作 結城翼
☆登場人物
★碧の街の若者達
リョウ・・
慎吾・・
沙羅・・
葉月・・
その他、踊りの人たち、市場の人たち、見物人達など。
★訳ありの人たち
疾風・・
伊緒・・
★塩の浦の人びと
金蔵・・
奈津・・
その他塩の浦の打ち手・舞手・運搬人達
★杣の村人達
コダマ・・
犬神達・・
★その他おおぜいたち
お国巡りの人びと(巡礼)・・
警邏兵・・
黒犬・・・
★いわゆる黒幕
柏の頭領・・話の中にしかでてこない。
※歌や踊りは適宜取捨選択して決める。内容は適宜変えて良い。
☆オープニング
暗闇の中で群衆が無声音でリズムを刻んでいるようだ。
やがて竹(片手にもてる程度の長さの青竹。両端に装飾のひらひらがついている。両手に一本ずつ持つ)を打ち合わせる音(両手の竹を打ち合わせたり、他人の竹と打ち合わせたり)がリズムを刻み出す。薄暗い中、それらのリズムの圧力は耐えがたいほどになったとき、闇を引き裂くようなシャウト。
碧の街の祭りのようだ。
?T碧の街のバザール
城塞都市の名残のような、石の回廊(高低の部分がある)が巡る広場。広場から回廊に上がる階段もある。回廊の中央部は古びた城門となっており警邏兵が人の出入りを見張っているが、どうにも形式的なようだ。城門の左右には粗末な市場の店が並び様々なものを売っている。
一面の桜の花。天空から垂れ下がる、様々に色鮮やかな、長短の吹き流しのような布きれ。引き続き、街の人びとがなだれ込み、舞台に展開する。階段を駆け上がり回廊に上がる人びともいる。
碧の街の春の祭りの始まる。(見物客と踊る人びととがいてよい。見物客は回廊からも眺めている。また回廊の低層部分で踊る人がいても良い)人びとのファッションは、無国籍、時代はばらばら、でも色彩豊かでゴージャスな春のイメージを醸し出す。打ち手や踊り手が持つ青竹は両端に五色の布切れがついていて、リズムを刻む時に鮮やかに翻る。
回廊の上からや広場の見物人の中からご祝儀の紙吹雪が舞い、交差する。
●歌1 予祝の歌(豊作や大漁願い、春の訪れを祝う) 以下、でてくる歌や曲は内容を踏まえて自由につくってよい。ここにあげるのは一例。
竹を打ち合わせてリズムを刻み適宜かけ声を掛けながら、歌い踊る。
花が咲いたよ。咲いたよ、花が。
春をつげに風に乗って。
春が来たよ。もの皆生まれる春が来たよ。
山が笑ってる。鳥も歌ってる。
狩する猟師も笑ってる
船の旗が翻る。魚の鱗がきらめくよ。
すなどる漁師も笑ってる
春が来たよ。幸せ生まれる春が来たよ。
踊ろうよ。踊ろうよ。さあ、みんな一緒に踊ろうよ。
田畑に稔りがあふれるように。
海に魚があふれるように
来たよ、来たよ、しあわせあふれる春が来たよ。
太鼓や踊り手達が退場していくと同時に、市場の人びとや祭りや大道芸人が見物人たちを集めながら、春の祭りの情景が広がる。
人びとを追いかけて泥をつけるどろんこ祭りが始まったかと思えば、いろんなものを売る売り子がいる。見物人がその周りを取り囲んだり、泥を塗られるのを避けようとして、転んだり、さんざめいて歩いたり、わーわー、きゃーきゃーと結 構な賑わい。
リョウが胸の青い四角の透明なペンダントをいじりながら、手持ちぶさた(普段は服の中に隠れている)。沙羅は腰に二本ぶち込んでいる。
慎吾(腕に四角の青いブレスレットをしている。)、葉月達がやってくる。
慎吾 :暇そだな、リョウ。
リョウ:別に。
慎吾が、不意に、操竹術で打ち込む。
ぱっとかわして。
リョウ:何すんだ、クソ慎吾!
かまわず、続けて打ち込む慎吾。払って応ずるリョウ。竹の音がリズムカルだ。
おっ、と集まる沙羅や葉月達。そこ、それっと応援する。
慎吾が両手に持ち、攻める。
沙羅 :加勢する!
沙羅も両手で打ちかかる。カンカンと言う響き。
葉月 :甘いんだよね!
と、葉月も参戦。あとのものは、やれやれ又始まったという感じ。
四人が入り乱れるが、やがて。
慎吾 :はっ。
と、リョウに打ち込む。リョウ両手で挟んでにらむ。
ちょっと静止の後、ふっと力を抜き、飛びしざる。
慎吾 :まじめにやれよ。
と、こちらも力を抜く。
気を取り直すように。
慎吾 :びしっとしろよな。魂祭りの踊り、予選も近いんだしさあ。
沙羅 :打ち手はまかせて。
葉月 :魂鎮めの舞姫は私ね。
慎吾 :今年の予選は特別だぞ、親父がいってた。
葉月 :柏の頭領様が?
慎吾 :締めの魂鎮めの舞を、打ち手ひとり、舞手二人にして、それぞれ選抜するつて。
葉月 :えー、いつもはグループ単位じゃん。?
慎吾 :文の華の伝説聞いたことあるだろ。
リョウ:(ぼそっと)文の華は毒の華。
葉月 :え、なに。
リョウ:(無視して)それで。
沙羅 :舞の奥義書の話?文の華の舞の秘伝たらなんたらいう。与太話でしょ、そんなの。
慎吾 :そうでもなさそうだ。
葉月 :うっそ。舞で死者を呼び出し鎮める強力な技っていうやつ?
慎吾 :いや、そういう話かどうかは知らんけど・・。
葉月 :なんだ。
慎吾 :親父、口、濁してたが、国の政事にも関わるものらしい。
葉月 :魂鎮めの舞が、政に?なんで?
慎吾 :よくわからん、けど、親父の鼻息荒い。黒犬、動かしてるし。
一同、えっ黒犬を。
葉月 :いつから?
慎吾 :大地がめちゃくちゃ揺れた時あったろ。三ヶ月ぐらい前。
葉月 :碧の街の建物ばたばたつぶれた時?
慎吾、頷き。
慎吾 :あのあたりから、親父こそこそしてて。問い詰めたら、最近やっと白状した。とにかく最高の打ち手と舞手が欲しいんだと。文の華の舞を舞わせたいようだ。
沙羅 :文の華の舞・・やっぱりあったんだ。(なにか納得している)
葉月 :ふっふっふっ。
と、怪しい笑い。えっ、みんな。
葉月 :くっくっくっくっく。
慎吾 :葉月?
葉月 :おーっほっほっほっ。よっし、もらったー!!
沙羅 :何を?
葉月 :知れたこと、文の華の舞、舞手はこの葉月様がもらった。一同、しかと心得るが良い!!かーっかっかっか。
沙羅 :目開けたまま寝言いうのはやめようよ。
葉月 :なんだって!クソあま!!
沙羅 :妄想女!!
葉月 :やるか!!
沙羅 :やったらー!!
と、竹を構えて武闘をせんばかり。
一同、まあまあと盛り上がってるが、リョウはぼんやり。
慎吾 :リョウ。
聞こえていない。
慎吾 :リョウ。
リョウ:え、ああ。何。
慎吾 :やっぱ変・・どしたんだ。
リョウ:ん?。もやもやするの、なんか。
葉月 :おっと、お年頃ですかい?
沙羅 :それはない。
葉月 :いいきっちゃったよ。
リョウ:は?、なんかちがうんだなあ。
沙羅 :何が。
リョウ:さきゆきみえたというか、みえないというか。
葉月 :あ?、分かった、リョウ、来年、18になるよね。それだよ。
慎吾 :おっ、成年式か。大人だ。はえーなー。俺らもそうだけど。(沙羅、葉月頷く)
リョウ:それはあるかも、けど、それだけでもないし。だから、もやもやしてる。
慎吾 :もやもやしてる?
リョウ:うん・・・たとえばさ、空はこんなに青いのに、なんだか、無性にね、腹が立つわけ!
歌が始まる。竹のリズムは無し。
背景人物達、それぞれの姿勢でストップモーション。
●歌2 「なんだかもやもや」・・独唱と掛け合いと合唱。・・内容はもう少し短めに作るべし
こんなに空は青いのに、こんなに風は光るのに
道が見えない、歩けない。
分からないよ、どこへいけというの。
なんだかもやもや、すべては霧の中。
腐れた大人は言うんだ、いつでもね。
夢を持て、自分を信じろ、世界は君のもの。
努力すればいい。能力を生かせばいい。チャンスを生かせ!
ファイト、ファイト、ファイト!
わらっちゃうよねー、わらっちゃうよねー。
おとぎ話よ、そんなのは。
あんた達見てたらよく分かる
笑っちゃうよねー、わらっちゃうよねー。
信じてないくせ。いうんじゃねーよ、そんな戯言。
ごまかし、いいわけ、世迷い言よ。
わらっちゃうよねー、わらっちゃうよねー。
ばかいってんじゃないよ!
誰に向かって言ってるの!誰に向かって言ってるの!
見てよ、すばらしい私らの未来。
誰がそんなに自信をもてるの。
誰がそんなに言い切れるの。
誰がそんなに断言できるの。
誰がそんなに強くあれるの。
誰がそんなに分かっているの
もやもやしてるの。もやもやしてるの。
分からないから、もやもやしてるの。
何にも見えない、前を見ても後ろを見ても
もやもやもやもやしてるだけ
こんなに風は光るのに。
こんなに空は青いのに。
こんなに心が痛むのに、こんなに心が震えてるのに
立ち上がれずに、歩み出せずに
耳を澄まし続けるだけ
ああ、世界の音が。
もっともっと広く、その先にある世界の音が。
聞こえるようにただ聞こえるならば
ああ、世界が
もっともっと広く、その先にある世界が
繋がるならば。
葉月 :哲学的?。
沙羅 :結局、なにが原因で?
リョウ:わからないからもやもやしてる。
葉月 :なんじゃ、それ。
リョウ:だから分からないんだつて。
慎吾達、駄目だこりゃと首を振る。
巡礼達の列が門から入ってくる。下手の方へ歩いて行く。
突然、巡礼の列の中からぼろぼろの衣装の者が一人、抜けだし、リョウ達の方に駆け寄り、葉月の袖がしっとつかむ。。
葉月 :え、何、何々?!
伊緒 :かくまって!
葉月 :はぁ?!
怒号が響く。巡邏兵が数人乱入してきて、巡礼達を拘束しようとする。
抵抗するが、たたき伏せられたりしている。
リョウ:ひどいな、あれは。
沙羅 :巡礼に紛れた密偵かも。
リョウ:密偵?
沙羅 :国情を探りに来たんでしょ。
リョウ:詳しいのね。
沙羅 :それほどでも。
慎吾、舌打ちする。
慎吾 :神経とがりすぎなんだよ、親父は。
巡邏兵の何人か、リョウ達の方に駆け寄る。
巡邏兵1:そこの巡礼!来いっ。
伊緒 :(いつのまにか、慎吾のそばに来ている。慎吾を楯にして)いやです!
巡邏兵1:何だとー。来るんだ。
と、つかみかかろうとする。
慎吾、軽くそれを外して、腕をねじ突き放す。
巡邏兵、蹈鞴(たたら)を踏む。別の巡邏兵は杖を構える。
慎吾 :乱暴だなあ。
巡邏兵1:邪魔するか!
