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「紅い鳥小鳥紅い実食べた」  

作 結城翼
                
★登場人物
七海・・・・
小夜子・・・
菜摘・・・・
音羽・・・・
真梨子・・・
男・・・・・
少女1・・・
少女2・・・
少女3・・・
少女4・・・

志緒理


Ⅰプロローグ・・誕生・・

静謐な音楽。
空間を鳥かごのような鮮烈な紅いパイプが覆う。
中に白いフロアがある。フロアの左右には、役者が静かに待機するためのイスが2つずつ置いてある。イスの上には白い帽子。 演技に関係ないときは、基本的に役者はここで帽子をかぶって待機する。
中央奥やや高くなる二、三段の階段。
その奥に入り口らしきところ。そこから、左右に分かれて出入りすることが出来る。そのほかには入り口らしきものはない。
入り口の近くにボックスが1つずつ対称的に置かれている。  
同じく白いボックス状のいすが4つ。中央に並べて配置されている。
中央ボックスに腰掛けて向こう向きになっている七海。七海は白い帽子をかぶっている。人形と遊んでいるようだ。
フロアには七海を囲むように、あるものは座りあるものは立ち、風車を吹いている。
蒼い空間。志緒理14歳の夜。
やがて、風車がすーっと止まった。

真梨子:風がとまると。来るのよ。あいつが。

風車が手から落ちる。
ブルーの照明の中に紅い光が降りてくる。
同時に鐘の音が響き渡る。
少女たちがやってくる。真梨子たちは、サイドのイスのほうへ。それぞれ白い帽子をかぶって待機。
管理人がやってくる。
管理人が入り口を開ける。
下から上への逆光の中そのまま中央に立つ。
音がやや小さくなる。

少女1:扉の向こうに充血したように光る紅い目がありました。大きくなったり小さくなったりして、じっとりと私を見つめています。
少女2:やがてかすれたような声が私を呼びます。
管理人:志緒理、志緒理、志緒理。
少女3:地の中から沸いてでてくるその声は、生臭いにおいを漂わせながら、私の体にまとわりつきます。
管理人:志緒理、志緒理、志緒理。
少女4:気も狂いそうになりそうなほどはきそうな其の声は、眠気を誘うように高く低く私を呼びつつけるのです。
管理人:志緒理、志緒理、志緒理。
少女1:その声は私をからめ取り、私の耳にはもう私の名前しか聞こえなくなり・・・

かすれたような不快な、志緒理の名前を呼ぶ声が続いていき。

少女2:生臭い夜の闇の向こうには、きゅっとつり上がった、紅い口が開いていました。
少女3:その笑った口からはよこしまな欲望が焼き付くように吹き出して、やがて私の指をとらえるとなま暖かい口の中に含むのでした。
少女4:夜は永遠に長く私は心がぐらぐらしながら静かに死んで行きました。

男は、扉の外から。

男  :月がきれいだよ。
七海 :そう。
男  :血のように紅い月でね。
七海 :え?
男  :あんな月を見てたら。
七海 :見てたら?
男  :我慢ができなくなるんだよ。
七海 :何。
男  :入るよ。
七海 :えっ。

ばっと、入ってくる男。
どこからともなく、鐘の音が聞こえる。祝福をする教会の鐘のようなその音色はしかし嫌な響をしている。
男が名前を呼ぶ。しわがれたような嫌な声。
おびえる七海。

男  :志緒理。
七海 :どうしたの。
男  :なにも。
七海 :お父さん?その顔。
男  :志緒理。
七海 :やめて。
男  :恐がらなくていい。

近寄って抱く。
鐘の音はみだらに揺れるように不協和音を響かせる。
小夜子や真梨子達は顔を背けるようにしている。

七海 :いやーっ。

帽子が脱げる。
ゆっくりと崩れ落ちていく七海。重なる影。
暗転。
溶明。
やがて男は立ち上がり、扉のところにたつ。逆光。

男  :いい子だ。志緒理。

男は去る。
やがて、七海はのろのろと半身を起こし、歌い始める。

七海 :紅い鳥小鳥、なぜなぜ紅い、紅い実を食べた・・・。

止まる。

七海 :私じゃない。・・これは、私じゃない。私じゃない。

人形の方へ這っていく。

七海 :助けて、七海・・・助けて。

人形を抱く。

七海 :助けて。助けて。助けて・・・七海!

ここまで全て向こう向き。

七海 :私じゃない。私じゃない・・。
少女1:あなたじゃないわ。私は。

小夜子が上手からやって来る。
入れ替わりに少女たちは去っていく。

小夜子:私は小夜子。私は愛さねばならない。
七海 :私じゃない。私じゃない・・。
少女2:あなたじゃないわ。私は。

下手から菜摘が入れ替わってくる。

菜摘 :私は菜摘。私は愛されていない。
七海 :私じゃない。私じゃない・・。
少女3:あなたじゃないわ。私は。

上手から音羽が入れ替わってやって来る。

音羽 :私は音羽。私は愛することができない。
七海 :私じゃない。私じゃない・・。
少女4:あなたじゃないわ。私は。

下手から真梨子が入れ替わってやって来る。
そうして全ての少女が去った。

真梨子:私は真梨子。私は愛したい。
4人 :私はここにいるよ。

そうして、七海の周りに集まっていく。
ゆっくりと起きあがる七海。
こちらに振り向く。
きりっとしている。
立ち上がって落ちていた人形を拾いあげる。

七海 :私はここにいます。志緒理が生まれてからずっといっしょでした。あの人をこの上もなく愛してしまった私は、あの人が壊れ続けていくのをじっと見守り続けるしかほかにすべはありませんでした。あの14歳の夜も・・。

ぎゅっと抱く。

七海 :・・私ですか。私は七海です。

4人を見やる七海。
七海を見て、かすかにほほえんだ4人。
急速な狂騒的な激しく流れるような音楽。
溶暗。

Ⅱ折り鶴・・小夜子・・これは私じゃない

溶明。
思い思いにたたずみあるいは座りながらそれぞれ遊び続ける人々。美しいが、どこか不気味な光景でもある。
人々は全て白い衣服を着ている。シンプルで上品なデザイン。それぞれどこかに紅いポイントがある。
フロアにはそこかしこに点々と昔の遊び道具がこぼれている。
奥のイスには人形が置かれてある。
菜摘が紙風船をついて遊んでいる。
音羽は万華鏡を望遠鏡のように覗いている。
真梨子は風車を吹いている。
シャボン玉を時々吹いては、歩き回っている七海。
ぶらぶらと小夜子の方へ向かった。
以下、七海と小夜子のやりとりが始まれば、音羽は上手に。菜摘、真梨子は下手に去り、いすに座って白い帽子をかぶって待 機。
七海はシャボン玉を吹きながら、眺めたりしている。
小夜子は一羽折り上げた。
手のひらに載せて、ふっと吹いた。
折り鶴は床に落ちる。
それっきり、興味を失ったようにまた、新しい折り鶴を折り始めた。
小夜子のそばにイスがあり、その上に写真立て。
七海はじっと見ていたがシャボン玉を置いた。
近寄った時に。
どこからともなく、鐘の音が聞こえる。教会のようなその音色はしかし嫌な響をしている。

