杉下 :帰ってこないのもいるだろうね。
  
頼子 :欠席扱いです。
  杉下 :なるほど。 
  頼子 :それに、花火打ち上げますから。 
  杉下 :なるほど、丁寧だねえ。
  頼子 :万一の時は、のろしで連絡します。 
  杉下 :ますます、念が入ってるね。で、役員名簿だけど、理事が、犬、猿、雉だって。
  頼子 :はい。動物ボランティアだからやはり、動物にも参加してもらわなきゃ、片手落ちだって言う人がいて、いけませんか。
  杉下 :まあ、猿には文章読めないからねえ。それと、ここにある人もう死んでるんじゃない。 
  頼子 :ああ、ジョン・レノン。なんか感動したから、あの人の曲。
  杉下 :それ、趣味だろ。 
  頼子 :のようなものです。 
  杉下 :生きてる人にしないとね。ここ再考の余地ありね。それと、就任承諾書っているんだよ。勝手に、理事にされちゃかなわないからね。これ、嘘でしょ。
  頼子 :あ、ばれました。 
  杉下 :ばればれだよ。何でキムタクがあるの。それに、これサインのコピーでしょ。
  頼子 :すみません。なんか、かっこいいかなって。若い人集まりそうだと思いません。 
  杉下 :そりゃ、来るだろうけどね。あ、何これ。
  頼子 :何ですか。 
  杉下 :役員の住所の証明書。住民票とかさあ無かったの。これ、名刺にプリクラ貼ってるだけじゃない。
  頼子 :えー、でも、なかなかこのプリクラないんですよー。レアものなんだから。 
  杉下 :レアでもミディアムでもだめなの。おーっと、すごいねーこれ。忠臣蔵かい、これ、連判状だよこれじゃ。
  頼子 :特定非営利活動促進法第20条各号に該当しないこと及び、同法第、えーと、えーと。 
  杉下 :第21条。
  頼子 :それれ、その規定に違反しないことを各役員が誓う旨の宣誓書の謄本です。どうです。気合い入ってるでしょ。
  杉下 :入ってるも何も、血、どろどろじゃん。 
  頼子 :そーですー。やっぱ、こういうことって、マジ気合い入れなきゃいけないんじゃないかって。
  杉下 :かたきうちじゃないんだから、それに、これ、何。肉球だよ。猫の。 
  頼子 :うちの猫にも気合い入れました。
  杉下 :熱意は買うけどねー。あ、役員のうち、報酬受ける人の名前書いた書類は?これ。何、半分以上もらってるんじゃないの。それじゃ営利と見なされるよ。え、肩たたき券 とお使い券、それじゃ子供の遊び・・
  町田 :杉下君!! 
  杉下 :ひょえーっ。 
    
          気がつくと、ものすごい形相でにらんでいる町田。 
   
  杉下 :あ、まちださん。ども。 
  町田 :どもじゃないわよ。どもじゃ。まじめにやりなさい。だいたい不謹慎よ。申請まじめにしようって言う人がいるのに。
  杉下 :いやすみませんね。シュミレーションしてたもんで。 
  町田 :シュミレーション?何の。
  杉下 :頼子ちゃんが。 
  頼子 :すみませーん。ボランティア研修授業のテーマがNPOなんで。来週、期末テスト始まるでしょ。そいでレポート提出しなきゃいけないんで。あの先生期限送れると、めちゃくちゃ怒るんですよ。
  杉下 :NPO登録における行政手続きってのがテーマなんだって。えらいよねー、今の高校生。僕たちのころはさー。
  町田 :ノー天気で、あほばっかりやってたんでしょ。分かりました。けど、もう少し、やり方あると思うけどね。
  杉下 :堅い話より、柔らかい方が理解しやすいかなって。 
  町田 :どうせ私は堅苦しいですよ。
  杉下 :あ、そういう意味じゃ。 
  町田 :どういう意味。 
   
          と、やばい雰囲気になりかかったところへ。
    
  吉本 :お茶入りました。 
    
          と、いいタイミングでどんとおく。 
   
  町田 :ど、どうも。 
  吉本 :杉下さんも。 
  杉下 :あ、ありがとう。
  吉本 :いいえ。 
    
         
と、頼子にもお茶を渡し、ついでに、美津江にも渡して、去る。 
         
なんとなく、妙な間があり、杉下と町田が飲む。 
    
  杉下 :○×□¥$§☆★。
    
          熱かったようだ。杉下が、声にならない悲鳴で目を白黒。
          町田は、勝ったと言わんばかりにすましてお茶をすすって、美津江に。
    
  町田 :それでね、悪いけどここ。社員の住所氏名。中村さんだっけ。 
  美津江:美津江でいいです。
  町田 :そう。じゃ、美津江さん。10名以上いるのよ。二人足りないわね。もう最低二人の名前がないと申請できないの。
  美津江:えーっ。本当ですか。 
  町田 :あなた、条項よく読んだ。 
  美津江:えー。でも、8名いるからいいかなって。
  町田 :いいかなっていうもんでもないわ。法律だから。 
  美津江:でも、なかなか集まらないんですよ。1年以上かかってやっとこれだけの人が集まってくれたのに。
  町田 :あなた、大学は・・ああ2年生か。えらいわねー。その努力は認めるは。けど、法は法だからね。ほかにいないの。ペット飼っている人いっぱいいるでしょう。
    
          美津江、きっとして。
    
  美津江:ペットじゃありません。 
    
          町田、ちょっと気圧されて。 
    
  町田 :犬や猫使ってケアするんじゃないの。
  美津江:コンパニオン・アニマルです。 
  町田 :コンパニオン・アニマル? 
  杉下 :伴侶動物て言うんでしょ。
  美津江:そうです。よくご存じで。 
  頼子 :偉いわー。 
  杉下 :常識だよ、常識。
  町田 :で、何よ、それ。 
  杉下 :え?いや、それは・・何でしたっけ。 
  頼子 :なんだよ。それ。
  杉下 :いや、猫が猫白血病ウイルスに感染しているかどうか、見てもらいにいったらさ。 
  頼子 :なに、それ。猫白血・・
  美津江:猫エイズのことです。 
  頼子 :エイズ? 
  美津江:あ、人間のとは違います。でも、猫にとっては致命的な伝染病で。
  杉下 :それなのよ。近所の獣医で見てもらい、ついでに予防注射したもらったわけ。 
  頼子 :えーっ、エイズって、予防できるんだ。いつ予防注射できたの。
  杉下 :それは猫の話。 
  頼子 :何だ。 
  町田 :で、何よ、それは。
    
          と、いらいらしている。
    
  杉下 :え、何。エイズ? 
  町田 :コンパニオンアニマル!
  杉下 :え、ああ、それそれポスター。 
  町田 :ポスター? 
  杉下 :だから、貼ってたんです。ポスター。
  町田 :それだけ? 
  杉下 :はい。 
  頼子 :ばっかみたい。
  杉下 :猫が暴れてひっかきまくつたから、中身確かめる暇なんか無かったの。 
  頼子 :ああ、だからその傷。なんだよ、猫かよ。
  杉下 :何だと思ったんだ。 
  頼子 :いやー、泣かした女にひっかかれたとかさそういうドラマチックな傷かなと。
  町田 :高校生が下品なこというもんじゃないわ。 
  頼子 :すみませーん。 
  町田 :で、何。
  杉下 :はい、バトンタッチ。 
    
         
美津江に話を渡す。 
    
  美津江:コンパニオンアニマルって、ペットとはもういえないんです。ペットって人間さまが偉いぞ、飼ってやってるんだぞ、かわいがってやってるんだぞという感じがあって、なんか人間の傲慢さが現れてる気がして前から嫌だなって思ってたんです。ある時、私も獣医さんとこで伴侶動物として活躍している犬や猫の写真を見ました。すごく感動したんです。夫や妻に先立たれて、孤独な生活を送っている。そんな人たちが犬や猫と一緒にいると、すごく表情が明るくて穏やかになります。一緒に人生を生きている、そんな感じがあります。立場が同じなんです。人間も動物も。というか、動物に助けられて生きてるって言う気がしました。知ってます?老人ホームなんかへ動物を連れていって、お年寄りに抱いてもらうんです。すると、動物を抱く前と後を比べると明らかに動物たちとふれあった後は血圧が下がるんです。人間って一人ではいきられない弱い動物だって思います。普段は、肩肘張って、突っ張って生きてるけど、一人になったら本当に弱い。よく言われるでしょ。老夫婦の片方がなくなつたら、残された方も、後を追うようにあっけなく死んでいくって。特に、男の人は、もろいんです。お酒で紛らわす人もいます。けど、そんなんじゃなく、一緒に生きている、それが人間でなくても、犬や、猫であっても、人はそれで癒されるんです。むしろ、動物は決して人間を裏切りません。人間が動物を裏切ることはあっても。
    