巡邏兵、慎吾に殴りかかる。慎吾、竹で軽く裁いて突き放す。
慎吾 :いやだって言ってるだろ。
うんうんとうなずく伊緒。
カンカンになっている巡邏兵。
巡邏兵1:こわっば、貴様も同罪だ、許さん!
慎吾 :どうするの。
巡邏兵1:こうしてやる!
杖で突きかかるが、再び裁かれて、したたかに打たれ、後ろ向けにひっくり返る。
巡邏兵1:おのれー!
跳ね起きようとするが、巡邏兵2、慎吾に気づき、あわてて敬礼。直立不動。
巡邏兵2:若様!
巡邏兵1:え、ええっ、若様?
巡邏兵2:慎吾様だよ。
巡邏兵1:ええっ。
慎吾、わらって、巡邏兵を助けて立たせ、ぱんぱんと埃を払い。
慎吾 :悪かったな。ちょと痛かったか、俺の突き。
巡邏兵1:はい。ああ、いいえ。
巡邏兵2:この子を連れて行きたいのですが。
慎吾 :いい、いい。俺のダチだ。保証する。だいじょぶ、だいじょぶ、問題ないよ。なっ。
うんうんと大きく頷く伊緒。
巡邏兵2,うさんくさそうだが。
巡邏兵2:了解しました。
慎吾 :お役目ご苦労さん。親父にゃ宜しく言っとくよ。
巡邏兵二人:はっ。
敬礼して去る。
葉月 :いつから巡礼さんとできてるの。
伊緒 :まっ、そんな、ぽっ。
慎吾 :おいおい。
沙羅 :あんた、なんで逃げてるの。
伊緒、ばっと土下座して、慎吾に。
伊緒 :お願いします。伊緒と申します。・・私と一緒に行ってください。
慎吾 :え、俺?
伊緒 :はいっ!
慎吾 :行くって何処へ。
伊緒 :文の華の里。
えっ、と思わず、顔を見合わす一同。
沙羅 :(表情が厳しくなる)文の華の里?
葉月 :そんなのホントにあるの?
慎吾 :ちょ、ちょっとまてよ。ここじゃまずかろ。
と、あたりを見回す。さっきの騒ぎが?のように、いつもの街の風景。
慎吾 :あそこへ、座ろうぜ。
ベンチらしきもののそばへ一同移動。伊緒を座らせ、みんなは適宜周りに。
伊緒は、慎吾の腕のブレスレットを見ている。
慎吾 :(咳払いをして)あのなあ、藪から棒でよくわかんないけど。
伊緒 :ビーコンが捕らえました。(ビーコン?と慎吾。)間違いなくあなたです。三ヶ月探した甲斐がありました。思えば、苦節十年、漂白の巡礼を重ね、旅から旅への・・(遠い目をする)
葉月 :勘定合わないけど。
伊緒 :(軽蔑の横目で)文学的修辞というものです。けっ、教養のないやつぁ、これだから。(ちちち、と舌打ち。結構下品)
葉月 :なんだと。
慎吾 :よせよせ。文の華の里といったな。どこにあるんだ。今まで聞いたことないぞ。
城門の向こうを指さす。
伊緒 :己の無智を恥じなさい。あの、建依別の峰峰の奥深く・・。
と、遙かなる山々を指す。
慎吾 :ふーん。少なくとも親父の地図には、なかったなあ。
伊緒、ふっと笑って。
伊緒 :遙かないにしえの里です。常人には尋常の手段でたどり着くことはかないませぬ故に。
慎吾 :(笑って)桃源郷みたいなものか。
伊緒 :仰せの通り。
と、一礼。
慎吾 :(笑って)大きく出たな。で、そんな桃源郷から、わざわざなぜ俺を。
伊緒 :あ、はい。文の華の書の定めを決めていただきたく。
葉月 :文の華の書?!ほんとにあるんだ。
伊緒 :ほんに愚か者は度しがたい。とうぜんのことではないですか。天地の始めより我ら文の華の里のものは、文の華の書を守り奉りて・・
葉月 :はいはい。我々一同なんたって愚か者ですから、ご教示いただきたいんですけれど。定めって何?
伊緒 :あなたには無関係のことです。いう必要を認めません。
まっ。とむくれる葉月。
リョウ:(ペンダントをいじりながら)あたしらは、友だちだ。聞く権利ぐらいあると思うけど?
そうだ、そうだと一同。
伊緒は目を開いて。沈黙。
間
慌ただしく指を数える。
リョウ:・・おいっ。
ハッと気づき。
伊緒 :えつ、はい。ごめんなさい。なんせ、ポンコツなんでそこはブロックされてます。
慎吾 :ポンコツ?ブロック?
しょぼんとして、指を再び数えては首を振る。
慎吾が声をかけようとすると、まってください。またその動作を繰り返す。
あきらめて。
慎吾 :さて、どうするよ。
葉月 :訳も分からず来いっていわれてもね。怪しさが服着て歩いてる。
一同、伊緒を見る。なにやら指を数えてる。まるっきりうさんくさい。
間。
沙羅 :話に乗ってみてもいいかもしれない。
葉月 :え、マジ?
沙羅 :突拍子もないから。そんな念の言った?をわざわざ私らにいう必要ある?
葉月 :おおー、あんた鋭い。
リョウ:私も乗っていいと思う。
葉月 :リョウもかい!
リョウ:やもやしてるより、面白いかも。、
葉月 :訳分かりません。
慎吾 :俺も、同じ考えだ。
葉月 :慎吾まで?オールスターですか。
慎吾 :俺をご指名ってのはよくわからん。けど。
葉月 :けど?
慎吾 :親父の話があるからな。
みな、ああ、それでと。
慎吾 :奥義の書だ。うそなら、こちらが馬鹿を見たですむ。だが、もし、ホントなら・・。
伊緒を見るが素知らぬ顔。
慎吾 :むざむざ見過ごすわけにはいかねぇだろ。それに。やっぱり。
にやりと笑い。
慎吾 :俺も、ちょいともやもやしてるんで。
一同、ちょっと笑う。
慎吾 :どれくらいかかるその里まで。
伊緒 :うーん、人間の足で3日ぐらいですか。
慎吾 :だ、そうだ。決めた。行きたい者だけ来い。
沙羅 :何処へ?
慎吾 :街境の天気輪の塔。・・準備もあるし、二刻後だ。その方がいいんだろ。
伊緒 :できるだけ早い方が。
慎吾 :と言うわけで、解散。(伊緒に)伊緒、その格好じゃまずい。着替えなきゃだ。
と、伊緒に。伊緒ぺこぺこ。
去ろうとするとき、巡礼の列が巡礼歌を詠いながら城門の外へ続いていく。
リョウ何が無しに見やる。
慎吾 :(頷いて)ついてきな、こっちだ。
慎吾、伊緒を連れて去る。みんなも去る。巡礼歌が哀切に響く。
リョウ、見ていたが、やがてだっと駆け去る。夕焼けが濃くなる。
?U巡礼の道・・何かが道をやってくる
天気輪の塔が地のように紅い夕焼けの中亡霊のように立っている。逢魔が時、碧の街の境界である。
巡礼の道を陰のようなものたちが通っていく。
簡単な旅支度のリョウが巡礼達を見ている。
やがて、合図をしながら慎吾と伊緒がやってくる。
慎吾 :リョウだけか。
頷く、リョウ。
慎吾 :ちょと待つか。
間。巡礼達がゆっくりと去って行く。
リョウ:知ってる?
慎吾 :何を。
リョウ:あの人達のほとんど戸籍ないんだよ。
慎吾 :ほう。
リョウ:というか、戸籍を捨てるんだ。
慎吾 :なぜ?
リョウ:戸籍あるとその地に縛られるからね。
慎吾 :生まれた土地を捨てる訳か。
リョウ:まあね。
慎吾 :で、何処へ行くんだ。
リョウ:行くとこなんかありゃしないよ。ただ、道を巡ってくだけ。
慎吾 :ふ?ん。いつまで。
リョウ:死ぬまでかな。
間。
慎吾 :俺はいやだな。そういうの。
リョウ、笑って。
リョウ:私はちょっと惹かれるかな。
慎吾 :お母さんがそうだったからか?
リョウ:かも知れない。
慎吾 :永遠にってのは辛いとおもうぞ。いつかはどこかに帰らないと。
リョウ:(ぼそっと)帰らないつもりだったのかなぁ・・・。
沈黙。間。
リョウ:(気分を変えるように)どうやっていくの。
伊緒 :まずは塩の浦へ行きましょう。
リョウ:塩の浦?山じゃないの?
うなずく伊緒。
慎吾 :塩の道って知ってるか?
首を振る。
慎吾 :塩の浦から、杣(そま)の村へ塩や魚を運んでる道があるそうだ。文の華の里は素人が直接いけるようなとこじゃねえ。遠回りになるがそうでもしないと、とてもムリだと。
伊緒 :それでも、少し問題はありますが。
リョウ:問題?
伊緒 :はい。塩の道の元締めに通行許可をもらわないと。
慎吾 :塩の浦の奴らに取っちゃ、自分たちが苦労して開いた大事な金づるさ。よそ者はおいそれとは通してくれねえだろな。
リョウ:許可もらえるのか。
慎吾 :いざとなりゃ親父の顔で。
リョウ:いいかげんだなぁ。
笑って。
慎吾 :それにしても遅い。
周りを見回して。
リョウ:三人だけでいくか。
慎吾 :それもなぁ・・ああ、来た来た。
四人ぐらいの影がやってくる。
慎吾 :おっ、けっこういるな。おーい、こっちだ、こっち。
リョウ:危ない!
伊緒を突き飛ばして、おそってきたやつの杖を竹操術で払う。
慎吾も応酬。
リョウ:送り狼ってやつ?。
慎吾 :かもな。
囲んでくる。構えたまま。
黒犬 :そいつを渡せ。(伊緒を指すようだ)
慎吾 :やだね。
いきなり、一人慎吾に打ちかかる。ついて、払う。
ちょっとよろける黒犬、だが体勢を立て直す。独特の構え。
慎吾 :おっとこいつら、黒犬だ。
リョウ:え、頭領の?
慎吾 :兄貴の方だな。やっかいだぞ。狂犬と変わらん。
リョウ:あんたと知ってて?
慎吾 :関係ねぇ。余計につぶしにかかる。
リョウ:すさんでるね、あんたんち。
慎吾 :柏の家ってそんなもんだ。来るぞ。
同時に、二人に打ってかかる。
めまぐるしく応戦するが押される。
リョウ:くそっ。
リョウ、肩を打たれてよろめくが立ち直る。
慎吾 :リョウ。
リョウ:だいじょぶ。伊緒を!
伊緒が危うく捕らえられようとするのを慎吾が防ぐが厳しい。
ところへ、誰か、駆け込んでばんばんと杖で鮮やかに二人ほどたたきのめす。
疾風 :少年いじめるのはよくない了見だぜ。
リョウ:疾風!
疾風 :おひさ。大きくなったな、リョウ。
と、又一人を打ちつける。形勢逆転。
黒犬 :ひけっ。
一瞬構えておいて、逃走。
疾風 :おお、おお。にげっぷりも鮮やかだこと。
間。
リョウ:疾風。
疾風 :元気か。(笑って)あれだけ、ビシバシやってりゃ元気だな。二年ぶりか。
リョウ:うん。
慎吾 :この人は?
