの問題は全員の問題。連帯責任よ。罰として全員みんなみんみんゼミ!!
 
        それぞれホーキにしがみついて
 
はるか:おーしん、つくつく、おーしんつくつく。
冬木 :次っ。
なつみ:みーん、みーん。みーん。
はるか:おーしん、つくつく、おーしんつくつく。
なつみ:しゃお、しゃお、しゃお、しゃお。
 
        と、小さくなりながら狂騒状態は続く。
        チュブラーベルズが流れ始める。
        静かに集団は消える。
 
アケチ:見たね。
コバヤシ:しっかりと。
アケチ:すさまじい催眠能力だね。
コバヤシ:とんでもない奴が生まれたものすね。
アケチ:それだけ、思いは深いってことだろ。
コバヤシ:この先どうなるでしょうね。
アケチ:行ってただろう。ジョバンニもしんじゃえばいいんだって。つれていくつもりだろ。ジョバンニを。
コバヤシ:かわいげないカムパネルラですね。
アケチ:ああ、独りでまだ歩けないんだ。
 
        間。
 
コバヤシ:人間てそんなに死にたくなるんですかね。
アケチ:かおりは死にたいと思ってたわけ?
コバヤシ:だから自殺したんじやないですか。
アケチ:そんな証拠が調査で出てきたか。
コバヤシ:いいえ。全然。
アケチ:だろ。だからすくなくとも死にたくて死んだんじゃない。どうにも仕方なくなったと思ったから死んだんだろが。ばかもん。
コバヤシ:はい。
アケチ:とするとかおりは生きたいと思いながら死んだんだよな。
コバヤシ:はあ。
アケチ:生きたいと思うんだよ。ビルの手すり越えながらよ。日曜日のさ、午後二時十五分。歩行者天国かなんかでにぎわってんだよ、下見ると。
コバヤシ:歩行者天国もうやまってますけど。
アケチ:そらは、こんなにも青いのにと思うんだよ。生きたいのになんでこんなに空あおいんだよって思うんだよ。
コバヤシ:たしか、雨ふってたような気がすんですが。
アケチ:やっぱり決心がつかなくてさ、やめようかと思うんだよ。そんなとき、ふと後ろ振り向くと小さい野良猫が悲しそうな目でうるうるして見てんだよ。
コバヤシ:ビルの屋上に野良猫?
アケチ:猫が鳴くのさ。ほらっ。
コバヤシ:あぉーん。あぉーん。
アケチ:ばかっ。それはさかってんの。もっと切なげに。
コバヤシ:みゅう、みゅう。
アケチ:日本語で鳴け、日本語で。ジャパニーズ・キャットだろうが。
コバヤシ:にゃあ。
アケチ:よっし。それで思うんだよ。ああ、あの野良猫でさえ、生きろって言ってくれてる。生きてたらどんなに楽しいかっていつてくれてる。
コバヤシ:野良猫の生活って厳しいと思うけど。
アケチ:そんなとき、さわやかな一陣の風が吹く訳よ。ああ、そうだ。この風があるんだ。生きよう。そうだ、いきるんだ。よつし、と戻ろうとしたとき。来るんだよ。
コバヤシ:何が。
アケチ:つるっとさ。来るんだ。
コバヤシ:鶴が?
アケチ:何で鶴がこなきゃいけない。馬鹿が。ふんだんだよ。かおりは。
コバヤシ:は。
アケチ:どっかの馬鹿が捨てたバナナの皮をふんだんだよ。で、つるっときたんだわ。
コバヤシ:フェンスの外に?
アケチ:あっと思ったときには、あーれーーーーーーー。ベチャッ。・・あんなに生きたいとおもってたのにね、まぬけな子だわ。
コバヤシ:たったそれだけのこというのにずいぶん時間かかりましたね。
アケチ:分析は過程が大事さ。
コバヤシ:へいへい。にしても、その仕方なく死んだってのが気になりますね。
アケチ:それが怖いな。生への執着。これは、怖いよ。
 
アケチがため息ついた。
 
コバヤシ:どうします。
アケチ:網をはろう。
コバヤシ:どうやって。
アケチ:放火犯は常に現場に戻る。落ちたビルに必ず来る。現場百回捜査の常識!
コバヤシ:放火じゃないでしょ。
アケチ:もののたとえだ。
コバヤシ:ああ、ほうか。
アケチ:(冷たく)お前そのうち死ぬよ。
コバヤシ:討ち死になんちゃって。ギャッ。
 
        コバヤシの死骸を引きずって去るアケチ。
 
#07 坂道を上れば
 
        奇妙な音楽。
        カヲルに連れられて幽鬼のように一同がやってくる。
        坂道をあがって行く。
        駆け込むきりこ。
 
きりこ:待って。
 
        カヲル振り向く。みんなも釣られて無表情に振り向く。
        だが、また行こうとする。
 
きりこ:話があるの。
 
        カヲル、首を傾げ、何かの合図をする。
        一同はゆらゆらと坂道を上りそのまま歩み去る。
        音楽が消える。
        振り返るカヲル。
 
カヲル:話ッテ。
 
        きりこ、坂道をあがる。
        今あがってきた方を振り返り見ているが、坂道に腰を下ろす。
        カヲルは黙って見ている。
 
きりこ:不思議な風景ね。
カヲル:不思議ナ風景?
きりこ:そう。とっても。
カヲル:不思議ナコトハナイ。
きりこ:そう。カヲルにはいつもこんなふうに見えてるわけだ。
カヲル:何ガ?
 
        辺り一面を指す。
 
きりこ:世界が。
カヲル:キリコハ、ミナイノ?
きりこ:花がこんなに銀色にはならないわ。
カヲル:イケナイ?
きりこ:クリスマスみたい。
カヲル:ナラ、替エヨウカ。
きりこ:いいよ。・・座ったら。
 
        とまどったが、カヲルも、座る。
        沈黙の間。
 
カヲル:話ッテ?
 