小夜子:鐘の音。
七海 :鐘?
小夜子:ほら。

鐘の音はみだらに揺れるように不協和音を響かせる。

小夜子:来ないで。来ないで。来ないでーっ。

鐘の音は小さくなる。
小夜子、こわばっていたからだがややほぐれる。

小夜子:私がいなくちゃ、いけないくせに。

と、ぼそっと言う。
鐘の音が少し大きくなる。明かりが変わる。
男がやってくる。逆光の中、中央扉の前にたつ。

男  :いけない子だねえ。
小夜子:何が。
男  :おやおや、まだわからないのかな、志緒理は。
小夜子:私、何もしてない。
男  :何もしていない?何もしていない。

邪悪な笑い。
入ってくる男。

男  :それがいけないってことだよ。
小夜子:わからない。
男  :そんなにわからないのかな。鈍いこだね。
小夜子:わからないもの。
男  :ほんとにわからないのかな。それともわからないふりをしているのかな。
小夜子:やめて。
男  :志緒理。
小夜子:いや、こないで。
男  :おまえにはどうやら教育が必要なようだね。
小夜子:いや。やめて。
男  :いい子になるんだ。

ばしっと音がする。
小夜子が倒れる。

男  :まだわからないのか。
小夜子:ごめんなさい。でも。
男  :わかってないようだね。

また殴られて、髪を引きずられる。

小夜子:ごめんなさい。ごめんなさい。

また殴られる。

小夜子:許して。
男  :わかったかい。
小夜子:許して。許して。許して。

泣く。

男  :いい子だ、志緒理は。
小夜子:許して。許して。許して。
男  :もちろんだよ。志緒理。
小夜子:許して、許して・・・。

男は去る。
明かりが元に戻る。

小夜子:私がいなくちゃ、いけないくせに。

鶴を折り始める。
写真立てに注目する七海。
手を伸ばしてとってみようとする。

小夜子:その人にさわらないで!
七海 :どうして。
小夜子:・・・。

小夜子、とまどった表情。

七海 :誰、この人。
小夜子:誰ったって・・。

だが名前などは出てきはしないのだ。

七海 :知らないはずよ。
小夜子:そんな・・・。

衝撃を受ける小夜子。そんなことは考えてもいなかった。

七海 :名前なんて無い。無くていい。ない方がいい。たまたまそこにあった写真だもの。あらかじめ喪われている愛。そういったはずよ。あなたは。
小夜子:え?
七海 :死んでいるから好きになれる。最初から喪われているから愛することができる。安心して愛する事ができる。
小夜子:え?
七海 :だって、絶対襲ってこないものね。そう言ったじゃない。
小夜子:言わない。
菜摘 :なら、なぜ鶴を折るの。
小夜子:折りたいから折ってるの。
音羽 :なぜ折りたいの。
小夜子:それは・・。
真梨子:それは。
小夜子:・・・・。

小夜子は追いつめられた。

七海 :それも覚えてないの。

小夜子はむしろ憎しみのような表情で七海を見る。

小夜子:覚えてるわ。あのときは。
七海 :あのときは。
小夜子:あんたなんか・・死んじゃえばよかったのに。
七海 :だから言ったのね。だれかを愛さなければとうてい生きていけないだろう。
小夜子:・・いわない。
七海 :言った。こんな風に。

ぱちっと指を鳴らす。
音楽。
少女たちが入ってくる。
いつの時か、フロア中央で雑談。

小夜子:ねー、どう思う。
少女1:何が。
小夜子:だからこの人。
少女2:いいんじゃない。ねー。
少女3:ふーん。どれ。

と、写真を見る仕草。

少女3:あらおとこまえじゃない。
小夜子:そんなじゃなくて。
少女1:愛していいかってこと?
小夜子:そう。
少女2:そんなこと人に聞くものでもないと思うけど。
小夜子:参考にするだけ。
少女2:あなたのことでしょ。
小夜子:それはそうだけど。
少女3:でも、この人・・。
少女2:どうした。
少女3:確か、この間。・・ねえ、環状線バイパス。覚えてない。
少女2:え・・・あ。
少女1:事故で死んだ人じゃない。
小夜子:そうよ。
少女4:そうよって・・・。どういうこと。
小夜子:だから愛していいかって。
少女1:愛するも何もあんた。
少女2:死んでんのよ。
小夜子:そうよ。
少女2:そうよって・・。
少女4:正気?
小夜子:当たり前じゃない。死んでるんだもの。安心して好きになることができるじゃない。
少女2:(あきれて)たで食う虫も好きずきとは言うけどね。
少女3:黙って。

語気が厳しい。

少女3:おかしいよ。それ。生きてる人を好きになる。これが正常。
小夜子:だから安心なの。安心して愛することができるの。裏切りもしないし、過剰に愛することもない。
少女2:いごこちいいでしょ。
小夜子:そうよ。安心する。
少女2:えっ。私は冗談で・・。
小夜子:私は真剣なの。ねえ、愛していいかな。
少女1:小夜子・・・。
小夜子:だって、鐘の音が聞こえるもの。

鐘の音がかすかに聞こえ始める。
耳を押さえる小夜子。

小夜子:私は愛さねばならない。

鐘の音が大きくなる。
なおも耳を押さえる。
情景が元に戻る。少女たちは静かに去る。

七海 :なんで愛さねばならないの?

にらむ小夜子。

七海 :何で折り鶴折ってるの?

にらむ小夜子。

七海 :どうして?
小夜子:全部あんたのせいじゃない!こんなにも踏みにじられて、惨めで何にも信用できなくなって、愛なんかどこにもないって思い知らされて、でもそれでも私生きていかなきゃいけないじゃない。
菜摘 :それで。
小夜子:それで?(笑う)それで、そんなときどうしたらいいかな。どう思う。
音羽 :さあ。
小夜子:さあ?(笑う)あんたなら言うかもね。愛なんかなくったっていきていけるって。冗談じゃないわ。私はそんなに強くはないの。私を愛してくれる。認めてくれる。ちゃんと見てくれる。とっても必要なの。そうじゃない?
真梨子:それで。
小夜子:それで?(笑う)それで、何にもありわしないわ。だって、何があるというの。あるのは。

ひくっとけいれんした。

小夜子:あるのは汚らわしいゆがんだ欲望だけ。とても生きていけるわけないじゃない。

からっと変わって。

小夜子:ならば、私は愛を作らねば。私が愛すれば少しでも生きていけるはず。そうでしょう。だから私は。
七海 :確かに安心ね。死んだ人は襲わない。
小夜子:何言いたいの。
七海 :だから愛する。安心して愛する。死んだ人を愛する。論理的結論。

また睨む。

小夜子:どこがいけない。
七海 :どこがいけない。どこかいけない?そうね、最初から喪われている愛って所かな。便利よねー。だって、肉体関係なんかぜーったいに あり得ないもの。これぞ究極の清純派?
小夜子:いけない。
七海 :私は愛さねばならない。なんと論理的で傲慢な言葉かしら。志緒理が必死で生きるためにたどり着いた言葉としても。
小夜子:私は小夜子。
七海 :そうだったわね。でもあなたの言葉はいつもあなたを裏切る。あなたの願いは永久に叶えられないんじゃないの?。
小夜子:そんなことない。
七海 :死んだ人は確かにあなたを襲ったりはしない。・・でもね、あなたの愛にこたえてもくれないのよ。
小夜子:そんなこと。
七海 :鶴を折るのはその為じゃないの?

小夜子、首を振る。

七海 :知ってるんでしょ。自分でも。もしかしたら自分は一生愛何て有りはしないんだって。
小夜子:やめて!
七海 :なぜ鶴を折るの?