リョウ:疾風。巡礼士だよ、国々廻ってる。うちの宿によく泊まるんだ。
疾風 :黒潮亭のタタキはうまいからな。・・随分物騒な奴らだったが。おまえさんのせいか?
リョウ:あ、こちらダチの慎吾。こっちは伊緒。
慎吾 :助かりました。やばかったんで。
疾風 :そこらのごろつきとはちがうな。
リョウ:黒犬だよ。
疾風 :ほう、柏の頭領か。
慎吾 :兄貴の方で。
疾風 :兄貴?するとおまえは柏の次男坊か
慎吾 :いえ、三男の末っ子で。・・でも詳しいですね。
疾風 :仕事だからな。
リョウ:巡礼の保護や監察してるから、いろんな事情に詳しくなくちゃいけないの。
疾風 :襲われる心当たりは?
リョウ:それが、実は。
と、疾風に話す。その間に。
慎吾 :大丈夫か。
伊緒 :はい。
慎吾 :しょっぱなからこれじゃ身が持たねえよ。
伊緒 :済みません。
慎吾 :おまえのせいじゃねえ。・・いや、おまえのせいか。
シュンとして。
伊緒 :済みません。
慎吾 :いいって。決めたのはこっちだ。・・に、しても誰もこねぇな。しゃあない、行くか。
伊緒 :はい。
慎吾 :リョウ。
と、疾風達の方に向いて呼びかけると、くるりと慎吾の方を向いて。
疾風 :話は分かった。面白い、これは巡礼士として見逃せん。
リョウ:一緒に行くって。
疾風 :イヤだと言っても却下する。
慎吾 :(笑って)心強いです。こちらからお願いします。
疾風 :まかせろ。
リョウ:みんなは。
慎吾 :これ以上まてねー。
リョウ:わかった。
一同歩き始める。はける寸前、おーい、まってよーと声がして、葉月、沙羅、がやってくる。
慎吾 :遅ーぞ。
葉月 :わりー、荷物手間取って。
慎吾 :喰いもんばっかり詰めてるからだ。ほかのもんは。
葉月 :知らない。
慎吾 :そっか。
葉月 :あの人だれよ。
慎吾 :それはな・・。
幕の外から、はやくーっと呼ぶ声。
慎吾 :わかったー。・・とにかくいくぞ。
と、一同はける。
?V塩の浦 陰の舞
深い夜が支配する。
それと共に、どこからともなく、さびた竹のリズムが、そこはかとなく聞こえる。
また、無声音でなにやらつぶやくような祈るようなつぶつぶした声が聞こえる。
異様な彩色と絵柄のついたてというか、屏風、あるいはふすまが現れる。ぼんやりとそれぞれの灯りに浮き上がり、全体としてセンターを中心としたややいびつに重なり合う楕円の半円形を構成してゆく。
リズムが変わると、呪のような歌声が密やかに発声する。上下から、低い姿勢でゆっくりのたくるように踊る奈津を始めとする塩の浦の女達が現れる。センターに互いに渦を巻くように交差しながら、あるいは広がりあるいは狭く、ゆっくりとうごめいている。
奈津 :願いそろ、たてまつりそろ。ねがいそろ、たてまつりそろ。
唱和。
●歌3 「魂呼ばい?T たんば より」・・これは実際に歌われる歌であるが、創作しても可。
奈津 :柄杓に笈摺(おいずる)杖と笠、巡礼姿でヨー父母を、たずにょうか。
補陀落(ふだらく)岸うつ三熊野、那智さんお山は音高う、ひびこうか。
見るよりお弓は立ち上がり、小盆にしらげのこころざし、進じょうか。
よもよも巡礼さしゃんして、定めし連衆親御達、同行(どうぎょう)か。
いえいえ私はひとり旅、ととさんかかさん顔知らぬ、会いたいや。
無理に差し出すわらじ銭、すすめて持たすは我が娘、置きたいや。
泣く泣く別れる我が娘、伸び上がりさであがり身をやつす、去なそうか。
山越え海越え谷を越え、かんなんしてきた我が娘、いなさりょか。
九つなる子の手をとりて十郎兵衛は我が子と知らずむし殺す。残念や。
いちいち仏壇花をあげ、抹香のけむりで巡礼をおくろうか。
下手からリョウ達が早足で入ってくるが、この光景を見てぎょっと立ち止まる。
慎吾がしっと合図してひそひそと。
葉月 :なにこれ。
リョウ:見たことないけど、女踊りね、
伊緒 :来ますよ(と、指で演算しながら)。これは、まもなく。
葉月 :えっ、何が。
センターの隙間がややひろがり、なにやら白い霧のようなものが静かに広がっていく。
慎吾 :寒くなってきたな。
リョウ:たしかに。ちょっと。
ぶるっとする。
奈津の歌う声が明確に大きくなる。
白い霧は濃くなり、やがて、その奧から、ゆるゆると踊りながら死者達が数人現れる。
沙羅 :これは・・。
疾風 :魂呼ばいだな。
と、厳しい声。
葉月 :魂呼ばい?
疾風 :歌と踊りで組み上げる呪だ。亡き人の魂を呼び出してその魂を鎮める。あるとは聞いていたが見るのは初めてだ。
リョウ:亡くなった人の魂を?すごい。
死者と生者が交錯しながら踊る。
伊緒が、もっとよく見ようとする。止める慎吾。ちょとばたばたした拍子に伊緒がこける。緊張が解ける。踊りが止まる。死者達はゆるゆるとその場を去って行く。
奈津 :何者!!
伊緒 :てへっ。
慎吾ちっと舌打ちして。
慎吾 :いや、すまねえ。怪しいもんじゃねぇ。実は・・
と、言いかけるが
奈津 :許さぬ!
おんなたち、ばっと一同を取り囲む。一触即発の勢い。
慎吾 :おいおい、待ってくれ。わる気があったわけじゃねー。
奈津 :問答無用。神聖な呪を穢した罪軽からず、成敗!
と、かかろうとするところへ。
金蔵 :なんだなんだ、騒々しい。のんびり酒も飲めねえぞ。
奈津 :元締め!
金蔵 :何だ奈津、殺気だって。
奈津 :こやつらが魂呼ばいを邪魔し、御霊を侮辱しました。
慎吾 :侮辱ったって・・何も。(うんうん)
金蔵 :何だと。
と、ねめつける。
慎吾 :そんなつもりは毛頭・・
金蔵 :やかましい!・・見かけねえガキどもだが、自分が何したか分かってんのかい。
慎吾 :いや、それが・。
金蔵 :大事な大事な踊りと歌をお前らが台無しにしたんだよ!・・この落とし前、どうつけるんだ、ええ。
慎吾 :どうつけるんだと言われても・・。
葉月 :はっ、大事な大事な踊りと歌なら、こんなとこでのんびりやるんじゃないよ。
金蔵 :なんだと。
葉月 :あたしら、塩の道を行くんだ、たまたま通りかかっただけさ。こんなとこでやってりゃ、否でも応でも目につくじゃないか。見ただけで台無しになるんなら、どっかに隠れてこそこそやるんだね!
金蔵 :このやろ、口の減らねえあまっ子だ。かまわねえ、奈津、こいつら締めて、御霊様にわびさせろ。
奈津 :はいっ。みんな!
乱戦が始まりそうになるところへ。のんびりと。
疾風 :おいおい、金の字。そうとんがるなよ。
金蔵 :金の字だぁ、だれだ、ふざけやがって。
疾風 :俺だ、俺だよ金蔵、無沙汰してるな。
金蔵 :え?(闇をうかがって)あ、疾風の旦那じゃ、ありませんか。いやあ、いつ来なさった。
疾風 :今だよ。いや、わけあって塩の道を通って杣の村まで行かねばならん。それで、おぬしを訪ねてきたんだが・・。悪いことをしたみたいだな。すまん、この通りだ。
金蔵 :いやあ、頭をお上げくだせえ。旦那にそういうことさせるわけにはいかねー。
疾風 :そうか。ならよい。では塩の道通してもらうぞ。ほれ、みんな。
金蔵 :ちょとちよっと・・・。参ったなあ。そう簡単には。
奈津たちぶんむくれている。
奈津 :塩の道なんてもってのほかよ。(そうよ、そうよ)
金蔵 :大事な踊りぶちこわされたんでは、やっぱりおさまりが。
疾風 :そうか、困ったな。このものらも悪気はない。なんとかならんか。
金蔵 :参りましたね。普段なら通り賃さえいただければなんと言うことはないんですが・・・奈津、ちょっと・・。
と、よんでひそひそ。奈津はかなり激高している。
慎吾 :どうなりますかね。
疾風 :さあて。
話がついたようだ。
金蔵 :こうしましょう。あんたらが見た踊りは、魂呼ばい、御霊様を招く門外不出のおどりと歌だ。これを見られたことによる汚れははらわねばならん。まあ、こちらも抜かりがあったんで、それ以上は言わない。そこで、簡単な試しをしてもらおう。
慎吾 :試し?
金蔵 :みれば、あんたらも打ち手と舞手のようだ。魂呼ばいをしてもらう。
葉月 :ムリムリムリムリ。やったことないし。しらないし。
金蔵 :無理は承知、できるとは思っちゃいねえ。だが、姿勢は見せてもらわねえとこちらの一分が立たねえ。
顔を見合わす、慎吾達。
疾風 :承知した。
慎吾 :え、ちょっとちよっと。
疾風 :いい経験だ、やって見ろ。
慎吾 :そんなあ。
金蔵 :どうしても会いたい御霊様がいるやつが舞うといい。どうだ?
間。伊緒、指で演算しながらリョウ達の顔を見る。
リョウ:(視線を感じて)あたし、やる。
沙羅 :リョウ。
リョウ:会えるなら、母さんに。
伊緒はまじまじと見る。指のスピードが速い。
金蔵 :分かった。いつ亡くなったんだ。
リョウ:小さい時、顔もあまり覚えてない。
金蔵 :どこの生まれだ。
リョウ:知らない。
金蔵 :何をしてた。
リョウ:巡礼。
金蔵、渋い顔。
金蔵 :巡礼か・・。
疾風 :不都合でもあるのか。
金蔵 :地を捨ててさすらう者は己を捨てている。俺たちでも少し難しい。難儀するぞ。奈津。
奈津 :はい。
金蔵 :ちよっとすけてやれ。
奈津 :え、でも。
金蔵 :おまえでも舞いきれるかどうかだ。いいな。
しぶしぶ頷く奈津。
金蔵 :一人じゃ無理だ。くどき歌はリョウといったな奈津についてお前やれ、あと、打ち手と舞手がいるが。
沙羅 :打ち手をやるわ。
葉月 :じゃ私は舞手を。
金蔵 :よかろう。奈津、お前らは、脇を固めろ。
奈津 :はい。
と、奈津達位置につく。葉月、沙羅もそれぞれに適当な位置につく。
リョウ、竹を握りしめ、目をつぶる。そっとそばによる伊緒。
伊緒 :見たらいいんですよ。
リョウ:何を。
伊緒 :道を歩くお母様を。しっかりと。
リョウ:道を歩くかあさんを。
伊緒 :はい。しっかりと、ここに。
と、眉間のあたりを示す。
間。
リョウ:分かった。
金蔵 :始めろ。
最初は奈津達の竹のリズムが始まるが、すぐに沙羅がそのリズムを取り始め、や がて、リョウもつづく。ゆっくりとのたくり出すみんな。リョウが歌い始める。が、その歌詞は奈津の歌う歌とは違う。奈津がハッとする。
●歌4 「魂呼ばい?U 巡礼行」
リョウ:願いそろ、たてまつりそろ。ねがいそろ、たてまつりそろ。
馬手に杖もち白い傘、弓手に握る親の指 怖いよ
同行二人というものの、哀れ頼みになるものか せつないよ。
花は咲く咲く、野は歌う、無縁の景色ぞやるせなや つらいよ。
唇かわく夏の砂、喉を潤す水も無し 苦しいよ。
荒野(あらの)行き行き蕭条と、折から時雨(しぐれ)影二つ 寒いよ
冷たき雪をほおばりて、飢えを止める情けなさ 悔しいよ。
夢なき夜をかさねつつ、先無き旅寝を続けゆく 寂しいよ。
(転調)
果てなき道をただ歩む 道行く人はやがて消ゆ
おいていかれし子はたずぬ
耳を澄ませば、夜の奧、そのまた暗き奧のそこ
かかさんこいしと鳴く鳥の 血を吐く声ぞ聞こえ来る
どこにいったの どうしているの なぜゆくの
あいたしと、またあいたしと。
あいたしと、ただあいたしと。
あいたしと、あいたしと
血を吐く声ぞ聞こえ来る。
慎吾 :あれは。
疾風 :しっ。
驚く金蔵。
一人の影がゆっくりと奧から現れる。
それは、やがて、葉月にまといつくよう、絡みつくようになり、二人は、渦を巻くような動きをする。
リョウは、いつか無意識に青い切符を握りしめてはくどく。青い切符が発光する。ハッとする伊緒と、 奈津。思わずあれはと声を漏らし、伊緒はにらみつける様に凝視し続ける。
やがて、影はゆっくりと輪を解き、静かに消えて行く。
舞が止まる。
無音の時。間。
金蔵 :見事!!