        遮るように。
 
きりこ:むかしさあ、かおりとね、こんな急な坂道をあがりながら話したことあった。
カヲル:ボクカオル。
きりこ:わかってる。確か、夏になったばかりの夕方だったかなあ。めずらしくさあ、かおりと一緒にかえってて、こんな坂道の途中まで上って来たときカオリこんなこといった。
カヲル:この坂道をのぼればたぶん別な風景が見えるのよ。
きりこ:当たり前じゃないっていったらさあ。
カヲル:違う。後ろを見てよ、あれが当たり前の風景。
きりこ:かおり、そういって今までのぼってきた方を指したわけ。夕方の薄黄色にけぶった空気の向こうに、自分たちの街が見えた。にぎやかな商店街。毎日毎日通ってる学校のコンクリートの影、きれいに並んだ見分けのつかない同じような住宅。整然と交差する道路。どこにもあるような特徴のない街。本当にそうだ。あれが。
カヲル:当たり前なんだよ。
きりこ:どうしてそんなこと考えたのって聞くと。しばらく黙って。
カヲル:当たり前って怖いもの。
きりこ:と、ぼそっと言った。・・たぶんあのころからだと思う。
カヲル:何ガ。
きりこ:かおりが変わっていったのは。
 
        カヲルが静かに立つ。立ってゆっくり坂道を上る。
 
カヲル:ドウシテソンナコト思ウノ。
きりこ:あなたが坂道を降りてきたから。
カヲル:ボクガ?ドウイウコト。
きりこ:坂道って、考えれば登りも下りもない訳よ。人は上れば降りてくる。降りてくればまた上る。繰り返しで生きている。でもね。カオリはどこまでも上ろうとしてた。この坂道を上ればたぶん別な風景が見えるに違いない、この坂道を上ればって。そうして、当たり前の世界を捨てて上っていったわけ。
カヲル:私は上った。
きりこ:でもね。坂道ってさ、降りるつもりが無くちゃ、いつまで立っても終わりはしない訳よ。どこまでも、どこまでも登り続けるしかないわけ。坂道っていうのはそういうものでしょ。
 
        きりこも立つ。振り返る。
        カヲルは坂道の上にいた。
 
きりこ:ねえ。何のために来たの。
カヲル:イッショニイコウ。
きりこ:どこへ。
カヲル:アノ暗イ空ノ穴の向コウ。
 
        衝撃音。
 
きりこ:ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川のひととこに大きな真っ暗な穴がどほんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら目をこすっても何にも見えず、ただ目がしんしんと痛むのでした。
カヲル:ジョバンニモシンジャエバイインダ。
きりこ:ぼくもうあんな大きな闇の中だって怖くない。きっとみんなの本当の幸いを探しに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んでいこう。
カヲル:アアキットイクヨ。
きりこ:カムパネルラ、僕たちいっしょにいこうねえ。
 
        カヲルが手を伸ばす。
        きりこが手をつかもうとしたとき。
 
アケチ:きいたぞ、きいたぞ。
 
と、突然声がした。
        衝撃音。
 
カヲル:誰レッ。
アケチ:ぬふ、ぬふ、ぬふぁふぁふぁふぁふぁーっ。
コバヤシ:くけけけけけけけけけけ。
 
いかにも怪しげな笑い声がこだまする。
と、坂道の上に、二人の首が浮かぶ。
 
アケチ:見逃すわけにはいけないねー。
コバヤシ:かんねんしな。くけけけけけっ。
 
と、二人がよいしょとあがってくる。
 
アケチ:生憎だったわね。坂道を上らなくてももういいわよ。ここから、降りて帰りなさい。生きているものは生きているもの世界へ。そうでないものは、そうでないものの世界へ。
カヲル:ワタシニイッテイルノカ。
 
        きりこに。
 
アケチ:目を見たらだめだよ。あの黒い目の奥に強い執念がある。うっかり見たら、引き込まれちゃうよ。
カヲル:マルデワタシガワルモノミタイ。
アケチ:残念ながら、人間の世界ではそうならざるを得ないのよね。だから、おとなしく、帰りなさい。一人で。
カヲル:ヒトリデハイカナイ。
アケチ:だから、連れていくっていうのかな。それは、ご遠慮願いたいわね。
カヲル:イッショニイク。ドコマデモイク。永遠ニイク。
アケチ:いつまでもはいかれない。いつかは別れなくちゃいけない。
カヲル:ソンナコトハナイワ。
アケチ:そんなことはあるの。きりこは生きてる。かおりは死んだ。どうあがいてももはや変えられない宇宙的な事実。
カヲル:ジョバンニモシンジャエバイインダ。
アケチ:そうやって仲間増やしてもだめなのよ。いつまでもは生きられない。いつかは別れなければならない。これは、この宇宙ある限りどうにも成らないことなの。帰りなさい、一人で。そして、静かに消えなさい。もとの闇の中へ。
カヲル:デキナイワ。オロカナニンゲンニハナリタクナイ。
アケチ:愚かな人間がたった一つ知ってる事よ。聞きたい。生まれてくるものはすべて一人だってこと。一人になれないのは、人間ではないわ。カヲル、お前は何もの!答えなさい、お前はいったい何もの!
カヲル:ボクハカヲル。
アケチ:お前は何もの!
カヲル:ボクハカヲル。
アケチ:お前は。
 
        所へ携帯の着メロ。
 
アケチ:コバヤシ!舞台ぶちこわし!携帯使うな!
コバヤシ:すんません。これからだと。
 
        と、小指をあげる。
 
アケチ:あほっ。
 
        と、気を抜いたすきに、カヲルがぱちっと指を鳴らす。
        衝撃音。
 
#08 ラ変活用の悪夢
 
アケチ:しまった。
 
        カヲルの笑い声。
 
カヲル:笛吹タチ、デテオイデーッ。
 
        電話の音が重なる。(「恋のダイヤル6700」)
 
カヲル:バード、ラビツト、キャット!!デバンダヨ!
 
        「ハローダーリン・・」とかぶさって飛び出てくる笛吹きたち。
 
コバヤシ:うわーお。
 
        続いて飛び出す生徒たち一同。
        「恋のダイヤル6700」のダンス。
        アケチもコバヤシも坂道の上で踊っている。
        踊る中で、ほえている二人。
 
コバヤシ:所長ーっ!
アケチ:何ーっ!
コバヤシ:やばいすよー。体が止まりせーん!
アケチ:あたしもよーっ!
コバヤシ:どーしましょーっ!
アケチ:踊るしかないわねーっ!
コバヤシ:わかりましたーっ!
 
        と、ますますリキ入れて踊る二人。
        ダンス終わる。
        ぶつ倒れてるアケチとコバヤシ。
        冬木がピーッと笛を吹く。
 
冬木 :集合!
 