小夜子は黙っている。

七海 :どうしたの。

小夜子は黙ってまた折り鶴を折り出す。

七海 :ねえ、どうしたの。

手に触れようとするが、恐ろしい目で振り返り。

小夜子:やめて。ほっといて!   

気圧されて七海が手を離す。
小夜子は何もなかったように折り始める。

小夜子:紅い鳥小鳥、なぜなぜ紅い、紅い実を食べた。蒼い鳥小鳥、なぜなぜ蒼い蒼い実を食べた。

七海は悲しげに見つめる。
菜摘がシャボン玉を吹いている。
溶暗。
急速な狂騒的な激しく流れるような音楽。

Ⅲ風船・・菜摘・・私は愛されてる

男  :配給だよ。

ばっと音が止まる。
明るくなる。男がいる。    
いろいろなおもちゃの山。
入り口近くの奥のいすの上に写真と折り鶴一つが増えている。

男  :今日の分。ほら。いいだろ、これなんか。

風車をふーっと吹く。回る風車。
真梨子がすーっと近寄って、ばっと奪い取る。
にやっと笑い。

男  :乱暴だね。志緒理は。

真梨子何も言わずに、管理人をにらみつけ、ぷいと去り、風車を吹き出す。

男  :分かったよ。今度は許してあげよう。だけど、・・次からはだめだよ。

真梨子無視して吹く。

男  :しょうがない子だ。本当に。

脇に下げていた、ケースからノートを取りだし、チェックを入れる。

男  :紙風船、よし。風車、よし。万華鏡、よしと。

音羽は万華鏡をもう一つ持ち双眼鏡のようにあたりを見ている。
菜摘と小夜子が近寄って、おもちゃをつつく。

男  :相変わらず折り鶴かい。

小夜子はこっくりすると、嬉しそうな声を上げ、紅い折り紙を取り出した。

男  :白や金色もあるんだがね。

小夜子は首を振り、紅い紙だけを選びあとは乱暴に振り捨てた。

男  :おやおや。いけない子だ。そんな風に育てた覚えはないんだがねえ。

男は散らばった紙を整え、丁寧に、ケースに入れた。

男  :あ、それはこっちへもらうよ。

菜摘に声をかけた。
古い紙風船を菜摘が渡す。

男  :いい子だ。

受け取り、すっと頬へ手を伸ばすが、菜摘は素早く避ける。
にやっと笑って、書類をケースにいれると、バカ丁寧に礼をした。

管理人:では。

ふた度にやっと笑って去った。

菜摘 :いやらしい。

だが、それほど強い口調ではなく、再び紙風船をつき始める。
七海、菜摘を見ている。
菜摘、邪気のない笑いで振り返り。

菜摘 :これってね、何ににてると思う。
七海 :さあ。ボール?
菜摘 :違う。近いけど。

と、七海に向けてつく。
受け取って。

七海 :じゃ、地球。

と菜摘に返す。

菜摘 :同じよね、それじゃ。

また、七海へ返す。

七海 :じゃ何よ。

また、菜摘に返す。

菜摘 :完全な愛。

と、七海へ。

七海 :はあ?

思わず受け損ねる。
菜摘、それを拾いながら、空気を入れてふくらまし、完全な球にする。

菜摘 :完全な球体ににてるでしょ。愛は球体なの。
七海 :なにそれ。
菜摘 :完全な形。それ自体で充足している。どこから見ても完璧。
七海 :形はそうだけど。愛っていうのはちょっと唐突?
菜摘 :とてものどが渇いてる時ってさ。一杯の水のありがたさって言うのが分かるよね。
七海 :?
菜摘 :夏の暑い日に、ぼうぼうに茂った庭の草刈。
小夜子:タオルで拭っても後から後から目にしみてくる汗の痛み。
菜摘 :堪えきれなくなって、台所に駆け込む。
真梨子:コップへじゃーっと水を入れて、固い氷の塊を2,3個入れる。
菜摘 :そうして一気に水を飲むーっ。

がーっと飲んで。

音羽 :ぷふぁーっ。うまーい。もう一ぱーい。

って、オヤジか。

菜摘 :そうしたとき私はのどの渇きのありがたさを思い知るの。ああ、この冷たさを知るために私はこんなにも渇いていたのだと。

ぼうっと見つめる。恍惚にも似た表情。
間。
やさしく静かに問う。

七海 :だから、それで。

菜摘は、まだ意味を受け取れない。
再び優しく。

七海 :それで。

菜摘の心にその問はしみ通る。

菜摘 :だから、そうなの。
七海 :わからない。
菜摘 :分からない?こんなにも欲しいのに。

こびを含んで。

菜摘 :だって、私とっても愛されてるのに。
七海 :誰に。
菜摘 :さあ、誰かしら。でも愛されてるの。そうでなければならないの。
七海 :そうでなければならない?

明かりがゆっくりと変わる。
鐘の音が聞こえる。
うずくまる七海。

七海 :やめて、やめて!

鐘の音が大きくなる。

七海 :私の名前を呼ばないで!

鐘の音が続く。

七海 :これは違う。これは私じゃない。私は愛されているはずだ。私は愛されてる。愛されてる!私は!
菜摘 :私は菜摘。
七海 :そう、・・私は菜摘。

明かりが元に戻る。

菜摘 :そう、私は菜摘。だから、愛されてるの。そうして、わたし。・・・抱かれたいの。

と、見方によれば少しエロティックにぼそっと言う。
妖しく絡む菜摘。

小夜子:誰でもいい、愛されたい。
菜摘 :いけない。
音羽 :抱きしめて欲しい。
菜摘 :そうよ。
真梨子:私を見て。
菜摘 :そうよ。
小夜子:私の名前を呼んで。
菜摘 :そうよ。
音羽 :私だけを見て。
菜摘 :そうよ。
真梨子:私の名前だけを呼んで。
菜摘 :そうよ。
七海 :私だけを抱いて。
菜摘 :そうよ。

後ろから七海を抱きすくめるようにする菜摘。
目を閉じる七海。

七海 :それは。
菜摘 :何。

目を開く。

七海 :私は愛されていないから?

ばっと離れる菜摘。
悲鳴にも似て。

菜摘 :いやっ!?

バンと明かりが変わる。
楽しそうな音楽。七海はフロアサイドで待機。
イスを並べてテーブルのようにする。
菜摘はたちすくんで動かない。

音羽 :ほらほら主賓がそんなとこでぼーっと突っ立てちゃしょうがないぞ。お前の誕生日じゃないか。にっこりして。そうそう。その笑顔。

と、音羽はケーキを持ってくる。

菜摘 :そのケーキ。
音羽 :いいだろ。
菜摘 :お兄ちゃん。
音羽 :何だよ。
菜摘 :ありがとう。

と、抱きつく。

音羽 :おいおい、ケーキ落ちるよ。
菜摘 :ごめーん。

見つめて、まだしつこく抱きついている。

音羽 :ほらほら。飲物持ってきて並べろよ。
菜摘 :うん。

菜摘は、上手に引っ込む(壁際で向こうむいて待機・・部屋の外への出入りは例えばこうする。)