歓声が上がる。
金蔵 :よくやった。見所あるな。うちに来ねえか。うまいタタキもあるぞ。旦那は、酒も強そうだねえ。ドロメでいっぱいいこうじゃねぇか。
疾風 :ありがたい。喉がからからだ。
金蔵 :さあさあ、風呂もわいてるぜ。
一同、ありがてーとかぞろぞろ。
リョウも、行こうとしたが、奈津がじっと見ているのに気づく。
リョウ:何か。
奈津 :すごいな。
リョウ:え。
奈津 :あなたすごい。ほんとにすごい。魂呼ばいなんか、何年もかかるのに。
リョウ:(照れ笑いして)そんな、まぐれだよ。
奈津 :まぐれじゃ、ああは行かないわ。
リョウ:こんな踊りもあったんだねえ。ほら。
リョウ、手の指を示す。
リョウ:まだ震えてる。
奈津 :初めてだもの、無理ない。
リョウ:どうして、こんな踊りがあるんだろうか。
奈津 :踊りって、祈りだもの。
リョウ:祈り?
奈津 :暮らしていく中で、いろいろあるじゃない。かなしいことやうれしいこと、辛いことやしんどいこと、願いたいことや、悪い場合には呪いたくなること。あなたもあるでしょ。
リョウ、頷く。
奈津 :そんな願いや祈りをからだに乗せて形に組み上げていくわけ。昔の人はみんなそうしてた。ここ、けっこうそういう形残ってるの。驚いたでしょ。
リョウ:うん。踊りって、もっと、楽しく、威勢が良いものだと思ってたから。
笑って。
奈津 :もちろん、そういうのもある。男踊りは威勢がいいし、面白いわ。
リョウ:祈りかぁ。
奈津 :そう。暮らしの中から生まれるものだと思う。踊りは。まあ、道とおんなじね。
リョウ:塩の道?
奈津 :そう。暮らしにどうしても必要だから、道は生まれる。
リョウ:踊りもどうしても必要だから生まれる?
奈津 :微妙なところかも知れない、けど、多分、暮らしに必要なものだと私は思ってる。
リョウ:すごいなぁ。そんなこと考えもしなかった。
奈津、くすっと笑って。
奈津 :それより、お母様のこと話して。
リョウ:(軽く笑って)何せ小さすぎたからね。全然何も覚えてない。
奈津 :そう。・・それでもお母様とは絶対的なもので結ばれてるのよ。魂よばいの踊りはそうした人を結びつけるもの。
リョウ:そうだったら、いいなぁ。
奈津、クスッとわらつて。
奈津 :そうよ。・・踊りが好き?。
リョウ:うん、今はちょっともやもやしてるけど。
奈津 :いろんな踊り見た方がいいわ。きっと、もやもや晴れてくる。
リョウ:そうかなあ。
奈津 :保証します。・・そうね。
遠くを見透かす様な眼をする。
居住まいを正した風で。
リョウ:何。
奈津 :あなたの道が見えます。
リョウ:道?
奈津 :リョウさんが歩いています。
リョウ:まあ明日塩の道歩くし。
笑って。
奈津 :確かに。でも、私に見えるのはリョウさんが踊りの種をまき、拡げ、見守る姿。
リョウ:はっ?
奈津 :それを道の人と言います。私、実は見える人なんです(笑って)。じゃ、また後で。
リョウ:あ、ちよっと。
奈津 :塩の道は結構ハードですよ。早く休まれるといいでしょう。
リョウ、狐につままれた感じ。
リョウ:踊りの種?播く?(種をまく動作。)播く?何のこと。
首捻りながら去る。
溶暗。
溶明。屏風等の装置ははけている。
翌朝。ぶーぶーいいながら、塩の荷を背負った一同が入ってくる。 疾風はいない。
葉月 :ひどいよねー。こんな重い荷背負わせて。
金蔵 :(笑いながらやってくる)どうせ、塩の道歩くんだ、ただじゃもったいねーや。通行賃とおもいな。
と、どんと葉月の荷をたたく。
よろめいて。
葉月 :さぎだよ、これじゃ。魂呼ばいうまくいったじゃない。
金蔵 :(更にわらって)あれは汚れを祓った分。これは夕べと今朝の飯の分塩の道の通行賃だ。
葉月 :ケチ。
金蔵 :商売は損しないよう心がけてるからな。
葉月 :おじさんには負けるわ。
金蔵、大笑い。
葉月 :伊緒はいいよね、小さい荷で。
伊緒 :これでもおもいんですー。バッテリー上がりそう。
葉月 :え、上がるって?
金蔵 :おーい、奈津。
奈津と、何人かが荷を背負ってやってくる。杖をみなついている。
金蔵 :杣の村までついてってやれ。今日知らせが来なかったのがちょと気にかかる。そのあたりの確認もな。
奈津 :はい。
支度は調ったようだ。
奈津 :では参りましょうか。
やおら、姿勢を改めて
奈津 :塩の道。参る。隊列組め!!
一同(奈津の組の人たち):アイサー!!
ばっと並ぶ、えっといいながら、慎吾達もよろよろと並ぶ。
奈津 :塩の道搬送隊、覚悟はいいか。
搬送隊:アイサー。我ら死して屍拾うものなし
ええっと引きつる慎吾達。
奈津 :これより杣の村まで、塩の道搬送を開始する。途中たおれしものは死して屍ひろうものなし。
隊列 :死して屍拾うものなし!
慎吾達、おいおい、なんじゃこれと言う声。
奈津 :本年度第21次搬送本隊、出発!
隊列は動き出す。
奈津 :全隊隊歌斉唱!ようそろー、始め!
一同、ゲッゲッゲロゲロゲー、ゲッゲッツゲロゲロゲー、と二日酔いかなにやわからん歌ともかけ声ともわからないものを唱和しながら去る。
それと共に、ゆっくりと背景が変わってゆく。
?W塩の道はハードだぜ・・生活の道
風景が山道に変わる。森の中の深い山道、折れ曲がる坂道があり、大きな樹の前がちょっとした広場になっているところがある。杖をつきながら塩を背ににないやってくる一行。みな、かなりしんどそうであるが、合いの手もやけくそ気味でよろよろとだが美的に踊りながらやってくる。
●歌5 「やってらんねえコンチクショウの歌」
アイダダアイダ コイダダコイダ
アイダダコイダ コイダダアイダ
やつてらんねえこんちくしょう!!
アイダダアイダ コイダダコイダ
ほんに腹立つ 塩ってやつは
何でこんなに重いんだ
背なにどっしり 足に来る
肩にゃ食い込む 手はしびれ
アイダダアイダ コイダダコイダ
そいでも、こいつがないことにゃ
杣の村衆は、生きては生けぬ
命をつなぐ お塩様
アイダダアイダ コイダダコイダ
文句いうより足はこべ
こぼすじゃねーぞ でーじな塩だ
ぬらすじゃねーぞ 命の元だ
それゆけやれいけ 運びやれ
塩の村から 杣の村
尊い尊いお塩様
えんやらどっこいお通りでー
アイダダアイダ コイダダコイダ
アイダダコイダ コイダダアイダ
それでもこれでも
わかっちゃいるが
やってらんねえ、こんちくしょう!!
こんちくしょうしょうこんちくしょう!!
アイダダアイダ コイダダコイダ
アイダダアイダ コイダダコイダ
葉月 :あー、ちかれた。もう駄目。
ばったりと倒れ込む。
続けてみんなばたばたと。
沙羅は荷を下ろし、あたりを少し警戒。
涼しげに奈津。
奈津 :(クスッと笑って)皆さん、足弱ですね。
慎吾 :いやいやいや、あんたが強すぎるの。
奈津 :(まっ)踊りと同じで、足腰に変な力が入ってるからですよ。
慎吾 :そういわれてもなあ。
伊緒は小さい荷物でふらふらしている。
慎吾 :どうした。
伊緒 :バッテリー切れましたぁ?。
慎吾 :バッテリー?
伊緒、演算開始。太陽光発電モードらしい。そのポーズ。
慎吾 :何してんだ。
伊緒 :光を!もっと光を!パクパク。求めよ、さらばあたえられん。光を、もっと光を、カモーン、ベイビー、光はすべての支配者だー!!
と、意味不明。
葉月がなにか言いそうだが。
慎吾 :見ない振り見ない振り。
葉月、ぶんぶんと頷く。
慎吾 :疾風の旦那は?
リョウ:後方確認だって。
慎吾 :へっ、二日酔いでねこんでんじゃねーか。
リョウ:かもね。しかし塩を担いでよく分かった。
葉月 :なにがよ。
リョウ:人が歩いて、物を運んで、又歩いて運んで。だんだんに道ができる。
奈津 :暮らしの中から道は生まれるんです。そうして必要がある限り道は生きてるんです。
慎吾 :生きてるって腰が痛くなることかぁ。
奈津 :(クスッと笑って)人や物だけじゃありません、先の村々の暮らしぶりや、人の噂、世の中の動き、みんな道を通っていったり来たりす。
慎吾 :それらを含めての道か。
奈津 :(頷いて)道の向こうからはいつだって何かがやってきますから。良いことも・・悪いことも。
慎吾 :とめたいこともあるんだろうな。
奈津 :無理ですね。
リョウ:どうして。
奈津 :目隠ししてもそこにある物はありますね。それと同じ、誰かが無視したり防ごうとしても必要なものは必ずやってきます。道って、そういう物なんです。・・私、それは、悪いことじゃないと思います。結局暮らしが豊かになりますから。それが道の持つ力だと思います。だから、私はこうして、何度も道を歩いているんです。
慎吾 :杣の村人が生きていくには塩は必要だし。
奈津 :帰りには炭や紙を持ち帰ります。
慎吾 :塩の浦のうまいタタキや屏風になると言うわけだ。
奈津 :私、料理は苦手ですので。
慎吾 :は?