          皆、しーんと聞いている。
          美津江、長広舌を恥じるように。
    
  美津江:すみません、演説してしまって。でも、わたし、そういう伴侶動物で心を「癒す」活動をしたいんです。それから、単に動物を持って行くだけで泣くって、例えば家で金魚を飼いたいけど、餌を飼いに行くのが辛いとか、今まで犬を飼ってたけど、体が不自由になって、犬の散歩もままなら泣くって、手放さなきゃいけないって言うような、何でもないことだけど、けど、絶対にその人には必要なことってありますよね、私、そういう、動物と人に関係する、いろいろなことをして、なんというか、心の隙間を埋めたいというか。そんなお手伝いしたいんです。人のためとか言うんじゃなくて、なんていうか。
  頼子 :それが必要なのよね。 
  美津江:はい。私は、必要だと思ってます。 
  杉下 :犬の散歩も引き受けますか。でも、それって組織としてやるの大変だよ。
  美津江:はい。個人でやるのは限界あります。犬や猫の世話や移動だけでも人手はいくらあっても足りませんし、経費もかかります。だから、「アニマルネット」とか名前つけてみたいに、NPO化したらと思って・・。
  町田 :それは、大変、いいことだと思うわ私も。大いにがんばんなさい。そういう話ならいくらでも人が集まるんじゃない?
  美津江:でも、みんな、ペットとしてしか見ない人多いし、それに、便利屋さんや医療行為的なところもあるから、変に商売みたいになってもまずいし、なかなか。
  町田 :わかったわ。でも、足りないのはしょうがないわね。 
  美津江:何とかします。
  町田 :はい。それはそれでいいとして、次ね。 
  杉下 :まだあるんですか。 
   
          じろっと見て。 
   
  町田 :法律だからね。 
  杉下 :はいはい。 
    
          と、引き下がる。 
    
  町田 :次、特定非営利活動促進法第2条第2項及び、第12条第一項第三号に該当することを確認したことを示す書面だけど。これが。
  頼子 :舌かみそう。何あれ。 
  杉下 :まあ、活動の内容が趣旨に合うかどうかって言うところかな。例えば、福祉の増進とか、環境保全とか、子供の健全育成とかさ。
  頼子 :へー。いっぱい条項があるんだ。 
  杉下 :何、見て無かったの。条項。 
  頼子 :面倒だもん。体験学習は現場重視よ。で、何条まであるの。
  杉下 :50条。 
  頼子 :げっ。そんなに?後でレポートまとめるの大変だなー。 
  杉下 :その分分量稼ぐつもりだろ。
  頼子 :へっへ。当然よ。レポートの厚さで決めるんだものあの先公。質は問わないっていうより問えないのよね。頭悪いから。
  杉下 :お前、口悪いな。先生だろ。 
  頼子 :だめ。授業全然面白くない。赤本か何かのまるうつしよ、あれ。黒板バーツと書いて、それで終わりだもん。必死扱いて移したら、またばーっとかいて。もう社会科の授業だか、速記の授業だかわかんない。絶対あれ、あったま悪いよ。
  杉下 :学校でそんなこと言ってるの。 
  頼子 :言うわけないじゃない。私、優等生で通ってるんだよ。いやー、頼子は優秀だから。って言われてるよ。人を名前で呼ぶなっての。もー気持ち悪いんだから。あー、鳥肌立ってきた。
  杉下 :おいおい。 
  頼子 :あー、コーヒーのもうっと。飲む? 
  杉下 :じゃもらおうかな。吉本さんは。
  吉本 :あたしいいわ。 
  杉下 :そう。じゃ二つ。 
  頼子 :はーい。
    
          頼子、隣の部屋へ(袖へはける)
          電話が鳴って、吉本がとった。
    
  吉本 :はい。こちらNPOプラザ「ふれあい」です。はい。ああ、いつも、お世話になってます。はい。あ、かわります。ちょっとお待ち管さい。町田さん。電話です。
    
          町田、話しかけていた腰を折られて。
    
  町田 :誰? 
  吉本 :3丁目の青木さんです。 
  町田 :青木?
  吉本 :ほら、前に子供会の行事で。 
  町田 :子供会? 
  杉下 :ほら、去年バザーやりたいって言って、品物集めから会場整備からなにから僕たちまで引っぱり出された奴。
  町田 :ああ、思い出した。便利屋とNPO間違えてる人。 
  杉下 :そう、善意の塊みたいだけど、なんかちょっと違うかなって言う人。
  吉本 :そんなつもりじゃないと思うんですけど。 
  町田 :いいえ、もろにそんなつもりよ。ったく、この忙しいのに。どうせ、こんども同じことよ。
    
          と、吐き捨てるように言って受け取る。
          頼子がお盆にインスタントコーヒーとクリープとポットを乗せてやってきた。
    
  頼子 :何? 
  杉下 :ほら、前に言っただろ。去年のバザーの話。
  頼子 :ああ、あのすごいおばさん。また来たわけ。 
  杉下 :そう、賭ける? 
  頼子 :乗った。じゃ、ばくちしてバザーじゃない方。肉まんね。
  杉下 :もらったね。ギャンブルは本命第一。バザーだよ。吉本さんは。 
  吉本 :あたしパス。
  杉下 :つきあい悪いね。 
    
         
吉本は肩をすくめて事務に戻り、キーをばんばん打ち出す。 
         
町田、電話では猫なで声のよう。 
    
  町田 :はい、変わりました。アドバイザーの町田でございます。どんなご用件でいらっしゃいますか。はあ、また、おやりになる。好評だったから。味をしめたんですね。あ、いえこちらの独り言で。はい、はい。じゃまた、申請書を、はい。ヨウシしております。再来週の月曜日。はい。たぶん、大丈夫じゃないかと。あ、もちろん、お約束はいたしかねます。はい。なにぶん、歳末でございましょ。ええ、なかなか集中してまして。ええ、手続きは、お早めになさったらよろしいかと。はい。審査に多少、何が、はい。そうですね、はい。ではお待ちいたしております。ごめん下さい。
    
          と、置いて。がらっと口調を変えて。
    
  町田 :ほら、やっぱり。 
  頼子 :バザー? 
  町田 :もちろん。ほかに何があるの。
  頼子 :あちゃーっ。 
  杉下 :ほらな。 
    
          町田、メモ取りながら。 
    
  町田 :吉本さん、再来週月曜日子供会バザーよ。日程とれる?
  吉本 :再来週の月曜ですか。えーと、ちょっと待って下さい。 
    
          と、パソコンでパコパコやっている。 
   
  吉本 :空いてることは空いてるんですが。今度は何がいるって。 
  町田 :子供向きの出し物やりたいんだって。芸能事務所と間違えてるんじゃないかしらね。どこか、そんなのやってるの登録されてる。
  吉本 :待って下さい。 
    
         
と、パコパコやっている。 
    
  頼子 :歌なら歌えるよ。 
  杉下 :今時のガキが喜ぶかって。
  頼子 :じゃ何。 
  杉下 :手品かなー。 
    
          と、おぼつかない。 
    
  頼子 :それこそ子供だましよ。
  吉本 :ありましたけど、遠いです。 
  町田 :いいわ、経費払うの青木さんだから。何。
  吉本 :パントマイムショウですね。 
  杉下 :へー、マイムねえ。 
  頼子 :面白そう。できる?
  杉下 :簡単。壁だろ。 
    
         
と、やってみる。 
          
  頼子 :おーっ。
    
          と、拍手。
    
  杉下 :梯子。 
  頼子 :おーっ。 
   
          と、また拍手。美津江も釣られて拍手。
    
  美津江:すごいですね。 
  頼子 :ねーっ。 
   
          いい気持ちになって、次から次へとやっている杉下。
          冷たく見て、町田。 
   
  町田 :あんな素人芸じゃなくて使えるの。 
  吉本 :結構プロ級みたいです。自分たちの公演も何回かしてるみたいだし。ストーリー性があるって評判らしいですね。
  町田 :ふーん。じゃ、それにしましょ。依頼書送ってみて。どこ。 
  吉本 :隣の県ですけど。
  町田 :あら、それじゃ、交通費から何からいるわね。ま、いいか。青木さんに、連絡してそれでいいか確認しといて。
  吉本 :はい。 
    