音羽 :ほんとに14歳にもなっても、気が利かないんだから。

と、ケーキを出す。

音羽 :こまったもんだ。

とケーキを置く。

音羽 :えっと・・あ、ローストチキン。

と、立ち上がって、上手へ去る。
入れ替わりに、菜摘と交差して。

音羽 :ローソクの数、確かめといて。
菜摘 :うん。

と、菜摘は見送った。
そして、菜摘はローソクを取り出し、ケーキの周りに刺していく。
小声で。対称的に刺していく。

菜摘 :お兄ちゃん。私。お兄ちゃん。私。・・・。

14本のローソクがそろった。

菜摘 :できたよ。

と、ぼそっという。なにやら嬉しそうな気配もある。
音羽チキンを持って入ってくる。

音羽 :じゃ、火をつけて。
菜摘 :うん。

菜摘はろうそくに火をつける。
明かりが変わる。

音羽 :きれいだな。
菜摘 :うん。
音羽 :消したら。
菜摘 :・・もうちょっと。・・このまま。

音羽と腕を組む菜摘。思い切りもたれかかれる。
ろうそくのあかりの中で、二人は恋人のよう。
間。
目をつむっている菜摘。

菜摘 :こうやってると。恋人みたいね。

と、嬉しそう。

音羽 :・・消したら。

小さい間。

音羽 :消したら。
菜摘 :うん。

と悲しそうにいう。
ハッピーバースデーの歌を歌う二人。
吹き消す、菜摘。
明かりが元に戻る。
ぱちぱちと拍手。

音羽 :さて、チキンをと。あれ、ナイフ忘れた。
菜摘 :取ってこようか。
音羽 :いいよ、お前は座ってろ。

と、いこうとする。

菜摘 :お兄ちゃん。
音羽 :何。
菜摘 :ありがとう。
音羽 :ふふん。
菜摘 :大好きだよ、菜摘。
音羽 :大好きはいいけど、早く彼氏見つけろ。
菜摘 :お兄ちゃんがいるからいいもん。

と、真剣だが。

音羽 :ばーか。

去る。
入れ替わりにピンポーンと誰か。

菜摘 :はーい。

と、立っていく。
女がやってきていた。花束を持った真梨子。

真梨子:こんにちは。
菜摘 :あのう、どちらさまで。

不審げな表情。

音羽 :遅かったなあ。

と、ナイフを置いて。声をかける。

真梨子:おじゃまじゃない。
音羽 :いいよ、ちょうどいい機会だ。
菜摘 :お兄ちゃん?

不安げな顔。

音羽 :ああ、菜摘。紹介しよう。真梨子さんだ。こちら妹の菜摘。
真梨子:始めまして。
菜摘 :こんにちは。

不安そうに挨拶。菜摘は悪い事態を予想した。

菜摘 :お兄ちゃん。
音羽 :うん。俺たち、昨日婚約した。
菜摘 :こんやく?
音羽 :うん。言わなくてごめん。今まで菜摘に言わなかったんだけど、俺たちずっとつきあって、何回もプロポーズしたんだけど、なかなか うんと言ってくれなくて、やっと昨日ね。
菜摘 :婚約。
音羽 :うん。それでお披露目もかねてさ。来てもらったんだ。おい。

と、真梨子へ。真梨子は花束を渡しながら。

真梨子:お誕生日おめでとう。菜摘ちゃん。
菜摘 :ありがとうございます。

声はひび割れた。だが誰も気持ちがひび割れたとは気づかない。

音羽 :もう始めてたんだ。
真梨子:そう。ごめん。道が混んでて。

案内をする。
座る二人。
ほっぽっておかれる菜摘。いや、自分でそこに立ち続けることを選んだのかも知れない。
必死にこらえる菜摘。
誰も菜摘に気がつかない。
ぎりぎりと握りしめる手の中で花がこぼれる。
明かりが変わり、二つの空間が浮かぶ。
まるで団らんをしているかのような、あるいは誕生日を祝っているのはその二人のような情景が浮かび、菜摘は完全に切り離 されている。
ぎゅっと、うつむいて自分で自分を抱きしめた弾みで花がもみくちゃになる。
大きく静かなため息をはいた拍子に花束が落ちる。
ふらふらと歩き、紙風船を取る。

菜摘 :一つ、日が暮れて、二つ船が出る。三つ、港町。いつまた帰る

つきながら小声で歌う、菜摘。
じっと見ている真梨子。

真梨子:あの子恋してる。
音羽 :誰に。
真梨子:あなたに。
音羽 :まさか。
真梨子:時々あるの。こんなケース。
音羽 :こんなケースって。
真梨子:あなたは妹としてかわいがっている。けど、あの子は、あなたを男としてみてる。
音羽 :あり得ない。あいつにかぎって。
真梨子:あの子のあたしを見る目を見た。
音羽 :いいや。
真梨子:憎しみに燃えてた。あなたを見る目を見た?
音羽 :さあ。あんまり気がつかないな。
真梨子:切なくて切なくてたまらないっていう目をしてた。
音羽 :そんなはずはない。そんなばかげたことって・・。
真梨子:最初私を紹介したとき、あの子真っ青になった。
音羽 :そんなはずは。
真梨子:私と婚約したと言ったとき、あの子は失神するかと思った。
音羽 :元気に挨拶してたじゃないか。そんなそぶりなんかどこにも。
真梨子:隠した。必死で隠してた。上辺の愛想笑いの奥へ、敵意と憎悪を押し込めて。もし、目が人を殺せるものなら、私は死んでたわ。
音羽 :菜摘が・・・。
真梨子:あの子はあなたに惚れている。
音羽 :菜摘が・・。

音羽は微妙にその思いに揺れる。
真梨子は敏感にそれに気づく。

真梨子:心が揺れたでしょ。
音羽 :しょうもないこと言うな。菜摘は妹だぞ。
真梨子:じゃ、あんたから言ってやったら。おまえは単なる妹だぞって。
音羽 :何もそんなこと、改めて。
真梨子:言わなきゃ、どんどんおかしくなるよ。
音羽 :しかし。
真梨子:ほら、やっぱり、あんたまで。
音羽 :バカ。・・分かった。話してみる。菜摘は妹だ。

情景が戻る。

音羽 :菜摘。
菜摘 :何。

と、まだやめない。

音羽 :やめなさい。話がある。
菜摘 :聞きたくない。
音羽 :聞くんだ。大事な話だよ。
菜摘 :いや。ききたくない。
音羽 :聞くんだ。

と、紙風船を取り上げる。

菜摘 :返して。
音羽 :ダメだ。
菜摘 :返して。
音羽 :菜摘。
菜摘 :返して。返して。返して。

と、それは、いつの間にか真梨子に向けられている。
絶望的な響きが感じられる。

菜摘 :返して。お願い。返して。お兄ちゃんを返して。
音羽 :菜摘。何馬鹿なこと言ってる。
菜摘 :いや。返して。返して。
音羽 :菜摘!

くるっと振り返った菜摘。

菜摘 :私を見て。
音羽 :見てる。
菜摘 :私の名前を呼んで。
音羽 :呼んでる。
菜摘 :私だけを見て。
音羽 :何だって。
菜摘 :私の名前だけを呼んで。
音羽 :何を言ってる。
菜摘 :私だけを抱いて。
音羽 :菜摘、おまえ。
菜摘 :私だけを愛してよ!

せっぱ詰まった表情の菜摘。
音羽、茫然と立つが、やがてその表情は憐れみを浮かべたような表情となる。

菜摘 :いや。
音羽 :菜摘。
菜摘 :いや。そんな眼で見ないで。
音羽 :おまえはちょっと疲れてるだけなんだ。

首を振る菜摘。
音羽はすっと、真梨子といっしょに下手へ立ち去る。
絶望的表情で見送り、下を向き激しく首を振る菜摘。
そしてやがてゆっくりとなり止まる。
顔を上げる。その顔には何ら表情はない。
ぼそっと言う。

菜摘 :私は愛されていない。

悲哀に満ちた言葉。
のろのろと花束を拾い、のろのろと片づける。
それを見て。

七海 :欲深いのね。
菜摘 :私一人だけを愛してくれなければ完全じゃない。・・あの人がいたからいけないの。
七海 :違うわ。
菜摘 :え?