とちょっと挨拶に困る。
沙羅、竹のリズムを刻んでいる。やや珍しいリズム。
慎吾 :それ、何だ。珍しいな。
沙羅 :まあ、ちよっと思いついて。
葉月 :(気のない感じで)熱心なことで。
沙羅、はっはっと戦闘演舞を少し。
ほーほーと鳥の鳴き声。
リョウ:鳥かな?
葉月 :間抜けな声ね。
ほーほーが少し変調。
慎吾 :そうでもないようだぞ。・・お客さんだ。ほらっ。
ばっと起き上がる。ところへ、無言で黒犬たちが何人か。
沙羅に襲いかかる。リョウや奈津達も応戦しようとする。
伊緒はこそこそと隠れる。
激しい立ち回り。
リョウ:あぶない。
沙羅 :うっ。
やられたらしく、竹を取り落とす。
襲いかかる黒犬、バック転で逃げる沙羅。
リョウが黒犬に打ち込む。慎吾も打ち込む。
黒犬 :ひけっ。
ばっと引く。
葉月かけより。
葉月 :大丈夫?
沙羅 :なんともない。
慎吾 :ほらよ。(と、取り落とした竹を渡す。)お前らしくねえな。
沙羅、肩をすくめる。
慎吾、首をひねっている。
リョウ:どうした。
慎吾 :やけにあっさりしてるなぁ。
リョウ:何が?
慎吾 :いや、黒犬よ。ふつうも少ししつこいはずだが。
リョウ:しつこくない方が助かる。
慎吾 :それはそうだが・・ひょっとして。
リョウ:何。
慎吾 :いや、何でも無い。(と、厳しい表情)
前後の様子を見ていた奈津。
奈津 :出発しましょう。
葉月 :ええ、もー?
奈津 :また来るかも知れません。
伊緒 :そうですよ?。下手したら時間に遅れます。
慎吾 :え、時間って。
伊緒 :え、いってません?
慎吾 :きいてねーよー、ポンコツ。
伊緒 :あー、きれかかってたからなぁ。光あれ!!
と、停止。間。は、と一同。
伊緒 :よっし、大丈夫。えとですねー。夕方には岩戸の舞が始まるはずですし、そうなると出ちゃいますから。遅れると、アウトです。
葉月 :何が出るのよ。
伊緒 :それは秘密です。
葉月 :けっ。
リョウ:夕方までにつけばいいんだろ。
奈津 :あの峠越えればもう一息です。
葉月 :はー、また峠かよー。
リョウ:いこう。
慎吾 :疾風の旦那、またなくていいか。
リョウ:どうせ、一本道みたいだし。
葉月 :塩背負ってねーから気楽なもんだよ。やれやれ。
奈津 :行きますよ?。
一同、やってらんねえコンチクショウの歌をあまり気勢が上がらず詠いながら歩き出す。
?X杣の村・・龍の岩屋戸・・
夕景。
古式ゆかしい衣装と犬神の半仮面をつけた人びとによって、龍の岩屋戸が組み立てられていく。
奧に扉がある、ちょっとした洞穴の様な感じ。前面はひろがり、竹としめ縄で、結界が張られている。完成すると、人びとは去る。
かなり投げやりなアイダダアイダ、コイダダコイダの歌と共に一行が到着する。
そこらあたりに荷物をばたばたと放り出すようにおくと、精根尽き果てた感じで座り込む。奈津は涼しい顔。
葉月 :駄目。これ以上一歩も駄目。
奈津 :あなたたち。
塩の浦の者:はっ。
奈津と共に来た塩の浦のものたちがてきぱきと荷物を整理して積み上げていく。
葉月 :あんたたち、無駄に元気ねー。
塩の浦の者たち、パワーあふれる元気なポーズ。
葉月 :ハイハイ。
伊緒 :間に合いましたね。時刻ももうすぐだし。
リョウ:迎えでもくるの。
伊緒 :いいえ。ここから出るんです。
葉月 :いきどまりじゃん。
くるっとリョウの方を向き。
伊緒 :リョウさんの出番です。
リョウ:え、私?何で?
伊緒 :それです。
と、首に掛けてる青い札を示す。
リョウ:え、これ?
伊緒 :いつから身につけてるんですか。
リョウ:かあさんの形見だから、物心ついてから。どうして?
伊緒 :申し訳ございませんでしたー!!
深々と最敬礼。
慎吾 :なんだなんだ。
伊緒 :ポンコツで済みませんでしたー!!
頭を上げ。
伊緒 :人違いでした。ショボン。
慎吾 :は、人違いって・・あっ、まさか。
伊緒 :(慎吾に)そんなもの持ってるから悪いんですよー。
と、居直る。
慎吾 :あ、居直りやがった。
確かに、リョウの切符と少しにて入る。
慎吾 :というと、お前の探してたのは。
伊緒 :はい。
みんなの視線がリョウに集まる。
リョウ:え、私?
伊緒 :はい、その青い札です。最初はこっちにだまされたけど。ケッ。
慎吾、ばしっと伊緒の頭をはたく、
慎吾 :ポンコツ頭の性だろが!
伊緒 :勘違いすよ。よくある話。ちっちぇえ男。
慎吾 :ああ。勘違い?どの口がいう、この口か、ええこの口がいうてんのか、こら。
伊緒 :いたひ、いたひ。やめてくらはひ。
制止して。
リョウ:これが何の証拠なの。
伊緒 :私のマスターの札です。
リョウ:マスター?
伊緒 :私のご主人です。札が光るのを確かに見ました。正統な所有者でなくては私に反応しません。まさしく、あなたが、建依別の神々の末裔、最後の一人です。マスター。
間。
笑い出すリョウ。
リョウ:神々の末裔?冗談でしょ。
伊緒 :遺品だと言われました。では、あなたのお母様がその札でもって私に命を下されたその人です。
慎吾 :命?
伊緒 :文の華の里は時が朽果てるまで閉める。お前は、ここで、塵に帰るまで神の壺と文の華を封じ続けよと。そうして、文の華の里を去られました。私は、里と共に眠りについたのです。二十年前になりますか。
慎吾 :リョウが生まれる前か。
伊緒、頷く。
リョウ:かあさんの名前は何。
伊緒 :摩耶様と申されました。
リョウ:まや・・。
慎吾 :でも、お前リョウを探しに来た。なぜだ。
伊緒 :大地の揺れで目が覚めました。
慎吾 :あれか。
伊緒 :はい。目覚めた時、封じたはずの壺が割れ、命令を遂行するのが不可能な状況だと理解しました。
慎吾 :それで、母親を探し始めたと。
伊緒 :はい。いったん摩耶様に判断を仰ごうと。かすかなビーコンを頼りに。
慎吾 :で、探しに出て、結果こうしてリョウを見つけた。俺はリョウと一緒にいたから勘違いされたわけだ。こいつのせいで(と腕の青い札)
伊緒 :済みません。ポンコツで。
慎吾 :というわけだ、どうするリョウ。
リョウ、ふーとため息ついて。
リョウ:いくしかないだろ。かあさんのいたとこ見たいし、詳しい事情も知りたい。
慎吾 :(うなづいて)で、ポンコツ、どうやって行くんだ。
伊緒 :ああ、それはその切符が身分証明だけでなくて通行証みたいになってましてね。それで・・
と、いいさしたところへ、犬神の集団が現れる。
みな仮面をかぶり、舞の用意をしている。
木霊は仮面をしていない。
奈津 :ああ、これは、杣の村の。初めまして塩の浦から参りました。
木霊 :コダマと申す。長はちよと病に伏せっていてな。失礼いたす。塩の浦のものとな。
奈津 :はい。奈津と申します。塩を持って参りました。また、帰りには、炭と紙を宜しくお願いいたします。
木霊 :ああ、これはこれはご苦労なことで。おい。
犬神の何人かが荷を受け取りに。
奈津 :あなたたちも。
塩の浦のもの、はっと答えて何人か手伝って、両者ともに去る。
木霊 :こちらの方々も塩の浦の?。
奈津 :いえ、客人で、杣の村に用事があるとかで、私らが案内いたしました。
木霊 :そうであるか。しかし、はて困った。我ら岩屋戸の舞をこれから始めねばならぬところでな。お急ぎかな。
慎吾 :あ、それはもう。
木霊 :(押し被せるように)なに、それほどかからぬゆえ、見てからでも遅くはなかろう。すぐに終わるわ。
と、にやりと笑う。
慎吾 :どうする。
リョウ:どうするっていつても。・・疾風もまだきてないし。(伊緒に)まだ少し時間あるでしょ。
伊緒 :(簡単な演算して)ええ、まあ。
慎吾 :よし。・・それじゃ拝見させていただきます。
木霊 :それは重畳。ゆっくりご覧頂きたい。少々、風合いが変わっているかも知れぬが・・・
くっくっと笑って。
木霊 :用意せよ!
犬神達、すばやく位置につく。呪的な祝詞的な歌を歌う役目の者、左右に居並ぶ。大きい竹を横たえて、たたいてリズムを刻む役の者もいるようだ。杖を持つ者が結構いる。
打ち手は二人。舞手は七八人。衣装はグループにより少し違うが、犬神の面は共通。隈取りがあるものたちもいる。ちよっと異様。
岩屋戸の前に打ち手二人、その前に舞手の輪。
すべてが位置につく。
夜が急速に近づく。
リョウ:なんか変な感じない?
慎吾 :お前もか。伊緒はどうだ。
伊緒 :うーん。
演算するが、分からないらしい。
慎吾 :どっかでみたよな気がすんだなぁ
リョウ:誰を。
慎吾 :あの親分。
奈津 :帰ってきませんね。
慎吾 :荷を運んでいった手伝いか。
奈津 :はい。・・・長が病なのも気になります。どうも知った人がいない感じで。
慎吾 :ふーん。ここの舞はあんな面をつけて踊るのか。
奈津 :さあ、随分前に見たのはそんなことなかったんですが、最近の趣向かも。
と、ひそひそ。
木霊 :では始めます。しかとごらんなせえ。
慎吾 :どうにも納得いかねぇ、みんな、気ぃ張ってろよ。
うなずくみんな。
木霊 :いやーっ!
犬神達、いやーっ!!