        掃除の時のような整列。
 
コバヤシ:止めましょうか。
アケチ:まてまて、なんだか面白そう。みてよ。
コバヤシ:大丈夫ですか。
アケチ:大丈夫。油断しなきゃ。
 
        カヲルが一段高いところに立った。
 
カヲル:トオイタビニナルワ。
一同 :はい。
カヲル:遠く暗い大きな穴を越えるの長い旅よ。
一同 :はい。
カヲル:ミンナデイキマショウ。
一同 :はい。
カヲル:デハ、カラダノタメニ、給食ヲ。
一同 :給食を。
 
        カヲルが指をびしっと鳴らす。
        衝撃音。
        チュブラーベルズ。
        材料を取りに行くもの。テーブルを並べに行くもの。椅子を取りに行くもの。
        それぞれがきれいに繪のように動いていく。
 
カヲル:本日ノメニューハ新鮮ナ野菜デス。大地ノ恵ミヲ受ケルヨウ。
 
        笛吹きタチがバスケットにそれぞれ野菜や果物を満載してきた。
メニューは、キュウリ、人参、セロリ、大根、キャベツなどなんでも、持って踊れて食べられるもの。
        二つずつ、配ってゆく。
        用意ができた。
 
カヲル:デハ、ハジメナサイ。
 
        と、一声。
 
冬木 :給食です!
一同 :おーすっ。
 
         ケンイチが前に出る。
        この間に、なんとアケチたちにメロンとスプーンが配られる。
        感謝して受けるコバヤシたち。
 
ケンイチ:給食に先立ーちっ、すべての生徒の健康と安全を祈り、エールをおくるーっ!
一同 :おーっす。
ケンイチ:キュウ、ショーク、アンゼン七ビョーシ、ラ変活用ソーレッ!!
 
        かけ声と共に、みなバッと野菜や果物を二つずつ取り出し。
 
一同 :アリオリハベリ、イマソカリっ!アリオリハベリ、イマソカリっ!トンナンシャーペーハクハツチュン!月月火水木金金!!アリオリハベリ、イマソカリっ!アリオリハベリ、イマソカリっ!
 
        と踊り、またバッと不動の姿勢になる。後ろ手に組んでいる。
        上では、アケチとコバヤシが釣られて踊ってしまつた。
 
コバヤシ:やばいっすよ。またおどっちまいましたよ。突入しますか。
アケチ:まてまて。まだ時間はある。メロンもある。
 
        と言ってる間に。
 
冬木 :メニューは新鮮生野菜。
一同 :身体に優しくダイエット。
 
生野菜の一気食い。
 
冬木 :オンユワマーク。
 
一同顔引きつりながら、それぞれ用意。
 
冬木 :ゴウツウザスタート。
 
野菜を構える。
口に当てる。
 
冬木 :ファイヤーッ!!
 
同時に号砲もなる。音楽かかる。
一同、必死に、パリパリパリと生野菜を食べる。
食卓塩を途中でかけてもいいし、マヨネーズをかけてもよい。
その間のんびりとアケチたちはうまそうにメロンを食べている。
 
コバヤシ:なんだ、みんな根性ありませんねーっ。おら、もつとがーっといかんかい。がーっと。
アケチ:コバヤシ、お前のメロン大きくないかい。
コバヤシ:いやっ、所長の方こそ、おおきいっすよ。
アケチ:コバヤシ。
コバヤシ:これどうぞっ。
アケチ:わりいねー。
 
一番早く食べ切れたものがでたとき。
ピーッと鋭いホイッスルが鳴る。
 
冬木 :終了!!
 
と同時に、バッと食べかけも片づけられる。
直ちに表彰。
 
冬木 :表彰!!
 
籠がでてくる。
 
カヲル:給食ヲヨク残サズ食ベマシタッ。ヨッテ、ココニ花○ヲアゲ、併セテ記念品ヲ贈呈シ、君ノ栄誉ヲタタエマスッ。
 
セロリの束。
 
生徒 :ありがとうございまっす。
 
セロリを胸に当て、生徒は誇らしげに、立つ。
 
冬木 :校歌斉唱!
一同 :あーかあしあのー、はーなーのーしたーでー(ナツメロなら歌は何でもいいが低い声でゆっくりうたう)
 
        アケチがスプーンを置く。
 
アケチ:いくよ。
コバヤシ:あ、まだ全部。
アケチ:かしな。
 
        と、最後の一口を食べて。
 
アケチ:よっし。
コバヤシ:とほほ。はい。
 
        と、携帯を出した。
 
コバヤシ:ぴぽぱぴぽ。こちら、コバヤシ。少年探偵団、チャンネルオープン。どうぞっ。
 
        着メロ。「ウルトラセブン」が流れる。
        歌っていた生徒たち、ざわざわする。
        カヲルと笛吹きは警戒し始める。
        アケチとコバヤシはゆっくり立ち上がる。
        それと呼応して。とおーっと、生徒たちの中からケンイチたちが飛び出す。
 
ケンイチ:青空少年探偵団1号見参!
ジロウ:青空少年探偵団2号見参!
二人 :二人併せてスーパーウルトラさわやか探偵団。はっはっはっ。きらり。どう。
 
        と、ポーズ。
 
コバヤシ:たくもう。
アケチ:帰ったら首よ。
 
        ケンイチたち、得意の絶頂。
 
ケンイチ:一つ非道な婦女誘拐。
ジロウ:二つ不埒な生き返り。
ケンイチ:三つ醜い浮き世の執着
ジロウ :みんなまとめて始末をつける。
二人 :悪霊退散、勧善懲悪、東西南北、白発中(ちゅん)!かかってこいやーっ。
 
ラビット:ちょっと、ちょっと、なにこのにいさんたち。
バード:あったまおかしいんじゃなーい。
キャット:かかってこいやーっ。だって。
 
        三人、きゃはははは。と笑って。
 
三人:ださ。
 
        探偵団、がくっ。
 
ケンイチ:うっ、うるせえ。魑魅魍魎の仲間ども、こてんこてんにしたるからな、こら、おい、ぼけ。
ジロウ:なんじゃこりゃ、なめたらあかんど。
 
        と、よたるが、
 
ラビツト:じゃかぁしい!
 
        と、一喝されてひびる。
 
ジロウ:おっ、おつ、おつ、やるか。
バード:やらいでかあほーっ。そっちこそ、かかかつてこいやーっ。
笛吹きたち:かかつてこいやーっ。
 
        と、気合いを入れた。
        カヲルがぱちんと合図をした。
 
コバヤシ:やばい。
 
        衝撃音。
        びーっと冬木が笛をならす。
        「ロッキー」のテーマが流れる。。
        はるかとなつみが走って、トイレットペーパーでリングを作る。
        とともに、おおきなボクシングのおもちゃのグローブがそれぞれにくばられる。
        それぞれ、コーナーに別れて、シャドウボクシングなどをする。
 
冬木 :赤コーナー、120パウンド三分の2、かもねぎ探偵事務所所属、ウルフケンイチーっ。
 
        拍手とひゅーひゅー。
 
冬木 :青コーナー、45ポンド2分の一。無所属現、笛吹きラービットー。
 
        二人、声援に応える。
 
冬木 :第1ラウンド開始!
 