七海が紙風船をとり、ぽんぽんと高くつく。

七海 :あなたは愛を所有したいだけ。あなたは愛を支配したいだけ。
菜摘 :それじゃダメなの。私だけを愛してくれなくちゃいけないの。そう、私は愛されてるんだから・・・。
七海 :志緒理。
菜摘 :私は菜摘。
七海 :そうね。菜摘ね。
菜摘 :そう、菜摘よ。どいて。愛されているんだから。愛されているんだから・・・。

つぶやきながら紙風船を静かにまたつき始める。
七海は悲しげに菜摘を見ている。
音羽がシャボン玉を吹いている。
ナイフとケーキと14本の蝋燭にポイントが当たったまま。
溶暗。
急速な狂騒的な激しく流れるような音楽。

Ⅳ万華鏡・・音羽・・

溶明。
入り口の奥のいすの上にナイフとケーキが増えている。
音羽がイスの上に立って、双眼鏡のように万華鏡を見ながらあたりを睥睨している。

音羽 :北には北の、南には南の風がながれ、西には西の、東には東の水が光る。

七海が不思議そうに見ている。
ぐるっと見回している音羽。視界に七海が入った。

音羽 :どうしたの。
七海 :何が見えるの。
音羽 :全部。
七海 :全部?
音羽 :そう、世界の全部。
七海 :嘘でしょう。
音羽 :嘘じゃないよ。万華鏡は何でも見える。少し違えば全てが違う。だから。

ぐるっと、見回して。
と、一本を七海に渡す。

音羽 :回してみて。

と、くるくると回して。

音羽 :ほら。やってみて。

七海もやってみる。

音羽 :のぞいて見て。
七海 :きれいね。
音羽 :だろう。もっと回して。
七海 :変わった。

音羽、イスを一つ七海にまわした。

音羽 :のって。

音羽、ぴょんとイスの上に乗る。

音羽 :ほら。

と、あがるように促す。
七海はあがる。

音羽 :東をのぞきます。何が見えますか。

立ち上がって。のぞく格好。

小夜子:東の風が吹いてます。
音羽 :西をのぞきます。何が見えますか。

立ち上がって。のぞく格好。

菜摘 :西の風が吹いてます。
音羽 :北をのぞきます。何が見えますか。

立ち上がって。のぞく格好。

真梨子:北の水が光ります。
音羽 :南をのぞきます。何が見えますか。
小夜子:南の水が・・。
音羽 :南をのぞきます。何が見えますか。
菜摘 :南の水が・・。
音羽 :南をのぞきます。何が見えますか。
真梨子:南の水が光ります。でも。
七海 :でも、ほかには何も見えないわ。

三人座る。
間。
音羽が降りる。七海はまだイスの上に立っている。
自信満々に。

音羽 :そんなはずないよ。
七海 :でも見えない。

明かりがゆっくりと変わる。
鐘の音が聞こえる。
少女たちがやってきた。
またもやうずくまる七海。

七海 :やめて、やめて!

鐘の音。

七海 :私の名前を呼ばないで!
少女1:娘がいることなど誰も知らない方がいい。そうすれば娘は永遠に自分のものになるだろう。
少女2:世界と切り離し、大きな鳥かごに入れよう。
七海 :私はここにいるよ。
少女3:そうしてお前には世界の代わりに万華鏡をあげよう。
少女4:娘はその万華鏡を眺めながら、永遠に暗い夜の中でつぶつぶと風が生まれるようにつぶやきました。
七海 :私はここにいるよ。誰か。
小夜子:私はここにいるよ。
菜摘 :私はここにいるよ。
真梨子:私はここにいるよ。
七海 :私はここにいるよ。誰か私を知って!
少女1:すると一つの奇跡が起こりました。
少女2:どこまでも暗い夜の中からゆらゆらと立ち上がるものがいたのです。
七海 :私はここにいるよ。誰か。
音羽 :僕はここにいるよ。
七海 :誰!
音羽 :僕は音羽。

明るい音楽。
がらっと変わって。
少女1がやってきた。

少女1:ねえねえ、今度の日曜あいてる。
音羽 :ああ、いいけど。何。
少女1:いい小物見つけたんだ。つきあってよ。
音羽 :えー、また。
少女1:いいじゃない。とってもかわいい、ストラップ。レアものよ。
音羽 :買い物し出したら滅茶苦茶かかるもんなあ。
少女1:安易な妥協したくないって。ポリシーよ。
音羽 :ポリシーにつきあわされる身にもなってよ。
少女1:うだうだいわない。いくの。いかないの。
音羽 :いきます、いきます。
少女1:よかった。じゃ、9時にいつもの噴水前。遅れないでね。
音羽 :はいはい。

小女1、去る。
冷ややかに、少女2。

少女2:いつもまめなことで。
音羽 :なに。
少女2:いい人ぶるのもらくじゃない。
音羽 :別にいい人ぶってやしない。
少女2:無理しちゃって。
音羽 :お前何言いたいの。
少女2:別に。
音羽 :何かいいたいことあるだろ。
少女2:何も。
音羽 :言えよ。
少女2:言いたいことなんか無いもの。
音羽 :なら、なに怒ってるの。
少女2:怒ってなんかないわ。
音羽 :怒ってるよ。
少女2:あきれてるだけ。
音羽 :あきれてる?
少女2:胸に手を当ててよーく考えてみたら。

と、去りそう。

音羽 :おいおい。何。

言いかけたところへ。

少女2:9時に噴水前だわよねー。
音羽 :え、それは・・。

はっとする。

音羽 :あ、あれ。
少女2:そうよ。映画見に行くの今度の日曜よ。
音羽 :来週じゃ・・
少女2:ないわよ。それに来週でもお断り!
音羽 :おいっ。

去る少女2。少女3が。

少女3:ほっほっほ。二またかけて振られてやんの。
音羽 :お前、何。
少女3:ぜーんぶみさせていただきました。バカじゃないの。
音羽 :何言ってんだよ。
少女3:交通整理下手ねえ。
音羽 :そんなんと違う。
少女3:じゃ何。
音羽 :じゃ何と言われても。
少女3:ついでにもう一つ。
音羽 :え。
少女3:あたくしめとのカラオケはどうなったんでございましょうか。
音羽 :えっ、そんな約束した?
少女3:はい。したのでございます。一ヶ月前のちょうど今日。一ヶ月後のカラオケもなんかかっこいいねとか何とかあほなことをほざかれておったようでございます。
音羽 :あちゃー。
少女3:たしか、10時からノンストップで暴れるとかなんとかおっしゃっていたように思います。はい。
音羽 :ああ、それは・・。
少女3:それは、何。
音羽 :ごめん。
少女3:はい。けっこう。じゃさよなら。
音羽 :え?
少女3:女の子といったんした約束はどんなことあっても守るものよ。私。許さないからね。・・では、ごきげんよう。

さっさと去る少女3。
呆気にとられる音羽。やがて頭を抱える。

七海 :さっぱり見えてないようね。
音羽 :そんなことないよ。見えるはずなんだ。何だって。
七海 :いいえ、知ろうとしてないんでしょ。
音羽 :バカにしたらいけないよ。ほら。