打ち手の指導で、リズムが刻まれ始める。
最初、ゆっくりだが、すぐに次第にややはやいスピードで。
おおおーーーん!の声が響く。呪の様なことば始まる。単調でいて、集団の迫ってくるような迫力がある。それにのり、舞手が舞い始める。
●歌?6「古事記 天の石屋戸こもり の場面より」
かれ、ここにあまてらすおおみかみかしこみて、あめのいわやとをひらきてさしこもりましき。ここにたかまのはらみなくらく、あしのはらなかつくにことごとにくらし。これによりてとこよゆく。ここによろずのかみのこえは、さばえなすみち、よろずのわざわひことごとにおこりき。ここをもちてやほよろづのかみ、あめのやすのかはらにかむつどひあつまりて、たかむすひめのかみのこ、おもひかねのかみにおもほしめて、とこよのながなくどりのをあつめてなかしめて、あめのやかのかはのかわかみのあめのかたしはをとり、あめのかなやまのまがねをとりて、かぬちあまつまらをまぎて、いしこりどめのみことにおほせてかがみをつくらしめ、たまやのみことにかせてやさかのまがたまのいほつのみすまるのたまをつくらしめて、あめのこやめのみこと・ふとたまのみことをめして、あめのかぐやまのまをしかのかたをうつぬきにぬきて、あめのかぐやまのあめのははかをとりて、うらなひまかなわしめて、あめのかぐやまのいおつまさかきをえこじにこじて、はつえにやあたのかがみをとりかけ、しづえにはしらにきて・あをにきてをとりしでて、このくさぐさのものは、ふとたまのみことふとみてぐらととりもちて、あめのこやねのみことふとのりとごとほきまおして、あめのたぢからをのかみとのわきにかくりたちて、あめのうずめのみこと、あめのかぐやまのあめのひかげをたすきにかけて、あめのまさきをかづらとして、あめのかぐやまのささばをたぐさにゆひて、あめのいわやとにうけをふせてふみとどろこし、かむがかりてして、むなちをかきいでもひもをほとにおしたれき。ここにたかまがはらとよみてやをよろづのかみともにわらひき。
※これは、この場面の最後まで、繰り返し、BGMとして、詠唱され続ける。独唱、合唱、輪唱、高音、低音など、様々な仕方で続けられること。
ちょっと異様な感じがある。武闘のような雰囲気。
慎吾 :どうした。
奈津 :天の岩屋戸の舞のようですね。でも、おかしいな。もっと、ユーモラスな舞のばずなのに。
慎吾 :なんか、無駄にとげとげしいな。
葉月 :やる気むんむんみたいな感じ。
慎吾 :ありゃ殺気だ、しかも
リョウ:こちらにむけてる。
葉月 :恨まれてんじゃないの。
慎吾 :だれによ。
リョウ:たとえば、黒犬。
間
慎吾 :あ、あいつか!罠だ!
一斉に仮面が脱ぎ捨てられる
黒覆面で眼だけがギラギラしている。
伊緒 :どういうことです。
木霊、笑う。
木霊 :村の衆はちょっとお休みいただいてる。代わりにわしらがおもてなしという趣向で。
慎吾 :黒犬本隊だな。
木霊、肩をすくめる。
慎吾 :さっきは時間稼ぎの別働隊か。
木霊 :間に合いかねましたがね。まあ、なんとかそれでも舞台は整えたって訳でさあ。
慎吾 :俺を殺すと親父がだまってねーと思うが。
木霊 :親父殿は無鉄砲な三男坊が事故で死んだと嘆かれるでしょうよ。
慎吾 :上の兄貴の差し金かい。
木霊 :さてね。
葉月 :あんたんとこ兄弟、ホント、殺伐としてるね。
慎吾 :お褒めの言葉と受け取っとくよ。じゃ、表沙汰にはできねーって事だ。こちらも本気で行くぜ。
木霊 :かかれ!!
乱戦。
取り囲む犬神達の集団から呪のようなことばが低く不気味に紡がれる中、闘いが続く。やはり押されて苦戦するが。
疾風 :クソたわけめらがー。死ねやー!!
と、疾風が乱入。乱れる犬神たち。
慎吾 :おせーぜ、旦那。
疾風 :すまん、ちょと酒が のこって、おりゃーっ。
と、二、三人まとめて裁いてしまう。
ちょと、形勢が良くなる。
伊緒 :今です。岩戸の前に。
葉月 :なんでよ。
伊緒 :いいから、全員。
リョウ:わかった。
伊緒 :とにかく岩戸の前へ!
乱戦しながら、岩戸を背にする態勢を作る。
木霊 :馬鹿な奴らだみすみす囲まれたか。
慎吾 :それはどうかな
伊緒 :リョウさん、あなたの青い切符を。
リョウ:これ?
伊緒 :渡して。早く。
リョウ:分かった。
伊緒 :時間稼いで。
突っ込んでくる黒犬たちを防いでいる。
伊緒、岩戸のセンターにあるくぼみにカードをはめ込みなにやら操作。
伊緒 :よっし。
切符を取る。岩戸が開き始める。
葉月 :すごい。
木霊 :なんじゃ、こりゃー!!
強烈な光が奧から照らし出す、黒犬たちたまらず目をそらす
伊緒 :天岩戸のご開帳だよ!みんな早く。
奈津 :後はわたしたちに任して!行きなさい!!
みんな次々に飛び込む
ばっと、黒犬たちに立ち向かう奈津達。黒犬たち視力をやられ、一部くずれそう。
呪を断ち切るように
汽笛が大きく響く。詠唱止まる。
と、ともに、暗転。
?Yなんちやって森林鉄道・・文の華の里へ
暗黒。
カタンカターンと、ルールのつなぎ目を列車が通り過ぎるような音が続く。
はーはーという荒い息づかい。
ほれほれつ、はいはいっ。と叱咤する伊緒の声。
ゆっくりと溶明。
薄暗く、トンネルの中のナトリウム灯のような光の中に現れたのは、昔の鉄道の保線のため、二人一組でシーソーのようなモノを漕いで動く三両連結の車のようなもの。あるいはトロッコ列車のような物でも言い。とても森林鉄道とは言いがたいが。(できればゆっくりと舞台を横切っていくというのが一番良いが、無理なら動かなくてもいい。)
ヒーヒーいいながら、こいでるリョウたち。
疾風 :少年頑張れよ。
葉月 :ひっどーい。
疾風 :少年老いやすく学なりがたし。苦労はかってするもんだ。あ?、極楽極楽。
と涼しい顔の 疾風。
伊緒 :はいはいはいはい。無駄口たたかず、ほらほらほらほらはい、はい、はい、はい。
●歌7 「意味もない坂の歌」
えらい坂、しんどい坂、急な坂、緩い坂。
遠い坂、ちっかい坂、あの坂、この坂
どんな坂、あんな坂、上がる坂、下る坂
登る坂、下りる坂、いつまで坂、出るまで坂。
はいはいはいはい、そりゃそりゃそりゃそりゃといい気な指揮者気取りで先頭車両で指揮する。伊緒。
伊緒 :これをぬければ まもなくですよー。
葉月 :出る前にしんでまうわ。
伊緒 :文句は出てから。はいはいはいはい。
えらい坂、しんどい坂、急な坂、緩い坂。
遠い坂、ちっかい坂、あの坂、この坂
どんな坂、あんな坂、上がる坂、下る坂
登る坂、下りる坂、いつまで坂、出るまで坂。
その光景が遠くなり溶暗。
?Z神の壺・・文の華は毒の華
溶明。
青い光が支配する空間。
どこか碧の街の広場の城壁に似ている。城門の入り口があるが、全体に荒廃してツタなどに覆われている。一部くずれた壁の跡。中央にやや崩れかかった円形の構造物があり、そこに壺のようなものが組み込まれている。
汽車が到着するような音に続き、機械的な「終点、文の華の里。終点でございます。どなた様もお忘れ物のないようお願いいたします。終点、文の華の里。文の華の里。」
まいったまいったとか、ほんとかんべんしてほしわとかいいながら、入り口奧から一行が現れる。へー、ほーとか。
疾風は鋭い目で観察している。以下疾風はしばらく無言で後に控える感じで観察し続ける。
リョウ:ここでかあさんが・・
葉月 :なんか見たようなとこ。
慎吾 :ああ、碧の街の広場とおんなじだな。
最後尾の伊緒、ちょとエラそーに。
伊緒 :あちらは分家。こちらが本家です。
葉月 :本家?それにしちゃ見事に何もないとこねぇ。えいっ。(と、壁をちょっと蹴ってみる。もろくも崩れる)本家、ぼろぼろじゃん。
伊緒 :なんてことを。
葉月 :(笑って)怒った?
伊緒 :崩壊したらどうすんです。
葉月、ぎょっとする。
葉月 :え、崩壊するの。
こわごわ上を見る。伊緒、しょぼん。
伊緒 :なんせ、寄る年波で雨漏りも・・、
葉月 :まつたくもってポンコツの里ね。
むっとするが、中央の壺の様なもののところへ。
拝跪の礼を一礼。誇らしく。
伊緒 :神の壺です。
リョウ:神の壺。
伊緒 :2000年の昔、建依別の神々の末裔が、封じた書の器です。
リョウ:それが。
伊緒 :文の華の書。20年前まで摩耶様が管理されていました。
リョウ:なぜかあさんはここを出たのかしら。
伊緒 :分かりません。よくよく考えた上だからだと。
葉月 :これ、ヒビ入ってわれてるじゃん。
伊緒 :はい。例の大地の揺れで。封印が解けてしまいました。
慎吾 :封印しなおしゃいいんじゃん。
伊緒 :私にはその権限はありません。
慎吾 :それで探し始めたというわけかい。
伊緒 :はい。札がないとどうにもなりませんから。
リョウ:これがねぇ。
と、青い透明な札。頷く伊緒。
リョウ:分かった、結局何をすればいいの。
伊緒 :この中にある、文の華の書をご覧になって、封印する、廃棄する、解放するのいずれかをお選びください。
リョウ:私が?かあさんと違う。責任重大すぎるわ。
伊緒 :神の壺はその札を持つ者のみの前に開かれます。
リョウ:じゃ、私が開いて、みんなで読んダチと一緒に判断するってことでどう。
伊緒 :えーと、それは・・大体、お連れするのはひとりの予定でしたし・・私には判断が・・
慎吾 :どうせ、リョウがみんなに話せばおんなじことだろ。
伊緒 :ええ、まあ、それは、その・・。
リョウ:だめならこのまま帰るけど・・・
伊緒 :ああっ、それはこまります?。えーっと。
一生懸命指使い演算。
慎吾 :めんどくせー、ポンコツだな。
伊緒 :ああーっ、もういいかー、どうせみんな死んでんだし?。(ヤケクソで)いいです。それで。
慎吾 :ホントにいい加減なポンコツだな。で、その札どうすんだ。
伊緒 :そこにある口に差し込んでください。
壺の元に、スロットがある。
リョウ:こう?
リョウ、青いカードを差し込む。読み込む音。
壺の下部が光る。そうして、きしみながら壺が割れて開く。
一同のおお?と言う声。
小さいスペースが見える。和綴じの書物とディスクみたいなものが現れた。
みな、近寄る。
リョウが書物を取る。
慎吾 :ほー。こりゃ何だ。
ディスクをとりあげる。
伊緒 :文の華の書で説明している、動く絵が見られます。
慎吾 :へー。今、みれるかい。
伊緒 :(哀しそうに)大地の揺れで、みるものが壊れました。
慎吾 :(元に戻しながら)直せないかい。
伊緒 :むりです。材料もないし。
慎吾 :そりゃ、残念。・・どうしたリョウ?
リョウ、真剣に読んでいる。眉をひそめる。
一同も注目。
慎吾 :リョウ。
リョウ:え、ああ、うまくいえないが、やな気がする、この書物。
慎吾 :すごい踊りの奥義、書いてんじゃないのか。
リョウ:・・ちよっと、違うみたい。
疾風顔を上げて鋭い目つき。やや近づく。
リョウ、書物を渡しながら。
リョウ:見て。
慎吾 :どれどれ。・・へえ、いろいろ書いてるな。・・でも、こいつは・・。うーん。
慎吾の表情がだんだん変わってくる。
顔を上げて、見回して、疾風に気づく。
慎吾 :ちょっと見てもらえるかい。
疾風 :俺が見てもいいのか。
慎吾 :ダチとはいえねえが仲間だし。
疾風 :光栄だな。どれ、拝見。
ざっと目を通す。流石に早い。あちこち、ぱらぱらとめくる。
厳しい顔で皆を見やり。
疾風 :なるほど。よだれが出るほど欲しくなる本だ。
葉月 :そんなに?