        かーんという音。
        二人、ちょんと中央でグラブを会わした。
 
冬木 :ラ行開始!
 
        何行でも良い。滑舌対決。面白い言葉がよい。
        ただし、ボクシングの試合をしながら。
 
ケンイチ:●◎◇◆□■△▲。
ラビット:▽▼※〒→←↑↓〓。
 
        カーンという音。
        二人コーナーでそれぞれ激励を受ける。
        二ラウンドやつてもよいがくどくなるのでカットしても良い。
 
冬木 :判定!
 
        はるかと、夏美と、冬木がそれぞれ赤と白の旗を揚げる。
        ケンイチの勝ち。
 
冬木 :2:1。・・ウルフケンイチ!
 
        躍り上がって喜ぶ、探偵団。
        「ロッキーのテーマ」がまたかかる。
        喜んでいる間に、リングは撤収され、カヲルはきりこを連れて逃げる。
        冬木たちもつれられていく。
        喜んでいる、ところへ笛吹きたちの嘲笑。
        はっと気がつき、グラブをたたきつけて悔しがる。
 
探偵団:くそーっ。
 
        笛吹きたち、キャハハハと、笑いながら散り散りに逃げる。
        探偵団たち、それぞれに追いかけてゆく。
        見送って。
 
アケチ:やれやれ。やっぱり。
コバヤシ:ほんと使えませんね。
アケチ:仕方ないか。
コバヤシ:新人ですから。
 
        ふっとため息をつく。
 
アケチ:コバヤシ。
コバヤシ:なんです。
アケチ:それにしても怖いような景色だね。
コバヤシ:何がです。
アケチ:銀の花ばかりじゃないか。
コバヤシ:ああ。クリスマスみたいですね。きれいじゃないですか。
アケチ:きれいだけど、凍ってるよ。
コバヤシ:凍ってるね・・。あ、星でてますよ。
アケチ:星は何でも知っているか。
コバヤシ:何ですかそれ。
アケチ:大昔の歌。
コバヤシ:星に願いをっていうのもありましたね。
アケチ:気になるんだよね。
コバヤシ:何がです。
アケチ:なぜ、あいつらを引き連れているかってね。
コバヤシ:笛吹き?
アケチ:違う。生徒たち。・・行こう。
コバヤシ:どこへ。
アケチ:決まってるよ。現場百回。
コバヤシ:現れますかね。
アケチ:来る。生徒を連れて。
コバヤシ:まさか、考えてんじゃないでしょうね。
アケチ:何を。
コバヤシ:その、・・生徒をそこから突き落とすと。
アケチ:・・いっただろ。嫌な事件になりそうだつて。
コバヤシ:あなたの事件ですか。
アケチ:そう、ワタシの事件はいつもこんなのよ。もつとさわやかな事件にお目にかかりたいわね。
 
        と、歩き出す。
        ついて歩きながら。
 
コバヤシ:何考えてんでしょうね。今頃。
アケチ:カヲルか。
コバヤシ:はい。
アケチ:人形の考えることなんかわからないよ。
コバヤシ:星みてんですかね。
アケチ:かもね。
コバヤシ:人形だって星に願いをかけるんですかね。
アケチ:コバヤシ。
コバヤシ:は?
アケチ:お主ほれたな。
 
        と、すたすたと去る。
 
コバヤシ:え、えー。ちよっと、所長、そりゃ無いつすよ。相手人形っすよ。
 
        と、ちょっと照れが入ったような口調で追いかけて去る。
 
#9 Blue Blood        
 
        カヲルときりこが来る。坂道にかかる。
        疲れているようす。
        星を見て。
 
きりこ:星もでるんだ、ここは。
 
        と言ったが、答えない。
 
きりこ:ね、聞いていい。いつまでここにいるの。
カヲル:ナゼ、ココニイナイ。
きりこ:いるじゃない。
カヲル:楽シンデイナイ。
きりこ:何楽しめっていうの。
カヲル:物語。
きりこ:物語。なぜ。
カヲル:人生ハ一ツダケド、物語ハ無限ジヤナイ。イクツモノ自分ガソノ中デ踊ッテル。今ヨリ美シイ自分。今ヨリ優レタ自分。何デモアリジャナイ。物語ノ王様ナラ何ダッテ、オ気ニ召スママジャナイ。
きりこ:・・嫌いなんだ。
カヲル:嫌イ?何ガ。
きりこ:自分が。
カヲル:ナゼ?
きりこ:分かり切ってるじゃない。自分が嫌いだから逃げてるだけよ。逃げ水みたいな物語の中を次から次へと逃げてるだけ。
カヲル:逃ゲテル・・。
きりこ:今自分から逃げてるだけ。
カヲル:逃テルカ。
 
        と、笑った。
 
きりこ:逃げても無意味よ。現実の自分がそんなに嫌いなら、世界のすべてが嫌いになるはず。
カヲル:デモ私ハココガ好キ。
きりこ:だから、ここは間違ってるの。
 
        立ち上がるカヲル。
 
カヲル:ココハボクノ世界。
きりこ:ああ、そうでしょう。でも、あなたはカオリの人形。ほんとのあなたの世界なんかじゃないはずよ。
カヲル:ボクハ人形ジャナイ。
きりこ:なら何よ。
カヲル:ボクハカヲル。
きりこ:だから、あなたは何!
カヲル:ボクハ・・。
きりこ:何!
カヲル:ボクハ・・。
 
        と言って、ゆっくりと崩れ落ちた。
        慌てて抱き起こすきりこ。
        すっかり弱っていることはよくわかる。
 
きりこ:弱ってるのね。
カヲル:エネルギー・・。
きりこ:エネルギー?
カヲル:足リナイ。ボクハカヲル。エネルギー足リナイ。
きりこ:ロボットなの!だから死なないの。
カヲル:違ウ。ボクハ何カ知ラナイ、ケレド、人ハタブンコウイウ、ばんぱいあダッテ。
きりこ:バンパイア!
 
        思わず、突き飛ばしそうになるが、カヲルがしっかり握って放さない。
        
きりこ:放して!
 