         
と、電話で青木に確認を取り始める。 
    
  頼子 :何だか、芸能事務所になったみたいだな。
  町田 :ま、たしかに、そういうところはあるわ。 
  杉下 :サービスの必要がある人と提供する人とのコーディネイターだからさ。昔の口入れやや職安と本質は同じだよ。
  頼子 :まあ、それにしても「ふれあい」はないんじゃない。なんかださくて、どうして、もっとセンスのいいネーミングにしなかったのかな。
  杉下 :平凡こそ真理。日々これ好日。便りの無いのは良い便り。 
  頼子 :なにそれ。
  杉下 :庶民の哲学。 
  頼子 :わからん。 
  杉下 :つまり、NPOってのはそんなもの、いつでもどこでもそこにある、地味な、生活に密着したありふれたものでありたいという願いがこもっているネーミングなわけ。
  頼子 :ほーぉ。その割にゃ、なんだか、くちゃぐちゃいちゃもんつけまくっているようにこの目には見えますがね。ねー、美津江さん。
  美津江:あ、はい。 
  町田 :はいじゃないですよ。私は、適正な申請ができるようにアドバイスしているだけ。
  杉下 :僕は、単に、事務的手続きを粛々としているだけです。 
  頼子 :粛々とねえ。
  杉下 :粛々と。 
  町田 :じゃ、先ほどの続き行きましょう。 
  美津江:はい。
  杉下 :粛々と。 
  頼子 :粛々と。 
    
         吉本のキータッチがひときわ荒っぽくなった感じ。 
          頼子は、本を読み始める。 
          杉下は、事務を取り始める。 
          音楽が流れ、時間が流れる。 
          少しの間。    
          突然頼子がけたたましく笑う。
          ぎょっとする一同。 
          町田さんはじろっとにらんだきり、美津江の指導に戻る。 
          吉本は、ちらっと見たきりで相変わらずキーボードにしがみついている。
    
  杉下 :どしたの。 
  頼子 :これ絶対、内部の人よね。
  杉下 :何 
  頼子 :「踊るNPO」書いたの。 
    
          注:「踊るNPO」・・行政と身勝手なNPOたちへの告発本。SFの形を取っている。
    
  杉下 :ああ、あのSF。面白い? 
  頼子 :うん。結構。参考になるし。
  杉下 :内部の人って? 
  頼子 :なんだか、行政の末端にいるって感じだな。書きぶりが。
  杉下 :書きぶりね。 
  頼子 :具体的なネタがさ、なんかそれ臭いわけ。たとえば、こんなところにつとめてる人とか。あ、そうだ。案外、杉下さんだったりして。
  杉下 :ブーっ。残念。そんな才能あったらとっくにこの仕事足洗ってるよ。 
  頼子 :それもそうね。寒いギャグしか飛ばないものね。
  杉下 :ほっとけよ。で、なんか面白いネタある。 
  頼子 :うーん。というか、設定がいいかなって。
  杉下 :どういう。 
  頼子 :自助努力とか自己責任とか言う部分をはずしたNPO。
  杉下 :ほう。 
  頼子 :あと、あまり、経済効率を言わないところ。もちろん、採算度外視というわけじゃないけど、今みたいに採算がとれるのとれないのっていう点ばかりチェックされることはないって言うのが気に入ったなあ。
  杉下 :こっちだって、それほどもうけようとはしてないよ。 
  頼子 :分かってる。けど、最近、なんかそうじゃない。はっきりは言わないけど、上の方、採算性の悪そうな新規NPOの申請はなるべく許可しないようにしてるんじゃない。そういってぼやいてたでしょ。
  杉下 :まあな。なんかね。すっきりしないんだよそれは。金儲けとちがうかっていうNPOばかり認可のスピード早いのは確かだね。
  頼子 :それって、行政サービスの民間委託ってやつじゃない。しかも、採算性がわるけりゃ切っていくって。
  杉下 :ということでもないだろうけど。けど、えらいねえ、頼子ちゃんは。わずか、二週間でもう、ばりばりじゃん。
    
          頼子、けっけっと笑って、
    
  頼子 :それほどでもあるよ。 
  杉下 :怖い、怖い。 
  頼子 :ああ、あと、やっぱり申請するシーンがあるけど、書類が多いのとわかりにくいのとで主人公がぼやきまくるシーンがあるんだけど、妙にリアルなんで笑えるわ。SFなのに、やってることは、あんまり今と変わらないもの。
  杉下 :それは、昔からいずこでも同じこと。官僚制の悪しき宿命。申請にして冒すべからざる紙の城壁だよ。
  頼子 :神様の。 
  杉下 :ペーパー。書類によって、守られるのさ。権威って言うのはね。
  頼子 :NPOの権威ねえ。たとえぱ。 
    
         
二人、声を潜めて町田を見て。 
    
  二人 :町田さん。 
   
          気づかず町田は。 
   
  町田 :でもね、あなたの書類でこうなっているのは、ちょっと違うのよ。設立者名簿はいいんだけど、設立趣意書がちょっとわかりにくいわけ。さっきの話でだいたいわかってきたけど、もう少し、文面を練った方がいいわ。それと、設立についての意志の決定を証明する議事録だけど、署名がないわ。この議事録誰がとったの。
  美津江:えーっと、あれは、千葉さんと礼子ちゃんと吉田君と・・たぶん千葉さんだと思います。 
  町田 :千葉さん、ああ、千葉淳子さんね。この議事録形式がちょっとまずいのよ。日付とメンバー一覧との所見て。わかりにくいでしょ。それと、発言要旨が簡単すぎて、第三者にはちょっとわかりづらいわね。
  美津江:あのう、会をもう一度やり直さなきゃいけないんですか。 
  町田 :そうじゃなくて、議事録の整備ね。録音してるでしょ。
  美津江:さあ、してると思いますけど。 
  町田 :それをもう一度おこしなおしたらいいわ。
  美津江:ああ、はい。でもなかったら・・。 
  町田 :記憶呼び起こすか、もう一度やるしかないわね。
  美津江:はあ。 
    
         
と、意気消沈。 
    
  頼子 :いったいどれだけいるのかしら。 
  杉下 :たしか、16種類ぐらいかな。
  頼子 :へー。書類の山ね。 
  杉下 :しかも、結構難しいよ。素人にはちっと無理かな。
  頼子 :無理なことやらせてどうすんのよ。 
  杉下 :いったろ。それが。 
  頼子 :神聖にして冒すべからざる紙の城壁。
  杉下 :そういうこと。 
  頼子 :やる気そいじゃうよね。 
  杉下 :まあ、不真面目な奴とか、変な奴の気もそいではくれる。
  頼子 :それにしたってさ。簡単にしたって罰が当たらない・・ 
    
          といいかけて、町田がにらんだのに気づいて。 
   
  頼子 :罰が、・・場違いだとは思うけど。 
  杉下 :何が。 
  頼子 :いや、そのなにで・・。書類の簡素化って必要ですよね。
  杉下 :まあね。 
    
         
ところへ、光太郎がやってくる。 
    
  光太郎:あのう。 
  頼子 :はいっ。はいはい。
    
          と、受付に飛んでいく。
    
  頼子 :何でしょうか。 
  光太郎:あのう、ここでいいんでしょうか。申請するのは。
  頼子 :いいですよ。何を申請されます。 
  光太郎:いや、実はお袋が少し具合悪いんで。痴呆というか、なんか、そんな感じで。親父長い間入院してて。看病してるうちに、お袋もなんかちょっとおかしくなって。それで、自分あまり昼間よく見れないんで、それで頼んだらやってくれると友達に聞いたんで。
  頼子 :ああ、ボランティア派遣ですか。 
  光太郎:ああ、まあ、そんなものです。 
  頼子 :杉下さん。
    
          杉下がでてくる。
    
  杉下 :介護補助の申請ですね。 
  光太郎:ええ、ああ、まあそうです。
  杉下 :違うんですか。 
  光太郎:いや、自分よく分からないんで。多分それだと思います。
  杉下 :これにお名前と住所を。 
    
         
と、書類を渡し、かけてくださいといすを勧める。 
         
いすにかけるとき、ちょっと美津江と目が合い、何となく会釈をする。 
         
美津江もつられて何となく会釈を返す。 
    
  杉下 :それでね。 
   
          と、言う言葉であわてて向き直る。
    
  杉下 :えーと、お名前は。 
  光太郎:田中です。田中冬子。
  杉下 :お母さんじゃなくって、あなたのお名前です。 
  光太郎:ああ、光太郎です。
  杉下 :田中光太郎さんですか。こことここへ。 
    