と、飛び上がって、万華鏡を回す。

音羽 :あれ。

と、また万華鏡を回す。

音羽 :変わらない。

あせって回しているが。
七海、笑って。

七海 :変わらないわね。
音羽 :そんなはずは・・。

と、なおも回している。
鐘の音がかすかにする。音羽は気がつかない。
七海は顔をしかめる。気づいたようだ。
ピンポーンと音がする。
男がいた。
七海が入口へ。

男  :手紙だよ。

七海、不機嫌そうに。

七海 :ありがとう。

男、手紙を渡す。
受け取って身をひこうとする七海の頬へすっと手を伸ばす。

七海 :やめて。

男、くっくっと笑う。

男  :柔らかいね。
七海 :何するの。
男  :誰から来たのかな。
七海 :誰でもいいでしょ。
男  :気になるからね。誰から来たの。
七海 :知ってどうするの。
男  :私に秘密はいけないよ。秘密はね。

と、ふたたび頬へ手を伸ばすがびしっと手を捕まれる。

男  :そんなにおこることはないよ。何もしてやしない。

と、捕まれた手をやさしくのけ、くっくっと笑う。
体を引いて、睨む七海。

管理人:14歳か。・・もうすぐだね。

くっくっと笑い去っていく。
その台詞に身を引いて、こわばったまましばらく見送る。
鐘の音は続いてる。
くるっと振り返り、音羽のところへ。

七海 :手紙よ。

と、突きつける。

音羽 :あのおとが。
七海 :気にしないで。読んで。
音羽 :宛先無いよ。これ。
七海 :いいの。あなたへの手紙だから。
音羽 :差出人もない。
七海 :いいの。あなたからだから。
音羽 :え?
七海 :読んで。

音羽、手紙を取り出す。
読む。

音羽 :なに、これ。
七海 :何とかいてあるの。
音羽 :私はここにいるよ。
七海 :そうね。私はここにいる。せっかく生まれたのにね。
音羽 :何。

鐘の音。
音羽、棒立ち。
悲しそうに。

七海 :愛するってどういうことか分かる。
音羽 :それは。
小夜子:知りたい事よ。できる限り深く、できる限り全部。
音羽 :それがどうした。
七海 :知って欲しいって言ってるでしょ。私は淋しいんだって。
音羽 :それが。
七海 :こんなにも言っているのに。あなたは何も知ろうとしなかった。
音羽 :いやそれは。
菜摘 :あなたは男の子?
音羽 :もちろん。
真梨子:どこから見ても女の子の服じゃない。
音羽 :え?これが。
小夜子:気づかない?
音羽 :気づかないって、これは男の子の服だよ。
菜摘 :じゃ私のは。
音羽 :もちろん女の子の服だよ。
真梨子:同じようじゃない?
音羽 :全然違う。変なこというひとだね。
七海 :そうね。そうだよね。そんなことでさえ知ろうとしないひとだもの。あなたは淋しくなんか無いんでしょ。
音羽 :当たり前だよ。僕にはこれがある。

取り出した万華鏡。
七海悲しげに。

七海 :そんなのは世界の代わりになんかならないわ。
音羽 :なるさ!

音羽、聞きたくない感じでイスの上に立つ。

音羽 :北には北の、南には南の風がながれ、西には西の、東には東の水が光る。

鐘が少し大きくなる。

七海 :私は愛することができない。

音羽、苦しそうになりながらなおも言いかける。
鐘の音が大きくなる。

七海 :私は愛することができない。
音羽 :やめろーっ。

菜摘がシャボン玉を吹いている。
急速な狂騒的な激しく流れるような音楽。
暗転。

Ⅵ風車・・真梨子・・
 
音が小さくなり溶明。
奥のイスの上には万華鏡が増えている。
そうして、白い人形がイスの上から全てを見つめている。
真梨子が風車を吹いている。

七海 :私は愛することができない。・・・か。

真梨子、吹くのをやめて。

真梨子:愛することなんかいつでもできるのに。
七海 :あなたが?
真梨子:私じゃなくても。
七海 :あなたじゃなくても?
真梨子:そう。愛さねばならない。愛されていない。愛することができない。おかしな話。どうしてそんなに相手のことを気にするのかしら。愛するなんて事、自分のことでしょ。
七海 :こちらが押しつけることになっても。
真梨子:押しつける?ここはこうしたらダメじゃないかって、気を損ねないかってあれこれ計算する?
七海 :計算じゃない。慎ましやかな配慮よ。

ふふんと笑って、強く吹いた。激しく回る風車。

真梨子:それは取引よ。愛は取引なんかじゃない。無償よ。愛されなくったって愛する。例え相手が迷惑でもね。

笑う。

七海 :ストーカーみたい。
真梨子:あれは愛の押し売り、いいえ愛の強要。全然違うわ。無償と言ったでしょ。なにも見返りを求めない。
七海 :見返り?
真梨子:そう。なんかみんな、まるで代償を求めてるかのようね。怖いのかしら、何も還ってこないのが。
七海 :怖い?そうね。怖いわ。こんなにも恋しいのに。こんなにも愛しいのに。嫌われるのは悲しいけどまだいい。避けられるのは辛いけどまだましだ。でも、私がここにいないかのように無表情で通り過ぎるのを見るのは堪えきれない。
真梨子:私が愛したなら相手は必ず何か反応しなければならない、私に興味を持たなければならない。そんなに相手が必要。
七海 :相手のいない愛なんて無いわ。反応を気にするのは当然だと思うけど。
真梨子:相手はいるでしょ。でも相手がこちらの愛にこたえなければならない義務なんてどこにもないのよ。恋することも、愛することもいわばこちらの勝手。

小さい間。

七海 :でも、誰を愛したいの。あなたは。

風車を吹いて笑った。

真梨子:私は「私」を愛したいの。

鐘の音が聞こえる。
二人とも空を見上げた。

七海 :あれは。
真梨子:鐘の音のようね。
七海 :紅い鳥小鳥なぜなぜ紅い、紅い実を食べた。
真梨子:外へ出ていけないもの。紅い実を食べるしかないじゃない。
七海 :あなた食べたの。
真梨子:私はここにいてはいけないんだと体が引き裂かれるように思ったのあのとき。ここにいるのは私じゃないって。鈍く痛み続ける体から流れ出る血を見ながら思ったの。この血は私の血じゃない。あいつが流させた血じゃない。これは私じゃないって。
小夜子:私は愛さねばならない。
菜摘 :私は愛されていない。
音羽 :私は愛することができない。
真梨子:私は愛したい。

三人の台詞はこれは必ずしもはっきりと全部言い終える必要はない。バラバラに重なって良い。
ただし、真梨子の台詞は凛として聞こえなければならない。
真梨子は強くあるべきだ。

七海 :誰を。
真梨子:ここにいてはいけない私を。そうして、私が生まれた。そうよね、志緒理。

明かりが変わった。
少女たち、イスの後ろにたつ。

少女たち:でんでん太鼓に笙の笛。志緒理はよい子だねんねしな。

ゆっくりと七海は幼くなっていく。
七海は、真梨子の膝で眠り始める。
真梨子はでんでん太鼓を優しく振る。

少女たち:でんでん太鼓に笙の笛。志緒理はよい子だねんねしな。

七海、静かに泣き始める。

真梨子:どうしたの。
七海 :怖い。
真梨子:大丈夫。どうしたの。
七海 :夢を見たの。
真梨子:どんな夢。
七海 :来るの。
真梨子:何が。
七海 :あいつが。
真梨子:あいつ?
七海 :あいつが来るの。怖い。