        カヲルが放す。
        体を一寸と退いた。
 
カヲル:悪カッタ。
きりこ:あ、ちよっと、びっくりしただけだから・・。
 
        間。
 
きりこ:(気まずそうに)ねえ、バンパイアってあのバンパイア。
カヲル:カモシレナイ。
きりこ:血、血も吸うの。
カヲル:血ジャナイ。生体エネルギー。
きりこ:生体エネルギー?
カヲル:青ク燃エテイル。・・ココデ。
 
        と心臓を指す。
 
きりこ:なるほど、青い血か。
カヲル:ブルーブラッド。
きりこ:やっぱり血か。吸うんだ。
カヲル:吸わない。手のひらを合わせれば、エネルギーが伝わる。
きりこ:平和的だ。
カヲル:うん。
きりこ:でも、それじゃ逃げられるんじゃない。
カヲル:敵意を持ってるとだめ。
きりこ:敵意。
カヲル:敵意はマイナスエネルギーでしかないもの。
きりこ:・・けど、だとしたら、なかなか難しいんじゃない。エネルギー取るのって。
カヲル:なかなかね。
 
と、間。
 
きりこ:顔色悪いよ。もしかして。
 
カヲル、切なそうに笑う。
 
カヲル:・・誰もいなかった。
 
間。
 
きりこ:よっし。吸っていいよ。
カヲル:え?
きりこ:ずっと何も食べてこなかったんでしょ。ちょっとなら吸っていいよ。
カヲル:どうして。
きりこ:さあね。へるもんじゃないもの。エネルギーなんてすぐ恢復するし。
カヲル:いいの。
きりこ:しかたないじゃない。・・さあ。
 
        手のひらがあがる。
 
カヲル:いつだったか、ぼんやりと、ほんとうにぼんやりと夢のように人を待っていた。例えば夏の日の夢。いいえ、ちがう、夏の夜の夢。恋人たちのいさかい。たわいもない誤解。意外な関係。いいえ、本当は、誰しも知っている、黄昏の黄色く光るあやかしの空気の中、小さくゆがむ人影。本当に待っているはずなのに、どうしても探し出せないその人。誰にも居るはずの人。昼間の太陽に熱せられた空気がなま暖かく肌にまとわりつき、ゆっくりと訪れる夜はまだ其の手を十分に伸ばせては居ない。それでも、庭の木々の奥にその人の影は黄色くぼんやりと漂っている。その人は・・
 
        花たちの影から現れる人影。
 
#10 考古学者の夢
        
        颯爽と現れたのは、アケチとコバヤシ。
        それぞれ黒いサングラスをかけている。
        なぜか、スコップとつるはしを持っている。
        忍んだ声で。
 
アケチ:おいっ。
コバヤシ:はいっ。
アケチ:ほるぞ。
コバヤシ:はい。
アケチ:ぜったいみつけろよ。
コバヤシ:わかってま。
アケチ:いくぞ。
コバヤシ:はいっ。
 
        と、ここまでひそひそごえだが。
        別れて、何か掘り始めた瞬間。
 
二人 :えーっほほ、えほほ、えーほほ、えほほ。
 
        と、怪しげな気合いを掛けて、そこかしこを掘り始める。
        コバヤシは猛然と、アケチはあちこち調べまわる感じ。
 
二人 :しーっ。
 
        と、自分たちの声にあわててお互いに非難し合う。
 
二人 :静かにっ!
二人 :よっし!
 
        今度は小さい声で。
 
二人 :えーほっほ、えほほ。えーほほほ、えほほ。
 
        と、やつてるが、やがてだんだん声が大きくなって、怒鳴るばかりの大声で。
 
二人 :えーほっほ、えほほ。えーほほほ、えほほ。
 
        と、気合いが入り、ぶつかり合って、ほんとにどなりあう。
 
二人 :えーほっほ、えほほ。えーほほほ、えほほ。
 
        気づいたアケチ。
 
アケチ:おい。
 
        気にしないコバヤシ。目は完全にいってる。
 
コバヤシ:えーほっほ、えほほ。えーほほほ、えほほ。
アケチ:おい。
 
        だが勢いは止まらない。
 
アケチ:やかましいっ!
 
        ばきっ。とぶち倒される。毎度のことだ。
 
コバヤシ:いってー。
アケチ:じゃねえわ。静かにせんかい。
コバヤシ:ちょーしよかったのに。
アケチ:あほっ。あんなに乱暴にやったら壊れるだろうが。しずかに、もつとそーっと、例えば女を抱くように、そーっとあつかうんだ。
コバヤシ:こうすかー。
 
        と、いやらしげな手つき。
 
アケチ:(冷たく)いっぺん死ぬか。
コバヤシ:遠慮します。
アケチ:ナラ、真面目にやれ。ほれっ。しっ。しっ。
 
        と、すみに追いやる。
 
きりこ:何ほってんですかー。
 
        と、のんびりした声。
 
アケチ:やあ、これはおじょうさん。何かね。
きりこ:いえね、何ほってんだろうと。
アケチ:いや、大したもんじゃありませんがね。
きりこ:標本にするんですか?
アケチ:明らかにしてくれるかも知れないんですよ、お嬢さん。
きりこ:明らかって、何を。
アケチ:裏の真実というやつですよ。
 
        アケチ、サングラスをポケットに収める。
 
きりこ:真実?
アケチ:夏の暑い午後二時十五分。風が止まり、日差しは白く、あくまでも白く煎りつけている。どこからか聞こえる蝉の声がうるさく、神経を刺激する午後二時十五分。
 
        蝉の声がして、しだいに高くなってくる。
 
アケチ:高いビルの屋上に立っていた少女が、バナナの皮に足踏み滑らして落ちていく。滑稽だけれども、悲しい午後二時十五分。最後に見たものは何だったんだろうねー。
きりこ:かおりが。
アケチ:暑く、ゆだるアスファルトから、吹きあがるような熱と、大気の揺らぎの中で、真っ白い、ビルの重なる向こうに見えたものはいったい何だったんだろうねー。
きりこ:かおりがみたもの。
アケチ:銀色の花が咲き乱れる坂道を夏の陽炎の向こうに確かにみたんだろうか。ほんとに彼女が見たかったものはこの坂道だったんだろうか。それが知りたくてね。掘ってたんですよ、おじょうさん。
きりこ:掘ってたって。
アケチ:少女の体は、風になり、血しぶきになり、唯の肉の切れ端となり、暑くゆだった黒いアスファルトの上ではじけてまき散らされた。
でもね、たった一つ、形となって、すべてを見ていたものがあるんですー。お嬢さん。
きりこ:それって。
アケチ:そうですよ。私の目の前に落ちてきたそいつはそいつは、確かに私を見据えて、深く、暗い穴となって、私を見つめていました。午後二時十五分。そいつは、確かに私を見ていました。それは。
コバヤシ:ありましたーっ。
アケチ:あったかー。
 