          と、記入させる。 
         
立ち上がって、自分の机に別の書類を取りに行く。 
         
どうやら、名前は単なる申込用の書類だったらしい。 
         
分厚い、書類を取り出しながら、 
    
  杉下 :戸籍抄本と住民票ありますか。
  光太郎:え、持ってませんが。 
  杉下 :じゃ、次きたときお願いしますね。各2部ずつ。ああ、これだこれだ。
    
          と、持ってくる。
    
  光太郎:え、今日手続きできるんじゃないんですか。 
  杉下 :いろいろとありましてね。2週間ぐらいかかります。
  光太郎:ええ、2週間も。困ったなー。まずいよ。 
  杉下 :まずいですか。 
  光太郎:ええ。ちょうど、自分、明日から新しい芝居の稽古始まって、動きとれないんです。いや、やばいなあ。
  杉下 :劇団?お芝居やられるんですか。 
  光太郎:ええ、アマチュアですけど。劇団アスナロって言います。へぽい名前でしょう。座長がどうしてもつて言い張るんで仕方なくそれにしたんですけど。友達なんですけどもその座長。
  杉下 :いや、レトロでいいですよ。 
  光太郎:そうですか。いや、そうなんだ。実は、僕もちょっとはそう思ってたんですけど。ふーん。そうか。一般の人はそうなんだ。
    
          と、一人納得している。
    
  杉下 :いや、単に古いって言うだけなんですけど。 
  光太郎:いやあ、そうなんだ。新しい芝居は、結構元気のいい芝居で未来の話なんですけど。
  杉下 :電話番号もお願いします。 
    
         
光太郎、あわてて書く。 
    
  杉下 :はい。結構です。はんこは。お持ちでないですか。じゃ、サインで結構です。それで、申請用の書類ですが。
    
          と、どんとおく。
          かなり分厚い。 
          思わず。 
    
  光太郎:こんなにあるんですか。
  杉下 :初めての方はね。次からは、希望日を前前月の終わりに記入するだけですみます。 
  光太郎:すごいですね。
  頼子 :紙の城壁ですから。 
  光太郎:なんですか。 
  杉下 :何でもありません。何、たったの15種類です。これが、本事務所保存用、これは、支部申請用紙、これが同じく保存用紙、同じく写し。こいつが、社会保障省への報告用紙とその写し、ボランティア派遣員の保険料申請用紙、ああ、万一、何かあった場合、ボランティアに障害補償と年金給付の制度が二年まえかな、三年前かなとにかく導入されまして、いや、まえあったんですよ。家の片づけの手伝いに高齢者のところへ行きまして、なかなか難しいクライアントで、屋根の上に上がって屋根の雨漏りなおしてやっててね。足踏み外して、幸い命は取り留めたんですが、頸椎損傷の寝たきりになっちゃって、もうさんざんでした。いやあ、似たような制度はあったんですが、それがまあ強化されたって言うわけで。ああこれが、交通費申請証明書用の用紙で、これが・。
  光太郎:待ってください。 
  杉下 :何ですか。 
    
          て、いいところをじゃまされたのでちょっとむかついた。 
   
  光太郎:いや、ずいぶんあるのは分かりました。けど、自分がお願いしたいのは。 
  杉下 :介護の補助でしょ。
  光太郎:ええ。毎日じゃなくていんです。徘徊とかなんかそこまで行ってませんから。 
  杉下 :徘徊なら、グレードがあがります。
  光太郎:グレードって。 
  杉下 :介護も何段階かあって、手が掛からないほど、負担も、申請もらくなんですよ。
  光太郎:じゃ、自分のは。 
  杉下 :ええ、とりあえずこれが一番下のランクの手続きで。
  光太郎:これがですか・・。 
    
         
と、げんなり。 
    
  光太郎:仕方ないか。ちょっと、見ていいですか。
  杉下 :あ、いいですよ。 
  頼子 :こちらの机でどうぞ。 
   
          と、空いている机に案内。 
   
  光太郎:すみません。 
    
         
と、座って書類を見始める。 
         
杉下、自分のノートパソコンのキーボードを操作していたが。 
    
  杉下 :田中さん。
  光太郎:あ、はい。 
  杉下 :ボランティアカードはお持ちですか。 
  光太郎:え、何ですそれ。持ってませんけど。
  杉下 :いや、あなたのボランティア歴なんかを認定して記録してるカードですよ。あればお得なんですけど。
  光太郎:いや、持ってません。持ってないとだめなんですか。 
  杉下 :そういう訳じゃないですけど。料金が割安になるんですよ。
  光太郎:えー、そうなんですか。残念だなあ。 
  杉下 :じゃ、ボランティア貯金はやってません。利率がボランティア支援へまわるって言うやつ。
  光太郎:あんまり貯金無いもんで。 
  杉下 :そうですか。 
  光太郎:すみません。
  杉下 :いや、謝らなくてもいいんですけどね。 
  光太郎:はい。 
   
          と、しおたれる。 
   
  頼子 :ボランティアやったこと無いの。 
  光太郎:いやあ。生活するのに必死だから。
  頼子 :あまり関係ないわよ。 
  光太郎:いや、アルバイトと劇団の稽古で全然暇ないし。
  頼子 :暇なくってできる奴もあるよ。 
  光太郎:へえ、そうなの。いやあ、今までそんなのやる人暇な人だとばっかりおもってた。
    
          とたんに周りの冷たい視線に気づく。
          誰にともなく。 
   
  光太郎:ごめんなさい。 
  頼子 :別に謝ること無いよ。ま、そんな風に思ってる人いっぱいだから。
  光太郎:よく知らなかった。 
  頼子 :うん。私も、この研修やるまではね。同じようなものよ。
  杉下 :持つとひどかったぞ。なんせ、ボランティアやる奴は変人だなんて言ってたから。 
  頼子 :失礼ね。そんなこと言ってないよ。ちょっと変わってるなっていっただけ。
  杉下 :同じこと。 
  頼子 :違いますー。だつて、さ、周りでボランティアやってる人って、なんか変に力入ってる人ばかりだったもの。あたしは、ボランティアやってるんだーって幟押っ立ててるような人でさー。
  光太郎:わかるなあ。ボランティアって力(リキ)入りそうだもの。 
  頼子 :ああ、ちがうちがう。いらない、いらない。
  光太郎:いらないの。 
  頼子 :そんなのはいってたらもたないもの。もっと、ナチュラルなものと私は見たな。
  杉下 :ほーつ。研修の成果か。 
  頼子 :と、よんでもらってもいいな。うん。 
  光太郎:ナチュラルか。
  頼子 :そう。だつて、人のためにしてやるとかいうの違うもの。 
  光太郎:あ、違うんだ。
  頼子 :もちろんその要素はあるけど。結局人のためより自分のためだと思うよ。 
  光太郎:自分のためね。
  頼子 :まあ、一人じゃないよっていう気持ちがじわーっとわいてくると言うのはいいもんですよ。うん。 
  杉下 :うんちくたれてるところ悪いけど、これコピーしてきてくれる。
  頼子 :はいはい。 
    