疾風 :ああ、人を殺してでも自分のものにしたくなるな。
葉月 :ええっ。すごい。
疾風 :読んで見ろ。
葉月 :なんだか、怖いみたい・・。
沙羅、葉月を手招く。二人が顔をつきあわせて読む。
残りの者は顔を見合わせ微妙な表情。
伊緒は素知らぬ顔である。
葉月、顔を上げる。困惑というか要領を得ないというか。
葉月 :なんか、よくわかんない。けど、ちょとヤナきがする。
沙羅は、食い入る様に読む。ほとんど喜びに近い表情。
その、表情を痛ましげに見て。
慎吾 :気に入ったか、沙羅。
大きくうなずき、読み続ける沙羅。
葉月 :結局、この書物、何?
慎吾 :武器だな、こいつは。そうだろ、旦那。
疾風 :・・・ま、そう言ってもいいかな。
葉月 :え、どういうこと。踊りが武器?
慎吾 :たとえばだな、お前が踊るだろ。すごい踊りをするとする。
葉月 :いつものことだけど。
慎吾 :(笑って)それを見たやつがすごいって思う。
葉月 :うんうん。よく言われる。
慎吾 :結構。で、そこで問題だ。そいつは、なんですごいって思ったんだろ。
葉月 :え、・・なんでって・・あたしの踊りがすごいからで。え?と、あれ?
慎吾 :・・ここだよ。ここが大きく動いたんだ、そいつは。お前の踊りで。
と、胸をたたく。
葉月 :ここ・・。
慎吾 :心が動く、情が動くんだよ、まず、人間は。(頭をこんこんとさして)ここじゃねー。 そうだな・・たとえば恋に落ちるってことあるだろ。
葉月 :あっ。
慎吾 :これこれこうだからと理屈が先に立って恋に落ちるやついるか?ここが先だろ。それとおんなじってことよ。理(ことわり)ではなかなか人は動こうとしねえ。でも、先にここさえ動かせば、簡単に人はお前について行く。
葉月 :ああ、だから、武器。
慎吾 :そう、情は理よりも圧倒的に強い力を持つ。おどりだけじゃねえぞ。歌や、芝居や、絵を描くことや、詩を書いたり、物語かいたり、演舞をしたり。みーんなここを動かすものだ。理屈でなくて、ここを激しく動かすにはどうしたらいいか。・・それの方法が分かったら、人を思い通りに動かす随分便利な道具というか、大きな武器になるんじゃねぇか?
葉月 :うん、そうだよね、そうだ・・けど、ヤナ気がしたのなぜだろう。
慎吾、笑って。
慎吾 :おめーがまっとうだからよ。こいつは、俺ら踊る者のタメに書かれたもんじゃない。
疾風 :少年、よく、分かってるな。・・昔、昔、遠い海の向こうに「はめるん」という街があったという。
みんな、何を言ってるのと狐につままれる。沙羅が顔を上げる。
葉月 :変な名前。
疾風 :その街にある時笛吹きがやってきた。・・そいつが笛を吹くと、町中の子どもたちが、その笛の音につられて歩き出した。そうして、そいつは、そのまま子ども達を山の中に引き連れて消えた。子どもたちは誰も帰ってこなかった。・・・ま。こいつは、そういう書物だ。さしずめ笛吹きのための書物というところか。
慎吾 :ここを動かすのはいい。けど、(頭を指して)ここが麻痺したら、それはそれで怖くないか。
間。
葉月 :麻痺?
慎吾 :考えてみな、うまーくここ(心)を動かされて、動かされてるのも気づかない。ここ(頭)の中は笛の調べしか聞こえなくなる。何も考えなくなって、笛吹きにつれて行かれたいか?情は大切だ。けど、ほんとうは理がきちんと働いてなきゃだろ。情をつかんで理(り)を殺す。こいつは、そういうたぐいの手引き書だ。
沙羅 :でも。
慎吾 :なんだ、言ってみろ、沙羅。
沙羅 :でも、とっても役に立つわ。この本。
慎吾 :役に立つな。それは立つ。すごくな。特にうちの親父殿みたいなやつには。
沙羅 :(うなづいて)そうよ、頭領様はきっとお喜びになる。
慎吾 :うまいやりかただもん。ことさら手を汚すこともねえ。静かに、静かに気がつけばってやつだ。上に立つ者は、よだれが出るほどほしいだろ。・・でもさ。・・こいつは、ちっと俺の趣味じゃぁ、ねえ。リョウ、お前はどう思う。
リョウ:・・あたしは、ただ踊りたいだけ。・・誰かに、あたしの踊りを利用されるのはいや。・・・うまくいえないけど、それってあたしの踊りを侮辱された気がすると思う。・・この本、卑しい。
沙羅 :心を動かすって卑しいことじゃない。大事な事よ。使い方によっては、みんながしあわせになるはず。
慎吾 :ここ(理)が麻痺してちゃ幸せかどうか分かるまい?。・・確かにこの書物にはいろんな使い方がずらずら書いてある。・・でも、それは踊りのためじゃないってこと、お前もよっく分かるだろ。
沙羅 :しかし。
慎吾 :(首を振って)もう、やめろって、沙羅。・・・・持って帰って兄貴に渡すんかこの書物。
沙羅 :えっ。
沙羅の顔が引きつる。
慎吾 :隠れ黒犬だって事とっくにわかってるよ。
ええっと一同。思わず沙羅から身を引く。
慎吾 :俺らのことダダ漏れだったからな。あれだけしつこく襲われたら誰だってこりゃ変だと思うだろう。
沙羅 :あたしは違う!
慎吾 :違わねぇよ。思ったんだ、こりゃ俺らの中に繋がってるやつがいるなと。俺じゃねえ事は俺が知ってる。リョウじゃないことは確かだ。すると、お前か葉月しかいねぇが、葉月はお間抜けポン吉で頭が軽い。
葉月 :はっ?
慎吾 :結局お前しかねえ。・・確信したのはあのときだがな。(竹をたたく仕草)うまく連絡取ってたんだろ。変なリズムで。
葉月 :あ、塩の道・・。
沙羅、ふっと戦闘モードに入るが。機先を制するように。
慎吾 :おっと、やめとけ、やめとけ。勝てるか? 疾風の旦那もいるぜ。
沙羅、にらみつける。それをいなすように。おもわく、優しく。
慎吾 :いいんだよ、黒犬だって。
沙羅、え?という顔。みんなも意外な顔。
慎吾 :ダチじゃん、俺たち。
間。
慎吾 :・・踊り、お前好きだろ。
間。しばらくたってぼそっと。
沙羅 :、・・私だつて。
慎吾 :踊りゃいいじゃねえか。今までと同じよに。ま、二足のわらじはきついからな。あっちの方は適当に、疾風の旦那みたいにさ。
疾風 :随分、言ってくれるな。(苦笑い)
慎吾 :沙羅はダチだ。忘れるな。・・お前の竹裁き、嫌いじゃないぜ俺は。
沙羅 :私は・・私は・・、
慎吾 :一緒に帰ろう、なっ。
立ち尽くす、沙羅。
疾風 :少年、美味しいとこさらったな。で、どうする。リョウ。
みんな、リョウの顔を見る。
リョウ、ゆっくりとみんなの顔を見る。
リョウ:塩の浦で奈津さんに言われたことがある。踊りは暮らしの中から生まれるって。それで言うなら、あたし、もやもやしてるだけで、あたしの暮らし、始まってもないし、あたしの踊りなんかこれっぽっちも生まれてやしない。でも、一つだけはっきり分かった。私、踊ること好き。もし、あたしの踊りで誰かの心が動いたならば、とてもうれしいし、それはすばらしい事だと思う。でも、奥義書のお蔭でできたとしてもあたし、うれしくない。あたしの踊りじゃないもの。奈津さんの言ったように、あたしの踊りはあたしの暮らしの中から生まれるんだと思う。だから、街に戻って、あたしの暮らし探すんだ。そうして私の踊り見つけたい。いいや、きっと見つける。何かのために踊るんでも、誰かのために踊るんでもない。まして、何かの道具に利用されるために踊ったりはしない。それってあたしが侮辱されてるってことだもの。あたし、ただあたしの踊りを踊るの。好きだから。そうして、みんなに感じてもらいたい。みてよ、楽しいよ、きもちいいよ。しあわせになろうよ。一緒にわらおうよ、いっしょにおどろうよって。・・・いつになるか分からないけど、多分わたし、道の人になると思う。道を巡り、踊りの楽しさと喜びを運んでいく人に。・・わたし、そうしたい。・・・ねえ、かあさんも踊ったりしたことある?
伊緒 :はい。滅多にございませんでしたが、それでも気の向いた時に、摩耶様は私に、ちょっと踊って見ようかとおっしゃって。・・いつも即興の踊りでしたが、美しく優美で、神々の末裔にふさわしい踊りだとポンコツながら今でも鮮明に覚えております。
リョウ:・・そう。ありがとう。・・かあさんが言ってたことかすかに覚えてる。文の華は毒の花だよって。・・あたし、この書物いらない。廃棄したい。みんないい?
それぞれ、頷く。
リョウ:疾風もいいでしょ。
笑う。疾風。
疾風 :いいも悪いも、いつの時代も未来を選ぶのは少年少女だ。・・ほんとに、随分と大きくなったな、リョウ。
慎吾 :都にもってかなくていいのかい。
疾風 :・・まあ、世の中には知らない方がいいと言うこともあるってことだ。(にやりと笑って)見ざる聞かざる言わざる。あっちにゃ適当に報告あげりゃすむことだ。
慎吾 :さすが年の功。(一呼吸して)じゃ、帰るか。
葉月 :また、あのみちあるくのかよ?。
慎吾 :ホントは、ちゃちゃっと帰る道あるんだろ、ポンコツ。
伊緒、にやりと笑う。
伊緒 :ないことはないです。
慎吾 :こんな山奥から行ったり出たりは大変だもんな。碧の街と作りが同じってのがひっかかってよ。
伊緒 :ご明察、いたみ入ります。
慎吾 :お前も来るか、仕事なくなったし。俺んちでつかってゆるよ。
伊緒 :感謝の極みですう。まい、マスター。(拝跪の礼)
慎吾 :いいだろ。(と、リョウに了承を求める)
リョウ肩をすくめて、ご自由に。
慎吾 :じゃ、帰ろうぜ。
伊緒 :あちらへどうぞ、扉を開ければ、碧の街です。
慎吾 :そりゃ便利だ。
葉月 :なんで始めからつかわないのよー。
伊緒、にんまりして、
伊緒 :それじゃお話になりませんでしょ。
葉月 :え、どういうこと?
慎吾 :やれやれ、結局お宝なしかよ。
葉月 :うまい話はそうないってこと。何事も地道にしろつてことね。
慎吾 :しょぼいこつた。伊緒、お前こんな結果になることホントは分かってたんじゃねえのか。
伊緒 :(にやりとして)ご賢察恐れ入ります。マスター。デープラーニングの成果です?。
慎吾 :デープラーニング?