        と駆け寄る。
        衝撃音。
 
カヲル:それは、私のもの。
アケチ:そうだよ、お人形さん。カオリが愛したものは、あんたただ一人。カオリの残したものは、すべてあんたのものだと言っていい。こいつは、あんたのものだ。
 
        小さい黒いサングラス。
 
きりこ:それは。
アケチ:カオリが地上に残した、あの子の目だよ。最後まで見続けたあの子の目が今ここにある。
カヲル:カオリ・・。
 
        アケチ、しずかに。
 
アケチ:かけてみるかい。
 
        カヲル、引きつけられるように近寄る。
        思わず止めるきりこ。
        
きりこ:いけない。
カヲル:イケナイ?なぜ。
きりこ:ナゼと言われてもわからないけど、シテハいけないように思う。
カヲル:意味ノナイ台詞ダネ。
きりこ:でも、やめた方がいい。
カヲル:カオリノモノヨ。
 
        と言って、手を伸ばす。
 
アケチ:後悔しない?
カヲル:モチロン。
コバヤシ:やばいじゃないですか。
アケチ:人生、しょせんバクチの連続だよ。
コバヤシ:知りませんよ。
アケチ:私も、しらん。
 
        受け取って、かける。
 
カヲル:コレハ、ワタシナノ。
 
        衝撃音。
 
アケチ:まずったかな。
コバヤシ:予想してなかったんですか。
アケチ:だからしらんといっとろうが。
コバヤシ:自慢にゃなりませんよ。
きりこ:カヲル・・。
カヲル:だれ、私、かおり。
きりこ:かおりつて・・あなた、カヲルでしょ。
カヲル:私呼ぶの誰、わたし、かおり。
 
        再び衝撃音。
 
コバヤシ:やべーっ。
アケチ:確かに。
コバヤシ:収まってる場合じゃないでしょ。パワーアップしましたよ。
アケチ:やむをえん。いてまうぞ。
 
#11 復讐するは我にあり
 
        ばっと、引き下がり、何かをつかんで。
 
アケチ:され、異形のもの。生者のものは、生者のものへ。死者のものは、死者のものへ。その理非曲直を明らかにすべし。異形のもの、ここより去るべし。ぬぉーっ。とぁーっ。
 
と、間があり。
 
アケチ:へっ?
コバヤシ:効果ないすよ。
アケチ:うぉりゃーっ。
 
と、破魔矢みたいなものを出すが。
 
アケチ:くそっ。やっぱりダメか。
コバヤシ:やっぱり夜店で売ってるものじゃダメじゃないですか。
アケチ:くそっ。こうなれば、対バンパイアリーサルウェポン。最終兵器の登場じゃーっ。いけーっ。最終兵器コバヤシ。はっしゃーっ。
 
コバヤシ、ぺっぺっぺっっと唾を吐く。
カヲル、嫌な顔をして身をさける。
 
アケチ:見たか、強力、ニンニク入り唾液じゃーっ。
コバヤシ:吸血鬼じゃなくても嫌だと思いますけど。
アケチ:あほっ。ききめがあればそれでいいんじゃ。いけっ。どんどんいけっ。世界の破滅をツバキですくえーつ。
 
ぺっぺっぺっ。
 
コバヤシ:だめです。
アケチ:どうした。
コバヤシ:喉がかれました。
アケチ:くそっ。
 
        笑うカヲル。人形らしさは全くない。
 
コバヤシ:カオリですか・・。
アケチ:そうみたいだね。
コバヤシ:よみがえり・・。
アケチ:そうみたいだな。
コバヤシ:まさか。そんなこと。
アケチ:そう。あっちゃいけないんだよ。緊急コール。
コバヤシ:了解。こちら、コバヤシ。探偵団全員集合!
 
        駆け込んできた探偵団。
        だが、笛吹きたちもやった来た。
        笛吹きたちの笑い声。
 
バード :そうはとんやのいかの天ぷらよー。
コバヤシ:ばかやろー。よけいなものつれてくんな。
ケンイチ:すんません、勝手についてきたもんで。
ジロウ:しめますか。
コバヤシ:なんとかしろ。
ラビット:なんとかできるかしらね。ほらおいでーっ。
 
        今度は、生徒達がどたどたーっと、引っ張られて、すっころんだ。
 
はるか:いってー。
なつみ:なにすんのよーっ。
ラビット:うるさい。
 
        と、背後から蹴り。
なつみ:ぎゃっ。
バード:騒ぐんじゃないの。
はるか:いてーっ。        
キャット:こいつらどうなつてもいいのかなー。
アケチ:やかましい。煮るなり焼くなり好きにしろ。
コバヤシ:だ、ダメですよ。所長。
アケチ:ダメ?
コバヤシ:大事なクライアントの仲間ですよ。
アケチ:個人的には、どうでもいいんだけど。しゃーない。よーし、おとなしく手を挙げてでこーい。今なら間に合う。
コバヤシ:何いってんですか。やばいのこっちでしょ。
アケチ:あ、そうだった。
ラビット:おらおらどうしたどうした。
ケンイチ:なめるな。
 
        と、蹴りを入れながらすかさず、生徒達を助けようとした。
 
ケンイチ:助けに来たぜ。
はるか:ありがとう。
ケンイチ:ま、がんばりな。
 
        と、笛吹きに蹴りを入れられて、すぐに去る。
 
はるか:ばかやろー、ちゃんとたすけろ。
ジロウ:こんどなー。
はるか:あほーっ。
 
        なつみは死んでいる。
 
きりこ:もういいでしょう。
カヲル:何が。
きりこ:みんなをここから出して。
カヲル:ここから?
きりこ:物語はもう終わったの。死んで終わったの。
カヲル:何を言うの、きりこらしくない。ここから始まるのよ。この坂道から。あの、坂道の向こうにはすべての物語がある。いきましょう。
きりこ:いけないわ。
カヲル:どうして。
きりこ:この坂道の向こうに、人は行ってはいけないの。そう言うところなの。
カヲル:わからない。
きりこ:あなたは死んでいる。でも、私は生きている。この人達だって生きている。だから、いけないの。
アケチ:わかった。
コバヤシ:何が。
アケチ:よもつひらさかだ。ここは。
コバヤシ:は?何ですか。
アケチ:あのよとこの世を分ける坂。よもつひらさか。
コバヤシ:げつ、あの坂の向こうって。
アケチ:黄泉の国だね。
コバヤシ:なんまんだぶ、なんまんだぶ。なんまんだぶ。
アケチ:もう遅い。
カヲル:でもいけるわ。いきましょう。
きりこ:あなたは、カヲル。人形なの。生きてるでもなく、死んでるでもない。だからやっぱりいけない。かおり、行くならひとりで行きなさい!
 