         
と、書類を渡され別室へ。 
    
  杉下 :で、お母さんの症状だけど、診断書か、介護認定士の証明書持ってきてます?
  光太郎:あ、はい。これです。 
    
         
と、鞄からごそごそ取り出す。 
    
  杉下 :どうも。 
   
          と、見て。 
   
  杉下 :えーと。ほう、糖尿病から高血圧症、さらに脳梗塞を引き起こして、なるほど、言語障害、行動異常もありますね。
  光太郎:いや、今じゃ収まってます。 
  杉下 :そうですか。アルツハイマー型じゃなくて、脳血管性痴呆の疑いですか。
  光太郎:はい。 
  杉下 :いや、これはちょっとまずいですね。 
  光太郎:え、何がです。痴呆症への介護申請は問題ないって友達に聞いたんですけど。友達の親父さんも、やっぱり申請して認められたからつて。
  杉下 :いやまあケースバイケースなんですが。あなたのお母さんの場合、これ、もともと糖尿病や高血圧から来た脳梗塞なんですよね。
  光太郎:はい、それが何か。 
  杉下 :いや、昨年改正された新基準ではですね。その生活習慣病が起因しておこす痴呆の場合、自己責任条項がくっついていまして。
  光太郎:はあ。 
  杉下 :著しい自己責任の不履行がある場合、認められないんですよ。
  光太郎:え、どういうことです。 
  杉下 :ご存じ通り今は人口の20%が65歳以上の老人になろうかという超高齢社会ですよね。
  光太郎:はい。 
  杉下 :当然、医療費や年金が不足してます。その分、老人たちにも自己負担してもらってますよね。
  光太郎:はい。介護保険も払ってます。 
  杉下 :それだけじゃなくて、危険率というか、やはり、痴呆になる確率の高い人と低い人が同じサービスを受けるのはいかがなものかと言うことになつて。
  光太郎:車の保険料のようなものですか。 
  杉下 :そうですね。昨年から、生活習慣病などでどれだけ自分が危険因子を取り除こうと努力したかを申請の際の審査項目に取り入れたんですよ。健康に無頓着な人とそうでない人とを同列に扱うわけには行かないと言うことでね。まあ、健康管理の責任と言うことで。
  光太郎:でも、同じ痴呆じゃないですか。 
  杉下 :だから、生活習慣病に明らかに起因していると判明している場合ですよ。それも、「著しく」という枠をはめています。
  光太郎:じゃ、ほとんど大丈夫ですね。 
  杉下 :それはケースバイケースですから。
  光太郎:どれくらいの割合です? 
  杉下 :半々ぐらいですね。今までは。 
  光太郎:半々!じや、お袋の場合は。
  杉下 :田中さんのお母さんの場合、生活習慣病起因は明らかですから、後は、「著しい」の判断次第です。 
  光太郎:それと認められたらだめなんですか。
  杉下 :だめな場合もあるということです。もちろん、ある程度のサービスは受けられるかもしれません。 
  光太郎:どれくらい。
  杉下 :それは何とも。 
  光太郎:そうですか・・。 
    
          間。 
    
  杉下 :どうします。一応、申請してみた方がいいですよ。申請しないなら、社会的弱者登録って言う手もありますが。これなら、最低限の介護サービスは可能です。
  光太郎:いえ、そこまでは。・・申請してみます。 
  杉下 :じゃ、書類よく見てください。
  光太郎:はい。ここ借ります。 
  杉下 :どうぞ。 
    
          と、いうところへ。佐々木さんが回覧板もって、泡食っててやってくる。
    
  佐々木:ねえねえ、ちょっとちょっと相談のって。 
  町田 :あら、いらっしゃい。今日は、遅いのね。
  佐々木:やだ、いつも来てるみたいじゃない。 
  町田 :いつも来てるじゃない。 
  佐々木:それいっちゃおしまいよ。
    
          頼子、コピーを持って入ってきて杉下に渡しながら。
    
  頼子 :毎度ー。 
  佐々木:やだね、頼子ちゃんまで。あ、これ回覧板。
  頼子 :どーもー。 
  杉下 :何です相談って。 
  佐々木:それそれ、鳩なのよ。鳩。
  町田 :鳩? 
  頼子 :なにそれ。 
  佐々木:イヤー、実はね。うちの庭の梅の木にふじづるがからまっちゃってさ。この梅がまた、枯れかかりのく背に、甲州梅いっぱいつけて。おいしいのこれが。あ、梅漬け今度あげる。
  頼子 :梅かー。 
  佐々木:嫌いなの。 
  頼子 :いいえ、梅おにぎりとおかか大好きです。
  佐々木:あたしゃシーチキンがいいよ。 
  頼子 :ちょっと、あんなもん人間の食べるもんですかー。
  佐々木:なにそれ。 
  頼子 :だって、マヨネーズが。 
  佐々木:嫌いなの。
  頼子 :はい。 
  杉下 :鳩はどこへ行ったの。 
  佐々木:あらやだ。ごめんなさい。それでね、そのふじづるのこんもりした日陰の所に、鳩が巣をつくったのよ。これぐらいのたかさよ、これぐらい。
  頼子 :えーつ、そんなに低く。 
  美津江:そんなことありますよ。道路の植え込みの中に巣つくってるの見たことあります。
  町田 :へー、猫にやられないかしら。 
  美津江:あれぐらい大きいとおそわないって、誰かから聞いたことあります。
  頼子 :そうなんだ。 
  杉下 :で。 
  佐々木:そー。それで、さ、どうやら卵生んだみたいなの。ずーつと、母親って言うの、鳩いるし。
  頼子 :へーっ。 
  佐々木:うち猫いるじゃない。鳩がはたばたって飛ぶとこう、窓へ吹っ飛んでいく訳。もう、猫出さないように大騒ぎよ。おかげで猫ストレスにかかつて、ふすまやぶすわ、畳で爪とぐわもうめちゃくちゃ。
  杉下 :鳩は? 
  佐々木:おっといけない。で、鳩はかえってこないよー・。 
  杉下 :は?
  佐々木:昨日からずっといなくてさ、こどもがいるのわかってるけど帰ってこなくつて、今朝からずつと、見てたけ度、まだ戻らないのどうしたらいい。ね。
  町田 :といわれてもねえ。 
  頼子 :日本野鳥の会はどう。 
  町田 :大袈裟よ。何だか。
  頼子 :餅は餅屋って言うじゃないですか。 
  町田 :よくしってるわねえそんなこと。
  頼子 :へっへ。まあね。 
  佐々木:でもねえ、なんだか。 
  美津江:ほっといてもいいんじゃないですか。たぶん餌探しに親鳥行ってるんですよ。
  佐々木:でも、1日以上帰ってこないってことあるかしら。 
  美津江:さあ。 
  佐々木:おなかすいてるだろうし。
  杉下 :吉本さん、知らないかなあ。 
  吉本 :私はその方面は。 
   
          と、にべもない。ひたすら何か打っている。
    
  杉下 :どの方面ならいいんだろ。 
    
          と、ぼやく、 
    
  頼子 :そうだ、POP(ぽっぽ)ネットで探したら。
  杉下 :POPか。なるほど。 
    
         
杉下操作を始める。 
    
  佐々木:ぽっぽって何それ。鳩の会か何か。
  杉下 :NPOのネットサービスですよ。 
  佐々木:ネットサービスって。 
  頼子 :仲介や情報提示ね。結構便利なの。こんなサービスあったんだって。
  佐々木:へー、便利な世の中だわね。鳩あるかな。 
  頼子 :さあ、POPだから、あるんじゃないですか。なけりゃ、もう一つ、ペッペネットもありますよ。
  佐々木:何だか汚いわねえ。 
  頼子 :Peace and Earth and People net。「平和と地球と人間と」という意味の結構硬派の環境団体よ。
  佐々木:それでもなんだかいやだわ。 
  頼子 :まあ、ぺっぺだもんね。あった? 
   
          杉下、操作しながら。 
   
  杉下 :鳩の飼い方ってのは無いみたい。伝書鳩の訓練の仕方教えるところはあるけど。 
  頼子 :そこでもいいじゃないかな。
  佐々木:そうねえ。 
  杉下 :どうかなあ。 
    
          と、光太郎が。 
    
  光太郎:それ帰ってきませんよ。
  佐々木:え。 
  光太郎:失礼。親鳥、時々そういうことあるんです。たぶんもう帰ってきません。
  頼子 :へー。 
  佐々木:じゃ、鳩ちゃんどうなるの。 
  光太郎:自分で育てたらどうですか。
  佐々木:えっ、育てられるの。 
  光太郎:鳩って結構丈夫だから大丈夫ですよ。 
  佐々木:へー、飼ってみようか。
  頼子 :でも餌は。 
  光太郎:犬のペットフードでいいですよ。水で溶いて。ねり餌にしたら。
  美津江:でも、鳩って粟なんかの穀物食べません。 
  光太郎:ええ、何でもいいんですよ。蜜柑だって。結構悪食ですから。
  佐々木:そう。ありがと。やってみるわ。おー、鳩ちゃん、まっててねーっ。 
    
          と、脱兎のごとく去る。一同唖然。 
   
  頼子 :すごい。 
  杉下 :確かに。 
  美津江:でも、田中さんてよく知ってますね、鳩の飼い方なんて。
  光太郎:あ、いや、何となく。 
    
         
と、二人なんとなく照れくさい。 
         
おやおやというような目で頼子は見ているが。 
         
突然、駅弁の売り子みたいな服装で、明るく、歯切れの良い、けれどどこか変な女の子がやってきた。 
   
  戸田 :こんにちわー。 
    
         
と、かぶっていた帽子を元気よく脱いでお辞儀をする。 
         
ちょっと気圧された頼子。 
    
  頼子 :あ、はい。 
  戸田 :すみません。歌を一曲歌わせていただきます。
    
          と、言うなり元気に歌い始めた。
          呆気にとられる一同。 
          吉本、ちらっと、見たが意に介さず打ち続ける。大物だ。 
   
  佐々木:な、何でしょうね。 
  町田 :さあ。 
  頼子 :押し売り?
    