伊緒 :はいーっ、たいそう優れもので、先読みの鬼と申しますか、我々傀儡が、ひたすら演算しましてね、どんどんどんどん深く・・
慎吾 :デープラーニングね・・
と、うだうだいいながら去る。リョウは名残惜しげに見ているが去る。
暗転。
?[帰還・碧の街へ・・
竹のリズム。はっはっと合いの手。
溶明。
城門前の広場、予選を前に大勢が踊りの稽古をしている。門から出てくる一同。
慎吾 :やってる、やってる。あー、やっぱり、こうこなくちゃ。
葉月 :身体がうずくよね?。
慎吾 :リズムが呼んでらあ。なあ、沙羅。
沙羅、何となく笑う。
慎吾 :元気出して、一丁いこうぜ。準備しろや。
葉月 :よっしゃ、もらったー。
疾風は、肩をすくめて若い者はという感じ。
それぞれ、それぞれ準備をする。その間に。
慎吾 :ポンコツ、ちょと気になることあんだけど聞いていいかい。
伊緒 :何でしょ。
慎吾 :親父や兄貴らが騒ぎだしたの、大地が揺れてちよっとしてだ。あれ、ひょっとしてお前のしわざか。
伊緒 :(にっこりして)もちろん。
慎吾 :どうして。
伊緒 :一人では探索がおぼつかないので。色々利用させていただきました。
慎吾、ちっとしたうちして、
慎吾 :やっぱりな。
と涼しい顔。
慎吾 :もひとつ。
伊緒 :はい?
慎吾 :傀儡ってのは、ここん中にいっぱいいろいろ覚えてるもんなんだろ。
伊緒 :ええ、まあ。
慎吾 :・・お前のここには文の華の書、全部入ってんじゃねえのかい。
伊緒、ニヤリと笑い拝跪の礼。。
慎吾 :食えねーというか危ねーというか、お前、ホントにおっとろしいやつだな。・・ま、いいや、踊ろうぜ。ポンコツお前も踊れ。
伊緒 :えー、私もですかー
慎吾 :できるだろ、なんせ
二人 :デープラーニング!!
しっかり竹をにぎってる伊緒、
慎吾、にやりと笑って。
慎吾 :リョウ。
リョウ:何。
慎吾 :ちっとはもやもや晴れたかい。
リョウ:ぼちぼち。けど・・あたしの踊り、おどるよ。
慎吾 :(うなづいて)んじゃ、俺たちの踊り、かましたれ!
全員 :おーー!
慎吾 :いくぜ。
慎吾がたかだかとリズムを取り始める
「碧の国文の華」の踊りが始まった。
●歌8 「碧の国文の華」
※これは適当に作りましょう。
踊り終了。緞帳ダウン。
【 幕 】
【物語設定の参考事項】
☆登場人物
●碧の街の若者達
リョウ・・(主人公)もうすぐ成人を迎える。17歳。巡礼宿、黒潮亭の使用人。幼いころ訳ありの巡礼の母と廻国していたようだが母が、青の魚座亭で病没。、身寄りのないリョウを哀れみ、宿の主人が引き取って使用人として育てられた。18になると碧の国では成人となり、それぞれ、なんらかの職業に就かなければならないが、何をしていいのか迷っているようだ。元気が取り柄だが最近元気がない。なんやかやとなやむとしごろ、もやもやしている。踊りが得意だがその道に進むというわけでもないし、巡礼宿の手伝いに甘んじているというわけでもない。ここではないどこかにという思いがあるようだ。今年こそ魂鎮めの舞姫にと勧める友だちの声もあるが最近なんかやる気がしない。「舞手」の頭。「打ち手」としても優れている。竹操術に優れる。
※リョウの母。後述の建依別の里人、すなわち文の華の守人の最後の一人。すべてを封印して、リョウと共に漂泊の旅に出たけれど・・。微妙な言葉と、四角く青い透明な札らしきものをリョウに残す。
慎吾・・柏の頭領の末っ子。親父は親父、俺は俺で少し不良っぽいかも。魂祭りの祭の魂鎮めの舞の「打ち手」を狙う。結構なリズム感を持つ。竹の楽器の操り手では、曲芸も含めてかなりの腕前。碧の国歌舞団の幹部となることがほぼ約束されている。竹操術の使い手でもある。
沙羅・・リョウの友だち。クールビューティータイプ。しかして、離れ黒犬(単独行動する特務機関員)でもあるが、登場人物達には知られていない。密命を受け文の華の情報を探っている。「打ち手」。
葉月・・慎吾のグループの舞手の頭。若干頭が軽そうだ。自分の舞に自信を持ち、やや技術的な志向が強い。魂鎮めの舞の「舞手」を狙っている。
●訳ありの人たち
疾風・・巡礼士・・廻国をしながら諸国の状況を探る都の密偵。リョウとは割合に顔なじみて、兄さんてき存在。前回は2年ほど前に巡ってきている。杖術に長ける。結構シビアで、以外にまっとう。なお、巡礼士は表向き巡礼達の保護、監察、監督等にあたる役目を持つ。いわゆる道の人。
伊緒・・建依別の神々の末裔たちの里を守る傀儡たちの最後のひとりで、ちょっとポンコツ・・神々の里を去ったリョウの母親を探している。その探索中に、柏の頭領の探索網にひっかかり追われる。奇しくも、リョウ達に助けられるが。かくして、彼らを建依別の神々の里へ誘う事になる。ただ、ポンコツ傀儡の哀しさ、慎吾がたまたまあるモノを持っていたため、探索しているリョウの母の子どもと勘違いをする。意外に口が悪く、おっちょこちょい。時々オーバーテクノロジー的発言をする。両指を色々折りながら数えるように使うのは傀儡の演算機能である。
●塩の浦の人びと
金蔵・・塩の道の元締め。杣の村への通行権を握っている。けっこうな商売人で計算高い。
奈津・・・女舞(陰の舞)の舞手。塩の道の隊商のリーダーでもある。
その他・打ち手・舞手達
●塩の浦の舞は二種類ある。まず、女舞(陰の舞)の特徴は、死者と共にある事への希求と祈りである。呪禁が込められた異様な屏風絵で囲まれた中(しかも適宜移動する)、薄暗い灯火の元、ゆっくりとした、ねじれたような奇妙な動きとうなるような呪が、御霊様を呼び戻し、死者の世界を立ち上げる。舞手達は死者となり、見るものたちを、死の世界に案内する。男舞(陽の舞)は対称的に、荒々しい海の恵の勇魚とカツオと桃色珊瑚の大漁の喜びを願い歌うはじける様な舞である。絢爛な踊りが生者の世界を立ち上げ、きびきびした動きとリズムが生きる喜び生み出す。 板子一枚下は地獄。そうした刹那的なものの投影もあるようだ。(物語中では演じられない)伝統的に、碧の街の魂祭りには、この「陽の舞」で参加している。いわば、表の舞でもあり、なかなか、「陰の舞」の方はよそ人は見る機会が少ない。純粋に故人を偲ぶ性質ものであるからでもある。
リョウ達は、思いがけず陰の舞の場に迷い込み、難題を迫られる。
●杣の村人達
コダマ・・犬神達を率いる。実はすべて黒犬本隊たちが入れ替わって罠を用意している。
犬神達・・本来は山と森を守る兵士達・・同時に、優秀な舞手の集団でもある。
本来のここの舞の特徴は、物語性がある。龍の岩屋戸で行われる天岩屋戸の場面など、建依別の神々との回路を繋ぐ舞が多い。普通竹だけでなく、笛や太鼓も使い、衣装も神楽ふうで華やかであるが、今回はどうも違うようだ。。
●なんちゃって森林鉄道・・杣の村の龍の岩屋戸と建依別を結ぶ幻の鉄道。
悲惨なほどローテクの極みである。まあ、軽便鉄道と言うにはいわゆるトロッコ列車に近い。
●建依別の里人・・建依別の神々の末裔で、いにしえより厳しい戒律に基づき、傀儡達と共に、神の壺に封印された文の華を伝え守る人びとたちだったが、徐々に数を減らし、その最後の末裔であるリョウの母が神の壺を伊緒に里と共に滅びの時まで死守せよと最後の指令を与え去ったが、、大地震のため神の壺に亀裂が生じ、判断に苦慮したこれまた最後の傀儡の伊緒は再び指令を受けるために、リョウの母をさがしにでるが・・・。
●その他大勢達
お国巡りの人びと(巡礼)・・宿業を背負い、ひたすら道をたどり回国し続ける漂泊の人びと。
死者達・・塩の浦の陰の舞に出現する。
警邏兵・・柏の頭領の兵士達。基本的に杖(じょう)が武器。一応短剣らしきものもぶら下げてはいる。
黒犬・・・人びとに恐れられている、柏の頭領の特務たち。実際には、慎吾の兄たちの私兵に成り下がっているようだ。
●いわゆる黒幕
柏の頭領・・でてこない。碧の国の国権を強化するため、民心への工作を計る。碧の国歌舞団を強力な文化交工作の組織とするべく腐心している。文の華の秘密をかぎつけて(明確には分からないが)、なんとしても入手しようとする。伊緒の存在に気づき、黒犬たちを使い、建依別の里への侵入を計る。
【物語の設定上のいくつかの概念】
●文の華の書(あるいは単に文の華ともいう)・・歌舞に関する古代の奥義書という伝説がある。建依別の神々が編み出した秘伝の書という触れ込み。実在するかどうかは疑わしく、おとぎ話という説もある。そこから文の華の祭り、踊りが名付けられてはいる。柏の頭領は、様々な状況からその実在を信じ探索させている。どうやら、建依別の里の実在とそこへ至る鍵の存在を確信しているようだ。
●魂祭り・・夏におよそ一旬程度にわたり行われる、死者との交流と鎮魂を祈る祭り。中でもハイライトは、最終日に行われる「魂鎮めの舞」で、竹を打ち鳴らして行われる舞の「打ち手」と、「舞手」を務めるのは、成人前の若者の勤めであり、またそれに選ばれるのは名誉とされる。舞手は女子に限られ、特に最後の舞は「文の華の舞」とよばれ、その舞手はその年の「舞姫」とされ柏の頭領より直に言葉を賜る栄誉にかがやく。舞手志望の夢でもある。魂祭りの期間中に、いくつものグループが舞を競い(この舞は死者に対する鎮魂と慰撫の意が込められていれば、竹を使用しなくてもいいし形式や舞方は自由である)、最終日の前日に「文の華の舞」を舞う、打ち手と舞手が決まる。原則、打ち手ひとり、舞手二人で行う。更に舞手は第一舞手と第二舞手に別れ、第一舞手を「舞姫」と称す。
文の華の舞に選ばれた舞手や打ち手は、柏の頭領の直属の碧の国歌舞団の団員として推薦される特典がある。碧の国歌舞団は、柏の頭領の文化工作、文化統制のための機関でもある。
●魂祭りの祭に行われる様々な踊りは、一般的には短い竹を両手に持ち打ちたたいてリズムを創り歌う「打ち手」と、それに併せて歌い踊る「舞手」からなる。もちろん、全員が竹を持って踊ることもある。竹を使用しない踊りもある。
●竹操術
原則打ち手が使用するぐらいの長さの竹、または棒を操り闘う。片手、または両手で打つ、つく、払う、など、様々な技がある。昔打ち手の誰かが護身用に編み出した者と言われるが定かでない。現在は、長さがやや長い竹や杖をあやつってたたかうものも含める。武闘としての試合も行われる。もともと打ち手が編み出したと言われるだけあり、巧者の操る技は、舞踏にも似ている華麗さがある。その型のみを競うこともある。当然、現在の踊りも取り入れられ、打ち手も舞手も操る。