        カヲル、顔をゆがめた。
 
カヲル:知りもしないで。
きりこ:なにを。
カヲル:知りもしないで、あの日何があったか何て、知りもしないで。
 
        小さい間。
 
きりこ:何があったの。
 
        カヲル、ふっと笑った。
 
カヲル:教えて上げる。そうしたら、きっと、一緒に行くわ。
 
        カヲル、ぱちっとならす。
        衝撃音。
        「チュブラーベルズ」
        笛吹きたちは消える。
        はるかが立ち上がった。
 
はるか:嘘つき。
カヲル:返してよ。
はるか:嘘つき、嘘つき、嘘つき。
なつみ:ほらまた始まった。今度は何。
はるか:ほらこれ・・。
 
        と、ひらひらとする。手紙のようだ。
 
カヲル:返して。
 
        と、迫るが、ほいっと、なつみに渡される。
 
なつみ:あら。ラブレター?
カヲル:返して!
 
        と、突進するがかわす。
 
なつみ:どれどれ。
 
        と、読もうとすると、カヲルがつかみかかる。
        手紙が破れる。
 
なつみ:痛いじゃないの。
 
        突き倒す。
        それぞれ、手紙のちぎれたものを持っている。
 
なつみ:あら。なにこれ。
はるか:でしょう。すごいわね。
なつみ:相手誰よ。
はるか:誰だと思う。
カヲル:言わないで。
 
        間。
 
はるか:どうして。
カヲル:お願い、言わないで。
はるか:ふーん。どうしよっかな。
なつみ:言えば。
はるか:言わなくてもわかるよねー。
なつみ:えー?
はるか:だれかさんをいつもかばってくれてる人だもの。
なつみ:えー!まさか。
はるか:そのまさか。
なつみ:なるほど。
カヲル:言うつもり?
はるか:どうしょっかなー。どうする。
なつみ:うーん。こういうニュースは興味津々だろうなみんな。
カヲル:言わないで。言ったら。
はるか:死んじゃう?まさかね。
なつみ:まあ、条件にもよるわよね。
はるか:口止め料か。
なつみ:高いよねー。今は。
カヲル:言って。何でも聞くから。
なつみ:ほー。百万円でもだすの。
はるか:いやいや、お金じゃないよね。愛はお金じゃ買えないわ。
カヲル:言って。
はるか:じゃ、言ってやろうじゃない。あの駅前のビルから飛び降りたら。そしたら、黙っててやるよ。
 
        黙っているつもりはないのだ。
 
カヲル:ビルから・・。
なつみ:ちょっと、はるか。それは。
はるか:いいのよ。これぐらいやらなきゃ。運がよけりゃ、骨折ぐらいで済むわよ。それとも何、何でも聞くっていつもの嘘。ここさ切り抜けたら何とかなると思ってるんでしょ。あんた、いつもそうなのよね。自分一人、お高く止まって、他の人をバカにした目で見てて、ああそうでしょう。私らバカに見えるんでしょ。物語か何か知らないけど、ひとりでにやにやしてて気持ち悪言ったらありゃしない。あんたなんかだ一嫌いよ。どう、飛ぶの飛ばないの。この名前クラスのみんなに言ってやってもいいんだよ。
カヲル:・・わかった、飛ぶわ。
なつみ:ええ、まじ。
カヲル:飛ぶから、約束守るのよ。いい。
はるか:わ、わかったわよ。
カヲル:明日、二時十五分。ビルの前に来て。いい。約束よ。
 
        チュブラーベルズが大きくなる。
        はるか、なつみ、消える。
 
きりこ:そんな、バカなことで。
カヲル:いいえ、バカなことじゃない。約束を守っただけ。
きりこ:だって。名前ぐらい言われたっていいじゃない。そんなことで死ぬなんてばかばかしい。
 
        カヲル、首を振る。
 
カヲル:私には大切な名前だもの。
きりこ:それで飛んでしまったの。
カヲル:飛べないかと思ってた。そんなに大切な人だとはそれまで思っても見なかった。単なる友達だと思ってた。だから、軽い気持ちで手紙を書いた。けど、それがみんなに知らされると思うと、ほんとに大切なものに思えた。自分がみんなの笑いものになるのは今更もういい。嘘つきかおりで通ってる。けど、その人まで巻き込むのは絶対ダメだ。それほど、ほんとに大切な人だった。自分の命を懸けたっていいと突然思った。だから、飛んだ。二時十五分。風の中へ。
きりこ:そんな・・ばかな。
カヲル:だから・・・。一緒に行こう。
 
        かおりの思いを知ってか知らずか、きりこは、拒否する。
 
きりこ:いけない。
カヲル:どうして。
きりこ:それでもいけないの。ごめんなさい。
 
        間。
        見る見る歪む顔。
 
カヲル:ジョバンニも死んじゃえばいいんだ。
 
        絶叫。
 
カヲル:ジョバンニも死んじゃえばいいんだ。
 
        一段と激しい衝撃音。
 
#12 銀色の坂道
 
        静かに銀色の雪が降り始める。
 
きりこ:ジョバンニは死なない。ジョバンニは生きるの。
カヲル:ひとりではいけないわ。
きりこ:カムパネルラはひとりで行ったよ。ジョバンニもひとりで生きていくの。
カヲル:きりこ・・・・。
きりこ:私は、いけないの。
 
        雪に気づいた。
 
コバヤシ:こいつは、銀色だ。
アケチ:夏の雪とはおつだねえ。
 
        蝉の声。
 
カヲル:なぜ。なぜいけないの。
きりこ:それが決まりだから。
 
        雪が激しく降る。
        蝉の声も激しくなる。
 
カヲル:なぜ、なぜ、なぜ。なぜ一緒にいけないの。
きりこ:人はひとりで生きていかなければならないの。どんなに愛していても、どんなに相手のことを思っていても、どんなにつらくても、どんなにかなしくても、どんなにさびしくても・・人はひとりで生きていかなければならないの。それが、私たちのすがたなの。それを踏み越えてはいけない。踏み越えてしまうと、それは、もう人ではなくなるの、お願い、きりこ、ひとりで行きなさい。
カヲル:いやよ。ジョバンニもしんじゃえばいい。
きりこ:死んでも、ひとりで行かなければならないの。カムパネルラのように。
カヲル:そんなの嫌だ。
きりこ:でもそれぞれにひとりだけど、いくことは一緒だよ。みんな、ひとりだけど、一緒に歩いてる。かおり、お願い。わかって。
カヲル:嫌っ!一緒に行って、お願いきりこ!
 