          と、ぼそぼそやってるが、迫力があるのでやめてくれとも言い出せない。
          こらえきれずに。 
   
  町田 :杉下君。 
    
         
と、合図をする。 
    
  杉下 :僕?僕ですか? 
  町田 :そうよ。あんたしかいないじゃない。
  杉下 :でも。 
    
         
と、追いつめられた杉下。女は、いよいよ絶好調で唄っている。 
    
  杉下 :ねえ。
    
          と、獲物を見つけた杉下。
    
  杉下 :相談だけど。 
    
          と、光太郎へ水を向ける。 
          光太郎、ぶんぶんと首を振り拒絶。 
   
  町田 :何やってるの。あんたが止めなさいよ。 
  杉下 :やっぱり。 
  全員 :やっぱり。
  杉下 :ちぇっ。 
    
         
と、渋々、近寄って。 
    
  杉下 :ねえ君。ここ、カラオケじゃないんだな。みんなも迷惑するしさ、ちょっとやめてくれる。
    
          と、言いかけたが、女絶好調でさびに入り、つられて、杉下もデュエットしてしまう。
    
  町田 :杉下君! 
  戸田 :ありがとうございましたーっ!
    
          と、怒りの声と交差して。
    
  杉下 :ごほん。あー、えーつと。ここはさあ。 
  戸田 :わかっていまーす。どうもご迷惑おかけしました。わたくし、東京に本部のある、国際友愛団体「大地の友」の戸田裕子と申します。現在、ブラジルの原生林大規模伐採計画に、環境保護の面から反対し、併せて、植林により緑を回復しようとする一株運動をする運動を展開しています。怪しい団体ではございません。はい、これは、私どもの団体が入居しているビルの写真です。こちらは、昨年、現地へ入りまして、実態調査をして現地住民より聞き取り調査をしているところです。こちらは・・
    
          と、とうとうとまくし立てる。
    
  杉下 :うん。それはいいんだけど、ねえ。その服装が熱帯雨林と何か関係あるわけ?
  戸田 :いいえ、ありません。これは、資金集めのための制服です。 
  杉下 :制服ねえ。
  戸田 :つきましては、活動のための資金援助をお願いしまーす。 
  杉下 :ここじゃ寄付行為は禁止されてるんだよ。
  戸田 :いいえ、もちろん寄付じゃありません。正当な商行為です。北海道名産の昆布飴と烏賊の一日干しをお買いあげ願っています。
  頼子 :烏賊の一日干し、おいしそー。 
  戸田 :残念ですが、あまりの好評で、本日売り切れました。代わりに、昆布飴いかがですか。
  頼子 :昆布飴ねー。 
  杉下 :あのね、ここは、そんなとこじゃないんで。 
  戸田 :そんなところとはどんなところですか。私たち怪しいものじゃありません。一生懸命やつているんです。
  杉下 :熱意はわかるけど。 
  戸田 :そこのおにいさんいかがです。一袋、500円です。お願いします。
    
          と、最敬礼。
    
  光太郎:ええっ、俺。 
  戸田 :一生懸命やってます。お願いします。たつたの500円です。
    
          と、米搗きばったのよう。
    
  光太郎:ええ、でも。 
    
          と、周りを見る。 
         
みんな、顔を背けて、目を合わそうとしない。 
    
  光太郎:そんな。
  戸田 :お願いしまーす。おいしい昆布飴です。お願いしまーす。 
    
          情けなさそうに見回すが、皆知らない顔。 
          光太郎、しぶしぶと。 
    
  光太郎:じゃぁ、一袋・・。
  戸田 :ありがとうございましたー。 
    
         
と、にこにこして、昆布飴を一袋渡す。 
         
お金を受け取ると。 
    
  戸田 :ありがとうございました。ほかにもいかがですか。
    
          と、声をかけるが反応が芳しくないので潮時だと判断したようで。
    
  戸田 :戸田裕子、帰ります。ご協力ありがとうございました。ご迷惑おかけしました。失礼しまーす。
    
          と、威勢良く帰っていく。
          皆、体が固まったままで見送って。
          ふーつと、一斉に緊張が解ける。
    
  杉下 :イヤー、すごかった。 
  頼子 :あれ怪しいよねー。絶対。
  杉下 :怪しい、怪しい。 
  町田 :もう、今度から、ちゃんと断ってねー。 
  杉下 :いやあ、なんか苦手でああいう系統。
  頼子 :詐欺みたいなのもいるそうじゃない。 
  町田 :人の好意や善意、それになんかしないと悪いかという罪悪感につけ込むのよ。
  美津江:つけ込まれたんですか。 
    
         
みんなが光太郎を見る。 
          光太郎、昆布飴を持って。
    
  光太郎:いやあ、そういうわけでも・・。 
  頼子 :じゃ、何。
  光太郎:頑張ってるなと思って。 
  町田 :お人好しね。 
  頼子 :田中さんて頼まれたらいやといえないんでしょ。
  光太郎:うー、まあそうかな。 
  頼子 :セールス断るの苦労するでしょ。 
  光太郎:そうねえ。
  頼子 :新聞いっぺんに三つも取ってるんじゃない。 
  光太郎:え、どうしてわかるの。
  頼子 :誰が見てもそうだもの。さつきのひと、だから、なかなかいい腕してるわよ。ほかの獲物はものにならないってこと一発でわかったもの。
  光太郎:獲物ですか・・。 
  美津江:なんか嫌な感じでしたね。 
  光太郎:そうかなあ。
  美津江:自分のやってること絶対正しいって言うような、あんな自信どっから出て来るんでしょう。 
  光太郎:やっぱり実践してるからじゃないですか。
  頼子 :違うと思うな。 
  美津江:そう。 
  頼子 :うん。私、あれ、詐欺だと思う。
  杉下 :大胆な発言だよ。それは。うまい商売だというのは認めるけど。 
  頼子 :うん、そうだよ。商売だけどさ。なんて言うのかな。さっき、町田さんも言ってたじゃない。善意とか、罪悪感とか、そんなものをターゲットにしてる気がするのね。何それって言う感じ。なんか、それって、きたねーなって。
  杉下 :なるほど。 
  町田 :はいはい、鳩やら、なにやらでごたごたしたけど、仕事仕事、杉下君、この人の書類ちょっと点検してみて。
  杉下 :あ、はいはい。町田さんは。 
  町田 :ちょっと、出かけてくるわ。郵便局と銀行。
  杉下 :はーい。お気をつけて。 
    
         
町田は出かける。 
          杉下は、じゃ見ようかと美津江と話し始める。
          吉本は、ちらっと時計を見て、席を立って別室へ行く。
          手持ちぶさたな頼子。 
          書類の束と格闘していた光太郎が。 
   