と、しがみつく。

少女1:毎夜毎晩、私は殺され続けました。私の14歳の朝が来るまで。
少女2:それは私の体を覆い尽くし、私の心を殺し尽くしました。
少女3:殺され尽くした私は、もはや私ではなく、私でない私を産み続けるしかなくなり、
少女4:それでも殺され続け、そうして、私は最後に私を殺すしかなくなったのです。

背中をぽんぽんとする真梨子。

少女たち:でんでん太鼓に笙の笛。志緒理はよい子だねんねしな。

おとなしくなる七海。

少女1・2:風がとまるとね。やって来るの。あいつが。

薄く鐘の音が聞こえる。

少女3・4:風がとまるとね。やって来るの。あいつが。

薄く鐘の音が聞こえる。
でんでん太鼓で安心して眠る七海=志緒理14歳の夜
風を送る風車
全員が吹き続ける。
情景が元に戻る。少女は去っている。
立ち上がって。

真梨子:どんなひどい目にあったって、生きていくことは出来る。
七海 :惨めな人生を。
真梨子:惨めか惨めでないかは関係ないわ。生きていくことには。
七海 :自分を殺されても。
真梨子:いいえ、殺されたんじゃない。諦めたのよ生きていくのを。
七海 :わからないわ。
真梨子:男なんて体の上を通り過ぎていくだけでしょ。
七海 :その男が父親だったとしても。
真梨子:たとえ獣でも。
七海 :心と体を分けるわけ。人間はそんな風に便利には出来ていないわ。

真梨子、薄く笑った。

真梨子:もういいのよ。
七海 :もういいって。それじゃ志緒理に冷たくない。志緒理?
真梨子:私は真梨子よ。
七海 :そうね。真梨子。
真梨子:志緒理はあなたじゃない?
七海 :何。
真梨子:無理して、あれこれ理屈考えて自分を納得させなくていいのよ。
七海 :何を言ってるの。私は。
真梨子:あなたはいいの。とつてもいいの。全てが許される。
七海 :真梨子・・。
真梨子:自分自身であることを辱められ、ここにいてはいけないと思った私。

七海、いやいやをするように首を振る。

真梨子:あなたはそうして生まれた。そうして、私たちを生んだ。
七海 :生んだ?
小夜子:だがその夜はどこまでも暗く、どこまでも長く、気も狂いそうになりそうなほどはきそうな其の声は高く低く私を呼びつつけました。
菜摘 :やがて月明かりにも関わらず、響き続ける私の名前があたりを全て覆い尽くし、闇の中の闇が私をからめ取り、私の耳にはもう私の名前しか聞こえなくなり・・・
音羽 :暗いどこまでも暗い海の底を見つめ続けながら志緒理は海の底から泡がぶつぶつと立つようにつぶやきました。
小夜子:私は小夜子。どうして私を生んだの。
菜摘 :私は菜摘。どうして私を生んだの。
音羽 :僕は音羽。どうして僕を生んだの。

追いつめられた七海。

七海 :私は知らない。私のせいじゃない。
真梨子:そうね。あなたのせいじゃない。あなたは何にも悪くない。みんな、あいつが悪いのよね。
七海 :そうよ。私は何も生みはしない。私は見ていただけ。だって私は、七海。
真梨子:あなたは見ていた。志緒理があの男に犯されて、何もかも奪われて、ゆっくりと死んで行くのを。
七海 :そうよ。私は見続けるしかなかった・・・。
真梨子:だから私たちを生んだのは私ではないと。
七海 :そうよ。私を責めるのはお門違い。
真梨子:なら、志緒理はどこに。
七海 :え?それは。

と、周りを見回す。

小夜子:私は小夜子よ。私ばかりなぜいじめられるの。
菜摘 :私は菜摘よ。私をなぜ愛してくれないの。
音羽 :僕は音羽だよ。これほど愛したいのに愛せないのはなぜ。
七海 :・・知らない。志緒理に聞いて。
真梨子:だから、聞いてるの。志緒理はどこに。

見回していた、七海、やがてゆっくと真梨子を見据える。

七海 :あなたに決まってるわ。

真梨子、笑い出す。

七海 :何がおかしいの。
真梨子:なるほど完璧。覚えてないのね。本当に。
七海 :何を。
真梨子:14歳の夜。本当は、何が起こったのかを。
七海 :覚えてる。全部覚えてる。私は見なければならなかった。
真梨子:あなたは何も見ていない、いいえ、見ようとはしていない。見たのは。
小夜子:何を見ていたの。
七海 :男がやってくるのを。
菜摘 :何を見ていたの。
七海 :ドアを開ける白い手を。
音羽 :何を見ていたの。
七海 :志緒理を見ていやらしく笑った口元を。
小夜子:何を見ていたの。
七海 :じっとりと汗でしめった手が伸びてきたのを。
菜摘 :何を見ていたの。
七海 :その手が首に掛かったのを。
音羽 :何を見ていたの。
七海 :生臭い息とともにのしかかってきたの。私の体に!

思わずはっと気づく七海。
こわばる七海。
真梨子、白い帽子を取りに行った。
そうして、にっこりと笑い。

真梨子:風が止まると、来るのよ。あの人が。

七海に帽子をかぶらせた。
ふらふらと人形を取りに行く七海。
淫靡な笑みをうかべ、くすくすと時折笑いながら、やがて、イスに向こう向きに座わり人形抱く。
鐘が鳴る。男がやってくる。
志緒理、14歳の夜。その真実。
七海の周りが紅く染まっていく。
七海の体がほぐれるとともに、一段と淫靡な感じを漂わせはじめる。
七海の声が妖しく、ねっとりとからみついていく。

七海 :月がきれいね。
男  :そうだね。
七海 :血のように紅い月ね。
男  :え?
七海 :あんな月を見てると。
男  :見てると?
七海 :我慢ができなくなるの。
男  :何。
七海 :入って。

入ってくる男。
どこからともなく、鐘の音が聞こえる。祝福をする教会の鐘のようなその音色はしかし嫌な響をしている。
七海が名前を呼ぶ。欲望に支配された嫌な声。
不審そうな男。何か危険なものを感じた。

七海 :お父さん。
男  :どうした。
七海 :なにも。
男  :志緒理?その顔。
七海 :お父さん。
男  :やめなさい。
七海 :恐がらなくていいのよ。

七海、近寄って愛しそうに抱く。
七海、妖しくからみついていく。
鐘の音はみだらに揺れるように不協和音を響かせる。
抵抗する男。他が、体を密着させた七海はなおも妖しく絡む。
人形が捨てられたようにイスの上にある。
小夜子や音羽達は顔を背けるようにしている。
真梨子は冷徹に見続けている。

男  :やめなさい。志緒理!