        きりこ、切なそうに。
 
きりこ:なら、仕方ないわ。
 
        雪が激しい。
 
きりこ:坂道の向こうには何もないわ。ただ、降りてくる道があるだけ。・・ねえ、気分悪くならない。
カヲル:え?
 
        蝉時雨。
 
きりこ:好意を持っている人のエネルギーはいいけれど、敵意を持っている人のエネルギーはマイナスになるっていったよね。
カヲル:え?
きりこ:こんなことしたくないの。とても、いやなことなの。でも、しないといけない。ごめんなさい、かおり。私、あなたを憎まなきゃいけない。
カヲル:なぜ、なぜきりこが私を憎むの。あんなに友達でいたじゃない。あんなに好きだったのに。
きりこ:そうよ。友達だったから。ともだちだったから憎まなきゃいけない。そうしないと、みんなを連れていってしまう。もう一度、聞くわ。ひとりで行かない?
 
        小さい間。
        雪、激しく降る。
        押し出すような声で。
 
カヲル:嫌よ。
きりこ:・・きりこ、さよなら。(悲痛に)・・あんたなんか、ひとりで死んじゃえーっ。
 
        衝撃音。
        暗転。
        蝉の声最大。そうして、段々と静かになっていく。
        溶明。
 
#13 エピローグ
 
        銀色の雨が止むとともに、蝉時雨も止まる。坂道には、幾つか、鮮やかな赤い花が咲いている。
        茫然としているアケチ達。
        カヲルは棒立ち。きりこもたっている。
 
コバヤシ:死んだんですか。
アケチ:かおりはね。
コバヤシ:カヲルもでしょう。
アケチ:多分な。
コバヤシ:何か哀れだな。
アケチ:お主、惚れたな。
コバヤシ:また、それをいう。・・取りっぱぐれましたね、調査料。
アケチ:餞別代わりにくれてやるよ。
コバヤシ:ひとりで行ったんでしょうか。
アケチ:みてたろ。いけなかったのさ。どこへも。
コバヤシ:え、だつて、この坂道。
アケチ:よもつひらさかを越えることはなかったようだね。
コバヤシ:じゃどうなったんです。
アケチ:さあな、どこかそこらあたりさまよってんじゃないの。成仏できないもの。
コバヤシ:おどかしっこなしですよ。
アケチ:かえろうか。
コバヤシ:どうやって。
アケチ:よくみろ。赤い花が咲いてるだろ。
コバヤシ:あ、ほんとだ。
アケチ:いつもの、坂道だよ。たぶん。
コバヤシ:すると。
アケチ:あの坂を上れば、別の場所にでられるってことさ。
コバヤシ:ほんとかな。
アケチ:いくぞ。
 
        と、歩き出す。
 
コバヤシ:あっちょっと。
 
        と、きりこに会釈をしておいて追いかける。
 
コバヤシ:ねえ。
アケチ:なんだ。
コバヤシ:こんどは、まともな事件に遭いたいものですね。
アケチ:らくできるやつがいいぞ。
コバヤシ:かもネギだけに。
アケチ:なんだ。
コバヤシ:うはうは儲かる事件がいいですね。
 
        ふたり、わははとわらっていくが。
        どたっと言う音。
 
アケチ:どうした。
コバヤシ:穴に落ちました。
アケチ:落ちがついて良かったな。
 
        わはは。声が遠ざかっていく。
        音楽。
 
きりこ:いくんだね。
カヲル:ボクハ行ク。
カヲル:そうだね。
きりこ:あの大きな暗い穴の中へゆくんだ。
カヲル:そうだね。
きりこ:怖くない?
 
        小さい間。
 
カヲル:こわい。
きりこ:そう。
 
        
 
きりこ:ねえ。
カヲル:何。
きりこ:止めたら。止めて、逃げ続ければ。そしたら、消えたりなんかしない。
カヲル:だめだよ。
 
        小さい間。
 
きりこ:そうだね。
カヲル:それじゃ、かおりと同じになっちゃう。いつまでたってもなんにもなれないかおりと同じになっちゃう。・・行かなきゃ。
きりこ:人形になるんだ。
カヲル:うん。きれいな、大きな人形。魂のない。
きりこ:もう、話せないね。
カヲル:人形だから。
 
        間。
 
きりこ:大事にするよ。
カヲル:いいよ。
きりこ:大事にする。
カヲル:しなくていい。
きりこ:どうして。
カヲル:何も残さない方がいい。きれいさっぱり消える方がいい。
きりこ:けど。
カヲル:いい。ボクは、人形だもの。人じゃない。きりこ。
きりこ:何。
カヲル:ボクは人形で。そうしてそれで充分だ。きりこ、かおりは不公平だっていったけど、不公平でもいい。ボクが充分ならそれでいい。
 
        
 
カヲル:お別れだね。
きりこ:ああ。
カヲル:これで本当にお別れだ。きりこ、ありがとう。
きりこ:カヲル。
カヲル:さようなら。
 
        小さい間。
 
きりこ:さようなら。
 
        カヲル、ゆっくりと坂道を歩き始める。
        蝉の声が大きくなる。
        動作が鈍くなってきた。
 
きりこ:カヲル!
 
        ゆっくりと振り返る。サングラスをゆっくりとはずす。
        にっこり笑う。
 
カヲル:さよ・な・・ら。
 
        笑いが凍っていく。
        目に光が無くなり、、さしのべかかっていた指先がとまり、サングラスがぱたっと落ちる。
 
きりこ:カヲルーっ!!
 
        衝撃音。
        くたくたっと、くずれおち、転がり落ちる。
        きりこの足元に転がったそれは、もはやただの青い人形だ。
        蝉がかしましく鳴いて耐え難い。一段とたそがれてくる。
        少し蝉の声が静かになる。
        きりこは、やさしくカヲルを座らせる。脚を投げ出してカヲルはもはや何も見ていない目で何かを見続ける。
 
きりこ:今日、カヲルと最後のお別れをした。カヲルは空にある、大きな暗い穴の向こうへ一人で歩いていった。ジョバンニはこんどもやはり一人残されてしまった。けれど、それが本当の物語というものだろう。・・だから、私も歩こうとおもう。・・それにしても暑い。
 
        と、見上げる。蝉がけたたましくないている。
 
きりこ:秋はまだ来ない。
 
        きりこ、坂道をゆっくりと上り始める。カヲルは何かを見続けている。
        蝉がけたたましくなく中で、ゆっくりと暗くなる。
        カヲルだけに光があたりやがてそれも消えて。
 
                                                           【 幕 】



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