  光太郎:あーあ。 
  頼子 :すごいでしょう。 
  光太郎:うーん。こんなに、面倒だとは思わなかったな。
  頼子 :あたしも。ここへ来るまで、こんなにややこしいとは思わなかった。 
  光太郎:君は。
  頼子 :頼子でいいよ。 
  光太郎:頼子ちゃんは高校生だろう。ボランティアかなんかで来てるわけ。
  頼子 :ううん。校外研修。どこでもいいから社会の現場に入って、学習してくるの。ここ自分で選んだのよ。
  光太郎:えらいね。ボランティアに興味あるんだ。 
  頼子 :へっへ。実を言うと、ボランティア関係って、進路にいいんだ。
  光太郎:進路? 
  頼子 :うん。内申書。結構ね。点数いいし。それになんか、ボランティアしてますって、いうのかっこいいじゃない。
  光太郎:へえ、意外と現実的なんだ。 
  頼子 :へっへ、もっともここ、ボランティアそのものじゃないけどね。結構勉強になりまーす。
  光太郎:みんな、ボランティアとかやってるの。 
  頼子 :だって、ボランティア、義務だもの。
  光太郎:義務? 
  頼子 :っていうか、義務じゃないけど、なんていうかさあ、そうしなきゃやばいって雰囲気あるときあるじゃない。日本の社会ってさあ。
  光太郎:難しいこと言うね。 
  頼子 :へつへ。社会科公民5よ。 
  光太郎:ほう。
  頼子 :自分で言うのも何だけど、結構、頭いいのよ私。これでも。 
  光太郎:はいはい。
  頼子 :あ、信用してねえな。ま、いいか。・・でね、話戻すとこの間なんかさあ、クラブ単位で出動よ。自衛隊じゃないんだっての。でもね、学校ったら「善意」の強制にはよわいのよねえ。いちおうさあ。希望者ってことになってるけど、ほんとは、クラブでまとめたり、クラスで何名代表者だせってやったり、バカみたい。まあ、断りきれないのわかるけどさあ。あたしみたいに、自分でやってくるやつじゃなきゃねー。第一誠意がないわよね。
  光太郎:君行かなかったのそのとき。 
  頼子 :うん。 
  光太郎:なぜいかなかったの。
  頼子 :やー、だって、汚れるもの。 
  光太郎:ひでー、ボランティアだ。 
  頼子 :正直なだけよ。
  杉下 :自分勝手というのそういうのは。 
  頼子 :うるさい。仕事しなさい。 
  杉下 :はいはい。
  光太郎:まあ、けどわかる気もするなー。 
  頼子 :でしょう。 
  光太郎:自分のうまれたとこ田舎でさ。結構旧い慣習あるわけ。例えば、葬式なんかの時、近所のものが集まって、いろいろ世話をするわけ。
  頼子 :葬儀屋呼ばないの。 
  光太郎:呼ぶけど、それと別に、いろいろな小物作ったり、棺担いだり、墓穴掘ったり、ああ、今は土葬滅多にないからないけどね。まあ、いろいろ細々した習慣があるわけ。
  頼子 :隙間だね。 
  光太郎:隙間? 
  頼子 :うん。小回りの利かない隙間を埋めるのがNPOかなって。
  光太郎:報酬を受け取る訳じゃないから、まあ、共同体のシステムっていうかなあ。道なおしたり、神社修理したりして出役とか言うところもあるけど。
  頼子 :へー。 
  光太郎:あれかなーって。確かに、システムで強制されるって言うところはあるけど、善意とか、何とかじゃなくって・・。
  頼子 :必要だから。 
  光太郎:ああ、それそれ。必要なわけ。そうすることが。なんとなく、こうしなくちゃという気持ちが自然にあるわけ。まあ、そうしなくちゃ田舎の生活が成り立たないって言うところがあるわけだけど。
  頼子 :昔からあるんだ。 
  光太郎:まあ、違いはあるだろうけど。 
  頼子 :そうね、お国全体が必要としてる訳ね、言ってしまえば。村と一緒。成り立たない訳よ。超高齢社会だもの。
  光太郎:へー。高校生ともなるとすごいねー。おれなんか、ただ、うほうほ言ってただけのようなきがするな。
  頼子 :へっへ。公民の女王と言って。 
  光太郎:はいはい。 
   
          ところへ、佐々木さんがやってきた。
    
  佐々木:ねえねえねえねえ。どうしよう、どうしよう。あら、町田さんいないの。
  頼子 :銀行行きました。 
  佐々木:ああ、そう。困ったわ。 
  杉下 :どうしたんです。
  佐々木:ああ、杉下君。どうしよう。ねえ、どうしたらいいと思う。 
  杉下 :だから何が。
  佐々木:鳩に決まってるでしょう。 
  杉下 :だから、鳩が。 
  佐々木:ああ、いらいらするわね。鳩なのよ。
  杉下 :僕もいらいらしますよ。 
  佐々木:ああ、漫才なんかやってる場合じゃないの。鳩なのよ。
  杉下 :だから鳩がどうしたって。 
  佐々木:帰ってきたのよー。親鳥が。 
  杉下 :なんだ、良かったですね。
    
          と、冷たく仕事に戻ろうとする。
    
  佐々木:よくないの、良くないの。巣にいないんだから。 
  杉下 :何が。
  佐々木:だから、子供に食べさせようと。ほら、ドッグフード一番高い奴。あれ、溶いて、やろうとしたら巣にとどか無いじゃない。だから。
  杉下 :取ったんですか。子供。 
  佐々木:そうなのよ。結構大きいのね、鳩の子つて。びっくりしちゃった。あれがほんとの鳩に豆鉄砲。
  杉下 :何くだらないこといってんです。親鳥は。 
  佐々木:そうなのよ。うろうろうろうろしてるだけ。困っちゃった。どうしよう。
  杉下 :どうしようったって、知りませんよ。 
  佐々木:そんな冷たいこと。NPOプラザでしょここ。
  杉下 :鳩のこの世話までしてません。 
  佐々木:まー、なんて人情なしなの。鳩の子がかわいくないの。
  杉下 :かわいそうですよ。かわいそうですけどね。 
  美津江:巣に戻してやったらどうです。
  佐々木:えっ、戻していいの。 
  美津江:たぶん大丈夫だと思います。 
  光太郎:僕もそう思います。
  佐々木:そう。そうなの。そうなのね。よかった。さすがNPOプラザ。ありがとう。鳩ちゃんまっててねーっ。
    
          と、去る。
    
  杉下 :やれやれ。さあ、美津江さん続きです。事業計画書ですが、初年度だけじやなくて、次の年度の分もいるんですよ。ここ見て下さい。ほら。
  美津江:あら、ほんとだ。あー、だめだわ。これじゃ。 
  杉下 :まあ、なかなか複雑ですから。
    
          と、話が始まる。
    
  光太郎:いやあ、みなさん熱心ですね。 
  頼子 :仕事よこれは。
  光太郎:そういうとみも蓋もないけど。みんな、公務員なんだ。 
  頼子 :町田さん以外わね。杉下さんがここの責任者。吉本さんが事務かな、よくわからないあの人は。
  光太郎:町田さん違うんですか。 
  頼子 :NPOアドバイザーとかなんとかいうの。ボランティア活動などのベテランに委嘱してるらしけど。
  光太郎:プロというわけ。 
  頼子 :ボランティアのプロというのはなんかちょっと違う気もするけどまあ、そんなものじゃない。今度、表彰受けるらしいから。
  光太郎:へえ。何の。 
  頼子 :ボランティア功労緑十字栄誉賞かな。たしかそんなの。ほら、ボランティア英雄つていうじゃない。
  光太郎:ああ、あれ。へー、偉いんだ。 
  頼子 :そうよ、偉いのよ。だから、そわそわしてるの。気がつかなかった。
  光太郎:いやあ、全然。 
  頼子 :今日明日中に通知が来るハズなんだけど、だから、きっと確かめにもどったのよ。家へ。すぐそこだもの。
  光太郎:え、なんで。 
  頼子 :馬鹿ね、郵便。 
  光太郎:あ、そうか。
  頼子 :でもね・・。 
    
         
と、ここらあたりあまり大きな声で話していなかったけれど、一段と声低めて。 
         
  頼子 :実はね。ウワサがあるの。 
  光太郎:何の。 
  頼子 :まるっきり別の人が受賞するんじゃないかって。
  光太郎:へー。 
  頼子 :だから、ちょっと神経質になる訳よ。 
  光太郎:ほー。
  町田 :誰が神経質なの。 
  二人 :はうっ。 
    
          と、驚く。 
         
さっきから杉下が合図を送っていたのも無駄だったようだ。 
    
  町田 :誰が受賞しようと、それは別に言いことよ。
  頼子 :すみませーん。 
  町田 :謝ること無いけど、影でこそこそ言うのはやめてね。わたし、そういうこと嫌いなの。
  頼子 :はーい。 
    
         
と、ふてくされかかっている。 
    
  町田 :はい。じゃ、田中さん。あなたの申請手伝いましょうか。
  光太郎:あ、はい、はい。 
  町田 :頼子ちゃん受付お願いね。 
  頼子 :はーい。
  町田 :田中さん、話は聞いたと思うけど、ちょっと無理かもしれないわね。 
  光太郎:だめですか。
  町田 :けど、まあ口添えの仕方もあるし、なんとか、よい方向を探してみましょう。 
  光太郎:お願いします。
    
          と、始めようとしたとき。
          吉本が入ってくる。 
   
  吉本 :郵便来てますよ。はい、頼子ちゃん。 
  頼子 :あ、すみませーん。だれだろ、知らせてないのに。なに、ボランティア貯金のすすめ。たく、高校生に金あるわけないだろが。ちぇっ。
    
          と、八つ当たり。
          町田、何だか期待している目。
    
  吉本 :はい、杉本君。申請書の郵送が5通。今日中に処理してよ。 
  杉下 :えー、まじ。まだこの人の終わってないのに。
  美津江:え、あたしいいですから。もう、後自分でやりますから。 
  杉下 :いやいや、そういうつもりじゃないですよ。大丈夫、一人でやるのは結構きつい。ねっ。
    