ようやくふりほどく男。
帽子が脱げる。
ゆっくりと崩れ落ちていく七海。

男  :お前はどうかしているんだ。志緒理。落ち着くんだ。

志緒理は笑う。妖しくもあり、哀しくもある笑い。
やがて、志緒理は、のろのろとイスの近くにより、何かを探る。

七海 :紅い鳥小鳥、なぜなぜ紅い、紅い実を食べた・・・。
男  :志緒理。
七海 :私は14歳よ。
男  :志緒理。
七海 :ねえ、私きれいでしょ、お父さん。

ふらーっとたった。
男は、扉のところにたつ。

男  :バカなことを。今日はもう寝なさい。あした病院へ・・。

すーっと近寄った。

男  :志緒理・・。

信じられないような声。
七海が刺した。
そのまま崩れ折れる男。
ナイフを握った七海。

七海 :わたしだけを愛してよ。

と、ナイフの血を愛しそうにぺろっとなめた。
恍惚の表情だが・・。
やがてそのままがくがくと震えはじめる。
しゃがみ込む。
ナイフを投げ捨てる。真梨子がそっとそれを拾ってイスにおく。

七海 :私じゃない。・・これは、私じゃない。私じゃない。

人形の方へ這っていく。

七海 :助けて、七海・・・助けて。

人形を抱く。

七海 :助けて。助けて。助けて・・・七海!

明かりが元に戻る。
茫然としている七海。

真梨子:どう真実の味は。

七海の口に血が付いている。
気づかずになめている七海。

真梨子:おいしいの?

はっとする七海。思わず口を拭う。

七海 :そんな事って。
真梨子:あったのよ。ずいぶんひどい目にあったわね。
七海 :お父さん。

声がひび割れる。

小夜子:私たちもよ。
菜摘 :私も。
音羽 :僕もだよ。

と、出てくる三人。

真梨子:あなたが壊れなければ、私たち生まれることもなかったわ。
小夜子:ひどい目に遭うこともなかった。ほら。

と、あざを示す。

七海 :知らない。

と、首を振る。

菜摘 :お兄ちゃんを好きになることもなかった。
七海 :知らない。

と、首を振る。

音羽 :こんなもので世界を見なくともよかった。
七海 :知らない。

と、首を振る。

三人 :あなたは志緒理。私たちをどうして生んだの!
七海 :知らない、知らない、知らない!

と人形を抱え込みながらしゃがみ込む。

小夜子:あんたのせいよ!
菜摘 :ひどい人!
音羽 :こんなもの!

人形を捨てさせる。
最後までしがみついていた人形を捨てられて目はうつろな七海。
やがて、顔が険しくなる。
笑う。
きりっとして言う。

七海 :私は七海。志緒理が愛した七海!だってそうだもの、私は見てたもの。

ばっと、小夜子を鋭く見て言う。

七海 :うそをついてもダメ。あなたが志緒理。
小夜子:私は小夜子。

すすっと、折り紙の方へ行った、紅鶴を取り上げる。

七海 :私をあんなに愛してくれたじゃない。
小夜子:やめて。
七海 :私にはわかってる。あなたは志緒理。
小夜子:私は小夜・・。

七海、紅鶴を引き裂いた。
ダーンと言う音。
小夜子すべてを言い終えずに崩れ落ちる。

七海 :あら・・。違ったのかしら。ごめんなさい。でも、うそをついてるのは志緒理のほうよ。

と、菜摘の紙風船を拾い上げてぽんとつく。

菜摘 :やめて。

と、後じさり。

七海 :こんなもの。

と、手で、挟んでバンと割る。
ダーンと言う音。

菜摘 :私はなつ・。

と崩れ落ちる。

七海 :おやおや、困ったな。でも、大丈夫。あなたこそ志緒理よ。そうね。

と、万華鏡をとる。

音羽 :やめろ。

と、手を伸ばそうとするが。

七海 :何も見えないくせに。

と、ぱたっと落とし、踏みつける。
ダーンと言う音。

音羽 :僕はおと・・。

と、くたくたと倒れる。
でも、その後何も起こらない。
きっと鋭い目で見る七海。

七海 :わかった。・・あなたが志緒理。そうでしょ。

と、風車をとる。

真梨子:壊してみたら。
七海 :もちろん。

と、風車を壊す。
ダーンと音がする。
でも、何も起こらない。

七海 :ほら、何も起こらない。やっぱりあなたが志緒理。
真梨子:あらかじめ喪われた愛。
七海 :なによ。
真梨子:そういったわね。
七海 :私は違うっていってるでしょ。
真梨子:そうね・・。あなたは人形になった志緒理だもの。
七海 :うそ。私は人形よ。人形の七海。

真梨子、笑う。本当に笑う。

真梨子:確かに人形は見ていた。でも見ていただけ。何も思いやしない、何も感じやしない、何も生みやしない。人形はしょせん人形なの。何かを生み出すのは・・・人間だけよ。

少女たちの声がどこかからする。

少女たち:私はここにいるよ。私はここにいるよ。
真梨子:生み出したのは志緒理、あなたよ。紅い鳥なのあなたは。食べてはいけない赤い実を食べたでしょ。
七海 :赤い実を。
真梨子:そう、お父さんを愛してしまった。でもお父さんはあなたを拒んだ。当然だわ。あなたは紅い鳥にしかなれない墜ちてしまった人なの。

じっと黙り込む七海。
だが、突然。
ばっとナイフを取りに走る。

七海 :違う、違う、違う!
真梨子:どこが。
七海 :私は見ていたもの!私は見ていただけだもの!
真梨子:あなたが見ていたのは愛情からじゃないわ。臆病であっただけにすぎない。人形のふりしてひっそりと隠れていただけ。だから、あんなにこそこそとみんなの監視を続けていたじゃない。
七海 :してない。私は見てただけ!私は人形の七海なの。
真梨子:証拠はあるの?
七海 :証拠、証拠ならあるわ!みて。血なんか出やしないから。

と、ナイフを自分に突き立てようとする。
が、ためらう。

真梨子:やっぱり人間だと思ってるでしょ。

と、あざ笑う。

七海 :私は七海よ!

ぐさっと刺す。

七海 :ほら、血なんか・・・。

ひどく、出血している。

七海 :うそ・・。

血まみれの手を見る。
ぼんやりと真梨子を見ながら。

七海 :私はなな・・。

ゆっくりと崩れ落ちていく。
座った姿勢になって、どこか遠くを見る。

七海 :私は・・。

そのまま静かになった。目は閉じられそれでもなお遠くを見続けている。
ゆっくりと近寄る真梨子。
静謐な音楽。
座りこんだ状態で倒れない七海。
見ている真梨子。

真梨子:あんたは志緒理よ。

  と、頬をなでる。

真梨子:本当に、きれいよ。

そうして、あふれ出た血でうっすらと七海へ紅をさし始めた。
シャドーもかすかに入れた。

真梨子:美しいわ、志緒理。あらかじめ喪われた愛。・・・可哀想な子。

あざけるような傷むような声。
やがて真梨子は今度は七海の血で自分の顔を化粧し始める。
  紅を引き始めた。少女たちの声が聞こえる。

少女たち:紅い鳥小鳥なぜなぜ紅い、紅い実を食べた・・・。蒼い鳥小鳥なぜなぜ蒼い蒼い実を食べた。・・

真梨子は、化粧を終えた。
赤い羽根がゆっくりと降ってくる。
後から、後から。
羽根の落ちるのを愛しそうに見ながら。
切ないような妖しいような口調で。

真梨子:・・ねえ、きれいでしょう、私。

そうして、にっこりと笑った。
その笑いは隠微でエロティックでもある。
 
少女たち:紅い鳥小鳥なぜなぜ紅い、紅い実を食べた・・・。蒼い鳥小鳥なぜなぜ蒼い蒼い実を食べた。・・

真梨子の周りが紅く染まっていく。
静謐な音楽。
全てが赤い羽根に覆われていく中ゆっくりと幕がおりる。
 【 幕 】




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