          なにが、ねっなんだか。
    
  吉本 :これは、光熱費と電話代の通知で。これは、わたしので。あと、ダイレクトメール。
    
          と、ぽんぽんとだす。
          のどに絡んだような声で。 
   
  町田 :あたしに何か来ていない。 
  吉本 :町田さんですか。さあ。 
  町田 :そう。そうなの・・。
    
          と、明らかにがっくりしている。
    
  吉本 :おーっと、忘れてた。じゃん。 
    
          と、一通の封書を取り出す。 
    
  町田 :それは。
    
          と、多少声が震えるのも宜なるかな。
    
  吉本 :はい。社会保障省から、町田澄子様。・・おめでとうございます。 
   
          と、恭しく渡す。 
   
  町田 :来たの。・・ありがとう。・・ありがとう。 
    
          ぱちぱちと拍手したのへお礼。 
          早くも、潤みがち。 
    
  杉下 :さあ、早くあけてみたら。
  町田 :そうね。あけなくちゃね。 
    
         
と、うろうろしているが、ハサミが見つからない。 
    
  頼子 :はい、これでしょ。
    
          と、見かねて頼子がハサミを渡す。いい奴だ。
    
  町田 :あ、ありがとう。 
    
          と、言って、震える手で封を切る。 
          中から手紙を取り出す。 
         
封筒が落ちる。頼子が拾う。 
    
  杉下 :読んで。 
  町田 :そう。・・よむわね。
    
          周りが頷く。
    
  町田 :町田澄子殿。あなたは、ボランティア活動並びにNPOアドバイザーとして長年、その普及と援助活動に貢献されました。よって、その功績をたたえ、ボランティア功労賞を授与いたします・・・。
    
          と、声が落ちる。
          ショックであった。呆然とする町田。
    
  杉下 :えー、ただの功労賞、緑十字栄誉賞じゃないの。 
   
          と、ふぬけたような町田から奪い取る。
    
  杉下 :ほんとだ、功労賞を授与いたします。なお、表彰式は、12月24日・・。何がクリスマスイブだよ。ふざけてる。ねえ、町田さん。こんなの出席できますかねえ。
    
          と、手紙をかえす。
          ぼんやり受け取ろうとして落とす。頼子が拾う。
    
  町田 :え、ああ、いいの。充分だわ。 
  杉下 :出席するんですか。
  町田 :もちろんよ。名誉なことだもの。ささやかな活動が評価されるっていいことでしょ。このNPOプラザの活動が認められたってことよ。代表して、受け取ってくる。
  杉下 :町田さん。 
  町田 :あはは。ちょっと、天狗になってたの。なんか自分が偉いような気になって。ベテランだからいい気になって。・・怖いわね。こんな気持ちになるなんて。緑十字賞もらって当然だなんてどっかで思ってたわけね。
    
          頼子が手紙を封筒に入れて渡す。
    
  頼子 :傲慢だったんですね。 
  杉下 :頼子ちゃん。 
  町田 :いいの。その通り。これじゃ、ボランティア失格。いいえ、人間失格ね。もう一回やり直さなきゃ。
  杉下 :へー。また、20年やるんですか。 
  町田 :もちろん。 
  頼子 :こんどは、緑十字?
  町田 :いただけるものならいただきましょう。でも、ほんとは、そんなのより。 
  頼子 :そんなのより。
  町田 :ちょっぴりお金がほしいわね。そうすりゃ、ここももう少し良くなるっていうものよ。 
   
          くっくと笑って。 
   
  杉下 :それはいえてる。じゃ、クリスマスには盛大に受賞パーティーしますか。 
  頼子 :いぇーい。賛成。賛成。
  町田 :ありがとう。あなた達もきてくれる。 
  光太郎:もちろん。 
  美津江:いいんですか。
  頼子 :いいよいいよ。にぎやかな方が。 
  美津江:じゃ、喜んで。 
  杉下 :吉本さんは。
  吉本 :うーん原稿があれだけど、町田さんのことだから。参加します。 
  杉下 :原稿って・・。
  吉本 :ちょっとね。 
  町田 :あら知らなかったの。「踊るNPO」かいたの彼女よ。
  杉下 :えーっ。 
  頼子 :まじーっ。うっそーっ。いやー、全然考えもしなかったなー。
  町田 :あれ、気づかなかった。登場人物。私らにそっくりじゃない。すぐにわかったわ。 
  杉下 :全然。まいつたなー。
  頼子 :すっごーい。いるかいないかわからなかったけどすつごーい。 
  杉下 :それほめ言葉か。
  頼子 :いいのいいの。ねえ、モデル料おごってねーっ。 
  吉本 :いいけど、次のでまた使うわよ。
  頼子 :へーき、へーき。ねえ、かっこよくかいてよー。 
  吉本 :はいはい。 
   
          と、盛り上がる。 
   
  光太郎:じゃ、僕たちこれで。また出直します。 
  町田 :あ、そう。ごめんね。大したアドバイスできなくて。
  美津江:いいえ、いろいろ勉強させてもらいました。 
  杉下 :じゃまた、二、三日したらね。。
  光太郎:はい。書類整えてきます。 
  杉下 :別に、却下したくてしてるわけじゃないから。
  頼子 :言い訳しなくていいの。わかってるわよ。ねー。 
  光太郎:はい。じゃ、お疲れさまでしたー。
    
          釣られて、頼子と杉下。
    
  二人 :お疲れさまでしたー。 
    
          といって。 
    
  杉下 :あれ。
  頼子 :これって、劇団の挨拶じゃない。 
    
         
さあ、というふうに肩をすくめる杉下。 
         
外へ出た光太郎と美津江。 
          別れようとするが、思い出したように。
    
  光太郎:これ食べません。 
  美津江:あ、あの飴。 
  光太郎:せっかくだから。
    
          くすっと笑って美津江。
    
  美津江:いただきます。 
    
          と、なめる。 
    
  美津江:ちょっと酸っぱいですね。
  光太郎:ええ。・・雪降りそうですね。 
    
         
見上げて。 
    
  美津江:ですね。 
    
          事務所を振り返って。 
    
  美津江:自己責任、自助努力か。なんだか、とっても痛い言葉ですね。
  光太郎:でも、仕方ないから。 
  美津江:ねえ。 
  光太郎:何ですか。
  美津江:ちょっと手伝いに言っていいですか。 
  光太郎:え、何を。 
  美津江:いや、お母さん大変でしょ。
  光太郎:え、まあ。 
  美津江:行きますよ。場所どこですか。 
  光太郎:え、6町目の・・でも、いいんですか。・・通さなくて、あそこ。   
  美津江:だいじょうぶですよ。ほら、自己責任。 
  光太郎:自己責任ですか。
  美津江:それに。個人だし。私お手伝いしたいんです。 
  光太郎:善意だけじゃ持ちませんよ。
  美津江:そうね。もたないかも。確かに。でも。何だって、それから始まるじゃないんですか。 
  光太郎:それから。
  美津江:そう。私がやりたいって言う気持ち、誰にも邪魔されないたくないんです。申請だとか、法律だとかそんな面倒な手続きの中でなんだか、消えていってしまいそうで、そんなのいやなんです。ぱっと、おもいたったら、ぱつとやる。そんなの好きなんです。おっちょこちょいですから。だめですか。
  光太郎:そんなこと。 
  美津江:それに・・。 
  光太郎:何です。
  美津江:報酬いただきました。 
  光太郎:え、僕は何にも。 
  美津江:これ。
    
          と、いたずらっぽく口の昆布飴を指す。
  美津江:前払いです。 
    
         
小さい間。 
    
  光太郎:酸っぱいですね。 
  美津江:ええ。
    
          と、笑う。
    
  光太郎:じゃ、お願いします。 
  美津江:はい、お引き受けします。
  光太郎:よろしく。 
  美津江:よろしく。 
    
          と、二人、手を差し出して握手。 
          そのまま、空を見上げ。 
    
  光太郎:降りそうですね。
  美津江:ええ。つもるかも。 
  光太郎:行きましょうか。 
  美津江:ええ。
    
          と、二人は、連れだって、去る。
          事務所の中では、再び、杉下君と頼子の漫才的な「申請ごっこ」が始まったようで、町田さんが苦い顔をしてみている。
          音楽が入る。       
          と、佐々木さんがまたまたやってきた。
    
  佐々木:ねえねえ、ちょっと。雪降ってきたよ。それでさあ、さっきの鳩だけど、いなくなっちゃたのよー。ねー、聞いてくれる。ねー。ちよっとー。・・
    
          と、事務所へ入っていく。
          音楽が流れ、雪がちらちらと降り始めたようだ。今夜は冷えるだろう。
    
                                                             【 幕 】
  
  